時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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クライマックスだからとはいえ三万字超えちゃった……

無かったことになっていく過去


第十一殺四章:不死鳥の勇者

 竜児は頭の良いアホである。

 夏凜の竜児に対する見立てはだいたい正しい。

 竜児に対する夏凜のこの評価は、どの年代でも竜児に突き刺さる。

 小学一年生の頃から既に、竜児はそんなんであった。

 

 勤勉、真面目、職務に忠実、お人好し。

 計算だけで動く冷酷な人間にも、感情だけで動く熱い想いの人間にもなれない、頭で動いているくせにすぐに情に流される少年。

 竜児らしさは幼少期から遺憾なく発揮されていたのであった。

 彼が入学したのは神樹館という名の小学校。

 竜児はよくシェイクしたコーラの缶の中身のように、胸の中を気合でパンパンにしていた。

 

 ここで結果を残す。

 竜児のその決意は、拾われっ子の竜児が三好の家の人達に恩を返そうとする純粋な決意であり、同時に大赦の教育がよく行き届いていることを示していた。

 コピーライトが竜児をこの星に捨てていってから、まだ二年と経っていなかったりする。

 

「ふん……まずは、六年間テストの点数で無敗伝説でも作ることを目標にしよう」

 

 竜児は同年代では全く相手にならないレベルの知力(一年分の付け焼き刃)を引っさげ、自信満々で小学校に足を踏み入れる。

 

 そして最初のテストで、速攻で乃木園子に負けた。

 

「嘘やろ……」

 

「わーい」

 

 テストには、二つの意味がある。

 先生が教えたことを、生徒がどのくらい理解し記憶しているかの確認。

 そして、その生徒の知能がどのくらい高いかを見極める指標だ。

 

 授業なんてロクに積み重ねていない小学一年生時の初っ端に、知識量や義務教育の習熟率を測るテストが来るわけがない。

 よって遊びのような、その子供の地頭の良さを測るようなテストになる。

 そういうテストになったことは、単純に竜児の不運だった。

 

「乃木さん! 来週のテストで点数勝負を挑みたい!」

 

「いいよ~」

 

 そして竜児は完全に墓穴を掘った。

 

 園子に勝負を挑むということは、園子にテストで勝負をしているという意識を持たせ、永遠に竜児が園子に勝てない構図を生み出すということに、彼は全く気が付いていなかった。

 

「ま、負けた……」

 

「わ~い」

 

「つ、次こそは! 次のテストも勝負を受けて下さい! なにとぞ!」

 

「いいよ~」

 

 園子は、竜児や夏凜のような努力タイプとはまるで違う天才タイプである。

 努力を意識して勉強をすれば、ひょいひょい竜児を上回る。

 努力を意識して運動をすれば、軽く夏凜さえも超えていくだろう。

 のほほんとしていて、何かに全力投球という姿を見せていないので、他人にそう見られていないというだけの話である。

 

 園子の本当に凄いところは、それだけの天才でありながらも、勉強漬けにも運動漬けにもならず、かつ自分の才能を理由に思い上がらなかったところにあった。

 

 園子は好きなように生き、好きなことをし、寝たい時に寝て、流行りの物ではなく自分が好きになれた物をとことん愛した。

 才能がない者を見下さなかったし、そもそも他人の上に行くことにこだわらなかった。

 彼女は何かと何かを比べる相対評価をしがちな社会の中で、普通の人間の中では浮くほどに、自分の中の絶対評価基準を揺らがさない少女であった。

 はたから見ると、どんなものにも縛られず自由で、世の中からすら浮いているように見えるほどの、ふわふわ少女。

 

 まさしく、天衣無縫である。

 

「100点を狙って90点を取る俺と、デフォルトで120点前後をうろうろしている乃木さんじゃ」

 

 ゆえに、竜児は苦悩するわけで。

 

「勝てん!」

 

 毎晩机に額を打ち付けながら、小学一年生熊谷竜児は勉強を繰り返したが、結局どう足掻こうと園子には勝てないのであった。

 そんなある日、大赦から竜児に指令が下った。

 乃木園子を校内で護衛せよ、というものである。

 

「え? 護衛?」

 

 とはいえ、字面ほどガチガチな要素を期待されたものではない。

 一つ、大赦が能力を認めた竜児を"この年齢で使い物になるか"を確認したがっていたこと。

 一つ、名家の乃木が娘を校内等で気遣ってくれる誰かを欲しがったということ。

 最後に、名家の乃木は早めに勇者適正値の調査が行われており、この時点で園子が勇者候補の一人に上げられていたということ。

 それらの理由があった。

 

「そうよ」

 

 竜児にそれを通達したのは、若き日の安芸。

 この頃はまだ彼女もまだ大赦の新人で、まだ20代にもなっておらず、大役を任されるような立場にもなっていなかった。

 当然、世界の命運を定める勇者の管理なんて任される気配もない。

 

「『乃木』も凄い家ですねえ」

 

「ええ。実際、名家のお嬢様の安全を確保せよ、というのがこの話の主題だから」

 

「乃木さんと親しくしないといけないんでしょうか」

 

「別にそんな義務はないわ。ただ、目だけは離さないように」

 

 これは名家のお嬢様の安全確保が目的であり、未来の勇者候補を確保することが目的であり、同時に頭脳が評価された竜児の能力の最終テストでもあった。

 竜児は極め付きの秀才である。天才ではない。

 組織人として使うのであれば、扱いづらい代わりに大きな結果を残す天才より、ちまちまと知識を積み上げていく秀才の方が望ましい。

 秀才というのは、結局のところ天才に近い結果を出すだけの、感覚的に凡人に近い存在であるからだ。

 

 事実、この任務を受けた竜児は、この先何年もの年月の間、毎日出来のいい報告書を提出し続けたことで、大赦からかなり高い評価を受けることとなる。

 そして、大赦の"この年齢でも十分に使える"という評価は、竜児を二つの世代の勇者の監視役として使うことを、全く躊躇わせないという結果に繋がった。

 

「できるかしら?」

 

「俺を誰だと思ってるんです?

 大赦の職業能力確認テストを最年少で突破した男ですよ?

 俺より頭の良い同年代とかいませんよ。乃木さん以外。

 俺が大赦の仕事を振られたとして、不安要素もありません。乃木さん以外。

 勉強だけ頑張ってきたがために、俺は勉強においては最強なんです。乃木さん除けば」

 

「いくらなんでもプライドへし折られすぎじゃない?」

 

 空っぽだった竜児の頭に、知識を詰め込めるだけ詰め込んだ頭は同年代と比べれば優秀であったが、生来頭の回転が速く柔軟な人間には、完膚なきまでに粉砕される運命にあったのだった。

 

「安芸先生! そんなことより勉強を教えてください! わかんないとこあるんです!」

 

「……はいはい」

 

 そんな竜児が追いつくには、誰かに教わるしかなかった。

 ただ単に義務教育の習得率を確認する程度のテストなら、竜児と園子が同率100点で引き分けることもある。

 が、そうじゃないテストでは竜児が100点を取れないため、確定敗北を繰り返していた。

 竜児はもっと広く知識を集め、義務教育の過程を先取りし、頭の回転を速めて柔軟な発想を身に着ける必要がある。

 

 安芸はずっと彼の先生で、竜児はずっと彼女の生徒だった。

 

「安芸先生の眼鏡があれば俺の頭はもっとよく見える可能性が……?」

 

「よく見えるだけじゃダメでしょ。よくしなきゃ」

 

「あー眼鏡欲しいです」

 

「勉強なさい」

 

 教えた想い出と、教えられた想い出があった。

 

 

 

 

 

 園子と竜児が、四国全域の小学生模試の結果を見せ合う。

 同点、同順位であった。両方共目眩がするほど順位が高い。

 竜児はガクっと肩を落とした。

 

「ドラクマ君とまた引き分けちゃった~」

 

「勝てない……」

 

 引き分け、負け、負け、引き分け、と来てまた引き分けである。

 竜児が勝てる気配がない。

 まあ、個々の人間の勉強時間とテストの点数が綺麗な比例関係にあるのなら、世の中のガリ勉は全員模試一位だろう。

 それでも勉強をすれば点数は上がるから、竜児はコツコツ積み上げていくのだが。

 

「乃木さんの作文系で絶対満点取るその強さは何……」

 

「ドラクマ君は暗記系で満点以外取らないのすごいんよ~」

 

「というかドラクマ君って何……?」

 

「竜児でドラゴン、プラス、クマさんだよ?」

 

「なにその……何?」

 

「ドラクマ君~」

 

 園子は"竜児に合わせている"だけで、頑張ってはいない。

 竜児は"園子についていく"だけで、頑張る必要があった。

 この二人の関係性はスタンスの差と才能の差で、何故かきっちり釣り合いが取れるようになっている。

 

「ドラクマ君は、自分が苦手な分野でも私に勝とうとしたりするのが、すごいよね~」

 

「俺は全部で勝ちたいんだよぉぉぉぉ……」

 

 竜児にとって、園子はあんまり本気で相手してくれないライバルだった。

 竜児が勝てないのは、彼が努力する割にそんなに才能に恵まれていないというのもあったが。

 

(俺には知識しかないが、乃木さんには知恵と知能と知性がある。勝てないよ……)

 

 園子には、授業中に居眠りをしていようが竜児より授業をよく聞いて覚えていそうな、そんなオーラがあった。

 

(つっかかる俺に乃木さんがいつまで付き合ってくれるか分からないぞ……

 早く勝たねば、勝たねばなるまい。頑張らないと! 頑張れ、俺! ファイトぉ!)

 

 園子はこんな茶番に付き合う理由など無いのだ。

 この関係は、頭を下げて勝負を挑む竜児をふんわりと許容する園子によって成立している。

 竜児は、園子の寛容さに甘えている自覚があった。

 それでも諦められない。

 それでも勝ちたい。

 それでも、竜児は最初に決めたことをやり遂げる意志を揺らがせない。

 

 竜児は本質が負けず嫌いで、だが人と張り合うことが多くなく、何かの目標を見据えて知識を高め、敗北を前にして諦めない気持ちを持つ素質は誰よりも大きい。

 そんな竜児の唯一のライバルが園子である。

 だが逆に、この頃の園子にとっても、竜児は唯一と言っていいほど頻繁に話しかけてくれる人物だった。

 二人の付き合いが、大体一年を過ぎた頃。

 

「ドラクマ君、私のお友達になってくれないかな~」

 

「突然何!? わ、話題が繋がってない……」

 

「私ってほら、変な子じゃない?

