時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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文字数膨らんで定時更新に遅刻しちゃったけど許してクレメンス


第七殺三章:僕の名前

 ライザーがカプセルの力をリードする。

 瞬時に人間サイズのリバースメビウスへと転じたコピーライトと、乃木園子が激突する。

 精霊33体のパワーソースを注いだ精霊ウルトラマンノアの力を行使しても、まだ力の総量はリバースメビウスが上回っていた。

 所詮精霊では力の一端。

 ウルトラマンの神・ノア本体の、本当の全力には及ばない。

 

「こほっ」

 

 されどその一端でも、ただの人間である園子には大きすぎる力だった。

 瞬間移動、絶対防御、極大威力。

 リバースメビウスとの数度の攻防で力を行使する度に、園子は痛々しく血を吐き出していく。

 

「33体の精霊はノアの力を行使するパワーソースであると同時に、フィルターか。

 あまりにも強大な力の反動と逆流を抑えるため、大量の精霊を間に挟んだというわけだ」

 

「あー、分かっちゃう? やっぱり分かっちゃうか~」

 

「誰にも教わらず、その運用を自分で見つけ扱うという時点で、規格外のセンスと言える」

 

 だが、その反動を考慮しても、満開三人がかりでも囮と時間稼ぎがやっとだったリバースメビウスの強さを考えれば、満開無しでほぼ互角に戦えているというのが既に桁違いだった。

 園子の力は規格外だ。

 これまでのバーテックスとの戦いであれば、まず力負けだけはしないと思えるほどに。

 

 園子は連続で瞬間移動を行い、リバースメビウスの光線を絶対防御で防ぎ、精霊を自動攻撃浮遊砲台のように扱って、オールレンジからの攻撃を行う。

 精霊は園子の周囲から無数の武器を射出させ、精霊の力で地面から無数の武器を生やし、空から無数の武器を降らせる。

 不死鳥の炎が、それらの攻撃を全て蒸発させる。

 それは、神話の戦いだった。

 

 それでも園子はリバースメビウスには届かない。

 コピーライトが巨人化していない時点で、リバースメビウスが全力を尽くしていないことは明白だった。

 死ぬ気で戦わずとも互角に戦えるリバースメビウスと、命を削るような無理をして互角に持って行っている園子。このまま戦えば、結果は明白だった。

 

 園子ははんなりと微笑む。

 

「だが、オレに敵うほどじゃあない」

 

「でも()()()()()()()()()()()()、今の優勢劣勢くらいは逆転できると思うな」

 

「やりたければやればいい。オレに止める気はない」

 

「そうは言っても、私に拮抗されるのは嫌じゃないかな~?」

 

「……」

 

「ここは、痛み分けで止めておこうよ。

 あなたは一回だけ弟を見逃す。

 私はたくさん満開してあなたと互角になるのをやめる。

 お互いに失うものがない感じで、うぃんうぃん提案になると思うな~?」

 

 間延びしたWin-Winの発音が、コピーライトの戦意を萎えさせる。

 

「命拾いしたな、愚弟」

 

 コピーライトは竜児を見逃した。

 一回見逃した程度で変わる何かは無い、と判断したのだろう。

 無理をして戦いが激化して、竜児が巻き込まれて死ぬというのも面白くない。

 消え行くコピーライトを見送って、園子はほっと息を吐き、むせこんだ。

 

「こほっ、こほっ、ごほっ、ゴホッ、ゲホッゲホッ、ゴボッ」

 

 最初はせきでしかなかったそれが、徐々に酷くなり、やがて血の塊をごぼっと吐き出す激しいむせこみ方に変わる。

 竜児が慌てて駆け寄った。

 

「だ、大丈夫!?」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ、私そうそう死なないから……生かされてるからね」

 

 精霊持ちの勇者はそうそう死なない。

 心臓が病気で止まっても、精霊が勝手に心臓を動かすからだ。

 死にたくても死ねない、とも言う。

 生き地獄で生かされている、とも言う。

 

 園子の口の端についた血を竜児がハンカチで拭ってやると、園子は少しくすぐったそうにした。

 

「あはは、中身がぼろぼろだから、ちょっとね。

 二年くらい療養してたけど、それでもちょっと回復しきれてないんだ。

 しばらく休まないと……すぐにあのお兄さんとまた戦うのは無理かも」

 

「そんな体の人に、戦えなんて言う人はいないよ」

 

「いるよ~? だから私は、ここに居るんだよ」

 

「っ」

 

―――今や『可能性』があるのはお前だけだ。事情があろうと、大赦も投入を決めるだろうな

 

 そう、コピーライトは言っていた。

 誰が園子を戦わせたかなんて分かっている。

 なんで投入されたかも分かっている。

 竜児が負けたからだ。

 竜児が所属している大赦が、ウルトラマンの決定的敗北を理由に、世界を守るべく園子にこんな無茶をさせたのだ。

 園子の吐いた血が、この現状を招いた竜児の胸の内を締め上げる。

 

「変身したら、もうちょっとまともに動けると思ったのになあ……」

 

 たはは、と笑って、園子は竜児の目をまっすぐに見た。

 

「後のこと、お願いしてもいいかな。ウルトラマン」

 

 竜児は目を逸らす。

 

「僕はもう、ウルトラマンじゃない」

 

「違うよ。君がウルトラマンなんだよ。

 メビウスじゃなくて、あなたがウルトラマン。ちゃんと知ってるはずだよ」

 

「……違う。僕は、ウルトラマンになれないから、捨てられた失敗作なんだ」

 

「体がそうでも、あなたの心は誰よりもウルトラマンなんだよ。

 人間らしくないって意味じゃないよ?

 とっても大きくて、明るくて、暖かくて、優しいって意味だよ」

 

 よく見ると、園子の目は見えていない。

 勇者システムが目の周りに補助具を付けて、普段は見えない少女の目を、戦闘時にのみ擬似的に見えるようにしているだけだ。

 よく見れば、目の焦点がどこにも合っていないことが分かる。

 竜児はその目が怖かった。

 この少女とは初対面であるはずなのに。

 話したことすらないはずなのに。

 初対面なのに、自分の底の底まで見透かされているような気がする。

 

 まるで、神様を前にしているかのようだ。

 

「私、よく見える目があるから。ちゃんとあなたの心が見えるよ」

 

 園子は微笑む。

 園子は竜児を信じていた。

 竜児さえも知らない竜児でさえも見透かして、彼本人でさえ気付いていない彼の光を見通すように、その目は竜児を見つめている。

 

「それじゃ、私、あなたを信じておやすみするね。その内お迎えが来るから」

 

「へ?」

 

「おやすみぃ~」

 

「……寝やがった」

 

 見知らぬ男の前で変身を解き、適当なベンチに寝っ転がってすやすや寝始める園子。

 警戒心がないのか、あるいは襲われても反撃できる自分の力に自信があるのか。

 びっくりするくらい無防備な寝顔だった。

 

「ベンチで寝かしておくのもなんかな……」

 

 竜児は起こさないように運ぶかどうかを迷うが、園子を見て心底驚いた。

 腕が目を疑いたくなるほどにくらい細い。足もだ。

 全体で見れば女の子らしい体付きをしているとは思われるが、おそらくそう思って腕か足に触れると、その肉の薄さにふっと手控えてしまう類の少女。

 可愛らしい寝顔に、女性らしい姿に、病的に弱々しい四肢がある。

 

(こんな健全とは言い難い体で……戦ってくれたのか。戦わせてしまったのか)

 

 竜児は自分の額を自分の拳で殴りつけ、目を瞑り、歯を食いしばっていた。

 

 

 

 

 

 園子を大赦の人間が迎えに来た時、園子の腹の上にはお守りがあった。

 竜児が作った赤、橙、黄、緑、青、紫の六色……その最後の一つ。

 勇者の花の刺繍がなされた、紫色のお守りだった。

 お守りには、竜児の走り書きが添えられている。

 

