夏が終わり、秋がやって来た。
竜児の転校云々はそもそも夏休み中にふっと湧いてふっと消えた陽炎のようなものだったので、竜児は特に何事もなく学校の皆に迎えられる。
勇者部との関係は、間違いなく変わっていたが。
それよりも、7月末にヒロトとヒルカワが死に、直後夏休みが始まったので、夏休み明けにクラスメイトがやたら気を使ってくることが印象的だった。
竜児も改めてちょっとしんみりしてしまう。
が、竜児があの二人の死をちゃんと乗り越えたことを伝えていけば、クラスメイト達の顔も徐々に明るくなっていった。
あの二人の死が直近に感じられないというのがまた、日々の密度を感じさせる。
「友奈」
「なーに? リュウ君」
「やっぱ男子と女子では話題が合わないんじゃなかろうか」
「そうかなぁ。他の男子よりは合う気がするけど」
九月の席替えで、竜児は友奈の後ろの席、友奈は竜児の前の席になった。
休み時間になると友奈が後ろを向いて、そこに東郷が加わることが多い。
今日の三人は休み時間にトランプをしていた。ババ抜きである。
「なんでこれババ抜きって言うんだろうね、東郷さん、リュウ君」
「友奈ちゃんが知らないなら、私も知らないわ。これは日本生まれの遊戯じゃないもの」
「東郷さんが安定しすぎてちょっと笑っちゃう。
友奈。えーと、確か、ババ抜きの歴史は正確には450年くらい前まで遡るんだ」
「凄い遡った!」
「その頃あった『オールドメイド』ってゲームがこれの起源だって言われてる。
年を取ったメイドのカード、オールドメイドが最後に手元に残ったら負けってゲームね。
これをトランプでやろうとして、オールドメイドをジョーカーに置き換えたのがババ抜き」
「へー」
「ちなみにこのオールドメイドも、元々は年取ったメイドって意味じゃない。
『行き遅れの未婚女性』って意味で、カードの絵柄もそうだった。
行き遅れの未婚女性だから、最後まで手札に残ってると負け……ってことね」
「うわぁ」
「まあいつからかババアの絵柄で安定しちゃって。
だから日本ではババ抜きって呼ばれるようになっちゃったんだけど。
友奈も東郷さんも行き遅れちゃいかんよ、ババ抜きされちゃうよ」
「そういえばさっき最後にババ持ってたの東郷さんだったね」
「やめて友奈ちゃん」
平和な日常がやっと戻ってきた、といった感じだ。
「なんだっけな、メビウスから教わった宇宙人の中に……
"ババアしかいない宇宙人?"って感想持った宇宙人が居たような……
バ……バ……なんだっけ……そうだ、ババアルタン星人!」
『バルタン星人にそんな風評被害を発生させる人初めて見たよ』
友奈が居て、東郷が居て、メビウスが居て。
……夏凜が居ない。
夏凜はクラスの入り口辺りでうろうろしていた。
会話に混ざりたそうな気配と、竜児に申し訳無さそうな気配が感じられる。
夏凜はまだちょっと、先日の記憶喪失で竜児にダメージを与えた件を気にしていた。
「夏凜ちゃん、まだ気にしていたのね」
「まあリュウ君のダメージ一番大きかった選手権なら優勝候補だったもんね……」
「僕も"マジショック"みたいな顔隠せてなかったからなあ……」
夏凜がこんなに気にしているのは、記憶を失った夏凜の塩対応で、竜児が露骨にとてつもないショックを受けていたというのも原因にある。
「夏凛ちゃん優しいから、とっても気にしてるだろうなあ」
「友奈ちゃん。
夏凜ちゃんのあれは申し訳ないという気持ちもあるけど、それだけじゃないわ」
「?」
「『満開では私に忘れられたことが一番大ダメージだったに違いないわ』
『だって私とあいつはこう、あれじゃない』
という幼馴染特有のバリバリに思い上がった自意識から来るものなのよ」
「東郷さん!? 辛辣!?」
「自覚の有る無しはともかくとして絶対考えてるね。
僕のこととはいえ結構合ってるから憎たらしい……」
東郷の考察は極めて正しかった。
竜児のお墨付きもついている。
付き合いが長いがゆえの相互理解が、竜児の心に与えたダメージを夏凜に正確に理解させ、それゆえに夏凜に申し訳無さを叩き込んでしまっているのだ。
「まあでも、あれでちょっと気にしてるだけだから。
僕の経験則だともうそろそろ平常運転に戻ると思う。日数計算的に」
夏凜が平常運転に戻る日数を計算で求めている竜児に、東郷は溜め息を吐いた。
「はぁ……これだから熊谷君は」
「え、東郷さん何故溜め息」
「いい機会だから、私とあなたの話のノリが時々合わない理由を教えましょう」
「! なんと」
「あなたは愛を語っているのではなく、知識を語っている!
私が戦艦大和のどこがかっこいいかを語る横で、あなたは淡々と大和のスペックを語る!」
「た、確かに!」
「あなたは好きなものを語っているのではない!
本で読んだ緻密な知識を語っているだけだわ!
それがあなたの悪癖。あなたの弱点!
