時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第十一殺六章:笑顔の君へ

 竜児は未来からの端末を身分証明に使い、過去の大赦はそこから情報を引き出し、オールエンド討伐後に上層部のみが閲覧できる最重要機密とした。

 竜児は端末を持って未来に帰ってしまったため、この"その通りになるかも分からない未来"の情報を、大赦は非常に繊細に扱っていた。

 それも当然のことだろう。

 あの綱渡りを延々と繰り返すような戦いを知っていたなら、誰もが『下手に未来を変えることなんてできない』と思うのは当然のことだ。

 

 竜児を下手に粗末に扱えば、未来が変わって過去が滅びる。

 かといって丁重に扱いすぎても、未来が変わって過去が滅びる。

 大赦にできることは、出来る限り大赦の平常運転通りに竜児に接し、かつ竜児の経過を観察し、竜児のことを理解している者に細かな判断を任せることである。

 その役割を主に任されたのが、園子であった。

 

 園子が風に見せた、竜児が自分の本音を書き記した文書。

 あれの一部は、園子が得た"未来の竜児の端末の中にあった文書"である。

 過去の竜児から見れば未来の日記で、未来の竜児から見れば過去の日記で、この時点の園子からすれば預言書であり、未来の園子からすれば竜児の心の記録である。

 

 二年後まで、園子はそれらをあまり積極的には見なかった。

 未来が変更されてしまう可能性が非常に高かった、というのもある。

 だがそれ以上に、竜児が未来に抱く感情をその前に知ってしまうというのが嫌だった。

 彼の心を、そういう形では覗きたくなかったのだ。

 

 ……竜児が辛い目にあう未来を知ってしまったなら、それを自分が変えてしまうかもしれない、というちょっと園子らしい自己分析もあった。

 

「今思えば、背も伸びて、かっこいい中学生になってたんだなぁ」

 

 銀は勇者ではなくなった。

 須美も勇者ではなくなった。

 過去の竜児は戦えない。

 今、大赦が戦力として運用できるのは、神を引き当てた最強の勇者・乃木園子のみ。

 

 園子は今、人が戦わねばならない舞台に、一人ぼっちで立っている。

 その心細さはとてつもないものだろう。

 

 過去の天の神は未来から来たものを観測しなかった。

 ゆえに、未来は神に観測されず確定しない。

 ただしこの時代のバーテックス十二体は全てが撃破され、園子が『神』を引き当てたことで、戦いは一時的に中断された。

 神樹が下した神託によれば、再び戦いが始まるのは二年後とのこと。

 そこが、運命の決着点となるだろう。

 

「運命……運命かぁ」

 

 運命とは、どこにあるのだろうか。

 

「死ぬ運命にある人や、不幸になる運命の人も、いたりしたのかな……」

 

 運命をひっくり返し、幸福を絶望に変えようとする悪が居るのなら。

 それを更にひっくり返し、悪にひっくり返させないことで、幸福を守る善が居ても良い。

 

 園子に運命は分からない。

 でも、"その出会い"は偶然ではなく運命だったと、信じたかった。

 

 

 

 

 

 園子の目は精霊や勇者システムの補助があってようやく擬似的に見える、そんな状態だった。

 一人で歩くにはまだ不安が残る上、変身する気がないなら杖は手放せない。

 園子は乃木家のお嬢様なので、当然のようにお付きの者が用意された。

 が、園子は今、ただでさえ盲目ということで目立っている。

 大人が補助に付けば更に目立ってしまうだろう。

 学校での悪目立ちは大体の場合デメリットに直結する。

 

 とはいえ、補助がなければ園子は学校にまともに行くことすらできない、というのもまた事実。

 そこで名乗りを上げたのが、友人である銀だった。

 

「ごめんね、ミノさん~」

 

「いいってことよ」

 

「ミノさんには迷惑かけっぱなしで、申し訳ないよ~」

 

 園子は右手に杖を持ち、左手で銀の手を握り、横断歩道を渡っていく。

 銀は最大限に気を使い、園子が不安にならないよう、優しく手を引いていく。

 園子もまた、最大限に信頼できる友達に先導を任せており、欠片の不安も感じていないように見える。むしろ、どこか嬉しそうにすら見えた。

 それは、銀が生き残ってくれたことで、園子の日常が寂しい一人ぼっちのものにならなかったから……なのかもしれない。

 

「友達の目の代わりをしたいってのは悪いことか?」

 

「ううん、悪いことじゃないよ~」

 

「悪いことじゃないなら、否定される理由もやらない理由もないよな。そうだろ?」

 

「……うん」

 

 銀には雄々しさがある。

 それは女の子らしくない、という意味ではない。

 女の子らしさはあるが、それでもその上でカッコいいということだ。

 彼女も片目を失って辛いはずなのに、それでも他人に優しくできるのは、器が大きいからとしか言いようがない。

 

「あ、そこ段差あるから気を付けてな」

 

「うん……あ、ミノさん、ミノさん、あのね」

 

「ん?」

 

「さっきはごめんねって言っちゃったけど、やっぱりありがとうって言い直すね~」

 

「……ははっ、園子の言動はいつまで経っても読み切れないなあ」

 

 見えない目を閉じて、園子が微笑む。

 目が見えなくなっても全く揺らがず、何も変わっていないように見える園子の姿は、銀の目には『強い人間』であるように見えた。

 多くを失っても、銀と園子は、強く今日を生きている。

 皆、戦って守られたこの世界を生きている。

 

「あ」

 

 園子の手を引いていた銀が、急に立ち止まった。

 

「リュウさ……」

 

 名を呼びかけて、銀は慌てて口を塞ぐ。

 何も見えていない園子は、気付かないはずだった。

 銀が何も言わなければ気付けなかったはずだったのだ、

 道路の向かいから、竜児が歩いてくることを。

 

 銀のうっかりは責められない。

 それは、銀もまた、友を失った痛みから立ち直っていないということだから。

 竜児の名を呼びかけたのは、彼女の中にまだ竜児との友情が残っているからだ。

 園子を気遣って途中で止め口を塞いだ時、もうそれがないという現実を、彼女は必死に受け止めようとしていた。

 

