時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第十二殺三章:悪意の檻

 欲し望む。ゆえに欲望。

 何かを欲するならば、何かを望むならば、その全ては欲望となる。

 欲望を怪獣に変え、人の心さえ操るイーハトンの力は、ヤプールという悪魔には絶対に与えてはならない力だった。

 

「―――満開ッ!!」

 

『―――』

 

 思わず、竜児は手を伸ばしていた。

 届かぬ距離で手を伸ばした。

 満開をしようとする東郷に向けられた巨人の左手で、ウルティメイトブレスが輝く。

 

 勇者から神樹に繋がる経路が完成しかけて、その勇者を光が包んだ。

 満開も起きず、散華も起きず、始動の力が霧散する。

 何故か東郷が発動した満開は、神樹に繋がる経路を形成できずに終わった。

 ヤプールが、世界のどこかで目を細める。

 

「今、何をした?」

 

『……で、できた……』

 

「結界の一種か……?」

 

 ヤプールの性根の悪さからくる無駄に目敏い慧眼が光る。

 今、竜児のブレスから放たれた光が球形の結界のようなものを形成し、東郷を包み込み、そのせいで東郷と神樹の接続が失敗していた。

 その一瞬を、ヤプールは見逃さない。

 何かが東郷を包む壁となり、満開の力の経路を遮断したのだ。

 

 そして、慧眼を持つはヤプールだけではない。

 今の一瞬に、竜児は怪獣化した東郷の体に完全に取り込まれていない端末を見た。

 一瞬繋がりかけた満開の力の経路が、竜児に端末の存在を認識させたのだ。

 他の勇者の体表も、よく見れば端末が表出している。

 

『端末だけでも!』

 

 不死鳥が羽ばたく。超高速移動、と言って差し支えないただの飛行。

 それが怪獣達の攻撃と妨害の間をくぐり抜け、勇者六人の体表のどこかに固定されていた、勇者の端末をスリ取った。

 その際に、端末を固定していた肉が僅かにちぎれる。

 人間で言えば皮膚の表面を少しだけ切ってしまうようなものだったが、怪獣勇者の体ににじむ血が、竜児の中に大きな罪悪感を生み出していた。

 

(……ごめん)

 

 ヤプールは続けて勇者達に満開させようとした……が。

 

「勇者達よ、続けて満開を……うん?」

 

 怪獣勇者は満開しようとしても、できない。

 何故かゲージが減少せず、満開のエフェクトも発生しなかった。

 竜児は巨人の手の平の上で端末を光に包み、どこか遠くへと飛ばして勇者が回収できないようにした。

 

『やっぱりだ。さっき見えたのは、幻覚じゃなかった。

 一瞬見えた不自然な光の力の経路。

 勇者の体と力を存分に使うために……

 ヤプールは体を怪獣化させた勇者の体表に、端末を少し離して固定してたんだ。

 そして肉体と端末を個別に干渉・操作することで、満開の力の経路を作ってた』

 

『……そうか。リュウジと違って、勇者はあの端末と刻印を力の経路にしているから』

 

『これで、満開だけはなんとか封じられた。満開だけだけど』

 

 襲いかかる、勇者の力の断片と怪獣化した肉体を持つ勇者達。

 竜児の攻撃は仲間を前にすれば手控える上に、彼女らは幾多の戦いをくぐり抜けて成長してきた立派な戦士だ。単純にパワーだけを見ても、恐ろしいものがあった。

 "傷付けたくない"なんて意識を持った竜児では敵うはずもない。

 

『ぐっ』

 

「仲間という弱点を自ら進んで作っていく。つくづく愚かな生き物だ」

 

 体に切り傷を増やし、刀を刺され、槍で抉られながらも竜児は怪獣勇者の手足を光の輪で自由に動き回れない程度に拘束していった。

 竜児の"ウルトラマンとしてのレベル"が数々の戦いで上がっていたからか、本来のメビウスが使わない技も使えるようになっている。

 今の竜児に仲間の補助は無かったが、それでも不死鳥の勇者の名に恥じない強さを持っていた。

 

「ほう」

 

 勇者の動きを一時的に止め、竜児は勇者達を置いて空に飛び上がる。

 

『―――絶対に助けるから、皆、もう少し我慢してて!』

 

 空高くから、四国全域を見渡す竜児とメビウス。

 大小様々な怪獣が跋扈する地獄を、二人は改めて認識する。

 

『何度見ても、四百万の数字に嘘はないか……!』

 

『多い……! けど、止めないと!』

 

 四国全域で四百万人の人間が一斉に問題を起こしたら、竜児はそれを防げるのか?

 限りなく不可能に近い、としか言えない。

 腕が四百万本あっても間に合うかどうかは微妙だ。

 数が多いだけなら竜児は気合でどうにかするが、問題は一体一体の質だ。

 

 ヤプールは多元宇宙でも屈指の怪獣製作者である。

 それは、ヤプールが作った怪獣が"怪獣を超えた怪獣"、ゆえに『超獣』と区別して呼ばれていることからも分かる。

 ヤプールが、ひいてはディスピアデザイアの作った怪獣は、ただの人間の小さな欲望から作ったにしては異様に強い。

 平常時の勇者一人と同格かそれより劣るレベルであり、この質を四百万揃えたという時点で圧倒的驚異に値する。

 

 この数の者達に、取り返しのつかないことをさせず、制圧するなど可能なのか?

 

(最初の怪獣が現れてから六体の怪獣を倒すまでで11秒!

 僕が勇者の皆に攻撃を仕掛けられて逃げるまで約30秒!

 そこで僕が変身してから、まだ一分前後……

 まだ怪獣化した人達が取り返しのつかないことをしていない可能性は高い!)

 

 可能だろうと、竜児は考える。

 希望的観測に近いが、彼の勘はまだリカバー可能であると言っていた。

 

(仮に各々が問題を起こし始めるまでの時間を平均1分と仮定する!

 1分間に起こる問題は400万件。

 既に起こり始めた問題が400万件。

 これから僕のカラータイマーが鳴るまでに起こる問題が800万件。

 カラータイマーが鳴るまでの1分間で800万件の処理。

 1秒間あたりに13万件と少しの処理と阻止をやっていけるなら、可能だ!)

