時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第十殺二章:過去の未来

 戦いの後、正式に安芸が勇者達に説明を始めた。

 安芸は勇者達に"安芸先生"と呼ばれ、慕われている。

 バーテックス絡みでは大人の視点から訓練・反省会・作戦指導などを行う、この時代の勇者チームの頭脳でもある。

 

「というわけで、熊谷竜児です。今後ともよろしく」

 

『ウルトラマンメビウス。僕が、リュウジに融合しているウルトラマンだよ』

 

 竜児が改めて自己紹介すると、女子三人と女性四人のひそひそ話が始まった。

 

(なんか始まったよメビウス)

 

『大赦のカバーストーリー、ってやつを説明してるんじゃないかな』

 

 須美が途中でひそひそ話を抜けて、竜児に話しかけてきた。

 

「この中で何人知ってる人居ますか?」

 

「え……三ノ輪さん以外?」

 

「ええー、アタシだけ例外?」

 

 安芸は先輩。

 須美は友達。なお今は友達ではない。

 園子は恩人。なお今は恩人ではない。

 三ノ輪銀は面識のない他人になる。

 

『今の正直に答えない方が良かったんじゃないかな』

 

(あ、そうか。とうご……鷲尾さんに聞かれたからつい反射的に)

 

 竜児は嘘が得意なのか?

 その判断は、竜児の過去の人生を見ればまあ大体分かる。

 過去と未来の行く末を一々考えつつ、立ち回りと偽装を色々考えないといけないのは、この先ちょっと苦労しそうだ。

 この時代の勇者のシステムには、まだ精霊も満開も無い。

 それが導入されたタイミングで満開のデメリットを教え、勇者の満開を抑制し、使わせない。

 竜児が現在考えている作戦は、そんなところだ。

 

 と、なると、竜児がこの先で何と戦い勝っていけるかどうかが問題となる。

 鷲尾須美の満開回数は2回。乃木園子の満開回数は33回。……桁違いだ。

 参考までに、リバースメビウスの一連の戦いでの勇者全員を合計した満開回数は、8回。

 この時代の戦いは単純計算で、あの兄との戦いの4~5倍は激しいということになる。

 

 満開の回数だけで戦いの激しさは語れない。

 ウルトラマンが勇者に与している以上、満開の回数がその通りになるかも分からない。

 だが、二人の満開回数が、竜児がこれから戦わねばならないものの恐ろしさを、雄弁に語っていた。

 せめて、メビウスブレイブさえあれば、と思わずにはいられない。

 

(兄さんが入れ知恵してない時期の怪獣……フュージョンライズ無しか)

 

『今の君は十分に強い。まともな相手なら一対一では引けを取らないはずだ』

 

(満開は抜きにしても……いざという時は、四対一で確勝に持って行きたいところ)

 

 竜児はひそひそ話をしている女性陣の中の、須美と銀を見る。

 東郷と夏凜がひそひそ話をしていた時の姿を、ふと思い出した。

 

(不思議と、いつもの勇者の仲間が二人は居る気がして、微妙に心強いや)

 

『あのギンちゃんという子は、力の質が同じなだけでカリンちゃんとは違う気がするけど』

 

(だってほら、三ノ輪さんの勇者の意匠の花は牡丹(ぼたん)に見えたから)

 

『牡丹?』

 

(そう、花の牡丹。銀で牡丹で、銀牡丹。

 『銀牡丹』は昔牡丹の属だと言われてたサボテンの一種。

 『情熱』もサボテンの数ある花言葉の一つだ。

 ただの憶測だけど、三ノ輪銀に牡丹というと僕はそういうイメージを持つかな)

 

『情熱……』

 

(そう)

 

 血を連想させない、鮮やかな赤の花の勇者。その赤は、情熱の色。

 

(情熱の、赤色の勇者だ)

 

 事前の面識が唯一無いはずの少女に、竜児はそれなりの信用を置いていた。

 夏凜補正、とも言う。

 竜児の脳内でイメージの夏凜が「は? あんた赤かったら誰でもいいの?」と言っていた。

 なんやかんやひそひそ話が終わり、園子が近寄ってくる。

 

「相談の結果、あなたの呼び名は『リュウさん』で統一することが決まったよー」

 

「なんでだよ! 何の相談してたんだよ!」

 

「私はドラクマさんの方がいいなぁって言ったんだよ」

 

「……リュウさんでいいです」

 

 安芸の提案が通り、微妙にウケて、リュウさんの呼称が定着した。

 

 なんでウケたのかは竜児も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、竜児は大赦で雑務を始めた。

 デスクワーク中心の雑務である。

 正式な構成員でもなく、働いた量に応じた薄給も出るので、実質バイトのようなものだ。

 余計な時間改変を行わないため、外界への影響と干渉は常にメモを取り、用がない時はあまり外に出ていかないようにする。

 ……焼け石に水だなんてことは、竜児にもよく分かっている。

 この世界で生き、戦っているだけで、彼は未来の形に多大な影響を及ぼしていることだろう。

 それでも、竜児は念のため程度の気持ちで、それをこなしていた。

 

 そんな竜児が朝走っていると、たまたま会った銀に、一つ頼まれごとをされてしまった。

 

「特訓?」

 

「そうそう、リュウさん強いだろ?

 だから一緒に特訓して、色々教わったら、いい刺激になるかなって」

 

「僕は変身前はそんな強くないんだけどなぁ」

 

「そりゃアタシらも同じだよ。やっぱダメ?」

 

「いや、いいよ」

 

「おお……受けてもらえるとは思わなかった」

 

 竜児が苦笑する。メビウスも竜児の内側で楽しそうに笑っていた。

 

「僕は兄弟に優しい人は良い人だって持論持ってるから。

 良い人が世界のために特訓するって話なんだ。断れないよ」

 

「へー。なんかいいなそれ。あたしも使おうかな」

 

「弟に優しい人はいい人だよ」

 

 銀の頼みなら、竜児はそこそこのラインまで断れないだろう。

 それは、竜児と銀の間に個人的で強い繋がりがあるからではない。

 『弟を大切にする勇者』というやつは、竜児の個人的な好意基準にどストライクなのだ。

 そりゃもう、グーンと好感度が上がっていくくらいに。

 

「じゃ、週末の土曜に頼むよ、リュウさん!

