時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第十一殺三章:約束の炎

 竜児は、勇者になるのが子供の頃の夢だった。

 勇者になれないと悟り、諦め、けれど『本物の勇者』だと思える者達と出会った。

 心の痛みが分かる人、犬吠埼樹。

 輝く心の優しい先輩、犬吠埼風。

 竜児の中の勇者の理想形、結城友奈。

 そして東郷美森は―――今でも強く、もっと救われてほしいと思える人だった。

 

 昔馴染みの夏凜に引っ張られ、友奈に出会ってかつての夢に踏ん切りをつけ、改めて勇者になろうと誓い、今は鷲尾須美の未来を少しでも良くしようとしている。

 勇者になれたかな、と竜児は思う。

 なれたと思っていた、と竜児は考える。

 でもなれてなかったのかもしれない、と竜児は自己否定する。

 

 自分は勇者なのだろうか? 自問自答に、竜児は肯定の答えを出せなかった。

 ちぎれた腕を肩に差し込む。

 ぐじゅり、とちぎれた肉・固まりかけの血液・血肉と混ざった皮膚が嫌な音を立てた。

 

「ぎぃっ……うああああっ……」

 

 悲鳴もどこか力がない。

 物理的に、大きな悲鳴を上げられるだけの力が体に残っていないのだ。

 途方もない激痛のはずなのに、相応の悲鳴を上げる余力も、相応の痛みを脳に感じさせる余力もない。

 死にかけの人間の呻き声のような声しか出せず、鈍化した痛みしか感じられない。

 竜児はそのまま倒れ、動かなくなった。

 

「乃木さ……助けないと……死なせたくな……

 優しい子で……悲惨な目に遭うなんて理由は何も……どこにも……無くて……」

 

 何故、自分はこんなところにいるのか。

 何故、自分は頑張っているのか。

 何故、自分はこの時代で必死に戦おうと思ったのか。

 竜児は段々、自分で自分が分からなくなり、自問自答を繰り返し始めるが、答えは分かりきっている。

 この過去を変えることで、助けたい友達が居たからだ。それが、一番の理由だった。

 

(東郷さん……鷲尾さ……)

 

 体が動かなくなり、やがて心も動かなくなる。

 

 動かなくなった竜児の手に、地面の下から生えて来た、小さな神樹の根が絡みついた。

 

 

 

 

 

 竜児は、神樹の中に吸い上げられていた。

 あの時の、名も無き英霊に鍛えてもらい、ギラルーグの突破口を見つけた時と同様に。

 違いがあるとすれば、今は肉体も神樹の中に在るということだろうか。

 

 白亜の空間の中で、竜児を見下す人影がいた。

 形がよく見えない。

 その人影が、明確な形を取らず、ごく自然体でいるからだろうか。

 

 竜児を見下ろす人影の背後には、別の四つの人影もある。

 合計五つの人影の内一つは、竜児に七人御先の特訓をつけてくれたあの名も無き英霊その人であった。

 竜児を見下ろしている人影は、かの名も無き英霊も従えている様子。

 更にその腰には、竜児が奉納した生太刀もあった。

 生太刀を携えた神ならぬ身の英霊……ということは。

 

「まさか……西暦の最後まで生き残ったという、初代勇者の乃木若葉様?」

 

 人影が頷く。

 乃木園子を助けに行こうと這いずっていた竜児の前に現れたのは、その先祖にして英霊たる乃木若葉であった。

 

「なら……まさか……あなた方は……

 西暦の最後に、ウルトラマンと共闘し、多くのものを守ったという……最初の勇者様達?」

 

 他の人影も頷いた。

 死人に口なし。

 だが竜児のように前提知識がある者なら、僅かな情報から察せることもある。

 大赦に語り継がれている、偉大な初代勇者とその仲間達。

 伝承では乃木若葉を入れて勇者は四人だと伝えられていたが、今ここにいる人影は五人。

 

「師匠……凄い人だったんですね」

 

 名も無き英霊が気不味さと照れ臭さが混じった感じに頭を掻いた。

 反応に困っている印象を受ける。

 竜児の言葉に反応したところから見て、奇妙な話だが、この英霊達は鷲尾須美世代の時代の英霊達ではなく、結城友奈世代の時代の英霊達であるようだ。

 神樹の中とはいえ、時代を超越している。

 

 神樹の中には、あらゆる時代から特定の者達の意識を拾い上げ、同じ瞬間に並行して存在させるという、時間軸を超越した仕組みが存在するという。

 おそらくはそれの応用だ。

 竜児も眉唾な伝承程度に思っていたが、まさか事実であったとは。

 

「力尽きた姿ですみません。

 本当は、皆様には相応の礼節を見せるべきなんですが。

 もう、僕は、腕を上に上げる力すら無いみたいなんです」

 

 竜児は英霊達に顔を向けるが、それしかできない。

 相応の礼儀を見せることすらできない。

 戦う力どころか、立ち上がる力すら尽きてしまっていた。

 

「悔しいです。

 今も、諦めたくない気持ちでいっぱいです。

 守れる力が、救う力が……もっと、もっとあれば!」

 

 竜児の目は人の身のまま、父ベリアルを思わせるものになっていた。

 

「力が欲しい……もっと力を……力を、力を、力をッ!!」

 

 けれど、それも一瞬で、すぐに兄のように慕うメビウスのような優しいものとなる。

 

「……でも、本当は、分かってるんです。

 僕の中の矮小な力なんて、とっくに全部出し切ってるなんてことは。

 みんなに貰った力を使って、諦めない心だけを支えにして、騙し騙し戦ってたなんてことは」

 

 竜児は全力を尽くした。

 絞り出せる力は全部絞り尽くした。

 皆から貰った力も、皆との繋がりから生まれる力も、全部全部注ぎ込んだ。

 それでも、足りなかったのだ。

 

「でも……

 僕が全ての力を出し切って……

 皆と合わせた力も出し切ったんだとしたら……

 僕らの敗北と滅びが、最初から決まりきっていた、運命の滅びみたいじゃないですか……」

 

 だが、そんな冷たい現実を、どうして受け入れられようか。

 

「それだけは……絶対に、絶対に、認められないんです。もう、立ち上がれないとしても」

 

 体に起きる力がなくても、完膚なきまでに負けた後でも、心はそれを認めない。

 

「滅びることが決まってた世界なんて……

 滅ぼされるために生まれてきた命があったなんて……

 守ってきたことは全て無駄だったなんて……そんな運命は、絶対に、認められない!」

 

 こんな世界の終わりなど。

 こんな過去改変の結末など。

 滅ぼしたものが笑い、滅びたものは何も言えぬ結末など、認められない。

 

「皆の頑張りが無駄だったなんて、絶対に言わせたくない!

