時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第十一殺二章:地獄の始まり

 海が壊れた。

 108体のカオスウルトラマンが放った光線が、竜児ではなくその向こうの海に当たったのだ。

 神樹がカオスヘッダーに侵食されたことで、作られた空も海も脆くなっている。

 極大威力の攻撃が、不安定になった世界を壊していく。

 

 竜児は運が良かった。

 自分の命を全て使い切るつもりで、竜児はコスモミラクル光線を撃った。

 ゆえに、撃ち切った直後には一瞬で人間の姿に戻っていたのだ。

 108本の光線は巨人のメビウスの急所を狙っていたため、人間に戻った竜児には当たらず、竜児はべちりと地面に落ちた。

 

「はっ、はは……運が、良かったな」

 

『そうだ、運が良かった……君は今、ここで死んでいてもおかしくなかったんだ!』

 

「明日以降は、もう二度と、連続変身しないように、しよう……」

 

 頭の中がガンガンと痛む。

 頭蓋の裏側がねじ切れそうな痛みもあった。

 脳味噌と頭蓋骨の隙間を虫が這いずっているような痒みがあった。

 切開した頭の中に、火で炙った鉄の棒を突っ込んで、この頭の痒みと痛みを止めたいと思うくらいの苦痛だった。

 脳が壊れている実感がある。

 

 心臓がズキズキと痛む。

 心臓の鼓動が不安定だ。

 送られる血液の量と速さが不安定で、ただそこに立っているだけでも、全身の血管が傷んでいく感覚がある。

 血液が流れている場所が、全部痛い。

 心臓が壊れている実感がある。

 

 命が尽きかける音が、自分の心臓の音がそうであるように、耳に微かに聞こえていた。

 

「ウルトラマンを信じろって、言ったんだ」

 

『リュウジ?』

 

「信じられるに足るウルトラマンで在れなきゃ、嘘だろ!」

 

 108体の巨人が、街を見ているのが見えた。

 

 かくして竜児は、メビウスブレスに手をかけて、『三度目』を構える。

 

「ウルトラマン……ナメんなッ!!」

 

『リュウジッ!!』

 

 カラータイマーの激しく点滅したウルトラマンメビウスが、瀬戸大橋上に現れる。

 カオスウルトラマン達が、カラータイマーの音を聞いて振り向いた。

 意地と根性で絞り出した命の10秒。

 もはや指一本動かせない竜児を狙って、カオスウルトラマン達が一斉にメビュームシュートを放った。海も、陸地も、巨人も、橋も、跡形もなく消し飛ばす光線の津波。

 

 瀬戸大橋が、その周辺の土地が―――そこに最初から何も無かったかのように、吹き飛ぶ。

 

『リュウジ!』

 

 竜児の体は海に向かって落ちていった。

 竜児が橋に落ちる前に、瀬戸大橋は消滅していたから。

 

 竜児の体は海に落ちなかった。

 竜児が海に落ちる前に、橋周辺の海水は光線が蒸発させていたから。

 

 竜児の体は上昇気流に受け止められた。

 光線が一瞬で蒸発させた海水が、高熱の蒸気となって竜児の全身を焼く。

 運が良いのか悪いのか、竜児はその蒸気の熱に全身を炙られた痛みで気絶状態から覚醒し、全身の皮膚が高熱で溶けて固まったことで、体の各所の傷を塞ぐことに成功していた。

 

「―――っっっ!!!」

 

『リュウジ、体を動かしちゃダメだ! 今の君は、全身に火傷を負っているようなものだ!』

 

 竜児が全身火傷の痛みに悶える。

 焼けてない場所が何割あって、焼けた場所が何割なのかも分からない。

 火傷した箇所の周りの皮膚ですら、少し触れただけで激痛が走る。

 "いずれ治るだろう"と竜児は自分に言い聞かせ、カオスウルトラマンの動きを見る。

 

 カオスウルトラマン達は、竜児が居た橋近辺を探していた。

 串刺しにすればカオスウルトラマンを複数引き連れて自爆し、再変身して数十体のカオスウルトラマンをコスモミラクル光線で消し飛ばし、力尽きても再度変身してきた竜児。

 敵には、竜児が不死鳥の類に見えてくるだろう。

 流石にあそこまで足掻かれると、竜児の死をちゃんと確認することを最優先事項にしたくなるのは自然の流れだ。

 

 竜児は立ち上がり、ふらふらと歩き出す。

 

『リュウジ?』

 

 メビウスの声に応えないのは、無視しているからではない。

 単に返答する余裕すらないだけだ。

 竜児は何度も転び、時には這うようにして進み、壁に肩を預けながら歩き、足を引きずってでも進み続ける。

 三連続変身は、確実に竜児の命を削り取っていた。

 

『リュウジ、病院に行こう。そうでなくても一度大赦に戻るべきだ』

 

 メビウスの声も届かず、竜児は進み、進み、進み……目的地の神社に、生太刀を奉納する。

 

 安芸にメールを一本入れて、竜児はその場に倒れた。

 

『……君は』

 

「……地球は我々人類、自らの手で守り抜かなければならない……だよね」

 

『自分のやるべきことを、こんなになっても』

 

「へへっ……人間の体でだって、できることは、あるんだ」

 

 そして竜児は、血を吐いた。

 

「う、ぼ、おぼ、おおおお、おべっ、ごっ」

 

『リュウジ!?』

 

 体の中に溜まっていた膨大な量の血を、ありったけに吐き出す。

 吐き出された血が、神社の床に広がった。

 吐き出す量があまりにも多くて、吐き出している間に竜児は息もできやしない。

 血は竜児の手に触れながら広がり、竜児の床に着いた膝にまで、その赤色を伸ばしていた。

 

「今、どのくらい血を吐いたかな」

 

『……1リットルくらいは吐いたよ』

 

「通りで腹が重いと思った。腹の中で、結構出てたんだ血」

 

『リュウジ!』

 

「ごめん、ちょっと心配かけた」

 

『この心配は、ちょっとじゃない!』

 

「……本当にごめんね」

 

 吐き出した血の横に、竜児は寝転がる。

 死体のようにぐったりと、竜児は神社の床に体を預けた。

 

『君が……君が、僕と命を共有していなければ。

 僕だけで戦いたいと、何度思ったことか。

 僕が君の重荷を全部背負いたいと、何度思ったことか。

 君に戦いと無縁な場所で、平穏に過ごしてもらいたいと、何度思ったことか……!』

 

