時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第六殺二章:過労死の導火線

 朝、病院が開いてすぐの時間。

 友奈の復帰は、勇者部の大歓迎にて迎えられた。

 

「友奈ちゃん!」

 

「と、東郷さん、苦しっ」

 

 東郷は車椅子のくせに誰よりも早く接近し、抱きつき。

 

「全く、余計な心配かけるんじゃないわよ!」

 

「ごめんね、夏凛ちゃん」

 

 夏凜はツンデレり。

 

「友奈先輩、よかったです。もう、このまま目覚めなかったら、どうしようかと……」

 

「心配かけてほんっとーに申し訳ない! 樹ちゃん!」

 

 樹は友奈の手を取って。

 

「頑張ったわね、友奈。キツかったでしょう」

 

「風先輩。大丈夫です、今はもう全然へっちゃらなので!」

 

 風は友奈の頑張りを労った。

 

 風は一歩引いた場所から、友奈と友奈に群がる皆を見る。

 愛され、大事にされ、大切に想われている友奈。

 それは日々友奈が周囲に愛を向け、友達を大事にし、大切にするという想いを貫いてきた証明のようなものだ。

 一歩引いている風自身ですら、友奈を大切に思っている。

 

「……心配したんだぞこのぉー!」

 

「ふ、風先輩まで!」

 

 ……どうやら、先輩として一歩引いて威厳を保とうとしていたが、それも限界になってしまったらしい。風もまた友奈に向かって突っ込んでいった。

 夏凜が周りに呆れているのか、友奈の無事にホッとしているのか、どっちなのかよく分からない息を吐く。

 そして、窓から中庭を見る。

 メビウスブレスを出してベンチに座っている竜児を見て、夏凜は直感的に、友奈の復活の理由の全てを察した。

 

 夏凜は走る。

 そして、コーヒー飲んで呆然と思案の合間に居る気の抜けた竜児の背中を、ぶっ叩いた。

 その威力の大きさが、イコールで夏凜の感謝の気持ちであった。

 

「よくやったわ! ホントよくやった! やるじゃない!」

 

「ぐえええええ背中思いっきり叩かないで痛い!」

 

 メビウスを失い、ちょっとヘタれていた竜児の体に気合いが入る。

 

「ん? ……勘違いだったら謝るけど、メビウスの気配が無くない?」

 

「君本当に凄いな」

 

 竜児は夏凜に今の状態を語った。

 友奈を助けられたものの、"現実より曖昧な"精神世界にて分離させられ、友奈の精神世界を檻代わりに使われてしまったことを。

 現実世界ならそうそう分離などできない。

 だが、友奈の心の中でなら?

 竜児とメビウスは明確に違う人格を保っている。

 言い換えれば、精神は肉体ほど高度に融合していない。

 精神の世界なら、夢の中でなら、切り離す目は十分にあったというわけだ。

 

「罠だった、ってこと?」

 

「そうだね。敵に知略で負けた形になる。完全に行動を読まれてたよ」

 

 『勇者を絶対に見捨てられない』という弱点を、竜児が自覚しきれていない弱点を、大赦でさえ組織としては把握していない弱点を、バーテックスは把握していたのだ。

 そこを突かれた。

 竜児の悔しさは、いかばかりのものであろうか。

 

 メビウスと共有していた一つの命は、幸い竜児の側にある。

 だがメビウスの心や巨人の光は、友奈の内側に捕らえられてしまった。

 これでは変身などできない。

 それどころか精神内への突入に必要なメビウスの力が無いため、メビウスを助けに行くことすらできないだろう。

 

 怪獣は友奈の体から抜けて、バラバラにどこかへ飛んで行った。

 後を追わないといけないのだが、どこに飛んで行ったのかまるで見当もつかない。

 また誰かの夢に行ったとして……今度は、倒せるのだろうか?

 

―――カリンちゃんの話を聞く限りでは、敵はディガルーグ。

―――可能性を偏在させる怪獣だ。

 

 メビウスはそう言っていた。

 神樹が七人御先をあてがったのも、ここに理由があるのだろう。

 竜児は夢の中であの怪獣を確かに切った。

 だが切れていなかった。

 "三体を完全に同時に切れなかった"というだけで、怪獣三体はほとんど無傷に斬撃をやり過ごしていて、竜児はそれを仕留めきることができなかった。

 

 精霊・七人御先と怪獣・ギラルーグに共通する特性。

 それは、『全部まとめて一度に倒さないと倒せない』ということだ。

 七人御先は一体でも肉体が残っていれば再生する。

 ギラルーグは全部に同時に攻撃を当てなければ、肉体にダメージが通らない。

 ゆえにこそ、この修業相手が割り当てられた。

 結界外でバーテックスが作成される過程を見ていた神樹が、それに応じた対応をしたというところだろうか。

 

 あの時、怪獣は小さな傷に少しうろたえていた。

 それだけが予想外だった、と言わんばかりに。

 そう、あの時だけだったのだ。

 "三体の怪獣が一つの夢に集まっていた"のは。

 

 三体の怪獣がバラバラに飛んで行ったということは……誰かの精神の中に、バラバラで入っていったということ。

 三体同時に攻撃できるチャンスは、もう無いということ。

 すなわち、ギラルーグをまともに倒すチャンスは、あの最初の戦いしかなかったということだ。

 

 結果論になるが、竜児は友奈を助けることを優先してしまったために、ギラルーグを倒す最大のチャンスを知らず知らずの内に潰してしまっていたことになる。

 

