樹海化を妨害された場合の神樹は、現実の街の中に現れる。
でなければ、街と結界が保たないからだ。
本来ならば樹海化は世界の中身の塗り替えであり、異常から日常を守る世界の壁である。
そう簡単に妨害はできない。
力任せに突破するには、それこそ神に等しい力が要る。
ディスピアデザイアはこれを、"世界に変わってほしくない"という欲望を持つ人間を怪獣化することで妨害した。
世界の不変を望む欲望。
それは、日々の幸せを感じている竜児や勇者の中にもあるもので、きっと日々を楽しんでいる誰の中にもあるものだ。
この欲望が、樹海化という世界の変化を無効化する。
四国の中央に鎮座する神樹に、ディスピアデザイアは一切手を出さない。
フェニックスブレイブが飛んでいる内は、手を出そうとしても竜児に止められていただろうが、そもそも十二体目に神樹に手を出す気はない。
何故か?
簡単だ。
神樹を折ってしまっては、ウルトラマンを苦しめる前に世界が終わってしまうからだ。
ヤプールは勝つための最善を求め、知略を巡らせているのではない。
まずウルトラマンの勝ち目を緻密に潰し、ウルトラマンが最大限に苦しむよう謀略を組み、苦痛と絶望の中でウルトラマンが死んでいくよう、知略を巡らせているのだ。
神樹が折れるタイミングでも、ディスピアデザイアは神樹を折らない。
何故なら、いたぶりが足りていないから。
その辺りは天の神の意図を全く反映していない、"ヤプールの嗜好"と言うべき点だった。
銀は、ヤプールの悪辣をずっと見ていた。
フェニックスブレイブは銀から離れ、皆を守ろうとしながら戦い続ける。
たった一人だ。
いつも皆と一緒に戦っていた竜児の横に、今は誰も仲間が居ない。
巨人は一人で全てを守ろうと足掻いている。
そんな竜児を、全てを思うがままに操るディスピアデザイアが嘲笑っていた。
銀は助けたかった。守りたかった。救ってやりたかった。
苦しんでいる彼に"もう大丈夫だ"と言ってやりたかった。
悪いやつの高笑いを止めてやりたかった。
けれど、それを為すための力は彼女の手の中にない。
「アタシにできることは」
銀にできることなんて、大人しくしていることくらいしかない。
怪獣に踏み潰されそうになっても、掴まっても、ディスピアデザイアに見つかっても、竜児の足を引っ張る結果に繋がってしまう。
何も無いのだ。
この状況で、ただの人間にできることなど。
何も無い。
「……何も、無い……!」
怪獣化した人間が炎の塊を吐き出し、路上にぶつかり爆発した。
路上には軽い焦げ跡が着いたのみであったが、爆発の威力は凄まじく、離れた場所にいた銀も爆風で吹っ飛ばされてしまう。
勇者ではないただの人間は、こうして強者の行動に巻き込まれるだけの存在なのだ。
「うあっ! いつつ……」
無力感を噛みしめる銀。
だが吹っ飛ばされ、転がった先で、彼女は一輪の花を見つけた。
「牡丹の、花……?」
銀が偶然に見つけた花は牡丹。
彼女が勇者だった頃、衣装の意匠であった花。
寒牡丹と呼ばれる品種であり、11月から1月までに咲き誇る花の一つだった。
未来の竜児が過去から帰還し、未来の時間軸で銀や園子と再会した頃。
銀は想い出を振り返って"ある日のこと"を思い出していた。
その日、過去の竜児が銀に言った言葉がある。
銀は結局その言葉の意味を、過去の竜児に聞けずじまいだった。
―――立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
―――ん? なにそれ
―――褒め言葉だよ。大人になると意味が分かるやつ
あれにはどんな意味があったんだろう、と銀は後に思うようになった。
唐突に言われたあの言葉。
銀にその言葉を言ったその人は、見方によってはもうどこにもいない。
銀の胸に一抹の寂しさがよぎるが、銀は首を振って寂しさを霧散させ、過去の竜児に聞けなかったことは今の竜児に聞けば良いのでは? と思いついた。
過去も未来も、竜児は竜児なのだから。
「リュウさんさ、ちょっといい?」
「うん?」
「『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』って何のことか分かる?」
「一説には薬の扱いを指した言葉であると言われることもあるけど、一般的には美人のことだね」
「……美人?」
「そう、美人。どれも美しい花、清楚な花の代名詞だから」
「そ、そうなんだ」
「三ノ輪さんはどんな状況で言われたの?」
「え? えーと、楽に座って弟撫でてる時だったかな……」
ふむ、と竜児は顎に手を当てた。
「じゃあ三ノ輪さんへの告白とかじゃないの?」
本が積んであった山に銀がぶつかり、どんがらがっしゃんと本が崩れた。
片目が見えないって大変だなあ、と思う竜児は、本を積み直しながら銀を支えることを――そしてその目を治すことを――改めて心に決めるのだった。
「こ、告白?」
「そりゃもう、遠回しな告白じゃないかな」
「アタシなんかにそんなのされるわけが……」
「こんな露骨に美しさ褒められといて、何鈍感気取ってるのさ。
あくまで個人的な感想言うと、三ノ輪さんのことちょっとは分かってる感ある褒め言葉だね」
うんうん、と頷いている竜児を見て、こいつ、と銀は心中でやるせない気持ちになった。
「告白じゃなきゃ言ったその人がよっぽど何も考えてないとかだよ。
なーんも考えないで、頭に浮かんだ褒め言葉をそのまま口に出したとか。
何も考えないで思った褒め言葉をそのまま口に出すなんて、よっぽどのアホだと思うけどね」
あっはっは、と竜児が笑う。
「……」
どっちだよ、と銀は思った。
竜児は昔からずっと頭の良いアホであるがゆえに。
牡丹の花に、銀が触れる。
地上でか弱い花が無事に咲き続けられているくらい、地上は怪獣人間から守られているのに。
地上を守っている巨人を守る者は誰も居ない。
爪が、牙が、剣が、槍が、炎が、雷が。各々の怪獣人間が発現させた攻撃能力が。人間を守ろうとする巨人の命を削っていく。
誰も彼もが正気を失ったこの地上で、銀だけが、守るべき人間達に削られていく竜児の残り少ない寿命を見ていた。
―――残りは12体目と13体目。
―――そのどちらでも、受けるダメージは少なくなるよう気を付けてほしい。
―――受けたダメージは、そのままリュウジの命が削れるという結果に直結するから
メビウスの言葉が、この地獄の凄惨を映えさせる。
「やめろ」
燃えながら飛ぶ不死鳥の姿が、燃え尽きていくロウソクのように見えた。
「やめろ!」
倒すべき悪はどこにも見えない。
見えるのは、哀れな加害者と憐れな被害者のみ。
傷付ける者と傷付けられる者の両方が、悪ではないという悲劇。
「傷付けたくないやつを!
