時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第五殺二章:あんたの友達

 少年は言った。

 

「僕が、あと少し、もう少し、何かできていれば……」

 

 巨人は言った。

 

『君は万能でも、全能でもない。君が悪い、なんて言う人はいない』

 

 少年は反抗した。

 

「だったら、誰が悪いんだよ。

 勇者は何も悪くないって知ってる。

 大赦だって最善を尽くしただけで失着はない。

 僕が……ウルトラマンが悪かったって、言ってよ……!

 僕が頑張れば、皆守れたって、言ってよ……! お願いだから……」

 

 口が裂けても、巨人はそんなことは言えない。

 

『誰もそんなことは言わない。

 君は人間で、ウルトラマンだ。

 ウルトラマンは神じゃない。

 どんなに頑張ろうと、救えない命もあれば、届かない想いもある』

 

 竜児は"誰が悪いか"を語ろうとした。

 メビウスは、"誰が悪いか"を語らない。

 強いて言うなら、悪いのはバーテックスだけだ。

 

 心の弱い人間は、すぐどこかに原因を求めてしまう。

 悲劇の原因である悪の人間を求めてしまう。

 道理に反しても、誰かが悪いと決めつけようとしてしまう。

 そういった人間は、すぐに"悪の敵"になってしまう。

 "正義の味方"から遠ざかってしまう。

 悲劇があるたび、"こいつが悪い"を理不尽に繰り返してしまう。

 

 "自分が悪い"も、その醜悪さの延長になりかねない危うさを抱えている。

 自分を許せない人間は、他人を許せないことも多いから。

 

『君は神じゃないんだ。君は頑張った。君は責められるべきじゃない』

 

 それでも、少年は納得しない。

 

「だけど……!」

 

 その時。

 少年と巨人の間に、少女の声が割って入った。

 

「ダメだよ~。君は、君らしくでいいから、正しさを求めないと」

 

 のんびりとした声だった。

 

「押し付ける正しさじゃないよ~?

 誰かを不幸にしちゃう正しさじゃ、ダメだよ。

 間違った何かがあって、それで苦しんでいる人が居たら、ちゃんと助けられる正しさ」

 

 その声は、竜児を庇って何かを言っているわけではない。

 

「その人が悪くないのに、その人を責めるのは、悪いこと。だからしちゃダメ」

 

 ただ、導いていた。

 

「ドラクマ君は悪くないんだよ?

 だから君は、君自身を責めちゃいけないの。

 悪くない人を責めることは、とーっても悪いことなんだから」

 

 彼が間違った方向に行かないように。

 

「貴方が、みんなに言ってあげなくちゃいけないんだよ、ウルトラマン。

 君は悪くない。君が苦しむ理由なんてない。だから、助けるんだ……って、ね」

 

 その言葉を最後に。

 

 泣き疲れて意識が飛んでいた少年は、目を覚ました。

 

 

 

 

 

 目覚めた場所は、屋根付きのベンチの上だった。

 

「メビウス、ここは……?」

 

『分からない。突然君の体が飛ばされたように見えた』

 

「神樹様か、精霊か……」

 

 ぶるり、と少年の体が震える。

 少年の服も体も乾いていた。

 しからばその震えの理由は体温が下がっているからではない。

 恐怖。

 この現実に感じている、彼の心の恐怖が原因だった。

 

 竜児の携帯電話には大赦のメールと着信が無数に届いていたが、竜児はそのことごとくに気付いていない。

 内側から呼びかけるメビウスの声ですら、半分も聞こえているかどうか。

 

「怖い……怖い……人が死んでしまう……怖い……」

 

 雨の中に、力なく竜児が歩き出していく。

 誰かが乾かしてくれた肌と服が、豪雨で濡れていく。

 信念を見失っていた。

 目標を見失っていた。

 冷静さを失っていた。

 自分を見失っていた。

 

 個人としての自分も、大赦としての自分も、ウルトラマンとしての自分も、もう保てなくなっていて。

 逃げるように、あの怪獣と戦うことを決める。

 

「また……また……同じことが……戦わなくちゃ……怖い……」

 

 それは、勇気で戦う勇者とは真逆の方向性を持った、心折れた者の戦意だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児が周りを見る余裕が無くなっている中、世界は次第に破滅に向かっていく。

 風は一人、部室で大赦からのメールを見て、眉間を揉んだ。

 

 

 

――――――――――――

差出人:大赦

――――――――――――

宛先:犬吠埼風

――――――――――――

件名:緊急連絡

――――――――――――

 

 壁の外からのバーテックスの干渉が確認されています。

 灯油、ガソリン等を始めとする燃料の消失。

 蓄電量の不自然な急速減少。

 四国内の気温の低下、運動エネルギーの減衰率の異様な変動など、エネルギーそのものが無差別に消えていっていることが分かりました。

 

 香川東端部がもっとも大きな影響を受けており、そこから遠ければ遠いほど干渉が薄くなっていると予想されています。

 おそらく、香川東端部に最も近い壁の向こうに、レジストコード:プリズマーバルンガが待機しており、四国全体のエネルギーを吸い上げていると思われます。

 

 神樹様の恵みの量を引き上げれば、結界が維持できなくなります。

 大赦は仮想的にタイムリミットを設定しました。

 この影響で死者が出ないと言える第一タイムリミットは今夜18:00。

 大規模な被害が出ると考えられる第二タイムリミットが21:00。

 致命的な大被害が出ると考えられる第三タイムリミットが22:00。

 

 よって、神樹様が特定の時刻に結界の弱体部を作ることが決定されました。

 バーテックスの再突入を誘い、これを撃滅します。

 作戦開始予定時刻は16:00。

 その時点までは、凍死者等の発生を防ぐため、一般市民の西側への誘導が予定されます。

 

 神樹様のお役目の重み、努々(ゆめゆめ)忘れぬように。

 

 

 

 メールを閉じる。

 風はあの手この手で頑張って他の人に教えてもらった竜児の携帯の番号にかけた。

 音は鳴る。

 けれど通話は繋がらない。

 どうせ竜児は自分の番号を知っているだろう、と風は推測しているが、竜児は自分の番号だから通話に出ることを拒絶している……というわけではないと、彼女は思う。

 

 今は、誰が彼の携帯に電話をかけても、彼は着信を拒否する気がした。

 

「あー、もう、どっかで泣いてんじゃないでしょうね……」

 

