時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第四殺三章:先輩風の吹かし方

 ドビシゴルゴンの一つ目がギョロリと動き、両肩から稲妻が放たれた。

 神樹が展開した樹海を石化させ、そのエネルギーを奪うことで、ウルトラマンのエネルギーとは違う"好きに使えるエネルギー"を怪獣は得る。

 そして、それを攻撃に乗せたのだ。

 

「『 通さない! 』」

 

 対し、巨人は∞の字を象った強固なバリアでそれを防ぐ。

 人の光で復活し、人をその背に守り、巨人は終末を思わせる雷の暴威にも怯まない。

 そしてバリアを展開しながら、"乗って"と勇者達に指示を出す。

 勇者全員を両手に乗せたメビウスが飛び上がるのと、バリアが稲妻に粉砕されるのは、ほぼ同時だった。

 

「うわっ、私達飛んでる、速っ……!」

 

 人間サイズの斬撃ではどうしても斬撃の深さが足りないのか、ドビシゴルゴンの眼球の傷はもう既に残ってすらいない。

 飛翔する巨人。

 手の中の勇者。

 空に向かって、石化光線を連発するドビシゴルゴン。

 空対地の激戦が始まった。

 

 右、左、右、下、右、旋回、宙返り、急降下、右。

 立体的に飛び回るメビウスを石化光線が追い、東郷が合間を見てドビシゴルゴンの目を撃ち潰すも、ほんの一瞬で再生し銃痕すら無くなってしまう。

 石化光線を途切れさせることはできても、それが銃器の限界だった。

 

「撃って潰したくらいの傷じゃ、やっぱり駄目かしら」

 

「構わず撃ち続けて、東郷!」

 

 ウルトラマンは勇者達を抱え、急降下。

 樹海の地表ギリギリまで降り、石化光線に後を追われながらドビシゴルゴンの周囲を円形に飛翔してぐるりと回る。

 ウルトラマンが自分の周りを一周した時、ドビシゴルゴンは気付いた。

 

 囲まれている。

 六方向から、同時に接近されている。

 ウルトラマンはドビシゴルゴンの周りを一周しながらこっそり勇者を地上に降ろし、降ろされた勇者は地面を削りながら着地して、巨人が一周したタイミングで同時攻撃を仕掛けたのだ。

 一騎当万、360°を六人の手で分割した、五人の勇者と一人の巨人の同時攻撃。

 

「一体にまとまったお前は!

 精霊の守りを抜けるようになった代わりに!

 一度に一つものしか、その眼で見られなくなっちゃったんじゃないかしら!」

 

 風の叫びを否定する言葉を、ドビシゴルゴンは持たない。

 誰を選ぶか。

 一度に一つのものしか石化できないのなら、どいつから順に石化すべきか。

 選択の余地はない。迷いもない。

 ドビシゴルゴンは迷うことなく、メビウスに石化の魔眼を向けた。

 

「―――!」

 

 竜児の心が怯える。

 石化の恐怖が蘇る。

 また石になるのか、という想いで足が止まりそうになる。

 

『信じて踏み込め! 君の、人間の仲間達を信じて!』

 

 その足を、メビウスの声が進めてくれた。

 

 光り輝く石化の眼。

 避けず怯えず、真正面から全速力で踏み込む巨人。

 ドビシゴルゴンが石化光線を、正確無比な狙いで巨人に放―――とうとして、突如首ごとその眼が空を向く。石化光線が空の彼方へ飛んでいく。

 

 その頭に背後から樹が強靭なワイヤーを巻き付け、姉と一緒に引っ張り、その頭を強引に空へと向けたのだ。

 

「で、できちゃった!」

 

「ナイスよ樹!」

 

 人間の首だったら一発で折れているであろう、強烈な首間接攻撃。

 さしものドビシゴルゴンも痛みに声を上げ、石化光線を止める。

 そして、上を向いたままの怪獣の巨大な一つ目を、メビュームブレードで両断した。

 目が据えられたその頭部ごと、バッサリ左右に切り分ける。

 

(よし!)

 

 痛みに悶えるドビシゴルゴンが頭を振る。

 真っ二つになった頭部から黒っぽい緑色の血が撒き散らされて、頭部をワイヤーで引っ張っていた樹が、それに引っ張られ宙を舞う。

 

「わ、わわっ!」

 

「樹!」

 

 そこで飛び出す二つの影。

 夏凜が怪獣の力でも切れなかったワイヤーをスパッと切って、友奈が空中で樹をキャッチし、三人揃って帰還した。

 

「見ましたか風先輩! 今の私達の超ファインプレー!」

「ふん」

 

「ナイスコンビネーション!」

 

 すかさずメビウスは怪獣に組み付き、東郷が怪獣の足のアキレス腱らしき部分を撃ち抜いてくれたタイミングに合わせ、一本背負い。

 

「『 うおおおおおっ!! 』」

 

 5万5千トンの体重が地に叩きつけられ、樹海が揺れた。

 メビウスは東郷を拾い、勇者四人の傍らに移動、合流。

 頭を裂かれた上で地面に叩きつけられたドビシゴルゴンは、耳を塞ぎたくなるような恐ろしい絶叫の咆哮を上げ、再生しつつある頭部を見せつけた。

 

 ……頭を真っ二つにしても、その再生に30秒もかからないという、恐るべき怪物。

 これがフュージョンライズによって生み出された融合昇華体バーテックス。

 生命のルールのことごとくを無視している。

 これを確実に殺す力は、神樹に選ばれた勇者の身にこそ備わっていた。

 

「友奈、東郷、樹で封印の儀!

