時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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投稿予約日時を間違えてたことに気付いてなかったり、感想返し忘れてたり、ごーめんなさいね☆


第六殺一章:勇気の友奈

 竜児は夏凜の部屋で正座させられていた。

 床に直での正座は中々足に来る。

 椅子に座っている夏凜に見下されていると、なおさらに。

 

「あんた、私に黙ってたことあるわよね」

 

「……」

 

「へー、勇者の見張り。

 暴走した勇者のストッパー。

 そういうこと考えて東郷とか見てたんだ、へー」

 

「……その件に関しては、僕も言い訳は一切ございません……」

 

「こういうの抱えて日々ストレス溜めてたわけか。

 私に相談もせず。

 へー。

 あんた、勇者部じゃなくて助かったわね。

 勇者部五箇条『悩んだら相談!』に抵触してたら、私は正義の処刑をしてたかも」

 

「夏凜が普段絶対言わない正義の処刑とかいう処刑刀みたいな単語使ってる……!」

 

 夏凜がそれとなく、竜児に気を使っている。竜児はそれに気付かないふりをした。

 

『ああ、そうか。カリンちゃんはリュウジが罪悪感を引きずらないようにしたいんだね!』

 

「「メビウス」」

 

『なんでこんなことをしているのか分からなかったよ。

 正座させていたのは、少しの痛みで"おしおきはした"と認識させるため。

 その罰だけでリュウジを納得させるためだったんだね。

 会話はリュウジを責めているように見せかけて、その実ツッコミが入るくらいには軽い』

 

「「メビウス」」

 

『カリンちゃんは知ってると伝えたい、その上で罪悪感を減らしたい。

 リュウジはそれを察し、感謝しながら会話に乗った。君達の友情に……感動したよ!』

 

「「メビウス!!」」

 

 夏凜には優しさと気遣いがあった。

 竜児にはそれを察する頭の良さがあった。

 二人の間には、無言で通じ合うものが有り。

 メビウスは、それを台無しにする程度には天然だった。

 

「ところであの、三好夏凜さん、その情報はどこから」

 

「大赦」

 

「……ああ」

 

「あんたの最近の動向がどうにも不安定だからって、毎日の報告を義務付けられたわ」

 

「分かった、大体分かった。もうその辺の段階か」

 

 竜児は拳で、自分の額をコンコンと叩いた。

 複雑な感情が竜児の内を駆け回る。

 この先の"過程"と、一ヶ月以内に来るであろう"結末"が、竜児には大体見えてきた。

 

「これで僕と夏凜が相互に見張る形になるのか。なんでこんなことに」

 

「あんたが大赦の人間に相応しくない行動したからじゃないの」

 

「うぐっ」

 

 先日の友人二人の死。

 それによる竜児の尋常でない動揺。

 大赦は竜児の冷静さ、冷酷さ、"いざという時に人を犠牲にできるか"という点に、再評価が必要であると感じたようだ。

 

「はぁ」

 

 一を聞いて十を知る。

 それは、知識か知能がある人間の形容詞の一つ。

 竜児は天才的な推測ではなく、"大赦がどういう組織かという知識"で、夏凜にこの情報が伝えられた意図を把握した。

 

「ひとまずさようなら、ってことになるのかな」

 

「え?」

 

「……九月の始業式にはクラスに僕が居ないかもしれないけどその辺よろしく」

 

「え、ちょっと!」

 

「いや、これそういうことだろ。

 勇者と僕の相互監視、ってのはまあ効果があるから分かる。

 でもここまで明かしてるのはちょっと分からん。

 夏凜が僕に明け透けにならないよう、釘の一つも刺すはず。

 でもそうじゃないように見える。

 これじゃまるで……どうせ居なくなるからと、後腐れないから明かしてるみたいじゃないか」

 

「考えすぎってことはない? 考えすぎでしょ多分」

 

「僕には

 『お前すぐ別の部所に異動させるからそれまで相互に見張って問題起こすな』

 っていう暗黙のメッセージが裏側に見えてきたよ……」

 

 讃州中学に、情に流されすぎる監視役は要らない。

 

「異動の通達が来るのは八月半ばってとこかな」

 

「え? え? これ本当にそうなるやつなの?」

 

 竜児の予想は正しい。

 事実、現在の大赦では、竜児の異動は六割がた決定されていた。

 

「楠さんの学校の……ってことはないか。

 元勇者候補があれこれやってるお仕事があるからそっちに行く可能性が1割。

 カプセルとかの研究に専念しろって言われるのが5割。

 それ以外の僕が知らない部所に飛ばされる可能性全部合計して4割かな」

 

「途方もなく多様な気がする四割ね……」

 

「元勇者候補とは会いたくねっす。なんか申し訳ない」

 

「は?」

 

「勇者候補はいっぱい居てさ。

 結城さんとかの何も知らない、部に引き込まれただけの一般の子。

 樹さんとかの、一応親族が大赦の人。

 犬吠埼先輩みたいに大赦の手足になってくれる人。

 そして、夏凜みたいに、勇者になるための鍛錬を積んでる人とかがいるわけね」

 

「そのくらいは知ってるけど」

 

 各学校には讃州中学勇者部のような、数人でワンセットの勇者候補の集まりが有る。

 その中から、讃州中学勇者部は神樹に選ばれた。

 ……なら、選ばれなかった少女達は?