 竜児は、とても申し訳ない気分になった。

 メビウスはとても善良な巨人だ。

 その行動原理も、正義の味方と言うに相応しい。

 自分で自分の体を使い、摩耗していく子供を助けられないことは、メビウスにとってさぞかし苦痛なことだろう。

 

 メビウスの側から、竜児の心に謝る気持ちが伝わってくる。

 そして竜児の側から、メビウスの心に感謝の気持ちが伝わっていく。

 

「メビウスは、優しいね」

 

 自然と瞼が落ちていく。

 竜児は抗おうとするが、抗えない。

 呼吸が浅くなっていく。

 

「僕を助けてくれたウルトラマンが、メビウスで、本当に良かった」

 

 脈が弱くなっていく。声が小さくなっていく。顔色が悪くなっていく。

 

『リュウジ……? リュウジ!』

 

 瞳を閉じた竜児の意識が、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児が外に出てから、しばらく時間が立った。

 六点結界の発動準備は着々と進んでいる。

 だが、竜児は帰って来ていなかった。

 鉄男が心配そうに、銀の服の袖を引っ張る。

 

「にいちゃん、帰って来ないな」

 

 銀はニカっと笑い、弟の頭を撫でた。

 彼女が誰かの頭を撫でる手つきはとても優しく、須美や園子も銀に撫でられたがるほどに心地が良い。

 それは、銀が大切な人の頭を撫でる時、そこにありったけの愛を込めているからだ。

 鉄男が少しづつ、安心した表情になっていく。

 

「大丈夫、信じて待ってな」

 

「うん!」

 

 何も知らない鉄男と違い、銀は状況を把握していた。

 ウルトラマンメビウスが何かと交戦していた、という報告も聞いていた。

 竜児に電話をかけてもメールを送っても、返事が来ないという報告も聞いていた。

 

「安芸先生~」

 

「連絡は……来てないわ」

 

 園子が何度か再確認しても、安芸の方に竜児の連絡は来ない。

 生太刀奉納直後に来たメールが最後だ。

 竜児の安否は確認されず、生きているかどうかさえ定かではない。

 

 皆が、竜児の生存を信じていた。

 竜児は強い人だったから。

 皆が、竜児の無事を信じていなかった。

 竜児は平然と自爆する人だったから。

 

 銀が須美の車椅子によりかかる。

 

「忙しくて連絡送るのが面倒臭くなった、とかはないのかな、須美」

 

「彼は根底が真面目な人間よ。

 こまめな連絡の重要性は誰よりも分かっているはず。

 それが途絶えたということは……連絡も取れない状況に置かれている、と考えるべき」

 

「まあ真面目ってとこは須美と似た者同士だわなアレ……」

 

「私はあんなに融通が効かない人間じゃないわ。

 リュウさんは自分のこだわりと心中してしまいそうなところがあるじゃない」

 

「……」

 

 銀は何も言わなかった。

 

 大赦の仮面を付けた男が、携帯電話を見つめる安芸に声をかける。

 

「安芸、ちょっといいでしょうか」

 

「どうかしましたか?」

 

「勇者様と一緒に聞いてください。結界基点の神社のほとんどが破壊されました」

 

「!」

 

「精霊と接続しようとした五ヶ所全てがです。奴らは、精霊の力を感知したようです」

 

 反攻作戦は失敗だ。

 六点結界は成立しない。

 

「嫌な知らせはあと二つ。

 一つは、神樹様の汚染と侵食の度合いがもう危険域です。

 ここからは神樹様の補助も期待し辛くなるでしょう。

 それともう一つが……結界の基点になる神社を破壊したのが、ウルトラマンだったそうです」

 

「!?」

 

「カメラからの情報が拾えました。

 白いウルトラマンが複数。

 暫定ですが、この白いウルトラマンの軍団で、四国が制圧できる見込みです」

 

 敵対するウルトラマンの参戦。

 六点結界の事実上の不可能宣言。

 焦って攻めても勝機はないが……もはや状況は、手順を踏んで勝利の可能性を高めることが許されない段階に突入していた。

 

「今、勇者様を攻めに回す提案が上がっています」

 

「! それは……」

 

「攻めなければ勝てない。そう判断された様子です」

 

 もはや、勇者という戦力が神樹の汚染で使い物にならなくなる前に、全てを懸けた一撃を叩き込むしか希望がないという最終段階。

 

「勇者様達が敵怪獣を倒すべく突撃。

 この避難所に残された結界の残滓が消える前に決着。

 もうそれ以外に、希望はないと。

 上層部はこの作戦と心中する覚悟を既に固めています」

 

「そんな無茶な……突撃するのは勇者なんですよ!?」

 

「安芸。選択の余地はありません」

 

 街中の人々も、もはや過半数がカオスヘッダーに心も体も汚染されていた。

 

「規定時刻になったなら、作戦を開始します。

 規定時刻の前に状況が動けば、臨機応変に対応。

 好機を逃さず行動に移ります。三人とも、いつでも動けるように」

 

 安芸の号令の意味を、理解できない勇者はいない。

 

「リュウさんが来るかもしれないから、待つ。そういうことですね」

 

 安芸が語る"好機"をもたらせると信じられるものなど、今の地球上には一人しかいなかった。

 

 

 

 

 

 戦いに挑む勇者に、大赦は全ての希望を懸けた。

 

 各々の家族は、勇者達と束の間の団欒を行う。

 これが今生の別れになるかもしれない。

 これが最後の団欒になるかもしれない。

 そんなことは、皆が分かっていた。

 

「須美。どうか、無茶はしないで」

 

「こんなにも恐ろしいものに、特攻などしてはいけない。まずは自分の身を第一にな」

 

「大丈夫です。お父様、お母様」

 

 あの日、東郷美森は鷲尾須美になった。

 勇者になるためには家格が足らず、大赦が世界のため強引に養子に出させたからだ。

 須美の不幸は、家族さえも変えられたこと。

 須美の幸運は、どちらの家でも、優しい親が本当に愛してくれたこと。

 

「私達は、私達が生き残ることよりも、君が生き残ることを望んでいる」

 

「私達は、私達が幸せになることよりも、貴方が生きて幸せになることを望んでいるの」

 

「だから」

 

 両親の言葉に、須美は首を横に振った。

 

「私はちゃんとお役目を果たします。

 皆で笑って、"なんとかなったね"と、後でこの想い出を笑い話で語れるように」

 

「須美……」

 

「ああ、そうです。こういう時は、こう言うんだそうですよ」

 

