108の強化型カオスウルトラマンが、メビュームシュートを放つ。
オールエンドが、四国を消滅させる威力の破壊光線を放つ。
フェニックスブレイブが、両手を掲げた。
「「護りを!」」
竜児と園子の声が重なり、街の全てを守る炎の壁が、全ての光線を焼き尽くした。
なんという強度。
なんという熱量。
園子の満開の刃の盾を思わせる炎の壁が、街に傷一つ付けさせない。
燃える炎の向こう側で、フェニックスブレイブが二刀を構えた。
「「ぶった切って!」」
竜児と銀の動きが重なる。
夏凜の真似をして二刀流を扱う竜児と、双斧を扱ってきた銀の動きがシンクロし、突撃したフェニックスブレイブの双剣が空を走る。
メビュームナイトブレードを構えたカオスウルトラマンツルギが、ばったばったと切り倒されてゆき、再生する速度よりも速く切り倒されていく。
銀の満開を思わせる、両手が別の生き物のように動き回る近接攻撃であった。
カオスウルトラマン達を蹴散らして、フェニックスブレイブと須美が拳を突き上げる。
「「撃ち抜けっ!」」
二人で一緒に、即席に光を纏めた砲火を放った。
明確な技ではない光の連続砲火が、オールエンドとカオスウルトラマン達を襲う。
カオスウルトラマンは吹き飛び、オールエンドの体も削れていく。
虚無でしかないはずのオールエンドの肉体が削れるという異常事態。
須美の満開を思わせる、多数の敵を制圧する二人の光の砲撃攻撃。
今、勇者の力と想いは、ウルトラマンと共に在った。
「凄い力……私が、皆と一つに……」
「ああ、アタシ達が、ウルトラマンになってる」
「……皆、皆! 一緒だよ!」
園子が、竜児の中の"ドラクマ君"の光に触れ、声を上げた。
『リュウジ。今の君なら、信じる心で、どこまでも行ける! 皆と一緒に!』
「皆と一緒に……うん!」
メビウスと竜児が息を合わせ、駆けた。
もはやカオスウルトラマンとオールエンドの攻撃では、フェニックスブレイブに追いつけないことは明白だった。
ノーマルメビウスがフェニックスブレイブになると、走行速度だけ見てもその速度は十二倍以上にまで上昇する。
今の"一言では語り尽くせない不思議な力"に包まれている彼らであれば、その速度は更に凄まじい域に達していることだろう。
速度を活かし跳び回り、飛び回る過程で、竜児は安芸と過去の自分も拾い上げた。
安芸と過去の自分を、自分とメビウスと勇者のいる空間の隣の空間に入れる。
同化という形での緊急避難だ。
巨人の内側のスペースに、物理的な限界はほとんどないと言っていい。
「ここは……?」
安芸と過去竜児は、巨人体内の光の空間の中で守られていた。
気を失い、記憶と心の一部を失い、眠る竜児の髪を撫でる安芸。
手先に、まるで親と子のような慈しみが宿っている。
そこだけ見れば、先生と生徒の健全な関係にしか見えない。
だが、安芸が顔に浮かべているのは罪悪感が多大に混じった悲しみで、竜児の寝顔に浮かんでいるのは"喪失"が産んだ虚無だった。
「私は……」
安芸を抱えて、外で巨人は戦っている。
その戦いの音が、まだ戦っている竜児の心が、過去の竜児の言葉を安芸に思い返させる。
―――安芸先生。
―――後で未来の俺に、除染装置に使ってた物の由来教えておいてください。
―――未来の俺が除染装置に使ってたアレ、きっとちょっとは切り札になると思いますから
まだだ。
まだ、何も終わっていない。
とても、とても悲しくて、子供の喪失は、胸が張り裂けそうになるけれど。
その悲しみを抑え込んで、理性で動けるのが彼女の持つ強さだから。
「竜児君!」
先人の知識を、過去の竜児の助言を、今の竜児に繋ぐ。
「"あの鉱石"の名前はソアッグ鉱石!
名前だけ付けられていたけど、青く光ること以外には何も分かっていなかった鉱石!
西暦に月の石として回収されたものよ!
神世紀に大赦の人間が、再度研究を始め、過去の竜児君の手に渡った月の石!
あなたがその効果を偶然見つけて、あの簡易式の除染装置に使っていたものよ!」
300年以上前から、研究者の手から手へと渡されてきた、月の石。
それが、カオスヘッダーの除染に使うことができたということは?
竜児はそれが意味する事実を理解する。
「鷲尾さん、高く速く飛ぶの好きだったよね」
「えっ……な、何を言うのリュウさん!?」
「抱えてた時に分かったよ」
「須美の意外な趣味……」
「そうなんだ~」
「わ……私がそんな、子供っぽいわけなくてね!?」
東郷も、須美も、竜児が抱えて飛ぶと同じ顔をしていた。
同じことをすると二人の心境は同じで反応も同じ、ゆえにそれは彼女が本質的に好きなものであるということだ。
だから竜児は、彼女に声をかける。
「今までで一番、高く飛ぶよ」
「え?」
「乃木さん!」
「やってやるぜ~!」
大赦がやろうとしていた六点結界計画。
"六体の精霊を使って"、四国の地表からカオスヘッダーを追い出そうとした計画。
それを、手を繋いだ竜児と園子が、"33体の精霊"で実行した。
蟻一匹這い出る隙間も無い光の膜が、通常の物質の一切を引っ掛けずに、四国結界内部のオールエンドの光の全てを掬い上げる。
神樹を侵食していたオールエンドですら、残らず引き抜かれるほどの吸引力だった。
オールエンドも、カオスウルトラマンも、大気に満ちていた光の粒子も、その全てが一枚の光の膜に捕らえられ、フェニックスブレイブが光の膜を引っ張り上昇飛翔していく。
「「 大漁っ! 」」
33の精霊を基点に使った、超弩級サイズの巨大な『投網』であった。
「ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒッヒッヒッヒッヒッヒャッヒャッヒッ」
フェニックスブレイブは一粒も残さずオールエンドの全てを捕らえ、飛ぶ。
ぶっ飛ぶように飛ぶ。
不死鳥らしいとも言える、常軌を逸した飛行速度であった。
「全力で!」
『飛ぶっ!』
―――そして、ものの数秒で月面に到達し、光の投網ごとオールエンドの全てを月面に投げつける。叩きつけられたオールエンド達が拡散し、月面に光が広がった。
「あそこだ、鷲尾さん!」
「よーく狙って、撃つ!」
