時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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没設定:夏凜の初期精霊がザムシャーだった


第五殺三章:情熱の赤

 神樹が結界を緩め、敵を誘き寄せる時刻まで、あと10分。

 まだ雨は降り続いている。

 そんな中、喧嘩で汚れた服から着替えて、竜児と夏凜はある交差点にて合流した。

 

「やっ」

 

「よっ」

 

 竜児は黒一色の服。

 夏凜も黒一色の服。

 二人は互いを見て、軽く目を瞬かせた。

 互いに打ち合わせてもいないのに、同じ形状でこそないものの、同じ目的のために使われる、同じ種類の服を着て来ていたからだ。

 

「あんた、びっくりするくらい喪服が似合うのね」

 

「そう言う夏凜はあんまり似合ってないなあ。ジャージの方が似合ってそう」

 

「んだとこんにゃろう」

 

 竜児は妙に喪服が似合う。夏凜は妙に喪服が似合わない。

 それは、二人の性質の違いだろうか。

 夏凜は人生の終わりを象徴する喪服より、人生の再始点を象徴するウェディングドレスの方がずっと似合いそうに見える。

 少なくとも、竜児はそう思っていた。口には出さないが。

 

 竜児は海の方を指差し、波打ち際に立って談笑している黒服の少女達を見た。

 

「あれさ、誰が打ち合わせしたのか、聞いてもいいかな」

 

 風、樹、友奈、東郷。

 四人もまた、喪服だった。

 竜児は夏凜の仕業だと思っていたが、夏凜は溜め息を吐く。

 

「誰も、何も言ってないのよ。

 風と樹の間に会話くらいはあったかもしれないけど。

 ……本当に偶然で、皆が各々の判断で、喪服着て来てた」

 

 誰かが何かを言ったわけでもない。号令をかけたわけでも、相談したわけでもない。

 されど自然に、勇者は皆喪服を身に着け、この戦場にやって来てくれていた。

 痛む心に強いられたのではなく、自らの意志で悼むために。

 竜児は遠目にそれを見て、魂が震えるような感謝の気持ちを覚えた。

 

「喪服を着て。

 花を添えて。

 弔い合戦。……きっと、これ以上の葬送はない」

 

 これから始まる戦いは、きっと葬式に近いものとなるだろう。

 夏凜は竜児に言い聞かせる。

 

「いい? 敵の攻撃継続可能時間は三分。

 インターバルは一分。これは露骨に対ウルトラマンの調整よ」

 

「かもね」

 

「私達が前に出て、封印の儀を成功させる。

 でなくても、ある程度射撃を回避して時間を稼ぐわ。

 リュージはそれまで変身禁止。信じて待ちなさい」

 

「えー……」

 

「えー、じゃない。

 私達が30秒時間を稼げれば、あんたは2分30秒敵の攻撃を回避すればいい。

 私達が1分時間を稼げたなら、2分かわして1分で仕留めてやんのよ」

 

「分かった。でも一応言っておくけど、少しでも劣勢になったら割って入るからな」

 

「あんたの助け無しに倒しちゃうかもしれないわよ?」

 

「それならそれで、全力全開で『すげーっ!』って言うさ」

 

「ふん」

 

 夏凜はやる気満々だ。

 負ける気も、時間稼ぎだけで終わる気も、さらさら無さそうに見える。

 むしろチャンスが有ればウルトラマンの出番が来る前に倒してやる、くらいの気合いすら見て取れた。

 

 夏凜は竜児から離れ、仲間の勇者達と合流する。

 作戦の開始時刻が近い。

 友奈達に挨拶をして、戦いの前に喪服を着ている自分と仲間達の姿に、夏凜は言葉に出来ない一体感のようなものを感じていた。

 

「夏凜先輩」

 

「どしたの樹、緊張してる?」

 

 喪服の樹はロリっ気あるのに何故か未亡人臭がするわね……と何やら失礼なことを考えている夏凜の内心は、樹には見えない。

 

「さっき、熊谷先輩がこっちに来てたんです」

 

「え?」

 

「謝られて、お礼言われちゃいました。

 心配かけてごめんなさい、探してくれてありがとう、って」

 

「へぇ……」

 

 竜児が勇者と向き合った。

 それを聞いただけでも、心境の変化は窺える。

 

「葬式で皆が同じ服を着る理由、ちょっと分かりました。

 私にはきっと、熊谷先輩の気持ちは全部は分からないけど……

 その悲しみを想像すれば、ほんのちょっとくらいは、その気持ちも分かるのかなって」

 

「樹らしいわね」

 

「こうして皆で同じ喪服を着ていると、同じ気持ちになれる気がするんです。

 ちょっと、泣きたい気持ちになるんです。

 だから、私達は……同じ服で、同じ想いで。死んでしまった人を送れるのかな、って」

 

 葬儀とは、皆が同じ気持ちで、同じ死者を想い、揃って喪服を着て行うもの。

 悲しみを共有し、残された者達が支え合うことを約束し、生者が心を揃えて死者をあの世へ送るものだ。

 勇者達の間には今、共有されている悲しみがある。

 死んでしまった誰かを悼む気持ちがある。

 

「いいこと言うわね、樹」

 

