時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第七殺は途中で読むの止めず、最後まで読んでいただきたいです


第七殺一章:ニセモノのブルース

 夏休みも終わりが見えてきた。

 夏の終わり。

 休みの終わり。

 竜児は樹と二人一緒に、夏休み中の学校清掃に参加していた。

 

「樹さん、重いものは全部僕が後で運んでおくから」

 

「え……あ、ありがとうございます」

 

「……やっぱ、二人で協力して運ぼっか」

 

「は、はいっ! ……ふふ、今私もそう思ってたんです。分かりやすかったでしょうか」

 

「僕がそんなエスパーに見える?」

 

「エスパーだったら、重い物は全部自分一人で運ぶなんて最初から言わなそうです」

 

「だよねえ。ま、そこはホラ、僕が樹さんのことちょっとは分かってきたってことで」

 

 かっこつけより、力を合わせて協力する。

 樹と竜児の交流はそんなに深いものでもなかったが、そんな樹でも実感するくらいに、竜児は目に見えた変化をしていた。

 竜児と一緒に一つの作業をしていると、やりやすい。

 作業の合間の竜児との会話が楽しい。

 自然と樹の仕事を竜児が引き受けつつ、基本は協力してやっていく、そんな風に。

 樹はそんな先輩の変化を、好ましく思っている様子。

 

 樹には、竜児が勇者に対し踏み込むきっかけが自分だったという自覚は無さそうだ。

 

「ん?」

 

 ちりとりマスターと化した樹と、ほうきマスターと化した竜児が学校周りのフェンスの近くを歩いていると、フェンスに空いた穴の近くに、何かが居た。

 

「あ……猫ちゃん?」

 

「これは、酷い。

 車に轢かれて、きっとここまで逃げて来たんだ。

 生きようとして、ここまで頑張って歩いて……ここで、死んでしまったのか」

 

「……かわいそう」

 

 樹の"かわいそう"という呟きは、ただ死んだ猫を見ただけだというのに、今にも泣きそうなほどに悲しむ響きがあった。

 竜児はかわいそうとは言わず、猫の死体を優しく撫でる。

 「いたいいたいの飛んでけ」と言いながら子を撫でる親のような、そんな手つきだった。

 

「よく頑張ったな」

 

 竜児はホウキを壁に立てかけ、猫を優しく持ち上げる。

 少年の手が猫の内蔵や血で汚れるが、少年は気にしない。

 気にしているのは、この猫の死体に"これ以上の余計な痛み"を与えることだけだ。

 少年の手つきが優しいことにそれ以上の理由はない。

 

「校庭の隅っこに埋めて、小さいお墓立ててあげようか」

 

「はい!」

 

 二人でそそくさと移動し、猫を埋めてやろうとするが……それを、突然現れた先生が横合いから止めてしまった。

 

「だめだめ、何やってんの」

 

「あ、サコミズ先生」

「サコミズ先生……」

 

「校庭に埋めて虫が湧いたりすると、生徒や近所の方から苦情が来ることもあるんだよ」

 

「……む」

 

「この猫はこっちで火葬にしておくから」

 

「火葬……って、燃やしちゃうんですか!?」

 

「こう言うのは酷だけれど、動物は死ねば生ゴミの一種になってしまう。

 生ゴミが人の居る場所にあるのは、あまりよろしくない。

 虫も湧く、腐って異臭も発する、運が悪いと病気の発生源にもなってしまう。

 それに私の個人的な考え方だが……土に埋められた猫の肉が、虫に食われるのが嫌なんだ」

 

「……あ」

 

 猫をそのまま土に埋め、虫に屍肉を食わせてしまう。

 猫を火の中に放り込み、熱い炎で灰になるまで焼く。

 一体どちらが残酷なのだろうか?

 ただ、その点に関して、この先生は揺るぎない判断基準を持っているようだ。

 彼を見た子供に、何か深いことを考えさせるくらいには。

 

「何か思うところがあるなら、二人は生きてる猫を大切にしてやれ。

 これから、生きてる猫を見るたび、これを思い出してくれ。

 命っていうものは……ちゃんとした形で生きているから価値があるんだ」

 

 無難な教師からは程遠く、けれど悪や無能というのも何か違う。

 子供に何かを考えさせ、いい影響を与えるが、悪い影響を与えるというわけでもない。

 サコミズは独特の死生観や死体の扱いに対する考えを見せ、子供達から猫を取り上げ、どこかへと去っていった。

 

「生きてる猫かー……」

 

「私、考え方が浅かったのかもしれません……」

 

「それを言うなら僕もだ……

 僕が先輩として言うべきだった……

 でも生ゴミ呼びは正直ないよ先生……」

 

「生ゴミ呼びは正直ないですよね……」

 

「生きてる猫を大切に、か……三毛猫とか可愛いから助けたいよな……」

 

「子猫も可愛いと思います……」

 

「樹さんの猫趣味なんか可愛いな……」

 

「先輩も意外と猫趣味可愛いですね……」

 

 何故か俯きながら、溜め息を吐きながら、好テンポで会話する二人。

 掃除は終わって、竜児は帰路につく樹を送っていった。

 今は夏休みで日が沈むのが遅く、日が出ている時に何かあるとは考えづらいが、念のために。

 

「樹さん、オーディションはどんな感じ?」

 

「九月末に一次審査の結果が出るそうです」

 

「……そっか。じゃあその頃、一回は戻って来ないといけないのか」

 

「え?」

 

 発言の意図が読めない樹を連れて、竜児は細々とした駄菓子屋に入った。

 

「審査通過祈願に好きなアイス一本買ったげるよ」

 

「いいんですか?」

 

「お姉ちゃんには内緒だぞ。樹さんにだけ送る応援だし」

 

「はい、お姉ちゃんには受かってからびっくりさせます!

 ……受かってたらですけど……受かってたらいいな……」

 

「アイス二本買ってあげるから絶対受かると約束しろ、って言ったらどうする?」

 

「い、今このタイミングでそういうこと言いますか!?」

 

 高いアイスをお願いしない控え目な樹と、ガリガリ君を二人で買って、沈み始めた太陽を水平線に眺めながら歩いて行く。

 

「そうだ、これどうぞ。樹さんにプレゼントです」

 

「え? プレゼント? ……わぁ、花の刺繍がされたお守りですか」

 

「外側も中身もこだわってるから効果は抜群!

 ……だと思う、多分。調子に乗って六つも作っちゃったよ」

 

 竜児の手の上には、五つのお守りが乗せられていた。

 赤・橙・黄・緑・青・紫の六つのお守り。樹に渡されたのはその中の緑の一つである様子。

 お守りの作りは知識十分な竜児らしくしっかりとしたもので、それでいてお守りの右下隅っこあたりに、竜児の手による花の刺繍が施されていた。

 

 樹も女の子なので、この六色を並べて見せられれば、察するところがある。

 

「虹色ですか? それなら一つ色が足りないような」

 

「虹の六色だよ」

 

「あれ、虹は七色で……」

 

「虹の色の数って各地域によって違うんだよ。

 ただ、『七』って数字が美しいから七色ってことにしてる地域は多いね」

 

「そうなんですか?」

 

「メジャーな地域でカウントすると、虹の色は二から八。

 例えば一例だけど、沖縄だと虹は赤と黒の二色、もしくは赤と青の二色とされる。

 いや流石に沖縄のこれは知らない人が見たら凄くびっくりすると思うけど」

 

「はえー……」

 

「虹の色ってのは、科学ではなく文化が決めるっていうのが定説だ。

 人間の目が虹を何色に見るか、じゃない。

 虹を見た人間の心や精神性が、虹を何に見たかが重要ってことだね」

 

「虹がどう見えるかじゃなく、人が虹をどう見たか、ですか」

 

「そ。だからこの虹の六色と花のお守り、受け取ってほしい。きっと樹さんを守ってくれる」

 

 樹は多くを知らない。

 竜児という個人の心を知っていても、大赦であること、巨人であることは知らない。

 ゆえに、美しさの象徴である虹を模したそれに花の象形をあしらったそれが、『勇者としての自分』に対する最大のエールと、最大の応援であることに、気付いていなかった。

 

 適当な花とは言ったが、お守りに縫われた花の象形は原型が分からないほどに弄くられているだけで、ちゃんとモデルが有る。

 お守りに縫われた花の刺繍は『マリーゴールド』。

 花言葉は、

 『絶望』。

 『悲しみ』。

 『別れ』。

 『信じる心』。

 『信頼』。

 『友情』。

 『健康』。

 『悪を挫く』。

 『命の輝き』。

 『変わらぬ愛』。

 『どうか生きて』。

 

 そして、『勇者』。マリーゴールドは、勇者の花なのだ。

 

 今の竜児が勇者に対して抱いている思い、勇者の未来に待つであろうもの、そして勇者達がどうなって欲しいのか。その全てが、このマリーゴールドの刺繍に込められていた。

 

「僕、転校するんだ」

 

「……え」

 

「九月には讃州中学からいなくなってると思う」

 

「う、嘘ですよね? そんな、急に……」

 

「急じゃない。……言えなかったんだ。

 ここまで言うのを躊躇ってた、僕の情けなさが原因。そのお守りは、そのお詫びでもある」

 

 緑のお守りは、樹の手に握られている。

 

「樹さんの夢、僕はいつも応援してるから。

 僕の姿が見えなくても、僕がどこかで樹さんの夢を応援してること、信じていてほしい」

 

 行かないで、と樹は言おうとした。

 けれど、言えなかった。

 そう言えるだけの関係性が、二人の間には無かった。

 そう言う筋合いが、樹には無かった。

 止められる理由など、どこにも無かった。

 ただでさえ引っ込み思案な樹は、"先輩が居なくなったら少し寂しいから"というだけの理由で、止めようとする言葉など言えない。

 

 二人の関係は『他人に近い学校の先輩と後輩』で、それ以上でも以下でもなく、だからこそ何も言えないことが、この別れが、物悲しかった。

 

 

 

 

 

 そんな話の流れを、翌日の朝、竜児は風に白状させられていた。

 

「……とまあ、そんな感じです。

 犬吠埼先輩の愛する妹さんに、このお守りを渡した時の話は」

 

「樹はきゃわゆいわねぇ……どう?

