時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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 今回は竜児君が鬱陶しい説明をするのでそこだけは読み飛ばしてもいいです(諦観)


第一殺二章:炎の巨人

 とりあえず友奈はあやふやに誤魔化して帰らせたものの、問題はウルトラマンメビウスの方だった。なにせ竜児本人と融合しているのだ。物理的にはどうしようもない。

 とりあえず大赦に連絡を入れて、指示を仰いでみることにする。

 

 ウルトラマン。

 それは、星の外来種。

 地球の固有種とは全く違う生態系の生物であり、地球人が持つ『神のイメージ』と一部合致する赤き巨人。

 善意と良心だけを動機に、奇跡すら起こし何かを助ける者達だ。

 

 ウルトラマンメビウス曰く、彼は別の宇宙でウルトラマンベリアルという者の軍団と最終決戦に挑んだものの、その戦いの終盤で別宇宙へと吹き飛ばされてしまったのだという。

 今頃は決着がついている頃だ、というのはメビウスの言。

 元の宇宙の地球も心配だが、この宇宙の地球も心配なのでひとまず力を貸そう、と快く言ってくれた。

 

『君達を見捨てては行けないよ』

 

 無償の愛、不変の愛、不朽の愛。

 そういった神の愛(アガペー)は神のみが持つものであり、人間が持つことはないというが、竜児はメビウスの地球人への愛に、その手の神性を見た。

 

 竜児を救うべく同化したメビウスは、メビウスが持っていた一つの命を竜児と共有してくれている。

 メビウスがどこかへ行ってしまえば、自前の命を失ってしまった竜児はその瞬間に死に至ってしまうだろう。

 色んな意味で、今の竜児はメビウスの側に依存し、寄りかかっている。

 

「ありがとう、メビウス……さん?」

 

『メビウスでいいよ』

 

「ありがとう、メビウス。僕が助かったのは、君のお陰だ」

 

 眼鏡の位置を直す竜児。

 眼鏡を押し上げる指先が、その身に染みた死の恐怖で僅かに震えた。

 

『この世界はどうなっているんだ?

 僕が知っている"当たり前の地球"と、この星はあまりにも違う』

 

「追って話すよ。……大赦からの呼び出しだ。

 あーあーあー、多分長い報告と長い報告書の両方出さないといけないやつ……

 それは得意技だからいいんだけど、メビウスどう報告したらいいんだろうこれ」

 

『なるほど。君はこの宇宙における地球防衛隊の一員なんだね』

 

「……ん、んんん? 違……いや、そうかも……?」

 

『やっぱりそうか!

 僕は君の"人を助けようとする意志"を感じたんだ。

 だから君を見捨てることはできなかった。

 君は街の人や仲間を強く想っていたから、その想いが僕にも伝わったんだよ』

 

「……」

 

 そうだろうか、と竜児は自分を疑う。

 自分がそんな純粋な人間だと思えない。自分がそんな周り想いな人間に思えない。

 街の人のことを強く心配した覚えも、仲間のことを強く心配した覚えもない。

 "覚えがない"ということは、"ごく自然にそう思っていた"ということなのだが、それを自覚できるほど竜児は大人な精神をしていなかった。

 

 大赦に向かおうとして、その前に竜児は祈りを捧げ、頭を下げる。

 

「神樹様、今日も神樹様のお陰で生き残ることができました。

 神樹様のお陰で、今日も私達があります。ありがとうございます」

 

 それは信仰。それは感謝。それは習慣。

 

 神樹への信仰は、神を崇めるそれに近く。

 捧げられたこの言葉は非日常を乗り切れたがゆえの感謝。

 で、あると同時に、神樹への感謝は息をするが如くに当たり前の習慣になっている。

 

 この世界の子供達にとっては、これが当たり前なのであり、メビウスはここに異端の文化に覚える情動と同じものを感じてしまった。

 

 

 

 

 

 そこを切り口として、メビウスはこの世界の成り立ち、現状、窮状を知る。

 天の神の怒り。

 神が降ろしたバーテックス。

 滅びかけの人類。

 人類を守護する土着の神性の集合、神樹。

 神樹と狭い世界の管理者・大赦。

 そして生贄に捧げられる勇者という名の少女達。

 

『……』

 

「失望した?」

 

 "どう?"なんて聞かない。

 "僕らは悪くない"なんて念押しはしない。

 "失望した?"と竜児が聞くのは、失望するのが当然のことだと考えているからだ。

 

『……想像通りだったとは、言わないよ』

 

 だが、メビウスは失望していなかった。

 このくらいではこの世界の人間と仕組みに失望などしなかった。

 人間の良いところだけを見て好ましく思うのなら、それは愛ではなく恋と呼ぶべきだろう。メビウスは人間に恋などしていない。人間を愛している。

 人の悪性を見たくらいで見限るような浅い愛はしていない。

 

『でも、いいんだ。君達も……君も、辛かっただろう?』

 

「っ」

 

 あんまりにもメビウスの声色が優しかったものだから、竜児の中の罪悪感が揺さぶられて、思わずぐっと来てしまった。

 もうちょっと何かあったら、ほろりと涙をこぼしてしまっていたかもしれない。

 "君も辛かったろう"と言われて、少年は"辛くないと言って否定しないと"と思っても、口ごもって言葉が出て来ない。

 しばしの無言が続き、竜児の足は寄り道を選んだ。

 大赦の目的地に一直線に向かわずに、大赦の人間しか知らないある場所へと向かう。

 

「メビウスは間違いなく、この星の救世主だ。

 でも僕は大赦だから、救世主が誰かと言えばそれは勇者様達だとしか言えない」

 

 少年は墓碑が立ち並ぶ場所へと足を踏み入れる。

 墓である碑の一つ一つに少女の名が刻まれていた。

 否、()()()()()()()()()()()()()

 ここは今まで平和の礎となってきた、歴代の勇者と巫女が祀られる場所。

 

 少年の中の正義の味方気取りになりそうな心も、勇者気取りになりそうな心も、ここに来れば全てが消えてくれる気がした。

 

『ここは……』

 

「西暦の終わりから今日に至るまで、犠牲になってきた勇者達の墓。

 立てられた少女の人柱の数だけ建てられた墓標。即ち、英霊之碑」

 

『! こんなに……』

 

「そうさ、こんなに居るんだ。十人や二十人じゃない」

 

 少年は勇者も巫女もまとめて勇者と呼ぶ。敬意を込めて。

 

 墓の前で少年は手を合わせ、瞳を閉じ、英霊達の冥福を心から祈った。

 

「彼女らが必要な犠牲と言えば罪になる。

 でも必要な犠牲だったとしか言えない。

 これからの僕ら次第で、『無駄死に』にも『犬死に』にもなる『必要な犠牲』だ」

 

