さて……勝負というからやってきたのだが……
深夜の深い闇の中。
その闇を更に濃くする木々が見える山の中腹にある山間を繫ぐための道路に、刃夜は宙に寝袋で浮いて寝ている桜と共にやってきていた。
宴会の後にライダーから勝負を持ちかけられて、刃夜はそれを疑うことなく承諾し、指定された場所であるこの場所へと訪れていた。
周囲には当然だが人はおらず、また大きめの道路だがこの時間帯にはほとんど交通がないらしく、冬と言うことも相まって実に静かな状況だった。
そして片側二車線の車道。
実にライダーに有利な戦場と言っていいだろう。
ちなみに徒歩の場合かなりの時間を有する場所だった。
刃夜は車の免許、オートバイの免許(大型含む)、挙げ句の果てには重機の免許も一部持っていた……また長年勝手に乗り回しているので、大概の乗り物は無免許ではあるが、普通に運転が出来る……が、当然初めて来たこの世界には刃夜が所有している運転できる乗り物など存在しない。
雁夜にバイク辺りを購入してもらうことも考えた刃夜だったが……さすがにそれは憚られたためやめておいた。
まぁライダーと勝負するからといえど、乗り物がなきゃいけないってことはないしな
刃夜としても別段あれば便利と言うだけで、乗り物関係はあまり必要性を感じていなかった。
何せ自分で走り回った方が速いのだから。
ついでにいえば、いつ別の世界に行くのかも不明なため、必要不可欠なもの以外は持たないようにしていた。
が……
でも出来たら久しぶりにバイク乗りたかったなぁ……
と思っていたりもする。
気と魔力によって強化された身体能力と防護膜で、仮に時速二百キロで壁に激突しても怪我をしないので、事故による後遺症などを気にせず速度を出して運転することが出来る。
その際はナンバープレートを外して警察などに、足が付かないようにしていたりする。
そして仮に警察に追い詰められてもバイクを捨てるか、もしくはバイクを担いでバイク以上の速度で脱兎のごとく逃げ出す……もはやバイクに乗る意味がほとんどない……こともできる。
実際その方法で何度か警察を巻いたりしていた。
強引な運転が出来ると言うだけで、決して運転技量が並外れいてる訳ではない。
そのため当然だが騎乗スキルもない。
閑話休題。
そうして誰もいない深夜の道路で、ぼけっとしていると……遙か空より雷光を瞬かせて宙より飛来する、巨大な戦車が舞い降りてきた。
「よくぞ来てくれた、ジンヤよ!」
「そら勝負を挑まれたら来ないわけにはいかないだろう。それに相手がライダー……イスカンダルとあってはなおさらな」
そう言いながら、刃夜は左腕を軽く握り込み、その手に刀蔵より取り出した刃渡り五尺の野太刀を手にした。
身幅も重ねも厚い……まさに剛刀と言っていい、そんな野太刀だ。
そして鞘から抜き放ち、長い鞘をくくりつけられた紐で背負う。
悠然と立ちながらも、その佇まいに一部の隙もなかった。
その様子を、ライダーの戦車に乗っているマスター……ウェイバーも見ており、感じ取れた。
刃夜がただ者ではないということに。
確かに型破りな存在だとは思っていた。
酒を普通に渡してくる。
飯を振る舞って宴会をする。
他にも巨大な刀を振り回したり等、様々なことを行ってきた。
だが初めてだったのだ。
刃夜が明確に敵意を向けてくるのは。
倒すべき敵であると……ライダーと相対したのだ。
その強大な殺意と膨大な魔力を目の当たりにして、距離があるにもかかわらずウェイバーは恐怖で震えた。
「ら、ライダー……」
声も体も震わせながら、か細い声でウェイバーは自らのサーヴァントを呼んだ。
その当のライダーは……刃夜の殺意にあてられて、同じように戦意が昂揚していた。
「余との戦いにそこまで震わせるかジンヤよ! よかろう! 貴様を屈服させるために、余も力の限りに貴様を討とう!」
