時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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執筆速度がこんなに遅くては定時更新が出来なすぎて逆に定時更新ができてるみたいな感じになってしまいますよ


永久喪失の章
第十殺一章:運命の出逢い


 メビウスブレイブの前蹴りが突き刺さる。

 牛の角が生えた二足歩行の怪獣が、それで吹き飛ぶ。

 吹き飛んだ怪獣が、吹き飛んだ先に回り込んだメビウスブレイブの回し蹴りも食らう。

 怪獣が背負っていた背中側の甲殻に、ヒビが入った。

 

 これはたまらん、とばかりに怪獣は瞬間移動を行い、距離を取って破壊光線を放つ。

 だが竜児は光線を最低限の動きでかわしつつ踏み込み、虹の剣を振り上げた。

 下から上に奔る切り上げが、怪獣の腹から胸を切り裂く。

 怪獣は身悶え、痛みに倒れた。

 珍しく、竜児単独で誰の援護も必要としないまま、敵怪獣を追い詰める展開。

 

 なのに、風は首を傾げていた。

 

「変ねえ……断片的な話に聞く"最強の勇者様"が、こんなやつを警戒するものかしら」

 

 暴れ牛の怪獣は、そこまで強くなかった。

 あくまで、メビウスブレイブから見ればだが。

 ノーマルメビウスでなら苦戦は必死だっただろう。

 が、メビウスブレイブに、神樹の樹海(メタフィールド)の強化、今は行われていないが勇者の援護まで加わってしまえば、この怪獣に勝ち目はない。

 援護を一旦止め、竜児にエネルギーを送っていた勇者と精霊の力が、蓄積量で一定のラインを超える。

 

 現れた六体のウルトラマンのビジョンが、メビウスに重なり、最強の光線を解き放った。

 

 

 

「『 ―――コスモミラクル光線ッ!! 』」

 

 

 

 それを怪獣の視点から一言で表すなら、"反則"だった。

 全てを消し去る光線。

 全てを救い守る光線。

 "その光線を防ぐことなど誰にもできない"という確信を、受ける側が得てしまうほどのもの。

 誇張なしに、宇宙最強と言っても過言ではない光線だった。

 

 怪獣は、時空に断層を作った。

 時を操る能力で、時そのものが流れない、空間に変動が起こらないという盾を作った。

 そこに天の神も助力する。

 神の力で出来た盾、時空を遮断する盾が重なり―――コスモミラクル光線が、粉砕した。

 

 一方的に粉砕し、貫通し、怪獣の体の半分を消し飛ばす。

 時間の遮断も、天の神の力も、この光線には抵抗すら敵わない。

 御霊が露出してもいないのに、この光線が全身に効果を及ぼしていたなら、怪獣型バーテックスでさえも確実に吹き飛んでいたと断言できる。

 

 愛の修練(仮称)がもたらした光線のパワーアップは、予想以上にとてつもないものであった。

 十体目のバーテックスが、うろたえる。

 

「バカな ありえない こんな破壊力 時空の断層と 天の神の複合障壁だぞ」

 

『うん、威力を削がれたけど、この分なら間違いないな。

 この一撃で、確証は得られた。

 僕らのコスモミラクル光線は、御霊が露出していない怪獣型バーテックスも殺せる』

 

『元はタロウ教官が兄弟の力を束ねて放っていた技だ。弱いわけがないんだよ』

 

 元より弱いバーテックスならば、満開した勇者が掟破りの全力砲火を叩き込むことで、基本ルールに反してバーテックスを倒すことはできる。

 だが、怪獣型バーテックスとなれば話は別だ。普通は満開でも封印抜きでは倒せない。

 されそこの光線のこの火力。この破壊力。

 巨人の精霊と勇者の力を、竜児はより高度に扱えるようになっている。

 これがあれば、勝てないバーテックスなどいないように思えた。

 

 その光線のあまりの強さが、天の神に新しい戦略の方向性を与えてしまったとも知らずに。

 竜児は、その光線に未来を勝ち取る可能性を見ていた。

 

 時は、少々遡る。

 

 

 

 

 

 竜児は自宅にて、五人の勇者にうどんを振る舞っていた。

 

「どうぞ、国防うどんです」

 

「今私、果てしなくリュージと東郷の正気を疑ってるわ」

 

「夏凜、正気じゃなきゃこのうどんは作れないよ」

 

 群馬の郷土料理店、『新田乃庄』のほうとうをご存知だろうか。

 今は無い土地の店だが、この店は"法の明かり「法燈」"という、ダジャレにしか思えないネーミングの、般若心経の文字列を竹炭で彫り込んだほうとうを売っていた。

 西暦時代には、それなりに知名度もあったという。

 

 麺を掬えば般若心経。

 麺を見れば般若心経。

 麺を食べて般若心経。

 ちょっとご利益ありそうだ。

 

 竜児はこれを参考にし、製麺機から文字を彫れる麺を生成。

 西暦時代に『炭うどん』なるものを作っていた『山本粉炭工業』の炭パウダー技術も参考にし、炭を使ってうどんに文字を彫っていくこと数時間。

 時間をかけて、うどんが千切れないよう繊細に、うどんの味が落ちないよう丁寧に、うどんに大日本帝国海軍の精神を文字列として彫り込んだ。

 

 そして普通に、釜揚げうどん風に仕立てたものである。

 

「素晴らしいわ……国防の精神が全身に染み渡っていくかのよう」

 

「染み渡ってんのダシと狂気じゃないの?」

 

「夏凜ちゃん」

 

 東郷には「素晴らしいわ」と大絶賛され、他の人には「まあ美味しければ」「個性的」「気持ち悪い」「うどんは国防精神を放り込むゴミ箱じゃない」といった感じの反応を貰った。

 基本的に先人知識でうどんを作っている竜児は散々である。

 味は悪くないというのに。

 今日は東郷のリクエストだからこうなったとはいえ、二度とこのうどんは作るまいと、竜児は心に決めた。

 

「はい、食事会と方針会議を合わせた『うどん会議』もこれで第十回となりました」

 

「わー! ぱちぱちぱち!」

 

 友奈が手と口で拍手の音を出す。

 二人分の合いの手で、竜児の気分がグングン上を向いていった。

 

「まず、キングジョーさんが置いていった情報端末の話を改めてします。

 こいつによれば、現在この宇宙に地球人の味方はほぼ居ません。そしてほぼ敵です」

 

「そ、それがなんのそのですよ、熊谷先輩」

 

「樹さんは本当、かっこいい時にはかっこいい感じだよね」

 

「熊谷先輩だけですよ、私をかっこいいなんて言うの……」

 

 この世界で空を見上げて、見える星は全て神樹が作った光だ。

 結界の外で空を見上げて、見える星は全て天の神の手がかかった敵だ。

 それが、この地球における条理である。

 

「ですが、僕がこの端末から得たのはその情報だけではありません。

 システム・レムを始めとする情報が手に入りました!