 世界が嫌になったなら、この狭い世界を道連れに自殺しようとしてもいい。

 この世界に生きる人間なら、いつそうしようとしたっていい。

 代わりに、"あの勇者達は無駄死にだったな"と最後の最後に天の神に言われたとしても、人類は一切の反論を許されないだろう。

 滅びれば終わりだ。

 負ければ終わりだ。

 その瞬間、ここに並ぶ墓石は、偉大な勇者達を祀る慰霊碑から、後を託す者を間違えた愚か者達の名を刻んだ石ころへと変わる。

 

「僕は大赦の命令には全て従うように、と育てられた。

 大赦の一員が私情に流されると、世界の滅びに直結すると言われてきた。

 一人の勇者に同情して、情に流されれば……

 世界の未来のために死んだここの勇者の全てを否定することになる、と教わってきた」

 

 情に流されるのが怖い。

 情を抑え込めなくなるのが怖い。

 そう思っている大赦の人間は、きっと竜児だけではない。

 

「たまにここに来ないと、情に流されそうで、心が揺れそうで、怖いんだ」

 

 一歩間違えれば、平気で他人を犠牲にできる人間にも、情に流されて全ての破滅を呼び込む人間にもなりそうな竜児を、メビウスはウルトラマンらしく導いていく。

 

『君の心がしたいと思ったなら。

 君の心がしたくないと思ったなら。

 その時は情に流されるべきだと、僕は思う』

 

「それは大赦が動く理屈じゃなくて、勇者が動く理屈だなぁ」

 

 メビウスが勇者の理屈を口にしたことに、竜児はどこか嬉しそうな顔をした。

 同化した体を伝い、少年の感情がメビウスに流れ込む。

 なんでそういう反応をするのか、メビウスにはまるで分からなかった。

 

「あの人達は凄いよ。

 話に聞く乃木さんも。

 今代の勇者である人達も。

 メビウスも凄いんだろうけど、僕は大赦として勇者にこそ敬意を払う」

 

 竜児自身に自覚はないが、これは子供の理屈である。

 小学生や中学生が好む論説である。

 でなければ、勇者を持ち上げるのにわざわざウルトラマンを引き合いに出す必要がない。

 

 "ウルトラマンは凄い"という思考と確信があるからこそ、"そんな凄いウルトラマンより凄く思えるあの人らすげーなー!"という理屈が竜児の中で成り立っているのだ。

 「僕の大好きなヒーローはゴジラより強いんだぜー!」と主張するに等しい幼さ。

 比較で持ち上げるという行為は幼稚だ。

 こういうのに性根の悪さが加わると、何かを持ち上げるために何かを下げようとし、下げるための理屈を探すようになる。

 竜児にそういう悪質さは無いが、それでも少年らしい僅かな幼稚さは垣間見える。

 

 だがその幼稚さを、メビウスは好ましく感じた。

 

『例えば、どんなところを尊敬してるのかな?』

 

「勇気があるんだ。

 『勇気が無ければ他の全ての資質は意味をなさない』

 ってウィンストン・チャーチルも言ってた。

 彼女らはその上で、その勇気をいつだって他人のために使える人達なんだよ」

 

『君はその人達を、仲間として大切に思ってるんだね』

 

「……それは」

 

 口ごもる。胸を張って勇者は仲間だと言えないのが、大赦構成員の困り所だ。

 

「それは、それとして。

 あの人達見てるとさ、優しさって筋肉みたいなものなのかな、って思うわけよ」

 

『それはまた素っ頓狂だね』

 

「筋肉と同じで、鍛えれば強くなる。

 日常的に使っていれば強くなる。

 じゃあ優しさって筋肉みたいなものなのかもな、って思うのさ」

 

 少年は踵を返す。

 歴代の勇者を祀った慰霊の碑の間を歩いて抜けていく。

 

「今代の勇者は中学校で勇者部っていう人助けの部をやっているんだ。

 先代以前の勇者達も、人助けを日常としていたって記録が残ってる。

 それは損得の行動じゃない。

 本質的な善性だ。

 彼女らは好きでやってるし、趣味でやってるし、日課としてやってるんだ。人助けを」

 

 『好人物は何よりも先に、天上の神に似たものである』。

 この世界における勇者はまさに神と同一視される好人物と言えるだろう。

 だからこそ、神としてではなく人として、竜児は好意と敬意を持っている。

 

「僕は歴史や神話もたくさん勉強してきたから知ってる。

 あのくらいにいい人達の集まりって、人類の歴史の中にもほとんど無いんだってことを」

 

 勇者と巫女を祀る場所を離れ、心理の整理がつけられた竜児は大赦に向かう。

 戦いの影響を振り切り、眼鏡を押し上げる指にも既に震えはない。

 

「勇者は掛け値無しにいい人だから勇者に選ばれたんだ。そこは、断言できる」

 

 メビウスは熊谷竜児という少年の心を理解し始めていた。

 

『君は僕を褒めるより、勇者達を褒める時の方が誇らしい気持ちになる人なんだね』

 

 メビウスはそこに、悪い感情を抱かなかった。

 

 

 

 

 

 大赦に竜児が足を踏み入れた瞬間、メビウスは不思議な感覚を覚えた。

 それは大赦が勇者システムに用いている呪術の力の存在感であり、神樹が加護に使用している神樹の力の存在感であり、その力の存在感に混ざる"不思議な親近感"だった。

 メビウスは、神樹の力に親近感を覚えたのだ。

 

(親近感……?)

 

 やがて竜児は着替え、和風の仮面・帽子・服でその姿を隠していく。

 一見祭司の一種にも見えるが、その人間がどんな顔でどんな髪かも分からない服装は、メビウスの目にも不気味に見えた。

 竜児が歩を進めると、同じ服装をした大赦の人間がずらりと左右に並んでいた。

 並ぶ彼らは毛の先ほども動かない。

 呼吸で動いているかすらも怪しい。

 表情が見えず、大赦の服装では顔が見えないのもあって、まるで心の無い人形が並んでいるかのようだった。

 奥には地位の高そうな大赦の人間も居て、こちらも顔と姿を完全に隠している。

 これもまた、人形に見えた。

 

 そして、メビウスは彼らが人形に見える理由に気がつく。

 『人間味』が見えないのだ、この組織(大赦)には。

 

「報告を始めます。ご清聴をお願いします」

 

 ウルトラマンのことを話しても、既存の記録からあまりにかけ離れている新型――怪獣型バーテックス――のことを話しても、竜児の周りの人間は驚きを見せない。

 いや、反応すらしていない。

 話は聞いているはずなのに、相槌以外の反応をしてくれない。

 思えば、竜児は大人の大赦構成員が動揺した様子を見せるのを目にしたことがない。

 大赦の服を身に着けていないと感情を隠せもしない、自分の未熟を恥じるばかりだ。

 

「熊谷竜児」

 

「はい」

 

「今の自分がどの程度貢献できると考える?」

 

