先に四人を日本へと返した刃夜は、アインツベルンを脅しに脅し……二度と四人には手出しをさせないように言い含めた。
だが、最高の意志決定権力を持ち、妄執と執念の塊であるアハト翁だけは、どうしても言い含めることが出来ず、刃夜はやむなくその数百年に及ぶ使命ごと……命を絶った。
見知らぬ老害よりも、見知った連中の安全だしな
殺害後、残りの処理を他の偉い連中に丸投げし、刃夜は切嗣達と合流した。
そして四人が帰ってくるそのわずか数日……さすがにドイツからとんぼ返りではアイリとイリヤの体が持たないため、一度途中の地点で休憩を挟んだ……の間に、刃夜は切嗣がセーフハウスとして用意したくたびれた武家屋敷を、ほぼ完全にリフォームし終えていた。
「ふぅ、良い仕事した」
「相変わらず、むちゃくちゃな奴」
そんな刃夜のむちゃくちゃぶりに、もはや何度目かわからない溜め息を雁夜がしていた。
リフォームがされたことでかなり警戒をした切嗣だったが、今更殺す理由もないということと、一日掛けて徹底的にリフォームされた家の点検をしたので信用することにした。
「手続きとかその辺はうまくそっちでやってくれ。その辺の事までは面倒見ない」
「あぁ」
「それと、イリヤの体のことはここに連絡しろ」
そう言って無造作にメモが貼り付けられた不思議な鉱石を切嗣へと投げ渡した。
切嗣はそれにいぶかしげに顔を歪めながら受け取り、その鉱石の驚くべき魔力の純度と……メモの内容を見て驚愕した。
「……アーチボルト家に頼めと言うのか?」
「不服か? それでイリヤの体が問題なくなるんだから安いものだと思うが? わかっていると思うがアイリスフィールの体もケイネスに俺が用意させた物だぞ?」
「……」
自らが問答無用で殺そうとしたケイネス・エルメロイ・アーチボルト。
それに頼るのは少々考えるところがないわけではなかった。
だが確かに刃夜の言うとおり、それでイリヤの体が好転するのならば迷う理由はない。
更にいえば……
「その鉱石を送りつけたらあっちも嫌な顔はするだろうが、それでもその鉱石で背後に俺がいることがわかって変なことはしないさ」
鉱石が異常な物であることは切嗣もわかったので、その刃夜の言葉を信じることにした。
それから……刃夜の怒濤の日常が始まった。
刃夜が自らに課した命題は複数あった。
桜と雁夜の生活の援助
もっとも力を入れるのだが、それに関してはほとんど問題がなかった。
桜の心が少々不安視されていたが、それでも何とか問題ないことは普段の様子でわかった。
刃夜がいなくなる時が少々心配だが、それでもそれ以外は特に問題ないといって良かった。
だが別の問題がいくつも浮上して……刃夜としては嬉しいが面倒なことになる。
「……力が欲しい?」
「力が欲しいっていうか……刃夜おじいちゃんみたいに誰かを助けたいって思って……。それか最低でも、自分の身を守れるくらいになりたいの」
リフォームを数日で終わらせて、イリヤの体のことの面倒を見てある程度面倒毎が片付いたと思ったとある日の昼下がり。
桜ちゃんが突然そんなことを言い出して、俺……鉄刃夜は目を丸くしていた。
「しかしなんだって俺に?」
「だって……刃夜おじいちゃん強いし。刃夜おじいちゃんに教えて欲しい」
まぁ確かに強いけど……
昼飯の焼きそばをもりもりと食べながら、俺は桜が真剣に物を言っているのがよくわかった。
誰かを守りたいということを。
その力が自衛であることも。
自らを守りたいのだと。
そう言っているのがわかった。
「さく――」
雁夜が何かを言おうと口を開くが、俺はそれを風翔の力を使うことで強引に封じた。
それが雁夜にもわかったのだろう。
何も言わせてもらえないことを理解して、口を閉じた。
「守る……それは本当に立派なことで、大事なことではある」
「……だったら」
「だが、その力を反転させない自信があるか?」
誰かを守れる力。
守ると言うことは簡単な様で簡単なことではない。
桜ちゃんは十分に理解している。
誰かを守ると言うこと……それはつまり最低限二人の人間を助けることに他ならない。
守られた人と……守った人……
どんなに少なくとも二人はいるのだ。
救われた存在は。