 風の呟きは、大当たりであった。

 窓の外を見れば大雨。この雨に負けず劣らず、大粒の涙を竜児は流している。

 竜児が逃げ隠れしているせいで、彼の周りの皆は彼の涙を拭いにも行けない。

 風が溜め息を吐き出すと、部員達が皆部室に戻って来た。

 

「風先輩、ただいま戻りました!」

 

「おかえり、友奈、東郷、樹、夏凜。おつかれちゃーん! どうだった?」

 

「本当に大変でした。

 西の方が暖かいので、そちらに移動してる人も多いみたいで。

 もし今が夏じゃなくて冬だったら……って思ったらゾッとします」

 

 皆、竜児を探すのに並行し、おかしくなり始めた世界を見回ってくれていたのだ。

 

 現在、昼の十二時。

 もはや街は正常な機能を維持できていない。

 学校も授業の一時停止と帰宅許可を出した。

 大赦が風に送ったメールの通り、昨晩から始まったバーテックスの干渉は、一定の時間を経て徐々に社会に軋みを生んでいる。

 

 友奈の"今が夏じゃなくて冬だったら"という指摘は実に正しい。

 あまり知られていないが、夏場の市街地でも凍死者は発生する。

 晴れていても凍死者が発生する冬ならばなおさらだ。

 今が夏であったことで、すぐに死ぬ人は居ない。

 それだけが、不幸中の幸いだった。

 

 竜児は人間の文明の発展は、自然災害という神を超え、多くの人を生かそうとしてきた歴史なのだと、以前メビウスに語っていた。

 バルンガはその文明の燃料であるエネルギーを枯渇させる。

 ストーブが無ければ人は凍死し、冷房がなければ熱中症で死に、冷蔵庫が無ければ餓死する者も発生し、加熱器具が無ければ食中毒も人を殺す。

 

 プリズマーバルンガとの短期決戦が、大赦から勇者に望まれていた。

 

「では部長式アナウンスを始めます!

 昨日の戦いが終わったのが15時頃。

 エネルギーの喪失が始まったのが21時頃。

 タイムリミットは今日の18時。

 それを過ぎれば、この雨もあって凍死者が出始める可能性があるんだそうよ」

 

「お姉ちゃん、神樹様がこの雨を止められないのかな」

 

「この雨も、急速に気温が下がってることの影響らしいわ。

 敵を倒すまではこの雨も止まらないってことよ、樹」

 

 神樹のリソースには限界がある。

 四国内部の生活を回す恵み、四国を守る結界、バーテックスの干渉への対応、全部いっぺんにやれば確実に限界が来て破綻する。

 結局、中の人間が頑張るしかないのだ。

 現段階では電気も枯渇が始まっており、ほとんどの人間はニュースも見られず、大赦がニュースを通して広範囲に素早く警鐘を鳴らすことも難しい。

 

「あの、風先輩。さっき緊急の回覧板で見た連絡のことなんですけど……

 発電所事故による人体に無害で強力な電磁波と、異常気象がこれの原因って……」

 

「って、連絡されてたけど。わかってるでしょ、本当の理由」

 

「……バーテックス」

 

 大赦が作ったカバーストーリーも、これ以上悪化すれば限界が来る。

 そうすれば、日常は終わる。

 平和は終わる。

 日常が終わり、平和が終われば、世界の終わりが見えてくる。

 東郷は揺らがされている世界を窓の外に見て、不安を心で呟いた。

 

(神樹様の護りを、バーテックスが徐々に突破しつつあると思うのは、気のせいなのか)

 

 人間の体を動かしているのもまた、エネルギーだ。

 今はまだ、空気の熱エネルギーが奪われているために連鎖的に人体の熱が奪われているだけであるが、バルンガはいずれ無差別にあらゆるエネルギーを吸い上げるだろう。

 能力の凶悪さに反し、未だ四国に時間の余裕が有るのは、神樹の護りがそれだけ強力であるのに加え、バルンガが恒星喰らいのため小さなエネルギーの枯渇が後に回されているからか。

 

 何にせよ、あと六時間で一つの決着がつくだろう。

 

「東郷、友奈、夏凜は戦える?

 その……あの二人は、あんた達のクラスメイトでもあったわけでしょう」

 

 風が気を使った様子で、部員達が戦えるか、立ち向かえるかを聞く。

 友奈は深く息を吸い、深く息を吐き、応えた。

 

「辛いです」

 

 勇者にとって幸運だったのは、今回死んだ者が彼女らと親しくない者達だったこと。

 勇者にとって不幸だったのは、その程度の繋がりしかなかった者達の死でも、辛く感じてしまう優しさを持っていたこと。

 神樹に選ばれた勇者達の心には、皆共通してそういう心根があった。

 

「そんなに仲良くもなくて。

 そんなに親しくもなくて。

 ちょっと嫌だなあ、って思うことも多かったけど。

 ……昨日まで生きていたクラスメイトに、もう会えないのは、とっても辛いです」

 

 友奈の目には、確かな悲しみと強さの両方が見える。

 

「でも、もう誰にも、死んで欲しくないから」

 

 友奈も、東郷も、夏凜も、教室で見た竜児の涙と姿が、強烈に記憶に残っている。

 

「そして、私達も死んじゃいけないんです。

 勇者も、そうじゃない人も、死んでしまえば本気で泣いちゃう人がいるんです」

 

 "自分が死ねば彼はまたああいう風に泣くだろう"という確信が、三人の中にはあった。

 

「そうね、友奈ちゃん。私達も死んじゃいけないわ。絶対に」

 

 少年の醜態は、友奈と東郷と夏凜に"簡単に死んじゃいけない"と決意させた分だけ、意味はあった。

 

「じゃあ始めるわよ。生産的な話を」

 

 夏凜が口を開く。

 夏凜は竜児について言及しない。

 なのに、勇者部の誰もが"彼女も彼を心配している"という一点だけは全く疑っていないのだから不思議なものだ。

 

「前回の戦いで気付いたんだけど、あの怪獣の攻撃は四分で一サイクルだったわ」

 

「? 夏凜ちゃん、どういうこと?」

 

「三分の猛攻と一分のクールダウンでワンセットだったってこと」

 

「……ああ! 攻撃が一回途絶えてたの、それだったんだ」

 

「そうそう、それそれ。あいつも完全無敵じゃないってことよ」

 

 夏凜は、あの怪獣が三分の猛攻で一分の隙を埋めるタイプの敵であると推測する。

 これがメビウスの言っていた、"決まった行動を取るよう設定されていたのかもしれない"の内容である可能性は非常に高かった。

 

