「────どうでしょうか、シャロンさん」
「いや、どうでしょうかと言われても」
合宿から二週間程。
各々、インターミドルに向けての特訓が本格的にスタートし始めた頃。
そもそもアインハルトは参加資格の規定を満たしたデバイスをもっていないという事で、八神はやてに制作を依頼したのだが、その完成品を明日受け取りに行くらしい。
シャロンには全く関係ない話だが、アインハルトが一緒に八神邸に向かわないかと誘ってきたのだった。
「部外者が、そんなお偉いさんの所へ押しかけても良いのか?」
「それは……その、今更な気もするのですが。えっと、ノーヴェさんからは許可をもらってます」
「まぁ、確かに合宿の面子も凄まじかったしな」
許可を得ているなら、特に物申す事はない。
まぁ、着いていくかどうかは別にして。
「ていうか、何で俺を誘うんだ」
「いえ、特に理由はないのですが……強いて言えば、ヴィヴィオさん達は特訓で忙しそうでしたので。もしかして、シャロンさんもご予定が?」
「これといった用事はないが」
「でしたら!」
「一応、俺も選手としての鍛錬はあるんだけどな」
「あ……」
こんな度し難い変態ではあるが、ストイックに勝利を目指している(と周囲からは思われている)一流アスリートの一人。
アインハルトとしても、大事な時期に全くシャロンの利にならない私用に巻き込むのは気が引けた。
ただ、ほぼ初対面のお偉方の元へ赴くのに、シャロンが居てくれた方が安心できると考えたそれだけの事。
別に、無理に頼む必要もなかったのだ。
しゅんとする姿が叱られた子犬みたいで可愛らしいと、シャロン他遠目で見ていたクラスメイトは暖かい視線をおくっていた。
「そういう訳で、断らせてもらってもいいか」
「は、はい……身勝手な真似をして、申し訳ありませんでした……」
しかしこの少年、暖かい視線を送った上で、真顔でそのまま断った。
──(本当に、可愛い子は苛めたくなるなぁ)
アフターケアなんて温情は存在しない。
無駄に整いまくったイケメンフェイスの下でそんな事を思いながら、自然に荷物を持って背を向けようとしていた。
一般男子生徒なら、超弩級の美少女たるアインハルトのお誘いを拒否なんてありえない。
よしんば用事をちらつかせて困らせたとしても、本気でそのままスルーするだろうか。
残念ながら、シャロンという少年は平然と実行する。
──(素直に着いて行っても良かったが、あの来てくれる前提の表情を見ると、やっぱり裏切りたくなってしまった……許せ、アインハルト)
ド畜生の所業である。
周りの"え、マジで?"という視線も気にせず、教室を出て行こうとしたその時。
「いや、ちょっと待とうよシャロン君!?」
クラス委員長のユミナが、茫然とするクラスメイトを代表してシャロンを止めた。
一同、ユミナのファインプレーに内心でグッジョブサインを送るも、この程度で止められる程シャロンは甘くない。
「委員長も何か用事があるのか?」
「いやいやいや! え? 本気で言ってるの?」
「よく分からんが、用事がないなら帰っていいか」
絶句するユミナに、ぴくりとも表情筋を動かそうともしないシャロン。
これが、不退転の真髄である。
「アインハルトさん見て! 何か言う事あるでしょ!」
ちらりと見やると、そこにはめちゃくちゃ落ち込んでいるアインハルトの姿があった。
普通に断られてしまった事以上に、シャロンの都合を無視してしまった不甲斐なさによる自己嫌悪に陥っていた。
"私はダメな子です……"というオーラがひしひしと伝わってくる。
