時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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めちゃくちゃ遅刻したけど今日が休日でよかった……!

じょばんせん


第十二殺二章:皆の絆

 延命。

 とにかく今必要なのは竜児の延命である。

 本当なら年単位の延命が欲しいところだが、今は月単位の延命でもいい。

 とにかく、少しでもいいから寿命が欲しいところだ。

 

 竜児は手当たり次第に色々と弄って、方向性を模索している。

 その内に、前から手がけていたカプセルの修繕も完了してしまった。

 

『それは……カプセルだね。

 セブン兄さんの物を模して作られ人類にぶつけられ、壊されたという』

 

「外装だけ修理できたんだ」

 

『やっぱり君は、戦闘者より開発者の方が向いてるよ』

 

「中身は空っぽのままだけどね。

 この中に消えない明かりとか入れて、カプセルの機構でずっと光を維持するとかいいかなあ」

 

『へぇ……それは、綺麗そうだね』

 

「プレゼントとかには良さそうじゃない?

 輝く花、煌めく鳥、光の風に、淡い月光って感じに仕上げたりしてさ」

 

『……女の子へのプレゼント?』

 

「ああ、やっぱそのくらい綺麗にしちゃうと、大体察されちゃうのか」

 

『うん、まあね』

 

 阿と言えば吽と返ってきて、一を語れば十を察する程度には、竜児とメビウスは互いのことを分かり合うようになっていた。

 

「あ……三ノ輪さん入れて勇者七人で、カプセルが六つか」

 

『一人あぶれるね』

 

「一人あぶれるくらいなら、全員に渡したくないな……」

 

『特別な一人を選んで渡すという道もあるよ』

 

「えー……うーん……正直そういうつもりないのに一人選んで渡すのは失礼だと思う」

 

『そうだね』

 

「そうだね、って」

 

『ウルトラマンジョークだよ』

 

「初めて聞いたよウルトラマンジョークって単語!」

 

 メビウスの冗談って珍しいな、という感想も、竜児がメビウスのことをよく分かってきたという証明であり。

 メビウスが竜児にジョークを言うほど親しんでいるこの会話が、竜児がメビウスを兄のように想う気持ちが、一方通行でないという証明だった。

 ジョークが、少年の張り詰めた意識から空気を抜く。

 

『少し、肩の力は抜けたかな』

 

「……うん。ありがとう、メビウス兄さん」

 

 しおらしくなった時にはこういう呼称を使うのだから、困ったものだ。

 竜児は追い詰められている。焦っている。

 冷静さを失わない程度に、だが。

 

 肩には力が入り、延命のための方法を無我夢中で探し、けれどそこまで有効な延命の方法は見つからず。

 あと二体のバーテックスを倒す前に命が尽き、作られた天寿を全うしてしまうのではないか、という強迫観念が近寄ってくる。

 死の瞬間が近い。

 とても近い。

 一日を無駄に使うのが、一時間を無駄に使うのが、一分を無駄に使うのが、怖い。

 一秒ですら無駄に使うのが怖くなり、また肩に力が入って、空回りして……そこで飛んで来たのがウルトラマンジョーク。

 竜児の張り詰めた意識は、そうしていつもの彼のそれに戻っていた。

 

「あー、死ぬのが怖い。……でも、怖いだけだ。足は震えてないし、身は竦んでない」

 

『いいことだ』

 

「これが勇気ってやつなんだよね」

 

『そうだよ』

 

 ポツリと竜児が呟いて、メビウスがその恐れと、恐れを遥かに超える大きな勇気を肯定する。

 竜児の心は、メビウスにも伝わっている。

 二人の心は一つに繋がっていて、今は二人で一人のウルトラマンなのだから。

 

『君も今日までの戦いで実感しただろう?

 無理な姿勢から放つパンチに、力は乗らない。

 むしろ自然な姿勢から放つパンチにこそ、正しく力は発揮される。

 君に必要なのは無理じゃない。自然体なんだ。ちゃんと日常も堪能しないとね』

 

 メビウスの言葉は、真理である。

 無理をして無駄な時間を使うより、友達と遊びながらでも最高効率で研究していった方が遥かに効率的だ。

 大きな発明をする人間は、大体の場合研究の合間にちゃんと休憩や遊びを取っているし、時には遊んでいる途中に発明のきっかけを得たりしているのだから。

 

「うぐぐぐ、メビウスと話してると本当に一人前のウルトラマンは遠いなと感じる……」

 

『君はもうほとんど一人前のウルトラマンだよ。でも、足りないものもある』

 

「足りないもの?」

 

『僕が昔、戦いの中で倒れた時、仲間に直に言われた言葉がある。

 "お前必ず生きて帰ってくるって約束したじゃねえか!"

 "仲間との約束破ってお前は平気なのかよっ!"……ってね』

 

「……約束。そうだよね、生き残るって約束は守らないと」

 

『全ての戦いが終わり、君がちゃんと生きていけるようになって、それでちゃんと一人前だ』

 

 昔、メビウスも生きて帰ると約束し、その約束を破りそうになったことがある。

 だが、仲間の叱咤で立ち上がり、勝利した。

 竜児も仲間に生きることを諦めず、延命の方法を探すことを約束したが、そうやって仲間と約束することは大切だ。

 仲間との約束が、瀕死の瞬間に心を支える柱になってくれるから。

 

「一人前になったら、メビウスの助けも必要なくなるかな」

 

 竜児がふとそう言って、会話が一瞬だけ止まる。

 

 ……今、二人で一つの命を共有している問題が解決されて、竜児が一人でやっていけるウルトラマンになって、メビウスが居なくても戦えるようになったら、その後は。

 

『ああ。君は、僕の助けがなくても、この星を守っていけるウルトラマンになれる』

 

 お別れだ。

 

 メビウスは光の国に帰り、ベリアル軍等の未だ生死不明のベリアルが残したものとの戦いへ。

 竜児は一人のウルトラマンとして、この星を守る戦いへ。

 二人は分かれて、別れて、別々の道を行くことになる。

 それは、全ての戦いに勝利しハッピーエンドで終わった後のことを考える、未だ夢想にすぎないものであったけれども……二人がそういう未来を想う気持ちに(たが)いなく。

 

「うん……そうなれたら、嬉しいな」

 

『うん、僕も嬉しい』

 

 嬉しいな、とは言った。

 寂しいな、とは言わなかった。

 悲しいな、とは言わなかった。

 竜児もメビウスも、心が繋がっているのだから、言わなくてもその気持ちは伝わってしまっているというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メビウスは"大切なのは諦めないこと。そして、自分にできることをして、助け合うことだ"と言った。

 これに対し、勇者は各々ができることを考えた。

 つまり、勇者にできる延命である。

 

 竜児からすれば息抜き半分、延命目的半分。

 勇者からすればフルスロットルで延命目的。

 まず真っ先に竜児を誘ったのは、東郷美森だった。

 

「医者に行きましょう。ネットで検索して、四国一の名医を見つけてきたわ」

 

「うわー山のように四国全域の医者を調べた資料が山積みにされてる……」

 

「勇者部五箇条、『なるべく諦めない』よ。さ、一緒に」

 

 東郷が膝の上で地図を広げて、竜児が車椅子を押して、電車とバスを乗り継いでいく。

 二人で談笑し、くすくすと時に笑い、竜児は車椅子を優しく押して、東郷が道順を指し示していく。

 微笑ましいものを見るように周りの人が道を譲ってくれた時は、二人一緒に頭を下げた。

 

 そうして名医の下に辿り着いたのだが、案の定ダメだった。

 当人の竜児が苦笑して、当人でない東郷の方が落胆して、二人が病院から出て来る。

 

「ダメだったね」

 

「……他人事みたいに言わないで、あなたの体のことなのよ!?」

 

「細胞単位で僕の体の研究しているのは、僕だけだよ。

 だから真っ当な技術で治せるのは僕だけで、お医者様にもきっと無理だ」

 

「うっ」

 

「でも、ありがとう。東郷さんの気持ち、本当に嬉しかった」

 

 竜児は東郷の車椅子を押し、来た道を戻る。

 と、見せかけて、ちょっと賑やかな方に足を向けた。

 

「こっちはバス停じゃないわよ?」

 

「回り道して帰ろう。きっと楽しいよ」

 

 竜児が微笑む。

 とても一ヶ月後に死ぬ人間の顔には見えない。

 けれど、いつも通りの竜児の表情ではあった。

 今この瞬間を自分らしく生きようとする顔だった。

 

「ショッピングモールとか回って、ご飯とか食べてから、のんびり帰ればいいよ」

 

 そこでふと、東郷は気付く。

 竜児の服は結構気を遣った外行きの服で、そのままデートにも行けそうな服だった。

 対し、東郷の服は無頓着というわけでもないが、外行きの服としては平均的なセンスの感じの服だった。

 例えば、仮にこの服でデートに行けと言われた場合、東郷はかなり迷うだろう。

 別に、二人はこれからデートに行くというわけでもないのだが。

 

「……私の服、変じゃない?」

 

「え、可愛いと思うけど」

 

「……そう、良かった」

 

 東郷はホッとする。

 かくして、二人は街をぶらぶらし始めた。

 竜児が行きたいと言った店に、東郷が許可を出して行く。

 東郷が行きたいと言った噴水の周りに、竜児が車椅子を押していく。

 

