それは何の必然もない、ただの日常の一コマ。
イリヤが一人で冒険をしていた。
そんなありふれた幼い子供の日常だ。
やんちゃというべきなのか、ちょうど良い感じの木の棒を持って、イリヤは近所を歩き回っていた。
アレって……?
そんなありふれた一日だった。
どこにでもある風景で……イリヤはとある二人を見つけた。
いじめられている女の子を助けようとしている、一人の男の子を。
イリヤは優しい子であったため、自らが抱いた感情に逆らわずに……自らよりも大きな体を持つ数歳年上のいじめっ子達へと走って近寄っていった。
「こらー! 弱い者いじめしちゃいけないんだから!」
そんな声が背後から聞こえてきて、いじめていた三人の男の子達は、一時いじめを中断して背後へと振り向いた。
そこにいたのは、雪の妖精のような美しい少女だったため、一瞬呆けてしまうがそれも束の間ですぐに不機嫌そうに顔をしかめた。
「何だお前?」
「あ、こいつ知ってる! たまに川原とか走ってるやつだ!」
「そんなのいたな。他にも可愛い子いたよな」
イリヤに凜に桜。
三人とも幼い頃より一定水準を超えた美貌を持っているため、注目されていても不思議ではなかった。
また川原を走っている時も刃夜が裁縫した胴着を着用して走っているのだ。
間違いなく目立つだろう。
玉に刃夜が一緒に走っているのもあって、結構注目されたりしていた。
だがそんなことはイリヤにとってどうでも良いことだった。
三人でよってたかって弱い者をいじめるのが我慢できず、こうして止めに入ったのだから。
「今すぐ三人でいじめるのを止めておうちに帰って。そしたらイリヤも許してあげる」
自らよりも小さな女の子が発言したこの言葉に、いじめっ子達は目をきょとんとさせたが、直ぐにおかしそうに笑った。
それはそうだ。
川原で走り込みをしているとはいえ、自分よりも小さな女の子を恐れる理由はどこにもないだろう。
だから三人は標的を変更し、イリヤへと襲いかかった。
そしてイリヤは……まず一発防御をするだけで相手の拙いパンチを右の手の平で受け止めた。
「先手を戴きました」
「? 何い――」
何を言ってと言おうとした一番大きな体の男の子は、腹部へと突き刺さった正拳突きで言葉を文字通り封じられた。
体重を乗せた十分に威力のある正拳突きだ。
いくら未成熟とはいえ、相手も未成熟な子供であるために、その威力は十分だった。
刃夜から鉄家空手を教わる際に、三人の娘達が約束させられた事はいくつかあった。
喧嘩に使わないこと。
正当防衛等の場合でも、気力と魔力の使用は、一般人相手には厳禁とすること。
自らの生命に危機に関わると感じた場合は気力と魔力の使用を許可するが、その場合の相手への攻撃は基本的に禁止で、逃亡に徹すること。
ばれたら面倒なのでなるべくばれないようにすること。
等々が主な内容だった。
故に、イリヤは先手を相手に取らせて完全に自分に正義があると判断し……いじめっ子たちから助ける、相手が攻撃してきた……気力と魔力を使用せず、イリヤは刃夜より教わった空手を使用した。
気力と魔力を使用しないとはいえ、刃夜の教育がそれなりにスパルタであり、また長年の経験から刃夜の指導力が生半可でなく、さらに三人とも結構な才能を有しているため、いじめっ子三人を撃退することなど、容易いことだった。
「バーカ!」
「お母さんに言いつけてやる!」
「痛いよう! 覚えてやがれ!」
「知らないよ! 先にいじめてたのはそっちでしょ!」
かすり傷一つ負わず、イリヤは三人のいじめっ子を難なく撃退し、舌を出して相手を見送った。
そして背後でぽかんとしている二人を見て、とびっきりの笑顔で言葉を掛けた。
「大丈夫だった?」
「あ、ありがとう……」
「……ありがとう」
そこにいたのは、自分よりも小さな女の子を守るように前に出ていた、赤茶色の頭髪を短めに切りそろえた、快活そうな男の子だった。
その後ろにはいるのは、肩よりも少し長めの黒髪に、前髪に隠れた瞳が怯えているように見える、少し気弱そうな女の子だ。
少年の後ろに隠れるようにして、胸に抱いた小さな手作りの人形を大事そうに抱きしめていた。
その様子から察するに兄妹なのだろう。
自らよりも体の大きな男の子三人相手に、兄は一歩も引かずに妹を守っていたのだ。
その姿勢が……イリヤに非常に好感の持たせた。
「初めまして! 私はイリヤだよ! イリヤスフィール・F・A・エミヤ! 長いからイリヤで良いよ! あなたたちは?」