 須美は微笑む。この先を恐れる理由は多くあるが、恐れぬ理由も多くある。

 

「皆の日々の未来を、お父様とお母様の日々の未来を、私が守ります」

 

 成長した"血の繋がらない最愛の娘"の姿を見て、両親は涙ぐみ、車椅子の須美を抱きしめる。

 

「お、お父様? お母様?」

 

「須美は、私達にはもったいないくらいの子だ」

 

「貴方が危険な場所に行くことを止められない私達を許して。

 ……そして、なにがなんでも生きて。生きて帰って、ちゃんと未来に生きなさい」

 

「私達の……愛する我が子よ」

 

「お父様……お母様……!」

 

 確かめる必要もない親の愛に、須美はまたこの腕の中に戻って来ようと、心に決めていた。

 

 須美とは対照的に、園子の両親は最初から園子を抱きしめていた。

 

「あのね~」

 

「何も言うな」

 

「わぷっ」

 

 園子の父は、どちらを言うべきかを迷った。

 親としての言葉を言うべきか。

 それとも、神樹様に身を捧げ、神樹様に還ることは光栄な事で、恐れることは何も無いという言葉を言うべきか。

 父は迷い……父らしく、かつ大赦らしくない、自分らしい言葉を選んだ。

 

「どうか、人の理にも、世の理にも違うことなく。

 誇れる娘として……生きてほしい。

 園子が自分を誇って生きていけるように。

 園子が自分を嫌わず、自分を見下さず、胸を張って生きていけるように。

 そうなってくれれば……私達には、他に望むことなんてない」

 

「ええ、私もそう」

 

「……私……」

 

 園子に何が光栄かを語り、園子の恐怖を少しでも取り除こうとする言葉ではなく。

 園子が生き残る確率を上げる言葉を選んだ。

 

「出来る限り怪我もせず。

 何かを失うこともなく。

 ちゃんと明日から幸せに生きていけるように、帰って来てくれ、園子」

 

「どうか生きて……生きて帰ってきてね」

 

「……うん」

 

 園子は園子らしくなく、間延びした声で何かを言うこともなく、無言で両親を抱きしめ返した。

 

 銀は両親と向き合いながらも、末弟の赤ん坊・金太郎を抱えてあやしている。

 

「銀……危ないことはしないようにな」

 

「危ないことをするとしても、怪我だけはしちゃダメよ」

 

 銀は親の心配に、溌剌とした笑顔で応えた。

 

「大丈夫大丈夫、アタシが仲間と一緒にラスボス倒して、それで終わりだ!」

 

「ゲームじゃないんだ、死んだらおしまいだろ?」

 

「……うっ」

 

「無茶はするな。頼む、生きてくれ」

 

 赤ん坊を抱える銀を、左右から両親が優しく抱きしめる。

 

「私達は、色んなことで銀を支えてあげられる。

 だけど銀の後悔だけは消してあげられない。

 後悔のないように生きなさい。自分の体を粗末にして、後で後悔するのもダメだ」

 

「後悔しないように、でも、ちゃんと生きて帰るのよ」

 

 銀は照れくさそうに笑んで、赤ん坊の弟を両親に預ける。

 何も分かっていない弟が、不動の愛と信頼のこもった純粋な目で、姉を見た。

 銀は弟の頬を指でつついて、ふふっと笑う。

 この弟が大きくなっていく姿を、もう見られないような気がした。

 だけど、その姿を見ていきたいのだと、銀は心に覚悟を据えた。

 

「金太郎」

 

 名前を呼ばれて、赤ん坊がだぁ、だぁ、と言葉にならない声を出す。

 可愛いなぁ、と銀は思った。

 生きて帰ってこないとな、と銀に強い決意が宿った。

 

「この子の中の一番古い記憶が……アタシ達の諦めない背中だったら良いな」

 

 かくして、勇者三人は戦いの装束を纏う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児は完全に気絶していた。

 気絶は途中から睡眠に近い状態になることがある。

 意識の断絶状態から、意識が覚醒していないだけで脳が動いている状態になるということだ。

 竜児は多大なダメージによる失神状態から、脳がまともに稼働し始めて目が覚めるまでの間に、夢の中で敵に関する考察を進めていた。

 明晰夢の一種である。

 

 108体の敵。

 大気に満ちる光のウイルスが減っていたこと。

 敵が続々応援に来ていたのはどういう理由か。

 108体より多くの敵が見えなかったのはどういうことか?

 思索の途中に竜児の目が覚め、竜児はシームレスに起床状態の思考に繋げた。

 

「そうか、108体は、カオスウルトラマンの顕現上限だったりするのか?」

 

 この流れに一番戸惑っていたのは、当然融合していたメビウスである。

 

「見えるカオスウルトラマンの数が増えてたのは……

 そうか、偽物を作るために、四国中に拡散した光を集めてたのか。

 それで大気中の光の濃度が下がって……見える数が増えてったのか。

 108体が見えた、んじゃなくて。

 僕がカウントしてた敵の数が、108体で止まってて……108より多くはならなかったのか」

 

『リュウジ? リュウジ? 起きるなり何を……』

 

「敵の光の総量だよ。

 カオスウルトラマンは、もしかしたら、108体よりは増えないんじゃないかって」

 

『……起きるなり、君はもう』

 

「問題は数体倒してもすぐ108体に戻ってしまうことか……策を考えないと」

 

 カオスウルトラマンは常時108体。

 かつてウルトラマンコスモスと戦ったカオスヘッダーが、一体しかカオスウルトラマンを出せなかった理由もここにある。ここがキャパシティの上限なのだ。

 でなければ、百体を超えるカオスウルトラマンをメビウス一人に注ぎ込んだあのオーバーキルの流れで、もっとカオスウルトラマンを出さなかった理由がない。

 

 敵の情報が分かれば、まだ攻略法を考える余地はある。

 

『あの太刀が、カオスヘッダーの光から君を守ってくれていたんだ』

 

「生太刀が……?」

 

『気を付けて。今の君の抵抗力はどんどん落ちてる。

 カオスヘッダーが君の体を心を侵すのも、このままだと時間の問題だ』

 

 三回連続変身のせいで、明日の朝に竜児が死んでいたとしてもおかしくないと、メビウスは考えている。

 その考えは正しかった。

 メビウスの見立て通り、竜児の命は今や危険域にまで摩耗してしまっている。

 

「……って、え!? 指定の時間に勇者使って反撃開始!?