腰の帯剣を抜き放ち……戦車の手綱を振り下ろす。
その隣で、こんなにも昂揚し……何より嬉しそうにしているライダーの姿を見て、ウェイバーはまた胸にもやもやとした何かが渦巻いていることに気がついた。
ライダーが何故ここまで昂揚しているのかはわからなかった。
だが、ライダーを昂揚させている存在が何なのかは……考えるまでもなかった。
先ほどまで見ることも難しかった自らの正面……神代の牛に引かれし紛れもない宝具に、身一つと野太刀で佇む存在を見据えた。
本人の言葉を信じるのであれば現代の人間。
その言動の端々に、確かに現代のことを知っているというのがかいま見えた。
そしてそれ以上に、長い年月を修行してきたということを納得させる技術の数々。
何よりも……その修行と技術
そして心胆によって宝具に生身一つで立ち向かうという心と勇気。
その刃夜を見て……
ウェイバーは悔しいと……
そう素直に思った。
「征くぞ! ジンヤ!」
「かかってこい……征服王!」
「
突撃の合図は、ライダーの宝具の真名解放だった。
解き放たれた魔力と真名。
猛然と雷を放ち、戦車は戦場を疾駆する。
速さがあった。
何よりも力があった。
この戦車に吹き飛ばされては、その全てを粉砕されるであろう事が容易に想像できるほどに。
だがその戦車が突進してくる状況でも、刃夜は一歩も動かなかった。
それどころか手にしていた野太刀を宙へと放り投げて、驚くべき事に四股を踏んだ。
右足を高く振り上げて、地面へと打ち付ける。
左足も同様に高く振り上げて……地面へと踏み込ませた。
その四股は山を振動させるほどの力を秘めていた。
実際刃夜の足下は、足首までアスファルトを陥没させている。
自分自身を固定するかのように。
そして宙へと上げているため自由になった両手を広げた。
「こぉい!!!!」
怒号。
それだけで人が気絶するほどの気迫と声量。
そして空の手を上へと振り上げる。
まるで見えない野太刀を最上段に構えたかのようだった。
「AAAALaLaLaLaLaLaLaie!!!!!」
征服王が咆える。
刃夜の行動の意味を考えることなどしない。
する必要がない。
今はただ、刃夜を屈服させて自らの配下に加えるための勝負をしているのだ。
故に、刃夜の行動が全く意味がないとは思っていなかった。
そして今のこの状況で卑怯な事をしてくるつもりがないことは、先ほどの刃夜の怒号に込められた気迫で直ぐに理解できる。
故に……今はただ刃夜を倒すことだけを考える。
昼間に刃夜より飲まされた薬と刃夜の料理で、体の魔力は荒れ狂うほどの猛りを見せている。
気分も、魔力も……最高だった。
故に、この勝負に負ければ、互いに互いが納得するしかない。
そんな状況だ。
故に、ライダーは刃夜を殺すつもりで倒しにかかっていた。
後一丈もない程の距離。
そのとき、刃夜の手にまるで吸い込まれるかのように……
先ほど刃夜が宙に放った野太刀が……
宙より降ってくる
その野太刀の柄をしかと握り絞めて……
刃夜が咆えた。
「剛刀、撃月【廿】……縦閃!!!!」
まさにそれは閃光だった。
闇夜の僅かな光を、その刀身の鋼が反射し……光にも迫るほどの速さで振るわれた野太刀。
野太刀に纏わせた膨大な気と魔力が、
ライダーの宝具を纏う膨大な魔力と激突する。
!!!!!
先程の刃夜が地面へと踏みつけた音とはまた別種の音が……辺りの空間を震わせる。
その音が鳴りやまず、続いている。
驚くべき事に、戦車と刃夜の大上段の切り下ろしが、
拮抗していたのだ。
「づあぁぁぁぁ!」
「ぬぅぅぅぅ!」
戦車と野太刀の拮抗。
互いの魔力の壁がぶつかり合って、互いをつぶさんとしている。
その状況に陥り……ライダーは驚愕し、瞠目していた。
我が戦車の突撃を……よもや体一つで止められる者がいようとは!?
