──シャクシャク
──シャクシャクシャクシャク
小気味良いポップコーンの咀嚼音が会場の喧騒に混じって聞こえてくる。
音の発生源は、観戦者席の最前列の一角。
黒いジャージにフードまで被った謎の人物から。
「…………」
周りは相応の熱気で沸いているのにも関わらず、無言でポップコーンを咀嚼し続ける様は酷く不審である。
そんな不審者の正体は、一昨年のインターミドル世界戦覇者ジークリンデ・エレミア。
目立つのが嫌いなのでこのような装いをしているのだが、傍から見れば余計に目立っているというのは突っ込まないであげてほしい。
「──すいません、隣良いですか」
そんな彼女の前に、一人の少年が現れた。
身長こそ、そこそこであるが、衣服越しでも分かる体格の良さ。
そしてなにより、見る者を惹きつける整い過ぎた顔立ち。
言うまでもなく、我らがシャロン・クーベルである。
「……ぇ、あ、はぃ……どうぞ……」
独特のイントネーションで、反射的に小声で呟くように答える。
突然こんな事を言われて困惑したのもあるが、ジークリンデは元々かなりの人見知りであった。
──(……ぅぅ、なんでわざわざウチのとなりなん……)
ジークリンデは心の中でそう文句を垂れるが、口に出す勇気はなかった。
他にも空席はあったので、御尤もな意見ではある。
「ん、どうかされましたか?」
「……ぁ、な、なんでもない! ……です……」
態度に出てしまっていたのかと、慌てて否定するジークリンデ。
そして、ばれない程度に顔を傾けてシャロンを見る。
瞬間、隣に座った少年の正体を悟った。
──(……! こ、この子、確かシャロン・クーベルっていう選手……!)
ジークリンデもまたシャロンの事を知っていた。
それはシャロンが有名であるから、というよりも昨年度の件でヴィクトーリアに謝罪をしに行った時に聞いて印象に残った名だからだ。
ヴィクトーリア曰く、"私以上にあなたとの試合を楽しみにしていた子がいた"と。
後に視たシャロンの準決勝とヴィクトーリアとの試合映像を比較しても、明らかに動きに差が出ていた。
確かに当人の心の持ち用であり、ジークリンデ自身は全く悪くないが、優しい彼女はそれでも気負ってしまっていたのだった。
──(……うん。ちゃんと、この子にも謝らんとな!)
こうしてわざわざ隣に座ったのも、何か言いたい事があるからに違いないとジークリンデは確信した。
故に、今度は勇気を振り絞って声を発する。
「あ、あの……!」
「──ところで、あなたも競技選手なのでしょうか?」
「えッ!?……あ、えっと、はい……そうです、けど……」
だが、何か言う前にシャロンに遮られる。
結局、そのまま流されて問いに返答するだけに留まってしまった。
間が悪いとジークリンデは思ったが、当のシャロンは確信犯である。
めちゃくちゃ性質が悪い。
──(あれ、ていうかウチの事、気付いてないんかな?)
ジークリンデはまたもや困惑した。
てっきり当てつけかと思われた一連の行動が、実は勘違いだったかもしれないという事に。
まぁ、全くそんな事はないのだが。
「やっぱりそうでしたか。という事はシード選手ですよね。実は、俺もなんですよ」
「へ、へぇ! き、奇遇ですねぇ!」
──(いやいやいや、知っとるよ! ウチ全然、知っとるよ! えぇ、本気で気づいてないん!?)