 これは次世代型管理AIのシステムで、データ喪失時の記憶復旧システムもあります!

 有機体にも応用された技術が発見されました!

 ま、要するに。

 僕の研究が飛躍的に先に進んだので、東郷さんの記憶を復活させる目処が立ちました!」

 

「わぁ……!」

 

「作戦名:レストア・メモリーズ!

 東郷さんの記憶を取り戻すための実験を、二週間後に始めたいと思います!」

 

 竜児の本業の積み重ねが、実を結んだ。

 それが東郷の散華代償を無かったことにするものだったから、勇者達の反応は色良く、歓喜のあまりに東郷に抱きつく者もいた。

 友奈は竜児と東郷をまとめて抱きしめようとしたが、竜児は巧みなステップで回避する。

 

「長かった……今11月だから、一年半? くらいかかった研究だった。

 遅くなって申し訳ない、東郷さん。

 この研究に僕が時間を何もかも注いでたら、もうちょっと早かったかもしれないけど」

 

「本当にありがとう、熊谷君。

 私のことで苦労をかけてしまって……でも、なんだか、嬉しい」

 

 この"レストア・メモリーズ"に辿り着くまでに、ただの人間の積み重ねが、どれほど必要だったことか。専門の人間でなかれば正確に想像もできないだろう。

 東郷の目は、どこか遠くを見ていた。

 

「記憶がなくても、私、幸せだったわ。

 でも、何かが違った。気付いてしまったら、無視できなくなった。

 手の平から無色の何かが、こぼれていくような……

 忘れてはいけないのに、もう忘れてしまったような……

 そんな、想いがあったの。

 人の頭から記憶が失われても……人の心に残る想いは、あるのかもしれないわ」

 

「東郷さん……」

 

 東郷が漏らした想いを、友奈が痛ましそうに見つめる。

 車椅子の少女は、眼鏡の少年に問いかけた。

 

「嬉しいけれど……赤の他人だった頃から何故そこまでしてくれたのか、私には分からない」

 

 竜児が眼鏡を押し上げる。

 この動作は、眼鏡を押し上げるふりをして手で顔を隠し、竜児が照れを隠す時の動作であると、勇者部の全員にバレていた。

 夏凜がバラしたからだ。

 

「東郷さんがちゃんと幸せになれないと、僕が後腐れなく幸せになれないからだよ」

 

 竜児曰く、それは同情である。可哀想な誰かに幸せになってもらいたいという想いである。ただそれだけだ。

 なので、お礼を言われるとそれだけで照れてしまう。

 

「もう」

 

 東郷はそんな竜児の反応を見て、"もう"とだけ言った。

 色々と込もっていそうな"もう"だった。

 

「ええと……東郷は先代の勇者、って扱いになってんだっけ?」

 

 夏凜がスポーツドリンクのペットボトルを投げる。

 

「東郷さんは凄い人だったんだねー」

 

 友奈が受け取り、ペットボトルの蓋を開けつつ、隣に菓子を置いた。

 

「先代勇者の話とか、あたしは一切聞かされてないけどね」

 

 菓子の袋を開いた風が食べ始め、テーブルに新しい手拭きを置く。

 

「私自身覚えていませんから、風先輩に聞かれても何も答えられませんよ」

 

 東郷が手拭きで手を綺麗にし、ベッドの上に座布団を置いた。

 

「熊谷先輩は何か聞いてないんですか?」

 

 座布団の上に樹がちょこんと座り、竜児にスプーンを渡す。

 

「はっはっは、自慢じゃないけど僕大赦のパシリだよ。そこそこ書物の閲覧権限はあるけど」

 

 そして竜児は、自分が持ってきたプリンと樹が渡してくれたスプーンを、皆に配り始めた。

 

「ただ安芸先輩は、『本当に取り返しのつかないことになった』とは言ってた」

 

「本当に取り返しのつかないこと……?」

 

「言葉を濁すんだよなあ、先輩」

 

 プリンを貪る中学生達。

 

「二年前なら、小学生時代かあ……」

 

「そういや僕小学生時代サッカー部だったわ」

 

「え!? 卓球部とかじゃないの?」

 

「風先輩の中で僕はそういうイメージ、と」

 

「私は熊谷先輩は文芸部だと……」

 

「樹さんの中で僕はそういうイメージ、と」

 

「文化研究部か何かだと思ってたけど……小学生でそれはないわね」

 

「そりゃそうだよ東郷さん!」

 

「リュウ君は勇者部ってイメージかな!」

 

「友奈! 僕勇者部に所属したことすらないんだけど!」

 

『リュウジ、サッカー部だったら流星シュートっていう必殺技をやってみてほしいんだけど』

 

「メビウース! 普通のサッカー部に必殺技とかないから!」

 

 メビウスの中のサッカー像は何かおかしい。

 

 そんなこんなでうだうだと駄弁っていたら、樹がプリンをつるっと落とし、あっ、と皆が思った瞬間……世界の時間が止まった。

 

「樹海化!」

 

「十体目!」

 

「時間が止まって樹海化がまだ始まってない今がチャンスだ! プリンの下に皿入れよう!」

 

 樹のプリンを救出し、竜児がメガネを押し上げると、樹海に君臨する新たなるバーテックスが、その巨体を震わせていた。

 風がその偉容を見て、第一印象を口にする。

 

「暴れ牛……」

 

―――あ、そうだ。

―――カオスヘッ……じゃないか。

―――暴れ牛のバーテックスが出て来たら、誰よりも早くこの番号に教えてほしいな~

 

 その姿が、風に園子との会話を思い返させた。

 

「樹海化中は、時間止まってるけど……今の内に送っておきますか」

 

 時間が動き出すと同時にメールが送られるよう、風はメールを送信して送信待機状態にしておいた。

 あの最強の勇者様とやらは、竜児曰く、今の勇者の中ではとびっきりの最強なのだという。

 そんな勇者が、わざわざ言及した。

 他の怪獣に一切言及せず、これにだけは言及した。

 何かがあるのだ。

 この怪獣には、何かがある。

 

「『 メビウーーース!! 』」

 

 そして、竜児が変身し。

 

 時系列は合流する。

 

(あたしの予想だと、とんでもなく強いバーテックスだと思ったのに、違ったのかしら)

 

 風は顎に手を当て、考え込む。

 30秒と経っていないのに、形勢は圧倒的だった。

 ノーマルメビウスと比べれば飛躍的と言っていいほどに強化されたメビウスブレイブは、フュージョンライズした怪獣の強さをものともせず、一方的に叩きのめした。

 コスモミラクル光線の傷跡は治りにくいのか、怪獣は半身を吹っ飛ばされてからは逃げ回って時間を稼いでいる。

 だが、それも時間の問題だろう。

 竜児がもう一発光線を撃てば終わる。

 

 皆が勝利を確信する中―――怪獣は、笑った。

 顔の肉が剥がれるんじゃないか、と思えるくらいに歪んだ笑みだった。

 

「お前 やりすぎた 手遅れ 力を見せすぎた 警戒 される 愚か者」

 

(こいつ、一体何を……?)