生来の真面目さに起因した、アインハルトの欠点の一つだ。
「……え、あ、あの! 私が、どうかしましたか……?」
そして白羽の矢が立っている事に気が付き、慌てふためくアインハルト。
「で、どうなのシャロン君?」
"シャロン君の考えはお見通しです"とでも言わんばかりに、ジト目で見つめてくるユミナ。
"そんな目で見られるのも悪くない"と悦に浸りながら、シャロンはやれやれ顔でアインハルトの方へ向かい直す。
──(委員長のジト目に免じて、付き合う事にしよう)
「分かった。俺も行くよ、アインハルト」
「ふふ、最初からそのつもりだったくせに」
「……まったく、委員長には適わないな」
最初からそのつもりなんて本気で無かったのに、会話が噛み合ってしまった。
周りも、"なんだ、ただのお茶目さんか"と納得していた。
「ほ、本当に、よろしいのですか」
「まぁな。この俺が、一日くらいで鈍るとでも?」
「……そうですか。そうですよね。じゃあ、これからは素直に付き合ってくれると嬉しいです」
「ついこの間、泣き落とししてきた人間がよく言う」
「な、泣いてません! ……けど、その節は取り乱してすいませんでした。考えてみれば、からかわれていたとはいえ、随分と失礼な物言いを……」
「そこは律儀に謝るのか」
"この二人、実はもう付き合ってるんじゃないか"説の真実味に拍車をかけるやり取りである。
かくして、アインハルトとシャロンは八神邸へと向かう事になった。
★
そして翌日、シャロン一行やってきたのは、ミッドチルダ南部沿岸道。
同行者はアインハルトとノーヴェ、そしてノーヴェの姉であるチンク。
相変わらず、美少女を侍らせるのが得意な少年だった。
──(この辺りは遊泳可能なビーチも多いし、もう少し時期が遅ければ水着の美少女や美女も拝めたかもしれないな……砂場でのトレーニングと称して、潜り込むのも有りか?)
トレーニングは勝手だが、ぜひとも出禁になってもらいたいものである。
「あー、さすがにちょっと早く着きすぎたかな」
「遅刻しては失礼だからな。少しゆっくりすればいいさ」
ナカジマ姉妹の言うとおり、待ち合わせの時間まで20分以上空いていた。
シャロン達は時間つぶしがてら周囲を散策しつつ、近くにあったドーナツ屋台で手土産を購入する。
すると、ぼんやりと沿岸を眺めていたアインハルトが何かに気付く。
「あれは」
「どうした、アインハルト」
「いえ、その、あそこの方に……」
釣られて、シャロンも彼女の目線の先を追う。
「あぁ、なるほど」
「二人とも、何か面白いものでもあったか?」
「面白い、というわけではないのですが……」
チンクも同様に二人の視線の先を追った。
「ストライクアーツの練習をしてるのか? かなり出来る子かな」
「恐らくは」
「俺もそう思いますよ」
三人の視線の先に居たのは、一見中性的にも見えるショートヘアの少女だった。
丸太に巻いたミットに向けて、キレの良い拳と蹴りを叩きこんでいる。
シャロンと同じく亜流の型ではあるが、練度の高さは一目見ただけでも分かる。
ちなみに、彼女もまたアインハルトやヴィヴィオ等に匹敵する美少女だった。
シャロンの無駄にハイスペックな変態級の審美眼にかかれば、十m以上離れていようが即座に見抜ける。
──(スバルさんみたいな、いかにも体育系っぽい中性的な美少女もやはり良い。魔法戦技あるあるだが、わざわざ髪を短くする意味はあまりないから、意外とそういう子は希少。それにあの打ち込み方とキレの良さ、格闘技への情熱と直向きさを感じずにはいられない! あぁ、実に気になるなぁ!)