傷付けられたくないやつを!
何も悪いことしてないやつを!
無理矢理に加害者と被害者にするなぁっ!」
その叫びが、銀の善良さと優しさそのものだった。
だが、善良なだけでは、優しいだけでは、何の悲劇も止められない。
今の銀には優しさもある。勇気もある。けれど、強さがなかった。
時に拳を、時には花を。怪獣に対してもそうできる手がないのであれば、その人がバーテックスから何かを守り救うことなどできはしない。
「なんでアタシは、戦えないんだ……ちくしょう……!」
そこに咲いているだけで、何もできず、何も守れない無力な牡丹の花が、銀の中で今の自分の姿と重なった。
―――俺はいつも、君が俺の大事な友達を守ってくれると信じて、君を送り出してるんだ
銀の脳裏に、かつて竜児に言われた言葉が蘇る。
その言葉を言われたのは、二年前のこと。
誰も居ない教室で、夕日が差すその場所で、二人だけで話していた時に言われた覚えがある。
今とは真逆で、銀が戦う力を持ち、竜児は戦う力を持たず、ゆえに竜児の方が無力感を抱えていた時期のことだった。
二年前の夕陽の中で、銀は竜児に話しかけていた。
「リュウさんの性格だと、いつも不安抱えてそうだな」
「何が?」
「須美とか園子とか、戦いに送り出すの不安だろうなって思って」
「……そりゃまあ不安だけどね。三ノ輪さんが思ってるほど不安を持ってはいないよ」
「?」
この関係が未来で逆転するなんて、二人は思ってもみなかっただろう。
竜児は見守る者でしかなく、銀こそが戦う者だった。
「鷲尾さんは弓。
乃木さんは盾にもなる槍。
で、三ノ輪さんが二本の大斧。
役割としては前衛の三ノ輪さんが中衛の乃木さんと後衛の鷲尾さんを守ってるわけだ」
「ああ、そだな」
「俺はいつも、君が俺の大事な友達を守ってくれると信じて、君達を送り出してるんだよ」
「……リュウさん」
銀の装備は三人の中で唯一の前衛型ビルド。
他二人よりも作りが頑丈で、実際に戦いの中でも二人のカバーによく動いている。
三ノ輪銀の責任感と、仲間を守ろうとする意志に対する竜児の信用が、三人が怪我をして帰って来ないかという竜児の不安を相殺してくれていた。
「君なら、俺の大事な友達三人をちゃんと守って、三人で帰って来てくれる」
過去の竜児は信用していた。
銀が二人を守ってくれる、ではなく。銀が、須美と園子と銀という三人の友達を、ちゃんと守ってくれるはずだと。
「いつも、そう信じてるんだ」
「……照れる言い方してくれるなあもう!」
銀の手の平が竜児の背中をばんばん叩く。
「あだだ」
「信用してくれちゃって、もうさー!」
「俺は兄弟に憧れてるところあるから。
弟を大事にしてる三ノ輪さんを贔屓目に見てるところあるのかも」
「へー」
「弟の面倒見てる三ノ輪さん見ると誰でもいい人って思うだろうしさ。
すると必然的に、仲間も見捨てず守ってくれそうって期待が湧いてくるわけね」
「……」
銀は竜児の評価に照れを感じつつも、うーんと首を捻った。
「リュウさんはアタシを過大評価してそうなところあるよな」
「え、そうかな。そうでもないと思うけど」
「あたしは、こう……
いいとこ探し大好きなリュウさんが思ってるより、ダメなとこもあるやつだぞ」
「えー、そうかな。弟の面倒とか普通の人はあんなにしっかり見ないよ」
「愛らしいマイブラザーたちのおかげで苦にもならないけどさぁ。
それでも本当に時々、面倒臭いなーなんて思っちゃう。
そんなこと思ってる時点で、アタシは理想的な姉には程遠いわな。いい人じゃあない」
銀の自己評価に対し、竜児は首を横に振った。
「いい人ってのは、他人に良くない感情を絶対に抱かない人間のことじゃないよ」
誰の中にも、光と闇はある。
「そういう感情があるのに、それでも、周りに良くしていける人のことだ。
面倒臭いなあと時々思いながらも、他人に優しくできる人なんかもそう」
竜児の中にも、銀の中にもそれはある。
「この前三ノ輪さんのお父さんお母さんと話したよ。
どっちも三ノ輪さんに似てるなあと思いました。
子供から見た"いい親"っていうのは、"いい人"に近いものがあると思わない?」
「え?」
「親っていうのは、子供がいい子でも悪い子でも愛してくれるもんでしょ?」
「……!」
「極論だけど、『いい人』っていうのはあれの延長だよね」
子供に良い気持ちを感じても、悪い気持ちを感じても、子供を愛するのが親。
面倒臭いと思っても、弟の世話で手を抜いたことのない銀は、竜児にとってとても"いい人"。
この時点での竜児も銀も、悪い人や大嫌いな人にまで積極的に優しくしていこうと思うような聖人ではない。
だが、一人の人間の正の面と負の面を見て、負の面だけを見て誰かを嫌うようなことは、絶対にしない子供達だった。
「いい人を見ると、『心が美しいなぁ』って思うことない?」
「……アタシはないなぁ」
「そうかなあ。そういうもんか」
あの頃から銀はずっと、竜児と園子は同じくらい不思議なところがあって、どこかズレた考え方をしているなと思っていた。
今更に、銀は気付く。
座れば牡丹ってそういうことなのかな、と。
あの時の竜児が自分を恋愛的に褒めてくれたと思うより、あの時の竜児が自分の心の美しさを褒めてくれたと思った方が、しっくりと来た。
竜児は今も昔も、他人の心をよく褒める人だったから。
記憶の中の竜児の姿と、今巨人になって怪獣人間達を救おうとする竜児の姿が重なる。
「リュウさんは……変わってないんだよな」
欲望に動かされる人々を、竜児が窮地に陥りながらも守ろうとするのは、竜児が人間の明るい部分も暗い部分も見た上で、その人を好きになる人間だからなのだろう。
