「君、シノンのこと好きなの?」
目の前のシュピーゲル君が顔真っ赤になる。
VRMMOでも当人の顔色が反映されるのは凄いな。
あれから一週間。ザザからメッセージが来たのでログインしたら、ザザの弟であるシュピーゲル君に説教?された。
やれ、シノンは傷ついているとか、シノンはシノンでいろいろあるんだ、彼女も悲しんでいる、彼女は、シノンは、アサダさんは、30分以上もシノンの話をしてくる。最初は「鬱陶しい」だったが、どうやらリアルで面識があるようなのと年齢やら話の勢い等々から、はっと思いついた。
昼を少し回ったBARには人はまばらだ。
自宅学習組のシュピーゲル君と俺は以前に出会ったBARで話し合っていた。
「君はシノンが好きで、そのシノンが俺のことで凹んでいるから、俺に意見してきたんだね」
「ぼくは・・ゆうじんとして」
「好きなんでしょ」
3分以上間が空いた。消え入りそうな声で「はい」と言った。そうか。
「シノンはいい奴だが、VRMMOでしか付き合いのない人間とは恋愛関係にはならないから大丈夫だよ」
冷たい言い方だし、声もあまり楽観的じゃない。だけどこれは本当だ。今はゲームと現実の区別はしっかりつけたい。
そうしないと、本当に区別がつかなくなる。
「あの、そのですね、僕の恋愛感情とは別にやっぱりシノンは凹んでいるんです。何をおっしゃったかわかりませんが、そこの部分でシノンに謝ってもらわないといけないと思うんですよ!」
早口だな~、シュピーゲル君よ。まあ彼からしたら俺はシノンを凹ませた悪役だな。
「なあシュピーゲル君よ。少し長話に付き合ってくれるか」
俺は彼の言ったことに怒るでもなく呆れるでもなく、ゆっくりと諭すように言った。
「はぁ、はい」
「SAOのことは知っているかい?」
「はい、だいたいは」
ザザはどの程度伝えたのだろうか。PKのことは?
「俺はね、SAOで対人戦闘もモンスター戦闘もそこそこやったんだが、あの世界で攻撃されると現実に死ぬ」
シュピーゲルは息をのんだ。
彼は言葉の意味を正しく認識してくれただろうか。
単に兄以外のSAOサバイバーからあの事件を語られることに緊張しているだけなのだろうか。
「1,000人以上の人がゲーム内で死んだが、俺の眼の前で何人も死んだよ。だからどうもね、ゲーム内での生死がトラウマになってね。どうも同じプレイヤーへの攻撃がね・・・」
彼の前で涙を見せるつもりはないが、これ以上しゃべれば自分の言葉で涙が出るだろう。
「だから、対人やらないんですか」
彼も緊張している声だ。いい歳した大人のトラウマを聞かされればコミニュケーション下手の10代ならこうなるだろう。
「そう。対人の無いゲームでもよかったんだけど、何となくGGOに手を出してね」
俯いて黙るシュピーゲル君。シノンの力になりたがったのだろう。
彼はきっと俺を説教して翻意させシノンに見直されたかったのでは?
だが、突いた薮には年長者のトラウマ話だ。
3分ほど無言が続いた。賢い彼は俺の口調と話で、俺の経験を想像したのだろう。何もしゃべらない。
「多少大人げない対応だったのは反省しているから、改めてシノンを狩猟にでも誘うよ」
我ながら言い訳がましい。少し愛想笑いが出た。
あの頃なら茅場への文句とカラ元気な馬鹿笑いで済んだが、今は違う。俺は誰かと痛みを共有したいんだ。誰か俺と一緒にカラ元気の馬鹿笑いをしてくれ。
もう一度シュピーゲル君の方を向き愛想笑いをする。
「まあ、そういうわけだ。シノンにもよろしく言っておいてよ」
軽く肩を叩いてその日は別れた。
◆
「出版?」
「クソくらえ資本主義!って気分だ」
ダーシーカフェの夕刻。カフェタイムでココアを飲みながらエギルに朝一で来たメールについて相談した。
「SAOにおける行政機能構築について本を書かないか」という話が菊岡さんから来ていた。
「MMOにおける行政機能の構築方法を出すことによってゲーム内の深刻なヘイト行為を是正できるのでは?」という厚生省内から提案。
SAOサバイバーがまだ見世物同然な扱いを受けている中で本など出すつもりはない。
「それよりも、変な噂が出てるぞ」
「変な噂?」
「GGOで狙撃事件」
「いやGGOはそういうゲームだから」
エギルの矛盾を正したつもりだが、話は俺の想像を超えていた。
「いや、プレイヤーがログアウトすると撃たれたところと同じところに痛みを感じて、調べた見たら何か小さなもの、BB弾とかで撃たれた跡が発見されたらしい」
「はぁ?」
撃たれたところに撃たれた形跡。
オカルトか?
「フェイクの話じゃないか?」
そう言った瞬間、スマホが振動した。メールを見ると菊岡さんからだった。
明日も会いたいらしい。
そしてそれが死銃事件に関わる第一歩だった。