第十二殺一章:平穏の最後
竜児が納得できる理屈があっても、その理屈で他の人間が納得するとは限らない。
説得は両者が納得する理屈を見せなければならない。
なので、竜児は勇者部全員を納得させる道を、一つで良いから示さなければならなかった。
今竜児が困っているのは、彼が積み上げてきたもののせいだ。
竜児のことがどうでもいい相手になら、竜児の寿命が尽きかけていることを説明しようが、納得させることは容易だ。
だが竜児を大切に思っている人間が相手だと、途端に難度は跳ね上がる。
それっぽいことを言って、一時しのぎをすることはできるかもしれない。
だが、それだけだ。
何故なら竜児を大切に思っている人は、竜児の残り寿命と死の運命に、絶対に納得なんてできやしないからだ。
竜児は"僕は諦めないで延命の研究してる"というとりあえずの答えを持ってきた。
が、"そんな不確かな方法で!"と返されたらもう竜児には返す言葉はない。
竜児の作戦は"僕の死を受け入れてね"という主張ではなく、"諦めてないから悲しまないで"という主張を通すことだった。
「ほらほら処刑台に行くんだよ~」
「胸が痛い!」
「アタシが言うのもなんだが、笑って誤魔化すのも限界あると思うぞ」
園子と銀に連れられ、竜児は讃州中学勇者部の部室に向かっていた。
熊谷竜児のことを思って悲しそうな顔をする勇者の顔を想像しただけで、竜児の胸は痛む。ガンガン痛む。
この痛みに比べれば、西暦精霊使用中の内臓がドロドロに溶ける痛みの方が遥かにマシだと思えるほどだ。(個人の感想です)
思えば、竜児だけが平常時の精神状態で、勇者達だけがズーンと沈んでいるというパターンは、この時代では珍しい。
東郷が微笑み、からかうように竜児に声をかける。
「私が手でも引いてあげようか?」
「結構です」
「遠慮しなくてもいいのに」
「……東郷さん、なんか余裕持って僕に接するようになったね」
「なんでかしらね? 前より、リュウさんのことが分かるようになったからかしら」
「……そうですか」
「ちゃんと皆に言うのよ? 僕は延命のため頑張ります、って。
絶対に生き残ることを諦めません、って。そう皆に約束すれば大丈夫だから」
「うん」
「リュウさんは友達に約束したら絶対に守ろうとするから、いい戒めになるわ」
「……え!? そういうこと!?」
「絶対に生き残ることを諦めないって皆に約束……できるよね?」
「……はい」
東郷の念押しは、実に念入りだった。東郷の念が込もっているかのようですらある。
「須美……じゃなくて美森か。迫力出すようになったなあ」
「わっしーの念押し入ったし~?
後は私達もお手伝いしながら、リュウさんが自分を助ける手を見つけるだけなんだぜ~」
『ミモリちゃん、ギンちゃん、ソノコちゃん、安心してほしい。
僕もウルトラマンの端くれとして、リュウジを助ける名案を考えてきた』
「おお、ウルトラマンの頼れる一言だ~」
「メビウスにいい考えがある!」
『でもリュウジが友達と約束してくるべきだというのは同感だ。行ってらっしゃい』
「えっ」
竜児が一人、部室に入る。
部室の中の空気は最悪だった。
ここで、竜児が呼び出した皆の反応を個別に見てみよう。
例えば、犬吠埼風。
「その、さ……」
「はい」
「……あー、いや、なんかダメだわ。ごめん。言葉が出て来ない」
「すみません、心配かけて」
「あーやっぱ言うわ。言っちゃう。
心配かけたこと謝るんじゃなくて、無茶したことを謝れー!」
励まそうとして。
慰めようとして。
優しい言葉をかけようとして。
元気に声をかけようとして。
いつも通りに接しようとして。
風は結局何も言えなくて、頭を掻く。
