美少女に"格闘戦"をしかけるのは合法である   作:くきゅる

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第十話 川遊び

第十話 川遊び

 

 

 川遊び組の着替えが終わり、ロッジ裏に集合した頃。

 各々が自分らしさを表現した水着を披露していると、後輩組三人がシャロンの肉体に食いついた。

 

 

「うわー、先輩の身体すごっ!」

 

「貫録ありますねぇー!」

 

「わー……!」

 

 

 六パックに割れた腹筋に、逞しい胸板。

 鍛え抜かれた肉体美に加えて、あちこちに見受けられる古傷が、歴戦の格闘家としてのシャロンを物語っていた。

 本人は基礎鍛錬というが、それでも膨大な筋トレと、岩石砕き等の一部常軌を逸した内容を熟している上、試合では例によって不退転するのだからそりゃそうなるだろう。

 本当の意味で、この古傷は全てシャロンの勲章であった。

 

 

「おぉ~! 凄く硬い!」

 

「ちょ、リオ!?」

 

 

 興味津々といった感じのリオは、早速シャロンの割れた腹筋をつんつん突いていた。

 平然を装っているが、言うまでもなくシャロンは高まっている。

 

 

「そんなに珍しいものでもないと思うが」

 

 

 いや、シャロンのような変態は珍しいどころじゃないと思うが。

 

 

「いえ、私も男性の格闘家を何人も見てきましたが、ここまで磨かかれた方は見た事ありません」

 

「なんだよ、その古傷。お前本当に中学生か……?」

 

 

 相変わらず、ノーヴェとアインハルトの好感度はアホみたいに高い。

 自分のガワの魅力に自覚がないシャロンだからこそ、ナチュラルなイケメンオーラを醸し出せている部分もあるかもしれない。 

 

 

「そういうアインハルトも、随分大胆な水着じゃないか。似合ってるぞ」

 

 

 ほら、こういう所である。

 

 寡黙で自己主張しない彼女にしては珍しい、黒を基調としたビキニタイプの水着。

 しかも、布同士を結んでいるような形態故、ふとした事で解けて隠された神秘が露わになりそうな危うさがまたそそられる。

 などと、内心で考えているのはこんな調子なのに。

 

 案の定というか、様式美のようにアインハルトは顔を真っ赤にしていた。

 

 

「こ、これは、ルーテシアさんが選んでくださったものなので……!」

 

「うんうん、やっぱり私のセンスに狂い無し! 良かったねー、アインハルト!」

 

「アインハルトさん、顔真っ赤~!」

 

「先輩! 私のはどうですか!」

 

「うぅ~、私も学校指定のじゃなくて、ちゃんと買えば良かったかな~」

 

 

 シャロンが一言放っただけで、美少女達が様々なリアクションを返してくれる。

 勘違いを繰り返した末の人物像とイケメンな容姿によって、今日もシャロンの世界は美少女で彩られていた。

 

 羨ま死ね。

 

 閑話休題。

 

 

「皆、似合ってるよ。コロナも、素の可愛さが洗練されてるんじゃないか」

 

「私も褒めてくださいよー!」

 

「はいはい」

 

 

 十歳児が身につけるにはこれまたハードルが高いというかなんというか。

 コロナやリオが程よく小学生をやっている気がする。

 ヴィヴィオのはアインハルトと同じビキニだが、こちらはピンク主体で胸の中心に大きなリボンをあしらえたデザインになっている。

 水泳用に髪もツインテールになっており、普段とは違うあざと可愛さがそこにはあった。

 

 アインハルトとヴィヴィオを並べると、そのコントラストの見事さで次元断層の一つや二つ起こるのではないかと、馬鹿なことを考えるシャロン。 

 

 

「えへへ~、ありがとうございます~!」

 

 

 ヴィヴィオも時間をかけて選び抜いた珠玉の水着を褒められて満更でもなさそうだった。

 

 ここまで普通の主人公を演じているシャロンだが、頭は大気中のビショウジョニウムの急上昇によりオーバーヒート寸前である。

 意味が分からないかもしれないが、恐らく誰も分からないと思うのであまり気にしないでほしい。

 

 