 その日に勇者がいつもやってる訓練があるからさ!」

 

「了解。車に気をつけて帰りなよ」

 

 そんなこんなで、週末が来る。

 動きやすい服装で集まった竜児・勇者・安芸の五人は、対バーテックスの想いで一丸となっていた。表面上は。

 

「いいんですか、安芸先輩。僕に全部任せてしまって」

 

「今日の指導教官はあなたよ。あなたの好きにしていいわ」

 

「……分かりました。じゃあ厳しめにいきます」

 

 竜児は少女三人を連れ、グラウンドに出た。

 

「じゃあとりあえず、倒れるまで走ろうか」

 

「えっ」

 

「倒れたら僕が何度か起こしに行くから、起こされたらまた走ってね」

 

「えっ」

 

「今回、体力を付けることは目的ではありません。

 根性を鍛えることが目的です。

 あ、僕は体が壊れるギリギリのラインを見極める知識はあるので、安心してください」

 

「えっ」

 

 竜児の特訓は、恐ろしいほどに『昭和』だった。

 それも、『平成』や『神世紀』の最先端人体知識に裏付けされた、昭和のノリの特訓である。

 地獄が始まった。

 

「ぜえ……ぜえっ……ぜっ……ぜぇっ……!」

 

 竜児の特訓は、根性を鍛えるものである。

 ゆえに平等だった。

 銀が運動を得意としているとか、銀と比べれば園子と須美の運動能力は低いだとか、そういった前提は一切関係ない。

 何故ならば、それならそれで銀の走る量を増やし、全員平等に倒れるまで走らせた後、倒れた後に同じ量を走らせるからだ。

 

(指導してる人が一番長い距離走ってて、死にそうな顔してるから何も言えない……!)

 

「ほら、皆苦しいから、皆で頑張ろう!」

 

 しかも竜児は、指導教官のくせに三人と一緒に走るという面白いことをしていた。

 合言葉は"皆で頑張ろう"である。

 三人の誰よりも多く走り、三人の前で倒れるまで走り、倒れてからも立ち上がり走るという特訓の体現者たる少年に、三人は言う言葉を持たなかった。

 

 竜児は中学生男子で、メビウスと融合したのが六月第四週、飛ばされたのが十一月。

 勇者は小学生女子で、鍛錬期間で言えば大差がない。

 体力や身体能力の差は、単純な性差と年齢差、そしてメビウスとの融合による竜児の身体能力ブーストによるものが大きかった。

 

 竜児は夏凜や友奈と喧嘩をすればまず間違いなく負けるが、メビウスとの融合以来鍛錬だけはこなしてきたため、体力の総量だけはある。

 メイン教官が夏凜であっためか、本当に体力だけはある。

 その体力を使い切るまで走った。

 竜児がそんなにも走るものだから、須美も、園子も、銀も、手抜きなんてできやしない。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ、はぁっ、ハァッ……!」

 

 勇者より多い体力を使い切るまで走り、倒れるまで走った後は勇者に根性を見せて再度走る。

 むしろ竜児は、倒れるほど追い詰められてからの方が凄かった。

 体力を使い切ってからの粘りの走りが、勇者達を引っ張っていく。

 

 誰よりも先に"もう動けない"と思ったのは、須美だった。

 

「ううぅ……」

 

 倒れたまま動かない須美。

 真っ先に動けなくなった情けなさ、加え疲弊と消耗で、須美の瞳に涙が浮かんだ。

 その体を竜児が助け起こし、叱咤する。

 

「その顔は何だ! その目は何だ!? その涙は何だ!

 君の涙で、バーテックスが倒せるか!? この世界を救えるのか!?」

 

「―――っ」

 

「限界を超えた時、初めて見えるものがある。

 掴み取れる……力が。

 君の限界はここじゃない。鷲尾須美の限界が、こんなに低いわけがない!」

 

 竜児もまた、限界に到達していた。

 倒れるまで走った上で、根性で走り続けながらも、須美を助け起こしに来たのだ。

 竜児は信じている。須美を……いや、正確には東郷を。

 須美の限界がまだ先だと信じている竜児の目に見据えられ、須美は自分の足で立ち上がった。

 

「んぐぐぐっ……!」

 

 そして、また走り始める。

 徐々に真っ当に動かなくなってきた須美の頭に、竜児が言った台詞が蘇った。

 

―――だって、僕がここにいる一番の理由があるとしたら、君を幸せにすることだけだから

 

 言われた時は、告白のようにも思えた言葉。

 今ではこの言葉も、罠に仕掛けられたチーズのようにしか思えない。

 

「甘い言葉で心乱し、心惹き、油断させたところで痛めつける騙し討ちとは……!」

 

 汗にまみれ、息を切らし、意識が吹っ飛びそうな極限で、それでも怒りの感情を抱いて走り続ける須美は、間違いなく根性が鍛えられていた。

 

「私は絶対これを忘れない……絶対何かの形で仕返ししてやるぅ……!」

 

 絶対に忘れない、と誓われた記憶があった。

 極限まで追い詰められた須美の脳が絞り出したギャグのような決意。

 そんな誓いの決意があるなんて想像もしていない竜児が、同じく極限状態で走り続けながらも、勇者達の状態に目を光らせていた。

 

「勇者はぁ……根性っ……だぞっ……須美、園子っ……!」

 

「ぜぇ、ぜぇ、ひーん、辛いよぉ」

 

(精神的に一番弱いのは、鷲尾さんか。

 闘争心、根性、気合いが強いのが三ノ輪さん。

 ふわふわしてるように見せて、本質的に心が一番強いのが乃木さん。

 極限状態では性格の本質が出る。

 脆さや暴走しやすさは鷲尾さんが一番目につきやすい。けど、三人とも十分に心は強い)

 

 竜児はこの極限状態を、短時間で勇者の本質を見抜くために使っていた。

 追い込まれてからの強さでは、やはり銀と園子が強い。

 とはいえ、小学生女子であることを考えれば全員十分すぎるほどに心が強い。

 須美に重すぎるものを背負わせないよう気を付ければ、それだけでこれ以上無いほどに頼りがいのある戦士達であった。

 

(特に乃木さん。今でも底が見えてこない。

 恐らく窮地で一番頼りになるのがこの人だ。

 器の深さが、窮地で発揮される力の総量に直結してる。

 困難で心が折れるタイプでもない。例えるなら柳の心だ。

 ふわふわと、ゆらゆらとしていて、暴風に当てられても幹が折れることはない)

 

