刃夜がアインツベルンの城と森で色々した次の日で、ライダーがウェイバーの命によって川の水を汲みに行って、強制的な居候をしている老夫婦の家で飲み会をしたその日の朝。
さて、そろそろこちらとしても動きたいのだが……どうすっかな?
トントントンと、小気味の良い音が台所で響いている。
ぐつぐつと竈から白い蒸気が噴き出して、お米の良い匂いが漂っていた。
更に隣の竈では鍋から味噌のいい香りがしている。
更にだし巻き卵に、焼き魚、大豆とひじきの和え物と……超典型的な和食を調理しているのは、リフォームをした本人である刃夜その人だった。
実に手際よく作業をしており、今も紫色の炎で炒め物を調理していた。
その紫の炎はまるで意志があるとでも言うように、いくつの竈や鍋、フライパンに火を供給しながら、その全てが絶妙な火加減を提供するために、常に火加減が変化していた。
嫌がらせはけっこうしてるからあっちとしても余り悠長には構えられないはずなんだが……何かきっかけがあれば良いかな?
いくつもの料理が次々とできあがり、器へと盛られていく。
そのどれもが実に食欲のそそる匂いを辺りへと運んでいた。
そしてその匂いに引かれたのか……少女が一人、眠そうに目をこすりながら台所へと入ってきた。
「刃夜おじいちゃん。おはよう」
「おう桜ちゃんおはよう。よく眠れたか? まだ寝てても良かったのだが?」
「刃夜おじいちゃんの料理手伝いたかったから……。でももうほとんど終わってるね」
「優しいな。ありがとう。昼飯は一緒に作ろう。ほら、雁夜を起こしてきてあげてくれ。飯にしよう」
「うん」
少し悔しそうに……というよりもすねている感じ?……していたが、それでも昼飯を一緒に作ることが嬉しかったらしく、眠そうしながらも笑顔を見せて雁夜を起こしに向かった。
その様子を、刃夜は実に嬉しそうに笑みを浮かべて見送った。
「さて……あの子のためにもそろそろ次の一手を打たんとな」
朝飯の準備を終え、熱いお茶の準備を進めながら、刃夜がぼそりとそう呟いていた。
その笑みは実に快活でありながら、強い憎悪を宿した笑みで……桜が見ていたらもしかしたら泣いていたかも知れなかった。
しかし、その事に本人である刃夜は気付いていなかった。
「おはよう……」
「おう、雁夜。おはよう」
桜に起こされてきた雁夜が、少々眠そうにしながら台所へとやってくる。
そして桜と二人して料理の準備をしている様子を横目に見ていた。
まだ幼いため少々危なっかしい桜をフォローしながらも、その自主性に任せていた。
その二人の笑顔は、紛れもなく幸せな光景であり、また雁夜の人間性の一面を表していることは間違いなかった。
そろそろ……こっちも片付けるか……
そんな雁夜の様子を見つめながら、刃夜は本日の予定を頭の中で組み立てていた。
「昼は何が食べたい桜ちゃん?」
「えっと……その……」
「焦らなくて良いよ~。ゆっくり考えて」
「うん」
昼間、まだお昼には早い時間。
刃夜と桜は深山商店街の通りを歩き、買い出しに来ていた。
刃夜の問いに対して、何を食べたいか必死に考え出した桜に微笑ましさと安堵を覚えたのか、刃夜は実に嬉しそうに笑っていた。
これで第一段階はクリアだな。後は元凶を絶たねばならんが……って、ん? この気配は
「んぉ!? そこにいるのは!?」
刃夜が何かに気付いたかのように顔を向けたその先に、同じように刃夜に気付いたらしく、実に巨漢な男が刃夜を指さして笑みを浮かべている。
そしてその巨漢通りに大きく足を動かして、刃夜へと近寄ってきた。
その動作には全く持って邪気や敵意といったものが含まれていなかった。
その様子に刃夜は少々呆気にとられながら、近寄ってくる巨漢の男……ライダーのサーヴァント、征服王イスカンダルを見つめていた。