 ……なのに、僕の体には、もう、立ち上がれるだけの力がない……!」

 

 だが竜児の心とは裏腹に、体は動かない。

 心に体がついて行ってくれない。

 竜児はそれを悔しく思う。

 そして、文献から抹消されたその名も無き英霊も、それを悔しく思っていた。

 

 乃木若葉の英霊と、他三人の英霊が、目には見えない力を名も無き英霊に注ぐ。

 すると、奇跡が起きた。

 死人に口なしの大原則を超越し、名も無き英霊が語る口を得たのだ。

 

「立て」

 

「ぐんさん……師匠……?」

 

 英霊は呼びかける。

 

「立ちなさい」

 

 竜児の心を叱咤する。

 

「立って!」

 

 今の竜児の有り様を否定しているくせに、その言葉には、今の竜児への少なくない共感があった。

 

「あなたまで、そう終わる気!?

 友達を失って、死ぬ気で戦って、自分の全てを否定されて、戦いの中で全部を費やして!

 死にたくないくせに、憧れてる何かがあるくせに、諦めかけて、踏ん張る気持ちもなくして!」

 

 西暦の末期には、そうして心折れる者も少なくなく。

 この名も無き英霊は、強い心を備えていた西暦末期の勇者達の中で随一と言っていいほどに……『弱く人間らしい心』を持っていた勇者であった。

 竜児にとって、この少女は名も無き英霊。

 そして、何かを教えてくれる師匠である。

 それ以上でも、以下でもない。

 

「まだ何も決まっていない。過去も、今も、そして未来も」

 

 ゆえに竜児は、彼女からの教えと言葉を受け取る。

 

「あなたを幸せにしてくれる世界は、あなたにしか守れないのよ!」

 

 それは、名も知らぬ先人からの言葉。

 過去に頑張った誰かからの応援。

 大昔に未来を守ってくれた誰かから、守られた未来を生きる少年への、強いエール。

 

「だから……立って!

 友達と約束した言葉があるんじゃないの!?

 あなたの言葉を、全部嘘になんかしないで! ……立ちなさい!」

 

「師匠……」

 

 体の力なんて、もうどこにも残っていないはずなのに。

 

 竜児の体は、立ち上がる。

 

「僕は」

 

 科学的に立ち上がることなど不可能だと断定できる体が、不可能を可能にし立ち上がる。

 

「まだ立てます」

 

 肩に無理矢理差し込んだ腕も、もう動く。

 

「師匠に失望されるような人間には……まだ……なってやりませんとも……!」

 

 名もなき英霊は、語る口しかない顔で微笑んだ。

 顔のパーツが揃ってればきっと美少女だったんだろうな、と竜児は益体もなく考える。

 竜児は拳を握り、英霊に向けて拳を突き出す。

 

「もうちょっと頑張りたいんです。僕に、力を貸してください」

 

 英霊達は竜児の無茶を考え、少し躊躇う。

 だがほどなく皆が頷き、竜児の拳に手を重ねた。

 西暦最後の勇者達。

 人類最初の勇者達。

 そんな彼女らの力を、竜児は世界を守るため、借り受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児の意識と体は現実に戻り、走り出す。

 脳は今にも爆発しそうだ。

 心臓は半分くらいパーツが欠けている気がする。

 全身の血液が沸騰し、神経は常時細切りにされている感覚がある。

 竜児の体は、限界なんてとっくのとうに突破している。

 

 だけど。

 まだ立てる。

 まだ走れる。

 まだ頑張れる。

 まだ……戦える。

 

「師匠……!」

 

 竜児の手には、時代遅れの神の兵装・大葉刈が握られていた。

 名も無き英霊・郡千景が、乃木若葉と共に戦っていた時に使っていた大鎌だ。

 この鎌もまた、歴史から抹消されたもの。

 生太刀と同じく使い手を選び、竜児には本来扱えぬもの。

 なのに竜児はそれを扱い、ある程度の力を引き出せている。

 何故か、なんて理由は考えるまでもない。

 

 かつて郡千景と呼ばれた、歴史から抹消された名も無き英霊の鎌を持ち、その意志を継いだ者が『乃木』を救いに走る。

 ひた走る。

 走る竜児を、園子の囲みから離れ街をうろついていた、強化型カオスウルトラマンの一体が発見した。

 

「無駄になんかさせない、全ての勇者が、必死に頑張ってきた過去を!」

 

 竜児は結城友奈世代の勇者よりも後に、巨人の勇者となった。

 ゆえに世界最新の勇者である。

 そして、竜児の世代で世界の平和を取り戻したなら……竜児は、世界最後の勇者となる。

 きっと、そうなる。

 諦めなければ、きっとそうなれる。

 あの西暦の勇者達が最初の勇者で、竜児が最後の勇者となる日が来るだろう。

 

 最後の勇者は、最初の勇者から渡された力のバトンを、受け取っていた。

 

 

 

「諸先輩方……光の力、お借りします!」

 

 

 

 かくして。

 竜児は、五人の勇者から借りた"七つの精霊"の力を解き放った。

 

「『七人御先』ッ!」

 

 竜児に指導をした名も無き英霊、"郡千景"の精霊の力が解き放たれる。

 竜児の体が、七つに分かれる。

 カオスウルトラマンの、メビウスブレイブを超える威力のメビュームスラッシュが放たれ、竜児の内五つが消滅した。

 されど、この精霊の力で分裂した竜児は七人同時に消滅しなければ死ぬことはない。

 