 私の名字を見て、かしこまって距離を取っちゃう子も多いんだ~。

 だから、友達も中々できなくって……でもドラクマ君なら、嫌われることはないかな~って」

 

 それは、竜児が初めて見た、園子が何かを恐れて躊躇うような仕草だった。

 

「私が友達なのは、嫌かなあなんて、私はずっと思ってて……」

 

 竜児はそれに、なんか怒った。

 

「君に友達ができないわけないだろ! なめてんのか!」

 

「―――」

 

「君のノリに合うやつがたまたま居なかっただけで、君に友達ができないわけあるか!」

 

 小学二年生の竜児の相応の、年齢と性格の相まったとんでもない主張であった。

 

「性格だって悪くない。

 友達が作れないやつには欠点があるけど、君に欠点とか見当たらん。

 俺が欠点見つけられないような君だから、俺は君に勝ててないんだよ! ちくしょう!」

 

 竜児は頭を抱える。

 園子は普通にやっているだけで必死な竜児の上を行ってしまう子である。

 知識の蓄積が無い時点の竜児では勝てない。

 竜児は彼女に勝つため、ずっと彼女を見てきた。

 それは、少なくとも赤の他人と比べれば、園子のことを理解しているということでもある。

 彼が園子を上に見ているということでもある。

 

「君は君を大好きになってくれるやつだけを選んで、友達を選り好みしていいんだ」

 

 なんでこんなことも分かってないんだ、と竜児は思い、私はそんな風に思われてるんだ、と園子は思った。

 

「それでも友達はいっぱいできる。なんでそんなことも分かってないんだ君は」

 

「……そうかな?」

 

「そうだよ」

 

 園子に友達はいなかったが、友達がいない寂しさもまた、いなかった。

 

「まったく、妥協で間に合わせの友達を作ろうとするとか失礼な。

 俺じゃなきゃ何を言うか! ともっと怒ってたぞ。

 乃木さんにいつまでも友達が出来なかったら、流石に周りの目を疑うっての」

 

「……ああ、そういう風に受け取られちゃったんだ~」

 

 妥協でも間に合わせでもないんだけどなあ、と園子はちょっと思った。

 

「まあその話は俺が君に勝ってからにしよう。

 どんな時も諦めず、不可能を可能にする大人を目指してるんだ、俺は」

 

「そうなんだ~」

 

 わざと負けたらお友達になってくれるのかなあ、と園子は一瞬だけ思って、その思考を遥か彼方へ放り投げる。

 わざと負けたら、この心地の良い"友達ではない関係"が、終わってしまいそうな気がしたから。

 

 

 

 

 勉学における竜児と園子の違いを分かりやすく説明できる言葉がある。

 竜児は答えの出る学問が得意で、園子は答えの出ない学問が得意であるということだ。

 

 暗記は勉強量でいくらでも完璧にできるし、数字は計算式とその応用をとことん覚えて行けばいい。竜児はその辺大得意だ。

 逆にその場その場で最適な発想をするべき問題や、柔軟な思考、お題に沿って文章を自由に作る問題だと、竜児の成績は途端に落ちる。

 人並みよりちょっと上程度の成績しか出せなくなるのだ。

 

 園子はこれの逆で、最適解がふわっとした問題でサクっと満点を取っていく。

 将来的に小論文などのジャンルになる、作文系の問題などは最たるものだろう。

 竜児が勝負を挑んでいるので教科書にもテスト前に目を通すようになり、覚えればそれでいい分野も覚えてしまうので、ここで竜児が越えられない壁ができてしまうというわけだ。

 

 世の中には色んな正解のある学問があり、正解が一つしかない学問がある。

 得意分野だけを見れば、この二人はまさに正反対だった。

 

「ドラクマ君は勉強が趣味なの~?」

 

「趣味じゃないです。俺は知識はあるだけあって困らないからしてるだけ」

 

「でも、無駄になる知識もあるよね~?」

 

「それでも損はないんじゃないかなぁ」

 

「その知識をつける時間で、遊びに行ったりできたんだぜ~?」

 

「む」

 

 ふわふわ、ふらふらと、今日も教室で園子は竜児に寄っていく。

 

「って言っても、知識が無駄になるかどうかなんて分かんないじゃないか。

 未来で使う知識があるかもしれない、だから俺は勉強する。

 俺の勉強は未来への備えだ。

 他の人もそうだと思ってる。

 第一それなら乃木さんは、皆がどういうつもりで勉強してるんだって思ってたんだよ」

 

「私達が勉強するのは、私達が自分を幸せにするためじゃないかな~?」

 

「―――」

 

「そうじゃなかったら時間の無駄だもん。

 やらなくてもいい、って思う人がいっぱい出ちゃうよ?」

 

 勉強はその本人の幸せを犠牲にしてまでやるものなのか? 否。

 勉強とは基本的に、その人の未来を幸せにするためのものだ。

 運動のプロになるなら必要以上の勉強をする必要はなく、なりたい将来の自分があるなら専門的な事柄に集中して勉強する必要がある。

 勉強が幸せに繋がらないなら、誰も勉強なんてしないだろう。

 それが分かっている人もいて、分かっていない人もいる。

 園子は分かっている方の人間だった。

 

 竜児は負けた。

 何気ない雑談でも完膚なきまでに負けた。

 園子のこういう直観的にものを見ているスタンスを竜児は好ましく思っていたが、ぐうの音も出ない綺麗な返答をされると、敗北感しか覚えない。

 

「違う」

 

「そうかな~?」

 

 なので竜児は、苦し紛れの反論をした。

 

「勉強をするのは、自分を幸せにするためじゃない。他人を幸せにするためだ」

 

 敗北感に抗う、苦し紛れの反論。

 園子は虚をつかれた顔をして、ニッコリと笑った。

 

「そうだね」

 

 竜児は初めて、園子の『やられた』みたいな顔を見た。

 

「ドラクマ君の答えの方が正しいといいな、って思っちゃった。なんだかいいね、こういうの」

 

 焦った時にその人間の口から咄嗟に出た答えは、"その心の芯から出た言葉"であると、園子はなんとなくに理解していた。

 

 

 

 

 

 竜児の強みは、強迫観念である。

 この時代の竜児はまだ精神的に完成していない。

 拾ってくれた人に恩を返すため、大赦という唯一の居場所にすがりつくため、拾われっ子の自分の居場所を確立するため、自分の価値を示そうとしている。

 その勉強密度は、毎日大学受験のようなものだ。

 小学校の六年を通して、竜児のこういった性質を固定化させる大赦の教育は、竜児の中にどんどん染み込んでいった。

 

 そんな竜児なので、あらゆる知識を詰め込もうとするスタイルは変わらない。

 うどんレシピの知識なども同様である。

 小学三年生時の家庭科の時もそうだった。

 

「かつて『薩摩産 赤鶏ゆずうどん』と呼ばれた一品です。どうぞ」

 

 竜児が家庭科の時間に、自分の班で作ったうどんが班員の皆の前に並ぶ。

 美味そうなスープ。美味そうなうどん。美味そうな鶏肉。

 見かけも香りも、とんでもなく美味そうだった。

 園子を初めとする小学生班員達が、一斉に目を輝かせる。

 

「いただきます!」

 

「めしあがれ」

 

 班員達が飛びつくようにうどんに手を伸ばし、他の班の子供達が羨ましそうに竜児達の班のうどんを見ていた。

 

「ふわああああ……出汁が美味しい。

 出汁が美味しいからうどんも美味しい……」

 

「出汁は十分に考慮したよ。

 まず厳選した昆布。更に直火焼きしたカツオやサバ。

 更にウルメイワシ、カタクチイワシ、ホタテ、グチを加えた」

 

「上に乗ってる鶏肉が美味しいね~」

 

「元は薩摩産赤鶏と呼ばれていた品種だよ。

 出汁の風味を損なわず、かつ引き立て合う種を選んだんだ。

 この日のためにハーブと麦を配合した特別飼料で育ててある。

 嫌な臭みはまるでなくて、かつ芳醇な旨味が詰まってるでしょ?」

 

「私がトリさんが好きだって話、覚えてくれてたんだね~」

 

「……偶然だよ」

 

「あ、このネギ食べやすいぞ」

 

「大人はゆずが上に乗ってるの好きだけど、小学校だとウケが悪いからね。

 ネギに軽く柚子の絞り汁振って、ネギは散らして風味付けにした。

 うどんと一緒、ダシと一緒、肉と一緒なら、ネギも気にならないだろ?」

 

「私お料理できないから、これは負けだね~」

 

「こんなのを敗北にカウントするんじゃないよ乃木さぁん!」

 

「え~」

 

 面倒臭えやつだなこいつ、と周りの子供達は思った。園子は特に思わなかった。

 

「でも家庭科で作るものじゃないよね~」

「でも家庭科で作るもんじゃないよ」

「でも家庭科で作るもんじゃないわ」

「でも家庭科で作るもんじゃねえだろ」

 

「!?」

 

 そして、痛烈な評価が飛んで来る。

 

 竜児を笑ってからかう子供達の中には、三ノ輪銀の姿もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児が最後に振り返ってみれば、三ノ輪銀が竜児と同じクラスだったのは二年間だけ。

 三年生の時と六年生の時だけだ。

 竜児と銀が友人関係になったのは三年生の時だが、銀と園子が友人関係になったのは六年生の時と、関係を三人にまで増やすとまたややこしくなる。

 

 そして、竜児と銀の友人関係が深くなったのは小学五年生の時だというのがまたややこしい。

 竜児と銀はある校庭キャンプに参加していた。

 銀は興味があったから、竜児は春信が"友達が増える機会になれば"と考え送り出したから。

 風が夏凜に語っていた、あのキャンプである。

 

「犬吠埼風さんだっけ。ああいう人がいると、俺は楽でしゃあないね」

 

「こら、リュウさん。一つ年上だからって、頼りすぎるのはよくないぞ」

 

 姉さん肌の風が色んなところで舵取りしてくれるお陰で、竜児や銀は小学生年長組に入る五年生ながらも、かなり楽できていた。

 二人は家事ができるので、後に重宝されることだろう。

 それまでは休憩の名目で、二人で駄弁っていた。

 

「あ、三ノ輪さん、服破れてるよ」

 

「あり……さっきのかくれんぼの時にやっちゃったかな」

 

「代わりの服渡すから、テントの中で脱いで。縫うから」

 

「ん? いいってこんなの。誰も気にしないって」

 

「三ノ輪さんは女の子でしょうが。男の子に見せちゃいけないよ、そういうの」

 

「え……あ、はい」

 

 気恥ずかしさが混じった困惑の表情を浮かべ、銀はテントの中で服を脱ぐ。

 男子でも女子でも問題なく着れるデザインのTシャツだった。

 竜児は着替えた銀の前で、すいすいと服の破れ目を塗っていく。

 銀も母の裁縫を見たことはあるが、竜児の手際は、母のそれにも見劣りしないレベルの技術がそこかしこに見えた。

 

「おおー……上手いなリュウさん」

 

「千鳥まつり。すくいまつり。穴かがり。かえし針。

 この辺のプロの縫い方学んで、あとは状況に合わせて色々」

 

「そんな技術どこで身に着けたんだ」

 

「いや幼馴染が去年に

 『そうやって本で読んだ知識語ってるだけで実際にはできないんでしょ?』

 とか煽ってくるから、売り言葉に買い言葉で悔しくなって、猛練習して……」

 

「どんだけ負けず嫌いなんだ……いや、もしかして、そいつの性格が悪かったのか」

 

「三ノ輪さんになんとなく似てる幼馴染だよ」

 

「じゃあ悪いやつじゃないな!」

 

「悪いやつじゃないけどさあ!」

 

 竜児と夏凜は幼馴染である。

 夏凜は銀の力の継承者である。

 竜児の感覚は至極正しかったが、勇者の力を除けば夏凜と銀はそこまで共通点が見つからないというのもまた事実。

 銀と夏凜に似た何かを感じたのは、理屈ではない、竜児の感覚であった。

 

「はい、できあがり。どうぞ三ノ輪さん」

 

「着替え覗くんじゃないぞー。今アタシ上半身裸だからな」

 

「……」

 

「お、おい、返事してくれよ。しないよな? しないよな? 不安になるじゃんか……」

 

「あ、ごめん。今アリの数数えてた。何か言った?」

 

「アリのように踏み潰してやるからそこ動くんじゃないぞ」

 

 一言文句言ってやろうと外に出た銀が見たのは、いじめられている子供を助けている竜児の姿であった。

 生き方がジェットコースターである。

 

「てめーら他人を泣かせてまで他人を笑いてーのか! いじめやんな!」

 

 いじめっ子を庇った竜児にいじめの対象が移り始めるが、竜児は引かない。

 

「こいつをいじめるなら神様だってぶっとばすぞ!

