うすうす感じていた。
おそらく長くないことはわかっていた。
日に日に減っていく食事の量。
体も満足に動かせなくなっていったことに、本人は余り気付いていなかったけど、それでもそばで見ていたからそれがよくわかっていた。
当然覚悟はしていた。
でも……こんなにも突然に……
普段通りだったのに……
突然になくなるなんて……ずるいよ……
雁夜おじさん
葬式を取り仕切ったのは、桜の母親である葵と、雁夜の娘である桜の二人だった。
そう多くの人が来たわけではない。
記事を書いているといってもどこかの組織に属していたわけではない、所謂フリーライターだ。
腕こそ良かったために、雁夜自身と桜の生活費は稼げていた。
だがすでに死に体と化していた体では、ろくな活動など行えるわけもなく、雁夜はほとんど外に出ることが出来なかった。
そして外に出なかったのは、醜くなってしまった自らの体のことで、桜がいじめられないようにという思いもあったからだ。
ただただ桜のためと一心の思いと、自らのプライドのために……雁夜は桜のために生き続けた。
そんな雁夜の養子として……桜は毅然と葬式に参列して、涙も流さずただただ気丈にあり続けた。
誰よりも悲しいはずだというのに。
だれよりも泣きたいはずだというのに。
必死になって桜は涙を堪えて……雁夜の葬儀を全うした。
そんな妹を見て、妹分を見て、凜にイリヤ、士郎や遊美も泣くのを堪えて……雁夜の冥福を祈った。
誰もが安心したのは、雁夜が穏やかに……本当に安らかに眠っているのがわかったからだ。
穏やかに微笑を浮かべて眠っていたのだ。
だから……雁夜のことをただただ送る一心で……皆が協力した。
「桜……あんた大丈夫?」
だがそれでもどうしても心配で……凜は姉として、桜のことを案じた。
雁夜と親交があったなかで、桜の次に親しいのは間違いなく凜と葵だ。
妹の桜がいるために、凜は頻繁にこの武家屋敷に泊まりに来ており、そのたびに雁夜には色々と世話になっていた。
だからわかる。
桜がどれだけいま必死になって耐えているのかが……。
「大丈夫ですよ姉さん。雁夜おじさんは本当に幸せそうに逝きました。なのに私が泣いてたら、きっと私を心配して心おきなくいけなくなっちゃうから」
全く間断もなく直ぐにそう答えてくるのが余計に心配だってのに……
内心で凜は愚痴るが、それでも今叱ることは躊躇われた。
故に必死になって凜は我慢して、それでも全部を我慢することは出来ず、桜の手を優しく……それでも力強く握った。
「いい? 私はあんたのお姉ちゃんなんだから、いつでも頼んなさい。私に出来ることならどんなことだってしたげるから。それはお母様だって一緒だし、イリヤに、士郎も遊美も……それは一緒だから」
「……はい。ありがとう、姉さん」
本当は泊まって桜のそばにいたかったが、それでも桜がそれを拒絶したため、皆がそれぞれの家に帰っていく。
そして雁夜と桜の家に残されたのは……当然だが、雁夜と桜だけだった。
雁夜が眠っているのは当然だが彼の寝室だ。
その優しげな顔を、桜はそばで座って静かに見つめた。
優しげな顔といっても……他人が見ればその顔はひどく醜い表情にしか見えないだろう
桜が……桜や凜、葵、イリヤ達が知っている、雁夜の体の醜さの理由。
それは魔術師としては栄誉とも言える聖杯戦争に参加した証しだった。
魔術などほとんど学んだこともない素人にも関わらず。
間桐臓硯の嫌がらせもあったことも事実だが、それでも雁夜が聖杯戦争に参加するには必要な処置であったことも事実だった。
刻印虫。
術者自らの肉体を食らって魔力を生み出す、間桐臓硯の魔術。
刻印虫に体の内側から体を喰われて……雁夜は今の醜い姿になった。
それはひとえに桜を救うために。
大きくなった今だからこそ、桜としてもわかることがあった。
玉に葵……自らの母親である葵と共にいる時に、雁夜が嬉しそうにしている姿に。
葵が気付いているのか桜にもわからないし、雁夜にも確認を取ったわけではない。
けれどただの年上の女性という認識だけでないのは、桜はわかっていた。
だけど何も言わなかった。
言えなかった。
「桜ちゃん、今日も稽古? 行ってらっしゃい。気をつけてね」
一人で稽古をするために朝早くに出掛けようとしても、必ず見送ってくれた。
「勉強がわからない? うーん、どこまで力になれるかわからないけど、一緒にやってみようか?」
勉強に詰まっていることに気付いて、必死になって一緒に勉強をして……そして夜に一人で勉強して自らに教えてくれた。