ちなみに、魔法戦技においても髪を露骨に掴むようなラフプレーは禁止されている。
未知なる有望な美少女を前に、手を出せないのが歯痒くてたまらないシャロン。
すると、謎の美少女はミットから大きく距離を取って構え始めた。
「目標に対して、あんな遠くから構えた……?」
「ほう」
シャロンは、肌をこそばゆく撫でるような魔力の流を感じた。
魔法の発現の気配とまではいかないが、大気中の魔素が吸い寄せられるように少女に流れてゆく。
これから何が起こるのか。
具体的な事は分からないが、とにかくシャロンの扁桃体の奥まで刺激する何かが起ころうとしていた。
「アインハルト、見逃すなよ」
「シャ、シャロンさん? ……ッ!?」
それは、一瞬だった。
縮地とでも言うべき文字通りの俊足で、木製のミットを綺麗に圧し折った。
鍛錬用に相応の強度を誇っている筈だが、華奢に見える少女の細い脚は確かにミットを両断したのだ。
断面は刃物で斬られたかのように平で、魔力を軽く込めたとしてもこんな折れ方は普通しない。
「…………ッ!!!!!」
そんな光景を目の当たりにして、シャロンは息を呑んで心臓を高鳴らせた。
──(破壊力だけ見れば、あの雷帝にも通じるぞ……! 並の相手なら、正しく一撃必倒! いや、脚だけでなく拳までご丁寧に重いときた。こりゃいい! タフネスもあって、俺と組み続けられるなら、文句無しのベストパートナーだろう! 俺が言うのも烏滸がましいが、十年に一度の才能と言っても過言じゃない!)
無論、シャロンはアインハルトをはじめ、ヴィヴィオ等後輩達の事もかっている。
だが、彼自身が好む戦い方を考えると、正面から強烈な一撃を見舞ってくるインファイターの少女に軍配が上がる。
──(欲しいなぁこれは……もう行くしかない。行かない選択肢はないだろうこれは)
こんな絶好の機会をみすみす見逃せる程、シャロンは辛抱強くない。
たとえ邪魔が入ろうとも、あらゆる手を尽くしてコンタクトを取る気まんまんである。
「おい、お前らなにやってんだー……って、ありゃミウラじゃねーか」
「ッ!? ノーヴェさん、お知り合いなのですか!?」
「お、おう、そうだけど、どうしたお前そんなに息荒げて?」
平静を保っているつもりだったが、目が普段の2割増しで見開かれていて、息も同じくらい荒かった。
一呼吸入れて平静を装い直すと、改めてノーヴェに尋ねる。
「……失礼。彼女とは、お知り合いなのでしょうか」
「なんかお前、えらくミウラに食いつくな。もしかして、惚れたか?」
「はい。今すぐ話したいくらいには」
ノーヴェはからかうように言うが、シャロンは本気と書いてマジの男である。
真顔で即答されては、困惑する他ない。
「え、あ、そ、そうか。じゃあ、話に行ってくるか?」
「行ってきます」
「けど、練習の邪魔はしないように……って、もういねぇし」
シャロンもまた縮地でも使ったのかと見紛う程、超高速で少女の元まで向かっていた。
試合以外で、ここまで感情を露わにしてがっつくのも珍しい。
それほどまでに惹かれるものがあったのかと、ノーヴェは改めてミウラを遠目で見つめる。
とはいえ、ぱっと見で分かる筈もなく、当の本人のみぞ知るものなのだろうと納得する事にした。
「アインハルト、お前も行くか?」
「……いえ、私は別に」
少しツンとした口調で素っ気なく返すアインハルト。
付き合いもそれなりに長くなったノーヴェも、その態度の変化には勘付いた。
「もしかして、やきもちか~?」
「なッ!?」
まさかの不意打ちに、アインハルトの頬に鮮やかな紅がさす。
異性としては意識していないが、確かにあまりの食いつきに嫉妬に似た感情を覚えたのは事実だった。
半ば図星を突かれた事で、不覚にもそれらしい反応を身体がとっさにとってしまった。
「ち、違います! ぜんぜん、そういうのじゃないです!」
「まぁ、今まではお前らにべったりだったもんなぁ~」
「も、もう! からかわないでください! あ、時間も良さそうですし、そろそろ行きましょう!」