そして竜児と須美の動きが重なり、精密な射撃が月面の岩石群を撃ち抜いた。
矢のように飛んだ光弾がオールエンド周辺の岩石を砕き、その奥の鉱石を露出させる。
露出した鉱石が、青い光を放った。
その光を受けたオールエンド達が、一斉に苦しみだす。
「遠い昔の大人達、大赦の人が研究して。
過去の僕が弄って。
ここにいる僕が……偶然、お前の弱点であることに気付いて利用した。"研究のバトン"だ」
西暦2019年、四国以外の世界は失われた。
それよりももっと早く、人類は宇宙に出て行く手段を失った。
宇宙から何かを得られなくなったここ300年より前の時代より、伝えられた希望のバトン。
「お前の中のカオスヘッダーは、この月の石の青い輝きに弱い!」
それこそが、ソアッグ鉱石。
月にのみ存在するが、月には十分な量が埋蔵されており、他の生物には害も無いのに
多くの並行宇宙の月にはこれがある。
かつては別の宇宙にて、最強のカオスウルトラマンになったカオスヘッダーも、このソアッグ鉱石のせいでウルトラマンに敗れたことがあった。
竜児達は、弱き者達が一つになることで、支え合い高め合う関係。その強さの上限は無限。
怪獣は、強き者同士を混ぜ合うことで最強の中の最強を作り上げた関係でありながら、互いの特性が足を引っ張ることもある奇妙な関係。
ゆえに、両者は対照的だった。
融合した相手に弱点を与えられた者と、共に戦う者に強さを貰う者。
オールエンドがソアッグ鉱石の光に苦しみ、一つの形にまとまった。
鉱石の光に耐えるため、全ての光が集まって、黄金の林檎を形作る。
竜児はこの瞬間を待っていたのだ。
「一つにまとまった……今だ!」
「『 メビュームフェニックス! 』」
そして、不死鳥型のエネルギー体となったフェニックスブレイブが突撃。
竜児は混乱と苦痛の中にあるオールエンドの体の中に飛び込み、取り込まれた四百万人の人々全てに手を差し伸ばし、手を掴み、手を引っ張り、自分の中に引っ張り込み。
人間を侵食するオールエンドは一切取り込まず、人間だけを取り込むことで、オールエンドに喰われた四百万人の人間全てを救出していた。
「返してもらったぞ……約四百万人の、世界の人々!」
「ち、力技っ!?」
「力技だ!?」
「リュウさんやるぅ~」
「うっ……でもやっぱ腹が重い。僕が調子に乗って食いすぎた夜を思い出す……」
『頑張れリュウジ! それが命の重みなんだ!』
助け出した約400万人全員、すなわち現在の地球人口全てが、竜児のフェニックスブレイブという器の中に放り込まれていた。
竜児は有言実行で、地球を背負う覚悟を形にして見せたというわけだ。
オールエンド本体に食われていれば消滅待ったなしだったろうが、光の洪水やカオスウルトラマンが捕食した段階でしか無かったことが、不幸中の幸いだった。
竜児が助けた人達は、竜児の光の中で揺蕩う。
夢見る心地で、ウルトラマンと一つになっていることなど記憶することもできないだろう。
光のゆりかごの中の人間が、誰も死んでいないことに竜児はホッとする。
友奈や夏凜の姿を見て更にホッとした。
犬吠埼姉妹や他の友人達、知人達も生きていることを確認し、この上なくホッとした。
『よし、皆を助けた。後はあいつを倒すだけだ!』
「うん!」
後は、オールエンドさえ倒せれば。
しかしそう簡単に話は進まない。
黄金の林檎を形作ったオールエンドが、また生まれる。
四国を飲み込んだ光の津波。
108体のカオスウルトラマンツルギ。
そして本体のオールエンド。
その全てが
圧倒的な量と質を両立させ、質でも数でも竜児達を圧倒したオールエンド。
だが、質で圧倒的に負けてしまいそうになったなら、もはや量を犠牲にしてでも対抗できるだけの質を得るしかない。
大量の光を圧縮し、昇華させる。
カオスウルトラマン達を取り込み、消化させる。
そうして、オールエンドは最後の形態に至った。
「なんて言えばいいの、これ」
グリーザの最後の形態は、棘や発光体が目立つとても醜悪な姿だったという。
カオスヘッダーの最後の形態は、棘や発光体が目立つとても醜悪な姿だったという。
されどその二つは似ても似つかない醜悪なバケモノだったという。
これはまさしく、その二つを混ぜたような姿。
一般人が"自分が想像できる最も恐ろしい怪獣"と、"自分が想像できる最も気持ち悪い怪獣"を合わせても、ここまで醜悪な姿にはならないだろう。
グリーザは虚無。
カオスヘッダーは光。
なのに、その姿に感じるものは『邪悪』『闇』といった正反対のもの。
醜悪を極めたその怪獣に、竜児も勇者も息を呑む。
「この姿はまるで……まるで……」
その姿はまるで。
「
絵画に描かれるような、人間の悪性を一枚のデザインに仕上げた、創作の悪魔のようだった。
『来るぞ!』
ふっ、と怪獣の姿が消え、一瞬でフェニックスブレイブの前に現れる。
迎撃する巨人の拳と、虚無の拳が衝突した。
燃え上がる巨人の拳。
触れた者を消し去る虚無の拳。
二つが幾度となくぶつかり合い、両者の間で何かが生まれては消えていく。
膨大な"有"と、底知れない"無"。
想いすらも虚無へと還す悪夢の敵に、想いから無限の力を引き出す巨人。
無限の想いと無限の虚無のぶつかり合いが、両者にしのぎを削らせる。
「くっ……手強い!」
ソアッグ鉱石でこの怪獣の力は削られているはずだ。
なのに、それでもフェニックスブレイブとなお互角。
11体目の総エネルギー量は、やはり格が違う。
二体の超強力怪獣が互いの力を高め合わなくても、素材の力が十分に強いがために、規格外の力が発揮されてしまっているのだ。
竜児はそれに、弱き者達の高め合いで拮抗する。
「近接なら、アタシのサポートが映えるってもんだ!」
両の手に生やした光の剣を、銀の補助で巧みに振るう。
右の斧を振るように、銀と竜児で右の光の剣を振るう。
左の斧を振るように、銀と竜児で左の虹の剣を振るう。
二人で一緒に、輝きの二剣を振って怪獣を追い込んで行く。
オールエンドは、その輝きこそを恐れた。
恐れなどないはずだった。
何も恐れる必要は無いはずだった。
最強の一角たるこの怪獣は、恐れなど感じることもないはずだった。
されど、この怪獣の本能は。『虹の剣を操る者』を恐れている。
