時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第七殺四章:命という名の冒険

 優しい勇者になりたいと、幼い頃に少年は思った。

 勇者は女の子しかなれないと知って、断念した。

 代わりに勇者を見張り、勇者を刺す毒の針になった。

 優しい勇者と出会った。

 ウルトラマンの勇者と出会った。

 また、勇者になろうと思った。

 そして、少年は勇者になった。

 

 

 

 

 

 勇者のメビウス(メビウス・ブレイブ)の虹の剣が翻る。

 リバースメビウスの攻撃の全てが切られて消され、海まで弾かれ、空の彼方で霧散していく。

 街の被害は完全に0。

 四国の誰もが、人々を守る光の巨人と、日常を脅かす黒き巨人の対立構造を認識していた。

 

「ああ、あの剣。覚えてる。子供の頃に見た、でっかい虹と同じ色だ」

「虹の光の……光の巨人」

「俺達を守ってくれてるのか?」

 

 リバースメビウスの放った太陽の如き巨大な炎球が切り裂かれ、街に被害を及ばさないように吹き散らされる。

 巨人を見上げた誰かが、呟いた。

 

「ウルトラマン」

 

 誰も、巨人の呼称を知らなかった。

 一般市民からすれば、ウルトラマンは今日初めて見たものなのだから。

 だが、大赦か、勇者か、それともそれに繋がる組織の誰かか。

 その誰かが思わず呟いた『ウルトラマン』の名が、四国の中で爆発的に広まっていく。

 

「ウルトラマン」

 

 誰か一人がその名を口にすれば、その左右に居た人間がその名を心に刻み、また誰かが呟いて、その呼称が周囲に広がる。

 皆が自然と、その呼称を使い始める。

 

「ウルトラマン」

「あの巨人、ウルトラマンって名前なのか?」

「……ウルトラマン」

 

 空を舞うメビウスブレイブとリバースメビウスの空中戦。

 空中という無限の立体の中を、上下左右前後に自由自在に飛び回る。

 高々度から『メビュームフェニックス』で不死鳥となり落下してくるリバースメビウスを、メビウスブレイブの虹の剣が受け止める。

 街を背にして、街を守って受け止める。

 

「頑張れ」

 

 誰かが、応援の言葉を口にした。

 

「頑張れ!」

「頑張れ、ウルトラマン!」

「後ろだ! 後ろに回り込んでるぞ、ウルトラマン!」

 

 虹色の剣が伸び、不死鳥の突撃が跳ね返される。

 街は守られ、メビウスブレイブは上空のリバースメビウスへと切りかかった。

 

「しゃあっ! 押し返した!」

「ありがとう、ウルトラマン!」

「負けるなー! ウルトラマーン!」

 

 空中でリバースメビウスを掴み、竜児は海面に向けて投げ飛ばす。

 海面に衝突した巨人の体が、巨大な水飛沫を巻き上げた。

 メビウスブレイブも着水し、海上で二人の巨人の拳がぶつかり合う。

 

「あの時見た、光の巨人!

 夢の中で僕を助けてくれた巨人だよ、ママ!」

 

 ギラルーグの時に竜児が助けた子供が、声を上げる。

 

「あの時……デカい獅子から、街を守ってた巨人! 夢じゃなかったんだ!」

 

 ブラキウム・ザ・ワンの時にメビウスを見た大人が、声を上げる。

 

 "助けられた者達の声"も巻き込んで、ウルトラマンへの応援の声が増していった。

 竜児とコピーライトの戦いはとてつもないエネルギーを発しており、片や光の巨人、片や光を反転させた巨人であるがために、普通の人間では精緻に視認することすら困難だ。

 だから、巨人同士の戦いの余波、それも竜児がカバーしきれなかった取りこぼしから、勇者の少女達が街を守っていることに、人々は気付いていない。

 

 彼女らは街のほとんどと、既に数千人の人の命を守っている。

 けれど誰も気付かない。

 ……だが、ネズミもこの懐中時計を笑うことはないだろう。

 勇者はいつも人知れず、世界を守っているのだから。

 だからこれは、いつものことだ。

 

 安芸先輩はそれを理解し、子供達の奮闘を見つめる。

 

(子供のウルトラマンと、子供の勇者。この世界の未来を、作る者達)

 

 放送のためのマイクを掴む。

 

(ええ、そうよ

 未来は子供達が作る物。

 未来は子供達のためにあるものだもの)

 

 そして、マイクに声を吹き込んだ。

 

「住民の皆さんは避難してください。

 安全な場所まで避難してください。

 避難誘導に従い避難してください。

 ……皆さんが戦いの場から離れることが、何よりもあの巨人への援護になります!」

 

 少しでも、子供達が戦いやすい場を作る。

 その想いは放送の声を通じて、海上で戦う竜児へと届いていた。

 

(この放送の声……安芸先輩だ!)

 

 人々が応援の声を送りながら、正しく避難を始める。

 

 海の中を足でかき分けながら、リバースメビウスとメビウスブレイブのハイキックが両者の側頭部を蹴り飛ばす。

 

「ウルトラマンメビウス!

 何故こんな出来損ないの弟や、無力な人間に寄り添う!」

 

『ウルトラの兄弟達は、ずっとそうしてきた!』

 

 コピーライトが叫び、メビウスが応えた。

 

『彼らが弱いからじゃない。

 彼らに守る価値があるからだ!

 僕らウルトラマンは、ずっと彼らから学んできたからだ!』

 

 メビウスを強制的にコピーライトが取り込んでいた時とは、あまりにも違う。

 竜児とメビウスは、互いの光を高度に高め合っている。

 いや、今に至ってはそれだけではない。

 勇者達の諦めない心までもが、メビウスの光を高めているように見えた。

 竜児が、皆の想いをメビウスの光に繋げているのだ。

 

『命の価値を心ではなく、力で測っている限り、お前はリュウジには勝てない!』

 

「……そんな気持ちで勝敗が決まるんなら、楽じゃねえさ!」

 

 巨人の間で光が炸裂し、二体の巨人の距離が離れる。

 リバースメビウスの両手のブレスが輝いて、メビウスブレスとナイトブレスの光が入り混じり、橙と青のスパークが起こる。

 十字に組んだ腕から、フェニックスブレイブの最強光線が放たれた。

 

「メビュームナイトシュートッ!!」

 

 ウルトラマンの左手で、ウルティメイトブレスとメビウスブレスが輝く。

 

「メビュームナイトブレードッ!!」

 

 フェニックスブレイブのみが撃てる必殺の光線技を、竜児はメビウスブレイブのみが備える必殺の光剣で受け止める。

 そして切り裂き、空に弾いた。

 

「メビュームツインソード!」

 

 だが、光線は見かけだけ派手にして、中身を詰めていない囮だった。

 光線を切り裂いた直後の隙を突き、二剣を生やしたリバースメビウスが切りかかる。

 竜児はそれを虹の剣で弾いて捌く。

 

「一流でない二刀流で、一流の二刀流に鍛えられた僕が負けるか!」

 

「っ!」

 

 竜児の剣一本が、コピーライトの剣二本を圧倒していく。

 技も力も十分一流。コピーライトの剣閃が二流であろうはずもない。

 ならば、何が二流なのか?