 偉そうな誰か、顔も見えない誰かが、仮面の下で口を開く。

 竜児は腹を決め、仮面越しにその上司を見つめ返した。

 

(ごめん、メビウス)

 

『ん? どうかしたのかな?』

 

(君を引き合いに出して、利用して、僕はこれからとても失礼なことを言う)

 

 私情を噛み潰すように、歯を食いしばる。

 

「ウルトラマンは三分しか戦えません。

 戦力として評価はできますが、安定して運用するには難が残ります。

 あくまで予想になりますが……

 これから先敵側に耐久戦術を取られればあえなく負ける可能性が高いです。

 学習進化するバーテックス。そうなれば、自分とウルトラマンに先はありません」

 

「ふむ」

 

「勇者システムは安定して運用することが可能です。

 複数人での同時満開であれば、ウルトラマンの火力を超えることもあると考えます。

 で、あれば。

 ウルトラマンは勇者のための露払い、バーテックスの漸減を目標にし使うべきかと」

 

「成程」

 

「ウルトラマンの活動可能限界は三分。

 三分の経過、あるいは自分とウルトラマンの絶命をもって勇者を投入。

 理由は多々ありますが、自分はこうした形式にしていくのが良いと考えます」

 

 心の中が重苦しい。

 何かと比較してウルトラマンを侮辱していることを、竜児は心苦しく感じている。

 それも当然だろう。

 先のメビウスの会話の時は"これはこんなにも凄いんだ"という意図で比較を使ったが、この比較は"だからウルトラマンを先に使い捨てるべきです"という結論に持っていくための話である。

 竜児は今、自分の目的のためだけに、ウルトラマンを侮辱している。だから苦しいのだ。

 

「精霊によって以前より効率よく安定して運用できるとはいえ、勇者は消耗品です。

 満開に至らせることで、人間のサイズのまま星を砕く力を発揮する有用な消耗品です」

 

 竜児は今、自分の目的のためだけに、勇者というものを侮辱している。だから苦しいのだ。

 

「現在のシステムならば損耗率が抑えられるとはいえ、先に導入した勇者はどうでしょうか。

 鷲尾須美は記憶喪失で一時戦線離脱。

 乃木園子はいざという時にしか使えません。

 満開で身体機能を失い、怨恨から暴走する勇者が増えれば、リスクも加速度的に増します」

 

「一理はある」

 

 勇者は満開で身体機能を失い、大きな力と共に大赦への恨みも得るだろう。

 そこのリスクを、竜児はチラつかせる。

 

「何より、勇者の運用は神樹様の消耗に直結します。

 ここは神樹様の消耗とは関係のない自分を運用すべきです。

 ウルトラマンを含めた戦闘処理の儀礼手順(プロトコル)をまず確立すべきかと」

 

「勝てるか? 三分で」

 

「勝ってみせます。

 そして、勝てなくてもいいのです。

 二年前を基準にすれば、追い返して時間稼ぎしてもいい。

 自分と戦ったバーテックスは消耗もするでしょう。

 僕が死んだ後に勇者を投入しても、勇者が有利な状態で戦闘が始まるだけです」

 

「それが貴殿の考えか」

 

 外側からは竜児の顔さえ見えない。

 内側からなら竜児の心が見える。

 だから、竜児の今の心はメビウスだけに見えている。

 

「把握した、よきにはからうがよい。その旨下達しておこう」

 

「! ありがとうございます!」

 

 上からの許可が出た。

 竜児は大赦より三分間の時間を与えられる。

 ウルトラマンの活動限界である三分のみ、彼は好きなように動くことができる。

 逆に言えばその三分で何もできなければ、彼は何も変えられない。

 何にも影響をもたらすことはできない。

 

「貴殿が監視をしている鷲尾須美はどうか?

 戦闘情報についても一定の報告はさせているはずだが」

 

「以前の鷲尾須美ほどの戦力は期待できません。

 特に足が動かないことによる機動力の低下は致命的だと考えます。

 満開の後遺症は大きく、戦力として運用し続けるのには疑問が残ります」

 

 竜児は元鷲尾須美、現東郷美森のことを想う。

 車椅子の女の子をもう戦わせようとするんじゃない、という想いと、大赦の方針は世界を守るためには極めて正しい、という想いが胸の奥で混ざっていく。

 

「また、記憶の欠損のためか、日常生活における危機感も薄いと推察できました。

 大赦への叛意あらばすぐに自分が『処理』可能であると考えます。

 先日の報告書の通り、東郷美森本人は車椅子の中学生に過ぎません。

 表沙汰にせず処理するなら、僕一人で十分かと。

 これ以上の大赦の貴重な人員を、監視警戒に割くのが必要な人物には見えません」

 

「そうか。留意しておこう」

 

 戦わせるな、と竜児は言わない。

 戦わせるのを止めよう、と大赦は言わない。

 互いが腹の底を見せないままに形式的な報告は終わった。

 

 

 

 

 

 竜児は自室で、鏡に額を当てて謝る。

 

「ごめん、メビウス」

 

『大丈夫、君の考えは分かってるよ。僕は気にしない』

 

 鏡の向こうに、竜児が居た。メビウスが居た。

 鏡の向こうの竜児の体の内側に、メビウスは居る。

 メビウスは熊谷竜児という少年の置かれた環境を理解し始めていた。

 

『君は僕を悪く言う時より、"勇者は損耗品"と言う時の方が胸が痛む人なんだね』

 

 メビウスは少年の周囲に、良い感情を抱かなかった。

 

「……」

 

 竜児は何も言えない。

 

「……報告書、書かないと」

 

『何の?』

 

「勇者が反抗した時に、僕一人で対処できるっていう証明になる計画の報告。

 いざという時勇者を『処理』する計画は他に要らないなって思える計画書。

 メビウスが居てくれて助かった。いざという時は僕が踏み潰します、で済むんだからさ」

 

 大赦は勇者の犠牲に何も思っていないわけではない。けれど騙して犠牲にしている。

 大赦は勇者を現人神の一種として崇めている。けれど反乱を警戒している。

 竜児はその組織以外に居場所がなく、その組織に逆らう気もなく。

 メビウスは竜児の心の中で呟いた。

 

『ここが……この世界の、この地球の、地球防衛隊にあたるのか』

 

 メビウスの声に、僅かな失望が混ざったのが分かる。

 竜児の心に、申し訳無さと、悔しさと、悲しみと、罪悪感が浮かぶ。

 その全てが余すことなく、メビウスへと伝わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告書を書き終えた頃、上司の一人の三好春信から竜児に連絡が来た。

 曰く、竜児に開示される資料の範囲が拡大されたという。

 

「へぇ」

 