 どんなに偉かろうが強かろうが、人をいじめていい権利なんてないんだからな!」

 

 幼少ゆえの無謀と突貫。

 次第に、いじめっ子に竜児が袋叩きに合い始めた。

 銀は少し呆れて、竜児を助けようと走り出す。

 

「リュウさんは生き辛そうな人生選んで生きてるなぁ……」

 

 ところがそこで銀より先に、犬吠埼風が割って入って来た。

 銀はその時その場に居た多くの者の名を覚えていない。

 だが、竜児を助けた者は風で、竜児が助けたいじめられっ子はヒロトで、何もできずに右往左往していたヒルカワも居て。

 後の時代の、ヒーロー関係が垣間見える一瞬だった。

 

「いじめはやめろー!」

 

「うるせー!」

 

「なんですと!?」

 

 なんという展開のジェットコースター。

 竜児は風の助けを拒み、たった一人でいじめっ子に立ち向かっていく。

 

「俺をいじめられっ子なんていう"弱い奴"にするな!

 俺が弱くてこいつらが強いなんて決めつけるな!

 キャンプが終わる前にこいつら全員に俺が勝つ!

 来いやフリースタイルだ! いじめなんてない!

 俺も悪くない、こいつらも悪くない! そういうことにしてくれ!」

 

 竜児の叫びで、銀が笑い声を上げる。

 好きだなそういうの、と銀が微笑む。

 竜児の在り方は、大人しい時も激しい時も、どこか銀の肌に合った。

 いつの間にか、いじめしていた子供といじめられていた子供が、一人の竜児といじめやってた子供達の勝負構造になり、かけっこやサッカーで競う対決構造になっている。

 

 じめじめしていたいじめが、熱い競い合いになっていた。

 

「よくやるわ、本当に」

 

 まあ、銀はそういう彼の性格を、前から知っていた。

 でなければ、誰かのためにあそこまで手の込んだうどんは作れないだろうから。

 

「だーれも悪者にしない、いじめの解決法か……」

 

 銀は竜児を助けず、けれどありったけの声を上げる。

 今の竜児は、一人で"それ"に立ち向かうことにこそ意義を持っていたからだ。

 

「頑張れリュウさーんっ! 負けんなー!」

 

 応援した竜児がいじめっ子とのタイマンドッジボールに勝ったりすると、なんだかそれだけで、とても楽しい気分になれた。

 

 

 

 

 

 なんやかんやでいじめに勝利した熊谷竜児君。

 自信をつけて勉強し、なんとキャンプが終わった後のテストで園子に勝利するという大金星を見せるのだった。

 

「なんだって!? リュウさんが勝った!?」

「マジかよ! じゃあもう学年で頭の良さ一番じゃん!」

「とうとうやったのか、あいつ……!」

「一年生で挑んで五年生まで勝ち星無しとか本当あいつはもう」

 

 五年生の竜児のクラスがにわかに沸き立つ。

 一年生の時竜児と同じクラスだった子、二年生の時竜児と同じクラスだった子……と、四年間のどこかで竜児のクラスメイトになったことのある、今のクラスメイトが騒ぎ立てる。

 いつの間にか他のクラスのかつてのクラスメイトまでもが来ていた。

 

「よくやった!」

「おめでとう!」

「頑張ったね!」

「凄いよこのテストで百点って!」

 

「ありがとうみんな……ありがとう!」

 

 頑張りを称えられ、竜児が笑顔になる。

 称えている中に普通に園子が混ざっているのはいいのだろうか。

 子供達が、竜児の胴上げを始める。

 

「くーまがい!」

「くーまがい!」

「くーまがい!」

 

「ははは、よしてよー」

 

 竜児の胴上げに園子も加わっているのだが、それはいいのだろうか。

 園子が嬉しそうにしているので、いいのかもしれない。

 が、胴上げされた竜児は普通に落ちた。

 

「ぐええええええっ!」

 

「あ、落ちた」

「やべっ」

「熊谷君大丈夫?」

 

 小学生達は先生に怒られ、大人なら誰でも知っている、『胴上げは危険』という常識を学んだのであった。

 

 

 

 

 

 長かったなあ、と安芸は思う。

 10代だった自分が20代になり、竜児達の学校に本当の先生として行くようになるほどの時間が経ってしまっていた。

 

「長かったわね」

 

 どこか嬉しそうに、安芸はそう竜児に言う。

 

「勝ちました……先生! 俺、勝ったんです!」

 

「よく頑張りました。まさか五年生になるまでかかるとは、思わなかったけどね」

 

「先生!」

 

「よしよし」

 

 安芸が頑張った竜児の頭を撫でる。

 

 安芸先生は、ずっと熊谷竜児の先生だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい日々だった。

 幸せな日々だった。

 その想い出の一つ一つが、彼にとってかけがえのない宝物である。

 この想い出があれば、自分はどんな困難でも乗り越えていけると、そう確信できるほどに、輝かしい想い出だった。

 そうして、彼らは六年生になる。

 

「実はね~」

 

「実は?」

 

「ドラクマ君が私に勝った時、これで終わりなのかなあ、って思ったんだ~」

 

「なんで?」

 

「ドラクマ君は私に勝つことにこだわってたから、勝ったらそこで終わりかなって」

 

「その次のテストで負けたのに?」

 

「負けた時はそう思ってたってこと!」

 

「安定して勝てるようにならないと、負けたまんまな気がするから。

 それにもう日常になっちゃったしね。

 君に勝つために、頑張ること。我が永遠のライバル、乃木園子よ」

 

「わ~、改めてライバル認定だ~」

 

 のほほんとしている園子と賢明な竜児が同じペースで人生を歩いているというのが、なんとも面白い。

 竜児は一息溜めて、言葉を選んで、言うべき言葉を自分の言葉で言った。

 

「今はまあ……普通に友達でいいんじゃないかな、俺達」

 

「うんうんっ」

 

 今日の園子は、上機嫌そうだ。

 六年生初日だからか、遅刻が多い三ノ輪銀もこの時間に教室にやって来る。

 ガラガラガラと、元気よく扉を開く音。

 おはようございます! と元気な声。

 今日も三ノ輪銀は元気だった。

 

「よっすリュウさん! 一年よろしく!」

 

「うん、一年よろしく。また今度遊ぼうね」

 

「おうとも!」

 

 乃木園子。

 三ノ輪銀。

 そして、もう一人。

 

(鷲尾須美)

 

 教室で席につき、澄ました顔をしている少女がいた。

 

 少し前に、神樹様からの神託があった。

 それはバーテックスの襲来と、勇者でなければそれに抗えないという事実を告げるもの。

 大赦は『名家からのみ選出された選ばれし勇者』という詭弁にまみれた三人に力を与え、一つのクラスに集め、教師に一人、生徒に一人、サポートを加えた。

 サポートとは言っても、監視役と制御役という面も強い。

 

 竜児は東郷美森が鷲尾須美となった経緯を知っていた。

 だからだろう。

 彼が、彼女に"優しくしないと"という使命感を持ったのは。

 竜児はこの頃から、彼女にはせめて幸せな未来があってほしいと、そう思っていたのかもしれない。

 

(優しくしてあげよう)

 

 勇者というお役目を与えられたせいか、須美はピシッと姿勢を正して座っている。

 気合いが入っていると言うべきか、固くなりすぎと言うべきか。

 そのせいか六年生クラスの何人かは、須美に話しかけたくても話しかけられないようだ。

 そういうオーラが出ている。

 そのオーラの中に、竜児が踏み込んだ。

 

「おはよう。鷲尾さん、で合ってるよね? 俺は熊谷竜児」

 

「おはようございます」

 

 竜児は須美と話そうとした。

 優しくしようとした。

 気遣おうとした。

 仲良くしようとした。

 が。

 

「結構です」

 

 かけた言葉を、けんもほろろに突っ返される。

 

「あなたは大赦の人間ですよね。

 お父様とお母様から聞いています。

 私がお役目を果たせるかどうか、見極める指示でも受けましたか」

 

「む」

 

「結構です。打算を隠して親交を求めてくる人は、信用できません」

 

「いや、そういうのじゃないんだけど……まいったな」

 

 須美は他の勇者のメンツも、竜児の素性も知っていて、竜児が自分に対してどういう目的で接して来ているのかも推察していた。

 確かに竜児は、勇者から目を離すな、報告書は綿密に、と上から指示を受けている。

 ただ、打算があるかといえば微妙なところだ。

 竜児の本心は、彼女に優しくしたいというものが一番に大きい。

 

 そこで、竜児は須美のランドセルの中に――偶然紛れ込んでいた――あった本を見つけた。

 

「これは、戦艦のプラモデルのカタログ……?」

 

「! あ、それは……そ、それは、別に私の趣味というわけではなくて」

 

 須美が趣味を知られるのを防ごうとしたが、竜児はパラパラパラと本のページを流し見し、付箋の付いている船の絵から真実を推察した。

 

「このラインナップは……レイテ沖海戦かな?」

 

「―――!」

 

「ジオラマとか作りたいのかい?」

 

 須美の目の色が変わった。須美がひっそりと問いかける。

 

「戦艦大和の装甲の厚さは?」

 

「舷側410mm。甲板200mm〜230mm。主砲防盾650mm。艦橋500mm」

 

「排水量は?」

 

「基準64000t。公試69000t。満載72809t」

 

「間違いは無いわね……」

 

「戦艦武蔵の速力と航続距離は?」

 

「公試27.46ノット。航続距離は16ノットで7200浬」

 

「うん、合ってる」

 

 突如として異次元の言語を話し出した二人。

 教室の一角が異次元空間に飲み込まれた。

 他の誰もが参入できない会話の流れの中、二人は互いの知識を試し合う。

 もはや竜児は須美を勇者とは思っておらず、須美も竜児を大赦と思ってはいなかった。

 

(( この人……最低限の知識はあるな…… ))

 

 そしてこの頃から、この二人はこの二人でしか話が合わないくせに、妙なところで互いの感覚が合わない、そんな関係性を持っていた。

 

(でも暑苦しいな……)

 

(でも愛が無いわね……)

 

 険悪に始まるよりは、マシな始まり方をした友達関係であった。

 ふわっとした様子で眺めていた園子が、首を傾げる。

 

「……二人は仲良し?」

 

「「 違います 」」

 

「でも、分かり合ってる感じがするよ~」

 

「「 ……? 」」

 

 竜児と須美が首を傾げて、三人揃って首を傾げた形になる。

 

「何やってんだお前ら」

 

