時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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遅刻遅刻ー
あ、この話の次の話から過去編の終章です


第十殺四章:始まり(終わり)満開(始まり)

 竜児は一人、病院の一室で少女達を見守っていた。

 少女達は眠っている。

 体の各所に巻かれた包帯が痛々しい。

 竜児は今彼女らを見守っているものの、先の戦いでは彼女らを守りきれなかった。

 

 罪悪感が胸の内に渦巻き、自傷しそうになる感情の爆発を、竜児は眼鏡を押し上げる動作のルーチン効果で押さえ込んだ。

 

「……」

 

『リュウジ』

 

「分かってるよ、メビウス」

 

 銀は最後の火球の爆発で、吹き飛ばされて地面に叩きつけられてしまった。

 体の各所に小さな火傷があり、擦り傷も多い。

 だがそれ以上に、叩きつけられた衝撃で骨にいったダメージの方が大きかった。

 特に足の骨に入ったヒビは、全治一ヶ月を宣告されている。

 無論戦闘行動も推奨されていない。

 

 園子は吹き飛ばされても要領よく着地していたが、不運にも爆発の傷が酷かった。

 爆炎の閃光による視力へのダメージ、爆発が引き起こした轟音による聴覚へのダメージ、そして腹には大きな火傷が残った。

 後遺症が残るかどうかは経過次第、とのことだ。

 女の子の肌に消えない傷が残れば、竜児の心にも消えない傷が残ることだろう。

 

 須美はある意味最も重傷だ。

 満開が足の機能を持っていってしまったために、もう二度と立ち上がれないだろうと判断されている。

 満開の後遺症を除けば後の問題は体の疲弊くらいだが、足の動かない体を使いこなせるようになるまで、その体に適した戦闘スタイルを身に着けるまで、どのくらいの時間がかかるか少し予想もつかない。

 

 ハイパーゼットンは、まさに超級の中の超級であったと言える。

 満開を使わされた恐るべき怪獣であるとも言えるし、満開一回で勝てたことが奇跡である怪獣だとも言える。

 もしも。

 もしも、最後の須美の満開が、実弾系の技を叩き込む満開であったなら。

 ハイパーゼットンは須美の満開を瞬間移動でかわし、そこで希望は潰えていただろう。

 

 須美の満開が光線系であったがために、ハイパーゼットンはそれを吸収しようとし、ウルトラマンの自爆で吸収ができなくなった事態が噛み合って、奇跡の勝利に繋がったのだ。

 ここは完全に運が良かったとしか言えない。

 諦めない気持ちに、彼らの幸運、須美にかの技を使わせた神樹の英断、それらのどれが欠けても勝てなかったという脅威。

 

 竜児は須美に満開をさせてしまった過去への後悔と、園子が33回の満開をしたという未来への恐怖を、心の中でどんどん膨らませていく。

 ハイパーゼットンの恐るべき強さが、ノンストップでそれらを膨らませていた。

 

(甘く見てたのか、僕は)

 

 この先も、この苦しみが続く。

 何度も、何度もだ。

 未来で見た園子の精霊の数が、満開の回数が、それを保証してくれている。

 

(僕が現状を甘く見てたから、こうなったのか……?)

 

 竜児の心が、あまりよくないサイクルにはまり込んでいた。

 ここには二年後の勇者達がいない。

 癒やしになってくれる樹がいない。

 いい空気を作ってくれる風がいない。

 竜児が弱った時、頼れる夏凜がいない。

 それに何より、希望を見せてくれる友奈がいない。

 

 竜児以外の勇者が全員小学生で年下なことも相まって、竜児のスタンスは完全に普段とは真逆のものとなっていた。

 勇者部の皆を頼る竜児のスタンスが、勇者に頼らず逆に勇者に自分を頼らせようとする、勇者を自力で守ろうとするスタンスに逆転してしまっている。

 『守りたい』という想いが前に出過ぎているのだ。

 

 不確定な未来に向かって、仲間と共に全力を尽くすならいい。

 だが、未来が見えているなら?

 色んなものが失われた後の未来を、竜児は既に自分の時代で見てしまっている。

 

 もしも、過去を良くしようと一生懸命頑張って、全部無駄になって、あの未来に繋がってしまったらどうする?

 

(三ノ輪さんを未来で見た覚えはない)

 

 一番可能性が高いのは……三ノ輪銀が死に、園子が満開を過剰に連発し、東郷がその記憶すらも全て失ってしまうという最悪の結末だ。

 分かりきったバッドエンド。

 

(このままだと、東郷さんは記憶を失い、乃木さんはああなって、三ノ輪さんは―――)

 

 思考の懊悩が、竜児に"満開を使える勇者"を頼ろうとする気持ちを失わせ、何がなんでも自分の力で解決しようとする方向性を与えてしまう。

 

『リュウジ、気負いすぎても何もできないよ』

 

「分かってる」

 

『頭では分かってるけど、君の心は……』

 

「……メビウスが言ってくれないと、僕は僕の状態も分からないのか」

 

 "皆の力を借りないと"という冷静で明晰な思考と、"皆に満開の力を使わせてはいけない"という良心と恐れの心が、竜児の中で喧嘩している。

 メビウスの指摘で竜児は少し落ち着き、自分の内側を見つめ直した。

 眠り続ける少女達の前で、竜児は祈るように――懺悔するように――合わせた手を、目を瞑って歯噛みして、額に当てる。

 

「僕はどんなに強くなっても、一人で全部を守れる奴にはなれないのか」

 

 強化形態を掴み取った。

 最強のコスモミラクル光線を手に入れた。

 メビウスに強くなったと言われた。

 怪獣に余裕をもって勝つこともできるようになった。

 強くなれたと、そう思えた。

 それでも。

 『無力の苦悩』は無くならない。

 

「本当は、そうなりたい気持ちを捨てられないんだ、メビウス」

 

 それはある意味、無力の苦悩と劣等感ゆえに悪に堕ち、竜児を生み出した父ベリアルの遺伝子が与える、遺伝子(GENE)宿命(DESTINY)のようなものだった。

 

『なればいい。なるといいよ。僕は君がそうなれるのを、いつまでも待ってる』

 

「―――」

 

『でも今の君は、まだそうなれてないだろう?』

 

「……仲間の助けがないと、全ては守れないんだよね」

 

『仲間の助けがあれば、全てを守れる人にだってなれる。

 そう考えた方がいいよ。それは君の弱さではなく、強さなんだ』

 

 仲間に助けてもらわないと不可能を可能にできない弱さ、なのか。

 仲間と助け合えば不可能でさえも可能にできる強さ、なのか。

 いや、この二つはそもそも表裏一体で、切り離せないものなのかもしれない。

 

「それでも僕は……誰にも……満開してほしくないんだ……」

 

『リュウジ……』

 

 竜児を助けてくれる兄はもういない。いないのだ。

 だから立ち回りは失敗できない。

 満開で失われる何かを守るには、誰かが満開をしてしまう前に、竜児が何かをしていくしかないのだから。

 病室のドアを静かに開けて、安芸がそこから声をかけてくる。

 

「竜児君」

 

「……安芸先輩」

 

「少しいいかしら」

 

 竜児は病室の外に出た。

 ここで話さないのは、勇者にあまり聞かれたくない話だからだろうか。

 安芸が提案したのは、満開における一部のシステム制限の話だった。

 

()()()()()()()()()()()()の。システム的に封印することも検討されているわ」

 

「……それがいいかもですね。

 あれだけ威力がある技だと、鷲尾さんの体に負担がかかりすぎる」

 

 須美が撃ったあの満開は、"ウルトラマンネクサス"の技のそれだ。

 ウルトラマンの神が力の多くを失った形態、それがウルトラマンネクサス。

 ネクサスは基本形態と、変身者ごとの固有形態を持つ。

 最も基本的な形態変化は、『銀が赤に変わる』というものである。

 その次に来るのは、『弓などの武装を使う青の形態』である。

 最後に至る神の力の一片は、竜児の時代において精霊として園子に力を与えていた。

 

 園子、銀、須美の三人は、明確に()()()()()()()()

 

 ゆえに、危険だ。

 竜児の時代でウルトラマンの神の力を行使した園子は、血を吐いていた。

 勇者の力は普通の人間の体では扱えず、勇者の体でしか使えない強大なもの。

 だがその勇者の体でも扱えないほどに、巨人の神の力は強大すぎる。

 須美が次に撃った時、散華で支払われる代償以上のダメージが、須美の体を襲っても不思議ではないのだ。

 

「封印の儀の実装はまだダメでしょうか」

 

「そちらもまだ時間がかかると思うわ」

 

「帰りに大赦に寄って僕も手伝います。一刻も早く実装しましょう」

 

「休みなさい。あなたも戦闘直後なのよ」

 

「まだ休めません。バーテックスはいつでもここを攻められるんです」

 

 もし、すぐにでも『次』がくれば、今の布陣では詰みかねない。

 ハイパーゼットンという最悪の脅威が、竜児に最大限の危機感を与えていた。

 開発の大半は大赦のスタッフに頼むとしても、せめて肝心な部分の助言はして、封印の儀の完成は早めておきたい。

 

「僕がこの時代に来たのは、運命を引っくり返すためです。皆の、幸せのために」

 

 竜児の中に苦悩はある。

 だが信念は揺らいでいない。

 悲劇の運命を変えるのだ。自分がここに居る意味は、そうであると信じている。

 

「強いのね」

 

「強い? ご冗談を」

 

 安芸はその心を、強いと評し。

 竜児は己の心を、悲しみで揺れる弱いものであると見ていた。

 

「強くなれば悲しみが平気になるなら、ウルトラマンなんて皆非情にしか見えませんよ」

 

「……」

 

「強さなんて、本当は悲しみに何の関係も無いんです。

 ちょっと強くなっても、悲しみは平気になんてならない。

 強い人も、弱い人も、等しく悲しいんです。

 ただ……我慢できる人と、我慢できない人が、いるだけで」

 

 竜児は悔いている。

 銀を、園子を、須美を見て悔いて、悲しんでいる。

 それでも、足と手を止めることだけは絶対にしない。

 

「我慢して、頑張ります。安芸先輩だってそうでしょう?