そのくせ竜児が何か言うと、竜児の頭を掴んでぐわんぐわん揺らし始めた。
「えぐっ、ぐすっ」
「い、樹さん?」
「ううぅ……先輩っ……!」
「あ、あの、まず僕の話を聞いて」
樹は泣く。
竜児の寿命を最初に聞いた時もそうだったが、泣く。
樹の弱さはこういった他人のために泣けるところに見えるが、逆に樹の強さは満開で大切なものを失っても泣かないところに見て取れる。
そして竜児の弱さは、樹の涙を前にしてオタオタし始めるところに見て取れる。
「ま、まあまあ、風先輩も樹ちゃんも落ち着いて。
落ち着かないと、リュウくんも言いたいことが言えないよ」
感情むき出しの勇者と、話をしたい竜児が微妙に噛み合わず、話は遅々として進まなくて、友奈がたびたび間に入る。
なだめる友奈が会話を進めてくれるのだが、時折友奈も動きが止まる。
動きが止まって、悲しみを顔に出し、どこか遠くを見ている。
その停止はほんの短い時間であり、友奈を注意して見ていないと分からないような、謎の停止だった。
「……」
「ゆ、友奈?」
「あ……ご、ごめんね! 何の話だっけ?」
友奈が竜児を見て、時々悲しそうな顔で止まることに、理由の説明など要るだろうか。
自分の気持を押し込んで"いつもの自分"を演じがちな友奈が、どんな気持ちを押し込んで、いつも通りの自分でいようとしているかなんて、説明が必要だろうか。
それでも友奈は、自分の本音を語るでもなく、竜児が話しやすい状況を作ろうしていた。
竜児が友奈に謝り、謝っている竜児の肩を夏凜がガッシと掴んだ。
「いや、あの、ごめんね友奈……」
「ねえ私達が求めてるのって謝罪じゃなくて長生きだって本当に分かってんの?」
「うっ」
「……言いたいことあるならさっさと言いなさい。聞いてあげるから」
誠意は謝罪ではなく寿命で示さねばならない。
夏凜はぶっきらぼうな様子で感情を隠している。竜児にはそれがよく分かった。
かつ、夏凜は竜児の様子から、竜児がなにか建設的なことを言おうとしていることを、察しているようだった。
「実は―――」
竜児は、全員の情報量を均等にするため、全てを話した。
自分が記憶を失っていたが、先代勇者達と一緒に頑張っていたこと。
自分がその時代にタイムスリップしていたこと。
その時代の激闘のせいで――園子を治したから、とは誰にも言わず――過剰に消耗してしまい、命が尽きかけているということ。
そして、その削れた命を取り戻すべく、研究を始めたこと。
「僕は、自分の命をまだ諦めてない。まだここからだ」
竜児はこの主張が通るだろうか……と唾を飲み、竜児の懸念は全く何の問題もなく受け入れられる。拍子抜けするくらいあっさりと。
露骨に、皆がホッとした。
「いいじゃない、生き残ることを諦めない気持ち!」
「なんとか……なんとかなりますように……!」
犬吠埼の姉妹がホッとして、激励して、無事を祈っていた。
熊谷竜児なら、寿命のそういうあれこれを研究と開発でなんとかできるはずだ……という謎の信頼がそこにはあった。
勇者部の部室の外には、最近勇者部の玩具になりつつあるジープ型車椅子があった。
竜児が小学生時代に作ったと周知された代物である。
彼女らの手の中には勇者アプリがあった。
竜児が"この世界が小説だとしたらそれを弄ってる敵が居てそいつを倒さないといけない"と言ってアップデートしたシステム入りである。
そして、東郷が微笑んでいた。
竜児が散華の代償を打ち消した、その人が。
しからばこの反応も当然である。
実際の竜児は東郷の足代わりになるものを作るのにすら悪戦苦闘しているのだが、竜児が今まで積み上げてきた実績が、竜児の技術力をちょっと信頼させすぎていた。
友奈が竜児の手を握る。
「頑張ろう、リュウくん!