「そ、そうですか?」

 

「憎いクソ野郎をぶっ飛ばすんじゃなくて、死んだあいつらを送り出すために……」

 

 夏凜は喪服の袖を、男らしくまくり上げた。降り続く雨はまだ止まない。

 

「葬送の花、手向けてやりましょう」

 

 雨の中、死者に捧げる花は決まった。夏凜と樹が端末を手にする。

 

「風先輩」

 

「東郷は立ち回り気を付けなさいよ。

 今回は距離詰めて動き回っての接近戦になるんだから」

 

「分かってます。でも、全力も尽くしますよ」

 

「いい気合いね。悪くないわ」

 

 風雨の中、風と東郷が端末を手にする。

 

「今日の夏凜ちゃん、なんだかいつもより頼もしいね」

 

「そう?」

 

「そうだよ!」

 

 端末を手にした友奈が、にこやかに笑んで夏凜に寄り添う。

 気合の入っている夏凜は非常に頼もしい。友奈は素直にそう想う。

 だが、その気持ちを友奈が口にすれば、友奈以外の皆は揃って同じことを言うだろう。

 友奈は気合いが入っていてもいなくても、いつでも非常に頼もしいのだと。

 

「でも、あんたほどじゃないわよ」

 

「?」

 

 夏凜は竜児の言動、性格、変化を把握していた。

 なので今、竜児が自分の中で確定させた変化がどんなものなのか、理解している。

 

「あいつまた、あんたに勇気貰ったみたいだから」

 

「へ?」

 

 世界が樹海に変わっていく。

 夏凜は竜児が居る方を振り向くこともせず、今の自分を遠くから見ているであろう竜児に、思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者部のシフトは予定通りに一:四。

 封印の儀の実行と、封印の儀の継続、封印の儀の実行中に回避を行う役が夏凜。

 残り四人はプリズマーバルンガへの攻撃、行動妨害、封印の儀完了後の御霊へのアタッカー役を担う。

 

 このシフトはあくまで暫定。

 敵の動きに応じて封印の儀の人数を調整し、攻撃と妨害に割く人数と増減させることで柔軟性を保ちつつ攻撃することが寛容だ。

 だが、とりあえずはシフトの人数を弄る必要性はなかった。

 

 勇者の作戦は、事前の想定通りに動いていたからだ。

 

「うわっ!」

 

 空中を光線が薙ぎ払い、樹海を跳ねる友奈が危なげにそれを回避する。

 パンチのみが武器である友奈の攻撃レンジを1。

 プリズマーバルンガの攻撃レンジを10000と仮定しよう。

 今勇者達は、30から100程度の距離を跳び回って怪獣の光線攻撃を回避していた。

 

「うう、攻めあぐねる!」

 

 勇者の飛び道具や中距離攻撃なら、まあ当たらなくはないという距離。

 プリズマーバルンガの超遠距離面制圧の攻撃をするには、ちょっと近すぎて弾幕が広がりきらない距離。

 しかしながら、勇者達も不完全ながらに怪獣の弾幕攻撃に圧され、プリズマーバルンガにロクな攻撃ができない状態が続いていた。

 

 イメージとしては、昔の戦争用の5~10mはある長槍を振っている怪獣と、ナイフを持って懐に入っている勇者達だろうか。

 とにかく、どちらも攻めあぐねる状態で、どちらも自分の距離に持って行けない状態が続いていた。

 

「うわっ、もう海も広く結晶に……」

 

 プリズマーバルンガが、光結晶化した海を踏みしめる。

 輝ける結晶になってしまった海の上を、樹を抱えた風、東郷を抱えた友奈、封印の儀をねじ込めるチャンスを狙う夏凜が跳ねる。

 光結晶化した海は蒸発し、光となって消えていく。

 光となった海が、怪獣の体に吸収されていく。

 

 とても幻想的で、醜悪で、大型犬が子犬を食い殺すようなおぞましさが垣間見えていた。

 

「おっそろしいなあ」

 

 とにかく散らす。攻撃は散らす。散らしてもらわねばかわしきれない。

 精霊三体の護りを持つ東郷でもギリギリだった結晶化光線は、エネルギー吸収を繰り返した結果その威力を増し、もはやウルトラマンの皮膚でも耐えきれないものとなっていた。

 喰らったら終わりだ。

 機動力がやや低めの樹、明確に機動力が一段落ちる東郷を時に抱え、時に抱えず、光線の的を3つから5つの間で流動させ、勇者達は飛び回る。

 

 回避しているだけでもいい。

 時間は、彼女らの味方だった。

 

「でも、上手く行ってる!」

 

 プリズマーバルンガは双頭から光線を吐く。

 その攻撃範囲は極めて広く、攻撃は雨のように隙間無く、威力は超大だ。

 だが、攻撃継続は三分のみ。

 一分間の切れ目を狙って戦いの流れを切り返せば、勝敗の流れは一気に傾く。

 

(170……171……172……173……174……)

 

 夏凜は息を切らし、心臓を激しく律動させ、けれども体に染み付いた動作の所要時間のみを参考として、正確に時間を測っていた。

 心臓の鼓動が速まっても、一歩の速さは変わらない。

 

(175……176……177……178……179……180秒! 今!)

