ノーヴェが押さえていたというスポーツコート内に移動したシャロン等一行。
気を遣ってヴィヴィオとアインハルトを二人きっきりにしたので、その他レディースのプロフィールを確認するシャロン。
教会の執事を務める双子を含め、ナカジマ家の姉妹は七名。
しかもまだいるというのだから、驚きだ。
──そして
「リオ・ウェズリーと言います! 実家が道場で春光拳を修行してます!」
「コロナ・ティミルです! 一応、ヴィヴィオと一緒にミッド式のストライクアーツをやってます!」
後輩三名も格闘技者らしい。
純粋な格闘技特化はヴィヴィオだけのようだが、とりあえず素質だけは素晴らしいとシャロンは思った。
色々な意味で。
「シャロン・クーベル。知ってると思うが、我流に近いグラップラーだ。よろしく」
クールに口数は少なく纏める。
シャロンはイケメンオーラをこれでもかというくらい醸し出していた。
格闘技者以前に年頃の女の子でもあるリオとコロナは、そのイケメンっぷりに目を輝かせていた。
──ちなみに狙っているわけではなく、今回は素である。
黙っていれば本物のイケメンなのだ。
黙ってさえいれば。
「シャロンさんは普段どんなトレーニングをしてるんですか!」
と、リオが。
「基礎鍛錬。とにかく身体に負荷をかけまくる。あとは、ひたすら練習試合とか」
シャロンが扱うのは打撃ではなく投げと関節技。
タックルも行うにあたって、とにかく技術以前に身体が丈夫でなければならない。
だからまず、自宅やジムなど場所を問わずめちゃくちゃ身体を鍛えた。
ミッド式の純格闘技となると打撃主体になるので、動画や資料を読み込んで投げや関節技等を学ぶ。
自分に合ったものを、あらゆる流派から見繕って習得していく。
野郎のトレーナーなんか真っ平ごめんだったのだから、ほぼほぼ我流と言って差し支えない。
鍛錬の合間に入れる練習試合が唯一の癒しであった。
──普通に黙っていれば幾らでも女の子は寄ってくるのに、自分の欲望の為に血の滲むような努力をしたのだ。
この絶え間ない努力に関して言えば、少なからず誇りのようなものを持っているシャロン。
「うーん、意外と普通というか……地味? なんか、ちょっとがっかりかも~」
そして、数少ないシャロンの美点をバッサリと切り捨てるリオ。
──(八重歯圧し折ってやろうか)
存外失礼なことを言われて珍しく青筋を立てるシャロン。
悪戯っ子のようなあざと可愛いさにあてられ、すぐに機嫌は直るのだが。
「ちょ、ちょっと、リオ~!?」
「だって、シャロン先輩なら辺境の次元世界で山籠もり~! とか、素手で猛獣を仕留めてそうじゃない?」
「確かにそうだけど……」
──(そんなわけねぇだろ。どこの蛮族だ)
シャロンが突っ込みに回るなんて、珍しいなんてものじゃない。
相手が美少女なら命懸けでも構わないが、何が楽しくて山籠もりや猛獣相手に命張らないといけないのか。
実はU15の選手にそんな美少女がいたりするのだが、それはもう少し先の話。
「あのな。強くなるのに、特別な訓練なんていらないんだよ。特に俺みたいな突っ込むしか能のない奴にとってはな。確実で基礎的な鍛錬を地獄もかくやと言わんばかりに繰り返す。これで十分だ」
おかしい。
シャロン・クーベルという少年が普通の格闘技者に見える。
"へぇ~!"と一同の関心を集めるシャロン。
すると、前方を歩いていたアインハルトがこちらに首を向ける。
「あの、シャロンさん。もし良かったら、あなたとも手合せをお願いしたいのですが」
──(本命の前で余計な気を回してんじゃねぇよ……)
余計を通り越して、全く見当違いな気を回しているのはシャロンである。
アインハルトが、ヴィヴィオに熱っぽい視線を送っていたと勘違いしているシャロン。
彼女は獲物であると同時に、自分と同じ異端者であると思い込んで妙な親近感を覚えていた。
「シャロン、いいか?」
ノーヴェが尋ねる。
アインハルトと仕合うことに関して言えば、吝かではないが。
「……ストラトスと高町のスパーを見てから考えます。とりあえず、俺じゃなく目の前の相手に集中してくれ」
「ッ! 分かりました」
「そうだな。じゃあ、二人とも着替えてこい。シャロンも一応な?」
己の意図に気付いたのかは分からないが、アインハルトは気合が入っているようだし大丈夫だろう。
シャロンも考えるとは言ったので、更衣室に荷物をぶち込んでスポーツウェアを着こむ。
「お待たせしました」
「お待たせで~す!」
制服とはうって変わって身軽になった二人。
ヴィヴィオのは少し柄の入った遊びのあるタイプだが、アインハルトのはもろ学校指定のものに見える。
これだけでも、二人の性格が分かるというものだ。
「シャロン。お前は二人をどう見る?」
「……身体は中々良いと思います」
二人の恋路(?)を応援するとか抜かしていたが、目線はしっかりと露わになった四肢を見据えている。
ヴィヴィオが構えながらキュッキュッと跳ねる度に覗かせる魅惑的なウェストを見て、これはアインハルトが惚れても無理はないと勝手に納得していた。
アインハルトも肩口からスポーツブラの紐を覗かせていて、そこはかとなく煽情的である。
──(スパッツの食い込みに対して、上のルーズさが対比となっていて両者素晴らしいな。しかも、高町の方はブラどころか下着も着ていない。第二次性徴気前の女子なら当たり前なのかもしれないが、その若さならではの特権とでも言うべきだな。俺が同級生なら、実技の授業ずっとチラ見していただろう)
