時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第八殺二章:虹の行き先

 バイオカンデアは、地球人に脅しをかけた。

 この怪獣には、大気を酸素に変える能力と、酸素を消滅させる能力がある。

 メビュームダイナマイトで散った破片の総数は数百万。

 四国全体に広がった怪獣の破片は、もはや巨人でも勇者でも対処できないレベルにあった。

 

 絶体絶命。

 大赦の中には、この先の未来に嫌な想像を働かせるものも少なくなかった。

 怪獣への恐怖。

 狂乱する民衆。

 始まるパニックと、ウルトラマン探し。いや、ウルトラマン狩りと言うべきか。

 そうなれば、本当にウルトラマンを差し出すまで混乱は止まるまい。

 最悪、人間同士の殺し合いになる。

 

 敵は倒せず、時間を稼ぐだけでもウルトラマンを生贄に捧げなければならないというこの状況。

 ウルトラマンを差し出すまでに与えられた時間は24時間。

 その24時間の間に、苦渋の選択を行わなければならない。

 ……そこで、安芸はふと気付いた。

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 仮面を付けた大赦の者達の話し合いの中で、安芸が一歩前に出る。

 

「奴は本当に、今すぐに人類を駆逐できるのでしょうか」

 

 皆の視線が、安芸に集まる。

 

「と、言うと?」

 

「奴らは人が滅びればそれでいいはずです。

 神樹様が折れてしまえばそれでいいはずです。

 なら、今すぐに酸素も空気も消してしまえばいいのです。

 そうすれば勇者も熊谷竜児も、酸欠で死ぬのですから」

 

「……それは、確かに。言われてみればそうだ」

 

「今現在、神樹様は前回のリバースメビウスとの戦いと同じ状態にあります。

 街の中に神樹様は顕れている。

 これだけ散ったバーテックスです。防衛は事実上不可能。

 何故このバーテックスは、散った後に個々が動かず、神樹様を攻撃していないのでしょうか」

 

「確かに」

 

 敵の要求を真に受けて苦悶していた大赦だが、安芸の指摘を受けると、認識が完全に真逆な形にひっくり返る。

 

「そう考えるとおかしいな。

 奴は24時間以内にウルトラマンを差し出せと言った。

 それは逆に考えれば、24時間は()()()()()()()()()ということだ」

 

「人間を苦しめたい嗜虐趣味ということでは?」

 

「それならもっと他にやりようはある。

 例えば、四国の罪なき人間を千人生贄に捧げよ、などと言えばいい」

 

 にわかに議論が沸き立ち、安芸は更に推測を重ねる。

 

「もしかして奴は……今、とてつもないダメージを受けた状態にあるのでは?」

 

「!」「!」「!」

 

「奴の能力は物を燃やしやすくする能力だそうです。

 そして、奴の体は植物体。

 自分の能力で自分の体を燃えやすくしてしまった結果……

 ウルトラマンの『炎の自爆』を受け、あまりにも大きなダメージを受け……」

 

「……御霊露出前でも、致命的なダメージを受ける結果に繋がったというわけか!」

 

 ウルトラマンメビウスは、炎のウルトラマンである。

 竜児がその姿を、巨人スルトに重ねたように。

 バイオカンデアの元の存在であるバイオスは、体が植物である上に、自身の能力でとても燃えやすいという怪獣だった。

 ポケモンで言えば、草タイプのくせに敵味方が炎技で受けるダメージを二倍にする能力を持っているようなものだ。

 

 バイオカンデアは、竜児に対し効果抜群の戦略を用意して来たようだが……ウルトラマンメビウスという存在は、デフォルトでバイオスに対して効果抜群な存在なのだ。

 

「だとすれば、バイオカンデアの破片は今ほとんどが動けない状態にある。

 その上、結界内を真空状態にも無酸素状態にもできない状態にある。

 バラバラになって動けない状態のバーテックスなら、潰しようはあるかもしれないぞ!」

 

「破片が一つにまとまった怪獣状態なら一瞬で大気変換もできたのかもしれない。

 だけど、怪獣だった時には勇者やウルトラマンが常に攻撃していたから、できなかったんだ」

 

「奴の狙いは……24時間という時間を区切ったことによる、人間の仲間割れと時間稼ぎ?」

 

「そうか、時間の期限が迫れば人間同士の争いが始まる」

 

「奴はこの事実に気付かれたくなかったんだ。

 だから人間を撹乱しようとした。

 人間同士の争いが始まれば、後から怪獣の衰弱に気付いても、人間は怪獣に対応できない」

 

「そう考えれば……奴が完全に回復するまでに、何時間かは確実にかかるのかもしれない!」

 

 四国全体にばら撒かれた、数時間以上24時間以内に復活するのでは? と推測される第八のバーテックス。

 これを根絶する、というだけでも不可能に近く思える。

 だが、『不可能に近い』だけだ。

 先程までのような『絶対に不可能』と表現すべき絶望は、現実に横たわっていない。

 

「試してみましょう。それで全てが判明します」

 

 安芸の提案で、一つの実験が行われた。

 それは、屋外で発見されたバイオカンデアを燃やせるのかどうか、という実験。

 メビウスのメビュームダイナマイトが過剰なダメージを与えたのなら、この怪獣の断片にもまだおそらく、炎に弱いという特性が残っているはず。

 一般人でも燃やせるのなら。

 そこに、希望がある。

 

 そして、喜色に満ちた連絡の声が飛んで来た。

 

「焼却実験完了しました!

 現在、細かい破片になったバーテックスは、おそらく油とライターですら焼却が可能です!」

 

 場がにわかに沸き立つ。

 机の下で、安芸が拳を握った。

 安芸先輩すげえ! と竜児後輩が言ってくれた気がした。気のせいだった。

 けれどおそらく、この場にいればあの少年は確実にそう言っただろう。

 

「一つ、提案したい作戦があります」

 

 安芸の提案は、人によっては『この状況を唯一どうにかできる最良作だな』と言うものであり、人によっては『お前頭パーかよ、頭パーテックスかよ……』と言うものであった。

 良い意味でも悪い意味でも頭のネジが外れていて、合理や安定性を倫理よりも優先する大赦においてその提案は普通に受け入れられるもの。

 作戦は了承され、実行に移される。

 

「細かい敵の位置は?」

 

「勇者システムのレーダーが役に立ちますよ。

 小型のバーテックスが大型の影に隠れて動くことは、想定されてたことですから」

 

「あとは、あの元勇者候補の……防人32人も配置を開始します」

 

「あとは一般市民の反応がどうなっているか、だが」

 

 バイオカンデアは、テレビ放送とラジオ放送を使い、地球人を脅した。

 

「やれますよ。流れ、来てます」

 

 大赦の中の少なくない人間が、民衆はパニックか動乱を起こすと決めつけていた。

 大赦は西暦末期の、人間もウルトラマンも「役立たず」と言って攻撃するような、人間の衆愚性を知っていたから。

 だから大赦は、民衆のことを何も信じていなかった。

 ゆえに彼らの予想は外れる。

 