 僕にメール送ってくれたってことは参加要望ってことで……しかもあと15分しかない!」

 

『断りのメールを入れるべきだ。万歩譲っても、今の君は戦えない!』

 

「そういうわけにもいかないでしょうが!」

 

 15分後に反撃が始まる。

 余分に使える時間はもうない。

 竜児は立ち上がろうとして、上手く足に力が入らず、転んでしまう。

 それでも何とか立ち上がり、出現させたメビウスブレスに手を添えるが、メビウスブレスに(ひかり)は宿らず、メビウスブレスは霧散してしまった。

 

「……ダメだ、力が、回復してない」

 

『君は一週間はまず確実に変身できない。明日、体がどうなっているかも分からない』

 

「え?」

 

『無茶をしすぎたんだ。

 今の君の体は、回復に専念している。

 戦うための光を溜め込む余裕なんて、君の体には全く無いんだ』

 

「そんな……」

 

 竜児の体は限界だ。

 前に進み続ける心に体がついて行けていない。

 心は折れていないのに体が半ば折れている。

 ウルトラマンに変身する力を体が溜め込めるようになるまで、最悪一ヶ月かかる、という悪夢のような状態に陥ってしまっていた。

 この状態ですら、死んでいない時点で奇跡中の奇跡と言っていいレベルの好調である。

 

「いや、諦めない」

 

『……リュウジ』

 

「諦めないのがウルトラマン、でしょ?」

 

『無理な無茶がウルトラマンだなんて、教えた覚えはない!』

 

「まあ見てなって。とびきりの奇跡、見せてあげるから」

 

 竜児は神社の外に駆け出す。

 もはや、世界の全てがカオスヘッダーで出来ているのではと思えるほどに、四国結界の内側がカオスヘッダーに汚染されていた。

 街の中心に座す神樹への侵食も痛々しい。

 カオスヘッダーに心と体を完全に支配された人間も、もはや全人類の八割を超えていた。

 

 そんな中、竜児は自分の居た神社を壊そうとしていたカオスウルトラマンを睨み、立ち向かい、走り出す。

 

『カオスウルトラマンだ、リュウジ!』

 

「見れば分かるよ! でも、心配はいらない!」

 

 竜児が左の拳を握る。巨人が右の拳を握る。

 

「生きることを諦めたりなんかしない

 命を賭けて戦うのは……皆で生きる明日を、守りたいから!

 命を懸けて戦うのは……笑顔でまた、みんなと会うためなんだ!」

 

 突き出される人間の拳。振り下ろされる巨人の拳。

 

「だから!」

 

 そして、両者の拳がぶつかり―――拳の間に光が生まれ、拮抗する。

 

 竜児があの時、リバースメビウスの内側からメビウスを取り返した時と同じように。

 

()()()()()()()()を、成功させてやるッ!!」

 

 これは、竜児の力だ。

 "ウルトラマンを内側に容れるもの"として作られたがゆえの力。

 それは"メビウスを自分の内側に容れる力"程度にしか使えないものであったが……メビウスや、そのコピーに対してなら、ある程度の汎用性を持つ。

 

「メビウスのコピーなら……メビウスの光と、限りなく同質の光を持ってるってことだろ!」

 

 カオスウルトラマンは、闇のウルトラマンではない。

 ()()()()()()()()なのだ。

 光のウイルスが作った、光の巨人のコピーなのだ。

 それが"メビウスの光"であるならば、竜児が死を覚悟でその光を変換すれば、カオスウルトラマンを構成する光も、変身に使えるエネルギーになる。

 

 かくして、カオスウルトラマンは体を構成する八割のメビウスの光を失い、崩壊。

 カオスヘッダー自体は本体に還った。

 竜児がその八割の光の一部を吸収し、残りは霧散し、かくして竜児の手元に敵から奪った光が残った。

 

『なっ、なんて無茶を……!』

 

 竜児は掴み取った光を、自分の胸の奥に押し込む。

 メビウスブレスに光が宿った。

 

 そして、カオスヘッダーから奪い取った光などという"有毒でないとおかしいもの"を体の中に取り込んでしまったことで、竜児の体がぐずぐずに崩れ始める。

 

「ああああああ! げっ、がはっ、げほっ、ゲホッ!」

 

 目から、耳から、鼻から、口から、血が吹き出す。

 まばたきをしても視界が開けないほど、目から血が流れ続け。

 流れ出る血が常に耳を塞ぎ。

 むせて肺から血を吐き、嘔吐のように胃から血を吐き、口だけでなく鼻からも血が吹き出すためにまともに呼吸もできやしない。

 

 爪がぶち、ぶち、と指から跳ねるように剥がれていく。

 全身の皮膚に裂傷が走る。

 体の中に異物の光が馴染まず、皮膚の下で肉が裂け、欠陥が弾けた。

 

『リュウジ、光を早く体の外に出すんだ! 早く!』

 

「冗談……変身が、できなく、なっちゃう、じゃないか」

 

『もう……もう! 頼むから! 自分の命を大事にしてくれ!』

 

「大事にしてる! だから、諦めないんだよ! 世界を……皆で守ることを!」

 

 竜児が走り、神社前の階段を駆け下りていく。

 

「メビウス。この光の量だと、僕はどのくらい変身していられる?」

 

『早く病院に――』

 

「メビウス!」

 

『――っ。あと一回、あと一回だ! この光を使い切って、ちょうど三分!』

 

「分かった、三分だね、ありがとう」

 

 神社を離れ、街の中へ。

 空高くから山中へと移動した黄金の林檎と、その中で胎動する何かを目指す。

 使える力は、あと一回。

 

「次の変身が、無理してできる本当に最後の変身か」

 

 その一回を最後の敵に使うと竜児は心に決め―――その決意を、即座に捨てた。

 

 街中で、カオスウルトラマンに踏み潰されそうになっている子供が、そこに居たから。

 

 倒すためでなく守るために、竜児は変わった。

 

「あと一回!」

 

『最後の一回!』

 

「『 メビウーーース!! 』」

 

 水平に飛ぶ光の流星。

 カオスウルトラマンが、子供達を潰すために突き出した拳は受け止められ。

 奇襲気味に振るわれたメビュームブレードが、偽物の胴を両断した。

 

 竜児に守られた少女達が、巨人を見上げる。

 まだ密度と圧力が上がっていく過程であるとはいえ、カオスヘッダーの洪水の中でも正気を保てているその子供達は、間違いなく心に強い芯と優しさを持つ少女達だった。

 

「お姉ちゃん……」

 

「……あ」

 