 竜児が言及しているのは、そういう少女達の存在だ。

 

「私はあんたがなんでそんな忌避感持ってるか分からないんだけど」

 

「夏凜の他にも勇者端末が与えられる予定だった、修行してた勇者候補がいたよね」

 

「うん」

 

「その中の何人かは、夏凜と同じくらい頑張ってる人も居て」

 

「そうね」

 

「僕は雑務やってる時、ちょっと応援したり、勝手にこっそり差し入れしちゃったこともあって」

 

「……ん?」

 

「ほら、それで夏凜が選ばれたじゃん?

 僕と夏凜の関係ってこう……あれじゃない。

 誰がどう見たって、僕が一番に応援してたのは夏凜だって明白なわけで」

 

「あー……」

 

「あの時応援してたことが、逆に元勇者候補に不快な想いをさせそうな気がして」

 

「本当はうどん好きのくせに偽装してそば好きの味方ヅラしちゃったと。

 そりゃたまらないわね。私でもそういうことされたらちょっとイラっとしそう」

 

「何故うどんで例えた」

 

 人生とは、小さな繋がりから大きな繋がりまで追っていけば、自然と迷路のように複雑になっていくものである。

 

「楠さんとはそんな付き合いあったわけじゃないんだけど、ちょっとね……」

 

「あんたなんで私の知らないところで私関連の面倒事背負い込んでんのよ」

 

「いや、それはいつものことだと思う」

 

「!?」

 

「それはそんなに珍しいことじゃないと思う」

 

 一人と一人の関係性ですら、十年も続けば複雑になっていくものなのだから。

 

「……ん? 待ってリュージ。

 そいつらと会った時素顔だったの?」

 

「あ」

 

「……すっかり大赦感覚抜けてんのね。

 そりゃ学校から大赦に呼び戻されるわけだわ。

 仕事中のあんたの顔なんて誰も見てるわけないでしょ」

 

 徹底して組織の歯車になる感覚が抜けかけている。

 顔を隠して個性を消す感覚が消えかけている。

 それを指摘され、竜児は気を引き締めた。

 竜児が大赦という居場所に居続けたいのであれば、竜児はかつての自分を取り戻さなければならないだろう。

 この先も、()()()()()()()()()大赦に居続けたいのであれば。

 

(ん? いや頑張ってる勇者候補に応援する大赦仮面……?

 それは流石にとんでもなく珍しい……竜児も声くらいは覚えられてるかも)

 

 夏凜は色々と考えてみる。

 巨人と勇者の引き離しは当初からの予定だったんだろうか、なんて考える。

 

 だが、違う。

 次のバーテックスで六体目。

 十二体と言われているバーテックスも、そこで折り返しだ。

 大赦の勇者運用方針、巨人運用方針がそこを一区切りとし、改めて新しい運用が考慮されたとしてもおかしくはない。

 

 元より、巨人と勇者の併用運用は何も考えられていなかったのだ。

 勇者の運用ならば三百年は研究されていたが、巨人の運用はせいぜい一日かそこらしか考えられていなかっただろう。

 竜児を様々な場所に回し、様々な人間と繋がりを持たせ、折り返しを過ぎたここで別の運用の方向性を再考察するというのも、一つの手なのかもしれない。

 

 夏凜は知る由もなかったが、大赦はこの時点で『素質の有りそうな人間』を総動員することを考えるほどの、『総力戦』も視野に入れていた。

 それこそ、四国内の『勇者になれる可能性のある人物』全てを予備兵力に組み込む……なんて暴挙を、最終手段として考慮するほどに。

 その総力戦の繋ぎとして、竜児の存在を使うことも考えていた。

 

(リュージを必要とする場所はいくらでもある。

 リュージの知識と、何より巨人の力は、いくらでも用途を考えられる。

 勇者部から引き離すのは……勇者と巨人の結託を恐れてるから……? まさかね)

 

 それに、巨人と勇者が近すぎることのリスクの問題もある。

 巨人と勇者がセットで反乱したら、世界はプチっと潰れるだろうし。

 

 夏凜はふと、ここで今まで一度も考えたことのなかった思考に辿り着く。

 "大赦にとって、ウルトラマンとは何なのか?"

 大赦にとっての神樹は分かる。

 大赦にとっての勇者は分かる。

 だが、大赦にとってのウルトラマンがどういう存在なのか、と考えてみても、皆目見当がつかないことに気がついたのだ。

 

「お世話になりました、ミス夏凜。

 僕ら昼間は会えなくなるだろうけど共闘は続くだろうからよろしく」

 

「……あんたそれでいいの?」

 

「正直言うと寂しい」

 

「もうなんか、本当なんか……ダメダメねこの流れ!」

 

 友達が死んで、情に流され醜態を晒し、友達がいるこの学校を強制的に去るハメになりそうだというこの現状が、なんとも因果応報的だ。

 情に流されて一貫できないのが竜児。

 情で動いて後悔しないのが夏凜。

 なので、こういうところでも一々違いが際立ってしまう。

 

「というか、もう夏休み入ってるんだけど」

 

「はい」

 

「じゃあ、あんたがうちの学校の生徒なのって夏休みいっぱいってことじゃない!」

 

「はい」

 

「はいじゃないわよ!」

 

 この日の夕方、竜児に"それっぽい"身辺整理を進めるメールが来て、竜児は八月半ばに讃州中学を去る指令が来る未来を、確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "せめてそれなりに繋がりのある奴に会っときなさい"と夏凜に言われ、翌日、真夏の猛暑の中で一人歩く。竜児の服の下は汗だくだった。