 人間は良い人達だけで社会を作ることもなく、悪い人達だけで社会を作ることもない。

 時代によって、その比率は容易に偏ったりもしてしまう。

 訳知り顔で"人間はこういうものだ"と語っても、一概には言えない人間の醜さ、美しさを的確に語ることなどできやしない。

 人は醜いものだ、と一言で言い切るだけの言葉に、真理は宿らない。

 

 メビウスは、竜児にかつてこう言った。

 

―――人が愚かでいる権利も、愚かでなくなり成長していく権利も、僕は守りたい

 

―――信じてるんだ。人は愚かでも、弱くても、いつか尊いものに成長していけるんだって

 

―――賢明な人は早咲きの花。

―――愚かな人は遅咲きの花。

―――違いはただ、それだけだと思うんだ。

―――人は誰でも大きくなれる。優しくなれる。賢くなれる。強くなれる。僕はそう信じてる

 

 光の国のウルトラマンは、誰の中にも光はあるということを知っていた。

 

 

 

 

 

 そして、彼らは叫ぶ。

 バイオカンデアの脅しが終わるや否や、彼らは叫んでいた。

 民衆の叫びが、街のそこかしこから吹き上がっていた。

 

「ふざけんな」

 

 バイオカンデアは大気を消す能力を人間に伝えた。

 人間の前でウルトラマンを串刺しにもしてみせた。

 カンデアの微生物基準の意識は、バイオスのコンピュータ基準の知能を備え、バーテックスが西暦末期に見た人間の醜さも覚えている。

 これで十分なはずだと、バイオカンデアは考えていた。

 

「何様だ!」

 

 だが人間は。

 ウルトラマンを痛めつけた恐ろしい敵への恐怖ではなく、ウルトラマンを痛めつけた忌々しい敵への怒りを、強く見せていた。

 

「神樹様が呼んでくださった光の巨人を、差し出せるか!」

「お前はあのウルトラマンの虹の剣を、見たことがないのか!」

「あの光に、僕は思わず見惚れたんだ!」

 

 想いを束ねた虹の剣。

 それは、誰かに簡単に想いを伝えられるものでもない。

 分かり合えないものを絶対に分かり合えるようにするものでもない。

 ただ、想いを束ねただけのものだ。

 想いを光に変えただけのものだ。

 

 それでも、その光から何かの想いを見取る者はいる。

 

「あのウルトラマンは、願ってくれたんだ! 祈ってくれたんだ!」

「私達の! 幸せな日々の未来を!」

「だから、だから……俺達を、あんなに必死に、守ってくれたんだ!」

 

 ウルトラマンの存在を、民衆が認識してから一ヶ月。

 ウルトラマンは街の復興をよく手伝ってくれた。

 そのことを、皆はよく覚えている。

 

 邪魔な瓦礫を片付けてくれた。

 家が無くなってしまった人のため、家を作る手伝いをしてくれた。

 子供が手を振れば、振り返してくれた。

 誰かを手に乗せて、空を飛んでくれもした。

 そして、今日のようにひとたび戦いが始まれば、その身を盾にしてでも人間を守ろうとしてくれた。

 

「お前に……お前に私達の気持ちは分からない!

 いつも街の復興を手伝ってくれてる良い奴が、私達を守って、あんなっ……!」

 

 人々を守って体を貫かれたウルトラマンを、誰も弱いとは思わなかった。

 そうした怪獣を、誰も恐ろしいとは思わなかった。

 あるのは悔しさ。

 そして義憤。

 自分の日常を守ってくれないヒーローに怒るのも人間であるならば。

 自分の日常の中にいたヒーローを傷付けられたことで怒る、それもまた人間だ。

 

 ウルトラマンを差し出せ、と怪獣は放送を通して繰り返した。

 それに一人の……五歳ほどの子供が、叫び返した。

 

 

 

「ぼくは! ウルトラマンはすきだけど! おまえは、きらいだっ!」

 

 

 

 それが、きっかけとなった。

 同じような台詞を、四国の各地で、素直な子供達が口にする。

 心赴くままに、素直に、まっすぐに言い放つ。

 民衆が各々の反発を口にしているだけだった流れが、それをきっかけに強力な方向性を持った。

 

「そうだ、それだけだ! 俺達がお前に従わない理由なんて、それだけでいい!」

 

 奇妙な流れであった。

 皆、怪獣への恐怖が無かったわけではない。

 保身を思わなかったわけではない。

 ウルトラマンを差し出そうと一瞬考えた人間は、十人や二十人ではないはずだった。

 

 それが、ウルトラマンを傷付けた敵への怒りで、怪獣に立ち向かう心となった。

 その心が萎える前に、純粋な子供が想いを叫んだ。

 子供の心が、大人の心を舵取りしたようにすら見える。

 「あれが好き」「お前は嫌い」というシンプルな想いが、人々を突き動かしている。

 

 皆が違う色の心と想いを持っているはずなのに、皆の想いが寄り添って、同じ方向に流れていって、一つの目的地に向かっていく……それはまるで、『虹』のようだった。

 

 その心が、怪獣の恐怖に押し潰される前に。

 怪獣の力に捻じ曲げられる前に。

 無理矢理に怪獣が人の心を歪める前に、大赦は動いた。

 

『皆さん、ご清聴願います』

 

 安芸の声が、放送として街に流れる。

 結界の外も知らない四国民に対し放送の説得力を持たせるため、ハッタリとして安芸は政府系列の機関の名をデタラメに名乗っていた。

 

『敵は弱っています。

 無数に分散した怪獣は、植物として今四国中に散っているのです。

 怪獣に、今人を害せる力はほとんど残っていません。

 ですがその数はとても多く、このまま放っておけばいずれ元通りに復活してしまうでしょう』

 

 既に、バイオカンデアの断片が簡単に燃やせることも、断片が人間の燃やす行為に対し逃げることもできず無力であることも、数個の断片の燃焼実験で確認済みだ。

 

『皆さんにお願いがあります。

 あの怪獣が弱り、何もできない今。

 あの怪獣の断片を探し、見つけ次第燃やしてほしいのです』

 

 ゆえに、"それ"が可能となる。

 

『実際にやってみれば分かりますが、あの怪獣の断片は簡単に燃えます。

 かなりよく燃えます。燃やす時はご注意を。怪獣の断片はこういった形です』

 

 テレビ放送の別回線、スマートフォンのニュース、街頭掲示板など、ありとあらゆる場所を使って現在のバイオカンデアの断片の形状の絵が張り出されていく。

 

『皆さん。どうか、勇気を! 無茶をする蛮勇でもなく、何もしない静観でもなく』

 