 

「終わり 終わり 前に 後に 終わり 終わり 終わり」

 

 殴り掛かるメビウスの腕を、怪獣が掴む。

 その瞬間、樹海の中で、隔絶された空間が発生した。

 空間が巨人と怪獣を飲み込み、サイケデリックな色合いの空間の中を巨人が流されていく。

 

「な、なんだこれ!? くっ、離せっ!」

 

『時間が……リュウジ! 変に動いちゃダメだ!』

 

「え?」

 

『今、僕らは時間の流れの中にいる! 変な所に落ちたら、二度と戻ってこれなくなるぞ!』

 

「!?」

 

 ひと目で敵の能力による時間移動だと見極めたのは、流石経験豊富な宇宙警備隊のウルトラマンといったところだろうか。

 竜児が自分を掴んでいる怪獣への抵抗をやめる。

 今のメビウスの助言がなければ、竜児は永遠に時間の迷子になっていたかもしれない。

 

 逆流する時の中で、竜児とメビウスは、この怪獣が生まれた瞬間を目にした。

 

《 ダイダラホーシ 》

《 クロノーム 》

《 フュージョンライズ! 》

 

《 ダイダラクロノーム 》

 

 キノコとダイダラボッチが融合したような怪獣と、カタツムリとアオウミウシを融合させたような怪獣が、混ざって昇華され、暴れ牛のバーテックスに仕上げられていた。

 

『この怪獣の組み合わせは……まさか、天の神の狙いは! 過去への時間跳躍―――』

 

 そして、竜児と怪獣が山中に放り出される。

 

 着地した巨人と怪獣が、夜中の山中に派手に土砂を巻き上げた。

 

(―――状況把握)

 

 竜児は冷静に周囲を見た。

 ここはおそらく大橋市近辺の山中。

 竜児が勉強で頭に叩き込んだ四国の地形図が、竜児に正確な現在位置を知らしめる。

 

(ゴールドタワーの再塗装は神世紀298年6月19日開始。今は6月19日以前)

 

 過去に頭の中に叩き込んだ情報は、無駄にはならない。

 勉強の成果とは、目には見えない記憶の血肉だ。

 竜児はゴールドタワー、瀬戸大橋、月、等々様々なものを見て、瞬時に現在の位置だけでなく現在の日付までもを特定する。

 

(瀬戸大橋で交通事故があって欄干が歪んだのが神世紀298年6月17日。

 橋の修理が始まったのが同年6月24日。今は17日から19日。

 月齢……神樹様の出した月は通常の月齢と同じ。

 僕が居た時代の神世紀300年11月の月齢から逆算して……今は神世紀298年6月18日か)

 

 複数の情報をすり合わせて、計算で正確な情報を導き出す。

 メビウスが"過去への時間跳躍"と咄嗟に言ってくれたのがよかった。

 時間移動の最中に思考を整えることができ、過去に放り出されても、竜児の精神はほどほどの動揺で怪獣と対峙できている。

 

(瀬戸大橋が残ってるってことは、二年前に起こったっていう大きな戦いの前なのは間違いない)

 

 動揺はある。

 だが平常心は維持できている。

 戦えないほどの動揺は致命的な隙だ。それを抑えて、竜児は構える。

 

「メビウス、今のって」

 

『こいつは時間を遡る怪獣だ。

 それも、"過去改変"ができる怪獣なんだ。

 過去改変で平行世界ができるということもない。

 あの素体怪獣は、過去を変えることで現在も変えられる怪獣なんだよ』

 

「! やっぱりそうなんだ。二年近く戻されるなんて……あれ?」

 

 その時、メビウスブレイブへの強化変身が、解けた。

 

「え?」

 

 メビウスブレスは普通に動いている。

 接続されたウルティメイトブレスも普通に動いている。

 なのに、メビウスブレイブになれない。

 勇者の証の金の文様を、体に刻むことができない。

 

「お前 仲間居ないと なにもできない 強くもなれない

 守るもの お前の強さの秘密 強さの源

 守るものがないお前 仲間が居ないお前 ただの平均的なウルトラマン」

 

「―――!」

 

 この時代に……竜児を奇跡に至らせた、()()()()()()()()()()()

 

『まさか……リュウジのメビウスブレイブは、僕のバーニングブレイブと同じ……?』

 

「な……なんでだ! 絆は無くなってない! メビウスブレイブがなくなる理由なんて!」

 

「この時間 この過去 お前 仲間のほとんどと知り合ってない

 絆 無い 面識すら 無い 絆がなければ お前 強いカタチになれない」

 

「―――!」

 

 かつてメビウスのバーニングブレイブは、仲間と引き離されただけで使えなくなってしまう強化形態だった。

 竜児のメビウスブレイブも、また同じ。

 特殊な発現の仕方をしたメビウスブレイブは、過去の世界では使えない。

 戦いを通して竜児が繋いだ絆は、この時代には無いからだ。

 虹の剣も。

 虹の光線も。

 コスモミラクル光線も。

 この時代では、使えない。

 

 竜児は、竜児が発現させた特殊な勇者のメビウス(メビウス・ブレイブ)が強いのであって、ノーマルメビウスでの強さでは、本家メビウスほど強くはない。

 掴みかかってきたダイダラクロノームを竜児は迎撃するが、普通に力負けしてしまった。

 

「くっ……力が……!」

 

「過去の天の神が 負けた未来の天の神を見れば

 神性が最悪 主観未来を確定させてしまう 神とはそういうもの

 だから 天の神 未来から来たものを観測しない 何も知らない 因果は決まる」

 

『何……?』

 

「神性は伝承 伝説 語り継がれ 記録され 世の理の上にあるもの

 未来に過去の神話が書き換えられ 過去の神話が未来を作る

 時を超え何かを見ること それは神にのみ 致命となる 因果の刃」

 

 ダイダラクロノームの打撃の連打を、竜児は流麗に受けて受け流していく。

 

「ぼくは おまえの過去を殺してもいい 結界の外に逃げてもいい

 なにをしてもいい 過去にきたお前 弱体化してる もう負けない」

 

『! リュウジ! 逃がしちゃダメだ!』

 

「え?」

 

 そう言って、ダイダラクロノームは時間を捻じ曲げ、凄まじい速度で結界外まで逃走した。

 

「逃げた……あ、そうか。コスモミラクル光線のダメージを癒やしたかったのか」

 