 既に学校は夏休みに入っている。

 学校に行く必要がない以上、竜児が学校の知り合いに会うためには、学校以外の場所に足を向ける必要がある。

 

 いいよ会わなくて、と竜児は言った。

 そうしたら絶対後悔するわよ、と夏凜は言った。

 会っておいた方がいいよ、それに学校を出て行った後も会いに行けばいいのさ、とメビウスは言った。

 多数決、二対一。

 竜児は負けて、学校で付き合いのある人達を街にて探すこととなった。

 

 とはいえ、一部の人間は探す必要すらない。

 夏休みでも勇者部は元気に人助けの部活動をしていて、竜児はその活動を把握しているからだ。

 ……学校を離れれば、その内把握できなくなってしまうだろうが。

 

「町内清掃活動か」

 

 町内清掃のボランティア。

 そこそこ広い範囲を、予想よりも人が集まらなかったボランティアの人達が、力を合わせて清掃している。

 勇者部の少女達の姿も、探せば見つけることができた。

 

 竜児は参加を申し込み、近場でせっせと頑張っていた友奈に歩み寄る。

 友奈は違法に捨てられたテレビを一人で運ぼうとしていた。

 それなりに大きく、友奈の腕力をもってしても苦労している様子。

 竜児はコンビニで買ってきた軍手をはめ、友奈と代わろうとする。

 

「あ、熊谷君。来てたんだ!」

 

「僕が持つよ。男だから」

 

 ぱぁ、と出会い頭にいい笑顔をしてくれる友奈には好感が持てる。

 これだけで勘違いする男子も居そうだと思えるくらいだ。

 事実、友奈の前で今カッコつけようとしている男子がいる。

 竜児は男らしいところを女子の前で見せようとする中学生男子の本能のままに、重いテレビを一人で持ち上げようとした。

 

「ふんぎぎぎぎ……」

 

 持ち上がらない。

 情けない。

 身の程を知れ。

 

「……二人で持とっか」

 

「……そうしようか」

 

 一人では持ち上がらないテレビも、二人で力を合わせれば簡単に持ち上がった。

 二人でせっせとテレビを持ち上げ、運んでいく。

 

「ふふふ」

 

「どうしたの?」

 

「熊谷君らしいな、って思って」

 

「……そう? 結城さんの前でこういうことしたことあったっけ?」

 

「あれ、そうだっけ? なんでそう思ったんだろう……」

 

 竜児は友奈の前でこういったボランティアに参加する姿を見せた覚えはない。

 ゆえに、これは感覚の問題である。

 "彼は人助けをしている方が自然"という認識が、友奈の中にはあった。

 "彼は人と力を合わせて何かを成し遂げる"という認識が、友奈の中にはあった。

 竜児がそういう行動を取ったのを見た、からではない。

 友奈が自然に竜児をそういう人間に見ていたからだ。

 

(この人とも、会う機会がなくなるのか)

 

 うんせ、うんせ、という友奈の可愛らしい声を聞きながら、竜児は心中にて呟く。

 

(ウルトラマンとして共に戦うことはあっても。

 熊谷竜児として話すことは、もうなくなるかもしれない)

 

 そう思うと、竜児は急に寂しくなってきた。

 基本は寂しんぼなのだ、彼は。

 夏凜が「どうせどっか行っても最後には戻って来る」と思うくらいには。

 

(……いや、ダメだ。

 離れると寂しいってのは僕の私情だ。

 勇者を有事に殺すかもしれない監視役とか、居ない方がいいに決まってる。

 僕の同年代で同じポジションの大赦の人間はそういない。代わりの監視も来ないはず……)

 

 寂しさを、自戒で抑え込む。

 だがそのせいで、自戒の文字列にまで私情が吹き出してしまっていた。

 

(ああああああっ!

 今僕、また自然と大赦より勇者を優先した思考を……!

 なんで大赦が必要だと判断したお役目がなくなってホッとしてるんだ!

 勇者が暴走したら一般市民が危ないから、勇者見張れって仕事だっただろこれ……!)

 

 テレビを挟んで両極端。

 ちょっと楽しげに運んでいる少女と、ちょっと自罰的になっている少年が、大きなテレビのせいで互いの顔も見えないままに、せっせせっせとゴミを運ぶ。

 ボランティアのトラックに積んだところで、ようやく二人は一息ついた。

 友奈が竜児を次のゴミ運びの場所に案内し、その過程で二つのゴミ袋を拾おうとする。

 

「あ、それも僕が運ぶよ」

 

 友奈が運ぼうとした二つのゴミ袋を、竜児が横合いからひょいと取り上げた。

 

「え? いいよ、流石にそこまでは」

 

「どうせゴミ袋二つで、僕らの手は二つ余るんだからさ。

 じゃあこれでいいじゃん。僕が二つ持つよ。

 申し訳なく思うなら、僕が楽しく運んでいけるよう、面白い話とかしてほしいな」

 

 竜児はぐじゅりと、嫌な色と臭いの付いた水ごと、ゴミ袋を握りしめる。

 彼はそれに彼女が触れなければいい、と思った。

 彼女はそれを察した。

 そうして、友奈は困った頑張り屋を見る目で彼を見て、彼の持つ二つのゴミ袋の内一つを優しくひったくる。

 

「じゃあこうやって、一人で一つずつ持とうよ。

 それでお互いに楽しい話をしたらいいんじゃない?