 大赦は"このくらいの人は動くだろう"と想像していて。

 安芸はその数十倍の人数が動くことを予想していて。

 実際は、その数十倍の人間が動いていた。

 たった一日だけの戦いとはいえ……四百万人に近い人間が、自分達の住んでいる世界を脅かす怪獣の断片を焼却すべく、動き出していた。

 

『皆さんの住む世界を、皆さんの手で守る勇気を!』

 

 現在、四国の総人口は四百万人と少し。

 現在、散らばったバイオカンデアの破片は八百万弱。

 机上の空論ではあるが―――1()()2()()()()()()()()()()()

 

 "地球人類全てを動員して一つの怪獣にぶつける"という、文章だけを見れば前代未聞であまりにもトンデモな作戦であった。

 

 

 

 

 

「臨時休業ッー!」

 

 社長が叫ぶ。

 

「臨時休校ッー!」

 

 校長が叫ぶ。

 

「臨時休館ッー!」

 

 館長が叫ぶ。

 

「見かけたら片っ端から引っこ抜いて燃やせぇっー!」

 

 安芸の呼びかけに即座に応えた人間は、予想以上に多かった。

 応えなかった人間も、各々が動いていることが多かった。

 病院に勤務する人間は、病院をほっぽりだしては行けないが、休憩時間に病院の敷地内で怪獣の断片を引っこ抜いて燃やしていた。

 派出所の警官は、パトロールの際に見つけ次第引っこ抜きに動いていた。

 

 "怪獣を見つけて引っこ抜いて燃やしてくれ"というのは、あくまで要望だ。命令ではない。

 なのに、こうした草抜きに全力投球でなかった人を除いても、四百万人近い人間が動いてくれたのには、それなりに理由があった。

 

「抜けー! 燃やせー!」

 

 まず、第一に草を引っこ抜いて燃やすだけというハードルの低さ。

 精神的なハードルが低いため、面倒くさがりな人間も参加でき、肉体的ハードルが低いために子供から老人まで参加できた。

 第二に、余裕のある世界観。

 神樹が世界の生産のほとんど全てを担うこの世界では、通常の社会の維持に必要な労働と生産の多くを神樹の力が担っている。なので多くの人間が抜けてもなんとか回せる。

 第三に、世界の敵。

 間近に迫る世界の危機は、人間をその敵の打倒に走らせた。

 第四に、一体感。

 皆で一丸となって同じ敵に立ち向かえれば、疲れてきてもやる気が維持でき、比較的長時間熱意をもって行動を続けることができる。

 第五に、ウルトラマン。

 ……バイオカンデアの予想以上に、バイオカンデアが傷付けたウルトラマンは、人間達に人気があった。最後の人々を庇い貫かれるウルトラマンは、皆の記憶に残っていた。

 

 この『臨時のお休み』で何か不具合が起きても、大赦がそれなりにカバーしてくれるだろう。

 学校が休みになった学生、会社が休みになった社会人、元々休みだった人、定年退職後のハッスルおじいちゃんなど、多様な人間が全力で怪獣の断片を引っこ抜き、燃やしていく。

 

「探せー!」

 

「抜けー!」

 

「焼けー!」

 

「山慣れしてる奴は山に行け! 裏路地や屋上も見逃すんじゃないぞー!」

 

 この人海戦術の凄まじいところは、一人二本燃やせばバイオカンデアは死滅し、一人一本でもバイオカンデアは体積の半分を失い、二人で一本でもバイオカンデアの1/4が燃えて消し飛ぶという集団の暴力にあった。

 

 しかもこれを、大赦がこっそりと後押しする。

 

「勇者システムのレーダーで、四国に散った全個体の位置情報の地図出来ました」

 

「よし、片っ端から印刷して四国中に回せ」

 

「断片が植物で、地面に根を張って動けない以上、これで後は時間の問題だ」

 

 だが、窮鼠猫を噛む。

 追い詰められれば、怪獣も土壇場で新しい特性や能力の一つや二つは発現させる。

 

「大きな草がイノシシの形になって、人間を襲って食べようとしたという報告が!」

 

「この野郎、このタイミングで人喰い属性露出とか……!」

 

「熊谷君からのメールが来ました!」

 

「なんでだよ! 死にかけだから大人しくしてろって通達したろ!」

 

「あの怪獣の一部、バイオスは人喰いの植物であるとのことです!

 モデルになったイノシシが人喰いのため、人喰いの属性を持つかもと……」

 

「クソッ、無理させて報告させた情報が手遅れだと申し訳ないな!」

 

「あ、現場に居た防人が討伐したようです。動いた個体、沈黙」

 

「よし……動ける怪獣個体もその程度か。

 動ける個体が出たらすぐ避難誘導ができるようにしておけ。

 情報操作もして、防人と勇者の存在は隠せるようにしておくんだぞ」

 

 動ける個体が出てきたなら、自然に人をそこから遠ざけ、防人か勇者をぶつけるよう大赦が采配していく。

 勇者システムに連なるシステムのレーダーは優秀で、気を付けてさえいれば『動いている個体』はひと目で判別できた。

 

「勇者システムレーダー、強個体感知!

 これも流石に一般人には無理です! 勇者様を!」

 

「いや、この程度の強さなら防人で十分。

 勇者様は……こっち行ってもらって、広くカバーしてもらおう」

 

「やはり大きな個体、強い個体は香川の一部に密集してます」

 

「ウルトラマンが自爆した場所の直下か。

 よし、そこに勇者と防人を集める。

 ……ウルトラマンは、自分の自爆から街を守りたかったんだろうがな。

 意図せずして、核に近い破片の分散を、抑えてくれた形になったか……」

 

 これはバトンだ。

 ウルトラマンから渡されたバトン。

 街への被害を抑えるため、虹の球を使って爆風の広がる範囲を抑え、結果として動く怪獣の破片が広がるのを抑えた。

 ウルトラマンの自爆が、怪獣の断片の弱点を教えてくれた。

 

 ウルトラマンから繋がれたバトンを人間が受け取り、今怪獣に立ち向かっている。

 

「よ、4mくらいの植物怪獣が!」

 

「こりゃ勇者様以外には無理か。勇者様に連絡!」

 

 大赦は勇者を、勇者にはなれなかった防人を、民衆の誰の目にも映さない形で動かす。

 

 そうして、人払いがなされた街の一角で、勇者達は暴れる怪獣の断片を、叩き潰していった。

 

「ねえ、樹」

 

「なあに? お姉ちゃん」

 

「……まるで、お祭りよね!」

 

「……うん!」

 

 街のそこかしこで声が上がっている。

 街中を、多くの人達が動き回っている。

 皆が怪獣に立ち向かっている。

 皆が世界を守っている。

 一人一人が、今自分にできることをしている。

 

 ウルトラマンの存在が、世界の何かを、人々の何かを変え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楠芽吹は防人である。勇者ではない。

