時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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さて


第十殺三章:青いリボンの少女

 光とは、なんだろうか。

 

 科学的な話、概念的な話、精神的な話となると、一定の答えは出せる。

 だがここにウルトラマンが加わると、ちょっと面倒な問いかけになるだろう。

 ウルトラマンは光を糧として活動し、物理的な光も心の光も糧とすることが可能で、光があれば死んだ状態から復活することもあり、肉体が光だったり物質だったりする。

 特に、"遺伝子"と関わる光となると、途端に理解が難解になる。

 

 例えば、ウルトラマンオーブと仲が良かったという少女ナターシャ・ロマノワ。

 彼女はオーブと生き別れになり、オーブは勘違いから彼女が死んでいたと思っていたが、ナターシャは生き残り、子孫を残していた。

 それから108年後、ナターシャの子孫は遺伝子が伝える"ウルトラマンオーブの姿"の記憶を受け継いでおり、日本でウルトラマンオーブを支える者の一人となったという。

 遺伝子に、光の記憶が受け継がれていたのだ。

 

 例えば、人がウルトラマンになっていた時代の超古代人の子孫であるマドカ・ダイゴ。

 彼は光であり、人である存在であると言われている。

 だからこそ彼は、ティガの石像と融合し、光の巨人となって、ここではない別の宇宙で地球を救うことができたのだ。

 彼の遺伝子には、普通の人には無い光の力が宿されている。

 

 悪のウルトラマンのクローン体である竜児に、オリジナルである悪のウルトラマンであるベリアルの邪悪さは発現していない。

 ……むしろ、ウルトラマンとはどこか違う『人間臭さ』の方が遺伝子から発現しているような気すらする。

 竜児には人間の遺伝子が無いので、彼の人間臭さは大体父親(ベリアル)からの遺伝なのかもしれない。

 

 総じて、遺伝子とは"常識を超えて何かを伝達するもの"であると言える。

 しからば神世紀の勇者に、たった一人の『特別』がいることが分かるだろう。

 "乃木園子"だ。

 初代勇者・乃木若葉の子孫にして、西暦唯一の勇者の生き残りの子孫。

 彼女だけは、「遺伝子が特別だ」という表現を使うことが許されている。

 

 そんな彼女には、一つ秘密があった。

 

(あー、またこの夢だ)

 

 幼い頃から、時々見る夢があった。

 巨人の肩に乗せてもらって、高いところから日本を見下ろして、巨人と一緒にこの国を守っていこうと約束する夢だ。

 

 その夢の中で園子は"若葉"と呼ばれていて、園子は巨人のことを"ガイア"と呼んでいた。

 二人は大地に芽吹く若葉が絶えないように、希望が絶えないことを信じていた。

 少なくとも、園子の夢の範囲では。

 

 夢の中の園子はその巨人に寄りかかっていた。

 巨人の体が大きいから、いくら寄りかかっても倒れないという確信を持っていた。

 ただ、園子が夢の中の自分を客観的に見ていると、巨人も夢の中の園子……"若葉"にとても寄りかかっているように見えた。

 

 その巨人は、"若葉"と呼ばれている夢の中の園子の目の前で、夢の中の園子を庇って、ハエのような魔人の化物に真っ二つにされて、死んでしまうのだ。

 夢はいつも、そこで終わる。

 

(この先は、どうなるんだろう)

 

 夢の続きは見られない。彼女の遺伝子は、この先の物語を教えてくれない。

 だが、この記憶だけが強烈に刻まれている理由は分かる。

 この記憶が残っている理由は、『後悔』だ。

 園子は何度も、このおぼろげな記憶を繰り返し見てきた。

 

 だから、初めてウルトラマンメビウスを見た時、園子はのんびりと夢の中の光景を思い出していた。そのくせ、夢のことは誰にも話していない。

 理由はない。なんとなくだ。

 園子は直感と感性の人である。

 こういうところがあるから、園子は「何考えてるか分からない」とちょくちょく言われるのだ。

 

(わーでっかい人だ~)

 

 園子はでっかいなあ、と思う。

 

(光ってるでっかい人だ)

 

 同時に、メビウスに"コレジャナイ感"も感じる。

 

(でも夢で見た光の巨人じゃないや)

 

 おそらく、神世紀で巨人を見て真っ先にビックリではなくガッカリしたのは、ノリが変な乃木園子ただ一人だけだろう。

 ガイアじゃないのか残念、という反応。

 だが、園子は初めてメビウスを見た時、「綺麗」と思わず声を漏らしていた。

 彼女が覚えたのは落胆だけではない。

 ならば、巨人の何が彼女の胸を打ったのだろうか。

 

(だけど、光は綺麗だなぁ)

 

 光。

 そう、光だ。

 メビウスの光に混ざり、巨人の周囲を浮流する竜児の光。

 園子はガイアじゃなくてメビウスだったことにガッカリしたが、色や形は違えども、光の美しさと暖かさが同じであることに気付いていた。

 

 常人から少しズレた感性で、園子は竜児の光を見つめる。

 園子の目は竜児の光を見て、それこそを「綺麗」と言った。

 その光が、園子の目には好ましく見えたから。

 

(ちょっとホタルみたいな光)

 

 ホタルの寿命は一週間から二週間。

 

 園子の感覚重視の感想は、実に的を射た感想だった。

 

 理から生まれた感想ではないがために、園子自身にも正確には理解されていない感想だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、竜児は乃木家を訪れていた。

 友人として、知人として、戦友として、園子に会いに来ていた。

 そして、乃木家の家の"作り"のとんでもなさに密かに驚愕させられていた。

 

 知識があればあるほど分かる、とんでもなく金のかかる家。

 西洋的な金ピカや美術品が並べられている『豪華な家』とは違う、松や庭に毎日のように手入れが必要であるがゆえに『金のかかる家』だ。

 ただ維持するだけでも人と金がかかるため、家を維持するための使用人、家事や雑務を行う使用人がそこかしこに見える。

 

 金持ちの趣味がために家に金がかけられている、のではない。

 家格に相応の家が無ければ他家に示しがつかない、といった義務に近いものだろう。

 こういった家が他にいくつかあったとしても、竜児はさほど驚かないだろう。

 乃木とは、そういう家だからだ。

 

(上里に、乃木)

 

『大赦で最大の権力を持つ二家、だったね』

 

(上里は西暦最後に巫女の頂点に立った人の家系。

 乃木は西暦最後に唯一残った勇者の家系だからね。

 乃木さんにかかってる重圧は、本当はとんでもないものなはずだ。

 何せ家系も、お役目も、運命的だからね。

 本人がああいう性格だから気にしてないんだろうけど……それでも、軽くはない)

 

『こういうお家を見ると、お嬢様なんだなあと思うよ』

 

(金銭的にも権力的にもトップだからね。

 こういう家からでも勇者が出るっていうのは、二面性を感じるよ)

 

『?』

 

