時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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「ユーきを持って、ナせば大抵なんとかなる!」


光輝再臨の章
第一殺一章:毒の針


 芥川龍之介、『侏儒の言葉』より抜粋。

 

 好人物は何よりも先に、天上の神に似たものである。

 第一に、歓喜を語るに良い。

 第二に、不平を訴えるのに良い。

 第三に―――いてもいなくても良い。

 

 酷い言葉だと、少年は思った。

 その通りかもしれないと、神樹を祀る神棚を見て思った。

 そうであってほしくないと、授業中に窓から校庭を見下ろして思った。

 

 

 

 

 

 西暦の終わり、人は神の怒りに触れた。

 人の増長、思い上がり、人の力が神に近付きすぎたこと。

 天の神はそれらを罪とみなし、人を裁く生物の頂点種―――バーテックスを星へと降ろす。

 数年と保たず文明は破壊され、地球表面は火の海となり、土着の神と天の離反神が守護した四国以外の人類は全て絶滅した。

 人間に味方した数少ない神々は、その身を束ね神樹と呼ばれる大木へと姿を変える。

 それから、数百年の時が経った。

 残る世界は四国だけ。

 星の表面は燃え落ちた。

 西暦最後の人間の子孫達は、情報操作と教育により現在の世界の状態を知ることもなく、世界が平和であることを疑いもせず、神樹を神と崇めて回る小さな世界が出来た。

 

 文明を滅ぼすバーテックスと、星を焼く天の神の炎から人々を守る結界を張る。人々が四国という狭い世界で生きていけるだけの恵みを与える。それが、神:神樹の仕事。

 十代前半の少女のみが成れるのが勇者。その身を捧げて結界と神樹を守り、ボロクズのようになっても戦い続けなければならない。それが、人間:勇者の仕事。

 四国だけで世界を回すという無茶を成し、神樹を管理し、世界を守るため勇者という少女の生贄を捧げ続ける。それが、組織:大赦の仕事。

 結界の外には地獄しかない。

 多くの者はそれを知らない。

 勇者は狭い世界を守る。

 神樹はそのために命を削る。

 大赦はサイクルを維持するために、勇者を騙して生贄にする。

 天の神の怒りに触れても、人類はしぶとくしぶとく、しがみつくようにまだ生きていた。

 

 熊谷(くまがい)竜児(りゅうじ)は、かつて大赦に拾われた捨て子であり、大赦の一員として都合よく使えるように教育を施された少年である。

 現在の彼は幼少期から大赦の一員として優秀な能力を発揮し、その年齢――中学二年生――もあって、大赦から一つ重要な仕事を任されていた。

 その任を果たすため、彼は今、東郷(とうごう)美森(みもり)と同じクラスに入れられている。

 

 

 

 

 竜児は授業を真面目に聞いている。

 真面目に聞いてはいるのだが、同時に頭の中で大赦への報告書も書いていた。

 教師の迫水(サコミズ)先生の話は、もう何百年もの昔に"既に終わった西暦"の頃の、民間における星と神の関係性についてであった。

 

「大昔の人間にとって、空の星は永遠だった。

 不滅の象徴であり、人は星を信仰し、星の姿に神を見た。

 星の数ほど神はおり、人の生涯よりも遥かに長く、空の星は神のように輝き続けた」

 

 サコミズ先生の話を聞きつつ、授業の内容をノートに取って、頭の中で上司の一人に適当に提出する論文もどきの報告書の文章を組み立てる。

 

「空の光が全て神。そういう時代があったこともまた、事実なんだ」

 

 文面は、大雑把にこうだ。

 

 アトランティスは堕落した結果大陸ごとゼウスに沈められてしまいました。

 イカロスは太陽(かみ)に近付きすぎたために蝋で固めた翼を融かされ、落ちて死にました。

 天上に届かせようとしたバベルの塔は、神の怒りで崩されました。

 ナルキッソスはしょっちゅう思い上がりから神を侮辱し神の怒りに触れてしまいます。

 人が思い上がりから、あるいは神に近付いたから、神の怒りに触れたという文献を漁れるだけ漁ってみました。

 ですが、その多くは西洋系列の文献でありました。

 

 神に近付いた人を神が罰する、という関係性そのものが西洋的です。

 むしろ日本は神話における"普通の人間の発生"自体があやふやで、確認できる範囲でも『神の子孫である人』という関係性の方が目につきます。

 一部の日本人は元から神の子孫であり、それ以外がそうでないため、神に近付くことが異端という発想そのものが、ここに馴染んでいない気がするのです。

 

 日本の神が与える罰は『天罰』という言葉の意味に見られるように、人間が悪行を成した時、それに対する罰として降って来るものであるというのが、最もメジャーです。

 西暦の文献を研究した結果、天罰、仏罰、神罰は全て別の概念として語られており、神に近付きすぎた罰は『神罰』に入るのではないでしょうか。

 日本において"神に近付きすぎた罰"という概念が流行らなかったのは、現人神の天皇という存在が居たからではないか、と自分は考えます。

 神に近付く=天皇に近付くであり、天皇に近付くという思考自体が不敬であるという思考が定着していたため、神に近付くという発想があまり育たなかったのではないでしょうか。

 

 また、人間が思い上がる・文明を成長させるのとは違い、不信心ゆえに仏罰が下るというものは散見されました。

 鹿児島に属する島、万里ヶ島。

 これは不信心者が金剛力士像の顔を赤く塗ったため、仏罰で沈んだと言われています。

 例えば長崎県の高麗島。

 これも不心得者が石地蔵の顔を赤く塗ってしまい、仏罰で沈んだ島であるそうです。

 この辺りは中国にルーツが見られますが、そこは本筋でないので触れないことにします。

 つまり"人間が己を上等なものだと思い上がる"という悪いプラスに対する罰ではなく、"神を見下したり倫理を軽んじたり"する悪いマイナスこそが、日本神話体系におけるメジャーな神の怒りなのではないか、と考える次第です。

 

 であるとすれば、日本の神話の『なぞり』ばかりに注目するのではなく、他の神話も参考にして考えることに重点を置いてもいいと思います。

 黄道十二星座に関わる神話は、再度チェックしてもいいのではないでしょうか。

 提言の一つとして受け止められるよう、お願い致します。

 

「よし」

 

 上司に何か提言を提出しろ、それでとりあえず上の点数稼げるようにしておくから、と言われて書いたのだが。竜児本人が省みても適当感が漂っている。

 とりあえず参考文献を並べてそれっぽく理屈捻っておけばいいだろう、という思考は、まるでやる気のない大学生の卒業論文の如しだ。

 

(次に書く機会があればもうちょっとまともに良い感じのやつを書こう)

 