 勇者になるために努力をしてきた。

 顔を隠した男性神官に差し入れされて、応援されて、自分がいつかそうなれると信じていた。

 頑張れば結果に繋がると、心のどこかで信じていた。

 でも、そうはならなかった。

 勇者に選ばれたのは、三好夏凜だったから。

 

 馴れ合いや、誰かを助ける甘さは弱さだと、芽吹は思っていた。

 口ではツンとしたことを言いつつ、誰も見捨てず、ライバルにすら手を差し伸べる夏凜の甘さを芽吹は見下していた。

 他人にそんなことをしている暇があるなら、自分を鍛え、自分を高め、勇者に相応しい強さを身に付けるべきだと考えていた。

 実際に、芽吹は全体的に夏凜よりも高い成績を収めていた。

 だから、自分が勇者になると思っていた。

 でも、そうはならなかった。

 勇者に選ばれたのは、三好夏凜だったから。

 

 夏凜には、この辺りの芽吹の内心はあまり理解できていないだろう。

 だが竜児は、顔を隠してその過程をずっと見ていた。

 芽吹の頑張りを応援しながらも、夏凜の頑張りも応援していて、最後に"選ばれなかった者の苦悩"に浸された芽吹の姿も見てしまった。

 竜児には、芽吹の気持ちが分かってしまう。

 だから竜児は、彼女に接する時に基本的に申し訳ない顔をしている。

 

 勇者になれなかった芽吹は、防人となった。

 勇者システムが科学的に神樹から力を引き出す、最大定員6人の戦闘システムであるならば、こちらは大幅にパワーを落とした量産型勇者で、その定員は32名。

 ハッキリ言えば、劣化型勇者。

 その役目を与えられた時、芽吹は煮え滾るような怒りを覚えたという。

 目指したものは手に入らず、それの劣化だけを与えられたという屈辱。悔しさ。苛立ち。

 

 それでも、芽吹は真面目に防人の任務をこなしていった。

 誰も死なせないように立ち回り、時には壁の外にも出て任務をこなす。

 死者は出なかったが、脱落者が四人出た。

 大赦がすぐに四人補充した。

 まるで、使えなくなった銃弾を入れ替えるような気軽さで。

 消耗品扱いに芽吹は怒り、誰も死なせないという意志を固める。

 

 意地になって仲間を守って、誰も死なせず任務を乗り越え、そんな仲間と助け合って。

 いつしか芽吹は、自分がかつて甘い・弱いと断じた生き方をしていることに気が付いた。

 三好夏凜のように、仲間を見捨てられなくなった自分に気付いた。

 仲間と助け合い進んでいく在り方を、悪くないと思い始めている自分に気付いた。

 勇者になることと同じくらい、大切なものが出来ていた。

 

 そして、虹の光を見た。

 

 "仲間を誰も死なせずここまで来た君の道のりは間違いじゃない"と、そう言われた気がした。

 

 光に、そう言われた気がした。

 

 竜児の予想通り、芽吹を応援していた大赦の名も無き男の一人が竜児だと知ったことで、夏凜と竜児の関係を知っていた芽吹が思った感情は、落胆だった。

 "ああ、また三好さんか"という気持ち。

 三好夏凜が一番で、楠芽吹が二番。

 その構図は変わらないと、突きつけられた気持ちになった。

 ……だが、芽吹はそこで苛立ちを覚えなかった自分を、不思議に思った。

 勇者に選ばれなかったことで荒れていたあの頃に、この事実を知っていたなら、竜児に一言二言何か言っていただろうに、何も言わなかった自分を不思議に思った。

 

 勇者に選ばれなかった日から、今日に至るまでの日々が、自分の中の何かを変えていたことを、芽吹は実感する。

 今の彼女には、仲間が居て、かつて無かった信念があって、守りたいという想いがあった。

 

 雨の後には、虹が見えるもの。

 勇者に選ばれなかったあの日から、芽吹の心は冷たい雨の中に居た。

 けれど雨はいつか止み、防人の力を握りしめる芽吹が見上げた先には、巨人がかけた輝ける光の虹があった。

 

「こんな光景、見る日が来るなんてね」

 

 そして、芽吹は腹を植物でぐちゃぐちゃにされている竜児を屋上まで運び、彼と共に病院の屋上から街を見渡す。

 

 右を見ても、左を見ても、見下ろす街には戦うことを決めた人々の姿があった。

 

「あれが……話に聞いてた、防人……」

 

「ええ。私の、31人の同胞(はらから)達」

 

 芽吹以外の防人達は、既に戦いを始めている。

 大赦が芽吹をまだここに留めているのは、バイオカンデアの一端が、腹をぐちゃぐちゃにされている竜児を狙って来る可能性を、警戒してのことだろう。

 だが、事ここに至っても病院への襲撃はない。

 警戒の必要性は、薄れ始めていた。

 

『メブキちゃん、もう少し傾けて支えてあげて。

 リュウジはこの角度だと凄く痛いんだけど、メブキちゃんに面倒をかけたくなくて我慢してる』

 

「あ、ええと、こうでいい?」

 

「メビウス……我慢できる痛みなら我慢すりゃそれでいいのに……」

 

『ダメに決まってるじゃないか!』

 

 芽吹も、喋るメビウスブレスにすっかり慣れた様子。

 竜児は腹の中身をかき混ぜられながら、痛みに耐えながら、それでも嬉しそうな顔で、街を見下ろす。

 

「見てよ楠さん。連絡によれば今、四国中の皆が協力しあってるんだってさ。

 草抜いて、小さな怪獣と戦って、炊き出しして、皆のサポートに回って―――」

 

 力なき人々と、力ある防人と勇者が力を合わせ、あんなにも恐ろしい怪獣だったバイオカンデアが、追い詰められていく。

 

 

 

「―――『四百万人の勇者』だ」

 

 

 

 竜児は、ウルトラマンを差し出そうともせず、怪獣に立ち向かい日常を守ることを決めた全ての人達を、『勇者』と呼んだ。

 そのワードに、芽吹は反応する。

 

「あなたには皆が勇者に見える、と?」

 

「そうだよ。楠さんにはこれが勇者に見えない?」

 

「……」

 

「ほら、今あそこの人。

 怪獣植物を引き抜こうとして、一瞬怖くなって手を引っ込めた。

 でも、勇気を出して引っこ抜いて、それを燃やした。あの小さな勇気が、大事なんだ」

 

 怪獣植物を怖いと思う人間の方が多数派だ。

 それでも人々は、勇気を出して引っこ抜く。

 数百万の怪獣の断片を、勇気を出して引っこ抜いていく。

 

「今、僕には、四百万人の勇者が力を合わせて世界を守ってるように見える」

 

 四百万の勇者達。その中には、勇者になりたくてなれなかった少女の存在も含まれていた。

 

「行って、楠さん」

 

 竜児は腹を抑えて、震えた声で、けれど力強い目で、芽吹を送り出そうとする。

 