(どんなに偉い家でも、勇者を出す義務からは逃げられないって悲劇性。

 それと、勇者として娘が犠牲になることは光栄なことだと考える宗教性。

 大赦で一番に偉い家系の人達ですら……

 神樹様の人柱になることは光栄だ、って自分に言い聞かせながら、娘を犠牲にするんだ)

 

『……それは、悲しいことだ。どこかで止めないといけないことだ』

 

(悲しいことだよ。止めないといけないことだよ。でも、それ以上に辛いことなんだ)

 

 園子の家系は、大袈裟に言えば皇族の家で戦争の大英雄の家で、大金持ちの家である。

 そこから勇者が選出されたのは、勇者が単純な使い捨ての人間でないことを示していた。

 

(古来より人柱は神聖なお役目で、犠牲になるのは光栄なことだった。

 勇者はその性質を多分に受け継いでいる。

 東郷美森が鷲尾須美になった経緯を見れば、うっすらとそれが実感できる)

 

 結城友奈世代の勇者達は、勇者が一般人からも選ばれる時代の者達であったが、そうでないこの時期の勇者達は、勇者という仕組みの歪さを殊更に感じさせる。

 

(メビウスには前にどこかで話したっけ?

 低い家格の東郷家に、とても勇者適正値の高い美森さんが生まれた。

 でも勇者は当時大赦にちゃんと関わってる家からしか選出されない決まりだった。

 だから東郷さんは鷲尾家に養子に出された。

 鷲尾家は家格の高い家だったからね。

 そうやって、東郷家から鷲尾家に、勇者になれる女の子が、道具のように渡された)

 

『ああ。前に、一度君から聞いたことがある』

 

(これで東郷家と鷲尾家のご両親がどっちも良い人なんだっていうのが、やるせない)

 

 古来より、人柱を出すことは名誉であるので、子供を人柱に出せと言われて喜んだ親というものは少なくない。

 子を人柱に出すことは名誉の一つであり、その後裕福な暮らしができることもあるからだ。

 他の家の人柱を出す権利を羨み、自分の子供を代わりに出そうとした親も居た。

 ()()()()()()()にも、家格は必要であるということだ。

 

 現に三ノ輪家も、そこまで裕福ではないが相当に家格は高い。

 乃木、三ノ輪、鷲尾。

 今代の勇者は、その全てが勇者の名誉に相応しい家格を備えていた。

 否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……もしかしたら『乃木』に限っては、神樹の中に『乃木』を頼りにする気持ちがあったかもしれないが、そこは定かではない。

 

 竜児は乃木家を使用人に案内されながら、肌に染みて実感する。

 乃木園子が他の誰と比べても、桁違いに高貴な生まれの人間であることを。

 最上級の家格。

 最上級の血筋。

 最上級の使命。

 最上級の教育。

 なので、普通はガチガチに使命や責任感に縛られる等の、家格相応の"風格ある振る舞い"とやらを自分に課したお嬢様が発生するはずなのだが……

 

「園子様。熊谷様がお見えです」

 

「……すやぁ」

 

「申し訳ありません、熊谷様。

 園子様は熊谷様がいらっしゃったことで、着替えをしていたようなのですが……

 ご覧の通り、着替えが終わったところで立ったまま寝てしまったようです」

 

「着替え途中じゃなくて良かったです。本当に」

 

 ……なんでこんな『柳に風』『天衣無縫』という言葉が似合う娘っ子が発生したのか、竜児には本気で分からなかった。

 園子が"これ"なのに、境遇からしてグレたり適当に生きていてもいいはずの須美が、ガチガチに使命や責任感に縛られているのが、奇妙に対称的に感じられる。

 

「……あ、リュウさんだー。おはよ~」

 

「お早うって時間でもないけど、おはよう」

 

「起きて最初に目が入ったのがリュウさんで、びっくりだよ~」

 

「ああ、そういうこともあるんだ。ごめんね」

 

「私はね、朝起きたらね、サンチョってぬいぐるみが最初に見えたら素敵だなって思うんだ」

 

「確かに異性だとびっくりするけど、ぬいぐるみなら逆に安心するだろうね」

 

「だからリュウさんも、サンチョになればいいんだよ~」

 

「……? ……? んんっ、今話がとても飛躍したような……」

 

 竜児の相手のペースに合わせて話す普段の話し方では、園子のペースに合わせてしまって一向に話が進まない。

 竜児はやや強引に話を切り替えた。

 

「話があってさ。他の誰にも聞かれたくない話が」

 

「愛の告白ー?」

 

「ちゃうわ! そういうのじゃなくて、真面目な話」

 

「ややっ、愛の話を真面目じゃないと申しますか~」

 

「え、あ、いや、愛は真面目なことだとは僕も思ってるけど」

 

「愛が真面目じゃないなんて、リュウさんは悪い人だね~」

 

「いやいやいや、愛自体は真面目だと思ってるよ! 例えば僕の友達の……」

 

「ところで他の誰にも聞かれたくない話ってなーに?」

 

「話題のハンドルの切り方が峠を攻めるレースドライバー並みか君」

 

 竜児はメガネを押し上げ、ひとまず心を落ち着けた。

 

「怪獣型バーテックスはこっちでも出たばかりって聞いた。

 じゃあさ、やっぱり一度既存のフォーメーションは考え直すべきだと思うんだ」

 

「例えば、どんな風に?」

 

「基本は僕が敵の正面に立つ。

 隙を見て安全なタイミングで背後に三ノ輪さんが回り込む。

 乃木さんと鷲尾さんは今まで以上に距離を取っていく感じで」

 

「リュウさんがとっても危ないね~」

 

「いいんだよ、僕は勇者より頑丈だから。

 一番頑丈な人が前で盾役をやる。

 僕が来る前も、三ノ輪さんがそうやって前に出てたんだろう?」

 

「だねー」

 

「二年長く生きてる分くらい、僕が男である分くらい、守らせてほしいよ」

 

「んー」

 

「怪獣の攻撃力は非常に高い。

 乃木さんが前に出て、それで怪我したりしたら、僕は悲しい」

 

 竜児は中学二年生の男子で、園子は小学六年生の女子だ。

 少女は、ちょっとむずむずした気持ちになった。

 

「うん、分かった。考えておくね」

 

「……良かった。ありがとう」

 

 園子は分かったと言った。考えておくと言った。

 が、園子の友人ですら見抜けないことではあったが、これは園子にとって"イエス"という返答ではない。むしろ全然別物の返答であった。

 竜児はホッとする。

 精霊未実装の勇者を前に出す勇気は、今の竜児にはちょっと無い。

 

「それじゃ、遊ぼっか~」

 

「……ん? ……ん? "それじゃ"?