 頭の中で書いた論文を頭の隅っこに保存して、視界の端に東郷を捉える。

 不慮の事態があればいつでも制圧できるように。そういう想定で視界の端に捉えていた。

 やがて、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。

 

「今日はここまでだな」

 

「はーい。お疲れ様です、サコミズせんせー」

 

「皆、予習と復習を忘れないように」

 

 サコミズ先生が教室の外に出て行くと、クラスの中が中学生らしい煩さで沸き立った。

 各々が仲良い友達の席の方に行く。

 廊下に出る。

 携帯を弄る。

 本を読み始める。

 竜児と同い年の中学生達が、クラスの中で思い思いに動き始めた。

 

 教科書をトントンと揃えている竜児の席に、彼の友人である(バン)博人(ヒロト)と、蛭川(ヒルカワ)光彦(ミツヒコ)がやって来た。

 

「リュウさん、今日うちのうどん屋来れる? 母さんが来てほしいって」

 

「あー、今日は無理かな」

 

「そっかぁ。無理言ってごめんなぁ」

 

「いえいえ、こちらこそ融通利かなくてすんませんな」

 

 竜児は眼鏡の位置を直すフリをして、ついつい顔に出してしまった罪悪感を隠した。

 万博人はうどん屋の一人息子である。

 竜児は彼を通して、彼の実家のうどん屋でバイトをしている。

 それは全て"学校帰りに東郷美森がよくその店に寄るから"であり、学校帰りの買い食いでさえも見張れと大赦から言われているからであり、全ては効率と合理だ。

 

「バイト抜きでもうちのうどん食いに来いよな」

 

「じゃあヒロトも家の仕事手伝いなよ。僕だけじゃんバイトしてんの」

 

「そのうちな、そのうち」

 

 竜児は任務のために博人と仲良くしている。

 打算で友人付き合いをしていることに罪悪感を抱いている。

 そこに罪悪感を抱いているという時点で、竜児は博人に友情を感じているというのに。竜児本人はその辺全く自覚が無いのであった。

 

 ヒロトと竜児の会話に、そこでヒルカワが割って入って来る。

 

「さっきのアレ見たか?

 結城が教卓持って一人で動かしてたぞ。

 うっへー、他の女子とはかけ離れた握力と腕力。特にあの握力は嫁の貰い手が無いのでは?」

 

「個人的に結城さんに好感持ってる僕の前でそういうこと言うと、命に関わるぞ」

 

 結城(ゆうき)友奈(ゆうな)はクラスメイトである。

 竜児が思う良い人筆頭のクラスメイトである。

 明るく可愛く、好感が持てる。

 竜児は個人的に様々な事情があって、結城友奈に対し多大な好感と敬意を併せ持っている。

 

 対しヒルカワは、口を開けば他人に嫌われるようなことしか言わない少年だ。

 中二男子がデリカシーが無いのは普通のことだが、セクハラと悪口が大いに混ざるヒルカワの物言いは嫌われて当然な部分がある。

 ヒロトと竜児も、何故こいつと友人関係が続いているのか不思議に思っているくらいだ。

 うどん屋のヒロト、嫌われもののヒルカワ、真面目眼鏡の竜児の三人は、東郷美森と結城友奈のクラスメイトの男子三人組であり、互いの性格もよく理解している間柄だった。

 

 が、それが友奈への悪口を許す理由になるわけでもないので。

 嫁の貰い手が無い呼ばわりしたヒルカワの顔面を、竜児のアイアンクローが掴んだ。

 

「あだだだ! リュウさん握力無いくせに痛い!」

 

「言ったのが僕の前で良かったな。結城さんは僕より握力あるぞ」

 

「お前女子より握力無いとか恥ずかしくないの? ん? 恥ずくないの? ん?」

 

「ヒルカワ君よかあるわ」

 

「あだだだだだ!」

 

 アイアンクローの締める力が強まる。

 

 友人達と話している間も、竜児の視界の端は東郷美森を捉えている。

 美森は友奈と楽しそうに話していて、男子三人組の会話に気付いてもいない。

 

「あ、握力(akuryoku)のある女の子がHな格好をすれば迫力(Hakuryoku)が出るのでは?」

 

「ヒルカワ君日本語喋ろうや」

 

「ん? 外来語のアルファベット混じりが気に入らなかったか?

 折角握力ある女子とかいう需要のない結城を褒める理屈を作ったってのに。

 そこは流石のリュウさんだな、アホだが生真面目ガリ勉で堅物眼鏡の大和男子らしい男よ」

 

「君にアホとか言われると僕の眼鏡が激怒で割れそうになるんだけど」

 

 握力あったって需要はあるだろ、と竜児が無言の意志をアイアンクローに込める。

 

 竜児が視界の端で捉えていることに美森は気付いていない。

 竜児の胸には、彼の上司の一人である過激派な男から贈られた、毒の針が出るシャープペンシルが差されている。

 これで刺せば、不穏な動きを見せた人間が暴走する前に殺すことは容易だろう。

 力の源である端末の奪取、アプリの停止、精霊の加護に対処する方法と権限も大赦から与えられてはいた。成功するかどうか、は別として。

 

 竜児は眼鏡をクイッと押し上げた。

 

「第一、この眼鏡は伊達だ。僕は眼鏡男子とかそういうのじゃない」

 

「ヒルカワの話に乗るのもなんだけど、何故リュウさんは伊達眼鏡を掛ける必要が」

 

「頭良く見えるだろ?」

 

「「 …… 」」

 

「頭良く見えるじゃん」

 

「「 その思考が既にバカっぽい 」」

 

「はああああ!? 勉強が足りないぞ二人共! 眼鏡は頭を良く見せるんだ!」

 

「お前勉強とかバイトとか優秀なのに根がアホな人なんだよなあ……」

 

「"根が良い人"のノリで罵倒しないでください。眼鏡割れそうになるわ」

 

 眼鏡クイッ。クイッ。眼鏡をクイッとすれば頭が良さそうに見えるという考え方がその時点でアホらしい。

 ここだけ見ていると、ヒロトの"勉強とかバイトとか優秀"という評価が非常に怪しく見える。

 "研究と任務では優秀"という大赦からの評価も非常に怪しく見える。

 東郷美森の監視は誰にも気付かれないようちゃんとやっているので、仕事人として無能というわけではなさそうだが。

 

 そして竜児があまりにもメガネクイックイッするので、イラっとしたヒルカワがメガネを取り上げようとした。

 

「うおい僕の眼鏡に触んないでくれ! 指紋付いたら殺意が湧くから!」

 

「眼鏡触られたくらいでそんなキレんなよ、メガネに性的興奮を覚える変態かよ」

 