今もまた、夏凜ちゃんへの対応を心ではなく、知識で決めていた!」
「はっ……い、言われてみれば!」
「日本男児たるもの、それでは
何故東郷は、本物の日本男児など見たことないくせに、本で読んだだけの日本男児の理想像を竜児に叩きつけていくのか。
竜児が真面目に受け止めるから絵面がちょっとおかしくなる。
「ありがとう、東郷さん! 行ってきます!」
「夏凛ちゃんとの問題を解消してくるのよ?」
「はい!」
竜児が夏凜の下へ歩いて行く。
明日からはまた、元通りの距離感に戻っていることだろう。
「手がかかる。これでは大和男子認定を取り消すか、ちょっと迷ってしまうわね」
「東郷さん、東郷さん、時々言ってる大和男子と日本男児はどう違うのかな」
「熊谷君の方が説明が上手いだろうから、そちらに聞くと良いわ。
彼は未熟なれど、皇国の世に絶えかけた日本男児の魂を受け継ぐものだから」
「……東郷さんの中のリュウ君のポジションが掴めない! 距離感どうなってるの!?」
大和魂を持たぬ者には分かるまい。
さてさて、四国の現状はどうなったか。
黒い巨人の出現、光の巨人の出現、街の一部破壊。
これらは放っておけば憶測が憶測を呼び、パニックを引き起こすのに十分だった。
なので、大赦はカバーストーリーを作ることにした。
宇宙からの侵略者が現れ、神樹様がそれに応じて助けを呼び、神樹様の呼びかけに応じてやって来た巨人がウルトラマン……というストーリーを作ったのである。
四国で最も強固なものは、神樹信仰だ。
神樹よりも上に置かれるものはない。
その信仰を、巨人の信用に転用したというわけだ。
ウルトラマンに対する一般人の現在の認識は、神樹の呼びかけに応じた神性、あるいは神樹の使徒といったところだろうか。
とにかく、疑われてはいないということだ。
大赦は勇者の露出にあまり乗り気ではない。
西暦の時代、勇者を世界の守護者と喧伝した挙句、敗色濃厚となったことで一般市民が勇者を「役立たず」と攻撃し始めたという過去があるからだ。
あくまで、世界の守護者はウルトラマンのみという情報統制の仕方をしている。
流れによっては、最大限に気を遣いつつつ勇者の喧伝もするかもしれないが。
とにもかくにも、一般人はウルトラマンに感謝し、ウルトラマンを呼び出してくれたという神樹に日々感謝している。
「流石神樹様だ」という結論に持って行ければ50点。
「なんだ、日常が何か変わるわけではないのか」という結論を最後に出させて100点満点。
四国全域で100点満点を出す快挙を、大赦は成し遂げていた。
恐るべきは大赦の組織力と言うべきか。
リバースメビウスが暴れてもパニック一つなく、混乱もさほどなく、四国中の人間が安心を胸に今まで通りの日常を送っているこの現状が既に凄まじい。
警察や消防も大赦の末端と変わらないことを考えれば、この世界の秩序の根幹に、大赦という組織が根付いていることがよく分かるというものだ。
そんなこんなで、皆に受け入れられたウルトラマンが、今何をしているかというと。
「サンキューウルトラマン!」
「あ、そこの瓦礫も頼むよ」
「こいつは重機要らずだ……ありがとなー!」
なんと、戦闘で一部が壊れた街の復興を手伝っていた。
『僕も地球で、こういったことをした覚えはあまりないな』
(使えるものは使っちゃうべきさ。僕も、この街に住む地球人なんだから)
『ああ、そうだとも。君は地球生まれで地球育ちのウルトラマンなんだからね』
(へへっ、地球人が地球人助けてるだけだもんね)
例えば、多くの瓦礫があったとする。
普通はこれを重機で少しづつ運び、車に少しずつ乗せ、車で現地と捨てる場所を何度も往復して瓦礫を片付けないといけない。
ところがウルトラマンの場合、手で掬って捨て場にポイ、で終了だ。
瓦礫や細い道が入り組んでいると、重機や大型トラックが入れない場所も多い。
ところがウルトラマンの場合、空からひょひょいとそこに入れる。
瓦礫を運び出すのに苦労する場所や、建築材を運び入れるのに苦労する場所でも、空からささっと搬入できるのだ。
こういった長所は、一種ヘリに近いものがある。
余談だが、巨人が建築材を運ぶ時、業者の人間が頼んで巨人の手に乗せてもらうこともあり、空中飛行体験をした業者の男達からも、巨人の評価は非常に高かった。
……四国しかないこの世界で、人が空を飛ぶ機会など多くはない。
頼めば空を体験させてくれるこの巨人の評価が高まるのは、ある意味当然のことだった。
と、いうか。
そうやって手伝っている内に、行動に竜児の人格が滲み出てしまったのか、町の人々はウルトラマンに徐々に好意と親しみを持つようになっていた。
「ウルトラマーン!」
子供が、瓦礫で潰れた公園から全ての瓦礫をどけたウルトラマンに手を振る。
竜児も手を振り返そうとするが、カラータイマーがピコンピコンと点滅を始めてしまった。
ウルトラマンに手を振る子供を、傍に居た親がたしなめる。
「ウルトラマンは三分しかここに居られないのよ。帰らせてあげなさい」
「えー、でも……あ、そうだ! ウルトラマーン! これ、ぼくのきょうのおやつー!」
子供が、小さな飴玉を投げた。
ウルトラマンの指先が、とても精密な動きをして飴玉を摘み取る。
こういう細かい力加減ができないと、有事に空中に放り出された人間を握り潰さずキャッチできるわけがない……とはいえ、竜児もちょっとヒヤヒヤものだった。
ありがとう、と言わんばかりにウルトラマンが頭を下げる。
母親が、子供の横で苦笑していた。
何故か、ウルトラマンを見て、親しみの込もった苦笑をしていた。
「このまえは、まもってくれて、ありがとー!」
ウルトラマンは頷く。
そして、点滅するカラータイマーと共に飛び去った。
『いい子だ』
(うん。僕ら今、きっと同じ気持ちになってるよね)
光になって、竜児は人間形態に戻り、建物の屋上に着地する。
そこでは、竜児の今日の三分間の人助けが終わるのを待っていた、三好夏凜の姿があった。
「夏凜、僕飴貰っちゃった」
「あんたが貰って嬉しかったのは飴の方じゃないでしょ?」
「……だね。『ありがとう』の方だ」
竜児がどこか嬉しそうに、飴を口の中に放り込む。
イチゴ味だった。
夏凜が片手を上げると、竜児は瞬時にその意を汲み取る。
「いえーい」
「いえーい」
気の抜けた声とハイタッチ。
よかったじゃん、と夏凜が無言で伝えて、よかったよ、と竜児が無言で返答していた。
戻って来た竜児を、友奈がにこやかな笑顔で迎える。
「リュウ君お疲れ様ー。あ、そうだ。
昨日の教室で、男子と女子の話題が合わないって話したよね?」
「うん、したね。友奈と東郷さんと」
「夏凛ちゃんにそういうこと思ったりするの?」
「……いや、ないなあ」
「へー……参考までに、なんだけどね?