 ──(アインハルトとヴィヴィオのコンビネーションによるシナジーはエクスペクテンシーをオーバーしているが、更にその一組のアンチテーゼとして成り立っているのがリオとコロナだ。これは素晴らしい。真面目でお上品なコロナの学校指定……いわゆるスク水は、彼女だからこそ素の清楚さと小学生特有の愛らしさを倍々ゲームの如く上昇させている。リオはこれもう今の年齢でしか着れないようなヒラヒラのワンピースを選んでいるのがポイント高い。リオとコロナは自分の年齢を最大限に活かす水着を、そしてアインハルトとヴィヴィオは幼さを残しつつアクセントとしての大人っぽい水着を選んでいる。互いの組の中でもまた違う方向性の可愛らしさを持っており、誰が優れているとか劣っているとかもはやそういう次元の話ではない。更に、アインハルトの水着を選び抜いたと同時に、自らも一流のコーデで着飾るルーテシアさんもまた素晴らしいという表現では…………)

 

 

 先ほどまで挙げたシャロンの内心はほんの一端。

 それを少し掻い摘んだだけ。

 少ない言葉数だったのは、思考のリソースを殆ど分析に使っていたから。

 本当のシャロンの内心は、このように言葉の濁流で混沌としている。

 現在進行形で、世界中で最も無駄なマルチタスクを熟しているシャロン。

 気持ち悪さの倍々ゲームである。

 

 

「お、川が見えてきたな」

 

「あたしいっちばーん!」

 

「あーリオずるーい!」

 

 

 そんなシャロン事情も露知らず、美少女達は無邪気な笑顔で我先にと川へ飛び込んでいく。

 少し後ろから眺めるシャロンは、極めて芸術性の高いこの一枚を収めるのに必死だった。

 

 

「ノーヴェさん、できれば私は練習を……」

 

「まぁ、準備運動だと思って遊んでやれよ」

 

「ですが……」

 

 

 煮え切らない態度のアインハルト。

 後輩組と打ち解けつつはあるが、やはりまだ距離があるようだった。

 そこで、ノーヴェがシャロンに念話を送る。

 

 

『シャロン、お前アインハルトを川へ投げ込んじまえ』

 

『え!? いいんですか!?』

 

 

 ──(そんな役得があっていいんですか!?)

 

 という意味での返事だが、無茶振りに困っていると誤解したノーヴェ。

 

 

『あぁ、私が許可する! 思いっきりやれ!』

 

 

 "魔力量は豊富だし、あいつなら大丈夫だろう"と、意外と容赦がない。

 実際、魔導師は本能的に危険を察知すると魔力強化が働くので、川へ投げ込まれるくらいで怪我はしないのだが、別にそんな心配はシャロンはしていない。

 

 ──(今まで試合中にはだけた相手とやる機会はあったが、まさか水着の美少女を合法的に投げられる機会がくるなんて思いもよらなかったぜ……俺が格闘技を始めたのも、全てはこの日の為だったに違いない!)

 

 いまだ恥ずかしそうに水着を手で押さえているアインハルトを視界に捉え、どのような角度で、手法で投げ飛ばそうかと目を見開いて考える。

 

 ──(チャンスは一度切り。となると、安定のアレでいくか?)

 

 人を川に投げ飛ばすの安定の手法なんてあったもんじゃないが、シャロンは大真面目だ。

 

 ここまで僅かコンマ数秒。

 シャロン、ついに動き出す。

 

 

 

「アインハルト」

 

「シャロンさん? ちょうど良かった。私と一緒に組手でも……」

 

「──すまん」

 

 

 シャロン、アインハルトの肩に手を回し、膝裏を蹴りあげて宙に浮かせる。

 一瞬のことで何が起きたのかもわからないアインハルトを、そのままナイスキャッチ。

 

 

「……え?」

 

「恨むならノーヴェさんを恨んでくれ。俺だって、本意じゃないんだ」

 

 

 史上最低の大嘘吐きがここにいた。

 さらっとノーヴェに命令されたという建前を使って、無理やりやらされたことにしようとしていた。

 

 

「飛ぶぞ、アインハルト!」

 

 

