ゆうぐれの喫茶店で、相川始は思い出していた。
自分を救って姿を消した、ある男のことを――
――お前は…人間達の中で生きろ…
そう言ってあいつは姿を消した。
俺はもう二度とあいつに会うことはないだろう。
けれど、俺が忘れることは決してない。
あいつが救った世界の中で、俺はこれからも生きていくのだから。
長い長い時間を、人として、相川始として。
俺のために人であることをやめた、あいつの分まで…
「始さん、聞いてる?」
「……あ、ごめん、天音ちゃん」
目の前の少女がほほをふくらませた。
「もう! 聞いてなかったでしょ! だからね、美香ちゃんが……」
そうだ。天音ちゃんの友達が「ハカランダ」に遊びに来るという話だった。
その話を聞いてるうちに、俺はあいつのことを思い出していたのだ。
「そういえば、始さんってどんな友達いるの?」
天音ちゃんの唐突な質問に虚をつかれ、俺は「え?」と生返事をしてしまう。
「広瀬さんや小太郎とはよく話してるみたいだけど、なんとなーく友達って感じでもないでしょー?
訪ねてくる人もいないし、始さん友達いるのかなぁって」
「こら天音、始さんに失礼でしょ」
カウンターの中から遥香さんが声をかけた。
グラスを拭きながら「ごめんなさい」と申し訳なさそうに微笑む彼女に、俺は「いえ」と首を振る。
「私は始さんが友達いなくても気にしないよ!」
「天音!」
「だってー。そういうクールなとこもかっこいいし。それに、始さんには私がいるもんねー!」
微笑えましい光景にふっと笑みがこぼれる。
そして、それを俺に与えてくれたあいつのことを、再び思わずにはいられなかった。
「……俺のことを友達だと言ってくれたやつはいたよ」
「へえ! どんな人!?」
「どんな……か……」
本当のことを言うと、あいつのことは天音ちゃんもよく知っている。
けれどあいつが姿を消して以来、俺や小太郎に気を使ってか、天音ちゃんは詮索することはしなかった。
だから俺も、この場ではあいつの名前は出さないことにした。
「がむしゃらなやつだったけど、どんな時でも俺のことを信じて、助けてくれた。
……そうだな。あいつの言う通り、俺たちは友達なのかもな」
「へぇ、意外。始さんの友達だから、もっとクールな感じの人かと思った。
ねえ始さん!その人、今度うちに連れてきてよ!」
その言葉に俺はドキリとした。
そして思わず、口をすべらせてしまう。
「いや、俺はもう、そいつとは二度と会えないんだ」
「え……」
「……あ……ごめんなさい……」
遥香さんと天音ちゃんが青ざめた表情で口つぐんでしまう。
しまった。言葉足らずだったせいで誤解させてしまったみたいだ。
「あ、いや違うんだ。そういう事じゃなくて」
俺はあわてて弁解した。
「ただ、ある事情があって。……俺のために、あいつは遠くに行かなくちゃいけなくなった。だから、もう会えないんだよ」
そう。俺たちはもう出会うことはない。
二枚のジョーカーは二度と重なることなく、悠久の時を生きていく。
それが唯一、この世界を守る方法なのだから。
「なぁんだ、びっくりした」
天音ちゃんがほっとした声を出した。
「始さん、もう亡くなってるみたいな言い方するんだもん!」
「ああ、ごめん」
笑顔でそう言いながら、俺はまた、誰にも聞こえないような小さな声で口をすべらせてしまった。
「……逆なんだ」
あいつはもう、死ぬことはない。
俺のせいで、俺と同じ、人間でない不死の怪物になってしまったのだから。
今でも考えることがある。
あの結末が本当に正しかったのか。
俺が封印されて、あいつは人間のまま生きていく。その方が良かったんじゃないか、と。
もちろん過去は変えられない。それに、あいつが選んだ道を否定なんてしたくはない。
たとえ自分が傷ついても、それでも誰かのためにもがき続ける。それがあいつの生き方で、貫き通した誇りでもあったはずだから。
けれど……
「大丈夫だよ、始さん!」
その言葉で、俺はハッと我に返った。
「え?」
天音ちゃんは両手を握りしめ、まっすぐに俺を見ていた。
「どんなに離れててもさ、二人とも元気で、お互いに友達だって思ってるなら、またきっと会えるよ!
だって、それが友達ってことでしょ」
「天音ちゃん……」
「ねっ!」
そう言って笑う天音ちゃんの顔が、ふと、あいつの笑顔と重なった。
そうだ。
あいつは言っていた。
――俺は運命と戦う! そして勝ってみせる!
ああ、そうだ。
あいつが戦うというなら、俺はあいつの強さを信じよう。
あいつが俺の心を信じてくれたように。
もしもあいつが負けそうになったなら、俺があいつを支えよう。
あいつが俺を支えてくれたように。
あいつが前を向いている限り、俺はもう後ろは振り向かない。
「ありがとう、天音ちゃん」
「え、う、うん! えへへ」
少女がはにかむ。
その笑顔はかつての俺に温もりを与えてくれた。そして今また、大切なことに気づかせてくれた。
ありがとう。
もう一度、心からそう思った。
「あら、もうこんな時間。それじゃ、そろそろ夕飯の準備をしましょうか。天音、手伝って」
「はぁーい!」
気がつけば、西の空はやわらかな夕焼けにおおわれていた。
綺麗な夕陽だ。
今まで何億回と見てきた。そして、これからも何億回と見るのだろう。
お前もこうやって、どこかで夕陽を見るのか――
――なあ、剣崎。
元ネタツイート
炊ゆたま さん
『昨日からしばらく収まっていたブレイド熱が再発したヤバイ。だから妄想書いとく。
ブレイドキャラが会話の中で思わずもう会えない人のことを言ってたら、その事情を知らない人が「えっその人はもう…」て誤解されて、訂正すると、その人は謝罪してほっとする横で、小さくその逆なんだって呟くのみたい。』
※本人の許可を得て、制作、掲載しております