……違った! 多分私はあんまり役に立てないから、頑張ってリュウくん!」
「う、うん」
「私にできることならなんでもするから! 頑張って! 生き残ろう!」
先程までの友奈が、普段通りの自分を演じようとしていたことがよく分かる。
花咲くような明るい笑顔で、友奈は握った竜児の手をブンブンと上下させていた。
そして夏凜はただ一人、"こいつもしかして全然研究の目処立ってないんじゃない……?"と察していた。
ちょっと昔の、ある日のことだ。
当時小学一年生だった夏凜が、シュークリームを床に落として潰してしまい、夏凜が泣きそうになった時があった。
"僕に任せて"と竜児が言い、夏凜が期待して待つと、竜児がシュークリームをあっという間に元の形に直してくれた、ということがあった。
夏凜は中学生になってからその時の話を兄に聞いたが、その時の竜児は"僕に任せろ"と言いつつも、何も解決案を思いついていなかったのだという。
なので、普通にコンビニで同じのを買ってきたのだそうだ。
竜児は今、その時のような顔をしていた。
具体的に言うと、"具体的な解決策はまだ何も思いついてないぞ"といった風の顔。
「で、長生きの研究……目処は立ってんの?」
「んー……まだ草案段階だけど」
「そうあんだけにそーなんだ~」
「「「「 ん? 」」」」
勇者達が一斉にそちらを向く。何か、知らん奴が自然に会話に混ざっていた。
「今のはダジャレだよ~?」
「今の私達が言いたい台詞は『ダジャレ?』じゃなくて『誰じゃ』よ!」
「ん? この喋り方……」
夏凜が謎の侵入者に身構えて、風がこの特徴的な話し方にデジャブを覚える。
「先代勇者の三人です。これから協力して行けたらなーと思って、紹介に連れて来たんだ」
「好きなキャラはサンチョで、好きな食べものはうどんだよ~」
「凄い、この人自己紹介で名前より先に好きなものについて話し始めてる」
「流石ね、そのっち……」
「流石って言っていいのかアタシには分からないぞ」
「あ、東郷さんだ」
なし崩しに銀や東郷も入って来て、竜児は先代勇者に現役勇者を、現役勇者に先代勇者を紹介していく。
先代勇者も、現役勇者も、全体的にキャラが濃かった。
「凄い、乃木さん、目が見えないはずなのにまっすぐ歩いてリュウくんの隣に座った……」
「匂いで分かるんよ~」
「匂いで!? あれ、僕そんなに臭う……!?」
「ドラクマ君が手を引いてくれた時に、香水をシュッと袖にかけたんだよ~」
「香水!?」
「マーキング~」
「マーキング!?」
「目が見えない人が周りの位置情報を得る知恵なんだよ~」
「いや……何この……何? 竜児君」
「大丈夫です。乃木さんが考えてることは全く分かりませんが、悪いことは考えない人です」
そのため、加速度的に互いへの理解が進んでいく。
「へぇー、銀ちゃんの端末を夏凜ちゃんが受け継いだんだ」
「そういえば夏凜先輩も銀先輩も、名字に三が入ってますね」
「三と三が四国で交わる……33-4かな~?」
「楠さんが選ばれなかったのは名字に三が入ってなかったから……? いや何言ってんだ僕」
「「 いやいやいや 」」
勇者達の中でも希少な常にツッコミに回れる逸材である夏凜は、頭を抱えた。
「はぁ、疲れる……で、リュージ、あんたが自分を助ける研究の草案ってどうなってんの?」
「あ、うん。いくつか考えてきたよ」
竜児は端末を弄り、絵図を見せながら勇者達に研究の概略を説明し始めた。
「脳味噌を切り離してまずこのカプセルに入れて……」
「却下!」
友奈の却下。
「じゃあ脳の中の電子データをPCにコピーして、肉の体は廃棄して……」
「却下」
東郷の却下。
「溶液に肉体ごと脳を溶かして、溶液の中に僕の意志と記憶を……」
「却下よ」
風の却下。
「脳味噌以外機械の体になって、徐々に脳味噌を機械部品と入れ替えてって……」
「却下です」
樹の却下。
「神樹様に肉体と命を捧げて肉体を消滅させ、まず英霊の一角になって……」
「却下~」
園子の却下。
「肉体をブロンズ像化させて……」
「なんで却下されないと思ったんだ?」
銀の却下。
「……魂に情報を書き込んで来世に賭ける」