「とうらッ!」
オールエンドの胸をX字に切り、カウンターの破壊光線を双剣で受ける。
光線の圧力に押され、巨人の巨体が低重力の月の上を滑っていった。
怪獣の光線が途切れた後も、光線の圧力で腕が痺れている。
「ぐっ」
竜児は月の大地を踏み、ふと、
天の神に燃やされてしまい、今は灼熱の大地と四国しかなくなってしまった、多くのものが奪われた故郷を。
想いを胸の奥に押し込み、月の大地を踏みしめる。
「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ……か」
『え?』
「きっと、三百年ぶりなんだ。
こうして人間が、自分達の星の外にちゃんと踏み出せたのは。
人間が宇宙を冒険する権利を取り上げられてから……三百年が経っちゃった」
『……そうか』
「でもやっぱり、この星々を見上げる権利くらいは、返してほしいもんだよ」
竜児は、燃やされてしまった故郷を背景に立ち、怪獣に立ち向かう。
その向こうの天の神を睨む。
背負ったものは愛する故郷。奪われた星。そして、そこで戦って来た多くの者達。
「僕らの、青い星と一緒に」
ただ、勇者達はその地球を見て、ちょっと混乱していた。
「うわっ、地球真っ赤! 何アレ!?」
「え? ……えええええ!?」
「わ~」
「……後で僕か誰かがちゃんと説明するから、今は戦闘に集中して!」
竜児の声が、混乱と困惑で戦闘が継続できなくなる最悪を回避させる。
"後で説明するから"という言い草に真っ先に納得し、動き出してくれたのは、シンプルな思考の三ノ輪銀であった。
「まあいいか! 分かった、アタシは後で考えることにする!」
「ありがとう、三ノ輪さん!」
「アタシの方に合わせろよ!」
「うん!」
双剣を携え、不死鳥の勇者が突撃する。
対しオールエンドは、弾幕を張った。
放たれた光の弾丸は千か、万か。
目にも留まらぬ双剣の乱舞が、数千と言うレベルで光弾を切り落としていく。
それでも全ては切り落とせず、数百の光弾が巨人の体を打ちつけていく。
痛む体。通るダメージ。
されど、突撃する巨人の足は止まらない。
勇者は、根性だからだ。
「「 ―――三倍にして、返してやるっ! 」」
双剣が怪獣の胸を突き刺し、その胸部を貫通する。
虹の剣と光の剣が、強烈な『有』を『虚無』に叩き込み、無限の想いのエネルギーが底なしの虚無の守りを貫いていた。
"想い"という無であり有であるものの極限が、虚無を傷つける。
オールエンドも少しは痛みを感じたようで、飛ぶようにして後ろに退がった。
巨人の内で銀が横にどき、園子が竜児の横に並び立つ。
「ドラクマ君……リュウさん……」
「……乃木さん」
「いいんだよ」
「……」
「これでいいの。私の信じたドラクマ君は、きっとそういう人だったから」
「……勝とう。この結末を、敗北なんてもので終わらせないように!」
「うん! いっくよ~!」
オールエンドが、体を爆発させる。
カオスウルトラマンから取り込んだ、オールエンド流のメビュームダイナマイトだ。
爆発の膨大なエネルギーが竜児を襲い、星の表面に広がっていく。
星の外にまで突き抜けるエネルギー。
月の重力に引かれた爆発の衝撃の一部が、月の地表の半分以上をめくり上がらせるほどのエネルギー。
かわすことなどできようもないその爆発を、竜児が生み出した光の槍で、園子が防ぐ。
光の槍は巧みに動かされ、組み合わされ、爆風を防ぎ受け流す盾となった。
この時代の勇者の中で、盾となる武器を与えられたのは園子のみ。
彼女は"守る者"である。
たとえ、守れなかった何かがあったとしても。
彼女は歯を食いしばり、守り続ける。
そしてこの自爆の仕組みを本当によく知っている自爆のプロの竜児は、自爆の後に怪獣が再構築する地点を見切り、そこに一気に飛んだ。
怪獣が自爆後の再生を完了した瞬間、巨人の右手は怪獣の首を掴み、左手は怪獣の胸に当てられていた。
そして須美は、自分の中に残っていた満開の力のほとんどを、巨人の左手へと集める。
「撃って、リュウさん!」
「鷲尾さん!」
「……これで散華して、何を失ったとしても!
私は後悔しない……後悔するかもしれなくても……後悔は、しないから!」
「……分かった!」
須美が左手に力を集める。
彼女が常に使っている左手の弓が、光になっていく。
竜児が左手に力を集める。
二人の力が重なり、光の弓がウルティメイトブレスに装填される。
(君は、後悔しない。後悔する権利も、思い出す権利も、君は―――)
この満開で、須美の記憶は消える。
これを撃てば、須美は友達の記憶も失う。
鷲尾須美が鷲尾須美でなくなる最後の引き金は、竜児が引く。
そういう運命にあった。
過去の勇者達が満開をした原因が、未来の竜児が満開の情報を持ってきたことであるように。
罪悪感という名の楔が、竜児の心に一生消えない楔となって突き刺さる。
されど、それを知っても須美は竜児を恨みなどしないだろう。
須美は竜児を悪いとは言わない。
竜児のせいだとも言わない。
でも、また一緒に遊ぼう、とは言うだろう。
心重ねる二人は、そのくらいには互いのことを大切に思っていたから。
「「 オーバーアローレイ・シュトロームッ! 」」
心重ねて、満開の力を収束した光の弓を叩き込む。
怪獣の首を右手で掴んで、左手で叩き込む最大威力の零距離満開。
質量は無で破壊力は無限の想いの一撃が、オールエンドの胸を深くまで消し飛ばした。
「見たかっ! 私達の想いっ!」
満開の力のほとんどを解き放った須美が、運命のように記憶を失うまで、あと一分か二分。
何も事情を知らない銀が、叫んだ。
「アタシ達の根性、見せてやろうぜ、ウルトラマン!」
「ああ、僕もまだまだやれる! 見せるぜ、根性!」
「あとは封印の儀が成功してくれればいいんだけどね~」
敵が本気を出した虚無であるからか、封印の儀は遅々として進まない。
封印の儀に抵抗してくるバーテックスなど、初めてだ。
封印の儀さえ成功すれば、と竜児が思っている中、銀の"ウルトラマン"という呼びかけに、竜児の中に避難させられていた四百万人の内の一人が反応した。
(……ウルトラマン?)
