桜花を護る、超野太刀を持つ開拓者   作:刀馬鹿

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上げ間違え訂正後半


誓い

 

あー、もう。今夜はもう寝たいんだがなぁ……

 

 

 

少々苦しげな表情で、刃夜はとある廃墟へと侵入しようとしていた。

刃夜が精神分身体で確認した、剣と槍の戦い。

巨大海魔が消滅したばかりだというのに、早速聖杯戦争を再開した二組の存在がいた。

 

正しくは三組……俺を含めれば四組か。といっても、俺は単独行動ですがね

 

体のあちこちが痛むのか、しきりに肩や首を回している。

その足取りもどこか少々重たく感じさせるものだったが、いかないわけにはいかなかった。

刃夜は静かに目的の場所へと向かっていた。

 

以前とは比べものにならないほどに負傷した……ケイネスの元へと。

 

周囲の状況は、気と魔力、更に精神分身体で容易に探ることが出来た。

また残りの三組も、自らの行動に意識を向けるあまりに、他の連中からの妨害を全く想定していなかった。

だがそれも無理からぬ事。

巨大海魔の討伐には誰もが疲弊したと言っていい。

だからこそ、セイバーとランサー……二人の騎士は、この時を選んで死闘を繰り広げているのだから。

道すがら、それとなく刃夜はセイバーとランサーの決闘を見つめて、違和感を覚えたが……すぐに納得したように小さく頷いていた。

 

あぁ、なるほど。なんでセイバーがあんな大技ぶっ放せたのか不明だったが、解呪されたからか

 

ライダーの固有結界の中にいたため、刃夜はセイバーとランサーのやりとりをさすがに知り得なかった。

だが、当然約束された勝利の剣(エクスカリバー)が放たれる前には現実世界に戻ってきていたため、疑問には思っていた。

 

だが、刃夜自身そのときは大元の害虫駆除に意識を集中していたため、セイバーの呪いのことまで頭が回っていなかった。

 

しかし今の状況を見て……セイバーが左腕をほとんど使用していない、ランサーの必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を使用していない……すぐに察しは付いた。

そして、どうして左腕を使わないのかということを、セイバーがしている理由も。

 

こりゃあれだな。精神分身体で見たとおり、互いに互いのマスターと合わないわけだ

 

刃夜の左腕が、淡い紫の光が灯っていた。

目に見える距離にいながら誰も気付いていないのは、間違いなく刃夜が力を使用しているからだろう。

誰も認識出来ないのを良いことに、実に芝居がかったように大げさに肩をすくめていた。

しかし刃夜がそんな下らない挙動をするのも無理からぬ事だった。

一言で言うのであれば、今の二人は「騎士」として……尋常なる決闘を行っているのだ。

 

だが……それすらも利用しようとしている存在がいることも事実だった

 

 

 

衛宮切嗣という……魔術師殺しの男が。

 

 

 

まぁ、俺もこの状況を利用しようとしてるのだから? 人のことは言えないけどね~

 

左腕に淡い紫の光を宿しながら……刃夜はゆっくりと雨を防ぐことの出来る廃墟の暗がりで行われている様子を、じっと近くで見つめていた。

そして、投げられた書物を瞬時に読み取って……深々と刃夜がため息を吐いていた。

 

容赦ないなぁ……。まさに合理的というか、冷徹というか……

 

書物の内容を確認している隙に移動して、刃夜はゆっくりと車のそばに佇む女性へと近づいていた。

そのことに近づかれたアイリはもちろん、死闘を繰り広げているセイバーとランサーも、そして遠くからこの戦いを見ている舞夜でさえも……誰も気付いていなかった。

だがそれも当然だった。

 

霞みを纏った魔の龍の力に気付くのは……よほどの実力がなければ不可能なのだから。

 

魔力を宿し、自在に魔力を使う存在の古龍の力。

 

気付けるはずもなかった。

そしてその際セイバーとアイリへと、無意識に放たれている魔力があることを……刃夜は感じ取っていた。

その魔力の波動を感じ取り……発生源を見抜いて、刃夜は一人納得していた。

 

あぁ……。まためんどくさそうな呪いにかかってんなぁ。美貌も相まって苦労してそうだ

 

ランサーへと同情の視線を向けるが、当然それにも気付かない。

そして刃夜の腕から黒い靄があふれ出し……細長い形状を形成する。

その細長い黒い靄が完全に形になる前に……刃夜はその細長い靄を遙か上へと放り捨てた。

 

 

 

一度剣戟が止み、セイバーとランサーが一度互いから距離をとる。

しばし二人は互いを観察し、斬り込む隙をうかがった。

 

そして二組の存在が動き出すその一瞬前に……

 

 

 

刃夜が動いた。

 

 

 

 

 

 

パチパチパチパチ

 

誰もが虚を突かれたことだろう。

何せまさに行動を起こそうとしたその間をつかれたのだから。

その間を突いたのは……刃夜の少々間抜けに聞こえる拍手の音だった。

 

音の発生源は、車のそばに佇むアイリの隣。

 

まさに刃夜であれば、一瞬のうちにアイリを殺すことが容易に出来る距離だった。

仮にアイリが逃げようとしても、刃夜の反対側は車で防がれており、またアイリ自身が聖杯として機能し始めた影響で身体能力が著しく低下しているため、逃げようもなかった。

 

「ジンヤ! 貴様、一体!?」

 

明確に敵対行動を行ってこなかった刃夜が、セイバーとランサーの決闘を邪魔するだけに飽きたらず、自らが守護するアイリのそばにいつの間にか忍び寄っていたことで、さしものセイバーも怒りを露わにしながら、刃夜へと怒鳴った。

だがその怒号もどこ吹く風と受け流して、刃夜は行動を開始する。

左腕を軽く握り、一振りの短刀を顕現させた。

それは腕を伸ばせばアイリを殺すことが容易に出来る得物だった。

故に、さすがにセイバーもランサーとの決闘を一時中断し、ランサーに背中を見せてでもアイリへと駆け寄ろうとした。

だが刃夜はその短刀を明後日の方向へと投擲した。

 

!!!!

