学年最初の定期試験も終わって肩の荷を降ろし、返ってくる結果に一喜一憂する学生達。
中等科になって一層難易度が上がったStヒルデ魔法学院中等科一年のシャロンも、返ってきた答案を見ながらまずまずだなと頷いていた。
平均すると、おおよそ九割。
暗記系がやや落ちるものの、体操実技は文句なしの一位であり、評価はオールA。
つまるところ、優等生である。
もっとも、総合成績ではアインハルトがやはり上を行くのだが。
シャロン的には、いつも通りの点数をコンスタンスに取れればそれで満足だった。
最高成績を取ったところで、美少女と合法的にスキンシップは図れないのである。
「よし、んじゃ行くぞ~!」
「よろしくお願いします」
そして今、シャロンアインハルト両名はノーヴェと待ち合わせて一緒に高町家へ向かっている。
適当に歩いていると、高町という表札が見えた。
家の前に着くと、ノーヴェが呼び鈴を押す。
"はーい"という可愛らしい声とともに、ぱたぱたと駆けてくる音が。
「アインハルトさんとシャロンさん!?」
"と、ノーヴェ"と小さく付け加えて出迎えてくれたのは、我らが太陽の化身、ヴィヴィオである。
「異世界での訓練合宿とのことでノーヴェさんにお誘い頂きました」
「アインハルトと同じく」
"私はおまけか!"と愚痴るノーヴェを無視して、ヴィヴィオは目を一等星の如く輝かせて顔を綻ばせていた。
「同行させていただいてもよろしいでしょうか……?」
照れながら上目使いで尋ねるアインハルト。
かわいい。
言い終わるや否や、ヴィヴィオはガシっとアインハルトの手を掴んでぶんぶん振りだす。
「はいッッ! もー全力で大歓迎ですーッ! あ、シャロンさんもですよッ!」
少し前、拷問のような特訓をさせられた相手に対しても全力全開シェイクハンドで歓迎するヴィヴィオ。
全てを許し、受け入れるのが神だと言うのなら、ヴィヴィオも神の一柱と言えよう。
更にその後ろから、パツキンの美人さんがひょっこり顔を出す。
「ほらヴィヴィオ、上がってもらって」
「あ! うん!」
"さぁ、こちらへ!"と、シャロンとアインハルトの手を引いてずんずん家の中に引っ張ってゆく。
どうも二人の参加はサプライズだったようで、金髪の美人さんとノーヴェはその喜び様に微笑んでいた。
「はじめまして。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。アインハルトと……シャロン、だよね?」
「はじめまして。アインハルト・ストラトスです」
「シャロン・クーベルです。よろしくお願いします」
金髪の美人……フェイトが自分の名前を呼ぶ前の微妙な間と表情が、ちょっと気になったシャロン。
何か至らぬ所があったのかと思い返すも、特に変なことはしてない筈だった。
──まぁ、既にしちまっているからこそなのだが。
連れられた先には、残りの後輩二人と栗色のポニテ美人が待ち構えていた。
「アインハルトさん!」
「シャロン先輩!」
「二人ともいらっしゃい~!」
ニコニコとご機嫌さんなポニテ美人がアインハルトシャロンの元へ寄って来る。
「はじめまして、ヴィヴィオの母の高町なのはです!」
栗色のポニテ美人もとい、なのはがずずいとアインハルトの前に出る。
「アインハルトちゃんは、古流武術を凄い練度で修めてるんだよね? 凄いねぇ!」
「は、はい……」
そして、今度はシャロンの前に。
しかも、アインハルトと違って何か珍獣を観察するような目つきである。
「シャロン君は特にヴィヴィオがお世話になったみたいで……」
「いえ、別に大したことはしてないですし」
十歳の女の子を問答無用で一週間ふるぼっこにしておいて、どこが大したことないのだろう。
下手しなくても、被害者が訴えれば豚箱行は確定である。
あと、砲撃魔王とも称えられる高町なのはが"お世話になったみたい"と言うと、何故か別の意味に聞こえてくるが気のせいではないと思う。
「てっきり、もっとやんちゃな見た目を想像してたから驚いちゃった」
「はぁ」
なのはの頭の中には、目つきの悪い如何にもな不良が浮かんでいた。
地球の一昔前の漫画に出てきそうな格好である。
「んも~、ママったら先輩の前であんまり変なこと言わないでよ~!」
「だって~!」
似た者同士というか、シャロンから見ても母娘というよりは姉妹のように感じられた。
美人美少女好きのシャロンは当然、戦技教導官高町なのはの噂は耳にしていたが、見た目以上に少女という言葉が似合いそうな人だと思った。
「でもヴィヴィオがあんまりぼろぼろになって帰ってくるものだから、私達かなり心配してたんだよ~! 二人ともまだ若いんだから、あんまり無茶なことしちゃだめだよ?」
「はーい」
キャッキャウフフ。
仲睦ましい母娘の光景。
シャロンも"気を付けます"と続けば、丸く収まる筈なのだが……。
──(え、あれって無茶に入るの?)