 

「その二刀流には、『情熱』が足りてないッ!」

 

「ぐうっ!?」

 

 ……本当は、コピーライトの剣もちゃんと一流なのに。竜児は気合いでそれを押し切る。

 虹の剣が二刀を砕き、リバースメビウスの胸を浅く切り裂いた。

 

「僕は今日、僕の人生の行き先を見た。

 僕が生まれてきた意味を知った。

 皆が何を犠牲にしてでも、未来を繋いで来た意味は、ここにあった!」

 

 悲しみを切り裂く虹の剣。

 悲しむ運命にある人を愛してほしいと願われ、悲しみを終わらせるという意志の下振るわれるそれが、一息の間に数度という速さで振るわれる。

 その斬撃の合間をくぐり抜けて踏み込んで、リバースメビウスの足がメビウスブレイブの鼻っ面を蹴り込んだ。

 

「っ、僕が短命だから、僕が生きていてもしょうがないと、兄さんは言ったけど!」

 

 竜児は自分の鼻っ面を蹴り込んで来た足を掴んで、一本背負い気味に砂浜に叩きつける。

 

「ぐっ!」

 

「中学生で早死にしたら、その生涯に意味は無かったなんて、他の誰にも言わせない!

 神にだって言わせない! 生きた長さでその生涯の成否なんて、絶対に決めさせない!」

 

 西暦の末期から、この世界を守るため多くの命が散っていった。

 勇者然り、中学生の身の上で死んでいった者も多くいた。

 "お前は短命だからその生の価値は低い"と言われたら、竜児はそれを否定する。

 「そんな運命は引っくり返せばいい」と言うより先に、「長命が短命より価値があるだなんてありえない」と反論する。

 だって竜児は、短い生を走り抜いた勇者達を知っているから。

 短い生を走り抜いた勇者の一人を、名も無き英霊の師として、尊敬しているから。

 

 その生涯が短かったから低価値だなんて、そんなことは絶対に言わせない。

 

「でも、早死にするつもりはない!

 だって、そうだろ!

 早死にしてしまった勇者や英霊達だって、死にたくなんてなかったはずだ!」

 

 西暦の終わりから積み上げられた、幾億の絶望、無数の悲しみ、不尽の怒りが鍛え上げた刃。

 竜児は今、短い人生を全力で駆け抜けた過去の英霊達全ての歴史を背負っている。

 生きたかったから、全力で天の神に抗った人々の想いを、剣に乗せている。

 歴史を記録し、世界をここまで繋げてきた、大赦の末端として。

 

「だから僕は……生きる! 生きるために足掻く!

 そして、どんな中でも幸せを見つけて生きる!

 世界を守ってくれた先人達が、皆そう生きてきたように!」

 

 滅びの運命に抗い、絶望の中に光を探し、生きる。

 

 この世界で『戦う者達』は、皆そうしてきた。

 

「よくぞ言った、()()()()()()ッ!!」

 

「―――」

 

 『短命の肯定』は、兄の心に響く。

 『ウルトラマンと認めた』言葉が、弟の心に響く。

 

「オレを殺してみせろ、止めてみせろ、あいにく生き方を曲げる気はねえ!

 お前がその生き方を貫きたいのなら!

 この世全ての幸せことごとくを許せない……オレをここで殺してみせろ!」

 

 けれど、共存の道はなく。

 

「この世界の未来を守りたいのなら……お前はオレの敵だッ!!」

 

 リバースメビウスの拳が、メビウスブレイブの横顔を強烈に殴り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度目かも分からない衝突。

 光と、光が反転した闇が渦巻き、人が居なくなった街の一角をすり潰しながら二人の巨人がせめぎ合う。

 竜児の虹の剣がコピーライトの額を切り裂き、リバースメビウスの光線がメビウスブレイブの腹に直撃した。

 

「ぐっ……!?」

「ぶっ……!?」

 

 メビウスブレイブが吹っ飛ばされる。

 その腹を押す光線を、盲目の東郷が"リキデイター"にて狙撃した。

 光弾の直撃で一瞬途切れた光線に、風が隙間にねじ込むようにして大剣を叩き込み、光線を斜めに反射して逸らす。

 吹っ飛びかけたウルトラマンの右足を夏凜が赤く光る腕で掴んで、左足を友奈が掴んで、背中を樹の掌が押して、その体を優しく着地させる。

 

 ウルトラマンの精霊を得た勇者達は今や、3万5000トンのメビウスの巨体が吹っ飛ばされても、それを仲間としてキャッチしてやれる強さを併せ持っていた。

 

『ありがとう!』

 

 竜児の感謝のテレパシーに、勇者達が親指を立て、武器を掲げ、拳を突き上げ、各々の形で応じた。

 対し、コピーライトはかすっただけの額の傷を抑え、呻いていた。

 

(なんだ、この虹の剣……かすっただけだってのに……)

 

 体が痛むからではない。

 むしろ虹の剣の斬撃は、心に痛みを与えるものだった。

 

(頭の中の靄が晴れていくように……!

 ダイレクトに、想いをぶつけられているかのように……!

 胸に響く……! こいつらを攻撃しているという事実に、胸が痛む……!)

 

 六人の少女と一人の少年、合わせて七人の勇者。

 六体の死者と一体の生者、合わせて七体のウルトラマン。

 それらの想いを束ねた七色の剣は、超凝縮された想いの塊だ。

 兄弟への想い。

 家族への想い。

 仲間への想い。

 世界への想い。

 竜児の人並み外れた強靭な『想い』が、斬撃の度に叩きつけられている。

 想いを向けられている当人のコピーライトからすれば、さぞかし効いていることだろう。

 

(迷うな!)