『体が悪いなら、きっと守ってくれる』

 

 園子はぎゅっと、お守りを握った。

 

「……ドン底まで落ちても、私がちょっと血を吐いただけで、心配か……」

 

 結局、竜児は自分で作ったお守りを、自分では一つも持たなかった。

 全部他人にあげてしまった。

 最初は自分も、そのお守りの一つに守ってもらうつもりだったのだろうに。

 手の中にあったものを全部他人にあげてしまって、何も手の中に残らないのが、竜児の人生をそのまま表しているかのようだった。

 

「あなたは……また、立ち上がるんだね。そうなっても、みんなのために」

 

 園子は空を見上げた。

 空を包むは、見慣れぬ暗雲。

 四国結界の内部が、コピーライトの怨念と、リバースメビウスの反転輪の力の影響を受け、闇の変質を迎えつつある。

 

 空に、光が反転した闇の雲が広がっていた。

 

 

 

 

 

 空に、光が反転した闇の雲が広がっていた。

 

 東郷はその空の下、夢を見る。

 精神的な疲労と、東郷の巫女の資質による夢の誘導が合わさって、車椅子の上でうとうとと夢の中に落ちて行く。

 夢の中で、東郷を守るように立つ光の巨人が居た。

 

 勇者を、神樹を、世界を狙うリバースメビウスの前に立ちはだかり、勇者を守り立っている。

 メビウスと似た、けれどどこかが違う光の巨人。

 夢の中の東郷は、それを信頼の目で見ていた。

 東郷の意識が現実に帰還する。

 

 それは未来。

 それは神託。

 未だ不確定な未来への道筋を、おぼろげながら先に知覚する巫女の力。

 目覚めた少女は、夢の中で見た光の巨人の姿を心の支えとした。

 

「あなたは……また、立ち上がるんだね。そうなっても、みんなのために」

 

 東郷はしっかりしろ、と竜児に言った。

 それで竜児がしっかりしてくれれば、自分も強く立てるはずだと信じて。

 けれどボロボロな竜児がしっかり立つことなんてできるはずもなく。

 なのに代わりに、未来の竜児の姿がやって来て、東郷が進む力になってくれていた。

 

「未来からやって来てくれた、希望」

 

 東郷は愛国の鉢巻をぎゅっと締める。

 気分は敵艦隊に特攻する神風部隊のそれだ。

 だが、死ぬ気はない。

 敵に特攻しながらも、死ぬ気はない。

 これは命全てを投げ捨てる特攻を行うという覚悟と、その後に何が何でも生きて帰るという覚悟の現れである。

 

「私の頭の中のタイムマシンは高性能……なんだっけ」

 

 竜児から貰ったお守りを、握りしめる。

 

「楽しかった過去を、その日々を、取り戻さないと。

 ……それが楽しかったことだけは、このタイムマシンが教えてくれる」

 

 過去に積み上げてきたものがあるから。

 まだ、未来を諦めることなんて、できやしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見逃した竜児の姿を探して、海辺を歩くコピーライト。

 その姿を、遠くのビルの上から見つける風。

 

「満開!」

 

 ビルの上での迷い無き満開から、迷いの無い踏み込み。

 ビルの上から海岸線まで一瞬で移動する『ジャンプ』と、両断する大剣の一閃が、狙撃弾も敵わないレベルの"飛ぶ脅威"としてコピーライトを襲った。

 当たった……はずだった。

 だがそれは、炎の熱が見せた幻覚。

 陽炎(かげろう)で風の一撃を騙しかわしたコピーライトは、海の上に立っていた。

 

「勇者の中では珍しくクレバーな人間だな。

 一定距離で満開。満開の力で瞬時に距離をゼロに。

 そして、変身させる間もなく真っ二つにする魂胆か。オレでなければ通じたかもな」

 

「くっ」

 

 起動される二つのカプセル。

 

「ウルトラマンヒカリ、ウルトラマンメビウス」

 

 手早く二つのカプセルをセットして、ライザーでリードする。

 

「これで、ピリオドだ」

 

 ウルトラカプセルの一種に変質した怪獣カプセルが、コピーライトの体に融合・昇華した。

 

《 フュージョンライズ! 》

 

《 ウルトラマンヒカリ! 》

《 ウルトラマンメビウス! 》

 

《 ウルトラマンメビウス フェニックスブレイブ 》

 

 ざばあっ、と、海をかき分け現れる黒き不死鳥の巨人。

 海から現れ空を衝く、その悪しき巨人の姿を、四国の誰もが目にしていた。

 樹海化が始まらない。

 巨人が周囲に撒き散らしている海水を浴びながら、風は驚愕の表情を浮かべていた。

 

「! 樹海化が起こらない……」

 

「樹海化させればオレに乗っ取られる。

 オレに乗っ取られれば四国結界は最悪即消滅、そうでなくとも勇者に勝ち目はない。

 樹海化していない方がオレの弟は隠しやすく、ゆえに被害も抑えられるだろうしな。

 これしかないだろうさ。もはや樹海化はデメリットしかなく、滅びの結末以外にない」

 

 とうとう、樹海での戦いが行えなくなり、通常現実世界での戦いを余儀なくされてしまった。

 遠くから、巨人に怯え逃げ惑う人の声が、満開した風の耳に聞こえてくる。

 一歩間違えればあの人達が、と思った瞬間、風の背中に嫌な汗が流れた。

 一方コピーライトは、風の突撃の後に他の勇者が続くと思っていたために、誰も風に加勢しないこの状況に拍子抜けする。

 

「お前一人か」

 

「あたし一人よ」

 

「一人で勝てると思うのか?」

 

「もう他に戦わせていいやつなんて居ないでしょ。

 過去に二回満開してる子も。

 今日満開しちゃった三人も。

 ……本当に、どうしようもなく傷付いて、立ち上がれなそうな後輩も」

 

「人間らしい返答だ」

 

「あたしが」

 

 風はたった一人で、巨人に立ち向かう。巨大な悪魔を見上げて、叫ぶ。

 

「あたしが、傷付けたのよ。この手で、この口で、この心で……!」

 

 風の記憶から蘇るのは、自分が襟首を掴んで問い詰めた竜児の表情と、その弱々しい声と―――それでもなお、"犬吠埼先輩は悪くない"と庇い続ける後輩の心。

 

「皆を勇者部になんて誘わなければ……

 そうでなくても、最後に竜児君に、優しい言葉だけかけてやってれば……!」

 

 後悔があった。

 もう誰も戦わせたくないという想いがあった。

 だから彼女は、一人で満開しここに立っている。

 

「だから、もう! あたしは一人で戦ってみせる!」

 

 風が飛び出し、リバースメビウスに切りかかった。

 

 風の満開特性は、バランスよく強力な強化。

 殴っても蹴っても強く、切り込んでも強い。

 大抵の攻撃では死に至らしめられないタフさに、相応の速度と飛行能力も加わる。

 満開した風は空中で敵の飛び道具をかわし、小さな太陽を真正面から受け止めることも可能。

 隙の無い強化と巨人を両断できるサイズの大剣は、ウルトラマンや怪獣との戦いに最も向いたバランスの満開であると言えるものだった。

 

(なんで……なんでこの巨体で、こんなに速いの……!?)

