時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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 犬吠埼樹ちゃんのアレを以前の話でちょっとした伏線に使ってしまったことを許してほしい


第六殺三章:信頼の証明

 神樹内での修行は、熾烈を極めた。

 ギラルーグの偏在体は三体。

 七人御先の偏在体は七体。

 七体の相手に三割の確率で成功するなら、三体の相手には七割成功するだろう。

 

 竜児は既存のメビウスの技を神樹内で徹底して鍛錬し、応用し、習熟させ、七体の七人御先相手に同時攻撃八割成功という数字を、奇跡のように叩き出していた。

 

「……完成した。奇跡だ……」

 

 竜児が得たものは大まかに三つ。

 七人に分身する英霊に鎌でボコられて得た、一定の近接戦闘技術。

 神樹が当初予定していた、精霊の力に体を慣らしての樹海戦闘力の上昇。

 そして、複数の体に分裂する敵、それも複数の体に同時に攻撃を当てなければならない敵への、効果的な攻撃法だ。

 

「そっか。複数に偏在する敵に同時に叩き込むのは、こういう技を制御しないといけないのか」

 

 基礎の強化と、敵への対策。

 修行は現実時間で一時間ほどであったが、体感ではもっと長いものであり、竜児はある程度の特訓の成果を身に着けることができたようだ。

 竜児は、名も無き英霊に頭を下げる。

 

「ご指導ご鞭撻、ありがとうございました。ぐんさん。名も無き英雄殿」

 

 仕事で稽古をつけてもらった、という感じはない。

 むしろ根気強く面倒を見てもらった、という感じの方が強い。

 英霊は結局一度も喋らなかったが、竜児の印象としては仕事人間として強い人ではなく、情に厚いがゆえに強い人……と、感じた。

 感性を鋭く研ぎ澄ませば、その程度のものは感じられる。

 メビウスに竜児が語った通り、竜児の感覚は徐々にウルトラマンの方に寄っているらしい。

 

「ぐんさん、貴方は名も無き英霊で……だけど、多分、勇者だと思います」

 

 この英霊が勇者の類であると分かるくらいには、寄っていた。

 

「過去の勇者と未来の勇者を繋ぐ。

 あなたの助けを結城さんに……友奈さんに繋ぐ。

 そんな役目が、僕の人生にあったとしたら……

 なんだかそれだけで、僕の人生には意味があったと、思える気がするんです」

 

 英霊が、力強く頷く。

 今の言葉に何か、感じ入るものがあったのだろうか。

 

「個人的に石碑彫って、個人的に最高の勇者として祀らせていただきます、師匠!」

 

 名も無き英霊は、そこでちょっと迷った風な様子を見せて、首を横に振った。

 

「え……そうですか。

 じゃあ時々思い出して、思い出す度にありがとうって言って、拝みます」

 

 首を縦に振る英霊。イマイチ何が喜ばれるのか分からない、そんな英霊だった。

 

「世界の平和、任せて下さい。

 『先輩』が世界を守ってくれたおかげで、僕らは今日も生きています。

 ありがとう、なんて言葉じゃ足りないくらいです。

 あなたが守ってくれた世界(もの)を、僕らもこれからちゃんと守っていきます」

 

 英霊は頷く。

 喜んでいるのか、困惑しているのか、懐かしんでいるのかも分からない。

 だが、肯定されているということだけは、分かった。

 

 喋れないって辛そうだな、と竜児は英霊に思う。

 死人に口なし。英霊は生者とは喋れない。

 この時抱いたその想いを、竜児は後に違う形でまた味わうことになる。

 

 英霊は最後に、武器で空中に文字を書いた。読み辛いが、竜児はなんとか解読する。

 その文字は……"友奈を必ず助けなさい"、という文字列に見えた。

 喋ることができない英霊なりの、精一杯のエールである。

 

「はい!」

 

 その激励を、竜児は確かに受け取った。

 

 

 

 

 

 竜児の意識が、現実に帰還する。

 神樹の中の修行では感覚的に使えていたメビウスの力が、起床しただけで体から消え、妙な虚無感が体に残っていた。

 それも当然、メビウスは今友奈の中に居る。

 ちょっと寝ると言って離れた手前、寝ている間も修行していたとは言い難いので、竜児はちょっと申し訳なさそうに友奈のいる場所を覗いた。

 

「……瞑想してる」

 

 友奈は目を閉じ、座禅を組んでいる。

 よく見ると、壁に『座禅のやり方』とかいうパネルがあった。

 竜児の体力が回復するまでの間、暇だったからやっていたらしい。

 ……休んでいる間の竜児からあまり離れようとせず、どこかで暇を潰そうともせず、適度な距離で寄り添っているのが、どこか友奈らしかった。

 

「結城さん」

 

「……? 熊谷君! ゆっくり休めた?」

 

「おうとも、バッチリバッチリ。連絡は何か来てる?」

 

「徳島、愛媛、高知で見つかったって。ギラルーグ。

 夏凜ちゃんと風先輩と樹ちゃんが救急車で一緒にこっち来てるってメール来たよ!」

 

「……県外!? あの怪獣ども香川の外行ってたの!?