(とはいえあそこで結城さんを優先しないとかありえないし……)

 

 七人御先、ギラルーグ、その両方への理解を深めていた竜児であったが、敵の厄介さをどれほど深く理解しようと、彼は友奈の方を優先しただろう。

 何度でも、友奈を助けることを選ぶはずだ。

 夏凜の前で、独りごちる。

 

「どうすっかなー、怪獣……メビウスもいないのに……」

 

「できることやっていけばいいんじゃない?」

 

 夏凜は特に現状の危険性を理解せずに、適当なことを言う。

 

「あんた別に、ウルトラマンになれなくても無能じゃないでしょ?」

 

 適当に、信頼を口にする。

 

「ま、私の力が必要になったら呼んでくれればいいから」

 

 竜児は去っていく夏凜の背中を見て、気合いを入れ直そうとする。

 夏凜は、人間としての竜児の力も信頼していた。

 夏凜が病室に戻り、代わりに中庭に飲み物を買いに来た風が降りて来る。

 風は夏凜の表情を見て、中庭で何故か隠れるように飲み物を飲んでいる竜児を見て、友奈の急な回復の理由を、直感的に理解した。

 

「このタイミングで竜児君がここに……さっきの夏凜の顔……まさか!」

 

 風は走る。

 そして、コーヒー飲んで呆然と思案の合間に居る気の抜けた竜児の背中を、ぶっ叩いた。

 その威力の大きさが、イコールで風の感謝の気持ちであった。

 

「よくやったわ後輩!」

 

「ぐえええええ背中同じところ思いっきり二連打痛い!」

 

 竜児の背中が叩かれたことで、チャージされた気合い・二発分。

 痛みと引き換えに、心は"喝"という名の十分なエネルギーを獲得していた。

 

 何故この女傑共は同じような思考と行動を取るのだろうか。謎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで。

 ある日の朝に、一通りの精密検査を終えた友奈は、病院を退院する運びとなった。

 立つ鳥後を濁さず、とばかりにベッドのシーツを直している友奈を、彼女に呼び出された竜児が手伝っている。

 今、病室には二人だけだ。

 

「退院おめでとう、結城さん」

 

「あはは、退院と言っても、病院で何か治したわけじゃないような」

 

 友奈はお見舞いに夏凜が持ってきた(とてつもなく)大仰な見舞いのフルーツ詰め合わせから、リンゴを拾ってベッドに腰掛ける。

 

「ちょっとお話しない? ウルトラマンさん」

 

「……何から話せばいいのかなあ」

 

 竜児は丹念に手を洗ってから、友奈の隣に座った。

 男の手が果肉に触れるのは嫌だろう、と思いながらリンゴを剥き始める。

 事前に手をよく洗い、指先が果肉に触れないように爪楊枝を刺しながら上手い具合に皮を剥き、爪楊枝だけを持ちながら皮を取ったりと、器用にリンゴを剥いていく。

 そして、友奈の膝の上に乗せた皿に、剥けた順に乗せ始めた。

 

 竜児も全ては語らない。

 せいぜい、夏凜と同じ大赦の末席の人間であること、ウルトラマンになった時のこと、その後の戦いのことをかいつまんで話すだけだ。

 

「……そんなことがあったんだ」

 

 友奈はたびたび驚きながら、友奈が勇者になってからの話も混じえて、竜児に「勇者として頑張ってるなあ」と思わせる。

 それらは総じて、ウルトラマンの物語と勇者の物語を、双方の視点からすり合わせる単純作業であった。

 

「僕は拾われっ子だから死んで悲しむ家族も居ないから。運が良いのか悪いのか」

 

「……」

 

「でも、天涯孤独な人間の方が戦うべきだっていうのは、自分でも思うことだからなあ」

 

 次第に、会話の範囲が広がっていく。

 友奈の知らない竜児の友人、竜児の知らない友奈の友人の話とか。

 子供の頃はどうだったか、とか。

 どんな風に育ったのか、どういう小学校に居たのか、とか。

 

 この二人は"自分に与えられる痛み"に耐えられるレベルと、"他人に与えられる痛み"に耐えられるレベルに差がある。

 分かりやすく言えば、他人が生贄になるくらいなら自分が……と思考するタイプなのだ。

 違いは、友奈が全ての犠牲を否定するタイプの育て方をされたのとは違い、竜児は犠牲を肯定するタイプの育て方をされたというところか。

 

 このタイプの人間同士が会話をすると、自覚の無い問題が出る。

 何せ、自分の痛みには耐えるくせに、他人の痛みには耐えられないので、自分の痛みに鈍く他人の痛みに敏感という傾向を持ちやすいからだ。

 

 友奈は普通の家庭環境で育った子なので、憂鬱な過去を積み上げていない今の彼女であれば、問題はない。

 だが生まれも育ちも問題だらけの竜児はマズい。

 "これを話すのはマズい"という自重が出来ても、"これは話しても大丈夫だろう"と思って話したことに、友奈が敏感に何かを感じてしまうというわけだ。

 竜児は発言に十分気を付けていたが、友奈はそこから竜児の家庭環境や生育環境がロクなものでないことを、うっすら勘付いてしまっていた。

 

 会話は続く。

 竜児はマズいことを言っているつもりはないが、勘の良い友奈はその言葉の節々から竜児の裏側を感じ取り、彼の本質や過去への不定形の理解を深めていった。

 