確かに拮抗している。
戦車と野太刀がぶつかり合って、その力を遺憾なく発揮していた。
だが違うのだ。
ライダーは戦車の真名解放を行った上での戦車の突撃だ。
しかし刃夜はただ渾身の力を用いて野太刀を振り下ろしたにすぎない。
サーヴァントの切り札とも言える真名解放を行っていない。
それは秘められた魔力を爆発させずして、ライダーの宝具と拮抗していることになる。
この光景を他のサーヴァントが見ても驚愕したことだろう。
だが、それは長く続かなかった。
「ぐっ!」
拮抗していたが徐々に徐々に……刃夜が押され始める。
そしていざ拮抗が崩れると、決壊するかのように刃夜が体勢を崩し、
吹っ飛ばされた。
だが本当に吹っ飛んだだけで、怪我を負っている様子はなかった。
刃夜とライダーの魔力をまともに受けていた野太刀には、刃こぼれすらもなかった。
いわば刃夜自身の完全なる力負けだった。
そばで宙に浮いていた桜も、ふき飛ばされている刃夜とまるで見えない何かがで繋がっているかのように、刃夜の後をついて行っていた。
勢いを殺しつつ戦車を反転させながら、ライダーは注意深く刃夜を観察し、全く傷を負わせていないことを明確に察して……歯がみした。
よもや真名解放の余の戦車とまともにぶつかり合って、かすり傷すらも負わぬとは……
反転を終え、再度突撃の準備を整えながら、刃夜をどう倒すべきかライダーが思案する。
その隣で、ウェイバーが不思議そうにライダーへと問いをかけた。
「ライダー、
今の
刃夜との宴会と、宴会前に飲まされた薬によって、ウェイバーもライダーも魔力は充ち満ちている。
何よりもライダーが刃夜を殺すつもりで倒そうとしていたのも十分に理解できた。
そうでなければ倒せないと理解しているからだ。
魔力も気力も充実しての一撃。
確かに勝負には勝ったと言っていいかも知れない。
だがそれではダメなのだ。
少なくとも今の一撃で刃夜は怪我の一つも負ってない。
そして空中で器用に体勢を整えて足から地面に着地し、数百メートル離れた距離からもわかるほどに鋭い眼光を自分たちへと向けてきている。
それを少しでも感じ取れれば、刃夜が心でも負けていないことなど考えるまでもなかった。
故に、同じ事を繰り返しても無駄だと思ったのだ。
ウェイバーは。
ライダーも正直なところ、ウェイバーと同意見だった。
だが……それではダメなのだ。
「ジンヤには使わん。いや、使えないのだ」
「使えない?」
使えないという言葉に、ウェイバーが思考を巡らせる。
もしかして……アーチャーを相手にすることを考えているのか?
この聖杯戦争において、もっとも強敵だと言えるのは間違いなくアーチャー
セイバーの
だがそれ以上に脅威を覚えていたのはアーチャーだ。
それは戦闘において素人であるウェイバーにもわかっていた。
故に、この戦闘に全力を出すことが出来ないのだという意味だとウェイバーは思った。
それも大きな理由の一つだった。
だが違ったのだ。
「確かに
「ダメ?」
勝てないではなく、ダメであるという言葉の意味が理解できず、へたり込んだ姿勢のまま……ウェイバーは前に立つライダーの横顔を見た。
その顔には……険しくも、実に嬉しそうに野趣溢れる笑みを浮かべたライダーの横顔があった。
「あやつ……ジンヤは間違いなく一級の戦士であり、武器を造る者だ。あれを配下に加えようとするのであれば、余が臣下達の力を借りてはダメだ。出なければあやつが納得せんだろう」
再度の突撃のために力をためながら……豪快にライダーは笑っていた。
だがその笑みに嫌な感情も焦燥もない。
「なによりな……」
へたり込んでしまっているウェイバーに視線を向けて、ライダーはニヤリと笑った。
その笑みは本当に楽しそうで、おもしろそうで……
まるで子供のような純真な笑みをしていた。
「何よりも、余自身が納得出来ん。あやつは余が直々に征服すると決めたのだ。余が全力を持って征服し部下に加えたいと思った男。そやつとの差しの勝負に……臣下はいらぬ」
その子供のような純粋な笑みには
ただただ……刃夜を屈服させたい、征服したいという……
ライダーのそんな野蛮じみた想いだけがあった。
その笑みを見て、今度こそウェイバーは自身の胸の痛みを理解した。
羨んでいるのだと……そう思ったのだ。
自分はライダーのマスターでしかない。
嫌われてはいないことはウェイバーもわかっていた。
だが、ジンヤと自身とでライダーが扱いを変えているのはわかっていた。
間違いなく、ライダーはジンヤのことを欲しいと思っているのだ。
なんとしてでも手に入れて見せると……そういう強い思いを抱いている。
それが羨ましいと……ウェイバーは理解した。
何だよ……それは……