「今日のお弁当はカラアゲを作ったよ。後は桜ちゃんの好きな卵焼きに、ハンバーグ。桜ちゃんには負けるけど、それでもそれなりにおいしいと思うから、残さず食べてね。もちろん嫌いなピーマンもね?」
学校行事で遠足や運動会など、催しがあった時には必ずお弁当を作ってくれた。
「今日から中学生だ! 勉強も難しくなるし、ある意味で一番大変な時期だけど……その大変な時期を頑張って乗り切ってね!」
入学式で、カメラで写真を撮りながら、笑顔で応援してくれた。
「お誕生日おめでとう! 桜ちゃん!」
笑顔で手作りのケーキと一緒に、色んなプレゼントともに……葵と凜と共に、お祝いをしてくれた。
全ての行動に……桜に対する愛情が溢れていた。
本当に……自らは桜のためにいるのだと、そう言っているかのようだった。
全ての愛情を注がれた。
他の誰でもない……桜自身に。
自らの命など……顧みることもなく。
ただただ自らのことを、想ってくれていたと……
誰よりも桜はわかっていた。
すでに十年経過した。
けれど今でも時折夢に見て思い出す。
あの地獄のような日々を。
虫によって……体を変えられていく嫌悪を。
だが自分はまだ良い方だったのかも知れない。
こうして……優しい顔で横たわって寝ている雁夜の顔を見て……
桜はふとそう思った。
自分に間桐臓硯が何をしようとしていたのかはわからない。
それについては雁夜はもとより、刃夜もわからないと言っていた。
いや、もしかしたら刃夜はわかっていたのかも知れない。
だがすでに臓硯はこの世にいないのだから、その知識は必要ないと判断したのかも知れない。
体を変えようとしていたのは何となくわかった。
だが、幼子ということなのか?
それとも雁夜とは違う目的のためなのか?
桜に対する変革は……痛みを伴う物はそうなかった。
それを決定づけているのが、二人の体だ。
確かに桜の身体にも痕はある。
だが……ここまで醜く変化している箇所はどこにもない。
それはつまり……凄まじい激痛を伴う事だということだと、想像するのは難しくない。
それでもなお……雁夜はその激痛に耐えて、聖杯戦争に参加した。
桜としても全てがわかっていたわけではない。
けれどそれでも雁夜が自らのために、こんな醜悪な体になってしまったのは、考えるまでもないだろう。
そう……全ては桜のために。
ただただ桜を救いたい……幸せにしてあげたいという一心の願いで……
そんな雁夜の想いと願いの結果として……
桜は今この場にいた。
二人が暮らした大きな武家屋敷。
二人で暮らすには大きすぎる家だ。
だが……どこを見渡しても雁夜と過ごした記憶が刻まれている。
この家にも……
桜の記憶にも。
十年。
短くはないだろう。
だが決して長いわけでもない。
人によって寿命は様々だが、それでも平均的に七十年ほどは生きる。
1/7と考えれば、長いとは言えない。
だが……こうして死んでしまった雁夜からみれば長いと言えるかも知れない。
雁夜は37歳という若さでこの世を去った。
1/4以上もの時間を……この家で過ごしたのだ。
桜と一緒に。
だが……もうこの武家屋敷に
この家に。
雁夜との新たな記憶が綴られて、刻まれていくことはない。
もう雁夜は死んでしまったのだから。
死んでしまったという事実は当然だが、桜も認識していた。
だが……ふとこの家に、もう二度と雁夜との記憶が作られることがないという、当たり前の事に気がついて……
桜は涙を流した。
「――っ!?」
一度崩れてしまえば後はもう持たなかった。
雁夜が目の前で眠っているというのに……雁夜がすぐ近くにいるというのに……
桜は泣いた。
声を殺すこともなく、誰もいないが故に声を上げて号泣した。
自分を愛してくれた雁夜が……
自分が大好きな雁夜が死んでしまったのだと……
その事実が悲しくて。
「雁夜……おじさん!」
雁夜が心配しないようにと気丈にも振る舞っていた。
雁夜を心配させたくなかった。
だけど、それでも悲しいことに抗うことは出来ずに……桜はただただ泣き続けた。
しばらく泣き続けて……何とか感情の昂ぶりが収まって、桜は涙を拭って、再び雁夜の安らかな顔を見つめた。
雁夜おじさん
自らを助け、自らを育て……
そして自らを残して死んで逝ってしまった男。
ただただ悲しかった。
もういっそこのまま自分も後を追ってしまおうか……
桜がそんな不吉な事を考えた時だった。
『ありがとう……桜ちゃん……』
ふと……そんな声が、聞こえた気がしたのだ。
雁夜の……優しい声が。
「……え?」
はっきりと聞こえたその声。
だが当然だが雁夜はすでに冷たくなっており、すでに死んでいることはわかりきっている。
だというのに何故声が聞こえたのか?