お互い白々しいにも程があるが、シャロンはジークリンデと違って動揺一つ見せないので、事情を知らない者からすれば本当に気づいていないように見えるだろう。
「今年も有望な選手が多そうで、かなり盛り上がりそうですね」
「うん……じゃなくて! は、はい、ウチ……私も、そう思います!」
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、です!」
大丈夫ではない。
シャロンの鬼つよメンタルを前にしては、さすがの世界戦覇者ジークリンデも成す術なく弄ばれるしかなかった。
しかし、鬼畜のメンタリストシャロンは攻撃の手を緩めない。
追い打ちをかけるように続けて言う。
「……強い選手が出てくれるのは嬉しいですが、やっぱり俺が一番戦いたいのはジークリンデ選手ですね」
「ッ!?」
おっと、これは酷い。
知っている上で、本人を前によくそんな台詞が出てきたものだ。
まさかの大胆過ぎる言葉に、ジークリンデの内心は照れ臭さと罪悪感がごった返していた。
だが、まだシャロンのバトルフェイズは終了していないぜ。
「──圧倒的なまでの強さと、冷たくも気高く美しい立姿。正直、思い出すだけでも焦がれます」
「~~~ッ!?!?」
シャロンの綺麗な顔を少し歪ませて溜息を吐かせれば、物思いに耽る貴公子の一枚画の完成である。
それに破壊力抜群の口説き文句を付け足せば、落とせない女性などいるだろうか。いやいない。
──(こ、こここ、これって、も、もしかして、ウ、ウチのこと……~~~ッ!?!?)
世界戦覇者といえど、いまだ十六の少女に過ぎないジークリンデ。
夢見がちな少女の願望をそのまま実現したかのようなシチュエーションに、思考回路はショート寸前。
ハートは万華鏡になるし、そのまま恋の行方を占い始めてもおかしくない。
──(フフ……さすがのジークリンデ・エレミアも、これだけ褒めちぎれば照れ臭くもなるだろう)
尚、当のシャロンは天然のクソ誑(たら)し野郎なので、ちょっと臭い台詞を言ってやったくらいにしか思っていない。
いつか刺されろ。
「──今年こそ、お目にかかりたいものです。彼女の為だけに、この一年鍛え上げてきたのですから」
「ぁ……ゃ、ちょ、ま、ほ……ほんとにまってぇゃ……」
──(も、もう限界や~~!!! だ、誰か、ウチを殺してぇ~~~!!!!!)
ジークリンデが、恥ずかしさのあまり死すら願い始めた頃。
赤面した顔を隠すために深く被っていた彼女のフードが、何者かに勢いよく取り払われる。
「ふぇ?」
振り返った先に居たのは、何故かジークリンデと同じように顔を真っ赤にして震えているヴィクトーリア。
「そ、そこまでです! シャロン! さ、さすがに、場所と台詞を考えなさい!」
「え、え、ヴィ、ヴィクター!?」
「あれ、なんでヴィクターさんまで赤面してるんですか?」
「あ、あれ、二人とも、もしかして気づいてたん!?」
「な、なんでもなにもありません! あ、あのような軽率な言葉、い、いけませんわ! 絶対に!」
「……そんな酷い事言いましたっけ?」
「な、なぁ、説明してやぁ~!」
「あ、あなたという人は……! と、とにかく、慎みなさい!」
「も~~!!! ウチの事、無視せんといてやぁ~~~!!!」
混沌、ここに極まれり。
ジークリンデの悲痛の叫びを上げた事で、ようやく場は収まった。
その後、ネタバラシをして改めて自己紹介をする流れとなった。
「改めまして、シャロン・クーベルです。お会い出来て光栄です」
「……ジークリンデ・エレミア」
「あー、やっぱりまだ怒ってます?」
「……むぅー」
ジークリンデは、子供っぽくむくれてそっぽを向く。
扱いかねたシャロンは、助けを求めるようにヴィクトーリアに目線をおくる。
助けを求められたヴィクトーリアは、やれやれと言わんばかりに溜息を吐く。
「ジーク、いい加減機嫌を直しなさい」
「だ、だってぇ~! ウチ、あ、あんな事、い、言われて、めっちゃ恥ずかしかったんよ~!!!」
「あんな事って……言っときますけど、ほとんど本音ですからね」
「~~~ッ!!! またゆうた~~ッ!!!