 ちょっとドキドキしたりしなかった? 樹は可愛いでしょ?」

 

「タチの悪いカプ厨のような妄想は謹んでいただきたい」

 

「あんたお別れに来たっていうのに、遠慮なく切れ味あるセリフ吐いて来るわね……」

 

「本音を言うと、犬吠埼先輩とだってお別れするのは悲しいですよ。

 なのになんで積極的におふざけに走るんですか。魂が芸人なんですか」

 

「魂が芸人なのは、勇者部では東郷だけよ?」

 

「それもそうですね」

 

 風のお陰で助かった。

 別れが、重くなりすぎずに済む。

 責任感や義務感でこういった振る舞いを行えるのも、風の一側面だ。

 なので彼女がリーダーをやっている集団は、彼女が意識的に作るやや能天気で明るいこの雰囲気に飲まれて、いい感じに日常を過ごしていける。

 

 樹にも、友奈にも、東郷にも、夏凜にも無いこの力。

 自分から積極的にその場の空気を作っていき、その空気を維持していくこの力。

 "風の雰囲気作りの力"は、別れを悲しく辛いものにせず、どこか明るく楽しそうなものへと変えてくれていた。

 彼女と話していると、別れが悲劇ではなく、再会の喜びのためにあるような気がしてくるから、不思議なものである。

 

「どうぞ、これが犬吠埼先輩の分です」

 

「ん、ありがとネ。黄色? へー、いい感じの色じゃない」

 

「色々店回って、良さそうな生地を探してきたので」

 

「……凝り性の気配がするわ」

 

 樹が緑、風が黄。

 竜児は気付いていないが、風は竜児の大赦関連の事情は大体把握している。

 この転校の理由も、大赦絡みだろうと推察している。

 風は色のチョイスの理由を理解した。

 これは勇者としての姿に合わせているのだろう、と。

 また、贈った相手の好感度を稼ぐ『アクセサリー』ではなく、贈った相手の無事を祈る『お守り』であったことにも、風は何か感じるものがあったようだ。

 

 後輩の一見して分かり辛い想いに、にんまりしている。

 

「携帯電話、よこしなさい」

 

「先輩、最後の別れ際にカツアゲですか……?」

 

「そういうのじゃないから! 本当は分かってるでしょ君は!」

 

「はい、分かってます。……ありがとうございます、先輩」

 

「ったくもう、頭の回転早くて、ちょっと照れ屋な後輩持つと苦労するわ」

 

 一見、後輩が冗談を言って、先輩が振り回されているように見える。

 だがその実、ノリの良い先輩が後輩の振りにノッてあげているだけで、後輩が先輩に甘えている関係性がここにある。

 風は竜児が先輩を見下してからかっているのではなく、先輩と別れる寂しさから構って欲しがっているというこの流れを、実に的確に理解していた。

 理解した上で、包容力を見せているのだ。

 

「はい、あたしの番号とアドレス。

 あと何ヶ月かはうちの部にいるから、何か困ったらいつでも連絡なさい」

 

「先輩……」

 

「本当にどうしようもなくなった時、先輩って時々大人以上に頼りになるものだから」

 

 竜児は"もしかして先輩、気付いていますか"と言おうとした。

 だが、確かめるのが怖かった。

 なので先の時の樹のように、言いたい言葉を飲み込んでしまう。

 風は何もかも知っているかのような顔で、ニッと笑った。

 いつも、彼女が自分で作ったこの部活で、人助けをしている時のような笑顔で。

 

「勇者部は校外の人間も助けるのよ?

 この学校じゃないところにあなたが行っても、頼りなさい。

 あなたはあなたらしく、好きなように生きなさい。

 困った時は、風のよーに素早く駆けつけて助けてあげるからネ!」

 

 罪悪感や境遇に共感を持つ二人は、ここでこの関係が終わることを、寂しく思った。

 そして、同時にこう思う。

 "ここで別れても、何も変わらず、守っていこう"と。

 二人は勇者部の結成と部員の勇者化に責任感と罪悪感を覚えており、誰ひとりとして取り返しのつかないことにはしたくないと、そう想う気持ちがあったから。

 

「犬吠埼先輩。体に気を付けて下さい。

 先輩の元気を奪えるのは、多分病気だけですから」

 

「あははっ、それじゃあ竜児君のこのお守りに期待しておくわ」

 

 後輩の新しい門出には、気持ちよく送り出してやるのが先輩の役目だと、風だけは、そう思っていた。

 

 ……心残りがないと言えば、きっと嘘になるけども。

 

 

 

 

 

 竜児は一人一人に別れを告げていく。

 風に別れを告げた後は、東郷のために東郷専用のジープ型車椅子の片付けを手伝っていた。

 

「そう……そうなの。転校してしまうのね」

 

 東郷が悲しそうな顔をする。

 樹や風と違うのは、言いたいけれど言えない言葉があるという風でもなく、こうあるべきと自分に定めている風でもなく、自然体で別れを悲しんでいるというところか。

 

 少年の胸が痛む。

 こういう顔をさせるくらいなら親しくならなかった方がよかった、という気持ちと、その気持ちを否定する気持ちがせめぎ合う。

 それでも、出会えたことと仲良くなれたことは否定したくないという感情が、竜児の胸の中にはあった。

 

 東郷が敬礼し、竜児が反射的に敬礼を返す。

 あの日の猛特訓の結果、竜児の肉体は東郷に調教・開発されきっていた。

 敬礼されれば疑問も持たず自然と敬礼を返してしまう。

 

「我らは同じ国の上に立ち、同じ空の下にいます。

 たとえ遠く離れたとしても、あなたが生き方を間違えるとは思いません」

 

「はっ」

 

「あなたは立派な日本男児。そのことに疑いを持つ余地はありません」

 

「光栄です!」

 

「あなたの行く末に疑いはなく、心配もなく、不安もありません」

 

 少し、寂しいと思う気持ちはあるけれど。

 

「だから笑って、見送ろうと思います。どうか健やかに、憂国の士よ」

 

「……うん、東郷さん」

 

 竜児は東郷の車椅子を押して、ゆっくりと歩いていく。

 

「人間って、誰でも頭の中にタイムマシンを持ってるんだ。

 東郷さんは僕の知り合いの中だと、そのタイムマシンの性能がとびっきりに高い」

 

「タイムマシン?」

 

「人間だけが持ってて、他の地球生物は持ってないタイムマシン。

 資料を読んで過去を想えば、その時代を瞼の裏に見て、心がその時代に行くのさ」

 

 昔を想えば昔が見える。

 本を読めば昔の人の言葉が聞こえる。

 過去の誰かが抱いた想いが、瞳を閉じれば頭の中に蘇る。

 

「ありがとう、東郷さん。

 昔の日本の話とか、あんなにも楽しく話せたのは、東郷さんだけだった。

 僕とタイムマシンの速度が合っていたのは、多分あの学校で東郷さんだけだったんだ」

 

 300年と570km離れた遠い場所、21世紀の東京の話。

 376年と4600km離れた遠い場所、ミッドウェー海戦の話。

 718年と280km離れた遠い場所、関ヶ原の戦いのニッチな小話。

 

 二人は『これが好き』という部分が、どうしても合わなかったけれども。

 頭の中のタイムマシンの性能だけは、とても似通っていた。

 この学校において、同じノリで話せる友人が、他に誰もいないと言い切れるほどに。

 

 東郷は体を傾け、車椅子を押してくれている竜児に振り向き、柔らかく微笑んだ。

 

「素敵な表現」

 

 竜児が転校でどこかへ行ってしまっても、きっとタイムマシンで想い出の中に会いに行ける……『別れ』にそう思えることが素敵なのだと、東郷は思った。

 それは、彼女が記憶喪失の身の上だから、というのもあるのかもしれない。

 この想い出は消えないと、いつでもタイムマシンで見に行けると、そんな確信があった。

 

「熊谷君。

 心細くなった時は、頭の中のタイムマシンで私に会いに来るように。

 修行の時、言うべきことは言いました。

 あなたの中の想い出の私が、辛い時のあなたをきっと支えてくれると思うわ」

 

