時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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ぼちぼち慣らしで軽めのハード展開が増えてきますのでお気を付け下さい


第五殺一章:君の生き方

 竜児とメビウスが融合したのが六月第四週初め。

 巨人の力にそれなりに慣れ、胡蝶の夢を粉砕したのが七月一週目が終わった頃。

 第三、第四のバーテックスを倒し、現在は夏休みを前に控えた七月末だった。

 正確に言うならば、本日は7月21日。

 夏真っ盛りである。

 

「イェーイ水着ィー! リュウさん水着着てくれる彼女とかおらんの?」

 

「居たらどうだってんだ」

「居てもヒルカワ君には紹介しないな」

 

「夏休み前に枯れてんな、中二男子のくせに。

 リュウさんはいいとしてヒロトのそれはなんだ! 青春真っ盛りだぞ俺達は!」

 

 男子三人の下校途中、突然ヒルカワが叫び出した。

 夏休みを前にして熱いパッションが抑えきれなくなったらしい。

 

 竜児にとって、水着は色気の象徴ではない。

 夏凜の水泳特訓に付き合わされた想い出の象徴、すなわち苦痛の象徴だ。

 水着を見て苦痛を思い出す中学生は四国中探しても竜児くらいのものだろう。

 

 過去に夏凜が作り上げた水着のイメージは、現在進行形で竜児の水着イメージを汚染し続けており、未来に東郷砲によって破壊される運命にあった。

 ……なんてことは特になく。

 未来は未知数である。どうなるかは誰にも分からない。

 

「彼女欲しい。海行きたいので連れてってくれる人の自薦が欲しい。

 海で美女の姿が見たい。美少女の露出高い姿が見たい。

 夏特有の薄着が見たい。汗で張り付いてる服がみたい。

 マスコミを牛耳りたい。世間に流れるニュースのことごとくを掌握したい。

 政府じゃなくてジャーナリストとして世界を自由に動かしたい。

 俺が認めなかった真実は世に存在できないような権力が欲しい。神樹様、お願いします」

 

「ヒルカワお前神樹様を欲望のゴミ箱と勘違いしてないだろうな」

 

「失敬な! 本気で叶えてほしいんだよ俺は!」

 

 欲望ダダ漏れである。

 神に頼らずとも人類だけで文明を進めていける形に持って行きたい竜児からすれば、相当に頭が痛い。

 と、同時に、人類の文明を発展させてきたのはこういう『強い欲望』であることも分かっているので、なんとも扱いに困ってしまう。

 

「まあ、神様に祈るってなら、友に祈るってもありじゃないか」

 

「ぬ? どういう意味だリュウさん?」

 

「ほらまあ、人の祈りに応えるのは神様の義務だけど。

 往々にして、神様に祈りが届かないことも多いからね。

 祈りって叶うまでは届いてんだか届いてないんだかも分からないしさ」

 

「なるほど、俺の願いが叶えられてないのはそういう」

 

「神樹様にだって無視する権利くらいはあると僕は思うぞ……

 友達同士だと、祈りってのはダイレクトに届くわけじゃん?

 届いてるか届いてないかが分からない、ってことはない。

 まあその代わり、友達はその祈りに『応』『知るか』のどっちで答えてもいいわけだ」

 

 なるほど、とヒルカワは頷いた。

 

「リュウえもん、ヒロトえもん、俺の願いを叶えておくれ」

 

「「 失せろ 」」

 

「せめてイエスかノーで言え!」

 

 この野郎、とうめくヒルカワ。

 

「なんでだよ……

 俺は顔が可愛くて、胸が大きくて、俺に逆らわず、嘘をつかず従順で……

 何も気遣わなくても俺に一途な、美人彼女が欲しいだけなのに……贅沢言ってねえよ……!」

 

「言ってるよ」

「言ってる」

 

「ドラゴンボール見つけなきゃやっぱ手に入んないかな」

 

「お前みたいな邪悪な奴の手の中にドラゴンボールが収まったら困るよ……」

 

 ヒルカワにドラゴンボールを渡すのは、ちょいと怖い。

 竜児とヒロトの心が一つになった。

 ヒルカワははぁ、と溜め息を吐く。

 

「贅沢言わないから東郷みたいな彼女欲しいわ」

 

 竜児は無言でヒルカワの足を蹴る。

 かなり本気で蹴る。

 最近の夏凜の指導で鍛え上げられたローキックが、ヒルカワの太腿を打ち、骨まで響くような激痛を与えた。

 

「痛い! 骨に響く痛み!」

 

「贅沢は敵って言うじゃん? 贅沢なこと言ったからヒルカワ君は僕の敵だ」

 

「言葉の意味の曲解!」

 

 おめー東郷さん引き合いに出してなんてこと言いやがる、という鮮烈な意志が、ローキック一発で余すことなく伝わっていた。

 

「分かった、分かった! 謝るから!」

 

「心の中だけでいいから、僕じゃなくて東郷さんに謝ろうね」

 

「はい! すんませんっした!

 ……しゃーない、堅実に行くっきゃないか。

 リュウさん、俺が普通に彼女作りたくなった時には、手伝ってくれよ」

 

「まあ、そのくらいならいいけどさ」

 

 ヒルカワがきょとん、とする。

 ヒロトが含み笑いする。

 この男はもー、といった感じに二人がニヤニヤして竜児を見る。

 "ああやっぱリュウさんは最後には手を貸そうとしてくれるんだよな"とでも言いたげに。

 

「うわーマジだ。神樹様に祈るより、ダチに祈った方が彼女作れそうだぜ」

 

「ほどほどにしろよヒルカワ。リュウさんにだって限界はあるんだ」

 

「分かってる分かってる。

 俺もヒロトも、リュウさんが潰れるラインは見極めてるだろ。へへへっ」

 

 友に祈った方がいい、というのは竜児の気まぐれな言葉だったが、予想以上に男二人の琴線へ触れてしまったようだ。

 

「限度はあるんだから無制限に頼られても困るよ。程度は考えてほしいな」

 

 竜児は頼りたきゃ頼れ、とでも言いたげだ。

 カプセルの研究やら、記憶に干渉する研究やら、ライザー対策やら、将来を見据えてやるべきことは本当に多いはずなのに。

 友人と無駄に使う時間など、本来はないはずなのに。

 余った時間は研究に全て注ぐくらいでいいはずなのに。

 こうして、"友人のため"という理由で時間を使ってしまう。

 大赦の人間としての自覚がない。

 自覚の無い、情に流されたがゆえの揺らぎであった。

 

「おおっとリュウさん、頼られてばっかじゃないぜ。俺達も手伝うさ」

 

「何か知らねえけど、六月末辺りから面倒事に巻き込まれてんだろ、リュウさんよ」

 

(っ!)

 

 が、男二人も頼るだけではない。

 竜児が最近何か厄介事に巻き込まれたのを察していて――厄介事の内容は察していない――、その手助けに名乗りを上げていた。

 二人もまた、竜児に頼られたいと思っていた。

 竜児を助けてやりたいと思っていたのだ。

 

「俺達できることは多くないけど、ガッツだけはあるからさ」

 

「勉強じゃリュウさんに絶対勝てねえし。

 最近妙に運動できるようになったからそっちでもリュウさんには勝てねえけど。

 リュウさんにできなくて俺達にできること、リュウさんにしてやれることもあるはずだぜ」

 

「へいばっちこい! 頼ってくれよな!」

 

「俺達三人揃えば、10+10+10=30じゃねえ!