 この三人の中からリーダーを選ぶとしたら、竜児は迷いなく園子を選ぶだろう。

 この精神性は、得難い資質だ。

 

(―――なんて考えてるんでしょうね、竜児君は)

 

 そんな竜児の思考を、横合いから覗いている安芸が、正確に予測していた。

 

 

 

 

 

 竜児はそこそこ限界が見えてきたところで、少女らが限界の向こう側をチラっと見たくらいの塩梅で、無限距離マラソンの終了を宣言した。

 走る途中でズレたメガネを押し上げる。

 竜児が大量に流した汗は、メガネにも結構ついていた。

 

「ひ……酷い目にあった……」

 

「はー、お風呂に入りたいよー……」

 

「アタシも誘った時はここまでのもんになるとは思ってなかった……」

 

 スポドリをちびちび舐めながら、勇者達は死体のように道場に転がる。

 三人が再び立てるレベルにまで回復するまで、たっぷり一時間はかかった。

 竜児はその間にシャワーを浴び、着替え、安芸と作戦の話をしながら皆の昼飯を作る。

 美味しそうなうどんの匂いにつられ、腹をすかせた小学生達がゾンビのように続々と立ち上がって来た。

 

「はい、『酒粕坦々うどん』です」

 

 西暦の時代、ラーメン専門店である"どうとんぼり神座"が生み出した珠玉のうどん。

 スープ自体は、美味いラーメン屋でよく見るラーメンタイプのスープで作った担々麺のそれだ。

 されど酒粕のおかげで、担々麺特有の辛さはあまり感じない。

 刺激だけを求める辛さは、口の中に入れた瞬間に吐き出してしまいそうになるものだが、このうどんは口に入れてもまろやかさと旨味だけを感じ、徐々に辛さを感じるタイプのものだった。

 

 じんわりとした甘みが辛さを抑えつつ、強い旨味が麺に絡む。

 ツルツルシコシコの麺に、辛味と酸味の嫌な部分が目立たたない担々麺風味のスープが、とても良く絡んでいく。

 讃岐の民に合わせて腰の強い麺をチョイスした竜児の調整が光り、うどんの上に浮かべられた濃厚な味わいのひき肉、風味の青ネギ、シャキシャキとした白ネギがアクセントになってとてもよい。

 

 小学生の舌は辛味や苦味などに敏感なので、竜児は安芸と自分の分は辛味に旨さを感じられる調整にし、勇者の丼は辛さを控え目にして仕立てていた。

 酒粕にアルコールの風味を感じないよう、下処理も十分にされている。

 

 特訓後のヘロヘロな体で手の込んだうどんを仕上げてきた竜児を見て、須美は逆襲のチャンスを得たと考える。

 

(不味いと言ってやるわ……純情を裏切られた私の恨み、思い知るがいい!)

 

 "不味いと言う気"はあっても、"せっかく作ってくれたんだから全部食べないと"という意識があるせいで、食べないという選択肢が無いのが、須美の悲しい良心であった。

 だが、もっと悲しいのは。

 他人が作ってくれた美味い料理を、不味いだなんて言えない須美の悲しき良心である。

 

「くうっ……舌を裏切れない……!」

 

「美味しいね~、わっしー」

 

「美味しいわよ!」

 

「怒りながら美味しいって叫ぶとか、わっしーは変な人だねえ」

 

 まろやかな辛味が引き立てる旨味が、須美の中の怨念を粉砕してしまっていた。

 

 竜児は黙々と皿洗いを始める。

 

「あ、皿洗い手伝うよ、リュウさん」

 

「休んでていいんだよ? 三ノ輪さん」

 

「そりゃこっちの台詞。リュウさん、走ってた時からノンストップじゃん」

 

「僕はまあ……追い詰められてから根性で動くの、慣れてるから」

 

「そういうの、周りに心配かけるからほどほどにしといた方がいいんじゃないかな」

 

 彼の皿洗いに、訓練後でくたくたになっているはずの銀が、自ら進んで手伝いを始める。

 手慣れた様子だ。

 親の家事を普段から手伝っている子供は、こういう慣れを見せることがある。

 

「僕の知り合いの家庭的な先輩みたいな雰囲気を感じる。君はいいお母さんになるよ」

 

「へへ、そうかな?」

 

「いいお母さんになれる人は、誰かのいい友達にも、いい仲間にもなれる。これも僕の持論ね」

 

「あんたの持論、みょーに肌に合うなあ」

 

 竜児は皿洗いの合間に、勇者達と安芸に桜餅を出す。

 きなこを溶かした黒蜜と、調理用の筆で、桜餅の表面に書かれた『須』『園』『銀』『安』の達筆な文字が、ちょっと憎い演出だった。

 

「愛国の魂を感じる……」

 

「美味しい桜餅だねえ」

 

(今ここにいる五人の中で私だけ動いてないけれど、太らないかしら……?)

 

 動けば痩せる小中学生達の横で、太ったら痩せにくい年頃になってきた女性が一人、心の中にちょっとした不安を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児は鼻の頭を掻く。

 何故、三ノ輪家に自分がいるのか。

 決まっている。

 三ノ輪家の親御さんが帰って来るのが遅いと聞き、防犯のため家の外見張りでもしてようかと申し出たところ、そんな不審者全開なことより晩御飯一緒に作ってよ、と言われたからだ。

 

「親の帰りが遅いっていうなら、まあいいけどさ」

 

「悪いね。急に弟達にうどん食わせてやりたくなってさー」

 

 昼にうどんを食ったせいか、晩御飯にも弟にしっかりとしたうどんを食べさせてやりたくなったらしい。

 

「はい、どうぞ。鶏白湯うどんです」

 

「ありがと兄ちゃん!」

 

「サンキューリュウさん!」

 

 鉄男と銀が竜児に食べさせてもらったのは、鶏白湯スープのうどんであった。

 西暦の一時期ラーメン界の新星として脚光を浴びた美味いスープであるが、これを用いたうどんもいくつか商品化されている。

 鶏の旨味が強力に出ているのが特徴だ。

 かつ、うどんであればスープはややあっさりめにして、子供もスープを飲み干せるような仕上がりにしても良い。実際、竜児はそうしていた。

 

 更に、ちょっとした仕込みもある。

 香川の讃岐うどんは魚介ダシが多い。

 そのため、鶏ダシベースのうどんはそれだけでそこそこに新鮮に感じる。

 『新鮮』は美味さの構成要素の立派な一つだ。

 鉄男にも銀にも、それなりに好評を得られていた。

 