 そこにようやく、銀のツッコミが入った。

 

 大赦のやり方は、とても利口だ。

 勇者の輪の近くに、大赦に忠実な同年代を一人混ぜておく。

 大赦に疑問を持ったり、勇者が大赦に反抗心を持つと、竜児がなだめる。

 善意百%で、大赦への反抗心を僅かに萎えさせる仕組み。

 ここに安芸を加えておけば、勇者のコントロールは非常に楽になる。

 

 言うなれば、"地獄への道は善意で舗装されている"といったところか。

 竜児はこれから、善意で地獄への道を作ることを期待されている。

 彼は結局戦えないのだから、彼が勇者と親しくなれば、勇者は世界を見捨てることもできなくなるだろう。

 まだ試行錯誤の跡が見えるが、大赦は世界の存続という大義と、勇者という人柱を捧げるという残酷をもって、世界を効率的に守ろうとしていた。

 今も、昔も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、()()()()が未来からやって来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて未来の竜児の顔を見た時、銀は少し驚いたような顔をして、少し困惑した顔をした。

 

「えーと……どちら様? ってかでっかく変身する人って何……?」

 

 銀は最初に、まず納得した。

 でっかく変身する人、というのは分からない。

 だが銀が見ていた彼の姿は、彼女がよく知る熊谷竜児の背を結構伸ばし、少し大人にし、結構カッコよくしたようなものだった。

 この"かっこいい"は彼女の基準においては、と頭に付く。

 

(リュウさんのお兄さんか)

 

 竜児に兄がいるという話は聞いていた。

 詳しく話を聞いたことはないが、兄がいるという話は時折聞いていた。

 つまるところそれは三好春信のことなのだが、銀はそんなこと知りもしない。

 竜児の兄なんだろう、と銀は納得してしまったのである。

 

「あ……アルファ波で、幻覚でも見たんだよ。この子は」

 

「お前須美の知り合いだな」

 

「ひえっ」

 

 銀は大体理解した、と言わんばかりに頷く。

 この竜児っぽい反応、間違いなく血縁者だ、と確信する。

 竜児を通してアタシ達の話とか聞いてそうだな、と想像も働き始めた。

 

「まあ、おにーさんの話は色々聞いてたからな、アタシ」

 

「え?」

 

「ええっと……大赦に繋ぎ取ればいいのかな」

 

 銀は竜児の兄がこっちに居ますよー、と訳の分からない連絡を大赦に送る。

 巨人になれる人、竜児の兄、と訳の分からない連絡を受けた大赦が竜児を確保し、連れていく。

 結局この日、竜児と銀は互いに名乗ることもなかった。

 

「しかし、本当にリュウさんに似てたな」

 

「えー、そうだったかなー、姉ちゃん」

 

「お、鉄男。リュウさんと今の人、似てないように見えたのか?」

 

「兄ちゃんは兄ちゃんで、にいちゃんはにいちゃんだよ」

 

「ふーん……?」

 

 子供の純粋な目には、未来と過去の竜児は別人に見えたらしい。

 純粋な子供には、未来の竜児の中にある『光』が感覚的に見えたのかもしれない。

 ウルトラマンの光と子供の心の親和性は、中々侮れない物がある。

 

 それで鉄男は言葉のニュアンスに微妙な違いを出しているようだ。

 未来の竜児をにいちゃんと、過去の竜児を兄ちゃんと呼び分けている。

 鉄男からすれば"にいちゃん"はヒーローで、"兄ちゃん"は姉ちゃんとずっと一緒に居てほしい、そんな人だった。

 

「ま、兄の方が頼りがいはありそうだったな」

 

「姉ちゃん年上好きー?」

 

「はっはっは、どこでそんな言葉覚えたのかなー!」

 

 弟の適当な言葉に、銀は抱きしめるの刑に処した。

 

 

 

 

 

 そして、安芸は未来の竜児を知り。

 

「あ、安芸先輩」

 

「安芸先輩? ……どういうこと?」

 

「ああ、すみません。未来であなたは僕の先輩でして」

 

「……そう」

 

 竜児の様子や話し方から、全てを察した。

 

 竜児の端末から吸い上げた情報で、安芸は自分の推測が正しかったことの裏付けを取る。

 

 喪失(けつまつ)は、決まりきっていた。

 

 

 

 

 

 竜児達が自己紹介をしてから、安芸の偽装は本格的に始まったと言える。

 

「というわけで、熊谷竜児です。今後ともよろしく」

 

『ウルトラマンメビウス。僕が、リュウジに融合しているウルトラマンだよ』

 

 竜児が改めて自己紹介すると、女子三人と女性四人のひそひそ話が始まった。

 

「安芸先生、アタシ知ってますよ。あれリュウさんのお兄さんですよね」

 

「ドラクマ君の? ほへ~」

「ええ……そうなの? とてもよく似ている……というか凄く似てる兄弟ね」

 

「でもさ安芸先生、兄弟で同じ名前なのか?」

 

「……ええ、そうよ。

 彼は家の事情でね、兄弟で同じ名前を使っているのよ。

 呪いを避ける慣習と、家名を継ぐ際の慣習の名残のようなものね」

 

「ああ、旧世紀の市川海老蔵みたいな」

 

「ええ」

 

 勇者達と安芸の間には信頼関係があった。

 安芸が嘘を言うわけがない、という大前提が目に見えるような、そんな信頼関係が。

 それは彼女が勇者達の学校の先生であり、指示を出す実質の指揮官であり、勇者達に訓練を付けた教官でもあるからである。

 

「ごっちゃにならないのかな~」

 

「あの家には同じ名前でも、人物を言い分けるすべがあるそうよ」

 

 兄竜児、弟竜児というカバーストーリー。

 とんでもない設定を見せ設定にして、未来から来た竜児の素性を調べようとした人物に対し、撹乱になる設定を撒くという大赦の戦術。

 "もしやあの二人兄弟でもなんでもないのでは……?"という疑問を持ったとしても、タイムトラベルとかいう一番とんでもない結論に辿り着くまでに、どこまでとんでもない推論を立てなければならないことか。

 

 須美が話を抜けて、未来の竜児に問いかける。

 

「この中で何人知ってる人居ますか?」

 

「え……三ノ輪さん以外?」

 

「ええー、アタシだけ例外?」

 

 これは須美にとって、"リュウさんの兄の竜児"への問いかけだった。

 またひそひそ話が再開する。

 

「安芸先生は除くとして、弟は兄に須美と園子の話だけしてたのか」

 

「私とわっしーだけなんだね~」

「そのっちは付き合い長そうだからいいとして……何故私?」

 

「え、弟の方が須美が好きだったとか?」

 

「「 !? 」」

 

「ま……まさかの!?」

「ぎ、銀! 適当なこと言わないで!」

 

「ごめんごめん。

 でもほら、家族に話すほど須美ってリュウさんと深い付き合いあったかなって」

 

「い……いや、あるような、ないような」

 

「わ、わっしー! ラブ! ラブだったりする!?」

 

「落ち着きなさいそのっち!

 ああ、なんで私とそのっちと安芸先生だけ知ってるとか面倒なバランスに……!」

 

 兄弟説を使ったことで、あらぬ風評が発生していた。

 

「呼び方、どうしよっか? ドラクマ君のお兄さんだっていう人」

 

「リュウさん、でいいんじゃないかしら」

 

「「ぷっ」」

 

 安芸の提案に、須美と銀が吹き出した。

 

「安芸先生が冗談を言うところ、初めて見ました……!」

 

「いやでも何か面白いな、同じ名前で同じあだ名って。

 この機会逃したら一生ないかも。

 弟の方のリュウさんと、兄の方のリュウさんで」

 

「……何も、笑うことはないでしょう」

 

 子供達は、冗談だと思って笑った。

 それは、安芸の小さな抵抗だった。

 

 この子供達が、竜児の名を呼んだ記憶は、竜児の中から消える。

 それは運命と言っていいくらい、ほとんど決定していること。

 "この子達が竜児をそう呼んだ記憶"を、未来の竜児の中に、残したかったのだ。

 未来から来た竜児も、この時代で死ぬだろうと、悪夢のような予想をしながら。

 本当に小さな、悲劇への抵抗。

 

「まあこの悪戯が終わったら、兄の方のリュウさんの呼び名変えるとかしようか」

 

「そうね、それがいいわ。

 たまには弟の方のリュウさんも"なんじゃそりゃ"って顔すればいいのよ」

 

 それは、悪戯だった。

 兄のリュウさんと弟のリュウさんが会った時、両方をずっとリュウさんと呼んでたんだよ、とネタばらしする子供の可愛い悪戯。

 二人が顔を合わせている時に銀や須美が"リュウさん"と呼んだら、どんな困った顔をするだろうかと楽しみになる、そんな悪戯。

 

 ただしこの悪戯は、園子のみが例外に入る。

 彼女は竜児を"ドラクマ君"と呼んでいるからだ。

 

「相談の結果、あなたの呼び名は『リュウさん』で統一することが決まったよー」

 

「なんでだよ! 何の相談してたんだよ!」

 

「私はドラクマさんの方がいいなぁって言ったんだよ」

 

「……リュウさんでいいです」

 

 竜児は自分がそう言った時の園子の表情の動きを、もっと細かくよく見ておくべきだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去の竜児は、未来の自分の端末を頼み込んで拝見した時、自分にこれから来る未来を、予想はしていなかったが予感はしていたのかもしれない。

 レストア・メモリーズ。

 過去の竜児がこれを見つけたことで、世界に救われる可能性が生まれた。

 大切な記憶を、過去の竜児の記憶を、犠牲にすることと引き換えに。

 

「……とりあえず工作だな」

 

 竜児はまず、過去の自分を意識させないように工作する。

 

「俺の話題は絶対に出さないでくれよ、兄の前で」

 

「え、なんで~?」

 

「今喧嘩してるんだ。兄の前で俺の名前出すと、ちょっとな。

 それで兄が不機嫌になったら、後で俺の方も困るから。話題に出さないでくれ」

 

「分かったわ。私も気を付ける」

 

「アタシも気をつけとくよ」

 

「ん~?」

 

 勇者達に釘を刺し、それから色々と手を出した。

 後々にはジープ型車椅子、鷲尾須美専用車椅子なども作った。

 とにかく未来の自分が何を観測するか、未来の自分が何に観測されるか、今の自分が何を観測するか、何に観測されるかで未来は千変万化に変わる。

 過去の竜児は計算と予測を重ね、迂闊に動かないようにしていた。

 研究は進める。

 

 そうこうしている内に、ゴキグモン、コダイゴン、ハイパーゼットンと強敵が並ぶ。

 ハイパーゼットンで友が満開したと聞いた時は、死にたいくらいの後悔を感じた。

 

「……っ」

 

 それでも竜児は、仲間に声をかけるだけで、表舞台には出なかった。

 幸い、未来の自分もフォローを入れてくれていて、ホッとする。

 安芸先生が勇者のフォローに入ったとも聞き、そこで過去竜児はなんとか安心を得たのだった。

 

 が。

 この辺になってくると、未来の竜児と過去の竜児に同じものを感じる者も出て来る。

 ダイダラクロノームが出て来る少し前、勇者三人がアイスクリームを食べに集まるやいなや、須美は銀と園子に本題を切り出していた。

 