 

 それでも、リバースメビウスには敵わない。

 走行速度基準で見れば、地上戦におけるフェニックスブレイブは竜児メビウスの十二倍以上のスピードを持っている。倍以上のパワーを持っている。

 そして、リバースメビウスのカタログスペックはフェニックスブレイブさえも超えていた。

 小賢しく海岸線を飛び回る風を、リバースメビウスが踵落としで叩き落とす。

 

「遅い、弱い、脆い」

 

「くあっ!?」

 

 叩き落された風が、海面に衝突して水柱を打ち立てた。

 風の命を守り、満開の力の花が散る。

 ただの踵落とし一発で、満開の力が散ってしまっていた。

 

「うっ」

 

 リバースメビウスの全身から炎が飛ぶ。

 風は下半身を海へと沈めながら、自分に当たる炎だけを切り飛ばしてしのぎ切る。

 満開ゲージが加速度的に増え、海水が蒸発してみるみる内に消えていく。

 

「こな……くそっ! 女子力全開! こんなところで、負けてられるかぁ!」

 

 風の左腕は、完全に動かなくなっていた。

 左腕の損失を補う白いリボンの姿も見える。

 

 供物は満開に捧げられ、散華によって消え去った。

 力と供物は等価交換。

 得られた力と引き換えに、供物はもう戻らない。

 

「満開!」

 

 なのに、風は連続で満開を行った。行ってしまった。

 沸騰する海水を吹き飛ばし、リバースメビウスへと切りかかり、巨大化させた大剣をメビュームツインソードに受け止められる。

 

「あたしはウルトラマン少年の先輩だから! 皆の先輩だから!

 後輩がズタボロになって全部の責任を取るところなんて……見たくないのよ!」

 

 勇者部の四人の後輩と、勇者部でない一人の後輩を想って、前に踏み込み続ける。

 あの子らは十分に失ったと、そう想いながら、風は失い続ける。

 満開し続ける。

 散華し続ける。

 優しさと後悔が、風を突き動かし続ける。

 

 リバースメビウスのメビュームスラッシュを大剣で受け止め、吹っ飛ばされ、砂浜を転がり、また満開の花が散った。

 立ち上がる風の両腕がだらりと下がる。

 二回の満開が、風から二本の腕の自由を奪っていた。

 

「たはは……これじゃもう、樹にご飯作ってあげることもできないかな……

 樹があたしのご飯食べて、美味しいって言ってくれるの、好きだったんだけどな……」

 

 風は悲しげに呟き、俯く。

 供物は満開に捧げられ、散華によって消え去った。

 力と供物は等価交換。

 得られた力と引き換えに、供物はもう戻らない。

 

 風は仲間を想い、後悔から満開を繰り返す。

 そして満開の結果失われたものを見て、更に後悔を繰り返す。

 後悔が後悔を生む悪循環、後悔を積み上げる永久ループ。

 風は勇者の力の補助を受け、歯で大剣を噛み掴んで振り回し、リバースメビウスが連発する薄く広い弾幕を切り飛ばして前へ、前へ。

 そしてゲージが溜まったところで、悲しみと絶望を吐き出すように、叫んだ。

 

「満開!」

 

 三度目の満開。

 

「幸せなやつだな」

 

 心で泣いて、顔で絶望し、自分に挑んでくる風を見て、コピーライトは鼻で笑った。

 

「失うのがそんなにも辛かったのは!

 貴様が……本当に幸せだったからだ!」

 

「―――」

 

「幸せが当然だったから、幸せがない今に耐えられん心があっただけだ!」

 

 憎悪と羨望が混在しているような、コピーライトのその叫び。

 

「ただそこに生まれたというだけで幸せな人間が。オレ達と同じ幸福のラインまで、堕ちて来い」

 

 負けてなんてやれないな、と風は思って、巨人を鼻で笑い返した。

 

「弟の竜児君となら同じ地獄に落ちてもいいけど、あんたと同じとこなんてまっぴらごめんよ」

 

 似てない兄弟だ、と風は思った。

 

「地獄を一緒に見る相手くらいは選ぶワ」

 

「大口を叩くな。小さな人間のくせに、巨人並みに大きな口だ」

 

 そんなコピーライトの顔面を、ビルの上から東郷が撃ち抜く。

 東郷のありったけの力が込められた弾丸は簡単に弾かれ、東郷の満開ゲージが溜まりきった。

 

「東郷!?」

 

「そんな顔をしている今のあなたには分からない。

 私達が、自分が犠牲になることだけなら耐えられても……

 本当に大切な人が犠牲になることだけは耐えられない、その気持ちは」

 

 東郷の中で幾多の感情が渦巻く。

 自分の失われた記憶。

 夏凜の失われた記憶。

 両方が頭の中で渦巻いて、"友達のことを忘れてしまうかも"という想いを噛み潰し、東郷は悲痛な声色で呟いた。

 

「東郷! やめなさい!」

 

「満開」

 

 風と同じく、東郷も三回目の満開へ。

 

 

 

 

 

 海に現れ、人々を恐怖と逃走に追い込んだ黒い巨人。

 一般市民は逃げ惑い、それを大赦とその下部組織が避難誘導し、怪物から遠くに逃していた。

 安芸先輩もまた、部下と一緒に人々を逃がすことに専念している。

 空は、闇に覆われていた。

 

「避難誘導は?」

 

「順調です」

 

 部下の報告によれば、海岸線周辺の市民は皆逃がせたとのこと。

 

「勇者はもう一般人に認識されてしまったでしょうか」

 

「それはないわ。

 巨人と比べれば勇者は小さすぎる。

 巨人の力で巨人の近くの空間はねじ曲がり、光と闇で一杯よ。

 遠目には勇者の姿も見えず、近くでも勇者の顔など見えるはずもない」

 

「分かりました。引き続き人払いを」

 

「楠芽吹や防人達は?」

 

「予定通り、最終防衛線に待機させてあります。

 勇者の敗北次第で、そこで防衛が行われる予定です。

 戦死した勇者の端末が回収できれば、防人に渡し、急場凌ぎの勇者として満開を通達します」

 

 元勇者候補32人で構成された防人さえも投入された防衛戦。

 否、総力戦だ。

 もはや大赦も人類も、現在持つリソースの全てをこの防衛にあてなければおっつかない。

 でなければ、世界は滅びるからだ。

 

 四国の中心に突如現れた神樹の光の樹が、人々の唯一の希望であると同時に、逃げ惑う人々が目指す避難地点だった。

 

「勇者や防人が全力を尽くして負けるならいい。

 万が一にも彼女らが、世界を憎みわざと負けるならそれでもいい。だけど」

 

 安芸が目を細める。

 

「億が一にでも、『大人の怠慢』で負けることなど許されないわ。通達を」

 

「はっ」

 

 安芸は通常時の四国に現れた神樹の本体と、それを折りかねない七体目のバーテックスたる巨人を、順番に見る。

 

「世界の終わりが、始まる日……」

 

 勇者は居ても、ウルトラマンはどこにも居なかった。

 

 

 

 

 

 これでもう、東郷は四回目の満開だ。

 

「満開!」

 

 仕方がなかった。

 一度目の満開で片腕、二度目の満開で両腕、三回目の満開で両足の自由を失った風が、砂浜に倒れてしまったから、それを助けるために四度目の満開をせざるを得なかったのだ。

 既に東郷は足と記憶に加え、片目の視力を失っている。

 

 東郷の満開特性は戦艦。

 空を飛ぶ空中戦艦を顕現させ、莫大な攻撃エネルギーと膨大な攻撃弾幕を展開し、戦艦を移動ユニットにも防御ユニットにも使うことができる。

 巨大な敵と戦うのには、これ以上なく頼りになる力だ。

 その攻撃の破壊力は凄まじく、リバースメビウスを火力で海の方に押し込んでいく。

 

「小賢しい」

 

 だがそれも、リバースメビウスのメビュームスラッシュで両断されてしまう。

 

「うあっ!」

 

 戦艦は両断され、花散るように砕け散り、東郷の満開は解除されてしまった。

 砂浜に落ちた東郷は、取り落としてしまった散弾銃を探す。

 ……様子がおかしい。

 明らかに、銃がない場所を手探りで探している。

 その目で見れば、銃がどこにあるかなんてひと目で分かるはずなのに。

 東郷は銃を探して、ひたすら何も無い場所を手探りで探していた。

 

「う……見えない……?」

 

「東郷あんた、まさか、最初の満開で右目、次の満開で左目を……!?」

 

 供物は満開に捧げられ、散華によって消え去った。

 力と供物は等価交換。

 得られた力と引き換えに、供物はもう戻らない。

 

「うそ……目が……」

 

 ふっ、と嫌な想像が東郷の頭の中をよぎる。

 一生このままなのか? という想像が。

 想像は一瞬で、身の毛もよだつような恐怖に変わった。

 

(いやっ……)

 

 東郷はどうにか、その言葉を吐き出すのをこらえた。

 両手両足がもう動かず、勇者システムの補助で動けているだけの風が、励ます言葉も見つけられず絶望した顔をしている。

 散華の喪失はあまりにも重い。

 にもかかわらず、リバースメビウスは満開で倒せる気配すらなかった。

 

「もう、諦めろ」

 

 満開の失われる箇所はランダムだ。

 なのに何故こんなに悲劇性が強まるのだろうか?