 少なくとも未来の僕は、未来でそういう先輩を見て、尊敬してたんですから」

 

「……そう」

 

 安芸は複雑そうな顔をした。

 彼女は大人だ。

 勇者達の舵取りを任された大赦の大人だ。

 彼女には彼女だけの苦悩があり、それは決して小さくない。

 

 傷だらけで眠り続ける勇者達を見て。

 過剰なくらいに覚悟の決まった中学生を見て。

 戦えない大人の彼女は、何を思っているのだろうか。

 "自分を慕う子供達が明日には死んでいるかもしれない"という現実が、ハイパーゼットンの暴威によって、安芸に改めて突きつけられていた。

 "誰も死なずに乗り切れるかも"という安芸の中の甘い見通しは、既に千々に砕かれている。

 

 その時、安芸の携帯電話が鳴り響いた。

 

「失礼」

 

「僕のことはお気になさらず」

 

 どうやら安芸の上司からの電話らしい。

 電話に出た安芸だが、最初は穏やかだった会話が、次第に不穏になっていった。

 

「入院期間を長く取りすぎ?

 ケアは十分にしつつもっと早く復帰させるべき?

 いえ、ここは大事を取って……

 ですが!

 ……それは、そうですが。それでも、そこまで早期の退院では……」

 

 竜児の耳は、集中すれば携帯からの声だって拾える。

 会話の内容は、勇者達をなるべく早く復帰させろというものだった。

 『完治』まで経過を見てから勇者を戦場に出すのではなく、『戦える』状態になれば勇者をすぐにでも戦場に出せるようにせよ、という上からの指令だ。

 

 なるほど、合理的だ。

 大赦としても、勇者という戦力が防衛から外れているのは喜ばしくないのだろう。

 更に言えば、ハイパーゼットンのようなバーテックスがもう一度来れば、竜児とメビウスだけでは到底世界を守りきれない。

 "満開を撃つだけの固定砲台"だとしても、勇者は戦場に並べておきたいはずだ。

 その『合理』が、竜児の癇に障った。

 

 安芸の手の中から携帯電話を引ったくり、その向こうの誰かに竜児が叫ぶ。

 

「僕は負けない! ウルトラマンは負けない! 一人になっても!」

 

 一人でも勝つと、啖呵を切る。

 

「だから」

 

 その声には、燃えたぎる炎のような熱と、何をするか分からない悲嘆があった。

 

「僕の仲間に無茶をさせて、死なせて、僕を本当に一人になんてさせないでくれ」

 

 安芸は想う。

 竜児を一人で戦わせたら、どうなるか?

 ……ロクな結末にはならないだろうという確信が、彼女の中にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 須美が目を覚ましたのは、三人の中では最後だった。

 外傷だけで言えば須美は一番軽傷であったが、ここだけ見ても須美の消耗が一番大きかったことが窺える。

 大赦は竜児に黙って満開を実装した。

 勇者に何も教えず実装した。

 そのことで竜児の怒りをかなり買ってしまったらしく、大赦は目覚めた須美に満開の代償と、須美の足の機能が失われたことを伝えた。

 

 大赦が、竜児の"もう満開を使わせないよう釘を刺す"という意図を反映した形だ。

 

「もう……歩けない?」

 

 もう動かない足を見て、須美は信じられないような思いになる。

 大赦の大人達が去った後も、しばらく呆然としていた。

 立ち上がろうとする。

 立ち上がれない。

 足が動かない。

 

 歩くことも、走ることも、もうできない。

 学校に歩いて行くことも。

 家の中を歩いて回ることも。

 『行きたい場所に好きに行っていい自由』という、ほとんどの人に保証されている自由は剥奪され、須美にはもう足を自由に動かす権利すら無かった。

 

「足が、動かない」

 

 脳裏に浮かぶは過去。

 銀と園子と一緒に、遠足で走り回った記憶。

 友達と一緒にショッピングモールを歩き回った記憶。

 大好きな親が転んだ時、自分の足で歩み寄って、助け起こした記憶。

 二本の足でしっかりと立ち戦い、仲間を守った記憶。

 

 脳裏に浮かぶは未来。

 友達と一緒に走り回ることはもうできないという絶望。

 誰かに支えてもらわないと、まともに学校生活を送ることもできないという絶望。

 大人になって親を背負ってあげる未来ももうない、という絶望。

 戦いの中で大切な人を守ることも難しくなって、仲間の足を引っ張るかもしれないという絶望。

 

「……もし、このままずっと、足が動かなかったら」

 

 須美の背に怖気が走る。

 皆と歩調を合わせられない。

 健全な人と同じ歩幅で歩めない。

 もう楽しい想い出の自分のように、友達と一緒に走り回れないという絶望と、このまま友達(みんな)に置いていかれたらどうしよう、という恐怖。

 

 友達(みんな)に置いて行かれたら、もう須美の足では追いつけない。

 

「ひっ」

 

 想像の恐怖が須美を襲う。

 須美は顔を真っ青にして、自分を掻き抱き、その身を震わせた。

 

「いっ……いやっ!」

 

 震えた体がゆらりと傾き、ベッドから落ちてしまう。

 

「痛っ」

 

 ベッドから落ちても、立ち上がれない。

 足が不具になった人間は腕力を鍛える。

 腕力だけで自分の体を起こしたり、ベッドの上に上がれるようになれないと、日常の様々な場所で不具合が起きてしまうからだ。

 

 須美は立ち上がれない。

 ベッドの上に上がれない。

 仰向けに引っくり返ったまま、体を引っくり返すこともできない。

 足だけが、動かなくなってしまったから。

 

「私は……」

 

 須美の胸の内に、虚無感が広がる。

 

 自分は何をしているんだろう、と。

 

「……私は、何か、悪いことをしたから、こうなったの?」

 

 親に言われて、大赦に言われて、神樹様の崇高なお役目に挑み。

 仲間が出来て、仲間と友達になって、絆を深めて。

 巨人と出会い、運命に立ち向かい。

 そして、みじめな姿で床を転がっている。

 

「頑張ったのに……頑張って……使命とお役目を……友達を……」

 

 ベッドの上に自力で上がることすらできない惨めさに、じわりと涙が浮かぶ。

 

「……ううっ」

 

 今の須美にできることは、涙を流し、流れる涙を腕で隠し、動かない足を嘆くことだけ。

 心が折れそうだった。

 足が動かないということが、心に染み込む絶望だった。

 いっそのこと、足と一緒に記憶も飛んでいてくれれば、何がなんだか分からない状況になって、この現実も受け入れられたかもしれないのに。

 

 そんな彼女の体を、一人の少年が横抱きに抱き上げた。

 悲嘆を噛み潰したような顔で、竜児が抱き上げていた。

 

「してないよ」

 

「……えっ」

 

「君は何も、悪いことなんてしていない。

 こんな目に合わなくちゃいけない理由になることは、何も」

 

 ゆっくりと、優しく、須美の体をベッドの上に降ろす。

 

「君は悪くない。君が苦しむ理由なんてない。だから、助けるんだ」

 

 そして、竜児は背中を見せた。

 

「乗って」

 

「え?」

 

「さっさと乗れ」

 

「あ、はい」

 

 須美が悪戦苦闘しつつ竜児の背に乗り、竜児はこっそりと須美を病院の裏手に連れて行く。

 彼女を背負っていることに少し照れ、竜児は鼻の頭を掻いた。

 そこに、竜児が大赦の倉庫から資材を漁り、超特急で作り上げた車椅子があった。

 

「どうぞ、ジープ型車椅子です」

 

「何事!?」

 

「悪路でも走れる最高の車椅子を持ってきたよ!」

 