 竜児は舌打ちして、変身を解除する。

 コスモミラクル光線の恐怖は、ダイダラクロノームを十分に恐怖させていた。

 時間への干渉という最強の能力を持つダイダラクロノームを、平然と圧倒したメビウスブレイブの強さは、ダイダラクロノームの心に十分な恐れを埋め込んでいた。

 だから仕切り直しを選んだのだろう。

 

 次に傷を癒やしたダイダラクロノームが現れた時、仲間の勇者の援護なしに、後半戦の強力な融合昇華体を倒すことができるだろうか。

 

『最悪、僕らは奴に勝てないかもしれない』

 

「勝っても地獄、負けても地獄だよ。アイツ倒したら僕ら最悪元の時代に帰れないんだから」

 

 とにかく、戦いが長引かなかったことは不幸中の幸いだ。

 ブラキウム・ザ・ワンの時と同じで、特殊個体が特殊な経緯で結界内に現れたからか、ダイダラクロノームの出現に樹海化は明らかに間に合っていなかった。

 街が巻き込まれていた可能性も十分にあったのだ。

 竜児はそう考え、一度思考を整理する。

 

「……ん?」

 

 その最中。

 竜児は一人の少年が居ることに気付いた。

 巨人と怪獣の戦いも、竜児が変身解除した瞬間も、バッチリ見ていたその少年を。

 

「すっげー! 変身ヒーローだ!」

 

『……リュウジ』

 

(僕の幸運値ちょっと低く設定されてませんか、神樹様)

 

 竜児がメビウスであると、誰も知らない世界に来てから一分強で、竜児の正体はバレていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三ノ輪(みのわ)鉄男(てつお)少年五歳は、家出していた。

 姉にプリンを食われたからだ。

 姉の勘違いのせいだったが、許せることではない。

 夜中に家を飛び出し、山の中に駆け出していく。

 駆け出した先で、鉄男は野良犬を見つけた。

 

「……お前もひとりぼっちなのか」

 

 野良犬の頭を撫で、鉄男は神樹の星明りが照らす山道を歩く。

 

「よーし、お前の名前はアルト。アルトだ」

 

「ワン!」

 

「こっち来い、こっち来いアルト!」

 

 鉄男は駆け出し、こっちに来いと犬に呼びかけ、けれど犬はついて来なくて……どこからか落ちて来たダイダラクロノームが、鉄男の目と鼻の先で、アルトを踏み潰した。

 踏み潰そうとする意識すらなく、ごく自然に踏み潰し、踏み潰したことに気付いてもいない。

 

「ひっ」

 

 鉄男は怪獣の落下の衝撃で、尻もちをつく。

 家出の前にトイレに行っておいてよかった。

 でなければ、彼はここで確実に漏らしてしまっていただろうから。

 もうダメだ、死んじゃう、と少年の目から涙がこぼれそうになる。

 

 その瞬間、怪獣から街を守るような位置に、赤き巨人が舞い降りた。

 

「―――え」

 

 揺れる大地。

 舞い上がる黒土。

 怪獣に対峙し、街を守るように構えた巨人の周囲に、舞い上がった黒土が落ちて行く。

 大地(ガイア)を揺らして、土砂を巻き上げ、山の合間に降り立った光の巨人。

 

 三ノ輪鉄男は、特撮系のヒーローが好きだ。

 ゆえに、憧れと信頼をもって、光の巨人を見上げた。

 やがて怪獣は巨人に背を向け、一目散に逃げて行く。

 

「うっ、わぁ……!」

 

 少年の目には、巨人の完全勝利に見えた。

 巨人が変身を解除する。

 変身を解除した少年が眼鏡を押し上げるのを見て、鉄男はドマイナー不人気打ち切りを喰らってしまったが個人的に大好きだった、巨大化ヒーロー・ドンシャドウのことを思い出す。

 人々に正体を隠し、巨人となって怪獣から世界を守る変身ヒーロー。

 テレビの中のヒーローと同じ誰かが、今、鉄男の目の前にいる。

 

「……ん?」

 

 少年が振り返る前に、鉄男はその少年に向かって駆け出していた。

 

「すっげー! 変身ヒーローだ!」

 

 竜児は戸惑いながら、興奮する鉄男に対応する。

 とりあえず自分の正体の口止めをして、鉄男の名前も聞いて、鉄男が家出してきたという話も聞き出せた。

 竜児は鉄男の服に付いていたタグに家の住所が書いてあったのを見て、鉄男を連れて夜道を歩いて行く。流石にこの時間に、この年頃の子を一人で帰すわけにはいかない。

 

「にいちゃんの名前は?」

 

「僕? 僕は熊谷竜児」

 

「そうじゃなくて、ヒーローとしての名前」

 

「僕は……そうだな。ウルトラマン。ウルトラマンだよ」

 

 竜児は"自分の名前"として、"ウルトラマン"と名乗った。

 鉄男は竜児と手を繋ぎながら、大好きな姉の話をして、上機嫌そうに竜児に頼み事をする。

 

「ウルトラマン、姉ちゃんを守ってくれよ」

 

「姉ちゃん?」

 

「姉ちゃんはお役目のこと隠してるんだ。

 よく分かんないけど、時々怪我してるし、なんか武器振る特訓してるし……

 きっと何か、危ないことしてるんだ。だから、守ってあげてくれよ、ウルトラマン」

 

「……んー、よく分からないけど、分かったよ。任せて」

 

「本当!?」

 

「うん、約束だ」

 

「わかった! 姉ちゃん守ってくれるなら、にいちゃんの正体は黙ってる! 約束な!」

 

 鉄男の姉の話題に出てくる大赦の存在。

 鉄男の姉が言っていたという"勇者"の単語。

 そして姉の年頃。

 竜児は会話の中から情報を拾い、予測を組み立てていく。

 メビウスブレスを懐中電灯代わりにして、夜道を照らし、歩いて行く。

 

(姉の年頃……お役目……それなら、多分)

 

 三ノ輪家が見えてきたところで、玄関前で携帯端末をいじる少女が見えた。

 竜児が中二なら、その少女は小六くらいの年頃だろうか。

 強化された竜児の聴覚が声を拾うと、どうやらあの少女は夜間の外出は危ないと留守番を任されていて、両親が外に鉄男を探しに行っているらしい。

 竜児は鉄男の顔を見た。

 ちょっとアホヅラでニコニコしていた。確実に家族にかけた心配を想像できていない。

 後でこっぴどく怒られるんだろうなあと竜児は思った。

 

 その少女が両親と電話している端末には、竜児も見覚えがある。

 彼が端末の調整過程で見た覚えがある、その端末は。

 

(夏凜を勇者にする端末……いや、夏凜の端末になる端末)

 

 その少女が、夏凜の『先代』であることを証明していた。

 

「すみません、お宅のお子さんを届けに来ました」

 

「え? ……あああ! お前! こんな時間に家出とか何考えてんだっ!」

 

「ひゃっ!? ご、ごめんよ姉ちゃん!」

 