そう言って有耶無耶にすると、アインハルトはノーヴェの手を引いてスタスタと歩きだす。
「いや、シャロンはどうするんだ」
「そっとしておいてあげましょう。元々は私達だけの予定でしたし、シャロンさんにも無理して着いて来てもらってたので……」
アインハルトなりの気遣いを悟ったノーヴェも、仕方ないと腰に手をやり溜息を吐く。
「……ま、そういう事なら、好きにさせてやるか」
「はい」
これくらい我が儘とも言えないくらいだし、たまにはシャロンの希望を叶えてやりたい。
そんな思いが二人の胸中にあったのだが、あの少女……ミウラを少しでも思う気持ちがあるのなら、間違いなく止めるべきだった。
スイッチの入ったシャロンが挨拶程度で終わるわけがない。
そんな事は知る由もなく、アインハルト達は八神邸へと向かっていった。
★
「うぅ、まだまだ上手くいかないなぁ……」
一方、シャロンにターゲッティングされた少女ミウラは、己の技術の拙さに一しきり落ち込んでいる最中であった。
とりあえず、ミットを壊した事を謝らなければ等と考えていると、そこに突如不審者……もといシャロン・クーベルが急接近してきた。
「あの、そこの君! 少し、よろしいだろうか!」
「え……え!? わ、私ですか!? は、はい、なんでしょう!」
ミウラが振り返った先には、息を荒げる銀髪のイケメン偉丈夫がいた。
乙女ゲームにありそうなシチュエーションもかくやである。
しかし、色恋の花より格闘技に関心のあるミウラは、まず服越しでも分かる佇まいと身体つきに目がいった。
"この人……凄くできる、気がする!"
まだまだ格闘技者としては初心者のミウラだが、それでも隠しきれないシャロンの圧には何か感じるものがあったらしい。
シャロンは、息を整えて咳払いをして答える。
「失礼。俺は、シャロン・クーベル。St,ヒルデ学院中等科一年で、ノーヴェさんの知り合いなんだが……」
シャロンがそう名乗ると、ミウラも心当たりがあるのか、どこか納得したように手を打った。
「あ、ノーヴェさんの! ということは、ヴィヴィオさんともお知り合いなんでしょうか!」
「あぁ、親しくさせてもらっているよ。申し訳ないが、君の名前も伺っても良いだろうか」
「ご、ごめんなさい! ミウラ・リナルディです! ボクも中等科一年なので、同い年ですね!」
「ッ!?」
ここでシャロン、二度目だか三度目だか知らないが、またもや戦慄が走る。
──(ボクッ娘!? こんなにも自然に使える使い手がいたのか!?)
シャロン少年の性癖は拗れているので、あざと過ぎる属性は好まない傾向にある。
特に、ボクッ娘で属性を無理に盛ろうとしている女性は、見た目が良くても敬遠する程だ。
しかし、ミウラの"ボク"からは違和感を感じられなかった。
自分を可愛く見せたいだとか、そういう下心も全く感じられない。
──(よもや、ここまでとは……! )
感動に打ち震えていると、ミウラが不思議そうにしているのに気づいて、またまた平静を装う。
お得意の鋼のポーカーフェイスである。
「すまない、考え事をしてしまった。それじゃあ、ヴィヴィオの共通の知り合いという事か」
「あぁ、いえ! そういう訳じゃないのですが、ヴィヴィオさんはボクの兄弟子に当たる方なんです」
「兄弟子? ノーヴェさんのか?」
「ノーヴェさんじゃなくて、ザフィーラさんです! とっても、強いんですよ~!」
「……ふむ」
師匠を心の底から敬愛するミウラは、自分事のように胸を張って自慢する。
一方、シャロンは脳内でザフィーラと検索にかけていたが、全くHITしない。
名前からして男性だろうし、極力関わらないようにしようと心の中で決めた。
なんともまぁ、両者の凄まじい温度差である。
「実は、さっきの練習を見させてもらってな。それで、つい気になって声をかけてしまった」
「そ、そうなんですか!? うぅ~、ごめんなさい、お見苦しいものをお見せしてしまって……」