 あ、いや、遊ぶのが嫌ってわけじゃないよ。ただ時々話題がテレポートするなこれ」

 

「だってもうお話はないんでしょ?」

 

「そりゃ無いけど……いや、そう考えると、妥当な提案なのか……」

 

「それじゃあ、どうやって遊ぼうかなぁ」

 

 二人は手探りで遊ぶ内容を探り始めた。

 竜児が「ショートコント、かくれんぼ」「もーいーかい? まーだだよ!」「そうして待たされ開けたカップ麺はめっちゃ伸びてました」と一人コントを始めたがほどなく終わる。

 次第に話題は、園子の趣味の小説執筆の話へと移行していった。

 

「ほう、小説」

 

「そうです、小説」

 

 乃木園子はインターネットの小説投稿サイトにて、非常に高い評価を受けている中学生女子小説執筆者である。

 例えば『スペース・サンチョ』という猫のキャラクターを使った二次創作。

 ギャグ作品やほのぼのかと思えばまるで違う。

 「旧世紀の傑作に負けない完成された文学にして洗練された芸術」「勇気を貰った」「ラストで号泣しながら叫んだ」と凄まじい感想&高評価がずらりと並んでいるのだ。

 下ネタをラジオに乗せて流しているだけのような、カス二次創作者とはわけが違う、格の違う、脅威の小説執筆者であると言えよう。

 

 園子の小説を竜児が読み、その過程で感想や雑談やネタ解説などをする流れになった。

 

「本に関して僕の目は肥えてるんだぜ」

 

「園子の小説も頑張ってそのハードルを越えていくんだぜ~」

 

「でも幼馴染は僕の本評価に関しては

 『どんなものにもいいとこ探しするあんたに批評家は絶対向かない』とか酷評するんだぜ」

 

「可哀想なんだぜ~……」

 

 だぜ。

 竜児が読み始めてから少し経って、ぼーっとしていた園子は、ふと思い出して竜児の読み進める手を止めようとした。

 

「あ、そうだ、この辺はちょっと女の子同士の恋愛があって人を選ぶから……」

 

「もう読んだ」

 

「……読むの早いね~?」

 

「速読技能あると知識を頭に叩き込むのが効率的になるからね」

 

 のほほんとした園子の顔に、ちょっと不安が浮かんだ。

 

「いいんじゃない?

 僕は、まあ、その……立場上、あんまり同性愛とかは推奨できないけどさ」

 

 浮かんだ不安が、竜児に見られる前にすっと消えた。

 

 四国の現状的には、あまり百合とか同性愛とかはよろしくない。

 けれど竜児は、そういうことを理由に園子のこの小説にケチを付ける人が居たなら、趣味の小説に何言ってんだお前……と止めに入るだろう。

 好きなら好きでいいんじゃないかな、という想いもある。

 園子は好きで書いてるし、竜児は好きなことやってる乃木さん羨ましいなあ、なんて思ってもいる。

 

 園子の性癖がどうだろうと、竜児は別にどうでもいいのだ。

 竜児にとって園子がどうでもいい存在だからではない。

 "他にあるいいところがいくらでも目につくから"、園子の性癖がどうだろうと、彼女への評価が変わらないというだけの話である。

 

「見た限りでは小説全部ハッピーエンドなのがいい。そういうところには、性格出るよね」

 

 園子が、花咲くような笑顔になった。

 

「そう言ってくれたお友達は、二人目なんだよ~」

 

「まだまだ増えるよ。読者は小説を通して、君の心のどこかを見てるんだから」

 

「心。こころが見られてるんだぁ」

 

「小説は自分の人生と心の一部を切り取って貼り付けるもの、なんて言う人もいる。

 小説だけで作者の人格を全部把握できるものじゃない。

 でも自分の中に無いものを小説家は作品に出せない、ってやつ。

 今のところ全部犠牲も無いハッピーエンドだから、乃木さんの小説めっちゃ好きだよ」

 

「めっちゃ?」

 

「めっちゃ」

 

 めっちゃ、と竜児は三たび繰り返した。

 

「乃木さんは何考えてるか分からないところあるけど。

 こういうのを見ると、やっぱりいい人なんだなあと実感するよ」

 

「そうかな?」

 

「悪い人が何考えてるか分からないと不安になるからね。

 でも良い人が何考えてるか分からなくても別に不安にはならない。

 乃木さんが周りを不安にさせてないのは、皆良い人だって分かってるからだろうさ」

 

「でも小説だと、恋人が何を考えてるか分からなくて、不安になるシーンがいっぱいあるよ?」

 

「恋愛で自分を不安にさせる恋人はある意味悪い人じゃないかな」

 

「……確かに!」

 

 竜児もようやく、天然の園子のテンポに合わせる方法、園子の波長に合わせるスタイルを見出だせてきたようだ。

 ノリが徐々に合ってきている。

 他人以上友人未満のラインに居たのが、徐々に友人のラインに寄って来た。

 

「ミノさんちの銀、鉄男、金太郎、って姉弟の順番は面白いよね~」

 

「名前に姉弟感あるよね。

 銀は魔を討つ清浄の金属だから、バーテックスを討つ勇者っぽくもある」

 

「うんうん、狼男には強そうだよね~」

 

「『銀』の左側の金は、神を祀る柱を意味する象形。

『銀』の右側の『艮』は"踏み留まる"の意。

 木の根の『根』の右側と同じだね。

 金にならず、銀で踏み留まった金属、という成り立ちを持ってる。

 こう……『ギリギリまで踏ん張って頑張ってほしい』って感じがして僕は結構好き」

 

「おおー」

 

 確かに銀は、追い込まれてからの粘りが強いイメージがある。

 銀という金属は叩いても砕けず、曲がりながらもしぶとく踏ん張る金属だ。

 

「じゃあわっしーは?」

 

「『須美』とかいい名前すぎでしょ……

 あれは要するに"須臾の美しさ"の変形。須臾とは1000兆分の1の意だ」

 

「へー」

 

「つまり『須美』ってのは、『この一瞬の美しさ』のこと。

 親御さんのセンスと愛が光るよね……

 須臾は一瞬って意味が転じてとても長い間、って意味でも使われるから。

 その一瞬にだけ宿る美しさを、末永く……っていう意味にも取れる。こだわりが良いよね」

 

「リュウさんはわっしーが大好きなんだね~」

 

「え? ……いやいや、普通だよ普通」

 

「リュウさんは友達の容姿も、性格も、趣味も、名前も、全部好きになろうとする人なんだよ」

 

「いやその」

 

「愛されたい人は世の中にいっぱいいるけど、リュウさんは愛したい人なんだね~」

 

「……ええと」

 

 園子は感性の少女だ。

 鷲尾須美について――東郷美森について――語る竜児の語り口に、もしかしたら何かを感じ取ったのかもしれない。

 竜児は言葉に詰まった。

 "わっしーが大好きなんだね"と言われると未来人の身の上のため、その辺の好意の過程を説明できたいため肯定できないが、ちょっと否定もしたくない。そんな少年の心境。

 

「私は普通の名前だもんなぁ」

 

 園子が頭を掻き、その手が長い髪をまとめた青いリボンに触れる。

 竜児はむっとした。

 どこが普通の名前だ、いいやつの素晴らしい名前を"普通の名前"って言い切るとか許さんぞ、という感じのむっとした顔だった。

 

「学園、庭園、楽園。

 どこもいいところで、どこも人の居場所だ。

 園は皇族の墓を示す言葉でもあるから、高貴さも出る。

 保育園、幼稚園、といった風に子供を育むイメージもあるよね。

 何より、勇者が花の衣装を身に纏ってるから、勇者としてはとても映える名前だ」

 