 園子も立ち止まり、体を固くした。

 杖を握る手が汗ばんでいる。

 息が止まりそうな気がしていた。

 もしかしたらどこかで彼に会うかも、と前々から予想はしていたはずなのに、とても大きな緊張が園子の動きを止めてしまう。

 園子の耳が、竜児の足音を拾う。

 じゃり、じゃり、と靴が道路の上の砂を踏みつける音が聞こえた。

 

(ドラクマ君……)

 

 そして、足音は園子に近付いて来て。

 

 園子にも銀にも何も言わず、何の反応もせず、すれ違い、通り過ぎていった。

 

 その足音だけが、園子の耳に聞こえていた。

 

「―――」

 

 園子がぐっと、涙をこらえる。

 目が見えなくて良かったと、園子は思う。

 他人を見るような目で見られたら、それを自分の目で見てしまったら、きっとダメだっただろうから。

 

 目覚めた鷲尾須美に会わないことを、この時の園子は既に決めていたが、その決意を更に固いものとする。

 一人だけなら良い。

 一人だけに忘れられた対応をされても、頑張れば耐えられる。

 泣いてしまうかもしれないが、それでも一人なら耐えられる。

 でも、二人はダメだ。二人分にそういう顔をされては耐えられない。

 

 銀が居る。

 園子は一人ぼっちじゃない。

 だけど、四人が二人になった痛みは、心の芯が強い園子でも泣いてしまいそうなもので。友達思いな園子だからこそ、泣いてしまいそうな痛みだった。

 

「……あ」

 

 そんな中、銀が何かに気付く。

 目の見えない園子には気付けなかったことも、銀ならば気付ける。

 

「……マジか……本当に、最後の最後に希望を残すのは、得意だよな、リュウさん」

 

「え?」

 

「ははっ……ちくしょう、そういうことすんなよ。アタシの好感度稼ぎすぎだろ」

 

 竜児は銀にも園子にも反応しなかった。

 それは事実だ。

 竜児は全ての記憶を失い、それが取り戻されることはない。

 思い出されることはないのだ。

 

 だが、東郷美森はここから見て未来の時間で言った。

 記憶が消えても、残る想いはあるのかもしれない、と。

 

「眼鏡、かけてた」

 

「……ミノさん、それって」

 

「リュウさん目なんて悪くないし、アレ伊達で……

 安芸先生のことも、アタシ達のことも、すっかり忘れてるはずなのに……あはははっ!」

 

 目が悪い人なら、眼鏡をかけるのは当然のことだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「リュウさんは友情の証って言って、須美が大袈裟って言って……! あはははっ!」

 

 その眼鏡が、伊達の眼鏡だったからこそ、分かることもある。

 偽物の眼鏡だったからこそ、証明する事柄がある。

 安芸に憧れて欲しがっていた眼鏡を。

 友達に貰った眼鏡を。

 伊達の眼鏡を付ける意味など、記憶を失った今の竜児には本来無いはずなのだ。

 

 銀は見て理解した。

 園子は聞いて理解した。

 だってそこに、まだ友情の証があるのだから。

 

「リュウさん覚えてないけど……えぐっ、うっ、アタシ達、まだきっと、友達なんだよ……!」

 

「……うん。きっとそうだよ、ミノさん」

 

 銀が泣いて、園子が慰める。

 

 銀が先に泣いてなければ、園子が泣いていただろう。

 園子は涙をこらえて、銀の涙を手探りで拭う。

 

 本当に、女泣かせな少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 園子からその話を聞いた時、安芸の反応は薄かったという。

 園子は不思議に思ったが、もしも園子の目が見えていたならば、"反応が薄かった"なんて感想は絶対に持たなかっただろう。

 安芸はただ、声に感情を出さなかっただけだ。

 

 安芸は一人、竜児の現状を管理・再確認している。

 彼女は最後までオールエンドに取り込まれなかった、唯一の大人となった。

 勇者である銀と園子を除けば、正常な記憶を維持し、大赦に正確な報告書を提出できたのは、彼女だけだったのだ。

 

「熊谷竜児は転校処理。

 大赦の多くに偽装工作。

 記憶の欠落には代替記憶の挿入……」

 

 カタカタカタ、とパソコンに文字列を打ち込んでいく。

 

「熊谷竜児には記憶の喪失と、精神に軽度の崩壊が見られる。

 自我も不安定。

 ここに自然に情報の刷り込みを行う。

 自分の過去に違和感を持たないよう、彼の主観認識の改竄を行っていく」

 

 熊谷竜児の"処置"に関わる立場に、安芸は居た。

 

「熊谷竜児は既に転校処理済み。

 鷲尾須美……東郷美森に付ける。

 一般大赦職員へのカバーストーリーとして監視役の任を与える。

 熊谷竜児も通し東郷美森の監視も継続。

 熊谷竜児の現在の不安定すぎる精神の状態を考えれば、誘導により、十分に可能」

 

 安芸は、竜児の心を自由に調整しつつ、元の状態に戻すことも可能だろうと思っていた。

 そのくらいにはガタガタだった。

 そのくらいには多くのものを捧げていた。

 竜児にとって、捧げた記憶と想いはそれほどまでに重く大きかったのだ。

 

「ただし、十分にケアをすることが重要……と」

 

 熊谷竜児という者の心を形作る記憶の中で、人生の半分近い六年という時間を共に過ごした園子の記憶は、特に重い。

 今の竜児は、欠けた部分を埋めながら、本来の自分を取り戻そうとする過程にあった。

 安芸はその過程で、竜児が記憶の欠落から正常に立ち直れるように、丁寧に竜児のメンタルをケアする計画書を作っていた。

 こうして安芸がフォローし、なんとか復帰させた竜児が別の学校に通うようになり……やがて園子や銀とすれ違うようになる。

 

 ……優秀な三好春信辺りには、その内発覚するだろうと、安芸は思った。

 小学校時代の過去や友人のことをそっくり忘れてしまったのに、竜児は春信のことも、夏凜のことも忘れていなかった。

 それはまさに、奇跡、としか言いようがない。

 