 助けた相手が、犬吠埼の姉妹であったことも竜児は気付かない。

 

 血に濡れた人間形態の眼球は、人の顔を判別できるほど、明瞭には見えていなかったから。

 

 巨人は助け、守り、救い、飛び立った。

 

 

 

 

 

 飛び立つ光の巨人と、それを迎え撃つ偽物の巨人は、遠くからでも勇者の目にはよく見えた。

 

「行くわよ、二人とも」

 

「おっけー、わっしー」

 

「腕が鳴るね。こいつでとっとと終わりにしような」

 

 あの偽物のウルトラマンの数を見て、満開せずに勝てるだなんて幻想を、勇者の誰も持ってはいなかった。

 

「「「 満開! 」」」

 

 途方もない恐怖を、限界のない勇気で踏破する。

 三人の少女の力が花開き、光が膨張した。

 須美は砲の戦艦。

 園子は刃の鳥船。

 銀は巨大な大斧。

 銀が園子に同乗させてもらい、満開した三人が二つの船で、飛翔する竜児の左右に並んだ。

 

『三人とも、満開を……!』

 

「今更満開するな、なんて言わないで。

 今の世界と、この敵を見て……そんな甘いこと、言ってられないわ」

 

「そうだとも!」

 

 彼らの行く手を阻む二体のカオスウルトラマン。

 そこに満開した銀が突っ込んだ。

 カオスウルトラマンが拳や剣で迎撃するが、的としては小さい銀はひらりとかわし、空中を飛び跳ね、偽物の首を蹴って飛び跳ね、更に巨大化した大斧を振る。

 そして、偽物の首二つが切り飛ばされた。

 

 銀の満開特性は、とりあえず何でも切れる。

 満開の力で斧の攻撃力と頑丈さがひたすら上昇しており、雑になんでもぶった切れる。

 そこに満開の標準的な身体強化の恩恵が、接近戦タイプのバランスという形で現れており、前衛アタッカーとして極めて理想的な完成の仕方をしていた。

 精霊の攻撃速度上昇能力との相性も、とても良い。

 

「勇者様のフルパワー、今は頼れるだけ頼っとけ!」

 

「ミノさんかっこいい~」

 

 敵の首を落とした銀を、竜児が空中で拾う。

 

『……分かった。行こう!』

 

 銀を抱えた竜児と、二つの船が、山中で黄金の林檎と対峙した。

 108体のカオスウルトラマンが、到着した巨人と勇者達を取り囲む。

 先程竜児が一体、銀が二体倒したはずなのに、死体の光を回収したのか、もう108体という定数に戻ってしまっていた。

 

「あの林檎の中で動いているのが、敵の本体で、倒せば解決するといいのだけど……」

 

『甘い見通しはあまり持たないようにしよう』

 

 林檎の中で動いた何かが、殻を破る。

 ダイダラクロノームから孵化した怪獣が、更に何かを孵化させるという異様な流れ。

 生まれたものから生まれたもの。

 二重の孵化が、とても気持ち悪い何かを感じさせる。

 

「なあ、孵化するみたいだぞ。皆気を付けろ」

 

 銀がそう言ったのと、林檎が弾けたのは同時だった。

 

 林檎が弾けて消滅し、その内側から何かが現れる。

 

「……!」

 

 それは、奇形の怪獣だった。

 一流の原型師に人形を作らせ、それを素人にぐちゃぐちゃに造形し直させ、一流の原型師にまた調整させ、素人にいじらせ、最後に一流の原型師がぐちゃぐちゃになった原型を流線型に仕立て直したような姿。

 美しい。

 醜い。

 その両方が感想として湧いてくる。

 

 ゆらゆらと空間が揺れ、オールエンドの周りの空間が歪みに歪んでいる。

 まるで、オールエンドの周りだけが現実ではなくなったかのように。

 事実、そこに正常な意味での物質的な肉体は存在していない。

 

 頭の発光体も、波打つ光が固形化したような胸部の中心も、ゆらゆらと揺れるその四肢も、とても気持ち悪かった。

 言うなれば、"美しき終焉"。

 

『オールエンド……』

 

 竜児の足元で銀が、右で須美が、左で園子が構える。

 

『各自、タイミング測っていつでも封印の儀を行えるようにしておいて。

 隙を見て一気に畳み掛ける。

 敵がグリーザ素体だろうと、殺せるようにするのが封印の儀だ』

 

「了解!」

「はーい」

「任せろ!」

 

 カオスウルトラマン達は動かない。

 今のところは戦いに手を出す気はないようだ。

 山中の竜児達とオールエンドを囲み、観戦の構え……いや、これは実質、逃さないための包囲なのだろう。

 

 それならそれでいい。

 あのボスを仕留めれば終わりだ。

 ボスを追い詰めてからは流石にカオスウルトラマンも手を出してくるだろうが、むしろそこからが本番であると言える。

 

『行くぞーッ!!』

 

 かくして、勇者の三つの満開と、勇者のメビウスが、オールエンドに挑みかかった。

 

「許さないわよ……バーテックス!」

 

 須美が街の光景を背負い、戦艦から火砲を撃ち放った。

 オーバーアローレイ・シュトロームは一発撃ってそこで満開が終わってしまう。

 迂闊には撃てない。

 だが東郷も使っていた戦艦の満開は、怪獣型バーテックスをも追い詰める火力を持つ、極めて優秀な満開だ。攻撃力は十分にある。

 須美の無数の戦艦火砲がオールエンドに向かう。

 

 そして、ふっ、と消えた。

 

「!?」

 

 よく分からないまま、須美の攻撃のビームはオールエンドの目の前で消えた。

 ビームが何故消えたのが、その場の全員が理解できない。

 

 その間に距離を詰めた竜児のハイキックがオールエンドに放たれた。

 が、ハイキックを放った右足が、何故か足裏で地面を蹴っていた。

 なんでかは分からない。

 ただ、ハイキックを打ったら、地面を蹴っていた。それだけなのだ。

 

(な……なんだ!? 今、どうなった!?)