 竜児が語れば語るほど、園子の表情が柔らかくなっていく。

 

「僕はいい名前だと思うよ。名前に入ってる(その)の字にとても愛を感じる」

 

「そうかな~?」

 

「そうだよ」

 

 知識がある人間の語りは、時に知識のない人間の反論を許さない。

 それゆえに、知識のある人間が正論を語ると嫌われることもある。

 竜児の知識語りは時々、友人や仲間を肯定して褒めちぎるという目的のために、知識が無い者には絶対に反論できない正論となるものだった。

 

「名前比べて親の愛比べてもしょうがないさ。

 名前にこだわってない親が子を愛してないかといえば、そうでもないだろうし。

 乃木さんのお父さんとお母さんは、ちゃんと乃木さんを大切に思ってるはずだよ」

 

「私のお父さんとお母さんも乃木さんだよ~?」

 

「……そりゃそうか」

 

「『そのっち』とか、『園子』とか、呼んでほしいなって」

 

「ダメだ。これ以上女子を下の名前で呼ぶ数を増やしてしまったら、ふしだらになってしまう」

 

「ふしだら」

 

「ふしだらになってしまう」

 

「私だらだらするのが好きだよ」

 

「僕はだらだらになるのもいかんのだよ」

 

「そう言えばリュウさんが言ってた要注意怪獣のダラダラクロノーム……」

 

「ダイダラクロノームね」

 

「それも来たら怪獣だらけだね」

 

「このくだらない会話頭の回転が続く限りいつまでも続けられそうで困る」

 

 竜児には頭の良さがある。

 ただ、時々園子が見せる頭の回転の速さや瞬時の判断力は、地頭の良さにおいて園子が彼を上回っているという事実を、知らしめ始めていた。

 

「乃木さんはのんびりしてるな、って思ってたけど。

 時々見る頭の回転の速さを見ると、やっぱり違う気がするよ。

 君の根底は、のんびりとかそういうのじゃなくて……きっと、優雅なんだ」

 

 勇者の衣装の属性を、竜児に一言で表現させるなら、それらはきっぱり三つに分かれるだろう。

 青の鷲尾須美は清楚の花。

 赤の三ノ輪銀は情熱の花。

 そして、紫の乃木園子は、優雅の花。

 

 思うまま望むまま自然に振る舞う園子が、自分勝手な子に見えないのは、きっと彼女の中に分かり辛い優雅さがあるからなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからまた、いくばくかの時間が経った。

 勇者システムに攻撃力を強化する満開、防御力を強化する精霊が実装される。

 竜児の端末から、竜児の意に沿わずして吸い上げられた情報が、大赦に技術を与えてしまった。完成形を見せてしまった。この実装に踏み切らせてしまった。

 

 勇者達は、満開の代償を知らない。

 

「へーんしん! と、変わっては見たものの……武器とかは変わってないね、わっしー」

 

「衣装も特に変わってないわね」

 

「その辺は追々手を入れていくってさ。アタシは武器の形は今のまんまがいいけど」

 

 勇者達が、新システムの衣装を見せ合っている。

 封印の儀がまだ無いことを除けば、彼女らの勇者システムは結城友奈世代のそれに、単純な戦闘能力のみ追いついた。

 何も知らずに満開を連発していけるなら、きっとまだまだ強くなれる。

 体の一部と引き換えに、精霊の新たな力を得ながら。

 

「でも、アタシ達は確かに強くなったんだよな。説明を聞く限り」

 

「ええ。これであの人にもギャフンと言わせられるでしょう」

 

「わっしーはリュウさんに対抗心もりもりだね~」

 

「リュウさんは私達の力を信じてるわ。間違いなく信じてる。それは分かるのよ」

 

 須美には気に入らないことがあった。

 

「信じられてはいる。でも、頼られてはいない」

 

 あの大きな背中が、いつも自分達を必死に守ろうとしていること。

 その背中を自分達が守れないこと。

 そして、"もしかして初対面の時のあの台詞は本気だったのでは"と思えてきたことだ。

 

「あの人は私達の力を信じてはいるけど、私達の力を頼りにはしてない」

 

「あー……それ、ありそうだ」

 

 園子は竜児が言っていた言葉を思い出す。

 

―――二年長く生きてる分くらい、僕が男である分くらい、守らせてほしいよ

 

 竜児は過去に来て、未来では持っていなかった希望を持ってしまった。

 東郷も園子も、満開を使わずに済ませられるんじゃないかと。

 犬吠埼姉妹の両親は助けられるんじゃないかと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、思ってしまった。

 人はそれを、"欲が出た"という。

 園子は竜児のそういうところに気付いていて、のほほんと呆れている。

 

「その理屈が通るなら、私達の代わりになりたい大人って、いっぱいいるんじゃないかなあ」

 

「ん? 園子、何か言ったか?」

 

「何も言ってないよ~」

 

 須美は竜児のそういうスタンスの理由が、自分達の弱さにあると思っていた、というわけだ。

 メビウスは竜児に何も言っていない。

 この時代の勇者の脆さを鑑みて、今は竜児のその思考の方が適している、と考えたようだ。

 竜児もまた、メビウスが何か言ってくるか言ってこないかで、今の自分が間違っているかどうかを判断しているフシがある。

 

 竜児とメビウスは、二人で一人のウルトラマンだった。

 

「この強化は私達三人の秘密にしましょう。ピンチに、ドカンと見せつけるのよ!」

 

「おお、ピンチにピンチでピンチな連続、そんな時! 発動する満開!」

 

「大逆転! 燃えるね~!」

 

 夕方の訓練場で、変身だけして額を突き合わせ話している三人を見て、足を運んで来た竜児がビニール袋片手に半目になる。

 

「え、何やってんの君ら」

 

 竜児を見てひそひそ話を始める三人を見て、竜児は疎外感を覚えた。

 鼻を掻いて、床にビニール袋を置いていく。

 

「乙女の作戦会議よ」

 

「そうそう!」

 

「そーそー」

 

「……まあいいけど。早めに帰りなよ」

 

 女子の秘密に竜児は特に踏み込まず、袋を置いて帰って行った。

 

「ふぅ、危なかった」

 

「危うく乙女の秘密がバレるところだったぜ~」

 

「あ、飲み物置いていってくれたみたいじゃん」

 

 ビニール袋の中には、飲み物やタオルなどが詰め込まれていた。

 勇者達が訓練場に行ったと聞いて、どうやら気を遣ってくれたらしい。

 なら、そうと言っていけばいいのに、と須美は思ってしまう。

 

「男の人の気遣いは独特ね」

 

 須美はペットボトルを取ろうとして、ペットボトルが斜めに立ったまま、止まっているということに気付いた。

 

「……来た」

 

 時が止まり、世界が変わる。

 

「樹海化、それに……バーテックス!」

 