 竜児に対し兄のように振る舞ってくれる春信らしく、メールの文面は竜児を気遣い軽挙を諌めるようなものだったが、大事なのは開示資料の方だ。

 大赦は情報管理機関の側面も持つ。

 一般人は世界が滅びかけなことすら知らない。

 勇者はバーテックスという敵が居ることは知っている。

 が、四国しか世界が残っていないこと、敵が天の神全てであること、四国結界の外が火の海なことを知っているのは大赦の人間だけと考えていい。

 

 その大赦の人間の中にも、閲覧できる情報レベルというものがある。

 竜児は今回ウルトラマンと一体化したことで、より高いレベルの機密情報を見ることが許されるようになったようだ。

 根がアホだが、素が勉強好きな竜児からすれば、新たな知識を得られるというのはそれだけで嬉しいことなのである。

 眼鏡を押し上げる指も、心なしかいつもより元気だ。

 

「よし、行こうメビウス。今すぐバーテックスが来るってわけでもないだろうしさ」

 

『そうだね。君の気晴らしにもなるかもしれない』

 

「気晴らし?」

 

『……いや、なんでもないよ』

 

 スタコラサッサと、貴重な資料が保存されている専用の施設へと移動。

 大赦の仮面と服を身に着けた受け付けさんの前を通り過ぎる。

 

「受付の夢星(ゆめほし)銀河(ぎんが)です。どーも」

 

「どうも、です。資料室お借りします」

 

「ご自由にどーぞー」

 

 通り過ぎ、ようとする。

 だがそこで、受付前で立ちはだかる少女に足を止められた。

 彼女の名は三好夏凜。

 隙の無いパーフェクトな完成形勇者。

 

「ちょっと、大丈夫なのあんた。怪我とかない?」

 

「え、突然そんな漠然なこと問われても」

 

「今色々噂が飛び交ってるわよ。

 怪物が出ただの。

 怪物が橋の上から見えたけど消えただの。

 それは作り話なんだって話とか。

 更には大赦の医療施設であんたの体が精密検査されたって話も。

 うちの部活の友奈に至っては、騒動の現場で顔を青くしてたあんたを見てたと言う始末!」

 

「うーわっ」

 

「白状しなさい! 大丈夫なの!?」

 

「あ、うん、この通り無傷で乗り越えたから」

 

「……そ、よかったわ」

 

 夏凜がホッとした様子を見せる。

 夏凜は安心した。

 竜児は心配かけたことを申し訳なく思った。

 メビウスはほっこりした。

 

「で、何があったのよ」

 

 間。

 夏凜の問いかけから竜児の返答まで間が空く。

 どう説明したものか、という困った感じの間が空いた。

 

「ええっと……天の神? 宇宙人? 的なのが、僕と融合した、みたいな」

 

「は?」

 

「宇宙人と合体しました!」

 

「は?」

 

「せ、正義の宇宙人と僕が……」

 

「は?」

 

 おたおたする竜児を威圧する夏凜の背後で、受付の銀河さんが含み笑いをしていた。

 

 すると、次の瞬間竜児の手にブレスレットが出現し、ブレスレットの宝石が点滅。点滅に合わせて外部に音声が発された。

 

『どうも、こんにちわ。僕はウルトラマンメビウス。

 君は……かりんとうちゃん、だったっけ? よろしくね』

 

「何よその名前私は夏凜よ鳥山を富山と名前間違えるような間違いを腕輪が喋ったっー!?」

 

「凄い! 今の夏凜のシャウト気味の長台詞、普通の人じゃ肺活量が足りなくて真似出来ない!」

 

「どこに感心してんのよ!」

 

 竜児の腕に現れたブレスレットは、巨人形態のメビウスが付けていたものと同じ形状のブレスレットだ。竜児にはこれの要の宝石を擦り上げて光線を撃った覚えがある。

 ちょっと色々試してみると、竜児の意思で出し入れできるようだった。

 そして出している間は、メビウスも喋ることができる。

 メビウスが事情をかいつまんで説明することもできそうだ。

 

『僕は、彼の勇敢で優しい想いに応えて、彼と一体化したんだ』

 

「リュージ、あんた運が良いにもほどがあるわね……」

 

「隕石が落ちて来て僕が死ぬ確率より低そうだよねえ、この蘇生イベント」

 

 とはいえ、夏凜が竜児に説明を求めた以上、竜児もちゃんと説明しないといけない。竜児自身、夏凜に頼みたかったこともある。

 

「今回、異常個体のバーテックスが出たわけなんですよ夏凜さん」

 

「ふんふん」

 

「僕とメビウスが協力して戦ったわけなんですが、メビウス曰く倒せていないらしくて。

 そこで僕は考えたわけです。つまりこの異常個体は、ちょっと変な成り立ちがあるのではと」

 

「うんうん」

 

「僕はバーテックスが知性のある少数の群体であると同時に、一つの総体であると思ってる。

 つまりあれがスウォーム・インテリジェンスなんじゃないかってことなんだ。

 群知能は、組織化された群体が分権化により集合的ふるまいをすると解釈するもの。

 これはアプリケーション的には、マルチエージェントシステムで解釈していくことができる」

 

「……うん?」

 

 文章に直すと目が滑る理屈の気配がした。

 

「マルチエージェントシステムは、複数のエージェントの構成で個として成り立つ。

 個々のエージェントやモノリシックなシステムではどうしても限界がある。

 これを個々のエージェントモデルを設定、群体として困難の踏破を実現化させる。

 現在観測記録に残ってる星屑とバーテックスについては、これで説明つくと思うんだ」

 

「哲学的な話ね」

 

「2006年にケン氏が作成した『Evolve 4.0』は知ってる?

 資源を競合しながら生物が食らい合う人工生命SLソフトウェア。

 これを参考に、1993年の『Avida』も参考にしてみたんだ。

 カリフォルニア工科大学とミシガン州立大学のお墨付きだったから。

 ところがこっちで解釈・予測しようとしても、バーテックスに対しては無理だと判明した」

 

「哲学的な話ね」

 

「そこで考えた。

 バーテックスは知性、本能、そして上位者命令の三つでシンプルに動いているんだと。

 この上位者命令は、Evolve 4.0的に遺伝子プログラムと言い換えてもいい。

 『人間を殺すことを何より優先しろ』みたいなのってことだ。

 ここで行動法則から、僕は人工生命トレスではなくカオス理論解釈にスライドした。

 知性と本能で解釈しようとしてもどうしても無理だったからね。

 カオス理論的に言えば、バーテックスは妙なくらいに散逸の方向性が見られない。

 ならバーテックスの動きを解釈するには、アトラクターモデルが一番いいのではと僕は考える」

 

「哲学的な話ね」

 

「黄道十二星座の形に最終形が収束するのは、つまりそういうことなんだ。

 リミットサイクルがリミットトーラスとなるように。

 バーテックスは増殖・自己複製の過程で、アトラクターの個体を形成する。

 それが十二体のバーテックスというわけですよ。

 逆に言えば、そこを数学的に解明できれば、十二星座のバーテックスの融合の可能性も……」

 

「哲学的な話ね」

 

「……とまあ、この辺りで話を本筋に戻すとして。

 メビウスの光線はちゃんとあいつらを倒した。なのに倒せていないという。

 ウルトラマンの必殺技が光波だったことから、ここに一つの推論が立てられる。

 つまり、インコヒーレントだったのではないかと。

 コヒーレンスはバーテックスを倒せない仕組みを分析するためにも使われた概念だ。

 要するにバーテックスには波動的に干渉できない特性があるんだって話ね。

 バーテックスは物質的でありながらも非物質的だ。

 これを呪術的・科学的にインコヒーレントからコヒーレントにするのが勇者の封印の儀だ」

 

「哲学的な話ね」

 

「つまりその戦闘において、通常物理法則における非破壊性を奴は核に有していて……」

 

「哲学的な話ね」

 

「君さっきから哲学的な話ねしか言ってないな!

