美少女に"格闘戦"をしかけるのは合法である   作:くきゅる

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第二話 "不退転の神髄"

 春。

 始まりの季節。

 ちょうどいい温かさと、そよぐ風が心地いい今日この頃。

 授業も終わり、傾きかけた日を浴びながら優雅に渡り廊下を通るシャロン。

 

 彼の外見はかっこいい。

 とりあえず同性でも、十人中八人はそう肯定するだろう。

 

 無表情でぼんやり中庭を眺めて歩いているだけなのに、その一コマさえ画になってしまう。

 するとシャロン背後から、ぱたぱたと走ってくる音が。

 

 ふり返り様にトンっと、肩がぶつかる。

 

 

「あ、ごめんなさい!」

 

「もー、ヴィヴィオ気を付けなよー?」

 

「失礼しましたー!」

 

 

「……走ると危ないぞ」

 

"気を付けまーす!"

 

 

 

 そう言って去って行ったのは、三人組の少女。

 ぱっと見ただけでも分かる美少女だった。

 初等科の制服を着ていたので、シャロンの後輩なのは確かだろう。

 

 そして過ぎて行った少女の内、ヴィヴィオと呼ばれた金髪の少女が思い出したように切り出した。 

 

 

「そういえば、さっきぶつかった人って……」

 

「うん、咄嗟だったけどもしかして……?」

 

 

 ショートヘアの元気はつらつ八重歯ちゃんが同調する。

 

 

「シャロン先輩だったと思う!」

 

 

 加えて、お嬢様っぽい上品なツインテ少女も。

 

 そう、シャロンは学院でも少しは名の知れた生徒だ。

 魔法戦技や格闘技者に興味のない者でも、あの見た目と成績の良さで印象に残っている生徒も多い。

 気品と憂鬱げな表情から話しかけられない生徒も多いが、根強いファンも存在しているくらいだ。

 それは、下級生の間にも広がりつつある。

 

 

「うぅ~、そそっかしい子って思われちゃったかも~!」

 

「あはは、余所見してるからだよー!」

 

「今度会ったら、ちゃんと謝ってお話聞きたいねー!」

 

 

 女子が三人揃うと姦しいというが、天真爛漫な彼女らを見て不快感を示す者は少なかろう。

 

 現にヴィヴィオとぶつかったシャロンも、当たった部分を摩りながら──

 

 

 

 

(すげぇ良い匂いしたな。三人とも遠慮せずぶつかってくれればよかったのに。匂いついてるといいな)

 

 

 ──めっちゃ名残惜しそうに、真顔で三人娘の残り香を堪能していた。

 

 物思いに耽る時の彼は、深窓の令嬢ならぬ深窓の令息を彷彿とさせる。

 どこか影を落としたその様は、女生徒の心をつかんで止まない。

 

 最も、シャロンがそんな仕草を見せる時は、しょうもない妄想に浸っているだけなのだが。

 

 しかも匂いが勿体ないと言わんばかりに、わざわざ肺活量を魔力で強化して余す事なく吸い上げている。

 それでだけでなく、魔力強化を維持したまま呼吸を止めた。

 フローラルな香りを逃したくないという、悍ましい執念が感じられる。

 何度でもいうが、ここまでずっと真顔である。

 数分後、ゆっくりと吐き出した。 

 

 

「春は良い香りだな」

 

 

 一連の出来事を考えれば、これ程気持ち悪い台詞はない。

 

 すっかり気を良くしながら、シャロンは身体を鍛えるためにジムへ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャロンがジムを出た頃には、街灯がつき始めていた。

 もう、真っ暗である。

 

 なんだかんだ根は真面目なので、日課の筋トレは事情がない限りは欠かしたことがない。

 欲望のための努力は惜しまないし、惜しむつもりはない。

 それがシャロンのポリシーであった。

 学校での成績も良く、余所見が多いところも難しい年頃だからと先生のうけも悪くない。

 

 性癖さえ歪んでなければ、完璧イケメン主人公と言っても過言ではなかった。

 実は神はニ物以上与えたように見せて、他のあらゆる美点を打ち消す欠点を与える事で調整しているのかもしれない。

  

 

「む、あれは?」

 

 

 湾岸沿いの夜道を歩いていると、前方でなにやら剣呑な雰囲気が漂ってきた。

 雰囲気というよりも、複数の人間が魔法行使したような気配だ。

 感覚の鋭いシャロンには、すぐにこれが魔導師による何らかの諍いであると分かった。

 物騒ではあるが、様子見で少し近づくことにした。

 

 

"このバカッたれがッ!!!"