 

一瞬硬質な音が響いたがそれだけだった。

セイバーもランサーも一瞬何をしたのか理解できなかったが、短刀が刺さった場所へと視線を投じ……すぐにそのそばにいる人物の存在に気がついた。

 

あれは……マイヤ? 何故――

 

何故舞夜があんな場所にいるのか?

そう思考するその前に、セイバーは回答を導き出した。

しかし、セイバーとしてはその回答を否定したかった。

だがそのセイバーの気持ちを……刃夜は無情にも否定した。

 

「でてこい、暗がりでこそこそしてたマスター二人組。出てこないならこの場で女人二人が血を流すことになるがそれでもいいのかな? 前にも言ったが俺は聖杯に全く興味はないので、それを考慮した方が良いと思うぞ?」

 

おどけたようにしながらも、しかしその目はほとんど笑っていなかった。

また自らの台詞を強調するように、左腕を再度に握って打刀を出現させた。

抜刀こそしていなかったが、アイリをすぐにでも殺せるという意思表示なのだろう。

さすがにこの状況下に至っては、切嗣も素直に刃夜の要求に応じるしかなかった。

アイリが聖杯であることを、刃夜が知っていることに少々疑問を覚えたが、間桐雁夜から情報をもらっているのだろうと、容易に想像できた。

 

実際は刃夜は確信を得ていたわけではない。

アイリに違和感を覚えていたためだったが、それを切嗣がわかるはずもなかった。

 

暗がりの廃墟の中から、衛宮切嗣と車いすに乗ったケイネス。

そして……意識を失っているケイネスの許嫁であるソラウが、切嗣に引きずられてやってきた。

 

「ソラウ様!?」

 

まさか主と自らの探し人がいるとは思っていなかったのだろう。

ランサーは殺意の籠もった瞳を、切嗣へと向ける。

だがそれは切嗣も同じであり、憎悪を宿した目で、刃夜を睨み付けていた。

ケイネスは何故自分が呼ばれたのかわからず刃夜へと目を向けるが、だがそれ以上に意識のないソラウが心配なのか、せわしなく交互に目を向けている。

当然だが、そばに刃夜が佇んでいる状況のアイリも、そしてセイバーも舞夜も。

誰もが刃夜に注目していた。

その注目されている刃夜はあっけらかんと……皆にこう言った。

 

 

 

「深夜にお疲れ様」

 

 

 

……はぁ?

 

誰もがこう思っただろう。

何を言っているのかこいつは? と。

だが刃夜が言いたいのは当然これではなかった。

一度息を吐き、刃夜は言葉を放った。

 

「セイバー、何で左腕を使わないんだ?」

「何?」

 

セイバーとしても予想外の問いかけだった。

刃夜は呪いの事を知っているのだから。

だがそれでも必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を折ったそのときには、刃夜が川辺にいなかったことに気付いて、その問いかけも無理からぬ事に気付く。

事情を言おうとしたその前に、刃夜が言葉を紡いだ。

 

 

 

「左腕を使わないのはランサーに対する侮辱とも取れるのだがいいのか?」

 

 

 

「!? 貴様!」

 

侮辱と言われて、セイバーが殺気を露わにしながら詰め寄ろうとしたが、しかし刃夜は手にした打刀の鯉口を切る事で、セイバーの動きを止めた。

あれほど巨大な刀を振り回していた刃夜だ。

打刀であれば瞬時の内に抜き放ち、車ごとアイリをぶった切ることも容易なのは、容易に想像できた。

故にセイバーは止まるしかない。

そんなセイバーにニヤリと、少々嫌味な笑みを向ける刃夜。

そして、そんなことをしながらも、刃夜は別に行動を、行っていた。

 

 

 

それぞれに対して。

 

 

 

それぞれにだけ聞こえるように……。

 

 

 

『お前は何故、あのスクロールを承諾しようとした?』

 

 

 

何!?

 

 

 

突然、左の耳にだけ聞こえた声に、ケイネスは驚き一瞬だけ視線を巡らせた。

だが誰も声を上げるために口を開いていなかった。

にも関わらず、声はさらに続いていた。

 

『承諾すれば聖杯戦争に敗北するのと同義……いや敵前逃亡なのだからそれ以下か? いかに極東と言っても、調べることも不可能ではないだろう。逃亡にも等しい敗北を、果たしてほかの連中が……お前の母国の味方や敵がどう判断するか? それが全く頭に浮かばなかったわけではないだろう?』

 

左耳に直接聞こえるその言葉は、ケイネスを侮辱するには十分すぎた。

いかに極東の冬木であろうとも、魔術協会であれば調べることは難しいことではない。

そして調べられた結果どうなるのか? 考えなかった訳ではない。

だがそれでも……声の言うとおり、承諾しようとしたのか?

その答えはただ一つ……今は意識のない存在が答えだった。

 

 

 

『それを選択した理由と同じ事が言えるのが、自らの僕じゃないのか?』

 

 

 

何?

 

その言葉に、ケイネスは周りに気取られぬように、小さく瞳を動かして自らのサーヴァントである、ランサー……ディルムッドへと目を向けた。

ランサーは自らの仮の主であった、ソラウを引きずってきた切嗣へ射殺さんばかりの激しい感情がこもった瞳を向けている。

それに対してケイネスが思うのはランサーの逸話だ。

自らの主君の婚約者を奪ったという間男の逸話。

 

魔術師であった己。

 

騎士であった僕。

 

良くも悪くも、生来の性格と生きてきた互いの立場と思想の違いで、二人が信頼を結ぶのは難しいのは必定だった。

 

特にケイネスは伝承としてランサーを知っているのだ。

 

余計な先入観が働かないわけがない。

 

そして、互いが互いを理解出来なかったことも不幸と言っていいだろう。

 

 

 

だがもしも……

 

 

 

今の自分と、僕の立場が……

 

 

 

同じであると感じることが出来たならば?