 生き残った二人の竜児の斬撃が、カオスウルトラマンのカラータイマーをガリッと削った。

 

「『輪入道』!」

 

 竜児は七人御先を解除し、自分の肉体を通して拾っておいたフリスビーに、偉大な先人"土居球子"の精霊を憑依させた。

 フリスビーは巨大な空飛ぶ円盤となり、強烈な火炎を纏いながら飛翔する。

 竜児はその上に飛び乗り、人間サイズで巨人とやり合うには必須とも言える、飛行能力を獲得した。

 鋭角に飛び、巨人の死角を取り、輪入道も解除する。

 

「『酒呑童子』ッ!」

 

 そして、偉大な先人"高嶋友奈"の精霊の力を解き放った。

 竜児の両腕に大きな腕甲が顕れる。

 酒呑童子の能力は、使用者も、目標も、全てを破壊する規格外のパワー。

 指先から肘までを覆うその腕甲を、竜児は思い切り敵カラータイマーに叩きつけた。

 竜児の右ストレートが、カオスウルトラマンのカラータイマーにヒビを入れる。

 

 そして、竜児の右腕は、パンチの威力の反動で、肩から外れ吹っ飛んでいった。

 

「―――ッ!」

 

 痛みを堪え、竜児はカオスウルトラマンの胸を蹴って後方に跳ぶ。

 なんとか吹っ飛んでいった右腕を空中でキャッチし、竜児は肩に無理矢理押し込み固定する。

 

「『雪女郎』!」

 

 竜児は肩に無理矢理押し込んだ右腕を、偉大な先人"伊予島杏"の精霊の力で固定する。

 精霊・雪女郎の力は氷雪。

 ゆえに、肩に腕をはめこんで、氷で外側を凍結すれば、とりあえずの固定ができる。

 輪入道が"燃える巨大な円盤を操る"という極めて応用の利くシンプルな精霊であるのとは対照的に、この精霊は氷雪という極めて多様性のある能力を持っていた。

 

 竜児の右腕は、氷で固定して数秒経った頃には、また動かせるようになってきた。

 コピーライトとの戦いの前の頃にまで、再生能力が戻ってきている。

 兄がくれた寿命と引き換えに失った、まともな体と引き換えに失った、以前の体の特性が戻ってきている。

 

 その意味が理解できないほど、竜児は愚かではなかった。

 だが今は、そんなことを考えていられる余裕など、どこにもない。

 

「っ!」

 

 カラータイマーにヒビの入ったカオスウルトラマンが、回避行動に移った竜児にメビュームスラッシュを連発してくる。

 竜児という小さな的を圧殺せんとする、光刃の面制圧攻撃。

 精霊の力を借りたところで、圧倒的な規格の差と出力の差は埋まらない。

 建物を蹴り、飛び、夜空を背景に跳び回り回避する。

 

 そして竜児は、ある建物に着地してうずくまる。

 胸と頭を抑えて苦しみ悶え、押さえ込んだ絶叫を口の端から漏らす。

 苦しむ竜児の眼窩から、ぼとりと左の眼球が落ちた。

 

「うううっ……フッー、グゥゥゥ、ぎぃぃぃぃっ……!」

 

 西暦末期の時代、精霊は人間の体に直接取り憑かせていた。

 神世紀のように、人体の外に独立具現化させる技術も発想もなかったからだ。

 

 精霊は神性・架空の存在・伝説の人物・妖怪・呪いなど多岐に渡るカタチを持つ神樹の端末であり、これをシャーマニズムに則して人体に降ろすという行為は、大きな危険を伴う。

 最も大きな影響が出るのは精神面だ。

 不安が募り、誰も信じられなくなり、他人に攻撃的になり、自制心はなくなってゆき、ネガティブな思考から自滅的・破滅的な人間になっていく。

 

 精霊の侵食は、今の竜児に残された唯一の武器である、未来を信じる心、仲間を想う優しい心、そして諦めない心までもを奪おうとしていた。

 

 強力な精霊であれば、その影響は肉体にも及ぶ。

 使えば腕が砕け、制御を一瞬誤れば精霊の力の反動で即座に自滅するほどに。

 加え、これは"神樹の力を扱う存在である勇者が使う前提の、神樹の端末の力"だ。

 勇者でない者が使うことは考慮されていない。

 

 勇者という身体規格(フォーマット)を持たない竜児がこの力を使うことに、そもそも無理がある。

 

「ぐっ、ぎっ、い゛っ……づぅぅッ!」

 

 竜児は瞼の裏に眼球を押し込み、瞼の上から氷の蓋で固定する。

 左目はしばらく開けないが、次に開く頃には治っているだろう、と期待をかけた。

 カオスウルトラマンの追撃も飛んでかわし、竜児は十字路をその足で駆ける。

 

「お借りした精霊の力、助かってます、伊予島様」

 

 暴風の精霊の力を借り、一気に加速する。

 

「『一目連』!」

 

 高嶋友奈の精霊・一目連が竜児を加速させ、巨人の足元に潜り込ませ、飛び上がらせる。

 

 精霊を体に宿らせるたび、宿らせるたび、体が崩れていく感覚があった。

 

(ダメだ、今のままの体じゃ……もっと丈夫に、もっと負荷に耐えられる体じゃないと!)