長々と気持ち悪い独白をするシャロン。
これが、"身体は中々良い"に込められた思いである。
誰がどう見ても、ドン引きするレベルだ。
「ヴィヴィオは私が連れ添って鍛えてるからな。アインハルトの方は身をもって知ったし。まぁ私が聞きたかったのは、二人の試合展開についてなんだけど……」
「試合展開ですか。俺は高町の技量を知らないので何ともですけど……ところで、その、高町はノーマルな方なんでしょうか?」
それとなく、ヴィヴィオがアインハルトを受け止められるかを確認するシャロン。
「ノーマル? あぁ、特に普通の打撃主体の格闘技者だよ。変な癖はないと思うが」
少しぼかしたのもあって、話の流的にも格闘技者としてのスタイルを問われたのだと誤解する。
これ以上は聞きようもないし、諦めて観戦することにした。
「んじゃ、スパーリング4分1ラウンド。射撃もバインドもなしの格闘オンリーな」
"レディ……ゴー!"
戦いの火蓋が切って降ろされた。
最初に動き出したのはヴィヴィオ。
低い姿勢から懐に入り込んで、右拳を突き上げる。
何でもないようにアインハルトはそれを防ぎながら、勢いを逃がすように後退。
──そして、ヴィヴィオの突き出されたお尻とめくれた上着が素肌を見せた瞬間をサーチャーで記録するシャロン。
その後、ヴィヴィオが数発打ち込むも、ガードされて決定打には至らず。
愚直なまでに真っ直ぐな拳を、アインハルトは評価しつつもやはり落胆を禁じ得なかった。
──(きっと、相当な努力を積まれてきたのでしょう)
何度もヴィヴィオは拳を連打し、蹴りを繰り出すも容易く往なされてしまう。
──(真っ直ぐなのは心も。だからこそ……私の"思い"はこの子にぶつけられない)
対するアインハルトは表情を曇らせながら、大振りのアッパーを身を屈めることで回避する。
先ほどからベストショットを撮りまくっているシャロンを尻目に、ヴィヴィオの腹部に掌底を当ててダウンを奪う。拳をふるうまでもなく、相手を掌底で敗北においやれるくらいの実力差があったのだ。
それは、怪我をさせたくないというアインハルトの思いやりでもあるのだが。
ヴィヴィオも、最後の一瞬シャロンの方に気が散っていたのを見過ごさなかった。
「……お手合わせ、ありがとうございました」
「あ、あの! 私、もしかして弱すぎましたか……?」
「いえ、趣味の遊びの範囲内であれば十分過ぎる程に」
言うまでもなくヴィヴィオがストライクアーツにかける思いは本物だ。
それだけに、ショックも大きかった。
場の空気がどんよりし始めたが、ヴィヴィオは折れずにリベンジマッチを申し込む。
ノーヴェの計らいで今度はちゃんとした練習試合をすることになった。
しかし、あまり興味ないとばかりにアインハルトはシャロンに向き直った。
「私と相手をしてくださいますか?」
シャロン、考える。
どうもアインハルトはヴィヴィオの技を受けて失望しているようだった。
初見の相手に対する様子見で、技を受けてみることはシャロンもよくある。
いや、技を受けるのは普通おかしいがここは置いておく。
つまり、初手のやり取りでアインハルトは察してしまったのだと。
表情を崩すことなく、易々と往なしてしまったのだから実力差は素人目でも分かってしまう。
──(一目惚れしたはいいが、身体の相性はあまりよくなかったパターンか……分かるぞストラトス)
全然違うし、シャロンに分かられても気持ち悪いだけだからやめてほしい。
格闘技が得意という前評判で、その実弱弱しい打撃だったり、あっさりKOしたりする相手は幾ら美少女でもげんなりする時がある。
シャロンとて、美少女なら誰でもいいというわけではない。
相手をしてくれるなら何度でも引き受けるが、やはり自分と同じくらいの土俵で戦ってくれる相手が望ましいのだ。
それ以外にも、拳には撃ち手の思いが乗る。
アインハルトはきっと、ヴィヴィオの純真さを汚すのに罪悪感を覚えてしまったのも理由の一つだろうと推測した。
──(甘いぞ、ストラトス……その罪悪感すら興奮に変えられればお前だって……)
変態に最低な同情までされたアインハルト。
ヴィヴィオを本当に汚していたのは、シャロンの欲望である。
「……分かった。やろう、ストラトス」
同情から、アインハルトとのスパーを引き受けるシャロン。
「ありがとうございます!」
そして、自分の時よりもやる気のアインハルトを見て余計落ち込むヴィヴィオ。
さすがに彼女が可哀そうというのもあり、今日はこの一試合で最後となった。
「先輩頑張れ~!」
「応援してま~す!」
「ア、アインハルトさんも、頑張ってください!」
それでも負かされた相手を応援するのだから、健気な少女である。
不退転と謳われるシャロンをアインハルトが倒せば少しは浮かばれる、という打算もなくはないのだが。
ここまでの一連の流れを見た第三者も、きっとシャロンをぶん殴ってぼこぼこにしてほしいと思っていることだろう。
頑張れ、アインハルト。
負けるな、アインハルト。
「ストラトス。残念だったとは思うが、高町は良い子だと思うぞ」
「……それは、分かっているつもりです。だからこそ、私の"思い"をぶつけるわけにはいきません」
「なら、俺にぶつけてみるといい」
普段なら遠慮せずに上は脱ぐのだが、今は変に遠慮しているので着たままである。
腰を落として構えをとるシャロンと、その姿勢を見て開幕の突進を警戒するアインハルト。
"レディ……ゴー!"