 

 コピーライトは叩き込まれた想いを追い出すように、頭を振る。

 

「できもしない、運命への抵抗、散華の解決策などを語る、現実逃避などに負けてたまるか」

 

『散華に関しちゃ明日からでもやるさ。兄さん、僕は原点に立ち返っただけだ』

 

「原点……?」

 

『初めからこの結論出しときゃ良かったんだ。考える頭があるくせに、僕はアホだった』

 

 普通の人間にはそうそう選べない選択だが、それしかなかった。

 もう皆が散華を行っていて、竜児が兄を殺した事実が変えられず、出生にまつわる事実も変えられない以上、皆の幸せのために選ぶべき道は一つだった。

 過去ではなく、未来を選ぶと決めたなら、道は一つだった。

 

『過去は変えられない。

 でも未来なら変えられる。

 それを知ってたから僕は……東郷さんの未来を、少しでも良くしてあげたかった』

 

 東郷が盲目の顔を上げる。

 彼女はこの時初めて、竜児が人知れずコツコツと、"東郷の満開の代償"を技術的アプローチで解決しようと努力していたことを悟った。

 そう、竜児はずっと、ずっと、目指してきたのだ。

 満開で何かを失った勇者に、失ったものを取り戻させるという未来を。

 

『僕の始点は、何の奇跡にも頼ってなかった。

 絶望して諦めてもいなかった。

 僕はずっと、人間としての自分がやれることをやろうとしてたんだ』

 

 そして今、竜児は勇者達との繋がりを深めた果てに、満開で何かを失った勇者達への接し方において、一つ先のステージに進んだ。

 

『責任を取る。

 満開で体のどっかが不具になった勇者は、責任持って僕が一生面倒を見る!』

 

 勇者達がコケた。

 

『"自分が悪い"で論議終了してたから僕は苦しかったんだ。

 本当バカだよ、自分を責めるだけで終わらせるとか。

 そりゃ自己満足じゃないか。

 自分が悪いと思ったら、自分のやったことにどう責任取るかを、全力で考えるべきだった』

 

 忘れてはならない。竜児は、能力があって頭の良いアホなのだ。

 

『友奈! 僕は非現実的な励ましの嘘は言わない!

 声ないとか、絶対に一生苦労する!

 でも僕は一生見捨てないから! 遠慮なく頼れ、君の権利だ!

 僕が一生傍にいて、一生苦労させないし、一生人生を楽しく思わせてみせる!』

 

 他勇者が一斉に友奈の方を見る。

 友奈が顔を赤くしてあわあわとする。

 どうやら変な受け取り方をしたようだ。

 

『鬱陶しかったらいつでも伝えてくれ!

 顔出さず生活費や学費とかをずっと口座に振り込むようにするから!

 そのためなら大赦の上層部に食い込むことだってしてみせる!

 給料は良いからな! あ、彼氏探しとかも役に立つか分からないけど手伝うから!』

 

 勇者全員が一斉に白けた顔をする。ああ、そういう? といった風に。

 と、同時に、竜児の桁外れの好意に戸惑った様子も見せていた。

 竜児の声色はマジもマジだった。

 

『東郷さん!

 二年くらいずっと進めてた満開の代償取り戻す研究、まだ進めてるから!

 僕を信じて待ってて!

 怪獣の能力とかも研究して、ちゃんと研究進めてるから!

 その散華の代償、勇者システムでも何でも使って可及的速やかにどうにかしてみせる!』

 

 竜児は東郷の満開の代償を、全て取り戻す覚悟を見せている。

 友奈は東郷の顔を見た。

 隠しきれない不安、満開の代償への絶望、世界への嫌悪、現在の自分がどうにかなるはずがないという認識……それらの暗い感情の奥に、"彼がなんとかしてくれるかも"という信頼が、すなわち希望が、見え隠れしていた。

 

 他の男ではこうは行くまい。

 東郷は、あの数時間で修行の完遂という不可能を可能にした、愛国の魂を持つ護国の同志であればこそ、一度口にした約束は絶対に守るはずだと、理屈を超えて信じているのだ。

 

『足が動かない東郷さんが戦闘中歩けてるのは、勇者システムの補助があるから。

 目が見えてなかった乃木さんが戦えてたのは、勇者システムの補助があるから。

 その勇者システムを作ってるのは僕らだ。僕は何も無理なことは言ってない!』

 

 竜児が理屈の道筋を立てているのも、東郷に希望を持たせる一助となっていた。

 東郷も勇者システムの補助があれば、リボンを使ってだが立つことはできる。

 それを使うと言われれば、"なんとかなりそう"と思う気持ちがあった。

 

『車椅子がこの世にあるのはなんでだ!

 足が動かない誰かを助けたかったからだ!

 天の神が否定した人間の文明の発展は!

 そうやって、誰かが失ってしまった体の一部を、補っていく技術の発展でもある!』

 

 彼は何も諦めていないんだ、と誰もが身に染みて実感し始める。

 

『風先輩!

 脳波で手足動かすスーツ的なものならすぐ開発に取り掛かれます!

 今まで通りの感覚で動かせる手足補助は、多分勇者システム併用するので時間下さい!』

 

「え、マジで?」

 

『先輩に悲劇のヒロイン顔は似合いませんよ。

 世界を救った中学生のドヤ顔の方が絶対に似合ってます。

 絶対に、過去を後悔するんじゃなく、過去を誇らしく思える日々の未来をお渡しします』

 

「うっはー……んもー、気にしいなんだから、この後輩」

 

『胡蝶の夢の中に万全の皆を送り込んだ時と同じです。

 気合い入れて勇者システムをアップデートしてみせますよ』

 

「え、あれも? ……ああいや、そういえばそうか、そりゃそうね」

 

 樹がその時、竜児が放り投げていったカバンを見つけた。

 安芸先輩に竜児がメールで頼んで急いで揃えてもらって、竜児が安芸先輩から受け取って、ここまで持ってきていたものだ。

 

 快適な車椅子のカタログが入っている。

 高校、大学の資料がはみ出ている。

 山のように積まれた美味い飯屋のリスト。

 面白そうな携帯ゲームがわんさか。

 もう一回友達になろう計画表(まだ白紙)とか。

 『中学生 夢探し』と銘打たれた書籍とか。

 喋れない人のための、携帯電話サイズの、キーを押すと音声が鳴る設計図もあった。

 設計図の片隅には、そこそこ昔の日付と、設計者・熊谷竜児という文字が書かれていた。

 他にも竜児が昔発案したものがいくつもあった。ジープ型車椅子の発案書などが。

 