「行って、君の強さを。かっこよさを。

 努力した人間は凄いんだってことを。皆に証明してやるんだ」

 

 ウルトラマンが、防人(ゆうしゃ)の背を押す。

 

「本当に、言い訳にしかならないけど……

 お前何言ってんだ、って言われるかもしれないけど……

 僕は夏凜が勇者になれると信じてたし、勇者になってほしいと思ってたけど……

 楠さんも勇者になれると、信じてたし、勇者になってその努力が報われてほしいと思ってた」

 

「―――」

 

「あの頃の僕は本当にバカだったけど。その想いは、ちゃんと本物だったんだ」

 

 芽吹はちょっと複雑そうに、かつ照れ臭そうに、髪の先をいじる。

 

「四百万人の勇者、か」

 

 取り出した端末を起動する。芽吹きの姿が、防人のそれへと変わる。

 

「まあ、こんなことで勇者名乗る気なんてないけど」

 

 少女は病院屋上のフェンスに飛び乗り、そこから敵を見据え、跳ぶ。

 

「今日一日くらいなら、ウルトラマンに義理立てして『勇者』と名乗ってあげる」

 

 竜児の視線を背中に感じながら、芽吹の銃剣が振るわれること横一閃。

 防人の一人に襲いかかっていた4mサイズの個体が、芽吹の一撃で両断されていた。

 

「め、メブー! メブー!

 かっこいいけどタイミング測ってたんじゃないかと疑うタイミングだよメブー!」

 

「さっさと立ちなさい、雀」

 

「メブー!」

 

 芽吹はメブ、と呼ばれながら病院を見上げる。

 巨人の勇者が、彼女の戦いを見て、親指を立てて笑っていた。

 

「ウルトラマンのお墨付きで、今日は私達32人も、勇者を名乗っていいらしいから」

 

 芽吹もまた、親指を立てて返す。

 

 楠芽吹は防人である。

 楠芽吹は勇者である。

 彼女は「犠牲を許容しろ」と言う大赦の大人に、「誰一人として犠牲にしない」「大赦がそういう組織なら内側から変えてみせる」と啖呵を切ったという。

 だからこそ、そう言い切れる彼女の心根を、竜児は本気で信じられた。

 

 竜児は大赦のやり方を受け入れるか受け入れないかを散々に苦悩した人間で。

 芽吹は速攻で"大赦を変える"という結論を出す人間だった。

 二人の間に個人的な付き合いはなく、交わした会話も多くない。

 だが、信じるに足る心があった。信じるに足る芽吹の過去の積み重ねがあった。

 

 竜児は屋上から、信じて送り出した勇者達の奮闘を見る。

 

「演劇の舞台で。

 悪役が主役を倒してしまいそうになったところで。

 観客席の皆が舞台になだれ込んで、主役を助けてくれた、みたいな話だ」

 

 神世紀の戦いは、樹海という舞台で勇者とバーテックスが戦うものである。

 本来はそうだった。

 そこに巨人が加わって、そこから何かが崩れ始めた。

 

 勇者でない人々は舞台に上がれず、舞台の上の戦いの勝敗に関われず、観客席からそれを眺めることしかできず、多くのものは舞台の上を見ることすらできない。

 本来はそうだった。

 なのに今は、舞台に上がるべきでない四百万人が、舞台に上がっている。

 

「四百万人の勇者……か」

 

 皆戦っている。

 皆立ち向かっている。

 皆勇気を出している。

 人々は動かぬバイオカンデアを抜き、焼却し。

 人払いがなされた場所で、勇者と防人が敵を討ち。

 大赦がそれら全ての流れを作る。

 

 燃やされれば燃やされるほどに、バイオカンデアは追い詰められていく。

 ただの人間に、勇気を出した人間に追い詰められていく。

 

「見ろ、天の神。

 見ろ、バーテックス。

 これが地球だ! これが……僕ら、人間だ!」

 

『リュウジ……』

 

 これが、歴代のウルトラマン達が、そして竜児が信じたもの。

 

「滅ぼせると思うなら、かかって来い! 僕らは……絶対に、負けない!」

 

 誰の心の中にもある、未来へ向かう心の光。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一斉に地面から抜け出て来た植物が、イノシシの形に固定化される。

 夏凜はそのイノシシ達に追われ西へと駆ける。

 芽吹はそのイノシシ達に追われ東へと駆ける。

 そして、"ここでなら戦っていい"と指定された、人払いがされた区画の一本道で、夏凜と芽吹の目が合った。

 

「―――」

「―――」

 

 何かを言おうとした。

 だが、思い出話をしていい状況ではない。

 二人は戦いの場で余計な話をする性格でもなく、語ろうとした言葉を黙って飲み込む。

 一本道の真ん中で、引きつけた敵に狙いを定めるべく二人は振り返る。

 

 振り返った二人の背中が、軽くトンと触れ合った。

 

「気分は?」

 

「悪くない」

 

 互いの背中が互いの背中を押して、二人は弾かれるように前に踏み出す。

 二人を追っていたイノシシ達は、一本道に誘い込まれたことで一直線に並んでおり、一つ息を吸い一つ息を吐く一瞬の間に、二人の刃に両断されていた。

 

 二人は多くを語らない。

 大赦からの指示を受け、個人的なことは何も語らず、次の戦場に向けて駆け出していく。

 

「私は北へ」

 

「私は南ね」

 

 けれど、『彼女もこの戦場のどこかで戦っている』という認識一つで、奮い立つ心があった。

 

 

 

 

 

 防人が追い立てた大きな個体を、風と樹が両断していく。

 

「ありがとうございました、勇者様!」

 

 勇者の馬力は防人とは比べ物にならない。

 防人で誘導・足止めし、勇者でサクッと仕留める運用を、大赦は確立し始めていた。

 

「なんだかすっごいことになってきたね、お姉ちゃん」

 

「私達5人と、防人? が31人。合計で36人か。

 いつもの六倍の人数が居るんだから、そりゃ楽よね。

 ……あ、さっき防人が一人増えたって話だから、37人か」

 

「今怪獣の雑草抜きに動いてる人、最低でも360万人以上だって大赦の人が言ってたよ」

 

「……もうそりゃ何倍よ! って話になるわね!」

 

 バイオカンデアの焦りが、人喰い猪(植物)の発生のたびに伝わってくるかのようだ。

 

「さあ、さっさと片付けて!

 あの無茶しいな後輩が起きてくる前に片付けて!