いや、絶対にこんな奴ってのはわかっていたけど……これほど精神と性格が離れてない奴も珍しいな
「お主はイレギュラーなサーヴァント? 確かジンヤとかいったな?」
フレンドリーに手を振りながら刃夜に近づいて来たイスカンダルに、刃夜は実におもしろい物を見たと言うような、何とも言えない表情をしていた。
刃夜と手を握っている桜は、突然来た巨漢な男にきょとんとしているが、どうやら怖くはないらしく、ただ自分よりも遙かに背丈の高いイスカンダルを見上げていた。
「!? おいライダー! あまりその言葉を口にするな!」
そう声を上げながら、ライダーの後ろから走ってくる、小柄な青年がいた。
ひょろっとしており、その上男にしては背が低い。
しかも童顔とも言える顔立ちで、更に本人の雰囲気が実に子供っぽく感じさせる何かがあり、走ってくる動作も素人丸出しであり……何となく幼さを感じさせる青年だった。
名をウェイバー・ベルベット。
ライダーのマスターだ。
「というか、敵に話しかけてどうす――あいた!?」
後から走ってきたウェイバーに、ライダーは問答無用でデコピンをくらわせて、ウェイバーがひっくり返った。
それがあまりにも見事にひっくり返るものだから、桜が思わず可笑しそうに笑った。
「何が敵だ愚か者。余の方針は最初の夜にきちんと宣言したではないか」
「宣言って……配下に迎えるってあれか!? こんなイレギュラーな奴も誘うのか! お前は!?」
「誘うことに何の問題がある? むしろこれほど愉快な男も珍しいぞ、ウェイバー」
「誘うって……何の話だ?」
主従共々よく意味のわからない話をし出したため、さすがに刃夜も疑問符を浮かべて質問する。
あまりにも邪気も敵意もなかったため、思わずいってしまった言葉だったのだろう。
ライダーは、刃夜に実に嬉しそうに笑みを浮かべると、諸手を挙げて刃夜へとこう言い放った。
「
「あぁ、はい」
「我が軍門へ降る気はないか?」
「……は?」
ライダーの提案があまりにも意外だったのか、刃夜が素っ頓狂な声を上げた。
実に珍しいことだと言っていいだろう。
ライダーの行動に、ウェイバーは深々とため息を吐いていた。
「ライダー。あまりにも突然すぎて相手がびっくりしているだろう? 色んな意味でもう無駄だってわかってるけど……でも話さないとわからないぞ?」
「む、それもそうだな。ジンヤ、お主はあの場にはいなかったからな」
「はぁ?」
あの場とは、ライダーがセイバーとランサーの戦いを妨害し、アーチャーがライダーの侮辱に切れ、雁夜が考えもなしにバーサーカーを現界させて実に混沌として、しっちゃかめっちゃかになったあの夜である。
第四次聖杯戦争はあのとき本格的に始まったと言っていいだろう。
そのときライダーは、大胆にも……大胆といい意味で言っていいかは謎だが……真名を明かした上に、こういったのだ。
「聖杯を余に譲る気はないか? さすれば余は、軍門に下った者を友として遇し、共に世界を制する快悦を共に分かち合おうと思っておる」
「……ライダーのマスターさんや」
「な……なんだよ?」
「お前、結構苦労してそうな?」
「……何で敵のお前に同情されなきゃならないんだよ!?」
はっ!? 思わず思ったことを口にしてしまった。しかしこいつ……まぁこういうキャラなんだろうなぁ……
ウェイバーと同じようにため息を吐いて、刃夜はライダーへと目を向ける。
その目には実にきらきらとした期待が込められていた。
本当に刃夜を配下へと迎え入れたいと思っているのだろう。
こうまで裏表のない感情を向けられては、刃夜も悪い気はしなかった。
だが当然……刃夜の回答は決まっていた。
まぁ聖杯はマジでどうでもいいんだが……
「待遇は応相談だ。是非よい返事を期待してい――お、そうだジンヤよ?」
「うん? なんだ?」