 私達三人で、封印の儀完了まで奴を抑えるわ!」

 

 メビュームブレード。

 オキザリスの大剣。

 揺れる二刀。

 四本の剣と三人の剣士が並び立つ。

 

「行きましょ、三人揃って三剣士って感じにネ? 女子力も全開で!」

 

「その遊びに行くみたいなノリ、ついて行けないわ。つかメビウスは女子じゃないわよ」

 

(ノリが軽いなあ本当に)

 

 三位一体、四つの剣が空間を薙いだ。

 

 まず先手で突き出されたのは、歩幅の大きなメビウスの剣。

 ドビシゴルゴンはかわさない。

 メビュームブレードがドビシゴルゴンの右の手の平に刺さり、腕の中を貫通して怪獣の右肘から剣が飛び出て―――怪獣の右手が、そのままメビウスの左手を掴んだ。

 

「!?」

 

 怪獣は怒りの咆哮を上げながら、右腕の筋肉で刃を掴み、右手の指でメビウスの左手を掴んでいる。そしてそのまま、力任せに倒そうとしてきた。

 メビウスの筋力では対抗しきれない。

 

(力が増してる……!)

 

 そのまま倒され、先程の意趣返しとばかりに地面に叩きつけられる。

 そして、怪獣の足が強烈に巨人の腹を踏み蹴った。

 

「うあっ!」

 

『剣を消して転がるんだ!』

 

 メビウスの声に従い、敵の腕に刺さったままの剣を消して転がる。

 振り下ろされた怪獣の足が空振って、地面を踏んで樹海を揺らした。

 立ち上がりながら、巨人は怪獣の顔面に向けて掌底を放つ。

 掌底は怪獣に避けられ……たかと思いきや、巨人が掌底をくるりと回すと、巨人の掌底の裏に隠れていた夏凜が姿を表した。

 夏凜が巨人の手を踏み跳んで、怪獣の首に二刀を投げ刺していく。

 

「せやぁっ!」

 

 夏凜の刀が喉に刺さり、悲鳴を上げるドビシゴルゴンの膝裏を、風の大剣が樋で力任せにぶっ叩く。怪獣の膝がガクッと折れた。

 膝が折れたと同時に怪獣の体と頭が下がって、落ちて来た頭部の顎に強烈な巨人のアッパーカットが炸裂する。

 癒着しかけていた顔面の切断痕が、アッパーの衝撃でまた開いた。

 

 勇者部が独自に考案し、愛国の東郷が趣味で名付けた『フォーメーション・大和』は、前衛と後衛のコンビネーション。その無数のバリエーションだ。

 前衛と後衛が居て、前衛が敵の目を引き後衛が攻める、その攻撃パターンの無数の集合体であると言える。

 特に、体の大きなウルトラマンを前に出す場合、巨人の陰に隠れやすい小柄な勇者は相当に攻めやすいという利点があった。

 

 勿論それは、巨人の"勇者は下手な動きはしない"という信頼と、勇者の"巨人は私達を踏まない"という信頼と、信頼に応えようとする最大の努力が前提にあるからこそのものだ。

 

その機動の実行に許可が出る(パーミッション トゥ シフト マニューバ)、か』

 

(戦闘中にどうしたんだよ、メビウス!)

 

『少し、懐かしくなっただけだよ。気にしないで』

 

(ああ、集中しよう!)

 

 ウルトラマンと戦闘機の連携に苦しめられた怪獣は別宇宙ならば山のようにいるだろうが、この宇宙のウルトラマンと勇者の連携の強さと連携機動も、中々に強かった。

 

 巨人が動く。勇者が動く。

 どこから二人の勇者が来るか分からない。

 ドビシゴルゴンの足が止まる。

 まるで、霞の向こうの敵が見えず、恐れから手を止める人間のように。

 

 ドビシゴルゴンの心が萎縮したその瞬間に、怪獣の御霊(カラータイマー)が露出した。

 

「今です!」

 

「応っ!」

 

 巨人が光の剣を生やして、怪獣に大きな歩幅で接近する。

 夏凜と風は巨人の背中に隠れ、どこから出て来るかも分からない。

 上か、右か、左か、下か。

 見極めるべく真っ二つにされた眼で巨人を凝視する怪獣。

 その目の前で、光の剣が爆発した。

 

