その花火は実に奇妙な物だった。
何せ火の玉が上がったというよりも、まるで火の波動が広がるかのような
燃えたぎり、広がる焔のように、宙に花を咲かせていったのだから。
当然だが、そんな花火などあるはずがない。
魔力を大量に放っていた強大な力だった。
その時点で……誰がその花火を上げたのか?
誰が全ての存在に喧嘩を売ったのかなど、考えるまでもなかった。
特に切嗣やセイバーは、その炎に助けられたことも、行動を妨害されたこともある。
わからないわけがなかった。
「あれは……」
少し離れた山頂……柳洞寺より放たれた宣戦布告。
その炎を、何とか起こせるようになった体を動かして、アイリが見上げている。
そしてその宣戦布告を見上げるのは当然だがアイリだけではない。
……動き出したか
夜に向けて武装の準備を進めていた、壊れそうな人が。
……あの魔力は、ジンヤか
月明かりの下……中庭で静かに瞑想をしている、間違いをさらなる間違いで正そうとする騎士が。
「ほう……あれは、ジンヤが犯人か?」
寄生している老夫婦の庭先で、夜空を見上げる先導者が。
「……かかってこいだって?」
未熟ながらも、それでも何かを掴もうとしている青年が。
「仕掛けてきたか……」
教会で神へと祈りを捧げていた、壊れかけの人形が。
そして……
「ようやく動いたか小僧。ここまで大々的に挑発するとは、我も思わなかったぞ」
自らの昂ぶりを抑えている……我王が。
聖杯戦争に関係する全ての存在が、刃夜が打ち上げた挑戦状を見上げている。
他者からのメッセージを……それも挑発を王が見上げる事は本来であればあって良いことではない。
正しくは看過するはずがない。
だがその愚かな挑発行為を、アーチャーは是とした。
賊を誅罰するということ。
相手が刃夜であると言うこと。
そして自分でも不可思議な程の高揚感。
これらが全て合わさって、ギルガメッシュの気分は最高潮へと達していた。
「コトミネ」
「何だ、ギルガメッシュ」
だが誅罰を下すべき相手は一人ではない。
残ったサーヴァントのうち、二騎は確実に己自身が手を下さねば気が済まなかった。
そのために、アーチャーであるギルガメッシュも下準備……というよりも純粋に魔力が必要だった。
「我が宝具を使う際は、令呪を純粋な魔力として我に献上せよ」
「ほう? そんなに膨大な魔力が必要なのか?」
「あぁ。我自ら直々に手を下さなければいけない賊が二人もいるのでな。我としても少々自分だけの貯蔵魔力では不安が残る。父親から過去の聖杯戦争の余剰令呪を受け取ったのだ。不可能ではあるまい?」
「あぁ、いいだろう」
断る理由が言峰としても見あたらなかったため、アーチャーの提案には素直に首を縦に振った。
言峰自身も、自らの昂ぶりを抑えるのに必死になっていたからだ。
長年の探求の果てに見つけた、敵対者。
もしかしたら自分の答えが見つかるかもしてないという期待。
この聖杯戦争において、新たに遠坂時臣を殺すことで新たに生まれたアーチャー組。
この組が今残っている聖杯戦争の参加者の二人組ではもっとも強いだろう。
だが、強さが全てではないのだ。
無論、戦いに勝つためには強くあることは重要だが、最重要というわけではない。
魔術師としては下の中の下。
だがその信念のみで責め苦に耐え抜いて、未だ聖杯戦争参加者として生き残っている雁夜の様に。
気持ちはあれど実力はまだ幼く、だが相棒の強さと、自らの気持ちで最大の敵に挑もうとしているウェイバーの様に。
実力もある、容赦もなく冷徹であり合理的である。
だがそれでも……最後の一線を越えず壊れず、戦い続けている戦闘機械が、未だ他の相手を殺せてないように。
そして……下地こそあっても、実力的にはいつ死んでもおかしくなかった青年が……
力を身に着けて他者を救っているように。
力が全てではない。
力が全てでいいわけがない。
それを黒紫の騎士と、一人の鍛造士が……
他の者達にそれを教える。
無論二人にそのつもりはない。
結果的にそうなるだけだ。
だがその教えは強固な意志と想いとなって……その者を救い、その者が、更に多くの人を救うだろう。
その開拓をする者が……動き出した。
といっても……
まぁ特殊工作に走りますが……