 

 竜児はオールエンドに密着すべく踏み込んだが、何故か横に跳んでいた。

 

 オールエンドが竜児を見た隙を、銀が突く。

 背後から満開の大斧を振り上げ、後頭部を狙い……完璧な奇襲のはずだったそれに、オールエンドは後頭部に"即席の口を作って"対応した。

 後頭部の口が、触れずして銀の満開の力をペロリと食べる。

 銀は通常の衣装に戻り、花は散ることすらなく捕食された。

 

「!? 満開が!?」

 

 銀の左目の機能が消失する。

 オールエンドは美味そうに、銀の満開の力を後頭部で咀嚼していた。

 銀が多少小さくなった斧を握り直すと、オールエンドが腕を振る。

 腕が銀の近くを通過しただけで、銀の体が弾丸のような速度で山向こうの海まで吹っ飛び、香川の総面積に匹敵する太さの光の柱が海に落ちた。

 

 海まで吹っ飛ばされた、銀の頭上に、それは落とされた。

 

「ミノさん! くっ……!」

 

 園子が船の刃から、ビームの刃を伸ばす。

 オールエンドの手が届かない距離からの、一方的な斬撃攻撃だった。

 オールエンドは何も反応していない。

 そうして、一方的に攻撃が当たる。

 園子の船は、オールエンドに叩き落された。

 

「あうっ!?」

 

 園子が攻撃し、オールエンドは反応もしていないはずだった。

 園子の攻撃が一方的に、オールエンドに当たったはずだった。

 けれど現実に、園子はオールエンドに叩き落された。

 人間の使える文字でその理由を解説することはできないが、事実としてそうなのだ。

 

「ケヒャ」

 

 オールエンドが嘲笑(わらう)う。

 

 その笑い声に、勇者と巨人の背中が、ぞわっと泡立った。

 

「ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

 

 嘲笑の笑いを早回しにして歪め、それを元の速度に歪めたまま戻したような笑い声。

 間違いなく嘲笑している、と思えるのに、これは嘲笑ではない、と思えてしまう声。

 ただひたすらに不気味。

 ただ純粋に恐ろしい。

 こんなにも生理的嫌悪感を掻き立てる声があるのかと、恐ろしくなる笑い声だった。

 

 その声に、人は虚無を感じ取る。

 本来人の意思から生まれるはずの笑い声が、感情ではなく虚無から生まれればこうなるのかと、そう思わせる虚無の嘲笑。

 そこには悪意も敵意もない。

 

『なんだこいつ……だけど!』

 

 竜児は勇気を出して踏み込んで、オールエンドの横を滑るように飛ばされ、一歩踏み込んだだけなのに多くの距離を移動させられ、カオスウルトラマンの壁に突っ込まされた。

 

「っ!?」

 

 一人のカオスウルトラマンが竜児の右足を。

 一人が左足を、一人が右腕を、一人が左腕を掴む。

 四肢を固定された竜児の腹を、二人のカオスウルトラマンが何度も殴った。

 そして、殴り続ける。

 

『ぐっ、あっ、この……!』

 

 四人がかりで四肢を拘束されては、逃げることもできない。

 竜児は絶え間なく殴られ続ける。

 

「リュウさん!」

 

 そこに須美が飛び込んで、カオスウルトラマン達を撃つ。

 須美の助けで竜児はなんとか脱出に成功したが、逃げて跳んだ先でカオスウルトラマンの一体に捕まってしまう。

 だがそのカオスウルトラマンは、オールエンドだった。

 オールエンドではなかったはずだ。

 だが、オールエンドになっていた。

 

「―――!?」

 

 オールエンドが竜児の首を掴み、持ち上げ、地面に叩きつける。

 

『うがぁっ! ぐっ、腕力まであるのか……!?』

 

「ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒッヒッヒッヒッヒッヒャッヒャッヒッ」

 

 幻覚なんて見せられていない。

 敵が時間や因果を操っているわけでもない。

 竜児の目に映っているのは、何かの能力で干渉されているわけでもない、現実だ。

 虚無が現実に混ざってきているがために、ただひたすらに訳の分からない形で、()()()()()()()()()()()()()()()()

 ただ、それだけなのだ。

 

 それだけであることが、この上なく恐ろしい。

 怪獣から笑い声が漏れた。

 笑い声と一緒に、暗色の雷が漏れる。

 怪獣が意図せず漏らした雷はメビウスに当たり、その体を分解した。

 

『うがああっ!? こ、この雷……皆、当たるな!』

 

『天の神が怪獣の強化に使った黒い雷の呪い……そうか、これが、オリジナルか!』

 

『ぐっ……体が……分解する……!』

 

『リュウジ、ドームを!』

 

 竜児が光のドームを張って、その内側に須美と園子を引き込んだ。

 オリジナルのダークサンダーエナジーが、ドームの表面を叩く。

 オールエンドは、笑った。

 

「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッキャッキャッキャッッキャッキャッキャッヒャヒャヒャヒャヒャヒャキャキャキャキャキャキャヒャッキャッキャヒャ」

 

 笑い声に、自然と鐘の音が混ざる。

 腹の底まで響く重い鐘の音、その先にある、内臓が溶けてしまいそうな鐘の音。

 どこか教会の鐘の音のようで、ゆえにこそ邪悪に聞こえる音だった。

 

「な……なにこれ~!?」

 

「ドームの中なのに……鼓膜が……破れる……!」

 

『ぐ……ああっ……頭が割れる……!』

 

 山が消える。

 崩れるのではなく、消えていく。

 確かにそこにあったはずの質量が、虚無になっていく。

 木々も、土砂も、草花も、消えていく。

 粉砕されるのでも、焼却されるのでもない。

 残骸も、砂も、灰も、何もかもが残らない。

 何も残らず消えてゆく。

 ゆえに、虚無。

 

 教会の鐘(チャペル)の音の波に触れた全てが、消滅していく。

 

 ウルトラマンの光のドームも、消し去られた。

 

「やらせっかあああああっ!!」

 

 竜児達がやられる、と思われたその瞬間、『二度目の満開』をした銀が割って入った。

 破滅の音が中断される。

 生きてたんだ、と勇者達の表情に希望が差した。

 

「ミノさん! 後ろ!」

 

「え? 後ろになんて何にも……」

 

 銀には姿勢を崩した敵が見えていた。

 園子には、銀の背後から銀に手をのばすオールエンドが見えていた。

 銀の視覚では理解できない方法にて、オールエンドが銀を掴む。

 そして、光の結晶で銀を包んだ。

 ほんの一瞬、抵抗も妨害もできない一瞬で、銀は透明な結晶の中に囚われてしまう。

 

「銀!」

 

「ミノさん!」

 

 満開の力でも抵抗すらできない、結晶拘束。

 ……いや違う。これは、食料の保存だ。

 オールエンドはグリーザから、"強い命を食う"という本能を継承している。

 神樹はまともな命ではないためこれに該当しない。

 だが、巨人になった竜児や満開をした勇者なら話は別だ。

 