 本物の絆なら消えないということはない。

 偽物の絆だから消えたなんてこともない。

 竜児に残った記憶も失った記憶も、全て本物の絆の記憶だ。

 ……それでも三好兄妹の記憶が残ったのは、やはり何らかの形で、彼らが竜児にとっての特別だったからなのだろう。

 

「いいことだわ。記憶を失った竜児君にも……あの二人は良くしてくれている」

 

 "日常"が救いであると言うならば、まさしくあの兄妹は竜児にとって救いだっただろう。

 これから竜児は、子供の頃から持っていた勤勉な性格に輪をかけて勉強しようとしていくことになる。

 頭の欠落を、心の欠落を埋めるように、飢えた獣の如く勉強に没頭し、その度に夏凜に頭を引っ叩かれて、そこそこまともにやっていけるようになる。

 夏凜の手を借り、道を選び、彼は新たな勇者達と繋がっていく。

 それも少し、未来の話だ。

 この戦いの終わりから、束の間の休憩を経て、新たな戦いが始まる頃の話。

 

 されどその戦いが始まるまでは、竜児には体と心を休める権利がある。

 

「……普通の人間はね。戦う力はいくらでも増やせても、心の強さには限界があるのよ」

 

 安芸には、未来の竜児の心の強さの限界が見えなかった。

 

「体の強さを、いつも心の強さで補って、補って、それで勝って……だけど」

 

 安芸先生には、竜児という生徒の心の限界は見えていた。

 

「心の強さに限界が見えない人の戦いは。

 心の強さに体が何度も追いつけなくなる人の戦いは。

 周りの、心の強さに限界がある人達の心を、削ってしまうのよ……」

 

 今は地獄を超えたところで、なのに二年後の地獄も見えている。

 安芸が目を閉じれば、その地獄の中で鍛え上げられてゆく、未来の竜児の姿が瞼の裏に見えるようだった。

 ……もしも、願いが叶うなら。

 戦ってほしくなかった。

 強くなどなってほしくはなかった。

 ズタボロになっても足を止めない"強い竜児"になんて……変わってほしくはなかったのだ。

 

「……今は、ゆっくりおやすみなさい。今のあなたに戦えなんて、誰も言わないから」

 

 それでも、竜児がそういう生き方を選ぶことなど、この世界では許されるはずもなく。

 

 時は流れる。

 

 

 

 

 

 ブラキウム・ザ・ワンの襲来と、竜児とメビウスの融合。

 その報告が上がった時、来るべき時が来たと戦慄した者が大赦に数名。その中には安芸の姿もあった。

 運命の時が来たのだ。

 ここから綱渡りを失敗すれば、過去と未来は諸共に崩壊する。

 過去改変を可能とするダイダラクロノームは、それほどまでに恐ろしい怪獣であった。

 まだあの時の時間遡行の影響は、無くなったとは言い難い。

 

 竜児が報告に来た時、顔を隠した大赦の面々の中に、安芸も居た。

 その時の竜児からすれば、自分の主張を通すためにリングに上がる気持ちだったのだろう。

 だがその時の安芸からすれば、竜児が処刑台に自ら上がっていくようにしか見えなかった。

 

「ウルトラマンは三分しか戦えません。

 戦力として評価はできますが、安定して運用するには難が残ります。

 あくまで予想になりますが……

 これから先敵側に耐久戦術を取られればあえなく負ける可能性が高いです。

 学習進化するバーテックス。そうなれば、自分とウルトラマンに先はありません」

 

「ふむ」

 

「勇者システムは安定して運用することが可能です。

 複数人での同時満開であれば、ウルトラマンの火力を超えることもあると考えます。

 で、あれば。

 ウルトラマンは勇者のための露払い、バーテックスの漸減を目標にし使うべきかと」

 

「成程」

 

「ウルトラマンの活動可能限界は三分。

 三分の経過、あるいは自分とウルトラマンの絶命をもって勇者を投入。

 理由は多々ありますが、自分はこうした形式にしていくのが良いと考えます」

 

 自分を先に戦わせろ、勇者は上手く行けば戦わせなくていい、と竜児の心が言っているように、安芸には聞こえた。

 

「精霊によって以前より効率よく安定して運用できるとはいえ、勇者は消耗品です。

 満開に至らせることで、人間のサイズのまま星を砕く力を発揮する有用な消耗品です」

 

 勇者を満開させるな、と竜児の心が言っているように、安芸には聞こえた。

 

「現在のシステムならば損耗率が抑えられるとはいえ、先に導入した勇者はどうでしょうか。

 鷲尾須美は記憶喪失で一時戦線離脱。

 乃木園子はいざという時にしか使えません。

 満開で身体機能を失い、怨恨から暴走する勇者が増えれば、リスクも加速度的に増します」

 

「一理はある」

 

 安芸はもう見ていられなかった。

 仮面の下で目を閉じる。

 何も知らない大赦の人間には、冷静に勇者と巨人の戦力を分析し、自分から最前線に立つ責任感溢れる少年にも見えるのだろう。

 だが、安芸にはそう見えなかった。

 痛々しかった。

 見ているだけで苦しかった。

 あまりにも、竜児が竜児としてあることを貫きすぎていて、発言を止めたい気持ちでいっぱいだった。

 

 竜児は記憶を失っても、何も変わっていなかったから。

 

「何より、勇者の運用は神樹様の消耗に直結します。

 ここは神樹様の消耗とは関係のない自分を運用すべきです。

 ウルトラマンを含めた戦闘処理の儀礼手順(プロトコル)をまず確立すべきかと」

 

「勝てるか? 三分で」

 

「勝ってみせます。

 そして、勝てなくてもいいのです。

 二年前を基準にすれば、追い返して時間稼ぎしてもいい。

 自分と戦ったバーテックスは消耗もするでしょう。

 僕が死んだ後に勇者を投入しても、勇者が有利な状態で戦闘が始まるだけです」

 

「それが貴殿の考えか」

 

 笑える話だ。

 当たり障りのない形で二年前の戦いのことを竜児に教え込んだのは、安芸だ。

 竜児は二年前の戦いの当事者であり、その当時のことを誰よりもよく知っているはずなのに、誰よりもそのことをよく知らず、そのことを引き合いに出している。

 

 全てを"忘れている"竜児と。

 多くを"知らない"大赦の面々と。

 記録で"知った"大赦の上層部と。

 全てを"覚えている"安芸。

 この瞬間、この場所は、奇妙な混沌に包まれていた。

 

「把握した、よきにはからうがよい。その旨下達しておこう」

 

「! ありがとうございます!」

 

 安芸は苦しんでいた。

 竜児が何かを言う度に、彼女は苦しんでいる。

 

「貴殿が監視をしている鷲尾須美はどうか?