「よく時間なんて測ってたね」

 

「封印の儀って維持に時間制限あるんだから、端末見なくても時間は測れる方がいいのよ」

 

 友奈が感嘆し、風が首を傾げる。

 

「でも一分だと、そんなに接近できるかしら」

 

「別にこの一分を待たなくてもいいわ。待ち伏せすればいいのよ、風」

 

「待ち伏せ……?」

 

「大赦曰く、エネルギーの減衰が一番酷いのは香川の東端。

 もっと細かく、怪獣の被害が大きな順にポイントを見ていけば……」

 

 夏凜は地図を広げ、大赦からのメールに添付されていた被害状況を見ながら地図に赤点を打ち込んでいき、怪獣が最も強烈にエネルギーを吸っている地点を赤丸で囲んだ。

 怪獣の影響が一番大きいということは、その地点が最も怪獣の居る場所に近いということだ。

 

「ここで待ち伏せして、樹海化と同時に突撃して、距離を詰める。

 あいつが怖いのは遠距離から弾幕で制圧して来ることなんだから、これで強みが潰せるわ」

 

「おお」

 

「待ち伏せて、全員でかかって、遠距離からの弾幕を張らせず至近距離でぶちのめす!」

 

「……分かりやすくていいわね!」

 

 敵が弾幕で勇者と巨人を圧倒して来たなら、今度は待ち伏せで弾幕を張れない状況にしてやればいい。

 今回は非常に特殊なケースだ。

 神樹は普段、結界に意図的に弱い部分を作り、そこにバーテックスを誘導することでバーテックスの襲撃地点を絞っている。

 襲撃地点を、勇者の居住区に絞るよう誘導している。

 

 おかげで勇者達は四国をあっちこっち動き回らなくても防衛を成立させているのだが、このプリズマーバルンガほど、出現地点が明確に分かっているバーテックスもいない。

 何せ、結界の外からエネルギー吸収をしてくれているのだ。

 結界内はお陰でひどいことになりかけているが、不幸中の幸いで、それがプリズマーバルンガの正確な現在位置を教えてくれている。

 

 プリズマーバルンガは次に現れた時、結界内から吸い上げた、神樹を一撃で消せるだけのエネルギーを持って来るだろう。

 敵の結界侵入と同時に殴りに行って行動を封じるのは、理に適っている。

 

「封印の儀がちゃんと決まれば、ウルトラマン抜きでも奴は倒せるはず。

 どんな手段でも倒せないバーテックスを倒すために作られたのが、『封印の儀』よ」

 

「それは……確かに」

 

「どんな敵でも倒せないってことはない。御霊を出させて、それを破壊さえできればね」

 

 待ち伏せて、可及的速やかに接近、弾幕を封じて接近戦。

 封印の儀を完了させ、神樹を撃たせずに仕留める。

 シンプルだが、悪くはない作戦だろう。

 

「壁近くまで移動するのはそんなに難しくはないはず」

 

「あの怪獣、海も結晶化させてたから、ちょっと戦った頃には海も足場になるかな」

 

「風先輩、敵が四国の領域に入って来ない可能性はあると思いますか?

 このまま兵糧攻めにしてしまえば、四国は恵みが足りなくなり干上がると思うのですが」

 

「東郷らしい考えね。

 でも、結界内の力をいくら吸い上げても……神樹と勇者と巨人は死ぬか分からない。

 結界外から吸収は、将棋で言えば王将以外の駒を取るようなものよ。

 王将(神樹様)を取らなきゃいつまでも勝ちにはならない。

 だったら、向こうさんも勝てる時に勝ち、取れる時に取りに来ると思うわ」

 

 そも、バーテックには余裕がある。

 前回の戦いで勇者と巨人を圧倒した分だけ、自分が優位と認識していて、神樹様を確実に折れるチャンスを狙ってくるだろう……と、風部長は推測していた。

 将棋で言えば、相手の王将以外の駒全てをじっくり取っていくのも戦術の一つだろうが、王将を取れる時に取った方が合理的、ということだ。

 

「よし、勇者部一同、気合い入れていくわよ!

 勇者部五箇条! なるべく諦めない!

 勇者部五箇条! なせば大抵なんとかなる!」

 

 竜児も探す。

 バルンガの吸収の影響で困っている人は助ける。

 この雨の中、その両方をやっていく。

 川の清掃活動ボランティア等も普段からやっている勇者部からすれば、この程度の雨、なんのそのというやつだ。

 

「今できる人助けを、やれるだけやっていきましょう」

 

 今やれることをやることは、決して無駄にはならないはずだ。

 

「助ける。勝つ。守る。そして、皆で笑顔で帰って来るわよ!」

 

「はい!」

 

 風の号令で、皆が動き出していく。

 友奈は夏凜と東郷を連れて移動しようと考え、夏凜の方を向く。

 

(あれ?)

 

 夏凜は、そこに居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏凜は、そこに居た。

 勇者部で話すことを話し、やるべきことをやったら、彼女は雨の中一直線にどこぞへと向かい、あっという間に竜児を見つけてしまっていた。

 竜児は、誰にも見つけられない場所に居たつもりだった。

 誰が探しても見つからない、森の中に居たつもりだった。

 

「夏凜……どうして、ここが……」

 

「勘」

 

 理屈ではない。勘だ。

 勘で大雑把に探し、後は森の中で気配を探って竜児を見つけ出したのである。

 バーテックスの気配を勇者の力抜きでも感知し、勇者部の中でも飛び抜けた第六感を見せつけている夏凜ではあるが、竜児を見つけられた理由はそれだけではないだろう。

 付き合いの長さ、心の繋がり、互いへの理解。

 ……そういったものが、『勘』に多大に絡んでいた。

 

「あんた、友奈達から逃げてたでしょ。

 流石にこれだけ探しても見つからないのは、変よ」

 

「……だったら、何さ」

 

「勇者部は、とんでもないお人好しどもの人助けの部なのよ。

 素直にあいつらの差し出した手を取ってやりなさい。

 ただでさえ今、あいつら他の人を助けるのにも走ってて、他に手回す余裕無いんだから」

 

「……夏凜もそっち行けば良かったじゃないか」

 

「勇者部は『人に優しくが基本』、なんだそーよ。

 たくさんの人を助けに行くのも、一人のケツを蹴りに行くのも私の勝手。

 心に従って助けることが一番重要って友奈は言ってたけど……あんたは知ってるでしょ」

 