再び、火蓋が切って落とされた。
スタートと同時に力強く踏み込んだのは、構えを取っていたシャロン。
数mあった距離は一瞬で0に縮まる。
健康的でひきしまった太腿に組み付こうとするシャロン。
さっきの流れから、今回は邪な思いは抱かずに真剣にやっていると皆思う事だろう。
甘い。
──(ジューシーなとこ頂くぜェ!!!)
多少遠慮しようとも、本質は変わらない。
例え相手が自分と同じ異端児であろうと、獲物であるなら食らうまで。
──(速い……! けど、負けません!)
ここまでの瞬発力は予想していなかったが、アインハルトもまだ見切れる範疇であった。
組み付こうとした足を下げることで、シャロンの両の腕が空ぶらせる。
ギラついたシャロンの瞳に臆することなく、軸足を起点に顔面ストレートをお見舞いする。
──(これで少しは……ッ!?)
魔力強化に加えて、完全にバランスを崩した状態での顔面ストレートである。
普通は昏倒ないし、少なくともダウンは奪える筈だった。
──普通は。
言わなくても分かると思うが、相手は生粋の武人……ではなく変態である。
拳がめり込んだ状態で口元を歪ませていた。
──(FOOOOooooooo!!!!!!)
シャロンのボルテージは最高潮。
その高まりを力に変えて、素早く顔面にめり込んだ拳を腕ごとつかみ、更に胸倉も捉えると勢いよく反転する。
まだ成長途中であろう、胸の膨らみの感触を背で味わいつつ投げ飛ばす。
シャロンの背負い投げが綺麗に決まった。
「そこまで! 勝者、シャロン!」
『おおー!!!』
ギャラリーが沸く。
振り返ってみれば、試合は一瞬のできごとだった。
一番大きな敗因は、シャロンのタフネスっぷりに驚いて硬直したあたりか。
あの程度で驚いているようでは、変態の相手は務まらない。
そう思わされる試合だった。
「はぁはぁ……いや、中々楽しませてもらったよストラトス」
一体、ナニを楽しんだのか。
「……完敗です」
頼む、負けないでくれアインハルト。
一方、試合を見ていたギャラリーは。
「あ、あれで、体勢崩さない所かカウンターで投げるとか、嘘だろ!?」
「ねぇノーヴェ……あれって本当にカウンターなの……?」
「確かに、ヴィヴィオの言う通り……」
「普通に直撃してましたよね……」
「あれ、一発で意識飛ぶと思うんだけど」
「あはは、私も体力には自信あるけど、ちょっと真似できないかな……」
実際に"不退転"を目の当たりにして、畏怖というよりもはや引き気味であった。
どこに一発KOモノの直撃を食らって、笑いながら投げ返す変態がいるのだろうか。
次元世界広しと言えど、シャロンくらいなものだろう。
視点は二人に戻る。
何が起こったのか分からないというようなアインハルトに、シャロンは手を伸ばす。
「少しは満足したか?」
「……はい。改めて、己の未熟を恥じるばかりです」
「そうか」
またしても完膚無きにまで敗北したというのに、妙な充足感を得られたアインハルト。
覇王流が最強であると知らしめるどころか、その一端すら示すことができなかった。
されど、自分の視野の狭さを改めて知る事ができた。
──敗北は糧となる、とは誰が言った言葉か。
そんなアインハルトは、遥か高みにいるシャロンを見上げてこう言った。
「──また、お相手お願いできますか?」
「──分かった」
──今度はもっと強くなれ。あと、高町ともう一度向き合ってやれとも付け加えて。
何だかとても良い話風になっているが、結局シャロンは一人で思い違いをして、挙句彼女等の身体を堪能していただけなのでそこはゆめゆめお忘れなきよう。