 そうして、少年と少女は出会う。

 彼女の名は三ノ輪(みのわ)(ぎん)

 竜児がこの世界で得ることになる、三人との運命の出会い。

 それは、ここから始まった。

 

「姉ちゃん、これ秘密にしろって言われたから誰にも言っちゃいけないぞ。

 このにいちゃん、すごくでっかく変身する、ウルトラマンなんだ!」

 

「は?」

 

「ねえ鉄男君、秘密って概念知ってる?」

 

 竜児は呆れた顔で、鉄男の年齢を鑑みて「まあしょうがないか」と許した。

 鉄男と竜児が街頭の下の明るい場所に来たからか、メビウスブレスを身に着けた竜児の姿が銀の目にハッキリと映る。

 少し驚いたような顔をして、少し困惑した顔をした。

 

「えーと……どちら様? ってかでっかく変身する人って何……?」

 

 どう誤魔化そうか。

 適当でいいかな。

 ジョークから入るべきだろうか。

 とにかく無難に。

 そんな風に思考する竜児の脳内に、想い出の中の東郷が言葉をもって語りかける。

 

―――いい、熊谷君

 

 想い出の中の東郷は、何故か自信満々に誤魔化し方を語ってきた。

 

―――アルファ波よ、アルファ波で誤魔化すのよ

 

「あ……アルファ波で、幻覚でも見たんだよ。この子は」

 

「お前須美の知り合いだな」

 

「ひえっ」

 

 それが奇跡的に裏目に出て、銀の目線が怪訝な風になる。

 

「まあ、おにーさんの話は色々聞いてたからな、アタシ」

 

「え?」

 

「ええっと……大赦に繋ぎ取ればいいのかな」

 

 銀の言葉に覚えた引っ掛かりを問い質す前に、三ノ輪の幼い子供達の面倒を見るため大赦が送っていたお手伝いさん達が、竜児を大赦に連れて行く。

 

 結局竜児はこの日、銀の名前すらも知ることはなかった。

 

 

 

 

 

 大赦の竜児の取り調べは、とても事細かなものだった。

 竜児はその全てに明け透けに答える。

 大赦由来の端末と、竜児が保有する機密情報や今日までの記録、等々様々な資料が詰まった自分の情報端末も差し出した。

 

「こちらの端末に、色々入ってます。

 日誌などはこまめにつけてますので、僕を信用するかどうかを決める参考にして頂ければ」

 

 ウルトラマンメビウス、熊谷竜児。

 大赦はその登場に、反応を決めあぐねているのが見て取れた。

 

「君の現在の目的は何だ? 正直に答えてほしい」

 

「せっかく過去に来たんです。未来を、少しでも良くしておきたい」

 

 大赦は聞くだけ聞いて、竜児を一室に放置して去っていく。

 竜児は思考する。

 何をすれば、どこの未来がどう変わるのか、思考実験を重ねていく。

 

 彼の中には恐怖があった。

 何かを変えてしまったせいで、誰かと誰かが出会えなくなってしまうのでは?

 何かに干渉してしまったせいで、死ななくても良かった人が死んでしまうのでは?

 何かしてしまえば、未来で怪獣に負ける可能性もあるのでは?

 

「大丈夫……大丈夫だ。

 前世代の勇者が、今世代の勇者と共闘してるのは必然だ。

 だってそうしないと、世界が滅びるんだから。

 満開で何かを失ってない東郷さんなら、勇者部にもちゃんと合流してくれるはず……」

 

 だからひたすら考える。

 たとえば、自分が代わりに戦うことで、東郷の満開回数を減らし、彼女が足の機能を失う未来だけを変えつつ、それ以外の未来は大体同じにする方法、などを。

 

「後は……未来の僕がほどよく未来を修正してくれる可能性に賭けよう!」

 

『なんで君は未来を正確に想像できる頭があるのに! そう時々思考を投げ捨てるんだ!』

 

「過去は変えられない! それがルールだ! ……でも僕は今、ルールの外側に居る!」

 

 東郷の満開回数を抑え、友達を救えるかもしれない。

 先代勇者とバーテックスの戦いに巻き込まれ、二度と目覚めない眠りについたという、犬吠埼姉妹の親を助けられるかもしれない。

 恩人である乃木園子が、沢山満開しないで済む結末を、作れるかもしれない。

 "歴史の変更は許されない"などという言葉では、竜児は止まらないのだ。

 

「メビウス。取り返しのつかないものを、取り返したいんだ」

 

『……』

 

「僕は仮に君が反対したとしても、やるよ」

 

 せめて、東郷の満開回数を一回は減らしたい。

 そうすれば、作戦名:レストア・メモリーズで東郷に全てを戻すこともできるかもしれない。

 竜児は今、この状況に危機感と希望の両方を抱いていた。

 

「ごめんねメビウス、個人的な私情で動いちゃって」

 

『もう慣れたよ。

 歴史を変えかねない怪獣を倒さないといけないのに変わりはないしね。

 それに……彼女を助けたいという気持ちを、否定したくない。

 ただし、僕が止めたら、ちゃんと止まると約束してほしい。

 時間改変はデリケートなんだ。客観的な視点が絶対に必要になる』

 

「分かった。約束する」

 

『本当に?』

 

「……」

 

『本当に?』

 

「……人命かかってる時は例外にしちゃダメ?」

 

『……分かった、例外を認める』

 

「そう言ってくれるメビウス兄さんが大好きだよ」

 

『こういう時にここぞとばかりに兄呼びしてくるんだから、君は本当にもう』

 

 まあ、メビウスはこう言っているが。

 メビウスの兄・ウルトラマンAに、こんな話がある。

 

 現在ウルトラマンAと同化している北斗星司は、過去に置き去りにされた仲間を助けようとした時に、「過去の世界で小枝一本折れば今の世界が無くなってしまうかもしれない」とタイムマシンの博士に言われた。

 北斗は「小枝一本折らないと誓います!」と言い切った。

 過去の世界に行った北斗は仲間を助けるために山賊をぶちのめし、過去で怪獣と戦ったウルトラマンAは特に意味もなく大木を引っこ抜き、それで怪獣を叩きのめしたという。

 謹慎しろ。

 

「……ん、足音」

 

『また誰か来たみたいだね』

 

 大赦の人間にはそれなりに竜児の知り合いがいる。

 とはいえ、顔を隠さないで会ったことのある知り合いとなると、グッと数が減ってしまう。

 皆が顔と正体を隠しているのがこの場所だ。

 顔を隠した状態でも竜児が見分けられる人物となれば、片手で数えられるほどしかいない。

 

 今来た大赦の仮面の女は、その数少ない竜児が仮面の上からでも見分けられる人物だった。

 

「あ、安芸先輩」

 

「安芸先輩? ……どういうこと?」

 