 

 思考と計算には0.01秒も使わない。

 ただしその思考と計算には、目眩がするほどおかしい前提と要求ラインが存在していた。

 

(やる! やってやる! できなきゃ……二度と世界は元の形には戻らない!)

 

 やれるか、やれないかではない。

 竜児が世界を守りたいのなら、やらなければならないのだ。

 自分の中の何を削っても。

 

『僕も見る。耳を澄ませて、リュウジ』

 

『メビウス?』

 

『君の視界を、君と僕で見る。

 この数の情報処理を一人でやるのは無理だ。

 僕が見て、君が見て、僕達二人で全員を止めよう!』

 

『……うん、行こう!』

 

 ウルトラマンの広い視界を、二人が分担する。

 四国全域を東と西に分け、一つの視界に映る四国の東半分の情報を竜児、西半分の情報をメビウスが処理し始めた。

 そして、"今すぐに助けないといけない"順に窮地の人を助け、"今すぐに止めないといけない"順に怪獣化した人間を止めていく。

 

 かくして竜児は、空を高速で飛び回りながら、地上に時折光線や光の拘束を発射するという、空からの一方的制圧という戦術を選択した。

 

 瞬間的な弾幕を切り落とすような情報処理は、二人で分担しても意味がない。

 反射神経と、一つの脳の瞬間情報処理の問題であるからだ。

 だが、こういうものなら話は違う。

 一秒に千の弾幕をどう防ぐか、ではなく、一分間に四百万の人間をどう止めるか、ならば。

 二人の思考で分担できるというわけだ。

 

 それでも、一秒あたり13万件というとてつもない仮定の規模の処理数ではあったが。

 

『止まれええええええええっ!!』

 

 竜児の叫びも、竜児とメビウスの意思疎通も、まさしく光のような速さであった。

 

『リュウジ、今止めた場所から北北西100mと西南西1119mとそこから北北西2296m!』

 

『次、次、次、次!』

 

『今止めた場所から真西25m、北西225m、南南西3825m、西北西4125m!』

 

 竜児はオールエンド戦にて、地球と月の間の距離……すなわち38万4400kmの距離を、ほんの数秒で飛んで移動してみせた。

 四国の直径は長く測ってもせいぜい240km。

 空気がある地球では真空を飛んだあの時ほどの速度は出せない上、街を保護するためにソニックブーム相殺の力場を発生させているため、更に速度は遅くなる。

 だがそれでも、四国の端から端まで程度ならば零時間に近いレベルの一瞬で、移動することが可能であった。

 移動時間は問題にならない。

 

 後は竜児が"どの案件を優先して止めるべきか"を間違えず、"どの順番で起こった問題を片付けるか"を間違えなければ、処理しきれる可能性はあった。

 不死鳥の翼が、四国の空を高く舞う。

 

『目を覚ませ、覚ましてくれ、皆! そんな欲望に流されないで!』

 

 通常形態のメビウスの飛行速度はマッハ10。

 1秒気を抜けば3.4kmは流されるという超高速の世界で、竜児は戦ってきた。

 巨人の拳や蹴りの間合いを10mと仮定しても、そんな間合い相当の距離は1/340秒という一瞬で流れて行ってしまう。

 マッハ10のノーマルメビウスの空中高速近接格闘ですら、1秒あたりに340回の単純行動が取れなければ成立しないのだ。

 

 勿論、竜児が普段地上での戦いでここまでの速さで複雑な行動を取っているわけではない。

 強敵との戦闘ともなれば、必然的に動きの複雑さは増し、一般人の目でも余裕で追える速度の戦闘まで速さは落ちる。

 ただし、強化形態にて高速で空を飛び回り、空中から一方的に地上の怪獣人間を光で拘束していくならば話は別だ。

 

 竜児が()()()()()()()頭を動かせば、できなくもないラインである。

 

(次、次、次、次っ!)

 

 脳がフル回転する。脳が熱を持っていく。脳が煮えて溶けそうな感覚があった。

 腐肉の崩壊を始めた竜児の体の中で、おそらく最も脆いであろう脳という部分が、人間ではありえないような酷使をされていく。

 竜児は光の力で脳の神経伝達速度を加速していく。

 文字通りに"光のような速さ"で、竜児は脳に飛び込んで来る情報を処理していた。

 

 飛んで、問題を起こしそうな怪獣を数千数万単位で見つけ、それを頭の中で危険度順に並び替えて、危険な順に光で拘束していく。

 それは例えるならば、四百万人の出題者が出す制限時間一秒の問題に、四百万の答えを常に突き返し続けるような異常な作業。

 竜児はその作業を、メビウスと協力してやり遂げていく。

 

 諦めない限りは戦える、ゆえに彼は不死鳥の勇者。

 追い込まれてからが彼の本領であり、彼の限界をとっくのとうに突破しているこの無茶は、自分の体を燃やしながら全力疾走を続ける、灰になるまでのマラソンのようなものだった。

 

(いける……余裕が出て来た!)

 

 ところがここで、竜児にとって計算外の事態が起きた。

 四国の人間が起こす危機のペースが、予想以上に少なかったのだ。

 海が嫌いで海に攻撃を仕掛ける怪獣、誰かを恨んでいたものの恨みの対象が見つけられず探している怪獣、男性への性欲で怪獣化したが男の全く居ない山中で怪獣化した女性、等々。

 放置しておける怪獣が予想以上に多かった。

 まあ、当たり前のことだ。

 約四百万の人間達全てが偶然全員欲望を満たせる状況にある、なんてわけがない。

 

 予想以上に理想的に展開が進んだため、竜児は秒単位であれば休憩が取れそうな状況にまで持って行けていた。

 その状態でも油断なく、休憩もなく、竜児はこの先問題を起こしそうな欲望を発露させている怪獣を光で拘束していく。

 四国各所で怪獣を拘束していったため、一部地域は活動中の怪獣密度が下がり、怪獣の姿もまばらになっていた。

 