そう不思議に思った時に、ふっ……と、雁夜の体から何か淡い光が立ち上って……
天へと上っていく。
直感的に思った。
これが雁夜の大事な何かであると。
だから桜は思わずそれに手を伸ばそうとしたが……体が動かなかった。
さっきまできちんと動けていたというのに。
まるで金縛りにあったかのように、動けなくなったのだ。
『元気で暮らしてね。一人で寂しいかもしれないけど……許して欲しい……』
待って……!
『君と共に過ごした十年間は、本当に幸せだった……』
行かないで!
『きちんと優しさを持った君なら……きっと大丈夫……』
置いていかないで!
『それに……嬉しかった……』
……え?
何が嬉しいというのか?
突如として奇妙なことを言い出した雁夜の声に、桜は思わず止まった。
死んでしまったというのに、どうして嬉しいというのか?
その疑問を、雁夜は嬉しそうに……こう言った。
『俺のために泣いてくれて……嬉しかった……』
『桜ちゃん自身のために泣いてくれて……嬉しかった……』
……え?
雁夜が死んでしまって悲しかったのは事実だった。
もう大好きな雁夜と過ごせないのだと……。
なのに何故それが嬉しいのか?
『桜ちゃん……君は俺と違って強いから。色んな事我慢してたと思う……』
そんなことはないと……桜は叫びたかった。
『もっと我が侭言ってほしかったのに、言わせられなかった俺を許して欲しい……』
そんなわけがないと……伝えたかった。
強いし我慢強いのはわかってたけど……それが心配だった……
『だから、こうして泣いてくれて少しほっとしたよ……』
雁夜が笑っているのが見えるかのようだった。
『泣きたかったら泣いて良いんだよ。怒りたい時は怒って良いんだよ』
そして気付いた……雁夜が己のことを心配して、こうして語りかけてくれているのだと。
自分が……この言葉を、言わせてしまっているのだと。
『悲しんでもいい。でもどうか……生きて桜ちゃんの幸せを掴んで欲しい』
最後に……自分に教えてくれているのだと。
自分を……育ててくれているのだと……
『心から桜ちゃんの幸せを祈ってるよ……』
『けどだからって、無理に幸せになる必要性もない……』
『桜ちゃんが信じる気持ちと思いに従って、懸命に生きてね……』
そして声が声が聞こえなくなったと認識した瞬間に、桜は自らの体が動くことに気がついた。
だから……手を伸ばそうとして……
けどそれでは雁夜が心配すると思って……
手のひらを握って……拳を力強く天へと掲げて……
叫んだ……
「ありがとう! 雁夜おじさん!!!!」
死んでしまったのは悲しい。
もう声が聞けないのも悲しい。
もっと一緒にいたかったと思う。
だけど、それでも……雁夜に対しての素直な気持ちはただただ感謝しかなかった。
最後にこうして……自らのことを鼓舞してくれた。
それでも……残っていては自分のためにならないと……
後ろ髪引かれつつも、こうして逝ってくれたこと……
だから桜は、最後にもう一度だけ泣いて……最後に二人で横になって……
眠りについた。
次の日に顔を真っ赤にしていたが、それでも桜は昨日よりもしっかりと毅然とした態度と落ち着いた雰囲気で……雁夜の火葬を見届けて、骨上げを行った。
「……桜」
最後まで毅然としてたが、それでも目が真っ赤だったから、凛は心配になって再度桜に声を掛ける。
そんな優しい姉に……桜は本当に寂しそうに笑いながら……
「大丈夫……姉さん。私は雁夜おじさんの娘だもん。私がしっかりしないとね!」
それでも昨日とは違う、確かな強さと優しさで、凜に言葉を返していた。
その態度に無理がないことを悟って……凜は同じように寂しげに笑って、泣いた。
雁夜を大事に思っていたのは凜も同じだったから。
そして姉妹は二人して泣いた。
けどそれでも……きちんと自らの足で立って、再び歩き出した。
確かな強さと優しさを持ち合わせて……。
本当に、お前を尊敬するよ……間桐雁夜
その姉妹の姿を……喪服を着て葬列に参加していた男は素直にそう思った。