「僕にとってはこの眼鏡は大切なものなの。

 というか伊達でも眼鏡使いにとって眼鏡は命より大切なものなの。

 眼鏡使いは皆、自分の眼鏡を取られそうになったら死ぬ気で戦うんじゃないか、多分」

 

「メガネ使いとはなんぞや」

 

 ヒロトとヒルカワが首をかしげた。眼鏡使いは眼鏡使いである。

 

 美森と友奈が部屋を出た。

 この流れならほぼ確実に『勇者部』に部員として顔を出しに行ったのだろう。

 竜児はポケットの中で携帯を操作し、大赦に対象の移動を報告する。

 

「あ、いつの間に東郷も居ねー。

 ちくしょー、あのお胸様をもうちょっと拝みたかった」

 

「死ねよ」

「死ねば?」

 

「素直になれよ、リュウさん、ヒロト。

 巨乳が嫌いな男子とか居ない。

 男子中学生となれば100人中150人が巨乳好きなもんだろ!」

 

「死ねば」

「死のうか」

 

「特に今日はバッグの紐が、こう、胸の間を通っていて……パイスラ!

 パイスラッシュ! ええやろ! 東郷はあれがいいんだ、あれが!」

 

「えええ……」

「クラスメイトの良い人をそういう目で見るのは罪悪感が……」

 

「そこでリュウさん、学校一の知恵袋と言われるお前の出番だ!

 あの大きな二つの山を! その合間を通る紐を!

 そして出来上がるパイスラッシュを!

 出来る限り短い言葉で表して、短くも美しい表現として俺に聞かせてくれ!」

 

「%」

 

「―――」

 

 竜児が一秒もかけずに返した返答は、竜児の知識の多さと頭の良さを証明するものであり、ヒルカワの膝を折らせるに足るものだった。

 

「%……おお、%。二つの山と間のスラッシュ、まさにパイスラを具現する文字……!」

 

「こんな無駄なことに長時間思考したくないから。眼鏡洗ってた方がまだ有益な時間になるわ」

 

「やはり俺の目に狂いはなかった。

 お前の知識があれば、それっぽく理屈をつけて他人を納得させる下地ができる!

 言いくるめ特化の俺と組もう!

 そして世の中のあることないことでっち上げて市民を思うがまま操っていこうぜ!」

 

「マスゴミィ!」

「ヒルカワ君。君がそういうのになったら僕はまず君を捕縛しに行くからな」

 

 社会不安を煽りそうな人間を消すのも大赦のお仕事である。

 

 いつかこの友人を自分が消すハメになりそうだと、竜児は半ば本気で思っていた。

 

(さて)

 

 ぼちぼち帰る、と言って竜児は友人と別れた。

 トイレに入り、個室で大赦にメールを打つ。

 

 

 

――――――――――――

差出人:熊谷竜児

――――――――――――

宛先:大赦

――――――――――――

件名:六月第四週 週次報告

――――――――――――

 

潜在的危険度:変化無し

記憶が戻る兆候:無し

監視:継続

強制連行準備:継続

 

備考:勇者としての戦闘を行ってから一定期間経っても、潜在的危険性の上昇は見られません

 

 

 

(送信)

 

 東郷美森は勇者である。

 結城友奈は勇者である。

 二人は世界を滅ぼす敵と、命をかけて戦っている。

 勇者としてのシステムの影響で、死んだ方がマシな状態に追い込まれる可能性も非常に高い。

 

 東郷美森は可憐な少女だ。

 かつて勇者として戦い、足の自由と記憶を失い、車椅子生活に追い込まれた。

 大赦は彼女が辛い記憶も失ったことを利用し、再度勇者としての責務を背負わせ、いざという時のセーフティとして竜児を配置した。

 

 結城友奈は元気な少女だ。

 普通の女の子が、他人を想い命がけで星の外敵と戦っている。

 彼女の普通の心が限界に達し、何らかの暴走の兆候を見せた時、その被害が甚大になる前に処理するのも竜児の職務である。

 

 大赦は基本的に勇者も救われることを望んでおり、『処理』は勇者の暴走で一般人に大きな被害が出ることが予想された場合の、いわば最終手段である。

 この職務は勇者の力が一般人に向かうという最悪の事態を回避するためだけにある。

 

 二人に罪は無い。二人の仲間の勇者達にも罪は無い。

 むしろ、心底好感が持てる少女達である。

 だからか、こういうことをやっていると、竜児は苦々しく思わずにはいられない。

 

 どちらが本当の自分なのか。

 冷たい方の自分か。彼女らを害しかねない自分か。

 笑っている方の自分か。彼女らに好感を持つ自分か。

 だから個人的な考えで、少年は冷たい方の自分が本当の自分だと思い込む。

 

(今更だ)

 

 自分が良い人だなんて竜児は思えないし、自分が笑っていていい人間だなんて思えないし、自分にそういう権利はないと考えていたから。

 

(今更じゃないか)

 

 重い気持ちを抱えて、竜児は大赦に向かった。

 

 

 

 

 

 東郷美森は元勇者である。

 勇者システムには、『満開』という自分の一部を捧げて神樹から特大の力を得るものがある。

 これを用いると後に待つ『散華』によって五感、声、記憶など、勇者たる少女の内の大切なものが強制的に神樹へと捧げられてしまう。

 東郷美森も昔は鷲尾(わしお)須美(すみ)という勇者であったが、今はその記憶も名も失い、東郷美森という名で新たに勇者として戦っているのが現状だ。

 

 今世代の勇者に満開の使用記録はない。

 バーテックスとの数回の戦闘も、幸運にも満開(力の獲得)と散華(身体機能の喪失)無しに乗りきれている。

 だが、この先どうなるかは分からない。

 大赦は満開のメリットは伝えているが、満開のデメリットである散華のことは一切勇者達に伝えていないからだ。

 

 嫌な言い方をすれば、満開後の勇者は最低でも身体障害者になることが確定しているわけだ。

 こうなった勇者への対応は、大赦の中でも意見が一致しているとは言い難い。

 勇者の近くに監視役を置くべきという意見。

 お役目の後は力を奪って日常に帰せばいいという意見。

 散華の結果破滅的な思考から暴走する勇者も出るはずだという意見。

 満開を繰り返した勇者は神に近い性質を持つため、自由に使える力だけを奪って神と崇め、有事に使える戦力として保管すべきという意見。

 子供がかわいそうという意見。

 様々である。

 

 そういった様々な意見の結果、「いざという時の事態に対応するため」の見張り役として竜児が配置されている。

 勇者は信仰対象の神樹に捧げる人柱であると同時に、状態によっては信仰対象にも成り得るという大赦の基本指針の矛盾が、彼をこの微妙な立ち位置に置いていた。

 