 しばらくゆっくり寝かせておいてあげましょう!」

 

「うん!」

 

 竜児が起きる前に、と二人は走り出す。

 

「ぼくがウルトラマンのかたきをとる!」

 

 そして(あんまりよく分かってない)小さな子供がバイオカンデアの断片を引っこ抜いて、燃やしもせず踏みつけているのを見て、急速方向転換した。

 

 

 

 

 

 友奈と東郷は街の合間を跳んでいく。

 人払いがされた場所で人喰い猪を倒し、人払いがされてない場所を通り、また別の場所へ。

 人目につかないようにして走り、跳ぶ。

 

「東郷さん、次どこ行けばいいかな」

 

「ええと、大赦からのメールは……」

 

 そこに、他の場所で防人に足止めされていたはずの猪が突っ込んで来る。

 友奈が背後の気配に気が付いたのと、東郷が"一匹が包囲を突破した"というメールを見たのは、ほぼ同時のことだった。

 6mサイズの植物性人喰い猪が、友奈と東郷を背後から襲う。

 いや、襲おうとした。

 

「!?」

 

 それは奇跡と言うべきか、偶然と言うべきか。

 あるいは、"この状況なら勇者である娘は"と思った父親が、街でずっと娘を探していたがゆえの必然と言うべきか。

 猪の後ろ足に、男二人が抱きついて、猪の突進を止めていた。

 

「友奈!」

 

「美森!」

 

 男二人は、結城家の父、東郷家の父。

 すなわち、友奈と美森のお父さんであった。

 二人は体を張って娘を守り、猪に顔を蹴られ、顔を傷だらけにしていく。

 

「! お父さん……!」

 

「……あっ」

 

 世界のために、娘を勇者という人柱に立てる心と。

 自分の命と引き換えに娘が助かるなら、喜んでそうする心。

 その二つは、矛盾しない。

 人の心は、それを両立し得る。

 

「逃げろ! 危ない!」

 

「……私達が何を言う、と思うかもしれないが、危険からは逃げるんだ!」

 

 猪に蹴られながらも、二人は猪の足を離さない。

 娘を守る苦しみから逃げない。

 面と向かって『ごめんなさい』と言われるよりも、ひしひしと『罪悪感』が伝わってきて、言葉以上に『償いたい気持ち』が伝搬して来る。

 "こんな親に愛娘を人柱に捧げさせた"という残酷を、強く感じる光景だった。

 

 そして、娘は。

 愛する家族を傷付ける怪物を、とてつもなく強力な拳と銃撃で、粉砕する。

 

「―――!」

 

 友奈が、倒れたままの父に、微笑み手を差し伸べる。

 

「友奈……本当に、すまなかった……」

 

「大丈夫。ちゃんと、伝わってるから。謝る必要なんて、どこにもないの」

 

 東郷が動かぬ足で、勇者システムの歩行補助で、微笑み父に歩み寄る。

 

「美森……ごめんなぁ……」

 

「ありがとう。……とっても、嬉しい。

 私もちゃんと、娘として大事にされてたこと、伝わってるから」

 

 父が、娘の差し伸べた手を握り、抱きしめる。

 父と娘が、これまでの十数年の家族愛が確かなものであることを確認するかのように、抱きしめ合う。

 

「友奈っ……!」

 

「美森っ……!」

 

 感動の親子の対面―――の、背後で、猪の死体から、殺人植物が生え直す

 ()()()()()()()()()()()()()という嫌な特性。

 植物は精霊に守られた勇者ではなく、何にも守られていない親を狙う。

 二人の父に迫る猛毒のツタ。

 取った、とその植物が思考した瞬間、その植物の首は光刃に切り落とされていた。

 

「空気読めよ」

 

 落ちる植物の首。

 光刃に込められた熱が、植物を燃焼させていく。

 二組の親子が驚いて振り向くと、そこには腹に巻かれた包帯の隙間から、血をボトボト垂らしている竜児が、メビュームスラッシュを放った後の姿があった。

 

「りゅ、リュウ君!?」

 

「大赦、今指示出してるとこどこ……? いや、一人で、行けなくてさ……」

 

「病院で寝てないとダメじゃない!」

 

「大丈夫、この怪我、見かけほど酷くないから」

 

「見かけ以上に酷いやつだよね、それ」

 

 竜児は今、口から大量の栄養を補給し、再生能力で片っ端から血肉に変え、腹の中で暴れるバイオカンデアの一部のせいで、腹から血をドバドバ流している状態にある。

 止血処置はされているものの、なんでこいつ外歩いてんだ、と皆の思いが一致するくらいにはヤバい様相であった。

 竜児は現在の作戦の音頭を取っている大赦の所に行きたいらしい。

 二人の父親に、竜児は深々と頭を下げた。

 

「娘さん、ちょっとお借りします。ちゃんと無事に返しますので」

 

「……!」

 

 二人の親もまた、頭を下げる。

 竜児は、この二人を安心させるために、力強く頼りがいのある男として振る舞わねばならない、と直感的に理解した。

 

「娘を、お願いします」

「どうか、どんな形でもいい、無事に帰ってきてさえくれれば」

 

「お任せください。必ず五体満足で返します。僕が守ります」

 

「それは、その……」

「傷を癒やしてからの方が……」

 

「頼りがいのある姿で現れることができなくてごめんなさい」

 

 でも、ちょっと腹がダメだった。

 

 二人の親には竜児が『痛みに耐えて戦う鋼鉄の男』に見えていたが、それを抜きにしても、『血まみれでぜえぜえ言っている少年』に娘を預けるのは、ちょっと不安があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大赦が指示を出している場所に辿り着いた時、まず風と樹が竜児に気付いてぎょっとした。

 次に芽吹と話していた夏凜が気付いてぎょっとした。

 安芸は眉間を揉もうとして、仮面の眉間を揉んでいる自分に気付き、自分の動揺を悟った。

 東郷と友奈が椅子に竜児を座らせ、夏凜がそこに駆け寄ってくる。

 

「リュージ! ちょっとあんた、ミートソーススパゲッティのパスタみたいになってるわよ!」

 

「なんて的確な表現を……

 ちなみに夏凜。スパゲッティってのは特定の太さのパスタのことなんだ。

 スパゲッティより細いのがスパゲッティーニ。それより細いのがフェデリーニ。

 フェデリーニより細いのがヴェルミチェッリ。

 日本で一緒くたにスパゲッティと呼ばれるのと同じように、イタリアでヴェルミチェッリと」

 

「知識語りで話題を流せると思ってんの?」

 

「ごめんなさい」

 

 竜児は大赦の備品から医療用具を入手し、包帯を巻き直し始めた。

 止血されていた血がドバっと流れ、腹でうごめくバイオカンデアのツタと幹が腹の肉をかき混ぜているのが周囲にも見え、竜児が植物と腹をまとめて包帯でガチガチに固める。

 

「夏凜、鉄分サプリをおくれ。血が足りない」

 

「サプリパワーが偉大とはいえこれ効く……? はい、どうぞ」

 

「うん……よし、効いた! 血が作られていくのが実感できるよ」

 

「頭痛くなってきた……ええい、早くあの怪獣倒して、その植物消すわよ!」

 