 なんだよその頭のツインテールは飾りか! もっと頭使って!」

 

「飾りじゃないわよお洒落よ! 第一分かるように言わないあんたが悪いんでしょうが!」

 

「飾りもお洒落も同じだろ!」

 

「人の髪の毛勝手に飾り扱いしないで!

 その言い方なら頭を飾ってないのはハゲだけじゃない! 情けないわよ!」

 

「ハゲの人を情けないとか言うな!

 飾り気のない頭と飾り気のない仕事ぶりで僕に評価されてる人も居るんだぞ!」

 

「それはその人の性格と能力が素晴らしいだけでハゲが素晴らしいわけじゃないでしょ!」

 

「ハゲはその素晴らしい人の一部なんだぞ!」

 

「髪の毛だってあたしの一部よ!」

 

 受付の銀河さん、キレる。

 

「ハゲハゲうるせーっ!」

 

「「 あ、すみません 」」

 

 二人揃って外に叩き出された。

 

「リュージ! 結論! 短く!」

 

 これ以上変に長引いた話、あるいは微に入り細を穿つような話を続ければ、夏凜にキン肉バスターを御見舞されかねない。

 

「あー、その」

 

 竜児の事情説明は、頼みごとの前フリだ。

 頼みづらいと思っていた事柄の前フリだ。

 言いづらい事柄であるがために、ほんの一瞬言い淀む。

 

「ウルトラマンでも、封印の儀をしないとバーテックスは倒せないんだと思う。

 本体の御霊(みたま)が引きずり出せてないからだ。

 相性問題で、バーテックスはウルトラマンより勇者の方が戦いやすいんだろうね」

 

「で?」

 

「完成形勇者なら一人。

 現世代勇者なら複数人。

 バーテックスに、封印の儀をしてくれる人が要る」

 

 問題点は全部で五つ。

 一つ、メビウスの体の操作権は今竜児にあるということ。

 一つ、竜児には格闘技の心得など全くないこと。

 一つ、現在の彼ではメビュームシュートをまともに撃つことすらできないこと。

 一つ、前回の死闘でも獅子のバーテックスは倒せていないこと。

 そして、封印の儀を行う勇者が居ないこと。

 

「信頼出来る勇者の力が借りたい。夏凜の力が欲しい」

 

 勇者なら誰でも良いという勝利条件の中、竜児はあえて夏凜一人を選ぶ。

 

「本音言いなさいよ」

 

「え」

 

「信頼できる勇者というか、"多少なら迷惑をかけてもいいと思ってる勇者"でしょ」

 

「……う」

 

「ついで言えば"遠慮なく寄りかかれる勇者"とか?

 まーあんた、赤の他人に迷惑と重荷を投げられる人間じゃないか」

 

 やれやれ、といった感じに肩をすくめる夏凜。

 彼女はちゃんと情で動く。

 情で動くべきでないと考えながらも情に流されやすい竜児とは違い、彼女は生来情に厚く、情を理由にして人を助けることを躊躇わない。

 要するに、素直でないだけでお人好しなのだ。三好夏凜は。

 友人の頼みであれば、極力聞いてやろうとするくらいには。

 

「いいわ、力貸してあげる。完成型勇者、それが私よ!」

 

 彼女の自信は揺らがない。

 頼られても揺らがず、未知の状況に置かれても揺らがないのは、彼女の内側には努力に裏打ちされた自信があるからだ。

 

「僕もさっきは勢いで飾りなんて言って悪かった。

 そのツインテール、よく似合ってるぜ美少女夏凜」

 

「ふふん、当たり前よ」

 

「考えてみれば伊達眼鏡付けて知将の雰囲気出してる僕が言うことじゃなかったよな」

 

「出てないわよ知将の雰囲気」

 

 眼鏡クイッ。

 竜児がワンアクション入れるが、夏凜の馬鹿を見るような目は変わらない。

 受付の銀河さんが呆れた目で二人を見ていた。

 

「うーんあのノリで気が合うのかあの二人……摩訶不思議」

 

 竜児がかいつまんで事情を話せば、夏凜もようやく正確に事態を把握する。

 とはいえ、大赦の人間が勇者に明かす内容は厳密に規制されているので、肝心な部分を隠して話さなければならないことは心苦しい。

 

「そんなことになってるとは思わなかったわ……

 うちの兄が

 『竜児を手伝ってほしい』

 って言って文献資料の施設の場所伝えてきたから、資料整理手伝えってのかと」

 

「というか僕夏凜にはメール一本入れてたはずだけど、心配しなくていいよってやつ」

 

「まさかー」

 

「ほら」

 

「……まさかー」

 

 夏凜が余裕綽々で取り出した携帯電話の画面を、裏切り者を見るように見つめる。

 

「ああ、春信さんのメール見てここに直行。

 移動中に僕のメールが入ったから気付かなかったのか。

 メールに簡潔な事情説明は入ってたのに……」

 

「ま、まだ無駄足じゃないし……

 ここであんたの資料整理とか手伝ってれば、来たことは無駄じゃないし……」

 

「いや無理だよ」

 

「えっ」

 

「勇者は大赦職員じゃないんだから大赦の機密文書読めるわけないだろ」

 

「えっ」

 

「大赦も勇者も神樹様に仕えてるけど、勇者は必ずしも大赦に仕えてるわけじゃないんだからさ」

 

「じゃあ私は何のためにここに来たのよ! 来た意味無いじゃない!」

 

「知らないよ! 知らねえよ! 僕が知るわけないだろう!」

 

 まーたぎゃあぎゃあ騒ぎ出し、受付の銀河さんが仮面の下で呆れ顔をした。

 

「もうあんたなんか知らない! じゃあ帰るから! 何かあったらすぐ電話しなさいよ!」

 

「おう帰れ帰れ! 夏凜が居なくても困らないから! 車に気を付けて帰るんだよ!」

 

 二人は喧嘩別れして……喧嘩別れして? 夏凜だけが先に帰った。

 