 光が一瞬、怪獣の視界を塗り潰す。

 真っ二つになってもなんとか敵を見ていた怪獣の眼は、この光の炸裂で完璧に視界を混乱させてしまい、敵を見失う。

 たった一度通じればいい、そういう考えからきた安直な奇襲。

 それは見事に成功し、三人の四つの剣が振り上げられた。

 

 ×の字に振り切られた夏凜の剣と。

 縦一直線に振り下ろされた風の剣と。

 横一直線に薙ぎ払われたメビウスの剣が、強固な御霊(カラータイマー)を破壊する。

 

『これが、君達の紡いできたもの。この地球における、人間とウルトラマンの絆だ』

 

 怪獣が、爆散する。

 赤い爆焔が吹き上がる。

 怪獣の残骸は光の粒子となって舞い上がり、彼らの勝利を彩るように輝いていた。

 

「む、あれは昭和39年から昭和46年まで連載されていたという『カムイ伝』の技!

 戦後復興に寄り添った漫画作品として私ですら知っているもの……

 変移抜刀・霞斬りをおそらく参考にした何か!

 ウルトラマンを混ぜ込んだこの技に、あえて名を付けるなら……『ウルトラ霞斬り』!」

 

「唐突な東郷さんの解説!?」

「東郷先輩……」

 

 以後、ウルトラ霞斬りと呼称されたとかなんとか。

 

 讃州中学勇者部はいつも通りの独特なノリで、いつもの様に笑って戦いを終えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わり、樹海化が解けて勇者達が放り出される。

 樹と友奈と東郷は直前まで居た場所の近くへ。

 夏凜は直前まで雨の中鍛錬していて服がびしょ濡れだったので、自宅の近くへ。

 そして雨合羽を着ていた風は、ある山のふもとへ。

 

「あら、一人で別の祠に飛ばされるなんて珍しいわね」

 

 雨はまだ止む気配もない。

 ざあ、ざあと音を立て、雨宿りもしない人間を濡らしてやろうと降り続いている。

 

「よし、バーテックスも倒して一段落ついたし! 人探しの再開よ!」

 

 雨が木々を打ち、コンクリートを叩き、地面にぶつかる音が、風の耳に絶え間なく届く。

 休めばいい。

 激闘の後なのだ、休んだって誰も文句は言わないだろう。

 やる義務なんてどこにもない。

 やって得することもない。

 

 それでも彼女は走り、走り、走り。

 雨の中、ぐったりとして木に寄りかかる竜児を見つけた。

 

「やっと見つけたわ。もー、心配させてくれちゃって、このこの」

 

「犬吠埼先輩……」

 

 風は怪我の有無を確認し、少年の頬額に手を当てる。

 怪我はない。熱もない。全身びしょ濡れだが、体が冷えているというわけでもない。

 ただ、疲労が濃いように見えた。

 

「大丈夫?」

 

「いや。

 なんというか。

 色々あって疲れてしまって……」

 

「お疲れですかね、少年」

 

「お疲れです、先輩。

 ちょっと休んだらちゃんと帰るので、お気になさらず。

 先輩も早めに家に帰った方がいいですよ。風邪引いたら大変です」

 

 竜児は疲れた顔で風を家に帰そうとする。

 プールで着衣水泳をした後のような姿をしている竜児を見て、風は何かを考え、自分が着ている雨合羽のフードと濡れていない髪を弄る。

 そして、有無を言わさず少年をおんぶし、背負った。

 

「せ、先輩?」

 

「落ちないように掴まっておきなさい。変なとこ触ったら言い訳無視で海に投げ捨てるけど」

 

「うっかりタッチが怖い……」

 

 病院がいい? と風は問う。

 家の方が近いですしそっちでお願いします、と困惑しながら竜児は応える。

 病院に連れて行かれて大事になるよりは……と思ってのことだったが、疲労した脳は次第に、風におんぶされて雨の中を運ばれているという状況に、羞恥心を感じ始めた。

 

「やっぱり降ろして下さい。こんな迷惑はかけられないです」

 

「誰かの重荷になるのが嫌、なんて考えてる奴は幸せになれないわよ」

 

「そう、ですかね」

 

「人間皆、人生のどっかで背負われなきゃやっていけないもの。

 あたしだって親には背負われた覚えがあるし。

 樹を背負って歩いた覚えもある。

 樹だっていつか母親になったら、子供を背負って歩きもするでしょうし」

 

 少し、失言だったかもしれない。

 竜児は風が両親のことを話題に出したことで、反応に迷い、言葉を選んだ。

 風は竜児が親に背負われた記憶もなさそうな孤児だったことを思い出し、言葉を選んだ。

 言葉を選ぼうとして、二人共いい感じの言葉を見つけられない。

 一瞬、会話の流れが淀み、止まる。

 風は素早く話題の中身を切り替えた。

 