 

 

 

ただ愛する人を助けたかったのだと……

 

 

 

ケイネスがそう思えたのならば……

 

 

 

 

 

 

『さて、切嗣。その女人死にかけてるよな?』

 

突如として口も動かさず、また右耳だけに聞こえてきた刃夜の言葉に対して、切嗣は驚きつつも決してその感情を表に出すことはなかった。

刃夜に隙と弱みを見せないための、必死の抵抗だった。

 

「……」

 

刃夜の問いに切嗣は答えない。

だが、右腕を切断されろくな治療もされてないのだ。

ソラウの容態は余り良いとは言えないだろう。

感染症になる可能性は非常に高い。

 

「……」

 

切嗣は何も答えずに、刃夜の隙をうかがっていた。

だが隙をうかがっても、すでに人質が二人もいる状況では、動きようがなかった。

 

『この戦いでケイネスは令呪を失うだろうな? セイバーが全力で戦えば、得物を失って全力が出せないランサーは死ぬだろう。ケイネスにももはや戦意がないことはお前がよくわかっているはずだ。その意識を失った女人。解放しないとは言うまいな?』

 

何故こんなことを?

 

しかしそれでも切嗣の頭の中は、刃夜に対する疑問で渦巻いていた。

何故邪魔をするのかがわからなかったからだ。

確かに聖杯に興味がないとは刃夜が前から言っていた。

それがブラフであると言うことも考えていた切嗣だが、しかしこの状況に至っては本当に聖杯を欲してないと認識せざるを得なかった。

その切嗣に取り合うこともなく、刃夜はアイリから離れてゆっくりと切嗣の元へと……ソラウの元へと向かっていった。

おそらく無言の要求なのだろう。

 

人質交換の。

 

刃夜から行動を起こされては切嗣も動くわけにはいかずに、決して刃夜から目をそらさずに、ゆっくりと距離を離していった。

 

「ソラウ!」

 

切嗣が離れた事で、車いすを走らせてケイネスが倒れて意識を失っているソラウの元へと向かおうとしたが、その前に刃夜が歩み寄り……腰から小さな小瓶を取り出した。

 

「!? 待て!」

 

刃夜がソラウに何か得体の知れない物を飲まそうとしていることに気付いて怒鳴るケイネスだったが、そんなことで刃夜が行動を止めるはずもなかった。

小瓶の中身をソラウの口へと流し込んだ。

 

「ソラウ!」

 

ケイネスの悲鳴にも似た怒号が響いたが……流しこまれた液体を無意識のうちにソラウが飲むとほぼ同時に、元気よく体を動かした。

 

「……私は……」

「!? ソラウ!」

「ソラウ様!」

 

ソラウ自身が、周囲の状況を把握しようとしてると、その前にケイネスとランサーが声を張り上げていた。

ランサーがソラウへと意識を向けたその刹那の瞬間に、刃夜は誰にも気付かれずに落下してきた長大な超野太刀をランサーの一点……泣き黒子へと振るっていた。

どうやらかなりの能力を使用しているのか、セイバーもそして振るわれたランサー自身も気付いていなかった。

そして振るわれたと同時に虚空へと巨大な超野太刀は姿を消しているため、この場で刃夜が何かをしたことに気付いた者は誰もいなかった。

 

「ソラウ!」

 

刃夜がソラウの様子を一瞬だけ見て確認して、引いたその場所へ……ソラウにケイネスが近寄り、地面に座り込んでいるソラウを車いすの上から抱きしめた。

その瞳には大粒の涙が……溢れだしていた。

 

「ケイ……ネス?」

「無事で……良かった……」

 

声も体も僅かに震わせながら、ケイネスが力強くソラウを抱きしめる。

以前とは比べものにならない弱々しい力だった。

だがその弱々しくも力の限り抱きしめられる体と、その涙が……ケイネスの気持ちをソラウに伝えるのは十分すぎた。

ただ政略結婚として結ばれた間柄だった。

だからソラウはケイネスに対して何の感情も抱いていなかった。

ケイネスがどう思っているかも、ソラウ自身はきちんと理解していなかった。

 

だが、自ら(ソラウ)がケイネスにしたことを思い出す。

 

令呪を強奪し、ランサーを従えた。

だというのにケイネスはこうして自らを抱きしめてくれている。

本当に大切な者であるというように……。

 

「どうして……」

 

か細く紡がれた、ソラウの疑問の言葉。

その声はどれほどか細くあろうとも、すぐそばにケイネスの耳があるのだから聞こえていないはずがない。

その声に応えるように、ケイネスは更に力を込めてソラウを抱きしめた。

 

 

 

その力なく握りしめる抱擁が……返事であるというように。

 

 

 

「ソラウ様」

 

そしてそばにランサーがいることを、ソラウはその声を聞いて自覚し、そちらへと目を向ける。

そこには己を心配そうに見つめるランサーの……ディルムッドの姿があった。

そしてそのそばにセイバーがいることを把握して、ようやくソラウは自分がどういった状況に陥ったのかを理解した。

 

私は……セイバーの陣営に捕らえられたのね

 

そこでようやくソラウは自らの右腕が一部消失していることに気がついた。

だがそれがどうしたというのか?

ソラウは本来、この場で死ぬはずだったのだ。

さすがにソラウもそのことは十分に理解できた。

だがこうして今間違いなく生きている。

 

恋ではなく……愛してくれる人がそばにいてくれている。

 

それを思えばどうということもなかった。

 

 

 

ソラウ様?