「バカぁ!」
夏凜のビンタが竜児のつむじを直撃した。
却下却下却下却下却下却下バカという綺麗な七連打。
竜児も却下されるのは分かっていたが、科学的に自分の体を直そうとすると、こういう道筋しかないこともまた事実だった。
「現実的な話をすると、僕の短命って要するに肉体の耐久年数が最初から短いことにあるんだ」
「ああ……旧世紀のソニータイマーみたいなものね」
「東郷さんは旧世紀マニアだなあ……
なので僕は寿命が極端に短い。
これを引き伸ばしたのが、兄さん。
兄さんは僕の体の色んなところに健全で頑丈なパーツを差し込んだんだ」
「言うは易し、行うは難しの典型例みたいなことをしてるわね」
「そのパーツ全部壊しちゃった」
「……」
軽く言っていいことではない。
兄が死後の世界で溜め息を吐いていることだろう。
せめて、過去での無茶が無ければ。
そうでなくても園子を助けていなければ。
ここまで酷い体の状態にはなっていなかっただろう。
とはいえ、あそこで園子を助けていなければ、竜児の心が死んでいた。
仕方のないことだったのだ。
「だから妥当な改善策を探すと、さっきのもそんな冗談じゃないんだよ。
僕は全身の細胞を、肉も骨も血液も含めて全部取っ替えないといけないから」
「大変だね~」
「そう、大変なんだ」
「凄いわね、前向きでタフな竜児君とのんびり乃木が絡むと悲壮感が劇的に薄まるわ」
悲壮感は薄まるが、それでもなくなったわけではない。
「やっぱ体の部品を交換してくしかないんだけど、僕の体の製造素材は元から悪いからね……」
「そんな……」
「まあだからここからだよ」
うんうん悩む友奈の額を、竜児の指がペチッと叩いた。
と、そこで、メビウスが声を出した。
『リュウジ、みんな、少しいいかな』
「ん? どうかしたの、メビウス」
『君達が可及的速やかにバーテックス全てを倒せたなら、リュウジを光の国に連れていきたい』
「えっ!?」
『つまり、だ。地球人には治せなくても、ウルトラマンになら治せるんじゃないかなって』
「―――うわぁ」
メビウスが口にしたのは、まさに最終手段の中の最終手段。
とんでもないどんでん返しであった。
「治せる人がいるの? メビウス」
『治せると思う。ウルトラの母なら』
「ウルトラの母……?」
樹が首を傾げた。
『ウルトラの母は、銀十字軍という医療隊の隊長なんだ。
宇宙警備隊が武なら、銀十字軍は癒。
本当の名はウルトラウーマンマリーという。
ウルトラの星の全ての者に慕われ、尊敬され、ゆえにウルトラの母と呼ばれているんだ』
「うわぁ……! 凄いですね、星のみんなから母と尊敬されるなんて」
『リュウジは命を削って星を守ったウルトラマンだ。母もきっと特例で治してくれるよ』
本来、地球から光の国まで死にかけの人間を持っていって、ウルトラの母に治してもらうなど褒められたことではないだろう。
ウルトラマンに頼る他星人の気持ちを助長してしまうし、何よりウルトラの星の強すぎる光はウルトラマン以外には有毒だ。
普通は誰もやろうとは思わない。
だが、ウルトラマンの失敗作の失敗作である竜児なら、特例として滑り込むことが可能だ。
これはメビウスにとっても奥の手であった。
バーテックスを全て倒し、鷲尾須美の世代と結城友奈の世代の間の二年間のような、怪獣が襲来しない時間を確保してからでなければ、使えない奥の手であった。
「風先輩も勇者部の母みたいなものですよね」
「おっと少年、女子力の塊のあたしを年増のように言うのはNGよ」
母扱いされた風が、人差し指で竜児のこめかみをグリグリ押していた。
『死は本来、不可逆の喪失だ。
ウルトラの母も万能じゃない。
そこでウルトラの母は、死者蘇生光線を複数種類編み出したんだ』
「なにそれすごい」
『そして多様な死亡パターンに対応できる、極めて優秀なウルトラウーマンとなった』
「ゲームだと蘇生魔法って一つだけだったりすること多いのに……」
『新しい命を持って来ることもあるよ。
ウルトラの父率いる宇宙警備隊は、皆が母の率いる銀十字軍の世話になっている。