「……本当に夏凜が来た意味ないやつだった」

 

 少年がそんなことを言うものだから、メビウスの明るい笑い声が竜児の胸の中に響く。

 

『意味はあったんじゃないかな。リュウジ君が元気になったんだから』

 

 いつの間にか、少年の顔は前を、心は上を向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待たされても嫌な顔一つ見せず――顔隠してる大赦だからそりゃ当然――対応してくれる銀河さんは、大赦職員の鑑であった。

 嫌味の一つくらいはぶつけてきたが。

 

「普段から女の子に触れる機会には困らなそうデスネー。鷲尾さんのアレとか」

 

「誤解です」

 

 この人仮面付けてるのにやたら人間味出してくるな、と竜児は自分を棚に上げ、資料室に足を踏み入れる。

 竜児は受付さんに女の子とばっか話してるようなことを言われたせいか、ちょっと心外だという気持ちになっていた。

 風評被害だ。

 竜児は男子ともよく話している。

 竜児はクラスで男友達と話していた時の会話の記憶に、思いを馳せた。

 

―――リュウさん……リュウさん……心臓に毛が生えてるような勇気ある女の子っていいよな

―――心臓に毛が生えてるような女の子って下の毛もボーボーなのかな……リュウさん……

 

―――ヒルカワ君、その内警察にお縄にされるか首に縄を巻くハメになるよそのノリ

 

 すぐに記憶を投げ捨てる竜児。

 ヒルカワの記憶汚染は深刻だった。

 "こいつは人間のクズだぜ!"とクラスでも評判なヒルカワの記憶を振り払うべく、竜児は資料室の文献に目を通し始めた。

 

「え」

 

 そして、目の前の文字列に一息の間、自分の目を疑う。

 

「これは」

 

 呆気に取られた、と表現すべきか。

 虚をつかれた、と表現すべきか。

 我を忘れる、と表現すべきか。

 いっそ茫然自失と表現してもいいかもしれない。

 そのくらい、その文献に記されていた内容は衝撃的なものだった。

 

「……ああ、そういう」

 

 大赦の竜児より偉い人達がウルトラマンについて知らされても、何故驚かなかったのか。

 何故このタイミングでこの資料の閲覧権限が与えられたのか。

 あの前例の無い異常個体のバーテックスへの神樹様の対応が、何故遅れたのか。

 全ての答えはここにあった。

 

「皆、この記録を見ていたのか」

 

 メビウス以外に他人の居ない資料室。静寂の中で、竜児は淡々と文字列を読み上げた。

 

「2015年7月30日、バーテックスが初襲来。当初、根源的破滅と呼称。

 2016年8月7日、ウルトラマンガイア日本に初出現。

 2016年8月14日、ウルトラマンアグル日本に初出現。ガイアとアグル、共闘」

 

 それは、大赦が記録した西暦の時代の戦いの記録。

 

「2016年10月21日、アフリカ大陸陥落。

 2016年11月8日、北アメリカにウルトラマンパワード初出現。

 2016年11月9日、南アメリカにウルトラマングレート初出現。

 2016年12月16日、ロシアにウルトラマンネクサス初出現」

 

 地球から生まれたウルトラマンと、宇宙から助けに来てくれたウルトラマンと、人間達の戦いの記録。

 

「2016年12月24日、ウルトラマンガイアとアグル、初敗北。

 2016年12月25日、ウルトラマンティガ初出現。ティガ、ガイア、アグル、共闘。勝利。

 2017年1月29日、ヨーロッパ壊滅。移民の流入と世界的治安悪化の明確化」

 

 戦って、勝って、負けて、新たな仲間が増えて、勝って。

 

「2017年3月2日、南アメリカ陥落。生存者とグレートがユーラシアに移動。

 2017年4月4日、グレートとネクサスの戦闘。同日共闘、バーテックスを撃退。

 2017年6月21日、北アメリカ陥落。生存者とパワードがオーストラリアに移動。

 2017年9月13日、オーストラリア大陸陥落。生存者とパワードが中国に移動」

 

 失って、逃げて、仲間を得て、また失って。

 

「2017年11月11日、グレート・パワード・ネクサスの共闘。ロシア陥落。

 2017年12月24日、グレート・パワード・ネクサスの敗北。ユーラシア全域の陥落。

 2017年12月25日、グレート・パワード・ネクサスが日本に移動。人間の生存者無し」

 

 負けて、失って、また負けて、また失って。日本以外の全てが消えて。

 

「2018年1月22日、日本でウルトラマン六名の同盟が締結。各地の土地神も同盟に参加。

 2018年2月4日、前身となる『神樹様』の成立。

 2018年4月8日、日本六ヶ所での大規模戦闘。六ケ所全てで勝利と記録。

 2018年6月12日、日本国土の40%が陥落」

 

 敵の恐ろしさの記録、敵が出した本気の記述、それらがどんどん積み重なって。

 

「2018年9月6日、第一世代勇者システム投入。神樹様の力を受け取る人工的個人の成立。

 2018年10月15日、旧地域の一部奪還に成功。

 2018年11月3日、連日の連戦により勇者と巨人の消耗が危険域に達したとの報告。

 2018年12月24日、ウルトラマングレート敗北。グレート死亡、神樹様と同化」

 

 途中からは、読んでいるのも辛い文章が続いていく。

 

「2018年12月25日、不安と恐慌から暴徒と化した人間による、ティガ変身者の殺害……」

 

 西暦末期には、人間の愚かしさは最高潮に達していた。

 人間を守るために戦った者を「無能」「役立たず」と罵るほどだった。

 竜児はそれを知っていたのに。

 知っていたはずなのに。

 文を読み上げるだけで、胸が苦しい。

 

「2019年2月18日、パワード特攻。半年の猶予を得る。

 2019年5月24日、過去に散ったウルトラマンが全て神樹様と同化してくれていることを確認。

 2019年8月15日、ネクサス計画始動。

 2019年8月18日、ネクサス計画実行。ネクサス神樹様と同化。

 2019年8月19日、ウルトラマンと勇者に有利な戦場が樹海として展開されることを確認」

 

 天の神は国津神にあたる土着神のことごとくを打ち倒し、天より来たる神の如き巨人のことごとくを打ち倒し、そして。

 

「そして……連日連夜の連戦……最後に決戦……結果、敗北。

 ガイア、アグル死亡。勇者の最終生存者一名。四国を除いて世界は滅亡」

 

 すり潰されるようにして、西暦の戦士達の戦いは終わった。

 

「大社は天の神に(ゆる)しを請うて、大赦と改名。

 生贄を捧げて天の神へと国譲り。

 西暦は終わり神世紀元年と改められ、以後大赦による情報操作と教育調整が……」

 