「……」

 

 胸の奥から、メビウスの声が聴こえる。無視する。

 目の前から、夏凜の声がぶつかってくる。無視したい。

 無視できない。

 竜児は夏凜を突き放すべく、少し嫌味な言い方をした。

 

「夏凜は付き合い浅かったから、あの二人が居なくなっても、平気なのかな」

 

 彼女を遠ざける嫌味な言葉が、心にもない言葉が、罪悪感で竜児を逆に傷付ける。

 夏凜は少し、悲しそうな顔をした。

 ヒルカワにいい思い出はなく、ヒロトともまともに話したことはなかっただろうに、それでも『守ってやれなかった』ことに罪悪感を覚えるのは、彼女が勇者だからだろうか。

 

「悔しいわよ。悲しいわよ。辛いわよ。……でも、あんたほどじゃない」

 

 森の中、豪雨に濡れる竜児と夏凜。

 竜児は普通の状態にない。

 信念を、目標を、冷静さを、自分を見失っていた。

 今にも土台から崩れてしまいそうな心が、夏凜との会話で、間違った方向性の思考を生み出し始めてしまう。

 

(この先の戦いで)

 

 樹海破壊の影響で、二人の友達は死んでしまった。

 二人が死んでしまったのは、運が悪かったから。

 樹海の破壊の影響を受けたデパートを、その時間に運悪く訪れてしまっていたから。

 なら、勇者は?

 普通に考えれば、一般人よりもずっと、勇者は死にやすいはずなのでは?

 

 竜児は、理性の何もかもがガタガタになってしまっている。

 

(もしも夏凜が)

 

 だからこそ、この想いは竜児の本質をそのまま表していた。

 

(―――敵に―――殺されて―――しまったら―――)

 

 『本当は誰にも死んで欲しくない』という彼の本質を、そのまま表していた。

 

(―――嫌だ。それは、嫌だ)

 

 教育で抑え込まれていたはずの本質が、無自覚に彼を支配する。

 

「端末を寄越せ、夏凜」

 

「は?」

 

「夏凜はもう勇者にはさせない」

 

「……は?」

 

「他の勇者の端末も、これから全部奪う。

 もう誰も勇者にはさせない。

 戦いの中で勇者を死なせたりしない。

 ここからは、全ての戦いを、全部僕一人で戦う……!」

 

 愚行、愚考、どちらでもいい。それ以外のなんと表現すればいいというのか。

 

「ふざけてんの、あんた」

 

「ふざけてなんかない」

 

 夏凜は露骨に怒りを滲ませ、竜児は哀れなほどに焦っていた。

 憐れなくらいに自分を見失っていた。

 夏凜の気持ちも、勇者達の想いも、まるで考慮していない。

 何故彼女らが戦うと決めたのか、それさえ失念してしまっている。

 今の竜児は、『もう誰にも犠牲になってほしくない』という本質的な衝動のみを優先し――言い換えるなら、自分の想いだけを優先し――他人を従える暴力に訴えようとしていた。

 

「勇者になってもいいよ。どうせ……力尽くで奪うから!」

 

 夏凜が勇者になっても、構わないと思えるほどの覚悟。

 最悪、巨人になってでも夏凜を押さえつけるという醜悪の決意。

 愚劣という言葉がこれほど似合う思考も無い。

 

 夏凜から端末を奪うべく、竜児は夏凜に襲いかかった。

 "死なないで"という祈りと願いが、顔にそのまま出てしまっている。

 "生きてくれ"という祈りと望みで、竜児は暴力に訴えた。

 巨人の手では端末が掴めない、ゆえに少年の姿のまま手を伸ばす。

 メビウスが何か叫んでいるが、聞こえない。

 

「あんたが自分勝手に他人に暴力振るおうとするの、初めて見たわ」

 

 その伸ばされた手を、夏凜の掌底が叩き落とした。

 夏凜の掌底は素早く飛び、竜児の手に触れる瞬間のみ優しく減速し、素早く叩き落とす行為と優しく叩き落とす好意を両立する。

 そして、叩き落とした腕を掴んで、一本背負いで地面に落とした。

 

「いづっ……!」

 

「泣きそうな顔しないと、あんたは私に手も上げられないんだ」

 

 地面に転がされた竜児の顔に、振り下ろされる夏凜の拳。

 それは当たらず、鼻の手前でピタリと止まった。

 

「一発目」

 

 夏凜が拳を引き、泣きそうな顔の竜児が立ち上がる。

 

「……なんで止めた」

 

「力で勝つだけじゃ、何かが足りないでしょ。

 それじゃああんたが叩きのめされて、痛い思いして、それで終わり」

 

 夏凜が構える。

 竜児がいくら駄々をこねようが、越えられない壁として立ちはだかる。

 "一人で戦う"という、竜児のあまりにも間違っている願いを、止める壁。

 

「―――力以外のものを、あんたにぶつけてやる。あんたがマシなツラになるまで」

 

 夏凜の素手の構えはとても滑らかで、自然体だった。

 右手は拳、左手は掌。

 右手は握り、左手は開く。

 右手は強さを示すために、左手は優しさを向けるために。

 今の竜児は優しさだけをぶつけても苦痛に感じ、強さだけをぶつけても折れてしまうということを、夏凜は直感的に理解していた。

 強さだけでも、優しさだけでも、折れた竜児は救えない。

 

「端末を……渡せ!」

 

 襲いかかる竜児の手は、夏凜を押さえつけて端末を奪おうとする。

 押さえつけて、奪おうとするだけだ。

 狂乱しているのに、夏凜を殴ろうとすることすらできていない。

 竜児は逃げているだけだから。

 夏凜に傷付いてほしくないという、本能の衝動に従っているだけだから。

 この期に及んでも、誰も傷付けられない自分のままで。

 

 その手を夏凜の左掌が柔らかに弾き、がら空きになった竜児の顔に拳が迫る。

 拳は、また彼の顔の前で止まった。

 

「二発目」

 

 それでも竜児は止まらない。

 

「余計なことを考えさせないでくれ……いいから、安全な場所に居てよ……!」

 

「あんたは考えるのを止めてるんじゃない。

 ……逃げてんのよ! 現実から! 辛いから!