 

 

 女性の声。

 感覚の鋭いシャロンには、すぐにこの声の主が美人であることが分かってしまった。

 

 たまには美人も悪くない。

 

 とりあえず、己の欲望に従って直行することにした。

 

 

「──弱さは罪です。弱い力では何も守れない」

 

 

 どうやら、決着は着いてしまったらしい。

 ショートのボーイッシュな女性が倒れ、碧銀の美少女がその場を去ろうとしていた。

 殴り合いなら是非、観戦したかったと内心思っていたシャロン。

 両者甲乙つけがたい美人・美少女であることから、どちらへ向かうか迷ったが、さすがに負傷した女性を放置する方がまずかろうと女性の方に近寄った。

 一応、追えるようにサーチャーを飛ばしておくのは忘れない。

 

 欲望の前に、人として最低限度の良心が残っていたことに安堵すべきだろう。

 

 

「お怪我は大丈夫ですか?」

 

 

「……あぁ……いつつ! 一応、大丈夫だ。ちょっと連絡したいから、デバイスを取ってくれるか?」

 

 

「どうぞ」

 

 

「サンキューな……ところでお前は?」

 

 

「通りすがりの中学生です。シャロンと言います」

 

 

「そうか。巻き込んじまってごめんな……」

 

 

「いえ、そんな……(むしろ、巻き込んでくれると嬉しいです)一応、事情を聴かせてもらっても?」

 

 

 僅かばかりに残された理性が、事情を聴けとシャロンを促した。

 

 この女性はノーヴェ・ナカジマという人物らしく、ストライクアーツの有段者で指導者資格も持っているらしい。こちらもジム帰りだったようだ。

 そして、その道中に先の美少女……通り魔に襲われたらしい。

 ノーヴェはデバイスで誰かに電話をかけ、先の人物の確保しておくよう頼んでいた。

 

 

「ベンチまで運びますよ」

 

 

「いや、自力で……ッ!?」

 

 

「無茶しない方がいいですよ。自分は鍛えてますし余裕です」

 

 

「そ、それじゃあ、頼むよ」

 

 

 もし、これがブッサイクでいやらしい顔つきをしていたなら、初対面でこんなことは絶対に許さないだろう。

 この徹底的な無表情と、イケてるフェイスが状況も味方して無理を押し通した。

 内心ガッツポーズを決めまくりながら、あくまでも興奮を表に出さずに背中とふとももに手を回す。

 

 

(どこの誰だかしらないけど、ありがとう通り魔さん! 本当にありがとう……!)

 

 

 ついでに、通り魔に感謝しながらノーヴェをベンチに降ろした。

 平気ぶっていても、顏を赤らめてそっぽをむくノーヴェをシャロンは見逃さない。

 この時の喜びは、都市本戦進出の百倍以上だと彼は思った。

 というより、都市本戦進出なんてユミルとの握手以下だった。

 ぶっちゃけシャロンの今の実力なら、シード枠に入れなくても確実にエリートまで進出できるのだから。

 男やるのは嫌だが、序盤の雑魚くらい秒殺できてしまうからそれほど問題ない。 

 

 閑話休題。

 

 シャロンは強欲である。

 二頭兎が走っているなら、片方づつ確実に両方仕留めにいく主義だ。

 

 つまり、何が言いたいかというと。

 

 

「俺は、さっきの通り魔を追います。サーチャーは飛ばしているので」

 

 

「なッ!? ばか! 相手は手負いだが、通り魔だぞ! 子供の出る幕じゃねぇ!」

 

 

「でも、さっきの娘も子供でしたけど」

 

 

「屁理屈だ!」

 

 

 シャロンには見えていた。

 鋭すぎる感覚以下略により、彼女が変身魔法を使っているのが分かった。

 二度美味しいじゃねぇかこの野郎と、内心歓喜しているのは内緒である。

 

 