「うん。また、いつかどこかで会おう」

 

 東郷の手の中には、見るだけで過去の想い出の中に行ける、最新型のタイムマシンがあった。

 

 竜児がくれた青いお守りという、最新型のタイムマシンがあった。

 

 

 

 

 

 そして、タイムマシンなんていう用途では使いそうにない夏凜が、竜児の部屋で赤いお守りを手の中で転がしていた。

 竜児はそんな夏凜に昼飯を作ってやっている。

 

「ちゃんとお別れしてきた、ってことね」

 

「うん」

 

「悲しかった?」

 

「うん」

 

「言いたいことは言えた?」

 

「うん」

 

「また会いたいと思う?」

 

「……うん」

 

「そんなに強く想えるなら、高校の進学先とか合わせればいいじゃない」

 

「僕は高校には多分行かないよ。

 中学もこの後全期間行くかも分からない。

 多分学校抜けたら後はずっと大赦の仕事してるから」

 

「……そう」

 

 夏凜は何も言わなかった。

 肯定も否定もしなかった。

 なるようにしかならないし、竜児は変われる時にしか変われない奴であることを知っていた。

 夏凜もまた大赦でずっと修行ばかりをしていた人間で、学校の良さというものを初めて実感したのが讃州中学であるため、進学というものを重く見ていないという理由もある。

 

「どうぞ、『豚しゃぶの西京みそだれうどん』です」

 

「いただきます」

 

 夏凜の好みの煮干し風味に寄せられた少量のスープ。

 その上にデデンと乗せられたうどんの山。

 その上にドドンと乗せられた豚しゃぶの山。

 豚しゃぶの中には十分に味の染みたしめじと白菜が混ぜられている。

 かけられた味噌ダレのほのかな甘い香りと、振りかけられたゴマとネギの風味がたまらない。

 

 スープのコクと旨味、甘めに仕上げられた味噌ダレがうどんによく合う。

 モリモリという効果音を出しながら食べたくなる味だ。

 特に豚しゃぶと味噌ダレの相性がいい。

 胡麻味噌ダレが元より豚しゃぶにつけるものとして人気であるためか、うどんそっちのけでネギと一緒に豚しゃぶだけ食べていきたくなってしまう。

 事実、しめじ白菜と豚しゃぶを一緒に口に運ぶだけで、十分すぎるほどに美味い。

 

 そして美味い肉なら、当然炭水化物と組み合わせれば倍美味い。

 うどんとの相性は最高だった。

 

「……」

 

 夏凜がパクパクうどんを食べている横で、竜児はまだ渡していないお守りを見つめる。

 

 残るお守りはあと二つ。

 一つは竜児自身の分で、もう一つが友奈の分なのだろう。

 お守りを見つめる竜児の目には、隠しきれない寂しさがあった。

 夏凜はアホを見る目で竜児を見て、溜め息を吐く。

 

「大丈夫よ、私との付き合いまで切れることはないから。

 つかこの腐れ縁、いつから続いてると思ってんの。そうそう終わらないわよ、こんなの」

 

 『熊谷竜児』個人としての繋がりが、五人の勇者全員と切れてしまうのと、四人と切れて一人残るのでは、まるで違う。

 全てが失われる悲しみと絶望と、目に見える大きな希望が一つでも残ってくれている悲しみと絶望とでは、絶対的に本質が違うのと同じだ。

 一つ、何か大きなものが残れば、それだけで救われた気持ちになる。

 

 別れの悲しみが、夏凜にぶん殴られて吹っ飛んで行った、そんな気がした。

 

「ま、今後ともよろしく」

 

「うん、こんごともよろしく」

 

 自分がひとりぼっちにならないという確信は、得ようとしても得られないもの。

 得難い宝物だ。

 宝物は大事にしないと罰が当たるよな、と竜児は心中にて自分に言い聞かせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児には、彼女らに別れを告げることを決めた。

 そう決めたのには、きっかけがあった。

 言うまでもない。

 友奈を通して、兄の生存と来訪を知ったからだ。

 それが、きっかけになってくれた。

 

 友奈は竜児にあの兄の存在を隠したかった。

 だが、隠すわけにもいかなかった。

 両者が再会を望んでいる以上会わせないという選択はなく、兄弟の再会を邪魔したとしても、あの兄は必ずどこかで竜児と会ってしまうだろう。

 友奈にできることは、あまり多くはなかった。

 

 竜児は友奈を通して、"この日この時間にここに来い"という兄の伝言を受け取り、友奈以外にはお守りを渡した上で、待ち合わせ場所の喫茶店にいる。

 

(僕の兄……兄さんか)

 

 竜児の胸に満ちているものは、たったひとつ。

 "希望"。それだけだ。嬉しさや興奮さえもが、全て希望に塗り潰されていた。

 そのくらいに大きな希望が、彼の内側に満ちていた。

 

(へへへ、このタイミングで兄さん出現とか。

 なんかすげーや。

 皆に別れの言葉を言えなかった僕の背中を、押してもらえた気がする。

 漫画みたいに、いいタイミングで来てくれる家族ってのは、いるもんなんだな)

 

 そして。

 

「で、友奈何やってんの」

 

「!?」

 

 座席の陰で見えない角度に居たはずの友奈に声をかけた。

 竜児は「お見通しだぜ」と言わんばかりのすまし顔をしていた竜児だが、座席の陰から分厚い真っ黒グラサンとマスクで顔を隠した友奈が出て来ると、そのあまりの異様にぎょっとした。

 

「ホントに何やってんの!?」

 

「リュウくんが心配で……」

 

「僕は往来で友奈が補導されないかどうかが心配だ」

 

「ご心配おかけします……」

 

「あ、僕の方こそ、余計な心配かけて申し訳ねっす」

 

 二人は軽く頭を下げた。

 グラサンとマスクが除外され、友奈が竜児の向かいに座る。

 

「リュウくん最近エスパーに目覚めたりしてない? なんで私がいるの分かるかなぁ」

 

「いや、店員さんがおしぼりとお冷置いてった時に

 『ありがとうございます!』ってちゃんとお礼言ってたから、その声で」

 

「あ」

 

 そういうお礼を言わずにはいられないのが、友奈らしい良さと言うべきか、友奈らしい欠点なのだというべきか。

 尾行中にやっちゃうことではない。

 ただ、竜児からすれば、ここで友奈と会えたのは望外の幸運であると言えた。

 

「ここで会えて良かった。なんか、連絡しようとしても繋がらなかったから」

 

「それは……その……」

 

「九月で僕らもお別れだ。友奈の日々の無事を祈って、はい、僕の手作りお守り」

 

 そう言って、竜児は友奈に花の刺繍をあしらったお守りを手渡した。

 夏凜には赤。東郷には青。風には黄。樹には緑。

 そして、友奈には橙。

 

「赤、橙、黄、緑、青、紫で虹の六色で作っちゃったからさ。

 友奈には桜色の方が良かったんだろうけど……途中で、これもぴったりな気がして」

 

「なぜに?」

 

「橙桜っていうオレンジの桜を絵や刺繍で表すものがあったの思い出してさ」

 

「なるほど」

 

「それにほら、橙はメビウスの光の色でもあるから。

 光のイメージがあるのはやっぱ友奈なんだよ、僕の中ではさ」

 

「!」

 

 メビウスの光のようなそれを、竜児は祈るように渡していた。

 このお守りが、軽い気持ちで渡されたなら良かった。

 けれど、そうでないと分かったから、友奈は強く『別れ』を意識してしまう。

 もう戦いの場でしか会うことはないのかもしれない、と思うと、友奈の胸にもほのかな寂しさが生まれて膨らんでいく。

 

「……本当に、転校しちゃうの?」

 

「うん」

 

 竜児も寂しそうにするもんだから、友奈も余計に寂しくなってきてしまった。

 少年は苦笑して、友奈に向けて拳を突き出す。

 

 あの日あの時あの夢の中で、巨人と文字通りに肩を並べて、一緒に拳を振り上げた時のことを、友奈は思い出す。

 あの時突き出した拳を思い出しながら、友奈は拳の先をコツンとぶつけた。

 拳と拳が軽く触れ合う、ウルトラタッチ。

 それは、"戦いの場ではまだずっと一緒だ"という無言の意思表示でもあった。

 

「大丈夫」

 

 死んだ二人の友達を思い出しながら。

 

「遠く離れていても、心はいつも繋がっている。だからこその友達だろ?」

 

 竜児は、自分の信じる"友の形"を口にした。

 

「……うん、そうだよね! 運が良ければ高校で会えるかもしれないし!」

 

「僕と友奈の成績で同じ高校……?」

 

「!?」

 

「……」

 

「リュウくんと同じ高校目指さなくても、受験という不安は、私に襲いかかるっ……!」

 

「……受験前に成績足りなそうだったらこっちに連絡していいよ。

 多分あんまよろしくないことだけど、時々なら勉強教えに行けるから」

 

「お手数おかけします。ごめんなさい。でも、ありがとう!」

 