「リュウさんとリュウさんは同一人物だと思うの」

 

「須美が何言ってるかさっぱり分かんないんだが」

 

「こう……変身してるのよ!」

 

 須美は半信半疑派。

 一人のリュウさんが変身し、二人のリュウさんが交互に現れているんだという説を唱えた。

 

「きっと、巨人に変身する力の応用で、ちょっと大きくなっているのよ」

 

「弟の方のリュウさんにそんな力、あると思うか?」

 

「……それは、思わないけど」

 

「弟の方のリュウさんがその手のペテンやると思うか?」

 

「……それは、思わないけど」

 

「第一、リュウさんがそんな嘘つく意味どこにあるんだよ」

 

「お……乙女の純情を弄ぶため、とか」

 

「ははっ、ナイスジョーク」

 

「言っただけよ!」

 

 半信半疑。それが今の須美を表す最も的確な言葉だ。

 逆に銀は、兄弟だという話を普通に信じている。

 東郷の家で育った須美とは違い、彼女の家格は元より高く、慣習というものへの抵抗が少なかったからだ。

 

 例えば、西暦末期の勇者高嶋友奈の偉業にちなみ、彼女の武器であった『天ノ逆手』になぞらえて、出産時に逆手を打った子には『友奈』の名前を付ける……という風習が、この世界にはある。

 名前を決める慣習、風習、そういうものがポっと生まれて数百年の後も続く。

 ここはそういう世界なのだ。

 銀が深く考えずあまり疑わない性格なのもあって、ここに須美との違いが出た。

 

「乙女の純情とか言うけどさあ。

 あいつはそういうからかい方はしないだろ。

 リュウさんは須美が本気で嫌がることはしないはずだ」

 

「それは……確かにそうなんだけど……」

 

「むしろ一人だけ知らないってリュウさん(兄)にハブられたアタシを気遣ってくれ」

 

「銀ー! 気にしてたの!?」

 

 未来から竜児が来た、という情報を大赦が隠そうと考えたのは、間違いなく正解だった。

 でなければ、この話が笑い話にならなかっただろう。

 "銀は未来で死んでいる"と、こういった流れからすぐに推察されてしまっていただろう。

 何気ない会話が銀の未来の死を知らしめる。

 そこにあるのは絶望だ。

 

 最後の戦いまで問題なく走りきるためには、間違いなくこの工作は必須だった。

 

「そのっちはどう思うの?」

 

「そうだな、園子はどう思う?」

 

「私は全然別の人だと思うな、リュウさんとドラクマ君~」

 

「ほらみろ須美」

「ううう……」

 

「あ、でも、同じ人だとも思うな~」

 

「!?」

「え、どっち!?」

 

 園子はぶっちゃけ最初から二人の竜児が同じ人間だと確信していたが、同時に二人の竜児が全然別の人間であるとも認識していた。

 園子にとって"私のことをあまり知らないリュウさん"と、"私にとってのドラクマ君"は、絶対に同一人物にはならないのである。

 記憶がなくても同じ人間、けれど記憶が無いなら別人に近い、という割り切りに近いものが、園子の中にはあった。

 

 園子にとってのドラクマ君は、彼女のことをよく知っている一人しかいない。

 彼女にとっては、それでいいのだ。

 

 皆の偽装がまるで意味がなく、二人の竜児が同一人物であると速攻見抜いてしまった園子。

 とはいえ、タイムトラベルまでは勘付いていない。

 感覚先行の理解に、理屈がまだ追いついていなかった。

 須美は半信半疑、銀は疑っておらず、園子は真実の一端を掴んでいる。

 なのに全員根拠は持たず、感覚で疑ったり信じたりしているのだから面白い。

 

 未来の竜児は夏凜の先輩だと認識できた銀に好感度のブーストがかかり、過去の竜児は銀に対し普通の友人として接する。

 未来の竜児は園子を恩人として見て、過去の竜児は園子を友かつライバルとして見る。

 そして須美に対しては、両方の竜児が"あったはずの未来をあげたい"と考える。

 奇妙で多角的な関係がそこにあった。

 

「ダメだ! 園子の言ってることは全く分からん!」

 

「絶対違うよ。ぜんぜん違うよ。二人は同じ人でも別人だよ~」

 

「ダメだわ! そのっちの言ってること全然分からない!」

 

 三人にはそれぞれのスタンスがあり、それぞれの考えや信念があり、全く違う性格を持ちながらも、世界のためという一つの目標に向けて一丸となっているチームであった。

 

 

 

 

 

 そんな勇者達を、過去と未来の竜児が支える。

 過去の竜児が日常の中で呟いた。

 

「俺には眼鏡がないから信用と評価が足りてないのか……?」

 

「リュウさん。

 前々から言いたかったんだけど……

 あなたは眼鏡をかけても、特に賢くは見えないわ」

 

「!?」

 

「安芸先生の真似したいんだろ?

 まあアタシにも分からんでもない。

 でもリュウさん、眼鏡で変わるのは頭の外側だけで中身は変わらないんじゃ」

 

「!?」

 

「ドラクマ君、眼鏡が欲しいの?」

 

「欲しいのは眼鏡じゃなくて他者評価なんだ……!」

 

 勇者達のサポートをずっと影からしてきた、過去の竜児。

 楽しいこと、辛いこと、幸せなこと、目を背けたくなることがいっぱいあった。

 つまんない日常も、なんでもない日常も、笑顔になる日常もあった。

 その日々の全てが、竜児にとっての宝物だった。

 忘れられない想い出だった。

 

 

 

 

 

 ある日、過去の竜児は勇者達に呼び出され、須美から紙袋を渡された。

 

「はい、どうぞ」

 

 照れた須美がぶっきらぼうに渡した紙袋を、竜児が受け取る。

 

「え、これ何?」

 

「……遅れたけど、誕生日プレゼント」

 

「え?」

 

「園子のやつがうっかりアタシらに教えんの忘れてたからさあ。

 アタシも須美もリュウさんの誕生日スルーしちゃったんだよね」

 

「うええ~、ごめんなさい~」

 

「あ、ああ……俺の誕生日か。そりゃまた随分前な」

 

 竜児は戸惑っていたが、その表情は間違いなく、嬉しそうだった。

 

「そうなんだよ、随分前なんだよ~」

 

「でもまあ須美が、

 『遅れてしまったとしても、贈らないよりはマシよ!』

 とかちょっと上手いこと言うからさ。

 アタシそういうのほんっと好きだ。須美は本当いい子だよなぁ」

 

「ちょっと!」

 

 須美が顔を赤くする。

 

「アタシと須美でお金出して。

 アタシと須美と園子で相談して選んで。まあそんな感じ」

 

「三人合同なんだよ~。私はちゃんと誕生日に渡してたけど~」

 

「その……気に入らなかったら、私達に気遣わず、突き返してもいいから」

 

 この中ではきっと、顔を赤くしている須美が、"一番分かっていない"のだろう。

 可愛らしいが、彼女らしい。

 竜児が紙袋を開け、その中から取り出した箱から取り出したのは、『眼鏡』だった。

 

 ―――未来の竜児が付けていた眼鏡と、同じ形の眼鏡だった。

 

「……眼鏡だ! 知的風味の!」

 

「リュウさんが欲しがってた知的眼鏡、度の入ってない伊達メガネバージョンだよ~」

 

「リュウさんは目が悪いってわけじゃないもんな」

 

「まったく、伊達メガネでも喜ぶなんて、理解に苦しむわ」

 

 この眼鏡が二年かけて色落ちし、数々の戦闘を経て何度か曲がり・傷付き、その度に竜児の手で修理と再塗装が行われれば……きっと、未来の竜児と同じ眼鏡になるだろう。

 色も違う。形も少し違う。

 だから、二人の竜児の眼鏡が同じものであるだなんて、誰も気付かない。

 

「ありがとう。嬉しい。めっちゃ嬉しい。とても嬉しい。本当に嬉しい」

 

 竜児は本当に、心底喜んでいた。

 欲しかった物に。

 友達のプレゼントという事実に。

 仲間に貰えた善意に。

 紙袋を抱きしめ、見ていて恥ずかしくなるような笑顔で、喜んでいた。

 

「そ、そんな喜ばなくても……」

 

「ありがとう、鷲尾さん!」

 

「わっ」

 

「ありがとう、三ノ輪さん!」

 

「へへっ、そこまで喜ばれると嬉しいね」

 

「ありがとう、乃木さん」

 

「どういたしまして~」

 

 竜児はびっくりするくらい勢い良く頭を下げていた。

 

「この友情の証、俺死ぬまでずっと大切にするから!」

 

「大袈裟!」

 

 わたわたしている須美と竜児を見て、園子は眼鏡をかけた竜児の顔を想像する。

 "眼鏡をかけたドラクマ君とリュウさん"は、とても似ていた。

 多分、銀も第一印象を捨てられれば、二人の竜児を同一人物と見始めるだろう。

 眼鏡をかけた過去竜児の顔は、想像の中だけでも、そういう顔をしていた。

 

―――君は悪くない。君が苦しむ理由なんてない。だから、助けるんだ

 

 園子が病院に須美のお見舞に行った時、偶然その時の過去竜児が須美に言っていた言葉が、園子の思考に浮かび上がる。

 

―――だって、僕がここにいる一番の理由があるとしたら、君を幸せにすることだけだから

 

 未来の竜児がこの世界で戦い、初めて勇者の前に現れた時の言葉もだ。

 

(もしかしたらリュウさんは、わっしーを助けるためだけに、遠い所から来た人なのかな)

 

 園子が、真実に気付き始める。

 

 未来の竜児が、そのためにここに来たのなら。

 

(なら……ドラクマ君は……?)

 

 過去の、この時代の竜児が、そこに至る経緯とは―――?

 

「乃木さん」

 

 園子の嫌な想像を、笑顔の竜児の声が遮る。

 竜児の表情も、声も、とても嬉しそうだった。

 見ているだけで幸せになれそうな笑顔で、園子もつられて笑顔になってしまう。

 明るい気持ちが、嫌な想像を追い出して行った。

 

「乃木さんと会えて良かった」

 

「え?」

 

「乃木さんが勇者で良かった」

 

「……ドラクマ君」

 

「俺、今日のこと、きっと一生忘れない」

 

 六年間、同じクラスで、同じ時間を過ごして、同じ楽しさを分け合った。

 それは竜児にとっては必然で。

 それは園子にとっては奇跡。

 

「私もきっと、忘れないよ」

 

 楽しい日々が、幸せな日常が、園子に"こんな時間がいつまでも続いてくれればいいのに"という淡い想いを抱かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その想い出の全てを、感じた幸福の全てを、竜児は捧げる覚悟を決めていた。

 

 東郷の大切な記憶を取り戻すための技術を使って。

 

 竜児は自分の大切な記憶を、これから捧げるのだ。

 

 大切な人を、守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カオスヘッダー/オールエンドの洪水が危険域を超えた時、第三研究所から竜児を逃してくれたのは、三好の兄妹だった。

 正確に言えば、ここに居た過去竜児が、唯一家族に近いと言える大切な二人を、研究所の設備を使って守っていたというのが正解だ。

 だがそれも、オールエンドの最終孵化によって破綻した。

 光が溢れ、扉を突破し、壁を越え、人を飲み込まんと襲いかかる。

 

「二人とも、逃げるんだ!」

 

「春信さん!」

 

 三好春信が、その身を犠牲にしてオールエンドの光を遮断し、夏凜と竜児を逃した。

 小学生の夏凜が竜児の手を引き逃げるが、次第に光に追いつかれ、シャッターを降ろして竜児を逃がす。

 夏凜は竜児を逃がすためのシャッターを降ろすべく、シャッターの向こうにオールエンドの光と共に取り残された。

 

「逃げなさい!」

 

 竜児の拳がシャッターを叩く。

 

「夏凜!」

 

「いいから行きなさい!

