美少女に"格闘戦"をしかけるのは合法である   作:くきゅる

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第十一話 "シャロンさん"

 水斬り騒動も一段落し、色んな意味で疲れ果てた川遊び組はロッジに帰還。

 そこで待っていたのは、山盛りの肉や野菜……つまるところ、バーベキューである。

 育ち盛りは食べ盛り。

 ヴィヴィオ等に限らず、シャロンもその例外ではなかった。

 着替えもそこそこに、支度を済ませてテーブルに着く。

 

 

「じゃあ、今日の良き日に感謝を込めて」

 

 

 "いただきます"と、異世界発祥の食前の祈りを済ませて手をつける。

 美人美少女に囲まれながら、空腹をスパイスに最高のバーベキュー。

 プライスレスな優雅なランチ──

 

 

 

 

「美味しいね、シャロン」

 

「……そうだな」

 

 

 

 

 

 ──にはならなかった。

 

 具体的には、周りが気を利かせて同性のシャロンとエリオを固めたのである。

 "俺の最高のランチを返せ"と、普段と変わらぬ仏頂面に殺意を込めてエリオを睨むが、返ってくるのは真正の爽やかイケメンスマイルだった。

 しかも、自棄食いするシャロンと同じペースで平然と食うのだから、腹が立つったらありゃしない。

 

 

 

「そろそろ無くなりそうだし、追加分焼いてくるね」

「それなら、俺が」

「ううん、シャロンは待っててよ!」

「…………」

 

 

 

 これで席を離れる理由がなくなってしまう。

 

 ──(余計な世話焼いてんじゃねぇ殺すぞ)

 

 育ちが良い筈のシャロンだが、中身は品性の欠片もない暴言と憎悪がひしめき合っていた。 

 最も構われたくない相手から甲斐甲斐しく世話をされるシャロン。

 後半はもう諦めて、話に相槌を打ちながら肉を咀嚼する機械となっていた。

 

 

 

「オニクオイシイ」

 

 

「そう言ってくれると、焼いてきた甲斐があるかな」

 

「シャロンって凄く大人びて見えるけど、今は何だか子供っぽく見えて可愛い!」

 

「大人びてっていうか、生意気って感じだけどね~」

 

 

 

 世話を焼くイケメンと、死んだ表情で世話を焼かれるイケメン。

 ちょっと意外な一面があるのだと、女性陣に誤解されながら微笑ましく見守られる二人。 

 シャロンが腹を十二分まで満たした頃には、皆午後のティータイムを楽しんでいた。

 その間、エリオへの報復を目論んでいたシャロンは、おもむろに席を立つ。

 向かったのは、なのはが居る場所。

 

 

 

「なのはさん」

 

 

 

 相変わらず美しく、叱る時はきっと愛の射砲撃がびしばしとんでくるんだろうなぁ等と、クソな妄想を垂れ流しながらシャロンはなのはに声をかけた。

 

 

 

「どうしたのかな?」

 

「少し相談がありまして」

 

 

 

 ──(エリオをフルボッコにするためのな)

 

 内に秘めたドス黒いモノを悟られないよう隠しながら、"実はかくかくしかじかで"と、こっそりなのはに耳打ちするシャロン。

 

 

 

「うん! そういうことなら任せて!」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

 建前はばっちりなので、耳打ちされたなのはも納得どころか、むしろ喜んで賛同してくれた。

  

 

 ──(計画通り)

 

 

 誰も見ていないのをいいことに、振り向きざまに悪そうなキメ顔をして食器の片づけ作業に入るシャロン。

 

 

 

 ──(俺が楽園でただ一人のアダムとなる)

 

 

 

 異世界神話をなぞって、意味の分からぬ例えを用いる頭のおかしい変態。

 そんなに楽園のアダムになりたいのなら、早く天に召されてはいかがだろうか。

 

 

 

 

 

 

 シャロンは自分の作業を終えると、軽くアップをしてから大人組に合流する。

 

 

「あれ、シャロン?」

 

 