 そして、天の神に媚びる歴史が始まる。

 大赦は天の神への反抗と逆襲、世界の奪還のためならば何でもやる覚悟を決めたようだ。

 散々人間とウルトラマンを殺してきた天の神に"赦しを求める"のは、彼らにとってどれほどの屈辱だっただろうか。

 その後諦めず、表面上は天の神に媚を売り、裏で勇者システムを開発して天の神への逆襲を考えている辺りにも、当時の大赦構成員の秘めた怒りは窺えた。

 

 それが300年前に生きていた、夏凜などの者達の先祖であるわけだ。

 元から手段を選ばず世界を守ろうとした人達が、大赦という一箇所に集まり、更に手段を選ばず世界を取り戻そうとしている。

 ゆえに冷酷。

 ゆえに残酷。

 それが大赦という組織。

 

 いつに書かれたものかは分からないが、余白に"人間が奇跡を起こさない限りウルトラマンでも勝つことはできない戦いだった"と走り書きがされていた。

 "人間は奇跡を起こせなかった"と走り書きがされていた。

 

「うん、いや、でも……やっぱりメビウスの言ってた

 『二体の怪獣が融合したような個体』

 の記録はない。だとしたら、神樹様の樹海化が遅れたあれはやはり異常個体……?」

 

 竜児は現在の情報と過去の情報をすり合わせていく。

 やはり異常個体だからこそ反応が遅れたのだろうか?

 竜児は何かを見落としている気がする。記憶の中を探しても、この資料の中を探しても、見つからないであろう見落としが。

 

『僕もネクサスとは共闘したことがある。

 やっぱりあの樹海は、メタフィールドの一種だったんだね』

 

「メタフィールド?」

 

『ヒカリ曰く、ウルトラマンが命を削って展開する不連続時空間のことさ。

 メタフィールドの内部と外部は断絶され、内部ではウルトラマンが強化されることになる』

 

「へぇー……」

 

『総じて"ウルトラマンに有利な空間"と思えばいいかな。

 この地球においては"勇者に有利な空間"でもあるようだけど』

 

 かつてウルトラマンを倒した怪獣がバーテックスの中に混じっている可能性は十分にある。

 半人前の竜児が操作するメビウスの肉体では、本来勝ち目などあるわけがない。

 だが、今神樹に同化してくれている六体のウルトラマンが、樹海化(メタフィールド)の力を介して力を貸してくれているわけだ。それなら僅かな勝機もある。

 

「未熟な僕に勝機があるとすればそこかな」

 

『そうだね。光線の威力も目に見えて上がってる』

 

 メタフィールドは特にウルトラマンの光の技を強化してくれる。

 敵を倒すには、とにかく攻撃力があればいいのだ。

 脳筋理論である。

 

「あ、そういえば。

 伊予島杏様の……先人の推察に、面白いものがあったっけ」

 

『?』

 

「バーテックスは基本的に大きいほど強く厄介。

 それはバーテックスが大型運用を前提としてるから。

 ならば何故そういう方向性を持った生物なのか、って推論」

 

『仮想敵が大きかった、とかじゃないかな』

 

「そう、そうなんだよ!

 この前フリで分かるメビウスはすげーなー。

 天の神にとっての『戦闘』って人から見れば大きすぎるスケールのものだったのかなって」

 

 戦車というものは、前の方から飛んで来る砲弾を当たりにくくするため、かつ当たった弾を受け流しつつ弾くため、地面にへばりつくように走る兵器だ。

 他の人類兵器も基本的に、"環境に合わせた運用思想に沿った設計"がなされている。

 

 ならば、天の神やバーテックスも何らかの『運用思想』に沿った力を持っているのは、ある意味当然のことなのだ。

 巨人対巨神が成立したのは、おそらくそういう面もある。

 

「僕が天の神なら、ウイルスサイズのバーテックスをまず作るね。

 次にコガネムシくらいのサイズで鉄を食いちぎれるバーテックスを量産する」

 

『酷い地球人がいる……』

 

「極論だけど、大きくて殴りやすいってのは長所であると同時に弱点だから。

 一説によれば人間はマンモスを狩り尽くしたらしいけど、ゴキブリは根絶不可でしょ?」

 

『え、この世界にはまだゴキブリが生き残っているのかい?』

 

「バリバリ生き残ってますよ……」

 

 天の神がこだわってるのは人間への攻撃なので、もしかしたら人類が滅んだ後もゴキブリやネズミは元気に地球で生きていくかもしれない。

 

 とりあえずそれはおいておいて。

 神と巨人の巨大スケールの戦いという観点、巨大なものと巨大なものが戦うことを前提とした運用思想という観点を得て、竜児は一つの仮設に辿り着いた。

 

「でも、そういう想定規格が噛み合った戦いだったと考えれば、西暦の戦争に仮説が立てられる」

 

『仮説?』

 

「メビウス、最初に見た時は黄金の炎の紋章みたいなの体に刻んでたじゃん?

 それで全身を真っ赤な炎で燃やしてたじゃん? あれってもうできないのかな」

 

『君が未熟だから無理だよ』

 

「うぐっ……そ、そうなんだ」

 

 予想外の言葉の刃が突き刺さる。メビウスに刺した自覚は無い。天然だ。

 竜児は気を取り直して、話を続ける。

 

「僕が燃え上がる君を初めて見た時、連想したのは北欧の巨人スルトだ」

 

『スルト?』

 

「北欧神話において、巨人は神族と敵対している。

 スルトはその中でもとびっきりの炎の巨人だ。

 何せ、ラグナロクの最後に世界を丸ごと焼き尽くして神々の時代を終わらせるんだからね」

 

『……炎の巨人、スルト』

 

 メビウスは強化形態・バーニングブレイブへ成ることで、ウルトラの星と光の国にて並ぶ者が無いほどの炎耐性を得るウルトラマンだ。

 炎を操るという意味では、宇宙警備隊随一と言っていいだろう。

 彼は光の巨人であると同時に、炎の巨人でもある。

 

「今、この世界は神々の時代の真っ只中だ。

 多くの出来事が神話をなぞり、神々と人柱の神話を再現してる」

 

 竜児は真実を教えてくれた資料の背を指でなぞる。

 

「本来のラグナロクで世界は燃え尽き、けれど人は滅びない。

 "火から守られた場所"という意味の名の聖域ギムレーは、善良な人々を受け入れる。

 ホッドミミルの森で生き延びた二人の人間は、ここでおそらく増えるんだろう。

 生き延びた二人の人間の名は、リーヴとリーヴスラシル。

 二人は神々の黄昏の後に、子供を増やして地に満ちていく役目を与えられるんだ」

 

『それは、まるでこの四国のようだね』

 

「そう、そうなんだよ」

 

 竜児は眉をひそめた。

 

「僕は今日ここで資料を見るまで、君がスルトに対応すると思っていた。

 これが『北欧神話のなぞり』なんじゃないかと考えていた。

 "日本神話だけを参考にする天の神の使徒が黄道十二星座をモデルにしてるのは変"