 "ちょっと、え? あの、どういう事ですか!? 降ろしてください!?"と抵抗するも、超怒涛の展開はそんな彼女の抗議すら受け付けない。

 シャロンは前のめりになり、アインハルトを抱えたまま疾走。

 勢いがついたところで、両腕をフルスイングしてアインハルトを投げ飛ばした。

 

 

 

「きゃあぁぁ!?」

 

 

 

 ──春真っ盛りの大自然の中、美少女が宙を舞う。

 

 

 狙い通り、アインハルトは後輩組がはしゃいでいる隣くらいに着水する。

 ド派手な水しぶきがあがり、"天然シャワー!"と後輩組が能天気そうなコメントをする。

 

 

 ──(虹さえ霞む美しさ……そして、素晴らしい抱き心地であった)

 

 

 密着した時に弾けたフローラルな香りと、指が簡単に食い込んだもちもちの白肌の感触はしっかりと脳裏に焼き付いている。

 アインハルトがこちらを睨んでいる気がしたが、それもまた気持ち良しとシャロン。

 すぐに後輩組に捕まって、水泳に参加させられていた。

 

 

「シャロン、お前は行かねぇのか?」

 

「もうちょっと見学してから混ざりますよ」

 

 

 正直、シャロンも川の中に入るのを少し躊躇っていた。

 確かに同じ水中で一体化できるのは魅力的だが、それはそれで折角の"聖域"をシャロンという不純物で汚してしまうからだった。

 まぁ、不純物という観点で見れば、世界全体でも有数な不純物だと思われるが。

 

 そんなこんなで、もう少し"聖域"としての純度を高めてから入水する事に決めたシャロン。

 美少女が泳ぐ姿をサーチャー越しでまじまじと眺めていた。

 

 

「にしても、皆よく泳ぎますね。特にヴィヴィオ達の持久力は中々目をはります」

 

「まぁな。あいつらはなんだかんだ週二くらいか? プールで遊びながらトレーニングしてたからな」

 

 

 それでヴィヴィオは、しなやかで持久力のある筋肉が仕上がっていたのかと納得するシャロン。

 ボディチェックの時は堪能させていただきましたと、ノーヴェに感謝の念を送っていた。

 

 そして、ふと思った。

 

 

「週二でプールですか」

 

「そうだよ」

 

「市営プール?」

 

「あぁ」

 

 

 ──(俺が知らない間に週二でプールだと……!?)

 

 水中での訓練が有用なのは確かだが、そんなものは自然の激流の中に身体を埋めて行っていたシャロン。

 そもそも、市営プールは老若男女集う場所。

 そんな中で興奮の極致に至れる筈はなく、寧ろ感覚の鋭いシャロンは野郎と一緒に入る時点でマイナスだった。

 

 ──(だが、この後輩組と一緒なら+にはるのでは?)

 

 今度、機会があれば誘ってもらおうと決心した。

 

 

「……シャロンさん」

 

 

 また暫くすると、かなり疲弊したアインハルトが川から上がってきた。

 

 

「お疲れさん。水の中はまた違った感覚だろう?」

 

「はい……体力には自信があったのですが」

 

 

 ノーヴェが暖かいカップを渡すと、ふーふーしながら口につけるアインハルト。

 

 

「別に水中と陸上に向いている筋肉の質がまるで別物という話でもない。水中での動作に影響が出やすい、膝や肩、関節の柔らかさが重要になってくるだけで、それはストレッチを日頃からしていれば解消される」

 

「さすが、詳しいなシャロン」

 

「一応、アスリートなので」

 

 

 一流の格闘技者でアスリートなのは、彼が超ド変態だとしても変わらぬ事実だった。

 

 そして"聖域"の質もそろそろ極まっただろうと、シャロンは腰を上げて準備運動を始めた。

 

 

「じゃあ交代だ」

 

 

 身体がほぐれたのを確かめると、川の中へ勢いよく飛び込んだ。

 まだまだ元気いっぱいの後輩組に混ざり、アインハルトと同様に岸まで競争したり、素潜り対決をしたり、普段の訓練では得られない興奮を存分に味わうシャロン。

 

 ──(美少女成分が沁みだした清い川の中に溶け込み一体となる……あぁ母なる安らぎとは正にこのことか。全身を包むのは単なる水ではなく、美少女そのもの。俺は今、世界と一つになろうとしている……!)