「うん、美味い!」

 

「鉄男君用のどんぶりちょっと小さく見積もりすぎたかな。おかわりいる?」

 

「うん!」

 

 ただ、わいわいと鉄男が騒いでしまったせいで、寝ていた赤ん坊が起きてしまった。

 まだハイハイもできない末弟・金太郎がぐずりだす。

 

「あー、あー、こりゃ大変だ」

 

 長女銀。その弟の鉄男。そして生まれたばかりの金太郎。

 この三姉弟が三ノ輪家の子供達である。

 まだ小学生の身でありながら、五歳の弟、赤ん坊の弟の面倒をちゃんと見ようとしている銀は、この歳でもう立派な姉と言っていいだろう。

 

 ぐずり泣く弟をあやそうとする銀。

 その銀の横で、突如竜児がうどんをすすり始めた。

 

「!?」

 

 銀は困惑と戦慄を覚える。

 泣き喚く赤ん坊。

 うどんをすする竜児。

 泣き止む赤ん坊。

 うどんを食べ終わる竜児。

 銀は混乱と驚愕を覚えた。

 

「泣き止んだ……?」

 

「旧世紀の2015年9月19日、かがわ育児の日。

 香川県は"うどんをすする音は赤ん坊が母の中で聞いていた音と似てる"と主張。

 香川は子育てに向いた県である、とプロジェクトを開始。

 2016年09月16日に要潤に検証させたという。

 結果、泣いていた赤ん坊十人中九人が、要潤がうどんをすする音で泣き止んだという」

 

「きゅ……九割!」

 

「三ノ輪さんの毎日の面倒見が、これで少しは楽になったらなって」

 

「思わぬ知識提供にアタシびっくりですよ!」

 

 それは、熊谷竜児から三ノ輪銀に送られた、赤ん坊の世話知識であった。

 

 竜児と銀は二人で並んで使った後の食器を洗い、駄弁り始める。

 

「リュウさんさ、今どこに住んでんの?」

 

「大赦系列のアパートの一室借りてるけど」

 

「寂しいとかない?」

 

「ないない」

 

「……うーむ、本心が全く見えてこないぞ」

 

「いいんだよ。本人が寂しくないって言ってるんだから、それでいいじゃん」

 

「うちに時々遊びに来てもいいんだぞ。鉄男も喜ぶし」

 

「……」

 

「時々じゃなくても別にいいぞ。アタシが家に居ない時だって別にいい」

 

 こっちが本題だな、と竜児は思った。

 その気遣いがとても嬉しい。嬉しいけれど、甘えたくはない。

 ここで"少年が拭い切れていない寂しさ"への気遣いができる少女だからこそ、小学校でも友人が多いのだろう。

 

「小学生なのに、もう母性とか出始めてるよね、三ノ輪さん」

 

「いやあこれは母性とは言わないだろ」

 

「かもね。母親なんて居たことないから、錯覚してるのかもしれない」

 

 竜児は鉄男は床にほっぽりだしていった特撮ヒーロー・ドンシャドウの人形を拾う。

 誰かに踏まれないようテーブルの上に置こうとして、三ノ輪家の親が鉄男にそれを買ってやったのだろうかと思って、人形の表面を指でなぞる。

 当たり前のことだが、竜児は親に玩具を買ってもらったことなどない。

 親の愛が込められた、子へのプレゼントに感じる想い。

 その感情が、家族のいる誰かへの嫉妬ではなく、幸せな家族にはずっと壊れないでいてほしいという祈りになる。

 

「でもさ。今、三ノ輪さんの言葉でとても救われた気になったから。

 これを母性と呼びたいなあ……なんて思うんですよ。個人的にはね」

 

「面倒な性格してるなあ」

 

 寂しさを埋めようとする包容力なんてものを見せられると、いい母親にも、いいお嫁さんにもなれるだろうと、竜児は思ってしまう。

 彼はその感想を口にしなかったが、もしも言っていたならば、銀は喜んだのか。照れたのか。

 座って弟を撫でている銀を見て、竜児は呟く。

 

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」

 

「ん? なにそれ」

 

「褒め言葉だよ。大人になると意味が分かるやつ」

 

「ふーん」

 

 未来に端末が継承できる時点で、銀と夏凜の性質には似た部分がある。

 夏凜と似た部分があるということは、竜児が自動的に好感を持つということだ。

 好感を持った竜児は相手に合わせるため、自然と個人間の相性は良いものになる。

 牡丹。

 花の王、花の神とも呼ばれる花。

 

 その二つ名に相応しい美しさを纏いながら、牡丹の花は咲き誇っている。

 

 

 

 

 

 守るべき日常を認識する。

 それが、戦いの中で巨人や勇者を支える想いになってくれる。

 例えばそれは家庭にあり。

 例えばそれは学校にある。

 三ノ輪家の家族の輪の中にもあり、須美・園子・銀が通う神樹館六年二組にもある。

 

 本日は勇者三人+お手伝い一人(安芸命令)が、神樹館の小学校一年生にレクリエーションを行う日。厳密に言えば、お手伝いさんの竜児はサポーターである。

 この学校では六年生が一年生にレクリエーションを行う慣習があり、勇者の三人は一年生に教育……いや、ハッキリ言おう。

 洗脳を行うために日々準備を重ねてきたのだ。

 

 小学一年生の教室の前で日の丸の旗を握っている鷲尾須美を見て、止めようとする気持ちは昨日の竜児にもあった。

 昨日まではあった。

 だが今はない。

 須美のストッパーになれずノリに乗った園子と銀に引っ張られ、竜児も今や半ば正気を失った状態で、この惨劇に引き込まれてしまっていた。

 

 鼻の頭を掻いて、ふっと嘲笑う竜児。

 目の焦点があまり合っていない。

 

「国を守れと人が呼ぶ!」

 

 仮面と軍服を身に着け、推参する須美。

 何故仮面なのか。

 何故軍服なのか。

 何故国防なのか。

 それは誰も知らない。その正体も誰も知らない。故に護国。

 

「愛を守れと叫んでる!」

 

 その後に続き、推参する園子。

 ごく自然に須美のノリに完璧な合わせ方ができる時点で、この少女も大概だった。

 

「全員気をつけぇ! 憂国の戦士―――国防仮面! 見参!」

 

 リーダーたる国防仮面、仮面の鷲尾須美の後に三人が続く。

 