 って昔からずっと思ってたから、海外の神話のなぞりなんだと思っちゃったんだ」

 

『え』

 

「でも違った。

 ラグナロクはもう終わってたんだ。

 巨人と神々の戦争がラグナロクなら、それはもう西暦の時代に神々の勝利で終わっている」

 

 ウルトラマンは神ではない。

 だが神と見られることもあり、ほとんどの者から巨人と見られる。

 北欧神話の巨人も同じだ。

 北欧の巨人は神々と子を成すことも可能で、神に近い存在であることが暗に語られている。

 

「天の神は巨人に勝利し、その後に世界をスルトじみた火で焼いた……」

 

 巨人が神々と世界を焼いたのが伝承におけるラグナロク。

 だがこの地球におけるラグナロクは、神々が巨人と人々を焼いたというものになっている。

 正しいラグナロクは『神々の時代が終わり、人間の時代が始まった』で締めくくられるべきものなのだが、ここでは逆に人間の時代が終わらせられて神々の時代が始まってしまっている。

 神樹様と天の神が対立する、神々の時代が。

 

()()()()()()()()()。この地球の巨人達(ウルトラマン)は……」

 

 彼は「この後に神々の時代を終わらせるラグナロクがあるのでは」と炎の巨人メビウスに期待してしまっていたから、「もうラグナロクは終わっている」という事実に打ちのめされたのだろう。

 

 北欧神話において、人間は木から作られている。

 神樹様を思わせる"世界樹ユグドラシル"と同じトネリコの木から作られた男アスクが、北欧神話における最初の人間だ。

 ゆえにこそ北欧の結末は、人を燃やす炎によってもたらされたのだ。

 世界と宇宙を支える世界樹ユグドラシルはまさしく、この世界における神樹様そのものであり、それが北欧神話的に世界の現状を解釈しようとする竜児を追い詰めてしまう。

 

 眼鏡をクイッと押し上げて、竜児は深い溜め息を吐き出した。

 

「メビウスが思ってるより、僕はガッカリしてると思うよ」

 

『君が思ってるより、君の心はガッカリしてるよ』

 

「……そういや心繋がってるんだった」

 

『君の想いは僕の想いで、僕の想いは君の想いさ』

 

 竜児は目を閉じ、結界の外に思いを馳せる。

 結界の外は何百年も消えないままの炎が世界を焼き続けているという。

 それも天の神からすれば手を抜いている方で、西暦の終わりに人間が本気で媚びて詫びたという経緯がなければ、結界の中はとっくに蒸し焼きにされているという。

 天の神が怒れば、ほどなくそうなるだろうと言われていた。

 

『僕はもしかして、その神話的な話で解釈すると……遅かったんだろうか』

 

「メビウスのせいじゃない。

 君には地球を守る義務なんて無いんだしさ。

 でも、否定もしないよ。

 これはきっと、スルトが間に合わず終わってしまったラグナロクだ」

 

 北欧神話において、スルトの親族は大樹ユグドラシルを飲み込むとされている。

 この親族、誰のことか明言されていない。

 だがこの世界の現実を神話的解釈するのであれば、"大樹がスルトの親族を飲み込んだ"という形での神話のなぞりと考えるべきだろう。

 神樹は、ウルトラマンを吸収して今の形になったのだから。

 

 今の四国は、北欧神話におけるギムレー。炎から守られた人々の聖域。

 しからば神々の時代を終わらせられるのも、北欧神話に書かれているように、炎の巨人スルト/ウルトラマンメビウス以外にありえない。

 

「運命。確かにこれは、運命ってやつなのかもしれないな」

 

 ウルトラマンメビウス。彼は希望。彼は光。彼は炎。

 

 今の地球を覆う神々の時代を終わらせられるかは、赤き巨人の双肩にかかっていた。

 

 

 




【原典とか混じえた解説】
●神樹様
 土着の神(地球より発生したもの)と天の神の離反神(宇宙より来たもの)が混ざったもの。地球の人間を守るため結界を張り続ける神の大樹。
 軸になっているネクサスが持つ『メタフィールド』という結界能力、ネクサスの力の系譜を持つウルトラマンの固有能力『シャイニングフィールド』に類似した時間操作能力により、勇者の力に対する絶対耐性・四国結界・時間を止める樹海化などを実現させている。

・ウルトラマンガイア&ウルトラマンアグル
 地球の大地の光と海の光が生み出したウルトラマン。
 原作において天の神のように宇宙から飛来し、理不尽に根源的な破滅をもたらそうとする、根源的破滅招来体と戦った。
 根源的破滅招来体は神を気取っている、と言われている。
 その本質は、地球からウルトラマンの光を預けられたただの人間。
 力を与えられた人間が間違えても、迷っても、地球は何も言わない。
 選択と責任は全て変身者の手に委ねられている。

・ウルトラマンティガ
 三千万年前、地球がウルトラマンの星でもあった頃の地球人。
 一部の地球人の遺伝子の中には今でもウルトラマンの力が眠っており、何かのきっかけがあればウルトラマンへと姿を変えることができる。
 ただし、ウルトラマンの子孫である地球人は極めて希少。現地球人には0。

・ウルトラマンネクサス
 絆――ネクサス――のウルトラマン。
 諦めない心を何よりも尊び、人の絆に敬意を表し、「まだだ」と叫ぶ人々やウルトラマンに力を与える『ウルトラマンの神』……が、力を失った成れの果て。
 現在の神樹の軸。
 ガイア&アグルと同じ、"選ばれた人間に力の使用権が与えられる"タイプのウルトラマン。
 時空干渉、勇者の選定、見込んだ人間への過剰スパルタなど、神樹の属性の多くを担う。

・パワード
 怒ると青い目が赤く染まるジードみたいなウルトラマン。
 ウルトラ兄弟最強の初代ウルトラマンと比べ五倍強い、なんて設定を持つ。
 彼が原作で戦ったパワードザンボラーは地球が人類に罰を与えるため生み出したもの。
 パワードでも歯が立たず、あまりにも強かったために戦闘勝利の道筋もなく、パワードの祈りと対話によって"帰ってもらった"。
 神の怒りも星の怒りも、打ち倒すのではなく鎮めるべきものなのは同じ。

・ウルトラマングレート
 地球人の大気汚染のせいで、地球では三分しか活動できないウルトラマン。
 設定が既に地球人を責めている。
 敵までもが「ウルトラマンが三分しか動けない地球環境にした人間に守る価値ある?」と煽ってくるのだが、快く人類を守ってくれる巨人。
 原作で最後の敵となった怪獣は、環境破壊により地球が願った『人類の絶滅』を実現させようとした海の魔神と天の魔神。
 海の底と宇宙の彼方から来た魔神にグレートは敗北した。
 グレートはゆゆゆ的解釈をすれば『天の神と神樹様が揃って人類を滅ぼしに来る』物語である。

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