「ああ、すみません。未来であなたは僕の先輩でして」

 

「……そう」

 

 安芸はそう言って、仮面を外す。

 仮面を外す前の表情はいまいち分からなかったが、仮面を外した後の安芸の顔は、竜児にも見慣れたものだった。

 安芸は淡々と大赦の返答を返す。

 

 大赦はそれなりに協力してくれるということ。

 大赦は巨人と勇者の共闘関係を求めているということ。

 ある程度の情報操作は行うこと。

 そして、大赦はあまりにも個人的な時間改変であれば認めず、それが行われていると判断された瞬間、大赦と勇者は巨人との協力関係を打ち消す、ということ。

 他にも細々としたものはあったが、大別すればこんな感じだ。

 

 そして、事務的な話が終わると、この時代の勇者達の話も始まった。

 

「あなたが未来からの来訪者で、未来を変えようとしていること、全て勇者には黙っているわ」

 

「え?」

 

「鷲尾須美と乃木園子。二人の未来での姿を知っているなら、理由は分かるでしょう」

 

「……はい」

 

 勇者の未来に待つものは、凄惨だ。

 竜児の端末からそれも読み取られたらしい。

 ゆえにこそ、未来の話は厳禁だ。

 嘘をついて矛盾でバレる可能性があるくらいなら、最初からそういう設定は語らない方がいいだろう。

 竜児の苦悩のように、未来を変えてしまうかもしれない行動を控えてしまうかもしれない。

 逆に、その未来を回避するために無茶苦茶なことをしてしまうかもしれない。

 未来の話は、極秘事項となった。

 

 大赦が銀の"変な解釈"を利用する形で、適当なカバーストーリーを勇者達に告げておいたので、竜児は変なことを言わないだけでいいらしい。

 ……大赦の指示は、どうにもおっかなびっくりだ。

 この指示からは、竜児と勇者には極力接触してほしくないという意図が窺える。

 が、巨人に何か強く要求したくないという姿勢も窺える。

 

 できれば未来を極力変えないでほしい、だけど巨人に変な暴走をしてほしくない、だから未来の多少の変更は認める……そんな風だ。

 

 竜児はそこで、少し思案してしまう。

 大赦にとって、西暦以来初めてのウルトラマンとは、『今の自分』なのか、『二年後の未来の自分』なのか、と。

 

 竜児が過去に来て、過去はもう大きく変わり始めているのか?

 それとも、竜児が過去に行ったという事実を大赦が隠し、二年後の竜児がメビウスと融合した直後にしれっと受け入れたのか?

 どちらもありそうだ。

 竜児の頭の中が、こんがらがっていく。

 

 大赦が信じられるか信じられないかは分からない。

 だが竜児は、安芸ならば信じられると考えていた。

 

「私は……勇者の未来がいいものであってほしいと思ってる。

 だけど、勇者の未来がいいものであると信じているわけではないの。

 何も楽観はしていないし、未来の話を聞くことは、絶望に繋がると思ってる」

 

 これは大赦の言葉ではなく、安芸の言葉だ。

 

「あなたがそれを変えようとしているのなら、私は協力するわ」

 

「……! ありがとうございます!」

 

 竜児は頭を下げて、ふと思いついた。

 未来の安芸先輩が言い淀んだことも、過去の安芸先輩なら教えてくれるのでは、と。

 

「あ、そうだ、先輩。

 二年後の先輩に二年前のことを聞いたことがあるんです。

 『本当に取り返しのつかないことになった』と言ってたんですけど、心当たりないですか?」

 

 安芸の眉がピクリと動く。

 

「ごめんなさい。ちょっとわからないわ。私にとっても未来のことでしょうから」

 

「そうですか……」

 

「ただ、未来の私が"そういう人間"なら、未来の私の気持ちは分かる。

 私なら……あなたを見れば、『正しく育成できなかった場合』を考えてしまうもの」

 

「え?」

 

「未来の大赦もそうだったのかもしれない。

 熊谷竜児の育成を未来で失敗すれば、過去は崩壊するのか?

 あなたがいた過去から、あなたのいた未来に繋がるのか?

 それともあなたがいない過去だからこそ、あなたの未来に繋がるのか?」

 

 未来の大赦の対応を、安芸はどうとでも解釈できる。

 過去に竜児が来なかった大赦が、初見のウルトラマンの援護をしたようにも見える。

 過去に竜児を知った大赦が、メビウスと融合した竜児を変な形で成長させないようにし、過去の自分達を助けさせようとしたようにも見える。

 

 この時代の大赦も、安芸と同じことを考えているのだろう。

 この時代と、二年後の未来、両方の綱渡りを最善に渡りきるには、どうすればいいのか?

 

「あるいは……私達の過去に未来のあなたが来た、その上で……」

 

 更には、安芸は"自分自身の発言"であるため、未来の自分が竜児にそういう言い方をするパターンで、何が起こったのか簡単になら想像できる。

 

 何があったら、未来の自分が未来の竜児にそう言うだろうかを考える。

 単なる悲劇なら、竜児に全部明かしていただろう、と安芸は考える。

 ならば。

 

 竜児に言い淀むのは、『タイムスリップした竜児が過去で死んだから』なのでは、と考える。

 

 おそらくそうだろう、と安芸は予想した。

 この予想は大きくは外れないだろう。

 過去の安芸は、未来の安芸が竜児に言い淀んだことを、竜児に対する絶対的罪悪感であると理解した。

 

 竜児は自分が死ぬことを考えていない。

 この過去で自分が死ぬことなんて想像してすらいない。

 安芸は人知れず、歯噛みした。

 

 安芸は、自分のことは自分が最も理解しているという当たり前の理屈から、この神世紀298年の物語の結末に待つ悲劇を『二つ』理解した。

 予測ではない。

 安芸は結末も予測しているが、悲劇に関しては起こるだろうと確信している。

 ゆえに、"理解"であった。

 

 彼女が理解した二つの悲劇は、きっとこの瞬間、既に決定されていたものだった。

 

「……? 安芸先輩?」

 

 時間が止まる。

 世界が止まる。

 

「―――樹海化」

 

 世界が変わっていく。

 神世紀300年のものとは違う、天を衝く高さの天井を持つ回廊と、回廊の底に敷き詰められた樹海によって構成される樹海。

 瀬戸大橋をなぞるような、橋が回廊に変わるような、広い一本道の樹海。

 戦いの場は決まっている。

 この時代の樹海化は、特定の場所を戦場とし、そこに戦士が誘われる形。

 

 竜児は"この時代の怪獣型バーテックス"と、それと戦う三人の勇者の背中を見た。

 鷲尾須美。

 乃木園子。

 三ノ輪銀。

 まだ小学生でしかない少女達が怪獣と戦っている。

 中学生の少女達が戦う姿もどこか非道さを感じるものだったが、これはその数割増しに胸を打つ何かがあった。

 