「国防仮面一号!」

 

「一号っ!」

「いちごう!」

「いっちごう!」

 

 技の一号、鷲尾須美が仮面を付けたまま叫ぶ。

 

「国防仮面二号!」

 

「二号っ!」

「にごう!」

「にっごう!」

 

 力の二号、三ノ輪銀が仮面を見せつけ叫ぶ。

 

「国防仮面V3~」

 

「V3っ!」

「ぶいすりー!」

「ぶいすりゃぁ!」

 

 力と技の乃木園子が、仮面の下でにこやかに微笑み声を上げる。

 

「ライダーマン!」

 

「ういてる」

「浮いてる」

「めっちゃういてる」

「一人だけ横文字だけだ」

 

「うるせえこの四人の中で一人だけ男な人間の気持ちが君達に分かるか」

 

 一人だけウーマンでなかった竜児がここにキャスティングされていた。

 男なのでライダーマン。国防仮面との関係性は不明。正体も不明。

 

「我らは国防仮面!

 君達に富国強兵の素晴らしさを伝えにやって来た!

 国を守ること、その素晴らしさを、みんな学んでいってね!」

 

「はーい!」

「はーい!」

「はーい!」

 

「くははははは!」

 

「あら、どうしたことでしょう。ライダーマンが邪悪に笑い始めたわ!」

 

 四人の国防仮面を見つめる、一年生達の純粋な目。

 竜児はもうヤケクソだった。

 

「私は名前と魂を西洋に売った売国奴だったのだ! ふはははははは!」

 

「なんてこと! ライダーマンは裏切り者だったんだわ!」

 

「ああ」

「一人だけ名前が漢字じゃないのって」

「そういう……?」

「名前に国防が入ってない国防仮面の恥晒し」

 

 国防仮面の恥晒しと、正義の国防仮面三人が対峙する。

 

「みんな! 応援の声を! 富国強兵と叫ぶのよ!」

 

「「「 ふこくきょうへー! 」」」

 

「敵がどんなに強くとも、心と国を強くすれば!

 いかなる時も神風は吹き、いかなる敵をも打ち倒せる! さあ、一緒に! 国防ー!」

 

「「「 こくぼー! 」」」

 

 その後、なんやかんやで愛ゆえに裏切ったライダーマンの独白が入りながら国防光線が全てを解決した。

 国を愛する心が何よりも強い力となる! という須美の語りで〆。

 竜児は倒されたふりをして、こっそりと教室の外へ移動。

 ライダーマンの仮面を思いっきり廊下の床に叩きつけた。

 

「……なんだこの国防寸劇ッ!」

 

 ライダーマン熊谷竜児は、基本的に勇者のノリに流される男であった。

 

「おつかれ、ライダーマン」

 

「国防仮面二号……三文字銀人さん」

 

「混ざってる混ざってる」

 

「我が名前は結城丈二……結城竜児?」

 

「混ざってる混ざってる」

 

 竜児の名字がいつかの未来に『結城』になりそうな、ならなそうな、そんな流れがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 細い糸が伸びる。

 結界の外から、結界の中へ。

 それは天の神が手繰るバーテックスの糸。

 世界の時間が止まり、樹海化が始まるその前に、糸は目的の物を掴んだ。

 樹海化が完了する前に、糸は目的の物の中へと特殊な物質を注ぎ込んでいく。

 

 "それ"が探されていたわけではない。

 ただ、今回のバーテックスのコンセプトに合った何かが、プログラム的に動く糸によって発見されて、自動で『素体』に選ばれただけだ。

 糸に掴まれた"それ"が、バーテックスの一つと変わっていく。

 

 樹海化の完了と、勇者達の臨戦態勢完了が終わった頃に、そのバーテックスは現れた。

 

「えっ」

 

 竜児と須美と園子は三ノ輪家でそれを見た覚えがあった。

 銀はそれを、弟の手の中で見た覚えがあった。

 

 ―――特撮ヒーローだ。

 全身に若草色の模様が刻まれた、全身が黒に近いスーツデザインのヒーロー。

 しかもよく見ると、ヒーロー当人ではない。

 メビウスと同サイズではあったが、体の各所をよく見れば、それがこの世界の特撮ヒーローを模した人形であることは明白だった。

 

「ど……ドンなんとか! うちの弟がよく見てたやつ!」

 

「巨神化戦士ドンシャドウ!

 神世紀297年に打ち切りになった制作の黒歴史特撮ヒーロー!

 恵まれたスーツのデザインからクソみたいな脚本という悪夢!

 複数のスーツアクターを採用したことによるアクションの不揃い!

 回によってスーツの中の人が10代から50代まで変貌すると揶揄された酷さ!

 制作費不足による一つの舞台セットの使い回し! 採石場ワープ!

 キャストにギャラが払えなくなってレギュラー俳優八割退場!

 出来の悪いCG! 特殊素材で作ったスーツは一ヶ月で劣化!

 なのに監督と演出とベテランスーツアクターが優秀なせいで、戦闘は格好良かったという!」

 

「うわリュウさんが突然解説キャラに!」

 

「これは、アレだね~?

 丸暗記した本の内容を、そのまま口走ってるやつだよ」

 

「僕も噂に聞いただけの存在だが、そうか。

 そういえばこの巨人も、三分間しか巨大化できない変身ヒーローだった……」

 

「事細かな解説の後に"噂に聞いただけ"とか付ける人初めて見た」

 

 そう、これは、『巨大化した人形』である。

 

「しかもあれ、うちの弟の人形だ。足の裏に名前が書いてある」

 

「子供が人形の足裏に名前書いてるとか、ほのぼの日常の象徴なのになあ……」

 

 竜児は目を凝らす。

 ウルトラマンの属性を持つ目が、人間離れした視覚機能を発揮した。

 だが、銀の弟・鉄男の人形に怪しいところは見当たらない。

 ただ大きいだけだ。

 ゆえに竜児は首を傾げてしまう。

 

 対しメビウスは、竜児と同じ視界を眺めながらも、人形の表面に僅かに残っていた緑色の細胞が気化するのを見逃さなかった。

 

「メビウス、どう思う?