山門へと続く長い石段の途中から山に入り、刃夜は黒い、暗い……闇の地獄の釜へと続く裏道へと続く場所へたどり着くための案内板を作っていた。
といっても直ぐに見えない様に工作をしているのだが。
更に山門の中の門扉側に和紙を貼り付けて、気を込めた筆と墨で文字を描く。
『山門へと続く石段中腹辺りで左に曲がって地下へと続く道へ進め』
これで舞台は整ったと……
「このことは内緒にしておいてくれよ」
「あぁ……」
背後の参拝所のそば……脇に兜を携えて佇む黒紫の騎士がいた。
最近は被っていなかった兜を脇に携えて、ただそこにいるだけだった。
「……」
「……」
二人はそれ以上言葉を紡がない。
否、正しくは刃夜にはかける言葉が見あたらなかった。
もっと正しく言うのであれば……言葉をかける言葉が見あたらないのだ。
今この場で……
決闘場所と決めたこの場所で、次の場所へと誘う言葉を書いた文を残す。
そして文を差し出す相手が……黒紫の騎士でないことは、
今の状況を見れば誰にでもわかることだった。
何度もしてきたが……慣れることはないし、慣れるつもりもないが……
刃夜としても自分がひどいことをしているつもりはわかっていた。
だがそれでも自らが描いた絵を……目的を達成するために実行することを厭わなかった。
やると決めたのだから。
だがそれでも自らがやる外道行為を慣れたくもなく、慣れたいとも思っていない。
「悔しいが、クラススキルを失ってしまった私では我が王にも、当然……ジンヤにも、勝つことは出来ないだろう」
黒紫の騎士は……兜を携えていない右の手の平を、じっと静かに見下ろした。
その目に悲壮はなく、ただただ静かに自らの手を見つめているだけだった。
仕草にも、その体からも……何も感じさせなかった。
ただ静かにそこにいる。
最初は狂いたいがために、召喚に応じた。
狂って
壊して
全てを壊して
全てを狂わせて……
全てが狂えば……狂わせてしまった何かが元に戻るかも知れないと。
そう思った。
そして狂った思考の中で、全てが霞み、全てが闇に覆われて……全てを狂気で満たした
全てが霞み闇に閉ざされてなお……それでもこの仮初めの生に……
輝ける金色の光を見つけた。
その輝きがあまりにも眩しすぎて……その輝きを消滅させたかった。
だが叶わなかった。
他の闇に邪魔をされて。
そして……
目の前に男に……出会ったのだったな……
自らの右の手のひらを見下ろしていた目を……顔を上げて、黒紫の騎士はその相手を見つめた。
長大な超野太刀を左手で持ち肩に乗せながら、山門の裏側に貼り付けた和紙に右手の毛筆で文字を書いている男。
鉄刃夜。
刃夜が手にした禍々しい超野太刀で、全てを狂わされた。
いや、もしかしたら全てを狂わされたのが再び狂って……戻ったのかもしれない。
結果論だが、今は黒紫の騎士は……
円卓の騎士、ランスロットはそう思えた。
全ての闇を……狂気を喰われてこの場にいる。
狂ったのは事実だ。
今の仮初めの生も……
自らの生涯も。
裏切り狂って。
それでも今こうしてここにいた。
考える時間を与えられた。
ただただ考えるだけだった。
それでも一つの答えを導き出せた。
自らの……気持ちで。
だからここから先は、誰のためでもない、自分のための戦いなのだ。
無論、ランスロットも刃夜が何を狙っているのかもわかっていた。
それでも、自らの目的のために、その兜を……
狂気の
それは決別の証。
狂気を奪い取られてから、刃夜の前では決して被らなかった狂気。
狂気を顕した兜。
バーサーカーとして顕現した姿。
つまり……敵対していた時の姿だ。
その意図を察して……刃夜は右手で持っている毛筆をバーサーカーへと投げ捨てる。
弧を描き飛んでいく毛筆が、二人のちょうど中間点の距離で、紅の炎に一瞬にして消滅させられた。
二人は互いに互いの意志を確認した。
「……雁夜」
「……なんだ刃夜?」
バーサーカーのそばで佇んでいる雁夜。
空だったり、中身が入ったりしている小瓶がいくつも入った黒い買い物バッグを提げている。
更に右手に黒い布の双剣が収まったシースを手にしている。
「腹がタプタプだろうからあまり動くなよ。封絶の貯蔵魔力はそいつ自身が限界と感じるまで使ってくれ。封絶、大丈夫だとは思うが魔力使い切って意志なくすとかヘマするなよ?」