他人のいいとこ探しが好きな竜児だが、いいとこ探しが好きであるということは、その人の欠点から目を逸らすことを意味しない。
空を見上げる、銀のその視線の先で、そんな竜児が辛そうにしていた。
人々の醜さと欲望を見せつけられ、辛そうにしていた。
さぞかし醜いものを見せられてきたのだろう。
愛し合う結城親子の中から醜い感情を拾い上げられたところから始まり、竜児は多くの欲望を見せられ、多くの悪性を見せられてきた。
理性は割り切れても、感情がどんどん汚濁していく。
竜児はそんなことで人間を悪とは認定しない。
悪と認定できないから、見捨てられない。
見捨てられないから行動を変えられず、苦しみはループしていく。
それを見ていることしかできない銀が、歯を食いしばった。
「リュウさんが見捨てられないと分かった上で、ああいうことやってんのか……最悪だ」
心の中の負の部分を増幅された人間が、怪獣になり、欲望のせいでどんどん醜悪な姿になっていき、醜悪になった爪や牙で竜児の肉を削いでいく。
「神樹様……頼む、頼むよ……これ以上見てるだけなんて、アタシには無理なんだ……!」
銀が握る端末は、過去に使っていた端末が夏凜の手に渡った後、銀に改めて新たに支給された端末だった。
過去、これを銀に渡した安芸は、こう言っていた。
「この端末は、勇者候補全員に配られたものと同じものよ」
讃州中学勇者部や、他の少女達に配られた端末と同じものが、銀の手にも渡っていた。
「だけど、あなたが勇者に選ばれることはないわ。
あなたの中の勇者の力は消えている。
この端末が勇者の端末となることはないと考えておいて」
銀も何かを期待していたわけではない。
ただ、それを受け取るのは、元勇者の義務だと思った。
「竜児君の研究によれば、あなたの中の"何かの回路"が欠けている。
二回目の満開で捧げたのは、それよ。
鷲尾さ……東郷美森さんの記憶もそうだったらしいわ。
記憶や能力といったやや概念的なものが消えたのではなく。
脳の回路の一部、体の回路の一部が失われ、回路が繋がらなくなっているのだと」
そうでなければ、個人的な感情やクオリアが付随するはずの人の記憶を、失われてしまったはずの記憶を、そう簡単に他人が与えられるわけがない。
「それに、神樹様の限界もあるわ。
現行のシステムは神樹様の力を食い過ぎる。
事前の見立では、勇者の人数上限は五人ないし六人。
今現在の勇者が六人。そういう意味でも、三ノ輪さんがまた勇者になることはないでしょう」
勇者の上限、というものもある。
「もしもここから勇者が一人増えるような事態になれば、神樹様の残り少ない命は尽きる」
理論的に考えても、銀が勇者になることはない。
そこに希望を探すべきではないのだ。
「だけど、勇者に選ばれることがないとはいえ、忘れないで」
ただし、安芸は銀が思い違いをしないように言い付ける。
「端末が選ばれたからあなたが勇者となったのではない。
勇者の端末を使っているから勇者なのでもない。
あなたが神樹様に選ばれたからこそ、あなたは勇者で在れたのよ」
安芸の指先が、銀の胸を指差す。
「あなたの心の中にこそ……いえ、魂の中にこそ。勇者の資格は備わっているのよ」
そう言って、安芸は銀に端末を渡した。
その端末は、今も銀の手の中にある。
怪獣を見て戦意を滾らせても、巨人を見て守りたいと思っても、端末は勇者のそれにならない。
小学生の時は息をするようにできた勇者の力の行使が、できない。
銀は無力感に押し潰されそうになりながら、路上に膝をついた。
「二年、遅かったのかな。戦いたいって、強く願うの」
銀の瞳が潤む。二年遅かったのかな、と。
「それとも……二年、早かったのかな。
アタシは今この時にこそ、選ばれておくべきだったのかな」
銀の声が震える。二年早かったのかな、と。
「神樹様……」
神樹を見上げる銀。
竜児が負けて、あの樹が折られて、全て終わり。
そうなってしまうのだろうか。
銀の心に絶望が生まれ始めて、強い意志がその絶望を抑え込む。
そんな銀の頭の中に、届くテレパシーがあった。
『オレの知るウルトラマンは、"二万年早いぜ"が口癖だったらしいな』
「……え?」
『二年早くも、二年遅くもない。
勿論二万年早くもない。思い立ったその瞬間が、最も適したその瞬間だ』
謎の声。
銀には聞き覚えの無い声。
ここに竜児か、友奈世代の勇者がいれば、きっと驚いた声。
その声に導かれるようにして、銀が最初に与えられた精霊がそこに姿を表した。
「鈴鹿御前……?」
やがて、銀の周りを精霊が囲む。
主がいるはずの数十の精霊。
ウルトラマンノアの精霊を中心とした多くの精霊が、鈴鹿御前と向き合う銀の周りを取り囲んでいた。
「園子のいっぱい居た精霊……いや、勇者の皆の全部の精霊……?」
六人の勇者の、五十にも届こうかという精霊。
その精霊達がウルトラマンの神の一端である精霊に力を注ぎ、神の精霊が集めた力を鈴鹿御前の精霊に注ぎ、鈴鹿御前が銀の体と端末に力を注ぐ。
何かが戻る感覚と共に、銀の端末の勇者システムが起動した。
「―――!」
精霊がくれた奇跡が一つ、今銀の手の中に握られている。
「ありがとうなっ! ……本当に、本当にありがとうっ!」
銀は礼を言って走り出す。
精霊達の大半は付いて行かなかったが、その中の一部、銀の精霊である三体が、走る銀の後を追った。
「お、お前が新しい精霊か。
前の戦いでは姿も能力も確認してなくて悪かった!」
端末を弄る。
走る銀の姿が、変わっていく。
怪獣が跋扈する地獄の中で、勇者の花の光が輝いた。
「一緒に戦ってくれ!
こっから、アタシ達でリュウさんを助けよう!