こう、男子の話題と女子の話題、っていうのを意識すらしない二人の会話ってどういうの?」
「「 二人の会話……? 」」
友奈の問いに、二人が揃って首を傾げる。
傾げた首の角度が偶然完全に同角度になっていて、友奈は笑いをこらえるのに必死だった。
「例えば、昨日私とリュージがした話は……」
「布団の話だよ布団の話」
「布団?」
「ほら、こう、布団に入って、"あ、掛け布団が斜めになってるな"ってなるじゃない?」
「掛け布団が斜めで僕はさあ困った。右に回すか? 左に回すか? どっちが正解だ?」
「私は失敗したかない。敷き布団の縦長と掛け布団の縦長を揃えたい」
「しかし僕が回す方向を間違えれば、掛け布団で腹しか覆えない情けない感じになってしまう」
「右に回すか、左に回すか……三好の名にかけて間違えられない。どっちにすべきか」
「「 よし、右だ! 」」
「「 ダメだった……掛け布団めっちゃ左右にはみ出てる…… 」」
「あるある!」
何の変哲もない小話だったが、友奈にはちょっとウケた様子。
「なるほど、これなら男子女子の話題の違いは気にならない! 勉強になります!」
「友奈、何を勉強してんのあんた」
友奈と竜児の会話のノリが、夏凜と竜児の会話のノリに近くなる日も、その内来るのかもしれない。来ないかもしれないが。
さて。
「ごめんね、二人共待たせて」
「三分くらい待った内に入らないわよ」
「そうそう!」
「さ、文化祭に向けた買い出しだ!」
秋は讃州中学も文化祭の時期である。
これが終わると三年生は本格的に受験の時期だ。
各部活、あるいは同好会、果ては委員会にクラスの出し物と、文化祭の日は各コミュニティがわちゃわちゃと入り乱れることになる。
勇者部の出し物は演劇。
演劇の題目は『明日の勇者へ』。
勇者役は友奈。魔王役を風が演じる。
総進行を東郷、演出を樹、機材の操作を夏凜が担当する、らしい。
竜児はこれに手伝いを申し出ていた。
クラスの出し物の『恐怖! 植物地獄お化け屋敷!』の手伝いもしつつ、勇者部をバックアップすることを決めたらしい。
裏方の男手が増えるのは喜ばしい、ということで部長の風も了承した。
かくして、竜児は勇者部のお手伝いという形で文化祭に参加することを決めたのである。
今竜児は、風と二人で机や切り抜いたダンボール等を並べていた。
当日の演劇でどこに何をどう並べたら良いのか、何をどうしたらマズいのか?
規定の時間内に舞台を作る&舞台を片付け後の演劇の邪魔にならないことができるのか、といった事柄の検証をしているのだ。
「そう、そこにそれ並べてみて」
「はーい」
ダンボールで大きさだけ合わせた大道具を、竜児が風の指示で並べていく。
「昔の人って流れ星にわかよね……」
「流れ星にわか」
「普通、流れ星が落ちる前に願い三回言うとか無理よ。明らかに流れ星にわかだわ」
「昔の人は早口だったかもしれませんし……」
「じゃあ聞くけど、メビウスってめっちゃ昔から生きてる人だけど、できる?」
『うーん、僕の願いを三回は無理かな……』
「ほら」
「ほら、じゃないですよ。
第一メビウスのこれは願い事が多すぎて無理とかそういうやつですよ絶対。
昔の人は流れ星に短い願い事だけを言ってたんじゃないですか? 金金金とか」
「ロマンが無いわねぇ」
「願いなんてシンプルで陳腐なもんでいいんじゃないでしょうか。
愛とか、友達とか、希望とか、夢とか、恋人とか、就職とか……」
「お、恋人欲しい? 竜児君は恋人欲しい感じ? よし、おねーさんに相談してみなさい」
「ははは、ご冗談を」
「ははは、なんで冗談だと思ったのか言ってみ? 言ってみなさい?」
「で、僕は思うんですが、この流れ星の飾りやっぱ作成予定表から外した方がいいですよ」
「やっぱそう思う?