『馬鹿にしないでもらいたいな。仕手も十分に気をつけろ』
「おう」
そして刃夜は背を向けた。
だが別れを惜しむかのように……刃夜は一言だけ、言葉を放った。
「がんばれよ」
その返事は必要ないと言うように、直ぐに歩いていき石段を下っていく。
これが、刃夜とランスロットの別れとなった。
言葉を残して、刃夜は疾走した。
自らの戦場へと。
それぞれがそれぞれの目的へと向かって走っていく。
現界した愛馬に跨り、疾駆する二人。
賊を駆るために黄金の舟で移動する、我王。
自らの国を救うために走る王。
全ての怨嗟を終わらせるために走る男。
探求の果てを望む男。
そして己が目的のために、走る男。
だが刃夜の足を持ってしても、間に合わなかった。
否、間に合わせようと思えば間に合っただろう。
だが刃夜には今宵も全力で戦うわけには行かない理由があった。
故に、自らの気力を駆使して走ったが……そのときにはすでに決着が付いてしまっていた。
征服の王と、英雄の王との……死闘が。
イスカンダルとギルガメッシュの死闘は、当然のことながら、最大戦力のぶつかり合いとなった
征服王イスカンダルの最強宝具、対軍宝具
英雄王ギルガメッシュの最強宝具、対界宝具
最大にして最強同士の力のぶつかりあいは……たった一振りの剣によって、勝敗が決した
最大にして最強の力を破られてしまった以上、敗北は必至
だがそれがどうしたというのか?
挑むべき敵がいる
自らも、そして相手も認めた申し分のない敵
敵へと迫り、戦っても敗北は必至
何せライダー……イスカンダルは戦略家であって、戦士ではない
だが、それがどうしたというのだ?
そんな事実など、胸に燃えたぎる興奮と思いに比べれば何のことはない
敵は間違いなく世界最強の英霊だ
世界を引き裂く剣を持ち、数多の宝具を携えた存在
ならばこそ……超える事が出来ればそれは世界の果てへと至ったのと同じ事
届かぬからこそ挑むのだ
覇道を示さねばならない
今新たに臣下となったウェイバーのためにも
自らの背中を見守る……臣下達のためにも
故に走った
イスカンダルは疾駆した
愛馬と共に
最後には己の足で夢中で駆けていた
後ろを振り返ることはしない
ただだた……胸が高鳴る最果ての海の潮騒を味わいながら、ギルガメッシュへと肉薄し……
新たな愛剣を振り下ろした
よくぞ……ここまで来た
そのイスカンダルの魂の……命の疾走を、相対したギルガメッシュは馬鹿にすることもなく、蔑むこともなく……
静かに見つめていた
そして自らの秘中の秘にして、もっとも信頼を置く兵装の一つである、天の鎖で相手を拘束した
そのときだった
イスカンダルが手にした剣が僅かに輝いたのだ
何?
その輝きは周りを照らすことも出来ないほどの淡い光でしかなかった。
否、もしかしたら光ってすらもいないのかも知れない。
だがそのイスカンダルが手にした剣は、まるで自らの使い手を鼓舞するかのように一瞬だけ瞬き……
僅かな力をイスカンダルへと与えた
「あぁぁぁぁっぁあ!」
一度止まったイスカンダルの右腕が僅かに動き……その切っ先数mmが、ギルガメッシュの頭髪を僅かに切り裂いた
だがそれだけだ
それ以上は動くこともなく、剣も再度光ることもなく……今度こそイスカンダルは完全に動きを止められた
光の瞬いた際に放たれた力の波動で、それがなんなのかを察したギルガメッシュは、一度その存在へと皮肉げに笑い……イスカンダルを殺す
手にした最強の武器、乖離剣がイスカンダルの胸を貫き、イスカンダルは消滅した
ギルガメッシュ……世界最古の英雄王から確かな賛美と言葉をもらい、霊基が完全に消滅する
だがそのイスカンダルが消えてなお、イスカンダルが手にしていた剣は消えず、手からこぼれ落ちた剣はその切っ先をアスファルトに突き立てる
その剣をギルガメッシュは手に持ちゆっくりと、ライダーのマスターであるウェイバーへと近寄り、その是非を問うた
だがその場でウェイバーは引くことだけはしなかった
自らの夢の在り方を示した、王の在り方を語り継ぐために
令呪を使い切ったためマスターでもなく
賊でもなくただの雑種
故にギルガメッシュはウェイバーを誅殺することなく、手にした剣をウェイバーの前に突き立てて、その場を後にした