どんな時も諦めず、不可能を可能にする……だったよな、リュウさん!」
前へ、前へ。
銀はもう無力なだけの少女ではない。
かつてのように、その手の中には友を守る力がある。
銀を見咎めた怪獣人間達が、一斉に爆発する火球を吐いた。
「ガキの頃からずっと、勇気が少なくても、他人の幸せを諦められない性格してるリュウさん!」
その合間を、勇気ある跳躍にて無傷で抜ける。
爆炎と爆炎は銀に触れることすら叶わず、銀は地面も建物も怪獣も蹴って、空間の最短距離を自然に通る光のように、ジグザグの最短距離を最高速度で駆け抜ける。
「―――アタシだって! 諦めるのは、大のニガテだッ!」
そして、銀が跳んだのと。
ヤプールが園子と東郷に踏み潰すのを命じたのは、全くの同時だった。
「まだだ、僕には、守るべきものが……!」
「もう何も無かろう、若きウルトラマン」
「―――」
「今お前が戦っているその敵が、お前の守るべきものだ。お前の全てだ」
そうして、守りたかったもの全てが敵となってしまった、哀れな竜児を。
怪獣となった東郷と園子が、踏み潰した。
……かに、見えた。
「させるかこんにゃろおおおおおっ!!」
流星のように飛んで来た銀が、竜児を抱えて踏み潰しを回避する。
ウルトラマンという"銀色の流星"を救う、赤き衣の"銀の流星"であった。
「―――」
竜児の変身解除により、動ける数が総数四百万に戻った怪獣の軍勢を、その裏でこそこそと暗躍するディスピアデザイアを、銀の目が睨みつける。
「全てじゃない」
「何だと? 貴様、一体……」
「リュウさんが諦めない限り、アタシがそこに何かを繋いでみせる!」
頼れる赤色だった。
ピンチの時に頼れる赤色だった。
赤き巨人も、赤き勇者も、竜児はとても大好きで、ずっとずっと信頼していた。
だからその姿に、その啖呵に、安心する。
「アタシの友達を、一人ぼっちで戦わせたりするもんか!」
竜児は何かを言おうとするが、力尽きてガクリと気絶する。
竜児の体から流れ出る血が、銀の勇者衣装に流れ込み、勇者の衣装を更に赤く染める。
血の暖かさが、銀の怒りを爆発させた。
怒りを爆発させながら、されど落ち着いた口調の銀が、優しく竜児に語りかける。
「いいよ、今は休んでな。体を大事にしなよ、リュウさん」
竜児を背負った銀を狙い、怪獣人間達が一斉に襲いかかった。
「殺れい! 醜い欲望を解放した人間どもよ!」
「『鈴鹿御前』! 『巴御前』!」
攻撃速度上昇の精霊・鈴鹿御前。
移動速度上昇、耐久力向上の精霊・巴御前。
使い慣れた精霊と、二年前の満開で得た精霊を用いて、銀が竜児を抱えて走る。
大きな斧は攻撃を弾き、素早い動きは怪獣の合間を跳んで行く移動を可能とさせる。
「貴様も欲望を露にし、怪獣と成り果てるがいい!」
だが、怪獣の攻撃は囮だ。
ディスピアデザイアの欲望干渉は相手の欲望に内側から干渉するものであり、精霊の護りを突破する天の神の呪い以上に、防御困難なものである。
これを当てるために、十二体目は怪獣の襲撃を囮に使った。
単純な力の壁では防げない怪獣化能力が、銀の肉体を襲う。
「―――『コピーライト』ッ!」
その能力を、銀は『三体目の精霊』である『ウルトラマンの精霊』で防いだ。
体内にのみ作用する反転の力が、ディスピアデザイアの力を外に吐き出させる。
「っ!?」
一回目の満開で得たのが巴御前。
二回目の満開により、今日得たウルトラマンの精霊がコピーライト。
銀の中には、ディスピアデザイアの能力にも対応可能な精霊の護りがあった。
銀に呼び出された精霊コピーライトが竜児の頭を殴ろうして、止まり、優しく頭を撫でた。
「七体目のウルトラマンの精霊だと……!
バカな、神樹の構成要素となった光の巨人は、西暦最後の六体のみのはずだ!」
「アタシはそういうの詳しくないんだ、聞くなよ」
運命は。
兄は。
光は。
この瞬間に……三ノ輪銀を、選んだ。
ディスピアデザイアはコピーライトの存在は知っていた。
だが
ただ、それだけのこと。
そうしてディスピアデザイアが動揺している内に、銀は竜児をどこかの建物の中に隠す。
「! 貴様、熊谷竜児をどこにやった!」
「さてね? こっそり隠させてもらったよ。
建物崩したくらいじゃ潰れない、アタシにしか分からない場所にな。
街を適当に壊しても、リュウさんは死なない。あんたはリュウさんを見失ったんだ」
「……ならば、貴様を締め上げ、拷問の果てに場所を吐かせてやる。
仲間に売られたと知った時、奴は更なる絶望を知り、その心は折れるだろう」
「やれるもんならやってみろ」
竜児を確実に苦しめながら殺したければ、銀を締め上げるしかない。
そういう状況に、銀は無理矢理持っていった。
「四国の全ての愚かな人間どもよ! この女の手足をもいで捕まえろ!」
ディスピアデザイアの号令を聞き、四方八方から接近してくる怪獣を見て、銀が両手の斧を構える。少女の肩の上で、精霊コピーライトも構えた。
流星のように飛ぶ、勇者と精霊の二人。
「アタシは今な……リュウさん見て、園子見て、美森見て、ガチで怒ってんだぞお前ッ!!」
この怒りがある限り、負ける気がしない。
少女と巨人は、そう思った。
鮮烈で、美しかった。
街の中を赤が舞う。
四百万の怪獣は、包囲状態からの近接攻撃も、大量の怪獣を投入した逃げ道のない遠距離弾幕をも可能とした。
その中で、銀は一人戦っていた。
「頭冷やせ、マイブラザー!」
「姉ちゃ―――」
デカい斧で、怪獣化した弟の脳天をぶっ叩く。
きゅうっ、と鉄男は気絶した。
四方八方から飛んで来る遠距離攻撃を切り落とし、接近してきた夏凜の剣を受け止める。
「アタシの後継者だろ! しっかりしろっ!」
銀の叫びで一瞬動きが変になった夏凜の足を、銀の大斧が足払いした。
夏凜がずっこけ、銀は物陰に隠れて全身の傷を撫でさする。
流石にこの数が相手だと、無傷で切り抜けるのは不可能に近い。
「頼むよコピーライト」
三体目の精霊が光を放つと、銀の体の傷が消えていき、体力が戻って疲労が消えていく。
肉体に起こった変化の一部を反転させ、ある程度治すか、変化そのものを体外に排出する。
これがリバースメビウスたるコピーライトの力。
銀の体力と傷を恒常的に回復させることすら可能な、癒やしの力であった。
「よし」
銀は竜児のように怪獣人間の誰も死なせず、けれど竜児ほど潔癖に"傷付けない"こと誓わず、四百万の怪獣と戦いながら呼びかけた。
「『こんなもの』が
そうだ。
こんな悪意に満ちた欲望の誘発で、その人間の本質など知れるわけがない。
ここに、人間の本質は無い。あったとしても、あまりに極小すぎる。
「いいか!
他人の汚い部分だけ見て!
そこだけ指摘して!