あたしも今見てて、この数吊って固定するの一苦労だと思ったワ」
喋りながらもテキパキと作業を進めて行けるのは、流石この二人といったところか。
「ところでさ、竜児君は東郷と友奈の家の話何か聞いてる?」
「……そんなに深くは知りません。
ただ、仲が悪くなったとかそういうのはないみたいですよ。
ちょっと気不味い感じにはなったものの、時間をかければ元通りにはなりそうなんだとか」
「そ。よかった」
勇者の親は、勇者の役目と運命を知りつつ、それを黙っていた。
大赦から口止めされていたのもあるだろう。
親としての苦悩もあるだろう。
世界と天秤にかけたというのもあるだろう。
だが、人によっては親失格と言われても仕方がない。
それだけの残酷な運命を、勇者は課せられていた。
されど、義憤は時に人の目を曇らせる。
それだけで彼女らの親を悪だと断じるのは間違いだ。
よく考えてみれば分かる。
友奈の親も、東郷の親も、この二人を育てた親なのだ。
友奈と東郷の性格を見れば、親の性格は透けて見える。
遺伝と教育の二つだけを見ても、東郷と友奈の親が『いい人』なことは間違いないのだ。
そんな『いい人』に"愛娘を生贄に捧げさせた"という、残酷な過去がそこにあるだけで。
二人は優しい子に育てられた。
二人はたくさんの愛を注がれて育てられた。
二人は親に将来の幸せを望まれていた。
その上で、親は子を人柱に
ならば、子供はそんな親達をどう見ればいいのだろうか?
親は、子供達にそれがバレた時、それでも親として子供に接することができるのだろうか?
仮に友奈と東郷が親を全面的に許したとしても、何も変わらない。
親が"子を捧げた自分"を許さないだろう。
子の許しは、むしろその罪悪感を倍増させる。
この罪悪感は、おそらく一生消えることはない。
何らかの形で、死ぬまで抱えていくしかないのだ。
「あたし達がそういうのもパパっと解決できたらいいんだけどね」
「流石に家族の問題にまで踏み込んで鮮やかに解決、とか不可能にもほどがありますよ」
「家族の話はね……」
三好の家は例外として。
犬吠埼の家に親は居らず、熊谷に至っては家があるとも言い難い。
ゆえにその手の問題が発生したのは東郷と結城の家だけで、竜児と風にはこの手の問題を解決する『知識』も『経験』もない。
「あたしの親の話、知ってるでしょ」
「……はい。当時、バーテックスとの戦いに巻き込まれ、今も寝たきりであるとか」
「このままずっと起きない可能性が高い、ってのが医者の見立てだったのよ。
呼びかけても起きないし、ゆすっても起きない、あたしが泣き喚いても起きない。
まだ死んでないってだけで、こりゃもう殺されたも同然だ、って思ったのが昔のあたし」
「……」
「知っての通り、あたしはそれでバーテックスに復讐してやると決意した」
犬吠埼風の始点は、復讐だった。親を奪われた悲しみの過去だった。
「……いざ戦うってなった頃には、復讐より大事なものが出来てたってのがお笑いだわ」
「風先輩……」
なのに、勇者として皆と一緒に戦うことが決まった頃には、復讐よりも大切な仲間と日常を持ってしまっていた。
「皆の日々の未来、か。なんかようやくちゃんと心の整理がついた気がするわ」
「風先輩?」
「竜児君が言ったのよ。過去より未来、って。
ああ、私の中で言葉になってなかった感情はこれだ、ってね。
あたしが変わっちゃったのは、過去より未来の方が大事になってたからなんだわ」
過去の何かを振り切り、未来を重んじる生き方を選ぶ。
その瞬間に、自分の中の何かを変える。
風と竜児は、そんなところまで鏡合わせの位置に居た。
「ありがとう、後輩」
風が手を差し出す。
「僕もきっと、先輩を見て色々と思うところがあったんだと思います。
だからそれは、きっと僕も言いたかったことで……ありがとうございます、です。風先輩」
竜児がその手を握る。
二人して、気持ちよく笑っていた。
竜児が風と握手したまま、ダンボールが並べられた演劇の舞台から、客席を見渡す。
「ここで演劇やるんですね。なんだかワクワクします」
「そーよ。あたしは魔王だけど。
ああ、役があったなら、悲劇のヒロインの姫をやったというのに」
「風先輩はやるとしても主役の勇者か、勇者の相棒の女戦士役でしょう」
「なにおう! ……でも助けを待つだけの姫よりそっちの方が楽しそうね」
「そっちの方が似合いますよ、きっと。姫なら樹さんの方が向いてそうです」
「そうね! それは絶対に言えるわ! 勇者部で姫が向いてるの樹しかいないもの!」
「い、言いきった……! でも分からなくもない、イツキ姫の似合いっぷり!」
「今からイツキ姫のキャスティング台本にねじ込んじゃいましょう、そうしましょう!」
「何言ってるの二人共!?」
樹姫談義で盛り上がる二人の会話に、顔を赤くした樹が割り込んで来た。
「あら樹姫、おかえり」
「おかえり樹姫。荷物僕が持つよ」
「樹姫はやめてー!」
樹姫は、文化祭の演劇用の衣装を作るための生地を抱えていた。
どうやら買い出しから帰ってきてすぐ、こうしていじられるはめになってしまった様子。
「竜児君、こっちはあたしがやっとくから、樹の方手伝ってあげて」
「はい!」