 こっちから探しに行かず、このタイミングで休憩して正解だったか……

 ……ん? いや地味に県外で全部見つけるって凄いな、勇者部!」

 

「東郷さんが勇者部の公式ホームページで呼びかけたら、時間はかかったけど見つかったって」

 

「情報化社会すげえ」

 

 大赦が勇者部の方に情報が集まりやすいよう、多少は工作したかもしれないが、それでも勇者部は流石だとしか言いようがない。

 東郷は純和風が好きで横文字が少し苦手、そのくせホームページ作成が得意で、カタカタとソースコードを弄れるという国防芸人である。

 サイトで"謎の奇病"という形で告知し、情報提供と情報拡散を一般の人に頼み、広範囲の人達からサイトへと情報を集めたということだろう。

 

 今日、竜児がやった"人のためになること"を、勇者部は今日までずっとやって来たのだ。

 だからこそ、多くの人達が"謎の奇病"という勇者部の主張を信じ、彼女らの人助けと善意を信じて、異常な様子を見せた者の情報をそこに集めてくれた。

 だからこそ、こんなにも早く県外の被害者を見つけられた。

 だからこそ、彼女らは県外でギラルーグに取り憑かれた人を見つけることができたのだ。

 "この病気にかかった人を見つけた、助けてあげたいけどどうしたらいい?"と。

 

 これまでの毎日の中で、彼女らが人を助け続けて来た過去が、今皆を助け守りたいと思う彼女らの願いを、叶えてくれている。

 過去が未来を助けてくれている。

 

(これが……今代の、勇者)

 

 あとは、運ばれて来る三人の被害者を待って……そこからどうするべきか。

 三体の個体が別々の夢に入っている以上、それを倒すのは難しいと思われるが。

 

「何してたの?」

 

「メビウスとお話してたところ。こう、心の中で」

 

「……僕のメビウスブレス渡したら、結城さんだけで変身できそうだね」

 

『それは流石に無理だと思うな』

 

「あ、メビウス」

 

『ユウナちゃん、さっきの話、僕から話そうか』

 

「……私から話さないと、熊谷君は納得しない気がする」

 

『それは……そうかもしれないね』

 

 友奈の語調と、メビウスブレスから響くメビウスの声が、竜児に嫌な予感をさせる。

 

「私が全部、引き受ける」

 

「……結城さん?」

 

「もう一度、最初に戻そう。

 私と、熊谷君と、メビウスで、ギラルーグを全部まとめて私の中に引き戻す!」

 

「!?」

 

「そして、私の中でまとめて倒すんだ!」

 

「んなっ……!?」

 

 結城友奈のような、『他人のために自分が頑張る』『友の苦痛を自らに引き受ける』という本質を持つ勇者であれば。

 例えば、その肉体を勇者の力で神の性質に近付けていくだけで、他人から生贄のお役目を無理矢理に剥ぎ取ることも、天の神の呪い等を強引に自分に移すことも可能だろう。

 引き受け、自己犠牲となる。

 言い方は悪いが、それはある意味友奈の得意技でもあるということだ。

 

 問題なのは、この上で友奈にもちゃんと「死にたくない」「犠牲になりたくない」という強い気持ちがあるということなのだが。

 

「……メビウス。結城さんにそんなことできる?」

 

『賭けにはなる。でも、ユウナちゃんならできると思う』

 

 ここでギラルーグが過去に友奈に入ったことがあるという事実、ギランボが『純粋で希望を持つ子供の夢持つ心を好む』という特性が、更に成功率を上げてくれる。

 引き込むのなら、友奈の夢の中は最適だ。

 更には、今の友奈の傍にはメビウスがいる。

 

 ウルトラマンはその能力を決して悪用しないが――ベリアルは除く――、ウルトラマンは人間の同意を得ないまま、人間と融合することができる。

 言い方を変えれば、強制的に吸収することができる。

 ウルトラマンは同化のプロだ。

 友奈の内側にギラルーグを取り込む感覚であれば、メビウスがある程度指導できる。

 

 ただし、それを実行に移せば、今度こそ友奈がどうなるかは分からない。

 

『もう、僕らの中の誰か一人の頑張りでどうにかできる話じゃない。

 僕ら三人が一緒に頑張って力を振り絞らないと、この怪獣は倒せないんだ』

 

「だけど、メビウス! これは結城さんが!」

 

『心を開き、僕を外に出して、敵を招き、リュウジを助けてくれるユウナちゃんの力。

 僕とリュウジの心を合わせた、戦う力。

 戦って、勝つんだ! 今日は、三人の力を一つに合わせて!』

 

 メビウスは、三人ならば危険の向こう側に行けることを信じた。

 竜児は、勇者に変身もせず怪獣を受け入れなければならない友奈の踏む危険を、嫌がった。

 

「ごめんね、熊谷君に辛いことをお願いしてるみたいで。

 取り憑かれた三人の体に順番に入って、三回戦って……

 三体全部が私の中に入って四回目の戦い、それも三対一。

 こんな無茶を押し付けるのは……ほら、無責任で、申し訳ないというか」

 

「そんなわけあるか!

 無防備な心にまた怪獣を三体招くことの方が辛いに決まってるよ!