 

 そして、三分ジャストが経過。

 夏凜が一歩で切り返し、怪獣との距離を詰めて封印の儀を始めたのと、怪獣が光線の発射を中断したタイミングには、たった一秒のズレもなかった。

 

「いっけー、夏凜ちゃん!」

 

 理性が『ここだ』と判断した。

 

 直感が『失敗だ』と叫んだ。

 

(―――しまった)

 

 ボトッ、と発射インターバル中の二つの頭が落ちる。

 そして怪獣の尻にあった二つの尾が、新しい二つの頭に変化した。

 

 怪獣型バーテックスは全身をグチャグチャにされても、30秒ほどで再生しきってしまうこともある。

 ならば、『頭を二つ切り落とした程度ではダメージにならない』。

 『頭ならいくらでも生えてくる』。

 『頭程度なら使い捨てられる』。

 再生能力を使い、頭をこまめに交換して攻撃のインターバルを消せばいい。

 生物としてはあまりにも異形すぎる戦術が、そこにあった。

 

双頭(オルトロス)……尾も双頭(オルトロス)!?)

 

 三分撃って、一分休む―――という、大嘘。それは殺し罠だった。

 

 この怪獣に、本来そんな弱点はない。

 前回の戦いで勇者が見抜いたこの弱点は、頭を使い捨てるという異形のルーチンによって、容易に塞がれてしまうものだった。

 

 前回の戦いで、この怪獣には余裕があった。

 尾を頭にしなくてもいいだけの余裕が。

 だからこそ騙しの布石を撒いた。

 勇者達がその偽の弱点に付け込めない時に、偽の弱点を見せる。

 再戦時には勇者達がその弱点に付け込んで来ると見て、偽の弱点を塞いで切り返す。

 インターバルなんてものは、ない。

 全ては彼女らをハメるための罠。

 怪獣は巧みに尾も隠しており、尾の存在をまともに認識さえさせていなかった。

 

 三分を過ぎ、インターバルが来たと思った夏凜は、迂闊に接近してしまった。

 怪獣に一分(いっぷん)のインターバルなど無い。

 怪獣に一分(いちぶ)の隙も無い。

 むしろ、迂闊に封印の儀を初めてしまった夏凜の方が隙だらけだった。

 

 これはこの融合昇華体を作った者が、この怪獣の行動原理の中に仕込んだ、勇者か巨人を誘い込み確実に殺すための毒。

 勇気をもって踏み込んだ勇者を殺す、毒の針だ。

 

 プリズマーバルンガが口を開く。

 怪獣の体内にある神樹を一撃で吹き飛ばせるだけのエネルギーが、溜め撃ちされることもなく、一部のエネルギーだけを掬い上げられ、速射気味に放たれる。

 回避は間に合わない。

 防御も間に合わない。

 助けも間に合わない。

 一瞬後、夏凜の体は跡形もなく消し飛ぶことになるだろう。

 

「夏凜!」

 

 夏凜を助けられる勇者は、一人もいなかった。

 

 

 

 

 

 夏凜を助けられる少年は、一人そこにいた。

 

「メビウス」

 

『何?』

 

「見ててほしい。僕が、あの二人の死を受け止めて、ちゃんと変われたかどうかを」

 

『ああ』

 

 覚悟が、メビウスブレスを起動する。

 

「『 メビウーーース!! 』」

 

 光に包まれ、巨大化する体を光に溶かすように馴染ませる竜児。

 そこが、どんなに遠くても。

 そこが、どんなに怖くても。

 友達を、二度と殺させない。

 生きてくれという祈りではなく―――助けるという覚悟をもって、竜児は手を伸ばした。

 

 肉体が跳ぶ。

 巨人の立っているA地点から、夏凜の居るB地点へ、"高速移動などという遅い移動"とは比べ物にならない速度で、巨人の体が移動する。

 それは空間を一跨ぎする光の秘技。

 ()()()()()()()()()、であった。

 

『―――テレポーテーション!?

 そんな、まだ制御もできていない高等技を、まさか気合いだけで成功させた!?』

 

 友を助けたい。

 仲間のピンチを救いたい。

 手遅れになんてしたくない。

 絶対に、救いの手を間に合わせる。

 そんな竜児の燃え上がる意志が、本来の彼にはできないような高等技術を、奇跡のテレポーテーションとして習得させたのだ。

 

 この技は、傷付いた誰かがどこかにいるのを察知したウルトラマンが、それを助けに行きたいと思ったことから生み出されたもの。

 すなわち、命を救うために跳ぶ技だった。

 

 空間を跳び、夏凜を掌に抱えて竜児は悠々光線を回避。

 夏凜に当たらなかった光線は樹海に当たり、樹海を光結晶化させていった。

 

「樹海、が……」

 

 夏凜が樹海の被害の方を気にする。

 それは樹海へのダメージのせいで、大切な友を失ってしまった竜児への気遣い、及びそれに連なる後悔であったが、奇妙なことに竜児の方が夏凜より明確に気にしていなかった。

 テレパシーから聞こえる声色もそこまで重くない。

 

『自分よりそっち気にしてどうするんだ』

 