一人、また一人と、『ウルトラマン』という聞き慣れない呼称に反応していく。
四百万人の人々は、皆夢見る心地で、今見ているものが夢であると思っていた。
自分が光に包まれていることも、自分が巨人と一つになっていることも、夢だと思っていた。
(ウルトラマンというのか)
誰もが夢の中にいるような精神状態で、光の中から、頑張って戦っている巨人を見ていた。
(ウルトラマン……)
(……ウルトラマン?)
(ウルトラ、マン……?)
四百万の皆の目が、光の向こうの巨人を見る。
(……光……)
その巨人と一つになっている、という確信だけが、胸にある。
(俺がウルトラマンだ)
(私もウルトラマンよ)
(僕も……ウルトラマンになってる)
巨人は怪獣に殴り掛かるが、拳は怪獣の防御に簡単に受け止められてしまう。
それを、結城友奈が巨人の内側から見ていた。
巨人がもう一度同じパンチをしようとしているのを見て、友奈は拳を握る。
(一緒に―――)
そして、巨人が右拳を突き出すと同時に、友奈も右拳を突き出した。
怪獣が先程と同じようにして受け止めようとして、何故か飛躍的に威力が上昇したパンチを受け止められず、拳を食らった怪獣が戸惑う。
「はぁっ!」
巨人が蹴り上げる。
友奈も同じように蹴り上げる。
周りの人も、同じように蹴り上げる。
またしてもオールエンドは、その一撃を防御しきれず、蹴り飛ばされる。
「せやっ!」
巨人が光の剣を振る。
友奈も同じように腕を振る。
風も、樹も、夏凜も、ヒロトも、ヒルカワも、皆で腕を振る。
信じられない力で振るわれた剣が、怪獣の顔面を切り裂いた。
「うらぁ!」
巨人が前蹴りを放つ。
『皆』が前蹴りを放つ。
想いは一つ。"皆で一緒に"。ゆえに、四百万の人達の力が上乗せされる。
虚無であるはずのオールエンドが、"想い"に蹴り飛ばされて吹っ飛んだ。
「なんだ、この感覚……」
「三ノ輪さん」
「皆が……同じ方を向いてる……」
「鷲尾さん」
「ワクワクするね~」
「乃木さん」
『人間は皆、自分自身の力で光になれるんだ。今も、昔も』
「メビウス」
異なるものが一つとなり、1+1+1が10にも、
それが、
今、彼らは、一つになり、支え合い、無限を超える高みにまで昇華されている。
「……手間取ったけど、封印の儀、完了! いつでも行けるわ、リュウさん!」
「ありがとう、鷲尾さん!」
今、彼らは『皆』を守るため、『皆』と共に戦っている。
「「「 はぁっ! 」」」
皆で一緒に、オールエンドの光線を防ぐ壁を張る。
「「「 せやっ! 」」」
皆で一緒に、怪獣の背後にまで飛ぶ。
「「「 うらぁ! 」」」
皆で一緒に、怪獣を思いっきり殴り飛ばす。
『『 見せてやる、僕らの勇気を! 』』
巨人は構えて、勇気を束ねた。
四国の全てを飲み込み、蹂躙した恐ろしい敵に、皆で一緒に立ち向かう。
その勇気を、七色の想いを、今ここに束ね力とする。
『『「「「 コスモミラクル光線ッ!!! 」」」』』
どんな怪獣であろうと、天の神であろうと恐れる、当たってしまえば敗北と死が確定される宇宙最強の破壊光線。
それが、御霊の露出したオールエンドの全身を飲み込んでいった。
「やったか!?」
銀がやったか、と言った、その瞬間。
「!?」
バーテックスは、この光線を恐れている。
当たれば死ぬ、ゆえに恐れている。
ダイダラクロノームは逃げて回避しようとし、オールエンドは空間を曲げて回避した。
そして今、オールエンド特有の存在の有無さえあやふやになる挙動にて、変わり身を立てて地面の中に回避していたのだ。
「こいつ……コスモミラクル光線を、空撃ちさせるためだけに!?」
忘れてはならない。
どんなに強力な怪獣同士を融合させ、最初から最強な存在が居ようと。
"つなぎ"に竜児の兄弟が使われているものは、しぶといのだ。
オールエンドはフェニックスブレイブを抱え、飛翔。
信じられない速度でかっ飛び、月から火星にまであっという間に移動してしまう。
先程までオールエンドを弱らせていたソアッグ鉱石の光も見えなくなり、オールエンドは先程までと比べれば、むしろ強くなってしまっていた。
「ここは……星の位置からして、火星か。僕らのソアッグ鉱石戦術を露骨に潰しに来るなんて」
「こういう流れでは大人しく負けとけよ! ロックじゃないな!」
「しぶとさは超一級品だね~」
「言ってる場合じゃないわ! 私達さっき結構な量のエネルギー使わされちゃったわよ!」
フェニックスブレイブのカラータイマーが、点滅を始める。
「形勢逆転、か……」
「大丈夫! 私達がついてるよ~!」
「まだ一分あるでしょう! 私達も余裕よ余裕!」
「追い詰められてからがアタシ達の根性の見せ所だろ!」
勇者達の励ましに、四百万の仲間の存在に、竜児は心奮わされる。
あと一分。
十分すぎる一分だった。
「メビウス、火星にソアッグ鉱石って無いのかな」
『無い、と思う。でもここは僕の知る太陽系に近い。なら、火星には"あれ"がある』
「?」
メビウスから知識を得て、竜児は密かにニッと笑った。
「……へへへ、そりゃ、面白い」
『正直なところ、僕にはそれを利用する良い方法は思いつかない。一種の賭けになるよ』
「それがあるのが分かれば十分。後は気合いでどうにかするよ!」
オールエンドが空に上った。
奴の御霊はまだ無傷。
虚無と邪悪の光を掲げ、『想い』無くば倒せない体を広げ、火星の空を覆い尽くす。
まるで、天より全てを滅ぼす神のように。
フェニックスブレイブが大地を踏みしめ、大地の中に膨大な炎を流し込んだ。
炎が大地の中で"何か"を巻き込み、その火勢を増していく。
出来上がった炎の大地の中心より、巨人は空の敵を見上げた。
まるで、大地の守護神たる荒ぶる神のように。
『火星にソアッグ鉱石はない。
あるのはアルミニウム原子3000個に対してクロム原子100個の割合で構成される特殊原子』
メビウスは知っている。
地球で"それ"を扱っている人間と関わったウルトラマンは、皆知っている。
火星の大地の中にあるもの。