 なんでそんな無茶を、っていうか、そんな無茶そうそう認められるか!」

 

 結城さんを犠牲にしてるようなものじゃないか、と言おうとして

 いつもそうしているようなものじゃないか、大赦(ぼく)は。と思って一瞬言葉に詰まり。

 言葉に詰まった一瞬で、友奈が竜児の続く言葉を手で遮る。

 

 友奈は竜児の心配そうな顔を見て笑顔になり、ほんの一瞬死を怖がる顔になり、次の瞬間には不撓の勇気で表情を満たしていた。

 

「いつも……いつだって、怖いよ。どんな時だって、怖く思ってる」

 

 友奈の手が竜児の手に重なる。

 メビウスブレスの起動が継続され、竜児は触れた手から、友奈の手が震えを必死で抑えていることに気付いた。

 剥き出しの心ほど弱いものはない。

 友奈の心には、怪獣が剥き出しの心の中を食い荒らしてきた時の恐怖と、自分が食われそうになった時の死の実感が、まだ残っている。

 

 彼女は、それら全てを勇気で押さえ込んでいるだけなのだ。

 

「でも、友達を守るために戦うんだ、って思うと怖くなくなる。

 友達が助けてくれるんだって思うと、怖くなくなる。

 私は……私はね。怖いって気持ちより、信じる気持ちの方が強いことを、知ってる」

 

 友奈は、怪獣から皆を助けるために自分の身を差し出そうとしている。

 そして、怪獣からは彼が守ってくれると、信じている。

 

「熊谷君を、信じてる」

 

 今までずっと、一緒に戦ってくれた、守ってくれていた、巨人の力と心を信じている。

 

「……友奈」

 

 呆けた竜児は、ついそう呼んでしまった。

 ぱあっ、と友奈の表情が明るくなる。

 友情が繋がる、音がした。

 

「名前で呼んでくれたから、もうちゃんと友達だよ。さ、友達を信じて!」

 

 私も頑張るから! と、友奈は言った。

 友奈は竜児の頑張りを、竜児は友奈の頑張りを信じる。

 メビウスは二人の支え合いを信じ、三人での勝利を信じた。

 

 共闘はまあ、いいとして。竜児は名前呼びの件は苦しい言い訳でなんとか回避しようとする。

 

「い、いや、友奈が異性の名前を呼ぶとかいう高いハードルを越えなきゃまだ友達では……」

 

「分かったよ、リュウくん!」

 

「……一足飛びにあだ名で来るとか!」

 

 ほんわかした気持ちになって、竜児は照れつつ、友奈のペースに完全に巻き込まれてしまう。

 

 優しいこの人なら、騙されて何も知らずに満開と散華をし、大切なものを失っても、自分を騙した人を恨まないかもしれない―――そう、思って。

 そう思った大赦の自分を、嫌悪した。

 吐き気がするほど、そんな思考をしてしまった自分が憎かった。

 それは"結城友奈に対する理解"としてはこの上なく正しかったが、同時にそんなことを考えてしまった自分を、反吐が出るほど嫌悪させるものでもあった。

 

「分かった。一緒にこの試練、乗り越えよう!」

 

「うん!」

 

 だからこそ。

 

 絶対にこの人は傷付けさせないと、竜児は自分自身に誓った。

 

『ディガルーグは量子怪獣で、分裂している時の力は1/3。

 合体すると分裂時の三倍の力になるんだ。

 だからきっと今は、人が死に至るまでの時間も三倍になってるんじゃないかな』

 

「だから何時間かかけて人間を殺していると?」

 

『前回のユウナちゃんは、僕らを誘き寄せるために使われていた。

 今回も同じだけの時間耐えられるかは分からない。

 出来る限り迅速に倒そう。

 やはり僕らの戦いは、三分間で人の命を助ける戦いになるだろうね』

 

「いつものことだよ。三分で友奈を助けるんだ」

 

 メビウスブレスを通した竜児とメビウスの会話を聞いて、竜児の手を握ってブレスを起動させている友奈が、彼女らしくニコニコしている。

 

「リュウくんの手って私より大きいよね」

 

「そういうレビューは僕が悶え死ぬからやめろ」

 

「でも、ウルトラマンの手はもっと大きいんだよね。

 あのくらい大きな手があれば、すっごいこともできそうだなぁ」

 

「例えば?」

 

「ええと……無人島に取り残された人を、いっぱい手に乗せて助けられる!」

 

「……友奈らしい、としか言えない返答だぁ」

 

 大きな救いの手、というものを友奈は肯定的に語っている。

 されど竜児は、小さくとも他人を導ける手もまた、素晴らしいものであると思っていた。

 

「僕が、半人前のウルトラマンでしか在れないからかもしれないけど……

 ウルトラマンの手を引いて立ち上がらせてくれるのは、いつも人間の小さな手なんだ」

 

「そうなの?」

 

「うん。友奈の手もそうだ」

 

 巨人になる手に、少女の小さな手が触れている。

 変身をしない、少年と少女のウルトラタッチ。

 

「巨人になって、手が大きくなっても変わらないよ。

 人間と手を繋ぐ。

 人間に触れて暖かさを感じる。

 人間に手を引いてもらう。

 迷う人間の手を引く。

 困っている人間に手を差し伸べる。

 大きくなっても……この手は、人間と繋ぐことで、初めて意味を持つ僕の手なんだ」

 

 大きな手は、より多くの人を救えるのだろうか。

 大きな手は、間違えないのだろうか。

 大きな手は、小さな手よりも正しく動けるのだろうか。

 竜児はそうは思わない。

 

「誰とも手を繋げなくなった時、僕は正しい意味で人を救えなくなる……気がする」

 

 巨人となって背が高くなっても、人よりも遠く広くを見渡せるようになっても、人よりも上等な視点を手に入れただなんて、竜児は思えない。

 友奈はそこに、彼の本質の一端を見た。

 

「リュウくんがウルトラマンで、よかった」

 