 カバンの中身を漁れば漁るだけ、同じようなものが出てくるだろう。

 それらは全て、勇者の身に起きた不幸を打倒するためのものと、勇者の人生を幸せで彩るものだった。

 樹は息を飲む。

 

「熊谷先輩、本気だ……!」

 

 歴代のウルトラ兄弟達が竜児を見れば、"防衛隊の頭脳担当ポジション"と声を揃えて言っていたことだろう。

 歴代の地球の防衛隊には、必ず頭脳担当がいた。

 知識に長け、特許を取れば大儲けしそうな発明をしている、そんな頭脳担当が。

 竜児はその手のタイプの人間なのだ。

 何かを開発して、技術で金を儲けて、頭脳で誰かを支えていく、そういうタイプの人間。

 

 地球を守る防衛隊を支えられるような頭脳タイプが、平凡に暮らしていく少女の人生を支えられないものだろうか? いや、そんなわけがない。多分。

 

『大赦は別に、勇者を必ず使い捨てろなんて言ってない。

 むしろ支えろとか崇めろとかそういう教えだってある。

 昔は勇者に大赦の大人が事実上の指揮官として付いていたそうだし。

 教えが全部間違ってたわけじゃない。それに今後は僕も都合よく解釈させてもらう』

 

 風が驚いた顔をした。

 竜児は、もう大赦に縛られた生き方をすることはないだろう。

 大赦の教えをいい感じに解釈し、大赦の理念を自分なりに体現し、あの西暦末期の大赦が抱いていた、"死んでいった人達と勇者とウルトラマンへの想い"を継承していく人間となるはずだ。

 

『そう考えてたら……

 僕は勇者の満開に対して、本気で向き合ってなかったことに気付いた。

 僕は友達の幸せを望んでいながら、全然本気を出してないことに気付いたんだ。

 具体的には、金を出してない。あと長期プランが全くない。日常サポートも考えないと』

 

 巨人の指が眉間辺りを通過する。

 あ、眼鏡クイッやった、と記憶の無い夏凜と視力の無い東郷以外の全員が思った。

 

『僕はそもそも頭脳キャラだ。

 こういうヤツのほうが得意なんだよ。

 戦ってばっかで自分の土俵のことを忘れてたんだ』

 

 勇者達が、戦いなんてものがなくても、日常の中で勇者部の活動を行い多くの人達を笑顔にしていける人間であるように。

 竜児もまた、戦い以外の場所で、人を救っていける力を持っている。

 

『まあ、そういうことで。満開で、もういくつも、何かを失ってる君達だけど』

 

 だからこそ、一番に肝要なのは、竜児が()()()()()()()()()()()という点にあった。

 

『絶対に、君達の日々の未来(ヒビノミライ)を幸せにしてやる!

 幸せな人生送らせてやる! 覚悟しろよ!

 精霊が君達を死なせないなら、僕は君達を絶対に不幸になんてさせてやらないからな!』

 

 本気だ。超本気だ。

 戦いが続いて生き地獄が続いても、その生き地獄そのものを踏み潰そうとする鋼鉄の意志。

 竜児はこれから先、勇者が不幸になろうものなら、その現実に全力でぶつかっていこうとしている。

 生き地獄の未来の運命を、幸福の未来の運命で殴り殺そうとしているのだ。

 

『過去は過ぎ去った昨日で、未来は未だ来てない明日だ。

 昨日を後悔して後ろだけ見てるのはもうやめだ。

 僕にできるのは皆の明日を少しでも幸せにすること、それしかない!』

 

 竜児には膨大なうどんのレシピと、どの分野でもだいたい通用する知識量と、勇者システムの改良もこなした技術がある。

 体の不具合で苦労する誰かを支える金も、とりあえず明日を頑張って生きる活力になる飯も、あげられる。

 何もかもを解決する奇跡ではなく、頭脳で考え、徹底して地に足つけた未来の幸せプランで不幸の運命を殴り殺す。

 竜児の手にある虹の剣は、その覚悟を支える力でもあった。

 

「無茶苦茶ね……嫌いじゃない気合いだけど」

 

 夏凜が呟く。

 記憶を失った彼女もまた、再認識した。熊谷竜児は、頭の良いアホなのだと。

 他人の人生を一生支えてやれるだけの頭脳と技術と、他人の人生を一生支えることを苦にも思わないアホさの両方が、彼の中にはあるのだ。

 

「あなたにそんな迷惑かけられな―――」

 

『勇者の人生何人分も背負えないで、地球丸ごと背負えるか! ウルトラマンだぞ!』

 

「く、熊谷先輩がウルトラマンの名を堂々とした開き直りに使ってる……!」

 

 勇者の遠慮をウルトラマン式の暴論で叩き潰す。

 記憶を失った夏凜や夢を失った樹からすれば、降って湧いたような償いなのだろうが、友奈や東郷や風からすれば、予想以上に"正面から向き合われた"形になった。

 風と東郷が、ぷっと吹き出し、くすくすと笑う。

 

「ふっ……そんなこと言われたら、あたし達は竜児君の短命の解決法でも探そうかしら」

 

「ですね。きっと、熊谷君は自分のことなんてそっちのけになりますから」

 

 皆、不安はある。満開の後にも続いていく人生に恐怖も感じている。

 竜児を神のように信じているわけでもなく、無条件で寄りかかれると思ったわけでもない。

 だけど。

 その虹の光を見て、諦めない言葉を聞いて、熊谷竜児の心を感じて。

 少しだけ、信じてみたくなったのだ。

 この凄惨な今を、"あの頃は本当に辛かったねえ"と笑い話にできる未来を。

 

「じゃああたしが最初に進学する以上、あたしが医者を目指すとかするしかないわね」

 

『僕は風先輩の前の期末テストの結果知ってますが、本気で目指すならお手伝いしますよ』

 

「この男、ど真面目に……!」

 

『普通に進みたい進路を選んで下さい。そんな僕に気を使わないでいいんですよ、まったく』

 

 兄はそんな弟を見て、拳を鳴らした。

 

「愚弟。お前を忘れてる者もいるだろうよ。

 ここで関係を切って、他人になってしまうという選択は選ばねえのか」

 

『僕が覚えてるよ。だから、何かで支える』

 

「……お前は忘れられているぞ」

 

『僕は忘れてない。僕は忘れない』

 

「それで何が得られる? そいつにとってお前は他人だ」

 

『もう貰ってる。夏凜の記憶が絶対に戻らないとしても、僕の選択は変わらないよ』

 