「車椅子……車椅子!?」

 

 足が動かなくても動かせる、『世界のどこにだって行ける』、車椅子。

 須美がどこかに行きたいと思えば、どこにだって行ける車椅子。

 鷲尾須美のための最高の足として、熊谷竜児はこれを作った。

 

「普通の車椅子も持ってきたけど、どっちがいい?」

 

「普通ので!」

 

「普通のがいいかぁ……まあそうだと思ったけど。そっちも頑丈に作っておいたよ」

 

 頑丈で地味な車椅子。

 何の変哲もないが、サイズの細かな調整がしやすい構造になっており、須美の体のサイズに合わされている上、相当に頑丈に作られていた。

 成長期の須美のために作られていることが、座っただけでよく分かる。

 座り心地も悪くなかった。

 

「満開の細かい後遺症の話、こっちも医者から聞いたよ」

 

「……そう、なんだ」

 

「自由に動く足とかは、ちょっと待ってほしい。作るの時間かかるから」

 

「え?」

 

「何も悪いことしてないんだ。

 それで何かを失うのはおかしい。

 うん、まさにその通りだ。君には足を取り戻す権利がある」

 

 少しでも、少しでも、失われたものを取り戻すために。

 須美は不思議そうに、竜児の献身の理由を問いかけた。

 

「なんでそこまでしてくれるの……?」

 

 須美にはそこまでしてもらえる理由がなかった。

 竜児にはそこまでする理由があった。

 人はそれを、『友情』とも呼ぶ。

 

「鷲尾さんがちゃんと幸せになれないと、こっちも後腐れなく幸せになれないからだよ」

 

 彼が彼女のために頑張る理由は、いつの時代も変わらない。

 

 

 

 

 

 須美の足の一件は、他の勇者の精神にも大きな影響を与えていた。

 戦えば勇者システムを手に取るしかない。

 勇者システムで世界を守るには満開するしかない。

 満開すれば何かを失う。

 銀は迷っていた。

 

「三ノ輪さん、端末チェックしてみたけど異常はないよ」

 

「ありがとリュウさん。でもおっかしいな、試しに変身しようとしても、できなかったんだけど」

 

 松葉杖片手に、銀が首をかしげる。

 カフェのテーブルの向かいに座る竜児は、眼鏡を押し上げ深刻な顔をしていた。

 

 銀はまだ骨のヒビが治っていない体で、腕の振りだけでも鈍らせないようにと、変身して訓練しようとしたらしい。

 だが、端末が動かなかったので、竜児にチェックしてもらっていたのだ。

 されど端末に異常はない。

 

「異常があるのは、もしかしたら三ノ輪さんの方かもしれない」

 

「へ? アタシ?」

 

「正しい精神状態で、戦う意志を見せる。

 それが勇者システムを正常に起動し、勇者になる条件だ」

 

「……」

 

「君の中に、何かの迷いがあるんだと思う。違ったらごめんね」

 

 銀が深く息を吐く。

 彼女の手元のカップの中身が、息に当てられ揺れる。

 揺れる水面(みなも)が、彼女の揺れる心を反映しているかのようだ。

 

「不安なんだ」

 

「うん」

 

「うちは両親が忙しくて、そんなに裕福でもない」

 

「うん」

 

「大赦がお手伝いさんを送ったりもしてくれた。

 でも、五歳の弟や生まれたばかりの弟は、アタシが面倒をみてるんだ」

 

「うん」

 

 銀は小学六年生とは思えないほどに、家を支えているしっかり者だ。

 父も母も彼女を信頼し、愛している。

 二人の弟もそうだ。

 

「アタシが家事に回ってなんとか家を回してる。

 でも、でも、もしもだぞ? あたしが……須美みたいになったら……」

 

「……」

 

「アタシは"世話をする側"じゃなくなる。

 "世話をされる側"になる。

 そうしたら、もう家の中のことを今まで通りには回せない。

 最悪親の人生まで、アタシに合わせてどうにかなっちまうかもしれないじゃないか」

 

 銀には、『世話をする側』から『世話される側』になれない理由がある。

 同時に、『満開をする理由』に必ずぶつかるだろうという確信もあった。

 

「アタシはさ、多分須美や園子やリュウさんがピンチになったらすぐ満開する。

 自分でそれが分かるんだ。

 他の誰でもない、アタシのことだから。

 でもそうやって満開したら……満開して体のどっか失った後は……」

 

 銀の勇者システムが起動しないのは、戦いを恐れているからではない。

 満開の喪失自体を恐れているわけでもない。

 根性と勇気で、銀はそれらを踏破できる。

 恐れているのは"満開の後"であり、仲間のためなら何度でも満開できてしまうという自覚だ。

 

 これが、戦いを恐れていないのに戦いを怖れるという、矛盾を産む。

 

「心の中、ぐちゃぐちゃだ」

 

「なら、戦わなくてもいいはずだ。誰も文句は言わないよ」

 

「アタシがアタシに文句を言うよ」

 

 三ノ輪銀は死ぬかもしれない。

 だから戦いから遠ざけたい、そんな想いから来る少年の一言だった。

 されども、銀がそんな言葉を受け入れるわけもなく。

 

「逃げちゃダメだろ、アタシは。お役目からも、満開からも」

 

「逃げていいんだ、君は。戦いからだって……満開からだって」

 

 仮に三ノ輪さんが戦うとしても、と言って、竜児は一息継ぐ。

 

「満開しよう、って思った時。

 ちょっと僕のことを思い出してくれればいい。

 もしかしたら僕がなんとかできるかもだし、僕に丸投げすればいいんだ」

 

「そんな……」

 

「信じて任せて、僕に」

 

 満開だけは絶対にするなと、竜児は釘を刺す。

 仮に銀が心の整理をつけて、戦えるようになったとしても、満開だけはしないように。

 

「別に満開しなくても、全力は尽くせるんだ。

 満開さえしなければそれでいいと、僕は思うよ」

 

 "信じて任せろ"という言葉は、否定すれば銀から竜児への信頼を否定することになるため、銀は表向き否定しづらい。

 ゆえに、これは自覚的に銀の優しさを利用した、信頼を人質に取った言い回しである。

 優しさと信頼を利用するやり方に、竜児の胸は痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 時は流れていく。

 すぐに来るかと思われたバーテックスの襲来はなく、一ヶ月近い時間が流れ、季節は九月終盤にまで移行していた。

 銀の足ももうすぐギプスが外せるらしい。

 園子も肌に火傷は残らない見通しである、とのこと。

 須美も車椅子にすっかり慣れ、足が動かないなりに戦闘をこなすスタイルや、リボンを使って足の代わりとする戦闘法を身に着け始めていた。

 

 車椅子の上で須美が得意気に笑み、鼻を掻く竜児がそれを苦笑して見ている。

 

「私はあと十年はこれを使わせてもらうわ。約束する」

 

「じゃあこっちは、あと数年……

 いやもっと早く、君が満開で失った部分を補える足を作ってみせる。約束だ」

 

 約束があった。

 

「必ず、君を助ける。約束だ」

 

「なら私は、あなたを守る。約束よ」

 

 噛み合っているようで、噛み合っていないようで、どこかが重なっている、そんな約束が。

 

 

 

 

 

 竜児は徹底して時間を稼いだ。

 銀の足の骨にヒビが入っていようと、須美が失った足の機能をまだ補えていなかろうと、敵のバーテックスは待ってはくれない。

 ゆえに竜児は、結界の外に出た。

 結界の外に出て、一分間光線で星屑を減らし、また結界の中に戻る。

 バーテックスの素材となる星屑の間引きである。

 

 どのくらい効果があるかは分からないが、一ヶ月もの間バーテックスが来なかったのだ。

 無数の星屑の間引きは、最低でも数日は敵の出現を遅らせられたと思いたいところ。

 

「……だいぶ減らせたかな」

 

『どうだろう? ただ、時間稼ぎにはなっているはずだよ』

 

「これもあんまりやりたくないなー。

 一回変身しちゃうと、一日くらいは休憩を取りたい。

 間引きの変身が終わった直後を狙って敵が来たら、僕らは無力だ」

 

『連続変身は危険だ。最悪、君の肉体も命も崩壊しかねない』

 

「うん、分かる。感覚的に分かるよ。

 一日一回、三分間の命を絞り出すだけでも疲れが凄い。

 三分が終わってすぐにまた三分を絞り出したら、それだけで磨り潰されそうだ」

 

 竜児が大赦に"勇者の傷を時間をかけて癒やさせること"の交換条件として出したのがこれだ。

 外の星屑を減らす。

 よってバーテックスの出現頻度は減る。

 その分、勇者は休める。

 もし敵が来たとしても、それにはメビウスが立ち向かう。

 

 竜児は本気で、勇者達が傷を癒やしていられる時間を稼いでいた。

 

「敵の襲撃を考えるなら一日一分の変身で間引きするのがいいのかな」

 