さて、演劇当日の衣装で気を付けないといけないのは、色付きの照明を使うということだ。
色付きでなくとも、舞台の照明は強い。
生半可な色合いの衣装だと、舞台の上では情けない色合いになってしまうということも日常茶飯事だ。
そのため、衣装の色は照明と相談して調整しなければならない。
竜児と樹は二人で生地を照明の下に置き、あーだこーだと話し合う。
「ここの照明がこうなので、ここをどうしようかと」
「だったらこの生地重ねて……友奈より風先輩の方が髪色明るいから……こうしたら」
「あ、そっか、そうすればいいんですね」
余談だが。
例えば2002年のゴジラ×メカゴジラに登場するメカゴジラ・3式機龍の武器ユニットは、フィギュア等で見ると青に見えるが、映画に使われたスーツでは紫であるという。
照明の下だと、映像で見る時に全く違う色合いに見えるというのだ。
当時のメイキング漫画において、チーフの野間とセカンドの伊藤が円谷プロ系の人間であったために、そのツテを使ってウルトラマンティガスーツの紫の生地を手に入れ、それを使って3式機龍の青を演出したというエピソードが描かれている。
閑話休題。
既存の小物や衣装などもあるので、それらにもちょこちょこ手を入れていく。
「熊谷先輩が細かいところに手を入れると、仕上がりがなんだか違って見えますね」
「千鳥まつり。すくいまつり。穴かがり。かえし針。
この辺のプロの縫い方学んで、あとは布で立体作っていくだけだから」
「どこで身に着けたんですか? そんな技術」
「いや夏凜が小学生の時に
『そうやって本で読んだ知識語ってるだけで実際にはできないんでしょ?』
とか煽ってくるから、売り言葉に買い言葉で悔しくなって、猛練習して……」
「熊谷先輩の知識と技術ってもしかして夏凜先輩が多大に習得煽ってませんか?」
樹は竜児の多芸さの理由を垣間見た。
「あ、そうそう、これこれ」
竜児は樹に緑の帽子を、風に黄の帽子を手渡した。
緑の帽子は深い緑の生地に、鮮やかな黄の花の刺繍がされている。
黄の帽子は落ち着いた黄の生地に、明るめの黄緑の花の刺繍がされている。
「これ、何ですか? あ、この花の刺繍可愛い」
「ん? もしかしてこれ、竜児君の手作り?」
「ですね。実は一回失敗してます。練習作なんですが、練習作でまさか失敗するとは……」
「えええ!? 先輩の手作りなんですか!?」
「流石に勇者部の衣装作りのお手伝いするなら、練習もして勘取り戻さないとって思ったんだ」
竜児の基本は練習だ。
練習、勉強、その他事前準備の繰り返し。
勇者部の演劇の衣装作りの手伝いを申し出て、勘を取り戻すために帽子作りで練習し、失敗し、なんとか満足行くレベルまで勘を取り戻して、成功した練習作を捨てるのもなんだからと二人にあげたというところだろうか。
この帽子からは、竜児から樹に対する好意、風に対する好意が感じられる。
だが、それ以上に。
文化祭を前にしてウキウキでじっとしていられない、竜児の高揚する気持ちが感じられた。
「熊谷先輩、楽しそうですね」
「うんうん、竜児君すごく楽しそうよ」
竜児が笑う。
「大袈裟に聞こえるかもしれませんが、今、人生すっごく楽しいですよ、僕」
いい笑顔だと、姉妹は思った。
《 バイオス 》
《 カンデア 》
《 フュージョンライズ! 》
《 バイオカンデア 》
二人を竜児が家まで送ろうとしていた時のことだった。
世界の時間が止まり、世界が端から樹海化していく。
「……八体目!」
樹と風が端末を取り出し、竜児の左腕にメビウスブレスが現れる。
「やってやろう、メビウス兄さん」
『ああ、行こう! リュウジ!』
二人の少女が端末に触れ、竜児の右手がメビウスブレスを擦り上げる。
「『 メビウーーース!! 』」
突き上げられた左腕が、光の柱を打ち立てて……炎のようなその光が、少年を巨人へと変えた。
勇者に変身した二人に、竜児は手の平を差し伸べる。
『乗って!』
姉妹を乗せて、竜児は飛翔した。
「うっわ、やっぱ速いわね……!」
『速度落としますか? 風先輩』
「冗談! もっと速度上げていいわよ!」
「お、お姉ちゃん! このままでいいと思うな私!」
そうして、彼らは夏凜・友奈・東郷と合流した。
「世界一豪華なタクシーに乗ってきたわね、風、樹」
「えへへ」
「何言ってんのよ夏凜、宇宙一よ宇宙一!」
結界を突き抜け、海の向こうから走ってくる八体目のバーテックス。
敵は、なんとも言えない形をしていた。
一言で言うなら、背中に巨大なコンピュータが融合したイノシシ。
それだけなら可愛いものだが、全身が植物のツタを編み上げて作ったような、なんとも奇妙な緑色の体組織で構成されていた。
"植物が動物とコンピュータの形を真似している"という表現が一番近いだろうか。
「また、なんというかこう、ヘンテコな形してるね」
『猪……エリュマントスの人喰い猪、かな』
怪獣が雷を吐き出す。
それが、樹海の北端に当たる。
樹海が、物凄い勢いで燃え上がった。
樹海全域を燃やし尽くす勢いで。
「!?」
『!?』
竜児が瞬時に光のドームをそこに作り、炎を隔離した。
だが隔離されたドームの中で、隔離された部分の樹海はあっという間に燃え尽きてしまう。
『あ、危なっ……何今の!?』
『リュウジ、油断なく見張るんだ!