 彼女らこそが神語(かんがた)りから始まる神話の主役。

 ゆえに竜児は背景であり、モブである。

 背景に混ざる、毒の針だ。

 

 毒の針は勇者を日常の中で殺せても、世界は守れず、世界は救えない。

 

 

 

 

 

 神樹に体の一部を捧げて力を得て、天の神の脅威と戦い、生贄となるのが勇者。

 

 だが本来、人柱とは『人間の命は何よりも尊い』という大前提で成り立つものである。

 人間が最も価値があると認識しているものを、神の下へと捧げることで、神への最大限の敬意と奉仕を証明するものなのである。

 地位の高い"姫"等が生贄に捧げられるのも、華美で絢爛な装飾品が生贄と一緒に捧げられることがあるのも、この思想の延長だ。

 つまり、出来る限り価値の高いものを捧げよう、けれど支配者層や偉い人間は犠牲にならないようにしよう……という、生贄の一つのテンプレートに沿っているというわけだ。

 

 例えば人身御供慣習が多い静岡周辺においては、一説には15歳か16歳の少女で処女、かつ容姿の優れた美少女のみが生贄に選ばれるという。

 勇者という少女の人柱を戦わせている大赦のシステムは、おそらくこれが近い。

 

 だが大赦の一部の人間は、システマチックに少女の命を捧げている。

 世界のためなら自分の命も捧げられる、少女の命も捧げられる。当然のように。

 ……それは、命の価値を本当に重く見ていると、言えるのか?

 世界のためには仕方がないから、で捧げていく他人の命に、重みは感じられるものなのか?

 

 この勇者システムは、無垢なる少女の命に価値を見て、その死が胸痛む悲劇であると認識している神々と。そんな少女を平然と生贄に捧げられる人間達がセットでないと成立しない。

 

 ならば。

 美森や友奈を生贄に捧げて眉一つ動かさない大人と。

 組織の基本方針に逆らいもしない竜児にどれほどの違いがあるのか。

 違いはあるだろ、と言う人も居るだろうが、竜児は違いなど無いと考えている。

 

 むしろ、学校で普段顔を合わせているのに、普段は同じクラスに通う仲間のようなツラをして接しているのに、その上で生贄に捧げようとしているのだから、どんな外道よりも最悪であると認識していた。

 そうやって自己嫌悪で落ち込んで、"早く学校に行って友達と駄弁って忘れたい"と時々思ってしまって、罪悪感から逃げている自分を自覚して、また竜児は落ち込むのである。

 良心を持ったまま大赦に所属していることが既に、彼に対する罰だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児は専門書を読みながらバスに揺られ、大赦の近辺にまで移動。

 そこからは歩いて移動し、自分の足だけで大赦に向かった。

 定期的な報告と、神樹様への信仰の証明と、大赦に忠実であるという宣言は、竜児に義務として課されているものである。

 

 専門書を読みつつ、眼鏡クイッしながら歩く竜児の前に、その時立ちはだかる影があった。

 

「待ってたわよ」

 

 強気な目。

 不敵な笑み。

 腕を組み、足は力強く地を踏みしめている。

 ツインテールがゆらゆら風に揺れていた。

 

「夏凜……」

 

 立ちはだかった彼女の名は、三好夏凜。

 

 熊谷竜児と因縁を持つ、パーフェクトな完成形勇者。

 

「久しぶり。夏凜が溺れたアブラゼミみたいな声を出して訓練してた日以来だな……」

 

「どういう声よ!

 というかそれは一昨日でしょうが!

 私とあんたは昨日も会ったわよ!

 そしてあんたが私の家で洗濯して忘れてった大赦の服と仮面を届けに来たのよ今!」

 

「そういやそうだった」

 

「人んちの洗濯機を勝手に借りといてこの言い草……!」

 

「いや助かったよ。僕他に洗濯機貸してくれそうな知り合いのツテに心当たり無かったんだ」

 

 まあ因縁と言っても重いものではなく、夏凜の兄春信が十年前に捨て子だった竜児を拾って、以後その縁もあってちょくちょく面倒を見ていたというだけの話である。

 

 十年前に夏凜の兄・春信に拾われた竜児は、夏凜から見れば勉強が出来るだけのアホ、兄に信用されている出来の悪い友人に見えている。

 そして竜児からすれば、"夏凜と同い年でいいじゃん"と雑な理由で自分の年齢を決められた過去があり、夏凜は春信に愛された頑張り屋の友人に見えている。

 二人は互いに、知り合い以上家族未満の感情を抱いていた。

 

「うわっ、色落ちしてる! 大赦の服が情けない色になってる!」

 

「使っていい洗剤とか確認しないで洗濯したあんたが悪いんじゃない」

 

「大赦の服と仮面に洗濯タグとか付いてないから……って勇者はご存知ないか」

 

「え、そうなの? 細かいとこしょっぱいわね大赦の制服」

 

 夏凜の家の洗濯機を借りた洗濯は、大赦の制服の色落ちという報いとして帰って来た。

 いっぱいかなしくなった竜児は大赦へ行かず、一旦夏凜と一緒に近所のコンビニへ。

 色の濃いマジックペンを購入し、色落ちした部分の色を上塗りするという作戦に出た。

 大赦の制服の色落ちなど許されない。

 大赦は厳格な組織なのだ。

 

「どう?」

 

「うん、色戻って来た戻って来た。

 サンキュー夏凜。フォーエバー夏凜。やっぱ夏凜は最強だわ」

 

「でしょ? ふふん……あれ? 最強とか特に関係なくないこれ」

 

 褒められてるのか馬鹿にされてるのか判断に迷う夏凜をよそに、竜児はコンビニの棚にあった煮干し一袋(お徳用にぼし 300g 税抜き570円)を購入した。

 

「お礼に煮干しおごりますよお嬢様」

 

「あらあら随分と安っぽいお礼ですわね男のくせに」

 

 暗にもっと高いものでお礼しろと言っているが、嬉しそうに煮干しをつまんでいるので、口調とは裏腹にこれがおそらく正解である。

 

「煮干しはいいものよ。いくら食べても飽きないし、栄養も多いもの」

 

 眼鏡クイッ。竜児も煮干しをつまみ食べる。

 

「煮干しはドコサヘキサエン酸が大いに含まれてるものな。

 その効能は頭を良くすること。つまり煮干しは僕らの頭を良くする効果があるんだ」

 

「そういえばそうだったわね」

 

「だから眼鏡と煮干しが揃ってる今の僕多分、世界一頭良いよ」

 

「今のアンタ、世界一頭悪い人間に見えるわ」

 