 10×10×10=1000だ! 男三人揃った力、見せてやろうぜ!」

 

 男子中学生特有のノリの軽さ。

 現実を正確に捉えられていない無知。

 若さゆえの無謀さと、先が見えていない無鉄砲。

 それが、二人の男子を今突き動かしている心の熱だ。

 

 何の役にも立たない熱意だと、分かっていた。

 それでも竜児は嬉しかった。

 ヒロトとヒルカワは、本気で竜児を助けようとしてくれていた。それが、嬉しかったのだ。

 

「ありがとね。キツくなったら頼らせてもらうよ」

 

「おう!」

「しゃあっ!」

 

 友情で動いてくれる友達。

 友達を助けようとする男の子達。

 何気ない日常と、その中を流れていく想い。

 "これ"を自分は戦って守っているのだと、竜児は思った。

 

『負けられないね』

 

(うん。バーテックスになんて奪わせたくない)

 

 メビウスと竜児の想いが一つになる。

 繋がる心が、少年と巨人の決意の内容が同じであると伝えてくれていた。

 

「リュウさん割と適当だかんなー。

 ホントその辺忘れないように頼むぜー?

 俺は小学生の時一回リュウさんに会ってんのに忘れられてて悲しかったぜ」

 

「何? 最近小学生の時ちょっとあったことを覚えてるとか流行ってんの? 僕困るよ」

 

「俺とヒルカワはなんというか……

 小学生の時に一回会っただけでさ。キャンプの時のアレで」

 

「む、何か思い出せそうな気がしてきた……蘇れ僕の脳細胞……」

 

 風が夏凜に話した想い出話。

 竜児といじめっ子の物語。

 その想い出の風景には、モブ程度にヒロトやヒルカワも居て。

 

「……あ。ヒロト君、オッサンを『お母さん』って呼んでなかった?」

 

「そう、それそれ!」

「それだそれそれ!」

 

「うーん記憶が抜け抜けだ……」

 

 うろ覚えの竜児は、その時いじめから助けた少年がヒロトであったことも、いじめっ子と竜児が色々勝負していた時、ヒルカワが応援していたことも覚えていない。

 全体的にうろ覚えだ。

 完全に記憶に無いというわけでもなく、けれどうろ覚えなので、微妙に会話に加われないのがもどかしい。

 

「リュウさんは誰かを守ってる時マジ無敵よ。俺は知ってるんだ」

 

「誰にも負けないからな。俺達が煽れば更に無敵だぜ」

 

「僕の覚えてない僕の思い出話で盛り上がるなよ! 何かむず痒い!」

 

 無駄話で盛り上がり、男子二人は竜児の家に上がり込む。

 この遠慮の無い感じが中学生男子の真骨頂だ。

 大人から見ると常時信じられないような食欲を見せる中学生男子どもに、竜児がうどんを出してやると、二人は食欲のまま獣のように食らいついた。

 

「ほら、話は一旦中断して。『牛とろ玉うどん』です、どうぞ」

 

「「 いただきまーす! 」」

 

「む、讃岐の誇りのぶっかけ出汁! かけられた甘めのタレに辛さが光る!」

「うどんの上に盛られた牛肉の山! 旨味のとろろ! 生卵! ネギ! 混ぜる!」

 

「うどんと牛肉の歯ごたえがたまらん! 具材もうどんも全て旨味の塊!」

「でも微妙に原材料費抑えてる感! 食い応えと量をひたすら増した結果のこの満足感!」

 

「「 うまし! 」」

 

「君らグルメ漫画にでもハマってんの……?」

 

 夏凜がここに居たら『私のよりは適当な調理ね』くらいは言ったかもしれない。

 それでも西暦うどん知識の継承者たる竜児のうどんは、十分な美味さを兼ね備えていたため、ヒルカワは満足げに手を合わせた。

 

「はふぅ……三好みたいな乱暴者にこのうどんを毎日食う権利はやれねーわ」

 

「僕のうどん食った上で夏凜が乱暴者とかお前ぶっ飛ばすぞヒルカワ」

 

「リュウさん突然沸点下げるのビクッとするからやめない!?」

 

 学校が終わってから、日が沈むまでの短い数時間。

 その時間に間食を食ったり、同性の友人と遊んだり、友達の家に遊びに行ったりするのは、男子女子問わず学生達の特権である。

 

「ボードゲームやる?」

「やろうやろう、ヒロト準備してくれー」

 

「遊ぶのは良いけど二人共暗くなる前に帰んなよ?」

 

 そういう日常は、ただ楽しくて。

 無駄な時間と分かっていても、時間を費やしてしまって。

 竜児は"職務のために周囲に溶け込む一環だ"と理性的にこの日常を選び、"楽しいから"と感情的にこの日常を選び、「自分は大赦のお役目のため冷静な判断ができている」と自分を誤魔化し、自分に言い聞かせるような日常を過ごしていた。

 

 ヒルカワがボードゲームをしながら、一緒にゲームをしている竜児に、不敵な笑みを見せる。

 

「っと、そうだ。明後日を楽しみに待ってなリュウさん!

 明後日、あんたが立派なヒーローだったってことを思い出させてやるぜ!」

 

 『明後日』と言われて、何かあったっけと、竜児は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 プリズ魔 》

《 バルンガ 》

《 フュージョンライズ! 》

 

《 プリズマーバルンガ 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7月22日。

 突然に樹海化が始まった瞬間、竜児は確かに危機感を覚えていた。

 敵の襲撃を知った人間に相応の危機感。

 命のやり取りをするには、十分過ぎる危機感だったはずだった。

 

「……来たか。五体目」

 

『ああ、行こう!』

 

「うん!」

 

 それでも、足りなかった。

 

「―――!?」

 

 樹海化が完了してから、ほんの数秒。

 長く見ても十秒以内に、バーテックスの光線が飛んで来た。

 樹海の木々の隙間、巨大な根の合間に見える場所に転がり込んで、竜児はなんとか初撃を回避する。

 

「は、早い! 展開が早い! どういう戦略で来てるんだこいつ!?」

 

 恐る恐る敵の姿を見ようと頭を上げるが、すぐさま横から飛んで来た少女の手に衿を引っ張られて、樹の陰に落ちる。

 その0.1秒後、一瞬前まで竜児の頭があった場所を光線が通り過ぎていく。

 

「頭出すな、アホなの?」

 

「あ、夏凜」

 

 竜児を助けてくれたのは、案の定夏凜であった。

 既に勇者の姿に代わり、油断なく木々の隙間に姿を隠している。

 二人が姿を隠しているにもかかわらず、新たなるバーテックスは光線攻撃を続けていた。

 広範囲に、隙間なく、容赦なく、大威力の光線を撃ち込み続けていた。

 光の弾幕の中、木々の合間をこっそりと、竜児と夏凜はすり抜けていく。

 

「夏凜は落ち着いてるな。僕まだ心臓がバクバクいってるよ」

 

「あんた勇者システム持ちじゃないから、樹海化警報の恩恵受けられないんでしょ」

 

「……ああ、そうか。勇者アプリって本当痒いところに手が届くようになってるなあ」

 

 樹海化の前に鳴る勇者専用アプリの警報。

 それが樹海化警報だ。

 ほんの数秒から十数秒の時間的猶予だが、樹海化完了と同時に攻撃を仕掛けてくるような怪獣が相手だと、これが少しは余裕のある心構えになってくれる。

 今回に限っては、それが勇者の大きなアドバンテージになってくれていた様子。

 