 

 飛び上がった竜児が、もっと強く、もっと強くと念じていく。

 ぐちゃぐちゃに壊れていく肉体が、変質していく。

 力の足りなさを自覚した竜児は、二つの精霊を肉体に重ねた。

 

「乃木若葉様……義経と大天狗の力、お借りします!」

 

 カオスウルトラマンのヒビの入ったカラータイマーを狙い、身軽な技を剣技を使用可能になる義経でフェイントをかけ、大威力攻撃が可能な大天狗でカラータイマーに攻撃を叩き込む。

 だが、カオスウルトラマンが左腕を振るうと、ブレスレットが竜児の攻撃にぶつけられ、いともたやすく竜児の攻撃は霧散させられてしまった。

 

 バーテックス共通の弱点であるそこが狙われなければ、今の竜児の全力など、その程度で粉砕されてしまうものでしかない。

 

「―――っ」

 

 されど竜児は諦めず、跳び回って背後の死角からもう一度大天狗の力を撃つ。

 しかし効かない。

 カオスウルトラマンツルギの強化された皮膚は、それに平然と耐えてしまう。

 偽物は素早く動き、瞬時に神速の腕捌きで竜児を掴む。

 

 そして、竜児は掴み潰された。

 

「うああああああああっ!!!」

 

 そして、"六人の竜児"が現れ、カラータイマーへ師匠の鎌を同時に叩き込み、カラータイマーを粉砕していった。

 

「……『七人御先』!」

 

 竜児の体が、どんどん変質していく。

 精霊の力を受け止められない体から、受け止められる体へと。

 肌色の体が、徐々に肌色と銀色が入り交じる体になっていた。

 

 竜児の人間の体の耐久度を仮に1とし、巨人の体の耐久度を仮に1万とする。

 今の竜児の体は、ウルトラマンっぽくも見えるが、せいぜい20から50程度しかない。

 見かけだけなのだ。

 見かけだけが、徐々にウルトラマンに近付いている。

 

 竜児はウルトラマンの失敗作だ。

 ウルトラマンの失敗作のようなカタチにであれば、なれるのかもしれない。

 だが、得られたものに対して失うものが多すぎる。

 竜児の肉体の耐久度が申し訳程度に上がったことで、精霊の力に耐えられるラインは確かに引き上げられた。

 だがその代価として、竜児の姿は見るもおぞましい姿になっている。

 

 肌色と銀色の入り交じる肌。

 醜悪に歪んだ肉塊となっていく肉。

 急激な変化に耐えきれず肌から突き出した骨。

 

 竜児は生命維持のためにすぐさま必要でないもの、胃や腸などをどんどん溶解化させ、自分の体の表面を強化するための肉の素材として使っていく。

 外側の見た目以上に、体の中身が悲惨なことになっていた。

 竜児は戻っていく。

 人間に近い形に整形された失敗作から。

 数々のジード失敗作に近い、醜悪なウルトラマンの失敗作の形へと。

 守るために、回帰していく。

 

 人間として生きていくために必要な『肉』を使い潰し、転換し、今の人間の肉と混ぜてとりあえず強度だけ引き上げた肉を作る、醜悪で愚かでその場しのぎな自己改造の連続。

 

「色んな人が」

 

 カオスウルトラマンの一体が戯れに街を光線で薙ぎ払おうとする。

 まだ街に残っている人々の、死の直前に吹き上がる感情を見るために。

 七人に分裂した竜児が、それを止めた。

 

「色んな人が、頑張って、守ってきてくれた、世界を!」

 

 助けたい園子の下に向かいながらも、竜児はカオスウルトラマン達と戦い続ける。

 

「壊させて……たまるかあああああッ!!」

 

 カオスウルトラマンが増えた。

 竜児の存在に気付いたカオスウルトラマンが、一人、また一人と園子の包囲からこちらへとやって来る。

 竜児は自分の体を醜悪に歪めながら、残った僅かな命と力を精霊に削り落とされながら、邪悪の巨人の群れに立ち向かう。

 

「来るなら来い! かかって来い!」

 

 叫ぶ。

 

「たとえ、大きくなれなくても!

 たとえ、お前らよりずっと弱くても!

 たとえ、世界を救える力がなくても!

 この手と足が動く限り! ここに根付く心が折れない限り! 僕は!」

 

 歪んだウルトラマンの目になった左目を輝かせ、竜児は叫ぶ。

 

「―――地球生まれで地球育ちの、『ウルトラマン』だッ!!」

 

 彼は決して諦めない。

 

 その顔の皮膚の形状は、半ばまでウルトラマンのような何かになっていた。

 

 

 

 

 

 声が聞こえた、ような気がした。

 

「―――地球生まれで地球育ちの、『ウルトラマン』だッ!!」

 

 もう音が聞こえる耳なんて残っていないのに、聞こえた気がした。

 

(ああ、まだ私、一人じゃないな)

 

 今した散華の影響で、きっとちょっと髪の毛を引けば、それだけで全部抜けてしまうだろう。

 女の命はそこで絶える。

 そういうものを、園子は捧げた。

 

「乃木さーん!」

 

 園子にはもう喋る声もない。竜児の遠くからの呼びかけに応える声も無い。

 いやそもそも、その叫びを聞き取ってくれる耳がない。

 皮膚ですら捧げて、捧げた皮膚を全身を覆う衣装で隠している。

 内臓はいくつ失っただろうか。

 残った五感は、眼球の一つしかなく、残りはもう全部捧げてしまった。

 

(リュウさんが来てくれた時、あんまり不細工じゃない顔だったらいいな)

 

 心臓も肺も動いていない。

 だらりと垂れる腕と足。

 息もせず、鼓動もなく、体温も限りなく失われている。

 それなのに、満開をする機能と戦う機能だけは、残されている。

 

 まるで電池の切れたロボットのようだと、園子は思った。

 自分の体が人間に見えなかった。

 自分の体が生き物に見えなかった。

 それがとても悲しくて、苦しかった。

 

(頑張ろう)

 

 まだ光が見える片方の目で、頑張って自分を助けてくれようとしている、竜児を見る。

 一人で満開を続ける地獄でないことが……こんなにも、心強い。

 視点を戻し、園子は全ての敵を睨んだ。

 

「ヒャヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ」

 

 オールエンド。

 100を超えるカオスウルトラマンツルギ。

 その全てが、園子を嘲笑っている。

 人間的な悪意を一切持たずに、嘲笑っている。

 

 園子はリンチされながら、嘲笑われていた。

 カオスヘッダーとしての性質が、園子を観測させている。

 オールエンド達は、園子を観察し、学んでいた。

 希望を、絶望を。

 熱情を、冷静を。

 友情を、信頼を。

 苦悶を、喪失を。

 