 ……何か考えがあるんでしょ! 信じてやるから、行きなさい!」

 

「だけど、夏凜!」

 

「私の信頼裏切っても平気だっていうなら、そこにいつまでもいればいいわよ!」

 

「っ」

 

 信じているから置いて行け、と夏凜は言う。

 

「信じてやるから、行けぇー!」

 

「……必ず、助けに戻るから!」

 

 竜児には、前に進む以外の道はなかった。

 研究所の中になだれ込んだ光より、まだ外の方がマシだった。

 だがマシなだけだ。

 大気に満ちるオールエンドの光が、カオスヘッダー的に竜児の体を侵食していく。

 失敗作の失敗作とはいえ、ウルトラマンであるはずの竜児ですら、光のウイルスは侵食していった。

 

 左足の表面が、ボンッ、と弾けて怪獣のような肉質に変わる。

 

「くっ」

 

 竜児は片足を引きずり、第三研究所近くの材木を扱っている施設に駆け込む。

 彼はまだ諦めていない。

 勇気がないために、体は恐怖で震え、ウイルスに侵食された心が折れそうになっていく。

 だが、もっと怖いことがあった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

(ここで終われない……終わりたくない……!)

 

 友から貰った眼鏡に、勇気を貰う。

 材木を組み上げ、"回路"を成立させ、『奉火祭』を参考にした炎の儀式を成立させる。

 中心の奉火が神に捧げる核部分になるように、その周囲にも小さな火を灯し、材木を組み上げて神の櫓と社を作り上げた。

 完成したところで気が抜けて、竜児はその場に倒れ込む。

 

「……うっ」

 

 積まれた薪の上になんとか腰掛けるが、竜児の足はもう、オールエンドの侵食でどうにもならないほどに変質してしまっていた。

 

(俺の心も足も……もう駄目か?

 このバーテックスの起こす変質は、感染による融合。

 通常の治療は一切無意味。融合状態を切り離せるような何かがないと……無理か)

 

 まだ最後の希望も繋いでいない。

 なのに、オールエンドの大気密度が高まっていく。

 もう駄目か、おしまいなのかと、竜児が諦めかけた時―――遠く彼方の空から、園子の満開の光が降り注いだ。

 

「乃木さん……」

 

 それが、『園子の33回目の満開』が、『園子が最後に引き当てた神の精霊』が、最後に守ったものだった。

 少年の運命を少しだけ奇跡的に捻じ曲げる護りが、最後の神の奇跡だった。

 33回の満開を超え、34の精霊を従え、神の精霊さえも従えるようになった園子が、オールエンドに押し切られ落ちて行く。

 

「乃木さん!」

 

 竜児は手を伸ばすが、遠い空まで届くはずもない。

 もはや歩ける足もない。

 園子は最後の満開の力で、過去の竜児の周辺の光の侵食を抑え、時間を稼いだ。

 彼女が稼いでくれた時間を使って、諦めなかった"ただの人間"である安芸が、過去竜児の灯した火を頼りに、未来竜児を連れて来る。

 

 勇者の頑張りと、ただの人の頑張りが、二人の竜児を引き合わせた。

 ここに、可能性は繋がる。

 

「ああ、やっと来てくれた。

 途中から待ちの姿勢に入って正解だったなあ。

 炎はやっぱ遠くからでも見やすくていいね。

 もう何か、何もかも壊したい衝動とか、変質始めたこの足とか、不安要素多くてさあ」

 

「君は……?」

 

「分かってんだろ」

 

 過去と未来は、ここに出会った。

 

「俺は君で、君は俺だ。オーラスにようやく会えたな、俺」

 

「―――」

 

 過去の竜児は、これから未来の自分に光を与えるために、自分の中の大切なものを捧げる。

 

「この火は奉火祭に似て非なる……って、一から説明しなくていいか。俺だもんな」

 

 そうして、過去の竜児は、未来の竜児に、自分の大切なものを守らせる。

 

「色々工作してて悪かったな。

 でも仕方なかったんだ。パラドックスがどうなるかが分からなかったし。

 未来の俺が

 『未来の自分を知ってる過去の自分』

 を観測して観測未来が確定したら、過去の自分が未来を知ってることが確定するかもだった。

 そうしたら観測未来が最悪の形で変更の効かない固定軸になりかねなかったからさ」

 

「……じゃあ、なんで、今?」

 

「どうとでもなる方法を見つけたからさ」

 

「どうとでも、なる方法?」

 

「レストア・メモリーズ、だっけ?

 いい技術だ。存分に参考にさせてもらった。

 今の俺がやってた専門分野とは全然違ったけどさ。

 あれは時間かけないとどうにもならないやつで、本当に参考になった」

 

「何を」

 

「価値あるものをくべる、ゆえに生贄の儀式は成立する。

 自己犠牲、自らの身を捧げる、それは人身御供の最上級系。

 神に生贄を捧げて、神から祝福や力を授かろうとする儀式があるように。

 捧げ物を火にくべることで、神に『信仰の力』や『労働力』を送る儀式もある」

 

 この術式は、非常に危険なものだった。

 

「俺の心や頭の中には、火にくべて、燃やして、君に捧げられるものがあんのさ」

 

「―――」

 

「火はな。何かを燃やして、『光』を人にあげるもんなんだぜ」

 

 過去の竜児は、全てを分かっている。

 自分が多くの記憶を失うことも。

 自分が心の一部を失うことも。

 想いを失うことも。

 二度と思い出せなくなる幸福があることも、全部、全部。

 

「安芸先生、数年間、お世話になりました。多分これからもお世話になります」

 

「竜児君……」

 

「俺が俺でなくなった後も、皆をよろしくお願いします」

 

 『先生』を泣かせてしまったことが、本当に苦しくて、悲しかった。

 

「乃木さんはちゃんと助けろよ。小学校で、六年間一緒のクラスだった縁だ」

 

「君は……」

 

「いや、鷲尾さんも三ノ輪さんも、他の皆も全部助けろ。何せ……」

 

 奉火祭とは、西暦最後に行われた儀式。

 罪なき巫女を六人供物として捧げ、その生贄をもって天の神に許しを請うた屈辱の儀式。

 奉火祭で捧げられた供物は、二度と戻っては来なかった。

 これは、その変形版。

 

「俺はこれから、『今ここにいる俺』を殺して、君に俺の全部をやるんだからさ」

 

 

 

 過去の竜児の心と記憶を捧げ、未来の竜児の力を完全に復活させるというものだった。

 

 

 

「俺が君の最後の希望。

 君が俺の最後の希望。

 俺と君の二人合わせて、全部を救う世界の希望だ」

 

「……」

 

 安芸が、抑え込もうとして抑え込めなかった嗚咽を漏らした。

 『安芸先生』は、ずっと彼の先生だった。今もそうだ。

 彼女は感情を抑え込む大人だった。今もそうだ。

 だから、こうなっている。

 

「君はいいのか。僕に、そんな大切な」

 

「分かってんだろ。

 熊谷竜児が負担を強いる犠牲に選べるのは、熊谷竜児だけなんだって」

 

「……っ」

 

「何も変わってないんだよ。俺が君になっても、きっと何も変わってない。

 ただ、俺から見れば、君は随分成長しているように見えた。希望を託すのに迷いはない」

 

 まさしくその通りだ。

 竜児は他人を犠牲にすることに大きな忌避感を覚えるが……自分を犠牲にする時は、比較的大きな忌避感は覚えない。

 これもまた、"自分を犠牲にする"ことに他ならない。

 だからさっさとやれと、過去の竜児は言う。

 "誰かが生贄になることの代わりになる"ということが、彼という肉詰めの、運命なのか。

 

「ちゃんと受け取れよ。俺が捧げるって言ってるんだから」

 

「それを……それを受け取ったら! この先の、君は!」

 

 それしか方法がないのに、未来の竜児は過去の自分、過去の自分の周りにあったものを想って、躊躇う。

 ゆえに、過去の竜児は怒った。

 

「守ると誓った約束があるなら! その約束を、嘘になんかするなっ!」

 

「!」

 

「それはな!

 約束した相手と!

 約束した過去の自分を!

 一緒くたに裏切ることなんだ!

 未来の自分が過去の自分も裏切るって……ふざけてるのか!?」

 

 もう、守ると約束した。救うと約束した。助けると約束した。

 その想いで、心に決めたのだ。

 過去の竜児の心は弱い。

 未来の竜児の心は強い。

 それは、諦めない心をどこまで保てるかで見てもよく分かる。

 

 それでも、過去の竜児が未来の自分を叱咤しているのは。

 過去の竜児が犠牲になる生贄であり、未来の竜児はその想いを託される側の者だからだ。

 

「何度でも立ち上がれ! 俺達にはどうせそのくらいしかまともな取り柄がないんだ!」

 

「っ」

 

「何度でも立ち上がり、何度でも頑張って、頑張りを積み上げて奇跡を起こせ!」

 

 過去の想いを、未来が受け止める。

 

「花咲く勇者にはなれないから……だから!

 お前は、何度でも立ち上がる『不死鳥の勇者』になったんじゃないのか!?」

 

「―――」

 

「同じ自分だ、俺にもそのくらいは分かる!」

 

 何度でも、何度でも、燃える想いと共に立ち上がる、不死鳥の勇者。

 

「君は俺で、俺は君だ! だから!