 上手く行けば、あと15秒で四国全体を落ち着かせられるかもしれない。

 

『リュウジ、攻撃が!』

 

『!』

 

 だが、ここまで津波のように怪獣が現れている状況で、そうトントン拍子にことが進むわけもない。

 速度を下げて低空を飛んだ竜児を狙って、地上から32の怪獣が吹いた火柱が、逃げ道を無くすように発射されて命中した。

 竜児は咄嗟に防いだが、地面に落ち、地に足つけて32の怪獣を睨んだ。

 

 統制の取れた攻撃。

 神樹から力を引き出して実現した強力な火力。

 勇者ほどではないが、明らかに一般人が怪獣化したものより強い者の雰囲気。

 竜児を取り囲む32の怪獣には、竜児が知る者の面影があった。

 

『楠さん……』

 

「ええ」

 

 楠芽吹。

 元勇者候補。

 今は元勇者候補であった防人31人を率いる者。

 バイオカンデアの時の彼女の勇姿は、今でも竜児の記憶に残っている。

 

「壁の外を調査するだけの任務で、二人重傷で脱落したことがあったわ。

 それを見て心が折れてしまった二人も脱落。

 大赦はそれを聞いて、すぐに四人の防人を補充した。

 まるで……

 貴重な勇者と違って……勇者になれなかった人間なら、いくらでもいると言いたげに」

 

 当然ながら、彼女もまた、正気を維持できているわけがない。

 

「私達は……"勇者と違って補充できる消耗品"なんかじゃないッ!」

 

 心は狂い、何かを壊し何かを排除しようとする欲望を肥大化させられ、その欲望に沿った醜い怪獣に姿を変えられていた。

 芽吹が、防人達と共に竜児に襲いかかった。

 それは『大赦にも認められた戦力』であるウルトラマンへの憤り。

 『他の者と比べても優れている』巨人の力への嫉妬と破壊衝動だった。

 勇者よりは少ないとはいえ、神樹の力を注がれている防人達は普通に強い。

 

 "防ぎ守る人"という意味の名を持つ彼女らを、四国の人々を守るウルトラマンの行動に対する妨害として使うという悪辣。

 人々を守っている彼女らに、人々を地獄に落とさせるという下劣。

 ヤプールが防人を竜児に差し向けた意図は、とても分かりやすかった。

 

『リュウジ、時間が無い! 急ごう!』

 

『そこをどいてくれ!』

 

 欲望を暴走させられた防人達はまさしく支離滅裂で、主張にまともな理性が見えない。

 竜児が言っていた通り、本当に望んでもいないことをやらされ、心の中のほんの小さな欲望に沿った行動を強制されていた。

 

「大物狩りを成し遂げ、名誉を得て、没落した我が家の復興を!」

 

 例えば、名誉の欲望。先祖を想う気持ちの裏側にあったもの。

 

「勇者みたいに、精霊で守られてない私達は、いつも必死で! それなのにっ……!」

 

 例えば、嫉妬の欲望。強い力を持つ者を羨み消えてほしいと思う気持ち。

 

「神樹様に選ばれてもない奴が、勇者を名乗るなッ!」

 

 例えば、排除の欲望。勇者というものを神聖視する気持ち。

 

 これの、最悪なところは。

 防人は皆普段、ウルトラマンメビウスに感謝し尊敬しているという点にあった。

 竜児がバイオカンデアの一件で"今日は皆勇者だ"と言ったことを伝聞に聞き、各々の反応に差異はあれど、全員が喜んでいたという点にあった。

 あの日の戦いで、竜児と防人達が、心を一つにして戦ったという点にあった。

 

「私達は……勇者のもどきなんかじゃない……!」

 

『言わされてるって、分かってるのに、心にも無い言葉だって分かってるのに……!』

 

 "勇者に劣る者"として格付けされ、大赦が壁外の雑務等に使い、バイオカンデアの時も勇者に劣る者として運用した少女達の想い。

 とてつもなく悪い言い方をすれば、"劣等の叫び"。

 32人の勇ましくも気高い防人達の中から、ディスピアデザイアは醜いものだけを引き出した。

 

 彼女らも勇者に劣るものではなく、本来の彼女らもそれを分かっていて、今の自分と今の立場を誇れるようになっていた。

 楠芽吹などその最たる者だろう。

 だからこそ、彼女らの中にある劣等感を引き出すという悪辣は最悪だった。

 

 不死鳥の勇者を、勇者になれなかった者達が攻撃し続ける。

 

『どいてくれっ!』

 

 それどころか、他の怪獣人間までもが集まってきた。

 

「女……女……」

 

 女性に対する欲望から怪獣に成った男達。

 その狙いは明らかに防人達だ。

 竜児は女の子である防人を守りながら、どちらの怪獣も無力化しなければならない。

 相手の容姿を判別する理性さえ失い、怪獣人間となった防人でさえも狙う性欲の塊は、男性の竜児が見ても激しい嫌悪感を催すものだった。

 

「金……金……」

 

 相手が金を持っているかを判別する理性さえ失い、そこに他人がいれば問答無用で襲い、金を奪おうとする金銭欲の塊も何体か現れる。

 金の欲にまみれた怪獣形態は醜悪で、竜児でさえ目を逸らしたくなるほどのものだった。

 醜く、臭く、ドロドロのヘドロのような金銭欲の怪獣が、防人も竜児も狙って近寄って来る。

 

「腹ぁ減った、減った、何か、肉、肉、腹減った……」

 

 食欲の怪獣が数体現れたことで、状況の混沌具合は更に加速した。

 肉であれば何でも良い。

 食えるのならば何でも良い。

 そういう欲求に支配された怪獣人間が、この場に揃った全ての人間を"カニバリズム"で食い尽くそうとしている。まさに悪夢だった。

 腹が減った程度の欲望で、食いたくもない人間を食わせられるなど、それを悪夢と言わずして何と言うのか。

 

『竜児、さっきの作業をあと十秒以内に始めないと、もう!』

 

『……七秒でカタをつける!』

 

 竜児は歯を食いしばる。

 

