「らづぁ!」
力を入れるあまりに、少々不可解なかけ声が刃夜の口から漏れ出す。
どうやらさすがの刃夜もたった一つの力だけで、刀というには巨大すぎる刃物、大野太刀二刀流を振るうのはきついようだった。
少々息が上がっている様子だ。
だがそれでもその戦闘力に衰えはなく……すでに四桁に迫るほどの数の触手を切り裂いている。
それに負けじとライダーも、自らの宝具を遺憾なく使用して、巨大海魔に攻撃を加えている。
またライダーの配下たる英雄達も、誰もがその英雄としての力を振るっていた。
だが……
GIIIIIIII!!!!
あまりにも巨大な海魔を討伐するには少々無理があるようだった。
幾百、幾千、斬り捨てられても……巨大海魔はそのたびに再生を繰り返した。
はっきり言って……
「だるい!」
とこの場にいる全ての存在の思いを、大声で代弁したのが刃夜だった。
「おい、ライダー!」
「何だジンヤ!?」
「使いはどうなった!?」
「もう少し時間を稼げとのことだ!」
「打開策ありの時間稼ぎでいんだな!?」
「の、ようだ!」
「ならもう一踏ん張りすっか!」
自らを鼓舞するようにそう声を張り上げて、刃夜は再びその大野太刀を振るう。
自らの背丈を楽々と越える巨大な刀を振り回す姿は、もはや圧巻の一言といえた。
その姿を、ライダーは自らの戦車から見据えて、舌を巻いていた。
あれほどの巨大な得物を振り回すとは……一体どんな体の構造をしとるんだ?
両手に握った刀はどちらも刃渡りだけで数メートルはある。
通常持つことなど出来るわけもなく、振るうということは不可能と断言出来る。
刃夜としても、気力によって身体能力を強化してこそ出来る事ではあったが、それを差し引いても恐ろしい膂力である。
またその振るっている刀自体も、ライダーの心の琴線に触れていた。
あの剣は一体何なんだ? 宝具なのは間違いないのだろうが、余り特殊なものを感じないのだが……
宝具と一言に言っても、その種類は多岐にわたる。
武器という明確な物として存在しているものもあれば、能力としての宝具もある。
刃夜の宝具は明確に「物」の宝具であることは見ての通りだ。
だがライダーが気になった特殊な物を感じないというのは、少々意味合いが違う。
ライダーの言う特殊なものというのは、簡単に言ってしまえば「神秘」が宿っていないということだった。
もっと端的に言えば……神造兵装といった「神」や、「星」といった、超常の存在を感じさせないという事だ。
セイバーは宝具、
ライダーが今乗る宝具の
だが刃夜が今振るっている、あり得ないほどの長さの刀にはそれが一切感じられなかった。
それがライダーが気になっている事であり、また刃夜に強い興味を引く要因となっていた。
さらに
GIIIIIIII!!!!
「むっ!?」
戦闘中によそ見をしていたライダーが、海魔の触手に絡め取られて身動きが取らなくなった。
その瞬間に……雷光が閃く。
!!!!
雷光と共に触手が半分ほど吹き飛び、ライダーが自由を取り戻す。
そのライダーに、刃夜が激昂した。
「ライダー! よそ見してんじゃねぇ!」
「すまぬ!」
「後で今投擲した短刀の制作費要求するからなぁ!」
疲れているためか、少々刃夜にも余裕がないのか結構本気で怒っているようだった。
おそらくライダーがよそ見していたから触手に捕まったということを見抜いているのだろう。
確かに少々気を抜きすぎたと反省したライダーがだったが、それ以上に驚いていた。
制作費だと!?
先ほど電磁投擲された短刀……といってもライダーの目にも投擲された物が短刀というのは見えていなかったが……の制作費と聞いて、ライダーは驚愕していた。
制作費。
つまりは自らが造り上げたということになる。
ではもし……あの巨大な刀を、刃夜が造り上げたのだとしたら?