「勇者部に、あなたのお友達が探してくれって依頼をしに来たわ」

 

「え……じゃあ、犬吠埼先輩は、それで僕を探しに?」

 

「あんなに友達が心配してくれてるんだから、もう心配かけちゃ駄目よ」

 

「……すみません」

 

「……反省してないわね」

 

「えっ」

 

「謝るだけで『もうしません』って言わないやつはどうせまたやらかすのよー」

 

「う」

 

 けらけら、と笑う風。

 探すのにちょっと苦労したから、このくらいの意地悪はしてやらないとね、なんてお茶目なことを考えている様子。

 

「またこうやって本気で探すのは苦労しちゃうからネ。

 あたしのことを気遣って、できれば以後控え目にしてくれると嬉しいわ」

 

「……はい」

 

 風は、また居なくなってもまた探すと暗に言っている。

 また見つけ出してやると言っている。

 何度でも、何度でも。風は彼がどこかに行ったら、探し出してくれるだろう。きっと。

 その時はまた、彼女の輝く心が彼に届くかもしれない。

 

(あの時)

 

 竜児は石化させられ、粉砕させられ、光を失い闇の中に居た。

 だが狂乱することも、発狂することもなかった。何故か?

 カラータイマーの欠片を、輝く心の勇者がずっと身につけていてくれたからだ。

 欠片が絢爛に輝くほどに、その心の光を見せてくれていたからだ。

 巨人の石化を解き、その復活を促す光を注いでくれていたからだ。

 

 風の心の光が、石の中にいた竜児の心を見つけてくれた。

 風が抱いた竜児への共感と、彼に向けられた暖かな光は、石化の闇の中でもうっすらと感じられ彼の心の支えになってくれていた。

 

「ありがとうございます、犬吠埼先輩」

 

 竜児は感謝する。

 あたかも、風が探してくれたことを感謝するかのような語調で。

 彼女の輝く心が無ければ、あの石化の闇の中で、心が折れていたかもしれないから。

 

「いいってことよー! 何せあたしは、勇者部の部長だからね!」

 

 竜児の家に辿り着き、風は竜児を降ろす。

 この家に帰るルートが何度もおかしなことになっていたから風は竜児の素性に気付いたのだが、竜児はまだ風がそれに気付いていると勘付いていない。

 彼の目に映る風は、ただの面倒見の良い包容力のある先輩だ。

 竜児は風に少し待っているように言い、家の中に入って、すぐ戻って来る。

 

「傘とタオルです。せめて持っていってください。

 あの……もしかして、この凄い雨の中、ずっと探していてくれてたんですか」

 

「そうよ。中々見つからなかったから、結局二日もかかっちゃった」

 

「昨日からずっと……」

 

 竜児が、嬉し泣きしそうな顔なのか、申し訳無さで泣きそうな顔なのか、よく分からない感情混ぜ込ぜの顔をした。

 今なら、風も彼の内心の状態がよく分かる。

 

「僕らはこの前初めて長く会話した他人じゃないですか。そんなに本気で探さなくても」

 

 他人。

 そう、他人だろう。

 家族でもない、友達でもない、部の仲間でもない。

 竜児は風に他人であると主張していかないといけない。

 風の中に、他人の彼を他人とは思えないほどの共感が生まれてしまった以上、そういった主張はもう微笑ましくしか見られないのが悲しいところだ。

 

 風がふふふと笑う。

 

「他人を本気で助けるのが勇者部なのよ。知らなかった?」

 

 ああ言えばこう言いそうな顔だった。

 オキザリスの花言葉は、『あなたを見捨てない』。

 

「それにさー、他人なんて寂しい言い方しちゃやーよ!

 あたし先輩、君後輩。赤の他人じゃありませーん! これでいいんじゃないかしら」

 

「先輩……」

 

「あたしはね、友達があなたの捜索を依頼したこと、もっと重く受け止めるべきだと思う」

 

 風は、傘とタオルを自分に渡そうとしている竜児の腕を見た。

 まだびしょ濡れで全く拭かれていない竜児の体を見た。

 自分の体を拭こうと考える前に、雨で濡れた風の顔を拭くべきだと考えた少年を見た。

 

 竜児はごく自然に、自分自身より風の身を案じていた。

 雨で濡れたままにしていたら、彼女が風邪を引いてしまう、と。

 その性根が、風には危なっかしく見える。

 

「あなたを本気で心配して、本気で探して、本気で"帰って来てほしい"って思う人間もいるのよ」

 

「わっ」

 

 風は竜児の手からタオルと傘を引ったくった。

 そしてそのタオルで、自分ではなく、ずぶ濡れの竜児の髪や体を軽く拭いてやる。

 風にも異性にそうしてやる照れはあったが、風以上に分かりやすく竜児が照れたため、相対的になんだか平気になってしまった。

 自分より慌てている人がいると、逆に冷静になってしまうの法則。

 