自分がそう思っていることに憮然としながらも、だが妙に納得している自分がいることも、ウェイバーはわかっていた。
わかってはいたが……なぜそう思っているかはまったく理解できなかった。
しかし考えている時間は与えられなかった。
ライダーが突撃の準備を終えたからだ。
「再び征くぞジンヤよ! 先ほどよりも練り上げた余の戦車で、挽きつぶしてやろう! 一度でダメなら二度。二度でダメなら三度で! 何度でも突撃し、貴様を屈服させてくれる!」
ライダーが咆えた。
その思いに呼応するように
この場だけ、まるで昼間になったかのように激しく鋭く、力強く稲妻が走る。
その力を全て乗せて……ライダーは再度叫ぶ。
「AAAALaLaLaLaLaLaLaie!!!!!」
そしてその渾身の一撃とも言える突進。
ライダーの咆吼。
唸りを上げる
戦車の上にいるため、ウェイバーはそれ以外の音も、光も見えないはずだった。
だが……ライダーの突撃によって近づいていく刃夜に目を向けると……
何故か聞こえたのだ。
見えたのだ。
刃夜がぼそりと……着地し、頭を下げて跪いている姿勢で僅かに上げた頭から覗かせる口元が動き……
呟いたのが。
「俺個人では……力でも
そんな呟きが聞こえた気がした。
そして何故聞こえたのかと考えていると……刃夜が跪いたまま右手を握って使用した剛剣の野太刀をしまう。
消えるのとほぼ同じ速度で、刃夜は左手を握り……再び刀を取り出した。
見る限り刃渡りは先ほどの剛剣の野太刀とほとんど変わらなかった。
だが先ほどの刀よりも遙かに鋭さを感じさせた。
見ただけで、ゾクリと……本能が恐怖を覚えるほどに。
鞘から抜いて鞘を宙へと放り投げると同時に……刃夜が伏せた。
否、伏せたと見まがうほどに体勢を低くしたのだ。
おそらくそこまで背が高くないウェイバーの膝下まで、体勢を落としているだろう。
思わず戦車から乗り上げなければ、刃夜の姿が見えないほどに。
そして刃夜はその低姿勢のままに突進してきた。
突進し、後僅かで戦車とぶつかるであろう一瞬前に、僅かに角度を横へとつける。
正面衝突を狙っていたと臭わせた虚。
そしてその低い姿勢のまま、手にした刃渡り五尺の野太刀を、突撃してきたライダーの宝具へ振り抜いた。
「斬刀、
その閃きは……見ることすらも叶わず……
まるで宵闇にとけ込むかのようだった。
何より、先ほどと違い、ライダーの宝具
その薄い刀は、ただただ静かに、空を疾った。
左に凪ぎ払われた野太刀の勢いと重さで、刃夜が地面で独楽のように回転する。
だがすぐにぴたりと、急制動すると同時に、手にした野太刀を高くまっすぐに上げる。
するとその野太刀に吸い込まれるように、鞘が空から降ってきて……綺麗に納刀された。
鋭く、小さな金属音が、はっきりと刃夜の周りの僅かな空間を震わせる。
その音が引き金だったかのように……ライダーの宝具が
「!? なんと!?」
「うわゎゎ!!!!」
車輪と御者席を見事に斬り飛ばしたのだ。
神牛が足を振り上げたその瞬間を狙って野太刀をくぐらせて、そこから跳ね上がるように野太刀を斜め上へと振り抜いたのだ。
ライダーの宝具の戦車の台座が、その纏っていた魔力事刃夜の刀に切断された。
直ぐに形を維持できなくなり、ライダーの宝具は魔力の霧となって宙へと消えた。
その一瞬前に、ライダーはウェイバーを抱えて跳んでおり、地面へとたたきつけられるのを回避していた。
ウェイバーも、そしてライダーも……何をされたのか全く理解できなかった。
だが、振り抜かれた刀で宝具を切られたことだけは、直ぐに理解ができた。
そしてこの結果を見れば誰もがわかる。
何よりライダー自身が認めるしかない。
この勝負に……自らが敗北したのだと。
しばしウェイバーは何が起きたのか理解できなかった。
だがそれも僅かばかりの時間だ。
さしものウェイバーも、自らが戦う者ではないにしても、この状態がまずいことは重々理解できた。
こちらは無傷だが戦車がなくなった分、不利になった。
そして当然だが……勝負に勝った刃夜は無傷であり消耗もない。
戦車を失った今、「ライダー」として現界しているイスカンダルは、そこまで強くはない。
正しくはイスカンダル単体では余り強くないと言うべきだろう。
だがそれでも何ら問題がなかった。
何せまだイスカンダルにはあのアーチャーですらも認めた宝具
だが
イスカンダルも優れた戦士ではあるが、白兵戦においてはそこまで強い部類ではない。
対して刃夜は「造る者」だが、「戦うことも出来る者」だ。
それもかなり上に位置する絶対的な強者である。
ただの強者でしかないイスカンダルではどうしようもないだろう。
故に、マスターとしてウェイバーが言うことは一つしかない。
「ライダー!