「その……孤児って、熊谷君は辛くなかった?」

 

「そりゃもうモリモリ辛かったよ。でも幸いなこともあった」

 

「例えば?」

 

「結城さんに会えた」

 

 友奈が食べようとしたリンゴをポロッと落とした。

 少女は凄い顔をしている。

 

「夏凜にも会えたし、春信さんにも会えた。

 ヒルカワ君、ヒロト君、樹さん、東郷さん、犬吠埼先輩にも会えた。

 大人も安芸先輩や銀河さん、サコミズ先生にトリヤマ校長先生……

 一々挙げてったらキリないな。とりあえず、いい出会いはあったんだよ、間違いなく」

 

「……あ、ああ、そういう」

 

 友奈は露骨にホッとした顔をする。

 

「出会いに恵まれてると、自分の人生を肯定すんのが楽でいいよ。

 辛いことも、自分を否定することも多いけど、これはそういうのとは無関係だから」

 

「自分の人生の肯定否定って、楽かどうかで語るものだったっけ……?」

 

 頭が半端に良いせいで、自分の人生の肯定の仕方なんてものを考えているのか。

 根がアホなせいで、そんな余計なことを考えているのか。

 あるいは……自分の人生を肯定する何かを、常に探す人生を、過ごしていたからか。

 この明るいセリフの裏に、秘められた暗い何かを察するには、相応の優しさや気遣い能力が必要なのは間違いない。

 

「はい、最後のリンゴ」

 

「ありがとう!」

 

 竜児が左手でリンゴを渡す。

 友奈が右手でリンゴを受け取る。

 二人の指先が僅かに触れた瞬間、左手に突如メビウスブレスが出現し、強く瞬いた。

 

『リュウジ!』

 

「……!? メビウス!?」

 

 メビウスの声が竜児の脳内に響く。

 友奈と触れた瞬間にメビウスブレスは強く輝いたが、友奈と指先が離れると、メビウスブレスの輝きもメビウスの声も、小さくなって薄れていく。

 ちょっと触ってよかですか、と竜児がおずおずと聞いた。

 ちょっとだけなら、と友奈がおずおずと指を出す。

 二人の指先がちょこっとだけ触れると、メビウスブレスの輝きがまた戻った。

 

「僕と結城さんが触れると、メビウスブレスがちゃんと動く……!?」

 

『説明は後だ! 後でちゃんと説明するから、二人で病院の裏手に向かってくれ!』

 

「分かった! でもメビウス、そこで何をすればいいのさ?」

 

『そこに、ユウナちゃんから飛び出したギラルーグが取り憑いた子供が居る』

 

「「 ! 」」

 

 メビウスの声に、竜児と友奈がほぼ同時に、反射的と言っていいほどの反応速度で駆け出す。

 すぐにでも助けに行く、という確固たる意志。

 走りながらも時々二人の指先は触れ、メビウスの声が二人を導いた。

 走る二人は、やがて病院裏で倒れている子供を見つける。

 間違いない。

 先日の友奈の症状と、同じだ。

 

「見つけた! でも、どうしたら……」

 

『リュウジ! ユウナちゃん! ―――ウルトラタッチだ!』

 

「ウルトラタッチ!」

「ウルトラタッチ!」

 

「って」

「何?」

 

『君達の手を合わせ、叫ぶんだ! "ウルトラタッチ"と!』

 

「「 ―――ウルトラタッチ! 」」

 

 二人の手が触れ、メビウスブレスが光を吹き出す。

 普段の竜児の変身プロセス、巨人の光の具現化、竜児とメビウスの融合体のデータ化、子供の脳内電気への侵入と夢の中への突入が、一息にて完了していた。

 子供の精神の奥、夢の中で暴れている怪獣の前に、光の巨人が顕れる。

 

『たとえ、怪獣が僕とリュウジを切り離そうと!

 ユウナちゃんとリュウジが、代わりに繋がってくれたなら!

 僕らはまた……戦うために一つになれる! 諦めない限り、何度でも!』

 

「くっ、今、物凄く! メビウスと結城さんのパワーで!

 かつ気合いと根性で、細かいことをぶっ飛ばしてどうにかしてる実感がある!」

 

 世の中には、気合いと意志でとんでもないノリを実現する人種がいる。

 メビウスがそうだ。

 結城友奈がそうだ。

 竜児はそれについて行くので精一杯だった。

 

『撃つんだリュウジ!』

 

「え、あ、ああ! メビュームシュートッ!!」

 

 怪獣を見据え、怪獣が反応してくる前に超高速の必殺光線。

 しかし、光線は怪獣の体をすり抜けてしまう。

 これがギラルーグの厄介な特性。この怪獣は、バラバラで居ると倒せないのだ。

 

『ディガルーグ……いや、ギラルーグに普通の攻撃は当たらない!

 奴は量子的に、三つの場所に偏在している!

 三体同時に同じ場所に攻撃を当てない限り、全ての攻撃は当たらないんだ!