 ほら、助け合いとかボランティアって、こういうのだと思うから!」

 

「……むう」

 

 全部一人で持とうとする竜児。

 そういう竜児を見てしまったなら、その苦労を半分こしようとする友奈。

 細かな行動にも、二人の『基本的な在り方』の性質の違いが見えた。

 

「ささ、熊谷君、面白い話を!」

 

「先行僕かよ! えー、じゃあ、ちょっと人が怖い話をしよう」

 

「ホラー? 夏にはうってつけだね」

 

「おばけより怖い人間の話だぞぉ」

 

「うひゃぁ……」

 

 一人一つのゴミ袋を持って、土手を歩く。

 

「『ドラペトマニア』って知ってる?」

 

「ううん、知らない」

 

「じゃあ昔、海の向こうで黒人差別や奴隷の習慣があったのは知ってるかな」

 

「ええと……うん、確か、授業でやった覚えが」

 

「ドラペトマニアは、旧世紀の1800年台半ばに提唱された精神病。

 黒人奴隷にだけ発症すると言われた病気だね。症状は

 『奴隷が隷属の義務から逃げ出そうとする』

 というものだと言われた。主人が厳しくしただけで奴隷が逃げるのはおかしい、ってね」

 

「へーそうなん……あれ? それって、病気なの?」

 

「病気だったんだよ、白人のその人達にとっては」

 

 友奈が首を傾げた。

 

「この病気の治療法は、奴隷が逃げる気を無くすまで鞭で打つことだとされた」

 

「えっ……そ、それって」

 

「鞭で叩くと、悪魔を追い出せる。

 悪魔が追い出された黒人奴隷は、主人に泣いて許しを請う。

 当時は普通に医学書に受け入れられてたし、白人に結構支持されてたんだぜ」

 

「嘘だよね!?」

 

「嘘じゃないですマジで」

 

 本当に問題なのは、この"病気でもなんでもない人間として当たり前の行動"が、相当に長い間本物の精神病だと思われていたという、社会背景にあった。

 

「ところが、面白い話がある。

 この病気を提唱したのはサミュエル・A・カートライトっていうお医者さんでね。

 奴隷制度には医学的な正当性がある、として医学的にこういう話を作っていったんだ」

 

「ど、どこに面白さが……」

 

「そりゃ、このサミュエルのお師匠さんが奴隷反対派の有名人だったからだよ」

 

「!」

 

「この人の師匠はベンジャミン・ラッシュ。

 精神医学の父、って言われてる人だね。

 人道主義者で、奴隷制や死刑制度に反対してた人」

 

「おお、凄そうな人だぁ」

 

「『誰にでも医療を受ける自由を認めるべき』

 『黒人も含め全ての人類は平等である』

 って感じの主張をずっとしてた、人道主義のお医者さんなのさ。

 ……言い方を変えると、ドラペトマニアが受け入れられる社会で、これを主張してた人」

 

「あ」

 

 竜児の説明で、友奈の頭の中に、ひゃははははと笑っている悪い医者と、その医者の師匠でとても優しそうなおじいさんの医者、というイメージが生まれた。

 

「とはいえ、この人は何もかもが正しかったってわけじゃない。

 患者を縛ってぶん回す!

 全身の血が頭に集まる! 病気が治る! とかもやってた人だから」

 

「それは絶対におかしくない!?」

 

「まあ昔の人だから。

 当時も色々四苦八苦して模索してた人でもあるんだよ。

 医学って、本当は誰にも、絶対的な正解なんて分からないものだったから」

 

 サミュエルもまた、"当時の社会の当たり前"を体現していただけの医者だ。

 絶対的な悪とは言い難い。

 そういう主張をする過激な人間に立ち向かい、黒人と奴隷の権利を勝ち取ろうと動ける人間が、ただ尊かったというだけの話である。

 

「ベンジャミンさんはなんて言えばいいのかな……

 『この人の言ってることは全部正しい』じゃなくて。

 『この人は他人を思いやり、間違いを正そうとしている』って人なんだよ。

 この人は絶対的に正しい人ってわけでもなかったけど、それでも敬意を持たれる人なんだ」

 

 絶対的に正しいから、竜児はその人に好感を抱くのではない。

 ただ、その人のやってることや言ってることが好ましいから、好感を抱くのだ。

 

「結城さんも絶対に間違えない人じゃないけど、絶対にいい人ではあるね」

 

「いやいやいや、そーでもないよ!

 私はちょっと個性的でもかーなーり普通だから!」

 

 敵が怪獣でも、天の神でも、バーテックスでも、社会でも、人種差別でも、奴隷制度でも、多くの人が胸に抱える"当たり前"でも。

 『友達のため』といった理由があれば、結城友奈は立ち向かうのだろうと、竜児は思った。

 

「結城さんのその『普通』を、『特別』に好きな人、結構多いと思うな。僕は」

 

「そう? そうかな……熊谷君はそうなの?」

 

「言わせんな恥ずかしい」

 

 言ってるようなものではないか。

 竜児のポケットの中で、携帯電話が震える。

 

「僕さ、夏休み明けたら多分転校して居なくなってるから」

 

「……え?」

 

「言うべきことは、言うべき時に言っておくべきだと思った」

 

 捨てられるゴミ袋。

 竜児は言うだけ言って、駆け出していく。

 

「頑張れ。君は普通の女の子で、特別優しい女の子だと、僕は思ってるから!」

 