『それでも、その直後に戦うなら多少は無理が出る。

 僕らは二人で一つの命を使い、二つの心を並立し、二つの肉体を切り替えてる。

 三分は君が絞り出した光と命の残量であり、君という存在が維持できる限界でもあるんだ』

 

「何度だって肝に銘じておかないとね。僕らは三分で全てを決めないといけない」

 

 これからはもっと頭を使って、"三分"を使っていかないといけない。

 ここ一ヶ月の竜児は、常にそれを考えて動いていた。

 ……そうして、帰宅途中の彼は。

 昼間の陽光の暖かさに、気持ち良さそうに寝ている、乃木園子の姿を見た。

 

「すやぁ」

 

「乃木さん……! 公園のベンチで寝てる……!」

 

『ソノコちゃんは冬眠してる怪獣の女の子並みによく寝てるね』

 

「怪獣も人間も等しく女の子呼びできるメビウスはすげーや」

 

 竜児は順路を変え、園子の方に足を向けた。

 

「年頃の可愛い女の子が外で無防備に寝てるとか、危機感なさすぎる」

 

『面と向かってそう言えばいいのに。

 ソノコちゃんも知り合いの男性にそう言われたら、少しは危機感を持つんじゃないかな』

 

「可愛いと言おうと思って話しかけて、意識して可愛いと言うとか、やばいよ無理だよ」

 

『まったくもう』

 

 園子は膝の上に原稿用紙の紙束を置き、すやすやと寝ていた。

 置きつつも起きていない。

 

「お嬢さん、お嬢さん、寝るなら家にしなさい」

 

「ほぇー……あ、リュウさんだ~」

 

「ほぇーじゃなくて、起きて」

 

 ゆさゆさと揺らす。

 園子からは、女の子らしい花の香りと、紙の匂いがした。

 

「待ってたんだよ、リュウさんのこと~」

 

「僕を?」

 

「ここを通るって聞いてたんだけどね~?

 待ってる内に眠くなってきちゃって。

 リュウさんなら起こしてくれるからいいや、って思って、ここで寝てたんだよ~」

 

「僕を信用しすぎでは……?」

 

「あはは、リュウさんが私を見逃すわけないし、置いていくわけもないよ~」

 

「僕に何かされる可能性もあったろう。勝手にそっと手を握られたりとか」

 

「リュウさんにそんな度胸はないよ~」

『ああ、それは確かに無いね』

 

「はっ倒すぞ」

 

 友奈とのウルトラタッチですら恐る恐るで、徐々に段階を進めていったような男がいったい何を言っているのか。

 竜児は園子の体を気遣う。

 

「お腹は大丈夫?」

 

「うん、跡も残らないって」

 

「……良かった、本当に」

 

「キズモノにされちゃってたら、三人に責任を取ってもらうところだったよ~。

 リュウさんとわっしーとミノさんに、ずっと一緒にいてもらうんだ~」

 

「それは……まあ、そうなってたら仕方ないか」

 

「……ありゃりゃ」

 

 今の冗談って通じないのかぁ、と園子は困った表情を浮かべた。

 

「女の子のお腹に消えない傷とか、そのくらいは重いよなぁ」

 

「うーん、メッビーさん」

 

『それは僕のことでいいのかな』

 

「リュウさんは変な人だねえ」

 

『うーん……君達はお似合いの友人だと思うよ、うん』

 

「そうかな~? 嬉しいなぁ」

 

「……いけない! 気付いたら話が全く前に進んでない!

 乃木さん、僕を待ってたってことは用があったと思うんだけど、何かな?」

 

 竜児を待っていたという話が出たのに、園子がなんで待っていたかという話に一切近付いていかない。これはマズい。竜児は強引に話を戻した。

 

「わっしーはね、歴史学者になる夢があるんだって。

 私はね、小説家になりたいんだ~。だから、見てもらいたいなって思って~」

 

「乃木さんの夢は小説家なんだ」

 

「うん。リュウさんの感想が参考になる気がするんだぜ~」

 

 竜児は園子が膝に置いていた小説を受け取り、素早く目を通していく。

 彼の速読能力は一級品だ。

 読んでいるかも怪しく見えるほどの速度で、彼は園子の小説に感嘆していく。

 とても良い、素晴らしい出来の小説だった。

 この小説の腕に、小説家になるという夢が加わるのなら、未来はきっと安泰だ。

 竜児はそう確信する。

 

 その竜児の脳裏に、樹の笑顔が蘇る。

 夢を失った時の樹の言葉が蘇る。

 胸が張り裂けそうな痛みと、未来への恐怖が、竜児の内側に満ちた。

 

「乃木さん」

 

「なぁに?」

 

「満開は、夢を失うこともある。

 何があっても、以後絶対使わないように。

 君が……君が、その夢を、失いたくないのなら」

 

 竜児は怖い顔で釘を刺し、園子は困った顔をした。

 

「怖いよね~」

 

「そうだよ、満開は怖いんだ」

 

 園子が考えていることが分からない、という者は多い。

 

「ねえ、今私が何を怖がっていたか分かる~?」

 

「……? 満開のことじゃないの?」

 

 ただし、園子がいつも意味の分からないことを考えているかといえばそうでもなく、彼女の思考は筋が通っていることも多い。

 

「やっぱりリュウさんは、私のお友達より、私の心が分からないんだね」

 

 園子がそう言ったことの意味を、園子に解説されるまで、結局竜児は理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、夜の七時を過ぎたあたりだったろうか。

 四国を包む結界が、揺れた。

 外部からの攻撃が結界を破壊しつつ、四国内部の時間が止まらなかったからである。

 大赦でいくつもの叫び声が上がった。

 

「異常事態です!」

 

 時を操るがゆえの樹海化結界。

 しからばそれは、時の干渉によって止められてしまうもの。

 

「樹海化が始まらない……いえ、四国結界内の時間が止まっていません!」

「四国内の時間が止まっていないために、樹海化が始まらないのです!」

「バーテックス、侵入! レジストコード:ダイダラクロノーム!」

 

 時を操る怪獣が、四国内部の樹海展開に悪影響を及ぼし、平然と平和な街へと歩を進める。

 怪獣が歩く瀬戸大橋は、まさに大パニックと言っていい状況だった。

 運転手が逃げ出した車が、いくつも怪獣に踏み潰され、ガソリンに引火し炎上する。

 

「神樹様顕現!」

「対象バーテックス、瀬戸大橋を通過!」

「近隣住民、及び通行者にパニックが!」

 

 炎が下から怪獣を照らし、ダイダラクロノームを恐ろしい姿に見せていた。

 その姿を見た人々が、悲鳴を上げて逃げ惑う。

 逃げ惑う人々に、怪獣が瀬戸大橋から光線を放ち―――光と共に現れた巨人が、その光線を受け止めた。

 人々が、自分達を守ってくれた巨人を見上げる。

 

「高エネルギー反応! ウルトラマンです!」

 

 大赦の者達がモニター越しに、現地の人々が肉眼で、光の巨人の背中を見つめる。

 

『よう』

 

「よう とは 何だ 敵 同士の 身の上で」

 

『じゃあさようなら、とか言った方がいいかな』

 

「余計な 会話は いらん」

 

『そう』

 

 ダイダラクロノームが翼を広げ、空に舞い上がる。

 

『! リュウジ、気を付けるんだ! やつに翼は無かったはず!』

 

「ああ!」

 

 竜児がその後を追い、ダイダラクロノームはわざと街を狙って攻撃した。

 リバースメビウスの時とは違う。

 極めて悪意的に、邪悪に、街の人々を狙った。

 竜児はその攻撃を一つも落としてなるものかと、飛び回り、光線を何度も受け止める。

 

「なんだ!」

「うわ、気持ち悪い化物と……巨人!?」

「光の巨人だ!」

 

 怪獣の姿は夜空に紛れ込んで薄っすらと見えるだけだが、光り輝く巨人が光の盾で光線を受け止めるその姿が、街を守るその姿が、空を見上げる人々の目に映る。

 

「何がなんだか分からない……守ってくれてるのか?」

 

 空中で近接戦を挑む巨人を、空中でダイダラクロノームが受け止めて、強引に陸沿いの海面にまで投げ落とした。

 

「!?」

 

 高度数百mの高さから一気に投げ落とされ、水飛沫を上げながらメビウスは海底に叩きつけられた。

 海水と砂にまみれ立ち上がり、落下してきたダイダラクロノームとガッツリ組むが、その圧倒的なパワーに押し込まれてしまう。

 

「なんだこのパワー……!」

 

「十二体分 食ってきた バーテックス 黄道十二星座 十二体」

 

「―――!?」

 

「この時代の この場所を 襲うはずだった 十二体の バーテックス」

 

 バーテックスは、十二体でワンセットである。

 倒したバーテックスは、結界外で星屑により再構築されることもある。

 十二体倒した後に新たな十二体が出て来ることも、十二体まとめて出て来ることもある。

 竜児が来る前に、須美達が倒したバーテックスが居た。

 竜児が来た後に、皆で倒したバーテックスが居た。

 