だが人というのは己自身すらも生かすこと自体が難しい生命だ。
思考能力こそある物の……それは純粋な力の前では遠く及ばない場合がほとんどだ。
得物を持ち、ある程度の力を有していた俺ですら……純粋な力の前には無力だったように。
霞毒、蒼電、風翔、紫炎、紅炎、老山
それだけの力は、当然善の事に使えば問題ないが、悪に傾けば災害と変わりない。
俺も魔力を蓄えてやろうと思えば……小さな台風を起こすことも不可能ではない。
だが、出来ることだが、やってはいけないことをやらないという強い意思というのは必要であり……
強ければ強いほど、もろく壊れやすいこともあり得るのだ……
しかもこの子……桜ちゃんはある意味で非常に危ういのだ。
絶対的な悪の力でいたぶられ……
圧倒的力で自らを助けられた。
この二つのことを同時に……それも幼い時に短期間に経験しているのは非常に危うい。
力で憎き相手を屈服させる事を知っている。
大丈夫だとは思うが……どうしたものか……
教えることは簡単だが、最低でも自らの力を振るう恐怖を最低限でも教えてなければいけない。
だが俺はこの世界に後どれだけいるのか不安が残る。
今のところそう言った予兆はないが……それでも突如としていなくなることもあり得るのだ。
中途半端に教えるのがもっとも危ない。
うーん……どうするかぁ……
教えた方が良いことも事実なのだ。
この世界には魔術が身近にある……というのは語弊があるが、それでも魔術師の家系に生まれている以上、これからも何かしらに巻き込まれるのは目に見えている。
とりあえず基礎を教えてみて考えるかぁ……
「力を得て、それをどう使うかだ。教えるのは簡単だが、その力を自衛以外に使わないと約束できるか?」
いたぶられる恐怖と苦痛を知っているからある程度は安心できる。
その「知っている」ということが暗転しないかが怖いところではある。
だがそれでもこの幼き歳で何かを為したいと思えることは良いことだ。
俺自身がどれだけいれるのかはわからないが、それでもある程度は教えても構わないだろう。
「!? うん!」
俺の言葉に、俺が教えようとしていることを理解しているのだろう。
嬉しそうに……だがそれでも自らを律して、真剣に頷く姿を見て、俺はある程度安心した。
故に俺は教えることにした。
してしまったのだ。
この選択が、俺の苦労を五倍化させることに、当然だがこのときの俺は気付いていなかった。
桜ちゃんに対して戦う術を……自衛の力を教えると約束した次の日に、俺は早速朝早くから訓練をすることになった。
とりあえず基礎体力を叩き込むためにランニングや体に負荷をかけすぎない程度のトレーニングなんかを行うことから始めた。
そしてランニングとなると、当然人目に付く。
別段悪いことなど何一つとしてしていないので見られても構わないのだが……見られて困る存在がこの街には何人もいたのだ。
「ちょっと! 桜に何しているのよ!」
公園で筋トレの仕方と、体の動かし方を教えている時だ。
そんな声が聞こえてきたのわ。
そちらに目を向ければ……というか目を向けるまでもなく気配で誰だか分かりきっていたのだが……そこには遠坂凜と遠坂葵がいた。
見方によっては俺が桜ちゃんをいじめている……具体的にはちょっとした重りを持たせてすり足で基礎である下半身を鍛えており、俺はそれをそばで自作の木製の椅子に座って体勢に問題がないか監視している……ように見えなくもない。
その光景を仲が良かった……雁夜曰く……姉が見れば俺に対して声を荒げるのは無理からぬ事かも知れない。
「お姉ちゃん」
「桜。今は修行中だ。別のことに意識を取られるな」
「! はい!」
俺の厳しい言葉に桜ちゃんはきちんと頷いた。
これは最初に決めたことで、武術を……力を教えている間には一切情を持ち込まない事にしているのだ。
それを最初に説明し、きちんとその意味を理解しているため、桜ちゃんは俺の言葉に素直に従った。
その桜ちゃんに安心し、俺は目を話して二人の元へと歩いて近寄り、頭を下げた。
「これは遠坂凜ちゃんに、遠坂葵さん。散歩ですか?」
「え……えぇ」
「ちょっと! なんでこんな事してんのよ! 桜に何する気!?」
無鉄砲なのか、勇敢なのか……はたまたその両方か?