聞いたことが有る。
宇宙植物の一部には、物質の可燃性を異常に引き上げる酸素を撒き散らすものがいると』
『可燃性って……樹海が燃えやすくなってるってこと!?』
夏凜が物は試しとばかりに、生成した脇差しを遠投気味に投げる。
ティガの精霊・パワータイプの加護を受けた腕力が、東郷の有効射程並みの距離を飛ばして脇差しを怪獣に命中―――させることなく、空中で電撃を食らった脇差しは、あっという間に燃え尽きてしまった。
「……なんで脇差しが燃えんのよ!」
怪獣は変わらず雷を連発してくる。
巨人と勇者は、必死にそれを一つ残らず打ち落とした。
どれか一発でも樹海に当たれば、樹海全域がものの数秒で燃え尽きるだろう。
……神樹さえ、巻き込んで。
プリズマーバルンガの結晶化光線にすらある程度は耐えていた樹海だが、この燃焼助長能力の前では、ガソリンとそう変わらない。
「ま、まさか……『樹海に放火するタイプ』のバーテックス!?」
こんな怪獣、誰が予想できようか。
だが、合理的ではある。
樹海は全て神樹に繋がっている、神樹の一部だ。
樹海全てをガソリン並みに燃えやすくできるなら、樹海のどこかに火を点けるだけで、燃えやすくなった神樹をほんの短い時間で灰にできる。
そうでなくとも、樹海の八割ほどを焼き尽くせば、人間が生きていけないレベルの『災い』が元の世界に現れるだろう。
樹海は、可燃物が敷き詰められた、神樹に繋がる導火線の塊である。
そして、その上に人が暮らしているに等しい、燃やしてはならない絨毯である。
植物型の怪獣が、樹と森に放火して人類を滅ぼそうとしているという、矛盾の塊のようなこの異形の戦術。
明らかに、これまでのバーテックスの戦術とは毛色が違った。
『神樹様! 樹海の解除をお願いします!』
やむを得ない。
神樹は世界の樹海化を解除した。
このままでは、樹海を守るだけの防戦一方で竜児達は何の手も打てず、樹海にちょっと敵の攻撃が当たっただけで樹海が全焼し、人類が全滅しかねない。
樹海の無い現実で、決着をつける以外にない。
「ウルトラマン!」
ウルトラマンの巨体を見て、どこかで子供が声を上げた。
「あれは……なんだ!? デカい化物だぞ!」
「逃げろ! 逃げろ! あれが噂の敵だ!」
「ウルトラマンの足元だけには絶対行くんじゃねえぞー!」
市民が自主的に逃げてくれている。
おかげで、巻き込む心配も、勇者達の姿を見られてしまう心配もない。
巨人と勇者は、いつものように海岸線を防衛ラインとした。
「がんばれー! ウルトラマン!」
子供の声が、巨人の背中側から届いた。
(メビウス)
『どうかしたかい?』
(僕さ、勇者部の演劇手伝ってるじゃん)
『ああ、そうだね』
(不謹慎だけど、これが演劇みたいだな、って思った)
戦場が舞台の上。
巨人と勇者と怪獣が、舞台の上で踊る役者。
そして一般市民が、観客席の観客。
舞台の上の戦いの危険は、観客席に持ち込んではいけない。
『なら、舞台の上で主人公は負けちゃいけない。
敵を倒して、ちゃんとハッピーエンドにしないとね』
(うん!)
バイオカンデアが砂浜を踏んだ。
海の上を駆け終えた怪獣が、街を壊すべく雷撃のビームを放つ。
「わっしょぅいっ!!」
それを、風が大剣で打ち返した。
ビームは180°逆に飛び、バイオカンデアの額に当たる。
バイオカンデアが、僅かに怯んだ。
「ていっ!」
怯んだ怪獣に向けて、巨人が踏み込む。
それに先んじて、樹の手の平が怪獣の足を押した。
怪獣の体が、ふわっと浮き上がる。
「せやぁ!」
そして、巨人の体を足場にして、友奈が怪獣の体のツタを掴んで投げ飛ばす。
ぐっ、と怪獣の体が海上の空中に流れる。
『ぶっ飛べ!』
樹、友奈と来て、最後に竜児の蹴りが怪獣に突き刺さる。
三人の連携にて、バイオカンデアの体は海の上を飛んで行った。
竜児は夏凜を肩に乗せ、飛翔する。
海上を飛ばされたバイオカンデアが反撃しようとするが、東郷の狙撃によって幾度となく顔を撃たれ、まともに反撃もできずにいた。
『夏凜! 僕が切りまくって時間を作るから、その間に封印の儀を頼む!』
「任せなさい!」
『それで一気にトドメを刺して、決める!』
行ける、と誰もが思っていた。
バイオカンデアの直接的戦闘力はさほど高くない。
このまま竜児が追い詰め、夏凜が封印の儀を行い、竜児が御霊を切ればそれで終わりだ。
並のバーテックスでは相手にならないほどに、彼も彼女らも強くなった。
『ウルティメイトブレス!』
「行けっ、リュージ!」
不可能も可能にする虹の剣が左手に生え、夏凜が竜児を応援する。
そして、竜児は飛翔しながら剣を振り上げ―――
『殺さないでくれ、弟よ』
―――その場で、静止した。
『兄弟らしい懇願で熊谷竜児の動きを止められる確率、99%』
バイオカンデアはそう言い、無数のツタを放った。
敵の目の前で無防備な姿を晒した巨人の全身を、先の尖ったツタが貫いていく。
特に、貫きやすく致命傷になりやすい腹を念入りに貫いていく。
念入りに、何本も、何本も、突き刺していく。
そのツタには、猛毒があった。
「が、ふっ」
竜児が時々、メビウスを兄と呼ぶようになっても。
春信を時々兄と呼び、メビウスを混じえて楽しく話すようになっても。
その胸の中に、兄コピーライトと分かり合えた思い出があっても。
『変わらない兄弟の現実』というものは、ある。
バーテックスは、竜児にどんな言葉を言えば致命的な隙を晒すのかを、よく理解していた。
『リュウジっ!』
メビウスが内側から叫ぶが、竜児に答える余裕はない。
「お前ええええええええッ!!」
夏凜は激怒した。
竜児の体を貫いていたツタの全てを切り落とし、怪獣にも切りかかる。
「言っていいことと悪いことと!