 それらの個体の補充に使われた時間が一ヶ月。

 竜児の星屑減らしの影響を加味して、一ヶ月だ。

 ダイダラクロノームは、メビウスが強化形態を使えない状態で、自分は新たな強化形態を引っさげてやって来た。

 能力はほとんど変わっていないものの、基礎出力が大幅に上昇している。

 

「今の お前では 力のない お前では 勝てない」

 

「づっ!」

 

 海より街を狙って光線を放つダイダラクロノーム。

 バリアで街を守る竜児だが、バリアを光線が削る音が痛々しい。

 

「孵化する もうすぐ 孵化する 終わり 終わり そこで終わり」

 

「……?」

 

 よく見ると、ダイダラクロノームの腹の中で、光り輝く何かが胎動している。

 遠目にはまるで妊娠しているかのようだ。

 この時代で何かがそこに入ったのか。

 ダイダラクロノームが何かを一から作り出そうとしているのか。

 あるいは……()()()()()()()()()()()()()()、そこには何かが入っていたのか。

 

『リュウジ、目の前の敵に集中!』

 

「っ、うん!」

 

 バリアが貫通され始めた。

 リュウジは削られたバリアの展開を中止し、光の剣を出して光線を切り落とし始める。

 光線を通せば街が壊れる。

 大赦が避難誘導を始めた街を守り、竜児はそこに立ち続けた。

 

 光剣で街を守る巨人の足元には、砂浜。

 ダイダラクロノームは砂浜の下に触手を潜らせて、砂浜の下から巨人の足に絡みつき、触手を通して強力な電撃を流し込む。

 

「ぐあっ!?」

 

「時間 操れない お前 決定的に 遅い のろい ついてこれない

 強化形態の 速さ なければ ぼくに は 追いつけない 敵いっこない」

 

 竜児はメビュームスラッシュを放つが、いともたやすくかわされてしまった。

 

 ダイダラクロノームは、時を操る。

 時を止めて敵を攻撃、とまではいかない。

 時を加速して圧倒的速さで攻撃、とまでもいかない。

 

 だがメビウスの動きは常に遅くなり、時々決定的に遅くなる。

 ダイダラクロノームの動きは常に速く、時々早回しのように速くなる。

 時間は敵の味方だった。

 

 強固な体も、強いパワーも、必殺の光線もこの怪獣には要らない。

 フュージョンライズで得た、適度な常駐時間操作があれば事足りる。

 メビウスブレイブだった頃に、この怪獣を自分が圧倒できていたことが、竜児には不思議でならなかった。

 通常形態とメビウスブレイブのスペック格差を、またしても痛感する。

 

「くっ……やり辛い!」

 

 "当ての拍子"が妙に合わない。

 竜児がメビュームブレードを振るうが、ダイダラクロノームには中々当たらない。

 とにかく、威力が低くても何かを当てられれば。

 

「『 メビュームチャージ! 』」

 

 メビウスの体が回転し、ギラルーグ三体に同時に攻撃を当てた、光の輪の光線を放つ。

 巨人の周囲に回避困難な光の輪が広がっていき、遠目にそれを見ていた人々が、幻想的な光の光景に声を上げた。

 時を加速しようが減速しようが、回避困難な輪の面制圧。

 怪獣は怯え一つなく、瞬間移動で輪の内側に跳んできた。

 

「!」

 

 怪獣の光線が、巨人を直撃する。

 

「ぐあっ!」

 

 ぐらりと寄れる巨人の横を、怪獣の光線が通り過ぎようとする。

 狙われたのは巨人が守る街。

 竜児は必死で手を伸ばし、倒れながらも掴むようにして光線を掴み止めた。

 手の中が焼ける、嫌な音がする。

 

 ダメだ。

 ダイダラクロノームの強化だけが問題ではない。

 時間操作の能力だけが問題ではない。

 街と人々を庇わないといけないこの状況が、絶対的に竜児の敗北要因になってしまっている。

 

「何故 守る 守っても 何の意味もない 街を」

 

『あるさ。守るものを意識してると、力が湧いてくる。

 メビウスの力を借りてる半人前のウルトラマンの僕には、貴重な力だ』

 

「幻想だ」

 

『……何?』

 

 光線を丸め、ダイダラクロノームは光弾を街に連発した。

 海から陸へ、一直線に殺人を目的としたそれが飛ぶ。

 竜児は時々急に速くなる光弾、時々急に遅くなる自分の体という最悪の戦場と向き合いながら、街を必死に守り続ける。

 

「何かを 守ることで 湧く 力など ない

 仲間に もらえる 力など ありえない

 気力を 絞り出したのは その当人 頑張ったのは その当人

 土壇場で覚醒するは その当人の 秘められた 才能

 0 から 力が 湧いたのでは なく 秘められた 才能が 目覚めた だけ」

 

『そう一概に言えないのが、世の中のとんでもないところだ!』

 

「仲間の 想いで 熱くなり 勝った そんなものは 幻想

 冷静 でないと 勝てない 敵が いる

 熱くなって 力任せに 攻撃 しないと 倒せない 敵がいる

 二種類が あるだけ

 仲間が居て 熱くなって

 何かを守り 優先順位を間違え

 何かを失い 判断基準を間違える

 それで負ける 可能性もある

 その果てに 勝ったとしても その勝利は 運が良かっただけだ」

 

『やーな、理屈を!』

 

 竜児は息を切らして、ダイダラクロノームの光弾から街を守り続ける。

 

「絆は 無為

 繋がりが 産む力は 幻想

 何かを守り それで力を得る 幻

 全ては 滅び 全ては 終わる 人は終わる」

 

『終わらない! 何も!』

 

「正義とは 勝者である

 勝者と なった 天に座す 御方達は

 こう語るだろう

 人間は醜く

 おろかで

 何の価値もない

 害悪の塊のような生物で

 褒めるところなど全くない

 宇宙にも 類を見ないほど 滅びて当然の 生物であった と」

 

『―――!』

 

 勝者こそが正義。

 負けて、全て滅びれば、地球人は天の神の誹謗中傷に反論することすらできなくなる。

 負けられない。

 バーテックスとの戦いは、負けられないのだ。

 だから。

 

 

 

「満開!」

 

 

 

 負けられないから。

 守りたいから。

 乃木園子はその力を解き放った。

 溜め込まれた力が、花咲くように鮮やかに広がる。

 

『乃木さ―――』

 

 竜児の声に耳も貸さずに園子は満開の力を敵へと向ける。

 

「やああああああああっ!!」

 

 乃木園子の満開特性は空飛ぶ船。"運ぶ者"。

 船にはオールの如き刃が生え揃い、これが通常時の槍の刃のように機能する。

 刃からはビームの刃が伸長し、それぞれが分離して飛翔することも可能。

 飛翔する個別の刃は、ビーム・実体刃の両属性を持って、いかなる巨大な敵をも串刺しにする。

 

 更には園子の器用さと才能も相まって、何でもできそうだと思えるほどの、桁外れの汎用性も有している。

 東郷が無数の火砲持つ戦艦の満開を使っていたように。

 園子はそれと対になる、無数の刃持つ船の満開を保有している。

 

 その無数の刃が、ダイダラクロノームに向かって飛んだ。

 ダイダラクロノームは、瞬間移動でたやすくかわす。

 

「船?」

「船だ」

「化物、光の巨人、次は光の船か……」

 

 この夜の世界で、遠くから勇者などという小さなものが見えるはずがない。

 だが、満開の大きな船ならば見える。

 船が園子を隠しているのもあって、一般人からは船と巨人の共闘関係しか見えていなかった。

 自分達を守る、巨人と船の輝きしか見えていなかった。

 

『なんで……なんで満開した! 乃木さん!』

 

「ええ~、分からない?」

 

『分からない! あれだけ、あれだけやるなって言ったのに!』

 

「私ね、思うんだ」

 

 無数の巨大な刃が飛翔し、時を操る怪獣を追い詰める。

 それをかわした怪獣へ、巨人が仕掛ける追撃の飛び蹴り。

 怪獣はそれさえもかわしたが、そこに突っ込んで来た園子の船の突撃をモロに食らった。

 

 突然の樹海化無効から始まったこの戦いにて、園子の援護が加わって初めて、竜児達の攻撃が有効打として成立していた。

 

「散りたくて咲く花なんてないよ~?

 でも、散らない花も無い。

 満開の後に散華があるのは……きっとそういうことで!」

 

 怪獣に体当りした園子を怪獣が握り潰そうとする。

 その手を巨人の手が弾き、竜児が園子を守った。

 園子を守った竜児の背中を、高圧電流の流れる触手が狙う。

 その触手を刃で出来たバリアが守り、園子が竜児の背中を守った。

 

「でも、花が咲いて散った後には、種が残るよ! 何かが残るよ!」

 

『―――っ』

 

「何も残らないと知ってるなら、咲かない!