「頭下げて!」

 

「ぶっ」

 

 夏凜がまた竜児の頭を無理矢理押して下げさせる。

 光線の余波が、また危ないところを通り過ぎていった。

 

 敵の姿すらまだ見えないのに、光線の恐ろしさだけはよく見える。

 フィールドが樹海という形で助かった。

 ここが市街地だったなら、この10km単位の範囲を隙間なく爆撃する光線の弾幕に、あっという間に市街地ごと消し飛ばされていただろう。

 ここが平地だったなら、ほんの数秒で竜児も夏凜も消し飛ばされていただろう。

 

 高低差が存在し、根なのか幹なのかも定かでない木々が入り組む樹海が戦場だったからこそ、怪獣よりも小さな人間が樹海の隙間を移動し、弾幕をかわすことができたと言える。

 とはいえ、樹海へのダメージはどうなるのか。

 夏凜は光線の当たった樹海の木々を凝視してみた。

 

 どこかプリズムに似た、けれど似て非なる不思議な光を放つ結晶に、樹海の木々の表面が変化していた。

 

「光線が当たった場所、結晶化してる?」

 

「しかも、消え始めてるな……」

 

『プリズ魔だ』

 

「プリズ魔?」

 

『光の結晶の怪獣だよ。

 その光線は正確無比で無二に強力。

 物質を光の結晶に変化させ、吸収してしまうんだ。

 結晶化に抵抗した場合は、その破壊力に吹っ飛ばされることになるらしい。

 ジャック兄さんがとても恐ろしいものを語る声色で教えてくれて、僕は驚いた覚えがある』

 

「メビウスのお兄さんが恐れるほどの怪獣か」

 

 光線の効果が発揮されれば結晶化、発揮されなければ大ダメージを受け吹っ飛ばされる。

 そんな光線が今、雨のように樹海に降り注いでいる。

 樹海の全域において頭を上げられないほどに。

 まるで中学生の妄想のような攻撃だ。

 思いつくのは簡単だが、実現するのは不可能に近い。

 "核爆弾で敵の大国の国土全部焼いちゃえばいいじゃん"と言って、それを現実にできるようにして、実行してしまうような無茶苦茶さ。

 

 夏凜は端末で仲間と電話してみるが、他の勇者も反撃どころか移動もままならない状態であるらしい。

 仲間の助けは期待できない。

 一直線に移動することもできないこの状況で、どう合流するかも悩みどころだ。

 

「今通話で来たんだけど、東郷が変身後に伸びた髪の先に光線当たったらしいわ。

 結晶化が始まったからやむなく切り捨てたら、侵食は止まったんだって」

 

「精霊三体の守護でも『即死はしない』くらいなのか……」

 

「あっちの勇者四人は固まってるらしいから、早めに合流したいところだけど」

 

 敵は見えない。光線のせいで。

 仲間の位置は分かっているが、合流できない。光線のせいで。

 ろくに移動もできない。光線のせいで。

 樹海にはもう二分ほど隙間の無い光の雨が降り注いでいるが、樹海の傘の下で夏凜がいくら待っても、光線に隙間が生まれる気配すらない。

 

「いつになったら切れ目が来るのよ、この光線弾幕!」

 

 夏凜がキレた。

 どうどう、と夏凜を竜児がなだめ、二人は樹海の盾の隙間をこそこそと移動していく。

 

「くっ、迂闊に動けないから、移動も反撃も変身も軽挙にできないなこれ」

 

『腕を頭より高く上げたら消し飛びかねない。気を付けるんだ』

 

「頭こんなに下げてるんだけどなあ……」

 

 この光線がウルトラマンに対しても致命打になりかねないのは、直接喰らわなくても分かる。

 肌で感じられる恐ろしさと、膨大なエネルギーがあった。

 結晶化させられ、吸収されていく樹海を見て、竜児は歯噛みする。

 

「樹海にダメージは重ねたくないのに……どうしたら」

 

 すると、光線の雨に切れ間が来る。

 さしもの敵も無茶のし過ぎでエネルギーが尽きたか? と思い、恐る恐る顔を出してみた。

 ウルトラマンと勇者の視力が、結界の端で構える双頭の怪獣を視界に捉えた。

 水晶。

 水晶だ。

 水晶の体の部分部分に、雲のような毛皮を生やした、双頭の犬の形をした怪獣。

 それが第五のバーテックス、プリズマーバルンガの偉容であった。

 

 ヘラクレスが妖怪ゲーリュオーンの牛を奪うために、殴り殺した双頭の獣・オルトロス。

 おそらくはそれをなぞっているのだと、竜児は推測した。

 

「攻撃が止まった……?」

 

「今の内に変身よ! パパっと決めなさい、リュージ!」

 

「うん!」

 

 竜児が飛び出し、樹海の上に立ちメビウスブレスに手を添える。

 瞬間。

 攻撃が止んでからちょうど一分後のそのタイミングで、怪獣はまた光線を発射し始めた。

 光の雨が凄まじい速度で樹海を襲い、変身前の竜児が破壊の光に飲み込まれる。

 

「……っ……リュージッ!」

 

 叫ぶ夏凜の視界の中で、怪獣の光とは異なる光が、ひときわ強く(またた)いた。

 

「『 メビウーーース!! 』」

 

 怪獣の光の爆撃を突き抜け、空を貫く巨人の光。

 邪なる怪獣の光を、清浄なる光の柱が貫いていく。

 少年は変身、同時に飛翔。

 変身時に発生した巨人サイズの光の柱が消える前に、巨人は空高く飛び上がっていた。

 

(樹海に向けられる攻撃を、少しでも減らす!)

 

 空にて囮になりつつ、空から怪獣を攻撃するという作戦。

 竜児は空中をジグザグに飛びながら、プリズマーバルンガへ接近すべく飛翔する。

 それを、無造作に怪獣は迎撃した。

 

 巨人の視界を埋め尽くす、光の飽和攻撃。

 竜児は初めて海を見た日のことを思い出した。

 どこまでも広大に広がっていて、視界のほとんどが海で、どこまで奥行きがあるのか分からないぐらいに水がぎっしり詰まっていて……圧倒された、あの想い。

 この攻撃には、海に例えられるほどのものがあった。

 

 竜児はメビウスディフェンスサークルを展開、∞の形の強固なシールドを盾にして突撃しようとし―――まるで駄菓子のように、そのシールドを結晶化・破壊されてしまった。

 

(うっそ)

 

『回って!』

 

 ぐるん、と巨人の体が空中で回転し、結果巨人の体が光線の合間を抜ける。

 的確なメビウスの助言だが、今のは流石に肝が冷えた。

 最も硬い防御技でコレなのだ。

 竜児は防御を諦め、ひたすら速く鋭く飛び回ることで回避に専念する。

 

 かわして、飛んで、回避し、飛翔する。

 されどプリズマーバルンガの攻撃は、ウルトラマンでも回避しきれるものではない。

 竜児はメビュームブレードを出し、逃げ込める隙間を作れそうな光線の隙間を探す。

 そして一番弱そうで、一番細く、一番脆そうな光線を狙って切り捨てた。

 

 異常に重い手応えが手に残る。

 光剣が結晶化し、砕ける。

 光の剣一本と光の線一本が相打ち、竜児は光線の隙間になんとか体をもぐりこませた。

 樹海の空と、樹海の表面、その両方を打ち据える極大威力の光線の群れが、今の竜児の目にはとても恐ろしく映る。

 

(この数出してるのに、この威力なのか!?)

