時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第二殺一章:部長の妹

 人類の進化とは何か?

 それは、個人という個体の成長である。

 それは、文明という総体の進歩である。

 個体と総体が『上』や『先』を目指して変化していく。それが人類の進化である。

 

 それは、人類が皆望んだものであり、天の神が否定したものでもあった。

 

 天の神は、人の思い上がりを裁くべき罪であると語っている。

 

 

 

 

 

 竜児は先日まで監視対象の勇者を見張る側の人間だった。

 が、ウルトラマンと融合した今では、彼もまた見張られ研究される対象となり始めていた。

 竜児の仕事内容に特に変更はなかったが、大赦で身体検査や細胞片提供などをすることが増えたので、自然と古巣の研究室周りで時間を潰すことが多くなってきた。

 彼の基本スタイルは、勉強、研究、考察、推論、実証、開発である。

 

『そろそろ休憩した方がいいんじゃないかな。もう四時間は机に向かってるじゃないか』

 

「そう? メビウスがそう言うならそうするよ」

 

 研究の合間にフラッと研究室の外に出て、ベランダテラスから遠くの大通りを見据える。

 ウルトラマンと融合したことで、竜児の身体能力は飛躍的にアップした。

 普通の人間を遥かに超えた視力で遠くの大通りを見ることもできるようになったのだ。

 以前までの竜児なら夏凜と本気で喧嘩すれば三秒で負けていただろうが、今の彼ならばおそらく十秒は保つだろう。

 身体能力の強化倍率は三倍以上。驚異的な倍率であった。

 

『―――といった風に、ウルトラ兄弟というものがあって、僕はその一員なんだ』

 

「良いなあ兄弟。

 それも血の繋がってないのに信頼し合う兄弟かぁ。

 僕も兄弟欲しいなー……得られそうなあてとか全く無いけど」

 

『姉妹や親子よりも兄弟が欲しいんだね』

 

「遠慮の無い兄弟と馬鹿やってみたいんだよ、僕」

 

『あの三好春信さんじゃ駄目なのかい?

 あの人なら、頼めばリュウジ君の兄さんになってくれそうな気がするよ』

 

「春信さんはちょっと尊敬の気持ちが強すぎて、そんな感じにならない気がする……」

 

 メビウスと竜児の融合からおおまかに二週間が経過していた。

 二人はこの融合状態にもすっかり慣れて、大赦の人達も竜児が一人でブツブツ何かと話しているのを見るのにもすっかり慣れていた。

 二人して一つの視界を共有し、ウルトラ視力で遠くの大通りを見て休憩中。

 休憩していている時は、メビウスが気まぐれに自分の話やウルトラの星の話をしてくれるので、飽きは来なかった。

 竜児の視界の中で、大通りを一般ハゲおじさんが通り過ぎる。

 

『……というわけで、ウルトラマンヒカリもウルトラ兄弟に加わったんだ』

 

「へー、ウルトラマンヒカリ。あそこのあの信号渡ってるおじさんのことかな?」

 

『あれは……ウルトラ頭頂部ヒカリだね』

 

「そうだったかー」

 

『ヒカリは昔ハンターナイトツルギと名乗っていたんだ。

 愛した星と愛した人々を滅ぼした、ボガールへの復讐のために』

 

「へー、ハンターナイトツルギ。

 あそこの自動販売機の前でオロオロしてるおじさんのことかな?」

 

『あれは……ハゲターヘッドツルリだね。というか同じ人じゃないか』

 

「大赦は常に帽子被ってるからハゲる人はすぐにハゲるって噂あるんだよね」

 

『大赦は恐ろしい職場だね……』

 

 煮干しはハゲの防止に有効であるという。

 夏凜が近くに居る限り、竜児がハゲる心配はなさそうだ。

 

「リュージー」

 

「あ、夏凜」

『こんにちわ、カリンちゃん』

 

「今日のCTとか何とかの検査どうだった?」

 

「完治だってさ。太鼓判押されちったい」

 

「そ」

 

 興味無さそうな顔をしているが、本当に興味のないフリがしたいなら、そもそも竜児に検査結果を聞くべきではないのでは?

 その時点で心配しているとバレているのでは?

 メビウスは訝しんだ。

 

「ただ、ウルトラマンと融合してから体の中身はよく分かんなくなってきたって言われた」

 

「そりゃそうでしょ」

 

「そりゃそうかな」

 

「だってあんた例えるなら、ピッコロさんに吸収同化された地球人なわけじゃない」

 

「言い方!」

 

「学校で聞いたけど手洗い場で産卵してたんだって?」

 

「ゲロ吐いてたんだよ! 結城さんの気遣いをちょっと見習え!」

 

「えー……そういう比較されると私もちょっと嫌なんだけど」

 

「吐いてる時に背中さすってもらえたりすると、優しさに心奪われるんですよ。今僕結城さん派」

 

「しゃーないわね、機会があったらやったげる」

 

 ドラゴンボールは、西暦が終わって三百年経っても保存されています。

 

「そろそろ休憩時間終わりだけど、付いて来る?」

 

「ついてくー」

 

「はいはい。あ、そうだ。勇者部どう?」

 

「馬鹿ばっかよ。

 友奈は猪突猛進。

 風は部長のくせに舵取りする気も制御する気もなし。

 東郷は大人しそうなツラした核融合地雷よ。

 まともなのは樹くらいじゃないかしら、あの部活」

 

「楽しそうで何よりです」

 

「は? 楽しいなんて一言も言ってないけど?」

 

「楽しくないの?」

 

「……う、うっさい!」

 

 それは『はい』と答えるのと同じではなかろうか。

 

『楽しくないのかい? それは、悲しいな……』

 

「メビウス、メビウス、違うんです。

 今のは答えが分かりきってるのに意地悪な聞き方した僕が全面的に悪かった」

 

 大赦の研究室の扉が開いた。

 大赦の技術開発のほとんどは"勇者を強くする"、この一つの目標に向けて行われている。

 全ては勇者を強化するためにある。

 勇者システムを除けば、もう神樹の補助と管理のための技術くらいしか開発されていない。

 安全性と強さのバランス、危険性と出力のバランス、損耗率と効率のバランス、様々なものを考慮しながら勇者に力を与えるアプリケーションを日々改良している。

 