 ギラルーグは一人の夢に一体しか入っていない! 普通の攻撃では無理だ!』

 

「じゃあどうすれば……そうだ! トゥインクルウェイ!」

 

 竜児はヤケクソ気味に、マデウスオロチとこいつで夢関連の怪獣二体と戦った経験、その対策を練った記憶、修行の想い出を頼って、ワームホールを作るメビウスの技をぶち込んだ。

 ワームホールに飲まれた怪獣が、子供の中から外へと排出されていく。

 

『ワームホールを作る技の応用で、体外に追い出したのか。

 いい発想だよ、リュウジ。これならこの子供も救えたはずだ』

 

「ふぅ……でも、人の体の外に出すのが、精一杯だった」

 

『何万光年か離れた場所に追放できていたら一安心だったのにね』

 

「夏休みに一週間特訓して習得しただけの技に無茶言わないで……」

 

 ギラルーグは倒せない。

 精神寄生体の特性、夢を渡る在り方、量子的に偏在する能力。

 これらの組み合わせのせいで、ウルトラマンの力でも倒し切る未来が見えなかった。

 

「っと、現実に帰還……ただいま、結城さん」

 

「おかえり、熊谷君」

 

 どこぞへと消えていく、精神寄生体ギラルーグ。

 後を追うのは難しそうなタイミングであった。

 竜児と友奈、二人の視線が己の手に行く。

 

「……ウルトラタッチ?」

 

「ウルトラタッチ……?」

 

「熊谷君の手、予想よりおっきかったね」

 

「結城さんの手、予想以上に柔らかかった」

 

「……」

 

「……」

 

「あはははは」

 

「あはははは」

 

『笑って照れを誤魔化して、二人共どうしたんだい?』

 

「「 メビウス! 」」

 

 ド天然、ウルトラマン。

 

 

 

 

 

 メビウス曰く。

 竜児とメビウスの分離と、メビウスの他人間内への封印は、怪獣も予定通りだったらしい。

 予想外だったのは、結城友奈の存在。

 ウルトラタッチという変化球で、友奈という器の中のメビウスを、竜児の内側に直結させるという対応は、あのバーテックスも想像さえしていないだろう……とのこと。

 

『他の勇者だったら、もしかしたら無理だったかもしれない』

 

 とは、メビウスの言。

 

「結城さんは特別なんだ?」

 

『そうだね。彼女と同じくらい、他人に"心を開ける"勇者が居たならマネはできるかも』

 

 怪獣がウルトラマンを友奈の心の檻に閉じ込めたから、友奈の"心を開く"というアクションが、策の致命的な隙になってしまったようだ。

 他人と分かり合う、というジャンルの行為が飛び抜けて上手い友奈らしい。

 逆に言えば、"人並み外れて他人とのコミュニケーションが上手い人間の強さ"というものを、バーテックスが理解していないがゆえの弱点があった、とも言える。

 

『君達には、街に散ったギラルーグを探してほしいんだ』

 

 巨人になれる竜児と、巨人の力を心の中に持っている友奈。

 今は、二人が揃っていなければメビウスになれない。

 ゆえにこそ、この二人が怪獣討伐に動く必要があった。

 もはや樹海での戦いは行われまい。

 戦いの場所は、心の中だ。

 

 友奈と竜児は携帯片手に、電話をかけまくる。

 勇者に、知り合いに、大赦にと、そりゃもう片っ端から連絡していく。

 これでなんとか、ギラルーグの被害者を見つけやすくなったはずだ。

 

「被害者の子を見つけたらウルトラマンが助けに行くって、皆に伝えたけど大丈夫かな?」

 

「大丈夫……だと思うけど……僕もこの現状だと自信無いな……」

 

 見つけても、心の中からワームホールで追い出すのが精一杯。

 倒す見込みはまだどこにもない。

 それでも、何もしないよりはマシだろう。

 

 フュージョンライズの結果どうなっているかは分からないが、異次元人ギランボの力ならば起きている人間も被害者に成りうると、メビウスは言う。

 寝ていても、起きていても、どの道ギラルーグの餌食になればひと目で分かる。

 人海戦術は正しい対応の一つと言えるだろう。

 

「あとは、僕らもより多くの人に接触できることをしていこう」

 

「私達で様子が変な人を探す、ってことだよね?」

 

「うん」

 

「じゃあ、私と一緒に勇者部の活動をしよう!」

 

「え?」

『え?』

 

「勇者部の活動なら、沢山の人に自然に接触して行けるよ!」

 

 それは確かにそうだ。

 ギラルーグの被害を受けた人間を探すなら、自然な形でより多くの人間と接し、被害者の可能性がある人物を探していく必要がある。

 人助け、という名目で色んな人に接触していくのには有用だろう。

 

 勇者部の活動は、多くの人に手を差し伸べるもの。

 友奈は竜児の手を掴み、メビウスブレスにまた火を灯し、竜児の手を引っ張っていく。

 

「はい、ウルトラタッチ!」

 

「これはウルトラ連行とか言うやつだと思いますよ結城さん!」

 

 照れはあったが、それでも力強く、友奈の手は竜児の手を引いてくれていた。

 竜児の内心に、甘酸っぱい感情と、暖かな感情と、照れ臭さと……罪悪感が渦巻いていく。

 

 大赦が勇者にしている"本当の扱い"を、満開と散華にまつわるデメリットを、竜児は一切友奈に話していない。

 他のことはなんだって話せたのに。

 友奈はこんなにも心を開いているのに。

 竜児は、肝心要の部分を"組織への裏切りだ"と思って話せない。

 

 子供は知らない。

 大人は知っている。

 教育とは……()()でもあるということを。

 

 悪行をしてはならないという呪い。

 善行を積み重ねなさいという呪い。

 虐待という名の呪い。

 愛情という名の呪い。

 呪いをかけられた子供は、時に命をかけても親の命を守り、時に自分の未来を捨ててでも虐待してきた親を殺そうとする。

 