 

 変態が世界との融合を果たそうとしてトリップしている最中、ノーヴェが一声かける。

 

 

「よーし、ヴィヴィオ、リオ、コロナ! ちょっと、"水斬り"見せてくれよ!」

 

 

 そう言うと、後輩組が"はーい"と元気よく返事をして何やら構えを取り出した。

 

 

「水斬り?」

 

「まぁ、見てなって」

 

 

 正気に戻ったシャロンも一度川から上がって、アインハルトと横並びで"水斬り"とやらの見せてもらうことになった。

 

 

「いきますっ!」

 

 

 まずはヴィヴィオが一突き。

 数mの水柱が上がり、衝撃で水面がめくれあがる。

 リオとコロナもそれに続き、似たり寄ったりの水柱を上げた。

 

 

「アインハルトとシャロンも格闘技強いんでしょ? 二人とも試してみたら?」

 

 

 ルーテシアがシャロン等を促す。

 

 

「──はい」

 

「俺は投げ主体なのでパスします」

 

 

 一見、子供の頃によくやった水遊びに見えるが、その実打撃のチェックができる合理的な遊びだった。

 水という空気抵抗よりも重い障害物が纏わりつくことで、普段の雑な拳の使い方が如実に現れるからだ。

 そういうわけで、"ではお言葉に甘えて"と、アインハルトだけが入水する。

 

 

 

「いきます」

 

 

 

 水中は初体験のアインハルト。

 彼女なりに導き出した理論で構えて、溜めた拳を解き放つ。

 

 

 

「はぁッ!」

 

 

 

 水中で一閃。

 

 後輩達よりも派手な水柱が上がった。

 

 

 

「すごーい!」

 

「水柱、5mくらいあがりましたよ!」

 

 

 

 だが、初速の速さ故か、撃ち抜く瞬間には勢いが死んであまり前進はしなかった。

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 本人も予想と違ったのが、素っ頓狂な顔で落ちてくる水飛沫に打たれていた。

 

 

「お前のはちょっと初速が速すぎるんだな」

 

 

 ノーヴェがお手本を見せると入水して、腰まで浸かる程度の所で構えをとる。

 "初めはゆるっと脱力して、途中はゆっくり……"と、解説を交えながら水を蹴ってみせた。

 拳打と蹴りでは勝手が違うかもしれないが、理論自体は一緒である。

 

 

「んで、この一連の流れを素早く行う……とッ!」

 

 

 ノーヴェの本気蹴り。

 

 アインハルトと同じくらいの水柱に加えて、倍以上の距離の水面が割れた。

 

 

「こうなるわけだ」

 

 

 得意げな顔をするノーヴェ。

 さすがストライクアーツ有段者権指導資格を持っているだけあり、コーチングもテクニックもかなりのものだった。

 シャロンでは理論を教えることはできても、いざ実践して見せるということはできない。

 

 

「シャロン先輩のも見てみたいですー!」

 

 

 すると、シャロンの教え子第一号のヴィヴィオが一言。

 

 

「俺は、技術だけならお前達にずっと劣るんだが……」

 

「けどお前、打撃は使わなくはないんだろ? いいから、やってみろって!」

 

「私もDSAA強豪選手の腕前、気になってたりするんだよねー。ここのオーナー権限で命令です! シャロン、水斬りやってみせて!」

 

 

 曲がりなりにも教え子にせがまれ、寄宿先のオーナーに命令されては仕方ない。

 

 

「……分かりました。とにかく、水を"斬って割れば"いいんですよね」

 

「細かい打撃方法は任せるよ。とにかく、打ってみてくれ」

 

 

 真打登場とばかりに盛り上がるギャラリー。

 引くに引けない流れだと、腹を括るシャロン。

 

 ──(……ここまで盛り上がられると、下手なもんは見せられないよなぁ)

 

 シャロンは理論では分かっていても、細かい技量までは追いついていない。

 そもそもが力押しが売りであるからして、多少パワーロスが生じようが、圧倒的な力で押し通してきた男だ。

 力isパワーを地で行ってきたシャロンにとって、この水斬りという遊びは苦手分野だった。

 