 竜児は並外れた根性を見せている。

 鉄分のサプリがあれば血を作れる、血が作れれば肉の再生でどうにかなる、の単純理論。

 だが実際にやっている奴を見ると凄まじい。

 腹で植物が肉を貪っている絵面は、数日飯が食えなくなりそうなほどにグロテスクだったのに、竜児の顔を見ていると皆の心に違う感想が湧いて来る。

 "あそこまで痛めつけてもこの少年は折れないのか"という想いが湧いて来る。

 凄惨さが、心の強さを引き立てるスパイスにしかなっていなかった。

 

「みんな、ありがとう。ここまで頑張って、可能性を繋いでくれて」

 

 包帯を巻き直した竜児が、大赦、防人、勇者達に頭を下げた。

 

「わざわざお礼なんて言う必要ないわ」

 

 夏凜が得意げな顔で言う。

 

「光を見たの。壁に囲まれた、作られた光だけがある世界に、輝いた綺麗な虹の光」

 

 芽吹がぶっきらぼうに言う。

 

「私達は希望を見た。希望を繋いだ。それでいいのよ」

 

 安芸が仮面越しに、淡々と言う。

 

 とても、とても頼りになると、竜児は思った。

 

『"地球は我々人類、自らの手で守りぬかなければならない"。ある地球で語り継がれた言葉だ』

 

 メビウスが、メビウスブレスを通して語る。

 

『ウルトラマンと支え合い、助け合い。

 けれどウルトラマンに頼りきりになることはなく。

 ウルトラマンに寄りかからなくても、自分達の世界を自分達の手で守ろうとする心……』

 

 "世界を守ることなんて他人任せにしておけばいい"と思う人間が蔓延していたなら、きっと四百万人の勇者達が戦うことなど、無かっただろう。

 

『リュウジ、分かるかい?

 "君達の未来"は、この先にあるんだ。

 今この街に見えているものは、君達の未来の芽なんだ。未来の芽吹なんだ』

 

「……うん」

 

 メビウスはそこに、この世界における地球の人の未来を見た。

 

「! 四国全域でエネルギー反応!」

 

 怪獣もまた、動き出す。このまま人に潰される未来をよしとしない。

 

「まだ燃やされていなかった二百万本が動き出しています!

 これは……上空で再集結している模様!

 バーテックスは分裂状態での回復を諦め、残った断片だけで再合体しようとしています!」

 

 バイオカンデアの破片が空に飛び上がり、破片が集結し、巨大な怪獣形態を取り戻し始める。

 

「上空で再結集したバーテックス、これは……街に向かって、雷撃を撃つつもりです!」

 

 集結しつつある植物の体が口を開き、街でバイオカンデアの断片を燃やしていた人間達を狙い、雷撃のビームのチャージを始める。

 竜児は立ち上がり、メビウスブレスを撫でた。

 

「神樹様の結界、という人を守る壁があった。

 でもさ、きっと人を守る壁は一つじゃなかったんだ」

 

 腹が痛む。

 だけど、戦わないで犠牲が出て、心が痛むよりはずっといい。

 右手を、メビウスブレスに添える。

 

「勇者。防人。大赦。ウルトラマン。

 たくさんの壁が、今日までずっと、この世界を守ってきたんだ」

 

 止めようとする勇者の声で、竜児はちょっと躊躇ったが、後で謝ることを決めた。

 

「壁を守る壁くらい、やってやろう! メビウス兄さん!」

 

『ああ!』

 

 メビウスブレスが擦り上げられる。

 

「『 見せてやる、僕らの勇気を! 』」

 

 光の柱が屹立し。

 

「『 メビウーーース!! 』」

 

 出現した光の巨人が、ウルティメイトブレスを身に着けた。

 

 虹の剣が雷撃を受け止め、雷撃をそのまま跳ね返す。

 巨人の手から伸びた虹剣は、雷撃を弾き返した後、民衆が見上げた空の上を薙いでかき混ぜた。

 

「虹が……大地から生えて、空に落ちて行く」

 

 空に架かる虹ではなく、空を薙ぐ光の虹を、誰もが目にする。

 

勇者のメビウス(メビウス・ブレイブ)!」

 

 変身と同時にメビウスブレイブへ変身完了。

 自分の雷撃ビームを食らったバイオカンデアは悶えている。

 竜児はその隙に、巨人の体で正座した。

 

『東郷さん。作法だ。切腹の介錯人を』

 

「? ……なるほど、何がしたいか分かったわ。風先輩、剣を貸してください」

 

「いいけど、あんたら二人で分かり合ってないで、説明しなさいよ」

 

 竜児の短い言葉で、東郷は納得した様子。

 東郷は風から受け取った大剣を、振り下ろす気もないまま振り上げ、巨人形態の竜児の横のビルの上に立つ。

 そして竜児は、左手の虹の剣で、切腹した。

 

「!?!?!?」

 

 大赦、勇者、防人の全員が自分の目を疑う。

 動じていないのは東郷のみ。

 

「なっ、何事!?」

 

 そして、虹の剣は竜児の腹を全く傷付けることなく、巨人の腹も蝕んでいたバイオカンデアの侵食体を、摘出した。

 竜児の腹をあれだけ食い散らかしていた侵食体が、真っ二つになってボトリと落ちる。

 

「腹の中のバイオカンデアを切腹で摘出して怪我を抑えた!?」

 

「せ……切腹で回復しやがった!」

 

開腹(かいふく)回復(かいふく)とかダジャレかよ」

 

「それ言っちゃいけないやつ!」

 

 竜児と東郷が、互いに頭を下げ、切腹の作法を終える。

 

『ありがとうございました』

 

「其方の切腹に至る覚悟。私も拝見させていただきました」

 

 東郷の敬礼を背に、竜児は空へと飛び上がる。

 

『我らは滅びぬ。神に授かりし力を使い、人を滅ぼし、今一度、酸素の無い楽園を』

 

 バイオカンデアは、カンデアの意識で、バイオスの知能で、進化の過程で自分達を超えていった生物の絶滅を望む声を出す。

 

「……悪いけど、僕はみんなに、滅びてほしくないんだ!」

 

 竜児は虹の剣を振り上げ、切り込む。

 

 一足一刀の間合いに入った―――まさにその瞬間、空から黒い雷が降って来た。

 

「っ!」

 

 巨人も怪獣も巻き込んで、黒い雷の力が走り、天の神の呪いが浸透していく。

 だが、竜胆の名に竜児の名を重ねた竜児に、天の神の呪いは通らない。

 

「お、おお。僕って名前隠してるから本当に普通の呪い効かないのな」

 

『リュウジ! 前!』

 

 が、怪獣は凄まじい強化がなされてしまった。

 植物の猪の体は1000mサイズにまで膨らみ、超重量での体当たりを仕掛けて来る。

 咄嗟に虹の剣で受け止めたものの、腕の骨が軋む音がした。

 

「ぐぅっ」

 