 園子はおかげでこの多くの敵を引きつけていられている。

 これだけの数の敵が好き勝手動き始めれば、ふとした思いつきで何もかもが吹っ飛びかねない。

 園子の満開連打が、世界の命脈を奇跡的に繋いでくれていた。

 

(私、一人じゃないから)

 

 この残酷な世界で、自分と同じくらい頑張っている人がいる。

 

 それだけで、まだもう少し頑張れる気がした。

 

『満開!』

 

 満開の回数も、散華の喪失も、既に十五回を超えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土居球子の精霊輪入道の力を借りて、竜児は巨大な炎の円盤をカオスウルトラマンのカラータイマーへと叩きつける。

 砕けかけのカラータイマーが、ようやく砕けた。

 15連続の精霊憑依で、またしても――ようやく――竜児はまた敵巨人を一体倒した。

 

 師匠の鎌を杖代わりにして、肩で息をしながらも立ち続ける。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 腹の底からせり上がってくる嘔吐感。

 竜児は食道の途中を、雪女郎の氷で塞ぐ。

 何の解決にもなっていないが、とりあえず吐くことだけは免れた。

 嘔吐は戦闘中の隙になる。

 加え、今の竜児は体外に肉を吐き出したくない理由があった。

 

 今の竜児が嘔吐すれば、確実に大量の血と肉と臓物が吐き出される。

 自分の肉を削って精霊の力に耐える肉を作っている竜児からすれば、肉の無駄遣いはできない。

 吐瀉物を吐き出す余裕すら、今の竜児には無いのだ。

 

「雪女郎の力、便利ですね、伊予島様」

 

 ここにはいない、先人を称える竜児。

 深呼吸して、むせこんで、改めて深呼吸して、視界を確かめる。

 今のところ竜児を探しているカオスウルトラマンは五体。

 一体一体が絶望的な強敵だ。

 

 竜児の目は左右が違う。

 左目は耐久力を求め、見た目だけを模倣したウルトラマンのような目になっていて、もうほとんど見えていない。

 右目も負荷のせいでほどなく失明状態に陥るのは明白だった。

 まだ見える右目で、竜児は敵の位置を把握する。

 

(目だけに頼ってちゃダメだ。もっと耳でも、繊細に音を拾って……)

 

 耳を澄ませて。

 ぐじゅ、と耳の中で何かが潰れる音がした。

 音が聞こえづらくなり、耳もあまり頼りにならなくなってしまう。

 弱りきった竜児に向けて、五人のカオスウルトラマンがメビュームナイトブレードを生やし襲い掛かってくる。

 

(……あと少し体が保てばいい、なんて言わない。

 できる限り長く……この戦いが終わるまでは、保ってくれ!)

 

 竜児は鼻血を拭こうとして、鼻をこする。

 鼻が、ぼとりと落ちた。

 慌てて拾って、雪女郎の氷の力で鼻を顔にくっつける。

 もう、そんな行為に意味は無いかもしれないけれど。

 

「高嶋様! 一目連と酒呑童子の力、お借りします!」

 

 一目連で嵐のごとき速度を得て、速度を乗せた最強の拳を振り上げる。

 竜児が右側から素早く攻めたことで、左腕に剣を生やしたカオスウルトラマンは剣での迎撃が遅れ、右の拳を振り上げてきた。

 竜児の命をかけた左拳。

 偽物のその場しのぎの右拳。

 二つの拳が衝突し、竜児の腕からボキッ、と嫌な音が鳴った。

 

「ッ!」

 

 そして、竜児は。

 自分の左腕が折れたにもかかわらず、折れた左腕で敵の右拳を掴み、思いっきり引っ張ることで自分の体を前に飛ばして、右の拳を握り込んだ。

 

「もういっぱぁつッ!」

 

 一目連で加速し、酒呑童子で殴る。

 速度加速と一撃必殺のコンビネーション。

 それが、カオスウルトラマンのカラータイマーを粉砕していった。

 今度は何とか、右腕が肩からすっ飛んでいくということもなく済んだようだ。

 

 消え行くカオスウルトラマン。

 新たに現れるカオスウルトラマン。

 竜児は大天狗をその身に降ろし、空へと逃げつつ戦場を移そうとするが……敵は、速い。

 空中で竜児の体はとうとう捕まってしまい、竜児を捕まえた一体のカオスウルトラマンを、四体のカオスウルトラマンが囲む。

 

 そして、五体が一斉に自爆した。

 

「―――」

 

 ウルトラマンメビウスでも跡形も残らないような大爆発が、竜児を包み込み、その肉体を消滅させていく。

 

 

 

 

 

 そうして消えていく竜児の肉体を、地上から六人の竜児が見上げていた。

 

「っぅ……!」

 

 竜児の消耗で脆くなっていたとはいえ、竜児の分身であるはずの七人御先が、強烈すぎる防風に吹き消されていく。

 竜児が掴まっていた太い木が、ボキリとへし折れていた。

 更には竜児も吹き飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられる。

 恐るべき爆発力。

 恐るべき破壊力。

 五体まとめてのメビュームダイナマイトは、上空に爆発点を移動させてもなお恐ろしい。

 

 頑丈な建物はそのままだが、作りの弱い建物では、今の爆発には耐えられなかっただろうと竜児は推測した。

 

「あ、ぐ」

 

 コンクリートに打ち付けた体が痛む。

 精霊による過剰負荷を、肉体の後付け強化という無理筋で防いでいたがために、その無理が一気に表出してしまったのだ。

 意識が明滅する。

 時間感覚が曖昧になり、周りが見えなくなってくる。

 

 諦めるか、と心が叫び。

 もう無理だ、と体が叫ぶ。

 何故頑張るのか、と再度問いかける。

 また笑顔で皆と会うためだ、と自らに言い聞かせる。

 

 また笑顔で会うため。竜児は自分が生きること、皆を守ること、戦うことを強い意志で胸に叩き込み、這いずるように立ち上がろうとする。

 そんな竜児に、話しかける少女の姿があった。

 

「あ、あの」

 