 ──(しかし、あれだ。特に打撃の仕方に指定はないもんなぁ)

 

 オーナーや引率者からのパワハラを受けたからには、多少の意趣返しも許されるだろうと口元を歪ませる。

 

 

「じゃ、"水斬り"やらせてもらいますよ」

 

 

 まずは足腰を曲げて低くし、押さえつけられたバネのように力を溜める。

 魔力の循環を活性化し、コンディションを整えると、最高のタイミングで地面を蹴った。

 

 

 

 

「フンッ!!!」

 

 

 

 

 ──春真っ盛りの大自然の中、イケメンが宙を舞う

 

 

 

 お前水斬りするんじゃねぇのかよと思われるかもしれないが、まぁ待ってほしい。

 

 ギャラリーが呆気にとられる中、シャロンは数mの飛翔と同時に半回転して打撃の構えを取った。

 そこから空中に魔法で足場を作り、筋肉で膨れ上がり魔力で強化した両の脚で、再び水面へと直下ダイブする。

 

 

 

 

「いくぞォッ!!!」

 

 

 

 ──シャロン、全身のウェイトが乗った最高の一撃を水面に叩きつける

 

 

 結果。

 

 

 

 

"えええぇぇ!?!?"

 

 

 

 不退転本気の一撃は、文字通り水を割り、水柱の域を超えた軽い津波が起こるレベルの衝撃であった。

 打撃チェックの概念が崩れるが、細かく指示しなかったのが悪いと屁理屈をこねるシャロン。

 ギャラリーは皆、波に飲まれて周囲は大参事であった。

 

 

「水、割れたでしょう?」

 

 

 したり顔で、浮かび上がってきたギャラリーに言い放つシャロン。

 

 

「割れたでしょう、じゃねぇ!? 危うく溺れるかと思ったわ!?」

 

「ぷはー! あははは、シャロン先輩やっぱすごーい!」

 

「は、はひー……」

 

「ほ、ほんものの津波もあんなかんじなのかな……」

 

「……呆れた。男の子ってみんなこうなのかしら」

 

 

 後輩組やルーテシアは、呆れつつもシャロンのサプライズアタックを楽しんでいたようだった。

 そして、説教をしたノーヴェは、二度とシャロンには無茶な振りはしないことを心に誓う。

 何をしでかすか分からない所が、変態の怖い所である。

 

 

「……酷い目にあいました」

 

 

 一番近くにいたアインハルトが最も被害を被っていた。

 げんなりした表情から、心的疲労の程が伺える。

 無理やり川遊びに連行されたかと思えば、変態に投げ飛ばされ、挙句にこれだ。

 

 ──だが、悲劇はこれで終わらない

 

 

 

「あれ、アインハルトさん……?」

 

 

 

 ヴィヴィオが何かに気づき、声をかける。

 

 

 

「なんですか、ヴィヴィオさん」

 

 

「いえその……」

 

 

 

 ちょっと言い辛そうにしている。

 何を躊躇っているのか、疑問に思うアインハルト。

 

 周りもヴィヴィオの声で、彼女の方へ向く。

 

 ──そして、気付いてしまった

 

 

 

 

「……上の水着が」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 目線を下げると、そこには産まれた頃と変わらぬありのままの姿があった。

 ささやかな膨らみと、その中央にある桜色まで──再度言うが、ありのままの姿がそこにはあった。

 

 

 

「~~~~ッ!?!?!?」

 

 

 

 すぐに手を覆い隠すアインハルト。

 相当恥ずかしいが、同性になら見られても致命傷ではない。

 

 ──問題はがあるのは、この場でただ一人の異性

 

 

 

「……見ましたか?」

 

「…………」

 

 

 

 ──不退転の変態、シャロン・クーベル少年であった。

 

 シャロンは問いかけに対して、顔をそらして無言の返答をした。

 

 それが意味するのは、まぁ"ばっちり拝ませてもらいました"という事なのだが。

 

 

 

「見たんですね!?」

 

 

 

 本当は今すぐシャロンに飛びかかって問いただしたいところだったが、生憎と両腕は胸を隠すので手一杯である。

 