 何故こう、自分は流されやすいのか。竜児は心の中で自分を罵倒した。

 今日きっちり別れて、大赦の人間として行う以後の行動の全てを、勇者部の皆に影響されないようにしたかったのに。

 これでは仕事と友人の呼び出しのどっちを優先するか、で迷う場面が出て来てしまうかもしれないではないか。

 情に流されて、竜児はまた中途半端な感じになってしまった。

 

 竜児は友奈の表情を見て、今の彼女の感情を読み取ろうとして。

 

「―――」

 

 店の入口を見て固まる友奈と、店の入口に居た自分と似た顔の男を見て、彼女との会話がここまでであること、そしてここから期待していた時間が始まることを実感した。

 

 竜児は喜びを隠しきれずに席を立つ。

 友奈は焦燥を隠しきれずに顔を隠し、角度的に竜児の兄には見えない位置に座り直した。

 

「ど、どうも! え、えっと、お久しぶりってことでいいんでしょうか!」

 

「ん? ……ああ、お前か」

 

 竜児と兄は、適当な席に座った。

 兄は冷たい目で弟を見ている。

 弟は興奮を隠しきれずに、"会ったらこういうことをこういう順番で話そう"と事前に考えていたことが全て頭から吹っ飛んで、頭に浮かぶ言葉を片っ端から口にしていた。

 

「僕、本当の家族が欲しくて。

 兄弟とかで仲良くやっていくのが、子供の頃からの夢で。

 その……嬉しいです! 諦めてた家族が、僕にもいるんだって分かって」

 

 本当に嬉しそうなのが分かる。

 竜児の顔を見ても、声を聞いても、そこは本当の家族を得られた喜びで満ちていた。

 

「あ、あのですね!

 僕は勉強が得意なんです!

 いっぱい勉強したんですよ!

 いつも学年で一番を取ってて、難しいテストでも満点を取ったことがあるんです!」

 

 "勉強できてえらいね"と、血の繋がった家族に褒められたいという気持ちは、竜児の中にずっとあった。ただ、今日まで一度も口にしたことがなかっただけで。

 兄は何も応えず、タバコを吹かし始める。

 

「ああ、話したいこといっぱいあったんですけど。

 ご、ごめんなさい。緊張して全部頭からすっ飛んじゃったみたいです。

 あーなにやってんだ僕、昨日いっぱい考えてたのに……!

 一つ一つ話すので、ちょっと待っててください! ちゃんと話しますから!」

 

 弟は兄に上手く話せず、兄を待たせてしまっていることを謝る。

 兄はそもそも、弟の話を聞いているかも怪しかった。

 

「捨てられたことを恨んでるとか、そういうのはないです!

 だから何か気になさっていたら、気にしなくても大丈夫です!

 周りの人達がとってもよくしてくれたんです。

 特に三好の家の兄妹と、今の学校の友達は、どこを見てもいい思い出ばかりで……」

 

 弟は捨てられたことも全て許し、今の日々が幸せであることを語る。

 兄はそもそも捨てたことに罪悪感を抱いているかさえ怪しく、竜児の幸せを喜ぶ様子を明確に見せていなかった。

 

「……っと、そうだ、名前。

 ごめんなさい、興奮してしまったみたいで。

 まずはお名前を聞くべきでした。

 はは、家族で名前聞くってのも変ですけど。

 僕は今は、熊谷竜児という名前を使っています。兄さんのお名前を聞いてもよろしいですか?」

 

 兄は、淡々と名を名乗る。

 

「『コピーライト』と呼べ」

 

「コピーライト……?」

 

「今のオレは、そう名乗っている」

 

 外見は竜児とそう変わらない。

 竜児が十年経てばそうなるだろう、という容姿。

 なのに男は、コピーライトと名乗った。

 外国なんてもう無い日本だけのこの世界で、外国人のような名を名乗った。

 

「予想以上につまらん奴に育ったな」

 

「え?」

 

「家族への依存心……

 鋼の精神力とは言い難い未熟さ……

 何より、一本筋の通った信念も見えん。

 絶対に曲がらない意志を持たず、情に流されて前言を何度も撤回する男の目だ」

 

 兄はつまらなそうな顔で、タバコの煙を竜児の顔に吹きかける。

 タバコからは縁遠い中学二年生でしか無い竜児は、涙を流してむせこんでしまった。

 

「ごほっ、ごほっ」

 

『……お前っ!!』

 

(メビウス! ここまで黙っててくれてありがとう。

 何も言わないで僕のことを僕に任せてくれてありがとう。

 でも、でも……でも! もうちょっとでいいから、黙ってて……)

 

 竜児の中でメビウスが激怒するが、竜児が抑え込む。

 竜児がメビウスの声を外に出さないようにすれば、その声が外に漏れることはない。

 その怒りが、外へと出力されることもない。

 子供の味方であるメビウスからすれば、この『大人』は、どこかで必ず叱ってやらねばならないと思える醜悪を内包していた。

 

「ついて来い」

 

 兄は結局何も頼まず、喫茶店を出て行った。

 慌てて竜児が自分の分(とこっそり友奈の分)の会計を終わらせて、外に出た兄の後を追った。

 二人はやがて、建物と建物の狭間にある空間、表通りからは見えない空間に辿り着く。

 

「あの、兄さん、ここで何を……」

 

「くだらない時間を使った。お前とこんな風に会話をしようと思ったオレが愚か者だったか」

 

「え―――」

 

「半分でも本物のウルトラマンであるというだけで、期待をしすぎたか」

 

 コピーライトはそこで、竜児を殴った。

 洒落にならない力の込め方で殴った。

 殴られた竜児の頬骨にヒビが入り、歯が抜けて、抜けなかった歯は竜児の頬の内側にザックリと深く食い込み刺さる。

 

「がっ!?」

 

「この星が侵略者に侵略される価値を失ってから、随分と経った。

 他の地球と違って、この星は価値を認められて侵略されているわけじゃない。

 侵略ではなく否定によって、この星は価値と未来を失った。

 灰と変わらぬ星に何の価値がある? 肥料になる分、生ゴミの方がマシだろうさ」

 

「兄さ……ぐっ……星の外の話、まさか……バーテックスの……!?」

 

「その程度でウルトラマン気取りか。笑わせる」

 

 倒れた竜児の胸を、兄の足裏が蹴り込む。

 アバラが変な音を立て、竜児の絶叫が響き渡った。

 

「いいか、この世でただ一つ、ウルトラマンを名乗っちゃいけない生物がいる。『ザコ』だ」

 

「兄、さっ」

 

「ウルトラマンを名乗れば、弱者はその巨躯に必ず期待する。

 名を売りたい悪が集まり、ウルトラマンを狙った悪が街を破壊する。

 いいか? ウルトラマンは、輝ける光の名だ。

 全ての弱者を守り、全ての悪を討てるのでないなら、その名を騙るのは罪だ」

 

 兄は更に深く足を押し込み、竜児の骨と内臓が軋みを上げる。

 

「あ、ぐっ、痛っ、兄さ、やめっ、あああああッ!」

 

「お前はウルトラマンじゃない。その罪、今裁いてやる」

 

 兄に『抵抗』ではなく『懇願』する弟の図。

 

「やめてっ!」

 

 その悪以外の何とも言えない所業を―――こうなるかもと予測し、ずっと竜児を守るべく見張りと尾行を続けていた友奈が、止めに入った。

 

「友、奈……」

 

「リュウくんのお兄さんは、色々知ってるみたいですけど!

 それでも……何かあったとしても、実の弟にこんなことしていいと思ってるんですか!」

 

「……あー、いいんじゃねえの? 知らねえけど」

 

「―――! リュウくんは、リュウくんは、血の繋がった家族を、心の底から本当に……!」

 

 友奈は気持ちと言葉をまとめて噛み潰すように、歯を食いしばる。

 そして、兄から弟を守るように拳を構え、竜児を背にしてそこに立った。

 

「やめっ……友奈っ……」

 

「この拳のせいで、熊谷君に嫌われてもいい。

 でも、熊谷君のお兄さんが、熊谷君をこれ以上傷付けるのは許さない!」

 

「ふーん?」

 

 この兄がこれ以上、弟に暴力沙汰を続けるのなら、彼女は生身でも戦うだろう。

 傷付けてしまうことも、傷付けられることも覚悟で、竜児を守るという覚悟。

 喧嘩を好まない友奈の両手は、誰かを守る時にのみ拳として握られる。

 強さと優しさを握りしめた、他者を理不尽に傷付ける力のみを倒す拳だった。

 

 コピーライトは竜児を守る友奈の姿を見て、はぁ……と、とても深い溜め息を吐いた。

 

「そいつはウルトラマン失格だ。

 じゃあ、その無能な愚弟はなんだ?」

 

「人間で、ウルトラマンだ!」

 

「……こりゃあ、思った以上に勇者とやらも節穴で無能だったか」

 

 この兄が思った通りに、勇者達には見えていないものがある。

 この兄が思った以上に、勇者達には見えているものがある。

 例えば、別れの挨拶の時に、"まだもう少し話すことがあるんじゃないか"という気持ちは、勇者部の皆に共通する気持ちであった。

 

 彼女らは竜児を探していた。もう一度、何かを話すために。

 そこに飛んで来た友奈からの救援を求める緊急連絡、そして竜児の窮地というメッセージ。

 友奈を除いた四人が集まって竜児を探していたのもあって、四人はあっという間にこの建物の狭間の空間へと辿り着いていた。

 

「友奈! メール見て来たけど、この状況何!?」

 

「その人、リュウくんのお兄さんです、風先輩! ……とっても、悪い人だと思います!」

 

 風は一瞬耳を疑い、一瞬で友奈の言葉を信じることを決め、男を睨みポケットの中の端末に触れた。勇者アプリが、起動直前の状態になる。

 友(・)奈(・)が(・)悪(・)い(・)人(・)だ(・)と(・)言(・)い(・)切(・)る(・)人(・)間(・)?