 ……それは逆説的に、人間の体に捧げていい場所などどこにもない、ということを示している。

 どこを捧げても、結局それは悲劇となるのだから。

 

「幸福なんてあるだけで奇跡、なくて当然。それが宇宙の理だ」

 

 リバースメビウスの指先から放たれた光線が、満開が解けた二人に向けて放たれる。

 

 そこに、無言で飛び込む桜色の影。

 桜色は無言のまま光線に拳を叩きつけ、全身を焼かれながらも光線を相殺してみせる。

 そして体のところどころから黒い煙を上げながら、海に落ちた。

 

「……友奈っ!」

 

「……友奈ちゃん? そこにいるの? 来てくれたの?」

 

 風が叫ぶ。

 東郷が戸惑う。

 友奈は無言で立ち上がり、二人に背を向け巨人を睨んで、構える。

 言葉なくとも、友奈はその背中で勇気を示していた。

 その背中を東郷は見られないというのが、また皮肉であったが。

 

「お姉ちゃん! 任せて!」

 

「樹まで!? ……まさか、また満開する覚悟で……ダメよ樹!」

 

「……私、思うんだ。

 多分私、夢を失うと分かってても、満開してた。

 だって……熊谷先輩が泣いてたから。あの涙を止めたかったんだ。守りたかったんだ」

 

「!」

 

「私は、私の夢を他の人の命より優先させることなんて、できない」

 

 友奈を叩き潰そうとする巨人の片腕を、樹がワイヤーで縛りつける。

 

「私の夢は! 誰かの涙を消して、人を喜ばせるためにあるんだよ!

 夢が消えた後だって、私のことだから分かる!

 みんなに喜んでほしくて、涙を笑顔に変えたくて、私は何かの夢を抱いてたんだって!」

 

「樹……」

 

「私達が負けたら、皆不幸になっちゃうよ! 熊谷先輩が、また泣いちゃうよ!」

 

 樹は竜児が去った後で見つけた、竜児が落としていった眼鏡を身につける。

 樹はオーディションに応募したことも覚えてないが、彼にそうやって勇気を貰ったことだけは、思い出していた。

 

「デュワッ!」

 

 怖いけど、勇気を出せるおまじないで、悪の巨人に立ち向かう勇気を『彼』に貰う。

 

「夢のこと、思い出せないけど!

 ……夢のことで、先輩から貰った勇気のこと、思い出せたから!」

 

 夢を奪われても、夢のことで誰かから貰った勇気までは、奪われていない。

 

「どんな明日でも、明日が来なくなるなんて、私は嫌だよ! お姉ちゃん!」

 

「……樹!」

 

 風が、両手両足の自由すら捧げた状態で、勇者システムの補助を受けて立ち上がる。

 

 樹はワイヤーを引きちぎる巨人に四苦八苦しながらも諦めず、竜児との会話を思い出していた。

 

■■■■■■■■

 

「虹の色ってのは、科学ではなく文化が決めるっていうのが定説だ。

 人間の目が虹を何色に見るか、じゃない。

 虹を見た人間の心や精神性が、虹を何に見たかが重要ってことだね」

 

「虹がどう見えるかじゃなく、人が虹をどう見たか、ですか」

 

「そ。だからこの虹の六色と花のお守り、受け取ってほしい。きっと樹さんを守ってくれる」

 

■■■■■■■■

 

(虹はどう見えるかじゃなくて、見た人がどう見るか!

 熊谷先輩がどういう存在かじゃなくて、私が先輩をどう見ているか!

 私にとって熊谷先輩は……失敗作なんかじゃない! 絶対に! だから!)

 

 樹が死ぬ気で巨人をワイヤーで絡め取っている隙に、夏凜が巨人の体を駆け上がる。

 

「あんた気に入らないのよね」

 

「最初からそればかりだな、お前は」

 

「うちの兄は悪いことなんか何もしてないけどさ、それでも憎たらしくて!

 優秀すぎて、私にくれるのは劣等感ばっか!

 悪いやつじゃないのにそう!

 そこへ来るとあんたは、憎たらしい上に悪い兄と来た! ふざけんじゃないわよ!」

 

「知った事か!」

 

「お礼言っとくわ、クズ兄野郎!

 あんたのお陰で、兄に泣かされてるあいつの味方してやる気が湧いてきた!」

 

 夏凜を払い落とそうとする巨人の手をかいくぐり、巨人の体を蹴って跳び回り、夏凜は巨人の硬い表皮を斬りつける。

 リバースメビウスには傷一つ付かない。

 

「記憶がなくたって、分かることがある!

 あの熊谷君が頑張ってて、あんたが憎たらしいってことよ」

 

「記憶がなくなっても守るか、あの愚弟を! 兄に苦しめられたという共感一つで!」

 

「記憶が抜けたからって何!」

 

 巨人の目を夏凜が斬りつける。傷一つ付かない。

 

「私の魂が、あの光を守って戦えと言っている!」

 

 巨人の全身が燃え上がり、夏凜を飲み込もうとするが、一瞬早く巨人の顔を蹴って跳び、夏凜は巨人の炎をかわした。

 

「この魂は、私のものだ! 誰にも捧げない、誰にも奪わせない!」

 

 赤く熱い鼓動を刻む、情熱の魂。

 触れれば火傷しそうなほどに熱い魂だった。

 もはや、理屈を超越していた。

 

「勇者部、ファイトッー!!」

 

 風が掛け声を叫び、誰もが諦めず、苦痛を押し殺して前に踏み出す。

 

 ピンチの後にまたピンチ。

 ピンチの連続……そんな時。ウルトラマンに来て欲しいと思う、そんな気持ちがあった。

 来て欲しくないと思う気持ちがあった。

 ウルトラマンを戦わせずとも、自分達で全てを守ろうとする、輝ける者達が居た。

 

 

 

 

 

 彼女らのその戦いを、病院に運ばれ少し前まで緊急治療を施されていた園子が、窓からひそかに眺めていた。

 

「大切なのは、諦めないこと。諦めない人間の心こそが、ウルトラマンを復活させる」

 

 膝上の精霊ウルトラマンノアを、園子が撫でる。

 

「満開をして何かを失うと知りつつも、諦めず、守るために満開も辞さない、その心が」

 

 希望を持ち、未来を見て、今を諦めない。

 

 その心が、不可能を可能にする。

 

「満開をしなくても未来を掴める、その力に皆を至らせる」

 

 それが勇者であり、ウルトラマンだ。

 

 

 

 

 

 『ティガ』という文字の意味をご存知だろうか?