そして……直ぐに次の獲物を見つけた
見つけたというのは少し語弊があるだろう
何せその存在が、ギルガメッシュを誘っていたのだ
その総身に、凄まじいほどの殺意と戦意を漲らせて
ギルガメッシュとイスカンダルの戦場であった大橋の直ぐそば……新都の公園で
いくつもの得物を持ち、その得物を扱うだけの技量を持ち得た
鉄刃夜が
英雄王、ギルガメッシュへと……一対一の、決闘を挑んだ
刃夜の宣戦布告に応じた、二人。
一人は騎士王。
一人は魔術師殺し。
先ほどの花火がどこから放たれたのかは、くたびれた武家屋敷で見ていたセイバーが場所を特定するのは、そんな難しいことではなかった。
当然衛宮切嗣も。
切嗣はいつも通り、セイバーなどいない者として扱い、慎重に歩を進めていった。
ある意味でそれは当然だ。
どんな罠があるかもわからないのだから。
だがセイバーは違う。
セイバーも当然罠を警戒すべき事だと理解はしているが、それでも切嗣とは戦闘能力が桁違いだ。
またそれだけの力を扱いきる腕前も、気持ちもある。
故に、慎重に歩を進める切嗣を追い抜き、疾走して行く。
その姿はまさに一陣の風だった。
そして、柳洞寺へと通ずる参道へたどり着き、罠を警戒しつつすぐさま石段を登っていく。
普段のセイバーであればもっと慎重に行動しただろう。
だがそれでもセイバーとしてはこれ以上切嗣に戦って欲しくないという思いがあった。
切嗣の手段は確かに合理的だが容赦がない。
残る聖杯戦争参加者は確かに敵だが……それでもどのような手段を用いてもいいわけではない。
とりわけ切嗣の戦い方はセイバーは受け入れがたいものだった。
故にセイバーは全力で石段を駆け上がり……黒紫の騎士と相対した。
バーサーカー!? そうか……ジンヤと組んでいる様子だったとマイヤが言っていたな
見えない剣……聖剣エクスカリバーを現界させて構えつつ、セイバーはゆっくりとバーサーカーへと近寄っていく。
参拝所は静まりかえっていた。
人気はあるというのに不気味なほどの静けさだと……セイバーは静かに周りの様子をうかがう。
だがはっきりと気配を感じ取れるのは目の前のバーサーカーと、そのマスターである雁夜だけだ。
それ以外に気配はなかった。
深夜のために灯りはほとんどない。
山頂の柳洞寺であればそれはなおさらだった。
だがそれでも……一歩近づく度に、バーサーカーの姿が近づく。
以前では黒い靄がかかっていたため見ることが叶わなかったその姿。
その鎧姿を見て……セイバーはその顔に驚きを張り付かせていく。
その……鎧は……
「バーサーカー……」
その静けさを……雁夜がはっきりと聞こえる声で、バーサーカーを呼ぶことで破った。
敵が動くと思い咄嗟に構えた剣はしかし、敵からの攻撃を受けることはなかった。
雁夜の言葉は合図ではなく、ただただ呼びかけただけだったのでそれも当然だった。
「刃夜にいくつか助力をしてもらったけど、それでも俺の実力ではそう長い間お前を全力で戦わせることは出来ない」
「……」
「でも、俺としても頑張るから……どうか頑張って欲しい」
頑張って欲しい……
その言葉に偽りはなかった。
だが意味合いが違った。
戦うことについて頑張って欲しいと言ったわけではない。
自らの目的のために頑張れと……そう言ったのだ。
歪な主従関係だった。
嬲られるために従わされたサーヴァント。
ただただ狂いたいがためにその召喚に応じた、狂気の騎士。
元は卓越した剣技と実力を持ち、最強と謳われた存在だった。
だがその自らの栄光を……ランスロット自らが穢してしまったのだ。
裏切るつもりはなかったと、ランスロットは嘘偽りなく、心から思っていた。
彼自身、セイバーを……騎士王アーサーを誰よりも尊敬し、忠誠を誓っていたのだから。
だが、王妃を奪い、王妃を奪うために円卓の騎士数名を斬り殺した事実はなくならない。
更にモードレッドの反逆が重なり……ブリテンは崩壊した。
故に、ランスロットは狂おしいほどに自らを呪った。
それは己が死してなお、英霊の座へと渡っても自らに対する呪詛は消えることもなく、ランスロットを苦しめた。
だからこそ第四次聖杯戦争に参加したのだ。
騎士としてではなく、獣ですらなく、畜生として生きられてのであれば……救いがあったのではないか?