 でも、後に何かが残るって信じてるから、咲くんだよ!」

 

 ダイダラクロノームが取り込んだ十二体のバーテックスの力を解放し、最大最強の威力の合体光線を解き放つ。

 

 竜児と園子が、光と刃を組み合わせた合体バリアでそれを受け止めた。

 背後には街、そして街の中心に立つ神樹。

 二人のバリアが、街を、世界を、人々を守る。

 

「私は怖いよ!

 後に何も残らないのが……怖い!

 満開を躊躇って、それで色んなものが壊れてしまうのが怖い!」

 

「ッ」

 

「リュウさんがいつも、私達に満開させないために死んでしまいそうなのが、怖いよ!」

 

―――ねえ、今私が何を怖がっていたか分かる~?

 

 竜児は何も分かっていなかった。

 園子が竜児を見ながら、何を恐れていたのかも。

 満開の力が尽き、園子のバリアの効力が切れた。

 同時にダイダラクロノームのバーテックスブーストも切れ、ウルトラマンのバリアと、怪獣の光線の純粋な力比べが始まる。

 

「あうっ」

 

『乃木さん!』

 

 満開の船が消え、園子が空中から落下する。

 落下する園子を竜児の右手が受け止めた。

 ダイダラクロノームの光線に押し込まれ、竜児の左手と二つのブレスが光り輝き、バリアがまた光線を押し返す。

 

 竜児の右手の上で、園子は自分の手を見つめていた。

 足元にある槍も拾っていない。

 否、()()()()

 槍に手を伸ばした園子は、その手で槍を拾えずにいた。

 

『……指……?』

 

 指の機能の損失。

 目を失い何も見えなくなる可能性もあった。

 心臓が止まる可能性があった。

 夢を失う可能性があった。

 それに比べれば、もしかしたらマシかもしれない。

 けれど。

 

「たはは、もう小説書けないね~」

 

『―――』

 

 樹の時の心的外傷が、竜児の中でフラッシュバックした。

 この手では、もうまともに小説など書けまい。

 キーボードを打つにしても、筆を取るにしても、指先は必ず使うのだから。

 竜児が満開を強烈に忌避するようになった日の出来事が、記憶の中から蘇り、竜児の精神を強烈に切り抉った。

 

 樹の歌のように、園子の小説も、竜児は好きで。

 それらは、樹にしか生み出せない、園子にしか生み出せないもので。

 

『なんとか……なんとかしないと!』

 

「なんとかって、何~?」

 

『君は悪くない。君が苦しむ理由なんてない。だから、助けるんだ!』

 

 園子は悲しんでいる。苦しんでいる。悲嘆している。絶望している。

 

 けれども、彼の言葉を聞き、彼の顔を仰ぎ見て、自然と微笑む。

 

「いい言葉だね。私、その言葉、綺麗で好きだな」

 

 竜児は須美の足だけでなく、園子の手もどうにかしようとする。

 もうとっくに、キャパオーバーが見えているのに。

 

『指……指……脳波拾って動くマニュピレーターとか……何か……!』

 

「リュウさんは気にしすぎだよ~」

 

『なんでそんなのほほんと……ああもう!

 君はな! 君の小説が大好きなファンの熱量を思い知れ!

 絶対にまた、何の憂いもなく小説書けるようにしてやるんだからな!』

 

「……てへへ」

 

 園子は怖がっていた。

 自分の中の大切なもののために、自分の外にある大切なものを見捨てることが、怖かった。

 ゆえに信念と決意をもって、鮮やかに満開の花を咲かせた。

 喪失は大きい。

 絶望すら感じている。

 

「リュウさんは本当に、愛されるより愛したい人なんだよね~」

 

『こんな時に、何を!』

 

「勇気を貰うより、勇気をあげたい人なんだよね~。

 私達に守られるより……私達を守りたいっていう人なんだよね~」

 

『―――』

 

「愛されるのも、勇気を貰うのも、守られるのも、好きなのに。リュウさんはそうなんだよね」

 

 ダイダラクロノームの光線を、竜児の払いが防ぐ中。

 

 園子は実に的確に、竜児の本質を見抜いていた。

 

「でもダメだよ~。

 私達みんな、神様じゃないから。

 神樹様でも救えない私達を、人間一人が救うなんて、絶対に無理だよ」

 

『……少し先の未来を良いものだけで揃えるくらいなら、僕にもきっと!』

 

「良いことも悪いことも、未来にはきっといっぱいあるよ」

 

 園子は自然に、優雅に、天衣無縫に、何も取り繕う必要すらなく、"美しい心の動き"を体現していた。

 竜児の心が、悲痛と激情でぐちゃぐちゃになっているのとは対照的に。

 

『悲しいなら、苦しいなら、言ってくれ! どうにかできるよう頑張るから!』

 

「大事なことは、不幸を嘆くだけじゃなくて、幸せを見つめ直すことなんじゃないかな~」

 

『辛いなら……辛いって! 言っていいんだ、君は!』

 

「ダメだよ~」

 

『なんで!』

 

「私が辛いって言ったらリュウさんも辛くなっちゃう。

 リュウさんが辛いと私も辛い。

 だから言っちゃダメなんだ。……リュウさん、泣いてるよ?」

 

『―――』

 

「私が我慢して、おしまい。それでいいんだよ」

 

 巨人になれば、涙など流れないはずなのに。

 巨人になった竜児の涙など、園子には見えないはずなのに。

 園子は竜児の涙を指摘し。

 

『ありがとう、ソノコちゃん。それが見える君がいるなら……きっと、大丈夫だね』

 

『……メビウス!』

 

 指摘された涙の存在を、メビウスが肯定した。

 

 変わらず竜児とその背後の街を狙い続けるダイダラクロノームを、その時弓矢が曲射する。

 

「そうよ!」

 

 ビルの上から曲射で怪獣を撃ち貫くは、鷲尾須美。

 叫び、撃ち、呼びかける。

 十分に力を溜め込んだ第一射を曲射、その後もテンポよく勇者の矢を曲射していく。

 素の身体強度が飛び抜けて高いわけでもない怪獣は、たまらず光線を中断して逃げ出した。

 

「リュウさんは、私達の体の欠損は見てる!

 心の悲しみも見てる! ……だったら、心の全体もちゃんと見て!」

 

『!』

 

 満開の喪失と、悲しみだけを見ないでほしかった。

 それを乗り越えようとする心も、悲しみの中で見つけた嬉しさや幸せも、ちゃんと見ていてほしかった。

 須美は園子と同じように、恐怖と苦悩を感じながらも、それを越えていく。

 

「辛いけど、苦しいけど!

 それでも、捧げるのは私達で、捧げるのは私達の体で、変わるのは私達の未来で、だから!」

 

 誰にでも、満開をする権利がある。

 

 何かを失うと知りつつも、満開で何かを守ろうとする権利がある。

 

「私の運命は、私が決める!」

 

 そう、誰にも、自分の運命を決める権利がある。

 不当にそれを侵すものに、立ち向かう権利がある。

 

 須美は自分の未来を自分で決めると叫び、動かない足を自在に動くリボンで補い、勇者の弓矢を撃ち続けた。

 だがダイダラクロノームがそれを鬱陶しがり、須美に光線を発射する。

 足が動かず、機動力のない須美に光線は当た―――ることなく、飛び込んで来た銀が須美を抱えて回避した。

 

「見たか! アタシの超ファインプレー!」

 

「銀!」

 

 須美を抱えて、銀は一般人には見えない軌道と速度で飛び回る。

 建物から建物へ、屋上から屋上へ。

 怪獣の光線をかわしながら、赤の勇者は青の勇者を抱えたまま、夜闇の下を跳び回る。

 

「満開しないことで、誰かが死ぬなら。

 友達が死ぬなら。

 仲間が死ぬなら。

 家族が死ぬなら。

 アタシは迷うことなく満開使うけど、リュウさんは気にしないでくれよな」

 

『三ノ輪さん……』

 

 竜児が怪獣の攻撃を止めるべく、怪獣を押さえ付けようとするが、押さえ付ける前に瞬間移動でかわされてしまう。

 竜児の背後を取った怪獣を、銀が抱えた須美が撃ち抜く。

 怪獣が痛みに悶え、巨人が振り向き、奇襲は失敗する。

 園子もまた、勇者システムの補助機能にて、槍を再び擬似的に握りしめていた。

 

「リュウさんは知らないかもしれないけどさ。

 体張って"みんな"を守るのが、唯一の前衛勇者のアタシの仕事だ!」

 

 またしても広がる、怪獣の光弾。

 今度は光弾の威力を抑え、光弾の数を一気に増やしてきた。

 手数で街を壊すという、悪辣な攻め手。

 

 されどメビウスが動くよりも早く、飛び出した銀がその光弾の全てを切り落としていた。

 

「アタシは喜んで、ずっとそれをやって来たんだッ!」

 