 『ティガ』とはマレー語、インドネシア語で、『三』という意味。

 神の神聖さを示す数字『三』を表す言葉だ。

 

 ゆえに……『三』好夏凜は、その精霊を引き当てた。

 

 

 

「―――『ティガ』ッ!」

 

 

 

 青い光が、夏凜を速くする。

 リバースメビウスの前にまで一瞬で移動した夏凜が二刀を振り下ろし、赤い光に染まった夏凜の斬撃へ、コピーライトは瞬時に二剣を叩きつけた。

 両者がぶつかった瞬間、刀と剣の接触点に光のスパークが起こる。

 初めて、リバースメビウスの本気から程遠い斬撃と、夏凜の斬撃が"打ち合った"。

 

「む」

 

 勇者は満開と散華を行うたび、精霊が一つ増える。

 神樹の中から自分に適した精霊を一つ獲得し、より強い勇者に進化する。

 夏凜は"引き当てた"のだ。

 『ウルトラマンティガの精霊』を。

 

 その精霊特性は、攻撃力強化の赤、速度強化の青、両方を平均に強化するマルチの三種の強化を肉体にもたらすこと。

 

「何これ……力も、速さも、上がってる? この精霊の力?」

 

 郡千景に続いて二人目となる、ティガの精霊使い。

 かつて誰かが使ったことのある精霊であるがために、他のウルトラマンと比べて勇者が引き当てやすく、よって夏凜が引き当てたという幸運。

 更に夏凜が"ウルトラマンの精霊"を引き当てたがために、他の勇者もウルトラマンの精霊を引き当てやすくなるという効果まであった。

 ……否。

 既に、皆は引き当てている。

 

 夏凜を警戒したリバースメビウスの足元にこっそり友奈が忍び寄り、その足をがっしりと掴み―――『投げた』。

 

「投げっ……!?」

 

「ゆ……友奈が、投げの鬼になった!?」

 

 『ウルトラマンガイアの精霊』。

 その特性は、精霊の増加により勇者パンチと勇者キックの二つのみが武器となった友奈に、敵を投げ飛ばすというシンプルで強力なスキルを付加するというもの。

 投げ倒されたリバースメビウスを、東郷の狙撃銃が狙った。

 

「目が見えなくても……当てる」

 

 東郷の銃に『ウルトラマンアグルの精霊』が宿る。

 ウルトラマンアグルはヤケになって人類を滅ぼそうとしてしまう困ったちゃんでも、絶望して色々投げ出そうとしてしまうネガティブな人間でも、輝けると信じている。

 そういう弱さがある人間だからこそ人に優しくなれると信じている、青きウルトラマンだ。

 狙撃銃から放たれた青い光弾『リキデイター』が、リバースメビウスの体を強烈に撃ち抜く。

 

「ちっ」

 

 リバースメビウスはウルトラマンの猛攻に、かすり傷ほどのダメージは受けたようだ。

 これ以上のウルトラマン式精霊の顕現はよろしくない。

 コピーライトは、まだウルトラマンの精霊を発現させていない風と樹を狙う。

 そこで、風を庇うように割って入った樹が、小さく弱々しい掌を突き出した。

 

 それで何ができる、とコピーライトが思ったのと、樹の掌とリバースメビウスのつま先が触れたのはほぼ同時。

 その瞬間、リバースメビウスの体は一方的に吹っ飛ばされた。

 

「て、てえええええいっ!」

 

「!?」

 

 『ウルトラマンパワードの精霊』。

 ウルトラマンパワードは、光の国のウルトラマンの中でも、とびっきりに暴力が向いていない心優しいウルトラマンであると言われている。

 まず拳ではなく、まず手押し。

 拳で殴ると相手が傷付くことを気にして、掌で敵を押して攻撃することが多いウルトラマンであった。

 初代ウルトラマンの五倍以上とも言われる戦闘力を持ちながら、パワードはあまり強く見られなかったウルトラマンであるという。

 

 ゆえに、樹にこの力を授けた。

 力で敵を叩きのめすのではなく、掌で押し、仲間から敵を遠ざける力を。

 ウルトラマンパワードの精霊は、勇者達の中でただ一人、敵を殴ることも蹴ることも嫌がる心優しい少女を選んだ。

 

「……歯応えを出せるようになってきたじゃねえか!」

 

 リバースメビウスがメビュームスラッシュを撃ち放った。

 巨大な光刃が、勇者達の能力では防げない大きさと威力で、少女らに迫る。

 『ウルトラマングレートの精霊』が風に宿る。

 風は野球選手のように大剣を振りかぶり、ぶん回して打ち返し、ピッチャー返しのごとく巨人の顔面に光刃をぶち当てた。

 

 自分の技の威力を喰らい、初めてリバースメビウスが苦悶の声を口から漏らす。

 

「ッ」

 

「マグナムシュートホームラン……なんちて」

 

 ウルトラマングレートは、カウンターの名手だ。

 どのくらい名手かというと、自分の持つ最強の光線技より、『マグナムシュート』という反射技で敵を倒した数の方が多いくらいのカウンターの名手だ。

 グレートの反射技は、ウルトラマンの中でも神業に数えられる域にある。

 

 ウルトラマンの精霊達は、かくして勇者達の新たな力となってその身に宿る。

 複数回満開した勇者に至っては、ウルトラマン以外の精霊も増加していた。

 

「行ける……これなら、満開無しでも!」

 

「うん!」

 

 満開を連発しても、時間稼ぎができるかさえも怪しかった戦力比が。

 満開を使わなくても、それなりに食い下がれる戦力比にまで埋められた。

 諦めない心が、それを埋めていた。

 

 けれど、それでも、満開しなければ勝てないだけの絶対的な実力差はあって―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もが戦っている。

 戦っているのに。

 竜児には戦う力が無い。

 摩耗した心は、どんどん感情が薄れていく。

 何も思いたくない心、何も考えたくない心、何もしたくない心の方が強くなっていって、心が誰かを助けようとするたび、心の燃料が尽きていく気がする。

 

 それは、竜児の心がとっくに限界を越え、消滅点に近付いていっていることの証明だった。

 逃げ惑う人々を見ても、助けたいと思えない。

 なのに、助けられないことに対して感じる罪悪感だけは、降り積もっていく。

 歩いて、歩いて、歩いて……竜児はある公園で、見覚えのある顔を見た。

 

「やあ」

 

「……春信さん?」

 

「ここに座りなさい」

 

 ベンチに座っている春信の隣に、竜児は座らされる。

 夏凜のことを思い出し、竜児は彼の目を見られなくなってしまう。

 夏凜に満開をさせてしまったから、夏凜を溺愛している兄の春信に合わせる顔がない、という理屈が彼の中にある。

 竜児の記憶しか失われていない時点で、苦しむのは竜児しかいないというのに。

 

「ひどい顔だ」

 

「……ごめんなさい」

 

「謝ってほしいわけじゃないのさ」

 

 春信が苦笑する。竜児が泣きそうになる。

 

「私は君に……こんな顔をしてほしくはなかったんだけどな」

 

「っ」

 

 竜児は泣きそうになった。涙は溢れなかった。涙を流しすぎて、竜児の涙は枯れていた。

 

「僕は、そんな言葉をかけられる資格、ありません……」

 

「あるよ。君にはある。

 優しくされる資格も、守られる資格も、支えられる資格も、幸せになる資格もね」

 

「ありません!」

 

 竜児は自分の全ての罪を語る。

 何もかも。

 何もかも。

 何もかも。

 自分が悪くて、自分に未来はなくて、皆の未来まで損なって、希望がないのだと。

 少年の想いの全てを、春信は黙って受け止めた。

 

 春信はもうどうしようもないくらい心が壊れてしまった竜児を、痛々しく見る。

 

「困ったな。これでは、これを渡しても何も思い出せないか」

 

 春信が紙袋からボロ布を取り出す。

 竜児はそれに見覚えがない。

 ……見覚えがないはずなのに、見覚えがある。

 竜児は飛びつくようにして、そのボロ布をまじまじと見る。

 

「こ、れ……」

 

「君が拾われた時、君の体を包んでいたボロ布だ。

 君の兄が敵となっているこの状況なら、何か思い出せるんじゃないかと」

 

「これは……」

 