 

 

 

そしてそのソラウの様子に、ランサーは違和感を覚えていた。

先ほど巨大海魔の迎撃に向かう前の、ソラウからの半ば狂気とも言える恋慕の感情が綺麗に霧散していた。

当然感情がなくなっているのだから……ランサーへと向けられる視線にも変化があって当然だった。

 

だがその変化は何故起こったのか?

 

 

 

『呪いなら喰わせてもらったぞ。俺の得意分野だ』

 

 

 

!? 何?

 

突如聞こえてきた声。

それは間違いなく刃夜の言葉であることは、ランサーはすぐに気付いた。

だが当の刃夜は口を動かしていなかった。

なのに聞こえてくる声と今の状況。

刃夜の意味のわからない行動。

考えるべき事が多く、すぐには返答が出来なかった。

 

だが返答をする事はなかった。

 

する意味がなかったのだ。

 

刃夜はただ一言、こう……呟いたのだ。

 

 

 

『俺に出来るのはここまでだ。後はお前次第だ……ランサー』

 

 

 

何だと?

 

その意味がわからなかったが、しかしすぐに気付いた。

呪いをどうにかしたというのが、紛れもなく真実であるということに。

狂気じみていたソラウからの恋慕の思いが消えて、ケイネスに抱かれていることに答えるように、自らもケイネスの体に腕を回していた。

そして抱きしめながらも、自らにわびるかのように、柔らかく微笑むソラウを見た。

嘘だと思った。

あり得ないとも思った。

 

自らの呪いが消えてなくなったなどと。

 

 

 

生前の苦い記憶、サーヴァントとして召喚されたこの第四次聖杯戦争でも、この呪いによって辛酸を舐めたのだから。

 

 

 

だが、ソラウの態度がそれを否定していた。

先ほどまでの狂気じみた思いがなくなってるように見受けられたのだから。

それに何より、懸念すべき要素だったソラウの救出は無事に果たされた。

しかしソラウを連れてきた……正確には引きずってきたのは敵のマスターであるセイバーのマスターと共に出てきたのだ。

それも自らのマスターであるケイネスとともに。

敵方である切嗣と共にケイネスが、廃墟より出てきた状況。

さらに切嗣がソラウを引きずってきた手とは違う手に、何か書物を手にしていることから、何かが行われようとしていた事は容易に想像が出来た。

具体的な事はわからない。

だが自らの婚約者が人質に取られている以上、(ケイネス)にとっても自ら(ディルムッド)にとっても不利な何かであることは想像に難くない。

 

正直に言えば、生前と同じ事が起こりえたのかも知れないと、聡明なランサーは十分に理解していた。

 

だがその状況に追い込んだのは自分にも責任の一端があった。

 

迫られてしまったとはいえ、ソラウとの契約を選んだのはランサー自身だったからだ。

 

そして、ソラウが攫われてしまったこともある。

 

無論ランサーがケイネスに反論したように、契約が完全ではないという、無理からぬ事情は多々あった。

 

だがそれでも、主君が命じた命令を守れなかったのは紛れもなく自分自身だった。

 

 

故に……ランサーは、今度こそ……

 

 

 

万感の思いを込めて……ケイネスへと語りかける。

 

 

 

 

 

 

『主よ。どうか私を信じてください。必ずや、あなたとソラウ様を救って見せます。我が騎士の誇りに賭けて!』

 

 

 

 

 

 

解呪されたことで、セイバーは完全に復活した。

またアイリが戦闘を行えないことは何となくわかったが、しかしマスターである切嗣と舞夜が戦闘可能であることは間違いない。

刃夜がどのような行動を起こすのかは不明だが、それでも普通に考えれば敵であることは間違いない。

 

実に三対一対一。

 

下手をすれば四対一になりかねない状況だ。

 

さすがにこの状況下ではランサーとしても、敵サーヴァントを撃退し、マスターであるケイネスに勝利を捧げるのは不可能と言っていい。

 

だがそれでも出来ることがある。

 

 

 

自らの騎士としての忠節を貫くこと。

 

 

 

今のこの状況下においては、自らの主達を逃がすことに他ならなかった。

 

故にランサーは本心から……そして心の底から願った。

 

 

 

自らを信じて欲しいと。

 

 

 

ケイネスもまた、決断を迫られた。

 

念話によって聞かされた、この状況に至ってなお、騎士の誇りという曖昧なものを賭けて自分たちの命を救うといってくるランサーに、不信感を覚えなかったとは言えなかった。

 

だが……今の言葉と、ソラウが自らに答えてくれる事。

 

 

 

何よりも……ソラウがこうしてそばにいてくれることが、何よりも嬉しかった。

 

 

 

今のこの状況に至ってなお……聖杯戦争に勝ち上がることが可能だと思えるほど、ケイネスも馬鹿ではない。

 

そして先の刃夜の言葉が示す通り……自らが選択しようとした決断も、ケイネスの決意を決めるのを手伝った。

 

全てを失う選択を選ぼうとしたのは事実だったのだ。

 

それを考えれば……ただ一言、言葉を発することがどれほど対価として安いのかなど……考えるまでもなかった。

 

 

 

「ケイネス、信じましょう。私たちのサーヴァントを」

 

 

 

そして、ソラウからもたらされたその言葉が普通であったこと。

 

その言葉を聞いて、ケイネスは体を離して、ソラウを見つめた。

 

ソラウがただ静かに微笑んだ。

 

その笑顔が……ケイネスの最後の一歩を、踏み出させた。

 

 

 

ケイネスは一画の令呪が宿る右腕を……掲げて見せる。

 

 

 

 

 

 

「我が令呪を持って命ずる」

 

 

 

 

 

 

その言葉と共に令呪が赤く光る。

 

その光は、ケイネスの決断と決意の光。

 

自らの血肉が明滅するように瞬き……その魔力を散らした。

 

 

 

 

 

 

「私とソラウを無事に逃がせ。貴様の命が果てようと。それを持って……貴様を我が配下と認めよう」

 

 

 

 

 

 

!?!? 主よ……

 