 呪術と科学と神道を並列してごちゃごちゃと弄っているため、研究してる人と研究している内容によってガラッと毛色が変わるのも特徴だ。

 竜児の席には? クッキーとコーラが置いてあります。

 

「今朝焼いたクッキーがあるからそこ座って食べてて」

 

「煮干しじゃないの? まあいいけど……んん? この味……んん?」

 

「うどんクッキーだぞ」

 

「うどんクッキー……!」

『うどんクッキー……!?』

 

 夏凜とメビウスに戦慄が走った。

 うどんクッキーは西暦の時代に生まれてしまった歴史の遺物。うどん文明の遺産。香川のオーパーツである。

 

「うどんクッキーはまだ私の理解の範疇だけどPCの数列はホントわけわかんないわねこれ」

 

「これは通常の機械機器じゃ観測できない樹海内の戦闘の記録。

 すなわちあの獅子の怪獣の細胞特性を、呪術的に分割転写記録したものだ。

 今はこれを精密分析して、試しにクラスター分析にかけてるとこ」

 

「え、そんなもの取ってどうすんのよ?」

 

「メビウスの話によると、あの怪獣は人々の恐怖の記憶や感情を力にするんだって。

 だから本来は記憶を消したり吸い上げたりして対処する怪獣なんだってさ。

 記憶を受け取る。記憶を費やす。記憶を力に転換する。これは記録にも無い力だ」

 

 スペースビーストは人の恐怖の記憶を積み上げ、恐怖の感情を吸い上げ、力に変える。

 神樹を支える人柱、ウルトラマンネクサスがかつて戦ったダークザギも、スペースビーストを参考に蓄積された恐怖の記憶を力に転換したウルトラマンの一種であったとされる。

 あの獅子も、半分はスペースビーストだ。

 

「神樹様には人の記憶にすら干渉する力があって、前々から僕はそこに―――」

 

「はい、ストップ。

 また話長くなりそうだからそこでストップ。

 でも記憶がどうかしたの? 記憶をどうにかする力ってあっても嬉しいもん?」

 

 記憶。

 記憶の研究なんていうものをしているのは、竜児くらいしかいない。

 勇者の戦闘力の向上に、記憶の研究などというものが役に立つことはないからだ。

 それでも助けたい人がいた。

 特別親しい人ではないが、特別深く同情している、記憶を失っている少女がいた。

 

 竜児がしている記憶の研究は、趣味の枠を突破できない自己満足でしかない。

 "記憶を戻してやりたい"という自己満足でしかない。

 結果を出せない内は、自慰と何ら変わりないのだ。

 けれども、彼女を助けることを諦めてしまうことだけは、本当に嫌で。

 

「それがあれば助かる人も居るんじゃないかな」

 

 雲を掴むような話だが、戦いの場でない場所での希望なんてものは、大抵そんなものである。

 

「奇跡に頼らず、僕らの技術と進歩で、誰かを助けられたら素敵じゃないか」

 

「ふーん」

 

 無駄かもしれない。無駄じゃないかもしれない。

 それでも研究を積み上げ、不可能を可能に近付けていく。

 ある種それは『人類文明』の基本的な在り方そのものであると言えた。

 

『? あれ、このカプセル……セブン兄さんの……』

 

「こっちのカプセルは? 何に使うのよこれ」

 

「さあ?」

 

「さあ、って」

 

「ウルトラマンの情報が開示された僕に新しく預けられた研究対象だよ。

 昔は中身が入ってたけど、今は空っぽなんだってさ。夏凜の筆箱みたいだ」

 

「最近はちゃんと中身入ってるわよ失礼な!」

 

 プルル、と夏凜の携帯電話が振動した。メールが来たようだ。

 

「む」

 

「勇者部の招集?」

 

「よく分かったわね」

 

「いいよ、行ってきなよ。また後で」

 

「まったく、あいつらは私を気安く呼びつけるの止めてほしいわ」

 

「夏凜の口元笑ってんよ」

 

「……!」

 

「勇者部の活動、頑張って。それと、楽しんできてな」

 

「……別に、楽しいから行ってるわけじゃないし?

 勇者同士の連携改善は、神樹様のくださったお役目を果たすために……」

 

「クッキー袋に詰めるからちょい待ち。五人分だから五袋でいいかな」

 

「聞け!」

 

 結局、夏凜は部員の人数分のうどんクッキーを持って行ったという。

 現在、世界は四国だけ。

 ゆえにうどんのみが国民食。

 うどんクッキーは世界を席巻するポテンシャルを秘めた神の菓子であった。

 

 というのは置いておいて、竜児は夏凜に聞かれない状況を作ってからメビウスがした妙な反応を拾い上げる。

 

「このカプセル、メビウスの知り合いの持ち物?」

 

『これは確か、セブン兄さんが持っていたものだったかな。中身が無いけど』

 

「空き缶みたいなもんかぁ。こっちも調査して技術吸い出しが基本かな」

 

 空っぽの、灰色のカプセル。

 昔は中に何が入っていたのだろうか?

 技術進化を志向する竜児に、メビウスは想い出の言葉をそのまま語った。

 

『セブン兄さんは地球人にこう言ったらしいよ。

 敵に対抗して地球人が強力な兵器を作る。

 敵は地球人に対抗して強力な兵器を作る。

 それは血を吐きながら続ける悲しいマラソンだから、止めるべきなんだって』

 

「……そんなこと言ったって、敵に対抗するための技術進化は必要だぜー」

 

『対し、エース兄さんは地球人にこう言った。

 優しさを失わないでくれ。

 弱い者をいたわり、互いに助け合い。

 どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。

 例えその気持ちが、何百回裏切られようと。それが私の、最後の願いだ……って』

 

「友達になろうとする心、かぁ」

 

『そして慈愛の戦士ウルトラマンコスモスは、人間に答えを示した。

 時に拳を、時には花を。

 強さと優しさを使い分けて、より多くの命と分かり合おうとしたんだ。

 僕が言いたいのは、力を増していくことそのものに善悪はなくて――』

 

「相手と分かり合おうとする心がなければ、力はただの暴力なんだね」

 

『――うん、そういうことだ』

 

 メビウスの声が少し嬉しそうに響く。

 

「強さ、優しさ、あとは勇気……ウルトラマンに求められるハードル、高くない?」

 