 竜児は何も楽観視していない。

 満開の代償が戻らなかったら皆は……という恐怖を、今も感じている。

 その恐怖を、未来を想い勇気で踏み越えている、ただそれだけなのだ。

 

『もう沢山貰っているから。

 僕にあげたものを彼女が忘れても、僕は貰ったものを忘れないから』

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ、竜児の中の"夏凜の記憶が戻らなかったら"というとてつもない恐怖と、"戻らなかったとしても彼女を支える"という絶対の覚悟が顔を見せた。

 

『この心が、貰ったものの暖かさを覚えてる』

 

 勇気を貰った。

 友情を貰った。

 優しさを貰った。

 夢を見せてもらった。

 希望を教えてもらった。

 家族の形を見せてもらった。

 想い出を作らせてもらった。

 七色の想いは、今もそこで輝いている。皆に貰ったものは、数え切れないくらいある。

 

『貰ったから、返すんだ。兄さんも見てたじゃないか』

 

 勇者が何気なく周囲に向けていた善意を、竜児はずっと返していた。

 竜児が皆に贈ったお守りを、皆が想いと共に返せば、それはウルティメイトブレスになった。

 想いは巡る。

 ゆえにこそ人は一人では生きられない。

 誰にも優しくできない人は、誰にも優しくしてもらえないから。

 

 優しさが裏切られることもあるだろう。恩を仇で返されることもあるだろう。

 だからこそ、ウルトラマンAは子供達にこう言ったのだ。

 

―――優しさを失わないでくれ

―――弱い者をいたわり、互いに助け合い

―――どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ

―――たとえその気持ちが、何百回裏切られようと

―――それが私の、最後の願いだ

 

 ウルトラマンAも、今の竜児と勇者達を見れば、満足気に頷くことだろう。

 勇者も竜児も、絶望しながら戦いの中で無残に死んでいく運命にあった。

 竜児は生まれた時から、勇者は勇者になった時から、その運命を背負わされていた。

 けれど、ここまで来れた。

 優しさを失わずに歩いて来れた。

 全ての真実を知ってなお、まだ彼らの胸の中には希望が輝いている。

 

 ふと。コピーライトの口から、コピーライトが言うつもりの無かった言葉が漏れる。

 

「……竜児」

 

『何さ、兄さん』

 

「……お前、幸せか」

 

『うん。幸せだ。だからもっと幸せになるために、これからの未来を使う』

 

「そうか」

 

 リバースメビウスは頭を振って、再び殺意を全身に漲らせる。

 

「オレは、全ての幸せを壊す。幸福の不平等を、オレは許せん。だから―――」

 

 だが、そこで。

 

 神樹の結界を貫いて、空の天井の向こうから、黒い雷がリバースメビウスへ降り注いだ。

 

「う、がっ―――!?」

 

『兄さん!?』

 

 本物の雷は、黒い雲から光の色で落ちて来る。

 にもかかわらず、その雷は青い空から黒い雷として降って来た。

 その雷の形は、どこか"雲雷文"を思わせる。

 天より降り注ぎ地を撃つ光の矢……即ち雷は、()()()()()()だ。

 

『結界を超えて……天の神の力が、雷の形になって降って来た!?』

 

「"ダークサンダーエナジー"……とでも仮称しましょうか。

 何? もしかして、ここでこいつが負けたらヤバいって、テコ入れしにきたの?」

 

「風先輩。その横文字は風情がありません。そこは漢字にし、黒雷―――」

 

「と、東郷先輩……名前なんて後で決めれば良いのでは……?」

 

 天の神の刻印が、リバースメビウスの胸に広がっていく。

 それは刻印。それは呪い。それは祟り。

 ()()()()()()沿()()()()()()()()()()刻印。

 

『これは……"力のある呪い"だ!

 命と心を蝕んで力を強化する、"天の神の祟り"……!』

 

 リバースメビウスの目が、赤く染まった。鮮血のような赤だった。

 

「グ、ガ、アアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

『……あの、目は』

 

 破壊された街の一部を瓦礫として吹き散らしながら、リバースメビウスが炎を撒き散らす。

 炎の威力が、明らかに一段階強化されていた。

 竜児は巨大な光の防壁を張り、そこに虹の剣を刺し、防壁を虹色で塗り潰す。

 

「オレは! 生まれてから一度でも幸福を感じたことのある奴は全て殺すっ!」

 

『皆、取りこぼしお願い!』

 

 虹の防壁でも、街を完全に守りきるには足りない。

 巨人と勇者は全力を尽くし、撒き散らかされた炎の全てから街を守った。

 "守る者"である彼らは受けに回らざるを得ない。

 "壊す者"であるコピーライトは、彼らが受けに回った隙に、距離を詰めることができる。

 

「生まれて一度も幸福を感じたことのない男の気持ちがお前に分かるか!

 幸せなんてものを感じた事がある時点で、そいつには殺されるべき罪があるんだッ!」

 

『!』

 

 リバースメビウスの拳が防御直後の光の防壁を粉砕した。

 更に踏み込み、竜児の横っ面に拳を一発。

 更にもう一発、と突き出された拳だが、青い光で飛んだ夏凜の、赤い光の蹴りがリバースメビウスの拳を蹴り上げた。拳の軌道は逸れ、竜児には当たらない。

 

『なら僕は、生まれてから一度でも幸せを感じたことのある全ての人を守る!』

 

 竜児の左手の剣が振るわれ、リバースメビウスがかわし……剣閃が曲がり、当たる。

 あまりにも異常な剣の軌道の急速変更。

 驚愕するリバースメビウスの視界に、メビウスブレイブの左手に絡む緑の紐が見えた。

 

『幸せを得てからそれを失うのは、とても辛いから!』

 

 間を置かず、蹴り上げの形でリバースメビウスに迫るメビウスブレイブのつま先。

 リバースメビウスが両手でつま先をキャッチし止めたのと、メビウスブレイブの踵を友奈が思いっきり蹴り込んだのはほぼ同時。

 竜児と友奈の蹴りの衝撃が瞬時に重なり、リバースメビウスのガードを突き抜け、その腹に強烈な一撃が叩き込まれた。

 

『幸せは貰うものだ。生まれるものだ。守るものだ。

 幸せは奪うものじゃない。失われちゃいけない。壊させてはいけない。

 僕は自分が幸せになりたいから……他人の幸せも奪わせない!』

 

「知るかァッ!!」

 

