雁夜の背後より忍び寄った、執念の塊。
この冬木において絶対的な執念を宿した存在は、この老人……存在以外にあり得なかった。
間桐臓硯。
本名を、マキリ・ゾォルケン。
数百年前に聖杯戦争のために海外より、日本の冬木に移住してきた魔術師。
その人だ。
正しくは人「だった」というべきなのだろうが。
人間の体では当然数百年と生きていられる訳もない。
だが自らの願いのために……臓硯は選択した。
人間を辞めることを。
優秀な虫使いだった臓硯は、自らの魂を虫に宿して体を作り替えることで、延命を繰り返していた。
だがあまりにも長い年月は彼の体だけでなく、魂と……自らが目指した理想すらも腐らせてしまった。
聖杯に賭ける望みは、不老不死。
自らの肉体と魂が腐っていくという苦痛故の願いだった。
だが今回の聖杯戦争で、その願いを邪魔する存在が現れた。
鉄刃夜。
第八騎目という、イレギュラーな存在のサーヴァント。
元々臓硯は第四次聖杯戦争は様子見として、本格的に参加しないつもりだった。
だが愚かにも、桜のためにと己を欺瞞し、自らの血族の雁夜が聖杯戦争に参加すると言ってきた。
ただ自らの血統の愚かな行為をいたぶって溜飲を下げていた状況で、刃夜という存在が召喚された。
そこから全て狂った。
刃夜はマスターである桜を救出し、雁夜も救うべく行動を起こし始めたのだ。
刃夜の行動は、桜と雁夜を劇的に変化させたのだ。
当然だが……臓硯にとって好ましくない形で。
桜はそれなりの日数調整を行っていた魔術を全て潰され、雁夜も残り数日の命だったものが、かなり伸びてしまっている。
また、刃夜自身がリフォームした武家屋敷を得てからというもの、刃夜は暇さえあれば冬木を走り回って臓硯の虫を潰して回っていた。
そのため、臓硯にもさすがに焦りが出てきたのだ。
最初は聖杯戦争が終われば消えるだろうと思っていたのだが、その前に二人の体が完全に復調させられてしまうほどの回復傾向だ。
また実力から鑑みるに、聖杯を手に入れることも大いにあり得た……といっても刃夜自身は聖杯に興味は全くないが……ため、それも焦る要因として大きかった。
下手をすれば臓硯自身の消滅を、聖杯に願われる可能性もあるからだ。
そして焦っている時に、大きな事が起こった。
キャスターの巨大海魔の召喚だ。
これによって、常に桜のそばにいた刃夜が、桜のそばを離れたのだ。
最初こそ桜を襲おうとした臓硯だったが、断念せざるを得なくなった。
桜は強大な力を発する特殊な爪のペンダントを身に着けていたのだ。
結界だけでも一苦労するというのに、そんなものを身に着けているのだから刃夜が戻るまでに桜をどうこうするのは不可能と判断できた。
そのため臓硯は近寄ることすらも出来なかった。
だから、後は手を出すとしたら雁夜しかいなかった。
幸い、雁夜も刃夜と行動を別にしているので、つけいる隙をうかがっていた。
そして今……屋上にて時臣を倒した雁夜に、隙が出来た。
その一瞬の隙を見逃さずに臓硯は自らの手足の虫を雁夜へと走らせて、その体内へと侵入した。
開いていた口から強引に侵入したのだ。
「!?!?!?!」
突如虫に口から入られたため、雁夜は声を上げることも出来ない。
令呪を発動させない事も兼ねた手だ。
後は体内に侵入した虫で、雁夜の肉体を操る……はずだった。
そこで、臓硯はいくつかのミスを犯していた。
まず雁夜の体の頑強さを見誤っていた。
第四次聖杯戦争に挑むために、雁夜の体を弄り倒した臓硯であるため、雁夜の体を知り尽くしていると言って良かった。
だがそれは当然刃夜と行動する前の雁夜の体であり、今の雁夜の体を見くびっていた。
雁夜の肉体は、刃夜の薬物投与による肉体改造で、以前とは比べものにならないほどの頑強さを身に着けていたのだ。
それこそ……体の中の胃の腑に潜り込まれてなお、まだ雁夜自身が行動を起こすことが出来るほどに。
だがそれも当然のことなのだ。
刃夜が雁夜に飲ませている薬は、モンスターワールドの薬。
気力も魔力もなく、自らよりも遙かに巨大なモンスターと戦う……ハンターが使用する薬なのだから。
常日頃生死の境をさまよいながらも戦うハンター達が使う薬が……いくら魔術があるとはいえ、衰えてしまった臓硯にまけるはずもなかった。
「!?!?!? こ、来い! バーサーカー!!!!」
咳き込む喉を押さえて、雁夜は令呪を発動させた。