『君ならできるよ!』

 

「僕にも求められてるハードルなのこれ!?」

 

 ええええええ、と声にならない困惑を口から漏らす竜児。

 "僕には無理だろう"という気持ちと、"でもそう在れたらいいな"という気持ちが入り混じっているのが、同化しているメビウスにはよく分かった。

 

「でも、地球を取り戻してから、そういうことを考えていける未来が来てくれたらいいなぁ」

 

 だからまずは、勝ち切ることだ。

 

「僕らの世界は鮮烈に燃え尽きた。

 紀元前1万年前の世界人口は約400万人。

 西暦の始まりの世界人口は約2億人。

 西暦1802年の世界人口は約10億人。

 西暦2015年の世界人口は約73億人。

 天の神が人の進化と思い上がりを裁き始めたのがその西暦2015年」

 

『……』

 

「その西暦2015年の四国の総人口が約400万人だよ。酷いと思わない?」

 

 天の神が放ったバーテックスは、一体何億人の命を食い潰したのだろうか。

 いつの時代にまで世界人口を巻き戻したのか。

 

「自然災害で家族を亡くして、それを防ごうと決めた人がいた。

 伝染病で友達を失って、それを無くそうと研究を始めた人がいた。

 害獣に仲間を殺されて、人を守るんだと叫んだ人がいた。

 餓死で死にゆく人々を見て、作物の品種改良を始めた人がいた。

 人間の歴史は、いつだってそんな咆哮と挑戦の積み重ねの上にあるんだ」

 

『ああ、そうだね』

 

「過去の歴史の中には、そういう人達がいっぱい居たはずなんだ。

 その人達のおかげで、沢山の人が死ななくなった。

 死の悲しみは減って、人間は増えていくことができるようになった。

 73億っていう数字は誇りだよ。偉大なる先人が残してくれた文明の、誇りなんだ」

 

 けれど、その誇りも世界にはもう残っていない。

 

「それが一万年前の総人口に逆戻りだよ。

 先人に申し訳なくて、泣きたくなってくる。

 殺された70億は……神様なんかに否定させちゃいけない70億だったのに」

 

『リュウジ君……』

 

「神に近付こうとして神に近付いたわけじゃない。

 バベルの塔のような意図は無かった。

 皆、生きたかった。成長していきたかった。誰かを幸せにしたかったんだ。

 その結果として神に近付いただけで……それで怒られるなんてのは、僕は嫌だ」

 

 人間が正しく進歩していくことを、ウルトラマンは好ましく思う。

 竜児もそういう人間の歴史が好きだった。

 ……四国以外の全てが燃え尽きた今となっては、その想いも虚しいだけだが。

 

「君は巨人で、ウルトラマンだけど、僕にとっては優しくて良い神様だよ」

 

 竜児は無邪気な好意をメビウスに向ける。

 親しみ、尊敬、好感、信頼。色んな感情がメビウスへと向けられていた。

 メビウスは、この世界の人間達に共通する……"神樹を信仰する者達に共通する"、不定形の危うさに釘を差しておくべきだと考えた。

 

『僕達はウルトラマンであって、神じゃない。

 救えない命もあった。届かなかった思いもあった。

 だから僕らは、ずっと気を付けていることがある』

 

「なに?」

 

 メビウスブレスが穏やかに点滅する。

 

『飢えている人が居る。

 パンを与えれば、その人は感謝してくれるだろう。そして明日に飢え死ぬだろうね』

 

 メビウスブレスが穏やかに点滅する。

 

『パンの作り方を教えれば、しばらく死ぬことはないだろう。

 僕らが救った人が、より多くの人にパンを食べさせ救ってくれるかもしれない。

 小麦の作り方を教えてあげるとしよう。

 その人はパンを作れる人と助け合い、支え合い、絆を育み……

 互いの力を合わせて、より多くの人にパンを作って救えるかもしれない』

 

 メビウスブレスが穏やかに点滅する。

 

『絶対に、決して、僕らにすがらせてはいけない。僕らだけを頼りにさせてはいけない』

 

 メビウスが、穏やかに少年を諭す。

 

『恵みを求め、すがるだけの人間になれば終わりだ。

 "神様が助けてくれる"と揺らがない確信を持った人間は……

 "パンをください"と神様に祈りながら飢えて死んでいくんだから』

 

「―――」

 

『君達には、仮に天の神を倒せても、その後も神樹に頼ろうとする気持ちがある気がする』

 

 神樹と人間。

 ウルトラマンと人間。

 存在の位階が異なるもの同士の関係性は、よく考えていかなければならない。

 

 神樹と人間はそれなりに真っ当な、神と人の関係を保てている。

 ただし、それはいつでも崩壊してしまう危険性を秘めていた。

 神に寄り掛かるだけの人間が増えれば、戦える心を持つ勇者もいつか尽き、この四国だけの世界は崩壊するだろう。

 

 ここには"神樹様が助けてくれる、と祈りながら死んでいく人間"が生まれる土壌がある。

 

『人の未来を決めるのは君達だ。

 天の神でもない。

 神樹でもない。

 僕らウルトラマンでもない。地球の未来は、君達自身で掴まないといけないんだ』

 

「そっか」

 

 竜児は、メビウスの言いたいことを理解した。

 

「ウルトラマンが来て、失われるもの。どこかへ行ってしまうもの。それは、『自責』だ」

 

『ああ。君は聡明だね』

 

 自分を責めると書いて自責。

 自らが責任を背負うと書いて自責。

 自らに定めた己の責を果たす、と書いて自責。

 

 ウルトラマンが勝って生き残ればウルトラマンのおかげ。

 ウルトラマンが負けて滅びればウルトラマンのせい。

 そう言う人間は、世の中に一定数存在している。

 "ウルトラマン"の部分を、"神樹"に置き換えてもいい。

 どうせそういうことを言う人間は、ウルトラマンのせいにも神樹のせいにもする。

 

 今、地球は神々の時代にある。

 人間の未来を決める権利も、神々の手の中にある。

 人間が何もしなければ、何も言わなければ、人間の未来は決められてしまうだろう。

 人の手を離れたどこかで、人の意志なんて介在する余地もなく。

 

 癪だな、と竜児は思った。

 

「頑張って、僕らで未来を掴み取ってみせないと。ウルトラマンに失望されたくないもんな」

 