 皆で一緒にバイオカンデアを倒したあの日が、何故かとても遠く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故か、一人だけ、怪獣化していない少女が居た。

 

「なんなんだこの状況!」

 

 三ノ輪銀である。

 彼女だけは怪獣化せず、そのままの姿を維持できていた。

 が、四百万の怪獣が跋扈する地獄で、何の力も持っていない中学生女子な銀の独り歩きは、大変危険な道のりだった。

 こそこそ建物の影に隠れ、ささっと移動していく。

 

 十二体目の四国総怪獣計画は、四国内部の情報と、ウルトラマンと勇者の情報を事前に集めた上で、一分弱で実行完了したものだった。

 竜児が銀を抱えて結界外を飛んでいた、あの一分。

 あの一分で全てを終えていたのである。

 竜児が結界内に居たならば、竜児に怪獣化作業を妨害される可能性もあった。

 そのため竜児が結界外に出ることを予測し、彼が結界外に出るタイミングを待ったのだが、そのせいで銀が能力の対象外になってしまったのだ。

 

 銀が耐性を持っているとか、そういうわけではなく。

 単に運が良かったのと、終わった勇者を十二体目が全く警戒していなかったというのが、彼女が無事な理由である。

 

「寂しい時、心細い時、すっと現れてトリビアを披露してくリュウさんカムオン……げっ」

 

 そんなこんなで一人で歩いていた銀を、一匹の怪獣人間が見つける。

 

 大きな口に大きな牙に大きな爪。

 毛むくじゃらの体に黒い甲殻。

 最悪なことに、その怪獣人間の元になった欲望は『殺人欲』。

 普通に生きていればまず実行には移されない、そういう欲だった。

 

「やばっ!」

 

 殺人欲の怪獣が銀に襲いかかる。

 銀は逃げるが、歩幅が違う。

 勇者としての訓練を受けていた銀でも、人間の範疇を超えていない以上、逃げ切れない。

 

「逃げ切れないかっ……!」

 

 怪獣人間が口を開き、銀を噛み潰そうとする。

 銀が痛みを予想し、目を閉じる。

 だが痛みは予想に反し、いつまでもやって来なかった。

 

「……リュウさん!?」

 

『……なんとか、間に合った』

 

 銀を庇った竜児の手が、怪獣の牙を受け止めていた。

 "殺したい"という欲望を能力として具現化させた牙が食い込み、竜児の指は取れかけていた。

 取れかけた一本の指を光で固定し、竜児は光の輪でその怪獣を拘束する。

 

「リュウさん、指!」

 

『このくらいすぐくっつく! それより手に乗って!』

 

 竜児は左手に乗った銀を光の球体で守り、空に飛び上がった。

 右手を地上に向け、右手から放った光の拘束で地上の怪獣を無力化していく。

 まばたきを一度する間に、徳島、香川、愛媛、高知を一回りするような高速処理。

 銀の視点では四国を一周したようにも見えたが、その実四国を何周もしながら四国中の怪獣人間を片っ端から捕縛するという、人知を超えた拘束作業であった。

 普通の人間ならばGで潰れかねないが、銀は竜児の光の球体に守られている。

 

 銀を降ろす安全な場所を見つけることも、銀をそこに降ろすことができていないことからも、今の竜児の余裕の無さは見て取れた。

 

「すっげっ」

 

 竜児が拘束した怪獣人間も、あと少しで三百万人に到達する。

 信じられない数の拘束。使用されたエネルギー量も桁違いだ。

 一人のウルトラマンとして成長し、フェニックスブレイブとなった竜児の強さを理解するにはいい指標だが……竜児の消耗も、それ相応のものとなっていた。

 竜児は銀を街に降ろそうとする。

 

『降りて、三ノ輪さん』

 

(肩で息してる……これ、ヤバいんじゃないのか?)

 

 銀は巨人の手から降りるが、竜児の様子に妙に不安なものを感じてしまっていた。

 カラータイマーはまだ点滅していないが、逆に言えばそれだけで、竜児は異様に消耗している。

 

 汚いものを見て、人間の醜さを見せつけられ、脳に過剰な負荷をかけ、神経を使う傷付けない拘束に疲弊し、怪獣人間に体を何度も傷付けられ。

 けれども、大威力の光線は一切撃っていないからか、フェニックスブレイブの膨大な量の光は使い切られていない。

 いつもの戦いとは全く違う形の消耗に、竜児のガタガタの体が悲鳴を上げていた。

 

「リュウさん、この状況、いったいどうなって―――」

 

 銀を降ろし、竜児はテレパシーで銀に説明しながら飛び上がろうとして、左手を振る。

 振るわれた巨人の左手と、怪獣化した勇者の左手の槍が衝突した。

 怪獣の槍が、巨人の肉を抉る。

 巨人の左手が銀を守り、園子は槍先についた巨人の肉を、漠然とした表情で舐めた。

 

「うふふ~」

 

『乃木さん! 今、僕だけじゃなく三ノ輪さんを狙って……!』

 

「え……これが園子!?」

 

『……敵に操られて、皆おかしくなってるんだ! 三ノ輪さんも気を付けて!』

 

 園子の中の、なんらかの感情か欲望が、竜児と銀の両方に殺意を抱かせている。

 

「初めて、ミノさんを見た時ね~。

 苦手だな、って思ったんだ。

 声が大きくて、気が強くて、気圧されちゃったから~……」

 

 ヤプールとイーハトンの力が、園子の心にあった想いから、心にも無いことを言わせる。

 

「違う人が良かったな、って、私は思った。

 もっと付き合いやすそうな人が仲間に欲しかったな、って、私は思ってね~……」

 

 そう、それは。

 園子の中から生み出された、"三ノ輪銀なんて要らない"という欲し望む想い。

 銀のことが大好きで、ずっと近くに居てほしいと思う園子に、そんな言葉を言わせるということが、既に園子と銀への侮辱だった。

 園子に銀を殺させようとするというこの過程を、醜怪と言わずして何と言う。

 

「ミノさんが居なくなってくれればなって。

 違う人が来てくれたらって、その時の私は、思ってて。

 死んで……殺して……ミノさんが居なくなったなら……」

 

 その当時、"三ノ輪銀が居なくなってくれれば"ではなく、"この人と頑張って仲良くなろう"と勇気を出して想った園子を、この瞬間が穢している。

 苦手に思った銀と仲良くしようとした園子の勇気を、悪意が汚している。

 まさしく、『最悪』だった。

 

 その園子に、銀が憤る。

 

「違うだろ、園子」

 

 園子の言い草に怒ったのではない。

 園子が園子らしさを奪われているこの現実に、今の園子のおかしさに、そしてそれをもたらした悪しき誰かに、銀は激怒していた。

 

「自分のことくらい、ちゃんと覚えてろよ園子!」

 

 銀の怒りが、どこかの誰かの悪意にぶつかる。

 

「園子は、確かにアタシにそう言ってたよ!