 『熊谷竜児であるということの責任』くらい、果たしてみせろ!」

 

 未来の竜児は、その言葉を。

 

「お前に、()()()()()があるのなら! やってみせるんだ!」

 

 彼の遺言として、受け止めた。

 

「……分かった」

 

 選択は成された。

 竜児は、竜児の周りのものを守るため、竜児を犠牲にする覚悟を決める。

 

「僕と君の光で。俺と君の光で。不可能を、可能にしてみせる」

 

 未来の竜児が手を差し出し、過去の竜児がキョトンとして、ニカッとして、その手を握った。

 

 力強い握手が、二人の間に繋がれる。

 

「やろう。俺達にとってのハッピーエンドは、分かってるだろ?」

 

「ああ。僕達の大切な人が、明日を幸せに過ごせることだ」

 

 過去の竜児は握手を切って、炎の前に立った。

 幼い体が震える。

 今から彼は、炎に多くを捧げるのだ。まるで、満開と散華のように。

 

「あー……怖いな」

 

「……」

 

「でもな、未来の俺が、いいこと教えてくれたよ」

 

 未来が首を傾げ、過去が笑う。

 

「俺が記憶と心をいくらか失って、多少変わってもさ。

 気にせず『リュージはリュージじゃない』って言いそうなやつがいるじゃん」

 

「―――ああ、そうだね。夏凜はそういうやつだ」

 

 三好夏凜。

 彼女は竜児にこういうことがあった、という変化にあまり気付いていない。

 いや、竜児の細かな変化には気付いているが、「それがどうしたのよ」と竜児の変わっていない根本を指摘してくれる少女である、と言うべきだろう。

 彼女は本当に、竜児の根っこにある部分を真っ直ぐに見ている。

 

「君の日誌とか、こっちの時代での会話の記録見て、びっくりしたよ。

 だって俺、夏凜のことだけはなんにも忘れてなかったんだからさ」

 

「……ああ、そっか。そういうことになるのか」

 

「いやもう、記憶全部失うかもって思ってたからさ。

 もう思わぬところからの希望だったよ。

 救いがあるような……そんな気がしたんだ。夏凜はやっぱすげーやつだよ」

 

「あいつは未来でもすげーやつだよ」

 

「そっか。なんか楽しみだ」

 

 それは、ある意味。

 これから失っていく竜児が唯一手にした、未来への希望だったのかもしれない。

 

―――『俺』でも『僕』でもあいつ変わってないじゃない。

―――根はアホで、理屈っぽくて。

―――無知なのも無力なのも嫌で、だからずっと勉強だけはしてんのよ

 

 竜児は与り知らぬことであったが。

 彼の予想通り、期待通り、希望通り、夏凜は風との会話の中で竜児をそう評していた。

 

「安芸先生。

 後で未来の俺に、除染装置に使ってた物の由来教えておいてください。

 未来の俺が除染装置に使ってたアレ、きっとちょっとは切り札になると思いますから」

 

「……分かったわ」

 

 安芸は口元をギュッと締め、嗚咽を漏らさないように耐えている。

 されどその両の瞳からは、止めどなく涙が流れ落ちていた。

 

「未来の俺、クロポトキンの相互扶助論は知ってるかい?」

 

「『生物や社会の進化の主要因は生存競争ではなく、自発的な助け合いである』だろう?」

 

「そうそう、それそれ」

 

 過去の竜児が炎に触れると、炎が彼の体に移る。

 炎は彼の体を燃やさず、その内に宿る価値あるものだけを燃やし始めた。

 西暦の最後、罪なき巫女のみを焼いた炎のように。

 

「ピョートル・クロポトキンは相互扶助論で語った。

 生物や社会の進化の主要因は生存競争じゃなくて、自発的な助け合いだって」

 

 竜児は、知らない人がそこに居ることに気が付いた。

 未来の竜児の背後に、知らない人がいる。

 その知らない人の名前が『安芸』であるという記憶も、知らない人がここにいることに違和感を持つ精神状態も、既に燃え尽きていた。

 

「病気になった人がいれば、病院を勧めるだけでいい。

 人と人の殺し合いを見たら、警察に通報するだけでいい。

 飢えている人がいても、無視して食事をしてもいい。

 それが無難で妥当な社会人の生き方だ、ってね。

 なるほど確かに現代社会だ。

 でも俺や、俺が読んだ本の著者は、それをクソだと思ったんだ」

 

 小学生時代の楽しい記憶が、大切な記憶が、虫食いになっていく。

 大切な人が居た気がしたが、もう竜児は思い出せない。

 

「著者はこう書いていた。

 病気になった人が居たら病院まで背負って運んで行きたい。

 殺し合いがあったら、理由が何であれ止めたい。

 飢えている人が居たら、せめてその人に食べものを分けてあげたい。

 偉い人が大真面目に……『人助けは人間の中にある本能だ』って言ってたわけさ」

 

 嬉しかったことがあった。

 楽しかったことがあった。

 でも、もう思い出せない。

 

「クロポキトンは、人助けを本能だと言った。

 昔の社会には当たり前にあって、今の社会では失われつつある本能だと。

 人間は野生と一緒に"人助けの本能"も失っていて、社会は冷たくなっていってるんだって」

 

 竜児は炎の中でぼんやりと思う。

 自分は、眼鏡をかけている人間だっただろうか? この眼鏡はなんだろう?

 

「アダム・スミスの『道徳的感情論』。

 フランシス・ハチソンの『美と徳の観念の起原』。

 それが……ええと……

 ……あーダメだ。何か思い出せない。とにかくさ、人を助けたいってのは本能なんだ」

 

 途方もない時間と努力で溜め込まれた知識も、その一部が燃え始める。

 それがなんだか、嬉しかった。

 竜児の中には、あの時園子と交わした言葉の記憶がある。

 

―――私達が勉強するのは、私達が自分を幸せにするためじゃないかな~?

―――勉強をするのは、自分を幸せにするためじゃない。他人を幸せにするためだ

 

 その言葉を有言実行できたことに、自分の溜め込んだ知識を誰かを救うために使えたことに、竜児は望外の喜びを感じていた。

 

―――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

―――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 そして、その記憶も燃え尽きる。灰になる。

 竜児は一瞬前に自分がなんで喜んでいたかが分からなくなった。

 その困惑も一瞬で炎が焼き尽くす。

 竜児は自分が困惑していたことも覚えていられない。

 

「勇者は、皆いいやつでさ。

 勇者に俺と同じような感情持ってる人そこそこいると思うんだ。

 だから意外と多いと思うんだよな。

 勇者を助けてやれるなら、ちょっとくらい記憶あげてもいいと思ってる人」

 

 過去の竜児が、小学生の小さな手で、拳を握った。

 

「俺の思考、案外普通なんかじゃないかなって気がする。

 ……あれ、僕、俺? 僕だっけ、俺だっけ……

 っと、そうだ、強く見えるから、かっこつけたいから、俺って名乗って……

 あれ、でも僕と俺でどっちか迷って……ああ、ごめんなさい、話が脱線しました」

 

 炎は燃やす。

 何かを燃やし、光と熱を生み出す。

 それが炎の本質だ。

 

「皆勇者に力を貸して、応援したいんだ。

 だって人間は、頑張ってる人が居たら応援したいと思う。

 かわいそうな人がいたら助けたいと思う。

 誰だってそうだよ。誰の胸の中にもそういう想いはある。だって人助けは本能なんだから」

 

 炎に燃える竜児の内から、強く輝く小さな光のラインが放たれた。

 

「なんでだろう……なんで助けたかったんだっけ……誰を助けたかったんだっけ」

 

 それが未来の竜児の胸へと注ぎ込まれ、強い光が循環していく。

 

 過去の"ちゃんとした人間態"を維持していた竜児の光が、未来の竜児の醜くなった肉体を、めまぐるしい速度で"ちゃんとした人間態"に書き換えていく。

 竜児の内側に光が満ちて、竜児の体が中学二年生の少年の姿へと戻っていく。

 

「ここだけの話、俺が惚れた女の子のためでもあったんだ」

 

「―――」

 

「でも今、その想いも消えた。

 分かんない。誰が好きだったかも分からなくなった。でも、後悔はない」

 

 過去の竜児が誰を好きだったかなんて、もう誰にも分からない。

 それを調べる方法はない。

 今、過去の竜児の記憶は死んだ。

 過去の竜児も……もう、見方によっては、死に至る。

 誰もその想いを知ることなどできはしない。

 それでも竜児は、後悔はないと言う。

 

「俺の未来が、ちゃんとその人を守ってくれるみたいだからさ」

 

 過去は微笑み、安心して、未来を託した。

 未来の竜児の内側に、大きな光が宿る。

 過去の竜児の内側から、多くのものが失われる。

 これで、この儀式は終わり。

 

「約束する。僕が、君の大切なものを、必ず守るよ」

 

 これは、約束の炎。

 竜児が全てを忘れても、竜児の友を救う力となる約束の具現。

 竜児の大切なものを捧げられ、竜児の大切なものを救うという約束を守らせる熱。

 

 不死鳥はいつも、火の中より蘇ると伝えられている。

 死の前に炎に飛び込み、自らの身体を燃やし、新たな体で新生すると語られている。

 過去の竜児は炎に飛び込んだ。

 未来の竜児は諦めない不死鳥の者であれと願われた。

 

 何度でも立ち上がる不死鳥の勇者は、約束の炎より生まれるもの。

 

 世界をひっくり返してしまいそうな熱量の想いが、竜児の内側に渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去の竜児を抱きしめる安芸に、過去の自分を任せる。

 

 竜児は瞳を閉じた。

 自分の中に渦巻く、過去の自分の光が分かる。

 過去の自分の想いが分かる。

 助けろ、守れ、救えと叫んでいる。

 今の自分なら、今までできなかったことが、いくらでも出来てしまう気がした。

 

「光よ」

 

 竜児は光に呼びかける。

 あの時の、メビウスブレイブをこの時代でも使えるようになった瞬間の、時を超えた絆を繋いだ瞬間の感覚を思い出す。

 時を超えた絆を繋ぎ、力を借りることができたなら。

 きっと、あの瞬間の、あの人の想いと力にだって、繋げるはず。

 

「兄さん」

 

 竜児は呼びかける。

 あの時、あの場所、あの兄へ。

 

 竜児がトドメとなるメビュームダイナマイトを兄に叩き込んだ時、ライザーも、カプセルも、光に飲まれてどこかへと消えていった。

 ……どこへ消えたのか?

 どこへ行ったのか?

 その答えは、ここにあった。

 

「オレが消えた後、同じようなことでオレを頼るなっつったはずだがな」

 

「兄さん……」

 

 竜児の呼びかけに応じ、死の直前の兄の想いがやって来る。

 兄は憎まれ口を叩きながら、竜児に肩を組んで来た。

 涙が出そうで、死んでしまった兄にはまだ言いたいことがあって、けれども、そんなことをしていられる余裕は今の世界にはなくて。

 竜児は接続した時間軸の光の中から、兄のカプセルとライザーのセットを拾い上げる。

 

「これ、借ります。兄さん」

 

「いいぞ、持ってけ。

 借りるも何も、お前にやるよ。

 十何回かすっぽかしちまった誕生日プレゼントの代わりだ。好きに使え」

 

 未来からコピーライトがライザーとカプセルを押し出し、過去から竜児がそれを引っ張り、過去の竜児の手の中にそれが収まる。

 竜児が手の中のカプセルに光を込めると、元はコピー品でしかなかったカプセルが、本物のウルトラマンの光を宿した。

 

「ウルトラマンをコピーした、ただの怪獣カプセルが……

 本物のウルトラマンカプセルになる、なんて奇跡。とんでもねえ奇跡だ」

 

「ありがとう、兄さん」

 

「長生きしろよ。できるだけ頑張って、最後まで諦めず、な」

 

 兄の姿が消えていく。

 光の中に消えていく。

 かくして竜児は、兄のカプセルと、ナックルと、『ライザー』を構えた。

 

 

 

「融合!」

 

 起動するはメビウスのカプセル。ウルトラマンメビウスのビジョンが竜児の右に現れる。

 

「昇華!」

 

 起動するはヒカリのカプセル。ウルトラマンヒカリのビジョンが竜児の左に現れる。

 

「この手に光を!」

 

 竜児は専用の装填ナックルにカプセルを装填し、ライザーを起動、二つのカプセルをライザーに読み込ませる。光が、弾ける。

 

《 フュージョンライズ! 》

 

「つなぐぜ! 絆!!」

 

 胸の前でライザーの引き金を引き、二人のウルトラマンのビジョンが今、竜児に重なった。

 

 力が融合し、昇華する。

 