その命は、ランサーに対して死ねと言っていることと同義。

 

得物は片方が失われた。

 

ケイネスも魔術回路が傷ついており、ろくなバックアップも出来ないだろう。

 

対して、解呪されたことでセイバーは万全の状態となり、マスターがバックアップも出来る状況だ。

 

圧倒的不利な状況であり、逃がす……つまり殿を努めると言うことは、普通に戦うよりもよほど困難なことなのだ。

 

 

 

だがそれでも……その命令はランサーが何よりも焦がれた忠義の証。

 

 

 

主君に誉れある騎士の忠節を捧げるための、命を捨てる戦い。

 

この命令を……ランサーが……

 

 

 

ディルムッド・オディナが……

 

 

 

拒むわけもなかった。

 

 

 

 

 

 

「我が命と誇りに賭けて。我が主とソラウ様の命……救ってごらんに入れます!」

 

 

 

 

 

 

右手を堅く握り、深く深く……ランサーは頭を下げる。

 

その様子を……切嗣は冷めた瞳で見つめていたが、すぐに自ら向けられた視線に気付き、そちらへと視線を向ける。

自らへと視線を向けていたのは……イレギュラーなサーヴァントであり、自らの策略を台無しにした刃夜だった。

刃夜と切嗣の視線が交差した。

互いに互いのことに対して、対して興味がない……そんな目を互いに向けていた。

だが切嗣の瞳には、若干の苛立ちと憎悪が、込められていた。

それも当然といえるだろう。

 

自らの必勝を……必殺を阻害されたのだから。

 

ちっ!

 

切嗣は舌打ちをするのをどうにかして堪えた。

今もソラウとケイネスが、外へと……自らの殺害可能範囲から出て行くのを止めることも……

 

 

 

殺すことも出来ない。

 

 

 

聖杯が遠ざかっていくのを感じてしまう思いだった。

 

そしてこの場に至ってようやく切嗣は確信した。

 

 

 

言峰綺礼とは別に、最大の障害とも言うべき存在が、この鉄刃夜という存在であると。

 

 

 

『――』

「なに」

 

刃夜の隣を通り過ぎる際……ケイネスが驚くような声を上げていた。

ケイネスが驚いたのが、おそらく刃夜が何か言ったのだとは理解できたが、当然わかるはずもなかった。

自らが先ほど体験したように、刃夜は個々にだけ会話することが出来る能力を使っているのは、切嗣もすぐにわかった。

ケイネスはいぶかしげに思いながらも、すぐに背を向けてソラウと共に立ち去っていく。

刃夜はケイネスとソラウに対して何も言うことはなく、目を合わせることもない。

だがその立ち位置が全てを物語っていた。

舞夜の射線を封じるための立ち位置。

先ほど短刀も投げてはいるが、再度立ち位置で手出しをさせないことを強調していた。

 

「イレギュラーなサーヴァントも、粋なことをするな」

 

事ここに至っては、刃夜の真意を掴めぬが、それでも己達にとっては望ましいことをされれば、敵意を抱くこともない。

ましてや自らがやるべきことを果たすのみと、自らの命を散らす覚悟であればなおさらだった。

 

「あなたは……どうやらマスターとわかりあえたようですね」

 

セイバーからのその言葉は、ランサーに対する誉れであり、羨望にも似た気持ちだった。

 

「セイバー……いや、アーサー王」

「……どうした?」

 

「疑うわけではないが……確認させて欲しい。今、俺の顔を見ることは出来るか?」

 

? どういう――

 

ランサーからの疑問の言葉に、それこそセイバーは……アーサー王は疑問符を浮かべた。

だが、その言葉に意味にすぐに気がついた。

以前に自らの対魔力でかき消されたランサーからの呪いが消えていることに。

何故消えたのかと、疑問に思ったがすぐに回答を導き出した。

以前の会話を……アインツベルンの森で言っていた刃夜の言葉を思い出したのだ。

にわかには信じられなかったが、しかしここまでいくつもの通常では考えられない行動を起こした刃夜であるために、もしかしたらと思えたのだ。

 

何よりその証拠に……今セイバーはランサーの顔を……

 

 

 

「えぇ、ランサー……いや、ディルムッドよ。今なら、あなたの顔をまっすぐに見ることが出来ます」

 

 

 

対魔力が発動することもなく、まっすぐにセイバーはランサーを見つめた。

それが回答だった。

刃夜はそんな二人を見て数歩下がり……得物を消失させてドカッと座り胡座を掻いた。

そして手を出すつもりはないと、腕を組んで観戦の構えをとった。

おそらく態度の通り、手を出すつもりはないと言いたいのだろう。

だがそれでも、ケイネスが逃げた道をふさぐように座るその姿は、その後ろに行けば容赦はしないということなのだろう。

また舞夜のそばに投げた短刀も消失させていない。

 

故に……今この場において、誰も二人の邪魔をする者はいなくなった。

 

 

 

「あぁ……これで我らの決闘に対する憂いはなくなった! では……死合おうぞセイバー! 我が主の名にかけて……私は全力でお前を止めてみせる!」

 

 

 

胸に宿すのは忠義の心。

 

体は芯まで熱く、血がたぎっている様だった。

 

その気持ちを更に加速させて……ランサーは残された自らの赤い得物を得物を振りかざし、名乗りを上げた。

 

 

 

「フィオナ騎士団が一番槍! ディルムッド・オディナ! 参る!!!!」

 

 

 

その気持ちに応えるのは可憐ながらも熾烈な力を宿した騎士王。

 

 

 

「……いいだろうランサー。この剣の名にかけて……貴方と全力の決闘をしよう!」

 

 

 

手にした光り輝く尊い聖剣を胸へと掲げて……騎士として剣を振るうことを誓った。

 

そして掲げた剣を振りかぶり……構えた。

 

 

 

「ブリテン王アルトリア・ペンドラゴンが、受けて立とう! いざ!」

 