 

 空で光線と光剣が幾度となく相打って、空の下、樹海の下で夏凜が動く。

 一刻も早く、仲間と合流しなければ。

 

「友奈達の位置は……レーダーだと近いし、合流しやすそうに見えるけど」

 

 そう思っても、いつも通りには走れない。

 プリズマーバルンガの水晶双頭は、一つが空・一つが樹海を向いていて、それぞれが巨人と勇者の動きを弾幕にて押さえ込んでいた。

 そう、メビウスが空中に攻撃の半分を引きつけてなお、勇者はまともに移動することすら難しい弾幕下に置かれていたのである。

 

「何よこの馬鹿げた攻撃範囲!

 メビウスの方に攻撃を集めてるように見えるのに、それでもこれ!?」

 

 今のこの状況で、樹海の中に安全に走っていけるルートを探すのは、台風が招いた豪雨の中、乾いた地面を探すようなものだった。

 

 

 

 

 

 

 竜児が変身する直前の、光線攻撃が止んでいた一分間。

 東郷は風、樹、友奈と共に樹海の合間に隠れながら、狙撃銃の引き金を引いていた。

 装填されていたのは、貫通力の高い弾丸。

 対象の体を撃ち抜くつもりで放った弾は、人の指四本分もなさそうな隙間を抜けて、怪獣の体に迫り―――途中で失速して、地面に落ちた。

 

(!)

 

 眉をピクリと動かして、東郷は違う性質の弾丸を精霊に装填させる。

 今度は炸裂する弾丸を撃った。

 これまた届かず、途中で下に落ちてしまい、予想の1/10以下の爆発に終わってしまう。

 

 青い光のエネルギー弾を撃った。

 わざと収束を甘くして撃った東郷の弾丸は、怪獣に近付くにつれ結合が解け始め、怪獣の肌に触れる前に消滅してしまった。

 先程の弾丸の失速。

 この弾丸の消滅。

 プリズマーバルンガの近くに行けば行くほど強くなるこの現象は、いったい何だ?

 

「何……? これは、私達は、一体何と戦ってるの……?」

 

「東郷さん、どうしたの?」

 

 東郷は呼吸を整え、心を落ち着ける。

 まだ敵怪獣の攻撃が止まってから20秒。

 何かを試す時間は十分にあるはず、と東郷は考えた。

 

「今の内に試せるだけ試しておいたほうが良さそうね。

 友奈ちゃん、あそこのあの敵に何か攻撃を仕掛けられる?」

 

「え? えーと、私の力だと……樹ちゃん!」

 

「はい! なんでしょうか?」

 

「こう、ワイヤーを団子にして、硬く纏めた玉みたいなのお願い!」

 

「え、ええと……毛糸玉みたいに、ですか?」

 

「そうそうっ」

 

 樹の硬いワイヤーを、毛糸玉のように纏めた玉は、とんでもなくガチガチだった。

 指で触った感触では鉄と大差ない。

 それを握って、友奈は振りかぶる。

 

「これを……投げる!」

 

 そして、遠く彼方の怪獣に向け、投げた。

 

「ただ投げただけで当たるわけ……当たる!? 当たりそう! 何このコントロール!」

 

 ホームベースからキャッチャーがボールを投げ、観客席の狙った人間の額に当てるような、強肩+コントロール。

 勇者とはなんでもありなのか。

 それとも友奈がなんでもありなのか。

 東郷はスコープで玉を追い、怪獣に近付くにつれ失速し、不自然に落下していくそれの軌道を観察していた。

 

「あれ……途中で落ちたね、お姉ちゃん」

 

「ちょっと友奈、フォークボールなんて求めてないわよ」

 

「投げてませんし投げられませんよ風先輩!」

 

 東郷は敵の能力を推測し、自分の能力との相性の悪さに眉を顰める。

 

「風先輩。攻撃しても、私達の攻撃は届かないかもしれません。私の銃は特に」

 

「へ?」

 

「おそらく、そういう能力です。

 接近して物理攻撃を強力に叩き込まなければ、倒せない類でしょう」

 

「マジかー……でも、これ」

 

 そして、攻撃の停止から一分が経過した。

 

「ああもう、また始まった!」

 

 また、雨のような光線の爆撃が始まる。

 樹海の傘が加速度的に光結晶化し、光結晶化した樹海がプリズマーバルンガに吸収され、勇者達を守る樹海の盾がどんどん薄くなっていく。

 友奈はそこに不安を覚えつつ、東郷の傍らに寄り添った。

 

「東郷さん、なんというか、容赦ないよねこれ」

 

「やり過ぎだという印象まで感じてしまうわ。

 明らかに攻撃範囲と威力が過剰に過ぎるもの」

 

「虫を確実に殺すために、部屋の中でバルサンを焚くみたいな」

 

「……そうね。それが正しい気がする。小細工の余地を残さない、みたいな」

 

 空にウルトラマンが現れ、敵の攻撃密度が減った。

 それでも樹海の陰から飛び出してはいけない、そういう光の弾幕密度。

 樹は光の雨を見上げて、その中を飛び回るウルトラマンを見上げて、はっとした。

 

「あ、ウルトラマン……ねえ、お姉ちゃん」

 

「なあに樹?」

 

「この状況、ウルトラマンならもしかしたら近付けるかもしれない。

 ウルトラマンなら何ができてもおかしくないよ。でも……」

 

 ウルトラマンは空高く、遠い。

 怪獣は結界の端に居て、遠い。

 光線が移動を制限しているこの状況では、どちらにも近寄れそうにないほどに。

 

「私達が近付けないと、封印の儀ができないよ。

 この距離じゃ封印の儀ができない。

 それだと御霊が出て来ないから、ウルトラマンが倒せないんじゃ……」

 

「……あっ」

 

 まるで詰将棋のように、未来の可能性が敗北に向けて絞られていく。

 

 

 

 

 

 竜児の飛行も、徐々にキレがなくなってきた。

 

(なんだろう……活動時間は変わってないと思うけど……

 妙にバテる……妙に疲れる……

 なんてことのない、いつも通りの動きで、いつも以上に力が抜ける)

 

『気のせいじゃないよ。これはなんだ?

 三分の時間制限に影響が出るほどじゃない、けれどこれは……』

 

 メビウスは気付く。

 鋭敏なウルトラマンの感覚が、メビウスの戦士の勘が、それを気付かせる。

 プリズマーバルンガの光線は徐々にその威力を増していて、その光線には勇者の力、神樹の力、そしてウルトラマンの力が感じられるようになってきた。

 

『……バーテックスが力を吸い上げて、光線の威力に乗せている?』

 

 怪獣は絶えず、その双頭の口から光線を吐き出し続ける。

 とうとうその一発が、巨人の腹を直撃してしまった。

 

「うぐあっ!」

 

 結晶化への抵抗は成功。

 だが光線の単純な威力が、巨人を空から叩き落とす。

 竜児は光線を受けたダメージ、地面に衝突させられたダメージをこらえ、地面にぶつけられてもすぐに再度の飛翔を始める。

 飛んでいなければ、この光線に滅多打ちにされ、すぐに死んでしまうのは目に見えていた。

 

『これは……バルンガの力と性質?』

 

(メビウス! 合体素材の怪獣が推測できたなら、打開策を教えて!)