常人と感覚に大きなズレが生じているシャロン少年。
鍛錬とは、己が強くなるためのものであり、ならば極限の内容を究極の覚悟をもって臨まなければならない。
真の強さは、そこらのジム通い程度で安売りされているものではないのだ。
だからこそ限界まで肉体をいじめ抜いて、死ぬ寸前まで追い詰める。
シャロンにとっては、強くあることにそれだけの価値があった。
故に、ヴィヴィオとの特訓もシャロン的には児戯に等しい。
「あれは無茶とは言わないでしょう」
素直な感想が口から洩れた。
ともかくそれは、鶴の一声とも呼べるものだった。
明らかに反省して終わる流だったが、シーンと部屋が静まり返る。
──(……デジャブだ)
やらかしたと思った時にはもう遅い。
今回は話を聞いていたのに、また同じパターンかと辟易するシャロン。
後輩の母親二人の身体を品定めするのに使っていたリソースを引っ張り、状況を打破せんと思考する。
「……ヴィヴィオ、お前はアインハルトに勝ちたかったよな?」
「は、はい、そうですが」
キリっとヴィヴィオを睨みつける。
「あの日の自身を見下した態度を、自分の"信念"を貶められた屈辱を、許せなかったよな?」
「え、えーと、はい?」
別にそこまで思っていなかったが、シャロンの眼光が有無を言わさず肯定させた。
「わ、私、そんな酷い態度とってましたか!?」
あの日に関しては、シャロンに負けず劣らず失礼だったアインハルト。
あたふたしながら思い出そうとしている彼女は一旦無視する。
「人にはどうしても譲れないモノがあります」
シャロン、イケメン熱血漢モードで目に火を灯す。
「確かに、身体の弱いヴィヴィオがアレを続ければ身体を壊すでしょう。もしかしたら、選手生命すらも怪しかったかもしれない……けど、あの時はヴィヴィオの譲れない瞬間でした」
身振り手振りを交えながら、演劇俳優の様に芝居がかった台詞を吐く。
「俺の武に対する"信念"は、人生において何よりも価値があります! 最高の大舞台で、最高の相手と取っ組み合いたい! 心の底から、狂おしい程の渇望が沸いて出るんです! 無茶の一言で一蹴されるような、やっすいモノじゃないんですよ!」
シャロンという狂気の変態が生れ落ちて十数年。
彼の人生は、内から湧き出る欲望との闘いであった。
己のどうしようもない特殊な欲を満たすには、幼き日から地獄を見る他なかった。
トップクラスの美少女と取っ組み合う為なら、身体がどれだけ壊れても良い。
むしろ、美少女と取っ組み合いの末に壊れるなら、ある意味本望である。
狂ったように身体を苛め抜くシャロンを両親も心配したが、似たような事を語ると、諦めたようにシャロンを見守るようになった。
──一体、何がシャロン・クーベルという少年を終わらぬ被虐の道へ進ませるのか。
答えは、"性欲"である。
「ヴィヴィオの格闘技は芯があって真っ直ぐだ。その拳を受け続けてきた、俺だからこそ分かります。強弱はさておき……とても気持ちのいい拳でした」
まだまだ拙い拳ではあったが、ヴィヴィオの美少女性やどんなに嬲る……いや、愛の鞭を振るっても折れない心はシャロンを存分に満足させ、気持ちよくさせた。
文字通りの意味で、気持ちのいい拳だったという意味だ。
「別に考えなしに身体を壊しても良いと言ってるんじゃありません。俺が言う無茶は、無意味なことに考えなしで身体を捧げることです。それは馬鹿がやることだ」
産まれてこの方無茶鹿してない馬鹿はお前だと、誰か突っ込んでくれ。
「つまりは、ここぞという瞬間を見極めろということです」
迫真の表情と台詞回しや振る舞いは、どうあがいてもイケメンだった。
勘違いイケメンワールドが完全に決まっていた。
「……まぁ、そういう事なので無茶じゃないと言いました。若輩が生言ってすいません」
熱が入り過ぎたとばかりに、頬を掻きながら普通の少年に戻る。
正統派熱血イケメン主人公、ここに在り。
ガワだけ見ればパーフェクトを通り越している。
ガワだけ見れば。
そして、ガワだけしか見れない周りの人間には、そういう風に見えていた。
高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは過ぎし日を思い出す。
十年以上前から始まった、数奇な運命や数多くの戦いを。
最初は友達や世界を救うために、身の丈に合わぬやんちゃをし続けたものだった。
きっと、その無茶がなければこうして娘や友人等と笑いあうことはできなかったのは事実。
しかし、未熟だったなのははその無茶をやめなかった。
ここぞという瞬間を見誤り、自分はまだまだ大丈夫と思い続けた結果、取り返しのつかない悲劇が待っていた。
永遠に魔法が使えなくなるかもしれない絶望や、友人知人等の悲痛の表情。
なのはに関わる誰もが思い出したくもない程、苦痛と悲哀に満ちた時代だった。
もう誰にも同じ後悔をさせたくないから、なのはは無茶に対して一層厳しくなっているつもりだったが……。
「……そこまで言われちゃうと、あんまり怒るに怒れない、かな」
「そう、だね」
なのはとフェイトは顔を見合わせながら苦笑すると、ヴィヴィオとシャロンの頭を撫でた。
目を細めるヴィヴィオと──
──(……Oh Yeah!)