巨大海魔は腐ってもキャスターの宝具であり、悪魔と言って差し支えない。
ある種で超常の存在とも言えるその海魔を、易々と切り裂き、千におよぶ斬撃に耐えうる強度を有した武器を、刃夜が鍛造できるとしたら?
そしてその武器を……自らの配下達が扱えるとしたら?
ライダーの野望の一つに世界征服がある。
その自らの目的にかなり有用であることは疑う余地がなかった。
「は~はっはっはっは!」
その事実に気付いて、ライダーは心から笑った。
戦闘中に突然笑い出したライダーに、少々いぶかしげな瞳を向ける刃夜だったが、そんなことは今のライダーには関係ないことだった。
ますます欲しくなったぞ!? ジンヤ!
なんとしてもこの不思議な存在を自らの軍門へと迎え入れると、気持ちを新たにしたライダー。
そのライダーの豪快な笑い声に……刃夜は少々背筋が寒くなる思いだった。
……なんか余計なことにならないと良いけど
余計な一言を口走ったかも知れないと、少々反省する刃夜だったが時すでに遅し。
ミスをしたといって問題ない発言だった。
そして何とか時間を稼いだ甲斐もあり、ランサーが自らの宝具を破壊したことでセイバーの左腕の呪いが解け、それによって対城宝具である
そしてその瞬間……動き出す存在がいた。
それは
とある屋上にて雁夜が手にした封龍剣【超絶一門】によって、時臣の魔術をくらって時臣の大技を誘い、その大技を刃夜の護符によって防いだ時だ。
護符によって爆発を防いだ雁夜は、渾身の力を込めて封龍剣【超絶一門】で時臣へと斬りかかった。
だが、その剣は服こそ着ることが出来たが、しかし時臣の体を引き裂くことはなく……大きなあざを時臣の体に刻みつけた。
そして薬によって身体能力が強化された雁夜の力で、時臣は吹き飛ばされる。
「がっ!?」
吹き飛ばされたために、時臣が苦悶の声を上げていた。
刃夜から貸し与えられた封龍剣【超絶一門】。
その双剣で、雁夜は確かに斬ったのだ。
自らの妄執を。
吹き飛ばした時臣を見つめながら……雁夜は静かに息を吐き捨てていた。
そして、礼の言葉を紡ぐ。
「ありがとう、刃夜。それに……封龍剣【超絶一門】」
『礼にはおよばんよ。見事だった』
雁夜と、半ば意識が朦朧としている時臣しかいないはずの屋上で、雁夜の言葉に返す存在がいた。
それは雁夜が自ら手にしている双剣、封龍剣【超絶一門】の言葉だった。
時臣との戦いが始まるその瞬間に……初めての戦闘で焦った雁夜を元に戻したのは封絶の意志だった。
今まで刃夜に言われて言葉を発さなかった封絶。
その理由は、剣が言葉を話すという衝撃的な事実によって、万が一の際の冷静さを取り戻させるためだった。
その刃夜のもくろみは見事に成功したのだ。
封絶は戦闘が始まる前に、怒りで我を忘れそうになった雁夜に……こういったのだ。
『桜の言葉を思い出せ』
と……。
先日、食後の時間に刃夜は言ったのだ。
桜の気持ちを確認したいと……。
「どういう事だ?」
「そのまんまの意味だよ」
桜の気持ちという言葉に、雁夜は疑問符を浮かべる。
その雁夜に対して、刃夜は普段とは違い厳かに言葉を返すだけだった。
「桜ちゃん」
「はい」
桜も刃夜が普段とは違うことが態度でわかっているのか、少々怖がっている様子ではあった。
それにもとりあわず、刃夜は言葉を放った。
「俺があの妖怪爺を討伐した暁には、地獄のような日々はもう起こらないだろう。その場合、遠坂と間桐の家……どっちに帰りたい?」
!?