「こうして二人で特に目的もなく街をブラブラするのは初めてだよね、僕ら」

 

「えっ……あ……そう、ね」

 

 記憶が戻る前だったなら、東郷も『そうね』と即答していただろう。

 竜児と一緒に、初めての体験を素直に楽しんでいただろう。

 

「こういう風に二人で街を歩くのは……初めてだったわ」

 

 でも、東郷の記憶の中に、二人で一緒に学校帰りに遊んで帰った記憶があるという事実だけは、何を思っても変えようがなくて。

 

 東郷は想い出話を諦めて、その記憶を想い出にして、小さな悲しみを胸にしまった。

 

「この道も、その内綿雪が降って来るわ」

 

 落ち葉を車椅子の車輪と少年の足が踏みしめる。

 竜児と東郷が、葉のすっかり落ちた街路樹の合間を歩いていく。

 東郷は詩的に季節を謳った。

 

「雪は溶けて春が来る。春風の中、花が踊る季節が来る。

 梅雨が来て、夏に雨が降って、夕立が私達の傘を鳴らして……

 秋になれば街路樹が赤く染まって、また冬が来て、季節が一周りして……」

 

 季節を通して未来を語った。

 

「生きていれば……生きていれば、それも見られるから。また一緒にここを歩けるから」

 

 生きる理由を自分の中より、他人との関係の中に強く見出す者もいる。

 

「うん、また来年も、二人でここに来よう」

 

 想いで生きる光の巨人の少年の、限りある寿命が、ほんの少し伸びた。

 

 

 

 

 

 またちょっと後のこと。

 竜児は犬吠埼宅に呼び出され、エプロン姿の風に座らされていた。

 少年の前にずらりと料理が並べられる。

 

「さあ召し上がれ! どーんと食っちゃれ! まずはうどんから!」

 

 ブロッコリーやトマト、アスパラガスといったどこにでもある食材。

 朝鮮人参や漢方など健康食品ぐらいでしか頻繁に見ない食材。

 本屋でペラペラと健康の本をめくれば、長寿に繋がると言われている食材ばかりだ。

 それらを使った風の料理は、露骨に『人間を長生きさせる料理』だった。

 

「右を見ても左を見ても長生きできそうな料理ですね」

 

「見てすぐ分かってもらえると作った甲斐があるわねぇ」

 

 これが風なりの延命策である。

 暇な時は作ってあげるわ、と風は笑顔で言っていた。

 

「勇者部五箇条、『よく寝て、よく食べる』! やっぱり延命には健康が一番よね?」

 

「なるほど、それで健康に良い食事を。凄く堅実ですね」

 

「でしょでしょ? 女子力が漲るわぁ」

 

「先輩は確かに女子力高いんですよ」

 

「あら、なーに? 褒めても何も出ないわよ。食事と好感以外は」

 

「でも『女子』というか『姉貴』とか『母親』っぽい感じで……『女の子』感無いですよね」

 

「!?」

 

「いや風先輩を女の子らしいとは思うんです。

 でも『女子』って普通男は頼らせたいなあと思うものなんですよ。

 ところがこう、いついかなる時でも、僕の中には風先輩を頼ってる感じがあって……」

 

「……うーん、セーフ! 怒るか喜ぶかちょっと迷ったけど、喜んであげましょう!」

 

「わーい」

 

「しかし女子力……女子力とは一体……私の女子力とは……?」

 

「……こう言っといてなんですけど。

 男が思う女子力と女子が思う女子力って違う気がしてきました」

 

「え、そうなの? でもそう言われてみるとそんな気もしてくるわね……」

 

「女子力の奥は深い……」

 

「極める甲斐があるってもんよ!」

 

 風は楽しく談笑しながら、竜児の食事量を見ていた。

 中学二年生の男子が普段どのくらい食べるものなのか、風は正確に知っているわけではない。

 それでも、ちょっと食べなさすぎなんじゃないか、と風は皿を見て思った。

 

「……ふぅ、すみません。お腹いっぱいです。ごちそうさまでした」

 

「お粗末さまでした」

 

「すみません、いっぱい残してしまって」

 

「あはは、いいのよ。どうせ二人でも食べられない量を最初から山盛りにしてたんだから」

 

「そうなんですか!?」

 

「罪悪感覚えたなら、晩飯も食べに来て減らしなさい。その時には樹も居るから」

 

「姉妹水入らずの家族団欒にそこまで食い込むと、そっちでまた罪悪感覚えそうです……」

 

 二人で顔を合わせて、なんでもないことで笑い合った。

 

「僕、小学生の頃真っ先に料理覚えて、小学生の内に一人暮らし始めたんですよ」

 

「……そうなんだ」

 

「だってほら、子供が親に負担をかけると親が子供を迷惑に思うっていう話聞くじゃないですか」

 

「そういうのはあんまり褒められた親じゃないけどね」

 

「大人に負担かけたくなかったんですよ。先輩は……料理覚えた理由は、樹さんですか?」

 

「上達したのは間違いなく樹のおかげね。樹本当に料理がアレなんだもの」

 

「愛ですねえ」

 

「ふふ、愛よ! 愛する自慢の妹だもの!」

 

 風にとって料理は愛から始まったものであり、竜児のとっての料理は誰の迷惑にもならず、誰かの役に立つためという目的から始まったものだった。

 

「まあそんななもんで、実は他人に料理作ることは多くても、その逆は少なかったんですよ」

 

 竜児は自分の料理よりも、風の愛情の込もった暖かい料理の方が好きだった。

 

「風先輩の料理、あったかかったです。ありがとうございました」

 

 風が頬をかいて苦笑いする。

 竜児の料理に愛の暖かみがあることを、竜児以外の皆がちゃんと知っていたから。

 

「次は一緒に品目を分担して、樹のご飯でも作ってあげましょうか」

 

 生きる理由を自分の中より、他人との関係の中に強く見出す者もいる。

 

「はい!」

 

 想いで生きる光の巨人の少年の、限りある寿命が、ほんの少し伸びた。

 

 

 

 

 

 その後日のこと。

 冬空の下、朝早くに竜児は神社の階段を登っていく。

 息が白くなる寒さだった。

 竜児はマフラーに白い息を吹きかけて、紺色のコートに手を突っ込んで歩く。

 

 階段を登りきった先で、小さな手に白い息を吹きかけている樹の姿が見えた。

 細い指はかじかんで、寒さのせいでちょっと痛そうにも見える。

 可愛らしく小さな手を口元に寄せている樹が振り返り、竜児の方を見て、笑顔になった。

 

「おはようございます、熊谷先輩」

 

「おはよう、樹さん」

 

 竜児は軽く手を振って挨拶し、樹は神社での朝一番の挨拶ということで、ちゃんとした朝の挨拶をする。

 

「樹さんは礼儀を正すべき場所で、ちゃんと礼儀正そうとするよね。

 節度があるっていうか……うーん、"いい子"っていう月並みな表現しか出て来ない」

 

「勇者部五箇条、『挨拶はきちんと』です」

 

 例えば礼儀正しい東郷と比較したりすると、樹の挨拶の個性はよく見える。

 東郷はピシッとした印象を受け、格の高さを感じさせる動きになる。

 対し樹は、可愛らしい印象を受け、いわゆる格式高い礼儀作法からは程遠いのだが、精一杯礼儀を示そうとする意志はちゃんと見て取れる。

 東郷は綺麗に頭を下げるタイプだが、樹は可愛く頭を下げるタイプなのだ。

 

 樹は気弱に見えるが、自分らしさという芯はとても強く、可愛らしくも自分なりにいつも考えて行動している。

 この神社に竜児を連れてきたのも、彼女が一人で考えたことだ。

 

「そこの健康祈願と、長寿祈願と……あ、そこの病気平癒と無病息災もください!」

 

「お守りか」

 

 竜児に効きそうなお守りを、樹が片っ端から買っていく。

 ここの神社は品揃えが多いらしく、多種多様なお守りを買うために、樹のあんまり多くないお小遣いが溶けていく。

 樹は祈るようにして、一つ一つのお守りを買っていった。

 

「大事な人の無事を願う時は、お守りを贈る。熊谷先輩が教えてくれたんですよ?」

 

「……そうだったかな?」

 

「そうですよっ」

 

 樹はこれでもかとお守りを買っている。

 竜児は想われていることが照れくさくなって、並べられているお守りをゆっくり眺めた。

 そして、"夢が叶う!"とポップの貼られたお守りを発見する。

 

(旧世紀の大杉神社とかみたいなものまで並んでる……)

 

 竜児も店員に声をかけた。

 

「そのお守りください。樹さんが……この子が買った数と同じ数だけ」

 

「え、先輩?」

 

「へいらっしゃい。夢叶祈願のお守りを十一個ね」

 

 樹の手の中と、竜児の手の中に同じ数のお守りが収まり、買い物は終わる。

 

「先輩……?」

 

「いい機会だから、ここで樹さんの未来を祈っておこうかなって」

 

「!」

 

 竜児と樹の手が触れる。

 傷だらけの竜児の手と、小さな樹の手の中で、二人のお守りが交換された。

 死なないで、という想いと。夢を叶えなよ、という想いが。二人の手を通して交換される。

 