ウルトラの父が戦いと守護の象徴なら、ウルトラの母は癒やしと救いの象徴なんだ』
恐ろしいことに、ウルトラの母は死者蘇生の技だけで見ても、複数種類持っているというとんでもないウルトラウーマンだった。
『ウルトラの父が13万歳、母が11万歳の時、二人は大恋愛の末に結婚した。
そうして生まれたウルトラマンタロウが、僕の教官。僕にとっての先生で師匠なんだ』
「メビウスの先生のお母さんなんだ……年齢大きすぎて感覚が狂いそうだわ」
『この前のキングジョーの話が本当なら、父と母の関係の後押しもしたってことなんだけど』
「あのおばさん本当になんなの……?」
最低でも四万年は生きているということだ、あのおばさんは。
『必要なのは一区切りだ。
僕とリュウジがウルトラの星に行って帰って来るだけの時間がある一区切り』
「12体のバーテックス……それと、13体目を倒したら、ってことだね」
友奈がぐっと拳を握り、他の皆も自然と拳を握る。
『リュウジの寿命が尽きるのが先か』
「こちらが敵を全て殲滅し、束の間の平和を勝ち取るのが先か」
東郷の背筋がピンと伸び、他の皆も自然と姿勢を正していた。
そして夏凜が立ち上がり、メビウスブレスを上機嫌に叩き始める。
「最高じゃないのメビウス! さっすがウルトラマン!
まだまだちょっと半人前臭がするリュージとはそこが違うわね!」
「僕はいつになったら夏凜に一人前の男認定されるんだ」
「そりゃあんた、身長180を超えるとか……」
「せめて努力で叶えられる範囲にしてくれないと、僕にはどうにもできないじゃないか!」
「あんた努力で実現できる範囲なら絶対やり遂げるじゃない。そこは疑ってないわよ」
「ははは、こやつめ」
「わはは」
「で、夏凜はいついっちょまえの女の子みたいなお淑やかさを身に着けるんだ」
「こいつ!」
竜児のデコピンが夏凜の額を、夏凜のデコピンが竜児の額を打ち抜き、二人揃ってうごおおおお……と痛みに耐えてうずくまった。
友奈が、"ウルトラの母"について素直な感想を漏らす。
「でも、母は強いねー」
母は強い、という友奈の発言を受け、竜児東郷樹風夏凜の五人がキングジョーおばさんのことを思い出し、顔を赤くし頭を抱えて下を向く。
「ああ、母は強かった……」
「そうね、母は強いわ……」
「そうですね、母は強かったです……」
「そうよ、母は強かったワ……」
「なんだったのあのおばさん……」
「母?」
「母~?」
銀と園子だけが理解できず、首を傾げていた。
『とはいえ、そこまで美味い話でもない。
竜児がウルトラの星に辿り着けるだけの寿命を残せなかったら終わりだ。
僕らがこの星を離れている間、勇者がこの星を守らなければならないし……
もちろん、どこかの戦いで負けても終わり。
一番の懸念事項は、最後の戦いまで、竜児の体が保つかというところだね』
「リュウくんの体……あと一ヶ月、だね」
『いや、それはリュウジの寿命の話だ。
それより前にリュウジの体は自壊を始める。
十二月の半ばを過ぎたらもうリュウジの体は戦闘に耐えられなくなると思う』
「!」
『残りは12体目と13体目。
そのどちらでも、受けるダメージは少なくなるよう気を付けてほしい。
受けたダメージは、そのままリュウジの命が削れるという結果に直結するから』
「……うん、分かった」
ここからは勇者にも相当に気を遣ってもらわなければならない。
竜児は一ヶ月後まで健康なのではない。
これから一ヶ月かけて、体を崩壊させていくのだ。
これまでと同じ感覚で戦っていては、竜児の体はあっという間に崩れ去ってしまうだろう。
『だから僕がお願いするのは四つ。
一つ、早く戦いに決着をつけ、地球の安全を確保すること。
一つ、リュウジの寿命がウルトラの星に着く前に尽きないようにすること。
一つ、リュウジの体が宇宙渡航に耐えられる状態であること。
一つ、仮に外的要因で死んでも、リュウジの死体は原型を保っておくべきだということ』
「うう、戦いがなければ余裕で達成できるのに……」
『他殺や毒死ならともかく、寿命死はきっと治せないと思うから』
「あたし達で竜児君守っていくことを意識していけばいいんでしょ?