「メビウーースッ!!」

 

 ()()()()が、飛翔した。

 

《 ウルトラマンメビウス! 》

《 ウルトラマンヒカリ! 》

 

《 ウルトラマンメビウス フェニックスブレイブ! 》

 

 

 

 その光景が、既に奇跡だった。

 邪悪の光が蔓延し、人の全てが食われた大地に舞い降りた、赤と青の『不死鳥の巨人』。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 多くの者に助けられ、多くの者に力を借り、その果てに自らの力を奇跡の域に至らせた、一人の少年が起こした独力の奇跡。

 最大の絶望が、最強の奇跡と、最高の希望を呼び覚ました。

 

 奇跡の名はウルトラマン。

 希望の名は、ウルトラマンメビウス フェニックスブレイブ。

 "不死鳥の勇者"の名の下に、巨人の光は絆を示す。

 

「返してもらうぞ」

 

 フェニックスブレイブが、炎の翼を広げ、空に飛び上がった。

 

 バーテックスを睨み、ここには居ない天の神を睨む。

 

「お前達が奪った世界も! 仲間も! 人々も! 未来も! ―――幸せも!」

 

 途中、強化型カオスウルトラマンが七体竜児の行く手を阻もうとするが、既に無為。

 膨大なエネルギーを放出しながら竜児が突っ込んだ、ただそれだけで、七体のカオスウルトラマンが蒸発して消し飛んだ。

 "悪には絶対に理解できないわけのわからない力"が、今の竜児の全身を包み込んでいる。

 

 そうして竜児は、行く手を阻むオールエンドの一部のことごとくを粉砕し、空に囚われていたメビウスを救出、同化した。

 最初の出会いの時と、真逆の構図。

 命を失ってしまった竜児にメビウスが同化し、救ってくれた最初の恩を返すように、今度は竜児がメビウスを自分に同化させ、その命を救っていた。

 

 竜児の内側で、メビウスが目覚める。

 

『……リュウジ?』

 

「助けに来たよ、メビウス。あの時、守ってくれてありがとう」

 

『……この光は……』

 

「行こう、メビウス!」

 

『……ああ!』

 

 12のカオスウルトラマンが居る。

 竜児は両手に剣を構えた。

 左にオリジナルのメビウスブレスとウルティメイトブレス。

 右にコピーのメビウスブレスとナイトブレス。

 合計四つのブレスにて、二刀を構える。

 

「メビュームツインソード」

 

 友奈のように勇気ある落下を敢行し、夏凜のように二刀を操る。

 12体のカオスウルトラマンが、あっという間に細切りにされていた。

 そして竜児は、カオスウルトラマンに包囲されていた園子を助ける。

 

 園子は見るも無残な姿で、33の満開を終えた後だった。

 多くの記憶を失い、倫理や夢までもを捧げ、顔の肉は見る影もなく削げ、顔だけでなく全身の肉や皮膚が失われている。

 内臓の損失などもはや想像もしたくない。

 女の子どころか、人間であるとさえ思えないような、そんな姿だった。

 学校の人体模型ですら、こんな惨めで救いのない姿はしていない。

 

 園子は、たった一つ残された目で、おぼろげに竜児の光を見ていた。

 

(……ドラクマ君だ)

 

 園子は最後に引き当てた33体目の精霊・ウルトラマンノアの力を使い、オールエンドと戦って、過去の竜児を守って……そうして、力尽きた。

 ウルトラマンの神の力の反動が、園子の弱りきった体にトドメを刺してしまったのだ。

 園子は死に向かう意識の中、おぼろげに竜児が纏う"ドラクマ君の光"を見て、消えかけの心に嬉しさを宿す。

 

(ふふふっ……今のドラクマ君……

 太陽よりも眩しくて、太陽よりも熱くて、太陽よりも綺麗だよ)

 

 熱に浮かされたような表情と、賞賛だった。

 最後の散華で、最後の目は潰れてゆく。

 園子はそれがとても悲しくて、少しだけ嬉しく感じた。

 あの光が最後に見た光景なら……それも、悪くないと。

 

 不死鳥の勇者の光を見て、園子はそう思ったのだ。

 

(ああ……やっぱり私、この光が好きだ……)

 

 そんな園子を竜児は拾い、自分の中に取り込む。

 複数のウルトラマン・複数の人間と同化し、その力と想いを一つにする。

 絆の協力、それこそがフェニックスブレイブの最たる特性。

 竜児は巨人体の内側に園子を取り込み、園子の前に人間態の自分を出現させて、ウルティメイトブレスを見る。

 少し躊躇ってから……竜児は、その左腕を振った。

 勇者達の満開の代償を消した時の、兄のように。

 

 園子の体が、元通りになっていく。

 だが途中で竜児が膝をつき、体の動きを止めてしまい、治癒はそこで止まってしまった。

 園子の目は見えず、内臓は戻ったが一部の内臓の性能は悪いままで、園子は満開に換算して三回分ほどの損失を抱えたままだった。

 逆に言えば。

 竜児は今、園子の30回分の満開の損失分を、帳消しにした。

 

 起き上がった園子が、システムの補助で視界を補い、竜児が今起こした奇跡の"最悪"を知るべく詰め寄る。

 

「今……今! 何を、()()()()に……!?」

 

「気にすんな。過去の僕は君のことを……いや、なんでもない。過去の僕に頼まれたんだ」

 

 未来の竜児が、過去の竜児の想いを、推測で語るのは無粋だ。

 語るのは、"守れ"という約束だけでいい。

 

「だから、ちゃんと助ける」

 

「ドラクマ君……リュウさん……」

 

 園子は見る。

 33体目の精霊、神の力を得て、どこか違うものが見えるようになった目で見る。

 彼女がドラクマ君と呼ぶ者の光が、リュウさんと呼ぶ者の光が、一つに溶け合って、園子を守るという一つの意志を持っていた。

 過去の竜児の想い出は永遠に失われてしまったけれど、過去の竜児の想いはそこに在る。

 

「もう一丁! 次は、三ノ輪さん!」

 

 光を纏う、凄まじい高速飛翔を行う竜児。

 竜児が飛んだ軌跡に残された光の粒子が、光の翼に見えるほどだった。

 そのスピードで、オールエンドの手の中から銀の入った結晶を奪い取った。

 須美も奪おうとするが、オールエンドの反撃がそれを許さない。

 

「っ、そう簡単には行かないか」

 

 結晶の中で、銀が見る。

 指一本動かせず、目も開けられず、体の時間が止められているかのように停止していたのに、銀は結晶の中で見た。

 心に焼け付くような、その光を。

 とても熱いその光に、銀は懸命に手を伸ばした。

 

 その手を、竜児が掴む。結晶から引っ張り上げる。

 そうして銀も、フェニックスブレイブの内に入った。

 

「最後に……鷲尾さん!」

 

『解き放て、リュウジ!』

 

「『 メビュームフェニックス! 』」

 

 巨人の体が、その身を不死鳥型のエネルギー体へと変える。

 燃える不死鳥がオールエンドへと突撃し、オールエンドはそんな竜児に見せつけるように、彼の目の前で須美を食った。

 

「!」

 

 そして一瞬の動揺の隙を突き、不死鳥と化した竜児(メビュームフェニックス)を食らった。

 恐ろしいことに、最終形態の巨人ですら、この大食いの食物でしかなかったのだ。

 

「ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

 

 オールエンドが嘲笑う。

 オールエンドの腹の中で、須美は虚無を見ていた。

 光もない、闇もない、全てを消し去る絶対的な虚無。

 自分も虚無になるんだ……なんて確信が生まれてしまう、そんな恐ろしい虚無。

 

 その中で、須美は光を見た。

 何故分かるのか分からないが、須美には分かる。

 アレは、誰の中にもある光が、誰にも生み出せないくらい大きくなったものなのだと。

 その光の美しさを、須美は記憶に焼き付ける。

 

 ―――これから何度も、あの光を夢に見るだろう。何故か、そう思った。

 

 須美が光に手を伸ばす。

 虚無の中、竜児がその手を掴む。

 未来の東郷美森を救うため、過去の鷲尾須美へと伸ばしていた手が、どこへ向ければいいのかも分からなかった手が、ようやく彼女に届いた瞬間だった。

 

「―――!?」

 

 須美を助け出した不死鳥の炎が、オールエンドの腹を突き破って飛び出した。

 オールエンドに食われたものは、即座に虚無へと還るはずだというのに。

 須美をもその身に同化したフェニックスブレイブは、尽きぬ光をその身に宿していた。

 

 オールエンドの全身から、暗色の雷が放たれる。

 全てを破壊し、怪獣を凶暴化・強化させる雷を、オールエンドは"この巨人は何か"を知るためだけに解き放つ。

 フェニックスブレイブは片手を上げ、炎の壁で虚無の雷を受け止める。

 炎の壁は揺らぎもしない。

 

「まだ分からないのか、オールエンド」

 

 悠然と立つ光の巨人、その内側の光の中で。

 

「今の僕はもう―――1人じゃないっ!!」

 

 ボロボロな満開衣装を身に纏った須美、園子、銀の三人が、竜児の周りに並び立っていた。

 

 

 




 次回はきっとBGMに『フュージョンライズ!』とか流れるやつ

●ウルトラマンメビウス フェニックスブレイブ
 人とウルトラマンの絆、すなわち勇者と竜児の絆が至らせた巨人。
 人間とウルトラマンが高度に融合し、いくつかの種族特攻攻撃に耐性を持つ。
 左手にはオリジナルのメビウスブレス、ウルティメイトブレスを装備。
 右手にはカプセル由来のコピーメビウスブレス、コピーナイトブレスを装備。
 一つの体と四つのブレスを、三人の勇者・二人のウルトラマンにて制御している。

 鷲尾須美時代の勇者は、各々が青と赤をカラーとして衣装にあしらっている。
 須美が青。銀が赤。園子が赤と青を混ぜて紫。
 竜児が発現させたこの形態においてのみ、フェニックスブレイブの赤と青は、『竜児』が彼女らと繋いだ絆を体現する赤と青となっている。

※余談
 『一人のウルトラマン』を軸にし、『二つのカプセル』を用い、『四つの力』を補助に据え高出力で安定させ、『五人で一つ』という運用をするやり方は、ゼロビヨンドの運用思想と同じ。



●余談その1

・第一殺第一章の竜児
>僕にとってはこの眼鏡大切なものなの。

・第四殺三章の園子
>今は赤の他人だよ~?

・第五殺二章の園子
>貴方が、みんなに言ってあげなくちゃいけないんだよ、ウルトラマン。
>君は悪くない。君が苦しむ理由なんてない。だから、助けるんだ……って、ね

●余談その2(時系列順) 葛藤する園子

・第十殺二章の園子(提案)
>「私はドラクマさんの方がいいなぁって言ったんだよ」

・第十一殺四章の園子(拒絶)
>私は全然別の人だと思うな、リュウさんとドラクマ君~

・第四殺二章の園子(呼称選択)
>ドラクマさんと春信さんしか読んでないような、そういうのがね~

・第四殺三章の園子(うっかり呼んでしまった。本音の露出)
>へー、ドラクマ君、急な休みでも怪しまれなかったんだ~

・第五殺二章の園子(上記のタイミングから以後呼称統一)
>ドラクマ君は悪くないんだよ?

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