 『それ』をしてはならないと、呪いは子供の行動を戒めるが、『それ』をする自由は本当は誰の中にもある。

 殺人は、親の「殺してはならない」という呪いで戒められる。

 恋人は、親の「間違えず人を愛しなさい」という呪いの果てに作られる。

 友人は、親の「他人に優しくしなさい」という呪いから生まれる。

 総じて、そういうものだ。

 

 親は子に呪いをかける。

 倫理の呪いを、愛の呪いを、善の呪いを、自分勝手な呪いを、醜悪な呪いを、虐待の呪いを。

 

 竜児がありとあらゆることを明かして、勇者の味方となれない理由はただ一つ。

 大赦の教育(のろい)が、まだ彼の中に残っているからだ。

 だから彼はまだ、彼女らの完全な味方に成りきれていない。

 

 以前は"半歩分だけ勇者の方に踏み込んでしまっている大赦の人間"だった。

 今は"半歩分だけ大赦の方に片足を残してしまっている人間"になっている。

 呪いの鎖は、『世界のために必要な犠牲を』というワードをもって、竜児の心の一番深い部分に絡みついている。

 『何を犠牲にしてでも世界を守る』という呪いは、絡みついてほどけない。

 

 友奈と共に動き出しながらも、その心の片隅のほんの小さな部分は、友奈について行くことができずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めに行ったのは、幼稚園の手伝いだった。

 以前、プリズマーバルンガが広範囲の樹海を傷付けた時、広範囲の現実に災いが発生してしまった。死者だけを数えれば二人。

 怪我人はデパートだけで数十人、広範囲に見ればもっと多かった。

 その影響は、未だに僅かに残っている。

 

 幼稚園の子供達の面倒を、一時間ほど大人の代わりに見ていてほしい、というのが友奈と竜児の請け負った依頼であった。

 

「どっじぼーるやろー!」

「さっかーやろー!」

「きゃっちぼーるやろー!」

「おせろやろー!」

 

「こ、子供の熱量が凄い! 結城さん助けて!」

 

「あはははは! 熊谷君凄い!

 子供に好かれて、上半身が抱きついた子供だらけだ!」

 

「上半身も下半身も抱きついた子供だらけの結城さんが言えたことじゃねー!」

 

 いたしかたなし。

 竜児は子供達の津波を受け流すために、いつも通りに知識を使ってのゴリ押しにて、子供達を夢中にさせることにした。

 

「子供達よ! 実はこのお姉ちゃん、魔法使いの勇者なんだ!」

 

「え、熊谷君!?」

 

「まほー?」

「うそくせー」

「じゃあまほーつかってみろよー」

「そうだそうだ、まほーつかえー!」

「ゆうしゃとまほうつかいのなかま、ならともかく、りょうほうは、よくばりせっとなのでは」

 

「そこの君、ちょっとこっち来て。このお姉ちゃんが魔法を使ってみせよう」

 

「はーい!」

 

「く、熊谷君、私特にマジカルな力は使えないというか……」

 

「いいから、僕の言う通りにやって」

 

 友奈は子供に数字を一つ紙に書いて、と言う。

 子供が書いた数字を、友奈は見ない。

 

 その数字に1を足して、と友奈は言った。

 その数字を2倍にして、と友奈は言った。

 その数字に6を足して、と友奈は言った。

 その数字を半分にして、と友奈は言った。

 その数字から最初の数字を引いて、と友奈は言った。

 

 いわゆる"いいとこの子供"らである幼稚園児は、生意気なことを言いながら、サクサクと数字を計算していく。

 

「けいさんできた!」

 

「ズバリ、その数字は『4』でしょう!」

 

「……ほんとだ!」

「すげー!」

「すげー!」

「おねえちゃんすげー!」

「ゆうしゃのまほうつかいだー!」

「よくばりせっとだー!」

 

 友奈が得意気に胸を張り、子供達がやんややんやと彼女を称える。

 なんだかんだ他人を表に立て、その人を引き立てるステージに徹するのが竜児らしい。

 竜児は小生意気な子供達を満足させられたことにホッとして、耳元に口を寄せて来る友奈にちょっとドキっとした。

 

「熊谷君、これどういうマジカルがあるの?」

 

「……結城さん、これ別に魔法では……いやもういいか」

 

 ((X+1)×2)+6

÷2

-X

=4。

 そんな感じの、「学校の勉強とか何の役に立つんだよ」とか言っちゃうタイプの人には分からない、ちょっとした魔法(マジック)であった。

 この手のマジックを体験したことがない人間には、一回くらいは新鮮な気分で、結構ウケる。

 

「いいか子供達。

 結城さんの勇者の魔法は、嘘つきを見破れるんだ。

 皆の心が見えるんだ。

 だから皆、僕らが居ない時も出来る限り正直で居るんだぞ?」

 

「はーい!」

「はーい!」

「はーい!」

 

「一日だけ幸せでいたいならば、床屋に行け。

 一週間だけ幸せでいたいなら、車を買え。

 一ヶ月だけ幸せでいたいなら、結婚しろ。

 一年だけ幸せでいたいなら、家を買え。

 一生幸せでいたいなら、正直でいることだ……っていう、外国の格言もあるからな」

 

「むずかしー」

「なにいってんのかわかんねー」

「おねーちゃんみたいになれねーなこいつー」

「ぜったいあたまわりーわー」

 