 結晶化し、保存食にしておく価値がある。

 そんなものを作っておけるだけの余裕が、オールエンドにはあった。

 

「銀をよくも!」

 

 熱くなった須美が撃つ。

 十分に距離を取った上での遠距離攻撃だったが、何故か砲撃の軌道が歪んで、確実に当たるはずだった砲弾は全て外されてしまう。

 オールエンドは飛び、須美が飛んで逃げ、竜児と園子が怪獣を止める役目を果たそうとし―――何故か歪んだ空間の中、ヌルヌルと飛んだオールエンドが、誰にも邪魔されず須美を掴んだ。

 

「くぅっ……あっ……!」

 

「なんで……なんで!?」

 

 須美もまた、光の結晶に包まれ結晶化させられる。

 

 現実がおかしくなっている。

 現実が矛盾している。

 それは、虚無の矛盾としか言いようがない。

 矛盾が世界をおかしくしていく。

 虚無が世界を狂わせていく。

 

『メビウス! もう……あれしか!』

 

『ああ、もうそれしかない! ソノコちゃん! 封印の儀を!』

 

「う、うん! 満開してる今なら……!」

 

 器用に満開の機能を使い、一人でかつ迅速に封印の儀を完了させる園子。

 オールエンドの胸に、カラータイマーが現れた。

 アレを砕けば倒せる。

 コスモミラクル光線を防ぐ手段は存在しない。

 そう頭で理解して、竜児は全ての力を集める。

 

 これであの怪獣は倒せない。撃つ前から、胸の奥にそんな確信があった。

 

『気張ってくれ、メビウスブレス、ウルティメイトブレス!』

 

 過去と未来を繋げ、過去と未来の皆の力を解き放つ。

 

 

 

「『 コスモミラクル光線ッ!! 』」

 

 

 

 最強の光線は防げない。反射もできない。耐えることもできやしない。

 けれど、オールエンドの手前で曲がって、どこか明後日の方向へ飛んで行った。

 いともたやすく。

 なんてこともないように。

 髪についたゴミを取るような気軽さで、とてもあっさり、コスモミラクル光線は対処された。

 

『リュウジ! 懐だ!』

 

『!?』

 

 気付けば、巨人の懐にはオールエンドの姿。

 竜児は瞬時に反応し、虹の剣を振り下ろす。

 何でも切ってきた絆の剣。

 いつも折れずに支えてくれた想いの剣。

 信頼に足る、竜児のメビウスブレイブの代名詞。

 

 すうっ、と振るわれた怪獣の頭部の発光体による頭突きで、虹の剣が粉砕された。

 

「―――」

 

 オールエンドが、巨人の胸に触れる。

 怪獣の手が、巨人の中の竜児に触れた。

 その手を、巨人の中のメビウスが弾く。

 

『やらせるか!』

 

 これは、メビウスと竜児の両方を致命的な敗北に追い込む技だった。

 だが、肉体の主導権を握っていない、何もできないはずのメビウスが、体の中に侵入してくる邪悪の手に抵抗している。

 竜児を守り、敵の侵食に抵抗する。

 

『この子を……お前達のような邪悪の、手にかけさせはしない!』

 

 巨人のカラータイマーが点滅を始めた。

 巨人の体の中の力が、根こそぎ奪われていく。

 巨人の体が光の結晶に拘束されていく。

 それでもメビウスは、竜児を守り続ける。

 

『子供には未来があるんだ!

 未来を夢見る権利があるんだ!

 自由に未来を掴んでいいんだ!

 子供なら、誰だって! ……だから!』

 

 そして、竜児を光の玉で包み、自分の体から分離させ、体外に逃がすことに成功した。

 

『この子は……クマガイ・リュウジは、僕が守る!』

 

 竜児を包む光の玉が、戦場から離れ町外れまで飛んで行く。

 『100%ウルトラマンが逃げられない』という虚無の捕縛技に対し、ウルトラマンメビウスは奇跡を起こし、竜児だけでも逃がすことに成功したのだ。

 その代価として、捕まってしまう。

 オールエンドの光結晶が巨人の全身を包み、とうとう、カラータイマーが止まってしまった。

 

 カラータイマーが止まってしまったウルトラマンを、光結晶の十字架が磔にして、空高くで晒し者とする。

 まるで、戦争の敗北者をそうするように。

 まるで、罪深い犯罪者をそうするように。

 更には光結晶を、高密度の邪悪な光が包み込んだ。

 

 満開でも引き剥がせない密度の邪悪な光が、メビウスの体を包み込む。

 もはや満開した勇者でも、竜児とメビウスを触れ合わせることはできまい。

 

 そうして、乃木園子は、一人戦場に取り残された。

 

「みん、な……」

 

「ヒャヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ」

 

 オールエンドが嘲笑(わら)う。

 カオスウルトラマンでさえも嗤っているように見える。

 けれど園子は、諦めなかった。

 

「どんな時も諦めず、不可能を可能にする……だった、よね!」

 

 園子がオールエンドに切りかかり、船が大破する。

 よく分からない。

 園子が攻撃をして、オールエンドが何かをして、よく分からないまま船は粉砕されていた。

 オールエンドの攻撃の余波が園子の全身を打ち叩き、また満開ゲージが溜まる。

 

「満開!」

 

 三度目の満開。

 満開のありったけの力を込めて、オールエンドの力を砕こうとした園子の船が……横合いからの攻撃で砕ける。

 彼女を囲んでいる108体のカオスウルトラマンの内一体が、戯れにメビュームスラッシュを放ち、船を粉砕したのだ。

 

「あぐっ!」

 

 満開が解けた園子が地面にみじめに転がる。

 他のカオスウルトラマンも戯れで、メビュームスラッシュを放ってきた。

 園子は必死で槍を用いて攻撃を弾き、満開ゲージを溜める。

 もう指はまともには動かないし、右目は見えておらず、鼻は匂いも感じられなくなっていた。

 

「満開!」

 

 四度目の満開。

 園子はメビュームスラッシュを飛ばして来たカオスウルトラマンに満開で立ち向かう。

 

「諦めない……諦める、もんか! だって私は……もっと、もっと、友達と! 未来に!」

 

 未来が欲しくない子供など、いるものか。

 

 園子の満開の巨大な刃が、カオスウルトラマンの一体の胸を串刺しにしていた。

 

「やったっ……!」

 

 そして、そのカオスウルトラマンが自爆する。

 

「きゃぁっ!?」

 