『うん。それでいいんだ』

 

 "ウルトラマンのおかげ"と思い過ぎるのも、"ウルトラマンのせい"だと考えるのも、無責任だからしてはいけない。

 竜児はそう自分に言い聞かせた。

 夏凜に持たせたクッキーの残りを、炭水化物補充にかじる。

 

「……にぼし風味」

 

『そう作ったのは君じゃないか』

 

「そうだった」

 

 煮干し効果で頭が良くなった気がした。眼鏡を押し上げる。倍、頭が良くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 今日も元気に勇者を見張り報告を繰り返す竜児の姿があった。

 勇者を一箇所に集めるクラスとして想定された讃州中学二年三組は今日も夏凜、友奈、東郷と勇者だらけである。

 仮に二年生にもう一人勇者が来たとしても、このクラスにぶち込まれるだろう。夏凜に続いて二人目の転校生でもお構いなしだ。

 おかげで竜児が密かに見張りやすくもあるのだが。

 

 かくして放課後。

 

「リュウさん、急用入ったんで委員の仕事代わってくだち。ヒルカワ一生のお願いでござる」

 

「言葉に誠意と真実味が全く感じられないな……」

 

「誠意はともかく真実味も!? まさか俺が嘘言ってると思って疑ってる!?」

 

「疑ってるわけじゃないよ。ただ信じてないだけ」

 

「もっとひでえ! リュウさん、俺達友達だろ!?」

 

「……しょうがないなあ」

 

 今日も今日とて勇者達に異変なし。

 警戒レベルを引き上げる必要性もなし。

 竜児はヒルカワの委員の仕事を代わって、肩に掛けていた鞄をロッカーに放り込んだ。

 

「ヒロト君、僕は時間通りにバイト行くけど、多分ギリギリになる」

 

「オッケー。母さんと店の方に伝えとくよ」

 

 バン・ヒロトの実家うどん屋に後でバイトに行く約束もしつつ、図書室に向かった。

 ヒルカワは図書委員である。

 図書委員は各学年各クラスから選出され、持ち回りのローテーションで図書室の受付を担当する決まりになっている。

 

 放課後が潰れるから嫌がる者も、清掃委員活動などが嫌で図書委員を選ぶ者もいる。

 ヒルカワのように学校新聞の参考資料を探すためになったくせに、面倒臭くなっていつも他人に投げているクソ野郎もいる。

 そしてその手の面倒臭がり中学生は、どのクラスにもいるものだ。

 

 かくして。二年三組図書委員代理の竜児と、一年一組図書委員代理の犬吠埼樹が並んで受け付けに座ったことで、驚天動地の居心地最悪空間が誕生してしまっていた。

 

「「 ど、どうも 」」

 

「……」

「……」

 

(( 気まずい…… ))

 

 勇者・犬吠埼樹。

 大赦・熊谷竜児からすれば、距離を詰めるのも距離を離すのも嫌、顔を覚えられるのも嫌な現役最年少勇者である。

 

(犬吠埼、樹)

 

 難読名字っ子である。いぬぼうざきちゃんである。

 大赦で「いぬほえざききちゃんですね。あだ名はキキちゃんでしょうか」「バカなのか」「冗談ですよ」という一幕があったとかなかったとか。

 

 性格は内気、引っ込み思案、大人しい、心優しい。

 竜児も昔彼女の性格レポートを書いて大赦に提出したことがあるが、"心優しく他人を優先する"という長所と、"積極性がなく自分の意見より他人の意見を優先してしまう"という短所が不可分で、どうレポートを出したものか困った覚えがある。

 総じて、強みと弱点が高度に表裏一体になっている少女であった。

 

「熊谷先輩……で、お名前合ってますか? な、名前間違ってたらごめんなさい!」

 

「名前合ってますよ。そんなオドオドしなくても」

 

「あ、うどんクッキーご馳走様でした。夏凜先輩から頂きました」

 

「あ、お粗末さまです」

 

「……」

 

「……」

 

 気まずい。というか会話のテンポが合わない。

 いや、ある意味会話のテンポは恐ろしく合っているのだ。

 ただ、"相手の言葉を待とう"と判断するタイミングがピッタリ合ってしまうせいで、会話の合間に時たま妙な空白が空いてしまうのである。

 

「僕のクッキーは味、どうでした?」

 

「お、美味しかったです。お姉ちゃんがサクサク感出すのに苦労してそう、って」

 

「レシピそのまんま作ったら確かに硬くなったので、ちょっと工夫はしましたね」

 

「そ、そうですか」

 

「……」

 

「……」

 

 呼吸が合わない。

 

「ええと、犬吠埼さんは犬吠埼先輩の妹さんだと聞いています」

 

「……その言い方ややこしくないですか?」

 

「釜玉うどんととろ玉うどん程度にはややこしいですね」

 

「樹でいいですよ。熊谷先輩は先輩なので敬語もいいです。

 その……私なんかに敬語使うの、熊谷先輩は嫌ですよね?」

 

「いや別に」

 

「え」

 

「自己評価低いな、君は。

 年上に敬語使わせることにそこまで申し訳無さ感じてる人、初めて見た」

 

 竜児の中で、"あまり深入りしないように"という理性と、"この子このままで勇者としてやっていけんのか"という心配の心が喧嘩を始めた。

 バランス、バランスが重要だ。

 踏み込むのなら、あまり目立たないようバランスを考えなければ。

 

「君はなんでここに? 僕は友達に押し付けられてかな」

 

「わ、私もです。クラスの男の子に押し付けられて……」

 

「僕は押し付けられる代わりに盛大に罵ってきたけど、樹さんも?」

 

「それは……その……」

 

「『犬吠埼さんって頼み事断れなさそう』とか言われない?」

 

「……本当に時々ですけど、言われます」

 

 少年の胸中がちょっと不穏になってきた。

 犬吠埼樹は、怪物を前にしても臆さず戦いを挑んだと聞く。

 つまり勇気はあるはずなのだ。

 彼女は気弱なだけで、臆病ではないし、軽薄でもない。心には確かな芯がある。

 

 あるのだが、だからといって気弱なところがなくなるわけでもない。

 

「樹さん男子が必死に土下座したら手くらい握らせてくれそう」

 

「そ、そんなこと……そんなことしません!」

 