 "訓練に参加するの?"と、どことなく嬉しそうに尋ねるエリオ。

 午後は模擬戦の後に、ウォールアクトやシューティングなど各々のスキルアップを図るメニューとなっている。

 シャロンがなのはに頼んでねじ込んでもらったのは前半の模擬戦。

 元六課の分隊ごとに行う予定であったが、これもまた一興とのことで軽く承諾された。

 

 

「そういう訳で、本気でいかせてもらおう」

 

 

「こっちこそ、望む所だよ! お互い、悔いの残らないよう全力でやろう!」

 

 

 今回のシャロンの"本気"は、DSAAで見せるような己の性欲を満たす為の"本気"とは違う。

 相手を徹底的に叩きのめすための"本気"である。

 同じ"本気"なのには変わりないが、今のシャロンは文字通りの意味で"本気"なのだ。

 誰にも見せたことのない本当の"不退転"がここに顕現する。

 

 

「ストラーダ!」

 

 

 互いにデバイスを起動して戦闘モードに移行。

 エリオは白いジャケットを纏い、両手には槍状に変化したストラーダを持つ。

 幼い日から魔法の訓練を重ね、大人顔負けの場数を踏んできたエリオにもさすがの貫録があった。

 

 

 

「──セットアップ」

 

 

 

 対するシャロンは、いつものようにただの半裸──ではなかった。

 

 

 

「シャロン先輩!?」

 

「シャロンさん!?」

 

「うそぉッ!?」

 

 

 

 模擬戦の噂を聞きつけ、訓練に参加していない後輩組プラスアルファも試合を見に来ていた。

 

 

 

「──さぁ、始めよう」

 

 

 

 

 別に後輩組に限らず、その場で見ていた誰もが驚愕していた。

 

 

 

"大人モード!?"

 

 

 

 と。

 半裸には変わりないが、風貌が全く異なっていた。

 そう、大人モードの使用である。

 実はシャロン、この魔法をDSAA公式試合では一度も使ったことがない。

 別に使えなかっただとか、動作が安定しないだとかではない。

 というか、肉体に直接作用するような魔法は得意分野である。

 

 では、何故か。

 

 

 ──(大人モードはいわば、魔法で編んだ偽りの肉体。偽りの肉体がいくら強靭であろうと、ソレははたして本当に俺なのだろうか? 俺ではない何かが交わったところで、俺は本当に興奮できるのだろうか? 断じて否だ)

 

 

 とのことである。 

 

 

 

「俺はこの魔法が好きじゃない。だが、"普段の試合"じゃないなら話は別だ。エリオには"同じ男"として負けたくないし、歴戦の猛者相手なら少しでも背伸びをしないと難しそうだからな」

 

 

「あはは、それは少し買い被り過ぎだとは思うけど……シャロンの本気は伝わったよ」

 

 

 

 エリオも涼しい顔をしているが、内心では戦慄していた。

 

 大人モードとは、肉体年齢の未熟さを補う為の魔法の俗称である。

 逆に年齢を下げて、最盛期の自分に戻す魔法だってある。

 

 閑話休題。

 

 シャロンが先取りしたのは二十手前の完全に仕上がった頃の自分の肉体。

 長年の鍛錬や試合でついた古傷はそのままに、もう一回り膨れ上がった筋肉と百八十を軽く超えた身長。

 油断も隙もなさそうな表情と、相手を捉えて逃がさない切れ長の瞳

 "こいつを倒すためなら縛りすら捨て去っても良い"という、不退転の覚悟の表れだった。

 

 こころなしか、髪も若干伸びて逆立っている気がする。

 畏敬の念を込めて、"シャロンさん"と呼ばせてもらおう。

 

 

 そしてほんの少し遡り、観戦している後輩組はというと。

  

 

 

「……凄いですね、シャロンさん」

 

「なんか、私達が使ってるのと全然違うような……」

 

「先輩も大人モード使えたんだ~!」

 

「あれ、でも試合じゃ一度もみたことない気が……」

 

 

 