後輩の美人な母親に頭を撫でられて興奮するシャロン。
──(次! 次、生まれ変わったら俺絶対この人達の子供になる! うおぉー! 今こそ譲れぬ瞬間! ここでくたばっても良い! 不退転の覚悟を見せるぞ!)
後輩の美人な母親二人の子供になりたいと、シャロンのぶっ飛んだ本能が叫んでいた。
やはりガワだけの男。
不退転のド変態である。
俯き加減のシャロンを見て、照れている所は子供っぽいなと少し安心するなのはとフェイト。
──違う。
二人の子供として合法的に甘える妄想をしているだけだ。
もし神様がいて、輪廻転生というシステムがあるのなら、どうかその輪からシャロンだけは外して欲しいと切に願わざるおえない。
「シャロン先輩!」
「せんぱ~い!」
「シャロン先輩……!」
後輩等は目を輝かせている。
"この特訓はお前たちには意味がない"と言ったのは、単にその時じゃなかったから。
しかし、絶対に負けられない譲れない瞬間が訪れた時は、リオやコロナもそれくらいやる覚悟が必要なのだと。
「やはり、シャロンさんにはかないません」
アインハルトは感銘を受け過ぎて、一周回って冷静だった。
「ったく、私よりコーチ向いてるんじゃねぇのか……」
そして、少しいじけるノーヴェ。
皆が思い思いのイケメン主人公像をシャロンに見出す中──
──(高町シャロン……フフ)
クソのような妄想で悦に浸るシャロンが居た。
こうして、高町家にもシャロンの不退転伝説が知れ渡るのであった。
☆
次元空港まで車で揺られながら楽しげに移動するシャロン。
車の最後部にノーヴェ・アインハルト・シャロンと並んでいる。
シャロンは最近、美人美少女の匂いに慣れ過ぎているのを思い出し、その有難みに改めて感謝する意味も込めて、この密室空間の特濃の香を肺いっぱいに吸い込んでいた。
安定の気持ち悪さだった。
「アインハルトさん! シャロン先輩!」
ひょこっとヴィヴィオが顔を出す。
「四日間、よろしくお願いしますね!」
随分と浮き足立っている様子だった。
「はい、軽い手合せの機会があればぜひ」
「……無茶にならん程度に扱いてやろう」
無茶じゃない、の言い訳を長々しく語った後なのでシャロンは大きく出ることができない。
身から出た錆というか、これ以上汚されたヴィヴィオを見なくて済みそうなのは幸いである。
シャロンの言葉にリオとコロナも反応する。
「私も! 私も!」
「ここぞという瞬間を見極めて、ですよね!」
極意を教わったと言わんばかりに、コロナは良い顔をしていた。
「私もお願いします。あの時のスパーじゃ、不完全燃焼だったので」
静かに闘志を燃やすアインハルト。
「……強い奴とやりたいってんなら、当然あたしとも付き合ってくれるんだろうな?」
"ノーヴェも!?"と、騒ぎ経つ車内。
彼女も彼女なりにシャロンの影響を受け、指導者という立場じゃなく、一格闘技者として戦ってみたくなったらしい。
「シャロン君は"不退転"って呼ばれる程強いんだよね! 私もすっごく興味あるなぁ!」
「なのは、相変わらずなんだから……」
高町ヴィヴィオの母親以前に、一戦技教導官として、なのははシャロンという少年の実力に非常に関心を持っていた。
元々の下馬評の高さに加えて、あの揺るぎない武人の"信念"について語る様を見せられては猶更だ。
呆れるフェイトも、シャロンという少年に興味津々だった。
シャロン、変態の癖に大人気である。
「誰だろうと、俺は退きません。不退転の名にかけて」
そんなぎざっぽい決め台詞も、シャロンが言うと様になるのだった。
──歴史に名を刻みそうな変態を乗せた車両は、美人美少女が集う楽園へと向かってゆく。
次はどんな変態ワールドが展開されるのか。
今はまだ誰も分からない。