一応敵ではないとは言え大の大人の男に食ってかかって来ている上に、しかも驚いたことに気を自然と発している。
桜ちゃんも試しに気力と魔力で体を充ててみたが、魔力に対して異様な適性を示していた。
ぶっちゃけ魔力の扱いに関しては、修行を積めば俺など足下にも及ばない器を有していたりする。
神童……天才ってのはどこにでもいるんだなぁ……
そんな二人に内心で乾いた笑い声を上げていた俺だったが……葵さんが不安そうに桜の姿を見ていることに気付いて、直ぐに居ずまいを正した。
「いじめている訳ではありません。これは桜が望んだことです」
「桜が?」
「はい。彼女は本当にひどい目にあいました。だがそれでもあの子は優しさを失わなかった。自らを守れるようになって、人も守りたいと。その力を俺に与えて欲しいと、そう願った。だから俺の家に伝わる武術を教えております」
葵の不安な思いを少しでも和らげられるようにと、俺は嘘偽りなく心から言葉を紡いだ。
その言葉に説得力を持たせる訳ではなかったが、今の桜ちゃんの姿は俺が裁縫した空手着……気力を込めて裁縫したから拳銃の弾くらいならはじき返す……を着て修行に励んでいた。
桜ちゃんには我が家流の空手を教えることにした。
武器を扱うことも考えた……体を鍛えてもどうしても男に比べれば非力になってしまうからだ……が、しかし得物が持てない時のことも考えて空手にした。
また腕力についても魔力の扱いである程度はどうにかなる。
そのために空手を選択した。
が……
ある意味で教えやすい……特殊な道具を必要としない……ということは
他にも教えることが出来るという意味でもあり……
「なら! 私にも教えて!」
「……は?」
「今度何かあったら私が桜を守る! お母様も! だから! 私にも教えて!」
対抗心もあるのだろう。
だがそれ以上に優しさに満ちた言葉でもあった。
そしてその言葉は……俺にとっては拷問だった。
断ることも出来たが……葵さんに頭を下げられては俺としては断ることが出来なかった。
無駄に弟子が増えた~
そして二度あることは三度あるとはよく言ったもので……
「あ、ようやく見つけた!」
俺が凜ちゃんの教えを請う姿に途方に暮れていると、なんと公園の入り口から俺めがけて走ってくる青年がいた。
ちょっとなよなよしい男……ウェイバー・ベルベットだった。
「お前、ライダーに剣を渡しただろう!?」
「何だ藪から棒に……ってあの剣か? あれがどうかしたのか?」
ウェイバーが言ってきた剣に心当たりがあった俺は直ぐにその剣を思い出す。
勝負の敗北を認めておきながら逃げ帰ってしまった詫びに、ライダーに渡した直剣の事だろう。
ライダーと共に消えていたと思っていたのだが、どうやらまだあるようだった。
だがすでに剣自身がライダーを主と認めているので、俺の刀蔵にはしまうことは出来ないだろう。
「んで、それがどうかしたのか?」
「あれの鞘を造って欲しい。その……鞘はなくなっちゃったから」
「あぁ」
なんと半端な消失の仕方をしたのだと……俺は自らが造った鞘に軽く恨み言を吐く。
だがこの出来事が過去になった今だからわかった事だが……これはおそらくライダーの嫌がらせなのだろう。
ライダーの置きみやげであるこの剣によって……
俺とウェイバーの「縁」が出来てしまったのだから。
「僕にも……剣を教えてくれないか?」
……おい嘘だろ!?
その言葉に俺は驚きを隠せなかった。
だが剣を見るとライダーの面影が浮かんできて……俺は半ば仕方なくウェイバーにも剣を教えることになってしまった。
そしてさすがに真剣を公園で振り回すわけにも行かず、道場が身近にあることを俺は覚えており……
「……それで僕の家に来たと?」
「ダメ? 使用料払うからさ……雁夜が」
マジでヒモな発言だな……我ながら……
「………………」
衛宮家に、道場があるのを思い出して、俺は結界の強化もかねて道場を借りる事にした。
そしたら……
「真剣使える人がいるの!? おにーさん! 私にも教えて!」
「Oh Jesus」
非常に元気な藤村組のお嬢様に剣道を教えることになって……
「私にも教えて!」
「もう許して……」
そして雪の精霊の様な女の子にも……何故か何かを教えることになってしまったのだった。
「大変だな……刃夜も」
「やかましいわ!」
そんな俺の話を、俺に料理を教えられながら雁夜が苦笑していた。
こんな愉快で痛快で……断るのが非常に難しい状況で何人もの弟子の面倒になるとさすがに思わなかった。
だがそれでも一度やると決めたからには徹底して教え込んだ。
特に五人の教え子の内三人の女の子は才能の塊だったので俺としても相当力を入れて教えた。
その甲斐もあってか、三人は俺がいなくなった後も修行を続けて相当強くなった。
ちなみに藤村組のご令嬢は完全な一般人だったので、普通に剣術及び剣道を教えたが……こいつも神童だった……相当の実力を有することになってしまった。
ぶっちゃけ全国制覇も余裕だろう。
そして残りの一人は……まぁ向いてなかったと言うことで、ただただ剣が振れるようになっただけだった。
だがそれでも、本人が納得し最後に自らの王が手にした剣を、大事そうに抱えて色んな国へと旅立った。
そんな生活を何年も……驚いたことに年単位でいることになったのだ……続けて、基礎と発展まで教えて、一度変装した状態での俺と殺し合いを体験させた。
変装しているが故に、誰も俺とは理解していなかったが。
気と魔力を封じて、真剣で三人にそれぞれ襲いかかった。
男女、大人と子供という不利を埋める気力と魔力を用いたため、三人とも怪我をすることはなかったが、相当怖い思いをした……というかさせた。
そのときの反応を見て、俺は三人とも問題ないことをきちんと把握した。