「俺は士郎。こっちは妹の遊美」
「はじめまして」
妹を守ろうとした兄の姿。
その姿が……何故かイリヤの胸に響いていた。
すごくちぐはぐに思えたのだ。
自分だって弱いくせに、それでも一歩も引かずにいじめっ子三人相手に立ち向かっていた。
もちろんいじめっ子達だって殺す気がないことはわかりきっている。
それでも、この勇敢な男の子を
守ってあげたいと……
自然と思えていた。
「決めた! シロウを私の弟にしてあげる!」
「弟? だって……君は……」
そこから先は言いにくいのは、士郎は言葉をつぐんだ。
魂が体になじんだとはいえ、それでも元々の魂が健全とは言い難いイリヤは、体の身体能力等は普通の人と変わらなくなったが、それでも発育が平均値よりも大幅に下回っており、士郎よりも背が低かった。
アイリから引き渡された
そのことに少しだけカチンと来たイリヤは、痛くなりすぎない程度に士郎のお腹をグーで殴った。
「!?」
「レディーに対して、身体的特徴をけなしちゃダメなんだよ? シロウ?」
「……ご、ごめん」
「お兄ちゃん……大丈夫?」
お腹を抱えてうずくまっている兄を心配する遊美。
そんな二人の事を強く守ってあげたいと……イリヤはこれから二人と暇があれば一緒に遊ぶ様になって、刃夜とも会う事になり、更に刃夜の心労が増える結果となった。
「まぁ別段良いんだけどさ。少しは俺の苦労も考えてくれ? つーか何故俺はイリヤの言葉に余り逆らうことができんのだ?」
『さぁ? まぁ何か感じるところがあるのではないか?』
「そんなの全く覚えがないんだがな? 魔力の回復具合はどうだ封絶?」
『遅々として進まんよ。直接魔力をもらう以外ではほとんど回復しない』
首を傾げた刃夜を、封絶が慰めたりする、ある意味で貴重な光景が間桐の武家屋敷で行われたりした。
またイリヤが妹連れとはいえ何度も男の子を連れてくるのにやきもきした男が一人いたりした。
「キリツグ! この子がシロウとユミ! 私の弟と妹だよ!」
「そうか、君がイリヤが最近よく話をしている士郎君と遊美ちゃんか。初めまして。イリヤの父親の、切嗣です」
「は、初めまして。士郎です。イリヤちゃんにはいつも遊んでもらってます」
「は、初めまして、遊美、です」
「こらシロウ! 私のことはお姉ちゃんって呼んでっていつも言ってるでしょ!?」
「で、でも」
外で仲良くしていた兄妹を初めてイリヤが自分の家に……衛宮家に連れてきた時のことだ。
家の敷地には行って家に入り、靴を脱ごうとしていたら切嗣が出迎えたのだ。
あまりにもイリヤに親しげにする士郎に、切嗣は条件反射で懐に手を伸ばそうとして……
「こーら、何玄関で長話してるの? シロウくん、ユミちゃん、いらっしゃい。イリヤの母親のアイリです。いつもイリヤと遊んでくれてありがとうね。奥におやつ用意しているから手を洗ってうがいしてきなさい」
「は……はい!? ありがとうございます」
アイリの笑顔が眩しかったのか、士郎は思わず顔を真っ赤にして顔を俯けてしまった。
そんな様子がかわいらしかったのか、アイリは微笑みながら妹の遊美にも微笑みかけた。
「ユミちゃんも、上がっていって」
「は、はい。ありがとうございます」
「二人とも、こちらですよ」
靴を脱いだ二人を、やわらかな笑顔で洗面所へと舞夜が案内した。
イリヤは当然自らの家なので進んで洗面所へと走っていき……玄関に夫婦だけが残された。
「キリツグ~? さっきは懐から何を取り出そうとしたのかしら?」
未だ玄関で突っ立って出迎えているかのようにして固まっている自らの夫に、アイリはそれはそれは満面の笑みで切嗣の背後に回って、その肩に両手を置いた。
まさにそれは逃がさないと言わんばかりの、捕食者の行動に何故か見えてしまった。
そんなアイリに背後を取られて、切嗣はだらだらと……心の中で大汗を流しながら……
一言こう呟いた。
「アイリ……僕はね……、イリヤの味方に……なりたいんだ」
振り向きつつ、アイリへと儚げに微笑んだ切嗣。
それはただただ自らの愛娘を心配する父親の苦笑だった。
……懐にナイフを忍び込ませていなければ、それはそれはいい父親の姿だっただろう。
「はい、そんなこといってもだーめ。舞夜さん、悪いけどちょっとお願いね~」
「あぁ!? い、イリヤ!? イリヤァァァァ!?」
一度家を出て、土蔵へと引きずられていく
そんな姿を、ちょうど洗面所で手を洗い終えた三人と舞夜が見ており……イリヤは深々と溜め息を吐いていた。