 

『あの怪獣は、周辺から力を吸い上げてるんだ。

 足を止めて、力の吸い上げと発射だけをひたすら繰り返している。

 圧倒的な攻撃範囲と、圧倒的な攻撃能力に目を奪われていた。

 これはおそらく、足を止めて大火力で一定範囲を敷き詰める……精密な射撃の膜なんだ』

 

(……じゃあ、固定砲台型バーテックスってこと? それで神樹様倒せるもんかな)

 

『おそらくは。奴の周囲を見て』

 

 双頭の獣プリズマーバルンガは、結界の端ギリギリの位置に居た。

 その周囲には四国を囲む壁、四国を囲む海があったはずだが、その全てが光結晶化していた。

 空気までもが光結晶化していて、ダイヤモンドダストのように怪獣の周囲で煌めいている。

 海も、樹海も。

 怪獣の近くにあるものは全て光結晶化し、怪獣が立てる確かな足場となり、怪獣に吸収されることでその力となっていた。

 

 メビウスに言われて注意深く見た竜児の目に映ったのは、世界がそのまま怪獣の力になっているかのような光景。

 そして、怪獣の目線だった。

 怪獣の目線は巨人を見ていて、樹海を見ていて、その上で神樹を凝視している。

 

『この距離から、奴は神樹を消し飛ばすつもりなんだ。

 樹海から力を吸い上げ、勇者から力を吸い上げ、僕らから力を吸い上げ……』

 

(……一発の射撃で、神樹様を確実に消せるだけのエネルギーが溜まったら、撃つ?)

 

『この広すぎる、密度が高すぎる弾幕には意味がある。

 おそらく10の力でこの弾幕を作っているんだ。

 そして20の力を周囲から、神樹から、僕らと勇者から、吸い上げている。

 僕らや勇者に何もさせず、神樹を消すのに必要な100の力を溜め込むために』

 

(冗談じゃない!)

 

 神樹が四国結界を解除し、勇者への力の供給を止め、その力の全てを防御に回したとしても、紙屑のように神樹を吹き飛ばせるだけのエネルギーを溜めている。

 そういう前提で感覚を研ぎ澄ましてみれば、怪獣の中にとてつもない量のエネルギーが溜め込まれているのも感じ取ることができた。

 

 これはマズい。

 三分しか戦えないウルトラマンの常だが、時間は巨人の味方をしない。

 樹海の多くが光の結晶と化し、消滅し、怪獣の力となった暁には、双頭から放たれる光線一発で世界は確実に滅びるだろう。

 神樹に一切近付こうとしないバーテックス運用には、竜児も意表を突かれてしまった。

 

(ヤバい、もう二分経った! 残り一分!)

 

『エネルギーの常時吸収と、吸収量を超えずに弾幕を構築する構成。

 あくまで敵をその場に釘付けにする弾幕。

 その弾幕に、戦いをコントロールするのに十分な威力を加えるプリズ魔。

 攻撃のエネルギーレベルを格段に引き上げるバルンガ。

 攻撃手段は、戦場を制圧する弾幕と、神樹を折る必殺の二種類だけでも十分……』

 

 残り時間もあと僅か。

 だが勇者も、巨人も、怪獣に対して距離を詰めることすらできていない。

 ただ単純に、弾幕が強い。

 それだけだ。

 たったひとつのその武器が、巨人と勇者の行動を圧倒的に制限する。

 

 かつてウルトラマンジャックがプリズ魔と戦った時、"プリズ魔光線"という技一つを状況に合わせて適宜使われただけで、どうしようもないくらい圧倒されたのと同じように。

 

(人間が人類史の中で積み重ねてきた対人間戦術みたいなものを、使ってくるなんて!)

 

 弾幕というものが戦争で強力だと認識されたのには、理由と歴史がある。

 自分達が数を揃えて銃を撃てば、敵は物陰に隠れるしかない。

 敵は反撃したいと思うが、自分達が銃を撃っている間は、物陰から頭を出せない。

 よって自分達が永遠に銃を撃ち続ければ、相手の反撃数は0になる。

 攻撃の継続が無敵の防御に変わるのだ。

 これが、弾幕の強みの一つである。

 

 プリズマーバルンガの弾幕は、『お手本のような弾幕』だった。

 接近ができない。

 移動がしにくい。

 反撃が難しい。

 そして、巨人と勇者の反抗を一定時間押さえ込めば、稼いだ時間が勝利に直結する。

 

『この融合昇華体、誰が調整して完成させているんだ……?』

 

(そんなこと、戦いが終わってから考えればいい!)

 

 怪獣のスケールで、神の力の次元で、人間が扱う弱者の工夫を最大活用している。

 これはまさしく戦術だ。

 人間を殺すのに最適化されつつある戦術だ。

 

「うがぁっ!」

 

 竜児が剣で叩き落とそうとした光線が、とうとう光剣を一方的に粉砕し、ウルトラマンの胸を強烈に打つ。

 ウルトラマンは叩き落され、膝をついた。

 剣が威力をいくらか殺してくれたようだが、それでもダメージは深そうだ。

 絶体絶命。

 されどそこで、何故か怪獣の攻撃が止まる。

 

『! 攻撃が止まった!』

 

 変身から二分四十秒が経過している。もはや一刻の猶予も無い。これがラストチャンスだ。

 

(―――考えてられる時間はない! 一秒も!)

 

 何故止まったのか?

 竜児らしくもなく、敵の動きに一切の考察も挟まぬまま、最大威力の光線を撃った。

 

「『 メビュームシュートッ!! 』」

 

 樹海の端、そこに佇む怪獣に光線が当たる。

 光線は怪獣の体に傷一つ付けられないが、その体を僅かに後ろに押した。

 竜児は命を絞り出すように全力を出す。

 

『活動限界まで残り時間十秒!』

 

「気合いだあああああああああああッ!!!」

 

 気合い、根性、全力全開。

 全ての力をぶっ放し、メビウスはなんと光線を弾くその怪獣を、力任せに結界の外にまで押し出すことに成功していた。

 『打倒』ではなく『撃退』、それも『押し出し』。

 なんとまあ、無茶苦茶な。

 それを見た東郷の口から驚嘆の声が漏れる。

 

「す、凄い……

 光線の威力、バーテックスの近くで露骨に威力が減衰していたのに……

 気合いと根性だけで、力任せにバーテックスを結界の外に押し出した……!」

 

 竜児の手には、敵を結界外に押し出したのみならず、地球の重力圏外にまで吹っ飛ばした手応えが残っていた。

 これで、すぐには戻って来れないだろう。

 ひとまずの時間稼ぎにしかならないが、それでも時間稼ぎにはなった。

 

 点滅停止直前のカラータイマーと、巨人の姿が消えていく。

 樹海化も解けていく。

 風はほっと息をつくも、プリズマーバルンガの光線によって少なくない面積が結晶化・蒸発吸収されてしまった樹海を見て、心配そうな顔をする。

 

「樹海に結構ダメージいったわね。大丈夫かしら……」

 

 このダメージが現実にどのくらいのダメージとして現れるのか、少し想像したくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝。

 怪獣の襲撃翌日にだって学校は来る。

 竜児は結晶化光線のせいで皮膚がボロボロ崩れて血が吹き出すという怪我を負っていたが、一晩寝て起きたらそれもだいぶ治っていて、包帯を巻けば隠せる程度になっていた。

 なので、本日も元気に登校して行く。

 