「……熊谷先輩」

 

「鈴、鳴らそっか」

 

「神様にお願い、ですね」

 

 二人は賽銭箱の上の縄を引き、鈴を鳴らし、手を合わせて神様に願う。

 

「樹さんの夢が、どうか叶いますように」

 

「熊谷先輩が、どうか長生きできますように」

 

 生きる理由を自分の中より、他人との関係の中に強く見出す者もいる。

 

「熊谷先輩」

 

「何かな?」

 

「私は、先輩のこと……信じればちゃんと応えてくれる人だって、信じてます」

 

「……」

 

「……死なないで、ください。私、先輩とお別れするなんて、嫌です」

 

 想いで生きる光の巨人の少年の、限りある寿命が、ほんの少し伸びた。

 

 

 

 

 

 またある日。

 

「私の番はマッサージなのでした!」

 

「ぬわあああ抑え込まれた! 何これ友奈! 友奈何これ!」

 

「ほらほら静かに。背中にウルトラタッチだよ」

 

「て、手慣れてる……!」

 

「お父さん直伝のゴッドハンドで、皆からの評判もいいんだよー? これで、健康ゲット!」

 

「マッサージで健康ゲットして延命かあ」

 

「勇者部五箇条、『なせば大抵なんとかなる』だよ」

 

 勇者部に敷かれたやわらかマットの上で、竜児は友奈にうつ伏せに抑え込まれていた。

 竜児があんまり抵抗しなかったというのもあったが、友奈は本当にさくっと竜児を抑え込んでしまう。

 友奈は竜児の背中に手で触れて、動きを止める。

 

「―――え」

 

 友奈の顔が一瞬、青ざめた。

 

「ねえ、リュウくん。本当に、一ヶ月保つの……?」

 

「保つよ。大丈夫」

 

 友奈の手が竜児の背中を押していく。

 マッサージが始まって、友奈が竜児の背中を揉み始めた。

 

「あー、友奈のマッサージ気持ちいい」

 

「本当に気持ちいい?」

 

「うん、気持ちいい」

 

「何も感じてないとか……ないよね?」

 

「さっきからどうかしたの? 何か変だよ」

 

 竜児は友奈におかしさを感じて、友奈に問いかける。

 ―――本当におかしいのは、どちらなのか。

 

「人間……人間の体だと、思う。思うよ?

 でも……手応えが、怖い。これ……大丈夫なの……?」

 

「大丈夫」

 

 医者は、竜児の体を診て『一ヶ月保たない』と言った。

 竜児は『僕の寿命は一ヶ月』と言った。

 その二つの言葉の意味はまるで違う。

 竜児の背中に触れた友奈は、おそらく勇者達の中でただ一人、今の竜児の"どうしようもなさ"をちゃんと理解した人間となった。

 

「何も感じてないって言われたら、私、信じちゃいそう」

 

「大丈夫、触覚が完全になくなるほど体が壊れてるとかありえないからさ」

 

 竜児が笑い、友奈が笑顔を作る。

 

(リュウくん。人間の背中は……

 こんなに指が沈み込まないし、こんな感触の肉で、出来てないよ……)

 

 友奈のマッサージは、された人皆が昇天してしまうくらいに気持ちがいいという。

 竜児は気持ちいいと言っている。

 そう、口で言っているだけだ。

 マッサージの最中に相手の反応から相手の心情や状態を理解できなければ、上等なマッサージなどできるわけもない。

 竜児のこの反応は、普通であるがゆえに異常だった。

 

 友奈は豆腐に触るくらいの気持ちで、竜児の体をマッサージしていく。

 怖かった。

 友奈は、その体に触れるのが怖かった。

 下手に力任せにやってしまえば、肉が崩れてしまいそうで。

 でも体に凝りや偏りがあって、整体をしていかないと自然に崩れてしまいそう。

 砂の城を整形するように、友奈は少年の体を直していく。

 

「うん、気持ちいいよ、友奈。友奈の手が暖かい」

 

「そんなに暖かい?」

 

「暖かいのが気持ちいいよ。今日はぐっすり眠れそう」

 

「……今日は?」

 

「いつもよりぐっすり眠れるって意味。深い意味はないよ」

 

 竜児は友奈を信頼していた。

 安心しきっていた。

 身を預けていた。

 今この瞬間だけ、竜児は全ての警戒心と、意識的に作っている表情を外している。

 

 友奈がどこを押してもそこに言及しないのは、何故か。

 手の暖かさにばかり言及するのは、何故か。

 "今日は眠れそう"ということに意味があるとしたら、何か。

 

 友奈の喉まで言葉が出掛かって、そこで言葉が詰まっている。

 

「ああ……本当に暖かい……」

 

 それを聞けば、竜児はきっと壁を作る。

 友奈との間に、今この時だけの壁を作ってしまう。

 そして竜児は友奈の暖かさから離れることになる。

 何も言わなかった友奈は、竜児を気遣う優しさという点において、間違いなく正解を選び取っていたと言っていい。

 

 生きる理由を自分の中より、他人との関係の中に強く見出す者もいる。

 

「リュウくん……」

 

 想いで生きる光の巨人の少年の、限りある寿命が、ほんの少し伸びた。

 

 

 

 

 

 その日突然、夏凜は竜児の家に乗り込んで来た。

 

「勇者部五箇条、『悩んだら相談!』」

 

「何事!?」

 

「そろそろ晩飯時だと思って、ね?」

 

「欠食児童か君は」

 

「あとはついでに、どうでもいいけど、あんたと話でもしようかと思って」

 

 とてもどうでもよくなさそうだよ、と竜児の中でメビウスは思った。

 だがツンデレにそう言ってやらない情けが、メビウスの中にもあった。

 

「まだ晩御飯は作ってないよ」

 

「じゃあ、ゲームでもする?」

 

「まあ、ちょっとなら」

 

 夏凜に誘われ、ゲームを始める竜児。

 対戦ゲームではなく、協力して強大な敵を倒すTVゲームだった。

 二人並んで座布団に座り、ピコピコボタンを弾いていく。

 

「……」

 

「……」

 

 竜児は夏凜が何か言いたそうにしているのを察し、夏凜の言葉を待った。

 夏凜はどう切り出したもんかと悩み、中々切り出さない。

 沈黙が二人の間に流れ、ゲームのBGMが虚しく流れていく。

 

「あー、えーと、あんたね」

 

「うん」

 

「相談することない?」

 

「直球か! 話下手か!」

 

 夏凜は、コミュ力が高いかと言えばそうではない。

 が、優しくないかと言えばそうでもない。

 優しいし気も使えるが会話技術がそこまで高くない、というのが正しい。

 勇者部の"悩んだら相談"は、夏凜にはあまり使いこなせないように思えるが、なんだかんだ面倒見の良い夏凜には似合う五箇条だった。

 

「言える範囲だけでいいから、言いなさいよ。

 私に心配かけたくないなら……その部分だけは、言わなくていいから」

 

 ミシッ、とコントローラーが音を立てる。

 夏凜の手に力が入ったせいだ。夏凜の緊張を、小さな音が伝えてくれる。

 

「今の僕が言えること、か。相談……じゃあ、相談してもいいかな」

 

「どんと来いよ!」

 

 竜児は明け透けに本音を語った。

 

「死ぬのが怖い」

 

 竜児の数ある弱さを、彼女はきっと誰よりも多く理解していたから。

 

「怖いよ」

 

「あんたの背中は私が守るわ」

 

「分かってる。それでも、毎日体が死んでいくのが分かるんだ。とても……怖い」

 

 もう季節は冬、12月に入った。

 竜児の余命は短く見ればあと二週間、長く見ても三週間。

 竜児が過去から帰って来てから一週間が経過しており、竜児の体は既に1/4弱が死んでいると言っていい状態だった。

 

 ここから、更に死んでいく。

 一日ごとに死んでいく。

 真綿で首を締めるように、じっくりと死んでいく。

 竜児には一日が終わるごとに、自分の体の何%が死んでいっているかよく分かっていることだろう。

 

 昨日まで感覚のあった皮膚が何も感じない。

 昨日まで動いていた部分が上手く動かない。

 自分の体が自分の意志に従わなくなっていく。

 じわり、じわりと体が死んでいく、その感覚。

 死の実感の中で延命法を探し、一日単位で延命しようとしている竜児の焦燥と絶望は、本人以外の誰にも分かるまい。

 

 この恐怖の全てを、竜児は勇気一つで踏破していた。

 

「ハエがさ、寄って来るんだ。僕の周りに」

 

「……!」

 

「よく体洗ってるはずなのに、寄って来るんだ。分かるのかもね」

 

 苦笑し、こんなことを平気そうな顔で語る竜児の精神力は、幼馴染の夏凜ですら理解の埒外にあるものだった。

 

「乃木さんが僕にマーキングで香水付けてくれて、本当に良かった。

 あれが参考になった。シャンプーっぽく体臭隠すっていう対策ができたからね」

 

 いいとこ探しは竜児の個性だ。夏凜はそれをよく知っている。

 

「冬で良かった。冬はハエが少ないから、朝起きた時に見たハエも少なかった」

 

 だが、ポジティブな良いこと探しであるというのに、夏凜は全く笑えない。

 