「ま、待って熊谷君!」

 

 あまり長く話していると、伝えるのが恥ずかしいようなことまで言ってしまいそうな気がしたから、"電話に出るため"と自分に言い訳し、友奈から逃げる。

 

 本当に、今更に、今の学校を離れるのが、辛くなってきてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児が電話に出ると、それは安芸先輩からの緊急連絡であった。

 感情を抑える、心をコントロールする、涙もろい人であるのにそれを気取らせない声色の作り方が安芸先輩の持ち味だ。

 なので、電話の向こうの安芸の声が分かりやすく狼狽していることに、竜児は少し驚いた。

 

『神樹様が、貴方に修行を勧めているそうよ。神樹様の中での』

 

「神樹様の中で!?」

 

 そして、電話の内容に更に驚かされた。

 

『神樹様の神託曰く。

 七体目のバーテックス、七つ目の試練は、貴方の心を試すものであるらしいわ』

 

「僕の心を試す……? というか次は六つ目なのに、もう七つ目の話ですか」

 

『心を試すという意味では、過去と未来のどの試練よりも恐ろしいものになるとのことよ』

 

「最難関ってことですか?」

 

『おそらく、何か一つの意味においては』

 

 心を試す試練。過去と未来のどの試練よりも恐ろしい。

 しからば、それを越えれば後の試練も楽に越えられるということなのだろうか。

 ……それとも、その試練を突破することが、不可能に近いということなのだろうか。

 

『神樹様は何体かの精霊を用いた修行を推奨しているわ。

 それらの精霊に、体を慣らし、樹海と貴方の親和率を高める。

 精霊の特性が直接反映されるわけではないけど……

 樹海の中で巨人の力を使う時、その力のレベルが明確に上がるはず』

 

「基礎ステータス上昇ですか。それはありがたいです」

 

 神樹はそれを越えさせるべく、竜児の地力を引き上げるつもりらしい。

 

「了解しました。どこに向かえばいいですか?」

 

『ゴールドタワー。通称、千景殿(せんけいでん)

 

 竜児は走り、四国名物ゴールドタワーに足を運んだ。

 指示された通りにタワーに入り、特定のドアに竜児専用の大赦式カードキーを差し込む。

 認証完了。選ばれた者しか入れない奥の部屋で、指示された三つのパスコードを入力すると、その先に不思議な部屋があった。

 

 荘厳な祭壇。

 どこから採光しているのか、太陽の光が入る部屋。

 そして、部屋の中央には、"神樹の根"らしきものが生えていた。

 

「……こんなところに、神樹様にアクセスできる場所があるなんて」

 

『君も知らない場所なのかい?』

 

「ここは大赦内で千景殿って呼ばれてる場所。

 アクセスは宇多津駅が便利。

 ここにこんな隠し部屋があるなんて……

 乃木家か上里家とかくらいしか知らないんじゃないかな。特定家の秘密部屋だったりして」

 

 竜児の記憶では、ここは上里家の管理だったはずだ。

 が、そんな邪推をしている余裕はない。

 次に控えた六つ目の試練、その次に控えた最大の難関という七つ目の試練。

 この二つを超えるためには、余計なことをしている時間などどこにもない。

 

「さあ、早速修行だ。やってやるぜい」

 

 神樹の根に触れると、竜児は一瞬で飛ばされた。

 意識だけが飛んだのか、肉体ごと飛んだのか、よく分からないまま光満ちる空間に転送される。

 飛ばされた瞬間、小さな動物のようなものが見えた気がした。

 

『今の感覚は?』

 

「一瞬見えた精霊は……獏と枕返しかな。夢に携わる精霊だよ」

 

『僕らは、誰かの夢の中に引き込まれた? マデウスオロチの時のように?』

 

「いや、どうだろう。

 あれは胡蝶の夢であって、別世界移動にも近かったしね」

 

 『夢』には種類がある。

 将来の夢。

 寝ている時に見る夢。

 そして、胡蝶の夢などの特殊な夢。

 将来の夢は『目標』と言い換えることも出来るし、寝ている時に見る夢は『精神世界』『脳内の電気信号』と言い換えることもできる。

 何にせよ、『夢』には多様な形態と意味が存在するものなのだ。

 

(複数の精霊を使っての移動……

 神樹様ならできても、人間がそれだけの数の精霊は持てない。

 人間で真似するのはそうそう不可能……だとは思うけど……)

 

 竜児は先日、自分の体が雨の中突然飛ばされた時のことを思い出した。

 あれが勇者の仕業であったなら、と仮定を立ててみるが、ただの人間はそれだけの精霊付与過程に耐えられない……と、推論を投げ捨てる。

 そうやって色々と考えていると、竜児の前に謎の光の影が現れる。

 光の影。

 矛盾しているようだが、そうとしか言えない。

 この光の世界の中で影のように目立ち、影のような欠落として在るそれは、光の影としか言いようのない、人型の何かであった。

 

「どうも」

 

”……”

 

『これは……言葉にならない声、かな』

 

「死人に口なし、だよメビウス。この人は多分、人間の死人。英霊だ」

 

『英霊……』

 

「神樹様を普通の木に例えるなら。

 ウルトラマンと土着の神々で出来た木の中を循環する、樹液がこの人達にあたる」

 

 英霊が、精霊を出す。

 

「おお、精霊七人御先(しちにんみさき)