 それであんたが幸せになれそうなら、私も何も言わないわよ!」

 

 夏凜に襲いかかり、夏凜を傷付けたくないという想いから夏凜を攻撃するという矛盾の中、自分が何をしているかも分からないまま咆哮する。

 迫る竜児に足をかけ、夏凜が優しく転ばせた。

 豪雨の中、森の草地が彼を受け止め、雨で滑る気配もない夏凜の拳が落とされる。

 またしても、拳は顔の前で止まった。

 

「三発目!」

 

 夏凜も叫ぶ。

 

「だけど、不幸の谷に自ら投身自殺しようとしてるみたいなもんでしょうが、今のリュージ!」

 

「違う!」

 

 竜児は立ち上がり、心の中身を全て絞り出すような叫びを放つ。

 

「これで夏凜が、いい人な勇者のみんなまで死んだら!

 僕が自分の手で守れる戦場でまで誰かが死んだら!

 もしも、そうなったら!

 僕は……僕はっ……何考えて、何をして、どう償えば……何も、何も、分からないんだよ!」

 

 少年の心の奥底が叫ぶ。

 誰にも傷付いてほしくなかった。

 理不尽に死ぬ人なんていない、悲しみのない世界であってほしかった。

 本当は、勇者部の人達には、人助けだけしていてほしかった。

 戦いなんて手段を使わず、皆の笑顔を守っていてほしかった。

 敵に殺される人なんて見たくなかった。

 潰える幸せなんて見たくなかった。

 そんな本音は、心の奥底に押し込められ、少年の心には自覚されない。

 

 少年が望むそんな世界は、最初から存在しない。

 三百年前に神様に奪われてから、ずっとそんなものはない。

 人が幸せでいていい時代は、とっくの昔に終わっている。

 ゆえにこその神々の時代。

 竜児の頭は、それをちゃんと理解していた。だから心は苦しんでいる。

 

 夏凜の足を取り、端末を奪おうとして、竜児は攻撃に集中しすぎた隙を突かれ、ガードの合間をすり抜けて来た右ストレートに足を止められてしまう。

 

「四発目、よ」

 

 ピッ、と夏凜が拳をキレよく振り、拳の水滴を振り落とす。

 竜児の目から流れ落ちるその滴が弱さなら、夏凜の拳から流れ落ちたその雫は、まさしく強さそのものだった。

 

「頼む……端末を大人しく渡してくれよ……もし、夏凜を怪我させたりしたら……」

 

「普段のあんたを、アホだとか言ってる私だけど……

 今のあんたは、アホだと言う気も失せるわ。本当に、心底、イラッとする」

 

 竜児は夏凜を暴力で脅しているのに、すがるような口調で頼んでいた。

 その暴力は一切夏凜に通じていない。

 殴る、蹴る、その辺の木の棒を拾って投げる、といった行動を取れば少しはマシになるかもしれないが、竜児にそれは不可能だ。

 そんなことをしたら、夏凜に怪我をさせてしまうかもしれない。

 竜児が、そんな自分の行動を許せるはずもなかった。

 

 竜児の顔は、仮に濡れていなくても泣いているように見える顔だった。

 夏凜の顔は、雨に濡れているのに、泣いているように見えない顔だった。

 

「五発目」

 

 何度も挑み、何度も圧倒されるたび、竜児は思い知る。

 自分の強さでは、夏凜に敵わない。

 夏凜は勇者の力を一切使っていなくて、自分の身体能力はウルトラマンとの融合で三倍以上になっているのに、それでも敵わない。

 ウルトラマンと融合してから一ヶ月近く鍛錬もしているのに、それでも敵わない。

 奇跡が起こっても覆らないほどの実力差が、二人の間にはあった。

 

 夏凜から端末を取り上げられない、夏凜を戦いの場から追い出せない、自分の弱さが情けなくて仕方なくて、竜児の涙の大きさが増す。

 

「……ちくしょう」

 

 ぐっと足に力を込めて、回り込んで押さえ込もうとしても、地の鍛錬量が違う。

 降り続ける豪雨の中、森の落ち葉の上を夏凜は軽快に跳ね、竜児をまた優しく倒した。

 少年の顔の前で、夏凜の拳がまた止まる。

 

「六発目」

 

 勝ちたかった。

 勝てなかった。

 怪獣と戦っている時以上に、勝てる気がしない。

 三好夏凜に、勝てる気がしない。

 "不思議な厚み"が勝利を遠ざけている、そんな実感があった。

 それが"優しさから来る強さ"だと、竜児は何一つとして理解できていなかった。

 

「ちくしょう……なんでこんなに、僕は弱いんだ……!」

 

 少年は自分を憎む。

 自分の弱さを憎む。

 力が、もっと力があればと、心が力を求める方向性に傾倒していく。

 幾多の宇宙で人々を苦しめ、光の巨人に討たれて来た、闇の巨人達のように。

 

「強ければ、もっと上手く戦えて、誰も悲しまずに済んだんじゃないのか……!」

 

「そうね、あんたは弱いわ」

 

「―――!」

 

「ウルトラマンと融合してからも、私より強くなったことなんてない」

 

 夏凜は過去の竜児を弱いと言う。

 現在の竜児も弱いと言う。

 けれど未来の竜児を弱いとは、決して言わない。

 そして、弱いから悪いとも言わない。

 夏凜の語る"竜児は弱い"という言葉は、どこか竜児への賞賛が含まれているようにすら感じられた。

 

「『もっと上手く戦えたはず』なんて考えるだけ無駄よ。

 あんたは一度も手を抜いてない。最善を尽くした。いつも誰かを守るために全力だった」

 

「っ」

 

「だから、あんたは悪くない。

 ……頑張ってた奴が、人の死の後で"お前のせいだ"なんて言われるのは、間違ってるでしょ」

 

 夢の中の誰かと似たようなことを言う。

 それは、勇者が弁えている道理を語る理屈であったからだろうか。

 

「違う! 僕は……僕が何かできていれば……!」

 

「自分が頑張ってりゃ助けられた、みたいに思い上がって!

 あんた、神にでもなったつもり!?

 どんなに頑張っても、救えないやつはいる! 届かない想いはある!

 あんたはメビウスの話の何を聞いてたのよ! 神樹様ですら全能じゃないのに!」

 

「……っ」

 

 『我々ウルトラマンは決して神ではない』。

 『どんなに頑張ろうと、救えない命もあれば、届かない思いもある』。

 これは、初代ウルトラマンがメビウスに伝えた言葉だ。

 それは何かを守れなかったウルトラマンの後悔を和らげるための言葉であり、同時に、自らを神のように思い上がることを戒めた言葉でも有る。

 

「できないことはいつだって山のようにあって、いつも自分の手札で勝負するしかない!」

 

 人は全能の神にはなれない。なってはならないのだ。

 

「あんたのいいところは!