ミウラは気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。
だが、シャロンは何を思ったのか、ミウラの肩にがしっと両腕を置いた。
自分が何をされているのが瞬時に理解出来なかったミウラは、きょとんとした顔で頭に疑問符を浮かべている。
真摯に真っ直ぐ見つめてくるシャロンと、両肩の感触から、ミウラは初めて己の身に起きている事を理解した。
「え!? シャ、シャロンさん!?」
「見苦しいなどと、謙遜し過ぎだ! あれは素晴らしい一撃だったぞ! 収束魔法にも迫る勢いだった! あれでもまだ、本気じゃないのだろう? あぁ、分かるとも。君を見てれば簡単に分かる事だ!」
初対面の異性に対して、ここまで自然に触れる事ができる人間も大概なものだ。
スイッチが入ったシャロンは言いたいことを一気にまくしたて、ミウラの肩をゆさゆさと揺らす。
「あ、え、あの、そのぉ……」
困惑半分、褒められて嬉しさ半分といった心境のミウラ。
「え、えへへ、あ、ありがとうございます!」
けれど最終的には、褒められて嬉しい方の気持ちが勝ったらしい。
というのも、それはミウラは基本的に自己評価が低い少女だったのも起因する。
師匠は贔屓目で見ているだろうという思いもあり、見ず知らずのシャロンの称賛は、ミウラにとっては大変新鮮で心地の良いものだったからだ。
「おっと、また我を忘れていた……。とにかく、もっと自信を持つと良い」
「は、はい、善処します!」
「なら、まずは敬語でも外してみたらどうだ。同い年だろう?」
「え、あ、はい! そうしま……じゃなくて、そう、するね! えっと、シャロン、君。ふふ、何だか変な感じがするなぁ」
アインハルトと同じく、ミウラも誰に対しても敬語を使う癖がある。
ミウラは、普段とは違う自分の言動にはにかみながらも、使ってみると意外と悪くないと感じていた。
──(その反応とギャップは、凄く来るなぁ……いやぁ、物は試しで言ってみるもんだな)
糞野郎の本懐、ここに極まれり。
シャロンは、年の近い者の敬語率が高いのが気になり、なんとなく流れに乗って提案してみただけである。
たまにアインハルトが君付けで敬語を外した姿を妄想するが、それも悪くなさそう等と考えながら。
「シャ、シャロン君も、格闘技やってるの?」
「え? あ、うん」
照れながら、必死にタメ語で話そうとするミウラの姿に不覚にもときめき、シャロンの口調まで崩れていた。
変態がアホみたいな口調になっても誰も得をしないので、勘弁してほしいところではある。
「……あー、あぁ、そうだ。密着した間合からの投げ技主体だから、珍しい部類かもしれない」
「投げ技って、かなりの練度が必要だって、聞いて事あるよ! 凄いなぁ~!」
まぁ確かにシャロンは投げに関しては技術面も一流だが、基本的には物理で殴った方が強いタイプだ。
本来なら膂力に物言わせて殴ったり、投げ飛ばせば手っ取り早いのに、その心情から敢えて無駄に技術を磨いてきた少年である。
「そうでもない。不器用だから、一般的な格闘技術はからっきしだ」
「え~、全然そうは見えないけどなぁ~」
冗談ではなく、本当にからっきしである。
卓越した技術も何もかも上から叩き潰す力を持っているが、投げ以外に関しては少しかじった程度でしかない。
なにはともあれ、良い感じの雰囲気になったところで、シャロンは気を見計らって本命を成就させる決心をした。
「────で、ミウラ。少し、お願いがあるんだが」
詐欺か何かの手口のように、伏し目気味且つ大胆に"お願い"をぶっこむシャロン。
顔が良さを存分に活かした、シンプルにして最善の手なのかもしれない。
「え、何かな? ボクに出来る事なら、何でも言って!」
そんなタイミングや手口とは関係なく、純真無垢なミウラはすんなりそれに応じた。
同い年の親しい友達が出来た(と、本人は既に思っている)事で舞い上がっていたのもあり、ミウラはとてもご機嫌な様子だった。
──(うわ、チョロ! チョロ過ぎるぞ、ミウラ!)