 メビウスと話し、竜児の本質を知ることで、友奈はこの二人が一つになった巡り合わせは、きっと運命なのだと……そう、思った。

 

「僕じゃない人、腕っ節が強い人がウルトラマンになった方がよかったと思うけどね」

 

「かっこいい人より、強い人より、なんでもできる人より、リュウくんの方がいいよ」

 

「そうかな」

 

「私にとってはそうだよ。だから、自信を持って! ウルトラマン!」

 

 友奈が言い切り、竜児がちょっと泣きそうになり、メビウスは友奈が竜児の友達となってくれたことに感謝した。

 

「僕さ、自信が基本的にない人間なんだよ。

 知識の裏付けがあればちょっとはマシになると思ってたんだけどなー」

 

「リュウくんの知恵袋っぷりは面白いよね」

 

「知識付ければなんでも解決すると思ったんだ。

 認められたいーとか。

 居場所が欲しいーとか。

 あいつの力になりたいーとか。

 何もできないガキな自分をどうにかしたいーとか。とにかく、何かになりたかった」

 

「それで今のリュウくんができたわけなんだねー」

 

 うんうん、と友奈は可愛らしく頷いている。

 

「うんと子供の頃には、知識のある人間より、優しい人間になろうとしてたんだ」

 

「優しい人間? わぁ、なんだかショタリュウくんっていい子だったんだね」

 

「いや、むしろ逆」

 

「?」

 

「優しい人間になれれば、人に好きになってもらえると思ってたんだ。当時はバカだったから」

 

 生まれも育ちも普通でなければ、普通に好きになってもらいたい気持ちが、自然と子供の心に湧き上がるのは当然である。

 

「他人に好かれたいから優しい人になりたかった。

 でも違った。

 優しい人は他人に嫌われることを恐れず、他人を想って行動できる人だった。

 相手に嫌われても、相手の手から麻薬を奪い取れる人のことだった。

 そりゃ逆にもなるさ。

 僕は自分に優しくして欲しい人間で……

 他人に優しくしたい人間じゃなかったんだ。本当に恥ずかしい」

 

「……リュウくんは余計なこと考えすぎてドツボに嵌りそうな性格してるよね」

 

「いや、これ、本当に気楽に話せない事柄なんだよ。誰にでも話せるわけがない」

 

「そんな、幼少期のおねしょの告白みたいな雰囲気で言われても……」

 

 自分の恥を笑って話せるのも、友である証といったところか。

 

「恥ずかしいことに、何も知らない頃は僕は『勇者』になりたかったんだ」

 

「リュウくんが? へー……」

 

「女の子しかなれないんだけどね、勇者。

 『優しい勇者』。『真の勇者』とかでもいいけど……そういうものになりたかった」

 

 少年は後頭部を掻いた。

 

「ちっちゃい頃の僕は多分、友奈みたいな人間になることが夢だった」

 

「私に?」

 

「僕の夢は、勇者(きみ)になることだったんだ」

 

 少年の夢は、叶わないと知り終わってしまった数年後に、少女の姿をしてやって来た。

 

「今はなれないって分かってる。

 僕は友奈にはなれないし、友奈は僕にはなれない。

 僕はここにいる僕とよろしくやっていくしかないんだ。仕方ない」

 

 竜児の顔に、悔しさや未練は見えない。今ある自分を、しっかりと受け止めている。

 

「ただ、投げ捨ててた夢だけど、最近はまたちょっと追う気になってきたんだ。勇者になる夢」

 

 子供には夢を見る権利がある。

 未来を夢見る権利がある。

 竜児にも、友奈にも。

 

「僕は、君達と同じ道を一緒に行ける、同じような未来を目指していける、勇者になりたい」

 

 もしも、この少女と道を違えてしまったなら。

 その時点で自分は何か間違っている……そう、思えるから。

 竜児は手を差し出して、握手を求める。

 

「よろしく、リュウくん!」

 

「うん、よろしく」

 

 友奈がその手を取って、優しく握りしめる。

 

 街には、沢山の笑顔があった。勇者部はそれを守っていた。

 勇者部にも、沢山の笑顔があった。竜児はそれも守りたいと思った。

 街の笑顔も、勇者部の笑顔も、その多くが友奈に守られていた。

 その友奈を、これから竜児は守る。

 

 負けても世界は滅びない。

 友奈の心の中で負け、友奈の心が砕けても、神樹が折れることはない。

 犠牲になるのは友奈だけだ。

 竜児にはその後、いくらでも再挑戦するチャンスがある。

 

 だが。

 戦略的に負けても問題がないのと、個人的な感情で負けても問題がないかは、別問題。

 "負けたら世界が終わる戦い"でなくても、負けられない戦いはある。

 

 これは、彼にとっては初めての、結城友奈一人だけを守る戦いである。

 

「十年先も、二十年先も、この世界が続いていると良いな」

 

 友奈が言った。

 

「十年先も、二十年先も、幸せな日々が続いていると良いね」

 

 竜児が言った。

 

『十年先も、二十年先も、二人が特別な間柄でいることを願うよ』

 

 メビウスが言った。

 

「だから今日、十年先を、二十年を、僕ら三人で勝ち取ろう」

 

 握られた手に込められた握力が、ほんの少し力を増した。

 

「あ、救急車来たよ、リュウくん」

 

「乗ってるのは大赦と、被害者三人と、あと勇者の皆かな」

 

 千景殿の一室で、三体のディガルーグを処理する大舞台が迫っている。

 

「隠れて隠れて。正体は隠してるんでしょ?」

 