 ベリアル軍で精神を漂白化され、冷凍保存され、起きてすぐに地球に捨てられた、当時肉体年齢五歳前後の竜児。

 その記憶が、蘇った。

 竜児はそのボロ布で、自分の体を包む。

 

 

 

 

 

 肉体年齢五歳児の竜児は、ボロ布で体を包まれていた。

 ここはゴミ捨て場。

 目の前には、兄・コピーライトが立っている。

 コピーライトは11人の心が芽生えなかった兄弟の入ったカプセルを持ち、竜児をゴミ捨て場に捨てていた。

 

「まあ、お前は十年くらいしか生きられねえだろうが。

 オレ達みたいな脳細胞が加齢で溶ける失敗作でもねえんだ。

 オレ達より長生きはできねえだろうが、オレ達よりはまともに生きられるだろ」

 

 当時赤ん坊に近い竜児の心は、この事実を記憶しながらも、今日までずっと忘れていた。

 

「できれば、出来損ないのお前の力なんざ使いたくねえんだ。

 第一てめえみたいな出来損ないの生ゴミの面倒を見るなんざまっぴらゴメンだ」

 

 兄は、高い背で竜児を見下ろしている。

 

「お前はゴミ捨て場に捨てられていたガキだ。

 しっかり同情を買え。性格の良い親に拾われろ。

 性格の良い人間はこういうシチュエーションに弱い。

 生ゴミは生ゴミらしく……死に方くらいは選んで、誰かの肥やしになってみせろ」

 

 見下ろしながら、竜児の未来を気遣っている。

 狂気もなく、悪意もなく、ただひたすらに、弟への愛があって。

 弟の未来に、期待していた。

 

「お前に、生まれた意味とやらが有るならな」

 

 コピーライトが、竜児の頭を撫でる。

 

 兄は、竜児の頭を撫で、暖かく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 記憶は連鎖的に蘇り続ける。

 

「あ、ああ……」

 

 そうして、それで、ゴミのように捨てられた竜児は。

 

 

 

 

 

 ゴミのように捨てられた竜児は、女の子に見つけられていた。

 もうずっと前のことだ。

 だから竜児も、その女の子も、そのことを完全に忘れていた。

 

「どーしたの? こまってるの?」

 

 ゴミ捨て場でうずくまる竜児に、女の子が声をかける。

 

「じゃあわたしが、こーばんにつれてってあげる!」

 

 女の子は笑顔で、竜児に手を差し伸べ、助け上げた。

 女の子に見つけられた竜児は交番に連れられ、この後大赦に拾われる運命にある。

 運命の始点は、ここにあった。

 

「わたしのなまえ、ゆーきゆーな! あなたのおなまえは?」

 

 その時の竜児に、名前はまだない。

 だから名前も名乗れない。

 ゆえに、友奈も覚えていなかった。

 

 困っている子供がいれば、友奈がそこに手を差し伸べるのは当たり前で、ゆえに竜児は、友奈が助けた何人もの子供達の中の無名の一人でしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 そして、竜児は大赦に拾われ。

 三好の家に一時預かりとなり。

 春信と出会い。

 夏凜と出会い。

 大赦に育てられ、今に至る。

 

「じゃあ」

 

 ゆえに、竜児の幼少期とは。

 

「僕がこの地球に降りてから、初めて優しさをくれたのが、兄さんで。

 僕がこの地球に降りてから、初めて僕の手を引いてくれたのは、友奈で。

 僕がこの地球に降りてから、初めて僕の友達になってくれたのが、夏凜だったんだ」

 

 本当に、運命の始点と言うべきものだった。

 

「ああ、君は拾われてから本当に夏凜と仲良くなっていったよ。

 君は私を兄と呼んでくれなかったからね。

 だから、夏凜と仲が良いのを見てちょっと期待したよ。

 君が夏凜とくっついて三好竜児になってくれるんじゃないかと」

 

「そんな、冗談を……でも、励ましてくれて、ありがとうございます」

 

「いや別に冗談では……まあいいか」

 

 春信が苦笑する。

 

「私はね、君のような家族が欲しかったんだ。さっきの言葉も冗談じゃない」

 

「家族って……春信さんには、何人も本当の家族が居るじゃないですか」

 

「家族というのは何人居ても、もっと欲しくなるものだよ。

 家族がいる人間だって、家族は欲しくなるものさ。

 大人になれば妻が、息子が、娘が欲しくなるのと同じように」

 

「それは……」

 

「私には妹が居ても弟は居なかったしね。

 それに、夏凜が勇者になって無邪気に喜ぶ親と、私はちょっとノリが合わない。

 夏凜よりノリが合う君が家族に居てくれれば、と何度思ったことか」

 

「……そんなこと言って、夏凜のこと本当に愛してるくせに」

 

「あんなに可愛い妹は他に居ないさ。それとこれとは話が別なんだよ」

 

 春信は竜児に裸の気持ちをぶつける。

 自分の本音で、竜児を導く。

 "理想的な人間の兄"が、そう在ろうとするように。

 

「君がどう想っているかは知らないけれど、私は君の兄になってやりたかった」

 

「―――」

 

「兄になって、君の寂しさを、兄として埋めてやりたかった」

 

 竜児には、いくつもの兄がいた。

 ウルトラ兄弟の一人、兄と呼びたかったメビウス。

 今は敵、かつては味方、血の繋がった兄のコピーライト。

 そして……まだ兄ではない、三好春信。

 

「……僕、も」

 

「うん?」

 

「本当は……本当の気持ちは……春信さんを、兄のように、想っていました」

 

「うん」

 

「でも、迷惑だと思ってて……

 春信さんが兄弟としての同じ気持ちを返してくれるなんて思ってなくて……

 春信さんが優しいのは分かってたから……

 社交辞令の優しさなんじゃないか、って不安が、いつも胸の何処かにあって……」

 

「そんなことはない。君は私の誇りだ」

 

 春信の言葉が、竜児の胸に響く。

 

「勉強を頑張った。友達との付き合いも頑張った。

 あの気難しい夏凜との付き合いも頑張ってくれた。

 大赦のお役目も辛かったろうに、頑張ってくれた。

 その上戦いも頑張ってくれたんだ。これ以上何を望む?」

 

「春信さん……」

 

「君は私の誇りだ。

 大人の期待に応えた。

 組織の期待に応えた。

 勇者の期待に応え続けた。

 期待に応えてくれた君を誇りに思う。

 だけど、私が君を誇りに思うのは、君が皆の期待に応えてくれたからじゃない」

 

 すぅ、と息を吸い。

 

「君が私の誇りであるのは、君が優しく、強い子に育ってくれたからだ」

 

 力強く、ありったけの想いを込めて、春信は想いを吐き出した。

 

 枯れたはずの涙が、双眸から溢れる。

 

「ばる゛、の゛ぶっ、ざん゛っ」

 

「君の名前の意味を、教える時が来たようだ」

 

 兄コピーライトが真実を語ったことで始まった苦しみが、兄春信の言葉で終わる時が来た。

 

「竜児という名は、鯉を意味する。

 成長することで竜になる人間になってほしいという願い。

 それと、夏凜が勇者候補になる話が出てたから……

 夏凜という刀を収める鯉口に、夏凜の居場所に、夏凜を休める日常になってほしかったんだ」

 

 ちょっと、妹を想いすぎるくらいに兄バカで。

 

「そして、夏凜と一緒にいて、支え合う人間になってほしかったんだ」

 

 竜児のことも気遣って、いつか弟になってくれればなあ、と思う兄バカで。

 

「だけど、君の本当の名は違う。

 君がただの人間じゃないことを、大赦の上層部の中の上層は知っていたんだ。

 だから『諱』を付けることにした。

 君が来たるべき戦いの中、天の神に立ち向かうのなら……

 『表の名』と『本当の名』を使い分け、天の神の名指しの呪いを防ぐ必要があった」

 