 でもその後、話してみたら良い人だったって、言ってくれただろ!

 こういうのは話してみないとわからないよな、ってアタシは返しただろ!

 ……その時園子がそう言ってくれて、アタシは嬉しかったんだ! いい想い出なんだ!」

 

 友情の想い出が汚されている。銀の怒りは沸騰していた。

 

「アタシ達は……アタシ達だけは!

 絶対に何も忘れちゃいけないだろ!

 全部覚えてなくちゃいけないだろ!

 忘れちゃった人のために、ずっと覚えてないといけないって思ってただろ!」

 

 ぴたり、怪獣態の園子の動きが止まった。

 

「一度も口にしたことはないけど!

 アタシと園子の間には、それがずっと無言の約束としてあっただろ!」

 

 銀の言葉が園子に届いたのか?

 竜児は銀と園子の友情ならば、奇跡を起こせるかもしれないと信じていた。

 

「ミノさ……」

 

 竜児のその甘さが、人の善性を信じる気持ちが、また仇になる。

 突き出された槍。銀を咄嗟に庇った竜児の肩に、園子の槍が突き刺さった。

 肩の傷口から、血液のように光が吹き出す。

 

『ッ』

 

「……あれ~? なんだっけ~?」

 

「リュウさん! やめろよ園子!」

 

 ヤプールの悪意は、あらゆる善意と、正義の心と、優しさを踏み躙るためにある。

 

 竜児は別方向から飛んで来た光弾を腕で弾き、その狙いの正確さに、それが誰の撃ったものであるかを理解した。

 

『東郷さん……くっ!』

 

 怪獣東郷の狙撃をしのぎながら、怪獣園子の槍を弾き、竜児は銀を路地裏に隠す。

 

『ここから離れて。隠れられそうな場所があったら、そこに隠れてて』

 

「リュウさん!」

 

『ここは僕の頑張りどころだ。僕に任せて、三ノ輪さんは自分の安全だけ考えて』

 

 今、戦えるのは竜児だけだ。味方は居ない。味方は全て敵になった。

 無力な三ノ輪銀、ただ一人を除いて。

 

『またね』

 

 竜児が銀に背を向け、全てを守る戦いに向かう。

 巨人を怪獣化した園子と東郷が本気で殺しにかかった。

 銀には何もできない。できることなど何もない。なのに。

 このまま自分が何もせず彼に戦わせたら、彼が死ぬ。何故か、そう思った。

 

「―――っ」

 

 銀は端末を握る。

 だがそれは、彼女を勇者にしてくれた端末ではない。

 昔の端末は既に夏凜に譲渡されている。

 銀の勇者の力は、既に夏凜のためだけの力に調整されている。

 もう銀のための勇者の力など、どこにもないのだ。

 

 熊谷竜児は勇者である。

 三ノ輪銀は勇者ではない。

 

「なんで、アタシは……戦えないんだ!」

 

 銀は神樹に祈る。勇者の端末でもなんでもない端末にすがる。

 

「勇者だったろ! なら、もう一度勇者になって守らせてくれよ!」

 

 銀は今日ほど、勇者の力を失ってしまったことを悔いたことはなかった。

 満開の喪失が産む苦しみが、二年越しに銀を襲う。

 銀の二回目の散華は、銀に"無力感"というとても大きな苦痛を与えるものだった。

 

「頼むよっ……!」

 

 勇者であることが苦痛に直結するのと、同じように。

 勇者でないことが苦痛に直結することもある。

 

「園子と美森がリュウさんを殺すとこなんて、見たくないんだよっ!」

 

 そして、力を求めて祈るだけで勇者になれるなら、誰も苦労はしない。

 

 代わりになってやれるなら代わりたいと、安芸は願っていた。

 勇者になると、芽吹は誓っていた。

 けれど勇者になろうとした者は皆、なれなかった。

 願ったから成れたのではなく、その時に選ばれたからこそ成れるのが、勇者なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とうとう、二分が経過してしまう。

 

『カラータイマーが……!』

 

『あと一分でも、諦めるか! 行くよメビウス!』

 

 状況を解決しきれない。

 現状を打破できない。

 このまま時間が切れれば、竜児の光で拘束されている怪獣人間も解放されてしまう。

 そうなれば終わりだ。

 

 今、世界を守れるのは竜児しかいない。

 頼れる仲間は一人もいない。

 後を任せられる者がいないのだ。

 この一分が、本当に世界を守る最後の砦となる一分。

 

「そろそろ終幕と行こう」

 

『……ディスピアデザイア!』

 

「全ての怪獣よ。追い詰められたウルトラマンを、その全ての力をもって殺せ」

 

『―――!』

 

 ゆえに、ここでヤプールは仕上げの仕掛けで畳み掛けた。

 四国に残った全ての怪獣が、全ての欲望よりもヤプールの命令を優先し、四国中から竜児に向けて殺到する。

 

 これで、詰みだ。

 ヤプールは四国中に暴れる怪獣人間が散乱している状況を作ることで、飛び回るフェニックスブレイブがそれの対応で手一杯になる二分間を作った。

 そして、大半の怪獣人間が光で拘束された後、残った怪獣を竜児に向けて殺到させることで、竜児が対応に追われる一分間を作った。

 二分と一分、合計三分。

 ヤプールは綺麗に状況を転がし、竜児を常に受け身と対応一辺倒にして、竜児を詰ませる。

 