そしてその強い姉妹の元に、他の子達も集まって、泣いて笑って、励まし合っていた。
きっと五人は堅い何かで結ばれた仲なのだろう。
一人ではないこと。
一人で立つことも出来るが、それでも他者の力も借りられて、他者に力を貸すことも出来る子達だ。
こんな子達を育てたのだと……それぞれの親に静かに頭を下げて……
刃夜は雁夜を見送ってこの世界から再び消え去った。
葬儀が終わって一人になった桜だったが、それでも寂しくはなかった。
凜にイリヤ、士郎と遊美が寂しくないようにと、遊びに来たり泊まりに来たりしたからだ。
桜はそんなみんなに感謝しつつ、これまで通りの生活を心がけた。
気力と魔力の扱いと、鉄家空手の修行。
料理の修行。
無理をしていないと言えば嘘になった。
だがそれでも気丈に振る舞い、お淑やかながらも元気に生活を送った。
それが魅力的に見えるのは無理からぬ事で……
「おい桜」
「あ……間桐先輩」
葬儀が済んで数日後、桜は間桐慎二に呼び出された。
一時期……本当に一時期戸籍上だけ兄となった存在。
最後の聖杯戦争時には、慎二の父である鶴野が国外に旅行に行かせていたため交流したことはほとんどない。
その後は雁夜に引き取られたため、事実上は親戚程度の間柄でしかない。
「おじさんが亡くなったけど……大丈夫か?」
だがそれでも慎二は女の子に優しいのは有名で、それは親戚である桜も例外ではなく……むしろ他の女の子達よりも優しく接していた。
成績も優秀で容姿も並以上のために結構人気だったのだが……桜にとっては親戚以外の感情はなかった。
「ありがとうございます、間桐先輩。けど大丈夫です、みんながいますから」
「そうか。困ったら僕を頼ってもいいからな」
「はい!」
寂しくても気丈に笑顔を見せる桜の顔を見て、慎二は顔を赤くしながら桜を見送った。
その様子を……影でこっそりと見つめる影がいた。
「桜を呼びだしたってきいたから少し心配だったけど、問題ないみたいね」
「おい遠坂。いくら妹の事が心配だからって、さすがにのぞきはまずくないか?」
「だったらどうして士郎もいるのかしら?」
「お兄ちゃん、それに遠坂先輩も。声が聞こえちゃいますよ」
「サクラが心配なのはわかるけど……さすがに過保護すぎない? リン」
姉である凜と桜の仲良し幼なじみの三人だった。
イリヤは本来年齢的には士郎と凜よりも年上なのだが……日本の生活に慣れるのと、体の問題があって学年が一年遅れており、士郎と凜の同級生だった。
そしてそんな四人がいることに……桜が気付かないはずもなく
「姉さん? イリヤ先輩に、士郎先輩、それに遊美ちゃん?」
ぬっと……隠形しながら四人の背後に回った桜が地の底から出ているかのように低い感じの声を出して、四人がビクッと体を震わせた。
そして背後を振り向けば……それはそれは満面な笑みを浮かべた桜がいた。
笑っているが、決して笑ってないことは……誰もが直ぐに感じ取れた。
「何してるんですか? 先輩達に遊美ちゃん?」
「え、えっとね桜? 誤解しないで欲しいんだけど」
「何をですか? 遠坂先輩?」
姉としてひるむわけにはいかないからか、恐怖に足がすくんでいたが、それでも凜は気丈に返そうとした。
だがそれでも笑顔の桜が怖くて……
「さ、桜が心配だったから様子を見に行こうって士郎がね?」
「あ、汚いぞ遠坂! そう言い出したのは他でもないお前だろう!?」
「私は止めたんだけどね、サクラ。まぁ心配だったのもあるけど……面白そうだったからつい、ね?」
「イリヤ先輩。それ言ったら桜ちゃんが怒りますよ? 桜ちゃん、ごめん。心配だから見に来たの。間桐先輩いい人って有名だけど……でも親戚の人だからどうなるか心配で」
「はぁ……もう、みんなして心配して」
野次馬根性があったのは間違いなかったが、それでも自らの事を心配してくれたのは直ぐにわかったので、桜も怒るに怒れず苦笑するしかなかった。
寂しくないと言えば嘘になる。
だけどそれでも寂しいと思える暇なんてないのが……わかってしまった。