「うん、君はしない気がするぜ。

 ……しないと思ったんだけどなあ。

 今一瞬、押しに弱い自分を省みて、ハッキリ言うの躊躇ったろ」

 

「……うぅ」

 

「僕みたいな横暴な男子にはオラオラ返すくらいでいいと思うよ、女の子は」

 

 バーテックスにも勝てるんだからクラスの男子の押しにくらい勝ってくれよ……と、竜児はとてつもなく私的で勝手な感情を抱いてしまっていた。

 彼の内心を知らない樹は、竜児の自称横暴男子に首を傾げる。

 

「先輩、あんまり横暴に見えないですよ」

 

「知的に見える?」

 

「……え、ええと、そうですね、知的に見えますよ」

 

「! ようやくこの眼鏡の知性を分かってくれる人が来たか……」

 

 竜児は樹の言葉を真に受け喜び、樹はその場のノリで適当なことを言った事を後悔した。

 そして、本当に横暴な男子のことを思い出して溜息を吐く。

 

「本当に横暴な人は、私に委員の仕事を押し付けて部活に行った男子みたいな人だと思います」

 

「ああ、男子に押し付けられて困ってたんだ」

 

「はい。私も、部活があったのに……」

 

 流石にいくらなんでも、自分が部活行きたいからと他の部活女子に代わりを頼む横暴男子は、樹の寛容範囲を超えていたようだ。

 まあ、それでも押し切られてしまったのだが。

 人助けなら喜んでやる樹でも、他人に体よく利用されるのは何か違うと感じる様子。

 ちょっと膨れっ面なのが可愛らしかった。

 

「委員の仕事を早く終わらせたら早く帰れる、ってなら良いんだけどなあ。

 僕ら受付の仕事も振られてるから決まった時間までは席にいないといかんのがなんとも」

 

 ひょいひょい、と竜児が返却された本を本棚に戻していく。

 図書室の受付に常に詰め、空いた時間で返却された本を本棚に戻していき、足りない本がないか等をチェックしていくのが図書委員の仕事だ。

 なのだが、竜児はとても長い図書室の本一覧表に目もくれず、返却済みの本をテキパキと仕分けていくつかの山にし、それを手早く本棚にしまっていった。

 

「熊谷先輩、図書室にはよく来るんですか?」

 

「この学校の図書室にはあんまり……何故そう思ったのか聞いてもいい?」

 

「私だったら、そんな風に流れるように本を整理できないです」

 

「あー、それはね」

 

 竜児は本の背に貼られている、図書室特有の文字が書かれた白いシールを指差した。

 

「図書室や図書館の本の背に変な番号のシールが貼ってあるって思ったことない?」

 

「はい、あります。あれがどうしたんですか?」

 

「あの番号見れば本の場所とかタイプとかは大体分かるよ」

 

「えっ」

 

 竜児はシールの文字を一つ一つ指差していく。

 

「一つの特定分野には分類できない総括系は『総記』。

 これは例えば000番台。

 百科事典なら03X番のどれかになって、日本語百科事典なら031番って書いてある」

 

「あ、そうなってますね」

 

「文学なら900番台。一番多い娯楽寄りの小説や物語は913番となります」

 

「おお……」

 

「その下にあるのは著者名だったりタイトル名だったり。

 まあ『ハ』とか書いてあったら『ハ』から始まる著者だったりすることが多いかな。

 その下にある番号は大体の場合巻数がそのまんま記されてるだけだね」

 

「もしかして、本の題名じゃなくて番号を見て先に整理してたんですか?」

 

「あっはっはっは。

 本のジャンルだけ先に仕分けて山にして、本棚の前に持ってってそこに収める。

 こんな単純手順、前提知識さえあれば樹さんでも僕より早くできると思うよ」

 

 図書室や図書館の大きさにもよるが、三桁番号10×9×9の組み合わせで数百種の分類を暗記していないと今の竜児のようにパパパッとした仕分けはできないのだが、それは脇に置いておこう。

 どうせ樹は真似しない。

 

「これが先人の知恵ってやつです。樹さんの助けになれば幸いですな」

 

「はえー……」

 

「……あんま分かってない感じだね、樹さん」

 

 樹がやり方を分かっていないのが駄目なのか、竜児がこのやり方の難易度を分かっていないのが駄目なのか、はてさてどちらと見るべきか。

 

「樹さんは? 僕のこのムダ知識みたいに、得意なこととか何かある?」

 

「得意なこと、って言うと何か違うかもですけど、占いは好きですよ」

 

「よし、委員の仕事が終わる時間までそれで時間を潰そう」

 

「……熊谷先輩って夏凜先輩が言ってた通りの人なんですね」

 

「え、嘘だあ。女子連中に会話に出してほしくないから夏凜には口止めしてるはずだぞ」

 

「え?」

 

「え?」

 

「夏凜先輩普通に話してましたよ。もしかして忘れてるんじゃ……」

 

「……あんにゃろうめ」

 

 大赦の方針に従うならば、勇者には勇者を見張っていることも、勇者を警戒していることも、勇者を騙していることも伝えてはいけない。

 竜児も自分の仕事は誤魔化して伝えている。

 なので遠回しに口止めして、自分の存在を隠そうとしていたようだが、どうやらてんで駄目だったらしい。

 

「私なんかの占いで良ければ、一席どうぞ。そこの椅子に座ってください」

 

「はいさ」

 

 樹がポケットから取り出したタロットカードで占いを始める。

 カードを操る樹の指は細く、竜児が持てば折れてしまいそうだが、運指は確かでカードの扱いも丁寧だ。

 物を大切にする性格と、占いを繰り返してきた過去に裏打ちされた技が見て取れる。

 

手弱女(たおやめ)だなあ)

 

 やがて占いの結果は出た。

 

「この占い結果を一言で表すならば……」

 

 出たのだが、樹は竜児がかつて見たことのないような顔をしている。

 例えるならば、殺して捌かれ焼かれたフライドチキンが、「飛ぶように売れてるぜ。まあもう俺は飛べないんだけどな」とドヤ顔で言っているのを見てしまった、みたいな顔をしていた。

 

「……『お前はもう死んでいる』? です」

 

「タロットから到底連想できない宣告が来た!?」

 

「ご、ごごごめんなさい! 大変失礼なことを!」

 

「あ、いや、こっちも突然大きな声出してすみませんでした」

 

 互いが互いにペコペコ頭を下げる奇妙な光景。

 

「でもここまで悪いカードが連続で出るってとんでもないです。

 実はこっそり引き直しもしていたんですけど……

 その、更に連続して悪いカードが出て……

 この結果を解釈すると、熊谷先輩は既に死体じゃないとおかしいと思えるくらいなんです」

 

「……占いすっげえ」

 

「え?」

 

「樹さんまた機会あったら占い頼んで良い?