「だから、自分のこともちゃんと大切にしてあげなさい。

 あなたがあなたを大切に思ってなくても、周りはあなたを大切に思ってるんだから」

 

 照れ気味の竜児の髪を、優しくタオルで拭いてやる風。

 照れつつ、首肯する竜児。

 

 そう言って、犬吠埼風は、彼女らしく先輩風を吹かせていた。

 

 竜児は風が自分の大赦関連の秘密を知っていることを知らない。

 風は竜児がウルトラマンであることを知らない。

 二人は互いに対して知らないことが多くあり、隠し事も持っていて、友達ならば当たり前のように知っていることすら知らない。

 その上で、二人の相互理解は深いところにまで及んでいた。

 愛し合う家族に隠し事が有ることだってあるのと同じだろう。

 この二人の間には、理解と無知が高度に混じり合っている。

 

 遠いようで近いのだ。互いに対し共感を持つ、この二人の心の距離は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーを浴びて椅子に座り、竜児は疲労からくてっとした姿勢になった。

 人間の勇者達のおかげで勝てたが、全身をバリバリ食われたり、自爆でバラバラになったり、どうしようもないくらい石化したりと、体の芯にはダメージが残っている様子。

 とりあえず今日は早く寝ようと、竜児は心に決めた。

 

『まずは、お疲れ様』

 

「メビウスもおつかれ。

 いつもありがとう。

 最初にメビウスの命を貰った時から、ずっと助けられっぱなしだ」

 

『違うよ、僕らは助け合っているんだ。

 僕らは力を合わせているんだ。

 この大切な世界を、僕らが大切に思える世界を、僕らの力で守るために』

 

「……ん、そうだった」

 

 今は、二人で一人のウルトラマンだ。

 どちらか一人だけの力で戦っているわけではない。

 竜児はぼんやりとして、今回の敵のことを思い返した。

 

「女王の腰帯、か」

 

『君が言っていた、ヘラクレスの試練のなぞりというのは、正しかったんだね』

 

「うん」

 

 ブラキウム・ザ・ワンは獅子。ネメアの獅子だ。

 マデウスオロチは九頭の龍。レルネーのヒュドラだろう。

 シルバーランスは鹿だった。ならケリュネイアの鹿のはず。

 神々が神話に沿うのであれば、これも手がかりになるかもしれないと、竜児は考えていた。

 そう、これは。

 

「黄道十二星座をなぞっていたはずのバーテックスが……

 星の意匠を最低限にして、ヘラクレスの十二の試練をなぞってる……」

 

 女神ヘラが、英雄ヘラクレスに狂気を吹き込んだ。

 ヘラクレスは愛する妻との間に生まれた子と、異父兄弟イピクレスの子供を炎の中に投げ込み、殺してしまう。

 愛する妻も嘆き悲しみ、後を追って自殺をしてしまった。

 ヘラクレスはこの罪を償うことを望んだ。

 太陽神アポロンは、ヘラクレスにある王に仕え勤めを果たせ、と神託を与えた。

 

 そうして、ヘラクレスが『罪を償うために挑戦した試練』は、俗に『十二の試練』や『十二の功業』と呼ばれるようになったのだった。

 

「天の神の力は時に太陽神の姿を取る、か……

 いや、重要なのはそっちじゃないか。

 要するに、バーテックスは人間にこう言っているのだ。

 "お前達の神話に沿って許しを請え"って。赦す気なんてほぼないだろうに」

 

『……大赦の名前の由来は、天の神に媚びて許しを請うた屈辱、だったね』

 

 大赦はかつて、人間とウルトラマンの共同戦線の敗北を受け、巫女を生贄に捧げて天の神に許しを請い、人間は四国の結界の中を生きることだけは許された……という歴史を持つ組織。

 天の神に媚びる方法、罪を僅かなりとも許して貰う方法を知る組織。

 そして、天の神は人類の罪を裁こうとしている神だ。

 

 その前提で、贖罪のために十二の試練に挑んだヘラクレスの逸話を見れば、当然こういう解釈になる。

 日本の言葉を使って表現するのなら……大英雄ヘラクレスは、"大赦を求めて試練を越えた"英雄なのだから。

 

「人間に贖罪と謝罪求めつつガチで滅ぼしに来るのが、いかにも天の神って感じ」

 

『そんな"いかにも"で認識されているのは、なんというか……』

 

「言いたいことは分かるよ。でもそういうもんなのさ、あれは」

 

 竜児は先日まで、これを手がかりに敵の手の内を読めるのではないかと思っていた。

 これで、敵の弱点を読めるのではないかと思っていた。

 その幻想も、甘い予想も、既に全てが砕けている。

 

「それに……ああ、なんだかな、くそっ」

 

『?』

 

「最初は獅子。次はヒュドラ。三つ目が鹿。

 それがヘラクレスの試練で、三体目まではそうだった。

 でもヘラクレスの方の四つ目は、本来人喰いの猪の話なんだ。女王の腰帯じゃない」

 

『それがどうかしたのかい?』

 

「僕は猪が来るかもと思って、ありったけの想定をしてた。

 でも来たのは腰帯で強化された女王の怪獣。

 一応僕はそれも予想してて、犬吠埼先輩がそれを参考にしてくれた。

 だけど、それだけだ。

 僕の予想は完璧に外れて、予想からズレた個体の敵が来てしまった」

 

 偶然か? 四つ目で突然パターンが変わり、八つ目に来るはずだった女王の腰帯のエピソードが来たのは偶然なのか?