かの有名なバルタン星人が嫌うもの、それは。
『その原子の名は―――スペシウム、という』
フェニックスブレイブが大地の中に炎を通し、土中に大量に埋蔵されていたスペシウムを巻き込んで、先の必殺光線と同じ威力を叩き出さんと、根性を振り絞る。
「リュウさん頑張れ! 勇者は根性!」
「勇者は……根性!」
「だけどなリュウさん! 根性ってのは別に、一人だけで出さなくたって良いんだ!」
「―――!」
巨人が構える。
男が。
女が。
子供が。
大人が。
老人が。
大赦が。
戦う者が。
戦えない者が。
優しい者が。
子供を守ろうとする者が、構える。
勇者の親達が、安芸が、未来の勇者達が構える。
過去に頑張っていた人達が、未来に頑張る人達が、構える。
いつかの未来にまた竜児と共に戦ってくれる人達が、構える。
そうして、竜児は"それ"を―――『みんな』で撃った。
『『「「「 スペシウム光線ッ!!! 」」」』』
光が伸びる。
大地から空へと放たれた光線を、空のオールエンドが光の体で受け止める。
だが、受け止められたのはほんの一瞬。
スペシウム光線は怪獣の光の体、その全てを貫通し、御霊を粉砕する。
オールエンドの体は、御霊の崩壊に続いてその全てが崩壊していった。
巨人の中の四百万人が、強烈な眠気に襲われ、瞳を閉じて行く。
これが最後だと、何故か皆が感じていた。
忘れてしまう、と皆が思っていた。
光の中で、皆の記憶が薄れていく。
たとえ、この気持ちを忘れても。
たとえ、この記憶を忘れても。
この想いだけは忘れたくない―――そう、想う。
そうして皆が、瞳を閉じた。
そうして皆が、全てを忘れた。
カオスヘッダーを素材としたオールエンドの侵食は、肉体と精神の両方を侵すものだった。
肉体、精神、共に感染という形で侵食し、変質させる。
竜児がオールエンドの中に突っ込み、人間だけを取り込んだことで、結果としてオールエンドは全ての人間から切除された。
が、感染時に与えられた負荷が消えてなくなったわけではない。
オールエンドの感染は、多くの人間の脳に障害を残した。
軽度なものでもこの数日のことは全て忘れており、重度なものではもう二度と目覚めないだろうと言われるほどに。
肉体の変質も重度のものは、オールエンドが切り離された後も醜い痕跡が残ってしまっていた。
これをある程度解決したのが、竜児と神樹である。
『どうぞ、神樹様』
竜児は四百万人の人の心を一つにした光を、神樹に還した。
これによりこの騒動で大幅に削られた神樹の寿命と力をある程度回復することに成功する。
『今も、未来も、ありがとうございます。これで傷を癒やして下さい』
回復した神樹は壊された街の修復、どうしようもない肉体変異の回復、精神や脳のダメージの修正を行った。
これにより、記憶が飛んだこと以外はこれまで通りの世界が戻ってくることとなった。
巨人が一般人に発見され、全てが終わるまでの戦いが数日。
逆に言えば、皆の記憶の喪失も数日分で、その程度ならなんとかなる。
大赦の情報操作でその数日を
閉ざされたこの世界は、神樹が望めば太陽の出る時間の操作すら容易で、日数を工作することなど難しくもないのだから。
「ふぅ」
それでも、全ては元には戻らなかった。
園子は体が弱くなり、目は見えないまま。
銀は片目の視力と、もう一つ何かを散華で失った。
戦いが終わって、足の動かない須美は記憶を失い、眠り続けている。
二人の竜児の失ったものなど、目を覆いたくなるほどのものがある。
そして今、犬吠埼姉妹の両親が、神樹でも治しきれないほどの脳障害を抱えて、病院に搬送されてきた。
「……ああ、これで、そうなったのか」
神樹の寿命は尽きかけている。
竜児が光を注いだことで持ち直したが、今回の事件で力尽きていてもおかしくはなかった。
神樹は万能の存在ではない。
救える人数にも、救える程度にも限界はある。
今回神樹が四国全域に与えた治癒の恵みでは、犬吠埼姉妹の両親を目覚めさせるには、至らなかったのだ。
神樹にも随分と負荷がかかった。
これ以後の時代で、神樹は思うように動けなくなるかもしれない。
動いてくれたとしても、そこに相当な無茶がかかってしまうだろう。
「……」
竜児は病院で、眠ったままの須美を見つめて目を閉じる。
彼女が次に目覚めた時、彼女は全てを忘れているはずだ。
友のことも、勇者のことも、竜児のことも、この戦いのことも、全部。
(僕が選んだんだ)
竜児は、自分が選んだのだと考えていた。
皆が死ぬ結末か、皆が地獄を生きる結末かを選ぶ選択で、皆が地獄に行く結末を選んだのだと。 彼女らの未来の苦難は、竜児が選択した。
竜児が諦めなかったから、未来はこうなった。
天の神は過去改変が可能な怪獣を送り込んだ。
竜児は過去改変を阻止した。
ダイダラクロノームは過去で竜児を殺すことも、過去の改変も行えなかった。
オールエンドは過去にて人類を滅ぼせという天の神の指令を、何も達成できなかった。
熊谷竜児は、
ひっくり返らなかった運命は、竜児が来たあの未来へと繋がる。
「ごめんな」
竜児は、ガラスの向こうの須美に謝る。
「本当は、過去を変えてでも、少しでも幸福な未来に連れて行きたかったんだけど……ごめんね」
何も変わらなかった。
運命はひっくり返らない。ひっくり返させない。
ゆえにこそ、多くの命と多くの幸福、そして世界の平和は守られたのだった。
「リュウさん」
「リュウさん~」
「三ノ輪さん、乃木さん」
そこに、銀と園子もやって来る。
須美の見舞いに来た三人が揃っても、記憶を失った須美は目覚めない。
三人揃って、悲しげな目で須美を見ている。
何も見えていないはずの園子の目に映る須美は、とても痛々しく見えた。
「僕はもう帰るよ。僕の時代に」
「……マジだったんだな、安芸先生に聞いたリュウさんの身の上の話」
「うん」
事ここに至って、隠せる真実などありはしなかった。
既知の満開のデメリットに加え、四国結界の外の真実。
竜児が未来の人間で、過去の竜児が多くのものを捧げてしまったこと。
更には須美が記憶を失ったであろうこと。