「気にするわ! あんた、気にならないわけがないでしょ。何考えてんの」

 

『樹海より、夏凜の方がずっと大事だ。

 変なこと気にして足元疎かにするんじゃない、このバカタレ』

 

「―――っ、ばっかじゃないの!」

 

『それに、光結晶化してから時間が経たなければ、結晶蒸発によるダメージは発生しない』

 

 救えなかった二人の友の命の重み。

 今、竜児の手に乗る夏凜の重み。

 心で感じる二つの重みが、竜児に選択を誤らさせない。

 

 ウルトラマン、と誰かが呟いた。

 ウルトラマンは頷き、夏凜を降ろして再びテレポーテーションを発動させる。

 高度な集中力、使用の前後に致命的な隙、使用することで多大なエネルギーを消耗してしまう……そんな弱点を補ってあまりある能力の凶悪さが、巨人を怪獣に組み付かせた。

 文字通りに一息の間に、巨人は怪獣の首を力強い腕で締め上げる。

 

「僕は弱い! メビウスに申し訳ないくらい弱い!

 弱い弱いと幼馴染に連呼されるくらい弱い! だけど!

 どんな最強が相手でも、僕は負けない! 負けてたまるか! 守ってみせる!」

 

 そして、怪獣を締め上げたまま、飛行能力と跳躍力で飛び上がる。

 メビウスの身長は49メートル。

 キリよく50メートルの高さにまで跳び上がり、そのまま空中でくるりと回り、巨人と怪獣の合計体重をかけて地に落ちる。

 結晶化した海に怪獣が叩きつけられ、クレーターが出来た。

 呻く双頭犬怪獣。

 関節を更に極める巨人。

 見るがいい。

 これがウルトラマンサイズの、フライングバックドロップというやつである。

 おお、と風が感嘆の声を漏らしていた。

 

 竜児はメビウス以外の誰にも理解されない声で、叫び続ける。

 

「自分より強い者に、勇気をもって立ち向かうのが勇者!」

 

 大赦は『友奈が初めて勇者になった時の話』を記憶している。

 当然、それは竜児にも伝えられたものである。

 友奈は初めて樹海に放り込まれた時、何が何だか分からないまま、とりあえず友人を守るために怪物に立ち向かったのだそうだ。

 

 誰かが傷付くこと、辛い思いをすること、皆がそんな思いをするくらいなら、自分が頑張る、私が勇者になる……そう叫び、彼女は殴りつけるように、蹴りつけるように、その身を勇者の姿に変えたのだという。

 "勇者になる"という宣誓が、彼女を強き勇者にしたのだという。

 

 それを聞いた竜児は、ああ、あの人は本当に勇者なんだな……と、思った。

 自分が何者になるかを宣誓し、変わる。

 それは古今東西どこにでもあるやり方だ。

 『メビウス』と叫ぶことで、ウルトラマンメビウスへと変わる者がいるのと同じように。

 

「なら!」

 

 なりたい自分を、叫べばいい。しからばいつか、そうなれる。

 

 

 

「僕も―――皆を笑顔にできる勇者になる!」

 

 

 

 カテゴリーとしての勇者ではなく、システムとしての勇者でもなく、役目としての勇者でもない……"心の在り方としての勇者"。

 憧れた者に。

 勇気ある者に。

 なりたいという想い、いつかなるという誓いを、少年は叫んだ。

 

「『 メビウスディフェンスドームッ!! 』」

 

 巨人は怪獣を締め上げる姿勢のまま、ドーム状の光のドームを展開した。

 プリズマーバルンガが反射的に、散弾銃のような軽くて広がる弾をバラっとバラ撒き、ドームを破壊しようとする。

 だが、ドームの中で弾は跳ね返り、その全てがプリズマーバルンガとメビウスへと命中する。

 怪獣は痛みに悶え、次弾を撃つのを躊躇った。

 

「撃ちたいなら撃ってみろ!」

『このドームの中で、お前に撃つ"勇気"があるのなら!』

 

 巨人もまた、痛みに耐えながら、怪獣の体を押さえ付ける。

 かつて神戸で外側からのテンペラー星人の攻撃を防いだこの防御技を、竜児は内側からの攻撃を内に返す容器として使っていた。

 怪獣はバリアを体当たりで壊そうと暴れる。

 その体を巨人の腕が締め上げるのだ。

 

 辛抱堪らず、怪獣は体の一部を赤熱化させる。

 ウルトラマンの胴体の皮膚が焼け、熱で融け、肉の焼ける臭いがする。

 絶叫するウルトラマン。

 

「ぐ、ああああっ! 僕らを! 人間の根性を、舐めるなぁッ!!」

 

 更に二対の双頭、四つの首が巨人の四肢へと噛み付いていく。

 胴体は焼かれ、四肢には牙が食い込み、それでも巨人は怪獣の体を離さない。

 『この怪獣があの二人を』と思うたび、『二人の笑顔』を思い出すたび、竜児の体に無尽の力が湧いて来る。

 

人間(ぼくら)は! 化物(おまえら)に踏み潰されるだけの塵芥じゃないッ!!」

 