言っていい相手と言っちゃいけない相手ってもんがあるでしょうが!」
『この流れで三好夏凜が激昂し、冷静さを失う確率、95%』
だが、過剰な怒りに支配された夏凜は、怪獣のツタに叩き落されてしまう。
海上から海面に叩き落され、水柱を立てて水中に沈む夏凜。
怪獣はウルトラマンの腹の傷を広げるように、腹に電撃ビームを叩き込む。
吹っ飛ばされたウルトラマンは、その体を砂浜に叩きつけられてしまった。
「げほっ、げほっ、がはっ」
「熊谷先輩! しっかりしてください!」
『兄さん……この辺も予想して、教訓残そうと、思った、のかな……』
「先輩!」
駆けつけた樹が、緑の光を纏う糸を巨人の腹に巻きつけていく。
まるで包帯のように腹の傷を糸が覆い隠したが、これも所詮応急処置だ。
人間と違い、ウルトラマンの腹の傷を止血したところでどれほど効果があるものか。
「なんなのよ、あんた!」
風が切りかかり、その斬撃を怪獣がツタで受け止める。
『我らは群体。
我らはコンピュータ。
我らは産業廃棄物。
我らはジードの失敗作。
我らは人間が進化の過程で踏みつけてきた生物。
生物が意志を、PCが知恵を、失敗作が命を、バーテックスが肉体を、主に占める』
殴り掛かる友奈の拳、東郷の狙撃もツタで受け止め、怪獣は風を十数本のツタで殴った。
「づうっ!」
『お前達のデータは、既に全てが収集されている』
この怪獣には、西暦末期に放置されたコンピュータが取り込まれている。
このバーテックスは、人間の文明の正の遺産たるコンピュータ、負の遺産たる産業廃棄物、その産業廃棄物の被害を受けた生物、過去に人間との進化競争に負けた生物、それらの概念全てを内包した化物だ。
人間の歴史の中から、人間を否定するものを拾い集めて、融合昇華に至らせている。
"人間にこき使われたコンピュータの恨み"ですら、具現化させている様子。
人間が自分達のために作ったコンピュータが、人間の敵の使い走りとして、人間の動きを分析・予測するために使われているというこの皮肉。
「あの、リュウ君の兄弟なんですよね!
それなら! リュウ君と一緒に戦うってことは、できないんですか!?」
友奈の呼びかけ。
『心さえも生まれなかった奇形児に交渉を求めるなど、未熟児と交渉するに等しい愚かさ』
だが、バイオカンデアは意にも介さない。
この怪獣はジードの兄弟として在るのではなく、その体をフュージョンライズの媒体として使っているだけで、その行動原理はバーテックスのそれでしかないのだ。
『愚かなりや』
「っ!」
竜児の兄弟に心は芽生えなかった。
ゆえに、兄弟の繋がりを通した交渉は、その全てが無意味である。
「しまった!」
やがて、小さな勇者では大きな怪獣の侵攻は抑えきれなくなってしまう。
怪獣は飛び上がり、空を走り、避難中の人間達を攻撃の射程に捉えた。
「ひっ」
「あ、ああっ」
「来るなっ!」
一般市民を狙った攻撃のツタが伸び、それが―――人々を守るために飛び込んだ、巨人の体を、貫通した。
腹の側から入った怪獣のツタは、巨人の背中まで貫通し、そこで停止する。
「がっ、ふっ」
『リュウジ! こんな無茶は……!』
勇者達から悲痛な声が漏れる。
「リュウ君!」
人々からも、悲痛な声が漏れる。
「ウルトラマン!」
されど竜児の戦意は、微塵も萎えてなどいない。
『ここだ!』
竜児は怪獣に向かって飛び込み、怪獣を抱きしめる。
そして左手の剣を伸ばし、伸ばし、球形の軌道を描くように無尽蔵に伸ばし、自分と怪獣を囲んで上空に虹の剣で球体を作る。
「『 メビュームダイナマイト! 』」
そして、その内部で自爆した。
ウルトラマンがバラバラになる。怪獣の体がバラバラになる。
(……封印の儀は出来てない……倒しきれたか……!?)