 数歩後退し、連発されるリバースメビウスのメビュームスラッシュ。

 弾速を調整したそれらと同時に、リバースメビウスが突っ込んで来た。

 振るわれる虹の剣、武器を構える二人の勇者。

 虹の剣がメビュームスラッシュの全てを切り落とし、竜児に向けて放たれたリバースメビウスの拳を東郷の"リキデイター"の狙撃が減速させ、減速させた拳を風が大剣で打ち返した。

 

 勇者と巨人の連携は、もはやコンマ一秒の間にどれだけ動きをすり合わせているのかも分からないレベルにある。

 助け、助けられ、支え、支え合う、高度な連携。

 この連携も当然だ。

 彼らの心は、繋がっているのだから。

 

「竜児ぃぃぃぃぃッ!!」

 

 リバースメビウスが狂乱しながら飛びかかる。

 メビウスブレイブが虹の剣でその体を切り裂く。

 それでも、コピーライトは止まらない。

 

『……兄さんっ!!』

 

 虹の剣がコピーライトを切り裂くと、コピーライトの内にあった記憶と想いが、質量のない虹の血飛沫となって吹き出した。

 

 

 

 

 

 竜児と、メビウスと、勇者が、それを見る。

 

 無数の廃棄されたジード失敗作の山の中で、コピーライトは一人佇んでいた。

 

「……お前らもダメだったか」

 

 無数の死体。生ゴミのように扱われるジードになれなかった失敗作。

 コピーライトが抱えたカプセルの中には、まともな心も芽生えなかった11体の兄弟達。

 冷凍保存しておかなければ、その11体も短命が約束されていた。

 そうしているコピーライトもまた、単体では人間にも巨人にもなれない失敗作で、想定された耐久年数ほど長くは生きられない。

 

「悪ぃな、オレにお前らを助けられる力はねえんだ」

 

 コピーライトは、むしろ助けられるべき側の存在だったから。

 兄弟を誰も助けられない。

 『悪』に生み出された、『悪』のための道具は、『悪』に捨てられて意味もなく死んでいく。

 

「だけど、お前たちが生まれたことが、無価値だなんて言わせない」

 

 頭が狂いそうなくらい、頭の中で煮え滾る憎悪があった。

 

「残り短い命、使い切らせてやる。

 何の意味もなく死なせたりしねえ。

 その命を、何かの結果に繋げるために。その命に、オレが意味をやる」

 

 意味のある死のために。

 何の意味もなく死んでいく結末を回避するために。

 『人類を滅ぼす』『全ての幸福を否定する力をコピーライトに渡す礎になる』という"生まれた意味"を、コピーライトは弟達に授けた。

 正気など、もうどこにも無い。

 

「お前達が死んでもなんとも思わない悪も。

 お前達を救ってくれない善も。

 全て壊してやる。

 お前達よりちょっとだけ不幸にしてやる。

 そうすりゃ……お前達は、オレ達は、世界で一番幸せな、ウルトラの兄弟になれる」

 

 コピーライトは、ただ。

 

 血の繋がった兄弟達に、世界で一番幸せな者達であってほしかった。

 

「だから、少しだけ待ってろ。

 お前ら以外を全部、お前らより不幸にしてきてやるから」

 

 だから全てを壊す。全てを不幸にする。彼の中では何の理屈も破綻していない。

 

「光と闇の全てを破壊する者になってやる。

 悪の軍団も、ウルトラマンも、人間も、幸福を甘受する命、全て!」

 

 自分も、血の繋がった兄弟も、世界も、全てを巻き込んで崩壊していく自壊の存在。

 

「怯えろ、何も考えず幸福を享受してやがるクソども! 全て……全て! 殺してやる!」

 

 それが、竜児の血の繋がった兄だった。

 

 

 

 

 

 記憶を見てしまった勇者が一瞬、手控えた。

 同情から、手控えてしまった。

 だが竜児は止まらない。

 

『兄さん』

 

 リバースメビウスとメビウスブレイブが、瓦礫の上で組み合う。

 

『意味は……意味はあったんだ!

 兄さんがここに生きてる! 僕もここに生きてる!

 生きようよ! もう止まって、皆の分まで、兄さんは幸せに生きていくべきだよ!』

 

 コピーライトは鮮血のような赤い目に殺意を漲らせ、叫んだ。

 

「誰一人として例外はない! オレの兄弟より幸せに生きる命の全てを、オレは許さん!」

 

『許してよ、兄さん!

 誰も許せない人生なんて、辛くなっていくだけだよ!』

 

「許せるか! 誰も許せるか! 許せてたまるか! 許せねえんだよ、全部!」

 

『自分が幸せになることも!?』

 

「そうだッ!」

 

「―――っ」

 

 リバースメビウスが飛ぶ。

 海と陸の境界を踏み、竜児を狙い、フェニックスブレイブの最強光線を解き放った。

 

「―――メビュームナイトシュートぉッ!!」

 

 迫る光線。

 背後には街。

 足元には勇者。

 竜児は足元の勇者達の"助けよう!"という心の叫びを受け、その想いを力に変える。

 

「『 ウルティメイトメビュームシュートッ!! 』」

 

 メビウスブレスとウルティメイトブレスが光を放ち、十字に組んだその腕から、竜児の想いを込めた七色の光線が放たれた。

 七色の光線は最強の光線を飲み込み、包み込み、いかな摩訶不思議現象を起こしたのか、その光線をとても静かに消し去ってしまった。

 

「!?」

 

 遠くの病院の窓から、乃木園子が、思いっきりに叫ぶ。

 

「お兄ちゃんの闇を、抱きしめろーっ!」

 

 闇を抱きしめる。

 園子から答えを貰って、竜児は飛翔した。

 天の神の祟りに突き動かされる兄の体を、竜児は優しく抱きしめる。

 

「兄さん」

 

「……ぁ」

 

 そして、兄を苦しめるもの全てを吹き飛ばすべく、自爆した。

 

「メビュームダイナマイトォッ―――!!」

 

 兄を殺さぬように、加減して。

 かつ、天の神の祟りは吹き飛ばす。

 ライザーも、カプセルも、光に飲まれてどこかへと消えていく。

 兄を蝕む闇のことごとくが、光の爆発に吹き飛ばされていく。

 

 そうして竜児は、兄を救った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海水と砂だらけになった兄の体を、竜児は抱き起こした。

 兄を抱きしめる竜児を、勇者達が見守っている。

 もはやコピーライトに、巨人になれるだけの力は残っていない。

 

「……オレは、情けねえな」

 