 プリズマーバルンガは自分が傷付くことを恐れ、威力を抑えた弾幕を撃つが、案の定ドームに跳ね返されて自分に当たる。

 巨人にもそれは当たったが、巨人は決して敵を離さない。

 カラータイマーが点滅を始める。

 二回のテレポーテーションと重なるダメージが、ウルトラマンの命を削ってしまったのだ。

 残り、一分。

 

「誰かを守る勇気も無い怪獣(おまえら)なんかに……負けてたまるか!」

 

 そして、巨人が肉体とドームで怪獣の動きを封じている間、ドームの外で五人の勇者が封印の儀を実行してくれていた。

 

「もうちょっとだけ頑張って、メビウス!」

 

 ドームの外で実行される封印の儀。

 御霊露出まであと数秒、御霊さえ露出させられれば勝機はある。

 

 それが、プリズマーバルンガに命の危機を感じさせた。

 単純な思考、すなわち獣の本能が、死を前にして怪獣を異常に暴れさせてしまう。

 プリズマーバルンガは、切り札を切った。

 神樹を破壊するために溜め込んでいたエネルギーを、一気に全身から放出したのだ。

 

 至近距離にいた巨人が、光に飲まれる。

 ドームのバリアが、ガラスのように粉砕される。

 そして樹海から離れていた勇者達を、光の飽和攻撃が襲う。

 

「あ」

 

 その窮地を、夏凜が救った。

 

「ナメんなぁっ!!」

 

 勇気の一歩、というわけではない。

 鍛錬によって鍛え上げられた凄まじい戦闘勘が、その一撃をまともに撃たせてはいけないと判断し、夏凜を怪獣に飛びかからせた。

 鋭く二刀が、二つ有る頭の片方を切り裂く。

 その痛みが光線弾幕の照準を誤らさせ、弾幕の中に隙間を生んだ。

 

「勝った気でいるのなら、思い知れ! ……本当の戦いは、ここからよ!」

 

 その隙間に仲間達が滑り込めたか、それも確認できないまま、夏凜は怪獣の結晶光線に飲み込まれていった。

 

「夏凜!」

『カリンちゃん!』

 

 怪獣は逃げ出そうとする。

 四足で走り、逃げた後に再生で四つの頭が揃うのを待ち、また遠距離からの制圧攻撃をしようとしているのだ。

 走り出した怪獣の、その頭を、風の大剣が豪快に切り落とす。

 風の脇腹は、急速に結晶化が始まっていた。

 

「根性見せろっーーー!!」

 

 二つの尾であった、今は頭の代わりであるそれが、風の体を頭突きで地面に叩き落とす。

 尻の方を前にして、二つの尾を前に向けた頭として、プリズマーバルンガはまた走り出す。

 その前に、左腕が完全に結晶化した友奈が回り込んでいた。

 

「ファイトっー!!」

 

 友奈の根性を込めた勇者パンチ。

 途方もない威力が、逃げようとした怪獣を殴り飛ばして、元の位置へと押し戻す。

 怪獣は首を鞭のように振り、友奈を結晶化した海に叩きつけた。

 光の結晶が衝突の衝撃で爆砕され、隕石でも落ちたのかと思えるほどのクレーターが生まれ、舞い上がる結晶が光になって溶けていく。

 

「勇者部五箇条!」

 

 結晶の海の上に立つ怪獣を狙い、東郷は引き金を引く。

 尾であった二つの頭にも、穴が空いた。

 

「なるべく諦めないっ!」

 

 逃げようとする怪獣の体を、樹の糸が縛り上げる。

 頭を撃ち抜かれても死なず、糸で縛られてもなお逃げようとする、怪獣の醜悪な咆哮。

 それが大気を震わせて、ボロボロの巨人を震えながらも立ち上がらせる。

 ウルトラマンさえも、全身の結晶化が始まっていた。

 

 巨人から逃げようとする怪獣は、必死に勇者達がいる場所へと光線を吐き続け、樹の拘束から逃げ出そうと暴れ回った。

 

「きゃあっ!?」

 

 敵の攻撃エネルギーを吸収し、敵の攻撃力を引き下げる。

 吸い上げたエネルギーを攻撃に追加し、攻撃力を引き上げる。

 ゆえにしぶとく、ゆえにその攻撃力は恐ろしい。

 体が急激に結晶になっていく感覚に恐れを感じながら、勇者達は歯を食いしばる。

 

 そして……怪獣の御霊(カラータイマー)が露出した。

 

 誰も、封印の儀を止めてなどいなかった。

 諦めず、食らいつきながら、封印の儀を続けていたのだ。

 希望を『次』に繋げるために。

 

「ウルトラマンっ!」

 

 そう叫んだのは、誰の声だっただろうか。

 

『諦めるな! まだ何も、終わってなんていない!』

 

 ズタボロの弱りきった体。

 勇者の声と頑張り。

 メビウスの声と激励。

 竜児の足は止まることなく、怪獣に向けて前に踏み出す。

 

「これで終わりだ!」

 

 噛み付いてくる怪獣の頭の一つに右ストレート。

 更に迫るもう一つの頭に回し蹴り。

 そうして、最強の自爆技をかますべく、怪獣の体を掴んで押さえ付ける。

 

(―――力が、尽きた)

 

 だが、無茶をしすぎた。

 エネルギーを使いすぎた。

 もはや巨人の体には一発の必殺技を撃つ力も残っていない。

 カラータイマーの点滅が早まる。

 敵の体を掴んでいる手にも、力が入らなくなってくる。

 

(あと、少し、なのに……!)