銀と園子にとっては、どれもこれも重すぎる。
記憶の喪失で二人の友達が消えてしまったという事実が、特に重い。
「残酷なこと、色々突きつけちゃって、ごめん」
「謝らなくていいんだよ~」
園子の表情なんて、もう見ていられない。
「ただ、悲しいだけだから~……」
「……」
「……」
竜児は園子の顔も、銀の顔も、真っ直ぐに見られない。
そして銀ですら目を逸らしてしまうほどに、園子の顔は見ていて辛かった。
心がそのまま、顔に浮かべられているようで。
「……リュウさん、ちゃんと帰れるのか?」
「帰れるみたいだ。神樹様が『道』を作ってくれるんだって」
「へぇ、神樹様が」
「各時代から神樹様の中に繋がる道を作るのは楽なんだってさ。
僕はその道を、自然な時の流れに沿って、巨人の力で元の時代に戻ることになる」
銀が別の話を振って、竜児が乗る。
神樹の中の時間の経路を通り、竜児は元の時代に帰ることになるだろう。
銀は未来に帰る竜児を前にして、頭を下げた。
「悪い、アタシはここまでなんだ。
未来でリュウさんを助けてやることはできそうにない」
「え?」
「最後の散華で"勇者の能力"とか捧げちゃったみたいでさ」
「!」
「具体的に言えば、勇者の力を使う肉体部分、とかになるんだろうけど。
アタシはここでリタイアだ。アタシの端末は、他の誰かの手に渡るらしい」
「……そっか」
これが、未来で竜児が彼女と出会わなかった理由。
勇者三好夏凜が生まれた理由。
銀はもう、勇者としては戦えない。
勇者としての能力という、一番捧げてはならないような、捧げても一番問題の無さそうな、そんな部分を捧げてしまっていた。
この部分を二回目にして捧げた彼女は、普通の少女としての最適解を引き当てたと言える。
逆に、33回を超えてもこの部分を捧げなかった園子は、他の誰よりも勇者としての最適解を引き続けた少女であると言えた。
そんな園子が、元の時代に帰ろうとする竜児に、声をかける。
「リュウさん……」
「……僕は、リュウさんだけどさ。ドラクマ君でもあるんだ」
「……違うよ。同じだけど違くて、違うけど同じで……」
「その辺は乃木さんに任せる。
僕のことは、きっと僕よりも分かってくれるだろうから」
竜児は彼女らに背を向ける。
「お別れじゃないからさ。しんみりせず、軽く済ませて、また会おう」
須美に、銀に、園子に、何の別れも言わず、神樹へ向かって歩いて行く。
「僕らが守った未来で、また会おう」
「……ああ」
「うん」
未来の竜児は、未来に帰った。
東郷美森は、中学一年生の時から、彼と同じクラスだった。
特に印象に残ったことはない。
最初のクラス皆の自己紹介と挨拶で、名前を覚えた、その程度の関係だった。
クラスメイトが出席番号順に席を立ち、名前を名乗って簡単な自己紹介を加えていく。
「熊谷竜児です。小学生の時はサッカーもやってました。よろしくお願いします」
名前を覚えているだけの、クラスメイトなだけの、赤の他人。
「東郷美森です。
こんな足なので、皆さんに迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
自分の名前も覚えられてはいないだろう、程度の認識だった。
これからどんな中学校生活が始まるんだろう、と東郷はワクワクし、友奈に車椅子を押してもらって家に帰る。
明日は何があるんだろう。
どんな部活に入ろうかな。
中学校ではどんなことが起きるんだろう。
そんなことを考えて、東郷は学校のプリントを見て、首をかしげる。
プリントが何故か、濡れていた。
外を見れば、雨なんて気配もない青空だ。
ここ数日も降っていないので、雨という線はまずない。
植物の結露か?
通学路のどこかで水が漏れている場所があるのか?
東郷はあらゆる可能性を考え、顎に手を当て、そして気付く。
頬が濡れていた。
頬を伝い、顎にまで届く透明な雫があった。
「え?」
プリントに、ぽたりとまた雫が落ちる。
「なんで私……泣いてるの?」
東郷には、何故自分が泣いているのか、まるで分からなかった。
何故かは分からない。何に何を感じているのかも分からない。彼女には、記憶が無いから。
時は流れて、東郷と竜児は記憶を取り戻さないまま共闘し、東郷の中でわけの分からない何かが膨らんでいき、運命の11月がやって来る。
「作戦名:レストア・メモリーズ!
東郷さんの記憶を取り戻すための実験を、二週間後に始めたいと思います!」
ダイダラクロノームの襲撃前に、竜児はとうとう、東郷の記憶を取り戻す手段を作り上げた。
後に、自分の記憶さえも生贄に捧げるようになるシステムを。
「記憶がなくても、私、幸せだったわ。
でも、何かが違った。気付いてしまったら、無視できなくなった。
手の平から無色の何かが、こぼれていくような……
忘れてはいけないのに、もう忘れてしまったような……
そんな、想いがあったの。
人の頭から記憶が失われても……人の心に残る想いは、あるのかもしれないわ」
東郷は本当に、その想いが何なのか分かっていなかった。
なにせ彼女は、その想いをかき立てているのが竜児であるという認識すら、持ってはいなかったのだから。
東郷と竜児の双方が記憶を失っているがために、二人はとことん噛み合わない。
そして、竜児がダイダラクロノームの時間移動に巻き込まれ行方不明となり、数日が経った頃、竜児はひょっこり帰って来た。
そりゃもう、てんやわんやである。
怒る者、喜ぶ者、泣き出す者とてんやわんや。
夏凜に至っては、竜児の性格や幸運の低さを考慮してか、あるいはただの直感か、竜児を速攻で強引に医者に見せるという暴走っぷりを見せていた。
―――皮肉にも、それが最悪の最適解となる行動だったとも知らずに。
「東郷! リュージ見なかった!?」
「え? どうしたの夏凛ちゃん」
「今医者がとんでもないこと言ってたのよ!
リュージがあと一ヶ月しか生きられないって! もう来年は迎えられないって!」
「―――え?」
「だから探してんのよ、あいつを! 勇者部の皆で!