その言葉は雁夜に衝撃を走らせるには十分すぎた。
そしてそれと同時に、刃夜に対して初めて怒りの感情を抱いた。
その怒りに逆らわずに……雁夜は怒りを露わにして刃夜に怒鳴った。
「遠坂に家に帰るだって!? 桜ちゃんにあんな想いをさせた時臣の家にか!?」
雁夜が怒鳴ったその言葉で、桜がびくっ体を震わせた。
だが隣にいるその桜の様子にも気付かずに……雁夜は怒りと憎悪に染まった瞳を刃夜へと向ける。
その瞳を真っ向から受け止めて……刃夜は言葉を続けた。
「確かに桜ちゃんの父親である時臣が、桜ちゃんをあんな目に……地獄の苦しみを味合わせた原因の一端を担っている。だが、その行為を時臣が臓硯に要求したのか?」
「そ……それは」
その言葉に雁夜は言葉を詰まらせる。
桜はあの地獄を思い出しているのか、顔を青くさせていたがそれでも必死になって耐えていた。
その様子を横目に見て、雁夜は更に刃夜に食ってかかる。
「確かに時臣が直接的に要求したのではないかも知れない。だが、あいつが原因なのは間違いない! 調べようと思えばあの男なら調べられたはずだ!」
「魔術師であるあいつが他家の内情を調べると? 魔術師である時臣がそんなことをするとは思えん。まぁある程度は把握していただろうし、調べただろうが……調べられた程度でぼろを出すようなヘマを、あの妖怪爺がすると思うのか?」
「だ……だが……」
「この際だ……はっきり言ってやろう雁夜」
「な……何をだ?」
刃夜の言葉に、雁夜は黙らざるを得なかった。
黙らなければいけないほどの、凄まじい気迫で刃夜がそう言ったのだから。
雁夜は刃夜の言葉を待つしかなかった。
そして刃夜が放った言葉は、鋭い牙となって……雁夜の心を抉った。
「お前のその時臣に対する妄執とでも言うべきその感情。その感情を桜ちゃんのためと、はき違えるのはやめろ」
!?
その言葉に雁夜は息を詰まらせる。
怒りと……胸の痛みが、雁夜の顔から表情を失わせたがそれも一瞬だった。
「刃夜!」
そう怒鳴り、机の先にいる刃夜の胸ぐらをつかみ取っていた。
避けることも払うことも……そして反撃することも余裕だったはずの刃夜は、しかしなにもすることなく、雁夜が胸ぐらを掴んでも、ただ静かに雁夜を見つめている。
「時臣と何があったのかは俺にはわからん。わかるわけもない。何せ俺はお前と時臣のことを知ったのはほんの数日前だ。わかるわけがない」
「だったら!? 知ったような口を!」
「だがそれでもお前がどれほどの艱難辛苦を味わい、そして桜ちゃんが苦しんできたのかは、体の治療をした俺がよく知っている」
どのような過去があったのかは刃夜にはわからない。
だが、聖杯戦争が始まり……つまり雁夜と桜に出会ってから僅か数日だが、その数日の間に刃夜は二人の体を調べている。
二人の体の状態と、二人の話から……どのような目にあっていたのかは考えるのは難しくない。
過去のことはわからない。
だがそれでも……桜の……
何より雁夜の体を調べ、治療を行ってきたのだ。
雁夜の覚悟を知る機会など……いくらでもあった。
自らの胸ぐらを掴む雁夜の腕を刃夜は放させるでもなく、払うこともせず、ただ静かにその手を刃夜は握った。
そして雁夜の眼光に負けない意志を込めて……雁夜を見つめた。
「文字通り死に体になりながらもなお、桜ちゃんを救うために耐えたお前だからこそ……俺はお前を助けるために動いている」
「……俺を?」
刃夜が自らを救うために行動していたのは当然だが雁夜も十分に理解していた。
だが今の刃夜の救うという言葉は、ただ命を助けるためではないと言うことは、何故か雁夜は理解できた。
「桜ちゃんを救うのは絶対条件だ。前にも言ったが、桜ちゃんの保護者が必要だからというのもある。だがそれ以上に雁夜。俺はお前を救いたいんだ。あんな体になるまでお前は何故耐えた? 桜ちゃんを救いたいからだろう?」
「あ……あぁ」
自らの体内に植え付けられた虫が、自らの肉体を食らっていく。
それを生きながらに味わうというのは、果たしてどれほどの痛みを伴う物なのだろう?