 竜児は左の剣で受け止め、右手の拳を燃やし、炎のアッパーを叩き込む。

 デフォルトで炎の属性を持つメビウスらしい技であったが、バイオカンデアは燃えない。

 燃えやすくなっているはずなのに、燃えない。

 燃えやすいというバイオス由来の弱点が、なくなっていた。

 

「も……燃えない!」

 

『天の神の祟りは、ここまでの強化をもたらすのか!?』

 

 竜児は剣で受け止めたまま蹴り上げようとするが、動きは先読みされており、空中で回転したバイオカンデアにかわされてしまう。

 バイオカンデアはそのまま、回転の勢いを殺さず体当たり。

 データの収拾で巨人と勇者の動きの先読みができるという特性を、最大限に活かしていた。

 

「くっ」

 

 空から街に叩き落されかけた竜児は、反転上昇。

 メビュームスラッシュを連発するが、全てかわされてしまう。

 逆にバイオカンデアが放ってきた毒のツタに追い込まれ、回避に精一杯の状況に追い込まれてしまった。

 

「スピード、パワー、耐久力。目につくところは全部強化されてるよ、メビウス!」

 

『まずは耐えるんだ! そうすれば……』

 

 バイオカンデアは、街を攻撃しようとしていた。

 巨人と猪はずっと空中戦を継続していたが、バイオカンデアが押し気味であるのと、バイオカンデアの目的もあって、戦いの場所は相応に低空であった。

 だからこそ。

 背の高い建物の屋上で、勇者が封印の儀を行う余地があった。

 

『御霊が露出し、弱点を突ける!』

 

 露出したカラータイマーを見た竜児の、心が怯んだ。

 兄弟に共通する、同じ形のカラータイマー。

 戦意が挫けそうになる。

 

 怪獣が弱点の露出に焦り、最強最大の技の展開を始める。

 バイオカンデアは上空に飛び上がり、闇を纏い、街を丸ごと吹き飛ばす落下突撃を開始した。

 

『リュウジ。……君がやらなくても、誰も文句は言わない』

 

「メビウス。これは……僕がやるべきことなんだ。血の繋がった、兄弟として」

 

 竜児がそう言った瞬間、虹の剣が一際強く瞬いた。

 

 空から地に向かう猪の突撃を、虹の剣が受け止める。

 

 剣が軋み……砕けた。虹の剣が、砕けてしまった。

 

『皆! 投げ返してくれっー!!』

 

 いや、わざと砕かせたのだ。

 巨人は砕けた剣には目もくれず、光の盾でその場しのぎに突撃を受け止めた。

 虹の剣の欠片が、四国の人々の頭上に降り注ぐ。

 

「ウルトラマン!」

 

 夏凜が真っ先に虹を拾い、竜児に投げ返した。

 勇者達も説明を求めず、虹を拾って竜児に投げた。

 

「ウルトラマンっ!」

 

 芽吹が虹を拾い、空の巨人に向けて投げ上げた。

 勇者になれなかった少女達が虹を拾い、空に投げつける。

 

「ウルトラマンッ!」

 

 子供が、大人が、男が、女が、大赦が、虹を拾って巨人に投げ渡す。

 

 皆に拾われた虹の欠片が、皆の心の想いを拾い、一回り大きくなって集まって、竜児の左手に巨大な虹の剣を作り上げた。

 

 

 

「『 ブレードオーバーロードッ!! 』」

 

 

 

 天の神に強化されたバイオカンデアが、∞の字の形に切り裂かれる。

 神の加護をも超えて切り捨てる、神にすら届く、想いの虹。

 虹の光が、闇を断った。

 

「ごめんね」

 

 竜児は砕け散るカラータイマー、消滅していく肉体を見ながら兄弟を想う。

 結局、素体となった怪獣の意志が喋ることはあっても、竜児の兄弟が喋ることは、一度もなかった。

 あの時の、竜児の心惑わす言葉ですらそうだった。

 それが救いであり、同時に悲しみでもあった。

 

「それと、さようなら」

 

 もう、兄弟を殺すことを躊躇いはしない。

 

「コピーライト兄さん。もし、そっちで今の兄弟に会ったら、優しくしてやって」

 

 大事なものの優先順位は、もう心に決めていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとした、後日の話。

 竜児は勇者部ではない。

 文化祭においては勇者部の演劇のお手伝いでしかない。

 なので、文化祭当日にはすることがない。

 

 よって竜児は、芽吹を誘って勇者部の演劇を見るべく観客席に座っていた。

 

「今の勇者がどういうことやってるのか、ちょっと見てほしくてさ」

 

「はぁ、それで誘ったの? まあいいけど……ところで三好さんは何の役?」

 

「あいつ照明のオンオフだけやってるから役ないよ」

 

「えっ」

 

「役ない」

 

「私を負かした唯一の人間が照明?

 脇役ですらない? 何やってるのよ三好夏凜……

 いや、どれほど強い存在が集まってるというの、讃州中学勇者部……」

 

 竜児と芽吹は、並んで座った。

 二人して大人しく、勇者部の演劇を見る。

 

「結局世界はイヤなことだらけだろう!

 辛いことだらけだろう!

 お前も見て見ぬふりをして堕落してしまうがいい!」

 

 魔王()が声を上げる。

 

「嫌だ!」

 

 勇者(友奈)が叫んで応じる。

 

「足掻くな! 現実の冷たさに凍えろっ!」

 

 魔王()は勇者の心を折りにかかっていた。

 

「そんなの気持ちの持ちようだ!

 大切だと思えば友達になれる!

 互いを想えば何倍でも強くなれる!

 無限に根性が湧いてくる!

 世界には嫌なことも、悲しいことも、自分だけではどうにもならないこともたくさんある!」

 

 されど、友奈が演じる勇者は折れない。

 

「だけど、大好きな人がいれば、挫けるわけがない!

 諦めるわけがない!

 大好きな人がいるのだから! 何度でも立ち上がる! だから!」

 

 何を言われても、くじけない。

 

「―――勇者は絶対、負けないんだ!」

 

 舞台の上で友奈が演じる勇者は、輝いていた。

 

 舞台の主役でなければ無価値、なんてことはない。

 舞台の主役の方が確実に輝いている、なんてこともない。

 舞台の主役では味わえないものもある。

 

 熊谷竜児は、いつもは観客席に座っている四百万人が、いつでも舞台の主役を助けてくれるということを知っていた。

 いつでも舞台に上がって行けることを知っていた。

 その四百万人が、主役よりも輝くこともあると知っていた。

 

 舞台の上の戦いは続く。

 勇者も、巨人も、怪獣も。幕が下りるまで、舞台の上に立ち続けるだろう。

 

 けれど、巨人が舞台の上で振り向けば。

 いつでも観客席(そこ)に、ヒーローを応援する人達がいる。

 その人達がいる限り、その応援の声がある限り、勇者(ヒーロー)が負けることはないのだ。

 絶対に、絶対に。

 

 

 




アニメ一期終わりましたね(時系列)

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