本当なわけないけど……本当なわけないけど! でも、もし、本当だったら……!」
運命は帰結する。
結末は確定する。
竜児は分かっていてやった。無茶も、無理も、奇跡の行使も。
だから全ては、選んだ行動の結果が返って来たというだけの、当然の結末である。
「悪いけど、東郷も探して!」
「う、うん!」
車椅子の東郷の行動範囲は広くない。
下手に動き回れば病院の階段からも落ちかねない。
されど東郷は、彼を心配する一心で、病院の中を走り回った。
(一体どこに……!)
やがて、東郷が竜児を発見する。
竜児は特殊そうな医療器具のプログラムを、端末でちょいちょいと弄くり回していた。
「見つけた!」
「あ、東郷さん。ちょうどいいところに来た。今、探しに行こうとしてたんだよ」
「え? いや、そうじゃなくて、どういうことなの!? 今、夏凜ちゃんが……」
「まあまあ、その話は置いておいて」
「置いておけるわけないじゃない!
私がそんな話を置いておけるほど、あなたをどうでもいいと考えてるとでも思ってるの!?」
竜児がちょっと嬉しそうに、複雑な表情で苦笑した。
「ほらほら、これが東郷さんの記憶を戻す装置だよ。
具体的には、脳の神経パルスがちゃんと通るよう調整する装置だけど」
「え!? これが!?」
「せっかく装置調整したんだから、ささっと記憶戻しちゃわない?
東郷さんの記憶を戻してからなら、ゆっくりお説教も聞くからさ」
「……私はお説教がしたいんじゃないの。
事情を聞いて、あなたに何があったかを知りたいのよ、まったくもう」
東郷は竜児を心配しつつ、竜児から話を聞くため、それ以外のことをさっさと終わらせるべく、竜児が差し出した大仰なヘッドセットを頭に付ける。
夏凜から聞いた話のせいで、東郷は焦っていた。
手早く竜児から話を聞けるなら、自分が記憶を戻すことくらい、ついでにさっさとやってしまおうと、そう思ってしまうくらいに。
東郷はヘッドセットを頭に付けた後、機械を操作する竜児の片手をガッチリと掴む。
車椅子を普段使っている東郷の握力は凄まじく、竜児を絶対に逃がさない、必ず話を聞く、という鋼鉄の意志が見て取れた。
「逃さないわ。記憶が戻ったら、すぐに話を聞かせてもらうわよ」
「……おおう」
ヘッドセットが動き出し、東郷の記憶の復活が始まっても、東郷は竜児の手を握ったまま離さなかった。
想い出の中で、須美は弓を構えていた。
勇者の衣装を纏い、須美は的を狙って弓を引く。
放たれた矢が、的の真ん中を撃ち抜いた。
威力を調整した矢を、須美は何度も撃っていく。
数回。数十回。数百回。何度も何度も、的の真ん中を狙って撃っていく。
そんな中、竜児はボロボロになった的を交換していった。
須美が穴だらけにした的を交換し、交換する的がなくなれば補充していく。
須美が肩で息をしながらも頑張って、ずっと弓矢の練習をしているのを見ると、竜児は誇らしそうな目で須美を見るのだ。
俺の友達は努力家なんだぞ、と言わんばかりに。
その目が、須美は嫌いではなかった。
休憩にしよう、と須美が思って振り返るとその度に、いつもそこに良いタイミングでタオルと飲み物が置いてあるものだから、須美はちょっと笑ってしまった。
朝から始まった自主練で、須美はひたすら弓を撃つ。竜児はひたすらそれを手伝う。
昼になっても自主練は終わらず、竜児が差し入れた昼飯で一休み。
夜になっても矢を撃ち続け、竜児もそれに付き合い、夕飯代わりの間食に手を伸ばしてから大体二時間が経った頃に、ようやく須美は自主練に一区切りをつけた。
12時間以上の練習の間、須美は一度も手を抜かなかったし、竜児は須美以上に気を張り手を抜かなかった。
汗だくの須美が、竜児の渡したタオルと飲み物を受け取る。
「ありがとう。ここまで付き合ってくれて」
「勇者のサポートが俺の仕事だ。気にしないで」
「あなたと同じ大赦でも、ここまで付き合ってくれる人は他に居ないわよ」
須美は飲み物を品のある所作で飲む。
育ちの良さや教育の良さが垣間見えるが、これでいて本来の家格は勇者の中で一番低いというのが奇妙な話だ。
そう、須美にだけは、本来の家格というものがある。
「……私に、同情してる?」
「いきなり何さ、鷲尾さん」
「その……あなたは、最初から私に優しかった気がするから」
「そうかな」
「そうよ。リュウさんのことあんまり知らなかった時は、違和感を持たなかったけど。
もしかしたらリュウさんは……私の家のことで、最初から私に同情してたんじゃないかって」
「俺がそういうやつに見える?」
「見えるわ」
竜児は、否定しなかった。
「今は違うよ」
だが、今は違うという真実を告げる。
「頑張ってる君を、尊敬してるからだ。好感が持てるからだ。報われて欲しいと思ってるからだ」
その言葉に、嘘はない。
須美は椅子に座って足をブラブラさせて、夜空を見上げる。
竜児もその横に立ち、夜空を見上げる。
綺麗な星空だなぁ、と、二人の想いが一つになった。
「頑張ってもね、真面目すぎるとか、口うるさいとか、クラスじゃそんな感じに思われてるわ」
「そう思ってる人が居るっていうのは、否定しないよ」
「……」
「真面目な人っていうのは、大抵頑張ってる人のことだ。
サボりがちで努力せず、何もしない人のことを、真面目とは言わない」
「……え」
「他人がキチッと行動できるよう頑張る。
自分がちゃんとお役目を果たせるように頑張る。
クラスメイトがだらしないことしないように頑張る。
友達が不真面目な人間にならないよう頑張る。
いいことじゃないか。鷲尾さんの真面目さは、全部頑張り屋なところから出てるんだ」
「そう……かしら?」
「そうだよ。いいことじゃん」
この頃の熊谷竜児に、頭脳以外の能力は大してない。
戦う力もない。
だが、この頃から既に彼は、頑張る人の味方だった。
「だから俺はいつでも手伝うよ。
いつでも呼んでくれて構わない。
君の努力が報われることを願ってる。
頑張ってる人には、報われてほしいんだ」
その言葉を、須美は嬉しく思い、美しく思い、綺麗だと思った。
「あなたは、素敵ね」
須美が微笑み、竜児がその微笑みを見つめる。
「……俺、今の鷲尾さんの笑顔、結構好きかもしれない」
「なっ、何を言ってるのよ! 何を!」
「いや、本当良かったよ。幸せになってほしいなーって思っちゃう感じ」
竜児はただ、その微笑みに、報われてほしかったのだ。
東郷美森の記憶が、鷲尾須美の記憶が、一気に戻っていく。
友の記憶。
戦いの記憶。
日常の記憶。
嬉しかったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、辛かったこと。
竜児と笑ったこと、竜児と張り合ったこと、竜児と語り合ったこと、竜児と助け合ったこと。
何もかもが蘇り、東郷は車椅子の肘掛けを掴んだ。
―――普通のがいいかぁ……まあそうだと思ったけど。そっちも頑丈に作っておいたよ
車椅子の手触りが、友の言葉を蘇らせる。
(そうだ……私は、そう言って、後で彼にこう言った……)
―――私はあと十年はこれを使わせてもらうわ。約束する
(私、は。そう約束、して。今も……約束を……)
―――じゃあこっちは、あと数年……
―――いやもっと早く、君が満開で失った部分を補える足を作ってみせる。約束だ
(戻ったのは私の足じゃなくて、私の記憶だったけど……もしかして、彼は、あの時の約束を)
東郷の頭に、約束の言葉が蘇る。
―――必ず、君を助ける。約束だ
―――なら私は、あなたを守る。約束よ
(私を、助ける?