「……彼女のこと、ほっとけなかったので」

 

 

 これは、正当な理由で"手合せ"ができるではないか。

 狙いを澄ましたかのように、見知らぬ第三者を誤解させるには十二分な台詞が飛び出した。

 

 その言葉を聞いて、ノーヴェははっとする。

 聞いていたのだろう、通り魔の思いつめたような語りを。

 だからこそ、自分も管理局には通報せずに事情を聴こうとしたのだから。

 よく見ればこのシャロンという少年、鍛えているというだけあって身体つきは中々のものだった。

 

 

「(もしかすると、発信機に気づいて逃げられる可能性もあるしここは……)分かった。ただし! 危なくなったら、すぐにその場から離れること! いいな?」

 

 

 月夜に照らされたシャロンの姿は、歴戦の強者のように錯覚する。

 ああは言ったが、多分こいつなら何とかしてしまうだろう。

 そんな確信めいた予感をノーヴェは持っていた。

 

 

 

 

「はい(イヤホーゥ! こんなチャンスはめったにないぜ! イヤホーゥ!)」

 

 

 

 了承を得て、少しだけ口角を上げる。

 その一言に込めた最低すぎる心の叫びは、そのまま重みとなってノーヴェに伝わった。

 生半可な覚悟じゃないんだと。

 

 

「(こいつなら……)分かったら、さっさと行け。ったく、ほんとは褒められたことじゃないんだけどな」

 

 

 言い終わる前にシャロンは地をかけていた。

 ちなみに、後半はもう聞いていない。

 最初の三文字くらいには、ロケットダッシュを決めていた。

 肉体強化に特化したシャロンの俊足は、一瞬油断すればもう追うことはできない。

 

 気づいた時には、風圧を残してノーヴェの目の前から消えていた。

 

 

「あいつ、ほんと何者なんだよ……まぁ、信じて待つしかねぇか」

 

 

 苦笑しながらも、不思議な少年に後を託して彼女は脱力した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、大義名分を得て"兎"を追うシャロン。

 枷から解き放たれた獣が如く、夜の道を全力疾走していた。

 両手足が霞んで見える程の速さで、サーチャーの反応を追いかけていく。

 どうも手負いのせいか、例の通り魔はゆっくりと歩行しているらしい。

 

 ものの数分もしない内に、対象を目視できる距離まで追いすがった。

 

 

「待て!」

 

 

「……ッ!? ……あなたは、さっきの」

 

 

 肩で息をしているようだが、追手に気付くと即座に臨戦態勢をとった。

 凛とした顔立ちと碧銀の髪がこの上なく美しい。

 

 

(もう美しい以上の言葉はいらんな……芸術品の類じゃないかこの娘は!)

 

 

 彼女を称えるのに、語彙は必要ない。

 それくらいのものだった。

 

 

(しかしながら、どこかで……)

 

 

 対する通り魔の方も、シャロンを値踏みしていた。

 少なくとも、並の使い手じゃないのだろうと。

 強者を求める己にとっては、むしろ都合の良い展開だと。

 

 しかし、よく相手を観察して気づくことがあった。

 

 

(……あれ、この方は)

 

 

 通り魔の方は気づいてしまった。

 

 そう、追手ことシャロン・クーベルは自分のクラスメイトであると。

 

 ──自身はSt.ヒルデ魔法学院中等科一年で彼と同じクラスのアインハルト・ストラトスだから。

 

 

 

「俺は中等科の学生、シャロンだ。お前は?」

 

 

「……カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルト。覇王を名乗らせてもらっています」

 

 

 

 幸いなことに、シャロンは自身の正体に気付いていないらしい。

 悟られないように、ほっと溜息を吐いた。

 

 

「覇王? 大昔の、あの実在したかも不明なシュトゥラの王様?(なんだこの娘、頭おかしいのか?)」

 

 

 お前にだけは言われたくない選手権があるなら、シャロンは間違いなく優勝できるだろう。

 そして、実在しないと貶されてむっとするアインハルト。

 確かに覇王については諸説あり、そもそも実在したかも怪しいという意見もあるくらいだ。

 

 

「……覇王は実在しています。今ここに、実在していますから」

 

 

 アインハルトは、記憶を受け継いだ自身こそが覇王の証明なのだからそれは誤りだと主張する。

 

 相手が本物の記憶継承者である事を知らないシャロンはというと、追ってきておいて何だが普通に引き始めていた。

 

 

(なんか、マジで拗らせてるな……大丈夫かこの娘……?)