 元は普通の人形なのに巨大化するなんて。

 人形の周りを見ても、人形の周囲に力場やエネルギーは見えないし……」

 

『グロテスセル』

 

「メビウス?」

 

『……コダイゴンだ』

 

「え?」

 

『コダイゴンだ。中身が空洞であるものを、グロテスセルで怪獣にした怪獣!』

 

 怪獣が動き出す。

 話している時間はない。

 竜児は腰だめに構えたメビウスブレスから、刀を抜くように光を抜いた。

 

「『 メビウーーース!! 』」

 

 光りに包まれ、竜児が巨人の姿へと変わる。

 光の中で加速し、飛行能力を逆利用して急降下、捻りを加えた飛び蹴りを放った。

 完成度がほどほどの、竜児流スワローキックである。

 

 3万5千トンというウルトラマンのとんでもない体重が、足裏という一点に集められ、巨大化した人形……"コダイゴン・アナザーワン"の胸に命中する。

 敵の体は微塵も動かず、逆にメビウスが跳ね返される。

 まるで大胸筋がバリアになっているかのようだ。

 あまりにも一方的に弾かれてしまったために、逆に竜児が足に痛みを感じてしまう。

 

「!?」

 

 敵はあまりにも硬い。

 拳で殴れば拳を傷付けかねない。

 そう考えた竜児は、鳩尾・眉間・首と急所と思われる場所に掌底とチョップを叩き込む。

 

「くっ、痛い、硬い!」

 

 だが、効かない。

 コダイゴンがちょっと硬すぎる。

 竜児はメビュームブレードを叩き込んで切りかかるが、それでも切り捨てること叶わず、コダイゴンの表面にかすり傷一つ付けられない。

 剣で敵を切っているのに、爪で鉄の塊を引っ掻いている気分だった。

 

 コダイゴンが反撃に拳を突き出す。

 竜児は両腕をクロスしてそのパンチを受け止めたが、拳あまりの重さにたたらを踏み、尻もちをつかされてしまう。

 コダイゴンのパンチを受けた両腕は、しっかりと痺れていた。

 

「シンプルに高いパワーと耐久……強い!」

 

『そうなんだよね……コダイゴン、強いんだよね』

 

「メビウスがかつてないくらい実感の込もった台詞を吐いてる!」

 

『昔僕とヒカリの二人で挑んだんだけど、叩きのめされてね……ははは』

 

「ウルトラマン二人分以上の強さ!?」

 

 メビウスブレイブにでもならなければ、この怪獣は切れそうにない。

 立ち上がる竜児。

 迫るヒーロー型コダイゴンのパンチとキック。

 竜児はまともに受け止めず、拳や足の側面を叩くようにして、敵の攻撃を受け流した。

 

 そうして、竜児が正面から気を引いている間に、怪獣の背後に銀が回る。

 

「せいっ!」

 

 三ノ輪銀の固有武装は二つの大斧。

 巨獣殺し(ジャイアントキル)に特化した、怪獣に対しても有効な武装だ。

 斧が重く、頑丈で、大きいがために、これを力任せに叩きつけるだけで敵は死ぬ。

 よく切れるし、切れなくても叩き潰せる、ゆえに大斧。強力な武器だ。

 

 銀の大斧がコダイゴンのうなじに当たった。

 首を切り落とす目的の強力な一撃は、怪獣の体に傷一つ付けられず、けれど痛みは与えてしまったようで、怪獣が怒って銀に拳を振り上げる。

 その拳を、竜児の掌底が横合いから弾いた。

 

 銀の横スレスレの位置を、コダイゴンの拳が通り過ぎていく。

 

「サンキュ!」

 

(精霊持ちじゃないこの時代の勇者が、怪獣に手ではたき落とされたら、普通に死ぬ……!)

 

 この世代の勇者は、精霊に守られていない。

 神樹の与えた衣装は規格外の耐久力を持つが、その衣装が気休めでしかないほどに、バーテックスの攻撃力は高い。

 勇者の援護はありがたいが、竜児は今まで以上に敵の攻撃と、それが狙う勇者の動きに気を使う必要があった。

 そのためには、敵の動きを見切るしかない。

 

 須美は弓、園子は飛翔する複数の槍の穂先でコダイゴンの気を散らし、竜児は距離を詰めての近接戦を挑んだ。

 

「可動域を見切るしかないかな」

 

『可動域?』

 

「人形……子供の玩具は、強度や軽さをちゃんと計算されてる。

 軽すぎると売れない。重すぎると子供の足に落ちて怪我、落ちて自重で折れたりする。

 落としたり投げたりした程度で壊れてもいけない。返品されちゃうしね」

 

『なら、このコダイゴンは……それで相応の耐久力を手に入れているのか』

 

 人形には、関節が動く限界の可動範囲というものがある。

 関節の問題で手が届かない場所がある。

 そこを見極めれば、敵の攻撃が届かない場所も分かるはずだ。

 

「西暦に飛行機の部品を、3Dプリンタで作るって発明があったんだ。

 パーツは25%の軽量化、耐久性が4倍から5倍になりました! とか。

 900の部品を16に減らし、40%軽く、60%安く仕上げました! とか。

 パーツの数を減らすっていうのは、強度を上げながら軽くする基本のやり方でもあるのさ」

 

『人間の技術の発達は凄いね。役に立つものも、子供を笑顔にするものも』

 

「本来、大抵のものでは部品数は少なくした方が強度が上がるんだ。

 だから乱暴に扱われる子供の玩具は、複雑な構造にしない方がいい。

 ソフビ人形なんかは、関節を多くしすぎないように気を使ってたりするよね」

 

 安く、軽く、頑丈に、かつ生産がしやすいように。そのためにパーツ点数を減らす。

 ソフトビニール人形を買ったことがある人はご存知だろうが、あの手の人形は最低限手足を動かせるようにしつつ、柔らかさと耐久性を両立した素材で、シンプルな構造をしている。

 パーツは少ない方がいいのだ。

 少なくとも、安い玩具なら。

 複雑な構造と頑丈さを両立すると、人形はどうしても高くなる。

 

 S.H.Figuarts『ウルトラマンジード プリミティブ』(2018年2月24日発売)がその出来を大好評されながらも、5940円(税8%込)と中々お高いのと同じこと。

 複雑な動きができる子供の玩具は、高いのだ。

 

「だから」

 

『だから?』

 

「三ノ輪家のお父さんお母さんは良い人だね。

 こんなに可動域広くて頑丈な玩具、結構高かっただろうに、子供に買い与えてるんだから」

 

『……ん?』

 

「三ノ輪家の親の愛に……負けそうだ!」

 

 つまり、この人形はお高い。ゆえに強い。

 値段が高いので複雑でかっこいいアクションが可能で、かつ相当な頑丈さを持っている。

 そう、これは愛。愛の強さだ。

 今の竜児を追い詰めているのは、間違いなく『三ノ輪家の親から子に向かう愛』だった。

 

「っ」

 

 メビュームスラッシュを撃つが、手刀に沿って飛んだ光刃も弾かれてしまう。

 コダイゴンの飛び蹴りが、ガードした竜児の腕にめり込む。

 あえて竜児は踏ん張らず、ドロップキックに蹴り飛ばされ、飛行能力の応用で後方宙返り気味に距離を取りつつ着地する。

 そして、メビュームシュートのチャージを始めた。

 

「待って!」

 

 須美の脳裏に、あの時のウルトラマンの必殺光線の凄まじい威力が蘇る。

 ゆえにか、彼女は体を張ってウルトラマンを止めた。

 

「あれは、鉄男君が誕生日プレゼントで貰ったものなのよ!