 煮干しをポリポリかじりつつ、夏凜は大赦の服と仮面を抱えた竜児を見る。

 それを付ければ竜児も立派な大赦の一員だが、夏凜の中にある冷淡無色な大赦構成員のイメージと、目の前に居る竜児の天然な振る舞いがどうにも噛み合わない。

 

「……あの仮面の下にもまともな人間の顔があるんだな、と思うと不思議な気分だわ」

 

「そりゃあるさ。人間の心も人間の表情も。大赦だって人間だもの」

 

 竜児とて、大赦の仮面と服を外した自分が大赦の人間らしくないことくらいは自覚している。

 だが、しょうがないではないか。

 友達と向き合っていると、自然とこうなってしまうのだから。

 友達とふざけていると、心が上を向く。

 友達と話していると、心が前を向く。

 仕事のことを考えるだけでどうしようもなく暗く、重くなってしまった心が、なんだか救われた気分になる。

 

 小さな救いではあったが、竜児の心は今間違いなく、三好夏凜に救われていた。

 

「あんた、今日は大赦に何用?」

 

「春信さんに報告」

 

「うげっ」

 

 夏凜の兄の名を出すと、夏凜の顔が露骨に嫌そうになった。

 兄・春信と妹・夏凜の仲は上手く行ってない。

 春信は完璧超人であり、現在も大赦の重要なポストに就いている人間だ。

 対し夏凜は兄と比べられ、優秀な兄と比べられてきたことに劣等感を持ち、大赦に任じられた勇者のお役目を懸命に果たそうとしている人間である。

 

 竜児は春信の方に強い感謝と敬意を持ち、夏凜の方に親しみと好意を持っている。

 なので春信を下げて夏凜を上げることも言えず、夏凜が嫌そうな顔をしている理由も後押しできず、夏凜を露骨にたしなめて叱ることもできない。

 そもそも、家族なんて知らない拾われっ子が、家族問題に何を言えるというのか。

 

「そんな顔しないの。夏凜は女の子でしょうが」

 

「わかってるわよ」

 

 ムスっとした夏凜を前にして、竜児は眼鏡の位置を直しつつ困る。

 

「バーテックスとの初陣はもう越えただろうに、そっちは全く変わらないわけだ」

 

「越えたのは初陣だけよ。明日戦いがあって、明日私は死ぬかもしれない」

 

「死ぬ気、あんの?」

 

「あるわけないでしょ! 意地でも死んでなんかやるもんですか!」

 

 ムカーっとした夏凜を前にして、竜児は眼鏡クイッして笑う。

 

「神様が居るっていうのはいい。神様が居るなら天国も地獄もあるさ。

 僕は幸運にも、地獄はちゃんとあるんだって、生きてる内から知ることができた」

 

 天の神、地の神、そういうものが居るのなら、地獄もきっとあるだろう。

 

「僕はそこへ行くんだろう。

 勇者は天国に行くんだろう。

 そうでなければ、帳尻が合わない」

 

 地獄があってくれてよかった、と竜児は思う。

 でないと生前の行為の報いが訪れない。自分に訪れる報いが無い。

 天国があってくれてよかった、と竜児は思う。

 でないと生前の行為が報われない。勇者が死後に報われない。

 

「君は勇者なんだから天国に行きなよ。できれば長生きもしてもらいたいところだ」

 

 これは大赦の考え方とは違う、竜児なりの死生観である。

 頭の良いアホがまた変なこと言い出した、と夏凜は思った。

 夏凜は鼻を鳴らして、少年の背中を思いっきり叩く。

 

「いったぁシャレにならない痛み!」

 

「言い草が堅っ苦しいのよ。背筋伸ばしなさい」

 

 夏凜は帰り、竜児は大赦に向かう。

 

 少年の背筋は痛みと衝撃でピシッと伸びて、顔はまたちゃんと前を向いていた。

 

 

 

 

 

 大赦において、竜児の上司と言える人間は複数いる。

 現在の勇者監視の任を与えた人間。

 研究開発畑の人間。

 そして竜児の個人的な保護者、かつ責任者である三好春信の三人である。

 

 今日の報告は三人全員にする必要があり、春信への報告は結局最後になってしまった。

 

「―――以上です。

 結城友奈、東郷美森、犬吠埼風、犬吠埼樹、三好夏凜。

 五人に危惧された問題は一切発生していません。予定通りかと」

 

 とはいえ、前述の二人への報告も、春信への報告も、大した報告内容はない。報告自体はさっさと終わってしまった。

 

「楽にしなさい」

 

「いいんでしょうか、春信さん」

 

「私はいいと思うけどね」

 

 身内の子を可愛がりたい春信と、春信個人に恩を感じている竜児の間に、どことなく暖かな空気が広がる。

 

「夏凜はどうかな」

 

「元気ですよ。僕の方が助けられてます。

 讃州中学勇者部に入ってからは、見たことのない顔をすることも増えました。

 勇者部は学外でも知られるいい子揃いですから、いい友達が増えたんだと思います」

 

「そうか。良かった」

 

「暴走した勇者を自分が処理できるか、と言えば不安が残りますが……」

 

「それは問題無い。

 精霊憑きの勇者に対処できないなら、乃木園子から端末は取り上げられない。

 勇者の暴走を警戒する必要が無いなら、そもそも端末を取り上げる必要がない。

 大赦に、乃木園子を信仰する者、警戒する者が居るように……

 勇者への警戒と対処を、確たるプロトコルとして成立させようとした者も居るんだ」

 

 日本の宗教、神話、神道において、神とは"崇め奉る"ものだ。

 神は倒すものではない。

 神は立ち向かうものではない。

 持ち上げ、崇め、褒め奉り、相応の貢物を捧げて、大人しくしてもらう。

 あるいは人間に都合の良いように動いてもらうものである。

 勇者が信仰対象であると同時に消耗品でもある理由は、こういう部分にもあった。

 

 大赦は、勇者が役目を果たした時には、大いに貢物を捧げる気でいる。

 それで済ませる気でいる。

 全ては世界と神樹のために。

 

「竜児。君に下された命令は、別に守らなくてもいい。逃げ出してもいい」

 

「え」

 

「君にそこまでの期待はされていない。

 元より、勇者に反撃されれば君は即死だ。

 君は言うなれば、万が一の時のための鉄砲玉でしかない」

 

「……ありがとう、ございます。気遣っていただいて、嬉しいです」

 

 別に、世界を守ってくれるのであれば、大赦としては死んでもらっても構わないのだ。

 勇者も、竜児も。

 大赦に死んだ勇者を崇める気はあり、死んだ竜児を崇める気はない。

 

「でも、やります。僕も世界のために何かできるなら、何かしたいですから」

 

「……そうか」

 