「情けなくなんかないよ、兄さん」

 

「オレは、もしかしたら、家族に、抱きしめてもらいたいなんて、弱さがあったのか……」

 

「それは僕もずーっと思ってたことだよ。

 血の繋がった家族に、一回くらい抱きしめてもらいたいって」

 

「……」

 

「自分がされて嫌なことは人にしない。

 自分がされて嬉しいことも人にする。

 万能でもなんでもない理屈だけど、基本だからね」

 

 竜児は、兄の闇を抱きしめた。

 兄の傷付いた心を抱きしめた。

 ヒロトとヒルカワが死んだ時、夏凜が抱きしめてくれたから。

 言葉を失った友奈が、気持ちを伝えるために、抱きしめてくれたから。

 最後に、園子が答えを教えてくれたから。

 兄の心を、こうして抱きしめて、救ってやれる。

 

「十年、か。……大きくなったな、竜児」

 

「あっ」

 

 コピーライトは立ち上がり、竜児の手からウルティメイトブレスをひょいと奪う。

 

「オレの手癖が悪いのもあるが、お前は隙がありすぎだな」

 

「に、兄さん?」

 

「『バラージの盾』か……まあ、これがあれば巨人の系譜のオレならやれるか」

 

 そしてウルティメイトブレスを身に着け、そこから勇者達に光を放った。

 

 まだ戦う気なのか、と咄嗟に身構える勇者達。

 

「……あ、う?」

 

「!」

 

 だが、友奈の喉から声が出始めたことで、空気が変わる。

 

「……あ」

「え?」

「! 見える……?」

 

 樹の胸に夢が戻る。

 風の両手両足がまともに動き始める。

 東郷の目にも視力が戻ってきた。

 

「……ん? あ、あんたリュージじゃない!」

 

「―――! 夏凜! 記憶が戻ったのか!?」

 

 そして、夏凜が、竜児の名を呼んだ。

 

「悪いが、オレの能力で戻せるのは散華してすぐの部分だけだ。以前の散華までは戻せねえ」

 

「兄さん! どうやったのこれ!?」

 

「これが『神』に類する存在の力ってことだ。

 満開と散華で、力と引き換えに何か捧げたんだろ?

 だから作った。神の力でな。このブレスにはその属性の力が備わってる」

 

 神樹には、神樹自体にも負荷がかかるが、勇者が満開で捧げた体の一部を一から作ってやる能力がある。

 捧げたものが戻って来たわけではない。

 神樹が同じ機能を作ってやるだけだ。

 コピーライトは、神と巨人の力でそれを具象化した。

 樹が夢を見る機能を、夏凜が特定の記憶を思い出す機能を、脳に取り戻していたが、東郷は以前の散華であったために取り戻せていない様子。

 

「良かった……本当に良かった。兄さん、ありがとう……」

 

「お前、大事なこと二つ忘れてねえか」

 

「え? 二つ?」

 

「一つは、お前が憎しみでオレを殺しにきてたら、こうはならなかったってことだ。

 この結果はオレを殺そうとしなかったお前の意志が招いた結果だ。お前が救ったんだ」

 

「―――」

 

「それと、もう一つ」

 

 コピーライトがもう一度、ウルティメイトブレスから光を放つ。今度は竜児に向けて。

 

「お前がここで言うべき台詞は

 『ありがとう』

 じゃねえだろ。僕の体も治せる? だろ」

 

「―――まさ、か」

 

「無茶をすればすぐに元の体に逆戻りだ。が、そうじゃなければあと60年は生きられる」

 

 竜児は、喜びのあまり、泣きながら兄に抱きつきそうになった。

 

「兄さん……兄さん! ありが―――」

 

「それと、最後に」

 

 抱きつこうとしてくる竜児の腕を、コピーライトが掴む。

 そして、竜児の手を、思い切り自分の胸に叩きつけさせた。

 コピーライトの胸が崩壊し、砂になる。

 それにつられて、連鎖的にコピーライトの全身も砂になり始めた。

 

「……え?」

 

「最後に二つ、教訓だ」

 

 これは、悪行を行ったコピーライトが最後につけるべきケジメ。

 そして、弟に贈る最初で最後のエールだった。

 兄の全身はあっという間に崩れ、兄は全身は砂となりながらも、テレパシーで竜児達に語りかける。

 

『一つ目は、これからお前の前に現れる兄弟全て、躊躇わず殺せ。

 お前の家族は敵の中には居ない。

 お前が本当に守るべき家族は地球に居る。

 お前が本当に守るべきものは地球にある。殺すことを迷うな。ここで覚悟を決めろ』

 

 コピーライトは自分の死をもって、竜児に覚悟を決めさせようとする。

 兄弟を殺せなければ、竜児は幸福の未来に到達できないと考えていたから。

 

『二つ目は、お前はオレの真似をするな。

 神の力で満開を補った代償を、今お前は見たはずだ。

 お前は真似るな。

 そうすれば、お前もこうなる。

 ウルティメイトブレスを使って他人の満開の欠損部分を補えば、お前は死ぬ』

 

「……まさか、兄さん……全部分かった上で治療を……?」

 

『オレの死に様を、その目に焼き付けておけ』

 

 自分を犠牲にして誰かを救うな、と兄は言う。

 

『オレには夢があった。一度も、誰にも、言えなかった夢が。

 オレも……ウルトラマンに、なりたかった……勇者と呼ばれる救いの巨人に……』

 

「っ」

 

『でも、なれなかった。

 オレは誰も許せなかった。

 オレは自分の境遇を、生まれを、忘れられなかった

 壊したいという願いを封じて、救いたいという想いに従うことができなかった。

 誰も許せない者は……決して、決して……ウルトラマンにはなれない……』

 

 テレパシーで、コピーライトは笑う。

 

『でも、もう、どうせ死ぬからな。最後くらい好きにやってやらあ』

 

 竜児の涙が、砂になった兄の上に落ちる。

 

「なんでこんなことを!