 ……あれ、七人御先を使う勇者、英霊ってどなたか居たかな……?」

 

 竜児が自分の記憶を探る。

 英霊は何も喋れぬまま、ただ悲しそうに、ただ申し訳なさそうにしていた。

 

「……すみません、思い出せないみたいです。

 その手の記録はあらかた目を通していたつもりなんですが、忘れてしまったみたいで」

 

 竜児が申し訳なさそうに頭を深く下げ、英霊が喋れぬまま、身振り手振りで頭を上げさせる。

 竜児はそこにちょっとした不器用な優しさを感じ、本当になんとなくだが東郷美森に似た雰囲気も感じ、英霊に初対面ながらも小さな好感を持った。

 

「お名前を聞いてもよろしいですか? 英霊の御方」

 

 英霊は身振り手振りで名前を伝えようとする。死人に口なし。

 

「……ぐっさん? ぐっさんですね!」

 

 ちがわい、と勇者が言った気がした。

 

「……ぐんさん? ぐんさんですね、分かりました」

 

 英霊がちょっと葛藤し、もうそれでいいよ、とばかりに頷いた。

 

『名も無き英霊の一人、か』

 

 メビウスの声に、英霊が静かに頷く。

 

「貴方が修行をつけてくれる、ということでいいんでしょうか」

 

 竜児の問いに、英霊が静かに頷く。

 

「……あ、もしかして。

 シルバーランスの時、神樹様の中で奮起してくださっていた方の一人でしょうか」

 

『え? ……これは……注意深く感覚を研ぎ澄まさないと分からないな。よく分かったね』

 

「へへっ。最近、勘が良くなってきたのさ。なんか感覚がウルトラマンの方に寄って来てて」

 

 英霊は頷く。

 

「あの時はありがとうございます。

 お陰で皆が助かりました。僕の命も助かりました。感謝しています」

 

 英霊が、嬉しそうに頷いた。

 

 英霊が精霊の力を起動する。

 七人御先の力が英霊の体に作用し、英霊の体を七つに分ける。

 これが精霊・七人御先の力。

 体を七つに分身させ、七つの体全てが同時に消滅しない限り瞬時に、かつ回数無制限に復活するという、極めて強力な偏在の力であった。

 

「ぐんさん、よろしくお願いします!」

 

 獏、枕返し、七人御先。

 三体の精霊の力に徐々に体を慣らす、竜児の修行が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 ギランボ 》

《 ディガルーグ 》

《 フュージョンライズ! 》

 

《 ギラルーグ 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行を終え、千景殿から竜児が疲れた様子で出て来る。

 

「つ……つかれた……」

 

『嘘だろう?』

 

「メビウスには嘘つけないなあ。

 うん、マジで体も心も疲れてない。どうなってんだろうこれ」

 

 精神的に疲れていない。

 肉体的にも疲れていない。

 今から猛勉強でもフルマラソンでもなんでもできる、そんな状態。

 なのに何時間も修行した感覚が残っているため、疲れたという実感が残っているのに疲れていない……などという、ヘンテコな状態になってしまっている。

 

「! 時間が!」

 

 そして、異様極まりない一瞬が始まった。

 

『樹海化!』

 

 世界の時が止まり、樹海化が始まる。

 

「よし、敵を見つけ次第変身して……」

 

 ……そして、樹海化が始まってから十秒足らずで、樹海化は解除された。

 

「え?」

 

 樹海化はバーテックスの襲来と同時に起こる。

 樹海化解除はバーテックスの撤退か討滅によって起こる。

 勇者達が倒したということはないだろう。

 それは流石に無理だ。

 なら、バーテックスが来るなりすぐに消えたということだが。

 

「樹海化が展開から5秒と経たず解除……これは、いったい……」

 

『……いったいどういうことだろう?

 これは……"ウルトラマンが駆けつける前に怪獣が何かをした"のか?』

 

「―――」

 

 メビウスの言葉は、竜児の背筋を凍らせる。

 一も二もなく、竜児は夏凜に電話をかけた。

 

「夏凜! 無事!?」

 

『私は無事! でも、友奈が……!』

 

「……!」

 

 状況を聞く前に、竜児は走り出していた。

 どこに向かって走っていけばいいのか、それが分からなければ走る意味などないはずなのに。

 それでも、走らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者部は、夏凜は、そして意識を失った友奈は、全員が病院に居た。

 竜児は顔を出せない。

 顔を出さず、夏凜だけを呼び出して、状況を聞き出すことに成功していた。

 

 話によると、結界に突入してきた謎の怪獣三体が、友奈に襲いかかったらしい。

 それぞれがこれまでの怪獣型バーテックスと同じサイズの巨大怪獣。

 怪獣は体を黒い煙のようなものに変えて、友奈の体内に入り込んで行ったのだという。

 所要時間はほんの数秒。

 どの勇者も反応できないほどに速く、勇者が変身することができないほど早く、凄まじい速度で友奈の体の中に入っていたのだそうだ。

 

 怪獣に体内に入られた友奈は昏倒。

 目覚める気配もなく、病院で検査しても異常はないと判断され、大赦でさえ治す方法は皆目見当がつかないのが現状なのだという。

 敵の正体も能力も分かっていない、というのがあまりにも痛い。

 それを狙っての――情報不足状態を狙っての――速攻奇襲だったのだろうか。

 

 竜児がこっそり覗いた時の、勇者部の顔が痛々しい。

 説明を求めた時の夏凜の顔も、見ていられないほどに痛々しかった。

 