 三ノ輪銀の精霊・鈴鹿御前。

 有する主な能力は"攻撃速度の上昇"。

 大きく重く頑丈な大斧を使う彼女にとって、これ以上相性のいい精霊はおるまい。

 銀は愛する家族がいる街を守るため。

 大好きな二人の友達を守るため。

 お人好しな巨人を守るため。

 

 ただ、強く在る。

 

「信じて任せろ、アタシに!」

 

 竜児に言われた"信じて任せろ"という言葉を、彼女はそのまま叩き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 大赦は予想していなかった事態、一般人の避難誘導、情報統制などに追われ、てんてこまいの状態にあった。

 そんな中、唯一大赦全体の動きに逆行している場所があった。

 勇者専用アプリ開発部所……すなわち、技術開発班である。

 

「もう戦いが始まってるなんて、なんてことだ!」

 

「『これ』の完成まであと少しなのに……!」

 

 安芸が、手を止めかけている大人達に呼びかける。

 

「諦めないで!」

 

「安芸さん?」

 

「あと少しというのなら、死力を尽くしてやりなさい! まだ諦めるには早いはずです!」

 

 安芸の声で、皆が止めかけていた手を再度動かし始めた。

 

 大赦の司令室とも言うべき場所で、大赦の者達はモニターの怪獣と巨人と勇者の戦いを見る。

 

「動きが速いな、バーテックス」

 

「あれに当てる攻撃速度と攻撃威力を両立するのは骨よ」

 

「相手がせめてもう少し脆くあってくれればやりようはあるんだが……」

 

 せめて何か、決定的な決め手になるものがあれば。

 

「あと少し時間があれば 『あれ』も時間の余裕があったってのに……!」

 

 最後のひと押しがあれば。

 

 

 

 

 

 メビュームブレードが翻り、二本の大斧が振るわれる。

 メビュームスラッシュと、槍の刃が宙を舞う。

 弓矢の強い援護を受けて、巨人が怪獣と渡り合う。

 大地と海の境界線を何度も踏み越え、怪獣と巨人と勇者の激闘が加速する。

 

「無理 お前の 今の 仲間 無能 無力 無為」

 

『挑発と受け取っていいか、ダイダラクロノーム!』

 

「現に お前 強くなれてない 強化形態 失ったまま 仲間が 力 くれてない」

 

 ダイダラクロノームは、正統派から程遠いが強い。

 元よりノーマルメビウスであれば負傷状態でも押せていたのに、傷を癒やして、黄道十二正座のバーテックスまで取り込んできた。

 普通、この怪獣相手に街を守りながら食い下がれるわけがない。

 しからばそこには、タネがある。

 

『お前はまだ、気付いてなかったのか』

 

「何が だ」

 

『メビウスブレイブのスペック以上に、僕にはお前を圧倒できる理由があった』

 

「……?」

 

『この時代の最初の戦いでも、僕がお前に負けてたのは腕力だけだ。

 お前の攻撃を受け流せてはいた。強化形態じゃないのに。なんでだと思う』

 

「知る か」

 

『お前は……いや、()()()()()()()()()()

 お前の素材に使われた、僕と同じ失敗作のウルトラマンは。

 体に心が芽生えなかっただけで……僕ととても似た思考回路を持っていたからだ』

 

「―――」

 

「多分、僕が生まれて初めて見た、"似たもの兄弟"なんだ」

 

 見方を変えればそれは、ダイダラクロノームの素体に使われた竜児の兄弟が、竜児を助けてくれたとも言える。

 

『僕がお前に勝ててたのは、僕の力と仲間の力と……兄弟の力だ。

 兄弟がお前の動きを教えてくれた。時の力の差を、僕は絆で埋める』

 

「なるほど それなら 合点がいく

 ぼくが お前に 手こずるのも

 ぼくが 強化され お前が 弱くなっているのに 勝てないのにも」

 

 竜児がその時手で庇っていた須美が、竜児を見上げる。

 

「兄弟を……殺すの?」

 

『もう九人殺してる』

 

「―――」

 

『天の神から助けないといけない兄弟が、こいつを入れて、あと三人』

 

 力を貸してほしい、と竜児は仲間に呼びかけた。

 勇者達は竜児の凄絶な覚悟を受け、各々頷く。

 

「だが タネが 割れれば そんなもの 脅威でも なんでもない」

 

『やっぱり、お前は何も分かってない。お前の思考回路は、僕と似ている』

 

「その 話は もういい」

 

『お前は……仲間と力を合わせて、僕に勝利したかったんだな』

 

「―――」

 

『だからわざわざ時間をかけて、外で12体を集めた。仲間を集めた。

 仲間を集めて、取り込んだ。

 過去に出会ってきた僕の心なき兄弟の中で……恐らく、僕に思考回路が一番似た個体』

 

「―――」

 

『さっきお前が撃って、僕と乃木さんが受け止めた光線……

 ……まるで、コスモミラクル光線みたいだったよ。

 バーテックス十二体と、君の力が加わった、合体光線だった』

 

「―――!」

 

『羨ましかったんだろ。分かるよ。同じ立場なら、きっと僕もそう考える』

 

 最大の激怒を引き出したいのなら。

 

 最大の図星を突けばいい。胸抉るように、とても痛くなるように、その部分を突けばいい。

 

「ふ ざ け る な ―――!」

 

 怪獣が激怒し、光線を撃たんとする。

 先程竜児と満開の園子で受け止めた、バーテックス13体分の力の直結光線だ。

 だがそれを読んでいた竜児が、同時に光線の構えを取り始める。

 

 両者共に構えていない状態から、両者が共に必殺の光線を撃とうとするならば、竜児の方が圧倒的に早い。

 光線の早撃ちで、ウルトラマンが怪獣に負けるものか。

 

「『 メビュームシュート! 』」

 

 メビュームシュートが、ダイダラクロノームに直撃する。

 胸を抉った光がスパークし、怪獣を内側から爆散させる。

 胸に大穴が空き……ダイダラクロノームは、痛みをこらえて、されど平然と立つ。

 

「死ぬ

 ものか

 我ら

 バーテックスは

 御霊を

 壊されねば

 死にはしない

 樹海の 加護と 強化も ない 貴様ごときに……!」

 

『くっ……やはり、相当にタフか……』

 

『リュウジ、御霊を露出させずに倒すにはもっと高い威力の攻撃を叩き込むしかない!』

 

『よし、メビュームダイナマイトだ!』

 

『それは最後の手段にしよう』

 

 決定打が足りない。

 あと一つ。

 何か、あとひと押しがあれば。

 

『乃木さん!』

 

「わっ、急に安芸先生の声が……安芸先生の生霊だよ~」

 

『通話です通話! 端末を見なさい! 強制的に繋げたんです!』

 

「リュウさん、おばけが出たよ~」

 

『え、おばけ? 新手か厄介な……でも、怪獣からでもおばけからでも、守ってみせるから』

 

「そのっち! リュウさん! 私が電話に出るから10秒黙って!」

 

「アタシを笑わせにくんのやめろ!」

 

 安芸先生からの通話を、須美が取った。

 

 

 

 

 

 戦闘開始から、約1分30秒。

 戦闘開始時点では"あと少し"だった完成度を、大赦の技術開発の大人達は、1分30秒で"完成"にまで持っていった。

 ウルトラマンの刹那に等しい3分に、大人達の熱い1分30秒が追いついた。

 『それ』は、実装される。

 

「いけます、安芸さん!」

 

 安芸が頷き、スイッチを押す。

 

「『封印の儀』―――実装ッ!!」

 

 樹海化が行われていない、世界の時間が止まっていない、今だからできる荒業。

 

 オンラインネットワークを通じた、戦闘中の勇者システムアップデートであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者達の端末に、"封印の儀"の文字列が表示される。

 

「封印の、儀?」

 

 この土壇場に、怪獣を追い詰める最後の一手が間に合った。

 

『バーテックスの御霊を引きずり出す儀式よ。それで、決めなさい!』

 

 勇者三人は目配せし、互いに向けて頷き合い、怪獣に対し封印の儀を開始する。

 

幽世大神(かくりよのおおかみ)

 

憐給(あわれみたまい)

 

恵給(めぐみたまい)

 

 させるか、とかばりに怪獣が突っ込んで来た。

 だがその巨体を、巨人が体を張って受け止める。

 

『僕が、彼女らに手は出させない!』

 

「っ」

 

『僕が頑丈だからとか、彼女らを信じてないとか、そういうのじゃなくて!

 僕にできることと、彼女らにできることは違くて、だからこそ支え合っていて!』

 

 至近距離からの光線を喰らっても、巨人の体は揺らがない。

 カラータイマーの点滅が始まっても、竜児の心は揺らがない。

 

『支え合ってるからこそ、起こせる奇跡があるはずだから!