「冬だから、腐りにくくて良かった。

 夏だったら、学校行ってる間にきっと腐り始めてた。

 夢に見るんだ。

 ハエが僕の体に寄って来て、卵を産んで、ウジが湧く。今が夏だったら、きっと……」

 

「もういい!」

 

「……」

 

「それ以上は……言わなくていいから」

 

 竜児の推測は正しい。

 今が夏だったなら、最悪竜児の体はウジが湧き、肉は食い荒らされていただろう。

 眠るたびに虫に肉を喰われることを恐れ、ロクに眠れぬ日々を過ごしながら、戦う日々を過ごしていたに違いない。

 今が冬であることは、本当に幸運だった。

 

「無理、してないわよね」

 

「大丈夫」

 

「あんたは信じてるけど、あんたの大丈夫は信じない」

 

「……本当に大丈夫だよ。僕は、この戦いを走り切る」

 

 戦いの終わりまで、後少しなのだ。

 

「あともうちょっとなんだ、だから、あともうちょっとだけ、頑張る」

 

 だから竜児はそう言って、踏ん張るのだ。

 

 夏凜は拳を握った。

 殴るべきものが目の前にあれば、迷わず夏凜は殴っていただろう。

 だが、手近な場所に怒りをぶつける先がない。

 夏凜の隣には、優しくすべき人間しかいない。

 怒りをぶつけるべき矛先が居なかった。

 

 何を殴っても、竜児の寿命が伸びることはない。

 

「頑張ってるわよ、あんたは」

 

 ゲームの中で、夏凜は竜児を守っていた。

 ゲームの中の竜児は死なない。

 夏凜が守っている限り死なない。

 夏凜が頑張っていれば死なない。

 でも、現実はそうではなくて。

 

「でもね、頑張ってるやつは褒められるけど、頑張りすぎのやつは別に褒められないのよ」

 

「……そうだね」

 

「あ、やば、守って守って!」

 

「はいはい」

 

 竜児と夏凜が、ゲームの中で守り合う。

 

「夏凜、背中守って」

 

「まっかせなさい!」

 

 生きる理由を自分の中より、他人との関係の中に強く見出す者もいる。

 

 想いで生きる光の巨人の少年の、限りある寿命が、ほんの少し伸びた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、終焉といこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十二体目はやって来ない。

 竜児が延命法を探し、勇者が敵の早い襲来と延命法の確立を願う日々を送っていた。

 敵に来い、と願う日が来るだなんて、勇者は思ってもみなかった。

 そんな日々のある日の午前、竜児はウルトラマンに変身し、銀を光で守り、彼女を連れて結界の外を飛行していた。

 

 一刻も早く、敵に来てほしい。

 そう願う勇者達は、結界の外の調査をすべきではと考えた。

 バーテックスが形成されるのは結界外。結界外のバーテックスを確認できれば、十二体目がいつ来るかも予測できるだろう、ということだ。

 

 結界の外を飛ぶ竜児と銀。

 だが、作成過程の十二体目なんてどこにも見当たらない。

 それも当然だ。十二体目は、とっくの昔に動き出していたのだから。

 "結界の外にウルトラマンが出て来る瞬間"を、ずっと待っていたのだから。

 そうとも知らず、巨人は結界の外を飛行する。

 

『三ノ輪さん、なんでこの役目に名乗りを上げたんだ?』

 

「アタシが一番力持ってないんだ。

 人間目線で何か確認するなら、アタシが一番適任だろ?

 勇者の手は極力空いてた方が良い。それに、個人的な感情もあってさ」

 

『個人的な感情?』

 

「アタシさ、勇者の力を失ったわけじゃん」

 

 銀は、巨人の手の中から灼熱の大地を見下ろした。

 

「だから……結界の外は、結局一度も見なかったんだ。月からは見たけど」

 

『……ああ、そうなんだ』

 

「本当に酷いよな。これが、昔は青い海だったり、緑の大地だったりしたんだ」

 

 結界の外を見るだけでも、勇者か防人の力が要る。

 銀は誰の助けも借りずに結界外に出ることはできない。

 一般人は結界の外に出ることを許されない。

 結界の外は、天の神に奪われたままだ。

 銀は歯噛みする。

 

「これを取り戻すには、何人居て何年かければいいんだろうな。

 あたしにはちょっと分かんないや。

 でもさ、人間のリュウさんがいれば、きっと何年かかるか計算できると思ってる。

 ウルトラマンのリュウさんがいれば、そんなに時間もかからないと思ってるよ」

 

 力無くとも、銀の心は未だに勇者だった。

 

「この星にはリュウさんが必要なんだ」

 

『……うん』

 

「アタシも手伝うからさ。皆で力を合わせて行こうな」

 

『うん』

 

 結界外での活動は一分以内に抑え、結界内に戻って変身を解除する。

 収穫は無かったが、再変身可能な余力は残した。

 メビウスは、一歩間違えれば間違った方向にも進みかねない竜児を、ちゃんと舵取りしてくれている友人達に暖かなものを感じる。

 

『君は、いい友達を持った』

 

「いっつもメビウスに教わってる僕だけど、それは教わらなくても分かるよ」

 

『そうだね。それは確かに、君も最初から知っていたような気がする』

 

 竜児と銀が帰って来たのを、耳で察知した園子が出迎えた。

 

「おかえり~」

 

 三人一緒に、わいわい話しながら歩いていく。

 

「僕さ、去年くらいまで

 『痛い痛いの飛んでけ~』

 を

 『殺してやるよ、痛みが消えて楽になるだろ?』

 くらいの意味だと思ってたんだよね。記憶が消えた影響だわ」

 

「リュウさんその話小六の時に聞いた。ループしてんぞ」

 

「え、嘘!?」

 

「記憶なくしても、リュウさんは変わってないなあ。

 いやでもそうか、過去にしたバカはもっかいやる可能性があるのか?」

 

「嫌な推論立てないで!」

 

「……昔話をちょっと笑って話せるようになったのって、大きな進歩だよね~」

 

 三人で、適当に昼飯でも食べて行こうかという話が出る。

 

「何食べに行く~?」

 

「ファミレスでいいっしょ、ファミレスで」

 

「えーとファミレス行くと仮定したら一番近い場所は検索検索……」

 

 竜児のスマホが止まる。

 銀の動きが止まる。

 園子は誰よりも早く状況を察した。

 

「樹海化」

 

 世界の時間は止まり、世界の中身が塗り替えられる。

 

 いつものように樹海の端からバーテックスがやって来―――ることはなく。

 いきなり、陸地のど真ん中に怪獣が現れた。

 爬虫類のような風貌。

 ツルツルとした頑丈そうな皮膚。

 蝶の羽根模様のようなカラーラインの翼。

 他の怪獣と比べても、凶悪な面構えを有していた。

 

「って、こっち!?」

 

『超古代尖兵怪獣・ゾイガー!』

 

 怪獣の名はゾイガー。

 竜児がライザーとメビウスブレスを出現させ、変身しようとした。

 したのだが。

 

「そ~れ」

 

 精霊33体をブースターにしてすっ飛んで行った園子が、巨大化させた槍を振るうと、ゾイガーの首がスパッと切れて、地面に落ちた。

 竜児の体よりずっと大きな怪獣の首が、ごろりと地面を転がる。

 精霊33体は全てが移動能力と攻撃能力に補正をかける。

 まさしく、最強の勇者。

 竜児が変身するまでもない、どころか、竜児が変身するだけの時間すらなかった。

 

 樹海化が解除されていく。

 

「あれ~? 楽に倒せちゃったね」

 

「今のおっそろしい威力でそんなこと言うのか……」

 

『今の怪獣には御霊が無かったのかな?

 ……いや、今の一撃に耐えられる普通の怪獣なんて、そう居ないと思うけど』

 

 切り札の34体目を使わずともこの強さ、実に恐ろしい。

 

 これで終わりだったなら、園子の強さだけが記憶に残って終わりだっただろう。

 

「……え?」

 

「乃木さん気を抜くな! また樹海化だよ!」

 

 だが、現実の世界が戻ったのは一瞬だけ。

 一瞬後には、また樹海化が始まる。

 二度目の樹海の空には、ギロチンのようなトサカを持つ、二足歩行の赤い竜のようなものが飛んでいた。

 やや寸胴体型なため、鶏のようにすら見える。

 

「今度の怪獣は、空を飛んで……いや、なんなんだこれ。

 なんで空の真ん中に突然現れた?