そう、ミウラはチョロかった。
少年とはいえ、初対面の男に容易く心を許してしまうくらいにはチョロかった。
自分からしかけておいてなんだが、ミウラが将来を少しばかり不安に思うシャロンであった。
──(まぁ、この場に限ってはこのチョロさにつけ込ませてもらうわけだが)
控え目に言っても、ド畜生である。
そうとも知らず、ミウラはばっちこいと言わんばかりに目を輝かせていた。
「頼みと言っても、そう大した事じゃない」
そう言って、シャロンは徐に上着を脱ぎ始め、衣服をふぁさっとなびかせ投げ捨てた。
「────へ?」
あまりの自然な脱衣に、ミウラは数瞬遅れて間の抜けた声を発した。
一方、シャロンは僅かに口角を上げながら、両腕を広げる。
それは言うなれば、相手の全力を受け入れる不退転の象徴のような構えであった。
「ミウラ、お前の全力の蹴りを俺に叩きこんでほしい」
頭がおかしい。
誰がどう考えても、気が狂っているとしか言いようがない。
言いようがないのに、完璧な肉体美と顔面が織りなすシャロンの恰好は芸術そのものだった。
「あの、あ、あの……あの!」
さすがのミウラも、これには否が応にも反応してしまう。
「ん、どうした?」
どうしたじゃない。
「な、なんで、脱いだの!? そ、それに、け、蹴ってほしいってどういうこと!?」
至極当然の疑問である。
赤面して慌てふためくミウラの反応を堪能しながら、シャロンは嬉々として答える。
「これが俺のスタイルだからな。それに、あんなの見せられたら、不退転を名乗る者としては試したくなるだろう? 俺をサンドバッグだと思って、さぁ!」
「な、なに言ってるのか全然分かんないよ!?」
シャロンが意味不明なのは今に始まった事じゃない。
すると、何か合点いったようにシャロンはポンと掌を握り拳で叩いた。
「あぁ、そうか。俺の"強度"が不安なんだな」
「そういう事でもないよ!?」
勝手に納得したシャロンは周囲を見回し、ちょうどいい木製ミットをもう一本見つけて近寄った。
不備がないかを触って確認すると、ミウラの方へ振り返る。
「──少し、見ててくれるか」
その野性的というか好戦的な瞳に、思わずミウラは唾を飲み込んだ。
「な、何を……?」
シャロンは拳を軽く握る動作を数回して、魔力を右腕に収束させていく。
適度に力の高まりを感じ取ると、ゆったりとした動作で構えを取る。
「これを────」
構えにしてはあまりにも緩慢でおざなりである。
そののろさを保ったまま、シャロンは拳をミットに近づけていく。
顔の横まで差し掛かり、どう見ても腕が伸びきってまともな拳が打てるようには思えない。
しかしその直後、ミウラに目を疑う光景が飛び込んできた。
「──こうだ」
シャロンの平坦な声と同時に、構えた拳は弾丸のように打ち込まれる。
そして型もへったくれもないシャロンの横殴りは、凄まじい風切り音と衝撃を轟かせ、容易くミットを貫き吹き飛ばした。、