 支え合っているからこそ……しなくていい無理も、あるはずだから!』

 

『……そうだ、リュウジ。君はそうだからこそ、ここまで強くなれたんだよ』

 

 竜児が怪獣の足を止め、勇者達が封印の儀の詠唱を続ける。

 

幸魂(さきみたま)

 

奇魂(くしみたま)

 

守給(まもりたまい)―――」

 

 そして、儀は完成した。

 

「「「―――幸給(さきはえたまえ)!」」」

 

 ダイダラクロノームの胸に、怪獣の御霊(カラータイマー)が現れる。

 

「ちっ」

 

 ダイダラクロノームは海上に逃げた。

 夜であるがために、夜闇と一体化しているような色合いの海の上を、怪獣が逃げて行く。

 

「あ、あいつ逃げに動きやがった!」

 

「卑怯よ!」

 

「無駄なあがきなんだぜ~」

 

 竜児が構える。瞳を閉じる。己の心で、己の心と向き合い始める。

 

『こんなにも、簡単なことだったんだ。信じることは。頼ることは。繋がることは』

 

 見つけるべきは一つの繋がり。

 それを見つけて、手繰り寄せる。

 信じたそれを掴み取る。

 友奈に、東郷に、風に、樹に、園子に、夏凜に、手が触れた気がした。

 

『僕は勇者との関係を間違えていた。

 向き合い方を間違えていた。

 でも、それを正せたから、今の僕なら、きっと』

 

 メビウスブレスとウルティメイトブレスが直結し―――メビウスの姿が変わる。

 

勇者のメビウス(メビウス・ブレイブ)……!?」

 

 絆の形、皆の想いを受け止め紡いた、虹のメビウスに。

 

「そんな バカな この時代に ない絆で ありえない」

 

『時を超えても―――心はいつも、繋がっているんだ!』

 

 時の壁が絆を断つと、どこの誰が決めたのか?

 

 竜児は、そんなものは知ったこっちゃないと飛び越える。

 

 みんなとは、時を越えた今でもずっと繋がっている。

 

「ここで コスモミラクル光線を 撃てる 状態に 

 持ってくるとは 流石 だが そこから 撃っても 当たりは しない」

 

 ダイダラクロノームは時空の断層を作っても、コスモミラクル光線は絶対に防げないことを知っている。

 だからこそ、時間操作は全て自分の加速に使っていた。

 海上に逃げ、海上ですばしっこく動いていれば、直射光線であるコスモミラクル光線は絶対に当たらないだろうという見込みである。

 ……とても甘い、見込みだった。

 

『勇者は全員伏せ! 神樹様! 結界、いい感じに調整お願いします!』

 

 未来の勇者との絆が、未来からのウルトラマンの力を届ける。

 竜児はその力を束ね、"収束を程々にして"、撃ち放った。

 

「『 コスモミラクル光線ッ! 』」

 

 力は集中すればするほど広くなる。

 拡散すればするほど威力は下がる。

 ゆえに竜児は、カラータイマーを破壊できるギリギリの威力で、光線を最大限に拡散してぶっ放した。

 先日の戦いで見たハイパーゼットンの火球、その真逆を撃ち放ったのだ。

 

「―――!」

 

 光が広がる。

 怪獣を殺せる威力で広がる。

 宇宙最強のコスモミラクル光線の模倣光線であるがゆえに、エネルギー量は絶大。

 ゆえに結界内に収まるわけもなく。

 怪獣を飲み込んだ光線が四国結界を粉砕しかねない勢いと攻撃範囲で突き進み、神樹が咄嗟に結界に空けた巨大な穴を通り抜け、光線はその向こうの星屑達を消し飛ばしていく。

 

 香川から見て北東に放たれたコスモミラクル光線。

 それは、日本が正常な状態であったなら、島根、広島、岡山、鳥取に相当する陸地が根こそぎ地図から消滅していた、と断言していいほどのものであった。

 

「こえ~」

 

 園子ののんびりとした声が、これ以上無いほど非正確に、光線の威力を表現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、ひとまずの決着を終えた。

 竜児は驚く。ダイダラクロノームが、死んでいなかったからだ。

 カラータイマーは砕けかけで、ダイダラクロノームの全身は炭のようになっていたが、それでもダイダラクロノームは死んでいない。

 

 腹の中で何かが光っている。

 これがダイダラクロノームを守ったのだろうか。

 ダイダラクロノームの腹の中で、その何かは膨らんでいる。

 この怪獣を倒したところで、この腹の中のものは消えるのか。

 この腹の中のものは何なのか。

 不気味で仕方がない。

 

「ぼくを 殺せば お前は 元の時間に 帰れなくなる」

 

『かもね』

 

「未来が 変更されていても いなくても お前はその未来に 帰ること叶わず」

 

『さあ、そいつはどうだろう』

 

 竜児がダイダラクロノームを倒してしまえば、元の時代に変えるのに数々の問題が発生する。

 二年眠っていればいいというものでもない。

 そこにあるのは、とても分厚い二年の壁だ。

 

『僕はあの時代に必ず帰るよ。

 そこは絶対に諦めない。

 あそこが僕の居場所だ。僕の帰りたいと思う場所だ』

 

 されど、竜児が元の時代に帰りたいがために、街を狙う邪悪な怪獣を見逃すことなど、ありえない。この時代の人達にも、竜児はちゃんと生き残ってほしいのだ。

 

『そして、お前も見逃さない。

 僕は僕だけの事情のために、この時代の人達を見捨てることなんて、できない』

 

 そうして、巨人の光剣が、ダイダラクロノームのカラータイマーを粉砕した。

 

「見事也」

 

 そうして、終わりは始まる。

 

 ダイダラクロノームから光が溢れる。

 

 怪獣の腹から、膨大な量の光の洪水が生まれる。

 

『……!? なんだこれ!』

 

「わぷっ、わぷっ、おーぼーれーる~」

 

「落ち着いてそのっち! これ別に溺れないわ!」

 

「でも流されるぞ! 何かに掴まれ二人とも!」

 

 メビウスが、竜児の中で叫んだ。

 

『これは……"カオスヘッダー"! リュウジ! 勇者の皆を掴んで、守るんだ!』

 

 光の洪水は止めどなく吹き出してくる。

 広がり、膨らみ、薄まり、どこまでも増殖し、地平線も水平線も埋め尽くす。

 四国の全てを、希薄化し莫大化したカオスヘッダーの大津波が飲み込んだ。

 

 

 

《 カオスヘッダー 》

《 グリーザ 》

《 フュージョンライズ! 》

 

《 オールエンド 》

 

 

 

 時が進む。

 ダイダラクロノームの中に仕込まれていた、フュージョンライズの過程状態にあった二つの素体怪獣の力が、混ぜられていく。

 フュージョンライズを行い、その時点で時を止めた怪獣をダイダラクロノームの中に仕込めば、ダイダラクロノームの死が、融合昇華と孵卵を完遂させる合図となる仕組み。

 

「な……なんなんだ、これ……」

 

 竜児が見上げた先で、空に黄金の林檎が浮かんだ。

 凝縮された光の悪夢を、周囲の虚無が包み込み、更に圧縮、視覚化できない虚無越しに光が林檎の形に固まっていく。

 地上も、海も、空も、林檎と繋がる光の津波が飲み込んでいく。

 

 空に浮かぶ林檎を卵とするかのように、その中で一つの怪獣が、胎動した。

 

 

 




●融合光性虚無 オールエンド

【原典とか混じえた解説】
・混沌 カオスヘッダー
 力では勝てない系のラスボス。
 光のウイルスと呼ばれ、人間・巨人・怪獣・物質・思念あらゆるものに感染する。
 感染された者は凶暴化し、心身共に凄まじい強化と醜悪な変化を起こす。
 天井知らずに学習と進化を行い、カオスヘッダー単体で強力な怪獣に変貌することも、ウルトラマンに感染することで本物以上の偽物ウルトラマンを作成したこともあった。
 その進化速度は、精神的な成長で爆発的に成長する主役ウルトラマンですら、単純な力では置いて行かれかねないほどのもの。

・虚空 グリーザ
 力では勝てない系のラスボス。
 虚無そのもの。発見には、エネルギーの存在しない虚無を観測する必要があり、何も存在しない空間の虚無こそがこのグリーザである。
 そこには何も無い。
 ゆえに倒せない。
 実際にそこに存在する肉体も、目で観測できる物質的な情報もなく、情報的虚無を目で見た結果を脳が勝手に視覚化したために、怪獣のような姿に見えるという虚無そのもの。
 それでいて、一方的に生命を捕食し、全てを虚無へと還す星喰らい。
 特に第二形態は視聴者に『文章で説明するのは不可能』と言われる動きを行い、『説明不能な虚無だから倒す道筋を理屈で作れそうにない』とファンに言われることもあった。
 真空すら存在しない本物の真の空が、怪獣としてやってくる。

※両者共に『第一話から登場』し、『諸悪の根源』であり、『最終回まで決着をつけられなかった』という元凶怪獣

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