 竜児は、息が止まるかと思った。

 

「大丈夫、ですか……?」

 

「―――」

 

 こんな時に。

 こんな場所で。

 こんな状況で。

 『結城友奈』に会うなんて、心配そうに声をかけられるなんて、竜児は想像もしていなかったから。

 

 友奈は四国の九割の人間がオールエンドに侵食されたこの状況ですら、オールエンドの誘惑に強い意志で抗い、優しい心を保っていた。

 

「危ない、から、離れて。逃げて、安全な場所に……」

 

 竜児は失敗した。

 彼は悪を演じるべきだったのだ。

 街には善のウルトラマンと悪のウルトラマンが居て、その対立構造は明白だった。

 だから、彼のスタンスからすれば友奈を気遣ってはいけなかったのだ。

 

 友奈の顔にうっすら浮かんでいた不安が消え、友奈がほっと息を吐く。

 

「良かった、良い人の方の巨人だ……

 大丈夫ですか? 酷い怪我……今、病院に連れて行きますね」

 

「お、おい」

 

 友奈は血まみれの竜児を迷いなく背負った。

 竜児に抵抗するだけの余力はない。

 竜児の喉はちぎれた肉を無理矢理銀の肉で繋げているため、酷い声色だ。

 肌色の肉と銀色の肉が混ざっているのも気持ちが悪い。

 顔の半分以上がウルトラマンのような、そうでないような歪んだ銀色の肉と、水色の輝く目で構成されている。

 

 それでも、友奈は彼を助けることをやめはしなかった。

 

「夜、牛さんから守ってくれてありがとうございます」

 

「―――」

 

「今、皆おかしくなって……私も、訳が分かんなくて……

 大丈夫、なんでしょうか? あなたの怪我は、この状況と……ええっと……」

 

 友奈は言葉を選び、何を問うかに迷い、友奈が次に何かを言う前に、竜児は最適な答えを口にした。

 彼には、そう言うしかなかったのだ。

 

「大丈夫」

 

「え」

 

「こんな時間はすぐに終わる。

 君にはいつものように明日が来る。

 ちゃんと君が望んだ未来が来る。そういうものなんだ、これは」

 

「……よかった! はぁー、よかった。ずっとこのままだったら、私どうしようかって……」

 

 竜児はとても頼りがいのある声を作って、友奈が安心した顔になる。

 不安がる友奈に、竜児はそう言うしかなかった。

 言った上で、有言実行するしかなかったのだ。

 

「あ、薬局発見!」

 

 友奈は竜児を薬局に連れて行き、息も絶え絶えで、園子の下に向かう意志も示せない竜児に拙くも手当てを行っていく。

 出血の軽減程度にしか意味はなかったが、その優しさが、消耗した心を癒やす暖かさになってくれた。

 

「これでいいのかな……? 気分が悪かったら、言ってくださいね」

 

「ありがとう」

 

「いえいえ、なんてことないことですよ!」

 

 ぐっと拳を握って、ガッツポーズの友奈が可愛らしく微笑む。

 今の竜児は普段の竜児とはかけ離れた顔と声で、人間にすら見えないというのに、精一杯手当てをしてくれた友奈の優しさが、本当に心に染みる。

 彼女はまるで、希望の塊のよう。

 

「立てるようになったら、僕はまた戦いに行くよ。この事態を、早く終わらせないと」

 

「そんな、怪我してるのに……ゆっくり休んだ方がいいですよ」

 

「ダメだよ。このままだと、光に触れたままの君も危険だ。時間はかけられない」

 

「むぅ」

 

 竜児は直球で友奈の心配をし、友奈は直球で心配をされて照れた。

 会話を仕切り直すのと、この薬局で竜児を休ませるに足る安全があるかを確認する目的で、友奈は薬局から出て行こうとする。

 

「私、外の様子見てきます。ゆっくり休んでくださいね!」

 

「外は危険だ、よした方が……」

 

「大丈夫! それより、薬局が外から潰される方が怖いですから!」

 

 たったった、と小学生の友奈が、薬局の外に駆け出していく。

 

「……強い人だ」

 

 だが、外に出た友奈が、突如上を見上げ。

 "見上げたそれを薬局から引き離そうとするかのように"、突如走り出した瞬間、竜児の背筋は凍りついた。

 

「……!」

 

 友奈の判断は正しかった。

 友奈が何処かで違う判断をしていたら、竜児は薬局ごと踏み潰されていたかもしれない。

 されど、竜児は友奈を犠牲にして生き残ることなんてしたくない。

 体を引きずるようにして、薬局の外に出て、外を覗く。

 

「くそっ!」

 

 そこで、竜児は―――口を開けて、つまみ上げた友奈をそこに放ろうとしている巨人と。口を抑えて、悲鳴を抑え込んでいる友奈を見た。

 

「―――」

 

 友奈が叫べば、竜児が怪我を押して来てしまうかもしれない。

 友奈が助けを呼べば、竜児の存在を巨人が勘付いてしまうかもしれない。

 だから、怖い、助けて、誰か、と叫びそうになっている口を、小さな手で必死に押さえつけている。

 友奈は恐れを知らぬ勇者ではなく、他人のために勇気を出す勇者であるがゆえに。

 それは、ごく普通の少女が出せる精一杯の、小さな勇気だった。

 

 カオスウルトラマンの口が、友奈の小さな体を、飲み込む。

 

「あ」

 

 頭の中で、何かが切れた。

 

「あああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 まだ間に合う、まだ間に合うと自分に言い聞かせ、吐き出させるべく竜児は敵に飛びかかる。

 

「『一目連』、『酒呑童子』ッ!」

 

 "高嶋友奈"の精霊の力を借り、竜児は巨人に突っ込んだ。

 お湯の中に放り込んだ氷のように、竜児の肉体が崩壊していく。

 嵐の速度で接近し、目にも留まらぬ速さで最大級の一撃を叩き込もうとし―――カオスウルトラマンの人差し指に、その拳は止められてしまう。

 

「ぐうううううっ!!」

 