「シャロンもいい加減、自重なさい!」
シャロンの言葉に嘘偽りはないが、ある意味偽りだらけである。
なんなんだほんと。
「はぁ……ジークリンデ選手」
シャロンが真摯な態度で、彼女の名を呼ぶ。
真面目に話し合おうとする姿勢が伝わったのか、ジークリンデもむくれっ面を直して俯きがちながらもシャロンの方へ向いた。
「ジーク」
「はい?」
「……だから、ジークでええよ……嫌じゃなかったら」
「あぁ、ならジークさんで」
コホン、とシャロンは一度咳払いをして言う。
「ジークさん、俺はあなたのこと恨んだりはしてません。むしろ、気負わせてしまってたら申し訳ないです」
「ッ!? ……ウ、ウチのこと、恨んでないん?」
「まったく、と言えば嘘になるかもしれませんが……少なくとも、今は気にしてません」
"だから"と続けて、シャロンは言う。
「──今年こそ、一緒に戦いましょう。この大舞台で」
シャロンは優しく微笑みながら、すっとジークリンデに手を伸ばす。
その姿のなんと清涼で、儚く、眩い事か。
──(衆人環視の中、ジークさんが関節技決めながら、ジークさんに関節技を決めたい! そうしたい!)
こんな事を心の内では考えているのに、本当にどうして外面だけはこんなに良いのだろうか。
もしも心を読める者がシャロンの姿を見れば、そのギャップに卒倒してもおかしくない。
あまりにも変態を極めている。
「……ん」
そんな事は知る由もないジークリンデは、頬が赤らんだ顔をそらしながら握手に応じる。
一方のシャロンは神経を集中させて、ジークリンデの手の感触を全力で確かめる。
──(ふむ、あれだけの戦闘を繰り広げているのに、掌は大きな起伏もなく、滑らかで触り心地がよい。というより、普通の少女と変わらないんじゃなかろうか。気を付けてどうにかなるレベルを超えてるだろ。ある程度ケアしてる俺ですら、こんなにゴツゴツしてるのに……このギャップ素晴らし過ぎないか? 容姿から手先に至るまで完全に美少女のソレなのに、一度スイッチが入ると殺戮マシーンと化す……素晴らしい。いや素晴ら────)
優しい笑みを張りつけたまま、刹那の間に加速させた思考でジークリンデの手の感想をまとめるシャロン。
シャロンが何も言わないので手を解くタイミングが分からず、暫くしておずおずとジークリンデは言う。
「……も、もう、ええかな」
「あぁ、すいません。ついうっかり」
色々あったが、両者間の蟠りが解けた事にヴィクトーリアも満足げな表情を浮かべてる。
ジークリンデの方からも言いたい事があるようで、ゆっくりと口を開いた。
「あのな、しゃろ……じゃなかった! シャロン、くん!」
「えっと、好きに呼んでもらって構いませんよ」
「じゃ、じゃあ、"しゃろ"……って呼んでもええかな……?」
「あ、あぁ、はいどうぞ」
思わぬ申し出に、シャロンは若干困惑しつつも了承する。
ジークリンデは人見知りであるが、人に渾名をつけて呼ぼうとする癖がある。
それがぽろっと出てしまうのは、彼女のお茶目なところだったり。
「……ウチもほんとはしゃろに謝りたかったんよ。だから、ウチからもちゃんと謝らせてほしい。去年は途中で投げ出してしもうて、ほんまごめんなさい! 今年はちゃんと最後まで頑張る! だから……その……!」
ジークリンデは必死に言葉と紡いで、シャロンに謝り誠意を示そうとしていた。
けれど、上手く纏まらない。
中々締められなくて決まりの悪そうにしているジークリンデを見かねて、シャロンも言う。
「──去年は、結局俺も決勝まで上がれなかったですし関係ないですよ。……まぁでも、ここはお互い様、という事にしときましょうか?」
シャロンなりの気遣いに、ジークリンデは少し目を見開き、そしてうっすら笑って答えた。
「ふふ、ならお互い様やね」
この男、口の回し方は笑けてくるくらい上手い。
そんなこんなで、無事に蟠(わだか)まりを解消してジークリンデと親交を深めたシャロン。