「……くそっ」

 

 竜児は一人離れ、壁に掌を叩きつける。

 ウルトラマンの介入を許さないほどの圧倒的速攻。

 友奈の状態は分からないが、怪獣が生かして返してくれるとも思わない。

 怪獣が友奈の体外に出ない限りは、おそらく樹海化も起こらないだろう。

 最悪、このまま友奈が死ぬまで待つしかない。

 

『戦いの場所は、心の中だ』

 

「え?」

 

『カリンちゃんの話を聞く限りでは、敵はディガルーグ。

 可能性を偏在させる怪獣だ。

 あくまでおそらくだけど、そこに人間の精神に潜り込むタイプの怪獣を混ぜてる』

 

「人間の精神に潜り込むタイプ……」

 

『ユウナちゃんの心に、強い怪獣の反応を感じる。

 おそらくユウナちゃんが今見ている夢の中で、自重せずに暴れているんだ』

 

「ああ、だから心の中。結城さんの心の中に入らないといけないんだね」

 

 だがそこに、メビウスが希望をくれた。

 

『幸い、僕は自分を電子化して機械の中に入る能力を持ってる。

 これを使って、電気信号になって、ユウナちゃんの脳電気の中に入ろう!』

 

「さらっと怖いこと言ってる!」

 

『あとは君の感覚次第だ。

 修行で身につけた獏と枕返しの力をなじませる感覚、無駄にはならないんじゃないかな』

 

「あ……確かに。胡蝶の夢の時のアドベンチャー方式は、あんま使えないだろうしね」

 

 竜児はメビウスに電子化能力の手ほどきを受け、何時間か技量面での特訓を行う。

 勇者達は友奈を心配し、夜遅くまで病院に残っていた。

 だが病院が閉まる時間になると追い出されてしまう。

 竜児はそうして、勇者部の皆が居なくなってから、友奈の病室に忍び込んだ。

 

「……よし、行こう」

 

『ああ、助けるために』

 

 体を電子化し、彼女の脳内の電気の回路へ、その身を流す。

 

「『 メビウーーース!! 』」

 

 結城友奈を助ける。

 そう想うと、不思議と負ける気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友奈は闇の中に居た。

 拳を振っても何にもならない。

 足で蹴っても何にもならない。

 もがいても何も変わらない。

 息苦しい。

 息苦しい。

 生き苦しい。

 呼吸がしにくい。

 いや、首が締められている。

 自分の周りにある闇に首を絞められている。

 怖い。

 怖い。

 殺される。

 殺されそう。

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 なのに、殺されそうなことは分かる。

 闇の中に怪獣がいる。

 夢の中に怪獣がいる。

 心の中に怪獣がいる。

 自分の中で暴れている。

 友奈は夢の中で、夢の中の世界を眺めていた。

 夢の中は闇に染まり、絶望で満ち、恐怖が染み渡っている。

 自分の夢を外側から齧っている怪獣がいる。

 自分の夢を内側で荒らしている怪獣がいる。

 そして今、夢の中にいる自分を持ち上げ、噛み砕こうとしている怪獣がいる。

 

「……あ……やだ……」

 

 自分の外側と自分の内側を、同時に荒らされる嫌な感覚。

 勇気を出しても何も変わらない。

 勇気は自分の心から生まれ、外側に撃ち出すもの。

 心の内側の敵にはぶつけられない。

 何も倒せない。

 だから、もうダメ。

 もうダメだ。

 勇気でこの状況は覆せない。

 死にたくない、と友奈は思った。

 

「誰か……誰かっ……!」

 

 

 

 ―――その想いを、少年が拾い上げる。

 

 

 

「分かった、助ける」

 

 ここが夢の中であるためか、それが熊谷竜児の声であると、友奈は一声で理解した。理解してしまった。

 夢の中に現れた光の巨人が、闇を切り裂く。

 闇を切り裂く光の刃が、夢の中に居た三体の怪獣を、同時に切り裂いた。

 

「……七人御先の修行って、こういうことか」

 

 息を整え、正しく踏み込み、光の巨人は追撃一閃。

 

「修行の成果を……見せてやるっ!」

 

 三体に分裂した怪獣を、量子的に三体まとめて両断した―――と、思った。

 

『ダメだ!』

 

 だが、この怪獣はその程度で倒せるほど弱くはない。

 一日の付け焼き刃では倒せない。

 七人御先とこの怪獣には同じ"ある特性"が備わっていて、七人御先を使った特訓を少年は受けていたが……それと、この怪獣を倒せるかどうかは、別問題だった。

 

『この浅さ、拍子、剣閃の鈍さでは届かない!』

 

「くそっ、修練不足か……修行一回分の付け焼き刃じゃ、ダメか!」

 

 怪獣の体に小さな傷が付いている。

 その傷だけは怪獣にも予想外だったようで、怪獣達は少しうろたえ、友奈の心の世界から逃げ出そうとし始めた。

 夢の中に居た、友奈の心の核を連れて。

 

「だけど」

 

 怪獣の手の中に握られた、友奈の心の中の友奈を竜児は見る。

 光の巨人は、怪獣ではなく少女の方を見て、飛び出した。

 

「その人だけは、返してもらうぞ!」

 

 飛び出す巨人が、怪獣の手の中の友奈に向かって手を伸ばす。

 

(……そっか。そうだったんだ。この声……)

 