 その時点で、勇者部の誰もが、コピーライトと名乗った男を最大限に警戒していた。

 しかも、竜児の家族だという前提で、友奈がそう言い切れる人間?

 そんな最悪な人間、探したって滅多に見つからないはずだ。

 他人の心の機微に敏い友奈が、この男の内側に微かに見たものは、何なのか。

 

「そいつは、人間でもウルトラマンでもない」

 

 コピーライトは竜児を指差す。

 

「残りの寿命も半年と残ってない、耐用年数も尽きかけの、失敗作の失敗作」

 

「……え」

 

 全ての真実を語る。

 

「オレと同じ、ウルトラマンジードになれずに捨てられた、試験管の失敗作だ」

 

 彼が明かした真実は、全ての前提を引っくり返すものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔々、あるところに。

 光の巨人ウルトラマンが住まう光の国、ウルトラの星がありました。

 善良なウルトラの一族は警察すら必要としない文化を作り上げましたが、その歴史の中でただ一人、悪に堕ちてしまったウルトラマンが存在しました。

 闇に堕ちたその男の名は、ベリアル。

 これより何万年もの時の間、光の国と敵対し続けた黒きウルトラマンにございます。

 

 ベリアルは無数のウルトラマンと敵対しても滅ぼされず、時に勝利し、時にウルトラの星を壊滅状態にまで追い込み、常に光の陣営と敵対する者として在りました。

 そして、最後の戦いにおいて……総力を挙げて立ち向かってきた宇宙警備隊を蹴散らしてみせました。

 ウルトラマン達が大切に思う地球を全焼させ、地球人を皆殺しにし、『超時空消滅爆弾』にて宇宙ごと全てを粉砕したのです。

 全ては消滅した、かに見えました。

 

 ウルトラマンキングの自己犠牲により、宇宙も地球も地球人も皆元に戻りましたが、ベリアルも超時空消滅爆弾の威力に肉体を失ってしまいました。

 さて、困ったのはベリアルとその部下です。

 そこで彼らは一計を案じました。

 ウルトラマンの力を強化するウルトラカプセルの力を利用することを思いついたのです。

 カプセルのエネルギーで黒き王を復活させよう、と彼らは考えました。

 

 しかし、ウルトラカプセルの収集には光のウルトラマンが必要でした。

 カプセルは、そういう仕様になっていたのです。

 なので、ベリアルの部下はベリアルの遺伝子を使い、都合よくコントロールできる『ウルトラマンの模造品』を一体、実験室で作成することにしました。

 彼らが作ったウルトラマンの模造品は彼らの誘導した通りに動きました。

 自分一人では変身もできない、ウルトラカプセルを使わないと巨人にもなれない、理想的なニセウルトラマンとなりました。

 そのウルトラマンを、コピーライトはウルトラマンジードと呼んでいます。

 

 ジードを完成させるまで、幾度となく実験が行われました。

 上手く成長しなかった失敗作ジードは、まだ生きていてもゴミと一緒に捨てられました。

 あまり安定しなかった失敗作ジードは、いざという時の使い捨ての駒として保管されました。

 何らかの分野で想定以上に優秀だった試作ジードも、求められた仕事ができないのであれば廃棄されました。

 1の成功の陰には、99の廃棄があり。

 1の理想の影には、999の廃棄がありました。

 失敗したものは、捨てられ、保管され、生物として扱われることもありませんでした。

 

 上手く逃げ出したジード失敗作・コピーライトは、宇宙の片隅でドブネズミをかじり、泥をすすり、不安定な体がグズグズに崩れていく中、元ベリアル軍だったという罪悪感まみれの研究者から不思議な話を耳にします。

 曰く、自分と同じ製法で作られた『失敗作の失敗作』が居るというのです。

 

 失敗作にすらなれなかった失敗作とは何か?

 ベリアルの遺伝子から作った、普段は地球人にしか見えない『ウルトラマンの模造品』が、完成品のジードです。

 失敗作の多くは、地球人のような姿にもなれないくせに、ウルトラカプセルを与えないとウルトラマンとしての姿をロクに維持できないという、不安定の極みのようなものでした。

 ですが、失敗作の失敗作は違います。

 こちらは逆に、地球人の形にも巨人の形にもなれなかったのです。

 人間の胎児ほどのサイズで、失敗作の失敗作は止まってしまいました。

 

 ベリアルの遺伝子を使って作った人工生命が、どうやっても巨人になれない?

 そんなもの、致命的な欠陥がある生命に決まっているじゃありませんか。

 失敗作の失敗作は『ここまでの欠陥品が生まれるのは珍しい』と逆方向の興味を持たれ、一時保存されることになりました。

 はてさて、その果てに気まぐれを起こされ、失敗作の失敗作は調整されることになりました。

 ある研究者が、こう言ったのです。

 

「ベリアル様、回復用の人間体などご入り用ではありませんか?」

 

 ウルトラマンは、死にかけの人間に融合して命を共有することがあります。

 その逆で、弱りきったウルトラマンが人間と融合して、傷を癒す時間を得ようとすることもございます。

 ベリアルの部下は、ベリアルに提案しました。

 『人間と融合して傷を癒やす手段も考えましょう』と。

 『そのための専用の人間体を作ってみましょう』と。

 『巨人を回復させるためだけの人造人間を作ってみましょう』と。

 

 そして、地球人の体にベリアルを入れることを想定しつつ、別のベリアルの部下が作っていたジードの失敗作をリサイクルすることが考えられました。

 ゴミのリサイクルでございます。

 ベリアルと同じ肉で人間を作れば、親和性も高くなりましょう。

 無価値ゆえにこの実験の素材として選ばれたのが、失敗作の失敗作……すなわち、熊谷竜児その人でした。

 

 さて、後に竜児と呼ばれるこのゴミですが。

 このままだと人間の形にも、巨人の形にもなりません。

 当然ベリアルの器としても使えません。

 そこでベリアルの部下は、人間の皮を作りました。

 そしてジード失敗作の肉をミンチにし、皮の中に詰め込み、ゴミ箱から拾った素材を削って骨として埋め込みました。

 しまいには、頭の骨の中に失敗作の失敗作を埋め込み完成。

 誰も動くとは思っていませんでした。

 動きました。

 動いてしまいました。

 失敗作の失敗作は、魂の底からこう願っていたのです。

 

『死にたくない』

 

 声を発する喉もなく。動かせる手もなく、足もなく。

 止まりそうな心臓を必死に意志で動かして、頭の中で死にたくない、死にたくないと叫んでいました。

 

『まだ何もしてないのに、死にたくない』

 

 意志が皮の内に詰められた屍肉を動かし、適当に埋め込まれた骨を繋げ、腐食した体液を血液に変えていきました。

 まだゴミでしかない竜児は、そうして一つの命として生き足掻いたのです。

 

「失敗作の失敗作が、こうまで転じるとはな」

 

 ベリアルの部下は、こう言います。

 

「ウルトラマンの肉詰め。いや、屍肉詰めか? ゴミからでも面白いものが作れるのだな」

 

「捨てられた紙で折り紙を作るようなものですよ」

 

「よし、地球人にもウルトラマンにも、どう検査されようがバレないように偽装するぞ」

 

 その後、何度も何度もメスを入れ、整形して。

 地球の技術ではどう調査しても人間としか思えない肉体に調整し。

 精神部分に余計なものが残っていると邪魔なので、全てをリセットして。

 後にベリアルを入れるため、肉体構造と精神構造は大抵のものは受け入れられる調整にし。

 同化したウルトラマンを回復させ、強化させるよう、後付けの内臓を埋め込みました。

 

 そして起こるは、コピーライトの脱走事件。

 コピーライトの脱走で、ゴミから作った"試作型ベリアル用地球人ボディ"たる竜児も宇宙に投げ出され、冷凍保存されたまま宇宙を漂うことになりました。

 そして、研究者の話を聞いた彼の手で興味本位に回収され、後に地球の片隅に捨てられ、大赦に拾われ……今の名前と役割を、与えられました。

 作成時の肉体は約五歳相当。

 設定された耐久年数は最大十年。

 自分の残り寿命も知らぬまま、無駄なことに残り少ない人生を使い、ベリアル受容がために無色へ染められた精神は雑多な色に塗りたくられ、肉体はゆるやかな『腐敗』を始めました。

 