 

 

 ──ちょっとやばそうだけど、まぁ可愛いからいいや

 と、すぐに開き直ったが。

 

 

 末期の変態糞野郎に本気で心配されてるとも知らず、アインハルトは身構える。

 

 

「デバイスを。私はいつでも平気です」

 

 

 追ってきたということは、そういうことだろうと予測した。

 

 

 ──だが、何を思ったのかシャロンは突然脱ぎ始めた。

 

 

 

「なっ……え、ちょっと!?」

 

 

 目の前で服を脱ぎ始めた男に対して、困惑し赤面するアインハルト。

 

 

 

 

「──セットアップ完了だ。よし、来い!」

 

 

 

 

 お構いなしに上半身だけ裸になると手を思いっきり叩き、受け止めるかのようにどっしり腰を落として構えた。一見、ふざけているようにも見えるが、これがシャロンの最強の構えなのだ。

 バリアジャケットはロスが多く、そんなものを構築するくらいなら内部の補助にリソースを回した方が良い。

 そんなぶっ飛んだ結論に至り、このスタイルは"不退転"の代名詞となっている。

 

 ──本当の理由は、バリアジャケット越しより直で触れ合う……もとい組合いたいからだが。 

 

 しかも、今回は別にデバイスを使っていない。

 ただただ、半裸になっただけの変態である。

 

 DSAA界隈には疎いアインハルトはそんな事知らず、冷静さを取り戻すと目の前の非常識な男を非難する。

 

 

 

「ふ、ふざけているんですか! は、は、早く、服を着てください!!」

 

 

「ふざけてなんてない。これが俺の本気だ」

 

 

 

 動じないシャロンを見て、アインハルトもこの男が本気なのだと悟る。

 全てをさらけ出してみれば、鍛え抜かれた筋肉が露わになっている。

 とりあえず、生粋の武闘家というのは分かった。

 

 "いやいや、それでもこの男は普通じゃない!"

 

攻めるべきか、逃げるべきか決めかねるアインハルト。

 

 第三者の意見は逃げる一択だと思うのだが、この状況で彼女に冷静な判断を求める方が酷だ。

 

 

 

「──俺は攻めないし、魔力も使わん。女子の……それも、殆ど倒れる寸前の相手をいたぶる趣味はない」

 

 

 

 変態の癖に、変な所で硬派である。

 変態故なのかもしれないが。

 

 しかし、幾ら倒れる寸前とはいえアインハルトも何発かは叩き込める余力がある。

 魔力の有無は、性差や体格の有利不利を簡単に覆すのは言うまでもない。

 下手すれば、重傷を負うかもしれないのに。

 

 

「かかってこい、自称覇王! どうせ、お前の軽そうな拳なんて俺には効かん!」

 

 

 この時、シャロンは幾らかたかをくくっていた。

 ただでさえ頭が弱そうなのに、こんだけボロボロなら大した打撃は撃てないだろうと。

 

 ここまで言われたら、アインハルトとて引き下がるわけにはいかない。

 

 

「──本当によろしいのですね?」

 

 

「くどい!」

 

 

「では──参ります!」

 

 

 踏み込む前、アインハルトはシャロンというクラスメイトについて思案する。

 

 彼はクラス内外問わずその名を耳にするが、教室ではデバイスを弄っているか、ぼんやりと外を眺めているだけの一見孤立した少年だった。

 周りと距離を置いているというか、どこか冷めているような様子が印象的だった。

 

 しかし、今はどうだ。

 目を見開き、堂々たる中腰でこっちを真っ直ぐに見つめている。

 あの、Stヒルデ魔法学院中等科一年のシャロン・クーベルとは似ても似つかない。

 

 一体、この少年は何者なのだろう。

 

 シャロンに対する興味も含めて、この一撃で見極めよう。

 

 

「はあぁぁ!!」

 

 

「オッフッ!?」

 

 

 ボディにクリーンヒットする。

 当然、生身なのでそのダメージは計り知れない。

 見ているだけでも痛そうだ。

 シャロンの足元がぐらつく。

 

 

(やべぇ、普通に吐きそう……でも)

 

 

 だが、倒れない!