その苦しみを自らの欲望のためではなく、他者を……幼子を救うために耐えるということを、生半可な覚悟で出来る物なのか?
断言できる。
出来るわけがない。
だが、雁夜は耐えたのだ。
聖杯を得るために。
桜を救うために。
「俺はお前を尊敬している。他者のために自らの命をすり減らしながら、行動をしているお前を」
雁夜から見て尋常ではない存在である刃夜から尊敬されているという言葉は、雁夜を驚かせた。
サーヴァントと互角以上に戦い、自らと桜のために尽力し、何より間桐家の人間にとって絶対者といっていいあの間桐臓硯を斬り飛ばした男からの尊敬。
驚かないはずがなかった。
だからこそ……刃夜は雁夜に自覚させる必要があった。
己が尊敬している男が、誤らないために。
聖杯を手に入れて間桐臓硯に与えることで、桜を解放する。
それが大きな目的なのは間違いなかった。
目的を達成するための行動の動機の大半を、間桐桜を救ってあげたいという気持ちがあったのは間違いなかった。
その心の底に……自らの想い人だった葵を時臣が奪ったという気持ちがあり、その逆恨みが動機の一つではないとは、雁夜には言い切れないだろう。
だがそれでも……間桐臓硯の虫の責め苦に耐え、体は生きた屍となったと言っていいほどに変貌させた。
その覚悟と忍耐と決意には、確かな慈愛の気持ちがあったのだ。
その慈愛の気持ちに、葵への下心にも似た気持ちがあるのも否定しきれないだろう。
だがそれが当たり前なのだ。
それが理性を得ながらも、感情で生きている、不完全な存在である人間という生物なのだから
「お前が話す時の表情と感情から、お前が時臣に対して憎悪を抱いているのはわかる」
知った風な口を!?
知らないと言っておきながら、自らの感情をわかるという刃夜に、怒りを通り越えて殺意すらも抱き始めた雁夜。
その殺意は眼差しとなって刃夜を睨み付け、胸ぐらを掴む手に力が込められる。
それらを全て真っ正面から、刃夜は受け止め続けた。
「お前が時臣の話題をする際には、はっきりとした憎悪と殺意を感じ取っている。そして葵といったか? 桜ちゃんと凜ちゃんの母親は? その葵にお前は言った。聖杯戦争に勝ってみせると」
「……あぁ」
「お前が勝利するということはすなわち遠坂時臣に勝つことと同義。その際……時臣はどうする気だ?」
「……どういう意味だ?」
「わからないのか? わかろうとしてないのか? 仮にお前が聖杯戦争を勝ち抜いた場合……アーチャーを倒した際に、お前は時臣を殺すつもりじゃないのか?」
「!?」
努めて平静に、そして冷静に言われた。
また自らも刃夜からの意外な言葉で少々冷静になったことで、アーチャーに勝利し、バーサーかがいる状況で、時臣をどうするのか……考えてしまう。
圧倒的存在であるサーヴァントならば、時臣を殺させることははっきり言って容易だ。
命じるだけで殺すことが出来るだろう。
その状況を雁夜が想像するように誘導した上で……刃夜は雁夜に氷のように冷たい言葉を放った。
「殺したければ殺せばいいだろう。だが、その結果貴様は時臣の血に塗れた手で、桜ちゃんを抱き上げることになるが……いいのか?」
!?