街と人々と勇者は守られた。街と人々と勇者だけは無事だった。街と人々と、勇者だけは。
あれしかなかった、ということは皆分かっている。
あそこで竜児が自爆していなかったら、街や人々に大きな被害が出ていただろう。
街にまで戦いの場を移されてしまった時点で、被害無しに戦いを終わらせるにはあれしかなかった。
竜児の選択は、被害を出さず終わらせるために、最善の選択であったと言える。
だが、それで納得できるかどうかは、別の話だった。
眠る竜児を多くの人が見舞う。
多くの人が眠る竜児を見守る。
その人達も一人、また一人と病室から消え、病室に竜児は一人だけとなる。
病室に誰かが入って来て、竜児は扉が動くその音で目覚めた。
「起きたみたいね」
入ってきた少女は竜児の顔に見覚えがなく、竜児はその少女の顔に見覚えがあった。
「はじめま……」
「楠さん……?」
瀕死の重傷から目覚めたばかりの竜児は、つい初対面を演じることも出来ず、つい声色を作ることも出来ず、つい少女の名を呼んでしまう。
少女は、少し驚いた顔を見せた。
「その声……差し入れのお兄さん?」
少女はその声に聞き覚えがあった。
その声で時々差し入れして、自分のことを応援してくれていた、変わり者の大赦の神官の一人のことを、思い出していた。
「……ああ、なるほど」
「いや何察したか分かんないけどごめんなさい」
「いいのよ。個人的なことだから」
「……ごめんなさい」
「だからいいってば」
昔、竜児がついつい差し入れなどの手助けをしてしまった『勇者候補達』が居た。
一つだけ確保されていた使用可能な勇者システムの端末を、使うに相応しい少女を見極めるために、端末と相性のいい勇者候補達の中から一人を選別したことがあった。
勇者候補達は皆努力した。
皆で競い合うようにして自分を高めた。
そして、最後の最後に……三好夏凜が選ばれ、この少女は失格の烙印を押された。
血反吐を吐くような努力をしたけど夏凜に負けた、幾多の勇者候補達。
この少女、
竜児はこの少女を、三好夏凜と同格の極めて優秀な勇者候補であると記憶している。
「これが犬吠埼風さんの見舞い。剥かれた果物。
これが犬吠埼樹さんの見舞い。CDとプレイヤー。
これが結城友奈さんの見舞い。無事を祈るお守り。
これが東郷美森さんの見舞い。日本帝国海軍の……何かしら。
これが三好春信さんの見舞い。読書本ね。三好夏凜さんのは無し」
芽吹はぶっきらぼうに、竜児の横に置かれた見舞いの品の解説を始める。
そして、自分がここにいる理由も話し出した。
「私は大赦の女性神官の方から、伝言と言いつけを頼まれたの。
ただメールで指示を出しただけでは、あなたは聞かないだろうと判断されたのよ」
「……なんと」
「まず一つ目。
あなたの回復力? が落ちてるとのこと。
お兄さんが新しい臓器を作ったから、それで普通の人間に近付いてる、とのこと。
それにしたって回復が遅いので、腹に毒を流し込まれた可能性が高い、とのこと」
「確かに、傷が治るのが遅い気がする……」
「二つ目。怪我が完全に治るまで病室は出るな、との命令」
「え、本当に? 怪獣倒せてればいいんだけどなあ」
芽吹は強気で凛とした表情を崩し、少し砕けた顔をした。
「まさか、ウルトラマンが私と同い年の男の子だなんてね。
裏で差し入れのお兄さんと名付けてたら同い年だった、ってことで二重にびっくり」
「えっ」
「とても驚いたわ。でも、ここで大人しくしていなさい、ウルトラマン」
「なっ、なんで僕の秘密を……」
「あなたが腹に穴の空いた人間として、空高くから落ちてきたの、受け止めたの私だから」
「あっ」
そりゃあ、そうもなる。
空中で重症を受け、気絶して、高々度で変身解除してしまったのだろう。
あわやミートソースになりかねなかったところを、彼女に助けられたというわけだ。
「ありがとう、楠さん」
「それはこっちの台詞よ。
あなたが守った人の中には、私のパ……父も居たんだから」
「え?」
今なんて言いかけたんだろう、という竜児の思考を、深々と頭を下げる芽吹が遮る。
「人間としてのあなたにか、ウルトラマンのあなたにか……
いえ、どちらにも言っておきましょうか。ありがとうございました」
竜児はどういたしまして、と言おうとした。
言えなかった。
痛みで意識が飛ぶ。痛みで意識が戻る。痛みで意識が飛ぶ。
一瞬で何度も、その繰り返しがやってくる。
「ぐああああああっ!? あ、あ、あぎゃあああああっ!?」
「!?」
「ぎ、あっ、ガッ、ヅッ、ガアアアアアアッ!?」
「何!? どうしたの!?」
メビウスブレスから、メビウスが叫んだ。
『リュウジの服を上げて腹を見てくれ!』
「!? 腕の装飾品が喋った!?」
『早く!』
「りょ、了解!」
メビウスの声に戸惑いながら、芽吹が見たものは。
「何……これ……?」
竜児の腹の中に根を張り、腹の肉を食い破り、腹の中から芽吹く、無数の植物だった。
その頃大赦は、前代未聞の危機に追いやられていた。
「バーテックスの反応多数との報告! 四国全域! 総数推定数百万!」
四国全体で、酸素、いや空気が減少を始めていた。
「怪獣が四国中に散っています! あの自爆でも、奴は死んでいなかった!」
「四国全体で大気干渉が行われています!」
「バーテックスがTV放送、ラジオ放送をジャックしました!」
敵の攻撃の、第二波が迫る。
『我が名はバイオカンデア』
『神は我々に、人を滅ぼし世界を取り戻す権利を与えたもうた』
『24時間以内にウルトラマンを差し出せ。これは警告である』
『でなければ、人類が生きるために必要なもの……大気の全てを、簒奪する』
試しの時が、迫る。
主人公があと何回自爆したら地球に平和はやって来るのか。相応に痛いのに
●融合猪突魔草 バイオカンデア
【原典とか混じえた解説】
・電脳植物 バイオス
宇宙から飛来した植物と、地球のコンピュータが融合した怪獣。
地球から現在の生態系を駆逐し、地球を救済しようとした。
大量の二酸化炭素と窒素を吸収して大量の酸素を吐き出し、特殊な作用によって万物を発火(可燃酸化反応)しやすくしてしまう。
攻撃は電撃。
文明の産物と自然の植物が同時に人類を否定する、そんな怪獣。
・無酸素怪獣 カンデア
大昔から残る深海バクテリアが、人間の産業廃棄物の影響で怪獣化してしまったもの。
このバクテリアの全盛期は二十億年以上前、すなわち酸素がまだ地球の舞台に上がっていない時代であり、カンデアは酸素で生きる生物との進化競争に敗北した系譜の者である。
そのため、周囲を無酸素状態に変える青い発光体を生成することが可能。
時間をかければ地球そのものを無酸素状態に変えることができる。
攻撃は毒。
人類が種と文明の進化の中で踏みつけにしたもの、それを具現した怪獣。