「っと、そうだった。"あとはウルトラマンに任せて"って伝言お願いね」

 

 救急車の患者――ディガルーグに苦しめられている――が、千景殿たるゴールドタワーに運び込まれていく。

 勇者も降りて、大赦に説明され、帰路についていく。

 

 今日も勇者のお陰で助かった……と、竜児が思っていると、ゴールドタワーの近くに停められたトラックの方を夏凜が見る。

 そこには竜児が隠れていた。

 夏凜の位置からは見えない隠れ場所のはずだった。

 竜児はちゃんと、夏凜の位置から見えない場所を計算して隠れていたはずなのに。

 夏凜はそのトラックの方を、一度も揺らがずじっと見ている。

 

(夏凜、君さあ……"あの辺にリュージ隠れてそうね"みたいな目でこっち見るなよ……)

 

 その内夏凜も帰って行った。

 気のせいだと思ったのか、とりあえずそこに竜児が居る確信は持てなかったらしい。

 

「よし、準備だ。友奈、メビウス」

 

「うん!」

 

『よし!』

 

 友奈は勇者には変身せず、怪獣を受け入れる体勢で、用意されたソファーに横になる。

 呻いている被害者達も同様に、運び込まれたソファーに並べる。

 人払いされたゴールドタワーには今、三人の被害者と、一人のウルトラマンと、一人の勇者と、その全てに生きてほしいと願う少年がいる。

 友奈は緊張を唾と一緒に飲み込んで、竜児に手を伸ばす。

 

「来て」

 

 その手を、竜児の手が力強く包んだ。

 

「行くよ」

 

 二人の手の繋がる場所に、光が満ちる。

 

「「 ウルトラタッチ! 」」

 

 そうして、少年は巨人になった。

 

「『 メビウーーース!! 』」

 

 今も三人の心を蝕む、三位一体の敵を討つために。

 

「『 見せてやる、僕らの勇気を! 』」

 

 心の光が絶やされた人の夢の中、光の巨人は降臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何よりも、速度。速度を重視する。

 手早く怪獣を体外に排出し、排出した一匹目が逃げたり小細工を弄したりする時間がないほど、ひたすらに早く処理をする。

 そんな竜児の意識に、技がついて来てくれていた。

 神樹の中で名も無き英霊が彼の技を一定の域にまで仕上げてくれた、その恩恵である。

 

「トゥインクルウェイ!」

 

 遠い昔の勇者の指導を、その身の技に反映させて、今の時代の勇者に還す。

 

「トゥインクルウェイ!」

 

 その一心で、攻撃を喰らおうと無視をして、エネルギーの消費も惜しまず、恐るべきスピードで三体のギラルーグを処理していく。

 

「トゥインクルウェイっ!」

 

 三体のギラルーグを排出し、メビウスもまた現実世界に帰還する。

 そして、三体のギラルーグを引き込もうとする友奈を援護するために、三体の怪獣を彼女の中に追い込んでいった。

 

「う、ぐ、ぅぅぅっ……!」

 

 友奈の苦悶の声が耳に痛い。

 止めたくなる気持ちを抑えて、竜児は自分の体ごと怪獣を友奈の中に押し込んでいく。

 そうして、三体の怪獣と一人の巨人が、友奈の夢の底へと落ちた。

 立ち上がる三体の怪獣を見据え、巨人は構える。

 

「……ここで決める! 行こう、メビウス!」

 

『ああ! ユウナちゃんを助けよう!』

 

 竜児はメビュームブレードを出し、三体まとめて切れる軌道で剣を振る。

 だが、怪獣はその瞬間、三体同時に瞬間移動を行った。

 

「!」

 

 ふっと消え、ふっと現れては、ふっと消えての繰り返し。

 三体が連続で瞬間移動を繰り返すため、攻撃の的が散って仕方ない。

 竜児はどこを狙えばいいのか、まるで分からなくなってしまった。

 

「早い!」

 

 更にそこからギラルーグは、ディガルーグの吐く火炎弾、ギランボの使う麻痺光線を発射してくる。

 一発一発に、嫌な重さと破壊力があった。

 更に三体がメビウスの周囲を連続瞬間移動しながら攻めて来るため、防御も回避も全くと言っていいほど間に合っていない。

 巨人の体が、光線と炎に滅多打ちにされていた。

 

「くっ、ぐっ!」

 

 右を見ると、左と背中が撃たれる。

 前を見ると、上と右と腹を撃たれる。

 上を見ると、腹と左右を撃たれる。

 ギラルーグは、自身の強みを最大限に活かした攻めを構築していた。

 

『これが奴らの本気か……!』

 

「三体同時に攻撃を当てないといけないのに、瞬間移動を織り交ぜてくるか……!」

 

 瞬間移動を繰り返す偏在者。

 これでは剣では狙えない。

 いや、尋常な攻撃の全てが通じないだろう。

 今こそ、名も無き英霊との特訓で身に着けた技を使う時だ。

 

(今こそ、修行で磨いた技を決める時! 英霊の師匠の指導を見せる時!)

 

 メビウスはメビウスブレスに手を添える。

 そして技を放……たないまま、そのままその場所で高速回転を始めた。

 メビウスブレスという万能の武器を起動し、エネルギーを溢れさせるも、特定の方向に技を放たずそのまま回転するとどうなるか?