その言葉は、まさに雷鳴のように雁夜の心に大きな衝撃をもたらした。
バーサーカーがいて、アーチャーが滅んだのであれば、雁夜が時臣を殺すのは簡単だ。
いくら魔術師として優秀と言っても所詮は普通の人間だ。
英霊という、超常的存在とも言うべきサーヴァントに勝てるわけもない。
「お前が時臣を殺せば、貴様は間違いなく間桐桜……桜ちゃんの実の父親を殺したことになる。実の父を殺した男のことを、果たして桜ちゃんがどう思う?」
父親を殺した手で桜を抱き上げるという事実が、雁夜の心の殺意を鈍らせていく。
確かに葵を盗られたという思いがあり、半ば逆恨みがあったのは間違いない。
だが、まともになりつつある体と思考で、改めてその状況を考えて、バーサーカーにその命令を出すことが出来るのかと問われれば……即断することが出来なかった。
こうして考えて、踏みとどまる事が出来るということ。
これが、間桐雁夜という男が「間桐雁夜」であるということを証明しているのだろう。
そして、一番大事なことを……刃夜は雁夜に投げかけた。
「それに何よりも……桜ちゃん自身の意志が大事だろう?」
「……」
力のゆるんだ雁夜の手を、刃夜は払い……席を立った。
そして逃げることなく、必死になって耐えていた桜を後ろから優しく抱きしめた。
「ごめんな、桜ちゃん。辛かっただろう?」
「……うん」
「だが、もう大丈夫だ。俺も雁夜も、桜ちゃんを責めたりしない。間違ったことを桜ちゃんが望んでも、怒ったりはしない」
「……間違えてても?」
間違えても怒らない。
その言葉が意外で、桜は抱きしめている刃夜の腕を力強く握った。
桜のその力強さに嬉しく思いながら……刃夜は言葉を続けた。
「あぁ、間違えていたらどうして間違っているのかをきちんと教えた上で、正そう。間違っていれば直せば良いんだ」
刃夜の胸に去来する……遠い過去の記憶。
自らを慕ってくれた人々と、足を不自由にした女の子。
守れなかったことを今でも悔やんでいる。
その後の間違った行動も。
だがそれでも進むしかなかった。
刃夜は。
彼女らの思いに応えるために。
「間違ってたら正すし、叱りもする。だがまず桜ちゃん。桜ちゃんがどうしたいのか、桜ちゃんの思いを教えてくれ」
「私の……思い?」
「俺は桜ちゃんを救う。これは俺の今までの仙人もどきの生涯を賭けてでも果たすべき事だ。そのときどうしたい? 間桐の家に残るか? それとも事情を話して遠坂の家に戻るか?」
当然だが刃夜には、どうして間桐の家に時臣が桜を養子に出したのかはわかっていない。
だが雁夜と鶴野を見て、それとなく理由は察することができた。
魔術師ではないただの普通の家であればわからなかっただろうが、それでも間桐が魔術師の家系ということで推察するのは難しくなかった。
だからもし間桐臓硯を殺せば、帰るのは難しいことではないと踏んでいた。
だからこの場合……重要になるのは桜の気持ちだった。
とりあえず大丈夫かな?
刃夜は二人の様子を確認して、桜の頭を優しく撫でると立ち上がって、部屋の外へと向かっていく。
「……どこへ行くんだ、刃夜?」
「この場にはイレギュラーな存在は不要だろう? 今朝の段階だとまだ出来なかったが、今の二人なら大丈夫だろう。落ち着いて話をしてくれ。俺は晩飯の食材買ってくる。二時間もしたら戻るよ」
振り返り、肩をすくめながら刃夜は本当に外出した。
そして残されたのは……桜と雁夜二人だけだった。
「……」
だが、二人ともすぐに話すことは出来なかった。
はっきり言ってかなり重たい話をしていたのだからそれも当然といえた。
その沈黙の中で、雁夜は今まで自分が、大きく大事な事を見落としていることに気がついた。
聖杯を勝ち取った場合、そして刃夜が臓硯を殺すことが出来た場合……つまり聖杯戦争を終えた後の事を。
確かに……帰ることは難しい事じゃないのか?