「なんであいつ、最後のあれとか、時々僕らへの攻撃を手控えたんだろう」

 

『プリズ魔とバルンガは、どちらも本能的な怪獣だと言われている』

 

「本能的な怪獣?」

 

『あまり理性的に動いてはいない、ということだね』

 

「ああ、なるほど。動物的なんだ」

 

 状況に合わせて頭良く対応できないってことか、と竜児は解釈した。

 

『フュージョンライズ時に、決まった行動を取るよう設定されていた……のかもしれない』

 

「決まった行動って、どういうの?」

 

『それは分からない。

 それを完璧に読み切れれば、有利になるかも。

 逆にどこか読み違えれば、勝ち目がなくなるかもしれない』

 

「最後の不自然な行動は、とりあえずそう解釈しておこうか。後でまた考えよう」

 

 メビウスがプリズマーバルンガを見て思い出したのは、かつて戦ったことのある円盤生物・ロベルガーだった。

 ロベルガーは円盤生物という怪獣を、実に機械的に、決まった行動パターンで戦闘を行うようプログラミングした、兵器のような怪獣だった。

 

 微妙に状況にそぐわない攻撃の手の緩め方といい、樹海に広く精密な光線攻撃を叩き込んでいたあの射撃攻撃といい、メビウスはどうしてもロベルガーを連想してしまう。

 少なくとも、プリズマーバルンガの射撃に関する行動には、何かしらシステマチックなものがあるのではないかと、メビウスは想像していたのである。

 

『今君が使える技じゃあいつは倒せないかもしれない。

 新技の練習と習得を急ごう。テレポーテーションとか』

 

「あれ、エネルギー消費が大きい上に全然制御できないんだよね僕……」

 

『そんなレッド族みたいな』

 

「レッド族? 夏凜のこと?」

 

『いや違うよ!?

 ウルトラマンにはいくつかの種族がいるんだ。

 研究などの頭脳労働が得意なブルー族。

 事務や計算が得意なホワイト族。

 超能力や光線が得意なシルバー族。

 そして身体能力に優れ、筋力やパワーに長けるレッド族だ』

 

「なんだやっぱ夏凜のことじゃないか、レッド族」

 

『カリンちゃんはレッド族だった……?』

 

「あとそれで言うなら僕ブルー族だよね」

 

『確かに……』

 

 くだらないことを話しながら、学校の敷地内に到着する。

 学校の空気が、少し変だ。

 竜児は少し気にしつつも、教室へ一直線に向かう。

 

「おはようございますー」

 

 二年三組には、竜児のクラスメイトが半分ほど揃っていた。

 その全てが竜児を見ている。

 憐憫、同情、悲しみ。

 各々が似て非なる感情をその瞳に浮かべていて、竜児から思わず目を逸らしてしまった者までいた。

 竜児は困惑する。

 

「え、どうしたんですかね、皆さん」

 

 夏凜は竜児に声をかけようとして、手を伸ばそうとして、手も口も引っ込めてしまう。

 東郷は沈痛な面持ちで、何かを言おうとする自分を抑えている。

 友奈は悲しそうな顔で、憐れむような眼で、竜児を見ていた。

 そして、無言のままのクラスメイト達の間から、迫水先生が歩み寄って来る。

 

「熊谷」

 

「あ、サコミズ先生」

 

「落ち着いて聞いてくれ」

 

 終わりは、いつも突然で。

 

 

 

「昨日、万博人と蛭川光彦の二人が亡くなった」

 

 

 

 誇張抜きに、思考が停止した。

 

「―――サコミズ先生でも、冗談言うんですね」

 

「冗談ではない。

 いいか、落ち着いて聞いてくれ。

 昨日、不幸な事故があった。大規模なガス漏れと交通事故があった。

 デパートで漏れたガスに交通事故が重なり、大爆発。

 重軽傷者32名、死者2名。今も多くの人が生死の境をさまよっている」

 

 すぐに分かった。理解した。把握してしまった。

 その『災い』が何なのか。

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(……あ)

 

 二人が死んだのは昨日。

 プリズマーバルンガが樹海の中で暴れたのも昨日。

 そして、竜児の脳裏に、一昨日その友人に言われた言葉が蘇る。

 

―――っと、そうだ。明後日を楽しみに待ってなリュウさん!

―――明後日、あんたが立派なヒーローだったってことを思い出させてやるぜ!

 

 今日は7月23日。竜児が大赦に拾われた日。

 便宜上の、竜児の誕生日。

 いつ生まれたのかも分からない竜児が、書類に誕生日を記載する必要があった時、書類処理のために使う便宜上の数字、その一つであった。

 

 今日が竜児の誕生日だと認識していた二人がいた。

 その二人は、滅多にデパートになんて行かない人間だった。

 なら、ヒロトとヒルカワを、デパートに向かわせた理由があったはずだ。

 例えば……明日に控えた友達の誕生日に向けて、プレゼントを買いに行く、とか。

 

 

 

「―――僕の誕生日を祝うプレゼントを買いに行って、二人は死んだんですか?」

 

 

 

 竜児の頭は良い。

 その推測は大正解だった。

 自分のために二人は行った、という大正解の推測が生まれる。

 自分のせいで二人は死んだ、という大間違いの推測が生まれる。

 大正解と大間違いが、竜児の心の中で混ざりに混ざる。

 

『それは違う!』

 

 メビウスの声も、もう聞こえてはいない。

 

「熊谷。悪い方向に考えるな。

 お前は悪くない。あの二人も悪くない。……ただ、運が悪かったんだ」

 

 サコミズ先生が、紙袋から紙を取り出す。

 それは、紙で出来たバースデーカードだった。

 『誕生日おめでとう 熊谷竜児君』と表に書かれていた。

 紙の端には、僅かに血が着いていた。

 誰の血かなんて、説明されなくても理解できた。

 

 竜児が守れなかったものが、竜児に遺された何かが、そこにはあった。

 

「熊谷も辛いと思う。

 今、酷なことをしていることも分かっている。

 だが……あの二人の想いを、受け取ってやってくれ」

 

 ヒロトとヒルカワが遺した想いを受け取る権利があるのは、竜児だけだった。

 

 熊谷竜児は勇者ではない。この現実に耐えられる強さが無い。現実にぶつかる勇気が無い。

 

「……受け、取り、ます」

 

 バースデーカードを受け取ろうとした竜児の手が震えて、震えが止まらない。

 竜児は受け取ろうとしたバースデーカードを落としてしまう。

 震えた手では、バースデーカードも受け取れない。

 

「あれ、おかしいな。なんで、手が」

 

 落ちたバースデーカードを拾おうとする。

 拾えない。

 指が震えて、手が震えて、床に落ちた紙を拾えない。

 命を落としてしまった誰か、その誰かの命を、拾えないのと同じように。

 

「あ、あれ」

 

 バースデーカードに雫が落ちた。

 雨漏りかな、と竜児は思う。

 視界がぼやけて何も見えなくなってきて、それでようやく、竜児は自分が泣いていることに気付いた。

 バースデーカードに滴り落ちているのが、自分の涙であることに気付いた。

 

「あ」

 

 頬に流れる涙を、指でなぞる。

 顔を上げた竜児は、東郷が、友奈が、夏凜が、自分を見ていることに気付いた。

 大赦の自分を見ている勇者達の存在に気付いた。

 

「……あああああっ!!」

 