だがその狂気を、刃夜が切り裂いた。
そしてこういったのだ。
『最後に残ったのは、料理を極めたいこと。そして何よりも……刀を鍛えることだった』
『雁夜に言ったが俺の本職は刀鍛冶だ。色んな事を学んだ上で、それがもっともしたかったことなんだろうな』
『だから、考えてみればいい。色々間違ったかも知れない。狂ったのかも知れない。だが……俺が言うのはちょっと違うかも知れないが、狂った思考は消し飛ばしたんだ。思わず出来たこの時間で、考えてみればいいさ』
狂いたいがために召喚に応じたというのに、その狂うための力を奪った存在は実に半ば無責任に、ただその言葉だけをランスロットに言い放った。
それから雁夜の護衛を霊体で行いつつ、刃夜の手伝い以外では、ただただランスロットは自問自答をした。
確かに裏切った。
確かに国を崩壊に導いた。
その事実は例えランスロット自身がどれだけ否定しても、否定することの出来ない事実。
本人はその事実を否定するつもりはない。
甘んじて罰を受け入れるだろう。
アーサー王に、罰して欲しかった。
それは今際の際にまで抱き続けた本当の思いだった。
だがそれはあくまでも裏切った後の願いだ。
では、本当の願いは?
狂うことか?
騎士王に……アーサーに罰してもらうことか?
王妃を愛することか?
それらも確かに願いではある。
だが最初に抱いた願いは違う。
出会う前は、ただただまだ未熟な騎士が調子に乗っていただけだと思った。
噂話を聞き、アーサーのその姿を目にした時ランスロットは……
心奪われてしまったのだ。
それ以降、ランスロットは忠誠を誓い、王の力になると誓ったのだ。
そう……王への忠誠と
王の力になることを
誓ったのだ。
その誓いを……今こそ果たすべきなのだ。
これ以上自らの王が……道を踏み外さないためにも……。
「感謝する。カリヤ。我がマスターよ」
狂気の兜を被っているため、その声は少ししゃがれてくぐもっていた。
だが、その声を聞いてバーサーカーと相対しているセイバー……騎士王アーサーは目を見開いた。
己の今の疑念が間違ってないと確信に至った。
聞き間違えるはずがない。
忘れるわけがない。
幾度も共に戦場を駆けた。
幾度も背中を預けて戦った。
彼は何度も自分が最高の騎士であると言っていた。
だがセイバーは……アーサー王は彼こそが、最高の騎士であると思っていた。
自らが手にする聖剣エクスカリバーの姉妹剣であり、同じく神造兵装である聖剣アロンダイトを所持した、円卓の騎士の中でも最強と謳われるほどの腕前を持つ、騎士。
「
そのセイバーの呟きに応えるように、バーサーカーは一歩前へとゆっくりと歩みつつ、その兜に手をかけて、素顔を晒した。
「はい、我が王……アーサーよ。
素顔を晒してその兜を脇に抱えて、恭しくバーサーカー……ランスロットは膝を折り、頭を垂れた。
恭順の礼を取った。
だがセイバーとしては訳がわからなかった。
確かに今自分の目の前にいるのはあの漆黒の鎧を身に着けていた、狂戦士、バーサーカーだ。
だがその正体が、自らの部下であり、自分が騎士として信頼していた人物だったランスロットであったのだ。
驚くなという方が無理があるだろう。
そしてそれと同時に納得している部分もあった。
先ほど晒された、素顔。
その顔には以前にはなかった醜い皺が深く刻まれていた。
顔にも生気がなく、髪も幽鬼のようにしおれているかのようだった。
そして狂戦士の時に自分のことを執拗に攻撃してきたこと。
それら全てがランスロットであるという事で、納得が出来た。
「……恨んでいるのでしょうね、私を。ブリテンを崩壊へと導き、皆を導けなかった、愚かな王を」
顔を伏せて、セイバーは……アーサー王は視線を気まずげに逸らした。
己が王として未熟であったがために、国が崩壊した。
国が崩壊するのに至った経緯を思い出す。
自らの子であるモードレッドに反逆され、その身に傷を負って、ただ一人で生涯を終えようとしている。
騎士が離れていった。
人民が離れていった。
ただ一人で……王の選定の剣を抜いた。
王として治世を必死になって行っていた。
だがそれでも国が崩壊した。
自らが王として未熟だったばかりに。
ライダー……征服王イスカンダルにも否定された自らの王の道。
救うだけで導くことをしなかった。
あぁ……確かにそうなのかも知れない
自らの脳裏に浮かぶのは、最後の光景。
夥しい数の屍と、その数の屍が気付いた血の大河。
かつての自らの臣下であり、友であり、肉親だった者たち。
選定の剣を抜いた時にすでに予言されていた通りとなった。