「もうキリツグは……。私に対して甘すぎるって言うか」
「それだけあなたが心配だということですよ、イリヤ」
「けどマイヤ。私だって立派な
「はいはい。さぁ皆さん。居間でお菓子を食べながら、何かゲームでもして遊びましょう」
軽くイリヤをいなしつつ、舞夜は優しく微笑んでいた。
まだ堅さが残っていたが、それでも心からこの今の生活を楽しんでいる様子がわかる……そんなやわらかな笑みだった。
その笑みに、強さと柔らかさを感じ取って……遊美が、茫然と舞夜を憧れるように見つめていた。
「リン! シロウをいじめないの!」
「い、いじめてる訳じゃないわよ! ただ稽古をつけてあげただけって言うか」
「稽古にぎりぎりなっているところが、凜らしいと言うべきなのか? ただ凜……男とはいえ、まだお前らより稽古時間が短い士郎に対して加減をしなさい」
「ご、ごめんなさい。刃夜先生」
とある日の道場内で……。
桜、凜、イリヤ、士郎に遊美の五人の指導を行っている際の出来事だ。
「罰として、休憩時間のおやつ、凜は半分な」
「!? そ、そんな!?」
「刃夜先生。さすがに半分なのはかわいそうかなって……」
「桜……そうは言うが……。まぁ本気じゃなかったから良いか? なら士郎と遊美の分を少し大目にするか」
お手製の体に良くおいしいおやつ……刃夜の本気の菓子……を取り上げられそうになって半泣きなった凜を、妹の桜がフォローしていた。
仲の良い姉妹で、これからも互いを助け合って行くのがわかるそんな光景だ。
「違うよシロウ。その時腕をもっと勢いよく振るって……その上で動きは小さくするんだよ」
「む、難しいよ、イリヤ姉ちゃん」
「こんな感じ? お姉ちゃん」
「そうそう! ユミのが上手だよ! ほらシロウも! 私の弟だけど、ユミのお兄ちゃんなんだから、妹に負けないように頑張らないと!」
妹の遊美を褒めながら、イリヤは弟の士郎に対して激励を送る。
士郎としても唯一の男で、まだ弱いのが我慢できないのか、必死になって拳を振るっている。
「イリヤー。兄が妹に負けちゃダメって事はないぞー。士郎も焦る必要はない。ゆっくりとやればいい」
「はい! 刃夜先生」
休憩のお茶の準備をしながら、刃夜は五人でそれぞれ頑張って稽古をしている子供達の様子を、それはそれはほほえましそうに見つめていた。
そうして衛宮家から借りた電気ポットでお湯を沸かしていると、ちょうど沸かし終えたタイミングで、道場の扉が開いて……雁夜に葵、衛宮夫婦に舞夜が入ってきた。
「大丈夫、雁夜君?」
「ありがとう、葵さん。でもこの体にも慣れたからそんなに心配しなくても大丈夫だよ」
一番最初に入ってきたのは杖を突いている雁夜と、そんな雁夜を後ろから支えながら入ってきた葵だ。
その様子はまるで姉弟の様だった。
雁夜も少々照れながらも、やわらかな笑みを補助してくれている葵へと向けていた。
「衛宮さん。いつも道場を貸してくださってありがとうございます。これ、私の手料理なんですが、良ければ今晩のおかずにでもしてください」
後ろから入ってきた衛宮夫婦のアイリへと、葵は包みを差し出した。
葵から包みを受け取ったアイリは、それはそれは満面の笑みで受け取っていた。
今でいうママ友という関係なのだろう。
魔術師の家系ではあるが、ホムンクルスであり魔術よりも家族を大切にするアイリと、魔術師の家系に嫁いできただけの葵は、魔術的な事で確執が起こることもなく、良好な関係を築いていた。
「お気遣いありがとうございます、葵さん。でも気にしないでください。私達だけだと道場があっても腐らせるだけですから。ね、キリツグ?」
「……そうだな」
しかしすでに敵である夫が死んだとはいえ、元敵が家に入ってくるのを、切嗣としては心中複雑だったりする。
「切嗣。私も見て良いのでしょうか? 家で留守番をしていたほうが……」
「ダーメ! 舞夜さんもイリヤの姉として成果をちゃんと見てあげて!」
「そうだよマイヤ! 私、マイヤにも見て欲しい!」
アイリとイリヤの親子攻撃に、舞夜はたじたじになり少々気後れしながらも、舞夜は渋々と恥ずかしそうにしながら、すでに準備されている座布団へ、他の保護者達と同じように座った。
「えっと……本当に私たちもいいんですか?」
「構いませんよ、こんな若造の男に鍛えられているお子さんを心配しない方がおかしな話ですし、それにお子さんもお父さんお母さんに日頃の特訓の成果を見て欲しいでしょう」