雁夜もどうして時臣が間桐の家に養子に出したのかはわかってない。
わかってないというよりも理解が出来なかったのだ。
間桐の内情を知っている……雁夜は。
刃夜の言うとおり、時臣は間桐の内情を知らなかった。
いくら魔術の家とはいえ、愛娘がただの道具にされると知っていれば、時臣も間桐の家に桜を養子に出すことはしなかっただろう。
だがその事情はこのときの時臣にも雁夜にもわからない。
しかしこの事情がわからなくても、聖杯戦争の後の桜の処遇について考えるのには問題がなかった。
帰すのか……桜ちゃんを? 時臣のいる家に?
刃夜に諭されてなお、雁夜は時臣のことを信頼できなかった。
内情を知らないと仮定したとしても、時臣が桜を養子に出したことは紛れもない事実。
まだ幼い子供を母親と仲の良い姉から引き離した時臣を信じることが出来なかった。
だが……桜を養子に出したと言っていた時の葵の顔を思い出す。
魔術師の嫁として覚悟をしていたと良いながらも、隠しきれない悲しみを抱いていた
葵のことを。
帰れるのなら……帰った方がいいのか?
帰ることが出来れば、母親と姉の元に帰ることが出来る。
まだ幼い桜が母親を望むのであれば、帰してあげることが一番良いのだと……雁夜も十分に理解できた。
「……桜ちゃん」
「……」
「その……桜ちゃんはどうしたい? まだわからないけど……遠坂の家に帰ることだって出来ると思う」
うつむいている桜に、雁夜は優しくそう呟いた。
だが桜はうつむいたままで何も答えない。
先ほど刃夜に対して怒った姿を見て怖がっているのかもしれない。
雁夜はそう思った。
怖かったのは間違いなかった。
大の大人が怒鳴っているのだから、怖くないはずがない。
だが、雁夜は……
そして刃夜も……
桜のことを、大いに見誤っていた。
「――」
「え?」
小さく呟かれた桜の言葉。
小さすぎて雁夜は聞き取ることが出来なかった。
だから耳を近づけて、桜の言葉を耳にして……
雁夜は言葉を失った。
「帰りたい……。でも……私は帰れない」
「……どういう……こと」
「帰れるなら帰りたいよ。遠坂の家にはお母さんも、お姉ちゃんもいる。でも私が帰ったら……きっと」
うまく言葉に出来ないのだろう。
桜の言葉は尻すぼみとなって消えていった。
それでも何とか自分の気持ちを言葉にしようとして、口を開いては閉じてを繰り返した。
その必死な姿。
そして何よりも「帰れない」という言葉。
その言葉の真意を……雁夜は気付けた。
気付くことが出来た。
気付いてしまったのだ。
桜が戻れば、どうしても遠坂の家が歪んでしまう。
すでに養子に出されてからそれなりの月日が経過してしまっている。
その桜が戻ればどうしても
断腸の思いで桜を養子に出した葵。
必死に隠している様子だったが、悲しんでいる凜。
そして戻った際に父親である時臣と、どう接すればいいのか?
何よりも、戻ってももしもまた同じ事が……魔術師の家系に養子に出されることが起こると思えてしまう。
また、大切な人と別れるつらさを味わってしまう。
優しい気持ちと、恐れる気持ち。
それらがあわさった言葉であると。
……桜ちゃん
絶句するしかなかった。
まだ幼いながらも、他者のことを考えられる、桜を見て。
「お父さんも、別に嫌いじゃないよ。でも、戻れないとおもう。それに」
「それに?」
「雁夜おじさんも、刃夜おじいちゃんもいるこの家が……好きだから」
もう何も言えなかった。
見上げながら寂しげに笑う桜を見て、雁夜が耐えられなかった。
その体を抱きしめて……頭を撫でた。
「ごめんね桜ちゃん。ごめんね」
この子の何を見ていたのだろうか? そんな思いで雁夜の胸はいっぱいだった。
雁夜はただ上っ面しか見えていなかったのかも知れない。
刃夜に指摘された事が事実であると言うことを……桜自身から教えられたのだ。
桜のためと言いながら、思いながらも……ただ自分のために動いていたのだと。
だがそれも仕方ないことだろう。
自らの体を生ける屍へと変化させられた雁夜には。
死にかけた状況でまともな思考が出来るはずもなかったのだ。
だが、それでも耐えたのは一体何のためだったのか?