「今宵は暇か?」
「……んぁ?」
次々と色んな事を提案してくるライダーに終始やられっぱなしの刃夜。
主導権を全く握れていないことが珍しいのか、それとも二人の会話がおもしろいのかはわからないが、桜が実に興味深そうに話を聞いている。
ウェイバーは、もう何も言うこともないのか、ただ会話が終わるまで黙っていた。
「何、せっかく王が三人も揃っているのだ。ちょいと王同士の問答を行おうと思っておるのだが……お主もどうだ?」
「どうだって……。俺王様なんてなったことないぞ? ならないかとは言われたことはあるにはあるが、俺には無理だ」
「ほほう? 王になって欲しいとは。貴様、何をしたんだ?」
刃夜に対して興味津々らしく、爛々と輝かせた瞳を刃夜へと向けている。
商店街のど真ん中でそんな会話をしている四人組。
シュールを通り越して実に不気味とも言える風景だった。
「王になれと言うか、窮地に陥った国の手助けをすることになったから敵をぶっ飛ばしたら、娘を紹介されて次期国王にならないかって感じだ。まぁ当然蹴ったが。色んな意味で」
「ほう、王の立場を蹴るとは。なかなかにおもしろい男だな」
「王様なんて興味がないし、俺は権力的な意味で上に立てる人間じゃない。というかそれ、褒めてんのか?」
「応とも! だがお主は自らの立場がどのようなものかがわかっておらんようだな」
「ほう?」
イスカンダルの言葉に実に挑発的な返事を返した刃夜。
その反応に、ニヤリとイスカンダルは笑った。
「で、どうだ? 王になったことがないとはいえ、王に推挙されそうになったというのであれば参加の資格は十分だ。まぁ資格がなくとも誘うおうと思っていたのだがな」
「なんでだよ?」
「なに、お前の存在がおもしろいと思ったからよ。それにお主料理が得意らしいではないか? 一品食べてみたいと思ったのだ」
何で知っているんだ? と疑問に思った刃夜だったが、買い物をする時に桜から料理に関して質問をよく受けて、それに答えていたのだから知る機会はいくらでもあったりした。
いくら問題がないとはいえちょっと油断しすぎたかと自分に呆れた刃夜だった。
「体よく使おうとするなよ。せっかくのお誘い申し訳ないが、少々やることがあってな」
つまみを作らせようとしたライダーに呆れたような苦笑を浮かべながら、刃夜はライダーの誘いを断った。
「何故だ? お主とて興味がないわけではなかろう?」
「なくはないが、まぁちょっとやることがあってな」
そう言って刃夜は繫いでいた手をほどいて、隣にいる桜の頭をぽんと撫でていた。
その動作の意味がわかっているのかわかっていないのか……桜は撫でられた頭を両手で抱えて、嬉しそうに笑っていた。
その笑顔を見て、ライダーも誘うのは躊躇ったらしい。
「むぅ、残念だ。しかしいつか機会があればそのときは是非一献交わそうぞ」
「おうよ。まぁせっかくのお誘いを断ったわびってのもあれだが……」
刃夜がそう言いながら左手を握るような形にすると、次の瞬間には手に一升瓶が握られていた。
突然物を取りだしたことにびっくりしたウェイバーだったが、しかし次の台詞で別の意味で驚いた。
「酒宴ってことは酒があって困るってことはないだろ? 俺が作った酒で良ければ持ってってくれ」
「ほ? お主が造った酒とな? 戴こう!」
「ばっ!? ライダー! もらってどうする!? 毒か――あいた!?」
敵からのもらい物など警戒するのは当然だ。
その当然のことを言うウェイバーの額に、再度ライダーのデコピンが炸裂した。
今度はひっくり返られなかった、しかしのけぞるほどの威力はあったし、再度の大きなデコピン音に、周囲の人間が笑っていた。
「こやつが毒など盛るわけなかろう。それくらいは余のマスターとして見抜いて欲しい物だ」
「見抜くってどうやってだよ!?」