だがこの言葉に、ライダーは……イスカンダルは小さくだがしっかりと首を横に振った。
「ダメだ」
「何故!?」
「アレを使う相手は……すでに決まっておる」
ウェイバーを地面へと下ろしながら、ライダーは腰の帯剣に手を伸ばした。
そして力強く抜き放ち、前へと躍り出た。
どうやら意地でも引かぬつもりらしい。
戦車での戦いに負けてなお、ライダーは刃夜に挑もうとしている。
己が負けないために。
そして己のマスターのために。
ライダーは剣を取っていた。
だがその胸中を……ウェイバーは明確には理解していなかった。
そんなにあいつがいいのかよ……
ただ刃夜に負けないために……刃夜を欲するが故の行動だと思ってしまったのだ。
それがあるのも間違いなかったが、しかしそれだけではないことをウェイバーは見抜くことが出来なかった。
だがそれも無理からぬ事だろう。
ウェイバーには圧倒的に経験が足りていないのだから。
そんな中、着地した刃夜はライダーにもウェイバーにも目もくれずに……ぶつぶつと自問自答を繰り返していた。
「確かに斬のが出来は良かった。「御」の字をあてたのもある。だが何故「廿」が劣った? 俺の力不足もあるだろうが……競り負けたことは事実。刀身に全く問題がないとはいえ……「廿」で行けると思ったが、勝てなかったことを見抜けなかった。「廿」を選択したこと、見抜けなかったことでどっこいどっこいか……」
な~にをぶつぶつ言っとるんだ?
どうやら刃夜から戦闘の意志が半ば抜けているということを、ライダーは遠目に観察しながら感じ取っていた。
それを証明するように、ライダーが抜剣したということにも目もくれず、ただただ跪きながら一人事をくりかえす。
だがやがて、悔しそうに拳を地面へとたたきつけて、立ち上がった。
もう戦う気がないとでもいいたいのか、刃夜は刀を虚空へとしまっていた。
「どういうつもりだ? ジンヤよ」
さしものライダーもこれは少々不愉快だったのか、いぶかしげに眉をひそめた。
そのライダーに対して刃夜は降参とでもいうように、両の手を挙げていた。
だが、その仕草には馬鹿にした雰囲気はなく、本当に心から「参った」と言っている様子だった。
「すまないライダー。そんなつもりはなかったのだが、お前のことを見くびっていたようだ」
「何?」
言っている意味が理解できないのだろう。
それはそうだ。
真名解放をした宝具を切り裂いておきながら、降参する理由がどこにあるのか?