 肉詰めはいつか腐るもの。

 屍肉詰めならなおさらに。

 まともな素材で丁寧に作ったものならば、直せましょう。

 人から生まれた人ならば、治りましょう。

 けれどゴミで作った肉詰めに、修理法など用意されているわけもありません。

 

 コピーライトは十年後、『憐れな弟』を迎えに行くことを決めました。

 

 それが自分の力を増大させてくれると覚えていたから。

 それが失敗作である自分の崩れた肉体を癒やしてくれると知ったから。

 それがなければ自分もあと一年は生きられないと自覚したから。

 それが余りにも憐れだったから。

 憐れなゴミを見下して……この真実を知ったその時、弟がどんな顔をするか、見たかったから。

 

 天の神に会い、その力を借りました。

 天の神の使徒、バーテックスに知恵と力と戦略を貸しました。

 そうして今、竜児とメビウスの全てを見極め、彼は地球に降りたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『饅頭』とは、中国における"生贄の代替"。

 "人柱の代わりに捧げられるもの"である。

 川の氾濫、ひいては自然の怒りを鎮めるため、人身御供として生きた人間の首を切り落として川に沈める風習が、かつて存在した。

 それをやめさせるため、人の頭の代わりに小麦粉で作った皮に肉を詰めて川に沈めたところ、川の氾濫がなくなったという。

 それ以来、人の頭の代わりにこれが用いられるようになったそうな。

 

 これが『饅頭』。

 食べられるものという意味の饅と、人の頭という意味の頭。

 ゆえに、"食べられる人の頭の代わり"という意味で饅頭。

 

 『人を模した肉詰め』とは、すなわち『人柱の代替』である。

 熊谷竜児は、その誕生の瞬間から全てを運命と奇縁の上に乗せられていた。

 人を模した巨人の肉詰めとして生まれた瞬間に、運命の手は彼を選んでいた。

 勇者が、"世界のための人柱"なら。

 彼のその身は、ことごとくが"人柱の代わりに捧げられるもの"として運命付けられている。

 

 生贄の代わりに生贄となれ。

 人柱の代わりに悲しめ。

 肉詰めとして、人身御供の代わりとなれ。

 神々と人柱の在るこの時代に、肉詰めとしてそう在るのなら。

 

 

 

 

 

 竜児がジードの失敗作?

 なんとおこがましい。そんないいものであるものか。

 失敗作とは、目指したものに届かなかったものだ。

 

 竜児という存在は、目指したものに届かなかった失敗作の生ゴミを、他の目的のためにリサイクルして作り上げた一品に過ぎない。

 ただの、屍肉の肉詰めだ。

 研究者達は、地球で地球人と融合し、これまでの自分に無い力を身に着けたウルトラ兄弟にこそ注目し、それを模倣した。

 だからこそ、ウルトラ兄弟であるメビウスと竜児の肉体の相性は実は極めて良い。

 

 されど、ウルトラマン達は強くなるために地球人と同化したのではない。

 助けるため、あるいは守るために、地球人と同化してきたのだ。

 最初から強化と回復だけが目的? ベリアルを回復させるためだけの人間の器? ベリアルに同化されるためだけに作られた人間?

 なんだ、その逆転は。

 本末転倒を通り越して、邪悪にもほどがあるだろう。

 熊谷竜児は、そこに存在し続けているだけで、ウルトラマンへの侮辱となる。

 

 言うなれば、ベリアルの餌。

 邪悪なウルトラマンのために作られたブースター。

 竜児は悪のウルトラマンの糧となって初めて、成功作となれる存在なのだ。

 ……けれど、別に、居ても居なくてもそう変わりなく。

 竜児が居なかったところで、ベリアルは適当な地球人を捕まえて同化するだけだろう。

 熊谷竜児の存在の重みなど、その程度のものだ。

 

 だってそうだろう。

 竜児は捨てられた生ゴミから作られた試作品なのだから。

 ベリアルのために本気で人間の器を作るなら、誰だってもっといい素材を使うに決まってる。

 

 捨てられた生ゴミから作られた試作品が、宇宙に捨てられコピーライトに拾われて、また地球に捨てられて、利用価値を認められてまた拾われることとなった。

 ただ、それだけの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児は失敗作の失敗作。

 コピーライトは失敗作。

 ジードのみが成功作。

 

 竜児は屍肉を詰めた肉体を動かしているだけであり、コピーライトは天の神の助力を得て初めてこの姿を保てるのであり、竜児を同化吸収しなければ長生きすることもできない。

 竜児も兄も、どちらもウルトラマンであるとは言えない。人間からも程遠い。

 

 ゆえに彼はこう名乗る。

 Copy Right、すなわち著作権(コピーライト)。

 Copy Light、すなわち光の複製品(コピーライト)。

 己の名に皮肉を込めて、コピーライトは呪うように絶望を生きる。

 

 呆然とする竜児、竜児の正体を知り愕然とする勇者達の前で、コピーライトは言葉を続けた。

 

「お前の前に現れた兄は、オレが最初じゃない」

 

 コピーライトよりも先に現れた兄?

 先に現れていたウルトラマン?

 そう言われて竜児は―――怪(・)獣(・)の(・)カ(・)ラ(・)ー(・)タ(・)イ(・)マ(・)ー(・)のことを、何故か、思い出した。

 

「フュージョンライズした姿は見ただろ?

 特徴的なカラータイマーも見ただろ?

 お前がまともなウルトラマンなら、タイマーの形が同じだから気付いてたかもな。

 ほとんど発達してなかったが、奴らにはオレ達とどこかが似た性格も発現してたはずだ」

 

 兄が欲しいと、竜児はいつも言っていた。

 

「だがまさか、お前が実兄を六人も軽々と殺しちまうとはな。少し驚いた」

 

 家族が欲しいと、竜児はいつも言っていた。

 

「多少は手強かっただろ。融合昇華体の基本設定はオレがしてたんだ」

 

 血の繋がった人が家で迎えてくれたらな、と竜児は言っていた。

 

「ライザーは天の神の保有物だったから、使えたのはラッキーだった。

 お前が殺した六体のバーテックスはオレと同じ失敗作のジード。お前の兄だ。

 お前がまだ殺していない六体のバーテックスも、同じくお前の兄。

 まともに精神の芽生えすらしてなかった、お前よりマシ程度な出来の、お前の兄だ」

 

 家族を。兄を。血の繋がった、六人の兄を。

 熊谷竜児は……何も知らずに、その手で殺した。

 竜児の膝が折れる。

 

「……ん? お前まさか、血の繋がった兄を六人殺した程度で、うろたえてんのか?」

 

 全てが真実だった。

 竜児には分かる。分かってしまう。

 自分が今まで、何を殺していたのかを。

 そして、大赦の教えが『世界を守るために必要な犠牲だ』と彼の精神を立て直そうとし……その思考を、『家族だぞ』『ふざけるな』という全否定が切り捨てる。

 

 それが、彼の心の芯の部分を決定的に壊してしまった。

 熊谷竜児は、"世界のためだった"なんて理由で、血の繋がった兄を殺した自分を許せない。

 

「気にするな。

 お前は今日、オレの寿命を伸ばすためにオレに吸収されて死ぬ。

 そうでなくてもどうせあと半年は生きられん。内臓が腐り始めてただろ?」

 

 竜児の脳裏に、竜児自身による自分の内臓への感想が蘇る。

 

■■■■■■■■

 

(僕の内臓、色悪いな……人間の一部だなんてとても思えない……)

 

■■■■■■■■

 

「初めて自分の中身を見たんだ。

 自分の心臓があんなに醜いなんて、思ってもみなかった。

 なんかさ、自分の心の醜さを直視させられたみたいな気分になったんだ」

 

■■■■■■■■

 

 そう、ブラキウム・ザ・ワンの攻撃で内臓が飛び出した時、彼はそう思ったのだ。

 本(・)で(・)見(・)た(・)人(・)間(・)の(・)内(・)臓(・)よ(・)り(・)も(・)ず(・)っ(・)と(・)醜(・)い(・)な(・)と。

 その感想は正しかった。それは、人間の内臓の色ではなかったのだから。

 

「ウルトラマンと同化した者でも。

 人間に化けたウルトラマンでも。

 そこまでの再生能力を、常時有している者なんていない。

 傷と命が瞬時に治るのなんて、融合した最初の一回だけだろう」

 

 竜児はベリアルの回復と強化のために作られた、巨人の肉の人造人間。

 ただし、試作品である。

 お陰で人の竜児も巨人のメビウスも追い詰められた後に強くしぶとく戦えるが、結局のところ目立って発動する性質は、"死に損ないやすい"という性質のみである。

 

「でもまあ、永遠に腐らないものなんてない。

 しかも腐り始めたものが腐り落ちるのは一瞬だ。

 ウルトラマン基準の一瞬だから、何ヶ月かは保つんだろうな。

 だがその再生能力も不安定に、かつ弱くなってきただろ? その内致命傷は治せなくなる」

 

 竜児の体は動かないのに、息だけが過剰に荒くなる。

 変な呼吸が喉を痛める。

 過呼吸で体が痺れていく。

 まぶたは一度のまばたきも行わず、眼球を乾燥で痛めつけていく。

 