 鍛えた肉体に支えられたのもあるが、殆ど気合だけで立っている。

 

 

 

(超興奮してきたぜ……!)

 

 

 

 そして、アインハルトの必死の表情と苦痛を糧にして更に力強く構えた。

 真正の変態のみに成せる業である。

 アドレナリン大爆発のシャロンを止められる者はもういない。

 

 

「おら……どうしたぁ! ぜんっぜん! これっぽっちも効かねぇぞ……!」

 

 

「ッ!?」

 

 

 アインハルトは驚愕する。

 

 魔力を乗せた一撃は、間違いなく手応えはあったのだ。

 大の大人も一発KOさせる一撃を、この少年は笑いながら挑発してくる始末だ。

 

 一撃で意識が飛ぶというのは、それが耐えられない苦痛であるから身体が自己防衛として行っているからだ。

 それに逆らうことが、どれほどの事か。

 

 途端にシャロンの姿が大きく見えてきた。

 

 

「はぁ……はぁ……早く! はぁ! 今度はもっとぉ! キマりそうなのを頼むぞ!」

 

 

 恐ろしい、

 なんなのだ、この少年は。

 

 得体の知れなさに怯むが、アインハルトとて覇王の誇りを踏みにじるわけにはいかない。

 

 

「負けません!」

 

 

 

 交互の拳が、煌めく魔力の残滓を撒き散らしながらシャロンの胸に腹に直撃する。

 

 

(い、意識が飛びそうで飛ばないこの、ぎりっぎりの感じ……たまらねぇぜ……!)

 

 

 

 生死すら分けそうな極限状態の中で、最高のエクスタシーを感じる変態と。

 

 

 

(うそ……なんで……まだ、倒れないのですか……!?)

 

 

 

 その超人染みたタフネスと覚悟が本物なのだと心底感服し、畏怖するアインハルト。

 

 

 

(一体何が彼をここまで……!?)

 

 

 

 ──そんな彼女に、誰が"脳内麻薬でラリってるだけです"と伝えられるだろうか。

 

 いい加減、撃つ側も辛くなってきた頃。

 

 

 

「シャロン……さん。私も限界なので……次……この一撃で……あなたを、倒します!」

 

 

 

「あぁ……かかって……こいやぁ!」

 

 

 アインハルトが再び構える。

 拳がより低く、より強い力を生み出すための溜めに入る。

 碧色の魔力が螺旋を描くように渦巻き始めた。

 

 これが、最強にして最後の一撃。

 

 

 

「覇王───断空拳!」

 

 

「ッ!!!」

 

 

 

 鋼の肉体と覇王最強の拳がぶつかり合う。

 まるで車両が突っ込んだかのような轟音。

 

 ──やったか

 

 揺れる視界が晴れるとそこには──

 

 

 

 

 

 

「────良い拳……だった……ぜ?」

 

 

「そん……な────」

 

 

 

 

 そこにあったのは、最後まで苦悶の表情一つ浮かべなかったシャロンがいた。

 

 

(私は……この人の笑みさえ……崩せなかった……ッ!)

 

 

 その悔しささえ噛み締める間もなく、アインハルトは倒れ込んだ。

 

 

 

 

「……ナイス……エクスタシィ……ッ!」

 

 

 

 笑みは笑みでも、興奮の絶頂を極めたシャロンの笑みは恍惚と呼ばれるものだった。

 

 本気で挑んできた相手に、最低の賛辞をサムズアップで送るとシャロンも膝から崩れ落ちる。

 

 

 

(お前の拳……ばっちり、キマったぜ……?)

 

 

 

 

 "不退転"シャロン・クーベルVS"カイザーアーツ正統"アインハルト・ストラトス

 

 

 激しい死闘の末、試合は引き分けとなったが────

 

 

 

 

「あへあへぇ……ふへへぇ……!」

 

 

 そんなうわ言を残して、涎を垂らしながら幸せそうに気絶したシャロン。

 

 

 

 ──勝負に関しては、シャロンの完勝であった。


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