さらに言えば見くびっていると理由もなく言われても、首を傾げるしかないだろう。
それを説明するかのように、刃夜は先ほど最初に取り出した、剛刀を左手に出現させた。
「この刀で、お前に勝てるとふんだんだが……どうやら観察眼も、俺自身の「力」も、鍛造の腕もまだまだなようだ」
「……ふむ」
見くびったわけでもなく、侮ったわけでもない。
ただ自分が鍛え上げた刀と己だけの力で、勝てると判断したが、その判断が謝っていたと言っているのだ。
そう言われても、普通であれば怒っても無理はない状況だろう。
だが、ライダーは怒らずに納得していた。
自分から見ても今刃夜が使用した刀二振りは、確かに今まで見てきたいくつかの刀よりも出来が良いと、ライダーでも判断できる程に輝いて見えていたのだから。
「だからこの勝負は間違いなく、俺の負けだ」
「ふむ。……まぁ貴様が言うのならこれはそれで良いのだが。しかしそうなるとお前……余の部下になると言うことになるが、いいのか?」
先ほどまで確かに殺し合い……といっても、刃夜もライダーも、互いを「生命的に」殺すつもりは欠片もなかったわけだが……をしていたというのに、半ば親しげに会話を行うものだから、ウェイバーとしては少々呆れてしまうものだった。
「うーん。それを言われると俺としても困るんだが……だが、約束を反故にするつもりはないが受け入れるわけにもいか――」
そう言っていた刃夜だったが、ふと何かに気付いたかのように……あらぬ方角へと目を向けた。
その横顔には……驚愕と、焦りの感情が色濃く浮かんでいた。
「何だと……」
「? どうしたジンヤ?」
「すまないライダー、急用が出来た。失礼する!」
そう言い捨てると、ライダーの返事も聞かずに刃夜はすっ飛んで冬木へと向かっていった。
止める間もなかったため、ライダーもウェイバーもただただ茫然とするしかない。
「どうしたんだ? あいつ?」
「さぁなぁ? だが余の戦車にまともにぶつかって全く損傷しない刀に、余の戦車を切り裂いたあの刀。どちらも刃夜が鍛えた刀なのは、奴の態度を見れば間違いない。更に欲しくなったぞ、ジンヤよ」
普通に考えれば怒ってもいい場面なのだが……それでもライダーはジンヤに対して更に部下に加えたいという欲望を抱いたようだった。
その様子に呆れながら、そして……嫉妬しながらウェイバーはため息を吐くしかなかった。
そしてふと気がついた。
「ところでライダー。僕らは……ここからどうやって帰るんだ?」
「そりゃまぁ……歩くしかないわな」
「……だよなぁ」
深夜の山の中腹部。
いくら道路のためライトがあるとはいえ、周りには人の気配など当然微塵もない。
遙か彼方の新都の光が眩しく見えるくらいだ。
その光景を遠望しながら……ウェイバーはただただこれから始まる長い徒歩の事を考えて、大いに肩を落とすしかなかった。
ライダーとの戦いで精神分身体を一度完全に撤退させた。
それは間違いなかった。
だから反応が後れたのか?
いや、それは言い訳にしかすぎなかった。
ライダーとの全力でのぶつかりあい。
余力を残す余裕が余りなかったのだ。
故に反応が後れたのだろう。
そう分析は出来る。
だがその分析は、当然ながら結果と過程を考え、判明するだけで、今自らの目の前の結果に影響を及ぼすことはなかった。
「……遠坂……時臣」
一度桜ちゃんを家に戻した。
さすがにこの光景を起きていなくても、同じ空間に行かせることが躊躇われたから。
だが、一度桜ちゃんを家に戻すという行為をした時点でわかっていたのかも知れない。
すでに、手遅れなのだと。
気付いていたのだ。
俺は……
刃夜はただ静かに、遠坂邸の時臣の居室へと不法侵入を行い……その床に染まった赤い血を見下ろしていた。
当然ながら遺体はない。
ただ赤い絨毯を更に赤く染めた命の液体が……床に広がっているだけだ。
その量は、絨毯に染みこんだ分を含めれば明らかに致命的な失血量だ。
何よりもその空間に漂う、死の気配を……刃夜が感じ取れないわけがなかった。
「……くそっ」
ただ僅かばかり悔しそうに……刃夜はそう一言呟いていた。
正直な話、刃夜としては別段時臣自身についてはどうでも良かった。
興味がないといってもいいくらいだった。
何せ刃夜は時臣と直に顔を合わせたことはないのだから。