 竜児は逃げた。

 勇者から、自分の責任から、戦いの結果から、二人の友の想いから、悲惨な現実から。

 竜児は逃げた。

 

「見るな……見ないで……見ないでくれ……」

 

 仮面を探す。顔を隠せる、感情を隠せる、大赦の仮面を。

 

「今、仮面を探して付けるから……僕の今の顔を、見ないでくれっ……!」

 

 冷静さが失われた彼の思考では、そんなもの、見つかるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げる。

 逃げる。

 逃げる。

 いつの間にか空からは土砂降りの雨が降り、竜児の全身をずぶ濡れにしてしまう。

 

 それが、少しだけ嬉しかった。

 竜児の流した涙も、今流している涙も、全て雨が洗い流してくれたから。

 雨の中、竜児は逃げる。

 何もかもから逃げ続ける。

 

「見つけた!」

 

 そうして雨の中、見つけられてしまった。

 まだ学校の時間だろうに。

 授業をサボって、雨の中走り回って、犬吠埼風はまた、竜児を見つけてくれていた。

 それが嬉しくて、苦しくて、悲しくて、嫌で、竜児は雨の中俯く。

 

「話、聞いたわ」

 

「……」

 

「ほら、特別に先輩の胸貸してあげるから。思いっきり泣きなさい」

 

「……」

 

「本当に特別なのよ。実は結構恥ずかしいのよこれ。恥ずかしくないのは樹相手くらいで」

 

「……」

 

「ドーンと来なさいドーンと。女子力で受け止めてあげるから」

 

 竜児は一度も顔を上げない。

 その優しさが、痛かった。こんな奴に優しくするなよ、という怒りがあった。

 犬吠埼風に気を使わせている自分が嫌で、嫌いで、いっそ殺してやりたかった。

 

「……放っておいて下さい」

 

 顔を上げずに、踵を返して逃げ出して行く。

 

「待って!」

 

 あっという間に風を振り切り、竜児は森の中に逃げ込んだ。

 誰にも見つけてほしくなかった。

 誰とも会いたくなかった。

 今の顔を、どんな人にも見せたくなかった。

 

「見ないでくれ……見つけないでくれ……僕をっ……!」

 

 雨の中、森の中を走り、竜児は森の奥の大きな木を殴る。

 感情を吐き出すように、ぶつけるように、殴る。

 殴った拳の皮が剥がれて、血が滲んでいた。

 

『リュウジ君。自分を責めちゃダメだ』

 

「黙ってろ!

 必要な犠牲だった!

 必要な犠牲だったんだ!」

 

 叫び、木を殴る。

 

「こんだけ追い詰められてる世界なんだ!

 人の一人や二人くらいは犠牲になる! 当たり前だ! 当たり前だろ!

 最初から分かってたことだ!

 僕は最初から犠牲を前提に動いてたし、犠牲を否定なんてしていない!」

 

 叫び、木を殴る。

 

「だから悲しんでもいない! 何も思ってもないし、何も感じてない!

 僕は平常だ! 平常心を保ってる! いつも通りだ! 何とも思ってない!」

 

 叫び、木を殴る。

 

「必要な犠牲だった! 必要だった!

 だからその死には意味があるんだ!

 無駄死になんてしてない! 戦いの影響に巻き込まれた無意味な死なんかじゃない!」

 

 叫び、木を殴る。

 

「悲しむ必要が無いんだから僕は悲しんでない!

 これは世界を守るための必要な犠牲、必要な生贄だ!

 彼らの犠牲を人柱として、世界はこれからも続いていく! それでいいんだ!」

 

 叫び、木を殴る。

 

「あいつらもバカだ!

 僕の誕生日プレゼントなんて買いに行かなきゃ良かったんだ!

 僕なんてどこで生まれたか、いつ生まれたかも定かじゃない!

 拾われた日を便宜上誕生日に使ってるだけで、本当はこれも誕生日じゃない!

 年齢の更新も誕生日にはしてないんだ!

 そんな日を祝おうとして、そのせいで死んじまうなんて、バカ極めてるっての!」

 

 叫び、木を殴る。

 

「こんな僕の誕生日に、そこまでして祝う価値なんてあるわけないだろ!」

 

 叫び、木を殴る。

 

「こんな僕のために、費やしていい命じゃなかっただろ!」

 

 叫び、木を殴る。

 

「―――死んでいいわけがなかっただろ! ……生きていて、くれよっ……!」

 

 叫び、涙する。

 

「メビウスはウルトラマンとして死んだ僕を救ってくれたのに!

 なんで僕はウルトラマンとして命を救えない! 死んだ人を救えない!」

 

 叫び、涙が溢れる。

 

 巨人の力は、ただそれだけで世界を救う力だ。

 力だけでは、世界を救う力でしかない。

 世界は救う力だけでは、世界以外は救えない。

 他人も、自分も、救えない。

 

「なんで―――なんで! 僕は!

 自分の誕生日を祝ってくれる友達なんて、作ってしまったんだっ……」

 

 叫び、悔いる。

 

「絶対に、絶対に、それだけは、間違いなく間違いだったじゃないかっ……!」

 

『違う!』

 

 メビウスの強い否定が、竜児の心に響く。

 寛容なメビウスらしからぬ、竜児の主張の全否定だった。

 

『それだけは否定しちゃいけない!

 だって君は、一緒にいて楽しかったはずだ!

 友達が居て、嬉しかったはずだ!

 大切な過去までもを捨ててしまったら、君は本当にどこへも行けなくなってしまう!』

 

「うるさい!」

 

 叫び、メビウスの優しさからくる否定を、全否定して返す。

 

「勇者に戦えと言って!

 勇者にせめて戦って死ねと言って!

 ずっと勇者だけを矢面に立たせてきた大赦の人間が!

 言えるか! 言えない! 弱音なんて言えるか! 平然とする以外に何が有る!」

 

 心も体も大きな光の巨人の言葉では、届かない。

 優しすぎるその想いは、届かない。

 

「『僕の友達が死ぬのは嫌だけど勇者が死ぬのはいい』とでも言えっていうのか!」

 

『―――』

 

「言えるわけがないだろ!

 平気じゃなくちゃいけないんだ! 犠牲を出しても、平気な顔してなくちゃいけないんだ!」

 

 叫び、苦しむ。

 

「いけないんだ……いけないんだっ……!」

 

 竜児は森の中で嘆き、悲しみ、苦しみ、自分を責める。

 

 やがて、激情が少し落ち着いた頃、竜児の足は街へと向かっていた。

 

「謝らないと……謝らないと……あの二人の親には、せめて……」

 

 森から街へ。

 いつも自分がバイトで行っていた、ヒロトの家のうどん屋に向かう。

 せめて、何か、償わないと。

 そうだ、息子の代わりに店をずっと手伝うとか、そういう償いをしよう。

 そうしよう。

 竜児の中に、そんな思考が湧き始めた。

 

 街には竜児を探している学生の姿が、何人も見えた。

 竜児のあの姿を見て、心配して探しに来てくれた中学生がいっぱい居たようだ。

 その中には、犬吠埼樹の姿もあった。

 

「あいたっ」

 

 樹に見つからないよう、咄嗟にゴミ捨て場の影に隠れた竜児の視界の中で、樹が水たまりで滑って転ぶ。

 思わず竜児は手を伸ばしていた。

 お前に助ける資格があるのか、と思って、伸ばした手を引っ込めた。

 豪雨と泥水で全身汚れた樹に、樹と一緒に竜児を探していた、竜児のクラスメイト達が気を使った声をかける。

 