 良い兄で、有能な個人だと、竜児は思う。

 夏凜がこの兄を嫌う理由も、この兄が夏凜を愛している理由も、なんとなく分かる。

 春信は夏凜だけの兄だ。

 彼に拾われて、大赦で教育されただけの竜児は、春信の弟でも夏凜の弟でもない。

 

 竜児も本当は、家族が欲しかった。兄弟が欲しかった。

 血の繋がりを超越し、繋がれるような兄弟が。

 けれどもそれは、捨て子の竜児には過ぎた願望である。

 熊谷竜児は大赦から送り出され、大赦に帰り、課された役目を果たし続ける。自分に能力があることを示し続ける。そうすれば、その間だけはまず間違いなく捨てられない。

 

 熊谷竜児の帰る家は、大赦にしかないのだ。

 

「春信さん。僕は、まだここに居ていいのでしょうか」

 

「……ああ。君は大赦によく尽くしてくれている」

 

「良かった。嬉しいです」

 

 延々と、延々と、敬意と好意を持った少女達にとって不利な報告をし続けなければならない。

 大赦に逆らえない。

 組織の命令を否定できない。

 したくないことを望んで続けなければならない。

 

 勇者達と違って、竜児には大赦を否定した後に帰る家など、どこにもないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 神樹の作った空だけを見ている人間には見えない彼方、神樹結界の外側の本物の夜空に、空を舞う灰色の怪物と赤い巨人の姿があった。

 

《 ブラキウム 》

《 ビースト・ザ・ワン 》

《 フュージョンライズ! 》

 

《 ブラキウム・ザ・ワン 》

 

 天に輝く神の威光の真ん中で、何かと何かが混ざりに混ざる。

 "星屑のような"白い化物が集合し、二体の化物が融合し、翼の生えた巨大な獅子が完成した。

 獅子が赤き巨人に噛み付こうとし、巨人は慣性を無視した急速旋回。

 獅子の怪獣の牙をかわして、巨人は炎で真っ赤に染まった地球を見下ろした。

 

『これは……この燃え尽きかけている星は、地球なのか!?』

 

 赤い巨人は信じられないものを見るような目で、天の神に燃やされ続けている地球の表面を見下ろす。

 輝くその目に宿るのは驚愕であり、怒りであり、悲しみであり、苦痛であった。

 巨人はこの瞬間に初めて、この宇宙における地球を見た。

 

『ここが地球なら、僕は……』

 

 燃え盛る赤き巨人が獅子の怪獣を焼き尽くそうと炎の塊を爆発させるが、焼き尽くせずに脱出と回避を許してしまう。

 飛行速度は、おそらく巨人の方が上だ。

 巨人は地球の上を飛び回り、大気圏の外側ギリギリを飛翔する内に、燃え盛る炎の中でひときわ輝く『神樹様』の姿を目にした。

 思わず、飛翔のための力の流動が止まる。

 

『あの樹は』

 

 そして止まった赤い巨人に、獅子の怪獣が体当りした。

 体当たり、という表現が正しいかも分からない強烈な一撃。

 恐竜を絶滅させた隕石はこうやって地球にぶつかったのだろうか、と錯覚させるほどに速く重い体当たりであった。

 それが、巨人を神樹の方向へと吹っ飛ばす。

 

『しまっ―――』

 

 吹っ飛ばされた巨人と、吹っ飛ばした怪獣が揃って神樹の結界に激突する。

 

 そして、二体分の力が強引に、"結界側面にある結界の弱い部分"ではなく、"結界上部の天井に近い部分"をぶち抜き、結界内部へと落下していった。

 

 

 

 

 

 夏を前にした四国の昼はそれなりに長い。

 夜と言っても、少しくらいなら陽は残っている。

 そんな状況で、空から伊吹島辺りの海に落下した巨人と怪獣を目撃した者が少なかったのは、ひとえに幸運と言う他無かった。

 

「……!」

 

 それを東――つまり海岸線――から竜児が見ていたのは、幸か不幸か。

 財田川を両断する三架橋を駆け抜けて、竜児は大赦に電話をかける。

 おかしい。

 おかしい。

 天の神がバーテックスを動かすと、神樹は対応して結界の中の時間を止めて、結界の内部を色とりどりの樹海に変える。これが樹海化である。

 

 そのため、勇者以外の人間は戦いが起こっていることすら認識できない。

 バーテックスの襲来をそもそも知覚できない。

 それが普通で、それが当たり前だ。

 ならば何故、大赦の有象無象の一人でしかない竜児が、空から落ちて来た巨人と怪獣の姿を見ることができたのか? 明らかに、おかしい。

 

「"樹海化が起きていません"!

 異常事態です!

 神樹様の状態確認、勇者の派遣、現地の避難誘導のための人員派遣を要請します!」

 

 これは明らかに、大赦と勇者が対応を間違えれば終わる事案だと、竜児は判断する。

 まず避難誘導。

 とにもかくにも一般人を海から離す。

 竜児の居る陸地から見て西側の海に落ちたのだから、人はとにかく東に逃がす。

 

 そう思って、走って……少年の視界から空が消える。

 空を翼の生えた獅子が覆う。

 50mサイズの大怪獣は、見上げる少年の視界を全て覆い尽くすには十分だった。

 

「っ」

 

 巨人と怪獣の飛行速度はマッハ10。

 秒速に直せば3.4km/s。

 四国を縦断するだけならば、15秒もかからない。

 海から陸に到達するだけなら、0.5秒もかからない。

 

「―――」

 

 ズドン、と獅子の尾の先が竜児の心臓を突き刺し、股下まで引き裂いた。

 胸の中央から股にまで一直線に切り裂かれたことで、まるで股が心臓の位置にまで上がってきたかのような体になってしまう。

 足と足の間に心臓が落ちる。

 落ちた心臓の上に、ぐじゅぐじゅになった腸が落ち、腸の内容物が混ざった。

 

 50mサイズのバーテックス/怪獣はあまりにも大きすぎて、獅子の怪獣の尾の先端がこんなにも鋭いということ、尾の先をこんなにも精密に動かせること、竜児は"殺されてから"それにようやく気付いた。

 腹から血が吹き出して、体を動かすのに必要な量の血、生命を維持するのに必要な量の血が失われ、竜児は力なく倒れる。

 

(バーテックスは――)

 

 大赦にあった資料のことを思い出す。

 バーテックスは、強大な力で適当に人を殺す化物ではなく。

 確かな知性をもってして、丁寧に人間を殺していく神の使いであると。

 

(――人間を殺し、文明を破壊する)

 

 どこか遠くに、神樹様が異常な発光を示しているのが見えた、気がした。

 何かしなければ。

 今自分にできることは。

 歩けもしない自分に可能なことは。

 そう思考し、竜児は懐で割れていた大赦の仮面を投げ捨て、割れていなかった携帯電話を引っ掴んだ。

 