 鉄男君はあの人形を欲しがって、でも高くて!

 銀が買ってやってほしいと親に頼んで、それからずっと家のお手伝いをして!

 銀がお手伝いしたから、親が鉄男君に買ってくれたものなの!

 ご両親は、自分達と銀からのプレゼントだって言って、鉄男君にこの人形を渡して……!」

 

「須美!?」

 

『……う、それは確かに、どこも壊したくないね』

 

 このコダイゴンは、巨大化して凶悪に強化されているだけで、元はただの人形だ。

 五歳の男の子が大切にしている人形なのだ。

 世界と天秤にかければ壊すしかないが、できれば壊さず倒したいところ。

 

「私も援護するから、どうにか頑張って!」

 

『分かった。この苦労は、背負う価値がありそうだと僕も思う!』

 

 須美の弓矢が光に包まれる。

 放たれた勇者の矢が怪獣の意識を引きつけ、巨人が怪獣を羽交い締めにした。

 

「修行の時はリュウさんにあーだこーだ言ってたくせに」

 

「わっしーはそういう人だよ。一緒に歩いてくれる人が大好きなんだよ」

 

 銀、園子も参戦する。

 銀は攻撃力の高い斧。ゆえに強烈に叩きつけていく。

 園子は複数の浮遊可能な穂先を持ち、穂先の組み合わせ次第で無数のバリエーションを持つ。

 ゆえに穂先を飛ばし、コダイゴンの目をつついて意識を引き始めた。

 

 怪獣の気が散り、意識の間を突いて竜児がコダイゴンを投げ落とす。

 地面に叩きつける一本背負いが、コダイゴンを破損させずにダメージを通した。

 ……通した、ように見えた。

 だが実質ノーダメージ。

 コダイゴンは腕で地面を叩き、その反動だけで飛び上がって、メビウスの顔面を蹴る。

 

「!?」

 

 更にもう一発蹴る。

 

「ぐうっ!」

 

 ウルトラマンの顔を蹴り、コダイゴンは空に飛翔した。

 コダイゴンの手に光が溜まり、それがビームとして放たれる。

 はるか高みから、巨人も勇者も樹海もまとめて破壊するように、ビームを連射して来る怪獣。

 その姿はまるで、爆撃機のようですらあった。

 

『これは……ブンドドだ!』

 

『リュウジ、ブンドドとは一体!?』

 

『人形を子供が持ってブーンドドドと空を飛ばす!

 ヒーローの人形や、戦闘機の人形を使って!

 実際には飛んでるわけじゃないけど、その子供の前でだけは飛んでいる!

 戦闘機が時々バックしたりするけど、ブンドドでは日常茶飯事だ!』

 

『……くっ、そうか。こんな時にコノミさんが居てくれれば……!』

 

『ブンドドの飛行軌道は読めない! 今は受けに回って、ギリギリまで引きつけないと!』

 

 竜児が張ったバリアの傘の下に、勇者達も逃げ込んで来た。

 銀が敵の猛攻を前にして、迷いの表情と苦渋の言葉を見せる。

 

「……やっぱ、アタシの弟の玩具のために、皆を危険に晒すなんて嫌だ。

 遠慮なく破壊してやってくれよ、リュウさん。鉄男にはアタシから言っておくから」

 

『君の大切な弟が大切にしてる玩具だろ! 諦めるな!』

 

「……っ」

 

「そうよ、銀。遠慮しないで」

「それはそれとして、何か怪獣を人形に戻す方法はないのかな~?」

 

 まだカラータイマーも鳴っていないのだ。

 諦めるにはまだ早い。

 

『メビウス、何か方法は無いの!?』

 

『コダイゴンは、中が空洞の物にグロテスセルを注ぐことで出来上がる。

 細胞グロテスセルが、人形を怪獣コダイゴンに変えるんだ。

 だから、グロテスセルをコダイゴンに注ぎ込んだ相手を倒せば元に戻る!』

 

『天の神倒せるなら今すぐにでもそうしてるよ!』

 

『後は、グロテスセルは常温の空気に触れれば気化するんだ。

 空洞の中に入ってるグロテスセルを気化させれば、あるいは……』

 

 あの人形の体の中の空洞に詰まっているグロテスセルを、なんとかして人形の外の空気に当ててやれれば、あるいは。

 

『皆! なんか、こう……人形を傷付けないで人形に穴を開ける方法考えて!』

 

「丸投げ!?」

「丸投げ!?」

「分かった、考えてみるね~」

 

 ウルトラマンのバリアに突っ込んで来る、ブンドド状態のコダイゴン。

 

(タイミングを測って、測って……今!)

 

 竜児はバリアとコダイゴンが衝突する直前に、バリアを解除し、怪獣に飛びついた。

 更に、飛びつくと同時にコダイゴンの腕の関節を極めた。

 俗に言う、飛び関節の変形型。

 本来ならば両者が立った状態から、相手の腕に跳びつき、関節を極めて倒す技だ。

 敵が空を飛んでいようと、タイミングが合っていて、敵の腕が関節を極められる形なら、飛びついて関節を固められる。

 

「―――!」

 

 敵が尋常な相手ならそうだろう。

 だがコダイゴンは、とんでもない関節の頑丈さとパワーを用いて、竜児に腕の関節を固められながらも平然と立ち上がり、竜児が固めている腕を竜児ごと持ち上げた。

 そして、関節を極められたまま、極めている竜児を地面に叩きつける。

 

「うがぁっ」

 

 叩きつけられた竜児を、おまけとばかりに怪獣が吹いた火が炙る。

 

「あつ! あつつつつ!」

 

『これは……"僕が戦っていない方のコダイゴン"の力!?