他の人間を見下してばっかのやつのことをなんて言うか知ってるか! クソ野郎だ!」
銀は炎の弾幕を突破して、氷の雨を突破して、叫ぶ。
「今、皆を動かしてるやつだ!」
悪いのは十二体目のバーテックスであるということを叫ぶ。
「こんなじゃないだろ、普段の皆は!」
皆が銀の言葉を受け止める。
"そうだ、自分はこうじゃない"という思考が浮かび。
"いや、この欲望も間違いなく自分の中にあったもの"という自己嫌悪が浮かび。
"私に逆らうな"というディスピアデザイアの基本命令が、銀の呼びかけで目覚めかけていた者達を再び闇の中へ蹴り落とす。
「皆が皆、そんな風にされて悔しくないのかよ!」
銀は呼びかけていた。
皆の中に眠る良心に。善意に。光に。『いつも通りの自分』に。
「バーテックスの外道が見せたものだけ、見て!
ウルトラマンが見せてくれたものを見ないのは、なんでだ!」
怪獣人間達が、その叫びにピクリと反応した。
「ちょっとでいいから思い出せ!
アタシ達は二年前に、同じ光の中に居て、同じものを見てただろ!」
あの日のことを忘れているはずだ、と銀の理性が言っていた。
あの日のことを忘れられるわけがない、と銀の心が言っていた。
「あの日見たものを思い出してくれっ!」
銀の呼びかけが、怪獣人間の中のどこかに響いていく。
銀の体が、絶え間ない怪獣達の攻撃の隙間を舞っていく。
「あの日、アタシ達は一つで、一緒に同じ方向を見てたじゃないか!」
銀の呼びかけでは何も変わっていない。
ディスピアデザイアは細かに皆をチェックしているが、何も変わっていない。
ならば、この呼びかけは無駄なのだろうか。
「自分も、光になれたって……
願えば、光になれるって……
自分も、誰かを照らせるんじゃないかって、思えただろっ!?」
まだ分からない。無駄なのか、無駄でないのか、それも分からない。
銀は手探りで希望を探しながら、四百万体の猛攻を死ぬ気で回避し続ける。
斧で防ぎ、斧で流し、走り、跳び、時に体に攻撃の直撃を受けながら、血を吐き捨てて回避と防御をひたすら続けた。
「みんなは怪獣になっただけじゃないか!
ウルトラマンにだってなったじゃないか!
あの時の光を、あの時の想いを、思い出せれば皆はきっとっ―――!」
そうやって、しぶとく粘り続ける銀の姿を。
絶望にて心を折ることにこだわるディスピアデザイアが、驚愕の目で眺めていた。
「何故、折れない」
最初は、折れない人間を折ってやろうとしたのだ。
それをもってして竜児を更に絶望させ、希望の光で復活するウルトラマンに、希望の無い絶望の死を与えてやろうとしていたのだ。
なのに、銀はしぶとく致命傷を避ける。
しぶとく粘って戦い続ける。
もはや恐ろしいと表現すべきレベルの"根性"を見せていた。
「もはや戦闘開始から十時間は経過している。
四百万の怪獣人間を前にして、たった一人で孤軍奮闘だと?
……絶望するはずだ。時間を積み上げていけば、人間など、必ず折れるはずだ」
もう十時間は一人で戦っている。
勿論、休憩なんて一度も取ってはいない。
一秒下手に気を抜けば死ぬ戦場で、三ノ輪銀は四百万の敵を十時間相手取り、更には怪獣人間達に呼びかけ続けていた。
それから数時間。また数時間。
何時間経過しようが、銀は全く諦めない。
六人の勇者を相手にしても、四百万の数に押されても、銀は一歩も引かなかった。
どこかに隠した竜児を守るため、彼を隠した場所を言わず、止まることなく戦い続けた。
「何故だ。何故諦めない」
ディスピアデザイアには分からない。
計算では、一時間で体力が尽きるはずだった。
計算では、それの前後に心が折れるはずだった。
計算では、奇跡が起ころうが心も体も三時間は保たないはずだった。
なのに―――二十時間を超えても、三ノ輪銀は止まらない。
「アタシの心がお前に分かるわけがない、見下してるだけのお前なんかに!」
二十時間、四百万の敵を一人で止める? それは、どんな奇跡なのか。
何故、一人で戦い続けている銀より、銀の動きを二十時間追わされ続けている怪獣人間達の方が疲れているように見えるのか。
何故、ディスピアデザイアは、この事態を計算で予想できなかったのか。
それは悪には分からない。
何故ならその理由は銀の魂と心の中にあり、善の者でなければそれは理解できないからだ。
「お前には分からないだろ、外道野郎!」
魂が折れない限り負けない。
魂が燃える限り戦い続ける。
魂が輝く限り、前に進んで行ける。
竜児と出会い、竜児の光に触れ、竜児を守る戦いに身を投じ、銀もまた光り輝いていく。
ヤプールは人間を舐めていた。
ディスピアデザイアは人間を見下していた。
醜く、生きる価値のない生き物だと蔑んでいた。
そんな者が、人間の魂の力を正しく理解しているわけがない。
「この力! これこそがっ!」
叫ぶ。
「人間様の気合いと、根性と―――『たましい』ってやつよおおおおおおおっっっ!!!」
それこそが。
どんな不可能も可能とし、悪意が組み上げた悪辣な運命を、引っくり返す力だった。
魂、という言葉を使う叫びが、怪獣化した夏凜の心を揺さぶる。
同じ端末を使えた銀と夏凜には似通った部分がある。
竜児がリバースメビウスと戦った時も、夏凜は魂の言葉を叫んでいた。
―――記憶が抜けたからって何!
―――私の魂が、あの光を守って戦えと言っている!
―――この魂は、私のものだ! 誰にも捧げない、誰にも奪わせない!