「君達、僕はこのお姉ちゃんと違ってそこまで懐深くないからね」

 

 子供達の注目を集め、魔法(マジック)でコントロールし、二人でとりあえず大勢の子供をコントロールできる状況に持っていく。

 そして、そんな中、竜児と友奈は部屋の隅で倒れたまま動かない子供を見つけた。

 

「―――見つけた」

 

 子供達を遊ばせて、子供達の視界を誘導し、誰の目にも映らないよう子供に駆け寄る。

 ギラルーグに憑依された子供は、苦しそうにうずくまっていた。

 寝てはいない。

 だが、明らかに"夢の中"に怪獣の存在感が感じられた。

 

 起きているのに、見ていない夢の中で怪獣が暴れているというこの矛盾。

 だが、人が見ていなくても夢はそこにあるものだ。

 目には見えなくても、人の精神世界がそこに在るのと同じように。

 すぐにでも助けなければならない。

 

「被害者はまた子供か……」

 

『ギランボは純粋な子供の夢を好む。

 フュージョンライズ後も、子供の夢を狙っているのかもしれない』

 

 友奈と竜児で子供を休憩室に運び、竜児は左腕に中身の無いメビウスブレスを顕現させる。

 

「助けよう。また、私と熊谷君で!」

 

 竜児は頷き、友奈と手を合わせた。

 

「「 ウルトラタッチ! 」」

 

 戦いは、二回目に突入する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二回目も勝った。

 二回目で終わればよかった。

 そう思うも、そうはならない。

 四回目のギラルーグ退治を終え、竜児は友奈に連れられ、大赦からの情報で居場所を知ったギラルーグの居場所へと向かう。

 

 バスの中でフラッとした竜児の体を、友奈が横からすっと支えた。

 

「大丈夫? 次で五回目の戦いだよ?」

 

「正直言って、キツくなってきた。……でも、やるしかないよ。僕らしかいないんだ」

 

「……頑張って! 私も、一緒に居るから!」

 

 友奈の励ましだけが、今の竜児の力になってくれる。

 最初の戦いのように、ギラルーグをトゥインクルウェイで強制的に速攻ですっ飛ばす戦術を竜児はずっとやっているが、それでも辛い。

 一回の戦闘時間を10秒に抑えて瞬殺しても、それは3分の内の何割にあたるのか、という話だ。

 

 ましてや竜児が今戦っている相手は、"三体で一体の怪獣"。

 三体の内一体に使った奇襲の手口は、次から三体全てに通じなくなる。

 戦闘にかかる時間は、既に最低でも三十秒以上になってしまっていた。

 連戦が、竜児の消耗を招く。

 

 今や街は、三体の量子怪獣による、目には見えない波状攻撃に晒されていた。

 

「私も、夢の中に行けたら良かったのに……」

 

「その気持ちだけで、僕の元気と体のサイズは百倍になるんだぜ」

 

「……ぷっ。あ、ごめんなさい!

 今のは決して笑っちゃったわけじゃなくてね!? ちょっと予想してなかったからね!?」

 

「奇襲の巨人ギャグで笑ってもらえなきゃ、僕が泣くっての!」

 

 駆けつけた竜児達は、バスから降りて老人ホームへ向かう。

 そこで、倒れている孫と、それに駆け寄る老婆の姿を見た。

 

「うぅ……」

 

「太郎! 太郎! ……うっ」

 

「ば、婆さん! 誰か! うちの婆さんが、てんかんを!」

 

 状況悪化は加速する。

 子供がギラルーグの憑依で倒れ、その子供のおばあちゃんがパニックを起こし、運悪くそれが病気の症状を引き起こす小さなきっかけになってしまったようだ。

 普通、精神的なショックだけでこんな連鎖反応が起きることも、そうそうないだろうに。

 "運が悪い"と見るべきか。

 "ギラルーグの件が何度も起きれば必然だろう"と見るべきなのか。

 

「熊谷君! どうしよう!?」

 

「待った、待った、今ちょっと疲れた頭動かす……よし!」

 

 どちらも急を要する。

 勇者の友奈のように、一般人が何時間も保たせられるかどうかは不確定、という不安が竜児の思考をよぎった。

 急がなければ。

 

「結城さん!

 僕が戦いながらテレパシーで指示出すから、言う通りに処置お願い!」

 

「えっ……わ、分かった! 任せて!」

 

「即答ありがとう! めっちゃ助かるよ!」

 

 こういう時、素早くイエスと応えてくれる友奈は本当にありがたい。

 できるできないの話をする必要もなく、話がもたつくこともなく、人助けに一直線な友奈ゆえにその反応は極めて早い。

 二人は救急車に連絡し、婆と孫を老人ホームの一室で休ませるために運ぶふりをして、また他人に見られない空間を作った。

 

「「 ウルトラぁ、タッチっ! 」」

 

 二人の手が合わさり、本日五回目の戦いが始まった。

 メビウスが子供の精神世界で怪獣に切りかかると、怪獣は既に1/3の偏在体のくせに、分身することで斬撃をかわしてきた。

 

「結城さん! まずはベルトや襟を緩めて、楽な姿勢にさせて!」

 

『え、えっと、こうかな?』

 

「僕の方からは見えないから、結城さんの判断を信じるっきゃないよ!」

 

 メビュームピンガー。

 分身を封じる光線で、なんとか怪獣の分身能力を封印する。

 トゥインクルウェイでワームホールを作り出すが、ギラルーグは咄嗟に瞬間移動能力を発動して回避してくる。

 

「体のどこがどういう風に痙攣してるか、よく見てて!