 

 意識が飛ぶ。

 

 カラータイマーの点滅が早まる。

 

 負ける。

 

 そう思った瞬間に、ウルトラマンの内にきらめく光の中から、声が聞こえた。

 

『負けんな、俺達の勇者!』

 

『勝て、俺達のヒーロー!』

 

 ―――死んだ二人の声が、光の中に、聞こえた気がした。

 

『こんなところで終わってくれるな』

 

『俺達の分まで、未来に生きてくれ』

 

 竜児は肩に暖かさを感じる。

 誰かが肩に手を乗せてくれている。

 左肩と右肩に、それぞれ別の誰かが手を乗せてくれている。

 肩に乗せられた手が、自分の体を力強く前に押してくれていた。

 

『『 進め! ウルトラマン! 』』

 

 体の力は尽きようとも。心の力が尽きることなどあるものか。

 

 

 

「メビューム―――ダイナマイトぉぉぉぉぉッッッ!!!」

 

 

 

 その瞬間、プリズマーバルンガは自身の全能力をエネルギーの吸収に使っていた。

 

 全身が異次元のエネルギー吸収を開始する。

 巨人の自爆も、そのエネルギーの99.99999%が吸収されてしまった。

 体には傷一つ付いていない。

 だが、御霊にだけはヒビが入った。

 

 ヒビが入った怪獣のカラータイマーを睨み、変身が解けてしまった竜児が落ちて行く。

 

「くっ、そ……これでもダメなのか……!」

 

 ウルトラマンが倒されてしまった。

 なら、この怪獣を倒すことができる手立ては――

 

 

 

「人間を、舐めるなっ……!」

 

 

 

 ――まだ、ある。

 

 夏凜の投げた一本の太刀が、正確に怪獣の御霊に入ったヒビへと当たり、ヒビの内側へと食い込んでいった。

 夏凜の両足は既に結晶化し、結晶化した左腕はだらりと垂れ、顔の右半分を覆うような結晶が痛々しい。

 されど、この程度で折れる心を、夏凜は持ち合わせていない。

 

 夏凜の勇者端末は、ある人物から継承したもの。

 そのため、夏凜の勇者としての意匠は『サツキ』ではあるが、その裏には『サツキツツジ』が転じた『ツツジ』の意が込められている。

 勇者の一つの花の裏に、もう一つの花の意が有るのは彼女だけだ。

 

 ツツジの花言葉は『情熱』。

 それこそが、彼女の心を象徴している。

 

「あいつより、私が先に、死んでたまるかッ……!」

 

 ヒビに突き刺さった刀を摘み取ろうとするプリズマーバルンガ。

 怪獣は勝利を確信する。

 されどその視界は、地面に人間として落ちた竜児を見つけた。

 

 地に足つけてしっかりと立ち、メビウスブレスに右手を添えている竜児を。

 

「知恵比べ上等。進化比べ上等だ。

 僕らはお前達なんかに負けない。

 何度でも、何度でも、倒してやる。力で、知恵で、勇気で」

 

 メビウスブレスという鞘から、光の刃という剣を抜くイメージで、竜児は光の刃を放つ。

 かつてシルバーランスの触手を切っていた光刃とは明らかに違う、巨人の拳とそう変わらないサイズの光刃であった。

 

 飛翔する光刃。

 光刃をぶつけられた夏凜の刀。

 光は夏凜の刀を押し込み、刀は光を纏ってカラータイマーを貫通する。

 その貫通が、衝撃が、破壊が、怪獣のカラータイマーを粉砕していった。

 

 怪獣の"勝利の確信"を最後の最後に打ち砕いたのは、ウルトラマンメビウスと夏凜の連携技ではなく、夏凜と竜児の連携技だった。

 

「僕達は―――負けないッ!!」

 

 この世界を滅ぼさせたりはしない。絶対に。

 あの二人の死を無意味な犠牲にしたりはしない。絶対に。

 叶うなら、誰も犠牲にならない結末を。そう祈り、そう願う。

 竜児は怪獣の命を粉砕した光の刃が霧散していくのを見ながら、ホッと一息吐いた。

 

「……情けないな、バーテックス。夏凜は素手で殴ってぶち壊してたぞ、それ」

 

 竜児がするべき幕引きだった。

 この戦場で竜児だけが、あの二人の親しい友達だったから。

 少年は仇を取ったのだ。

 今は、あの二人の友人だと、胸を張って言っていける。

 あの二人の仇を取ったのだと、胸を張って叫んでいける。

 弔いのための戦いだったと、胸の奥でしみじみと呟ける。

 

(良かった……御霊を砕いたら、勇者の皆の結晶化も解けた……)

 

 夏凜以外の全員が気絶していたが、神樹が適当な祠の前に転送してくれるだろう。

 気絶していたのは幸運だ。

 これなら巨人の正体を見た者も居ないはず。

 御霊破壊と同時に結晶化も解除され、戦場になった結界端の海などは粉砕されているものの、勇者や樹海も目立つ欠損無しの姿へと戻っていった。

 これなら、現実にもそこまでの災いは発生しないだろう。

 