 この合宿参加者の中で最もシャロンと接している彼女等だが、やはり彼の大人モードの衝撃は大きかったらしい。

 

 

 

「あたしもアイツの試合の記録映像は見たことあるけど、確かに今まで一回も使ってないな」

 

 

 

 何故、使わないのか。

 その疑問に答えるように、先ほどのシャロンの台詞が流れる。

 "あまり好まないから、普段の試合では使わない"

 そして、年齢の先取りを"背伸び"と言った。

 ストイックを通り越した縛りに、皆一様に恐れ戦く。

 

 まぁ実際は、ストイックとは正反対の己の欲に忠実なだけの獣なのだが。

 今回も私怨と私情が混ざったが故の大人モードの解放。

 

 知らぬが云々。

 

 

 

「ただ勝ちたい、というだけではないのでしょうね。シャロンさんは」

 

 

 

 と、アインハルトがまず誤解する。

 確かに勝ち負けなんて気にしていないが、そもそも試合自体がシャロンの欲望を満たすための建前に過ぎない。

 

 

 

「アイツは、自分が鍛えてきた肉体と技に誇りを持ってるんじゃねぇかな。そういう選手も少なからずいるしな。公式試合じゃ、ありのまま等身大の自分で臨みたい……そんなところか?」

 

 

 

 "ま、推測だけどな"と、こちらも盛大に誤解しているノーヴェ。

 魔法で変化させた肉体だと、本当に接触できた気がしないからである。

 本気でそう思って使わないでいる選手に失礼だから、はやいとこ訂正してほしいところだが。

 

 知らぬが云々。

 

 

 

「うー、大人モードはやっぱり良くないのかなー」

 

「そんな事はないさ。広義で言えば、魔力強化も大人モードも変わりはしない。ただ、人それぞれってことだよ。それにお前は使わないと、身体持たねーぞ?」

 

「ていうか、先輩の場合使わなくても身体凄いし」

 

「凄いもんね~」

 

 

 

 ご最もな話だ。

 シャロンの肉体には天性の才能が宿されていて、それを存分に開花させるだけの鍛錬を絶えず行っていた。

 あとは年齢が追いつけば、彼の肉体……つまり、"シャロンさん"が完成するのである。

 しかもそれは、魔法での急ごしらえの肉体なんかの比じゃない。

 

 

「なんか、エリオが華奢に見えるわね。実際、女装とか似合いそうだし」

 

「お嬢、それ絶対アイツ等の前で言うなよ」

 

 

 エリオ、完全"シャロンさん"の当て馬となっていた。

 

 

 

 視点は再びエリオとシャロンさんに戻る。

 

 

 

「エリオは後半の訓練も残ってるから、3回ダウン判定が入るか、KOで負け。いい?」

 

「はい!」

 

「分かりました」

 

 

 

 ステージは魔法で組まれたビル街の中。

 範囲はある程度縮小されているが、それでも身を隠すことが出来たり、実戦に近い仕様だった。

 

 

「それじゃあ、いくよー!」

 

 

 両者、セットアップを終えて定位置についたのを確認して、試合までのカウントが始まる。

 カウントが5から始まり、1まで切った時。

 

 "Fight"

 

 試合のゴングが鳴った。

 

 

 

「──潰す」

 

「ッ!?」

 

 

 

 開幕、速攻仕掛けるのはシャロンさん。

 刹那の時間を切り取らないと見えないようなロケットダッシュで、エリオに突っ込む。

 そのままビルごと巻き込み、凄まじい破壊音を轟かせる。

 

 

 

「逃げたか」

 

 

 

 だが、手応えがなかった。

 煙と埃で視界が悪い中、シャロンさんは外した事も想定内だと言わんばかりに手を後ろに回す。

 

 

 

「うおおぉぉぉ!!!」

 

 

 

 エリオが雄叫びを上げながら斬りかかる。

 

 

 

「読めてる」

 

「うそ!?」

 

 

 

 回していた手は槍の軌道上ジャストであり、刃になっている部分を素手で掴んでみせた。

 化け物じみた感知と肉体が成せる業である。

 