 戦闘情報についても一定の報告はさせているはずだが」

 

「以前の鷲尾須美ほどの戦力は期待できません。

 特に足が動かないことによる機動力の低下は致命的だと考えます。

 満開の後遺症は大きく、戦力として運用し続けるのには疑問が残ります」

 

 記憶が失われても、少年の胸に残る想いが、痛々しい。

 

 何故こんな子供達があんな目に合わないといけないのか、自ら望んで地獄に望まなければならないのか、安芸には分からなかった。

 誰かに理由を説明されても、納得できる気がしなかった。

 安芸はまだ、竜児と須美が戦いとは無縁な教室で、わいわいと楽しそうに話していた姿を、覚えている。だから、辛かった。

 

「また、記憶の欠損のためか、日常生活における危機感も薄いと推察できました。

 大赦への叛意あらばすぐに自分が『処理』可能であると考えます。

 先日の報告書の通り、東郷美森本人は車椅子の中学生に過ぎません。

 表沙汰にせず処理するなら、僕一人で十分かと。

 これ以上の大赦の貴重な人員を、監視警戒に割くのが必要な人物には見えません」

 

「そうか。留意しておこう」

 

 安芸だけが。

 東郷美森(鷲尾須美)を守り、後ろに下げ、監視などさせず、健やかで幸せな日常を送らせようとするその想いに、竜児本人にすらその詳細が分かっていない想いに、気付いていた。

 消えない想いがそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去の竜児は、望んで自らを犠牲にした。

 過去の自分を燃やして得た光だからこそ、未来の自分の体に馴染む光となった。

 だが、もしも、別の道があったなら。

 過去の竜児は、そちらの道を死ぬ気で模索したはずだ。

 

 本当は、記憶を捧げたくなんてなかっただろう。

 ずっと覚えていたかったはずだ。

 友との記憶を。

 幸せな記憶を。

 約束の記憶を。

 どれもこれもが、竜児にとっての宝物だったはずなのだから。

 

 だけど、仕方ない。

 過去の竜児には、何の力も無かったのだから。

 力がないから、犠牲になる以外の方法では、何も守れなかった。

 戦える未来の自分を見て、竜児は嬉しく思い、安心し、託したのだろう。

 だがそれと同時に、戦えない自分を見て無力感も覚えたはずだ。

 

 ヒロトとヒルカワが、死に至った後。

 無力感に包まれる竜児が、泣き疲れてうわ言のように何かを言っていた。

 雨の中、竜児の意識は飛び、夢の中で何かを呟いている。

 

「僕が、あと少し、もう少し、何かできていれば……」

 

 その声に、メビウスが応え。

 

『君は万能でも、全能でもない。君が悪い、なんて言う人はいない』

 

 雨の中、園子がそれを見下ろしていた。

 

「だったら、誰が悪いんだよ。

 勇者は何も悪くないって知ってる。

 大赦だって最善を尽くしただけで失着はない。

 僕が……ウルトラマンが悪かったって、言ってよ……!

 僕が頑張れば、皆守れたって、言ってよ……! お願いだから……」

 

 園子が見下ろす中、竜児はうわ言のように何かを言い、それをメビウスが否定する。

 

『誰もそんなことは言わない。

 君は人間で、ウルトラマンだ。

 ウルトラマンは神じゃない。

 どんなに頑張ろうと、救えない命もあれば、届かない想いもある』

 

 リュウさんとドラクマ君は別だと、園子は過去に主張していた。

 自分を覚えていない彼を、同じに見ることができなかった。

 鷲尾須美と東郷美森は、どこか自然に同じ人間だと受け入れられたのに。

 何故か、二人の竜児を同一であると受け入れきれず、心のどこかに引っかかるものがあった。

 

『君は神じゃないんだ。君は頑張った。君は責められるべきじゃない』

 

「だけど……!」

 

 雨の中、竜児が泣いている。

 友達を守れず泣いている。

 その弱さが、園子に過去と未来の竜児を見つめ直させる。

 

(『リュウさん』は、強い人だったんだ。

 今思えば、未来から来たリュウさんは、とっても心が強い人だった。

 喪失があっても……自分以外の犠牲を嫌がっても……戦いをやめることはなかったから)

 

 少し未来の竜児は園子のことを覚えていなくて、そして園子の知っている竜児よりも、心が強くて勇気のある人だった。

 それが、園子の心に引っかかっていたものだった。

 だが中学二年生の竜児が、雨の中で泣いて弱さを見せている姿が、園子の中で二人の竜児のイメージを重ね合わせ、一つの形に統一させる。

 

(『ドラクマ君』は……友達を守れなかっただけで、こうなっちゃう人だった)

 

 彼らは、熊谷竜児なのだ。過去も未来も、(たが)いなく。

 

 『強さ』ではなく、『弱さ』が、園子にその事実を本当の意味で受け入れさせた。

 

 泣いている竜児に"助けたい"と思った園子の心が、園子にその一歩を踏み出させた。

 

「ダメだよ~。君は、君らしくでいいから、正しさを求めないと」

 

 どうしようもないくらいに、強い気持ちだった。

 

 今の竜児はかつての竜児ではないのに、どこも変わっていないような気がして、心赴くままに、心からの言葉を吐き出していた。

 

「押し付ける正しさじゃないよ~?

 誰かを不幸にしちゃう正しさじゃ、ダメだよ。

 間違った何かがあって、それで苦しんでいる人が居たら、ちゃんと助けられる正しさ」

 

 園子は彼に泣いていてほしくなかった。

 

「その人が悪くないのに、その人を責めるのは、悪いこと。だからしちゃダメ」

 

 彼に間違った道に進んでほしくなかった。

 

「ドラクマ君は悪くないんだよ?