了解よ! よーしっ、腕が鳴るわね、樹! 頑張りましょう!」
「うん、お姉ちゃん! 先輩は私が守りますから!」
ここから先の戦いは、これまでの戦い以上に、『竜児を他の仲間が助けられるか』が鍵になる。
「でも上手い具合に治して貰えれば、治してもらった僕が皆の満開の後遺症も治せるよね」
『推奨はしないけど……リュウジはきっと、止めても聞かないんだろうね』
「うん。こりゃチャンスだ。12体目と13体目をさっさと倒せば、全部上手く行く!」
「気合い入ってるみたいじゃない、リュージ」
「戦いも終盤だ。夏凜みたいに常在戦場の精神でいないとね」
「結構結構!」
ハッピーエンドが、見えてきた。
「頑張りましょう、友奈ちゃん」
「うん、皆でまた、平和な日常に戻ろう!」
「アタシも勇者じゃなくなったけど、サポート頑張らせてもらうよ」
「ミノさんが手伝ってくれれば、私もわっしーもドラクマ君も元気百倍だよ~!」
二人の巨人、六人の勇者、一人の人間。
全部合わせて九人の、世界の危機に立ち向かう勇者達。
『勇者の皆』
メビウスが、竜児以外の皆に呼びかける。
『僕らにできることは多くない。
特に僕なんて、今は自由に動かせる体も無いわけだしね。
だけど、できることがないわけじゃない。
大切なのは諦めないこと。そして、自分にできることをして、助け合うことだ』
メビウスは、ここにいる誰一人として欠けずに、未来に行ってほしかった。
「自分に……」
「できること……」
メビウスの言葉に、各々感じるものがあったようで。
「よし!」
勇者達は、ちょっと楽しいことを決めていた。
肉が混ざる。
怨念が混ざる。
天の神は、様々なものを使って怪獣の素体とカプセルを作る。
情報、記録、概念、エネルギー、オリジナルの怪獣の卵、オリジナルの怪獣そのもの、オリジナルの怪獣のコピー。
そうやって、『十二体目』を仕上げていた。
『十二体目』が語り出す。
その肉は星屑によって作られたもので、本物を忠実に再現したものだった。
「問題はない。既に種を蒔く準備は完了した」
十二体目は、天の神に語りかけている。
天の神もこの個体にそこまでの自我を持たせるつもりはなかった。
だが、"その怪獣の怨念を模して作ったカプセル"を使ったというだけで、カプセルを使って作った融合昇華体は、その怪獣の意識に乗っ取られてしまった。
これは天の神にも予想外なことである。
が、十二体目はウルトラマンと地球を滅ぼそうとする天の神に対し、共闘と協力を持ちかけてきた。
十二体目は、天の神の支配を完全に脱している。
その上で、二つの怪獣の能力を融合昇華させたその力を、天の神の目的のために使おうとしている。
十二体目と天の神の目的は、少なくともこの時点では一致していたからだ。
「疑うな、天の神。私を信じるがいい」
十二体目を、一言で例えるならば。『悪意』以上に的確な言葉が見当たらない。
ある者は言った。『悪意』とは、この世で最も恐ろしいものであると。
「種を蒔けば、全ては終わりだ。
後はゆっくりと世界、人類、巨人が滅びる様を見ておればよい。
それができる怪獣を、お前は私に混ぜてフュージョンライズしたのだろう」
十二体目は、収集した竜児達のこれまでの戦いの記録を見る。
恐ろしい怪獣がもたらした絶望。
異常な能力持ちの怪獣がもたらした絶望。