 そっちから見ると不思議に見えるけど、僕から見ると結構妥当な感じなんだ」

 

「は、はい!」

 

 お前はもう死んでいる? なんとまあ、見事に当たる占いもあったものだ。

 

『君はもう死んだ後だものな』

 

(返す言葉もございません……メビウスの命を使わせてもらってるだけの僕だもの)

 

 あるいは、これから死ぬ未来が過剰に占い結果に出たのかもしれない。

 だとすればまず確実に竜児は死ぬのだろう。

 ……そんな占いの未来を少し信じてしまいそうになるくらいには、敵が強かった。

 

「とりあえず、今の内に返却済みの本全部片して、また占いの話しようか」

 

「はい!」

 

 二人で動いて連携し、受付の裏に置かれていた本の山を本棚に戻していく。

 

「えっと、これは……」

 

「それはそっち」

 

「ありがとうございます、熊谷先輩」

 

「この図書室、一回本棚の本全部抜いて整理した方がいいかもなあ。

 後から寄贈図書が増えたからだろうけど、ごちゃごちゃしすぎてる」

 

「あはは……」

 

 樹はそんなに社交的な人間ではない。コミュ力が高い人間でもない。

 異性で年上の先輩など、話しにくいにもほどがあるだろう。

 だが一定の距離を保ち、竜児が距離を詰めようとせず適度な距離感で話してくれたお陰か、徐々に会話も滑らかになっていった。

 笑顔の硬さも徐々に取れていく。

 二人の間の空気にあった気まずさも、今ではそんなに感じられなくなっていた。

 

 だのに、図書室の外から複数人の男子の声が聞こえてきて。

 

「あ、犬吠埼だ」

「真面目にやってるよ、マジか」

「真面目ちゃんだなー。あんなの真面目にやってるとかバカみたいじゃんか」

 

 それが樹に図書委員の仕事を押し付けていったサッカー部の男子達だったから、さあ大変、こら大変だ。

 樹の手が止まる。樹の心が重くなる。

 竜児は心がささくれ立った。

 

「あいつああいう地味で面倒臭いことも好きでやってんだろ。勇者部だし」

「そーそー。やりたいやつにやらせておけばいいんさ」

「またなんかあったら犬吠埼に頼もうぜ」

 

 樹の所属する勇者部は、人助けのための部。

 人のためになることを勇んでやる者達のための部だ。

 人の願いを叶える都合のいい神様になる部ではない。

 面倒事を投げ捨てるためのゴミ箱になる部でもない。

 

 中学生男子に成熟した倫理やデリカシーなどを求めるべきではない。

 ちょっと見方を変えれば、樹に仕事を押し付けていった男子は"好きな女の子だからいじめる"の感情機微の延長にいることも、語調から読み取ることができるだろう。

 が。

 それはそれとして、竜児はイラっとした。

 理性で何もかもに納得して感情を抑え込めるなら、竜児はこんな性格していないのである。

 

「樹さん」

 

「大丈夫です。私、分かってましたから」

 

 樹は困ったような、ちょっと悲しそうな、曖昧に誤魔化す表情を浮かべる。

 

 竜児は図書室の外から覗いていたであろう男子達の会話を聞き、昨日のメビウスとの会話で自分が思ったことを思い出した。

 ウルトラマンが勝って生き残ればウルトラマンのおかげ。

 ウルトラマンが負けて滅びればウルトラマンのせい。

 "無責任に他人に丸投げしてもいい"という思考が、そういった思考を地上に蔓延させた時、この世界の人間は終わる。

 

 そのせいか、無責任に樹に丸投げした彼らに無性に腹が立った。

 樹の表情を見ていると、何故か更に腹が立った。

 眼鏡クイッ。腹の中で煮立った怒りが、熱を失いシンプルな気合いへと変わる。

 

 竜児は図書室の外に飛び出して、くすくす笑っている男子達の肩に手を置いた。

 

「君達、夢野久作の『懐中時計』は読んだことある?」

 

「誰この先輩。知り合い?」

「いや知らね……夢野久作? も知らない」

「え、どういうことだ? ???」

 

 眼鏡を押し上げる手に威圧感が宿る。

 後輩男子達が少しビビる気配がした。

 眼鏡を押し上げる手が顔を隠す度合いと、その際の表情を意図して作ることで、威圧感のある表情を作る動作の研究というのは、実は書籍になるほど真面目に研究されている事柄である。

 竜児は、知識としてそれを備えていた。

 

「懐中時計が箪笥の向こう側へ落ちて一人でチクタクと動いておりました。

 鼠が見つけて笑いました。

 『馬鹿だなあ。誰も見る者はないのに、何だって動いているんだえ』」

 

 "懐中時計"の内容を、竜児は何も見ずに暗唱する。

 

「『人の見ない時でも動いているから、いつ見られても役に立つのさ』

 と懐中時計は答えました。

 『人の見ない時だけか、又は人が見ている時だけに働いているものはどちらも泥棒だよ』

 鼠は恥ずかしくなってコソコソと逃げて行きました……」

 

 今も図書室では、樹が真面目に本を整理している。

 誰も見ていないのに真面目に。

 きっと、竜児が居なかったとしても一人きりで真面目にやっていたことだろう。

 彼女は気弱かもしれないが、卑怯ではない。

 卑怯に怠けることはしない。

 針を止めない懐中時計のように。

 

「これだけの短いお話だ。

 バカでも読めるし、すぐ読み終わる。

 君らは彼女を笑ったが、今の自分を見て何か恥じる想いがあるんじゃないか」

 

「……それは……その……」

 

「派手でもなく、目立ちもしないが、真面目な懐中時計を笑える人間が何人居るんだ」

 