 

 

「飛べ!」

 

 

 

 アインハルトにも似たような言葉を向けたが、エリオのには優しさの"や"の字もない。

 今のシャロンさんは情け容赦のない修羅だ。

 掴んだ槍ごとエリオを屋外に投げ飛ばす。

 

 

 

「どうした、こんなものじゃないだろう?」

 

 

 

 さすがは、シャロンさん。

 もはや試合上で行う不退転スタイルという名の縛りがない今、その力は圧倒的であった。

 

 ──(その綺麗な面、どうなるか見物だな)

 

 そして、考えていることはこの屑っぷり。

 二重の意味でシャロンさんは凄いのだ。

 

 

 

「まだまだぁッ!!!」

 

 

 

 負けじと、ダウン判定を取られることなく体勢を立て直すエリオ。

 

 

 

「甘い」

 

 

 

 だが、エリオは熟練の槍捌きでシャロンさんに果敢に攻めかかるも、片腕で往なされている。

 これではどっちが歴戦の猛者なのか分からない。

 

 すると、エリオの挙動が変化する。

 

 槍でシャロンのガードを固めたところで、右腕を下げた。

 そして右拳に高密度の魔力を収束させ、更に魔力変換資質・雷により、それは超高電圧の雷撃と化す。

 師の一人である、烈火の騎士シグナムより盗んだ技。

 

 

 

「紫電ッ!!」

 

 

 されど、その一撃は見てくれを真似ただけのものにはあらず。

 

 

「一閃ッ!!!」

 

 

 試合で例えるなら、相手を倒しきるためのフィニッシュブロー級。

 ガードの上からでもダメージを貫通させる、エリオの必殺技の一つだ。

 受けに徹しているシャロンさんには避けられない。

 "これでダウンは奪える筈!"と、エリオも己の勝ち……少なくともダウンを確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ほう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──しかし、エリオは相手をはかり間違えていた。

 

 ただ圧倒的に勝つことだけを目的としたシャロンさんに接近戦を挑んで、簡単にダウンを奪えると思ったのなら、浅はかにも程がある。

 

 

 

「なぁッ!?」

 

 

 

 先ほどから驚いてばかりのエリオ。

 それも仕方ない。

 

 

 

 

「俺に"格闘戦"をしかけるとは、良い度胸だ」

 

 

 

 

 なんと、槍を即座に振り払ったシャロンさんはエリオの拳を受け止めていた。

 シュウと、鎮火したような音と白い煙をあげている。

 結果的に言えば、ダメージは皆無だった。

 

 

 

 

「後悔しろ、槍使い」

 

 

 

 

 必殺の一撃を受け止めたシャロンさんが再び攻勢に出る。

 

 

 

 

「これが、本物の拳!」

 

 

 

「ス、ストラーダ……ッ!?」

 

 

 

 エリオが咄嗟に張ったシールドすら容易く突き破り、拳がめり込んだ。

 

 ちなみに補足しておくが、シャロンさんは投げ技主体のグラップラーではなく、格闘戦が強い武人である。

 シャロンは殴らせてカウンター投げを狙う変態だが、シャロンさんとは一切関係ない。

 

 

「かはッ!?」

 

 

 めり込んだ拳がエリオの身体を浮かせ、空気を強制的に吐き出させる。

 常人なら即気を失ってもおかしくない一撃だったが、そこは元六課のフォワードメンバー。

 数歩後ずさりして、耐えきって見せた。

 

 

 

「まだ立つか」

 

 

 

 シャロンさんは、生粋の武人。

 こと戦いにおいて、容赦はない。

 逃げる間もなく近づいて、エリオの胸倉を掴む。

 

 

 

「歯を食いしばれ」

 

 

 

 それだけ言うと、ありったけの力を込めて建物へ向かって投げ飛ばした。

 技もへったくれもあったもんじゃないが、使われた力が力だけに、飛んでいったエリオは建物を数棟貫通していった。

 一棟抜く度に痛ましい破壊音が響き、観戦者達をびくつかせた。

 