 竜児は結局、ヤプールの目論見通り終始"能動的に状況を解決するため動く"ことができず、最後まで"怪獣人間が起こした状況の対応"にほとんどの時間を使い切ってしまった。

 

「四国中の全てを無理にカバーし、無駄に二分を使ったな。

 対症療法だと知っていただろうに。

 どうあがいても全ての人間を守り切るなど不可能だと分かっていただろうに。

 だが、そうするしかない。貴様はウルトラマンであり、光以外の者にはなれないからだ」

 

 ヤプールは、『ウルトラマン』をよく分かっている。

 

「くくくっ……ふはははははは! 三分では、あまりにも時間が足りなかろう!」

 

 カラータイマーが点滅する竜児にまた、竜児の知る者が襲いかかった。

 

『! 鉄男く……』

 

「姉ちゃんを、苦しめたな」

 

『―――』

 

「兄ちゃんが、にいちゃんが、うちに来なくなった頃、姉ちゃん一人で泣いてたんだぞ!」

 

 銀の弟、三ノ輪鉄男。

 その言葉が竜児を苦しめる。竜児の心を抉る。竜児の動きを止める。

 怪獣化した鉄男の爪が、物理的にも竜児の胸を抉る。

 

『ぐっ、て、鉄男君……』

 

「お前が姉ちゃんを苦しめたんだ。守ってくれるって、言ったのに!」

 

「……っ」

 

 鉄男の心もまた、欲望と主観をぐちゃぐちゃにされていた。

 今の彼は竜児を叩きのめし、消してしまうことを欲し望んでいる。

 二年の時を越えて再会した鉄男は、もう七歳になっていて、小学生になっていた。

 想い出の中の小さな記憶が、鉄男の爪と牙を竜児に向かって振るわせる。

 爪と牙が、巨人の肉を抉った。

 欲望が"竜児を消すためだけの力"を鉄男に発現させているのだ。

 

(姉のために怒れる男の子に。姉のために戦える男の子に、なったんだな)

 

 竜児はその成長を喜び、悲しんだ。

 

『ごめんな』

 

「うるさい!」

 

『守るって約束したんだから……

 僕は、君が大好きな姉に、満開を一回でもさせちゃいけなかったんだ』

 

「うるさいっ!」

 

 鉄男に叩きのめされる竜児の脳裏に、あの日の約束が蘇る。

 

■■■■■■■■

 

「ウルトラマン、姉ちゃんを守ってくれよ」

 

「姉ちゃん?」

 

「姉ちゃんはお役目のこと隠してるんだ。

 よく分かんないけど、時々怪我してるし、なんか武器振る特訓してるし……

 きっと何か、危ないことしてるんだ。だから、守ってあげてくれよ、ウルトラマン」

 

「……んー、よく分からないけど、分かったよ。任せて」

 

「本当!?」

 

「うん、約束だ」

 

「わかった! 姉ちゃん守ってくれるなら、にいちゃんの正体は黙ってる! 約束な!」

 

■■■■■■■■

 

 あの日、竜児が鉄男とした約束。

 ウルトラマンが幼い子供と交わした約束。

 竜児の主観で、竜児はその約束を破ってしまっていた。

 見えなくなった姉の目を見て、弟は何を思ったのだろうか。

 

「姉ちゃんが、何か悪いことしたのかよ!」

 

『……』

 

「片方目が見えなくて、時々壁とかタンスにぶつかって、笑って誤魔化してて!」

 

『……っ』

 

「スポーツ万能で、皆がかっこいいって言ってた姉ちゃんだったのに!

 ドッジボールも、サッカーも、全然できなくなっちゃってて!」

 

『……っ!』

 

「守ってくれるんじゃなかったのかよ! 嘘つき!」

 

 鉄男の手足を、竜児の光の拘束が絡め取る。

 

『……ごめん』

 

 心に汚濁が染み込んでいくような攻防だった。

 

 鉄男を無力化した竜児の背中を、ギロチンのような刃がザクリと切り抉る。

 

『ぐっ、うっ……安芸先生……!』

 

「ダメじゃない。危ないことをしちゃ」

 

 それもまた、竜児のよく知る人間の一撃によるもの。

 背中を深く切られた竜児が呻き、地面に膝を立てる。

 "誰よりも強い力を"という欲望で、安芸はとてつもなく強い怪獣に変貌していた。

 これは心の片隅にあった欲望ではない。

 彼女の中にあったとても大きな欲望だ。

 ゆえに安芸はとても強力な怪獣となり、それに相応の攻撃力を備え、勇者の怪獣並みの攻撃力をもって竜児に重傷を叩き込んでいた。

 

「代われるものなら代わってあげたい。

 強くなりたかったの。

 力があればと思ったの。

 そうしたらこうなれたわ。

 勇者より強く、巨人より大きく成れた。

 なのに竜児君は今も何故か戦っていて困ってしまうわ」

 

『先、生……!』

 

「手足を折れば、戦えなくなるかしら」

 

 怪獣化した安芸の右腕に備わったギロチンのような刃が、竜児の右足を切り抉る。

 竜児は右足を囮にし、安芸の体を強固な光の輪三つで捉え、ガチガチに拘束した。

 カラータイマーの点滅が早まる。

 

『……先生が、いつもそういう悩みを抱えてること、分かってます。

 でも……でも、先生を怪獣にしてまで、守ってもらおうとは思わないです……』

 

 竜児を前後から二体の怪獣人間が挟み撃ちにする。

 片や見覚えがあり、片や見覚えがない。

 それも当然だ。

 片方は竜児の中学校のクラスメイトであり、片方は小学校時代のクラスメイトだったのだから。

 

 両方共に竜児=メビウスという事実を知らないが、ヤプールの悪辣な工作により、彼らにはメビウスが竜児に見えていた。

 彼らは竜児を殺そうとしているつもりで、ウルトラマンを殺そうとし、結果として回り回って竜児を殺すための行動を取っていた。

 