 幸か不幸か。

 満開と精霊の実装は、次のバーテックスの襲来には間に合ったということだ。

 多くの意味で、須美達は新しい勇者システムのことを知らないままに、戦いに挑んでいた。

 

 

 

 

 

 敵の姿を見た瞬間に、竜児の体は凍りついた。

 

 何故か分からない。

 だが、鳥肌と怖気が止まらない。

 体は巨人と同程度で、大きくはなかった。

 外部に膨大なエネルギーを放出しているというわけでもなかった。

 強そうな武器を持っているというわけでもなかった。

 

 スマートな体は、頑丈そうな怪獣と比べればむしろ脆そうに見える。

 二足歩行、黒い体に、黄色く点滅するクリアパーツのような発光体。

 ピポポポポポポ、と低い電子音のような鳴き声が響いている。

 

 見かけに強いと判断できる部分は無い。

 だが、竜児はその怪獣を恐れていた。

 これまでの戦いと仲間との日々で身に着けた勇気で、その恐怖を踏破する。

 何故こんなにもあの怪獣が恐ろしいのか、竜児にはまるで分からなかった。

 

『―――ゼットン』

 

 その怪獣の名を、メビウスが呼ぶ。

 

「メビウス……ゼットンって、メビウスの兄さんを殺した……」

 

『アルファベットの終わりは(ゼット)。ゆえにゼットン。終わりの名を持つ怪獣』

 

「終わりの名を持つ怪獣……」

 

『掛け値なしに、最強の一角だ』

 

 竜児は恐怖の正体を知った。

 この恐怖は、久方ぶりに感じた死の確信。

 ()()()()()()()()()という、予感だ。

 

 

 

『こいつはゼットンの最上級体―――"ハイパーゼットン"だ!』

 

 

 

 死が見える。

 竜児がウルトラマンだからだろうか?

 ゼットンの向こうに、死が見える。

 竜児に黙って強化を終えた勇者達の自信満々な姿が、今は眩しく見えてしまう。

 もしかしたら、ここが、彼の終わりになるのかもしれない。

 

『ゼットンに光線を撃ってはいけない。そこは気を付けて!』

 

「ああ、分かった! 行くよ!」

 

「『 メビウーーース!! 』」

 

 光の柱が立ち上がる。

 光りに包まれ、竜児とメビウスが一つの巨人と成り、立った。

 メビウスブレスから抜いた剣にて切りかかる。

 

「『 メビュームブレード! 』」

 

 全力を込めて剣を作った。

 全力を込めて剣を振った。

 なのに、ゼットンが素早く展開したバリヤーに触れた瞬間、その剣はへし折れてしまった。

 

「な―――」

 

 ゼットンはバリヤーを使うとは聞いていた。

 だが、ここまでのものであるだなんて、話だけで理解できようはずもない。

 

『リュウジ!』

 

 メビウスの注意の声も虚しく、瞬間移動をしたハイパーゼットンが竜児の腹を蹴り上げる。

 竜児がくぐもった息を漏らし、上に吹っ飛び、上に瞬間移動したゼットンが蹴り落とした。

 蹴り落とされた竜児が空中で、瞬間移動したゼットンに横から殴られる。

 痛みで意識が飛びかけた竜児が吹っ飛ばされる先にはゼットンが居て、竜児の顔面を輝く手の鋏で殴り抜いた。

 気絶しかけた竜児の腹に瞬間移動したゼットンの蹴りが突き刺さり、痛みで目覚める。

 

 苦し紛れに生成し振ったメビュームブレードがかわされ、背中にゼットンの鋏が刺さる。

 前のゼットンに殴られた、と思った瞬間、背後から殴られていた。

 何故背後から、と思った一瞬に、目の前の"ゼットンの残像"が消えていく。

 あまりにも瞬間移動の展開が早すぎて、光ですらも置いて行かれてしまい、残像が分身のようにその場に残ってしまっていたのだ。

 

「あ、ぐっ、がっ、ぎっ、い゛っ、づっ、がぁっ!?」

 

 手も足も出ない、とはこのことか。

 ウルトラマンメビウスは滅多打ちにされていく。

 

「リュウさん! ……ああもう、消えたり現れたり!」

 

 勇者達も助けようとするが、銀ではこの相手に対し果てしなく無力だ。

 瞬間移動を繰り返すハイパーゼットンに対し、銀はそもそも接近ができない。

 距離あたりの移動時間が巨人より長くなってしまう人間では、ハイパーゼットンに走って追いつける可能性がゼロなのである。

 園子ですら、槍の穂先を飛ばしても弾速が足らない。攻撃を当てられない。

 

 メビウスへ攻撃することに集中していたハイパーゼットンに、たまに弾速の速い須美の矢を当てるのが精一杯だった。

 

「くっ、矢がたまに当たっても、硬い……!」

 

 これではダメだ。

 当たってもハイパーゼットンを止められない。

 須美はメビウスをタコ殴りにしているハイパーゼットンを苦々しく見ながら、急速に弓矢に力をチャージし、強力な力を秘めた"溜め撃ち"を放った。

 

「当たれ!」

 

 須美が放った光の矢は、まっすぐに飛んでハイパーゼットンに当たり―――吸収され、増幅反射され、ウルトラマンメビウスの胸を直撃した。

 

『ぐあっ!?』

 

『リュウジ!』

 

「……え、えっ、ご、ごめんなさい!」

 

 ゼットンに光の技は効かない。

 光はゼットンに吸収され、跳ね返される。

 この"光殺し"とも言うべき特性が、数々のウルトラマンを苦しめてきたのだ。

 

『ぐっ、僕ら、は、負けるわけにはいかないんだ!』

 

 竜児はしゃにむに殴り掛かるが、ハイパーゼットンは余裕でその拳を弾く。

 返しのハイパーゼットンの腕撃を、竜児は防ごうとするがガードの上から腹を殴られる。

 

「くっ、あっ」

 

 腹の中身を絞り出すような声が、ダメージを如実に語っていた。

 単純な腕力にも差がありすぎる。

 竜児は飛び上がり、空中戦を仕掛けようとして――

 

「!?」

 

 ――ウルトラマンメビウスの飛行速度マッハ10を超える、ハイパーゼットンのマッハ33の速度に追いつかれ、地面に蹴り落とされた。

 

「あ、ぐっ……!」

 

 なんとか立ち上がるメビウスだが、地上付近で最高マッハ33の速度を出してくるハイパーゼットンに、瞬間移動なしでも速度で追い詰められてしまう。

 ハイパーゼットンがただ飛ぶだけで、軽い勇者達は立っていることすらできなくなった。

 

「な、何これ……!?」

 

「音速突破の衝撃波、とかいう、やつじゃないかな~」

 

「須美、園子! アタシの斧に掴まれ! 吹っ飛ばされるぞ!」

 

 樹海内の空気がかき混ぜられる。

 神樹に強化されたはずの勇者達ですら立っていられないほどの暴風が渦巻く。

 そんな暴風の中、叩きのめされたメビウスが立ち上がった。

 ハイパーゼットンが、メビウスにトドメの一撃の照準を合わせる。

 