桜の覚悟を考えれば、自らの矮小な気持ちなどどうでもいいと思えた。
このとき初めて……心から雁夜は誓った。
必ず桜を救ってみせると……。
……俺も修行が足りんな
その二人の様子を、家の敷地の外から見守っていた存在がいた。
風の力を用いてもしもの事を考えてまだ買い物には出掛けていなかった刃夜だ。
どうしても二人だけで話をさせる必要があったからこそ、席を外したのだ。
桜の身を案じた雁夜自身の口から、桜の意志を確認させるために。
だが万が一ということもあったのでこうして見張っていたのだが……逆に刃夜が教えられてしまった。
子供は決して……弱いだけの存在ではないということに。
そしてその自己犠牲の思いが……
刃夜の始まりを思い起こさせた……
「バーサーカーいるんだろ?」
「……」
「今のやりとり、雁夜と繋がっているお前なら把握できたはずだ」
「絶対に桜ちゃんを救ってみせる。そのために力を貸してくれ」
自らの左手を握りしめて、刃夜はそう宣言した。
そばにいるバーサーカーも同じ気持ちなのだろう。
一瞬だけ凄まじいほどの戦意を、辺りへと放った。
周囲の敵を威嚇するかのように。
これが先日行った、桜と雁夜の会話。
このことで、四人は真にチームとして行動をすることになった。
そして雁夜が時臣と戦う時になり、封絶は沈黙を破って雁夜の手助けをした。
時臣の攻撃のタイミング、狙われている体の部位。
刃夜と共に長い年月を戦闘に関わってきた封絶の指示は的確だった。
その結果……
「ぐ……っつぅ」
斬り飛ばした時の衝撃で、まだ時臣は体勢を整えられていない。
故に今時臣は隙だらけだった。
例え雁夜でなくても、殺すのが容易なほどに。
以前の雁夜であれば、この状況になったならば、おそらく時臣を殺していただろう。
だが今は違った。
凜のために。
葵のために。
そして誰よりも……桜のために。
雁夜は目の前の時臣を……自らが憎んだ存在を見ても、何も思わなかった。
ただ桜のために……
雁夜は自らの憎しみと、妄執を……
【ぶっ飛ばす】
時臣と対峙した時に抱いたその思いを、清算し……
手放した。
「ありがとう……桜ちゃん」
作戦のためにどうしても全員が出払う必要があった。
刃夜の家の結界、刃夜がいくつか桜に渡していた物。
万が一が起こることすらないと、雁夜は信じていた。
だがそれでも……僅か数日ではあるが刃夜の家で1人で留守番をしている桜の事を思うと、雁夜は胸がはち切れそうになった。
早く帰らないと……
自らの役目を終えた雁夜は、疲労も相まって隙だらけとなっていた。
この後のことは刃夜がどうにかしてくれると信じていた。
また元々雁夜は戦士ではない。
自らの役目を果たしたために、気がゆるむのも当然といえた。
その背に……執念の塊が、忍び寄っていた。
この話はアイディア提供者TT氏のおかげで執筆出来ました
最初はただ封龍剣【超絶一門】に諭されて時臣を殺さない流れだったのですが
「それだと絶対に無理だ。桜と話させないと絶対に問題になる」
とTT氏が力説及び協力してくれたおかげです
毎度ありがとうTT氏w
次回はついに外道の虫野郎を殺します
お楽しみにw