 竜児は突然に突きつけられた現実から、自分を殺そうとしている実の兄から、逃げようとしているかのように後退る。

 

「死にたくないとか言うなよ」

 

 そこに、兄は現実を更に突きつけた。

 

「だってお前、怪獣の中でそう言ってた実の兄を、その光線で何人も殺して来たんだろ?」

 

 『殺した手応え』が竜児の手に蘇る。

 殺した実感が心に生まれる。

 家族を。兄を。ずっと欲しかったものを、ずっと殺していたんだという確信。

 

 竜児は、涙でぐちゃぐちゃになった顔で、吐いた。

 

「ぅ、ぁ、あ……あ、おえっ」

 

 吐いた吐瀉物の中に、心も体もボロボロになり始めている竜児の内臓(なかみ)の一部が、剥がれて落ちて混ざっていた。

 

「嘔吐で内臓の一部が出るとは、もう本当に限界か」

 

「―――あ」

 

「もう一度、自分の目で確かめて見ろ。お前の中に入っているものを」

 

 嘔吐物の中に浮かぶ。『生ゴミのような屍肉』。

 屍肉を改造して作られた、模造品の人間の肉。

 逃げようのない現実が、吐瀉物の中に浮かんでいた。

 

―――生ゴミが人の居る場所にあるのは、あまりよろしくない。

 

 サコミズ先生の言葉までもが、竜児の記憶の中から浮上して来ていた。

 

 悲しみ。

 怒り。

 後悔。

 嘲笑。

 あらゆる感情があったその場所の、時間が止まった。そして、世界が樹海に塗り替えられる。

 

「樹海……やるな、神樹。

 気配は完璧に隠していたつもりだったが、気取られたか」

 

 コピーライトは樹海を見回し、神樹への賞賛を口にして、振り返った。

 

 攻撃性の塊のようになっていた東郷が居た。

 端末を壊れんばかりに握りしめる風が居た。

 竜児に寄り添う樹が居た。

 右手で竜児の手を、左手で端末を握る友奈が居た。

 正義の怒りを溢れさせ、メビウスブレスから強大な光を発しているメビウスが居た。

 『沸騰した油』以外の表現の何もかもが似合わない状態の、夏凜がいた。

 

 もう二度と立ち上がれなそうな、涙と吐瀉物にまみれた竜児が居た。

 

 コピーライトは、竜児以外の者達の怒りの強さを賞賛する。

 

「怒りのあまり言葉も出ないか。とてつもない、人間のみが持つ烈火の怒りだな」

 

 夏凜が一瞬で変身し、常人でも風圧が感じられそうな戦意と殺気を叩きつける。

 

「ぶっ倒して、地べたに顔面叩きつけて、後頭部踏んで、土下座させてやる」

 

 なんとも怖い、少女の宣誓。

 それを受け、コピーライトは懐からメビウスのみが形を知る"ある道具"を取り出した。

 

『ライザー!? 皆、すぐに変身して、竜児を抱えて逃げるんだ! 早くっ!』

 

 メビウスの警告は間に合った。

 だが変身の妨害は間に合わない。

 

「アルギュロス」

 

 一つ目の怪獣カプセルが起動され。

 

「ミーモス」

 

 二つ目の怪獣カプセルが起動され。

 

「これで、ピリオドだ」

 

 失敗作のジードに、『かつてウルトラマンの力を完全にコピーした』二体の怪獣が融合する。

 

《 フュージョンライズ! 》

 

《 アルギュロス! 》

《 ミーモス! 》

 

《―■―■―■―■―■―■―■―》

 

《 ウルトラマンメビウス バーニングブレイブ 》

 

 黒い絶望が、樹海の中に舞い降りた。

 

 

 

 

 

 メビウスに言わせれば、その姿はシンプルだった。

 

 何せ、金の紋章の色をそのままに、メビウス・バーニングブレイブの赤色部分の全てを黒に染め替えた、そんな姿だったのだから。

 

「黒い……メビウス……?」

 

『バーニングブレイブ……

 地球を守ると誓った、僕と仲間の、約束の炎……』

 

 メビウスはそこに、嘲笑の意図を感じた。

 お前の絆の力はこんなにも簡単にコピーできるぞ、という嘲笑。

 事実、コピーライトが変身した黒いメビウスは、色合いを除けばメビウス・バーニングブレイブとの相違を探すのが難しいほどだったから。

 黒いメビウスが拳を突き上げ、樹海が黒色に塗り替えられていく。

 樹海が樹海でなくなっていく。

 神樹の力が、全く別のものに変えられていく。

 

「この身は、反存在たるメビウス(リバースメビウス)」

 

 そして、光の樹海は闇の荒野に成り果てた。

 

『ダークフィールド……!

 自身の肉体の、光と闇を相転移させ、それに連鎖させ樹海を塗り替えた!

 肉体の光と闇の相転移……これは、いったい……!?』

 

 メタフィールドが、ダークフィールドへ。

 光の巨人と勇者を強化するフィールドが、その二者の力を封じるフィールドへ。

 人の敵を倒すフィールドは、人の敵を強化するフィールドへ。

 変わり果てる。

 神樹の力がそっくりそのまま、光の巨人と勇者の力を弱め、バーテックスやコピーライトを強化する力に変えられてしまっていた。

 

「なによ、これ」

 

 メビウスの輪に、表も裏もない。

 メビウスの輪とは、輪の一部を切って逆に接続することで、輪の表と裏をなくしてしまった輪のことである。

 この輪には表も裏もない。

 

 光でもあり闇でもある、矛盾の塊。

 光の巨人でありながら闇の巨人でもある、破綻の存在。

 メビウスの輪は、裏表を逆に(リバース)しても、メビウスの輪。

 裏返されたメビウスの輪……ゆえに、『リバースメビウス』。

 

 コピーライトは、竜児よりもはるかに明確に強い"強化形態のメビウスの力"を備えて、七体目のバーテックスとして、この世界に君臨していた。

 

「オレはな、幸せに生きてるヤツは軒並み嫌いだ。

 ガキも、大人も、人間も、ウルトラマンも。分かるだろ?」

 

 コピーライトは過去を笑って話す。

 その上で、過去を理由に全てを殺そうとする。

 涙で何も見えなくなった竜児の瞳に、過去を笑って話しながら、幸せに生きる勇者達を過去を理由に握り潰そうとする、巨人の手が見えた。

 

「―――」

 

 ずっと、周りに何かを言われている気がしていた。

 けれども、何を言われているかは分からない。

 竜児の意識は、そんなレベルにあった。

 彼がウルトラマンであることを驚く声も、彼を励ます言葉も、彼に休んでいろという言葉も、あった気がする。

 だがその全てを、竜児の心は聞いていなかった。

 彼の心は、全壊に近い状態にあった。

 

 ―――それでも。それでも、そんな状態の彼でも、勇者を握り潰そうとするその手を、許すことはできなかった。

 心が砕けた状態で、魂が『守れ』と体を突き動かしていた。

 

「あああああああああああああああああああああっっっ!!!」

 

 守れ、守れ、守れと、砕けた心を更に砕きながら、魂が躍動する。

 もうそれくらいしか、残っているものがない。

 竜児は残された大切なものを守ろうと、巨人に変身して殴りかかった。

 

「消えろおおおおおおおっ!!!」

 

「愚弟が」

 

 だがあっさりといなされ、腹を兄の膝に蹴り上げられる。

 

「あぐっ」

 

『リュウジ、ガードが一つもできてない! 落ち着くんだ!』

 

「もう黙ってろ!」

 

『でも』

 

「何も言うな! 何も語るな!」

 

 兄に殴りかかり、逆に顔を殴り返される。

 バーニングブレイブの拳は重く、竜児の意識がぐらりと揺れた。

 

「生まれつきまともなウルトラマンだったメビウスの言葉なんて、聞きたくない!

 黙ってろ! こいつを倒して世界を救って……メビウスの言葉なんて要らない!」

 

『君は怒りでいつもの戦い方ができていない!