 怪獣の手の中で、朦朧とする友奈が巨人を見た。

 自分を助けようとする巨人を。

 自分を取り戻そうとする巨人の手を。

 思いのこもった、少年の手を。

 

 巨人の手が友奈を怪獣から取り戻し、終わらない悪夢は終わって、友奈の目が覚め―――

 

 

 

 

 

 ―――友奈の目が覚めるのと。

 怪獣が友奈の内側から出て行き、どこかへ飛び去って行くのと。

 竜児の体が現実に戻って来るのは、完全に同時だった。

 

「……そっか。そうだったんだ。この声……」

 

 友奈は、自分の中に入って助けてくれた、そして今自分の目の前に現れた竜児の左手を、しっかりと掴む。

 

「……熊谷君が、ウルトラマンだったんだ」

 

 バレた。

 もう、どうにも言い訳のしようもなく、バレた。

 

「……結城さん、起きるのちょっと早すぎない?

 こういうのって、起きるまでちょっと時間があるから誤魔化せるんだけど」

 

「そうしたら、私が熊谷君に、ちゃんとお礼言えないよ」

 

 ベッドに寝たままの友奈の右手が、竜児の左手を掴んでいる。逃げられない。

 

「ウルトラマンの君に、お礼が言えないよ」

 

「……結城さん」

 

「今までずっと、そして今日も、助けてくれたんだね。ありがとう」

 

 友奈がこのタイミングで起きたのは、不可能であったと言える。

 怪獣が自分の内側で暴れていたのだ。

 丸一日起き上がれていなくても不思議ではない。

 けれども友奈は、怪獣を追い出すのとほぼ同時に目を覚まし、竜児が現実に戻って来る致命的タイミングをその目で捉えていた。

 

 友奈は不可能を可能にしたのだ。

 ただ、これまで言えていなかったお礼を言うためだけに。

 自分を救ってくれた彼のその手を、掴むために。

 

 友奈に手を握られている竜児は、逃げられない。

 雨の中竜児を探していた時も逃げられ、ボランティアの時に竜児に言い逃げされ、普段もどこか距離を取って逃げられていた友奈は、ようやく竜児を捕まえた。

 彼の隠し事を捕まえた。

 竜児も照れくさくなって、頬を掻く。

 

「結城さんは助けてって言ってなかったけど……助けてって、言ってたような気がしたから」

 

「……ん」

 

 竜児はまず説明のため、友奈にメビウスを紹介しようと考える。

 考えて、メビウスブレスを出す。

 だがメビウスブレスは、全く動いていなかった。

 

「あれ?」

 

 メビウスに呼びかける。反応がない。

 力を励起しようとする。反応がない。

 変身の力を出してみようとする。反応がない。

 巨人との対話も、巨人への変身もできない。

 メビウスと共有していた命はまだ胸の中にある。

 なら、これは。

 

 思考が真実に至った瞬間、竜児の顔はさあっと青くなった。

 

「ゆ……結城さんの中に、メビウス置き去りにしてきちゃった……!?」

 

 これは罠。勇者の夢を檻とする罠。要の巨人を檻の中に囚える罠。

 

 今、熊谷竜児は、ウルトラマンメビウスに変身できない状況にあった。

 

 

 




バーテックスA「油断してたから『夢の中に引き込んでそこで人間とウルトラマンを分離する』ってこっちの作戦に多分気付いてないだろうな」
バーテックスB「なんでウルトラマンに有利なメタフィールドで戦わないといけないんだ」
バーテックスC「俺らに有利な場所で戦うわ」
英霊「死ね」

●融合三頭夢獣 ギラルーグ

【原典とか混じえた解説】
・宇宙量子怪獣 ディガルーグ
 『観測』を超越した量子の怪物。
 三つの体を持ち、三体で一体の体、三位一体の性質を持つ怪獣。
 量子的には三体全てが本物で、三体全てが偽物。
 そのため三体のどれか一体を選んで攻撃しても、絶対にその攻撃がすり抜けることになる。
 1/3存在する実体に攻撃が成立するのでもなく、ダメージが1/3になるのでもなく、怪獣の姿が見えるそこには偏在した存在の可能性以外には何も無い。

・異次元人 ギランボ
 子供の夢を食べて生きる異次元人。エグい。
 分身、瞬間移動、麻痺光線、身体柔軟化等の魔法じみた能力を使う魔女怪獣。
 それらの魔法じみた力を使いつつ格闘戦でウルトラマンを叩きのめす格闘系魔女。
 あの手この手で子供の夢を食おうとし、夢を食って廃人にした子供はまとめて捨てるという悪質な存在。
 夢を食われ、廃人になり捨てられた子供は、死人のような顔で異次元の公園をずっと彷徨わされることになる。
 子供を異次元に誘拐することも多く、ティガ世界においては
「毎年ハロウィンの日に、世界のどこかで子供が大量に蒸発してるんです」
 とシャレにならない言及がされている。
 未来に希望を持つ子供の純粋な夢な夢を好み、大人の夢を毛嫌いしているらしい。

・精神寄生体
 怪獣の個体名称ではなく、根源的破滅招来体(天の神)が使う尖兵のタイプの一つ。
 ギラルーグがこれにあたる。
 人間の精神への寄生、干渉、心の闇の怪獣化等を行う。
 人間と融合することで直接的に怪獣化させることも。
 得意技は夢や心を操り人間勢力を内側から崩壊させること。
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