魂は、自分だけのもの。
竜児が悪の巨人から生み出されたものでも、その魂が、竜児の物であるのと同じように。
人は誰もがその魂を輝かせることができる。
魂の咆哮を、光に変えていくことができる。
「目を……覚ませええええええええっ!!」
欲望に支配された者達を目覚めさせようとしたその声が、竜児の目を覚まさせた。
「たま、しい……」
『リュウジ! ギンちゃんが外で一人で戦ってる!』
休憩の時間は十分すぎるほどに取れた。
肉にこびりつく血が鬱陶しい。
過去のあの時代の、西暦勇者の精霊を連発して使っていた時のような不快感と、肉体の崩壊感がする。
そんな体で、リュウジは歩き出した。
「三ノ輪、さんっ……!」
竜児が目覚めたことも露知らず、ディスピアデザイアは驚嘆する。
「末恐ろしい」
ディスピアデザイアは、もはや銀をただの勇者とは思っていなかった。
守るべき何かを背負わせた上で、追い込んでから単騎のこの爆発力。
かつ、それを結果を出すまで続ける持久力。
致命傷を受けても戦い続けそうな気迫さえある。
確実にここで殺しておかなければならない。ディスピアデザイアは、そう決めていた。
「二十時間、一人でこの数の怪獣を抑え込むとは」
ディスピアデザイアは、盤面をよく見て、綺麗に詰ませていた。
竜児の体もキッチリ詰ませている。
もう二度とウルトラマンに変身できないよう、狙ってそういう痛めつけ方をしたのだ。
あとはメビウスが竜児から分離して戦いに来れば、ウルトラマン側にも僅かな勝機はあるが、その僅かな勝機を摘む仕込みと陣形の展開も完了した。
竜児と融合していないメビウスが来れば、即座に詰ませられる自信があった。
あの二人が融合した強さがなければ、万が一どころか億が一すらない布陣。
「熊谷竜児をあそこまで追い込んでいなければ、この二十時間が致命傷になっていただろう」
そこまでキッチリ追い詰めていたからこそ、銀のこの二十時間は致命傷にならない。
引っくり返す逆転の可能性にもならない。
この二十時間は勇者をウルトラマンほど警戒していなかったツケ、と言うべきものであったが、これでも痛手にすらなっていないのだ。
「だが奴の肉体の損耗と、残された時間はもう―――」
だから、ディスピアデザイアの計画は引っくり返る。
彼はウルトラマンを最大限に警戒し、勇者を多少甘く見ていた。
……なら、その者が『不死鳥の勇者』であったなら?
「―――何?」
二十時間の戦いを超えて未だ戦意を萎えさせない銀の横に、熊谷竜児が立っていた。
「バカな! ありえん!
貴様の命は、もはや一度の変身にも耐えられず、立ち上がることも不可能なほどに―――」
「不死鳥を殺せる悪党がいるもんか。僕は結構しぶといぞ」
『ヤプール。僕は、しぶとさ勝負でリュウジがお前に負けるとは思わない』
竜児が、膝をついていた銀に手を差し伸べる。
「三ノ輪さん」
「銀でいいよ。名前で呼んでほしい」
銀がその手を掴んで、悲しそうに、嬉しそうに、微笑んだ。
「相手が男の子だからって、照れ臭くてさ。
ずっと、名前で呼んでいいって言いそびれてて……
……そのまま、言えないまま、ああなって。二年経っちゃった」
二人の手は、繋がっている。
「やっと、言えた」
「銀」
「へへっ」
「銀、ありがとう。ここまで頑張ってくれて」
竜児が手を引き、銀を助け起こすと顔が近づく。
銀は慌てて顔をちょっと隠した。
今の自分の顔が、どのくらい傷だらけなのか分からなかったから。
「あ、今アタシ傷だらけだから、顔とかあんまり見るなよ」
「綺麗だよ」
「ばっ、バカ、何言ってんだ」
「君は綺麗だ。ちゃんと美しいよ」
精霊コピーライトがふてぶてしく竜児の肩に座り、竜児が傷に触れないよう、優しく袖で銀の頬の血を拭う。
「傷が付いて美しくなるのは人間だけだ。
宝石も、花も、傷が付けば美しさは損なわれる。
でも、傷付いてから成長する人間は美しい。
傷付きながらも前に進もうとする人間は美しい。そうじゃないかな」
傷付いても、前へ、前へと進める。
そんな人間は、痛々しくもきっとどこかが美しい。
今の三ノ輪銀の心はきっと、誰よりも絢爛だった。
「今僕は、君をとっても綺麗で美しい人だと思ってる」
「……お前がそんなんだからな!
アタシはあの時の台詞をどう受け取って良いのか迷ってんだ!」
「えっ」
「ったく」
竜児が手に持っていたウルトラカプセルの一つを、銀がひょいと取り上げる。
「一緒にやろう、リュウさん」
「……ああ!」
そうして二人が、カプセルを構えた。
「融合!」
竜児がメビウスカプセルを起動する。
少年の右に現れる、ウルトラマンメビウスのビジョン。
「昇華!」
銀がヒカリカプセルを起動する。
少女の左に現れる、ウルトラマンヒカリのビジョン。
「「この手に光を!」」
二人が同時にカプセルを装填し、ライザーがそれを読み込む。
光が溢れる。
光が、弾ける。
《 フュージョンライズ! 》
「つなぐぜ! 絆!!」
胸の前でライザーの引き金を引き、二つのウルトラマンのビジョンと、メビウスに銀という二人の仲間が、竜児に重なった。
力が融合し、昇華する。
「「『 メビウーースッ!! 』」」
光の巨人が、光と炎に包まれ光輝と共に現れる。
《 ウルトラマンメビウス! 》
《 ウルトラマンヒカリ! 》
《 ウルトラマンメビウス フェニックスブレイブ! 》
こんな、不可能を可能にした上で更に不可能を可能にしたような、そんな展開を。
ディスピアデザイアは、一切予想していなかった。
「変身する力など、どこに……」
『たとえ、人の心から闇が消えることがなくても』
メビウスが語る。一人のウルトラマンとして語る。
『僕は信じてる。
どんなに揺らいでも、リュウジも信じてる。
僕らは……ウルトラマンは、いつだって信じてる』
ウルトラマンがずっと昔からそうやってきた、心の在り方を語る。
『
先輩のウルトラマンが語り、竜児が己が胸を叩く。
竜児も信じている。迷えど、揺らげど、その心は信じている。
『だって、僕らは! 僕は! 熊谷竜児は―――』
『―――
皆の、心の光を信じている。
「―――」
皆が、巨人の言葉を聞いた。
「―――」
皆が、巨人の光を見た。
「―――」
皆が、あの日の想いの欠片を、思い出した。
怪獣人間達の体の各所に、光を放つ懐中電灯のような器官が生え始める。
皆の体が、欲望に沿って変化を始める。
「発光器官? なんだ、これは。
愚かな人間どもが、一斉に同じ欲望を持つだと?」
「……『他人を照らしたい』っていう欲望だ。
アタシは知ってる。これを知ってる。
きっと、誰の中にもあって……二年前に、皆の中で強くなった欲望だ」
皆の体に、外側を照らす器官が形成されていく。
「誰かを照らして元気にしてあげたい。
暗い顔をしていたら明るくしてあげたい。
誰かを照らして、自分も照らされたい。
皆と一緒に、楽しい光の中に居たい。
そんな想いから来る……隣にいる人を照らしてあげたいっていう、素朴な……」
それは、他人を照らしたいという献身。
照らし合いたいという助け合いの精神。
照らす代わりに照らされたいという、見返りを求める心も混ざった善行。
赤ん坊が怪獣に変えられた怪獣人間ですら、その光を見て、周りの皆の真似をしていた。
皆が皆、他人を明るく照らす器官を持つことを、欲し望んだ。
ディスピアデザイアの支配は完全ではない。
それを、結城友奈や勇者達が証明した。
ディスピアデザイアは、勇者六人ならば抑え込めた。それは確定だ。
ならば、四百万人の欲望全部を、抑え込めるのか?