 怒りに燃える拳も、単純な力の差には敵わない。

 弱点を狙わない限り、竜児の攻撃はこの巨人に届かない。

 届いたとしても、この巨人は復活する。

 なのに、この巨人達を叩きのめして行かなければ、友を助けにも行けやしない。

 竜児は無力だ。

 目の前で食べられた友奈を、その手で助けられない程度には。

 

「―――っ」

 

 そして、カオスウルトラマンの指が、無造作に竜児を弾いた。

 師匠の鎌で防御したが、焼け石に水。

 途中にあった建物を突き抜けて、粉砕して、その衝撃で竜児の体が壊れに壊れ、どこかの建物の屋上に転がる。

 建物に叩きつけられ、建物が粉砕されるだけの衝撃を受けた竜児の体は、もはや"肉の塊"という表現が最も適切であるほどに、ズタボロだった。

 

「まだ、だ」

 

 されど竜児は立ち上がる。諦めない。諦められない。だから戦う意志は折れない。

 

「もう一度……『七人御先』!」

 

 精霊の憑依は命を削る。憑依の維持もまた命を削る。

 ウルトラマンの肉と人間の肉が混ざってぐちゃぐちゃになった顔で、竜児は遠方でまだ戦っている園子の満開の光を見る。

 その向こうの、オールエンドを見る。

 竜児とオールエンドの目が合った。

 

 そうして。

 竜児に授けられた、西暦勇者達の精霊の力は、オールエンドに捕食された。

 竜児の分身が消え、竜児の体の中から、与えられた精霊の加護が消えていく。

 なのに、肉体と精神に溜まった精霊の負の淀みは残っていて。

 

「……う、あっ」

 

 力が抜けて、体は倒れた。

 もう何度限界を超えただろうか。

 もう何度動かない体を無理矢理動かしてきただろうか。

 命を削り、体を壊し、心を侵され、魂をすり潰していくような繰り返し。

 

 これ以上どんな限界を超えればいいのか分からないほどに、熊谷竜児という存在のあらゆる部分が破壊されていた。

 竜児の耳に、世界の悲鳴が聞こえてくる。

 

 もはや、空も海も大地も正常な形は保てていない。

 神樹が侵食されたことで、作られた空と海は全壊まで時間の問題という状況だった。

 大地も街の多くが無傷で残っているのが不思議なほどに、そこかしこが壊れている。

 

 建物の屋上から竜児の見える範囲では、オールエンドの光の侵食が完了された400万の四国の人々が、次々と空に吸い上げられていた。

 空には光が集まり、新たな黄金の林檎が形成されている。

 400万人の人々がその林檎の中に、夢見心地で取り込まれていた。

 

 そして友奈のようにオールエンドに抵抗した人間は、次々とカオスウルトラマンに食われていった。

 優しい人、信念の固い人、心の強い人、暴力や破壊が苦手で苦手で仕方ない人。

 カオスウルトラマンはそういう人間を飲み込み、腹の中で高濃度のオールエンドにそれらの人間を漬け込んでいた。

 竜児は手を伸ばす。

 犬吠埼姉妹がいて、未来のクラスメイトがいて、食われて。

 "まだ生きている"ヒロトやヒルカワが居て、食われて。

 竜児は助けたくて咄嗟に手を伸ばしたのに、手ははるか遠くに届かず、竜児には何もすることができない。

 

 もはや、地上に生きている人間は、ほぼ0と言っていい状況だった。

 400万居た人口のほぼ全てが、バーテックスに捕食された後だった。

 

「うっ……あっ……ちくしょうっ……!」

 

 凶暴化、同化、虚無化という三段階を経るというメビウスの話が本当であるのなら、取り込まれた人間は残らず消滅するだろう。

 人間が食べたものが、消化されて消えていくのと同じように。

 もはや地上に動くものは見当たらず。

 街に人の営みの明かりは灯らない。

 四国を包み込むオールエンドの光の粒子が、ただ輝くのみ。

 神樹の光さえ絶えかけている。

 竜児と園子を入れても、生き残った人類が片手の指の数を超えることはないだろう。

 

 全人類が、バーテックスと天の神の前に屈服していた。

 

「竜児君!」

 

 だから、その時。

 

 竜児を助けに安芸がここまで来れたのは、本当に奇跡のようなものだった。

 

 

 

 

 

 不幸中の幸いで、安芸だけはまだ、オールエンドに完全に取り込まれてはいなかった。

 一つの幸運は、勇者の担当である安芸を先に逃してくれた同僚が居たこと。

 もう一つの幸運は、安芸が大赦の避難所でずっとオールエンドへの曝露を避けており、大赦本部を脱出した時点で全く汚染が進んでいなかった。

 そのために、彼女は人類最後の生き残りとして、竜児を助けに来ることができたのだ。

 

 とはいえ、彼女も普通の人間だ。

 オールエンドの侵食に耐えられる時間は、もう10分もあるまい。

 大気に濃厚に満ちたオールエンドの光の粒子は、情け容赦なく安芸の心と体を蝕み、竜児を背負って歩き始めた安芸を侵食し始める。

 

 捨ててしまえ。

 殺してしまえ。

 壊してしまえ。

 全てを一つに。

 等しい破壊を。

 そうして―――全てを、一つに。一つの形と、一つの虚無に。

 

 その衝動を、安芸は必死に抑え込んだ。

 

「竜児君、大丈夫?

 ……大丈夫と言われても、私は信じないけれど。

 今の内に痛いところくらいは言っておきなさい」

 

「大丈夫です。痛くないところがありませんので」

 

「……それは」

 

「どの道、今は余計なことを考えてる余地なんてありませんよ。今の目的地はどこですか?」

 

「第三研究所よ」

 

「第三研究所……?」

 

「もしかしたら、そこに生き残りがいるかもしれない。

 ある人物が、そこで色々と弄っていたものがあるの。

 あなたが最初の光の洪水を受けた人達を、避難所で除染していたでしょう?