 もしも、それが偶然でなかっとしたら。

 

「僕の思考のパターン、読まれてるかもしれない。裏をかかれ始めてる」

 

『!』

 

 人間が文明を育み、知識を積み上げ、敵を知っていくように。

 バーテックスもまた、滅ぼすべき敵を学び、小細工を弄し、進化していく。

 もしもそれを、『血を吐きながら続ける悲しいマラソン』と言うのなら。

 走者は、足を止めた瞬間に死ぬ。

 

 神話に沿った弱点を突けるのは今回が最後のチャンスだったかもしれない、と竜児は呟いた。

 

 

 

 

 

 風はドビシゴルゴンとの戦いの翌日朝、またそのっちとやらに電話をかけられていた。

 通話しつつ、そのっちの言う通りに、貰った書類を学校の隅で燃やして灰にする。

 この書類は物理的に残っていると、色々マズいらしい。

 

『へー、ドラクマ君、急な休みでも怪しまれなかったんだ~』

 

「自分探しの旅に出てました、って言ったらしいわ」

 

『わーお』

 

「皆納得しちゃったらしいけどね、この理屈で。

 "頭がいいけど時々突飛にアホになるのがあいつだから"という気持ちが半分。

 "あいつが言ってることなんだから信じてあげよう"という気持ちが半分。

 それで皆、竜児君を信じたらしいわよ。みょーな慕われ方してるわねえ」

 

『へ~』

 

「あんた、彼とどういう関係なの?」

 

『今は赤の他人だよ~? でも、これからどうなるかは分からないからね』

 

 結局、このそのっち名乗った女性が何を目的としているのか。

 昼休みをそっくりそのままこの通話に費やすつもりでいても、風にはまるで分からない。

 

『ドラクマ君が大赦に忠実で問題ない人間って思われてるのはね。

 彼がたまーに情に流されすぎた時、フォローしてる人がいるからなんだよ~』

 

「それがあなた?」

 

『うん、今はね』

 

 風は書類の一部に書いてあった文を思い出す。

 竜児には、夏凜の兄や安芸先輩という上司がいて、よくしてもらっているのだと。

 

『ドラクマ君はね、視野が狭いんだよ。

 大赦しか帰る場所が無いと思ってるんだよ。

 そんなことはないのに。

 彼を迎えてくれる場所は、他にもあるのに。

 彼はそれに気付かないし、その事実を受け入れられない困ったちゃんなんだ』

 

 風は、思わず電話の向こうの人物に好感を抱きそうになる自分を、ぐっと抑えた。

 

『だからね、大赦に死ねって言われたらきっと死んじゃうんだ』

 

「―――」

 

『だって、大赦がそう育てたから。

 世界を守る人間にするために、大赦がそういう教育を施したから』

 

 死ねと言われれば死ねるか?

 竜児はおそらく死ねる。

 そう育てられたから。

 

『もうちょっとね、時間が欲しいの。ドラクマ君が変われる時間が』

 

 けれども、教育が全てではない。

 教育以外で得たものがあり、生まれつき竜児の心に備わっていたものもある。

 変われる時間さえあれば、とそのっちは言った。

 

『その内もしかしたら、大赦はあなたにドラクマ君についての報告を求めるかも』

 

「え? なんで?」

 

『だってドラクマ君はもう、勇者に対して冷酷な自分なんて組織に見せられないと思う』

 

「……」

 

『それなら大赦は、ドラクマ君と勇者部の相互監視の形に持っていこうとするんじゃないかな』

 

「……そうなるのかしら」

 

『三好の勇者は何も言わなくても、報告関連をいーかんじにしてくれそうだから。

 あとはフーミンさんが報告を適度に誤魔化してくれれば、大赦は彼を危険視しないはず』

 

「ふ、フーミン? ……まあ、その提案は受けとくわよ」

 

 どうやらこの子は、大赦に居ながら、大赦の中で竜児がどういうポジションに置かれるかに相当気を使っているらしい。

 竜児がウルトラマンということを知らない風は首を傾げる。

 なんでそこまで、と。

 先程聞いた"赤の他人だよ"という説明が、急に怪しくなってきた。

 

「ちょっと聞きたいんだけど、あなたがそんなに彼にこだわる理由は―――」

 

『あ、そうだ。

 カオスヘッ……じゃないか。

 暴れ牛のバーテックスが出て来たら、誰よりも早くこの番号に教えてほしいな~』

 