「お前、廊下で俺にぶつかったよな。

 過剰なくらい頭下げて、ああ、こいつは真面目なやつだなって思った。

 相手の痛みを想像するいいやつなんだなって思った。

 気持ちよく許してやれた。

 だけどちょっと痛かった。ぶつけられた時イラっとした。……ああ、殺したい」

 

『ごめん、そんな……そんな小さなことで、君をそんな姿にしてしまって』

 

 とても小さなことで、無理矢理に殺意を持たされた中学のクラスメイト。

 

「六年二組から勝手にいなくなっちゃって。

 悲しかったよ。なんで突然いなくなったのよ。

 悲しくて、悲しくて……あなたがいなくなれば、この悲しみもどこかにいってくれるかな」

 

『……ごめん。本当に、ごめんよ』

 

 悲しみがあった。悲しみを消したい気持ちがあった。

 そこには"悲しみを悲しみの原因ごと消したい"という欲求が付随する。

 二年前にあった、とっくの昔に乗り越えられていた悲しみが、殺意を生み出す。

 二年越しの殺意が竜児に襲いかかる。

 

 竜児は片方が吐き出す炎に焼かれ、片方が吐き出す氷の刃に引き裂かれ、それでもクラスメイト達を傷付けないよう優しく光で拘束する。

 

『……くそっ!』

 

『リュウジ、耳を貸しちゃダメだ!

 これはヤプールの策略だ!

 ()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

『……分かってるよ!』

 

 怪獣の波状攻撃は止まらない。

 無力化しても無力化しても、ヤプールに煽られて次がやってくる。

 

「ウルトラマンは尊敬されて凄いな。

 皆に見上げられて凄いな。

 お前を倒しちゃえば、俺もお前みたいに尊敬されるかな!」

 

 彼らはただ、ディスピアデザイアに煽られた欲望に従い、愚行を繰り返す。

 

「ああ、恐ろしい。

 僕らを守ってくれるウルトラマン。

 頼れる、とても頼れる、素敵だ。

 でも……もしウルトラマンが敵に回ったら、怖すぎる。

 敵が全部居なくなったら、その後に居なくなってほしいよな……

 強くて大きくて、地球に居てほしくない……そうだ、今消えてもらおう!」

 

 誰かの心の片隅にある、小さな欲望が、怪獣を産み。

 怪獣となった者達が他人を傷付けないよう、竜児が皆の欲望のツケを支払い続ける。

 

「うっざ。

 褒められてばっかじゃんウルトラマン。

 私は全然褒められないのに。ウルトラマンも苦しんで、報われないようになっちゃえ」

 

 カラータイマーの点滅が早まっていく。

 

 襲いかかる怪獣人間軍団を片っ端から光で拘束し、気絶させるため腹を殴り、無力化していった竜児が、その先で見たものは。

 更に怪獣化が進んだ、勇者の皆の姿だった。

 

『風先輩……!』

 

 腕から剣が生えた、風が襲いかかってくる。

 

「苦しい、苦しいのよ」

 

 竜児もまた、腕の剣でそれを受け止めた。

 

「なんであなたは幸せになれないの」

 

 風が振り回す怪獣の腕剣が、竜児の体を切り裂いていく。

 

「しょうがなかったことしか、してないじゃない。

 あなたは何も悪いことなんてしてないじゃない!

 なのになんであなたは楽になれないの! 幸せになれないのよ!」

 

 防戦一方で反撃できない竜児の胸を、風の大剣が斜めに切り裂く。

 

「あなたを見てると苦しいから……消えて! 死んで! 消えなさいよ!」

 

『風先輩……!』

 

 痛みに耐えて下がった竜児の体を、怪獣化した樹の糸が絡み取った。

 

「熊谷先輩らしさが一番出てるのは、戦いの中じゃなくて、日常の中なのに」

 

『樹さん、ぐっ、この拘束は!?』

 

 緑の光を纏う糸が、竜児の全身を締め上げる。

 少しでも気を抜けば全身が細切れにされかねない。

 全身を締め上げる糸が、全身に苦痛を走らせる。

 

「誰かを想ってお守りを作ってる時の方が、ずっと先輩らしいのに」

 

 手で糸を解こうとしても、ほどけない。

 がっちりと絡み、肉に食い込んでほどけない。

 "絶対に離さない"という欲望、意志を、反映しているかのように。

 

「なんで一番危ない場所に、戦わないといけない場所にいるんだろう」

 

 樹に縛られた巨人に向けて、風が腕から生えた大剣を振り上げた。

 

「縛っておけば、先輩が苦しむ場所に行くことはなくなるのかな……」

 

『樹さん……!』

 

 竜児は全身を高熱の炎で燃やす。

 そうして全身に絡む糸だけを焼き尽くし、接近してきた風に掌底一発。

 風の手足と樹の手足に、光の拘束を巻き付けた。

 勇者相手では時間稼ぎにしかならない。

 そうと分かっていても、それ以外に手段がない。

 

 拘束を完了した竜児の額を、怪獣の吐き出した光弾が強打する。

 

「私の」

 

 東郷が、遠くから光弾を吐き出していた。狙撃の精度で、拳銃のように連射していた。

 

『この距離は、この威力は、不味い……くっ……!』

 

 竜児の全身を東郷の光弾が幾度となく撃っていく。

 

「私の友達をもう手の届かない場所に行かせてしまった、その選択をした人が、憎い」

 

 竜児は光の盾で光弾を防ぐが、言葉の弾丸は防げない。

 

「いなくなれ、いなくなれ、いなくなれっ!」

 

 東郷の中の"ありえない未来を欲し望む欲望"が、東郷の言い分を破綻させていく。

 東郷は、竜児を犠牲にした竜児を憎みながら。

 竜児にいなくなれと呪詛の言葉をぶつけながら。

 いなくなってほしくないと、真逆の言葉を竜児にぶつける。

 

「なんで……いなくなっちゃったの……なんで……一緒にいてくれなかったの……!」

 

『鷲尾さ……東郷さん!』

 

 光弾が途切れた瞬間に、竜児は腕を突き出し光を飛ばした。

 遠くの東郷を光で拘束し、されどその隙を突かれ、東郷に向けて突き出した腕を園子の槍に抉られてしまう。

 