 

 

 

 

 

「「勝負!」」

 

 

 

 

 

 

赤き槍を持つその男の顔には、言葉以上に晴れやかな表情が浮かんでいる。

それを見て、相対する人間も……セイバーも、朗らかに笑みを浮かべた。

先ほどと違い、両の手で自らの剣を握りしめて……セイバーはランサーへと走った。

今のこの状況において、ランサーへと全力を出さないのは逆にランサーの尊厳を損ねかねない。

今のこの場において、ランサーを全力で倒すことがセイバーのランサーに対する礼儀であり、ランサーはそのセイバーの全身全霊を、己が命を賭けてでも止めて見せなければならないのだから。

互いに名に恥じぬ英霊が、全力で斬り結ぶ決闘。

小さな姿からは想像も出来ないほどの速さと力で、手にした聖剣を振りかぶるセイバー。

セイバーの剛剣を、巧みな槍捌きで受け流し、その長さを利用した線と点の連撃で迎え撃つランサー。

見れば誰もが魅了されるであろう、実に見事な戦いだった。

 

 

 

その決闘を実に冷めた目で見つめている存在がいた。

 

 

 

これが英雄様……いや、今は英霊様か……。まぁどっちでもいいけど、これが多くの人を狂わせた決闘とやらか……

 

まるで空虚な物を見るような眼で、切嗣は二人の決闘を眺めていた。

それはまるで興味のない演劇を見ているかのように、何の感情も表していなかった。

 

否、一つだけ感情が漏れ出ていた。

 

 

 

悲憤と悲嘆。

 

 

 

その瞳をする切嗣の姿は、どこかひどく曖昧だった。

 

戦いを否定するかのような悲哀を抱きながらも、戦闘に対する手段は実に容赦がない。

 

徹底的な合理主義と殺害。

 

今回のケイネスとランサーに対する周到な行動もその一つだった。

 

刃夜によって殺害こそ失敗には終わったが、しかし令呪を失った以上、そう脅威にはなり得ない。

 

切嗣としてはそう割り切るしかなかった。

 

さすがに刃夜がこの場で動くことを許してくれないのは理解できており、舞夜に指示を出すことも叶わず、切嗣は実につまらなさそうに、二人の決闘を見ていた。

 

手持ちぶさたな切嗣は、懐からタバコを取り出して火を点けて、深々と吸い込んだ。

 

くゆらせた紫煙の先の決闘を見つめる。

 

その決闘は切嗣から言わせれば滑稽でしかなかった。

 

そして怒りもこみ上げてくる物だった。

 

 

 

こんな物のために……どれだけの人が犠牲になったんだ?

 

 

 

『本当に興味なさそうだな、お前』

 

 

 

その切嗣の耳に、再度刃夜の声が届いた。

他の人間にばれないように、切嗣は声をかけて来た存在……刃夜へと目を向ける。

その視線の先には……同じように決闘を見つめている刃夜の姿があった。

同じようにといっても刃夜は二人の戦闘を並々ならぬ熱意を持って見つめていた。

どうやら技を盗んでいるようだった。

 

「お前は一体……何なんだ? 何故僕の邪魔をする?」

 

小声でぼそりと……周りに気取られないように切嗣はタバコを吸う動作で口元を隠しながら、刃夜へと問いかけた。

それは小声ながらも明確な問いだった。

刃夜であれば、おそらく周りに気取られることなくやりとりが出来るであろうと睨んだのだ。

そしてそれは可能だった。

 

『邪魔をするさ。自身の妻を戦場に立たせて自身は暗殺に走るような輩相手には。俺も同業者みたいな物だがな。それでも自分に取って大切な者を矢面に立たせるのは感心しない』

 

同業者?

 

その言葉に、切嗣は意外に感じると同時に、素直に納得した。

自らの手口を邪魔するのに最適な手段を用いてきたのだから、暗殺などに精通していることは容易に想像できる。

本人が言っていた現代の青年であるならば、現代兵器についても知識があって不思議ではない。

 

『魔術師殺しなる存在だったらしいな。だが傭兵家業は聖杯戦争に参加するに伴い、ぱったりと止めたと』

「……それがどうした?」

 

自らの経歴が知られていることに少々不思議に思ったが、切嗣はすぐに結論を導き出した。

間桐雁夜と同盟を結んでいるのだから、ある程度の情報が知られていても何ら不思議ではなかった。

 

『傭兵か……』

 

そう漏らした言葉は、今までと違って明確な意志が込められていた。

その言葉から漏れ出た感情が……切嗣に刃夜がどのような存在であるのかわからせた。

自らと同じような考えを持っているのだと。

傭兵を侮辱するでも、誇るわけでもない。

ただただ淡々としていて……けれど乾いていた。

 

それが同じ地獄を見た者だと……

 

 

 

わかった。

 

 

 

『現代戦の傭兵家業はなかなかきついものがあったんじゃないか? 紛争地域の状況ってのは、本当に……地獄と称してなお生ぬるいからな』

「……」

『俺も紛争地域の子供を攫って臓器売買をしている糞野郎どもを、何人も殺してきた』

 

子供を攫っての臓器売買。

その単語を聞いて、切嗣は吐き気を催すほどの憎悪を抱いた。

一瞬だけ別の何かを見ているかのように……僅かに目を細ませたのだ。

その反応が、刃夜に切嗣が真の外道ではないことをわからせるには十分すぎた。

 

では何故狂おしいと称して良いほどに、聖杯を欲するのか?

 

聖杯の売り文句が「何でも望みが叶う願望機」ということ。

そして傭兵家業という事実を当てはめれば、一つの推論を導くには十分だった。

 

 

 

……それが出来たら苦労はしないんだけどな

 

 

 

刃夜盛大にため息を尽きたくなる気持ちをぐっと堪えていた。

人らしい精神を持ち合わせている人物が、戦場を訪れて何度も経験すればおそらくかなりの人間が考えることだ。

 

何故こんな事が起きているのかと?