 ピッ。一方的に通話は切られた。

 

「切られた。……なんだったのかしら、この子」

 

 おっそろしくマイペース。それが、風がそのっちに対し抱いた第一印象だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風がそうやって色々考えている内に、学校は終わる。

 さーて今日は何すっかなーと風が教室を出て行くと、そこでばったり竜児と遭遇。

 どうやら竜児は、教室の前で風を待っていたらしい。

 

「犬吠埼先輩、この後時間ありますか?」

 

 クラスのミーハーな男子と女子、ゲスでも下品でもないヒルカワのような集団が、一斉に風の方を見た。

 

「犬吠埼さんデートー?」

「へっ、デートかよ」

「デートのお誘いですかね」

「恋人? 別れるまで時間かからなそう」

 

「黙れ素人ども、うろたえるな! あたしはこんなことでうろたえんぞー!」

 

 うろたえていた。

 

「いや僕の要件は別にデートじゃねっすけど」

 

「分かってるわよ! わざわざ言わなくても!」

 

 竜児は風を連れ、バン・ヒロトの両親がやっているうどん屋に行く。

 今日はバイトのシフトも無い。緊急で呼ばれたわけでもない。

 竜児は料理に相応しい格好になり、風をカウンター席の端に誘導し、店主の許可を貰って厨房の隅っこを借り、風に食わせるうどんを一品仕立て上げていた。

 風の前で、美味しそうなうどんが香り立つ。

 

「僕製、『満福かに玉あんかけうどん』です」

 

「これ、なに?」

 

「お礼のうどんです。

 昨日のお礼に金一封でも渡そうかと思ったんですけど……

 何をお礼に渡しても、どう渡しても、犬吠埼先輩に突っ返される気がして」

 

「そりゃそうよ、金一封なんて受け取れるわけないでしょ……」

 

「だから、ちゃんと受け取ってもらえるお礼を考えたら、これが一番かなって」

 

「律儀ねえ」

 

 風は苦笑して、割り箸を手慣れた動きで割った。

 

「竜児君のお礼、いただきます」

 

 軽く眺めただけでも美味しそうなうどんであった。

 

 上にかかっているのは、旨みの詰まった卵あんかけ。

 あんの中にはほぐされたカニの身と、歯ごたえのありそうなカニの身が見える。

 添えられた三つ葉の緑が卵あんの黄を引き立て、傍目には最高級の玉子丼にも見えた。

 

 うどんは讃岐流のうどんスープに包まれ、卵あんは独自の魚介ダシの旨みの塊であり、カニの身のダシがその二つを繋いでくれている。

 カニの身、卵、うどん、どれを単品で食べても美味しい。

 だがうどんを普通に持ち上げると、卵あんとほぐされたカニの身が自動で麺に絡むため、この三つの旨味が混ざり合って新たな地平線が見えるのだ。

 これは美味い。

 

 ほぐされていない方のカニの身も、うどんのスープと卵あんが染み込むことで、単品でも美味いカニの旨味を更に引き出している。

 スープをレンゲで掬って飲んでも、スープに高度に混ざる卵とカニが、それを単品で絶品なスープであると錯覚させる。

 どこを食っても、美味かった。

 

「うん、美味しいわね」

 

「よかった」

 

 ホッと胸を撫で下ろす竜児。

 お礼を美味いと言ってもらえて、ちょっと安心したらしい。

 竜児は改めて、自分がウルトラマンとして粉砕されていた間、見つかるはずがない自分を本気で探し続けてくれた、そして見つけてくれた風に、お礼を言った。

 

「ありがとうございます。嬉しかったんです。

 先輩が本気で探してくれたのが、嬉しかったんです。

 僕が居なくなっても、そういうことしてくれる人が居るっていうのが、とっても」

 

「そう?」

 

「そうだったんですよ。

 なんか、自分を粗末にしちゃいけないな、って思ったというか。

 本気で想われてて、あったかい気持ちになったというか。

 僕は……どこかの誰かに、探されるくらい、必要とされてるんだなって思った感じで」

 

「ふんふん」

 

「とにかく、よく分かんないけど、嬉しかったんですよ!」

 

 上手く言えてない感じの竜児に、風がくすっと笑う。

 今食べているうどんの丁寧な仕上がりを見ても、竜児が普段どういう姿勢で仕事をしているかは窺えた。どう勇者達を見張っているかは窺えた。

 

(真面目に仕事する子なのよねえ)

 

 本当に真面目だ。

 こんな真面目なお礼、しなくてもよかっただろうに。

 監視の役目が在るのなら、お礼は軽く短めに済ませた方が良かっただろうに。

 きっと竜児は、本気で探してくれた風に、本気のお礼がしたかったのだ。

 お礼せずにはいられなかったのだ。

 それを察して、風はまたくすっと笑ってしまった。

 

「そういえばさ、小学生の時に―――」

 