(『役目』を果たす。でなければ、僕が春信さんに、大赦に拾われた意味がない)

 

 震える指でメールを打つ。

 自分がどんなに無力でも、後に続く勇者のために、せめて何かしてやりたかった。

 怪獣と、赤く燃える巨人が海の上で戦っている。

 

 

 

――――――――――――

差出人:熊谷竜児

――――――――――――

宛先:大赦

――――――――――――

件名:緊急連絡

――――――――――――

 

敵:四足歩行、有翼、体長50m

武器:尾の精密動作を警戒

 

好戦的

危険

推察 獅子の形 獅子座 レオ・バーテックス

巨人詳細不明

 

 

 

 文章が途中からガタガタになったが、意を汲んでくれると信じて送ることを決める。

 送信。

 ……しようとして、竜児は思い留まる。

 そして、宛先を追加した。

 

 

 

――――――――――――

差出人:熊谷竜児

――――――――――――

宛先:大赦,三好夏凜

――――――――――――

件名:緊急連絡

――――――――――――

 

敵:四足歩行、有翼、体長50m

武器:尾の精密動作を警戒

 

好戦的

危険

推察 獅子の形 獅子座 レオ・バーテックス

巨人詳細不明

 

 

 

 深い意味はない。

 ただ、そう思ったからそうした。そうせずにはいられなかった。

 大赦は目的のためならば、このくらいの情報は話すかもしれないし、黙っているかもしれない。そう思ったら、宛先を追加せずにはいられなかった。

 もう二つ、東郷美森と結城友奈の携帯端末の宛先も追加しようとしたが、時間も余力も足りなかった。もう指がほとんど動かせない。

 『勇者』に後を任せて、送信する。

 

 羽ばたいた獅子の怪獣が、人間を軽く吹き飛ばす風を生み、竜児の体が転がった。

 こぼれ落ちた心臓と腸に顔面が突っ込む。

 

(僕の心臓ってこういう色をしてたのか)

 

 自分の心臓の色、腸の色を見たのは初めてだったが、ここまでグロいものだなんて思っていなかった。屍肉のようだと、竜児は思った。

 

(僕の内臓、色悪いな……人間の一部だなんてとても思えない……)

 

 心臓の残骸が口と鼻を塞いでいたが、特に問題にはならない。

 少年の呼吸は、もうとっくに止まっていたからだ。

 勇者に託す。

 勇者に任せる。

 勇者に委ねる。

 少女が選ばれ成った勇者以外の人間が、世界の行く末を左右することはできない。

 ただの人間には、大きなことなど何もできない。

 

 それが、この世界のルールであった。

 

 

 

 

 

 樹海が広がる。

 神樹がようやく、新しい形の敵の襲来に対応した樹海化を広げたのだ。

 怪獣のバーテックスと、人々が暮らす世界が切り離され、時間が止まっていく。

 赤い巨人が、何か驚いた様子で思案している。

 

『メタフィールド……シャイニングフィールド……?

 そのどちらでもあってどちらでもない、このフィールドは……樹の海……?

 いや、それよりも……この子の命が……この怪我の深さでは……!』

 

 それに並行し、少年を巨人の手が包み込む。

 巨人の体が光に変わり、巨人の巨体を構成していた大量の光が、大きな手の平から少年の体へと流れ込む。

 抱きしめるような優しさと暖かさが、手の平を通して伝わっていった。

 

 やがて、神樹の光が世界を塗り替え、人の世界の時間が完全に止まる。

 巨人の体から金色の炎の紋章が消える。

 神樹の結界内部は人の世界から樹海の世界へと切り替わり、その西端で赤き巨人と獅子の怪獣が対峙した。

 

 獅子が唸る。

 

 獅子の口からは青色の破壊光弾が発射され、機関銃の如く連射された。

 赤き巨人は光弾の合間を飛んで抜け……られない。

 ひたすら急所だけを守って、その場に棒立ちになっていた。まるで戦いの素人のように。

 

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 巨人が自分の体の各所を確かめる動作を見せ、やがて左手手首に装備された軽装ブレスレット型のツールの存在に気付いた。

 ブレスレットには赤い宝石。

 ボール状の宝石を、巨人の右手が擦り上げる。

 過剰な量のエネルギーが、擦り上げた右手とブレスレットの左手に弾ける。

 

 そのエネルギーをどう扱っていいのかも分からない様子で、巨人は慌てて素早く両手を頭上に上げた。

 右手と左手でエネルギーがスパークする。

 光なのか、雷なのか、炎なのか、よく分からないが大まかには光であるエネルギーが、頭上に発生した内向きの斥力によって輪の形で循環を始める。

 

 輪の形状は『∞』。∞の字を描き光が廻る。

 外に飛び出そうとする光の力と、それを中央に押し戻そうとする斥力が、光の圧力と循環速度を天井知らずに高め続ける。

 目を奪われる美しさの、光の粒子と波の循環。

 やがて高まり続ける光の圧力と加速に耐えきれず、巨人は腕をクロスさせた。

 

 十字を組んで放った光は、別宇宙においては『スペシウム光線』と雑なカテゴライズで呼ばれる必殺の光熱光線。

 すなわち、巨人の必殺技『メビュームシュート』であった。

 

 光が樹海の上を飛ぶ。

 獅子の怪獣の光弾をぶち抜き、その額に着弾する。

 アーカイブ・ドキュメントによればその温度は約10万度。すなわち起爆0.01秒後の広島原爆の熱に匹敵、あるいは凌駕する。

 額に命中した時点で、耐えられる生物などいるはずもなかった。

 

「……っ!」

 

 だが耐える。

 怪獣は耐えてしまう。

 その獣の名はバーテックス。

 進化の頂点(バーテックス)にして生態系の頂点(バーテックス)

 巨人は光線の出力を上げ、獅子の額をぶち抜こうとする。

 

 が、すっ転んでしまう。

 メビュームシュートを撃つには撃てたが、へっぴり腰な上に踏ん張る力が足りなかったため、光線の超威力が生んだ反動に耐えられなかったのだ。

 やはり、何かおかしい。

 この巨人の挙動は、初めて体を動かすもののそれ、初めて光線を撃つもののそれである。

 

 が、怪獣は待たない。

 軋る咆哮の雄叫びを上げ、獅子は巨人の首を食いちぎるべく、巨人へと飛びかかった。

 

 ―――そこに、光線を撃つ。

 

 光線の反動を今の自分では消せないと判断するや否や、巨人は地面を背にして、地面で反動を受け止める作戦に出たのだ。

 地面に生える色とりどりの樹海が、巨人の背中を柔らかく受け止める。

 意志があるかのように、巨人の背中を支えてくれる。

 