更にその舞夜よりも恐縮しているのが、二人の男女……士郎と遊美の父親と母親だった。
鉄家空手を教えることになった際に、刃夜が挨拶に行っているため顔見知りなのだが、それでも保護者達とはほとんど初対面だ。
恐縮するなというほうが難しいだろう。
そんな士郎と遊美の両親に、刃夜はリラックスのできるハーブティーをばっちりと準備しており、まず一服するのを進めた。
そして準備が整うと……顔を引き締めて、刃夜は「刃夜先生」となった。
「よし、それではこれより型の演舞及び、それぞれの組み合わせで一対一の試合を行う。一同、礼!」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
今日はすでに一年に及ぶ修行をした五人のお披露目会だった。
五人がそれぞれ見せたい保護者に対して、真剣に学んできた修行の成果を見せる。
さらには刃夜と一対一で戦う姿も見て……それぞれの保護者達は、自らの子供達の成長ぶりに驚いていた。
因果と言うべきなのか……この五人の子供達はそれぞれが一般的ではない家系の子供達で、気力と魔力を使用することには、何ら問題がなかった。
だが大きな力であるために、それはもう刃夜が厳しくその辺りの指導をしており……ほとんど問題がなかった。
「よし、これにて本日の訓練を終える。一同、礼!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
無事に稽古を終えると、全員が本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、そしてその親たちも成長ぶりが喜ばしくて笑みを浮かべて拍手をしていた。
礼が終えるとそれぞれが自分の家族の元へと、走っていく。
親との話が終わると、兄妹弟子であり、そして競争相手でもある相手と喜びあったり、楽しそうに話をしている。
それぞれが優しく、そして強く……育っていっているのがよくわかる光景だった。
これならまぁ……心配する必要性はなさそうだな……
そんな弟子達と家族の様子を見て、刃夜は内心で頷いていた。
すでに数年、この世界に居座り色んな生活を過ごすことになった我が身を振り返って……刃夜は内心で苦笑するしかなかった。
桜と雁夜の生活の援助。
桜は子供だが、二人に料理と家事の手ほどきをしていた。
その甲斐あってか二人とも結構な腕前になっていた。
特に桜の料理の腕前は相当なものだ。
雁夜の体の治療もほぼ終えて、
そして今のように、五人の子供達の修行と育成。
それだけならまだ良かったのだが……切嗣とアイリ、舞夜、三人全員の家事が結構ダメな方であり、そちらのフォローも何故かすることになっていた。
まぁ家事を教えたり、家事代行で道場使用料を得ていたようなもんだが……
イリヤに対しても体の調子を見つつ、イリヤの我が侭に付き合わされたりしてなかなか大変だったのだが……それ以上に大変だったのは親バカをいなすことの方が刃夜としては骨を折っていたりする。
アイリの体も問題なく、このまま緩やかに老いて寿命を迎えるだろう。
舞夜に対しては、もはや刃夜としてはどうしようもなかったため……衛宮一家に全てを任せた。
子供を探す手伝いをしたために、刃夜としてはこれ以上舞夜に何かをする義理はなかったためだ。
だが……それでも思うところはあるのか、切嗣やアイリと共に、家事関係の師匠となって色んな事を教えていたりする。
葵に対しても可能な限りフォローをしていたが、不動産関係は刃夜もそこまで詳しくないのでその辺は雁夜に丸投げした。
雁夜もそんな刃夜の無茶ぶりに溜め息を吐きながらも、葵と凜のためにフォローを行っていた。
そのおかげで葵と凜が何不自由なく生活できるだけの不動産収入を得ていた。
また凜は魔術の名家の当主としての責務も忘れず、刃夜の修行だけでなく必死になって努力を行っていた。
五人は仲良く刃夜に稽古をつけられながら、そして刃夜がいなくなった後も仲良く互いを助け合った。
仲良しの五人組になって、色んな事を経験していった。
イリヤは両親と舞夜に。
凜は母親と、たまに遊びに来る雁夜と桜に。
士郎と遊美は両親と友達で兄妹弟子の三人と一緒になって。
桜は、雁夜と共に。
時々遊びに来る藤村組の面々と、お嬢様や他にも暖かな人たちに見守られて……。
三人はそれぞれがきちんと優しさと、自らの鍛錬によって培った強さを持って……成長していった。