 自分が弱っちいと知ってるから、努力していけること!

 自分にできないことがあるって分かってるから、他人に頭下げられることでしょうが!」

 

 人の強さは、全能でも万能でもなくても、自分にできないことを知り、支え合い、助け合い、力を合わせて、神を超えて行くところにある。

 神樹はそれをよく知っている。

 だからこそ、自分達でも勝てなかった相手を前にしても、人間の頑張りに賭けたのだ。

 

「私は力でブーストしなきゃ勉強できない、あんたは普通に勉強できる!

 あんたは運動苦手で、私は運動得意!

 あんたが変なこと考えて煮詰まったら、私がシンプルに叩き直す!

 私に知識が足りてなかったら、アンタが知識を貸してくれる! それの何が悪い!」

 

 竜児と夏凜、二人は対だ。

 得意分野や苦手分野の多くが、真逆の対になっている。

 よく似ている部分があるとすれば……それは、目の前で苦しんでいる友達を、絶対に見捨てられない部分だろうか。

 

「努力して積み上げてくしかなかったでしょ、私達は。

 勉強も、運動も。ちまちまと積み上げていくしかなかった。

 ……天才の兄貴とは違って、努力しないとダメだったのが私達だったじゃない」

 

 竜児にしか通じない言葉があった。竜児だからこそ響く言葉があった。

 夏凜にしか言えない言葉があった。夏凜だからこそ響かせられる言葉があった。

 怒髪天を衝く勢いで、夏凜は怒り、叫ぶ。

 

「第一私は、あんたに一方的に守ってもらうほど弱くないでしょうが!」

 

 そりゃもう怒って、竜児の襟首を掴み、激しく揺らす。

 

「ちょっと追い詰められたら端末渡せ?

 もう戦うな? 僕一人で戦う?

 あー、イラッとするわ。

 そこは『力を貸してくれ』でしょうが。

 そこは『僕を助けて下さい』でしょうが。

 何? 本当に辛い時に私そんなに頼りにならない? 普通にイラッとするんだけど」

 

「あ、う、ごめん」

 

 頼ってほしい。

 それは、友達ならば当たり前の感情だ。

 

―――おおっとリュウさん、頼られてばっかじゃないぜ。俺達も手伝うさ

 

―――何か知らねえけど、六月末辺りから面倒事に巻き込まれてんだろ、リュウさんよ

 

―――へいばっちこい! 頼ってくれよな!

 

―――俺達三人揃えば、10+10+10=30じゃねえ!

―――10×10×10=1000だ! 男三人揃った力、見せてやろうぜ!

 

 あの二人の友だって、そう言っていたではないか。

 竜児は大きすぎる悲しみのせいで、そんなことも忘れていた。

 "頼ってくれ"と言った二人の友が死んだ後、竜児に頼らせようとしていた夏凜という友に、事実上の"お前には頼らない"宣言をしてしまったのだ。

 友情と、友達の気持ちというものを、竜児は見失いかけていた。

 

 友を想って、友の気持ちを蔑ろにしてしまっていた。

 

「頼りなさいよこのバカ!

 謝りなさいよこのアホ!

 あんたが私より頭悪い判断しかできなくなったら、何も取り柄残らないでしょうが!」

 

 耐えきれなかった。

 竜児は夏凜の言葉に、気持ちに、これ以上耐えきれない。

 この少女が死ぬかもしれない、という想像に耐えきれなかった。

 

「……う……あっ」

 

 メビウスブレスを左腕に出す。

 竜児の右手がブレスに添えられ、瞳が夏凜の目を睨んだ。

 

「……端末を、出して。じゃないとウルトラマンの技を出す」

 

「本気?」

 

「僕に端末を渡すんだ。

 勇者に変身する時間はあげない。

 勇者の姿じゃないと、僕が出す光刃にかすっただけでも大怪我だ。

 怪我はしたくないだろ? 変な動きはしないで、どうか端末を渡してくれ」

 

 はぁ、と夏凜は溜め息を吐き、ポケットから端末を取り出す。

 

「そうだ、それで……」

 

 取り出して、森の彼方へ投げ捨てた。

 防水加工の携帯電話が森の風景の中に消える。

 端末渡せ? 知った事か! と言わんばかりの迷いのなさであった。

 

「……え?」

 

「あんたなんてこの棒っ切れで十分よ」

 

 夏凜は手頃な、木刀と同じくらいの重さと長さの木の棒を拾い、構える。

 

 

 

「今は勇者の力もいらない。

 勇者でいる必要もない。

 勇者夏凜としてではなく! ただの三好夏凜として!

 全部、受け止めてやるわこんにゃろう! さあ来いッ!」

 

 

 

 夏凜の怒りと同様に、竜児もまた、夏凜に対し怒りを覚えた。

 無茶をしないでほしいのに。

 死なないでほしいのに。

 何故、ウルトラマンの恐るべき攻撃の力を前にして、勇者の力を微塵も使わず、そんな木の棒一本で立ち向かおうとしてしまうのか。

 

「―――そうやって、無茶なこと考えて! 怪我をしたり死んだりするのが、怖いんだよ!」

 

 少し怖い思いをさせてやる、と竜児は怒った。

 夏凜に少し怖い思いをさせて、二度と無茶なことをできないようにしてやろうと考えた。

 メビウスの静止の声も、既に無意味。

 擦られるメビウスブレス。

 右手から放たれる、ウルトラマンの光の力。

 放たれた光の刃は、夏凜に絶対に当たらない、けれどその木の棒を切断する軌道で飛ぶ。

 木の棒を切断し、光の刃の恐ろしさを感じさせてやろうと、そう思って放っていた。

 

 今の竜児の心をそのまま撃ち出したような刃だった。

 竜児は、自分を見失っていた。

 だから、一番大切なことさえも忘れていた。

 

 力が強いから勇者なのではない。

 強い力に立ち向かう勇気を持つから、勇者なのだ。

 

「―――」

 

 夏凜は踏み込む。恐れず踏み込む。

 ウルトラマンの攻撃技と知りつつ、その攻撃に向けて踏み込んだ。

 振るわれる木の棒。

 乗せられる体重。

 重ねられるは、夏凜が年単位で積み重ねてきた武技の技巧。

 