「見ればわかろうに。お主は下らない望みを抱く前にまず、もっと観察眼なりそういったことを磨かねばならんなぁ」
「余計なお世話だ!」
仲良いなあ
そんな二人の様子を、刃夜は生暖かい目で見つめていた。
そしてそのとき
キュゥゥゥゥ
と、実にかわいらしい腹の虫が、桜のお腹から鳴り響いた。
さすがに少し恥ずかしかったらしく、桜が顔を赤くしてうつむいていた。
「っと、もう昼時だもんな。お腹もすくか。食材買って帰るか」
「うん」
「むぅ、昼か。坊主、わしらも昼餉にしようではないか! 新都のモダン焼きでもどうだ?」
「モダン焼き? なんだそれ?」
昼間と言うことを差し引いても、この二人組には争いを行うという考えは皆無のようだった。
互いに聖杯戦争の参加者であるにもかかわらず。
その聖杯戦争としては歪だったが、しかしただの人として見れば実に良好な関係と言っていいだろう。
「ではこいつはありがたく戴いていこう」
「日本酒だから余り直射日光に当てないようにな。後温度変化にも弱いからよろしく」
「おうとも」
酒をもらえたのがよほど嬉しかったらしく、ライダーは刃夜の言っていることがわかっているのかわかっていないのか、酒瓶を高々と上げて返事をしている。
その仕草に刃夜は額に手をやっていたが……悪い気はしなかったのか、苦笑していた。
うーん。この戦。何とかしてやりたい奴が結構いるなぁ……
手を繫ぎ、買い物をしながらそれとなく刃夜は視線を下げて、桜を見つめる。
出会ってまだ数日だが、桜は以前とは比べものにならないくらいに元気になっていた。
また自分の意見も口にするようになっている。
桜が間桐の家に来てからは出来ないことだった。
ただただ嬲られるだけの日々。
体をいじられ、変えられていく日々に楽しみなどあるわけもない。
だが今は違った。
刃夜がその全てをどうにかしようとしているのだ。
だがその対象を桜だけでなく、別の存在にも向けようとしていた。
今のところ問題あるやつらばっかだからなぁ……。どうしたものか?
顎に手をやって、考え事をし出した刃夜。
その様子を、桜が不思議そうに見つめていたりした。
ちなみに桜と一緒に作ったの昼飯はパスタとなった。
時間があると言うべきか暇なのかと言うべきなのか判断に悩むところだが……ソースはアスパラを柔らかくなるまで煮込んだ特性のクリームソースだ。
その調理をほとんど桜に任せて作った料理だった。
「だ、大丈夫か桜ちゃん」
桜の調理中、雁夜は心配して何度も手伝いを買って出た。
だが、その事ごとくを刃夜に止められた……。
「大丈夫」
桜は調理に必死になっており、雁夜の言葉にも反応している余裕がなかった。
その様子を刃夜は暖かく、雁夜はびくびくしながら見守っていた。
「そんなに心配すんなって。目を離したらまずいが、そこまで難しい料理じゃないし、俺が見てる。ついでに言うと今桜ちゃんが使ってる包丁は俺が鍛造した特別製だ。万に一つもあり得ない」
「……鍛造した包丁? 特別製?」
刃夜が言う包丁は、桜が今手にしてアスパラを切っている小降りの子供用とでも言うべき物だった。
小さな持ち手もきちんと手の形に波打っている。
「具体的には食材だけを切るという、特別な能力を付与している。といっても、それだと料理を覚えるという意味で良くないから、浅い切り傷程度は切れる。決して深く切りすぎたりしない、神経は絶対に切らない、子供用に鍛造した包丁だ。人を傷つけられないから犯罪にも使えん。まさに調理のためだけの刃物よ」
「……何だその意味のわからない概念武装」
「概念武装? なんだそれ?」
実にとんでもない包丁を使っていたりする桜。
そしてそんなとんでもない包丁は、決めた対象を切れなくすると言う、概念武装とも言えるべき物であったため雁夜が絶句していたが、しかし刃夜自身は?マークを浮かべるだけだった。