 だから君は、君自身を責めちゃいけないの。

 悪くない人を責めることは、とーっても悪いことなんだから」

 

 どうか叶うなら、かつて自分が好きだった彼のままでいてほしかった。

 東郷美森が、そうであったように。

 自分が好きになれた彼の心が、彼が変わりゆく中でも、彼の心の中に残ってほしかった。

 

「貴方が、みんなに言ってあげなくちゃいけないんだよ、ウルトラマン。

 君は悪くない。君が苦しむ理由なんてない。だから、助けるんだ……って、ね」

 

 それは、時が流れても変わらない。

 

 コピーライトとリバースメビウスの一件でも、園子は力を貸しただけだった。

 

 園子もまた竜児の隠された出生の秘密に驚きながらも、自分もまた秘密を隠し、命をかけて竜児の希望を守ってみせた。

 コピーライトから竜児を守り戦い、園子はコピーライトの撤退にホッと息を吐く。

 

「後のこと、お願いしてもいいかな。ウルトラマン」

 

 戦って、戦って、戦って。

 血を吐きながらも、竜児を守れたことに後悔はない。

 

「僕はもう、ウルトラマンじゃない」

 

「違うよ。君がウルトラマンなんだよ。

 メビウスじゃなくて、あなたがウルトラマン。ちゃんと知ってるはずだよ」

 

「……違う。僕は、ウルトラマンになれないから、捨てられた失敗作なんだ」

 

「体がそうでも、あなたの心は誰よりもウルトラマンなんだよ。

 人間らしくないって意味じゃないよ?

 とっても大きくて、明るくて、暖かくて、優しいって意味だよ」

 

 園子は見えないはずの目で、竜児を見つめた。

 

「私、よく見える目があるから。ちゃんとあなたの心が見えるよ」

 

 瞼の裏には、竜児が最後に園子を助けた時の光景が焼き付いている。

 心の目は、竜児の心をちゃんと見ている。

 園子は竜児は立ち上がることを信じるまでもなく。

 竜児が立ち上がり、一回り大きく成長することを、"知っていた"。

 

「それじゃ、私、あなたを信じておやすみするね。その内お迎えが来るから」

 

「へ?」

 

「おやすみぃ~」

 

「……寝やがった」

 

 竜児を信用して、すやりすやりと園子は眠る。

 過去に、竜児であれば何もしないと信じて寝ていた時のように。

 そうして寝て、起きて、竜児のお守りを見る。

 

 "竜児が勇者に渡したお守り"の一つが、『体が悪いなら、きっと守ってくれる』という伝言と共に自分に渡されていたことに、園子はちょっと泣きそうになった。

 園子のお守りの色は紫。

 竜児が自分用にと残していて、園子に渡されたお守りの色は、虹の六色の最後の色。

 園子の勇者衣装と同じ、紫だった。

 

 偶然かもしれないし、そうでないのかもしれない。

 園子が考えても正解に辿り着くことはなく、竜児に聞けば"偶然だよ"以外の答えなど、返って来るわけもなかったから。

 

「……ドン底まで落ちても、私がちょっと血を吐いただけで、心配か……」

 

 園子は思う。

 記憶を捧げる前の竜児は、()()()()()()友達のことを想っていたのだろうかと。

 

 園子は、こんなにも強く想われていたということをちゃんと理解していなかった。

 想われていたことは分かっていた。

 友達として大切にされていることは分かっていた。

 けれど、ちゃんと理解できてはいなかった。

 理解できたのは、皮肉にも"ドラクマ君"が燃え尽きた後だった。

 

 失われた後にこそ、それがどれだけ大事であったかを理解できる。

 失った後にその価値を痛感する。

 残酷な世界は、そういう風にできていた。

 

「あなたは……また、立ち上がるんだね。そうなっても、みんなのために」

 

 園子が呟く。

 東郷が呟く。

 

 二人が同じ時に同じ言葉を呟いたのは、偶然などではなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 街を守るメビウスブレイブ。

 邪悪の巨人として戦うリバースメビウス。

 二人の巨人を見上げる人々の中に、巨人の記憶はない。

 誰もが巨人に見覚えがない。

 

 なのに、不思議なこともあるものだ。

 街のいたるところで、初めて見たはずの巨人を『ウルトラマン』と呼ぶ者が雨後の筍のように現れて、四国全域で皆が『ウルトラマン』と呼び始める、だなんて。

 

「ウルトラマン」

 

 誰かがそう呼べと言ったわけでもない。

 四国全域の様々な場所で、どこかの誰かが、勝手にその名を口にしただけだ。

 周りの人達が、その名を自然と受け入れただけだ。

 空を飛ぶメビウスを見ながら、皆がそう言った。

 

 黒いウルトラマンと赤いウルトラマンを見て、誰もが赤いウルトラマンを疑うことなく、赤いウルトラマンが守ってくれると信じていた。

 

「ウルトラマン」

 

 記憶は無い。想いは残る。ほんの少しでも、皆の心の中に。

 

「ウルトラマン」

 

 見上げる銀の手を引いて、鉄男が叫んだ。

 

 子供はあの日見た光の巨人のことを覚えていなくて、けれど子供の純粋な心に、光は残った。

 

「姉ちゃん! ウルトラマン!」

 

「ああ」

 

 銀はもう皆と一緒に戦う資格を持っていない。

 戦いを見守る資格もない。

 だから銀にとって、これは実に二年ぶりに見た、巨人に変身して戦う一人の友達の姿。

 とても、とても懐かしい、二年ぶりに見た巨人の光。

 何かを守ろうとする熊谷竜児(ともだち)の心の光だった。

 

 弟の手を握り、銀は空を見上げる。

 

「帰ってきたウルトラマンだ。二年ぶりに見たウルトラマンだ。来たぞ、我らの―――」

 

 おかえり、と銀は人知れず呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀は今、中学生ながら大赦の一員という、勇者を辞めても勇者の時のように大赦の組織系統の中に組み込まれた状態にあった。

 時間はちょっと巻き戻る。

 竜児が過去から未来に帰ってから、少し時間が経った頃の話しである。

 

「乃木の分家の分家?