結果的に、二人の美少女に挟まれているのだから、本当に世界はシャロン中心に回っているといってもいい。
「おぉ~? なんだなんだ、へんてこお嬢様にシャロンじゃねぇか」
更にそこへ、新たな美少女達が加わった。
ちょい悪っぽい風貌の三人組と、そのリーダー。
「ポンコツ不良娘! どうして、あなたがここに!」
露骨に嫌そうな顔をするヴィクトーリア。
「あれ、お前らって今年は選考会からだったか?」
「違うわよッ! シードリストも見てないの!? わたしは6組の第一枠ッ!」
「……俺は7組の第二枠ですよ、番長」
「そうだったか~?」
"
シャロン以上に我が道を究めた戦闘スタイルであり、気合と根性で予想のつかない無茶をやらかしつつも、最終的に勝ちをもぎ取るエリートファイター。
ハリーも男女問わず人気選手だが、どちらかというと女性の方に根強い人気があるらしい。
「こちとら、お前らの事眼中ねーから見落としてたかもしれねぇなァ?」
そう言うと、片目を瞑って挑発するように肩を竦めるハリー。
その手の挑発には一切動じないシャロンは別として、純然たるプライドの塊である
剣呑な雰囲気を漂わせながら、すっと立ち上がって言う。
「あなたこそ、今年は地区予選で落ちてくれると助かるわ。ていうか、負けちゃって? あなたと戦うの面倒臭いから!」
「なんだとてめー!?」
まさに、売り言葉に買い言葉。
両方が両方を見下しつつもライバル視しているもんだから、二人はいよいよ顔を突出し合い火花を散らす。
「あー、ヴィクター、番長……」
「もうちょい大人になれないんですか……」
目立つのが嫌いなジークリンデはフードを被って狼狽え、シャロンはやれやれと溜息を吐く。
誰も収拾をつけられる気配がないので、仕方なくシャロンが割って入る。
「あの、一応ここ公共の場所なのでモラルを────」
シャロンが二人を仲裁しようとした、ちょうどその時。
──ガキンッ!
『ッ!?』
突如として虚空から現れた鎖が喧嘩をしていた両名のみならず、シャロンまでも拘束する。
「なんですか! 都市本戦常連の上位選手がリング外でケンカなんて!」
シャロン達が振り返った先には、生真面目そうな眼鏡の美少女──エルス・タスミンがいた。
ついでに彼等を現在進行形で縛り上げているこの鎖も、彼女が使った魔法によるものである。
「会場には選手のご家族もいらっしゃるんですよ!」
「あの、俺はケンカしてなくて……」
「言い訳は結構! インターミドルがガラの悪い子達ばかりの大会だと思われたらどうします! それに──」
「……理不尽過ぎる」
「何か言いましたか!」
「いえ」
くどくど、ぐちぐち。
延々と続くエルスの説教に辟易し始めるヴィクトーリアとハリー。
──(まぁこういうプレイだと思えば悪くない。むしろ楽しくなってきた。もっときつくしてほしい)
一方シャロンは、美少女にお説教されながら美少女と公共の場で一緒に拘束されるという状況を楽しんでいた。
あまりにも上級者過ぎる。
頭がおかしい。
「……そやけど、リング外での魔法使用も良くないと思うんよ」
場が混沌を極めた頃、しぶしぶといった具合に、ジークリンデが小さく手を上げてエルスに進言する。
「ッ!? あ、ああ、チャ、チャンピオンッ!?!?」
「……うぅ」
エルスがジークリンデに気付いて大声を上げた事で、観客のみならずリングの選手達の注目までも集める。
チャンピオンを探す声がわんさか聞こえはじめ、恥ずかしさからジークリンデはポップコーンの容器で顔を隠そうとしていた。
「ほんとだ! 二階席のあそこ!」
「あれ、シャロン先輩もいる! ていうか、上位選手がそろい踏み!」
「せんぱーい! 私達の試合見てくれてましたかー!」
しかし、そんなもので隠し切れるわけもなく、シャロン共々すっかり晒し上げられてしまう。
シャロンが地上を見下ろせば、よく見知った後輩達がこちらに手を振っている。
──(こんな姿を後輩に晒してしまうなんて……くっころッ!!!)