四百万人同時に指示を出すならともかく、繊細な欲望操作ができるのか?
結論から言おう。
四百万人に同時に起こった変化を、ディスピアデザイアが妨害することは不可能だった。
「やめろ……やめろ! その鬱陶しい光を止めろ! 何故だ! 何故止まらない!」
『諦めろ、ヤプール。いや、ディスピアデザイア!』
「何を諦めろと言うのだ、メビウス!」
『人間を絶望の中で諦めさせることを……諦めろ!』
メビウスは叫ぶ。
『これが……これが、"光"なんだ!』
巨人の叫びに、光はより一層輝きを増した。
「なっ―――!?」
心理学的に、痛い目に合っている他人と、あまり痛い目に合っていない他人を見て、人間の善悪を判断させようとすると、人間は痛い目に合っている人間の方が悪いと思うという。
悪いことをしていないのにこんな目に合うわけがない、そんな理不尽があるのは嫌だ、という心理的効果が働くからだ。
人間の心や脳は、痛い目に合うのは悪い人で、何も悪いことをしていない人は痛い目に合うべきではない、と考える仕組みを持っている。
その人が何も悪いことをしていないなら、その人に幸せになってほしい。
正しい人に、優しい人に、報われてほしい。
そう思うのは―――人間の、本能の一つなのだ。
過去の竜児が未来の竜児に語った、人助けが人の本能であると書かれた本の主張のように。
だからこそ人は、できるだけ間違えないように、できるだけ正しく生きるように、心がけて生きていこうとするのだから。
『ヤプールには分からなくとも、リュウジにもギンちゃんにも分かるものだ!』
友奈と友奈父が照らし合う。
親子の愛の光で照らし合う。
犬吠埼の家族愛の光は揺るぎなく、二人の間の絆を証明している。
夏凜が、嫌いでしょうがなかった兄が、どこからか愛の光を向けていることに気付き、渋々ながらも兄を照らし返した。
園子と東郷が、銀と一体化した竜児に向けて光を当てている。
皆が皆、照らし合っている。
友達と、家族と、仲間と、ライバルと、同僚と。
この星に生きる仲間達が、仲間を照らして照らし合い、光が満ちていく。
その光はやがて、その全てが光の巨人へと向けられていった。
「不可能だ! ありえん!
人間の心は、そんなに単純にできていない!
先導して欲望の手本を見せた者でもいなければ、こんな風には……!」
「自ら率先して、"皆を照らしたい"って欲望見せてたかっこいい奴が、ここに居るじゃんか」
「―――!」
銀が、竜児の脇を肘で突きながら、どこぞに居るディスピアデザイアに向けて笑う。
「お前は何も分かってなかったんだ。アタシのことも、リュウさんのことも、人間のことも!」
それは、ゲーム的に、アニメ的に、漫画的に、小説的に言うならば。
皆の心が絶望を前にし、一つの転機を迎え、『他者を照らす者』と成り始めていた。
『大きな手でも、小さな手でも、誰かと繋ぐ手がここにある限り、僕らは』
メビウスが。
「どんなに辛くても、苦しくても、絶望的でも……」
銀が。
『……一人なんかじゃない!』
竜児が、皆がくれるその光を束ねる。
光の中で、竜児が微笑み、愛の言葉を口にした。
『―――みんな、愛してる』
この宇宙で最強の
光は力に。
力は光に。
想いは光に。
願いは力に。
繋いだ絆を、目に見える光の形態と成す。
輝ける黄金が、フェニックスブレイブを染め上げた。
「
ディスピアデザイアは驚愕し、銀はどこか懐かしそうにする。
光に包まれた黄金のメビウスが、そこに居た。
「ああ、これだ。
あの日見た、皆と一緒に戦う、皆が大好きな、リュウさんの光だ」
また見れた、と呟いた。
少女はとても嬉しそうに、拳を握りしめている。
光の器官を持ったものの、未だディスピアデザイアの支配を逃れられていない怪獣達の前で、『グリッターバージョン』と呼ばれる形態に至った竜児が、左拳を突き上げた。
突き上げた拳が、ウルティメイトブレスが、光を吹き上がらせる。
『『 フェーズシフトウェーブ 』』
吹き上がる光が、世界を塗り替えた。
まるで、樹海化のように、世界の理が書き換えられていく。
「そうか。あの時東郷美森を世界から切り離し、満開を阻止したのは、この力か……!」
だが、樹海化のような感覚があったものの、世界の形は何も変わらない。
海も、空も、陸も、街も、全てがそのままだった。
世界が書き換えられたはずなのに、何も変わっていないという矛盾。
「だがなんだ……?
四国の全ての者と人と生物を結界内に取り込んだだと……
これではメタフィールドの意味がない。……いや、待て。まさか、貴様ッ!」
『神樹様、どうぞ』
ディスピアデザイアが何かに気付いた瞬間、いつもよりも強く輝く神樹が、世界に顕れた。
「―――!」
『今、神樹様が四国結界を解除した。
神樹様がいつも展開してくださってる四国結界を、今は僕が展開している』
「なん、だと!?」
『天の神の灼熱を、今は僕が全て防ぐ。その代わりに』
助け合い。
役割分担。
竜児と神樹がしているのは、それ。
『何の枷もない、自由に動ける神樹様のフルパワーだ。分かるよな?』
神樹の役割を全て肩代わりした竜児の代わりに、神樹が怪獣と化した四百万人の人間に向けて、光の波を放出した。
「ぬううううっ!? この、異常な光は……!?」
世界を書き換える、樹海化やメタフィールドの展開などに使われる光の波、それがノア(ネクサス)のフェーズシフトウェーブだ。
だが、この神にはもう一つの光の波の技があった。
それが『ノア・ウェーブ』。
嘘を暴き真実を露出させ、傷付いた者の傷を癒やし、
神樹の中に居るのは
園子が精霊を引き出したとはいえ、弱体化したウルトラマンの神はそこに居ても、本物のウルトラマンの神はそこにいない。
だからこそこの力の行使は、神樹の中の全ての神・英霊・巨人の合意が成され、神樹の中の全ての者が力を合わせて行っている以外にはありえない。
神樹の慈悲と愛の力が、怪獣への進化の度合いが一番甘かった人間を、怪獣から人間に戻す。
「欲望で怪獣への進化を果たした人間を、人間に戻しただと!?」
悪意ゆえに、彼は光の国の技術力でも戻れない不可逆の怪獣変化を持って来た。
されどその不可能を、神の奇跡が覆した。
そんな、神話の御伽噺。
『神樹様! このカプセルを使ってください!