 そこの名前をアタシが使うのはいいけど、何か面倒臭いな」

 

「『熊谷』だって三好の絶えた分家の一つだよ、確か~」

 

「へぇ、リュウさんもなのか」

 

「最低限の家格の箔付けを示す名前を使うだけだからね~」

 

 銀は園子の提案で、もう一つの名前と、偽名に付随する肩書きを得ようとしていた。

 

「乃木家が使っている人間、って立場の方が顔を隠してる時は動きやすいからね~」

 

「いいね、動きやすいのはいいことだ。服もそうだしな!」

 

「乃木の力は強くても、大赦の上層部が全部部下ってわけじゃないからね~。

 それに、大赦の意図が全部リュウさんに通っちゃうのは、怖いんだよ~」

 

「まあ……園子の懸念も分かる」

 

「『乃木の手の者』で。

 『大赦の上層部もよく知らない人』で。

 かつ『勇者も巨人も大切にしてくれる人』って居てくれたら、とっても良いよね~」

 

「乃木だけは架空の人物だと分かってる、架空の人物をでっち上げるんだな。

 よく調べりゃすぐ分かるが、大赦もすぐにはよく調べようだなんて思わない、と」

 

 園子は大赦を嫌ってはいない。だが、全く信用していない。

 "熊谷竜児を生贄に捧げて世界が平和になりました"という結末を迎えられるなら、喜んで生贄に捧げるだろうとも考えていた。

 だが実際に動くとなると、大赦内で英雄視も神聖視も危険視もされている『乃木園子』と『三ノ輪銀』は目立ちすぎる。

 

「暗躍したいんよ~」

 

「暗躍。いいね、暗躍」

 

 乃木の権力があれば、一人くらい怪しい人物はでっち上げられる。

 でっち上げた人間をこそこそ動かせば、盲目の園子は確かな情報源と手足を得たに等しく、いざという時大赦の愚行を引っくり返すこともできるかもしれない。

 ある意味、スパイや工作員のようなものか。

 銀は園子の思想と意見に同調し、彼女の目であり手足である者となり、これまでの自分に加えてもう一つ、乃木の走狗としての自分も持つことを決めた。

 

 銀はそうして、神世紀298年に仮面を被り、偽名を名乗り。

 

 時は流れ、神世紀300年11月、過去から帰って来た竜児の前で、夢星銀河が仮面を外した。

 

「な、な、な」

 

「よっす」

 

 竜児が何度も使っていた、貴重な資料が保存されている専用の施設の受付をやっていた夢星銀河さんの、正体とは。

 

「三ノ輪銀、銀、で夢星銀河。いやー割と楽しかったぞこれ」

 

「おまっ……お前っー!」

 

「リュウさんのお目当ての本、割と短時間に見つけられる場所にあったろ?

 いやー、弟達の散らかした玩具片付けてる内に、整理整頓も得意になったもんよ」

 

「お前ー!」

 

 分家である以上、名字は弄くれないので、こんな偽名に。

 

「リュウさんたびたびあの施設に来て書籍使って研究してたけどさあ。

 ずっと目の前にアタシが居たと知った気分はどうよ。いや、顔見れば分かるけど」

 

「君はなー!」

 

「ちょくちょくリュウさん見張ってたからなアタシ。

 状況読んで園子の手足になってデパートのロッカーに犬吠埼先輩に見せる紙仕込んだり。

 リュウさんと兄が接触しそうになったら園子に通報してガチンコに持ち込んだりとか」

 

「う……うわあああ……そういうことかぁ……!」

 

「目が見えない園子が、パシリも無しに外の動きに機敏に反応できるわけないじゃん?」

 

「……ずっと、守られてたのか」

 

「それはアタシの台詞でもあるんだよ、ウルトラマン」

 

 竜児が気付いていなかっただけで、最初から竜児の周りには、色んな想いが満ちていた。

 

「とりあえず、久しぶりじゃないけど、久しぶり。リュウさん」

 

「ああ、久しぶり」

 

 その"久しぶり"には、ありったけの想いが込められていて、ずっしりとした重みがあった。

 

「アタシはどう対応すりゃいいのかな。

 同い年だったし、年上でもあった。

 でも今は紛れもなく同い年で、年上だったその人なんだ」

 

「……そういえばそうなるのか」

 

「ま、細かいことはいいか!

 どうせ同い年にまた戻ったんだしさ!」

 

「相変わらずノリが爽快だなあ、三ノ輪さんは」

 

「あ、そうだ。再会祝いにまたあの家庭科の時のうどんみたいなの作ってよ。

 アタシ結構アレ好きだったんだけど、レシピ聞いてなかったから作れなかったんだ」

 

「え?」

 

「―――」

 

 銀が当然のように話題に出して、竜児がその言葉の意味を理解できなくて。

 竜児も認識できないような一瞬に、銀が想いを噛み潰す。

 噛み潰された想いは、竜児に察される前にどこかに行った。

 

「あ、ごめん、勘違いだったわ。それは違うやつの作ったうどんだった」

 

「……あ、ああ、勘違いか」

 

「アタシもテンション上がってんなー。うっかりうっかり」

 

 東郷の記憶は戻る。

 竜児の記憶は戻らない。

 ただ、それだけの話。

 

「あ、そうだ。三ノ輪さん。明日の昼空いてる?」

 

「空いてるけど、それがどうかした?」

 

「祝勝会やろうよ。二年前やれなかったやつ。東郷さんの記憶も戻ったからさ」

 

「……! 須美の記憶が戻ったから、か。リュウさんはそういうところ、ホントもうさあ」

 

「僕の記憶は戻らないもので本当申し訳ない。

 記憶失った僕より、忘れられた君達の方が辛いってのは分かってるんだけど」

 

「そうじゃなくて」

 

「……?」

 

「アタシの記憶が吹っ飛んでも……

 リュウさんはアタシの記憶を取り戻すのに、真っ直ぐに走ってくれるんだろうな、って」

 

「え、そりゃそうだよ」

 

「リュウさんと話してると、ほんっとうに実感するよ。

 "そういうの"を目標にして、本気でそこまで走ってくれるんだな、って」

 