 救急車が来てから細かい症状を伝えられれば、後の対応が的確になるから!」

 

『うん、任せて!』

 

 頼もしい声だ。

 友奈の声が、竜児にひと踏ん張りの力をくれる。

 メビウスは自分の背後を取ってきたギラルーグの爪をかわし、牽制にハイキックを打つが、偏在しているギラルーグには当たらない。

 

「おばあさんの首はできれば横に向けて。

 顎の下あたりを指で押して、首の前を伸ばすようにして!」

 

『こ、こうかな』

 

「一番怖いのは嘔吐による窒息。

 あと、痙攣で舌を噛んじゃうこと。

 どう? 痙攣はどんな感じになってる?」

 

『痙攣は……そんなにない、と思う』

 

「分かった、顎の下を押して舌を噛むことだけ注意して!」

 

 ギラルーグの体当たり。

 竜児はそれをくらいながら、痛みに耐えながらのテレポーテーションで対処。

 実戦向きでないテレポーテーションを、ギラルーグの攻撃を受けながら使うという強引な手で発動し、歯を食いしばってギラルーグの頭上を取る。

 そして、トゥインクルウェイで、ギラルーグを人体の外へと排出した。

 

「はぁ……はぁ……五体目……」

 

『もう一体対応したら、一体につき二回対処したことになるのか……』

 

「さ、三週目? それは流石にキツいよ、メビウス……」

 

 疲れた竜児が現実に帰還し、また分離させられたメビウスが友奈の内に戻る。

 このウルトラタッチループも、そろそろ三週目が見えてきた。

 勝利の可能性はまだ見えない。

 竜児と友奈は救急車に二人を乗せて、救急隊員におばあさんと孫を任せて、老人ホームを後にした。

 

「結城さん、ありがと。

 おばあさん吐いてたね……結城さんの気道確保、適切だったよ」

 

「よかった、私、上手くできたんだね。本当によかった」

 

「結城さんじゃなかったら、窒息死もあったかもね。

 僕が処置を頼んだ時、『私にできるかな……?』とかまごつかれてたら……

 『私には他人の命なんて預かれない』って当たり前の拒否されたら……

 本気で間に合わなかった。即答&即断即決の結城さんが助けてくれたおかげだ……」

 

「それを言うなら熊谷君も今日一日で、何人助け……熊谷君?」

 

 ぐらっ、と膝の力が抜けて、膝から地面に落ちそうになった竜児を、友奈がキャッチする。

 そして、そのまま竜児の体を背負った。

 

「ご、ごめん、結城さん」

 

「いいのいいの、頑張ったんだから!」

 

 最初は指先が触れるのも照れ臭かった。

 友奈が手を引いてくれるようになった。

 今では手を触れ合わせることにも躊躇いはない。

 けれど、流石に背負われるのは恥ずかしかった。

 竜児の顔が、少し赤くなる。

 

「結城さんの方にメビウスが行ってると、何か自覚するな。

 自力で巨人になれないとどうしても突きつけられた気分になる。

 僕は……ウルトラマンになれなきゃ、誰も助けられない人間だったのかも」

 

 女の子に背負われ、ちょっと情けない気分になっている竜児の自虐の言葉を、友奈はやんわりと否定する。

 

「今日、熊谷君は幼稚園で子供達を助けた。

 病院で病気の人が助かるための、病院のお仕事をボランティアで助けた。

 大赦の人に電話で、怪獣に取り憑かれた人をどう扱うかの指示も出してた。

 老人ホームでは戦いながら、私に指示を出して、おばあちゃんの命を助けてくれたよ」

 

「……?」

 

「今日の熊谷君は、ウルトラマンになんかならなくても、いっぱい人を笑顔にしてたよ?」

 

「―――!」

 

 今日は本当に忙しい一日だ。

 勇者部の活動に偽装してディガルーグを探し、見つけ次第急行し、戦闘を行わなければならないために、竜児の疲労度は相当なものがある。

 だがその分、目に見える助けた人の数も多い。

 

 勇者部の活動で、皆を笑顔にして。

 ウルトラマンの責任を果たし、人を守る。

 その両方を平行しているため、友奈の目に映る"竜児が助けた"人は本当に沢山居た。

 勇者部の活動は大した疲労にならず、竜児の消耗は九割以上がギラルーグとの戦闘によるものであったが、得られた達成感は等しいと言えるだろう。

 

 笑顔にした幼稚園の子供達の笑顔が、竜児の脳裏に浮かび上がる。

 

「ウルトラマンの力がなくたって、熊谷君は熊谷君だよ。

 人を助けようと思える、人を助けられるあなたのまま! そうじゃないかな?