 夏凜の木の棒が、超高速で飛翔する光の刃の側面を打ち―――一方的に、粉砕した。

 

「―――!?」

『―――!?』

 

 竜児と、その内に居たメビウスが、魂が口から出て行きそうなくらいに仰天する。

 

 今の光の刃は、仮にも光の国のウルトラ戦士の技なのだが。

 

「ん……なっ……馬鹿な……」

 

「あんたの今のメンタル並みにボロボロで、ガタガタな光の刃だったわね」

 

 『今の竜児の心をそのまま撃ち出したような刃だった』。

 ウルトラマンの光は、心の光でもある。

 通常のウルトラマンではありえないほどに心がガタガタになる、ただの人間であれば、その心の状態が技に多少なりと反映されてしまうこともあるだろう。

 

 事実、今の光の刃は相当に光の結合が甘かった。

 竜児の心のように、技の結合度合いもガタガタだったのだ。

 ……それを人間が切り捨てられるかどうかは、別として。

 

「あんたは弱い。少なくとも、私よりは。

 弱いあんたが何かを守るには、皆と一緒に戦っていくしかないでしょ」

 

「―――」

 

「でも、あんたはそれでいいのよ。

 皆と一緒に、みんなを守る。

 たくさんの人と力を合わせて、たくさんのものを守る。

 だって弱いんだから。遠慮なく力を借りて、油断なく自分を鍛えていけばいい」

 

 弱さが強さ。

 そんな人間もいる。

 

「弱いってことは、強くなれる余地があるってこと。

 昨日のあんたが助けられなかったものも、明日のあんたなら助けられる。

 今日のあんたが助けられなかったものは、私が一緒に助けてあげる」

 

 支え合えばいいのだ。

 かつて、半人前のウルトラマンだったウルトラマンメビウスが、地球人と力を合わせて、強敵から地球を守りきった時のように。

 

「私達は、しんゆ……腐れ縁なんだから、そのくらいの手は貸してやるわよ」

 

 夏凜は照れて、ちょっとセリフを日和った。

 

「無理―――」

 

『リュウジ!』

 

 竜児がメビウスブレスを出したのは、失敗だったかもしれない。

 メビウスブレスを出してしまったせいで、メビウスが竜児の内側からだけでなく、外側からも呼びかけられるようになってしまったからだ。

 心の耳は塞いでいても、体の耳は塞いでいなかった。

 だから、メビウスが初めて竜児を呼び捨てにしたその声が、外から内へと響いてしまう。

 

『なんで分からないんだ!

 君を悲しませたのが友達の死なら、君を悲しみから救おうとしているこの子も、君の友達だ!』

 

「―――!」

 

『君には大切なものがたくさんあった!

 だからたくさん頑張れたのに!

 一つを失った悲しみで、他の大切なものを全て失って、それでいいのか!?』

 

 一つの大きな悲しみを理由に、選択や決意を間違えて、一人では背負いきれないものを背負い、全てを失ってしまう。

 そんな道に、竜児は進みつつあった。

 その道を進みつつある竜児の手を、夏凜とメビウスが力強く引っ張って、元の道に戻そうとしていた。

 

『君にはまだ、失いたくない大切なものが!

 守りたい大切なものが! たくさんあるじゃないかっ!』

 

 大切なものを失ってしまった、という一つの想い。

 『これ』を守りたい、というたくさんの想い。

 それら全ては竜児の中にあるはずなのに、竜児は前者の一つの想いだけを見て、それ以外の想いを見失いつつあった。

 

 でなければ、こんな行動を選びはしない。

 何故なら、熊谷竜児は、勇者がその力で何かを守ろうとする想いの尊さを知っていたはずなのだから。

 勇者から無理矢理に力を取り上げるなどという、勇者の想いの全てを否定するような行為を、容易に実行に移すことなどできはしない。

 

『心の在り方を間違えてはいけない、リュウジ!

 世界のためだけじゃなく、他人のためだけじゃなく!

 もうこれ以上、君の大切なものを失わないために!

 もうこれ以上、君の大切なものを奪わせないために!

 君の手の中にまだ残っている大切なものを、君の手で守り抜くために!』

 

「僕、は」

 

 竜児の唇が震える。

 

「私は……」

 

 夏凜は少し照れて、その台詞を吐く。

 

「私は、あんたの友達」

 

 続けて、今は亡き二人を想った台詞を吐く。

 

「死んだあいつらも、あんたの友達」

 

 三人は、竜児の大切な友達だ。

 夏凜も、ヒルカワも、ヒロトも。

 本当に大切な―――友達()()()

 

「あいつらはもう、あんたに何も言えないから。

 ……あんたが何か間違えたら、私は二人の代わりに、あんたを止めてやらないといけない」

 

 今、この瞬間において、ヒロトとヒルカワの遺志を継いでいるのは、皮肉にも竜児ではなく夏凜だった。

 今は亡きあの二人の気持ちを最も理解しているのは、夏凜だった。

 あの二人が、竜児のこの苦しみを、この暴走を、肯定するわけがない。

 ましてや今日は、あの二人が祝おうとしていた竜児の誕生日なのだから。

 

「僕は!」

 

 竜児は夏凜の木の棒を狙って、メビウスブレスを擦る。

 放たれた光の刃は、もう刃にすらならなかった。

 夏凜は木の棒を投げ捨て、放たれた光に拳を叩きつける。

 

「せいやぁッ!!」

 

 威風堂々直球勝負、夏凜は正拳突きをウルトラマンの技に叩きつけ、殴り砕いた。

 

 殴り砕いた拳をほどいて、夏凜は優しく開かれた手の平で、泣いている竜児の頭を撫でる。

 

「自分を見失っちゃダメよ。

 あんた、力を手に入れたら、それで誰かを守ろうとする奴なんだから。

 皆に幸せでいてほしいって思うようなバカなんだから。

 そんなあんたに、不幸になってほしくないと思うヤツもいる。

 リュージを不幸にしたくないと思ってくれる、リュージの仲間の顔、ちゃんと見ろ」

 

 夏凜はポケットから一枚の紙を取り出した。

 それは、ヒルカワとヒロトが思いを書き綴ったメッセージカード。

 震える手で、震える指で、竜児はそれを開いて読み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもありがとうな!

 この手紙、俺とヒルカワで交互に適当に空白埋めながら書いてるから!

 どっちが俺とヒロトが書いた文章なのか、後で当てっこしよーぜー?

 

 あ、一昨日言ってたやつな!