 ゆえにこそ、竜児の名には大きな意味が込められている。

 

 

 

「君の本当の名は、『竜児』ではなく『竜胆』」

 

 

 

 竜胆の字をもじって、竜児の名は作られた。

 

「竜胆の花言葉は、

 『正義』。

 『誠実』。

 そして―――『悲しんでいるあなたを愛する』」

 

「―――!」

 

「君には、悲しみの運命の中にある人達を、愛してくれる人になってほしかった」

 

 悪を打ち破り幸福を掴み取る、正義の運命。

 一人一人に誠実に接し、絆を紡ぐ誠実の運命。

 そして、悲しむ誰かの味方になろうと思う、その覚悟の運命。

 全て竜児が、自分の名の意味を知らぬまま、選んでいた生き方だ。

 

 彼は知らず知らずの内に、その名に込められた願いを体現していた。

 

「君はずっと、悲しみの運命にある勇者を愛してくれていた」

 

 涙はいつしか、止まっていた。

 

 竜児は知る。

 自分の今までの何が間違っていて、何が間違っていなかったかを。

 自分の全てを否定する竜児の中の悪循環が、止まった。

 

「だから君は、私の誇りなんだ」

 

「……ありがとうございます、春信さん」

 

 この世全ての悲しみを終わらせるために、僕は生まれて来たのだと、竜児は気付いた。

 

「僕の名前。そこに込められた願い。確かに、受け取りました」

 

 覚悟が決まる。弟として、勇者として、ウルトラマンとして。

 

「春信さん」

 

「何かな?」

 

「二人、兄を連れて来ます。

 僕の血の繋がった兄と、ウルトラマンの兄を。

 だから、僕の……僕のちゃんとした兄として、二人と話してあげてください」

 

「……ああ」

 

 竜児は過去を振り返る。

 悲しむ自分が居た。

 悲しむ勇者が居た。

 悲しむ友達が居た。

 悲しむ他人が居た。

 

 それらを見る時にいつも、竜児の胸の奥深く、魂の底から沸き上がる想いがあった。

 

 それがなんであるか、それをどうすればいいかを、竜児は生まれて初めて理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者達が追い詰められていく。

 

「やっぱり、満開しないと勝てないの……!?」

 

「……それでも、満開を使わず勝てる可能性があるのなら!」

 

 ウルトラマンの力を使い、諦めずに食い下がっていく。

 

 リバースメビウスの力の影響で、四国の空は加速度的に闇に包まれていった。

 

 

 

 

 

 勇者達が戦う戦場に向けて、竜児は走った。

 

 太陽は沈めば見えなくなる。

 だが、見えなくなるだけで、いつも地平線の向こうで輝いている。

 夜が太陽を隠そうと、雲が太陽を隠そうと、地平線が太陽を隠そうと、変わらない。

 陽はまた昇る。

 諦めない人間の心が、何度闇に包まれようと、必ずまた輝くのと同じように。

 

 心から、全てを追い出す。

 そして、一度心の中で積み上げ直す。

 何が一番目に大事?

 何が二番目に大事?

 何が三番目に大事?

 一つ一つを自分に問いかけ、一番大事なものを上に、そうでないものを下にしていく。

 心の中を、整理していく。

 

「決まってる……大切なものは、これだ!」

 

 竜児は叫び、走り続ける。

 その途中、すれ違った安芸が投げてきたカバンを受け取った。

 

「竜児君! メールで頼まれてたものよ!」

 

 カバンを受け取り、竜児は止まらず走り続ける。

 

「ありがとうございます、安芸先輩!」

 

 そして、戦場に到着した。

 戦場に到着して、まず最初に竜児に気づいたのは樹。

 

「先輩! メガネです!」

 

 樹は竜児に、竜児が落としてしまっていたメガネを手渡した。

 

「こいつはスペアの……どっかで落としてたのか」

 

「デュワッ! です!」

 

「デュワッ! だね!」

 

 竜児はわざわざスペアのほうに付け替え、デュワッして樹に勇気を貰う。

 

 そして戦場を見渡し、誰もが満身創痍な状況を見て、眉を顰める。

 

「皆、満開を……」

 

 竜児は一瞬絶望し、だがその絶望を、前を向く意志で塗り潰した。

 

「皆、聞いてくれ!」

 

「熊谷君……?」

 

「満開はもう使うな! ただ、満開した人も絶望するな! どうにかする方法を見つけた!」

 

「―――!?」

 

「だから絶望するな! 希望を持って! 満開はもう使わず、僕を信じて!」

 

 夏凜が呆れた顔で立ち上がる。

 

「記憶ないけど、なんか分かる、なんか分かるわ。

 あいつ絶対、アホみたいな、聞いたら呆れる理屈持ってここに来たわね……」

 

 樹が信じ切った表情で、駆けつける。

 

「でも、熊谷先輩の言うことだもん。信じなきゃ」

 

 風が笑って、普段の日常の時のように笑って、システムの補助で立ち上がる。

 

「いい声じゃない。信じないとって、そう思えるくらい、力強い」

 

 東郷もまた、目が見えないままシステムの補助で立ち上がる。

 

「……裏切ったら許さないけど、きっとあなたは裏切らないわよね、熊谷君」

 

 そして友奈は、"一度も疑ったことなんてない"とでも言いたげな信頼の表情で、拳を構えた。

 

「こんな無根拠な言葉を信じ、無力な男を信じ、立つのか。信じられん」

 

「兄さん。僕の生まれは、ここだ」

 

 竜児は語る。

 

「僕はここで生まれ、ここで育った。

 試験管が僕を生み出したんじゃない。

 試験管が僕を育てたんじゃない。

 あの日、僕の手を引いてくれた人が、僕を生まれさせてくれた。

 今日までの日々で僕の背中を押してくれた人達が、僕を育ててくれた」

 

 自らの人生の全てを、兄に語る。

 

「熊谷竜児は……地球生まれで地球育ちのウルトラマンだ! 他の何でもなく!」

 

 その言葉が、兄の逆鱗に触れた。

 

「ザコがウルトラマンを名乗るなと……言ったはずだがな!!」

 

 コピーライトが竜児に拳を振り下ろす。

 

「竜児君!」

 

 竜児を庇って、風が割って入る。

 

「大丈夫です、先輩」

 

 そしてその風を更に庇うように、竜児が前に出て―――リバースメビウスの右拳に、竜児の左拳が叩きつけられ、巨人の拳が止まった。

 

「!?」

 

 この質量差、この力量差ではありえぬ現象。

 

 だが竜児の拳と巨人の拳の間でスパークする大きな光が、この現象を現実にしていた。

 

「『光』……!?」

 

 竜児の拳がぶつかった場所で弾ける光は徐々に、徐々に大きくなり、竜児が拳を引いて光を引っこ抜くと……竜児の左腕には、メビウスブレスがあった。

 

「バカな……バカな!

 オレが喰ったメビウスの光を全て、強引に引きずり出し!

 自分の中で、ウルトラマンメビウスとして再構築したというのか!?」

 

 拳に拳をぶつけ、拳を通して巨人から光を引っこ抜くというウルトラC。

 そこからの再構築ともなれば、最早人間業ではなかった。

 

「おかえり、メビウス」

 

『君の諦めない心が、僕を復活させた。この力を引き戻した。光の奇跡を起こした』

 

 ウルトラマンメビウスは、復活する。

 

『ただいまリュウジ。さあ、行こう!

 奇跡を起こせる君なら! 希望を掴み取れた君なら!