 銀は気付いている。

 自分が視力を失った片目を、竜児が何度も見ていることに。

 銀は、竜児が"この目も必ず治さないと"と思いながら自分を見ているのだろう、と思った。

 そしてそれは、一字一句違わず大正解であった。

 

 友達の目は誤魔化せない、のである。銀には友達を見る目があった。

 

 

 

 

 

 竜児、東郷、園子、銀、安芸。

 竜児が自宅に皆を招き、竜児の作った食べ物やお菓子の並ぶ祝勝会が始まった。

 "二年前の竜児"こそ居ないが、それを除けば全員が揃った、二年遅れの祝勝会だった。

 

「勇者部の皆が怖いけど祝勝会、かんぱーい!」

 

「わ~、ドラクマ君の現実逃避だ~」

 

「現役勇者部の私がいるのによくやるわ」

 

 竜児はまだ勇者部の皆の納得を得られていない。

 皆の納得を得られる理屈を得られていない。

 というか、ここに揃ったメンバーにも寿命残り一ヶ月ということを知られ、ちょっと責めるような、心配するような、悲しそうな感情の込もった目で見られている。

 明るいのは竜児だけだ。

 むしろ、何故当人だけが明るいのか分からないくらい、竜児の様子は明るかった。

 

「……愚問だと思うけど、辛くないの? リュウさん」

 

 東郷が竜児に問いかける。

 

「僕より、僕に忘れられた人達の方が辛いと思ってる」

 

「それは……」

 

「……あの過去から帰って来てから、よく分からない寂しさみたいなのはあるよ。

 これが多分、僕から失われた欠落なんだろうね。

 寂しいというか、悲しいというか、胸の欠けた部分が何なのか分かった、みたいな」

 

「だったら!」

 

「僕が辛気臭い顔してたら、まるで頑張ってした人助けが貧乏くじみたいじゃないか」

 

「―――!」

 

「少なくとも僕は後悔してないし、どこか誇らしい気持ちもある」

 

 竜児は笑う。

 こんなにも、後ろ向きな気持ちから遠い人間はそう居ない。

 こんなにも、うつむくことから縁遠い人間もそう居ない。

 

 竜児が絶望的な顔をしていたら、彼の周りの人間も彼につられて、同じように絶望的な顔をしていたに違いない。

 けれど竜児が明るく笑っているから、周りの顔もちょっとは明るくなっている。

 雰囲気も少し明るくなっている。

 星明りのように、竜児は周りを照らしていた。

 

「人助けした人が、その後に絶望して後悔してたら気分が悪い。でもさ。

 人助けして一苦労した人が楽しそうに笑ってたら、それだけで良さそうに見えない?」

 

「個性的な考え方だね~」

 

「人は笑顔に心の光を見るもんだ。

 皆の心が暗い気持ちに包まれた時は、誰も笑ってないだろうしね」

 

 皆に笑っていてほしいから、竜児は率先して笑っていくのだ。

 

「僕が何も後悔せず、前を向いて笑って、何も諦めない限り。きっと良い未来はあるよ」

 

 そう信じてる、と竜児は言い切った。

 

 揺るぎない、光の心。一度放たれれば真っ直ぐに飛ぶ、光のような真っ直ぐな心。

 

「まあそれはそれとして僕も死ぬのは嫌だから自分を延命する研究始めたけどね」

 

「……おお!」

 

「まずはクリスマスが目標かな。

 そこまで生き抜いて、次に年越し、もっと先も目指して延命法探していくよ」

 

「頑張れ~!」

 

「うん、頑張る」

 

 熊谷竜児は、何も諦めてはいないのだ。

 諦めなければ、まだ何も終わってはいない。

 どんなに残された時間が少なくとも、その時間であがく権利が彼にはある。

 

 竜児は皆の前に、お手製のうどんを並べて出した。

 

「お祝いうどん『紅福』の、海老天年明けうどん風味です」

 

 赤白の麺。

 オーソドックスな讃岐うどんの出汁。

 そして上にデンと乗せられた海老天。

 麺の上に見えるネギや大根おろしは、アクセントだろう。

 

「おー、紅白のうどんだ」

 

「味はそんな変わらないよ、三ノ輪さん。

 いわゆるめでたい時のお祝いうどん、ってやつだね。

 結婚・出産・長寿・入学卒業祝なんかで使われるうどんのアレンジだ」

 

「へー」

 

 麺はお祝いうどんというジャンルのうどん。

 更にはさぬきうどん振興協議会が旧世紀の西暦2009年に始めたとされる、年明けを祝う縁起物のうどんを参考にしたシンプルな構図。

 熱々の海老の天ぷらはうどんの出汁に近い下味がつけられており、そのまま食べてもよく、汁に漬けてもよく、うどんと一緒に食べても絶品だった。

 

「美味しい~」

 

「うん、私もこういうの好きだわ」

 

「喜んでもらえてよかったよ」

 

 園子や東郷の感想を聞き、二人の丼に新しい海老を乗せてやりつつ、竜児は安芸に話しかける。

 

「安芸先ぱ……あ、と、安芸先生」

 

「いいのよ。私を先生と見た記憶も、『安芸先生』と呼んだ記憶もないでしょう」

 

「……すみません」

 

「いいの」

 

 安芸はどこか、吹っ切れたような顔をしていた。

 二年。

 長いようで短いような、記憶を失った竜児が、今ここにいる竜児に至るまでの二年間。

 その二年を、安芸はずっと見守ってきた。

 今の竜児の生き方を安芸は信じ、全てを託したい気持ちになっていた。

 

 戦ってほしくない。傷付いてほしくない。その願いは、まだ安芸の内にある。

 けれど、その願いがどうしても叶わないのなら。

 せめて、この戦いを彼と勇者達が皆で生きて切り抜け、その先で幸せになることを願いたい。

 それが"何もできない大人"である安芸が決めた、たった一つのことだった。

 

「あなたに私が教えるべきことは、もうなさそうだから。私はもうあなたの先生ではないわ」

 