『避けるんだ! リュウジ、()()()()()は、今の君じゃ防げない!』

 

 胸に輝くは、ゼットンの代名詞。最強最悪、一兆度の暗黒の火球。

 

(―――1兆度の、暗黒火球―――)

 

 竜児の思考が加速する。

 これを放たせれば、自分は死ぬ。

 死にたくない、と反射的に思った。

 これを放たせれば、余波で勇者達も死ぬ。

 死なせたくない、と反射的に思った。

 竜児は半ば反射的に、メビュームスラッシュを放っていた。

 

 メビュームスラッシュがハイパーゼットンの手元にあった、暗黒火球に命中する。

 奇跡的な弾速、光刃の軌道の精密さ、発射タイミングが噛み合って、一兆度の暗黒火球をメビュームスラッシュが誘爆させる。

 未完成の一兆度がゼットンを飲み込み、"周囲の空気が燃え尽きた"としか言いようのない現象がそこに発生した。

 

「きゃあああ!?」

「うわっ!」

「くうううっ……」

 

 空間が、空気が、あっという間に燃え尽きて、火球が爆発した場所に恐ろしい勢いで空気が引き込まれて行くかと思えば、暴風がそこかしこをかき混ぜていく。

 目を焼く閃光、爆炎、原子さえも崩壊しているのではないかと思える熱と光。

 質量をそのままエネルギーに変える破壊兵器でも、この爆炎には及ぶまい。

 爆発はウルトラマンの巨体ですら容易に吹っ飛ばし、その体を瀬戸大橋樹海の端に叩きつけ、勇者も紙のように吹き飛ばし、勇者の方はなんとか竜児がキャッチした。

 

 そして、それだけの爆発の中で。

 ハイパーゼットンのは、傷一つ無い姿で佇んでいた。

 

『こいつに、攻撃力を制御する気が無ければ、とっくに地球は燃え尽きてる……!』

 

『やはりプロマケットゼットンとは比べ物にならない!』

 

 一兆度の火球。

 そんなものがあれば、地球も太陽系も壊せるだろう。

 だが……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそゼットンは、火球の熱を完璧に制御できる。

 膨大な熱を制御し、ウルトラマンすら焼き尽くす一点集中を成し遂げるのだ。

 余計な物を焼かず、破壊力を一点に集中した一兆度は、星を砕く光線に耐えるウルトラマンですら絶命させる。

 

 ハイパーゼットンは、火球の熱を制御している。

 ゆえに余計なものは焼かない。

 ゆえに火球が誘爆させられても自分には傷一つ付けられない。

 言い方を変えれば、一兆度の熱を一点に集中することで、一兆度の熱を出す兵器の数万倍の威力を出しているとも言えるのだ。

 

 ハイパーゼットンは暗黒火球をまた放つ。

 今度は……()()()()()

 

『嘘だろ……勇者は、全員、伏せてて!』

 

 竜児は勇者を優しく地に降ろし、空に飛び上がる。

 七つの火球はメビウスの飛行速度と変わらぬ速度を持って飛び、竜児が振り切ろうとしても幾度となく方向転換し、飛翔するメビウスの後を追う。

 逃げ切れない。

 ゆえに竜児は賭けに出た。

 

「『 メビュームピンガー! 』」

 

 この火球が一つの火球を七分割した、七つの一兆度という仮設を立てる。

 そして、自分の後を追って自分の後方でひとかたまりになっていた火球に、分身と分身能力を封じる光線をぶち当てた。

 竜児の憶測でしかない仮説は見事に当たり、火球は一つの火球にまとまる。

 

「『 トゥインクルウェイ! 』」

 

 そして、目一杯の力を込めて、数万光年先の宇宙へと繋がるワームホールを空けた。

 一瞬だけ開いたワームホールに火球が飛び込み、数万光年先の宇宙で大爆発を起こす。

 数万年後に地球から空を見上げれば、今の火球が起こした一兆度の宇宙規模爆発が見えるかもしれない。

 無茶が重なり、二分が経過し、カラータイマーが点滅を始める。

 

 ハイパーゼットンの瞬間移動が、竜児に反応すら許さない。

 巨人の首に手の鋏が振り下ろされ、その意識を強烈に刈り取る。

 巨人の体から力が抜け、地に落ちていく。

 舞い上がる土煙。

 不動に伏す巨人。

 カラータイマーの点滅が弱々しくなり、巨人の目から光が失われていく。

 

(ダメ……なのか……)

 

『リュウジ! リュウジっ!』

 

 意識が、記憶の中に沈んで行った。

 

 

 

 

 

 いつのことだっただろうか。

 竜児は夏凜と話していた。

 話の流れで、そんな会話をした気がする。

 

「あんたが死んだら、私は泣くわよ」

 

 強く在ろうとする夏凜が。

 強い自分を見せようとする夏凜が。

 弱さは隠し、克服しようと考える夏凜が。

 こんなにも迷いなく、照れなく、そう言ったことに、竜児は驚いた。

 泣かせたくないと、竜児は思った。

 

「……それは、嫌だな。僕は嫌だ」

 

「あんたはそういう奴よ」

 

 夏凜は竜児のことをとてもよく分かっていて、分かっているから的確に釘を刺していた。

 

 リュージはそういうのに弱い、と。

 

「女を泣かせたくなかったら、死ぬ気で生き延びて……勇者部とかに、また帰ってきなさい」

 

 言葉が、記憶が、力をくれる。

 

 

 

 

 

 メビウスの諦めない呼びかけが、竜児の内側に響く。

 

『リュウジ!』

 

 メビウスの呼びかけで、竜児は目を覚ました。

 

「くぅっ……今にも、死にそうだ……!」

 

『だけど、まだ死んではいない! そうだろう?』

 

「ああ……メビウスから教わったことだ……大切なのは、諦めないこと!」

 

 巨人が立ち上がり、フラフラと構える。

 立ち上がったものの絶体絶命。

 無傷のハイパーゼットンに、勝機はまるで見当たらない。

 そんな中、頭脳に優れた園子が、何かをブツブツと呟いていた。

 

「あそこにリュウさんが居て、その後ここに出て。

 そこにリュウさんが居た時には、ここに出て来た。

 なら……ええっとー……? リュウさんが、ここに行ったら……」

 

「何やってるのそのっち!」

「そうだぞ! アタシが役に立てない分、園子が……」

 

「……そっか。じゃあ、ここだね」

 

 何かの答えが自分の中で出たのか、槍を一振りする。

 そしてフラフラで構えるウルトラマンと、にじり寄るハイパーゼットンを見据え、ウルトラマンの耳に届くギリギリの声量で語り始めた。

 

「ウルトラマンの聴力なら、この距離のこの声の大きさでも聞こえるよね」

 

『……乃木さん?』

 

「怪獣にも聞こえてるかもしれないから、詳しくは言わないよ。

 詳しく言えないんだ。だから……言えることは一つだけ。私を信じて、そこで待って」

 

『……信じる?』

 

「絶対、ウルトラマンが勝つって信じてるから。だから今度は、私を信じて」

 

『分かった』

 

 竜児は即座に園子を信じた。園子が戸惑うほどの即答だった。

 園子もわけが分からないほどに、竜児は園子と信じ合えることを信じている。

 竜児の記憶の中の園子は、こう言っていた。

 

■■■■■■■■

 

「後のこと、お願いしてもいいかな。ウルトラマン」

 

「違うよ。君がウルトラマンなんだよ。

 メビウスじゃなくて、あなたがウルトラマン。ちゃんと知ってるはずだよ」

 

「体がそうでも、あなたの心は誰よりもウルトラマンなんだよ。

 人間らしくないって意味じゃないよ?