 

「『 メビュームチャージッ! 』」

 

 発動するは、メビウスの持つ技の中でも珍しい、四方を同時に攻撃する技。

 

 回転するメビウスから漏れるように放たれる、無数の光の線と粒。

 光の一つ一つを見れば、光の粒や光の線にしか見えない。

 にもかかわらず、メビウスの周囲に等間隔で綺麗に広がる光の群れが、まるで光の輪が広がっているかのような錯覚を見せる。

 この光の名は、メビウスリング。

 メビュームチャージは、これを放ち狙ったものだけを破壊することで、十字架に囚われていたウルトラ兄弟の十字架だけを破壊したこともある技だった。

 

 遠目に見ると光の輪に見える粒と線が、ギラルーグの全身を――三体ごとに同じ場所を――連続で何度も強打して、強烈なダメージを叩き込んでいく。

 

『ディガルーグは三体同時に強力な一撃を当てることで、波動関数が収束した。

 三体の偏在効果は切れ……三つの体は、一つの体に収束する! 来るよ、リュウジ!』

 

 量子的に生きている猫と死んでいる猫に分裂していても、それは箱の中の猫でなくなることで、一匹の猫の姿へと戻る。

 ギラルーグは、観測された。

 

「……!?」

 

 そして一体化の後に、その肉体が変化していく。

 以前は一本角の怪獣が三体、という出で立ちだった。

 だが今は違う。

 腕も二本、足も二本、尾も一つだが……頭が三つ。

 二足歩行の四肢を持ち、三つの頭のそれぞれが咆哮しているこれが、ギラルーグの真の姿。

 

 ()()()()()だ。

 

「前回がオルトロスで……今回が、ケルベロス!

 くっ、そういうことか! だから三体分裂か! 丁寧な組み立てしやがって……!」

 

『三体の体が融合したことで、力も三倍になっている! 気を付けて!』

 

「うん!」

 

 敵が三体合体を行ったこのタイミングで、嫌なことが重なってきた。

 友奈が夢をちゃんと『見』始めた。

 前回の友奈の夢と同じように、友奈の主観意識が夢の中に現れてしまったのだ。

 これを潰されると、友奈の心までが壊されてしまいかねない。

 ギランボは夢を食う怪物。

 ギラルーグにはその手の作業、お手の物だろう。

 

(うっ、友奈の意識が顕現してる……)

 

 竜児は素早く、友奈の盾になれる場所に跳んだ。

 

「リュウくん!」

 

「夢の中なら普通に喋っても伝わるよね? 下がってて、友奈!」

 

「う、うん!」

 

 友奈が走って距離を取るのに合わせ、怪獣は走って距離を詰めて来た。

 怪獣が尾を振り上げる。ウルトラマンがバリアを張る。

 怪獣が尾を振り回す。ウルトラマンのバリアは、一瞬で砕けてしまった。

 

「っ」

 

 バリアを犠牲にし、敵の攻撃を無傷で防いだウルトラマンは、深く踏み込み右ストレート。

 しかし怪獣の左手に簡単に弾かれてしまい、続けて左ストレートを放ったが、これも右手の甲で受け止められてしまった。

 ウルトラマンの渾身のパンチが、紙のパンチのように捌かれてしまっている。

 

「力負けする……!」

 

『腹を守るんだ!』

 

「!」

 

 そして、ウルトラマンの腕を弾いた後に、怪獣は巨人の腹へと吐き出した火球を叩き込んだ。

 

「ぐあああああっ!」

 

『三倍威力なら、これほどの火力が出せるのか……!』

 

 巨人の腹が深くまで焼ける。

 三倍の力を得たギラルーグは、容易ならざる強敵だった。

 

「!」

 

 そのギラルーグの攻撃が、友奈にも向かう。

 その攻撃を、竜児は体を張って遮った。

 友奈を狙った火球が、竜児の腹をまた深く焼き抉る。

 

「リュウくん!」

 

「今は……別に、世界の命運とか、かかってるわけじゃないから。友奈を守る戦いだから」

 

「……?」

 

「今は、君だけを、守りたい」

 

「―――!」

 

 巨人は立ち上がり、またしても友奈を狙う怪獣から、友奈を守る戦いに挑んだ。

 

 

 

 

 

 それを見ていた友奈は、歯噛みする。

 

「私に、戦える力があれば……!」

 

 友奈は勇者アプリを起動していない。

 彼女の戦う力は、端末起動による機械の力、勇者システムを構築する呪術の力、神樹から引き出した神の力などで構成されている。

 いずれにせよ、端末を現実で操作しないと起動しない。

 

「何か、何か、何か……私に、できること!」

 

 そして、友奈は。

 夢の中で暴れたら現実でもベッドで落ちたよ! のノリで、夢の中の自分の気合いで現実の自分の体を動かして――つまり寝ぼけ行動で――端末を起動。

 現実で、勇者の姿になった。

 現実の友奈に流れ込む勇者の力が、夢の中の友奈を勇者の姿に変える。

 

「できた!」

 

 勇者に変身しないで怪獣を引き寄せ、怪獣が入って来たら寝てるけど勇者になるよ、とはなんというインチキなノリか。

 友奈は気合と根性で勇者になって、メビウスを助けに行こうとする。

 

「リュウくんを助けに……いや、そうだ、ここが私の夢なら!」

 

 だが、友奈はそこで、胡蝶の夢の時の樹の夢を思い出した。

 

「あれだ、あれをやれば!」

 

 あの夢は胡蝶の夢で、これはただの精神世界の夢だが、一つ、参考になるものがある。

 樹の胸だ。

 樹は自分の夢の中では、自分の胸を大きくしていた。

 大きくできるのだ、夢の中では。夢の主がそうと望めば。

 

 そうして、友奈は樹の胸を思い出しながら、空に手を伸ばし―――ウルトラマンと怪獣と同じサイズの大きさにまで、体を巨大化させた。

 

「しゅぅわっち!」

 

 怪獣とウルトラマンが、揃ってギョッとする。

 

「夢の中だからってなんでもありだな友奈!