令呪に逆らうことなく、バーサーカーが瞬時に雁夜のそばへと出現した。
令呪によって空間を瞬時に移動したバーサーカーは、雁夜がお腹を押さえていること、そしてサーヴァントとマスターの関係であるために、異物が混入している事をすぐに察した。
刹那の間に察し、判断してバーサーカーは動いた。
絶妙な力加減で、バーサーカーは雁夜の腹を殴ったのだ。
「っぐ!?」
打ち合わせをしていたために、何とか耐えられたが、いくら加減されているとはいえサーヴァントの殴打は雁夜にかなりの負担を強いた。
だが、その内部に入っていた虫には、雁夜以上にきつい物だった。
「ごはっ!?」
殴られた衝撃によって吐き出された異物……刻印虫。
臓硯の手足とも言えるその「武器」を、バーサーカーが手に取り……自らの宝具を発動した。
自らが手にした物の所有権を一時的に奪い、自らの武器とする能力的な宝具だ。
敵の武器を奪い取ることでその武器を支配下に置くことが出来るその宝具で、バーサーカーは間桐臓硯の手足である刻印虫を強奪した。
だがそれだけでは意味がなかった。
強奪したところで何も意味はない。
ただの虫に成り下がるだけだ。
もしもバーサーカー一人で対応をすればの話だが。
「ナイスだ二人とも!!!」
その声と共に、屋上に新たなサーヴァントが登場した。
体からいくつもの稲光を放電させて、屋上へと瞬時に飛んできたのは、刃夜だった。
刃夜はすぐにバーサーカーに近寄り……自らもバーサーカーが支配下に置いた刻印虫へと手を伸ばした。
俺一人では無理だが、バーサーカーがいれば!
これは賭けだった。
刃夜にしても。
臓硯が焦っていたのは手に取るようにわかっていた。
虫の数を激減させ、昼間も夜も冬木の街に目を光らせて臓硯の妨害工作を行っていたのだ。
逆に言えば焦るように仕向けたのが刃夜なのだ。
そして自らの戦闘能力を誇示することで、焦りを加速させた。
だからこそ、刃夜が桜及び雁夜と別行動をせざるを得ない状況になったらなら、何かしら仕掛けてくるのは予想できていた。
そして、臓硯は刃夜の予想通り焦って手を出してきた。
そのチャンスを……最初にして最後かも知れないチャンスを逃すわけにはいかなかった。
そのチャンスを生かす手段は……刃夜には一つしかなかった。
自らが苦手とする呪術をもって……敵を感知する。
もちろん刃夜一人では不可能だったろう。
だが、刃夜は一人じゃなかった。
この場には、バーサーカーという頼りになる英霊が存在しているのだ。
その刻印虫を使って逆探知を行うという博打。
刃夜としても短期間という制限があると
そしてその逆探知は……
刃夜の呪術とは違う……ある種の呪いによって、叶うこととなった。
支配下に置いた刻印虫を操る臓硯の糸よりも細い魔力の手綱を、刃夜は強引にたぐり寄せて……
臓硯の居場所を把握する。
!? 何じゃと!?
これにはさしもの臓硯も驚愕した。
老いたといえども虫使いとして十分に優秀な臓硯の魔術。
過信していたわけでもなく、油断していたわけでもなかった。
戦闘能力では叶わないのは、初見の時に瞬時に斬られたことで十分に理解していたのだから。
だがそれでもなお、刃夜の能力が上手であったのだ。
刃夜の呪いが。
居場所を悟られた事を判断し、すぐに逃げようとしたその臓硯の前に……
「どこへ……行こうというのかね?」
ふざけた台詞を言いながらも、どこか苦しそうな声で告げる、刃夜の姿があった。
「ばっ、馬鹿な!?」
再度驚くことになった。
何せ臓硯が刻印虫を操っていたのは雁夜がいた屋上と違い、深山町側の山頂だ。
さすがに一瞬とも言える時間で来るのは、通常のサーヴァントではできないことだった。
それこそ令呪による魔法とも言える力がない限り。
だが、それを可能にする技法と力が、刃夜にはあったのだ。
雷の力が。
だが普段と比べて刃夜にも余り余裕がある様子ではなかった。
端的に言って、表情が苦痛に塗れていた。
衝撃と反動が荒れ狂うことで走る痛みと吐き気を、歯を食いしばって耐えて飲み干し、刃夜は左腕に紅の炎を宿した。
そして次の瞬間に……
臓硯は、炎が吹き荒れる灼熱の大地へと、立っていた。
「な……」
もはや驚くことも出来ず、臓硯は茫然と周囲を見回す。
いくつもの炎が荒れ狂い、灼熱の大気が自らの身を焦がす。
炎によって焼かれた大地は、とても硬質で固く、灼熱の熱を宿しており……虫となって身を潜り込ますことも出来ないだろう。