 普段と違うのは……力と体が大きいか小さいか、そのくらいじゃないかと思うんだ」

 

 友奈はとても分かりやすく、ヒロトとヒルカワが竜児をヒーローと見ていた理由、竜児を勇者と見ていた理由を一言にまとめた。

 そう、あの二人は、竜児はウルトラマンだから勇者(ヒーロー)と言ったのではない。

 竜児の価値はそこにはない。

 ウルトラマンの力の有無にかかわらず、竜児の本質は人を助けていける人なのだと、友奈は言っている。

 

 あの二人は竜児がウルトラマンでなくても勇者である理由を知っていて、友奈はそれを感性のみで理解していた。

 

「熊谷君、皆の笑顔を見て、すっごくいい笑顔してたよ」

 

「……笑顔。笑顔か」

 

 助けた人達の笑顔が頭に浮かぶたび、竜児の胸に恐怖が湧く。

 人間は、一度助けた人間が後で殺されてしまうということに恐怖を覚える。

 "あの時助けたことが無駄になってしまったら"という恐怖。

 "助けた時にあの子が見せてくれた笑顔が、奪われてしまったら"という恐怖。

 誰かを助けたことが、その誰かが殺されてしまう未来を、強く恐れさせてしまう。

 

 顔も知らない一般市民の死なら、痛みは少ない。

 だが、日常の中で助けた誰かが、自分に「助けてくれてありがとう」と言ってくれた誰かが、自分のせいで死んでしまったら?

 ダメージは大きい。

 竜児はようやく、普段街の色んな場所で人助けをして、怪獣と戦う時にその人達を守ろうとする勇者部の、その精神の強さを知った。

 

 全てに救いの手を伸ばす強さとは、そういうものなのだ。

 

「助けた命が……

 戦いの影響で壊れてしまうかも、って思うと……怖いね、結城さん」

 

「うん、怖い。いつも怖いよ。だから、頑張るんだ」

 

「ウルトラマンも、ね」

 

「勇者も、だね」

 

 竜児が感じていた『世界の皆の命の重み』が、ぐっとその重みを増した気がした。

 

 友奈と竜児が触れていたことで、稼働エネルギーを得たメビウスブレスがチカチカと光る。

 

『今日はもう、合計で三分以上戦ってるね。僕とリュウジ』

 

「え? ……あ、確かに。

 休み休み戦ってるとはいえおかしいな。

 この程度の疲労で済むなんて、ちょっと想像できない」

 

『ユウナちゃんの心の光が、流れ込んでるんだ』

 

「え」

 

『今日の君は、二人分の心の光で戦っている。

 僕の力を、二人で力を合わせて行使している。

 負担は1/2で、使える力は二倍。だからこの波状攻撃に対抗できているんだ』

 

「それ、本当?」

 

『今日の君は、三分の戦闘を二回は戦えるかもしれない』

 

「……いや、それは嬉しいけど。

 ギラルーグの力でこうなってるんだから、あんま喜べないよ。

 早くメビウスを僕の内側に戻して、結城さんに迷惑かけないようにしないと」

 

「えー、私迷惑だなんて思ってないよ?」

 

「結城さんのそういう優しいとこに寄りかかりすぎると、ダメになる気がする」

 

 竜児は息を整える。

 近くに、空高くへ向かって伸びるゴールドタワーが見えた。

 

「もう大丈夫、降ろして、結城さん」

 

「友奈って呼んでくれたら降ろしてあげる」

 

「え゛」

 

「もう友達だよね? 私達」

 

 友奈がちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 竜児が狼狽する。

 

「そ、それはちょっと」

 

「でないと降ろしてあげないよー? ふふふ」

 

「殺生な!」

 

 いつの間にやら――今日一日の重労働共闘を考えれば自然の成り行きだが――二人の距離感は友達のそれで、会話の距離感もそれに準じたものになっていた。

 

「……ゆ、友奈さんで」

 

「呼び捨てじゃダメ?」

 

「グイグイ来るね本当に……いや結城さんは最初からそういう人だった、そういえば」

 

「夏凜ちゃんは呼び捨てにしてるのに?」

 

「あれはにぼしだから」

 

「にぼし」

 

「にぼしには羞恥心感じないでしょ? そうじゃね?」

 

「にぼし」

 

「にぼしは例外だから、例外じゃない女の子はちょっと、恥ずかしい」

 

「にぼしは例外……」

 

 はぁ、と竜児は溜め息を吐く。

 

「分かった、分かった。

 じゃあ、ゴールドタワーまで運んで、そこで降ろしてくれたら呼ぶよ」

 

「本当!?」

 

「……でも、心の準備ができるまで、時間はちょっとください」

 

「いいよいいよ!

 あ、ちょうどいいからここで休憩にしない?

 ちょっとは熊谷君も休まないと、絶対にまいっちゃうよ」

 

 友奈の助言に従い、二人はここで一時間ほど休憩を取ることにした。

 ギラルーグ出現の報が届けばすぐにでも急行するという前提で、二人はようやく体を休める時間を得たのだ。

 そして。

 

 友奈に『ちゃんと休むから』と言って、竜児はゴールドタワー・千景殿の奥へと進み、神樹の根に触りながら寝て、肉体を休めながらの特訓を敢行した。

 

「奴を……ギラルーグを倒すべく、猛特訓をお願いします!

 ここでの修行は疲労が残らないので、やれるだけやっておきたいんです!

 休憩しながら特訓して力を高めないと間に合わないんです! お願いします、英霊殿!」

 

 鎌を手にして、精霊・七人御先を従えた英霊が竜児をじっと見ている。

 

 顔も無い、声も無い、何もかもが分からない英霊なのに。

 

 竜児は何故か、英霊がとんでもなく呆れた目でこちらを見ている気がした。

 

 

 




放っておくと1体が1日に1~3人の人間を殺すため、3体で3~9人死亡
一週間で21~63人、一ヶ月で90~270人死亡
勇者とウルトラマンが死んだら現実に出て来て神樹様ポッキリ戦略

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