こんなにも自分の周りには、自分の事を心配してくれる人がいるのだと……
「こらー! もう放課後なんだから部活がない子はさっさと帰りなさい!」
「あ、藤村姉さん」
「こら! 学校では藤村先生って呼びなさい! 士郎君?」
「は、はい」
「桜ちゃんもまだ辛いかも知れないけど余り無理しないでね? いつでもお姉さんを頼って良いんだよ?」
「ありがとうございます、藤村先生」
「それはそれとして桜ちゃん? 空手がすごいってきいたことあるけど、弓道とか興味ない? 新人確保したくてさ。美綴ちゃんが部長なんだけど」
何故か弓道と聞いて惹かれたが、それでも自分にはやることがあるために、桜は大河の誘いを断って、五人で下校した。
その際当然……色恋沙汰の話に発展するのは無理からぬ事で……
「で? 桜は慎二のことどう思ってるの?」
「どうって……? 何のこと姉さん?」
「呆れた。あんたまさか気付いてないの? 心配してたのは事実だろうけど、アレは絶対にあんたに好意を抱いているわよ?」
妹のある種の鈍さに姉である凜は溜め息を吐いて肩をすくめた。
美人姉妹……といってもある程度親しい人間でなければ凜と桜が実の姉妹なのを知らないが……として結構有名であり、凜も多数の男性から告白された事があるため、慎二が桜を呼びだした理由は直ぐに看破していた。
「そうなのか? 慎二がモテるのは知ってるけど、誰かを好いたって話は聞いたことないぞ?」
そんな慎二と親しい士郎は、慎二の優しさとモテ具合をよく把握していたが、それでも慎二が誰かに好意を抱いたことをきいたことはなかったので、首を傾げる。
「唐変木は黙ってなさい!」
「そうだよお兄ちゃん。色恋沙汰の話なんて、お兄ちゃんほとんどわからないでしょ」
「遊美……さすがにちょっと傷ついたぞ、俺」
「ふーん。確かにシンジは優しいってきくし、顔も悪くないみたいだけど、サクラとしてはどうなの?」
「どうって言われても……」
桜は顎に指を当てて考えるが……考えるまでもなかった。
間桐慎二が
クラスの子が早速慎二の事を話をしていたのも知っていた。
だけど……桜にとってはそんなことなどどうでもよかった。
日が暮れ始めた穂群原学園へと通じる長い坂道を下りながら……桜はみんなよりも数歩前に出て……
茜色に染まる坂道で、太陽を背にしながら……満面の笑みを浮かべて、こういった。
「私は今も昔も一人の人しか見てないから、誰にアプローチされても断るよ」
その言葉を聞いて……四人はそういえばそうだったと言わんばかりに……
それはそれは深い溜め息を吐いたのだった。
「そういえばそうだったわね。慎二も気の毒なことね」
「良いんじゃない別に? それよりもサクラ? 今週の稽古はどうする? 無理なら休んでも良いと思うけど?」
「ううん。みんなで今まで頑張ってきたんだから、続けるつもりですよ、イリヤ先輩」
「それは良かった。今度こそ勝ってみせるからね!」
「一番弟子として、早々勝ちは譲ってあげませんよ?」
「あ、言ったね桜ちゃん。私もお兄ちゃんも今頑張ってるからうかうかしてたら抜いちゃうよ?」
「そうだな、俺も一本くらいは桜から取ってみせるよ」
「それに……いつか倒さないといけない人もいるしね?」
イリヤの挑戦的な言葉に、全員が同じ人物を思い浮かべて、好戦的に笑みを浮かべていた。
とくに五人の中でもっとも静かに……だが苛烈な情熱と意志を持っているのは、一番弟子の桜だった。
「ま、それはまたにして……桜、どうする? 買い物して帰る? 付き合うわよ?」
「ありがとう、姉さん」
五人は実に楽しそうに……だが兄妹弟子として互いを気遣って、これからも稽古に励んでいく事だろう。
その後、彼女が……彼女たちがどう生きたのかはわからない。
魔術が絡む以上、普通よりもより険しい道が待っているのは間違いなかった。
だがそれでも、彼女らは歩みを止めないだろう。
確かな力と
確かな優しさと
確かな心を備えているのだから。
誤字報告 N-N-N様、ありがとうございました