"くっころ"などと、心にもないことを心の中で思うシャロン。
彼の世界はどこまでも自由なのだ。
「ま、騒ぎになるのもめんどくせーから、そろそろ退散すっか!」
「まったくよ! あなたと会うと、どうしてこうグダグダになるのかしら」
そう言って、ヴィクトーリアとハリーは何でもないかのように鎖を強引に引きちぎる。
"そんな簡単に!?"と、エルスは嘆くが二人の知った事ではない。
「エルス選手」
「な、なんですか!」
「加減しなくても、俺になら全力でバインドかけてくれても良かったんですよ?」
「あなたは何の話をしてるんですか!? ていうか、これでも割と本気なんですけど!?」
「……そうですか」
「なんでそんなにがっかり……って、鎖が弾け飛んだ!? ちょ、ちょっと、ほんとにどうなってるんですか!?」
筋肉は全てを解決してくれる。
どこかの誰かが言ったような言わなかったような台詞を思い浮かべながら、シャロンも容易く鎖を突破した。
★
ギャラリーが大盛り上がりの中、シャロンはのんびり背伸びをしていると、ふとジークリンデが地上に向けてピースサインをしているのに気付く。
「何か気になるものでも?」
「あ、えぇとな! ちょっと、気になる子を見かけて」
そう言ったジークリンデの視線の先には、またもや見知った顔があった。
「……あそこの碧銀の少女の事ですか」
「あぁ、うんその子!」
ジークリンデは笑顔で答える。
──(……おかしい)
しかし、シャロンはこの反応に訝しむ。
何故なら、ジークリンデはかなりの人見知りで、見ず知らずの相手に笑顔でアピールする筈がないからだ。
シャロンはその不可解な行動の理由を、イカれた頭をフル回転させて考える。
──(う~む、なるほどな。つまり、導き出される答えは……)
答えは。
──(一目惚れか)
またそれかよ。
ちなみに、シャロンはこう考えた。
あの含みのありそうな熱の籠った視線と表情は、己に向けてこられた乙女達のものに近しいと。
ミッドチルダにおいて、同性愛はそれほど珍しいものでもない。
まして、武の道に命を懸けて切磋琢磨する者同士だと、同性でも惹かれあってそういう関係になる可能性も低くはない。
──(だが、そうなるとヴィヴィオとアインハルトを含めた三角関係になりうるぞ)
ならねぇよ。
シャロンはしっかり覚えていた。
アインハルトもまた、ヴィヴィオにお熱であったという事を。
もしこの推測が正しければ(正しくはないが)、泥沼の三角関係の完成である。
シャロンはいやに神妙な面持ちで、ジークリンデの肩にポンと手をおいた。
「ジークさん」
「な、なんや、急に?」
「……彼女の心は既に囚われていますよ」
──(ヴィヴィオに、な)
野暮なのは嫌いなので、含みのある言葉でシャロンは言った。
ジークリンデも意表を突かれたように顔を驚かせると、シャロンに恐る恐る尋ねる。
「……あの子は、しゃろの知り合いなん?」
「そうですね。クラスメイトです。……旧い血筋の子で、その隣の金髪虹彩異色の子とも浅からぬ関係ですね」
"これでなんとなく分かるだろう?"とばかりに、シャロンはジークに目線で訴える。
そして、ジークリンデは確信した。
──(やっぱり、ウチと同じ古代ベルカの……それに囚われてるって事はつまり……)
ジークリンデは僅かに顔を曇らせる。
彼女にも先祖の記憶に苛まれ、荒んでいた時期があったから。
そんな昔の自分自身に、アインハルトの姿が少し重なって見えたのだ。
「ウチにも気持ちは分かるよ。でも、そんな事で人生を犠牲にするのは悲し過ぎる……だから、あの子ともお話してみたいかなって」
「え、いや、本気ですか?」
「うん、本気も本気!」
この時、シャロンは驚愕していた。
普段顔に出ないのにも関わらず、小さく開かれたままの口が塞がらない程に。
──(ジークさんにとって、諦めたら人生犠牲にしてしまう程の相手だったのかアインハルトは!? それくらい衝撃的な相手だったのか!?)