 なんで……結界の外から、結界の端を超えて、侵入して来る経路を取らない?」

 

 怪獣が竜児達を見つけ、急降下し―――横合いから跳んで来た友奈が、えげつない威力の必殺パンチをそのこめかみに叩き込んだ。

 

「勇者! パーンチ!」

 

「友奈!」

 

 一点集中された破壊力が、怪獣のこめかみを貫通し、頭の中身をグチャグチャにする。

 更には余剰威力でメルバの首も折れた。

 二体目の怪獣も沈黙し、跳んで来た友奈が怪獣の上に着地する。

 

「あれ? 呆気ない……」

 

「見るたびに威力増してるなあ、勇者パンチ……」

 

『……超古代竜メルバ。スピードはともかく、こんなに脆い怪獣だっただろうか……?』

 

「友奈のパンチも単純に凄かったよ」

 

『それは確かに。思えばブラキウム・ザ・ワンも彼女の拳が半分倒したようなものだった』

 

 ウルトラマンの精霊+精霊牛鬼の力を乗せた、必殺パンチ。

 子供の腕力を針の先に集めれば、岩をも欠けさせるのと同じように、人間の拳などという小さな物に膨大な威力を収束させたならそりゃ痛い。

 だが、これでも終わりにはならなかった。

 樹海化が解除され、再度樹海化が始まり、新たな戦いの幕が開く。

 

「な、なんなのこれ?!」

 

「現実で、小刻みに連続で怪獣が現れてるんだよ~!」

 

「現実……ああ、そうか! 樹海化中は、現実の時間が止まるから!」

 

「現実の時間が動くたび、新しい怪獣が出て来て、また樹海化が始まるんだよ~!」

 

 めまぐるしく現れる怪獣。

 次に現れたのは、"体に眼球が付いている"のではなく、"眼球に手足が生えたような"異様な外見の敵であった。

 

『奇獣・ガンQ!』

 

「メビウス、変身はまだしないで様子を見よう。

 友奈、乃木さん、戦闘をお願いできる?

 あそこに樹さんが見えるから、怪獣の前で気を引いて」

 

「了解!」

「まっかせて~」

 

 友奈と園子が前に出る。

 前衛ができる二人をガンQが見て、そっちを見ているガンQに樹が全力を込めた光る糸を絡める。

 そして、ガンQを転ばせ、怪獣の自重を利用し、ブチッと全身を細切れにした。

 

「おしおきっ!」

 

 怖い殺し方であった。

 

『やはり耐久力が少々低い……それはそれとして、イツキちゃんは怖いね』

 

「普段可愛らしい分釣り合い取ってるのかな……?」

 

「聞こえてますからね先輩達!」

 

 樹はそうして、顔を真っ赤にして竜児に向けて叫ぶのであった。

 樹海化が解け、また樹海化が始まり、新たな怪獣が現れる。

 銀の甲殻。

 銀の筋肉。

 そのせいで、銀の鎧を着ているように見える、凶悪な形相の怪獣。

 

 怪獣が尻尾を振ると、とんでもないパワーで空気が暴風となり、竜児はあわや吹っ飛ばされそうになった。

 

「四体目……!? どうなってんだこれ!」

 

『超古代怪獣・ゴルザ! 攻撃力は本物、耐久力はやや低め、だが、この連戦は!』

 

 友奈、園子、樹が前から怪獣に接近する。

 わざと目立って接近し、ゴルザの意識を引き、怪獣の背後から人影が迫る。

 その人影がゴルザの額に大太刀を叩き込む。更にその上から大太刀を叩き込み、最初の大太刀を更に奥に押し込む。

 そして、更にもう一本。

 大太刀、大太刀、大太刀と三本を直列的に押し込んで、怪獣の頭を貫通させる。

 

 青い光で跳び、赤い光で力任せにゴルザを倒した夏凜が、ティガの精霊と共にゴルザを足蹴にして跳んでいた。

 

「どうなってんのよこれ!

 樹海化と解除と新手の出現の繰り返しじゃない!」

 

「夏凜!」

 

「手応え重いし……いっぱい出て来たらどうにもならなくなるわよ!」

 

 樹海化解除。

 再度樹海化。

 そして偶然、今度は同時に起こった怪獣出現により、二体の怪獣が樹海に現れた。

 

「五体目に六体目!」

 

『地底怪獣・グドン! 古代怪獣・ツインテール!』

 

 息もつかせぬ連続出現。

 倒れた怪獣の死体を確認する時間すらない。

 両手に黒い鞭のような武器を備えるグドンに、下が頭で上が二本触手というとんでもなく奇妙な姿をしたツインテール。

 四人の勇者が構え、遅れて来た二人の勇者も合流した。

 

「ごめん、状況読めなくて遅れた!」

 

「遅れました!」

 

「風先輩、東郷さん!」

 

 そこからも、実にスムーズな連携だった。

 夏凜がグドンの鞭を弾き、樹がワイヤーでグドンをぐるぐる巻きにして、風の大剣がストンと怪獣の首を落とす。

 精神的な繋がりの強さだけでなく、十分な連携訓練が体に染み付いていなければ、できないような綺麗な連携。

 

「よし!」

 

 友奈が東郷を抱え、東郷が"リキデイター"を銃口から撃ち放つ。

 青い光の弾丸が、ツインテールの額を撃った。

 ツインテールが痛みで顔を逸らすが、友奈が跳んで回り込み、友奈が抱えた東郷の狙撃が額の同じ所にヒットする。

 ツインテールは逃げようとするが、友奈が回り込み、同じように同じ場所に狙撃もう一発。

 逃げるツインテールの額を園子の槍が抉り、フィニッシュに東郷の狙撃が一発。

 怒涛の一点集中攻撃に、ツインテールもまた沈黙した。

 

「五体目、六体目、撃破! ……もう来ないでほしいなあ」

 

「え、友奈ちゃん達はもうそんなに倒したの?」

 

 ゾイガー、メルバ、ガンQ、ゴルザ、グドン、ツインテール。

 次から次へと、TVのコマーシャルのように目まぐるしく現れる怪獣。

 ツインテールはまだピクピクと動いているが、倒しても倒しても終わりが見えない。

 竜児は手元の時計で現実時間を計測していたが、実に11秒に6体というペース。

 もしこのままのペースで続けば、勇者達の体の方が保たないだろう。

 

「でも皆凄いな。融合昇華体じゃないとはいえ、怪獣を手際よく片付けていく」

 

『最初の頃と比べても随分強くなったと思うよ。

 精霊が増えて、使える力と能力が増えたというのもある。

 でもそれ以上に、精霊に頼りきりにならずに戦ってきたからだ』

 

「頼り切りにならず、かぁ」

 

『精霊をあくまでサポートと割り切ってる。

 無理に強い精霊の方に戦闘スタイルを合わせてない。

 だから自分の本来の戦闘スタイルが、真っ直ぐに伸びてるんだ』

 

「もう戦いが半年くらいは続いてるしね」

 

『子供の成長はとても早い。素晴らしいことだ』

 

 ツインテールも死に、樹海化が解ける。

 皆は身構えていたが、次の樹海化がすぐに来ることはなかった。

 近くの建物の屋上にある社の前に、勇者達と竜児は飛ばされていた。

 

「……止まった? 良かった、一息つけたか」

 

 とりあえず、ひとまずはここで一区切りらしい。

 夏凜が機嫌良さそうに竜児の脇を肘で突く。

 

「あんたの出番は無かったわね。どう? 頼りになるもんでしょ、私達」

 

「僕の人生の2/3は、君を揺らがず信頼してるよ。今も、昔も、ずっと」

 

「……あっ、そう」

 

 園子がじーっと見て、自分の長い髪を左右で掴み、ツインテールもどきというのも失礼なツインテール未満の何かを手で作った。

 

「……ぴっかーん! 閃いた!

 次の小説は愚鈍な男の子に食い物にされちゃうツインテールの女の子の話にしよう!」

 

「そのっち!」

 

「冗談だよ~」

 

 園子と東郷が戯れている中、友奈と竜児は首を傾げていた。

 

「何だったんだろう、今の。もう一度来たりするのかな」

 

「今のが1時間に1回でも、1日に144体。

 30分に1回なら1日に288体。10分に1回なら一日に864体だ」

 

「うわあ」

 

「流石に今の戦いが延々と続いたら、どっかで誰かに無理が出る……」

 

 ふむふむ、と樹と風が頷く中、竜児の思考が素早く一つの答えに辿り着く。

 

(ん? いや、待て)

 

 少ない情報と、あっという間の連戦だったが、竜児はそこからもちゃんと情報を拾っていた。

 

(四国結界の樹海化で止まる時間は結界の中だけ。

 四国結界が宇宙の時間を止めてるわけじゃない。

 時間が動くたびに、怪獣が現れたってことは……

 四国内部の『何か』の時間が動くたびに、怪獣が発生したってことだ)

 

 怪獣の出現場所は、樹海の端ではなく、むしろ街中に近い場所だった。

 

(今回のバーテックスは―――外からじゃなくて、内から来てる?)

 

 その瞬間の竜児を責めるべきではない。

 竜児は仲間を信じていた。

 だから無防備に考え事をしていた。

 それだけでしかなく、それゆえにその隙を突かれたのだ。

 

『リュウジ盾を前に出せ!』

 

 メビウスの声に、竜児は思考すら挟まず光の盾を展開した。

 急に展開された脆い盾を、刀が半ばまで貫通する。

 突き出された刀の先が、盾の防御により竜児の首の前で静止させられていた。

 

 その、一瞬で。

 

 東郷は本気で殺すつもりの銃弾を撃ち、園子が全て叩き落とし。

 風が本気で竜児を殺そうとし、樹が糸で大剣を拘束し。

 夏凜が本気で竜児の首を切ろうとし、その刀を友奈が掴み止めていた。

 

「―――え?」

 

 東郷の目が獣のように醜いものに変貌している。

 風の手足が化物のように太くなっている。

 夏凜の全身の肉が灰色になり、歪み始めている。

 おかしいのは見かけだけではなく、三人揃って見るからに正気を失っていた。

 

「わっしー、どうしたの!?」

 

「お姉ちゃんっ!」

 

「夏凛ちゃん!? なんで……なんで!?」

 

 止めている三人の肉体にも、変化の兆候が現れていた。

 

「な、何が」

 

『リュウジ、走れ! 今の君の精神状態で彼女らの攻撃は防げない!』

 

 竜児が混乱する頭で咄嗟にメビウスの指示に従い、勇者達から逃げ出そうとする。

 屋上を走る竜児が、街を見る。

 街に怪獣のバーテックスが居た。

 それも、一体や二体ではない。

 加速度的に増えていく怪獣達が、大小様々な怪獣達が、4mから40mまで多様なサイズで街を埋め尽くしていた。

 

(怪獣型バーテックス……なんで樹海化が起こってない!?