 光線は怪獣の開かれた口内に命中。

 だが、これでも怪獣は倒せない。

 体内から焼き切ろうとする赤い巨人の光線を、怪獣は逆に噛み砕こうとしていた。

 光線を噛み砕こうとする獅子の怪獣に対し、巨人は腕から放つ光線の圧力を上げ、獣の咬合力に光の圧力で対抗する。

 怪獣が接近を始めた。

 

 光線を撃ち始めてから10秒、20秒、30秒が経過する。

 獅子は光線を噛み砕きながら、体内を光線に焼かれながら、巨人に一歩一歩近付いて来る。

 40秒、50秒、60秒が経過する。

 怪獣の尻尾がもう少しで届く距離になり、巨人の胸のタイマーが点滅を始めた。

 70秒経過。

 巨人が光線に死力を込める。

 80秒経過。

 獅子の槍のような尾が振り上げられ、巨人の喉元に向かう。

 90秒経過。

 巨人の喉に尾の先が触れる。

 そして、喉を貫くことなく、尾は力尽きて地に落ちた。

 

 尾が地に落ちたその直後、光線が怪獣の体を貫通する。

 獅子の体内に過剰に充填された光が暴走し、炸裂し―――獅子はその内側より、光の大爆発を引き起こした。

 そして、光線発射から100秒ジャストが経過する。

 

 巨人の姿は消え、樹海化が解け、世界はあるべき形を取り戻した。

 市民が「あれ? 今何か見えなかった?」と目を疑っている。

 神樹が世界を樹海化させている時、通常の時間は一切流れないため、怪獣が一瞬だけ見えて一瞬で消えたように見えたのだろう。

 目を疑っている市民がぽつぽつと見える中、竜児は自分自身を疑っていた。

 

「今……僕……巨人に、なってた?」

 

 怪獣の光弾を腕で防いだ痛みがまだ手に残っている。

 光線の強すぎる反動で腕はまだ痺れている。

 体の中を流れる光を腕に集めた感覚が、まだ全身に残っている。

 ついでに、怪獣の尻尾で心臓から股までザックリ切り飛ばされた事も思い出した。

 

「うっ」

 

 痛みと吐き気が蘇って、恐る恐る腹に触れてみる。

 不思議なことに、傷は表面上塞がっていた。まず間違いなく致命傷だったはずなのに。

 

 だけどなんとなく、腹が凹んでいる気がする。

 ……上っ面の肉と皮だけが治っていて、まだ内臓と内の肉が戻っていない気がする。

 本当に何となくだが、腹を手で強く押せば背中に触れそうな気がした。

 グロテスクな実感を伴うイメージを振り払うように、竜児は(かぶり)を振る。

 

「なんなんだ……」

 

 彼は大赦の人間である。

 敵は神、味方は神。信仰対象の神樹を管理し、勇者を戦いの場に導く。

 それだけだ。それ以上でも以下でもない。

 それ以下の自分は許せないし、それ以上の自分になれると思い上がってもいない。

 空からやってきた巨人の手によって渡された、文字通り"降って湧いた力"。

 

 歓喜でもなく、思い上がりでもなく、ひたすら心が困惑してしまう。

 

「なんなんだ、これ……!?」

 

 落ち着かない。

 落ち着けるわけがない。

 こんな異常事態を前にして、落ち着いていられる中学生など居るものか。

 

 震える手で、竜児は眼鏡クイッした。

 

「ふぅ、落ち着いた。よし大赦に連絡だな」

 

 なんだか落ち着いたので、今起こったことをメールと通話で余すことなく大赦に報告しようとする。組織人の鑑である。

 が、そこで竜児の脳裏に優しげな声が響き渡った。

 

『僕はウルトラマンメビウス』

 

「うわあああああっ!」

 

『君の命を助けるために、僕は君と同化した。

 今の君は僕であり、僕は君でもある。

 気を付けるんだ。おそらく今の怪獣は倒しきれていない』

 

「変な声が頭の中で響いてる!」

 

『僕らは記憶や思考までは同化していない。

 よければ、この地球について教えてくれないかな?』

 

「め、眼鏡……! ふぅ、落ち着いた」

 

 眼鏡クイッで落ち着いたが、一つの事案に一回の眼鏡クイッで対応する間に、新たな動揺要素がやって来る。

 風のようにやって来た結城友奈に、彼はガシッと肩を掴まれてしまった。

 

「あ、同じクラスの熊谷君!

 ねえねえ! 今こっちにとっても大きな怪獣来なかった!?」

 

(うわあああああああああああっ)

 

 逃げられない。

 友奈からも。

 追求からも。

 天神からも。

 巨人からも。

 運命からも。

 

 神樹に始まり、神樹に終わる、勇者が何故勇者たるかを知る神話の物語が始まった。

 

 

 




●融合重力獅子 ブラキウム・ザ・ワン

【原典とか混じえた解説】
・ブラックホール怪獣 ブラキウム
 その腹の穴でブラックホールを生成可能な怪獣。
 あらゆる物質、光線をブラックホールで飲み込み、素粒子干渉可能なウルトラマンの光線さえもブラックホールで飲み込んでしまう。
 『人間の宇宙進出を妨害する』という行動原理を持つ怪獣。

悪魔に類する(フィンディッシュタイプ)ビースト ビースト・ザ・ワン
 人間の恐怖で力を増す、遠き宇宙から来訪した大怪獣。
 恐怖だけでなく生物も吸収して進化を繰り返し、今回の融合に使用されたのは人間、トカゲ、ドブネズミ、カラスを吸収した『ベルゼブア・コローネ』形態。
 その本質はχ(カイ)ニュートリノが人間の恐怖で実体化したχ(カイ)獣。
 怪獣の元となる波動が人間の恐怖と結びついて発生するため、細胞が一つ残るだけでも再生・増殖を行い瞬く間に星を覆ってしまう。
 細胞が残っていなくとも波動から発生する。
 細胞全てを分子レベルで分解する攻撃、死骸を人間から完全に隔離する特殊フィールドの展開能力を持たなければ、強力なウルトラマンでも根絶は不可能。



・天の神
 地の神ガイアに対応する天の神。
 別宇宙においては『根源的破滅招来体』と呼ばれる複合神性。
 根源的破滅招来体、という呼び方も別宇宙の別地球の人間が付けた呼称のため、この宇宙ではそう呼ばれない。
 天の神が天津神に対応するため、この場合は土着の神性である国津神(ガイア)、天上からの侵略者である天津神(宇宙から来た根源的破滅招来体)、別天津神(メビウスetc)となる。
 怪物の本性を持つ天使を使役する。
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