そしてそれだけでなく……今こうして自らの望みを否定するかのように……
最強の騎士が憎悪で醜く染まった顔を、自らへと向けている。
カムランの丘での苦悩が深く刻まれた顔を見れば、確かにイスカンダルの言葉も正しいのかも知れないと……セイバーも思ってしまった。
自らが王として未熟であったために……民と臣下が苦しみ
国が滅んでしまったのだと
滅ぶのは仕方がないとわかっている。
良くも悪くも時代が時代なのだ。
ならばせめて安らかに滅んで欲しいと……そう願った。
だが、それをさせるわけにはいかないと……ランスロットは王の願いを止めに来たのだ。
刃夜の告げ口によって、自らの王が道を誤ろうとしていることを知って。
言葉と
思いと
剣で……。
止めてみせます……我が王よ
「はい」
静かだがはっきりと、ランスロットはアーサー王の言葉を肯定した。
その肯定に、一瞬息を呑んだアーサー王だった。
直ぐにランスロットが言葉を続ける。
「あなたを恨んでおりました」
完璧な騎士だった。
「あなたが憎かった」
完全な王だった。
「一人の女性すらも救えなかったあなたを……」
后を犠牲にしてそれでもなお、王としてあり続けたあなたが……
そして誰よりも……
「一人の女性をただただ、悲しませることしかできなかった私自身を……」
憎かったのだ。
騎士として誉れ高く、精霊にまで祝福すらもされた。
「何より……私を罰してくれなかったあなたを……」
だというのに女一人を救うことも出来なかった自らが
「憎んで……おりました」
憎かった。
致し方ない事だったのかも知れない。
困窮の時代に、他国からの侵略、侵攻。
日夜戦い続けて己の国を守るために戦う騎士。
そしてその騎士を支える民。
民と騎士。
その双方から国が盤石であると、知らしめる必要があった。
故に、強く気高い騎士王と、美しくも優しい后が必要だった。
言い方が悪いが、人身御供と何も変わらなかったのだ。
国を救うために少女でありながら王を選定するための剣を抜き、少女でも人でもなく……
「騎士王」としての生を受け入れたアーサー……アルトリア。
女性と知りながらも、民のため、騎士達のために后となった、ギネヴィア。
二人は互いに女性であるために、どちらも幸せになれなかった。
一人は騎士王として忙殺される日々。
王が女性であるために、「女」としての幸せを得られなかった后。
自らが忠誠を誓った騎士王と、影でなく后を救いたいだけだった。
そう、救いたかっただけなのだ。
「確かに、あなたが私を罰さないことを恨んでおりました。憎みました」
面を上げて、少しでも想いが通じるように膝を折ったまま、自らの騎士王へと言葉を続けた。
「ですが、私は騎士王……アーサー王、あなた自身を憎んだわけではないのです! 何よりあなたが……アーサーが騎士王としてブリテンを統べていたことを恨んだ事も、ただの一度もありません!」
胸に手を当てて、自らの仮初めの体の鼓動を感じながら、ランスロットは必死になって言葉を紡いだ。
嘘偽りではないのだと、自らの王に伝わることを願って。
「ブリテンで、あなたが王としてあったことを恨んだ者は少なからずいるでしょう。ですが、少なくともあなたの元に集った円卓の騎士達は……あなたが王であったことを誰もが誇らしげに思っておりました」
確かにあまりに完璧すぎたが故に、王の元を離れてしまった騎士はいた。
だが、彼らも、騎士王のことを憎んでいたわけではない。
騎士王のことが理解できないために、逃げ出したのだと、ランスロットは思っていた。
確かに恨んだ者もいるだろう。
王に認められないがために、反逆を起こしたモードレッドのように。
だがモードレッドも、騎士王を慕っていたのだ。
故に、あの滅びが騎士王一人だけの問題ではないのだと、伝えたかった。
理解できずに離れていった騎士達。
信頼を逆転させて、反逆を起こした騎士達。
そして、自分のように……王の信頼を裏切り、誰一人として救えなかった愚か者。
国が滅びたのは、誰のせいでもない……滅びるべくして滅びたのだと。
「だが……ランスロット、私は……」
だがそれでも、アーサー王の心は晴れない。
確かにランスロットの言葉は届いていた。
だがそれでも、自責の念が消えない。
そう簡単に消えるはずがない。
死後、世界の守護者という……「呪われる存在」として存在し続けると約束する程に……
アーサー王は自らの国の救済を望んだのだから。
言葉ではダメなのだと……、ランスロットも理解した。
ならば……騎士として、王に忠誠をみせるにはどうすればいいのか?