吹き飛ばされたミットの断面は、ミウラが圧し折ったものとは比べ物にならないくらい、荒々しさを通り越してズタズタになっていた。
まさに、圧倒的なまでの暴力が成せる業である。
「うそ……」
この光景を目の当たりにしたミウラは、信じられないとに口を手で覆っていた。
シャロンは挑戦的な笑みを浮かべながら、唖然とするミウラに向き直る。
「俺の身体は魔力親和性が非常に高いようでな。軽く魔力を通しただけでも、バリアジャケット以上の鎧になるんだ。これで、大丈夫だと分かったろう?」
「…………」
今、ミウラの中のシャロンの認識は大きく変化しつつあった。
最初は、優しく情熱的な同い年の男の子。
格闘技という共通の項もあって、共に励み合う良き友人になれそうだと。
けれど。
"違った、かな。多分、シャロン君は──"
「──うん、分かったよ」
のほほんとした雰囲気とはうって変わり、ミウラは身体を強張らせつつも、深呼吸をして構えを取った。
「さぁ、来い!」
それを見たシャロンは、嬉しそうに、本当に嬉しそうに、顔を綻ばせながら魔力を纏う。
「スターセイバー、お願い」
『了解』
ミウラも自身のデバイスを脚部に部分展開し、周囲の魔力を掻き集め一点に収束させていく。
「あはは、ほんとどうしてこんな事になっちゃったんだろ」
「何か言ったか!」
「何でもないよ!」
別にミウラは、戦闘狂の類ではない。
彼女自身、どうしてこうも容易くシャロンに乗せられてしまったのかは、よく分かっていなかった。
けれど、直感的には理解出来ていた。
"あの瞬間、シャロン君を見た時、すっごく胸が高鳴った!"
そう、ミウラもまたシャロン(の外面の姿)に魅せられたのだ。
単に見た目が良いだけではなく、シャロンが力を振るう時、ある種の人間を惹きつける何かを宿していた。
カリスマと言っても良いだろう。
全身から苛烈を極めた武神の如き圧を迸(ほとばし)らせ、その目は遥か先の見果てぬ境地を捉えているかの様な……そんな印象をミウラは受け取っていた。
──(はよう! はよう更なる高みへ導いてくれ、さぁはよう!)
まぁ、それはあくまでミウラの主観であり、本人の内面はまた別物である。
その苛烈さの矛先も性欲満たす為だと知られれば、ミウラや周囲の者達はどんな反応をするだろう。
唯一合致しているのは、シャロンの目指している先が未知数な点か。
マジで、どこを目指しているんだシャロン少年。
「抜剣ッ!」
そうとも知らず、ミウラは澄んだ良い表情をして地を蹴った。
"──シャロン君は、きっと、ボクの目標の一つだ"
あぁ、悲しいかな。
また純真無垢な少女の心を奪ってしまったシャロン。
最も、シャロンを目標にしている選手は少なくないので、今更な話ではあるが。
──(ははは、凄まじい収束! SLBとはまた異なる、一点集中の蹴り! 俺の知らない未知の体験が、まだまだ転がっている! これだから、魔法戦技はやめられない!)