人間関係がもたらした絶望。
竜児の出自がもたらした絶望。
過去と未来がもたらした絶望。
圧倒的な敵がもたらした絶望。
数々の絶望があり、それを超えてきた大きな希望があって。
「こんなママゴトのような苦難と絶望で、成長した気になっている愚かなウルトラマンめ」
それら全てを、十二体目が鼻で
「本物の"心折れる絶望"というものをくれてやる。
それだけでもはやこのウルトラマンは戦えまい。
苦痛と絶望の中……このウルトラマンは、全てを失って死を迎えるのだ」
十二体目は全てを調べ上げた。
竜児というウルトラマンも、それに融合しているメビウスも、その周囲も、全て。
コピーライトが狂気の果てに全てを破綻させる真実を持って来た者だとするならば、この十二体目は、悪意を持って全てを終わらせる者である。
悪意は、絶望を引き寄せる。
「今度こそ、完全なる敗北を迎えるがいい。
何もできない無力感に溺れるがいい! ウルトラマンメビウス!」
正規のカウントにおいて、十二体でワンセットとなるバーテックスの、最後の一体。
「この私が……異次元人『ヤプール』が! 最強最悪の絶望を演出してやろう!」
怪獣の片割れの名は、異次元人ヤプール。
かつて、メビウスが最も恐れた宿敵の一人。
『ウルトラマン』を幾度となく悪意で陥れてきた、最悪の敵の一人であった。
ヤプールは何やらせてもいいからちょっとすき
・異次元人 ヤプール
"悪意と策謀こそが最も恐ろしい"を体現する異次元人。
一人一人は犬吠埼樹に殴られれば負けるほどに弱い虚弱な異次元人だが、人間や怪獣を巧みに操ることでウルトラマンを追い詰め、人類の醜さを自らの利とする術に長ける。
ウルトラマンAに敗北した以後は全てのヤプール人の残滓が集合した、いわば怨念の塊として存在しており、この宇宙に負の感情が存在する限り不滅であることが語られている。
負の感情を消し去ることができないように、ヤプールもまた消し去ることはできない。
愚かな人間の扇動こそが彼の本領。
人間を騙し、人間の愚かさを操ることで、ウルトラマンAに最終回で(ヤプールの主観では)完全勝利を収め、ウルトラマンAを地球から追い出した。
殺しても殺しても復活する上、自分を倒したウルトラマンに恨みを持って復活する。
ヤプールと何らかの形で激突し、因縁を持ったウルトラマンは、ウルトラマン、セブン、ジャック、A、タロウ、ゾフィー、レオ、アストラ、メビウス、ヒカリ、ゼロ、ネオス、セブン21、パワード、グレート、ティガ、ダイナ、ガイア、コスモス、ジャスティス、ネクサス、マックス、ギンガ、ビクトリー。
……多すぎである。
復活しすぎである。
上記のウルトラマン全てをヤプールは恨み、その怨念を力に変えている。
これだけの数のウルトラマンと戦い、時に人間の悪意を利用し、時に謀略でウルトラマンを倒して来たがために、最も付き合いの長いAはヤプールを『本物の悪魔』と呼んだ。
現実時間で46年(A放送時に登場したのが1972年)、ウルトラマン世界で一万年以上、自分を倒したウルトラマンに粘着行為を継続している宇宙最強の粘着野郎。
ヤプールを従えられたのは暗黒の皇帝エンペラ星人のみであり、ヤプールを滅ぼせたのは竜児の父ベリアルに力を与えた全知全能の悪・レイブラッド星人のみであったとされる。