 もしかして……敵が来るのに一区切りが来たんじゃなくて、樹海化が止められてるのか!?)

 

 竜児の足元が爆発し、竜児が屋上から放り出された。

 

「!?」

 

 なんだ、と竜児が空中で屋上を見れば、そこには竜児を殺意の目で見る友奈、樹、園子の姿があった。

 友奈の頭には角が生え、樹の口には鋭い牙が、園子の背中には黒い奇形の翼が生えている。

 彼女らが止めていた東郷・風・夏凜も竜児に殺意を向けており、体がどんどん化物のように変化していっている。

 勇者の全てが、化物のような肉体に変貌しながら、竜児を殺そうとしていた。

 

「どうなってんだ……いったい!」

 

 考えても答えは出ない。考えていても始まらない。

 

 建物の谷間に落ちながら、竜児はカプセルとライザーを構えた。

 

「融合!」

 

 起動するはメビウスのカプセル。

 メビウスのビジョンが竜児の右に現れる。

 

「昇華!」

 

 起動するはヒカリのカプセル。

 ヒカリのビジョンが竜児の左に現れる。

 

「この手に光を!」

 

 竜児はライザーを起動、二つのカプセルを覚醒させ、光が弾ける。

 

 建物の合間を落ちながら、竜児は光を身に纏った。

 

《 フュージョンライズ! 》

 

「つなぐぜ! 絆!!」

 

 胸の前でライザーの引き金を引き、二人のウルトラマンのビジョンが今、竜児に重なった。

 

 力が融合し、昇華する。

 

「メビウーースッ!!」

 

 光の巨人が、街の中へと舞い降りた。

 

《 ウルトラマンメビウス! 》

《 ウルトラマンヒカリ! 》

 

《 ウルトラマンメビウス フェニックスブレイブ! 》

 

 仲間との絆がある限り、決して折れない不死鳥の巨人が、数百数千の怪獣が跋扈する街の中にて一人で構える。

 勇者の六人はどんどん奇形化を進め、巨大化を進めていく。

 竜児は抑え込もうとするが、どうにも上手く行かない。

 

 その内に勇者達はどんどん、どんどん大きくなり……しまいには、六人全員が40m級の巨大な怪獣に変身してしまった。

 こうなれば、もはや巨人と化した竜児でも一人では抑え込めない。

 六人全員が、明確に竜児を殺すべく攻撃を仕掛けてきていた。

 

『皆……皆! 落ち着いて! 正気を取り戻してくれ!』

 

『リュウジ、この地獄を生み出した元凶がいるはずだ! そいつを叩けば……』

 

 怪獣化した風の腕が変化した剣が、怪獣化した夏凜の手に生えた刀が、怪獣化した園子の手に異形化した槍が、竜児の肌を切り裂いていく。

 友奈の拳が、樹の牙が、東郷が口から吐いた光弾が、竜児の全身をボロボロにしていく。

 怪獣化した女の子の友達の姿が、竜児の心を削り摩耗させていく。

 

 何が何だか分からないまま、心身共に消耗していく竜児。

 よく分からない。

 何もかもがよく分からないまま、世界が終わっていく。

 そんな、感覚があった。

 

「無様だな、ウルトラマンメビウス」

 

 困惑の中にあった竜児の耳元へ届く、不思議で邪悪な声。

 

 竜児はその声に邪悪を感じ、メビウスはその声に聞き覚えがあった。

 

『この声は……ヤプール!?』

 

『ヤプールって……メビウスが最悪の悪魔と呼んでた、あの!?』

 

 異次元の悪魔、ヤプール。

 その名を聞けば、強きウルトラマンは強烈な警戒心か敵意を持ち、弱きウルトラマンは勇気を出しながらも震え上がるという。

 何度も蘇り、数えきれないほどの破壊と破滅を生み出してきたという悪魔。

 

「今はヤプールではない。

 だが、私が"十二体目"だ。意味は分かるだろう?」

 

『! あのヤプールに、新たな力が……!?』

 

 メビウスと竜児の間に、温度差が生じ始める。

 

 ヤプールの本当の恐ろしさは、本当の意味でヤプールの被害者にならなければ、理解できない。

 

『この訳の分からない状況はお前の仕業か、ヤプールとかいう奴!』

 

「私が備えた()()()()()()()()()、楽しんでもらえているようだな」

 

『―――イーハトン、だって?』

 

「ヤプールが主人格となり、イーハトンの力を拡大・応用して使用してるのだ」

 

 竜児が食って掛かり、ヤプールが笑い、メビウスが"イーハトン"の名に驚愕する。

 

『バカな……』

 

『イーハトン星人……? なんだ、そりゃ』

 

「メビウスはよく知っているだろう。

 何せ宇宙警備隊は、イーハトンに滅ぼされた星をいくつも見てきたのだからな。

 そのくせ、宇宙警備隊はイーハトンを見つけることもできず、幻の存在と呼んでいた。

 宇宙警備隊にも星を守らせず、宇宙警備隊にも認知されない、宇宙に漂う悪が一つ」

 

『メビウス、イーハトンっていうのは知ってる宇宙人?』

 

『……』

 

 メビウスが、真実を語るという残酷に本気で躊躇う瞬間を、竜児はその時初めて見た。

 

『イーハトン星人は、欲望の宇宙人。

 幻の宇宙人ながら、判明している能力は二つ。

 他人の欲望から、イメージに沿った怪獣を生み出すこと。

 そして、他人を欲望に沿った形の怪獣に変えること。

 イーハトン星人に怪獣にされた生物は……()()()()()()()

 

「―――え?」

 

『少なくとも、光の国の技術でも、戻せない』

 

 ヤプールとイーハトンのフュージョンライズは、欲望や負の感情を支配し、欲望から怪獣を生み出し、人間を欲望に沿った怪獣に変化させるもの。

 

 それは、つまり。

 

『待って、メビウス! なら……なら、さっきの六体! 殺してしまった六体の怪獣!』

 

『今はイメージが元なのか人間が元なのか確認できない!

 目の前の戦いに、今は集中するんだ! でないと本当に大変なことになってしまう!』

 

『皆の体が怪獣に変化していって、戻らないって……どういうこと!?』

 

 動揺する竜児の頬を、怪獣化した友奈が殴った。

 フェニックスブレイブが吹っ飛び、大きな大通りの十字路に転がる。

 

「いいのかウルトラマン。あちらで大赦の人間が世界を滅ぼす怪獣になっているぞ」

 

『―――っ!』

 

 欲望に沿った形の怪獣に変えられた人間。

 大赦の大人が変えられた怪獣は、とても醜悪だった。

 こんな世界など終わってしまえ、という欲望。

 子供の生贄が要される世界など、という欲望。

 人が虐げられる歪んだ世界など、という欲望。

 勇者が生贄にされること、天の神が我が物顔で全てを壊していること、人間の想いが踏み躙られていること、それらが全て、"世界を壊す怪獣"として発現していた。

 

 世界のため、神樹様のため……といった理性のタガが外れた者達。

 ヤプールが煽った欲望が、大赦の者達の理性を吹っ飛ばし、"世界を壊す能力"を持った怪獣を生み出してしまった。

 四国の世界に、怪獣達が攻撃を仕掛ける。

 放たれた"世界を壊す能力の攻撃"の全てを、竜児の炎の壁が受け止めた。

 

『ぐっ……止まれぇ!』

 

 怪獣の腹を殴って、殺さないようダメージで無力化しようとする竜児。

 だが、一人無力化させるたびに一本の爪を突き刺されるような攻防であったがために、全員を無力化させた頃には、竜児の全身は傷だらけだった。

 

『っ』

 

 怪獣化した勇者達は強く、尋常な手段では無力化させられそうもない。

 街を守り、怪獣を気絶させながら、竜児は勇者達の攻撃を必死にかわしていく。

 

「いいのかウルトラマン。

 あちらで女を犯したい欲望を解放した怪獣が、女の怪獣を襲っているぞ」

 

『ッ!』

 

 ヤプールの声はただの煽りだ。

 そう分かっていても、何もせずにはいられない。

 竜児は怪獣化した男を引き剥がし、怪獣化した女を助け、両方を気絶させながら、両方に牙で反撃され両腕に穴を空けられてしまう。

 

『い、づっ……!』

 

 誰も悪くない。

 ほんの小さな欲望をヤプールの力で見つけられ、ヤプールに歪められ、イーハトンの力で暴走させられていただけ。

 竜児はそれを分かっているから、皆を全力で助けようとする。

 それでも、性的なことに堪能というわけではない竜児の心には、レイパーが見せた人間の醜さに対する悪感情が、小さく降り積もっていた。

 