 とっても大きくて、明るくて、暖かくて、優しいって意味だよ」

 

■■■■■■■■

 

 乃木園子がウルトラマンを信じてくれていることなんて、ずっと過去(まえ)から知っている。

 

『信じてるよ。ずっと未来(むかし)から』

 

 彼女が自分を信じてくれることなんて、ずっと未来(さき)から知っている。

 

 ハイパーゼットンは竜児の正面からにじり寄り、最高のタイミングでワープした。

 ウルトラマンの背後をゼットンが取る。

 竜児はまるで反応できていない。

 怪獣の両手の鋏がクロスされ、ウルトラマンの首を刎ねる動きをし――

 

「今!」

 

 ――ゼットンの足場が、崩れた。

 

 園子の武器は、浮遊する穂先を複数持つ槍だ。

 これは勇者が走る足場にも出来る。

 足場にも出来るということは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

 園子は破壊された樹海の破片と、槍の穂先を使って、即席の『偽物の足場』を作り、樹海に重ねてハイパーゼットンに踏ませたのだ。

 ハイパーゼットンが竜児の背後に現れることを、計算で予測した上で。

 

「足元には気を付けてね~?」

 

 足場の崩壊の落差は10m。

 ハイパーゼットンの身長は70mであるがために、人間で言えば20cm以上足が落ちたことになる。

 こんな突然の崩壊に、瞬時に対応できるわけがない。

 ゼットンは混乱を抑え、崩れた体勢を立て直し、また瞬間移動しようとする。

 

 されど、もう遅い。巨人は怪獣を捕まえた。

 

「ようやくお前を」

 

『捕まえた!』

 

 竜児とメビウスが叫び、巨人の体が燃え上がる。

 ハイパーゼットンは瞬間移動で逃げようとするが、肉に指が食い込むほどにがっしりと体を掴まれてしまっていて、自分の体だけ瞬間移動させられない。

 瞬間移動させてもメビウスも一緒に瞬間移動させてしまう。

 バリアや火球なども、この密着状態では使えない。

 逃げ切れない、と怪獣は思う。

 逃がさない、と二人は思う。

 

 そうしてウルトラマンメビウスは、樹海のブーストを受け、最大最強の自爆を敢行した。

 

「『 メビュームダイナマイトッ!! 』」

 

 広がる爆風。

 吹き飛ぶ体。

 燃え上がる炎。

 万物を砕く爆炎に、我が身を捨ててでも何かを守ろうとする光が舞い散る光景に、園子が見惚れる。

 

「綺麗」

 

 また無意識的に、彼女は呟いていた。

 

 

 

 

 

 ()()()()した竜児のメビュームダイナマイトは、樹海の強化効果もあって、本当に規格外のレベルの破壊力を実現していた。

 ウルトラ戦士の中でも際立つレベルの威力の技である。

 相応のデメリットがあってこそ成立する、最強の攻撃力の技だった。

 なのに。

 

「なんで」

 

 なのに。

 

「嘘だろ」

 

 なのに。

 

「なんで、倒れないんだよっ!」

 

 ハイパーゼットンは、膝すらつかない。

 

 逆に、再生を終えたメビウスの方が膝をついてしまった。

 

「ぐ、う、ううぅ……!」

 

『リュウジも限界……どうすれば……!?』

 

 ハイパーゼットンは倒れる気配を全く見せていない。

 ここまでやってダメなら、もう他に何をすればいいのか。

 何をすれば倒せるのか。

 戦っている当人達が、虚空にそう問いかけたくなるような絶望的状況だった。

 

 ただ、一人。

 鷲尾須美を除いては、だが。

 

(この切り札……どこまで通じるかは分からない。でも、今以上の切り時は見つからない)

 

 銀は近接型ゆえに、戦いに全く加われていなかった。

 園子の攻撃も、弾速のためにほとんど当たってはいなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()、戦いの最中に常に矢を撃ち、ハイパーゼットンに攻撃を当てていた須美だけだった。

 

 

 

「満開!」

 

 

 

 竜児の絶望となる声が響く。

 竜児が未来から情報を持って来なければ、ここで響くはずのなかった声が響く。

 何も知らない須美の決意の声が響く。

 響いた頃にはもう遅い。

 何を言っても止められない。

 

 供物は、捧げられる。

 

『やめ……やめろぉっ!!』

 

 竜児が叫ぶ。手遅れに。

 神樹の神託が、満開を通して巫女かつ勇者たる須美の中へと流れ込んだ。

 

(……? 頭の中に、フレーズが浮かぶ……神託? 神樹様の、神託?)

 

 "その技の名"を口にすることで、満開の異なる運用が可能となるという。

 須美はその技の名が、パソコン用語っぽいと思った。

 パソコンに詳しい希少な勇者である彼女だからこそ気付いた、似た名前。

 パソコン用語の『オーバーレイ』、すなわち『重ね合わせる技術』と名前の綴りが似た、神樹様より授かりし技。

 勇者に、大きな神の力を重ねる技。

 

力を上に重ねる(オーバーレイ)

 

 須美の弓矢が光に包まれ、満開の力を宿す媒体となり、須美本来の満開とはまるで違う形へと結実する。

 

 

 

来たれこの手に神威の光矢(オーバーアローレイ・シュトローム)

 

 

 

 そして。

 満開の力を一点に集めた弓矢が、矢を放つのではなく、一体化した弓と矢を放った。

 弓矢は飛翔する翼の如く変形し、ハイパーゼットンの胸に直撃する。

 

穿(うが)てっ!!」

 

 一定の時間力を解放し続ける満開とは違う、一瞬に全てを解放する満開。

 仮に五分間火砲を放ち続けられる満開と比較すれば、瞬間火力は単純計算で300倍。

 されどいかなる威力であれど、ゼットンに光線は効かない……はず、だったのに。

 ゼットンはその光線を吸収できない。

 吸収できないことにゼットン自身が驚愕していたが、それも当然。

 竜児とメビウスの渾身のダイナマイトが、ゼットンの全身の発光体を砕き、隅々にまでヒビを入れていたからだ。

 

 園子が作り、竜児の繋いだ希望を、須美が繋いだ。

 

「……うっ」

 

 須美が倒れる。

 散華の影響と、初めての満開で全ての力を込めてしまった影響だろう。

 そして彼女が倒れた直後、万物を分解消滅させる特殊型満開が、ハイパーゼットンの胸部を跡形もなく消滅させていた。

 