 兄さんを犠牲にしてこんな結末、嬉しくないよ!」

 

『返してくれ、とお前は俺に願っただろ。

 どうせ最後だ。血の繋がった弟の心からの願いくらい、叶えてやってもいい』

 

「―――え?」

 

 

 

■■■■■■■■

 

「返せ」

 

「あ?」

 

「返せ!」

 

■■■■■■■■

 

「返せ、返せよ! メビウスを、皆の捧げたものを……返せ!」

 

「返せ? 正気を失ったか……つか、お前がそれを言うのか」

 

■■■■■■■■

 

「返せ……」

 

「光の巨人が情けないことを言うなッ!」

 

「返してくれよっ……」

 

「目障りだ……ここで改めて死ぬか?」

 

「返せ……!」

 

■■■■■■■■

 

 

 

 そう、言った。

 竜児はその言葉を言っていた。

 兄に懇願していた。

 返してくれ、と。

 だから兄は、弟の願いを叶えた。

 ただ、それだけの話。

 

『出来の悪い失敗作の失敗作の弟風情が。

 オレが消えた後、同じようなことでオレを頼る気持ちがあったら承知しねえぞ』

 

「兄さ―――」

 

『おい、売女(ばいた)ども』

 

 コピーライトは竜児の言葉を、涙を、遮るようにして勇者達の方に語りかける。

 

「ば、ばいた!?」

 

『オレはお前らの満開の代償を補ってやった。

 分かるよな? オレは恩人だ。お前らの大恩人だ。

 つーことはだ、お前らはオレの言うことくらい聞かないといけないわけだ』

 

「それは……まあ、そうかもしれないけど」

 

『こいつは契約だ。オレの弟の面倒を見ろ。こいつが不幸になったら、契約不履行とみなす』

 

「―――」

 

 そして、約束させる。

 

『こいつが不幸になった時、オレは怪獣墓場から這い上がってでもお前らを殺す』

 

 コピーライトが望む、未来のカタチのために。

 

「約束します、リュウ君に」

「約束します、熊谷君に」

「約束するわ、竜児君に」

「約束します、熊谷先輩に」

「あんたに約束するまでもなく、リュージとの腐れ縁とかそうそう終わらないわよ」

 

『約束守るんなら長生きしろ、余計な満開とかすんじゃねえぞ』

 

 コピーライトは呆れてしまった。

 竜児に対する感情以上に、この勇者達は、さっきまで戦っていたコピーライトの姿を見て、そこに感じた情から、とても強く約束してくれている。

 つまり、この勇者達は。

 ここでこう約束することで、コピーライトの心が救われることすら望んでいるのだ。

 だから、コピーライトは呆れてしまった。

 

『竜児。天の神は、オレ達兄弟を使い切った後の13体目を用意している。気を付けろ』

 

「! 13体目?」

 

『12体を倒して安心しきった人類を、その13体目で奇襲して潰すつもりだ』

 

「そんな企みを……」

 

『13体目の正体は分からない。

 だが天の神は、13体目に絶対の自信を持っている。

 13体目さえいれば、その過程で何度失敗しようが、滅ぼせると確信している』

 

「……ありがとう、兄さん。その情報……ちゃんと活かして……世界、守るよ」

 

 ぽたり、ぽたりと、竜児の涙が砂になった兄の上に落ちていく。

 

『生きろ。

 お前の人生はまだ続いていく。

 お前の命という名の冒険は、ここがスタートラインなんだ』

 

「……うん」

 

『どこを目標にしても良い。

 どんな道筋を進んでも良い。

 どんな宝物を見つけても良い。

 どんな仲間と一緒に進んで行っても良い。それが……命という名の冒険……だ……』

 

 テレパシーがかすれてきた。

 

『ああ、幸せなやつが、憎いな』

 

 声が小さくなっていく。

 

『ああ―――幸せに、なりたかったな』

 

 兄の存在が感じられなくなっていく。

 

 

 

『……でも、(おまえ)が幸せなら、まあいいか』

 

 

 

 その言葉を最後に、兄の命は消えた。

 砂になった兄が、砂浜に溶けていく。

 兄がどこにいたのか分からなくなっていく。

 広大な砂浜の全てが、兄になったような錯覚があった。

 

「……さよなら」

 

 別れの言葉を告げる竜児を、勇者達が見守る。

 憐れだとは思わなかった。

 可哀想だとも思わなかった。

 悲しそうだとも思わなかった。

 兄を見送る少年の背中は、本当に力強く、立派だったから。

 

『コピーライト。光の国のウルトラマンの一人として、言わせてもらうよ』

 

 最後に、メビウスが言葉を贈る。

 

『君も、間違いなくウルトラマンだった』

 

 コピーライトの胸には、最後に愛と優しさが宿っていたことを、メビウスは理解していたから。

 

 

 

 

 

 最後に、竜児の携帯電話にメールが来た。

 

 

 

――――――――――――

差出人:安芸先輩

――――――――――――

宛先:熊谷竜児

――――――――――――

件名:お疲れ様

――――――――――――

 

 よく頑張ったわね。

 よくやった、としか言いようがないわ。

 

 大赦が現在進めていた反攻作戦を、全て白紙に戻しました。

 あなたが見せた光は、誰にとっても予想外の……いえ、予想以上のものだったようね。

 よって、あなたの転校等も白紙に戻されました。

 しばらくは新しいお役目が通達されることもないでしょう。

 

 有事に備え、勇者部と交流を深めるなり、学校で新しい友達を作って英気を養うなり、好きになさい。

 

 

 

 安芸先輩……! と竜児は目を覆った。

 なんとなく、なんとなくだけれども。

 春信さんや安芸先輩が、大赦の上の方で何かをしてくれていたんだ、と彼は思った。

 

「……転校の件、なくなったよ。皆さん、またしばらく一緒にお願いします」

 

「本当!?」

 

 まだ讃州中学にいられる、という話が、皆の内に喜びを湧き立たせる。

 

「胴上げよ胴上げ!」

 

「しゃあ! リュージを投げ上げるわよ!」

 

「わーっしょい! わーっしょい!」

「わーっしょい! わーっしょい!」

「あーいこく! あーいこく!」

 

「こ、怖い! これ怖い! ウルトラマンになって飛ぶより怖い!」

 

 車椅子の上で変なコールだけしている東郷と、妙に腕力のある勇者部四人に胴上げされながら、竜児は戸惑いつつも笑う。

 

 人生は悪いことだけではない。良いことだけでもない。

 泣きたくなることだけでもない。笑いたくなることだけでもない。

 だからこそ、人の幸せを理不尽に奪う何かと戦わねばならない。

 戦って、守らなければならない。

 いつかこうして、笑うために。

 悲劇だけで、終わらせないために。

 

 彼らは明日も、戦っていくことだろう。

 

 また明日も、こうして笑っていくために。

 

 

 




 日本の神話において、イザナミの腐肉からも神は生まれたのです。
 日本の神話は、屍肉から新たな何かが生まれる物語でもあるのですよ

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