 少女達を襲う、大きな虫の怪獣。

 

「え……怪獣型、バーテックス?」

 

『リュウジ!』

 

「……! と、そうだった。考えてる場合じゃない!」

 

 三人の内一人、鷲尾須美が逃げ遅れ、怪獣の口がそれを噛み砕かんとする。

 

「『 メビウーーース!! 』」

 

 それを見過ごすことなどできない竜児が、光になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時代の三人の勇者は、その瞬間に、光を見た。

 鷲尾須美は、自分の目の前まで迫る敵の牙と、それを蹴り飛ばす光を。

 三ノ輪銀は、友を救うべく走る中、友を救ってくれた流星のような光を。

 乃木園子は、武器を投げて冷静に友を救おうとするさなか、人を想う優しい光を。

 それぞれが、光を見た。

 

「―――『光』―――?」

 

 いつものんびりとした口調の園子が、澄んだ声でその光を形容する。

 

「―――綺麗」

 

 心奪われる美しさの光、光の巨人。

 

 光の巨人に蹴り飛ばされた怪獣は転がり、巨人は少女達を守るように立つ。

 

『大丈夫?』

 

「わー、でっかい人だぜ~」

 

「この声……このテレパシーの声、鉄男を連れて来てくれたあの人の……マジだったのか」

 

「……あ」

 

 だが、怪獣は執拗に須美を狙っていた。

 ゴキブリのようなテカテカした体、毛の生えた蜘蛛を思わせる各部。

 羽もまさしくゴキブリで、触覚は気持ち悪く蠢き、口からは気持ちの悪い唾液がドロリと垂れている。

 目は光り輝いているものの、蜘蛛とゴキブリの気持ち悪さを併せ持っていた。

 怪獣に睨まれると、「ひっ」と須美の体が硬直する。

 

 現鷲尾須美、将来東郷美森であるその人は、虫が苦手であった。

 この怪獣は……ちょっと、ちょっとデザイン段階から、虫が苦手な人を殺すコンセプトが込められすぎている。

 硬直した須美に噛み付こうと、怪獣が動いたその瞬間、巨人は須美を抱えて飛翔していた。

 

「須美ー! そのでっかい人、多分アタシ達の味方ー!」

 

「ぎ、銀、わけがわからないわ!」

 

 銀の声を受けながらも、須美は状況を理解できない。

 慌てる須美だが、徐々に落ち着いていく。

 竜児がとても気を遣って、優しく、かつ安定感を感じられるよう、包み込むようにして手の中に須美を抱えていたからだ。

 

(……すごく気遣って抱えられてるのは、なんだか分かる)

 

 須美も落ち着いてくると、空高くからの景色を見る余裕が出て来る。

 戦いの最中だということは分かっている。

 大事なお役目の最中だということは分かっている。

 それでも、空高くから見下ろす色とりどりの樹海の姿は、一瞬息を飲むほど美しかった。

 

「う、わぁ……!」

 

 ウルトラマンメビウスが、怪獣の吐く糸を空中で踊るように飛行し、かわしていく。

 手の中の須美に、余計な負担をかけないように。

 その空中戦の機動が、須美にはとても楽しいものに感じられた。

 

(なんでだろう。私、ワクワクしてる)

 

 空高く飛ぶ。

 風よりも速く、流星のように空を舞う。

 どんな対価を払おうとも、須美の勇者の力では再現できないほどに、速く空を飛ぶ。

 避けて、飛び、地上スレスレを飛び抜けて、空の天井近くまで飛び上がる、その繰り返し。

 

 少女の胸は高鳴る。

 もっともっと高くと(TAKE ME HIGHER)、ウルトラマンに贅沢なお願いをしてしまいそうなくらいの興奮と、抑えきれない胸の熱。

 少女の体を固定してくれるウルトラマンの優しい手と、空を高速で舞う豪快さが、須美の胸中に初めての感覚をかき立てていた。

 

(こんなにも高い空を。

 巨人に抱えられて、空気を切り裂いて飛ぶ。

 私が、光になったかのよう……まるで、赤と銀色の流星みたいに)

 

 夜空を切り裂く、巨人と勇者の光の流星。

 

(今は、自分が人間であることも、鷲尾須美であることも、忘れてしまいそう)

 

 怪獣は苛立ち、背中の黒い羽を広げる。

 ゴキブリの飛ぶところを見たことがある人はいるだろうか?

 その羽が羽ばたくところを見たことがある人はいるだろうか?

 この怪獣の羽は、大体それである。

 

 銀が嫌な顔をした。園子が嫌な顔をした。

 竜児はしつこく須美を狙って来る怪獣の顔面に、急降下からの飛び蹴りを叩き込む。

 ピギャア、と変な鳴き声を出しながら、怪獣は地面に墜落する。

 竜児もまた、須美を地面に落とす。

 

 立ち上がった怪獣の顔から、潰した蜘蛛の体液と潰したゴキブリの体液が混ざったような物が、漏れていた。

 

「い……いやあああああっ!」

 

 虫嫌いの須美を徹底的に狙い撃ちしている。

 恐るべし、バーテックス。

 

『あの怪獣はゴキグモン。ゴキブリと毒蜘蛛が合体したようだ、と言われた外見の怪獣』

 

「嫌ぁ!」

 

「あ、巨人さんとお話できるんだ~? わっしー、お話できるよお話」

 

「なんであの虫を見て平然としてられるの……?」

 

 メビウスの怪獣講座で怪獣の知識を溜め込んだ竜児であれば、あの怪獣がどんな怪獣であるかも分かる。

 見たところフュージョンライズもしていない。

 単体怪獣なら、その力の見極めも、その対処も容易だ。

 

「お礼言えてなかったから改めて。

 鉄男の件はありがとう!

 ウルトラマンだっけ? あのバーテックスについて詳しいのか?」

 

『聞いた話の内容しか知らないけどね。

 ゴキグモンは吐く糸で繭を作るけど、糸は可燃性が強いから気を付けて。

 ……あ、あと、人間を食べるんだ。

 聞いた話だと女性や女の子を狙う習性を持つ疑いがあるとか。

 繭で女の子を動けなくして、幼虫の卵を沢山産んで、幼虫は人間を食べて……』

 

「嫌あああああああっ!!」

 

 虫嫌いの鷲尾須美特攻。

 

「人間の、女性狙うゴキブリと毒蜘蛛って……嫌ぁ……! 嫌がらせなの!?」

 

 つまりさっき須美を狙ったのは、自分が食べるか、幼虫の餌にするかしようとしたということなのだろう。

 ……こういう表現はちょっと下品だが。

 鷲尾須美は、乃木園子や三ノ輪銀と比べても"肉が多い"。

 主に胸と尻に。

 おそらく、怪獣に食いごたえがあると思われたのだ。

 

(……学習するバーテックス、か)