ウルトラセブンが怪獣の格納に使っていたカプセルの模造品、それの修復品です!』
怪獣人間を人間に戻した際、排出された怪獣の因子。
竜児がカプセルを投げ、神樹がそのカプセルを神通力で受け止め、排出されていく怪獣の因子をカプセルの中に封印していく。
人間に戻った者達も、神樹の根が優しく回収していった。
「ありえん……ありえん!」
竜児と神樹が、明確に共闘している。
一人、また一人と、欲望に囚われた人間が解放されていく。
そんなありえない光景に、想定もしていなかった奇跡に、ディスピアデザイアは叫んだ。
「バカな! 神樹と明確な協力関係に、役割分担だと!?」
『神樹様、と感謝して見上げるだけじゃない。
神様に寄り掛かるだけには終わらせない。
いつかは
ヤプールは巨人を最大限に警戒していた。
勇者を多少甘く見ていた。
ただの人間の力は完全にバカにしていた。
そして、
『だけど、今は―――僕らは、共に戦う仲間なんだ!
人間と神樹様は、助け合い、支え合っていいんだ!
人間とウルトラマンが、ずっとそうしてきたのと同じように!』
三百年。
地の神々は、天より来たる巨人は、何の得も無いのに人間を助け続けてきた。
ただひたすらに善意で、人間を助け続けてきた。
天の神に消されそうになり、守ろうとした大地のほとんどを奪われ、三百年間人間に生きる糧と結界を与え続けてきた結果、その寿命ももう一年も残っていない。
それでも、神樹は人間を助け続けてきた。
三百年、神樹が人を助けてきたことに、意味があるとしたら。
その意味は、きっとここにあった。
『僕らを救ってくれる神樹様を、僕らが守る!』
怪獣人間達が神樹を倒そうと狙い、その前に人間が一体となった光の巨人が立ち塞がる。
人と巨人と神樹が並び、全員で生きて明日に行くために、力を合わせて悪に立ち向かう。
それは、神樹が三百年もの間人を守り続けていなければ、ありえなかった光景だった。
「あ……精霊が、怪獣の因子をカプセルに詰めてくれてる」
『……本当だ、銀の言う通りだ。精霊も来てくれたんだ』
『リュウジ。見覚えのある精霊だと思わない?』
『うん。あるよ、とっても』
精霊達が、怪獣の前を飛ぶ。
竜児達を助けべるべく動いてくれている。
『そうだよね。精霊も……勇者が大好きだから、ずっと力を貸してくれてたんだ』
精霊が、怪獣を止めようとするかのように、怪獣の前に立ちはだかる。
牛鬼が友奈を。
青坊主が東郷を。
犬神が風を。
木霊が樹を。
義輝が夏凜を。
烏天狗が園子を。
勇者達が最初に引き当てた精霊達が、怪獣となった勇者の前に立ちはだかる。
嫌いだから止めるのではない。好きだから止めるのだ。
精霊は誰に命じられるでもなく、自らの意志で勇者の前に立ちはだかった。
『精霊が皆言っているぞ、ディスピアデザイア。
―――「私達の勇者をお前の好きにはさせない。私達の勇者を返せ!」……ってさ!』
「精霊風情が!」
苛立つディスピアデザイアの視界の中で、光の巨人の周りにも精霊が現れる。
七人御先の精霊が、巨人の肩に乗った。
『師匠』
義経、大天狗、一目連、酒呑童子、輪入道、雪女郎。
西暦の勇者達と共にあった精霊達が、巨人の傍らに寄り添ってくれている。
神世紀の勇者と共にあった精霊達も、巨人の傍らに寄り添ってくれている。
全ては、人を救うために。
『……精霊の力、お借りします!』
突撃していく四百万の怪獣軍団。
精霊の力渦巻く中の光の巨人を見て、ディスピアデザイアは目敏く、突破口を見つける。
「随分と驚かされた。
が、四国全域規模のこの結界!
負荷は相当なものと見た!
この規模の結界を維持しながら、四百万の敵を受けきれるわけがない!」
ディスピアデザイアが語る言葉は真実であり、そこが突破口となる。
だがそこで、竜児と融合している銀は鼻で笑った。
「日本のこと知らないにわか怪獣野郎は黙ってろっての」
「なんだと!?」
『ディスピアデザイア。日本で、神の総数をどう表現するか知っているか』
銀が語り、竜児が語り、神樹から無数の神のビジョンが現れた。
現れた神のビジョンが、精霊と巨人の背中に力を与える。
巨人と精霊の力が、一気に膨れ上がった。
「神樹の、神々……!」
『お前が罪なき四百万の怪獣人間を操ろうと!』
「アタシ達には、その全員を救おうとする
怒れる
四百万の人を愛する、
事実800万柱いるのかすら問題ではない、三百年もの間人を愛し続けた神々。
ディスピアデザイアの怪獣作戦の数のスケールは、二倍ほど足りていなかった。
「『 絶対に、負けるわけがないッ! 助けられないわけがないッ! 』」
精霊達が突っ込んで、怪獣になった人間を傷付けないよう、ばったばったと倒していく。
『いくぞ、みんなッ!』
竜児と、銀と、メビウスが。一つの体でその戦いに飛び込んだ。
四国の総人口が約四百万という数字を見た時からやりたかったアレ。八百万の愛
怪獣人間減ってないとはいえ四百万人同時の覚醒イベントとか想定できるわけないだろ!
●グリッターバージョン
『大決戦!超ウルトラ8兄弟』にて、ウルトラマンティガの影響で一時的にメビウスが至った光の形態。
世界中の子供達のウルトラマンを信じる光の心、あるいは超古代の戦士達が託した光の力によって、ウルトラマンティガが至る『グリッターティガ』と同質の力を持つ。
全身は絶えない光によって黄金に輝き、膨大な光が常に全身から放出されている。
『大決戦!超ウルトラ8兄弟』において、『幾多の世界の人間の悪意と恐怖が集合して生まれた』という設定の、黒い影法師と呼ばれる敵を討つために使われた光の形態。
すなわち、悪意と恐怖の天敵。
言うなれば善意と勇気の象徴である。