 システムスキャンによる判定は、エリオのKO負け。

 

 目をぐるぐる回して気を失っていた。

 

 

 

「ウオオォォォォッ!!!!!」

 

 

 

 シャロンさん、勝利の大咆哮。

 

 エース局員魔導師に胸を借りるというふうになっていたのに、蓋を開けてみればこれである。

 相手があのシャロンさんなので、しょうがないといえばしょうがないかもしれないが。

 だって、あのシャロンさんだし。

 どこぞの変態とは違うのだ。

 

 

 

「しょ、勝者、シャロン君!」

 

 

 

 なのはが思い出したかのように勝敗を下し、心配性のフェイトが真っ先にエリオの元へ飛んで行った。

 正直、元六課メンバーはエリオに分があると踏んでおり、あってもダウンによる判定負けくらいを予想していたが、まさかあっさりKOダウンするとは思っていなかった。

 

 

 

「エ、エリオ大丈夫!? どこも怪我してない!?」

 

 

「フェイトさん……僕は大丈夫ですから……降ろしてください……」

 

 

「う、うん、分かったけど、どこか痛むならすぐ言ってね?」

 

 

 

 一応、防護フィールドを抜くことはなかったようで、エリオに怪我はなかった。

 ていうか、フェイトに抱えられて心配されるエリオを見てシャロンの方が心に重傷を負っていた。

 

 

 ──(あの野郎ォォォッ!!!!!! なんで勝ったのに、こんな思いをッ!!!!!)

 

 

 大人モードを解除して、シャロンはうなだれていた。

 試合に勝って、勝負に負ける。

 いつぞやのアインハルトとの試合(?)とは、逆の結末となってしまった。

 因果応報。

 やはり、悪い事は天から罰せられるのである。

 

 

「二人ともお疲れ様ー! ちょっと驚いたけど、怪我もなかったし、凄く良い試合だったよ!」

 

「まさか、エリオがあそこまでやられるなんて……」

 

「ごめん、私自分の目で見たけど信じられないわ」

 

 

 スバルとティアナも信じられないとばかりに、目を手で覆っていた。

 エリオはAAランクの若手のエース魔導師。

 まだまだ伸び白も十分残している、天才の一人。

 そのエリオをもってして、大人モードのシャロンさんには遊ばれるように投げ飛ばされてKO。

 この光景を信じろという方が難しいが、先の試合は記録映像として残されている。

 揺るがない事実だった。

 

 

 ──(こんなに悔しいのは産まれて初めてだ……ッ!)

 

 

 尚、圧倒された筈のエリオよりも、シャロンの方が百倍悔しがっている。

 心の中は敗北感でいっぱいだった。

 

 

 ──(……はッ!? 良い事を思いついたぞ!)

 

 

 どうせ碌でもないことだが、なにか妙案を思いついた様子のシャロン。

 

 その場で、仰向けになって倒れた。

 

 

 

「シャロン!?」

 

 

 

 倒れたシャロンを見て誰かが叫んだ。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 目を閉じ、苦しそうな演技をするシャロン。

 それを見て、"あの姿は負担が大きいのだ"と周囲は誤解した。

 

 そっと、シャロンの身体が抱き起された。

 

 

 

「……あぁ」

 

 

 

 ──(ふはははは! 策士とは正に俺のこと!)

 

 内心でゲラゲラ笑いながら、ポーカーフェイスを崩さず応える。

 

 そして、そっと目を開けた。   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──大丈夫?」

 

 

 

 

 

 

 

 中性的な声。

 ボーイッシュな女の子と曲解できなくはないが、残念現実は美少年エリオ・モンディアルだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──はい、大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 

 

 

 

 

 

シャロンの心が砕ける音がした。

 

 

 

 

 

 

「なんで敬語? とにかく、良かったよ。僕の完敗だね……またいつか、リベンジさせてほしいな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 生涯の完全敗北は、後にも先にもこの一戦だけだったと老いたシャロン・クーベルは語るが、それはここだけの話である。


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