「……ヒロト君、ヒルカワ君。僕、強くなるよ。

 この悲しみを、二度と繰り返させないために。

 君達のおかげで強くなった、って思えるくらいに。

 二人が生まれたことを。生きてきたことを。一つ残らず、意味のあったものにしてみせる」

 

 竜児の足がよろめく。

 

「『君達のおかげで世界は救えたんだ』って、君達の墓前に捧げる。だから」

 

 ふらりと、体がよろめく。

 

「もう少しだけ……僕がこの世界に生きていることを、許してほしい」

 

 疲労困憊の竜児の体は傾き倒れ、その体を結晶化が解けた夏凜の腕が受け止めた。

 

「世界中の全ての人間が許さなくたって、私は許すわよ。バカじゃないの?」

 

「……ん、んんんっ、バカのハートによく効くセリフをありがとう」

 

「そーよこのバカ。頭悪すぎんのよ、時々」

 

 竜児は眼鏡を押し上げる。

 彼が眼鏡をクイッとして知性をアピールするたび、彼の友人達は同じような反応をした。

 "リュウさん時々アホに見えるよな"とヒロトやヒルカワに言われていたのを思い出して、泣きそうになって、苦笑を浮かべて誤魔化した。

 時々アホに見える、というその言葉も。

 今は想い出の一部になって、悲しみと誇らしさの一部になっている。

 

「はぁ……今回くらいは、私が戦う役目を全部代わってやろうと思ってたのに」

 

「ああ、やっぱそういうの狙ってたのか」

 

「素直に休んでなさいっての。落ち込んでりゃ普通休むでしょうが」

 

 夏凜は竜児に肩を貸してやり、歩き始める。

 樹海化も解け始め、世界は樹海から元の姿に戻り始めた。

 竜児も夏凜も、戦う姿から元の姿へと戻っていく。

 

「ありがとう、夏凜。

 僕の代わりに戦ってくれて、ありがとう。

 最初に代わりに戦ってくれた夏凜のお陰で、今日は五分間も戦えた」

 

「あっそ。ま、無駄じゃないならよかった」

 

「気合いがあれば、夏凜はなんでもできそうだ」

 

 竜児はちょっと大袈裟に褒めて、夏凜はちょっと大袈裟に応える。

 

「このくらい当然よ。

 私は勇者部唯一の完成形勇者にして―――ウルトラマンの親友なんだから」

 

 "竜児の親友"と言おうとした時は、照れて日和ってしまったけれど。

 "ウルトラマンの親友"となら、照れ気味には言えた。

 

「ウルトラマンの親友ともなれば、できないことなんてそうそうないわよ」

 

 できないことなんてないわ、と言う彼女に。

 竜児は、とてもあたたかな感情を覚えた。

 

「夏凜、僕の左ポケットの花取って。それあげるから」

 

「左のポケット? ……何これ」

 

「アリウムと同じ今日の……僕の誕生日の誕生花。

 夏凜には世話になったから、何かあげようかと思って。花の名前は『ブーゲンビリア』」

 

「へー」

 

 一緒に拳を握って作る絆もあれば、花を渡して育てていく絆もある。

 

「ブーゲンビリアの花言葉は、『情熱』。夏凜っぽくていいなって思ってさ」

 

 竜児は夏凜の顔を見る。

 想い出の中の夏凜の顔と照らし合わせる。

 よし、反応悪くねえな、と竜児は思った。

 

「つか、自分の誕生日に自分の誕生花を誰かに贈るってのはどうかと思うんだけど」

 

「あはは、そりゃそうだ」

 

「その考えはバカっぽいけど、受け取っておいてあげる」

 

 戦いの終わりに、夏凜は大切そうに、花を服のポケットに差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶望と希望の一日が終わり、四国は正常な状態を取り戻していった。

 竜児は戦いの翌日に早くも動き出し、ヒロトとヒルカワの両親の下へ行く。

 苦しくなかったと言えば嘘になる。

 だが、つけるべきけじめがあった。

 

 ヒルカワの両親には語りかけ、話を聞き、ただただ会話に徹した。

 死なせてしまった息子の話はしない。

 ただただ傷を和らげる言葉を選び、『またいつか来ます』と締めくくった。

 ヒロトの家のうどん屋は、敷居を跨がないと誓った言葉の通り、敷居を挟んでかの両親らと向かい合う。

 

「もう来ない、というのは撤回します。僕はここに、しばらく来ません」

 

 竜児は未来を語った。

 

「いつか大人になったら、また来ます。

 僕だけが知っていて、お二人が知らない彼の姿を、僕の口でお二人に伝えるために」

 

 悲しみを語るでもなく、後悔を語るでもなく、慰めを語るでもなく、再起を語るでもなく。

 

「僕が大人になって……

 お二人の心の傷が、癒えた頃になったら……

 ヒロト君の代わりに、またバイトとして、この店のお手伝いに来てもいいですか?」

 