 頼む、僕が嫌いでも忠告は受け取ってくれ! 冷静さを取り戻すんだ!』

 

「黙れええええええええッ!!」

 

 冷静な思考などできようはずもない精神状態で、竜児は必殺の光線を撃つ。

 

「メビュームシュートッ!!」

 

 コピーライトはそれを……左手で受け止めた。

 片手で受け止めながら、平然と距離を詰めてくる。

 光線の威力を無理して引き上げていっても、平然と距離を詰めてくる。

 そして、メビウスの光線を受け止めながら、メビウスの前に立ち。

 

「お前に光はない。過去も、今も、未来にも」

 

 その胸の肉ごとカラータイマーを掴み、肉ごと引きちぎって、カラータイマーを奪い取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の中。

 生と死の境界、光の中で、竜児はメビウスと向き合っていた。

 

『ごめんよ、リュウジ』

 

 メビウスは泣いている竜児の顔を見る。

 優しいメビウスの心に、罪悪感と無力感が湧き上がった。

 こんな涙を、この少年に流させたくはなかったのに。

 

『本当にごめん。無神経なことを言って、君を傷付けてしまった』

 

「……あ」

 

 メビウスに悪いところなどない。

 強いて言うなら、巡り合わせが悪かった。

 今日この時のこの戦いに限っては、"まともなウルトラマンの助言"は、その全てがウルトラマンの模造品の失敗作の失敗作でしかない竜児の心を、傷付けてしまっただろうから。

 

『僕にはやはり、誰かを兄として導くのは、まだ早かったのかもしれない』

 

「違う」

 

『ごめん。他のウルトラ兄弟だったら……兄さん達だったら、もっと上手くやれたのに』

 

「違う」

 

 本物が偽物に謝っていて、偽物がそれを否定している。

 

『生きてくれ、リュウジ。僕がいなくなった後も、ずっと、この星で』

 

「メビウス」

 

『どんなに恐ろしい敵が居ても。

 僕が君の傍から居なくなっても。

 どんな時も諦めず、不可能を可能にして、未来を勝ち取ってくれ』

 

「メビウス!」

 

 

 

『―――君の日々の未来(ヒビノミライ)に、幸多からんことを、いつも願っているよ。さようなら』

 

「メビウ―――」

 

 

 

 竜児が手を伸ばした先で、メビウスの姿は消滅した。

 

 その最期が、メビウスが竜児に言ってくれた言葉を想起させる。

 

―――今は僕が、君の兄代わりだよ。……僕じゃだめかな?

 

「メビウス兄さ……あ」

 

 メビウスを兄と呼びかけたところで、竜児の体は巨人の体外に排出される。

 巨人の全身が光の粒子に分解され、カラータイマーを奪ったコピーライトの巨人の体に、吸収されていく。

 メビウスは、死んだ。

 竜児に一つの命を残し、コピーライトに食われて死んだ。

 メビウスの光は、偽物のメビウスに全て捕食されてしまったのだ。

 

「ご苦労。愚弟、お前は小賢しいな?

 お前は、メビウスを神々の時代を終わらせる炎の巨人だと思っていたようだが……

 お前達は、オレの糧になるために、ここまで成長を重ねてきたんだ。良い力になってくれた」

 

 竜児の指が、呆然とメビウスブレスがあった場所に触れる。

 腕にメビウスブレスが無い。

 出そうとしても出てこない。

 メビウスと共有していた命はあるのに、竜児はまだ死んでいないのに……竜児の内側には、メビウスの存在が微塵も感じられなかった。

 メビウスとの繋がりすら、微塵も感じられなかった。

 

 ギラルーグの時ですら、メビウスブレスを通した繋がりはあったから、それが完全に無くなってしまったことを、より強く感じられてしまう。

 

「あ」

 

 あの時素直に、メビウスを兄のように慕っていると、そう伝えられていれば。

 直接の血の繋がりなんてものにこだわる気持ちを、捨てられていたならば。

 

「あああああああああ」

 

 もう少しは、マシな別れもあったかもしれないのに。

 

「あああああああああっっっ!!!!」

 

 絶叫する竜児の前で、コピーライトはメビウスの光から更なる力を呼び覚ます。

 メビウスが意識的に変身できない最終形態でさえ、メビウスの体は覚えている。

 その記憶に準じ、カプセルの中身を天の神の力で書き換える。

 

 第七のバーテックスが、中身を書き換えられた二つのカプセルを用いて、コピーライトが予定していた通りの『真の姿』へと、変わり果てる。

 

「アルギュロス……ウルトラマンヒカリ」

 

「ミーモス……ウルトラマンメビウス」

 

「これで、ピリオドだ」

 

《 フュージョンライズ! 》

 

《 ウルトラマンヒカリ! 》

《 ウルトラマンメビウス! 》

 

《 ウルトラマンメビウス フェニックスブレイブ 》

 

 黒黒とした、不死鳥の巨人。

 竜児と融合していない時のメビウスですら凌駕する、メビウスの最終形態が姿を表す。

 かつて、メビウスと地球人達が融合することで至った『不死鳥の勇者』。

 ウルトラの星を壊滅の危機にまで追い込んだエンペラ星人を打倒した、最強のメビウス。

 

 メビウス・フェニックスブレイブが、人を滅ぼすべくそこに立っていた。

 

「うっ、えぐっ、ああ、メビウス、メビウスっ……ごめんなさい……ごめんなさいっ……」

 

 竜児は泣いた。

 運命に負けた。

 現実に負けた。

 実兄に負けた。

 全てを失った気持ちだった。

 全てを否定された気持ちだった。

 未来はなく、その身は腐肉で、罪が数え切れないくらいに積み上げられて。

 何人も血の繋がった兄を殺して、その狂乱の果てに、自業自得でメビウスまで死なせた。

 全て自分のせい。

 生まれた瞬間から全部が定められていて、落ちるべくして落ちるところまで落ちてしまった。

 世界のどこかに、もしかしたら僕の家族がいるかもという希望があった。

 居た、と希望は膨らんだ。

 そして、希望の全ては潰された。

 

 泣いて、泣いて、泣いて……竜児の瞳から溢れる雫を、夏凜の指先が拭う。

 

「泣くんじゃないわよ。……そういう顔、苦手なんだから」

 

 その肩を、友奈が軽く叩く。

 

「その涙、今止めてみせるから。待ってて」

 

 少年の手を、樹の小さな手が優しく握る。

 

「ちょっとだけ、今はその悲しみに、耐えてください。私達、頑張ります!」

 

 竜児は気付いた。

 満開ゲージは、友奈、夏凜、樹のそれが溜まりきってしまっている。

 東郷、風も、あと僅かでゲージが溜まりきる度合いにある。

 満(・)開(・)が(・)使(・)え(・)て(・)し(・)ま(・)う(・)。

 この状況で、この相手に。

 

「やめ……やめるんだ!」

 

 竜児の砕けた心が叫ぶ。

 やめろ。

 やめろと。

 上手く言葉が繋げられない。

 まともじゃない精神状態と、絶対に満開をさせたくないという焦りと、大赦の教育の『勇者に満開の真実を教えるな』という鎖が、言葉を縛る。

 これでは、説明などできようはずもない。

 説明できるはずもない。

 

 熊谷竜児は、結局ここに至るまで―――勇者を人柱として捧げる、大赦だったから。

 

「やっぱ、何かデメリットあんのねこれ。

 大丈夫。

 何があってもあんたを恨んだりしない。後悔だけは絶対にしないから」

 

「やめっ―――」

 

 ああ、そうだ。

 もう少し早く、もう少し大きく、竜児の心が成長していたら。

 自分がすがっていた教育の鎖を事前に引きちぎれていたら、『そう』はならなかったかもしれないのに。

 

 夏凜はこの後、後悔はしない。

 友奈もそうだ。樹もそう。彼女らはそういう運命にある。

 勇者は、勇気をもって花開く。

 花開けば、後は散るだけ。

 

「満開!」

「満開っ!」

「満開ッ!」

 

 そう、死んだ方がマシに思えるほどの後悔をするのは、彼女らではなく―――

 

 

 




 ちなみに『ジードに失敗作の兄弟が居て、一部はベリアル軍の物言わぬ兵器として使われている』っていうのは公式設定です。EXPOのショーで出た設定ですが。
 本編の特撮映像作品では重すぎて扱われない気がします……

 あ、第○殺っていうのは竜児くんが心底欲しがっていた兄弟を何人殺したかってことです。第六殺なら兄弟を六人殺したってことですね。終盤ではこのナンバリングもちょっと例外的な感じになっていきますが

●不死鳥暗黒巨人 リバースメビウス

 亡霊の如き反転巨人(ゴーストリバース)。

【原典とか混じえた解説】
・金属生命体 アルギュロス
 第一の金属生命体アパテーに続いた、第二の金属生命体。
 金属生命体は、根源的破滅招来体(天の神)が使う尖兵タイプの一つ。
 流動可能な金属の体を持ち、ウルトラマンアグルの能力と姿を模倣した。
 現在は『ヒカリカプセル』に変質済み。

・金属生命体 ミーモス
 ウルトラマンから力を学習した二体の金属生命体、アパテーとアルギュロスが融合。
 そこに人間と機械を操る電子生命体クリシスゴーストも融合した金属怪獣。
 流動可能な金属の体を持ち、ウルトラマンガイアの能力と姿を模倣した。
 現在は『メビウスカプセル』(バーニングブレイブ)に変質済み。

・バーニングブレイブ
 『燃える勇者』。
 万年単位の時の彼方の大昔、メビウスが仲間との絆で至った強化形態。
 メビウスだけの絆の形を具象化した、炎の紋章が体に刻まれている。
 竜児にはその絆が無いため変身不可。
 本物の体の紋章は『仲間との絆が炎の紋章という形に現れたもの』だが、現在顕れている偽物は『力を手に入れるためとりあえず形だけ真似る』という、過去のメビウスへの侮辱そのもの。

・フェニックスブレイブ
 『不死鳥の勇者』。
 万年単位の時の彼方の大昔、メビウスが仲間との絆で至ったメビウス最終形態。
 赤青金銀の不死鳥である。
 必要要素が全て足りていないため、竜児には変身不可。
 ノーマルメビウスの倍の腕力、三倍近いジャンプ力、十二倍以上のスピードを持つ。
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