簡単だ。
自らの命を賭けて……止めればいい。
「マスター」
生半可な武器ではアーサー王の剣に……神造兵装に対抗できるわけがない。
ならば、対抗しうるのは……同じ神造兵装。
「宝具の使用許可を……」
「あぁ。頑張れ」
刻印虫をなくした雁夜の魔力生成量では、大した時間聖剣を使うことは出来ないだろう。
だが、それでもこの時間を長引かせるために、雁夜も尽力すると誓った。
『ぎりぎりまで好きに使え。あの騎士に、力を振るわせてやるがいい』
「あぁ!」
雁夜が手にした封絶が淡い紫の光を帯びる。
さらに、雁夜は最後の切り札を使用する。
自らの手に刻まれた、令呪を掲げた。
「令呪を持ってランスロットに命ずる!」
二画残された、令呪を純粋な魔力として使用すれば、飛躍的に聖剣を扱うことが出来る。
「聖剣の使用を許可する!」
聖剣の使用許可という簡単な命令のみで使われた令呪は、そのほとんどが純粋な魔力としてランスロットへと流れ込んでいく。
その魔力に導かれるように……ランスロットの右手に、アロンダイトが現界する。
更に……
「重ねて令呪を持ってランスロットに命ずる!」
顕れた漆黒の剣。
純粋であったために、同胞に手をかけたために呪いに染まってしまった聖剣。
魔剣を携えて、ランスロットが立ち上がる。
「正々堂々と、己の想いを伝えるために戦え! これは、お前がやらなければいけない戦いだ! だから、最後までその剣を振るえ!」
あまりにも曖昧な命令だった。
だがマスターとサーヴァントの想いに応えるように、令呪は一瞬強い光を放って……ランスロットへと魔力を供給する。
令呪を使い切った。
二画とはいえ、サーヴァントという絶対的な存在を束縛を可能とする令呪の魔力は桁違いだった。
今までに比類しないほどの充溢した魔力が、ランスロットの体を包み込んだ。
そして……その呪いによって……
王を救うことも、后を救うことも出来なかった黒き剣の切っ先を……
ランスロットは自らの王へと向ける。
「我が王、アーサーよ。もはや言葉ではあなたを止めることは出来ない」
だから……自らの剣であなたを止めてみせる。
すでに罪を犯し、魔剣を携えて裏切りの騎士。
これ以上罪を重ねようと構わない。
自らの王を止めることが……
出来るのならば。
「だから……私の剣で、あなたを止めて見せます!」
一度剣を胸の前で祈るように掲げた。
それは王へと自らの剣と自身を捧げる誓い。
そして、ランスロットは自らの剣をアーサー王へと振るった。
最初こそとまどったセイバー……アーサー王だった。
だが止まっているわけにはいかない。
自分には聖杯を手に入れてブリテンを救うという願いがあるのだから。
故に、ランスロットの剣を自らの聖剣で受け止める。
剣戟へと移行し、辺りには打ち付けあう剣の金属音が響いていく。
一合。
一合。
何度も静まりかえった山寺に、聖剣と魔剣が交差する音が、響き渡る。
澄んだ剣戟の音が……辺りの空気を震わせていた。
力任せに振るっては……感情にまかせたまま振るっては絶対に出せない……
本当に綺麗で澄んだ音だった……。
その剣技を遺憾なく振るい、本能任せではない確かな技量で魔剣を振るう。
その剣に……狂気は微塵もなかった……
それを感じ取って、その少女は心を震わせる。
斬り合いをしている二人以外にはわからない……二人だけの時間がすぎていく。
雁夜は、ただそれを見つめることしかできなかった。
至高とも言える剣戟を……雁夜が黙って見つめていた……。
確かな力と想いが伝わってくる。
嘘偽りでないと、剣が教えてくれる。
技が教えてくれる。
ランスロットの確かな気持ちを。
だが、それも長くは続かなかった。
!!!!