 胸が深く抉れて消えるほどの威力。

 恐るべきは満開と、それにこれだけの威力を持たせた須美の意志か。

 

 だが、ハイパーゼットンは死なない。

 

「これでも死なないのか……なら!」

 

「行っくよー!」

 

 須美の繋いだ希望を、銀と園子が繋ぐ。

 

 敵の胸に突っ込んだ二人が、須美の満開で抉れた胸部を大斧と槍で強打した。

 抉れた胸部は、他よりは脆い。

 須美が抉ったゼットンの胸部を狙った、二人の渾身の攻撃が、胸から背中まで繋がるほどの大穴を開通させた。

 

 だが、ハイパーゼットンは死なない。

 

「うあああっ!?」

 

「きゃああっ!?」

 

 ハイパーゼットンが瞬時に生成した炎球を爆発させ、銀と園子を吹き飛ばす。

 ただそれだけで、ハエを叩き落とすような気軽な動作で、二人は吹っ飛ばされ戦闘不能になってしまった。

 

「銀! そのっち! ……どうすれば、倒せるっていうの……!?」

 

 立ち上がれない須美が呻く。

 ハイパーゼットンを倒すには、とびっきりの一撃が必要だ。

 それも、複数のウルトラマンの力を一つに束ねたような一撃が。

 

「! 鎮花の儀が……」

 

 桜花舞い散る鎮花の儀が始まる。

 須美は花びらを見つめ、その向こうで、死力を振り絞り構える巨人の姿を見た。

 カラータイマーが早鐘を打つ。

 だが、竜児は諦めない。メビウスもまた諦めない。

 

 銀と園子が繋いだ希望を、竜児とメビウスが繋ぐ。

 

「『 ウルティメイトメビュームシュートッ! 』」

 

 ウルティメイトブレスとメビウスブレスが輝き、最強の光線を鎮花の儀で強化した光線が放たれる。

 ハイパーゼットンもこれにはたまらず、あっという間に体の半分を吹き飛ばされた。

 もはや左腕はない。

 左足も無い。

 胴体の多くも消し飛んでいる。

 

 だが、ハイパーゼットンは死なない。

 

「……っ」

 

 鎮花の儀の力も使い切ってしまった。

 もう最強の光線も撃てない。

 ハイパーゼットンは片足ながらも、メビウスににじり寄ってくる。

 

 止まりそうなカラータイマーがやけにうるさい。竜児は、底力を振り絞った。

 

「『 ……メビューム、シュート! 』」

 

 光線が、ハイパーゼットンの頭を吹き飛ばす。

 

 だが、ハイパーゼットンは死なない。

 

『リュウジ! もうここで限界だ!』

 

 2分59秒で、メビウスが竜児の命を守るべく変身を強制解除する。

 

 ハイパーゼットンはまだ死んでいない。

 片腕と片足だけで、頭も胸ももう無いのに、それでも死なず、人間に戻った竜児を腕の鋏で挟んで持ち上げる。

 

「ぐ……あっ……!」

 

「リュウさん!」

 

 ぐっ、ぐっ、と生身の竜児が締め上げられる。

 竜児が潰れる。

 竜児が挾み潰される。

 その未来を前にして、須美は悲痛な声を上げ、竜児は強い目で怪獣を睨んだ。

 

 残り僅かな光を集め、竜児は人間体でメビュームスラッシュを放つ。

 

「あき、らめ、るかっ……!」

 

 小さな光の刃が、怪獣に当たる。

 そこで、ハイパーゼットンの動きが止まった。

 鋏の動きが止まり、竜児を掴んでいた腕がぼとりと落ちて……怪獣の全身が、砂になっていく。

 

 最後の最後の力を振り絞った一撃のダメージが、1であっても。

 それで相手の体力が残り1なら、倒すことができる。

 大切なのは、諦めないことだ。

 諦めてしまう者に……この勝利は、掴めない。

 

 皆で、心で、掴んだ勝利であった。

 

「倒せた……の?」

 

 須美が、呆けた声を口にする。

 

「だい、じょうぶ? 鷲尾さん」

 

「リュウさ―――」

 

 竜児が傷だらけで、這いずりながら須美に手を伸ばす。

 須美もまた、竜児に手を伸ばす。

 傷とダメージで動けないはずの竜児。消耗と疲労で動けないはずの須美。

 二人は互いに手を伸ばし、二人の手が重なった。

 

 竜児は頑張って須美を助け起こそうとするが、まず自分が立てていない。

 少年の手が少女の手をグッと握る。

 少女の手が、少年の手を優しく握り返す。

 

「起きれない、なら。頑張って病院にまで……連れてくから。もう少しだけ、我慢して」

 

 なんでかは分からない。

 だが、何故か、そこまで想われていることに、須美は泣いてしまいそうになった。

 でも、泣くことはしなかった。

 涙を見せたら、この少年は一生自分を頼ってくれない気がしたから。

 

 運命は巡る。

 紫の勇者は、いつかの未来に花言葉の通りノアに選ばれ。

 赤き勇者は、『銀』が『赤』になるネクサスの運命を体現し。

 青き勇者は、青の運命に従い、オーバーアローレイ・シュトロームを使用した。

 彼女らは神に選ばれたのだ。

 神に選ばれた勇者なのだ。

 そこに、何の誇張もない。

 

 命が運ばれていく道筋。結末に至る道筋。定められた到達点。人はそれを、運命と呼ぶ。

 

 

 




 竜児世代のバーテックスとこの世代のバーテックスは全然別なので、この時代でバーテックス倒しても竜児の時代の定員十二体は特に減りません

●ハイパーゼットン(イマーゴ)
 『滅亡の邪神』。
 その力は、「宇宙を支配する法則」「全宇宙に死をもたらす神」とも形容される。
 あらゆる次元から餌となる無数の怪獣を集め、それを喰らい、桁外れのエネルギー量と規格外の恐るべき能力を複数持つ。
 無敵のバリヤー。
 発動速度が早すぎる上に連発できるため、残像で分身しているように見える瞬間移動。
 敵の光線を吸収・増幅して撃ち返す反射能力。
 戦闘のスピードにも反映されるマッハ33の飛行能力と羽。
 分裂・発射後操作が可能な、一兆度の暗黒火球。
 その暗黒火球さえ超える威力の邪炎、コラプサーオーラ。
 尋常でない強さを誇るため、中に乗り込んでこの体を操る星人次第で、ほとんどのウルトラマンが太刀打ちすらできなくなる。
 逆に言えば、誰も乗り込んでいないバーテックス型ハイパーゼットンにならば―――

※補足
・ハイパーゼットンに勝った人A
 ウルトラマンゼロ、コスモス、ダイナが合体したウルトラマンサーガ(三人がかり)
・ハイパーゼットンに勝った人B
 怪獣二体の力を借りたビクトリー、ウルトラ六兄弟の力を借りたギンガ(十人がかり)
・ハイパーゼットンに勝った人C
 コスモスとダイナの力を借りたゼロ、ゼロとジャックの力を借りたオーブ(六人がかり)

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