 勇者部所属の少女達の中から、華のある順に名前を上げていけば、確かに犬吠埼樹は後の方になるかもしれない。

 だが、それがどうしたというのか。

 真面目でサボらない、地味なこともコツコツやる、それは笑われるべきことなのか。

 それを理由に笑う奴がいたなら、竜児は誰にだって食って掛かるだろう。

 

「女の子に押し付けて部活行ったんだ。

 じゃあせめて根詰めて練習やりなよ君達は。

 サボってこんなとこに来てるようじゃ、君らは鼠にしかなれんぞ」

 

「うぐっ」

 

 それに、何より。

 部活に行くために樹に仕事を投げていった男子達がここに居るということは、彼らは結局部活をサボっているということだ。

 "懐中時計を笑った鼠"扱いされても仕方がない。

 

「どうしても部活に行きたい時は、これからは彼女じゃなくて僕に振れ。

 理由が正当なら代わってやる。部活を頑張らせてやる。僕は二年三組、熊谷竜児だ」

 

「……は、はい」

 

 そそくさと消える後輩達を見て、"メビウスだったら優しく諭してたんだろうか"なんて思い、竜児は後頭部を掻く。

 

(大赦としてはこういう感じでいいのかな、対応)

 

 勇者の周りの軋轢や問題を軟着陸させつつ、破綻させないようにする。

 勇者が極力自由にやっていけるようにする。

 舵取りはしないが暴走もさせない。

 大赦的にはセーフかな、と竜児は誰に言うわけでもない言い訳を心の中で繰り返していた。

 

 図書室に戻る。

 本の整理をするふりをして、本棚の陰に隠れている樹の姿が見えた。

 どうやら会話を盗み聞きしていたらしい。

 なんだか、また話しづらい空気が戻って来てしまった。

 気まずさではなく、今度は気恥ずかしさのせいだろうが。

 

「"内気で真面目"をバカにする人が居るなら、その人がバカなだけだ」

 

 勇者の君を応援してる、と心の中だけで竜児は言う。

 

「……ありがとうございますっ」

 

 対し、樹は心の中の言葉をそのまま口に出していた。

 

 メビウスは黙っている。何も言わない。だが満足げだ。

 樹の心から、人の心が成長する音がした……ような、気がした。

 文明の正しい成長も、個人の成長も、メビウスにとってはどちらも喜ばしいことである。

 文明の進化が街に光を増やしたように、人の成長は人の心に光を増やす。

 

 光の巨人は、そうやって増えていく光を見ていくだけでも、心が暖かいもので満ちるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰路につく。

 帰り道の道筋を曲げ、バイト先のうどん屋に向かう。

 バン・ヒロトのうどん屋は、友奈や夏凜も部活メンバーと一緒によく訪れている、勇者部行きつけの人気店だ。

 

「な、な、メビウスが言ってたウルトラセブンってどういうウルトラマンなんだ?」

 

『ウルトラ兄弟の一人で、僕の義理の兄なんだ。

 重みを感じさせる腰を据えた居姿や、戦闘時の切れ味鋭いアイスラッガーが印象的だね』

 

「へー」

 

『それと、怪獣カプセルもだ。

 セブン兄さんは人間の手に乗るサイズのカプセルに怪獣を入れて持ち歩いていてね。

 怪獣カプセルは全部で六つ、よく使っていた怪獣は三体。

 有事には巨人の姿にならないまま、このカプセル怪獣で敵を倒してしまうほど強かったんだ』

 

「うわぁ欲しい」

 

『君はそう言いそうだなって思ったよ』

 

 あのカプセルそんなのだったのかー、くそ中身さえ入ってれば、と竜児は思わずにはいられなかった。

 バーテックスと怪獣が戦ってくれるならそれでいいじゃん、なんて考えてしまう。

 心根があまり戦士ではないのだ。

 

『セブン兄さんはウルトラアイという眼鏡で変身するんだ』

 

「眼鏡! 近眼のウルトラマンも居たのかぁ」

 

『いやそういうことじゃなくて……

 ともかく、そのせいか宇宙の色んなところで流行ったおまじないがあったんだ』

 

「おまじない?」

 

『セブン兄さんに助けられた星の人達が始めたおまじないだよ。

 眼鏡をかけてデュワッ! とセブンの真似をする。

 そうすると、ウルトラマンの体と同じくらい大きな勇気が湧いてくる……っておまじない』

 

「へー、そりゃ面白……ってあれ?

 宇宙でそういうのが流行るレベルで宇宙にいっぱいあるのか、眼鏡」

 

『うん』

 

 宇宙には重力レンズなんてものもあるので、光を情報獲得媒体としている生物なら、そういうものも自然と開発するのだろうが……竜児の想像した"眼鏡かけてる宇宙人軍団"の絵図は、けっこうシュールな感じになってしまった。

 竜児はおもむろに、その宇宙の流行に乗った。

 眼鏡を外し、眼鏡を付けて、口を開く。

 

「デュワッ」

 

 プラシーボ効果が盛大に発生する。

 

「おお、勇気が湧いて来る……!」

 

『い、一体化した心が熱く……! ここまで効果があるとは……!』

 

 セブン兄さん発のおまじないは、どうやら効果抜群だったようだ。

 

「セブンは人間の体でこうやって眼鏡を掛けて変身してたのかな?

 えーっと……人間の時の名前は、モロボシ・ダン・クロトだったっけか」

 

『モロボシ・ダンだよ』

 

「そうだった。そういえば、メビウスも昔地球に居た時にそれっぽい名前を使ってたり?」

 

『そうだね。僕がその時、地球で名乗ってた名前は―――』

 

 カチッ、と。世界が切り替わる。

 ブラキウム・ザ・ワンの初出現時がなんだったのか、と思えるほどの神速対応。

 世界の時間が止まり、四国結界の中の人の世界が樹海に塗り替えられていく。

 

「樹海化!」

 

『怪獣は……ダメだ! 遠い!』

 

「くっ、こっちじゃなくて勇者狙いか!」

 

 敵はいつでも突然やってくる。

 本当に、嫌なことに。

 そしてその度、人を滅ぼすための『最悪』を形にしてやって来るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二体目のバーテックスは、九つの頭を持った龍であった。