 すると、シャロンは何を思ったのかアインハルトの方へ向き直り、真っ直ぐに彼女を見据えてこう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

「──見た」

 

 

 

 

 

 

 

 こいつ、何真顔でラッキースケベ宣言をしているのだろう。

 

 "おぉ~!"とリオとルーテシアが、その男気溢れるドストレートな返答に感嘆していた。

 

 

 

「え……あの……えっと……」

 

 

  

 まさか正直に"見た"と言われるとは思いもよらず、逆にどう返していいか困惑するアインハルト。

 

 ──しかしこの時、実を言うと困惑していたのはアインハルトだけではなかった

 

 

 

 

 ──(まじッべーわ……まじッべーよ……本物の桜なんて見た事ないのに、本物以上のもの拝ませてもらっちゃったけど、それどころじゃねぇぞこれ)

 

 

 ハイパーラッキースケベイベントにシャロンの脳内の九割が桜色で染まったが、残り一割の緊急事態に対処するための部分は冷静に現実を受け止めていた。

 嵌めを外し過ぎて同級生の水着を吹き飛ばしたなんて噂が広まれば、シャロンの社会的地位が死にかねない。

 実際はそこまでにならないかもしれないが、しどろみどろに誤魔化しては不退転の名が泣くと。

 

 そう考えて、博打に出たのだ。

 

 

 ──(不退転は、退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!)

 

 

 いや、省みて悔い改めるべきだろう。

 

 

 シャロンはぷかぷかと浮かんでいる黒い水着に気が付くと素早く手に取り、アインハルトの元へ近づく。

 堂々と向かってくるシャロンに、身の危険とまではいかないが、恥ずかしさで僅かに後ずさりをするアインハルト。

 けれど、相手が殆ど全裸の美少女だからって、シャロンは手加減するような男ではない。

 傍から見れば、自棄を起こして襲いかかろうとしているようにしか見えないが、そこまで理性を欠いてもいなかった。

 

 

 

 

 

「──俺は言い訳しない。本当に一瞬だったが、見てしまったのは事実だ。そして、何も思わなかったと言えば嘘になる。許してくれとは言わないが、嵌めを外し過ぎたことは心から謝罪する」

 

 

 

 

 一瞬どころか、誰よりも早く気づいて凝視していたのでこれも大嘘なのだが一先ずおいておこう。

 

 

 

 

「本当にすまなかった。怪我と違って、治療すれば何とかなるものじゃないからな……もし償えることがあるなら、何でも言ってほしい」

 

 

 

 勢いに身を任せて罪を暴露して謝罪する。

 なんと潔い様だろう。

 このまま切腹でもして詫びてほしいくらいだ。

 

 "水着は見つけてきたぞ"と、アインハルトの肩に水着をかけるシャロン。

 

 

 

「……ありがとうございます。それと……取り乱してすいませんでした」

 

 

「全部、俺が悪いんだ。気にしないでくれ」

 

 

 

 あまりにも冷静過ぎる対応に、アインハルトの熱も次第に引いて落ち着きを取り戻しつつあった。

 加害者と被害者が和解したことにより、周囲の張りつめた空気も緩まってきた。

 "シャロンに水斬りやらせたあたしも悪かったよ""私も同罪ね"と、ノーヴェとルーテシアも謝罪したことで、これにてアインハルトのぽろり事件は大団円となった。

 

 

 

「にしても、まさか見たって言い切るとは思わなかったわー」

 

「シャロン先輩、男前~!」

 

「あはは……」

 

「確かに……」

 

 

 

 ラッキースケベを通して、加害者のくせに何故か株が上がったシャロン。

 

 元々築き上げてきたイケメン像が後押ししたのもあるが、あそこまで表情に出さずに淡々と罪を認めて真摯に謝罪をできる人間は滅多にいないだろう。

 

 

 

 ──(露骨なヌードは好まないが、偶然に偶然が重なって生じた奇跡の光景というのは中々に……フフ)

 

 

 

 澄ました貌を一枚引っぺがせば、最低な変態野郎の面が拝めるのに、その一枚のガードが堅すぎて誰も本性を見抜けない。

 

 

 

 ──春のぽかぽか陽気にあてられ、今日も変態はご機嫌さんであった。


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