 ……い、いや、違う!

 よく考えたら現実でも結構なんでもありなことしてたこの人!

 夢現実問わずなんでもありなのか! どうなってんだ結城友奈!」

 

 そして、友奈が怪獣を殴り飛ばす。

 

「でもありがとう、助かった!」

 

「どういたしまして!」

 

 後にも先にも同じことはなさそうな、ウルトラマンと同じサイズの勇者の少女が、ウルトラマンと並び立つ光景が、そこにあった。

 

「やっと、私もウルトラマンと同じ目線の高さになれた」

 

「ん?」

 

「首が痛そうだな、見下ろさせてごめんなさい、っていつも思ってたから」

 

「ははは……いやなんというかもう、凄いな、友奈は。そんなとこ気にしてたのか」

 

 ウルトラマンと人間が、同じ目線の高さで語り合っている。

 見下ろすでもなく、見上げるでもなく。

 それが既に、一つの奇跡だった。

 

「他に守る必要があるものないもんね。今は、私も、君だけを守りたい」

 

「―――」

 

「行こう!」

 

 メビウスには、メビウスブレス無しでも使える通常攻撃の炎のパンチ、メビウスブレスの力を雷に変え左拳から放つ雷のパンチ、その二種類がある。

 竜児は今さっき友奈が怪獣を殴り飛ばした時の動きの真似をして、左拳に膨大なエネルギーを集約させた。

 友奈もまた、勇者の力を右拳に集約させた。

 

 二人が踏み込む。

 巨人と少女が踏み込む。

 怪獣に向けて、決して怪獣を逃さぬルートで。

 夢の中で行われた友奈の封印の儀が、超巨大規模で展開され、巨人の体相応のエネルギーを放って、怪獣の体を縛り上げる。怪獣の御霊(カラータイマー)も露出した。

 

 ギラルーグは死を確信した。

 死ぬかも、という弱気ではなく。

 この死からは逃れられない、という確信だった。

 

「ダブルっ!」

「勇者ぁっ!」

 

 突き出された二つの拳は。

 

「「 パーンチッ!! 」」

 

 当たった瞬間、全てが吹き飛ぶ。

 

 身もふたもないほどの威力、何もかもを覆す力、怪獣の体の細胞一つも残さぬ破壊力、全てを粉砕する衝撃波―――その全てが、怪獣に敗北を、二人に勝利を与えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のこと。

 ギラルーグは倒され、メビウスは竜児の中に戻り、いつも通りの日常が戻って来た。

 

「リュウくん、お腹見せて?」

 

「友奈、友達だからってセクハラしていいものじゃ」

 

「見せて」

 

「……はい」

 

 竜児が服の前を上げると、腹が焼けてベロンベロンに皮が剥け、真っ赤っ赤な腹があった。

 

「うわぁ……朝イチでリュウくんの家に来てみてよかった」

 

「違うんだよ、昨日は疲れてたから、帰ってすぐ寝ちゃっただけで」

 

「リュウくんの家の包帯と消毒液勝手に使うから、動かないでね」

 

「あ、これ言い訳も謝罪も求めてないし耳貸さないやつだ」

 

 友奈はテキパキと、竜児の痛そうな顔を無視して、腹の傷を手当していく。

 ギラルーグに焼かれた胸の下部から腹にかけての焼け焦げは、結構深そうに見えた。

 

「家族がいたら絶対心配してるよ、こんなの」

 

「家族……か。僕さ、昔から家族とか兄弟とかが欲しくてさ」

 

 包帯がしゅるしゅると、少年の腹に巻かれていく。

 

「夏凜にお兄さんがいたり。

 同級生にお兄さんがいたり。

 そういうのが羨ましかったんだ。僕にもこんな兄がいたらな、って」

 

「今は欲しくないの?」

 

「欲しいよ。

 僕はめっちゃ欲しい。

 血の繋がった家族とか、普通に持ってる人には気持ち分からないかもしれないけどさ」

 

 家族が居て当然だった友奈に、家族が居ないのが普通だった竜児がしみじみと言う。

 

「家族とか、もういなくて当然のものだと思ってるから、僕は大丈夫。

 今ある居場所を、必死に大切にしていかないと……それが僕にとっての全てだ」

 

 竜児が帰る家というのは、大赦しかない。

 彼の帰りを待つ家がない。

 彼が帰れるコミュニティが他にない。

 居場所が一つしかないがゆえに、彼は大赦にすがりついている。

 

「もし、いつかリュウくんの家族が見つかったらどうするの?」

 

「なんでも言うこと聞いちゃうかもなー。

 家族が、僕が生きることを肯定してくれたら。

 それだけで、胸を張って生きていける気がする」

 

 それは友奈には分からない気持ち。

 友奈は血の繋がった家族は当たり前にいて、家族から当たり前に愛され、当然のように友達を大事にし、友達から大切にされてきた。

 友奈が当たり前のように持っているものの多くを、竜児は持っていない。

 竜児の気持ちの一部が、友奈にはまるで理解できない。

 