 

 竜児はこの時代の勇者の戦いを詳しく知らない。

 知っているのは戦いの後の東郷の姿のみ。

 だが、この時代の戦いは、竜児の想像の数倍は酷い戦場であった。

 

『下がってて、鷲尾さん』

 

「え……」

 

『大丈夫。君達は、僕が守る』

 

 巨人の右拳が怪獣の顔に突き刺さる。

 よろけた怪獣に、追撃の左ストレートが顔面を抉る。

 痛みに耐えられず爪を振るって暴れる怪獣に、巨人は一歩も後退することなく、その場で上半身を振って爪を回避する。

 更にワン、ツー、と拳が顔面を打つ。

 痛みに悶える怪獣の顔面を、巨人の回し蹴りが強打した。

 

 怪獣の噛みつき。

 巨人はバック転でそれをかわし、その場で前方宙返り。

 前方宙返りの勢いをそのまま乗せた踵落としを、怪獣の頭に叩き込んだ。

 

「強っよ!」

 

「おお、これは頼もしいぜ~」

 

 数ヶ月訓練しただけの、ただの小学生だった勇者達にも分かる。

 力の差は、決定的だった。

 

「……フュージョンライズ怪獣相手の戦いに、慣れすぎたかな」

 

『いいことだ。君は本当に、強くなったよ』

 

「そういうのはさ、戦いの日々が終わってから言うもんだよ、メビウス!」

 

 ダン、とウルトラマンは跳び、怪獣の背後に回る。

 そしてゴキブリの腹と毒蜘蛛の腹が融合したような尻尾を掴み、ジャイアントスイング。

 回して、回して、ぶん回して、ぶん投げた。

 吹っ飛んでいく怪獣にマッハ10で追いつき、追い越し、反対側から飛行能力を使った強力なドロップキックを叩き込む。

 

 怪獣が痛みの鳴き声を上げながら、地に落ちた。

 立ち上がる怪獣。粘着質の糸を吐こうとする怪獣。

 しかし口を開いた瞬間に、口の中にメビュームスラッシュが叩き込まれる。

 怪獣の口内から煙が上がり、動きを先読みして振るわれた巨人の手刀が、拳に戻された。

 

『こんな時じゃないと実感できないけど……リュウジ。君は本当に強くなった』

 

 やがて、樹海の中に桜の花びらが降り始める。

 

「鎮花の儀だ……あれ?」

 

 この時代の勇者の勝利条件は、敵バーテックスと戦い、その侵攻を押し留め、結界外まで押し返すか、神樹様の鎮花の儀を待つというもの。

 この時代のバーテックスは倒せない。

 勇者システムに、その機能が備わっていない。

 封印の儀が行えないために、御霊を備えた怪物が倒せないのだ。

 鎮花の儀は、敵を倒すためではなく、敵を押し返すためのものである。

 

 だが、今。

 鎮花の儀は、"ウルトラマンの必殺技を強化する"という、異端の方向性を獲得していた。

 

 

 

「『 ウルティメイトメビュームシュートッ!! 』」

 

 

 

 神樹が降り注がせた無数の桜花が、メビウスの光に混ざる。

 それが怪獣を直撃し……御霊の露出なしに、そのバーテックスの命を、粉砕した。

 吹き上がる爆煙。

 燃え上がる爆炎。

 コスモミラクル光線を撃つ経験をしておいてよかった、と竜児は思う。

 でなければ、今の光線の威力は、制御できていなかっただろうから。

 

「た……倒しちゃった……」

 

 カラータイマーは点滅してもいない。

 戦闘時間1分30秒。

 頭部を狙っての連続攻撃から、二つのブレスレットを同時に起動しての必殺光線。

 メビウスという理想的な先人がいて、多くの苦闘を経たことで、竜児は強化形態無しでも理想的な戦いの組み立てができるウルトラマンとなっていた。

 

「あなたは、誰?」

 

「僕は熊谷竜児。……ええっと、味方です」

 

 竜児は変身を解除する。

 味方です、と言ったが、竜児のそのセリフに少女らがどういう反応をしたのか、変身解除の光のせいで見逃してしまった。

 

「助けてくれた理由を……聞いてもいいですか?」

 

「ええと、色々あるんだけど、なんて言えばいいんだろう」

 

「言えない理由があるんですか?」

 

「だって、僕がここにいる一番の理由があるとしたら、君を幸せにすることだけだから」

 

「―――え」

 

 かあっ、と須美が顔を赤くする。

 竜児は沢山の理由を上手い感じに隠して言えなかった。

 須美は理由を隠す事情があるのではと邪推した。

 結果、口が滑った。

 そんな話。

 

 銀がからかいに動き、園子が消え始めた樹海の端をボーっと見つめる。

 

「須美は口説くのには向かないと思うけどなあ。堅物だから」

 

「僕そういうのじゃないからな」

 

「照れんなって、ウルトラマンさん!」

 

 そうして、彼らは出会った。

 そうして、彼らは互いを知った。

 そうして、絶望の戦いの序章は始まった。

 

 一つだけ、運命を語ろう。

 

 この物語は、取り返しのつかない喪失と、悲しみの涙と、悔いる想いと、未来を誓う新しい約束にて終わる。

 

 

 




 銀の弟くんが日曜朝のヒーローや三分間だけ巨大化するヒーローが大好きとかいう公式の設定
 でもゆゆゆは著作権とか侵害なんてしてないからゆゆゆ世界にウルトラマンって番組はないよ
 ホントだよ

●融合時空人牛 ダイダラクロノーム

【原典とか混じえた解説】
・タイム超獣 ダイダラホーシ
 民間伝承の巨人ダイダラボッチと、キノコの胞子を模した姿の超獣。
 現在で大暴れしたと思えば過去に逃げ、現在に戻ってまた大暴れし、また攻撃されたと思えば過去に逃げ、現在のどこかで大暴れと好き放題に時間を飛び回る能力を持つ。
 自分が過去に飛ぶのみならず、自分と一緒に敵もうっかり過去に連れて行ってしまうことも、そのせいでピンチになってしまうこともあるうっかりさん。
 時間跳躍による過去改変と、現在の改変を可能とするが、頭が足りていないので余りしない。

・時間怪獣 クロノーム
 生物の記憶を探り、その記憶を利用して過去に跳躍する宇宙怪獣。
 仕留め損ねた敵がいれば後を追い、自分を倒せそうな者がいれば過去に跳び、邪魔者がまだ未熟な過去でそれを抹殺する。
 作中にはクロノームの時間干渉のせいで時間も記憶もぐちゃぐちゃにされ、一人の生存者を除いて全滅してしまったという星が登場する。
 時空操作に加え、波動攻撃や瞬間移動の能力も持つ。

・人牛
 人牛と書いて、件(くだん)。
 予言と引き換えに死に、大凶事を予言する妖怪。

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