「犬吠埼さん、そんなに必死にならんでも」

「そうそう。学校サボって探すなんて二年三組のバカだけでいいんだよ」

「ほら、そんなに泥だらけになって。一回帰って着替えてきたら?」

 

 転んでも、泥まみれに成っても、彼女は何も諦めず、首を横に振る。

 

 勇者としての彼女の意匠、それに使われた花は『鳴子百合』。

 花言葉は『懐かしい音』、そして『心の痛みを判る人』。

 

「いえ、頑張ります。探します。先輩を」

 

「犬吠埼さん……」

 

「苦しい時、寂しい時、悲しい時……一人にさせちゃダメだと思うんです。だから、探します」

 

 もう、見ていられなかった。

 樹からも、竜児は逃げる。

 そして豪雨の中の交差点で、傘を差している友奈と東郷も見つけてしまって、反射的に自動販売機の陰に隠れる。

 

「友奈ちゃん、あと探してない場所は?」

 

「こことここ、まだ探してないよ」

 

 二人が探しているものなんて、言うまでもない。

 

「東郷さん。熊谷君は私を友達だと思ってないかもしれないな、って思うけど」

 

 友奈の優しい言葉が、少年の心に響く。

 

「でも、それならそれでいいと思うんだ。

 熊谷君が私のことをそう思ってるなら、これから友達になりたい。

 私のことを友達だと思ってくれてるなら、私も友達だと思ってるって言ってあげたい」

 

 友奈の想いが胸に染みる。

 

「『私は友達だから、あなたを助ける』って言いたいんだ」

 

 雨粒よりも大きく、激しく、少年の瞳から零れ落ちる透明な雫があった。

 

「うん。言ってあげて、友奈ちゃん」

 

 微笑む東郷も、頑張っている友奈も、見ていられない。

 竜児は二人からも逃げた。

 

「やめてくれ……やめて……僕を、探さないでくれ……」

 

『怖いのか』

 

「……メビウス」

 

『君は、自分を許してしまうことが、怖いのか?』

 

「……うるさい……静かに、してくれよっ……頼むから……!」

 

『誰も、君を責めてなんていない!』

 

「お願いだから……何も、言わないで、ください……お願いだから……」

 

 竜児は逃げて、逃げて、ヒロトの両親の家に、かの店に到着する。

 

 インターホンを鳴らすと、バン・ヒロトの両親が店の前に出て来て、竜児の姿を見て、驚いた顔をした。

 

「! 君は……」

 

「お……お悔やみ、申し上げます……」

 

 竜児は一度頭を下げ、まくしたてる。

 

「ひ、ヒロト君のことで、話したくて。

 自分、これからは毎日バイトに来ます!

 お二人はちょっとくらい休んでても大丈夫です! 辛いことがあったんですから!

 その穴埋めは自分がします! お二人を僕が支えます!

 僕はヒロト君の友達で! ここのお店にはお世話になって! だから、だから!」

 

 その言葉を、ヒロトの父親の静かな一言が切り捨てた。

 

「もう二度と、この店には来ないでくれ」

 

「―――え?」

 

 竜児は、ヒロトの友達だ。

 ヒロトの両親の記憶の中で、竜児とヒロトはいつも一緒に映っている。

 

「君は、息子の親友だった。息子は君を親友だと思っていた」

 

「私達も、君を信用していたわ。もう一人の息子のようにも、思っていたかもしれない」

 

「俺達の店で、君はよく働いてくれた。君は俺達の自慢の従業員だった」

 

「頑張り屋で、真面目で……私達も、ヒロトも、あなたを信頼していたわ」

 

 二人は、竜児を好ましく思い、信頼し、その真面目さを評価している。

 

「だけど、君は、息子と一緒に居る想い出が多すぎる」

 

「君がいると……私達は、何度も、ヒロトのことを思い出してしまう」

 

「―――」

 

 けれど、竜児を見るとヒロトの死を連鎖的に思い出し、立っているのがやっとなくらいに、悲しみが心に満ちてしまう。

 それは、この両親がバン・ヒロトという少年を、深く愛していたという証明だった。

 愛されていた息子が、竜児への誕生日プレゼントを買いに行き死んでしまったという、竜児の心を刺す刃の顕現だった。

 

「ごめんなさい。僕が無神経でした」

 

「……謝らなくちゃならねえのは俺達だ。君は何も悪くねえのに」

 

「いいえ、それは違います。

 お二人の愛する息子を殺したのは、きっと僕です」

 

「それは違う!」

 

 竜児は二人の否定も聞かず、頭を下げる。

 

「店長。辛いことを思い出させてしまって、ごめんなさい。

 大切な家族を奪ってしまってごめんなさい。

 今までずっと……お世話になりました。もう二度と、この敷居は跨がないと誓います」

 

 そして、ヒロトの両親からも逃げた。

 ヒロトの両親の言葉、メビウスの言葉も、もう聞こえていない。

 雨の中、竜児はひた走る。

 

「……馬鹿野郎」

 

 豪雨の中、竜児は転んだ。

 いつの間にかその身は海岸線に居て、足を砂浜に取られてしまったのだ。

 砂浜で転んだ竜児の体に、立ち上がれるだけの気力は残っていなかった。

 

「何も守れてねえじゃねえか……何も……何も守れなかった……」

 

 仰向けに転んだ竜児の頬を、涙と雨が濡らしていく。

 

「う、う……ううううううううっ」

 

 泣いたって何も解決しない。

 泣いたって何も守れはしない。

 泣いたって何も戻っては来ない。

 

「うえええええっ、えええええっ、えぐっ、うっ、えぐっ、ううううっ……」

 

 それでも、涙は止まらない。

 

「あああああああっ……!」

 

 涙が(こぼ)れて、心の刃が(こぼ)れて欠ける。

 

 胸から(あふ)れた感情が、喉道を上って、両の瞳から涙として(こぼ)れ落ちていた。

 

 

 




●融合乱光双獣 プリズマーバルンガ

【原典とか混じえた解説】
・光怪獣 プリズ魔
 物質化するまで圧縮した光で出来た、水晶のような体の怪獣。
 光を食物とし、ウルトラマンが得意とする光線も微妙に相性が悪い。
 ウルトラマンを焼く高熱攻撃の他、『プリズ魔光線』という脅威の攻撃技を持ち、これを食らった生物と物質は光結晶化し吸収されてしまう。
 吸収されなかった場合は蒸発し光となり、消滅してしまう。
 そのため、受ければ助かる道は無い。
 光線は単純な威力でもウルトラマンを圧倒するほどに強く、喰らい方が悪ければウルトラマンでも結晶化が始まってしまう。

・風船怪獣 バルンガ
 『神の警告』『文明の天敵』と語られる雲を模した風船のような怪獣。
 あらゆるエネルギーを捕食し、電気、ガソリン、ミサイル、更には銃弾の持つ運動エネルギーですら捕食し、これに触れた台風もエネルギーを食い尽くされ即座に消える。
 バルンガの登場により、地球の社会は完全に停止した。
 本来は恒星のエネルギーを捕食する怪獣であり、地球の130万倍の体積を持つ太陽ですらも捕食対象として認識している。
 太陽にぶつけた場合、太陽がバルンガを消し去るか、バルンガが太陽を食い尽くすか分からない……と、される。
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