 諦めない限り、前に進む限り……

 君に、叶えられない夢なんてない! 辿り着けない未来もない!』

 

 信じ合い支え合う人間とウルトラマンの絆に、不可能など無い。

 

『信じるんだ! 僕達の力を! 君達の未来を!』

 

「ああ!」

 

「『 メビウーーース!! 』」

 

 赤き巨人は、再び地上に蘇った。

 

「メビウス……竜児君……」

 

 巨人の手の中で、風が喜んで良いのやら、申し訳無さを謝れば良いのやらと、複雑な顔をする。

 

「大丈夫です、犬吠埼先輩。

 分かってます。あなたの気持ちも、僕の気持ちも。

 後でお互いに、一緒に謝りましょう。

 ……また、尊敬できる先輩と、面倒をかける後輩に、戻りましょう」

 

 けれど、竜児にそう言われたら、暗い顔でうつむいているわけにもいかなくて。

 

「じゃあ、風先輩って呼びなさい。この名前、結構気に入ってんのよ」

 

「分かりました、風先輩」

 

 かくして、巨人と巨人は対峙した。

 

 

 

 

 

 巨人の復活に合わせ、神樹が輝きを増す。

 

「なんだ、あの巨人……?」

 

「巨人が二人……」

 

 一般市民も、巨人と巨人が対峙する構図に気付き始めたようだ。

 

「光の巨人と……黒い巨人……?」

 

 神樹が輝く。

 どんどん、どんどん、輝きを増していく。

 

「お守りが、光ってる……? なんで……?」

 

 樹がまず、竜児がくれたお守りが輝いていることに気付いた。

 

「散華した……『散った華の残骸』を、集めてる……?」

 

 風は、満開で散華したエネルギー、それと園子が戦闘で撒き散らしたノアのエネルギーが、世界中から竜児に集められていることに気付いた。

 

「このお守りが……私達の想いの媒介になってくれる、"神の護り"であるならば……」

 

 東郷が、"もしかしたら"と可能性に気付く。

 

「ねえこのお守り、あの巨人に向けて思いっきり投げた方が良い気がするわ」

 

 そして夏凜は何にも感づいていなかったが、このエネルギーの流れを通して、『何をすべきか』を理解していた。

 竜児のためになる何かを、本能的に理解していた。

 

 

 

「―――見せてやる、僕らの勇気を!」

 

 

 

 勇者と巨人の心が繋がる。

 勇者は巨人に希望の先を繋ぐために、お守りに想いを込めて投げつけた。

 

(リュウ君!)

 

 友奈が想いとガイアの力を込めて、お守りを力強く投げる。

 

「熊谷君!」

 

 東郷が想いとアグルの力を込めて、お守りを綺麗なフォームで投げる。

 

「熊谷先輩!」

 

 樹が想いとパワードの力を込めて、お守りを優しく投げる。

 

「竜児君!」

 

 風が想いとグレートの力を込めて、お守りをトルネード投法で投げる。

 

「ドラクマ君」

 

 園子が想いとノアの力を込めて、お守りを風に乗せて投げる。

 

「熊谷とかいう私が覚えてない奴っー!」

 

 夏凜が記憶にないはずの想いと、ティガの力を込めて投げる。

 

『! あのお守りは、あの光は……!』

 

 竜児が皆に贈った想いが、皆の想いとなって贈り返される。

 少年が皆に手渡してきた救いが、少年への救いとなって渡される。

 彼が皆の未来を望むように、皆も竜児の未来を望んでいる。

 勇者から巨人へ送られた、勇者達の希望の光。

 

 六つのお守りの光が、竜児の光と重なり混ざり、鮮やかな七色へ。

 竜児の力がそれを束ねる。

 そして光とお守りは、彼の左手にて新たな銀色のブレスレットへと変化した。

 

 

 

「―――ウルティメイトブレスッ!!」

 

 

 

 知るが良い、"ウルトラの王道"を。

 

 ウルトラマンは―――『ブレスレット』を得て強くなる。

 

「なっ―――!?」

 

 巨人の全身が塗り替えられ、金色のラインが増える。

 

 メビウスブレスとウルティメイトブレスが結合し、そこから『虹色の剣』が生えた。

 

 友奈の心、東郷の心、夏凜の心。

 風の心、樹の心、園子の心。

 そこに竜児の心、七人のウルトラマンの力を集め、七色に染め上げたような剣。

 見る者の心を奪うような、"美しさ"を体現した剣だった。

 

「熊谷先輩の剣……なんだろ、きれい……」

 

 樹がそう呟き、新たなる形態に至ったメビウスが左手の剣を振り上げると、リバースメビウスの降臨によって闇に包まれていた空の雲が、剣の一閃で切り裂かれる。

 

 空を覆っていた闇が、ほんの一撃で、晴れ晴れとした空へと変わる。

 

「空が、晴れた」

「闇が消えたぞ!」

「空から……光が……!」

 

 そのメビウスの光が、その左手の虹色の剣が、東郷の夢の中の姿と重なった。

 

「夢で見た―――光の巨人」

 

 完全無欠の虹の剣。

 その光を見ているだけで、胸に希望が湧いて来る。

 不可能なんて無いように思える。

 夏凜が、直感的にその形態の真実の名を呼んだ。

 

勇者のメビウス(メビウス・ブレイブ)……」

 

 かつて、ウルトラマンキングと呼ばれる超越者が、ウルトラマンヒカリに与えた神秘のアイテムが、ナイトブレスだ。

 そのナイトブレスとメビウスブレスを直結させたのが、かつてのメビウスのメビウスブレイブ。

 だが、これは違う。

 王が与えたナイトブレスではなく、神が与えたウルティメイトブレスで至った強化形態。

 

 (キング)の力ではなく、(ノア)の力で至った、光の巨人の一つの究極。

 

「あなたの暴走もここまでだ、兄さん」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()という意志。

 ()()()()()()()()()()という覚悟。

 ()()()()()という燃え上がるような心の熱。

 全てを具現化させた、虹の剣を操る、虹の光の巨人。

 

「お前の余命はもう半年もない。

 その運命を分かった上で、まだ戦うのか? 運命を、理解していないのか」

 

「不幸かどうかは運命が決めるんじゃない! 心が決めるんだ!

 運命をひっくり返さなきゃ幸せになれない、なんてことはない!」

 

 竜児はもはや、自分の人生が不幸だったなんて思わない。

 

「短命の運命がそこにあったとしても! 僕の幸せは、僕が決める!」

 

 そしてもはや、勇者の誰にも、自分の人生を不幸だったなんて思わせないという覚悟を決めている。

 

「僕の運命の話なんてどうでもいいが……

 神様が勝手に持っていった、世界の未来だけは返してもらう!」

 

 兄は笑った。

 

 

 

「皆の幸せな日々の未来(ヒビノミライ)を―――僕が守るっ!!」

 

 

 

 とても機嫌良さそうに笑った。

 全てを押し潰す意志と、弟を賞賛する意志を込め、殺意の笑みを浮かべた。

 

「来い愚弟。オレが―――七番目だッ!!」

 

 剣が光を放つ。

 

「メビュームナイトブレードッ!」

 

「メビュームツインソードッ!」

 

 兄弟の剣が今、兄弟の未来と世界の未来の全てをかけて、四国上空で衝突した。

 

 

 




 複数の人間と複数のウルトラマンの想いを束ねた結果、ウルティメイトブレス(サーガブレス)が新しい力と虹色の光を放つことを『サーガ現象』と脳内で個人的に呼んでます


・メビウスブレイブ
 万年単位の時の彼方の大昔、メビウスが最初に手に入れた強化形態。
 本来ならばウルトラマンヒカリのナイトブレスと、メビウスのメビウスブレスを左腕で合体させることで成る、勇者の剣を操る形態である。
 竜児の場合、自らの力で具現化させたウルトラマンノアの力の一端『ウルティメイトブレス』をナイトブレスの代用として、この形態を発現させている。

 左手に発生している『メビュームナイトブレード』は、鮮やかな虹の色に染まっており、通常のメビウスでは扱えない、"ウルトラマンとしての竜児が発現させた力"の証である。
 この虹は、誰にもコピーすることはできない。
 彼だけの、輝ける勇者の剣。

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