「まずは料理をする楽しさを知ってもらうこと。そして食べてもらう相手が幸せになるという事を見る喜びと満足感。これを知れればそれで言い」
英才教育というべきなのか……どうやら本当に弟子にするみたいだった。
というよりも刃夜が馬鹿というべきなのかも知れない。
「更に使っている火は俺の信頼する力である紫炎だ。これも包丁同様、桜ちゃんが直に火に触れても大火傷はしない。火傷痕ができることもあり得ない。また火をかけているフライパンや鍋なども、熱さをきちんと伝えつつ、もし桜ちゃんが触れた場合には瞬時に空気の膜が形成されて軽度の火傷しかならないようになっている。もしも仮にお湯なんかを滑らせて体にかかりそうになった場合、俺が別の力でどうにかする。全く問題がない」
紛うことなく馬鹿だった。
「……なにやってんだお前?」
この場に他のサーヴァントやマスターがいても同じ事を刃夜に言っただろう。
宝具の使用のオンパレードだ。
本人に自覚はないが、ある意味で桜が今使用している包丁も宝具といって差し支えない……戦闘能力は皆無だが……だろう。
「教育だが?」
「過保護すぎないか?」
「何度も手伝おうとしているお前に言われたくないわ!」
どっちもどっちだったりする。
とそばに霊体でいるバーサーカーが思っていたりするのだが、話に夢中な二人は当然気付くわけもなかった。
「刃夜おじいちゃん、次はどうすればいいの?」
「うむ。次はクリームソースを作ろうか。ちょっと難しいかも知れないが、根気よくやってみよう」
「うん!」
刃夜の指示し終えたところまで終わった桜が、次の手順を刃夜に聞いてくる。
その問いに対して、刃夜は準備を指示しながらも、全てを桜にやらせていた。
刃夜に指示に、桜は嬉しそうに笑みを浮かべながら作業を進める。
その笑顔をみれたのが……雁夜にとって本当に嬉しいことだった。
本当に良かった……
間桐家に引き取られた桜は全ての感情が死んでいた。
ただ耐えるという感情以外に与えられるものはなく、虫に体を改造される日々。
そんな日々で笑顔など出るわけもなく、ただ死んでいくしかなかった。
雁夜が再会した時には、すでに桜から笑みは失われていた。
だがこの数日で驚くほどに感情を取り戻していく。
笑顔もこうして見せるようになり、また自らの意思もきちんと言うようになってきている。
実に良い傾向だと言っていいだろう。
だが、雁夜には不安があった。
当然ながら間桐臓硯の存在だ。
まだ刃夜から倒したって話を聞かないけど……どうするつもりなんだ?
このイレギュラーなサーヴァント、刃夜の事を信じたいという気持ちは当然あった。
だがそれでもあの老人の恐ろしさと狡猾さを知っている雁夜としては、不安に思うのも当然だった。
だがその心配は……当然だが無意味なものだったのだ。
しかしそれを雁夜が知るのはまだ少し先の話だった。
そしてある意味でそれ以上に大事なことに……雁夜はこの後直面することになる。
昼飯を終えて……ちなみに桜が作ったパスタは、雁夜は絶賛し、刃夜もおいしそうに食べていた……午後の一時へと移行した時だ。
普段であれば桜に刃夜が勉強を教えたり、料理教室を開いたり、二人の体の治療を行ったり、雁夜がルポライターの仕事を進めたり、桜と雁夜と刃夜で遊んだりするのだが……今日は違った。
刃夜は自らが身に着けている首飾りを桜へと渡した後、桜と雁夜を普段食事をする場所へと呼び出した。
家を手に入れて以来、刃夜が二人をこうして呼び出すのは初めての事のため、二人は一体何事かと、対面に座っている刃夜へと疑問の目を向ける。
当然その目線に気付いているはずだというのに、刃夜は何も言わずにただ座りながら冷たいお茶の準備をしていた。
何故冷たいお茶?