「いいのかウルトラマン。

 職場で少し小言を言われただけで、上司を殺そうとする男があそこにいるぞ」

 

『ちくしょう!』

 

「好きなだけ続けるが良い。

 満足するまで。絶望するまで。

 延々と、何の解決にもならない対症療法を続けるが良い。

 既に約四百万人の総人口全てが怪獣と化したこの世界で、な」

 

『―――』

 

 助けて、守って、守った相手に攻撃されて、竜児の傷は増えていく。

 "なんでそんな小さな事で人を殺す欲望を持つんだ"という気持ちが湧いて、"怪獣に操られてなければ我慢してたはずだ"と理性でその気持ちを切り捨てる。

 そして、竜児は空に飛び上がった。

 

 ヤプールの戯言だと思っていた。

 それでも空から確認せずにはいられなかった。

 メビウスの戻す手段がないという言葉が本当なら、ヤプールの言葉が本当なら、四国は、もう。

 

 そう思って、空高くから四国を見下ろした竜児が見たものは―――全ての人間が大小様々な怪獣に成り果てた、四国の姿だった。

 

『嘘だろ』

 

『なんてことだ……』

 

 竜児の心に、延々と苦痛と絶望が叩き込まれる。だが竜児の手足は止まらない。彼がすべきことは何も変わらないからだ。

 地上に降りて、人を守る。

 決定的な喪失を回避するため、戦い続ける。

 

 竜児は戦う。

 だがどんな苦難を乗り越えても、竜児の心に成長は訪れない。

 むしろ人間の汚い部分を見るたびに、心がどこか淀んでいく気すらする。

 絶望というものには、それを乗り越えることで成長できる種類の絶望がある。

 だが、これは違う。

 ただひたすらに、竜児の心の中に人間への小さな失望を積み上げて、竜児の心を淀ませていく繰り返し。

 

 竜児の心を砕こうとする絶望の圧力ではない、心を汚染する悪意の汚濁。

 これが、ヤプール流の絶望だった。

 

 竜児の心が折れる、折れないの話ではない。

 竜児がやるべきことは何も変わらない。

 ゆえに行動は変わらない。

 見たくないものを見て、戦い、守り、傷付く繰り返し。

 不快感、絶望、見たくないものを見たという気持ちが、彼の中に積み上がっていく。

 

 これは試練でもなんでもない。

 これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 竜児に成長をもたらすものでもないからだ。

 かつ、竜児がどんな答えと成長を見せたとしても、竜児の中に人間の醜い部分を見た記憶が残ることに変わりはない。

 

 竜児はいかなる責め苦にも耐えるだろう。

 ……だが。

 その強い心が、折れないままに無限の苦痛と絶望を竜児に与え続ける。

 この地獄に終わりはない。

 元凶を倒してすら終わらない。

 元凶を倒しても、人間が元の姿に戻らないのなら、終わりはどこにある?

 

 決まっている。

 竜児が"もう嫌だ"と全てを投げ出すか、全ての人間を殺して救ってやる以外に、終わらない。

 

「くははははっ! 感じる、感じるぞ! 良い感情を発するウルトラマンだ、貴様は!」

 

 ヤプールは、メフィラス星人等の宇宙人とは決定的に違う。

 人の心を試し、人間がそれを乗り越えたなら人間の勝利とするゲームに仕上げるような、試練となる困難をぶつけてくる者とは全く違う。

 ヤプールは人間の苦しみと絶望を、ひたすらに嗜好品のように堪能する邪悪だ。

 叶うならば永遠に、ウルトラマンと人間の絶望と苦痛を感じていたいとすら思っている。

 

 神の理不尽とも違う。

 世界の残酷とも違う。

 心を汚濁で侵す悪意。

 

「さあ、その手で打ち据え、撃ち抜き、叩きのめすがいい。かつて一つになった者達を」

 

 竜児が、守りたかった人達に攻撃され、傷付いていく。

 

「無力ながらにお前を応援し……無力ゆえにお前が守ろうとした者達を!」

 

 竜児が、守りたかった人達を殴り、歯を食いしばって傷つけ、一時的な無力化を行っていく。

 

「お前が守って来た全てのものが! 救って来た四百万人が! お前の敵だ!」

 

 ヤプールはとても上機嫌に笑う。

 竜児の苦しみ、悲しみ、後悔、自責、死にたくなるような罪悪感。

 溢れ出る"ウルトラマンの負の感情"が、ヤプールの愉悦となって彼を高笑いさせる。

 

 『ヤプールの家畜になった』人間の群れ。

 『家畜小屋』と成り果てた四国。

 

 ()()()()()()()()()()が、他の人間などどうでもいい、自分の欲望さえ満たされればいいという思考の下、世界を飲み込み、滅ぼしていく。

 

「後悔するがいい!

 守ってきたことを!

 救ってきたことを!

 生かしてきたことの全てを!

 お前が一つでも多く守ってきたことが、一つでも多くの苦しみを生み出すのだ!」

 

 オールエンドは、間違いなくそれまでの敵の中で最強だった。

 だが、この敵は違う。

 

 人間の心を覗き、そこに悪意や醜悪を見つけ、それを巧みに操ることに長けるヤプール。

 見つけた人間の欲望を操り、そこから怪獣を生み出し、その欲望に沿った形に人間を怪獣に変えてしまうイーハトン。

 それは『最強』ではなく、『最悪』の組み合わせだった。

 

「イーハトンの力は不可逆の変化ゆえに、ウルトラの星でも戻すことはできない」

 

 気に入らない友達がいる。その想いが殺意の欲となり、体を怪獣に変える。

 嫌な店員が居た。その想いが殺意の欲となり、体を怪獣に変える。

 職場に居辛い。その想いが会社と街を破壊の欲となり、体を怪獣に変える。

 逆恨みも怪獣になる。

 性欲、睡眠欲、食欲も、他人を傷付け殺す怪獣になる。

 

 変容が始まりまだ二分と経っていないのに、世界は恐ろしい地獄に成り果てていた。

 

「お前が与えられる救いは一つだ―――殺せ」

 

『誰が、殺すもんか!』

 

「ならば死という救いを与えられず、永遠に苦しむ者達に、最後まで付き合ってやるがいい!」

 

 竜児は数多くの見たくないものを見させられ、かつ、これは竜児がこれから見るもののことを考えれば、ほんのプロローグに過ぎなかった。

 

「友奈……」

 

『え……あ、アレ、怪獣化してるけど、友奈のお父さん……』

 

「友奈ァ!」

 

 いっぱいいっぱいの竜児の前に、怪獣と化した友奈の父が現れる。

 

 友奈の父は、殺意をもって友奈に襲いかかった。

 

『な……なんで!』

 

『……娘が居なくなってほしいという、小さな欲望?』

 

『―――! 言って良いことと悪いことがあるよ、メビウス!

 そんなわけない! そんな気持ちなんかあるわけない!

 僕は知ってる!

 友奈のお父さんは、友奈に対し愛も罪悪感も持ってるんだ!

 娘のために命をかけて、娘の代わりに死ぬことくらいやりそうな、いいお父さんなんだ!』

 

『僕だって信じたくない!

 だけど、心の片隅に、ほんの小さな想いがあれば!

 娘が居なければ心が楽になるのに、っていう小さな欲があったなら……』

 

『そんな……そんなことあるわけ……あるわけ……!』

 

 例えば、AさんがBさんに悪いことをしたとする。

 AさんがBさんに大きな罪悪感を抱いたとする。

 だがこの罪悪感はストレスの原因になるため、AさんはBさんを次第に憎むようになり、Bさんの存在を排除しようとする。

 一見最悪に見えるが、人間の脳にはストレスを軽減させるため、こういった思考を生み出す機能が備わっている。

 

「死ね……死ね……死ね……友奈っ……楽にさせろ……!」

 

 友奈に対し、父は罪悪感を抱いていた。

 愛している娘を勇者にし、全てを黙っていたことを父は悔いていた。

 だからこそ娘をこれまで以上に愛し、大事にし、娘がちゃんと幸せになるまで精一杯抱きしめてやろうと、友奈の父は決めていた。

 友奈を守るために生身で怪獣に挑んだことからも、そこに嘘がないことは明白だ。

 

 ゆえに、苦しい。友奈がそこにいる限り彼の胸には小さな罪悪感の苦しみが宿る。

 友奈さえ居なければ、この父がもう罪悪感を持ち続けることはない。

 苦しみを感じることもない。

 それは、楽になりたいという欲望だった。

 100000000の愛の中に紛れて、父本人にすら自覚されていない、1未満の欲望。

 だが、欲望は欲望だ。

 

 ヤプールはそれを見つけ出し、それを膨れ上がらせ、歪め、友奈の父をその欲望に沿った形の怪獣に仕立て上げてしまった。

 

「死んでくれ……友奈……苦しいんだ、解放してくれ」

 

 そして、父だけでなく、娘の中の欲望まで悪意的に歪めて発現させる。

 

「辛かったのに……私は使ったのに……お父さんは全部知ってて……お父さん!」

 

 友奈は父を許した。

 愛と寛容さをもって、自分に満開と勇者の真実を黙っていた父を許した。

 