間桐臓硯を葬る際に屋上でバーサーカーと共同作業をしていた時に初めて、同じ空間にいたのだが、そのときは刃夜も作業に集中していたため、意識が朦朧としている存在などどうでもよかった。
だが、それはあくまでも「刃夜にとって」どうでもいいというだけであり、
「遠坂時臣」が、どうでもいい存在という訳ではないのだ。
『安心しろ。あいつと同じ事をいうが、必ず桜ちゃんは救って見せよう。無論、雁夜も……まぁお前の夫もな』
それは、凜を助けた時、凜を探しに来た遠坂葵へと放った、刃夜の言葉。
桜と凜の……幼い姉妹の父親。
確かに立場的に敵ではあった。
刃夜が敵対視をしてないといえども、それでも相手は間違いなく刃夜を敵とみていた。
刃夜も本来であれば、敵意を向けてきた相手を倒すないし殺すのが普通だった。
だが、遠坂時臣だけは殺すわけには……死なせるわけにはいかなかったのだ。
確かに刃夜にとっては心底どうでもいい存在だ。
桜をあんな目に遭わせたという感情がないわけでもないが、しかしそれでも自身が雁夜に言ったように、時臣がその行為を強要したわけではない。
当然怒る部分もあるにはあったが、殺すほどではなかった。
だが、まだ幼い姉妹の父親を死なせたくないと思っていたのも事実だった。
桜のために、時臣を殺したくはなかったのだ。
雁夜に言い聞かせたように、桜のために……
桜がどのような感情を抱いても、ぶつける相手がいるために……
時臣を生かしておきたかったのだ。
……油断したか
精神分身体で見張っている事で安心していた……侮っていたと、刃夜も認識せざるを得なかった。
厄介なサーヴァントがそばにいるとは思っていた。
だが厄介なサーヴァントは明らかな強者だった。
故に早々負けることはないと踏んでいたのだ。
また、精神分身体で見たアーチャーと時臣の精神の色は、あってなくもなかったのだ。
故に……死ぬことはないと踏んでいたのだが、甘かった。
黒印騎士団の友よ……。お前と同じように死者の声が聞けたのなら、会話が出来るのなら……時臣に事実を伝えることも、家族に言葉も残すことも出来たのだろうな……
遠い過去……友となった男の背中を、刃夜はふと脳裏に思い出していた。
死者の声を聞き、死者の魂に形と力を与えて、魂が自らを弔う事が出来る……そんな不思議な能力を持った友のことを。
寡黙ながらも敵味方関係なく、死者の弔いをする……優しい男だった。
とある限定的な条件下であれば、刃夜もその能力を使用することが出来たが、この世界では出来ない芸当だった。
死なせてしまったという油断と、何もすることが出来ない自分の無能さが悔しいのか……刃夜はただただ静かに歯を食いしばっていた。
だが耐えることが出来ず、自らに対する怒りか……刃夜は先ほど地面を殴ったときと同じように、血に染まった絨毯を殴っていた。
一夜に二度もヘマをすると、やはりそれなりにへこむな……
濡れた絨毯の血が打ち付けた刃夜の拳に付着した。
その手に付いた血を見つめて……刃夜はため息を吐くと同時に紅の炎を出現させて、その付着した血を瞬時に蒸発させた。
そしてその熱が消えないうちに……静かに黙祷を捧げた。
「……」
何も言うことはなかった。
何も言えなかった。
言う資格など、あるはずもなかった。
助けるつもりだったはずだというのに……死なせてしまった刃夜には。
そして、この状況を……時臣を死なせた存在が誰であるのか、刃夜は正確に見抜いていた。
さて、あいつが相手となると、俺も全力で挑まねばなるまいが……
刃夜が握りしめた拳が、僅かに震えていた。
それが恐怖によるものなのか?
それとも怒りによるものなのか?
もしくは……興奮によるものなのかは……
刃夜以外にはわからなかった。
一月以上放置してました
申し訳ない
文章が思い浮かばず充電期間に入っておりました
ですがようやく書けましたので一話上げさせていただきます
んで、また少し期間を空けるかも知れません
ある程度書いてますが、ここまで来たらもう書きたいところまで書いて終わらせます
五次聖杯の時ほど空けるつもりではないので(一応……)
どんなに時間がかかっても半年とかは空けないので(たぶん)
五次聖杯の時との決定的な違いは、心が充ち満ちて余裕があることです(これは本当)
故に時間はそうかからないと思います
たまにで良いので、覗いてやってください