 風は竜児が小学生の時の、校庭キャンプの話をした。

 竜児なら覚えているだろう、と思って話をした。

 しかし竜児は首を傾げる。

 

「いや、覚えてないですね」

 

「えっ」

 

「小学生の時のそんなちょっとした話、委細に渡って覚えてるわけないじゃないですか」

 

「……それもそっかー。じゃあ竜児君が覚えてる初対面ってどこ?」

 

「犬吠埼先輩が、川で流されてる子犬を助けてた時です」

 

 竜児曰く。

 風がある時、川で流されている子犬と、それを見て「助けて」と泣いている子供を見て、学校の制服で川に突っ込んだのだという。

 風は腰まで川の水に浸かり、川の冷たさに歯をガチガチ鳴らしつつ、川底の泥を踏み分けて、川で流されている子犬を助けたのだと、竜児は言った。

 子犬も助けて、子供も泣き止ませたのだと、竜児は誇らしそうに言った。

 竜児はその時、コンビニでタオルを買って風に渡した覚えがあるのだとか。

 時期的におそらく、勇者部設立よりも前のことだ。

 

「えええ……? ……あー、でも、確かにそんなことした覚えあるわね」

 

「先輩も忘れてたんじゃないですか!」

 

「あははは、そっちも忘れてたんだから許して!

 特に何も考えないで自分らしく行動してると、全然記憶に残らないのよ!」

 

「ったく、なんだかなあ。

 先輩は勇者部入る前から見捨てられない人だった。

 それで後々勇者部の名前とか、先輩の名前とか聞いて、思ったんですよ。

 ああ、この人は勇者の肩書きを掲げる前から、その心が勇者だったんだって」

 

「……い、いやー、そんなでもないわよ? うん、うん」

 

「鼠に笑われても、いつも同じように動いている懐中時計」

 

 風の記憶の中で、樹が竜児から聞き、樹かが風に話した懐中時計の話が蘇る。

 

「見てる人は見てるんですよ。

 素の性格がお人好しな人は、いつもお人好しとして振る舞ってるんですから」

 

 言葉を額面通りに受け取れば、ただのいい言葉。

 人前で人気取りにだけ人助けしている人と、損得抜きで常に困っている人を助けている人は違うという、当たり前の指摘。

 だが、竜児が勇者部を見張っていると知った唯一の勇者である風からすれば、その『見てる』がちょっと違う意味に聞こえる。

 

「おーおーそんなに見て、あたしのこと好きになっちゃっても知らないわよ?」

 

 風は茶化すように言う。

 

「そりゃ、本当に困りそうですね」

 

 そして竜児は、『本当に困る』という感情を押し殺した、そんな顔をした。

 本当に勇者のことを好きになってしまったら。

 どうしようもないくらい深く好きになってしまったら。

 竜児は、今の自分を続けていけるのだろうか。

 

 風は困ったような竜児を見て、胸を軽く叩く。

 

「またいつでも、何かあればあたしを頼って来なさい」

 

「え、でも」

 

「ふふふ、ドーンと来なさい、ドーンと!」

 

 年上の人間は、年上には年上の責任があると思っている。

 例え、一年分の先輩でしかなかったとしても。

 

 

 

「先輩風くらい自由に吹かせなさいよ。私は、あなたの先輩なんだから」

 

 

 

 風は先輩風を吹かして、竜児は少し驚いた顔をした。

 

 今回の件で、風は多くのことを知ったと言える。

 大赦への不信は膨らみ、なのに竜児への信頼は不思議と増した。

 何故だろう。

 風はそれを、明確な理由の文章にできない。

 強いていうならば、心だ。

 

 何を信じ、何を信じないか。彼女はそれを心に従い決めていた。

 信頼できない友人の逆で、信頼できる赤の他人が居てもいいじゃないかと、彼女は思った。

 竜児が空になったうどんの器を下げ、照れ臭そうに笑う。

 

「はい。いざという時は頼りにしてます、先輩」

 

「おかわりよそってくれたらもっと頼りにしていいわよ!」

 

「いいでしょう。大盛りよそって、もっと頼りにさせていただきます!」

 

 おかわりに同じうどんをよそりながら、竜児は想う。

 

(この世界は滅んだりしない。絶対に)

 

 彼も自分も、後悔しない結末を目指そう。

 風はそう思う。

 彼女も僕も、後悔しない結末を目指そう。

 竜児はそう思う。

 勇者の誰かが戦いの中で死んでしまえば、目の前のこの人は取り返しがつかなくなるくらい後悔すると、二人は共に分かっていたから。

 誰も犠牲にしない結末を目指し、その道筋を探し続ける。

 

 二人は心に、一つの誓いを立てた。

 

 竜児は大赦勤めの先輩として、風は学校の先輩として。

 

 先輩として頑張ろうと、そう心に決めた。

 

 

 




夏凜「あいつ……あたしに食わせるうどんより露骨にゴージャスで美味そうなうどんを……!」

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