 そんな友奈の心の中から、ヤプールは父への不満や敵意に類する欲望を見つけ出し、その欲望に沿って友奈を更に醜悪な怪獣に変える。

 友奈の中の父への憎悪は、広大な砂漠の中に落ちた小針に等しい、無いと言っていいレベルに小さなものであったが、それが極大規模にまで膨れ上がっていく。

 

「死んでくれ……死ね……」

 

「お父さん……憎い……!」

 

 娘のためなら死ねる愛娘家のお父さんを、完全に洗脳するのではなく、その頭の中から微細な欲望を拾って、あくまでそのお父さんの意志で、娘を殺させようとする悪辣。

 愛し合い、許し合った親子の仲を最悪にかき回す。

 これが、ヤプールだ。

 

『させるか!』

 

 竜児はヤプールが演出した親子の殺し合いを止めるべく、父の方の怪獣を掴んで遥か彼方にまで投げ飛ばす。

 友奈の父が海に落ち、ひとまず親子の殺し合いは免れた。

 ……先送りにしかなっていないとしても、ひとまずは免れたのだ。

 竜児は友奈を押さえ込み、なんとか無力化しようとする。

 

『友奈、正気に―――』

 

 その竜児の顔面を、遠くから怪獣化した東郷の光弾が撃ち抜いた。

 

『っ』

 

『リュウジ、自分の体を守っていかないと、君の残りの命が!』

 

『こんなクソ野郎の好き勝手を続けさせるわけにはいかない……そうでしょメビウス!』

 

『それは……そうだけど……!』

 

 竜児は歯を食いしばり―――()()()()()()()()()の間に割って入った。

 

「入学してすぐの頃、私ずっと、快活で人気者のお姉ちゃんと比べられてたね!」

 

『ぐっ……!』

 

 風を殺そうとする樹の一撃を、竜児は体を張って受け止める。

 

「お姉ちゃんとは全然違うね、って……私は私で、比べられたくなかったのに!」

 

『づっ……!』

 

 樹を殺そうとする風の一撃を、竜児は体を張って受け止める。

 

「樹はいいよね……何もしなくても、可愛いから愛されて!」

 

 二人はヤプールにぐちゃぐちゃにされた精神状態で殺し合い、本気の殺意の一撃を放ち合い、竜児はボロボロになりながらもその全てを互いの体に届かせないよう戦っていた。

 

「私は頑張っても、頑張っても……あいつなら普通だなみたいな顔で。

 何……? 私はできる女なのが当然で、きっちり仕事果たしても当然のことなの……!?」

 

 この二人の間に100000000の愛があるとする。

 敵意は1程度しかなく、憎しみに至っては1も無いだろう。

 ここまで仲が良く、深く愛し合っている姉妹はそう居ない。

 だが人の醜さを操ることに長けるヤプールに、欲望に干渉する能力が加われば、愛よりも憎しみの方が大きい状態にすることなど容易だ。

 

 愛し合う理想的な関係の姉妹を、愛は無視させ、微粒子ほどの小さな気持ちを膨れ上がらせ、二人の間に全く無かった憎しみをかき立てて、殺し合わせるという邪悪。

 尊い愛に吐瀉物を吐きかけるが如き所業。

 これが、ヤプールだ。

 

『やめろ!』

 

 竜児は樹と風の手足を光の拘束で何とか制限し、二人を別方向に吹っ飛ばし、何とか戦闘行為を中断させる。

 

『二人とも、心にもないことを言わされてるだけじゃないか!

 二人とも、望んでもないことをやらされてるだけじゃないか!

 普段の二人を、僕はちゃんと見てた!

 ……僕の兄弟は、ああだったから!

 二人が、どこか羨ましくて!

 理想的な姉妹の関係だった二人が、こんなことするわけないって、知って―――』

 

「違うな、熊谷竜児。これが真実だ。

 私は人間が普段包み隠している愚かさと醜さを表に出させただけだ」

 

『最悪で最低の捏造しておいて"これが真実だ"とかほざいてるんじゃないぞヤプールッ!』

 

 竜児は叫ぶ。

 

『人間の人生の中で!

 常に揺り動く感情の中で!

 ほんの一瞬浮かんだだけの感情切り取って、醜い醜いと晒して!

 それで人間の本質を語った気になってる奴が居るなら、僕がそれを否定するッ!』

 

 未だ姿すら見せず、ヤプールを素材にした十二体目は、この世界のどこかで笑っていた。

 戦いの舞台にすら上がってこない。

 ひたすらに影の存在に徹し、誰の手も届かない場所で、十二体目は笑っている。

 

「言葉に迷いが出ているぞ。人間の醜い部分を見続けたこの一分が、そんなに効いたか?」

 

 どこに居るとも知れないヤプールに向けて叫ぶ竜児の背中を、園子が刺した。

 

『―――く、がっ、あっ』

 

 怪獣になった園子と東郷が竜児に近寄る。

 友奈や夏凜も、竜児の命を狙って逃げ道を塞いでくる。

 そんな勇者達を前にして、竜児の内からメビウスのテレパシーが響く。

 

『手を止めてくれ、皆! 君達は勇者のはずだろう!?』

 

 メビウスは、勇者の皆に竜児を守ってほしかった。

 勇者の皆なら守れるはずだと思っていた。

 彼女らが守れなければ、竜児の余命は最後の戦いまで保たないと思っていた。

 だから、託したのに。

 だから、頼んだのに。

 勇者が守ってくれなければ、竜児の命は保たないはずだったのに、その勇者が今、竜児を本気で殺そうとしている。

 

『僕の声が聞こえていないのか!?

 リュウジへのダメージは、リュウジの命を削ってしまう!

 だから僕は、皆にリュウジを守ってもらおうと―――』

 

『ぐあっ!?』

 

『リュウジ!』

 

 メビウスの声を無視して、怪獣化した園子が、もう一度竜児を刺した。

 

「殺しちゃえば、ずっと私のものだよ~。私は置いていかれないよ~……?」

 

 どんな小さな欲望でも、ヤプールはそれを膨らませ、時に歪ませ、人間をそれに沿った怪獣に変化させてしまう。

 

「なんで、そんなに犠牲になってまで、私を助けようとしたの。なんで、なんで、なんで」

 

『ぐ……東郷さん……!』

 

「そんなこと、頼んでないのに。憎い、憎い、憎い、返せ、返せ、返せ!」

 

 特に、利用しやすい欲望が多く、追い詰めると破滅願望に走りやすい東郷美森は、この十二体目の力の格好の餌になりかねない者で。

 

「あの教室で私の友達になってくれたあの人を、私の友達のリュウさんを、返せ!」

 

『―――』

 

「お前が……お前が、私の大切な友達を、奪ったんだ!」

 

 竜児が竜児を殺した。それは、悲しいくらいに的確な真実だった。

 苦しいほどに空虚で、どうしようもないほどに意味のない、東郷がまともな状態であれば絶対に口にしない真実だった。

 

「返せ、返せ、返せ! 帰って来ない私の友達を……返せ!」

 

『東郷さん……!』

 

 勇者が善良で、他人想いで、仲間想いで。

 かつ強く、どんな敵にも諦めず向かって行き、勝利する者だからこそ。

 ヤプールが作り上げたこの残酷は、最悪に機能する。

 

「そうだな、そろそろ名乗ってやろう。ヤプールではない、私の名前を」

 

 ヤプールが笑い、勇者を操る。

 

「―――満開ッ!!」

 

『―――』

 

 自由に操れるということは。

 ()()()()()()()()()()ということだ。

 ()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 そして、それで得られた勇者と神樹の力が、全て竜児に向かうということだ。

 

「私はお前達の絶望(Despair)を、欲望(Desire)より生み出す者だ」

 

 融合昇華体・ディスピアデザイア。

 

 それが、十二体目となるバーテックスの掲げた名であった。

 

 

 




●融合悪意畜群 ディスピアデザイア

【原典とか混じえた解説】
・異次元人 ヤプール
 前話を参照

・高次元生命体 イーハトン星人
 天使の姿に悪魔の心。欲望と負の感情を操り幾多の星々を滅ぼしてきた一族。
 加えノリも軽く、軽い不安で「世界なんて終わってしまえばいい」と思っている人間を見つけ、気に入って力を植え付け、本当に世界を終わらせてしまうこともある。
 生物の欲望を覗き、その欲望をイメージの数だけ具現化・怪獣化することが可能。
 ただし、イメージによってはそこから生み出した怪獣は時に、現実に存在する怪獣のカタチに沿って誕生してしまうこともある。
 更にはそこから発展させ、その生物を欲望と無意識下のイメージに沿った怪獣へと変化・進化させることも可能である。

 人間にこの二つの能力を使った場合、人間の欲望から怪獣を生み出す力と、人間を欲望に沿った怪獣に変化させる力となる。
 これで怪獣にされてしまった人間は、イーハトンを倒しても元には戻らず、ウルトラの星レベルの技術でも元には戻せない。

 要は"ぼくのかんがえたさいきょうのかいじゅう"を無制限に作っていく能力。
 これらの能力を抜きにしても、イーハトン星人は単体でデタラメに強いため、平然と自分で作った怪獣より強い力を見せたりする。
 外見は天使……すなわち、『天』の神の『使』いである。
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