彼が私にした約束?
記憶が消えて……でも彼の中に想いが残って……彼は、ずっと私にした約束を―――)
熊谷竜児は、約束を守った。
東郷美森を助ける、満開の欠損は埋める、そんな約束を。
「―――あ」
そして、東郷美森は全てを思い出し―――もう何も思い出すことはない、熊谷竜児を見た。
「あ……」
東郷が握っていた竜児の手を離し、自らの頭を抱えて叫ぶ。
「ああああああああっ!!」
「東郷さん!?」
「なんで……なんで! 熊谷君は! リュウさんは! そんなにまでなって!」
今の東郷には分かる。
未来の竜児が過去の世界で、どれだけ"東郷美森"のために頑張ってくれたかも。
どれだけ頑張って"鷲尾須美"を守ろうとしてくれたかも。
過去の竜児が、どれほど重いものを支払って、"鷲尾須美"の未来を守ってくれたかも。
記憶を失ってからも、竜児がどれほど頑張ってくれていたかも。
何故、竜児の命が尽きているのかも。
全部分かってしまった東郷の瞳から、涙がこぼれる。
「どうして!」
「東郷さんがちゃんと幸せになれないと……
『僕』も『俺』も、後腐れなく幸せになれないからだよ」
「―――」
竜児はいつの時代でも、東郷美森に同じようなことを言う。
彼の中の理由は変わっていない。彼はずっとそう。ずっとそうなのだ。
過去を変えようとしたのも、過去で須美を守ったのも、自分の寿命を全て費やして後悔していないのも、彼の中の基本的なスタンスに由来する。
竜児は、ただ。
東郷が、須美が、未来に幸せに笑っていてくれれば、それで良かったのだ。
できれば皆がそうあってほしい、と欲張る気持ちもあって。
―――必ず、君を助ける。約束だ
東郷は、竜児のその想いを受け取った。
こんなにも強く、想われている。
それが、とても嬉しくて、酷く悲しくて、泣き叫びたくなるくらい暖かくて、死にたいくらいに苦しかった。
東郷が竜児にとって特別な人間の一人であることは、疑う余地などまったくない。
「僕は東郷さんの笑顔、結構好きなんだ。後悔なんて何もない」
「なんで……なんでぇっ……!」
「……今泣かせちゃったのは、ちょっと後悔してるけど」
寿命の喪失でもなく。
肉体の苦痛でもなく。
運命の残酷でもなく。
東郷の涙が、竜児を後悔させてしまう。そういうものだ。
メビウスが、メビウスブレスを通して穏やかに東郷へ語りかける。
『ミモリちゃん』
メビウスが出した、ほんの少しの助け舟。
『笑ってあげてほしい。
リュウジは君の笑顔のために頑張ってきたんだ。
酷なことを言っているのは分かってる。だけど、それでも、リュウジを……』
メビウスの言葉を聞き、東郷は目元を袖で拭く。
笑顔を作れるだろうか、と東郷は自分に問いかける。
私は普段どういう笑顔だったっけ、と自分に問いかける。
「んっ」
どんな笑顔が好かれたんだろう、と東郷は迷いに迷う。
けれども竜児のために頑張って、頑張って、泣き腫らした顔で、東郷は笑顔を作る。
頑張って、笑顔を作る。
「こう、かな」
だから笑顔は、竜児が好きだった笑顔の一つ、
それは
他人のために作った笑顔には、目には見えない優しさが宿っていた。
「うん、頑張った甲斐があった。今、とっても報われた」
運命は変わらず、命は尽きる。
だが、竜児に後悔はない。
その心の中に、絶望はない。
竜児は、東郷が幸せに生きていける日々の未来を守った。
熊谷竜児は、約束を守ったのだ。
「熊谷君……ううん、リュウさん。ただいま、それと、おかえり」
「鷲尾さんじゃない、東郷さん。ただいま、それと、おかえり」
熊谷竜児の手の中から、優しさと献身を贈り送ろう、東郷美森と鷲尾須美へ。
笑顔の君へ。
鷲尾須美の章のテーマソング『エガオノキミヘ』。聞いたことがない人は、ここまでの話を思い返しながら歌詞をちょっと見て、聴いてみてもらいたいです
この話や次の話を読んだ後に、前のエピソード読み返した時「誰も記憶に残っていないはずだけど、それでも、これは」って感じの感想が出たらいいなって
次の話で過去編最終話です
・第二殺一章:部長の妹より引用
>記憶。
>記憶の研究なんていうものをしているのは、竜児くらいしかいない。
>勇者の戦闘力の向上に、記憶の研究などというものが役に立つことはないからだ。
>それでも助けたい人がいた。
>特別親しい人ではないが、特別深く同情している、記憶を失っている少女がいた。
>竜児がしている記憶の研究は、趣味の枠を突破できない自己満足でしかない。
>"記憶を戻してやりたい"という自己満足でしかない。
>結果を出せない内は、自慰と何ら変わりないのだ。
>けれども、彼女を助けることを諦めてしまうことだけは、本当に嫌で。