ぐっ! やはり厳しいか!
最初こそ拮抗していた決闘だったが、しかしそれも徐々にランスロットが圧され始める。
何とか卓越した技量で耐えているが、それでも根本的な力の差があるのだ。
「
その体は当然だが現実として肉体があるわけではなく霊である。
英霊に「
特に「
では、その狂化をはぎ取られてしまったサーヴァントは「
答えは否だ。
はっきり言えば、今のランスロットは本当にただの騎士でしかないと言っていい。
英霊ではなく、肉体のない英雄と言えば適切だろうか?
はっきり言ってしまえば、ランスロットはサーヴァントですらないのだ。
ギルガメッシュと空中戦が行えたのも、ひとえにランスロットの宝具「
だが今は騎士同士の剣による真っ向勝負だ。
いくら膨大な魔力があっても、今のランスロットにはそれを出力するだけの肉体と力がない。
だがそれでも……いや、だからこそ、必死になった。
王の目を覚まさせるために。
持ってくれ! 私の体よ!
今も悲鳴を上げる関節と体の痛みに歯を食いしばって、ランスロットは剣を振るっていた。
剣を交えているからこそ、わかることもある。
それが今の決闘だった。
必死になってランスロットはその剣を振るう。
その必死な姿が、その必死な想いが、アーサー王にその気持ちを伝えてくれる。
良くも悪くも一人の気持ちでしかない。
これだけでアーサー王の気持ちを全て変えることが出来るとは、ランスロットも思っていない。
だがそれがどうしたというのだ?
幸運にもこうして再び相まみえることが出来たのだ。
ならばこの気持ちを伝えるのは今を置いて他にない。
故に、命を賭けてランスロットは剣を振るった。
ランスロット……あなたは……
だがそれも長くは続かず……ランスロットの胸を、エクスカリバーの刃が貫いた。
聖剣が赤い血で染まっていく。
核たる心の蔵を貫かれたのだ。
絶命は必至だった。
だが……胸を貫かれたランスロットの顔は……
とても穏やかな笑みを……浮かべていた。
「感謝します。我が王よ」
「ランスロット……」
「最後に……貴方の胸を借りられた」
「友よ……私は……」
「王の腕に抱かれて、王に看取られて逝くなどと……。何よりも、あなたの剣で裁かれるなど……。まるで私が忠節の騎士であるかのようだ」
「!? そんなことはない! あなたは……貴方こそが……!」
アーサー王の言葉を、ランスロットは身を離し首を横に振って遮った。
自らは裏切りの騎士。
裁かれこそすれど、これ以上の報奨を賜るなど、あってはならないのだと……。
「私は貴方に裁かれたかった。その願いが果たされました。これで私も、素直に消えることが出来る」
「待て……待ってくれ!」
「王よ……」
伝えるべき事は伝えたのだ。
語るべきも剣で語ったのだ。
ならば最後に……自らの素直な気持ちを伝えたい。
ランスロットは素直にそう思って、微笑を……
本当に晴れやかで、穏やかな微笑を浮かべて……こういった。
「騎士王。円卓の騎士として、貴方の元で戦えたのが……私にとって何よりの誇りであり、喜びでした」
その言葉を投げかけた時のアーサー王は、ひどく驚き、怯えているかのような表情を浮かべていた。
それをぬぐってあげたいと思うランスロットだが、すでに自分には時間がない。
だから最後は、自らの本懐を果たさせてくれた男に……願った。
後は頼んだ……ジンヤよ
こうして
生前では叶えることの出来なかった願いを叶えて。
聖杯を欲してはいなかった。
だがそれでも、こうして本当の自らの願いを叶えることが出来たのだから……。
奇蹟は間違いなくあったのだと。
ランスロットはそう想いながら、消滅していった。