言葉だけ見れば、それはもう志の高そうなアスリートなのだから救えない。
シャロンの目前に、低姿勢で突っ込んできたミウラが迫る。
やる気に満ちたその目と表情を見て、身体をゾクゾクと打ち振るわせていた。
「はああぁぁぁッ!!!」
そして、鮮烈な煌めきを纏った脚が、シャロンの腹部を穿つ。
「ごっふぁああ!?」
走馬灯のようにシャロンの時間は緩やかに流れ出した。
蹴りに上乗せされた魔力が文字通りの刃となり、シャロンの肉の鎧を貫通して衝撃を通す感覚。
強打による鈍い痛みの後に訪れたのは、腹を裂かれたかのような鋭い痛み。
──(あっはぁ……これは、さすがに効くなぁ……! あぁ、まずい……想定を上回り過ぎて、魔力強化が全然足りてなかったみたいだ)
非殺傷設定のセーフティは働いているが、それでも常人なら卒倒ものの衝撃であった。
──(しかし、逆に良かったかもしれないなぁ……久しぶりに飛べそうだ)
この変態にとっては、寧ろ喜ばしい事だったようだが。
──(よくもまぁ、そんな華奢で可愛らしい身体と顔で、これだけの蹴りを打ち込んできたものだ……その精神性も高く評価しよう……それじゃあ、そろそろ……)
僅か一秒にも満たない間、シャロンは全身全霊でミウラの蹴りを堪能していた。
敢えて痛みをより鮮明にするべく、神経を研ぎ澄ましてまで。
限界を迎えた所で、衝撃に身を委ねて脱力し、何故かリラックスした状態で吹き飛ばされていった。
普通に頭がおかしい。
「はぁ……はぁ……はッ!? シャ、シャロン君、大丈夫!?」
正気に戻ったミウラは、魔力の衝撃と共に吹き飛ばされたシャロンを追いかける。
シャロンは砂浜の上で転がっていた。
とても清らかな表情で、見ようよっては仏さんに見えなくもない。
上半身裸の綺麗な仏さんである。
「わー! わー! ど、どうしよ!? またボクやっちゃったあぁぁ!?」
確かに、あれだけ派手に吹き飛べばやってしまったかもと思うのも無理はない。
「お、起きて! 起きて、シャロン君!? スターセイバー、い、急いで、救急車呼んで!?」
『落ち着いて下さいマスター。彼は無事です』
「え、ホント!?」
すると、シャロンの身体がぴくりと動き出し"ちゃ、ちゃんと、生きてた! よ、良かった~!"とミウラは安堵する。
「……おはよう、ミウラ」
そう言うと、まるで心地よい寝起きのように、シャロンは背伸びをしていた。
「ご、ごめんなさい! ボク、まだあんまり加減できなくて!」
「いや、気にする必要はない。打撃と斬撃が調和した、素晴らしい一撃だった。こちらこそ、得難い体験をありがとうミウラ」
「え……ど、どういたしまして? それより、身体は大丈夫?」
「全く問題ないな」
既にシャロンはリカバリーを終えて、ピンピンしていた。
合宿での練習会を通して、確実に人外みを増したシャロン。
冷静になったミウラも、己の全力を受けて平然としている姿を見て、内心で戦々恐々としていた。
「すごいなぁ……」
「何がだ?」
お前だよ。
「もう、シャロン君に決まってるよ!」
「そ、そうか。けど、俺からしてみればミウラの方が十分凄いと思うが」
「むぅ~! シャロン君の方が、よっぽどだよ~!」
「いや、それは……」
そう言ってツンと口を尖らせ、むくれるミウラ。
シャロンは困った顔をしながら、かけるべき言葉を模索していると、ミウラは一変しておかしそうに笑った。
「ふふ、今のシャロン君さっきとは別人みたい。変なの~」
「そんなに変か?」
「変だよ~」
平常時のシャロンのダウナーっぷりと比べれば、確かに別人だろう。
「……あ」
「どうしたの、シャロン君」
シャロンは思い出したように、気不味く破壊したミットを指差した。
ミウラもそれを見て"あっ!"と、察したようだった。
「すまない、勢いでやってしまった。……これはもう修復不可能だな。責任持って、俺が新しいのを見繕おう」
余談だが、シャロンには沢山のスポンサー契約の話が届いている。
競技関連のジムや企業のみならず、モデル業界からのオファーまであった。
断ってはいるものの、名刺以外にも優待券や贈答品がちょくちょく送られてくる。
その中に、使っていない魔力吸収性に優れたサンドバッグがあったのを思い出し、ミウラに譲ろうと考えていた。
「そんな、いいよ別に! いつもの事だし、師匠達には私が説明するから!」
「……じゃあまずは、その師匠達に謝罪をしないとな。俺も行こう」
「うん! 紹介するね!」
正直、シャロン的には気が引けたが、嬉しそうなミウラの手前、嫌な顔は見せられなかった。
この後、八神家の面々との出会いでまた色々とあったりなかったりするのだが、それはまた別の話。