 

戦争という行為。

 

争い、人の命がまるでゴミのように消費されていく。

 

現代戦はそれが顕著と言っていい。

 

何せどれだけ鍛え上げた屈強な兵士も一瞬の油断で……一発の弾丸で命を奪われるのだから。

 

奪う側も、奪われる側も……ただ指を動かす程度の力で相手を殺せる。

 

だがそれはまだ良い方だろう。

 

現代戦は、他にもいくつもの非道な殺し方が出来る兵器が、多く存在しているのだから。

 

だがその非道さを知るからこそ……刃夜は用心として揺さぶりをかける。

 

切嗣を見極めるために。

 

 

 

『聖杯を求めて妻を矢面に立たせるとは……お前も結構外道だな』

 

「……」

 

『黙りか。まぁ聖杯を殺したらどうなるかはわからんからな』

 

 

 

『聖杯は……な……』

 

 

 

その台詞が切嗣の耳に入って脳がその言葉の意味を理解した瞬間には……切嗣は動いていた。

否、動こうとした。

だが……それを刃夜の殺意が止めた。

紛争地域でいくつもの死の危機に瀕しながら、戦い続けた歴戦の戦士である切嗣が、止まらざるを得ないほどの膨大な殺意で……切嗣の動きを強引に止めたのだ。

動こうとした事で今度こそ刃夜は切嗣が外道ではないことを、十分に理解できた。

 

まぁ殺そうと思えば殺せるけど、殺す理由はないしな

 

刃夜の言っていた相手は、当然だが聖杯を除けば舞夜しかいない。

そして刃夜は先ほど投げた短刀を爆散させれば、舞夜に致命傷を与えることは難しくなかった。

また他にも殺りようはあったが、殺る理由もないので当然することもなかった。

ある程度切嗣のことを把握した刃夜は、それから何も話すことなく、セイバーとランサーの決闘を見つめていた。

 

 

 

セイバーとランサー。

 

二人の決闘はまさに騎士同士の純然たる決闘だった。

 

互いの全力をぶつけ合う、死闘。

 

令呪によって、ブーストされたランサー。

 

解呪されたことで全力を出すことが出来るセイバー。

 

実力伯仲の騎士の戦いは、華やかと言っていいものでもあった。

 

 

 

だがそれでも……終わりは訪れた。

 

 

 

永遠に続くことなどありはしない。

 

必ず終わりは訪れる。

 

それが例え……英霊の決闘であっても。

 

令呪によるブーストがあったといっても……やはり本来の得物を片方失ってしまったランサーが不利になるのは致し方ないだろう。

 

 

 

やがて、セイバーの聖剣によってその胸を貫かれた。

 

 

 

だがランサーの顔は……

 

 

 

実に晴れやかであった。

 

 

 

騎士として全力で戦っての敗北。

 

そのことに対して思うところがないわけではない。

 

だが今のランサーにとって、それ以上に大事なことを果たすことが出来たのだから。

 

長くはないが、決して短くはない時間だった。

 

だがそれでも、ケイネスは無事に逃がすことが出来たのだと……ランサーは確信できた。

 

 

 

「感謝する、アーサー王。全力の決闘。彼の騎士王との決闘は、私にとってこれ以上ない栄誉となった」

 

 

 

「それは私の台詞だ、ディルムッドよ。あなたとの死闘を、私は生涯忘れることはないだろう」

 

 

 

互いに本心からの言葉だった。

 

互いに全力を出し切っての死闘。

 

そして自らの願いを……望みを叶えることが出来たこと。

 

これでランサーは、何も思い残すことはなかった。

 

 

 

「さらばだ。セイバー。そしてジンヤよ」

 

 

 

「あぁ。見事だった」

 

 

 

刃夜も確かな尊敬の念を乗せて、ランサーに言葉を贈って……見送った。

 

魔力の霧となって散っていくランサー。

 

その魔力の霧は……どこか輝いているように見えていた。

 

 

 

 

 

 

その魔力がどこに向かっているのか……刃夜は明確に把握していた。

 

 

 

 

 

 

なーるほど。そういう仕組みか

 

一人小さく何度か頷く刃夜。

 

その様子に気付いているのかいないのか……セイバーはランサーを見送ると、鋭い視線を切嗣へと向ける。

 

「キリツグ。さきほどの婦人はどういうことだ?」

「……」

 

返答によっては剣を向けかねないほどの剣幕で問うたセイバーの言葉。

だがそれに対して切嗣は徹底的な沈黙と、無反応を返した。

何よりも切嗣がセイバーへと向ける目が、二人の関係を如実に物語っていた。

 

まぁ……合わないだろうね

 

その二人の様子を、刃夜は内心で呆れながら見つめている。

切嗣はセイバーの問いに答える気がないのか、すぐに視線を外して廃墟の外へと向かっていく。

その切嗣の前に、セイバーが足止めをするように立ちふさがるが、それに対しても切嗣は何も言わなかった。

 

「答えて切嗣。今回は、私もあなたに聞きたいわ」

 

アイリも同じ思いなのか、切嗣へと車に寄りかかりながらそう問いかけていた。

するとセイバーに対する態度が嘘のように……切嗣は恥ずかしげに苦笑しながらアイリへと目を向ける。

その瞳には明らかに親愛の感情のこめられていた。

 

本当に大切に思っているのは間違いないのか……

 

その笑みを見ながら、刃夜は何も言わなかった。

切嗣を養護するわけでもなく、セイバーを援護するわけでもない。

ただ成り行きを見守っている。

 

「僕の殺し方を見せるのは、初めてだったね、アイリ」

 

セイバーへと向けている視線とは打って変わって、アイリへと向ける視線は愛情と恥じ入るような感情が入り交じっていた。

 