 ありあわせのものであなたが作ったあれ、素材の一部はその子が作ったものなの」

 

「! って、その子?」

 

「子供よ。まあ、それは置いておきましょう。

 どの道、第三研究所で専門的な医療器具を手に入れて治療しないと……」

 

「……僕が死にそう、ですか?」

 

「……」

 

 安芸の心が、体が、オールエンドの光に蝕まれていく。

 理性で抑えていた本音が、安芸の内側から溢れ出ていく。

 安芸は、子供を犠牲にする選択ができる理性と、子供に死んでほしくないという狂おしいほどに強い本音を持つ、そんな女性だった。

 

「死んだら……死んだら、おしまいなのよ」

 

 竜児を背負い、安芸は歩く。魂から絞り出すような声を出す。

 

「お願いだから、星の外に逃げたっていいから……どうか、生きて」

 

 子供になんて戦ってほしくはなかった。

 子供に犠牲になんてなってほしくなかった。

 ただ健やかに、幸せに、未来を見据えて生きていてくれれば、ただ、それだけで。

 

「こんなところで命を捨てないで。

 子供なんだから、生き残って、未来でちゃんと幸せになって」

 

 ただ、それだけで……良かったのだ。

 

 子供の笑顔を見られることが、安芸の幸せで。

 子供を死地に送り出すことが、安芸の絶望で。

 子供にはただただ、幸せであってほしいのが、安芸だった。

 

「死なないで」

 

 オールエンドの光の中を、死にそうな思いで、子供を背負って歩いて行く。

 そうして進んで、進んで、竜児と安芸は光を見た。

 オールエンドの光の中で、邪悪の光とは全く違う、人が作り上げている人工の光を。

 

「……光? いや……炎?」

 

 それは、儀礼的に使われる炎の櫓。

 捧げられる炎の杭に、炎の柱。

 炎が光を生み出して、オールエンドの光の中でも輝いている。

 

 その横で、積まれた薪の上に腰掛ける、小学生らしき少年の姿があった。

 

「ああ、やっと来てくれた。

 途中から待ちの姿勢に入って正解だったなあ。

 炎はやっぱ遠くからでも見やすくていいね。

 もう何か、何もかも壊したい衝動とか、変質始めたこの足とか、不安要素多くてさあ」

 

「君は……?」

 

「分かってんだろ」

 

 年齢が違うだけで、その少年と平時の竜児は、同じ顔をしていた。

 今の竜児の顔の多くはウルトラマンだが、それでも似ていると思えるくらい、人間としての顔のパーツが似通っていた。

 

 

 

「俺は君で、君は俺だ。オーラスにようやく会えたな、俺」

 

「―――」

 

 

 

 そう、この少年は。

 ()()()()()()()()である。

 

「この火は奉火祭に似て非なる……って、一から説明しなくていいか。俺だもんな」

 

 自分が自分に余分な説明をする必要はない。

 幼い竜児が、少年の竜児に細かな説明をしない説明を始める。

 

「色々工作してて悪かったな。

 でも仕方なかったんだ。パラドックスがどうなるかが分からなかったし。

 未来の俺が

 『未来の自分を知ってる過去の自分』

 を観測して観測未来が確定したら、過去の自分が未来を知ってることが確定するかもだった。

 そうしたら観測未来が最悪の形で変更の効かない固定軸になりかねなかったからさ」

 

「……じゃあ、なんで、今?」

 

「どうとでもなる方法を見つけたからさ」

 

「どうとでも、なる方法?」

 

「レストア・メモリーズ、だっけ?

 いい技術だ。存分に参考にさせてもらった。

 今の俺がやってた専門分野とは全然違ったけどさ。

 あれは時間かけないとどうにもならないやつで、本当に参考になった」

 

「何を」

 

「価値あるものをくべる、ゆえに生贄の儀式は成立する。

 自己犠牲、自らの身を捧げる、それは人身御供の最上級系。

 神に生贄を捧げて、神から祝福や力を授かろうとする儀式があるように。

 捧げ物を火にくべることで、神に『信仰の力』や『労働力』を送る儀式もある」

 

 捧げる。

 燃やす。

 そして、光を得る。

 

「俺の心や頭の中には、火にくべて、燃やして、君に捧げられるものがあんのさ」

 

「―――」

 

「火はな。何かを燃やして、『光』を人にあげるもんなんだぜ」

 

 竜児は希望を持ってきた。

 竜児は奇跡を持ってきた。

 ここから一つの奇跡を起こすため、自分という名の捧げるための生贄も持ってきた。

 

「安芸先生、数年間、お世話になりました。多分これからもお世話になります」

 

「竜児君……」

 

「俺が俺でなくなった後も、皆をよろしくお願いします」

 

 安芸が眼鏡を外し、目を覆う。

 覆った手の下で、涙が流れる。

 未来から来た竜児が『安芸先輩』と彼女を呼んだその瞬間から、彼女にはこの喪失の結末が見えていた。

 安芸は全てを理解した。

 "そうして"、世界は救われるのだと。

 

「乃木さんはちゃんと助けろよ。小学校で、六年間一緒のクラスだった縁だ」

 

「君は……」

 

「いや、鷲尾さんも三ノ輪さんも、他の皆も全部助けろ。何せ……」

 

 彼は、静かに終わる。静かに捧げる。永遠の喪失に至る。

 

「俺はこれから、『今ここにいる俺』を殺して、君に俺の全部をやるんだからさ」

 

 瞳を閉じて。

 

 熊谷竜児は、楽しかった六年間を、きっとこれから思い出せなくなる六年間を、思い返した。

 

 

 




 どっかフラグ管理ミスってないかなーと不安になりつつネタバラシ

 過去竜児は『僕』という一人称を使いません。
 『僕』と言ってないところは大体過去竜児です。(ライダーマン等)
 過去竜児は基本的に眼鏡をかけておらず、眼鏡をいじる癖がありませんが、未来竜児には無い鼻を掻く癖があります。
 ジープ型車椅子を作ったのは過去竜児です。
 園子の「やっぱりリュウさんは、私のお友達より、私の心が分からないんだね」はド直球の皮肉です。

 残り九割九分のネタバラシは次回。
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