 5000度の火炎を吐き出し、多くのものを燃やしたという、あの……!』

 

「ちくしょう元ネタのヒーローにない技使うなよ!」

 

 竜児は転がり、立ち上がり、跳ぶ。

 手からポンポン光の弾を撃ってくる怪獣に、竜児は東郷との特訓を思い出し――自然と須美の方を見て――両の手に光の刃を宿した。

 

「『 ライトニングスラッシャー! 』」

 

 怪獣の怒涛の光弾連射。

 巨人の鮮烈な光刃連撃。

 怪獣の手から連続で放たれる光弾を、巨人の手が光の手刀で切り落としていく。

 

「うーん、困ったなー、いい手が思いつかないな~」

 

「ああ、もう、アタシはどうすりゃいいんだ……!」

 

「ねえねえミノさん」

 

「何さ、今アタシはお悩み中で……」

 

「玩具なら顔を付け替えたりできないのかな?」

 

 園子の発想が、天啓となった。

 

「そ、そうだ! 思い出したぞアタシ!

 確かこの玩具、手首から先が付け替えられるんだ!

 グーにしてパンチさせたり、武器を持てる手の形に付け替えたりできるんだ!」

 

「手首から先のパーツが引っこ抜けるってこと?」

 

「そうだよ!」

 

 特定のタイプの人形は、手首が付け替えられる。

 これによって原作の様々な名シーンを再現させたり、ぼくのかんがえたさいきょうのぽーずなどを取らせることができるのだ。

 この人形がそのタイプなら……手首を思いっきり引き抜けば、内部のグロテスセルを気化させられるかもしれない。

 

『そうか。ならそこからグロテスセルが抜けるかもしれない。あとはどう動きを止めるか……』

 

 そんなこんなで、希望が見えてきたところで。

 コダイゴンことドンシャドウの体の模様が、赤く点滅し始めていた。

 何事なのか?

 答えは打ち切りの番組の中。

 ドンシャドウは……変身してから二分経つと、ぜぇぜぇ息を切らして、残り一分しか活動できなくなる変身ヒーローである。

 

「……わぁ」

「……わぁ」

「……わぁ」

 

『……三分しか活動できないって弱点も、再現しちゃった怪獣なのか』

 

『僕が知ってるコダイゴンも、"商売繁盛"連呼とか凄い再現率だったなぁ……』

 

 メビウスのカラータイマーも点滅が始まった。

 こっちは息が切れるというわけではないというのが幸運か。

 竜児はささっとコダイゴンを羽交い締めにして、須美と園子が顔面を滅多打ちにして気を散らさせて、銀が人形の手首を引っこ抜いた。

 手首が引っこ抜かれた穴から、グロテスセルが気化していく。

 

 銀の手の中に、元の大きさに戻った人形が残る。

 気化したグロテスセル――このコダイゴンがバーテックスたる所以――が、緑色の煙になって、樹海の空に集まっていく。

 始まるは鎮花の儀。

 舞う艶やかな桜花。

 神樹が、トドメを刺せと促している。

 竜児は友奈の姿を思い返し、かつて彼女と共に撃った拳の一撃を、今一度撃ち放った。

 

「『 ライトニングカウンターッ!! 』」

 

 桜花を巻き込み、グロテスセルへ直撃する雷撃。

 拳が放つ雷撃が、星屑を素材としたグロテスセルの集合体を焼き尽くし、そこに溶け合っていた御霊ごと消滅させる。

 地より放たれ空を穿つ、そんな雷だった。

 

「よし!」

 

 銀が、左手で人形、右手に拳を握り、ガッツポーズを取っていた。

 

 変身を解いた竜児が降りて来て、銀の前で手を上げる。

 体育会系の銀は、即座に意図を把握した。

 

「へーい」

 

「へーいっ!」

 

 竜児と銀でハイタッチ。

 穏やかな竜児の口調に元気な銀の口調が映える。

 竜児は園子の前で手を上げた。

 

「へーい」

 

「へーい」

 

 竜児と園子でハイタッチ。

 穏やかな竜児の口調にのんびりとした園子の口調がよく馴染む。

 竜児は須美の前で手を上げた。

 

「へーい」

 

「……へ、へーいっ」

 

 恥ずかしそうに、須美もハイタッチする。

 

 そうして彼らは、二体目の恐るべき怪獣型バーテックスも、難なく倒していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことでしょうか」

 

『アップデートの準備が完了した、ということです』

 

「……それは」

 

『一つ、確実に言えることがあります。

 今のシステムの勇者は、確実にこの時代でも、この先の時代でも通用しないということです。

 勇者システムのアップデートは急務。

 幸い、彼の端末から理想的な完成形の勇者システムの形は見えました。

 防御面を強化する精霊の実装、攻撃面を強化する満開の実装は、既に準備が完了されています』

 

「反対する理由はありません。ですが、もう決定事項なのでしょうか」

 

『決定事項です。

 今現在は、先が全く予想できない不安定期にあります。

 未来より来訪した熊谷竜児が、二年前の情報を一切持っていないがために』

 

「……」

 

『明日からでも、勇者は満開の実装と使用が可能です』

 

 

 




熊谷竜児 身長166cm
鷲尾須美 身長151cm
乃木園子 身長149cm
三ノ輪銀 身長145cm

●ゴキグモン
 ゴキブリと毒蜘蛛を合わせたよう、と言われた怪獣。
 スーツはそこそこ控え目のデザイン(子供が見ても泣かないデザイン)になっているが、発想の源が狂っているため、背中の畳まれた羽は普通にゴキブリに見える。
 各パーツを見ると結構気持ち悪いが、全体像で見るとちょっとセーフに見える不思議。

●コダイゴン・アナザーワン
 グロテス星人が内部が空洞の神像を使って作った怪獣・コダイゴンの系譜にある、内部が空洞の何かを怪獣に仕立てた怪獣。
 帰マン本編の『コダイゴン』が一体分のグロテスセル。
 メビウス本編で登場した『コダイゴンジアザー』が約三体分のグロテスセル。
 『コダイゴン・アナザーワン』が二体分のグロテスセルで動いている。
 原作メビウスが倒したコダイゴンは今回のコダイゴンの1.5倍以上強いです。

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