 リュウさんがヒーローだって思い出させてやるってアレ。

 俺いじめられてたんだよ。

 んでリュウさんに助けられてさ。

 リュウさん覚えてる? あの時言った台詞だよ!

 

「こいつをいじめるなら神様だってぶっとばすぞ!

 どんなに偉かろうが強かろうが、人をいじめていい権利なんてないんだからな!」

 

 シビレたね。

 ああ、この人やべえ!

 どんなモンスターが出て来ても守ってくれそう! って俺は思ったんだよ。

 俺も俺も。

 

 でもさ、中学上がった頃から何かちょっと変わっちゃったじゃん。

 口調も微妙におとなしくなったっつーか。

 中学上がってから、したくないことして、大人になっちまったのかな、なんて思った。

 無理に大人になってる気はしたよ。

 俺らの気のせいだったらごめんなー?

 

 リュウさんだけが、俺達二人にとって、最高にかっこいい、唯一無二の勇者だった。

 

 ……まあ大袈裟な言い方したけど、俺達にとっちゃリュウさんはちょっと変だけど探せばどっかにいそうな、なんかそんな、ちょっと変なだけの普通のダチだった。

 気張らなくていいぜ。

 あんたはありのままでいい。

 それだけで、あんたは俺達の誇りだ。

 

 俺を助けたこと覚えてないってのは、すげえことなんだ。

 あんた昔から、当然のようにそう生きてたってことなんだから。

 

 不安になったら呼んでくれ!

 暇な時、俺達は大体あんたの近くにいるからさ。

 

 あとそれとな、俺達が14歳になった日には、祝ってくれよな! 楽しみに待ってるから!

 バースデー期待してるぜ!

 先に一つ年上になっちまってよ、ズルいったらありゃしないぜ!

 俺達の誕生日プレゼントは絶対笑うから。

 いやもう笑っただろ?

 俺らの誕生日プレゼントも期待してるぞ!(無茶振り)

 

 誕生日おめでとう! リュウさん!

 誕生日おめでとう! リュウさん!

 

 今後共よろしく!

 今後ともよろしくぅ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血塗れのバースデーカードに、透明な雫が落ちる。

 赤い雫が染みた痕に、透明な雫が染みる。

 二人は"暇な時、俺達は大体あんたの近くにいるからさ"と書いていた。

 今も……竜児の近くに、居てくれるのだろうか。

 

「あの二人の家に行ったわ。

 あの二人、プレゼントにウケ狙いで色々考えてたんだって。

 ラジコンをプレゼントにして、ラジコンにあんたの誕生花を一杯差すつもりだったらしいわ。

 で、花だらけのラジコンを突撃させて、ウケを取ろうとしてたんだってさ」

 

 とめどなく涙を流す竜児の前で、夏凜が自前の鞄の中身を漁る。

 

「バースデーカードに書いてあったプレゼント、一部私が預かってきた」

 

 鞄の中から、夏凜は少し珍しい花の花束を取り出した。

 本来なら、男子二人がウケを取りながら渡すはずだった、笑って渡すはずだった花束を。

 

「アリウム、って言うんだって? 花言葉は……」

 

 今日は7月の23日。

 竜児の便宜上の誕生日。

 その誕生花である、この花の花言葉は。

 

「『深い悲しみ』。

 『くじけない心』。

 『優しさ』。

 『円満な人柄』。

 『あなたの主張は正しい』」

 

 竜児は深い悲しみの中にいた。

 ヒルカワは、竜児の円満な人柄を凄いと思っていた。

 ヒロトは、竜児の優しい心を凄いと思っていた。

 二人は、竜児にくじけない心を持ってほしいと、いつまでも彼らしくいてほしいと思っていた。

 迷わず、その心に秘めた正しさに従い、真っ直ぐに進んで行ってほしいと思っていた。

 

「う……あ……ああああ……」

 

「リュージ」

 

 この花に、全ての想いが詰まっている。

 死んでしまった二人が竜児に伝えたかったこと、その全てが詰まっている。

 その花を――その想いを――受け止めるかは、竜児の自由だ。

 

「ちくしょう……嫌だ……嫌だっ……!」

 

 受け止めてもいい。

 受け止めなくてもいい。

 だが、その想いを受け止めることができるのは、受け止める権利があるのは、この世界でただひとり。

 熊谷竜児だけなのだ。

 

「あの二人に恥じるような生き様を見せるのは……嫌だっ……!」

 

 竜児の心は、本当はとっくに折れていた。

 あの二人が死んだ後に戦おうとした心も、勇者から端末を取り上げて戦おうとした心も、全てはハリボテだった。

 心は二度と戦えないほどに粉砕され、粉微塵に砕けていた。

 

 その心が、復活する。

 あの二人は天国に行くと、竜児は確信していたから。

 天国に行った二人に情けない姿は見せられないと、"男の子の決意"を見せる。

 

 竜児は夏凜が渡してくれたその花を――その想いを――受け止めた。

 

「……見て……見ててくれ……二人共……! 僕、頑張るからっ……!」

 

 そんな竜児を、夏凜は優しく抱きしめた。

 

「リュージ。誕生日、おめでとう」

 

 夏凜の言おうとしてた分と、死んだ二人の分。

 合わせて三人分の、『誕生日おめでとう』という言葉。

 三人分の『生まれてきてくれてありがとう』という気持ち。

 少年の涙が、更に溢れる。

 

「……うああああああっ……!!」

 

「あんた、情けないからさ。

 辛くなったら、私が何度でも励ましてあげる。

 あんたが生きてる限り、ずっと。

 私はあんたよりは先に死なないって約束してあげるから。

 何度でも励ましてやるし、ずっと味方で居てあげるから、ちょっとはカッコつけなさい」

 

 最初に拳を、最後に花を。

 少年の暴走を止める強さと、その心を癒やす優しさを。

 "一つだけ"でなく、"二つを使い分けて"誰かを救う夏凜の姿は、二刀を操る時の様。

 

「私はあんたより強いから、あんたより先に死ぬことはまず無いわ! 安心しなさい!」

 

「……ありがどぅっ……!」

 

 竜児は神様でなく、友に祈った。

 

 どうか、僕よりも先に死なないでくれ、と。

 

 この友が、その祈りに応えてくれると信じて。

 

 

 




 「二つ目の話で紙読み」「雨の中彼の心を見つける」など風エピと夏凜エピは地味に対称構造
 風夏凜のコンビも結構好きです

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