仮に出来たとしても、大地の下は極熱の溶岩があるため、逃げることは叶わなかった。
「今日は大盤振る舞いだ、マキリ・ゾォルケンンンン。喜べここが貴様の墓場だ」
茫然と辺りを見渡す臓硯の背に、刃夜はそう言葉を投げかけた。
それは紛う事なき死の宣告。
弱者をいたぶり、弱者の意志を奪う存在である臓硯を……
刃夜が許すはずがなかった。
故に殺す。
逃げることも、本体を逃がすことで生きながらえることもさせない。
絶対の意志を持って……
刃夜は臓硯をこの「炎王結界」へと招き入れたのだから。
「この世界は俺が所有する紫炎妃と紅炎王……獅子龍の世界」
左腕から紫と紅の炎が猛るようにあふれ出して……刃夜自身を照らし出す。
「俺を殺さない限りこの世界から逃げ出すことは出来ない」
その背後から……見えないはずの巨大な力の鋭き眼光が、臓硯を逃がすまいと睨み付ける。
「だが、怯えることはない。俺はただ、お前の命の話をするだけだ」
そして左腕の炎が猛って、その猛り狂った炎が収束し……鉈のような刀身の片刃の剣が出現する。
「死の恐怖に怯えることも、すくみ上がることもない」
出現させて、手にした剣を地面に引きずりながらゆっくりと……刃夜は臓硯へと歩み寄っていく。
「何故なら『死ぬかも知れない』という仮定ではない」
疲労しているのか、肩を下げて前のめりに歩いてくる様は、実に幽鬼的だった。
しかしその総身よりあふれ出すのは、淡い紫の炎と圧倒的な魔力と力。
その眼に宿すは、絶対の憎悪と殺意。
「お前はこの場で俺が殺すからだ」
何が何でもこの場で相手を殺すという、決死の殺意。
「えぐれる物ならば目玉をえぐるがいい!」
手に持つ力の塊を握りしめて……刃夜は咆える。
「掻き切れる物ならば、喉を掻き切って見せるが良い!」
その力の塊の切っ先を臓硯へと向けた。
「だがそれでも貴様に確実なる死を与える! 我が命と信念を賭して!」
その言葉と共に、周囲の炎がより一層猛り狂った。
刃夜の意志に呼応するように。
その絶対なる宣言をされて……臓硯は逃げ出した。
自らの恐怖に逆らうことなく。
恥も外聞も捨てて。
死にたくない……
何のために自らの体を変質させた?
死にたくない……
臓硯の思考はただの一色の感情と、思考だけがあった。
死にたくない……
生物として正しく思う感情と、絶対的な存在に抱く恐怖。
死にたくない……
追い求め続けた物にまだ手も届いていない。
死にたくない……
夢のために生きてきたというのに。
死にたくない……
五百年ももがき、苦しみ……耐えてきたというのに。
死にたくない……
なのに道半ばで死ぬというのか?
「こんなこ――!?」
逃げた臓硯からはき出された言葉は、最後まで紡ぐことが出来なかった。
刃夜が振るった剣より生まれ出でた炎が、老人としての臓硯の下半身を、一瞬にして消滅させたのだ。
消滅故に、分離することも叶わず、臓硯は焼けた大地へと倒れ落ちた。
倒れた時の衝撃で、言葉を発するための空気が残らずはき出される。
咄嗟に焼けた空気を吸おうとしたその胸を……踏みつける足があった。
「ぁっ!?」
焼けた大地に押しつけられて、我が身を焦がされる。
通常の人体であれば肋骨がほとんど全て折れているだろう。
痛みに耐えながら目を開けて、踏みつけている存在を見るとそこには……
「貴様には断末魔も上げさせん。罪も悔恨も全て抱き、魂事その全てを喰らってやる」
この焼けた大地であってなお、心臓を氷でつきてられたかのような殺意で射貫かれて……
間桐臓硯……マキリ・ゾォルケンは世界から消滅した。
スキル 偶然の必然
対象、1人
刃夜が異世界で生活する上で、必要とする物を手に入れる、もしくは必要な情報等を手に入れることが可能な恩恵であり、呪い。
刃夜の成長を促すためのものが、無意識に手に入れることが出来る。
魂の紅玉、雷の力を有した碧玉等は、この呪いによって手に入れたものである。
この呪いによって、刃夜は力を手に入れるが、その力によって更に過酷な運命へと招き入れられることになる。
今回はこの呪いによって臓硯の居場所を暴くために、探知の力が働いた。
このスキルは刃夜自身が全く気付いてない呪いである。
と、長々かっこよく書いたが簡単に言えば
全世界ハンター垂涎のスキル
「アンチ物欲センサー」
とでも言うべき物である。