 それは、安芸が竜児を認める儀式。

 もう君は立派な人間だと、竜児を肯定してやる儀式。

 自分を安芸先生と呼ぶ必要なんてないのだと、竜児の心を軽くしようとする儀式。

 安芸が先生を辞め、竜児に生徒を辞めさせる、関係性の一区切りの儀式。

 

 ―――安芸が二年前にしてやれなかった、竜児の『卒業式』だった。

 

「あなたが立派に育ってくれたことが、とても嬉しい」

 

 安芸はその言葉に全ての想いと、想い出を込めた。

 すっとずっと、六年間、彼女は彼の先生だった。

 もう既に、燃えて消え失せた想い出だ。

 安芸は一方通行の想い出となったそれを、想い出の中にしかない関係を、切り離そうとする。

 

 けれど、竜児は、本当に頑固で。

 

「大人になったら、子供の頃に先生と呼んでた人をそう呼ばなくなる人なんて、いませんよ」

 

「……竜児君」

 

「大人になっても、僕にそう呼ばせて下さい。『安芸先生』」

 

 たとえ、想い出が失われたとしても。

 自分の中に渦巻くこの"想いの光"の元になった想い出を、無かったことになんかしない。

 

「……好きにしなさい」

 

 そこから、時にしみじみと、時にわいわいと、皆で語り合った。

 学校のこと。

 この二年のこと。

 友達のこと。

 毎日のこと。

 楽しかったこと。

 辛かったこと。

 頑張ったこと。

 成し遂げたこと。

 一人の先生と、四人の生徒で。

 ただひたすらに、笑い合って、語り合った。

 

「ちょっと飲み物買って来ます」

 

 竜児が飲み物が切れていることに気付き、部屋を出て行こうとする。

 

「私も行くんだぜ~。荷物持ち手伝うよ!」

 

「ちょっと待て、園子はちょっとアレだろ。アタシが行くよ」

 

「コンビニで食べるものを自分で選びたいんだぜ~」

 

「……あ、そういう?」

「流石ねそのっち」

 

 竜児は苦笑して、便乗の園子の申し出を受けた。

 竜児は盲目の園子を誘導し、自転車の荷台に乗せる。

 園子を連れて、自転車は力強く駆け出した。

 

「目が見えない状態で転んだら大怪我だよ。しっかり掴まって」

 

「は~い」

 

 園子がぎゅっと竜児に抱きつく。

 女の子らしいところは柔らかくて、けれどそれ以外は病的に肉付きが薄く、痩せていて。

 満開の代償である内臓の機能低下が、露骨に肉体に反映されていた。

 竜児の中で、気恥ずかしさよりも悲しみが勝る。

 彼女が皆のためにした無茶は、今も彼女を蝕んでいるのだ。

 

 ……けれども、それを治せば、今度こそ竜児の余命は完全に0になる。

 竜児は園子に触れるたび、今の自分の命を全て使い切り彼女を治したいという想いを、必死に抑えなければならなかった。

 

「へーい、コンビニ~!」

 

「面白いコンビニテンションだなぁ」

 

 コンビニに入って、枯渇した飲み物を買っていく二人。

 竜児が園子の手を引き、竜児が飲み物を選び、竜児が選んだ飲み物を園子がカゴの中に入れていく。

 

「これと、それと、あれと」

 

「あれと、それと、これと~」

 

 一通り飲み物を買い終えて、竜児はレジ横のヒーターの中のチキンに目をつけた。

 

「あとはファミチキ買って行こうか」

 

「わ! ファミチキだ~」

 

 園子が喜び、チキン一人分がビニール袋の中に収められる。

 

 勘の悪い人間なら、そこで何も気付かなかったかもしれない。

 だが、園子はそうではなかった。

 彼女は直観的な人間だったから。

 

「ドラクマ君、ファミチキ好きなの?」

 

「いや別に」

 

「わっしー、ミノさん、安芸先生、ファミチキ好きだっけ~?」

 

「特にそういう話も聞かないな」

 

「……じゃあなんで、一つだけ買ったの~?」

 

「―――え?」

 

 園子に言われて、竜児は初めて、自分が何の理由もなくチキンを買ったことに気付いたようだ。

 

「なんでだろう」

 

 なんで、と頭の中を探ったところで意味はない。

 理由はそこにないからだ。

 園子は、竜児が家庭科の時間に作ってくれた、赤鶏ゆずうどんを食べていた時の、竜児との会話を思い出す。

 

―――私がトリさんが好きだって話、覚えてくれてたんだね~

 

―――……偶然だよ

 

 覚えていてくれたんだね、と園子は言おうとした。

 けれど言わなかった。

 あの時の竜児は、きっと覚えていてくれたけど。

 今の竜児は、きっと覚えていないだろうから。

 

 二人はまた自転車に乗り、園子は荷台から竜児をぎゅっと抱きしめる。

 

「リュウさんも、ドラクマくんも、私を置いてっちゃうから、おこなんだよ~」

 

「ごめんね。それは本当に謝るしかない」

 

「私は追いかけてたのか、待ってたのか、分からなかったんだよ~」

 

「……そうだね。結局、僕は帰って来たのか、皆を迎えたんだか」

 

「……寂しかったよ」

 

「……ごめん」

 

 自転車が、竜児の自宅の前で止まる。

 

「私をもう、二度と置いて行かないでね」

 

「置いて行かないよ」

 

 竜児は手を伸ばす。笑顔の君へ。

 園子は微笑む。笑顔の君へ。

 笑顔の少年が、笑顔の少女の手を引いていく。

 置いていかないでと少女は願い、少年はその願いに応えた。

 こうして隣同士歩けるだけで、園子はなんだか嬉しくて、気持ちがはしゃいでしまう。

 こんな未来はもうないだろうと、あの過去にそう思っていたから。

 

「さ、行こう」

 

 二人が、家の中に入っていく。暖かな人の輪の中へ、入っていく。

 

 光の巨人は、少年の中で、未来を願った。

 

『君達が、いつまでも幸せな日々を送っていけたなら……僕はそれだけで、嬉しいよ』

 

 ウルトラマンメビウスは、彼らの末永い幸せと、未来の継続と、戦いも悲しみもない未来がやって来ることを、願っていた。

 

 

 




次でバーテックス12体目です。12体目、13体目は過去最大の試練になります
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