言うまでもないが、話は一切噛み合っていない。
お互いにそんな事は知る由もなく、会話は進む。
「あの子にも思う所はあるやろうし、まずは予選でぶつかってから! それから、聞いてみたいと思う」
「…………」
シャロンは無言でジークリンデの真剣な顔を見つめていた。
──(マジやべーよ、ジークさん……なんかもう具体的なアプローチ考えてるし……俺はどうすればいいんだ)
シャロンは、この恋路を応援していいものか本気で悩んでいた。
アインハルトもヴィヴィオも、大事なクラスメイトと後輩である。
しかしまた、付き合いの浅いジークリンデに対しても、彼女の並々ならぬ決意に水を差すような事はできそうになかった。
悩みに悩み抜いた末、シャロンは告げるべき言葉を絞り出す。
「……確かに、彼女の心は今も囚われているでしょう。けど、人間は少しづつ変わるものです。少なくとも、俺が出会ったころよりは変わったと思いますよ。その変化が、プラスに働くかまでは分かりませんが……」
──(どちらかを応援するなんて無理だ……でも、ジークさんの勝率が0じゃない事だけでも伝えておこう)
シャロンはそんな意図を込めながら、ジークリンデを生暖かい目で見つめる。
対して、ジークリンデは笑顔で答えた。
「うん、なら安心や! きっと、分かり合える!」
あまりに眩い彼女の笑顔は、シャロンを再び戦慄させる。
──(いや可能性は限りなく低いのには変わらないのに、めちゃくちゃ強気だなこの人!? さすがチャンピオン……己が勝利を疑ってないと見た)
恐ろしい曲解能力である。
閑話休題。
続けて、ジークリンデは言う。
「それに、しゃろは普段から付いててくれてるんやろ? あの子の事、ちゃんと見ててあげてな」
この言葉の意味するところは、要するにシャロンはジークリンデにとってのヴィクトーリアという意味だ。
保護者、という感じでもないが、頼りになる優しい友人が傍にいるなら誤った道に進んでも止めてくれると。
そんな意図を込めて、ジークリンデは言った。
言ったのだが……。
──(それはつまり、変な虫が付かないように見張っておけと……確かに、アインハルトはかなりの美少女だ。遠巻きに男子が視線を送っているのも知っている。言い寄ってくる相手も出てきそうだが……)
シャロンはまたまた悩む。
アインハルトの恋人ならまだしも、ただのクラスメイトが過多に干渉するのはいかがなものかと。
精々、起きた事を報告するくらいしかできそうにない。
「やれるだけの事はやってみますが……正直、"そうなった場合"何ができるのか分かりません。そもそも口を出す資格があるのかは分かりませんが」
とはいえ、無碍に断ることも出来なかった。
ジークリンデの笑顔が、有無を言わさぬ無言の圧力に思えたからだ。
「あぁ、ごめんな! 急に言われてもしゃろも困るよなぁ……複雑な問題やし」
"うーん、じゃあ──"と、ジークリンデは続ける。
「──どうにもならんくなったら、ウチに相談して! 今は近くに住んどるし、連絡も取れるようにする!」
そう言い終えると、"ヴィクターにあとで頼まんとなぁ"と小さく呟く。
──(もうこれ、完全に俺が協力者になる流れじゃねぇか)
完全に外堀を埋められたとシャロンは思った。
さすがに勘弁してほしい。
心に重圧を受けながらも、シャロンは答える。
「はい、わかりました」
見事な二つ返事だった。
──(もうどうにでもなれ)
ここまでくれば、ヤケクソ精神である。
「うん、色々とありがとうな、しゃろ! ほな、また今度! ウチ、ヴィクター追っかけに行くから!」
"またな~!"と、笑顔で手を振り去っていくジークリンデはシャロンと対照的であった。
──(……まぁ、何も起きなきゃ問題ないか)
と、シャロンは前向きに考え切り替えることにした。
既に選考会も終わりに近づき、めぼしい試合もなさそうなのが分かると、ジークの後を追うように出口へ向かって歩いていく。
といっても、帰るわけではなく試合を終えた後輩やアインハルトと合流しにいくだけである。
「……今から、どんな顔してあいつらに会えばいいんだ。気が重い」
なんてぼやくが、勝手に気を重くさせたのは他ならぬシャロン自身である。
自業自得というか、なんというか。
頭は良いのに、頭がおかしいという矛盾を秘めた少年。
それがシャロンであった。
★
一方、地上でシャロン達を見ていたアインハルトはというと。
──(チャンピオンとシャロンさんは知り合い、なんでしょうか? 選手同士にしては、距離が近いような……私の方を見ているのも気になります)
どうも、シャロンとジークリンデのやりとりが気になるようであった。
それがシャロンへの好意からくる嫉妬なのか、単なる興味本位なのか。
真相はアインハルト自身にも分からぬままだった。