まだ寒い季節だというのに熱いお茶ではなく冷たい……といっても常温なので冷たいというわけでもないが……物を用意しているのかわからなかった雁夜が、頭に疑問符を浮かべていた。
やがて二人分のお茶を用意し終わると、刃夜は重々しくこういった。
「さて、拠点も手に入れ、生活もある程度安定した。二人の体の容態も初期に比べれば全く問題がない」
その際薄く目を開けて、刃夜は雁夜を見つめていたが……雁夜はそれに気付いていなかった。
「少々早い気がしないでもが……問題ないと判断し、俺はある提案をしたい」
「提案?」
そしてゆっくりと目を開けて……刃夜は対面に座る桜の顔を静かに見つめた。
普段とは違う雰囲気の刃夜に戸惑いながらも、しかし刃夜を見つめる目は確かな信頼の色があった。
何も写さない。
何も宿さない。
何も見ていない。
そんな目をしていた桜はもうこの場にはいなかった。
故に……刃夜は静かではあるが、二人にはっきり聞こえるように……こういった。
「そろそろ……桜ちゃんの気持ちを確認したい」
「ところでライダー。その瓶は何だ?」
それはアインツベルンの城で、酒を酌み交わして問答を交わし始めてしばらくした時だ。
王の財宝より取り出した酒をセイバーとライダーに振る舞ったアーチャー……ギルガメッシュが口にした言葉だった。
「ん? これか? これはこの会にあのイレギュラーなサーヴァント……ジンヤを誘ったのだがやることがあると断られてな。その際に断った詫びにと、ジンヤからもらった奴の造った酒よ」
「ほう?」
至宝の財、神の酒を出したアーチャーだったが、ライダーが持ってきたジンヤが作ったという酒だと聞いて、非常に興味深そうに声を漏らしていた。
セイバーも、ジンヤの単語を聞いて少しだけ眉をひそめたが、嫌悪感をだしはしなかった。
自らが取り出した酒器とは別の酒器を取り出し、アーチャーはライダーへと酒器を差し出す。
「その酒、よもや持って帰るとは言うまいな。つげ、征服王」
「無論、この会のために持ってきたのだ。持って帰るわけがなかろう。日本酒と言ったか? 飲んだことがないから少々楽しみだ」
そう言って、ライダーは差し出された新たな杯に、酒を注いだ。
セイバーも思うところはあるのだろうが、他の王が酒を飲むというのに飲まないわけにはいかないと思ったのか、渋々と酒が入った杯を口に運んだ。
そして……三人がそれぞれ同じような反応を示した。
当然だが、刃夜が造った酒は神代の酒には到底およぶはずがなかった。
だがそれでも……神代の酒という、一種の暴力と言っていい味覚を味わった後に、美味さと巧さ、そして確かな思いを感じさせる、うまい酒であることは間違いなかった。
「ほ!? アーチャー、お主が出した酒には当然遠くおよばないまでも、なかなかうまいではないか」
「……確かに、うまい」
「く……くくくくくく」
ライダーは絶賛し、セイバーはその美味さに素直に称賛の意を示した。
だが、アーチャーだけはただ一人だけ、心底可笑しそうに、おもしろそうに……笑っていた。
そしてついには。
「はっはっはっはっは!!!」
と、大声を上げる始末。
一体何がどうしてそうなったのかすぐにはわからないセイバーとライダーは、少々呆気にとられてしまった。
だがその笑い声もすぐにやみ、アーチャーは……ギルガメッシュは不敵に笑ったが、すぐに顔をしかめた。
「ない……だと?」
「ない……とは。どういうことだアーチャー?」
アーチャーの独り言に、ライダーが思わずそう質問をしていたのだが、しかしその問いにアーチャーが答えることはなかった。
しかししばらくしてニヤリと邪悪な笑みを浮かべていた。
その笑みはどういう意味の笑みなのか?
それについて刃夜はそう遠くない将来に、知ることになる。