「ドラクマ君も、わっしーも、忘れてしまう。私を忘れて先に行っちゃう」

 

『乃木さん……』

 

 双剣を駆使し、竜児は園子の槍を受け流す。

 

「想い出が残らないのは、覚えていてもらえないのは、嫌だよ~」

 

 園子はいつもの園子のような、いつもの園子でないような、不安定な感情の波をそのまま声に出している。

 

「忘れられたくない……置いて行かれたくない……

 私を覚えている人が、私を覚えたまま死んでくれれば、きっと私は……!」

 

『乃木さん!』

 

 竜児は槍を紙一重で避け、槍が活かせない懐に入り、抱きしめるようにして園子の動きを止め、そのまま園子の全身を光にて拘束した。

 

『リュウジ、耳を貸しちゃダメだ! これはヤプールの……』

 

『僕が……僕が! 友達が本気で言った言葉を、無視できるわけないだろ!』

 

『―――』

 

『それが、ヤプールに言わされてるだけの戯言でも、心の片隅にある想いなら、それは……!』

 

 動揺した竜児の胴を、背後から音もなく忍び寄った怪獣の手の刀が突き刺した。

 

『ぐっ、うっ、ぐっ……!』

 

「楽に」

 

『夏、凜……!』

 

「楽にしてやりたい」

 

 とても、とても、シンプルな欲望。

 

「リュージを、楽にしてやりたい」

 

 "幼馴染を楽にしてやりたい"という欲望が、ディスピアデザイアに掌握され、正気の夏凜ならば絶対に持たないような方向性を持つ。

 殺して楽にしてやろう、という方向性。

 最悪の方向性だった。

 

 ヤプールが笑い、腹から背中に繋がる穴を空けられた竜児が倒れる。

 

『リュウジ!』

 

 メビウスの声が虚しく響き、勇者怪獣の攻撃によって出来たチャンスに、無数の怪獣が飛びかかっていく。

 

 『ヤプールの家畜になった』人間の群れ。

 今や()()()()()()()()()()()()()()、竜児を殺しに来ている。

 皆の想いは一つ。心は一つだ。

 誰もが目的を一つにし、繋がり、助け合い、支え合い、竜児を殺そうとしている。

 

 一糸乱れぬ連携は、とても美しい。

 竜児を殺すため団結し、力を合わせた仲間達の、とても綺麗な連携だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その美しさに、ただ一人が抗った。

 その理不尽に、ただ一人が抗った。

 運命に、彼女は反逆した。

 

 結城友奈が、怪獣に成り果てた彼女が、竜児に襲いかかろうとした怪獣全てを殴り飛ばす。

 

「いじめ、るな」

 

 夏凜も含めた、全ての敵を殴り飛ばした。

 

「みんなで、りゅうくんを、いじめるな……!」

 

 結城友奈が、欲し望むもの。

 ズタボロにされた竜児を見て、欲し望むもの。

 そんなものは決まりきっている。

 ()()()()()()()()()()()()。そうして、彼を守ることだ。

 言うなれば『友達を守りたいという欲望』。

 それが、友奈の肉体を欲望に沿って変質させた。

 

 今の友奈の中には、ディスピアデザイアの意に反した肉体変質を起こすだけの欲がある。

 急激な肉体変質を起こすだけの欲がある。

 "竜児の幸せを欲し望む"友奈の欲望に至っては、ヤプールの下した命令を一度全てリセットしかねないほどの強さがあった。

 

「いじめるなっ!」

 

 友奈に殴られた夏凜の動きが、変になる。

 夏凜もまた、横に居た園子の頭を腕に生えた刀でぶっ叩いた。

 竜児の拘束を引きちぎった園子が夏凜と頷き合い、夏凜が同じように拘束を引きちぎっていた風と樹の頭をぶっ叩き、園子が東郷の拘束を切ってほどいてその頭をぶっ叩いた。

 風、樹、東郷の様子も変になる。

 

 そうして、友奈から始まった勇者の怪獣の奇行は、竜児の周りで竜児を守る六人の怪獣、という光景を生み出して終わった。

 怪獣の姿のまま、勇者達は竜児を守る。

 

『皆……皆!』

 

『凄い……奇跡だよ、リュウジ!』

 

 もうどうとでもなる気がした。

 ここから逆転できる気がした。

 竜児は負ける気がしなかった。

 

「ふん」

 

 そんな中、ディスピアデザイアが鼻を鳴らす。

 

「ほんの僅かな予想外、というやつか。だが、想定内だ」

 

 そして、指を鳴らす。

 

「殺れ」

 

 ヤプールが改めて命令を出した、その瞬間。

 

 勇者達に起きた変化は全て上書きされ、起きた奇跡は無かったことにされてしまった。

 竜児を守っていた勇者達が振り返り、友奈の拳、東郷の光弾、風の大剣、樹の糸、園子の槍、夏凜の刀が竜児の体に叩き込まれる。

 

『―――う、あっ』

 

 それが、トドメになった。

 竜児の変身は解除され、メビウスが一万年近い付き合いになる悪魔へ向けて、叫ぶ。

 

『ヤプールっ!』

 

「ふはははははははっ! ああ、その声が聞きたかったのだ、ウルトラマンメビウス!」

 

 ヤプールが笑う。上機嫌に笑う。

 今、竜児が拘束していた怪獣人間達も、全て解放されてしまった。

 

 竜児は地面に落ちるが、全身から血を流しながら立ち上がる。

 もう力など残ってはいないが、それでも立ち上がる。

 立ち上がり、立ち向かう。人間が変えられてしまった、無数の怪獣に向かって。

 

「まだだ、僕には、守るべきものが……!」

 

「もう何も無かろう、若きウルトラマン」

 

「―――」

 

「今お前が戦っているその敵が、お前の守るべきものだ。お前の全てだ」

 

 そうして、守りたかったもの全てが敵となってしまった、哀れな竜児を。

 

 怪獣となった東郷と園子が、踏み潰した。

 

 

 




はい

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