 竜児はただ、未来を語った。

 今すぐに立ち直らなくていい、今すぐに立ち上がれなくてもいい、今は悲しみに浸っていてもいい、今この瞬間に仲直りできなくても良い。

 けれど、未来でなら……という願いを込めて。

 

「……ばっかやろう。

 うちの息子は不真面目で、ダメダメで、君みたいに店を手伝ってくれたことなんてねえよ」

 

 ヒロトの父親は泣いていた。

 子を失った悲しみではなく、竜児という少年を悲しませてしまったこと、子供にこんなにも気を使わせてしまったこと、そしてそれを知りながら何もできない不甲斐ない自分を省みて。

 我が子のためではなく、竜児のことを想って、彼は泣いてくれていた。

 

 最後に『またいつか』とヒロトの両親が言ってくれたことが、竜児の心の救いとなってくれていた。

 

『良かったね』

 

「良くはないよ。死んでしまった人がいるんだから良くはない。

 でも、最悪にはならなかった。ちょっとづつでいいから、良くしていこう」

 

 二人は歩いた。

 橋を渡り、街を歩き、昔瀬戸大橋があったと言われる場所へ。

 円形状に消滅した海沿いの土地、円形状の海岸線に沿ってまったりと歩く。

 

『でも、本当に良かった』

 

「何が?」

 

『封印の儀で露出した御霊を破壊できていなければ、結晶化は解けていなかったかもしれない』

 

「怖いことさらっと言うの止めよう!」

 

 ただ何もせず、散歩をしているこの時間が、心の疲れと傷を癒やしてくれた。

 

『君が最後に撃ったメビュームスラッシュのことだけど』

 

「ああ、なんかいつもより大きかったアレ?

 流石に巨人の時に撃つやつよりは小さかったけど」

 

『僕の力はもうとっくに尽きていた。

 最後のあのメビュームスラッシュは、君が君自身の力で撃ち出したんだ』

 

「へ?」

 

『君は自分自身の力で、光を生み出したってこと』

 

 驚く竜児に、メビウスは"光の本質"を教えていく。

 

『リュウジ君、君と僕が最初に目を合わせた時、僕が炎の紋章を纏っていたことを覚えてる?』

 

「うん」

 

『僕のあの姿は、強化形態バーニングブレイブ。

 かつては仲間が傍に居ないと、使うことのできない力だった。

 ヤプールという異次元人は、僕と仲間を引き離してこう言ったよ。

 "お前の負けだ。一人では何も守れない、無力なウルトラマンよ"……と』

 

 メビウスが語るは、かつてメビウスがまだ一人前ではなかった頃の話。

 

『倒れた僕は、兄さんの導きで心の耳を澄ませた。

 遠く離れた友の声が、仲間の諦めない心が、僕の心には聞こえた。

 そして、気付いたんだ。

 僕は一人じゃない。仲間達と、心はいつも繋がっていると。

 気付けば僕は立ち上がっていた。

 ヤプールに立ち向かった時、僕の体は燃え上がり、バーニングブレイブになっていた』

 

 メビウスがかつて、地球人と一緒に地球を守っていた時の話。

 

『それから、とても、とても……とても長い時間が流れた。

 人間は、僕らウルトラマンほど長い寿命を持たない。

 僕と共に戦ってくれた人間達は、皆先に逝ってしまった。

 僕はもう、バーニングブレイブは使えないかもしれないと思った』

 

 バーニングブレイブは仲間との繋がりを力に変えた強化形態だから、皆と死別したらそれが最後だと、そう思ったんだ……と、メビウスは言った。

 

『……でも、使えた。使えたんだ。

 皆は自分達の人生を走り終わっても、僕との絆を結んだままでいてくれた。

 彼らとの死別は、僕に悲しみ以上のものを教えてくれた。僕はそれを、絆と呼びたい』

 

 仲間との絆を力に変えた強化形態を、メビウスは今も使っていける。

 メビウスは知っていた。

 死ですらも、心の絆を引き裂くことはできないのだと。

 

『君が聞いた友達の声、死人の声は、幻聴なんかじゃない』

 

 竜児のピンチに力を貸してくれた友の想いは、友との絆は、竜児の心の中にある。

 

『心はいつも、繋がっているんだ』

 

「……そっか」

 

 竜児は空を仰いで、流れ出そうになった涙を目に留めた。

 

 いつの日か、今メビウスと共に戦っている竜児達も先に死んでしまうだろう。

 長命種のメビウスは、仲間と死別する悲しみを必ず味わわなければならない運命にある。

 "自分よりも先に死なないでほしい"と友に願った竜児には、その苦しみが痛いほど分かった。

 メビウスはまた仲間である地球人と死に別れ、光の国へと戻り、宇宙のどこかで泣いている者達を助けに飛んでいくことになるだろう。

 

 メビウスはそれを悲劇であるとは思わない。

 思わぬゆえに、どこの宇宙であったとしても、地球の人達を救い続ける。

 その想いに人間が応える道があるとすれば、ただひたすらに精一杯生きることだけだ。

 

「メビウス、今後ともよろしく」

 

『ああ。一緒に頑張ろう!』

 

 この短い命を走り切ることが、ウルトラマンメビウスに対する礼儀であると、竜児は思った。

 

 

 


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