「違うわ切嗣。今は私ではなく、あなたの言葉で、セイバーと話して」

「話す事なんてあるわけがない。人を殺しておきながら栄光だの、栄誉だのと……そんなもので自らの罪を顧みないどころか、誉れだと称える愚か者なんかには、何を言っても無駄だ」

「!? 貴様!」

 

アイリへと話しかけているが、明確な侮辱の言葉に、セイバーが激昂する。

しかしそれすらも切嗣はとりあわず、完全に黙殺して……切嗣は更に言葉を続けた。

 

「騎士なんて存在に世界は救えない。救えるわけがない。戦場に幻想を抱かせて、若者達を無駄に死なせてきた連中になんて」

「幻想ではない! 命の遣り取りであっても、そこには確かに法と理念がある! ないわけがない! もしもなければ、何度この世に地獄が出現したことになるという!」

 

凛然と、セイバーはそう反論したが、その言葉に、切嗣は心底呆れたとでもいうように、鼻で笑っていた。

 

「聞いたかい、アイリ? この英霊様は、こともあろうに戦場が地獄ではないと言っている。そんなわけがない。戦場は地獄でしかない。希望もなく、敗者の命と尊厳を踏みにじって成り立つ、ただの罪そのものだ」

 

吐き捨てるように、切嗣は言葉を紡いでいく。

その言葉と表情には……これ以上ないほどに憎しみが込められていた。

 

「だっていうのに……人類はその事実に気付かない。なぜならいつの時代も勇猛果敢な英雄様が、武勇譚でその罪を消してしまうからだ。そんな血を流すことを……人を殺すことの邪悪さに気付かせないせいで人間は、全く進歩していない!」

 

何に向けられたものではない言葉。

だが全てに対して向けられている言葉だった。

当然それは……自分自身に対してすらも。

 

そしてなにより……英霊として召喚に応じた、英雄達に対して。

 

自らがもっとも嫌う存在達の戦いを、切嗣は一体どのような気持ちで今まで眺めていたのだろうか?

 

だがその怒りを呑み込んで、切嗣は乾いた笑みを……アイリへと向ける。

 

 

 

「僕は聖杯を勝ち取り世界を救う。そのために、もっともふさわしい手段を執っているだけなんだよ、アイリ」

 

 

 

マスターの令呪を全て消費させた上で、サーヴァントを殺す。

これではマスターは令呪がないため、マスターが死んでしまったサーヴァントと再契約をすることも叶わない。

まさに徹底的な戦略といえた。

 

「今の世界、そして人の在り方では、戦いはどうあっても避けることができない。でもそれを最小限にすることは出来る。最小限で、最大の効果を。それを卑怯だと、卑劣だと蔑み、罵るのならば好きにすればいい。正義では世界は……救えないんだから」

 

キリツグ……

 

先ほどまで卑劣で卑怯だと自らのマスターに反逆することすらも考えていたセイバーは、今の切嗣の言葉と、何よりも彼が初めて見せた激情と、戦火に対する怒りと憎しみを見て、冷静さを取り戻していた。

冷静……というよりも、憐憫と言っていいかもしれない。

その気持ちを抱き、どう言葉にすればいいのかわからなかった。

一瞬沈黙がこの場を支配するが……その沈黙を、刃夜が破った。

 

 

 

「ご大層な事を言っているが……果たして聖杯は本当にあるのかね?」

 

 

 

未だ存在していた刃夜がそう言葉を投げかける。

黙って話を聞いていた刃夜がそんな聞き捨てならない言葉を投げかけてきたものだから、切嗣は再度鋭い視線を刃夜へと向けた。

 

「まぁお前達が聖杯とやらにどんな幻想を抱こうが俺にはどうでもいい話だが……。あえて言わせてもらおう。果たして、聖杯はあるのか? そしてそもそも……」

 

 

 

「その聖杯は本当に万能なのか?」

 

 

 

ニヤニヤと、刃夜は実に嫌らしく笑みを浮かべていたが、だがすぐに霞がかるようにして、姿を薄れさせて、やがて消えた。

目の前にいながら姿を……そして気配すらも消失させたため、セイバーが慌ててアイリへと駈け寄り周囲を警戒するが、しばらくしても何も起きなかった。

本当に去ったものと判断し、切嗣は舞夜が運転するライトバンの車で、廃墟を後にした。

 

「殺しますか?」

「いや、止めた方が良いだろう。あの体でケイネスが逃げ込むとしたら冬木教会……聖堂教会以外にあり得ない。それに、あの意味不明なサーヴァントが何も言ってこなかったのは、暗にこちらに殺すなと言ってきているのだろう。令呪も失った以上、リスクを冒してまで殺す必要性はない」

 

舞夜の運転に任せて背もたれに身を預け目を瞑った切嗣の脳裏に浮かぶのは……先ほどの刃夜の言葉だった。

 

 

 

『本当にあるのか?』

 

 

 

『本当に万能なのか?』

 

 

 

この言葉が切嗣の頭から……どうしても離れなかった。

 

 

 

 

 

 

切嗣が消えたことで気を張っていたアイリは、新たなサーヴァントの魂を取り込んだことで更に体調を悪化させ、倒れてしまった。

セイバーが介抱している姿を……先ほどから一歩も動かずにその場に立っていた刃夜が……

 

最後にアイリへと……言葉を投げかける。

 

 

 

どうしても聞かなければいけないことがあったため……力を行使する。

 

 

 

『アイリスフィール。お前は本当に消えていいのか?』

 

 

 

耳に響いたその言葉に驚きながらも、その言葉の意味を考え……そして実際に起きている体の変調により「人としての死」を実際に感じて……

 

 

 

アイリは今までとは別の意味で顔を歪ませた。

 

 

 

はい、了解

 

 

 

そのアイリに対して得心するように刃夜は一つ頷いて……今度こそこの場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




短い文章が守れなくなってきましたが、

何とか短め更新は維持したいと思っております

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