 だからかもしれない。

 竜児の中に友奈を眩しく見る気持ちが自然と湧いてくるのと、友奈の中に竜児に手を差し伸べたくなる気持ちが自然に湧いて来る、この不思議な情動。

 柔らかな衝動とも言うべきそれが、二人の中にあるのは、それが理由なのかもしれない。

 

 友奈は普通に幸せで、勇者に選ばれていなければ普通に幸せで普通に幸福な人生を送っていたことだろう。

 そういった"普通"が、竜児の中にはほとんど無かった。

 

「見つかるといいね、家族」

 

「うん」

 

 竜児の怪我の度合いを見ながら、二人は色んなことを楽しく話す。

 

「昨日の戦いはリュウくん凄かったね。あの、三体同時攻撃とか!」

 

「友奈も凄いよ。負けるかも、ってちょっと思ったら、あんな予想外なことするんだから」

 

 互いを知るため、二人で楽しく話す。

 

『僕は最近分かってきたよ。リュウジの"凄い"は、"大好き"と同じ意味なんだ』

 

「―――メビウス?」

 

 ちょっとした、アクシデントもあったけど。三人で、ずっと楽しく話していた。

 

 だからかもしれない。

 友奈の帰り際に、竜児が衝動的に、突発的に、口を滑らせてしまったのは。

 

「満開だけは、使わない方がいい」

 

「え?」

 

「ああ、ええと……とにかく、あれはあんまり使わないほうがいい。それじゃあね」

 

 帰路につく友奈に、そう言ってしまった。

 逃げるように自宅に引きこもる竜児が、壁を殴る。

 

「言ってしまった」

 

 言ってしまったことを、後悔していた。

 

「これは明確な大赦への反発、造反だ……

 今まで勇者と組織の両方の利益になる選択はしたけど……

 これはダメだ……最悪反逆に近くなる……

 いや先に秘密を明かした分勇者の怒りを抑えられた……? いや、論外だろ……」

 

 大赦の指示への明確な反発。それが竜児の心を追い詰める。

 

『君は今回の怪獣には、一度も負けなかった。

 その余裕がきっと、言動に出たんだよ。いいことじゃないか』

 

 メビウスの声も、励ましにはならない。

 

「メビウス。

 僕は大赦で育てられて、大赦の教えを規範としてる。

 この家も大赦のもの。

 大赦が全てで、大赦から出られず、大赦にしか帰る場所はないんだ」

 

 帰る場所は、そこにしかなく。

 

「友奈や夏凜と違って、戦いから逃げたって、家で迎えてくれる家族も、居ないんだ」

 

 帰るべき家族の懐も、彼の中にはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友奈はその帰り道、子供を蹴ってる男を見つけた。

 泣いている五歳くらいの子供と、子供を蹴る二十代の男。

 友奈はとっさに、子供を庇った。

 

「……!? 何してるんですか!? やめて!」

 

「いや、このガキが道の真ん中で道路にチョークで絵描いてたからな。邪魔だ、とは言ったぞ」

 

「それだけのことで!?」

 

「邪魔だ、って言ってもどかないのが悪い。

 第一、幸せそうな顔が癇に障った。邪魔なもんは蹴りどかすだろ、石みたいに」

 

「……!?」

 

 あなたが子供をよければいいじゃないですか、とさえ、友奈は言えない。

 その男と友奈はあまりにも違う。

 あまりにも『悪い』。

 あまりにも、どこかなにかがズレている。

 

 しかも、よく見ると、その顔は―――竜児の顔と、とてもよく似ていた。

 

「用があって離れてたが十年くらいぶりに戻ってきたんだ。オレと似た顔の弟を知らないか?」

 

「―――」

 

「そのツラ、色々知ってそうだな。

 ゴミ捨て場に捨てたんだが、なんだ、本当に生きてたんだなあいつ」

 

―――なんでも言うこと聞いちゃうかもなー。

―――家族が、僕が生きることを肯定してくれたら。

―――それだけで、胸を張って生きていける気がする

 

 友奈は、竜児の言葉を思い出す。

 どうなってしまうかを、想像する。

 吐き気がした。

 

 友奈は家族にしろ、友人にしろ、自分の生まれにしろ。

 こんなにも、『自分は恵まれていたんだ』と思ったのは、初めてだった。

 友奈の生涯にあった幸福は、きっと人並みより少し多いものでしかなかったけれど。

 そんな彼女ですら、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 




 次が七つ目の試練
 十二の試練の中で最も心が試される、と神樹様が言った試練になります


【外伝読んでない人多そうなので、蛇足の追記】
【名も無き英霊】
 かつて、西暦末期に郡千景と呼ばれていた勇者。
 現在は大赦により歴史から抹消され、名が残っていない勇者。
 彼女の親友の少女の名は『高嶋友奈』。
 彼女の親友の少年の名は『ウルトラマンティガ』。
 ティガは彼女より先に、友奈は彼女より後に、西暦末期に死亡している。

 当時の勇者の力は、強化のために精神を不安定にし、破滅的にさせるもの。
 彼女が守ってきた人々に心を裏切られ、市民を攻撃しようとし、街を破壊し、狂乱の果てに仲間の勇者にまで攻撃を開始した記録も残っていない。
 邪神ガタノゾーアと南海で相討った記録も残っていない。
 記録がなければ伝説は伝わらず、死人は武勇伝を語る口など持たないがゆえに。

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