 メビュームダイナマイト。

 敵がコピーした自爆技により、園子の満開が吹き飛ばされる。

 園子はメビュームダイナマイトに対し、瞬時に満開の力を一点集中のバリアに組み上げる才気をもって、即死だけは回避した。

 紛れもない、天才である。

 だがその代価として、四度目の満開も散ってしまった。

 園子の心臓が止まる。

 

「うっ―――はっ―――あっ―――」

 

 心臓が動かなくなった苦しみに、涙を流して地面を転がる園子。

 転がる直前に園子が居た場所を、オールエンドが踏み潰していった。

 精霊が、園子の体に干渉する。

 心臓が動いていなくても生きていられるよう、精霊が肉体に干渉しているのだ。

 やがて園子は、心臓が動かなくても戦えるようになっていく。

 転がりざまに必死に満開ゲージをかき集めて、五回目へ。

 

「満開!」

 

 五度目の満開。

 満開なんてしたくはない。

 けれどしなくてはならなかった。

 でなければ園子は、自分を取り囲む五体のカオスウルトラマンの自爆に、耐えることなんてできやしなかったから。

 

「はぁ―――アッ―――げほっ、げほっ!」

 

 五度目の満開が自爆で吹き飛び、五度目の散華が起きる。

 五人のメビウスの自爆に等しいそれを、園子はバリアの形状を工夫し、まさに天才としか言いようがない耐え方をした。

 その防御は実に見事で、だからこそその後の悲惨な姿が痛々しい。

 

 肺の機能が失われた。

 園子は肺が動かないという地獄の苦しみを味わった。

 その機能を精霊が補い、園子は息をしなくても生きていけるようになる。

 肺や心臓が止まった程度で死ねるような、気楽な戦いなどはない。

 園子はもう息をする権利さえないが、戦わねばならない責任が残っている。

 

 そして、カオスウルトラマンは減らない。

 何度自爆しても。

 何度自爆しても。

 光に還り、また戻ってくる。

 メビュームスラッシュを槍と精霊で受け止めた園子が、地面を転がる。

 

「満開!」

 

 そして立ち上がり、肺ではなく腹から絞り出した息で、六度目の満開を宣言した。

 

 オールエンドが、それを即座に吸い上げ捕食する。

 園子が命がけで絞り出した力を、オールエンドは苦もなく咀嚼し、味わっていく。

 何もできなかった園子の足が動かなくなり、園子はその場に倒れ、勇者システムが足の代わりになるリボンを発生させた。

 

「うっ……うぇっ……」

 

 園子は一瞬、心折れそうになった。泣きそうになった。

 

―――君は悪くない。君が苦しむ理由なんてない。だから、助けるんだ!

 

 そんな中、ふと、思い出した言葉があった。

 助けてくれるのかな、なんて、園子は思った。

 

(諦めるな……諦めるな、私!)

 

 園子は立ち上がる。

 

「満開!」

 

 満開ゲージを溜める意志と、満開ゲージを溜めた経験と、それを運用した経験。

 それさえあれば、満開ゲージは工夫次第でいくらでも溜めていける。

 ゆえに、七度目。

 

 ゆえに、オールエンドは応じた。

 グリーザ由来の力・ダークサンダーエナジーを放つ。

 それが108体のカオスウルトラマンに当たり……108体のウルトラマンの全てを、()()()()()()()()へと変えた。

 ダークサンダーエナジーは、既存の生物に強化をもたらす。

 カオスウルトラマンメビウスは、強化形態・カオスウルトラマンツルギへと変貌した。

 白と赤だけであった体に、新たにダークサンダーエナジーの黒いラインが引かれている。

 

「まだ……強くなるの……?」

 

 園子の心が揺れる。

 だが、諦めない。折れない。

 園子の心が、痛みや苦しみを感じないからではない。

 彼女が大切な世界や大事な人を守るためなら、どこまでも諦めずにいられる少女だからだ。

 

「返せ」

 

 園子は、オールエンドの手の中にある二つの結晶を見た。

 その中に囚われピクリとも動かない須美と銀を見た。

 普段のんびりとしている彼女の脳内が沸騰し、肺が動いていないにもかかわらず、腹で空気を押し出して叫ぶ。

 

「私の大事な友達を―――返せっ!!」

 

 『この苦しみ』を。

 

 三十三回繰り返した先に、竜児が見た未来はあった。

 

 

 

 

 

 竜児はボロボロの体を引きずり、壁に体を預けながら、園子が戦っている場所へ向かっていた。

 

「待ってろ乃木さん……今、助ける。メビウスも……鷲尾さんも、三ノ輪さんも」

 

 もはや彼は戦えない。

 生身で喧嘩できるかさえ怪しい。

 メビウスブレスは出せず、変身も不可能。メビウスとも分離した。

 四国世界のほとんどはカオスヘッダーに包まれ、現在生存している地球人の九割近くがカオスヘッダーによる汚染を完了させられている。

 社会は既にその機能を失った。

 

 大赦本部の結界も崩壊。

 須美、園子、銀の家族を含めた、施設内の全ての人間がカオスヘッダーに取り込まれている。

 大赦も既にその機能を失った。

 

 竜児は血を流す体を引きずり、園子の戦場に向かおうとして、転ぶ。

 立ち上がろうとして、近くにあった鉄のポール製の手すりを掴んで、手すりを引くようにして体を起こそうとする。

 だが、起きかけた体がまた地に落ちてしまった。

 

 手すりが折れたのか? と竜児は思って、手すりを見る。

 

「あ……?」

 

 手すりを掴んでいた自分の腕が、ぶっつりとちぎれ、肩からすっぽ抜けていた。

 

 

 




 カオスヘッダーとすら和解するとか
 存在しない虚無に実体を与えて倒すとか
 とんでもないウルトラマンもいたもんですねえ(原作)

●カオスウルトラマンツルギ
 カオスヘッダーの力で生み出されたカオスウルトラマンが、次の段階のメビウスブレイブを模倣しようとし、虹の剣をどうしても模倣できず、グリーザのダークサンダーエナジーで強化によって補った強化形態。
 左手にグリーザのダークサンダーエナジーで出来た黒いナイトブレスを装備する。
 かつてメビウスをブレイブにしたウルトラマンヒカリの異名たる『ツルギ』、グリーザが怪獣デマーガを強化した『ツルギデマーガ』と似た属性を持つ。
 スペック上は竜児のメビウスブレイブを完全に上回った。

 白赤体色に黒地も入ったカオスロイドみてーなやつ。
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