 闇、光、風、土、水、火を首からポンポンと吐いてくる。

 更には雷で全方位のものを破壊して、隙あらばその牙で勇者を噛み砕こうとしていた。

 九つの首、その全てに生えそろう牙は死神の鎌に例えられる。

 その牙に噛まれるということは、おそらく巨大なシュレッダーに身投げするに等しいことであると、戦っていた五人の勇者全員が認識していた。

 

「散開! 散開して! 雷と炎は速度速いけど当たっちゃ駄目よ!」

 

 部長の風の指示が飛ぶ。

 車椅子少女で足が動かない東郷は極力距離を取り、敵の動きに合わせて東郷を助けられる位置に友奈が陣取り、桜色の髪を揺らして敵の攻撃を避け続けている。

 夏凜は風とセットで前に出て、怪獣の攻撃を引き付け、攻め込む隙を探していた。

 

 そんな中、立ち回りを失敗してしまった子が一人。

 

「あっ」

 

 あまり前に出ていなかったはずの樹に向けて伸びる首。

 九つあった首の一つが、500mにも及ぶ伸長を見せたのだ。

 仲間の中距離援護を得意とする樹は、回避が間に合わず迫る牙に思わず目を閉じ―――間一髪間に合った夏凜に、体当たり気味に抱えられて助けられた。

 

「見たか! 私の超ファインプレー!」

 

「ナイス夏凜ちゃん!」

「ナイスファインプレー!」

 

 夏凜は樹を抱えて、刻むような跳躍二回。これだけで十分な距離を取る。

 

「樹、最近ボーッとしてること多くない? 気を付けなさいよ」

 

「……はい」

 

 樹は何かを抱え込んでいる。

 竜児は話しても気付かなかった。夏凜は今"何か悩んでそう"と思った。姉の風はなんとなく察しているが内容までは分かっていない。

 けれども、今はそんなことを話し合っている場合ではなかった。

 この戦場で余計な思考を抱えていては死に至る。

 九頭龍は咆哮し、陣形から離れてしまった樹と夏凜に狙いを定める。

 

「げっ、こっちに!」

 

 飛びかかる九頭龍に、夏凜は双刀で立ち向かわんとし―――そんな彼女を守るように、空の彼方から飛んで来たメビウスの飛び蹴りが、九頭龍を蹴り吹っ飛ばしていった。

 

「ウルトラマンメビウス!」

 

 夏凜がニッと笑って、巨人が頷く。

 友奈達が合流するまでの少しの時間に、竜児は夏凜が地面に降ろした樹へと手を差し伸べた。

 座り込んだ樹に差し伸べられる、樹の体が乗ってしまいそうな大きな手の平。

 樹は困惑するが、すぐにその意図を理解した。

 

「え……もしかして、手を?」

 

 巨人の差し出した大きな手の端を掴み、端に手を乗せ、樹は立ち上がる。

 夏凜は"こいつらしい"と思った。

 巨人を見ていた勇者達は、"本当に信じられるかもしれない"と思った。

 

「あ、ありがとうございます! 私、犬吠埼樹っていいます! よろしくお願いします!」

 

 ぺこりと頭を下げる樹。

 メビウスはゆっくり頷いた。

 振り返り、怪獣を見据える。

 樹と樹に駆け寄る勇者達を守るように、巨人はそこに力強く立った。

 

(さあ、行こうメビウス!)

 

『このフォルム……あの時の……マガオロチ……!?』

 

(メビウス?)

 

『強敵だ! 気を引き締めて!』

 

(あ、ああ)

 

 メビウスが構え、巨人の頼もしい背中が勇者達の視界を占有する。

 

 だが、メビウスには兆に一つの勝ち目もない。

 

(まずは前に!)

 

 巨人の歩幅による神速の踏み込み。

 メビウスの踏み込みは素人にしては綺麗で、そこから放たれた蹴りも素人にしては見事に体重が乗っていた。

 だが残念なことに、この怪獣には蹴りが効かない能力がある。

 

(え?)

 

『右脇に肘を落として!』

 

 龍は頭の一つを突き出し、メビウスの右脇腹を食い千切ろうとした。

 されどメビウスの警告、メビウスを信頼しその声に反射で従える竜児の連携により、メビウスの肘落としが強烈にその頭を打ち据える。

 だが苦し紛れの肘打ちではダメージなど与えられない。

 夏凜が叫んだ。

 

「メビウス! 何か……何かおかしくない!? 分かんないけど!」

 

(夏凜の言う通り、何か……何だ……夢の中の現実を見てるような……何……!?)

 

 メビウスは二歩下がって、腕甲から手刀を光の刃として放つ。メビュームスラッシュだ。

 しかし運悪く外れてしまう。狙いの付け方が甘かったのだ。

 いや、竜児はしっかりと狙いを付けていた。

 命中しなかったのが竜児のせい、というのはありえない。

 

「きゃっ」

 

 メビウスと龍の戦いの振動が、足元に居た友奈を踏み潰しそうになった。

 運悪く、メビウスの足元に移動してしまっていたようだ。

 本当に酷い不運と、友奈らしくない注意不足が、メビウスに足元を気にさせてしまう。

 巨人が上手い具合に足運びをすることを邪魔してしまう。

 

「何やってんの友奈! 樹、東郷、下がって! 夏凜と私で友奈の後退援護!」

 

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! あれ、なんでこれ……」

 

 九つの頭の一つが、音速を超えて友奈に迫る。

 メビウスが友奈を庇うように右腕を突き出した。

 友奈の盾となったメビウスの右腕が、筋肉に力を入れて食い込む牙に抵抗し、噛み砕こうとする牙の動きに対抗する。

 人であれば血が吹き出すところだが、ウルトラマンの傷口からは光が吹き出していた。

 

(くうっ……!)

 

『頑張って! 耐えるんだ!』

 

 だがその抵抗も無意味で、腕の筋肉はぶちりと食い千切られてしまった。

 

「あああああああああッ!!」

 

 思わず竜児は、痛みをウルトラマンの声として出力してしまう。

 友奈はその痛みを自分のことのように受け止め、樹は目を逸らし、夏凜は沸騰した怒りをそのまま込めるように双刀を投げた。

 風は"仲間を守る"意識から、ウルトラマンの片腕にも匹敵する大きさの大剣を投げた。

 東郷は"この敵を許さない"意識から、回避しにくい箇所と急所を狙って狙撃銃を撃つ。

 どれも当たらなかったが。

 

『やはりこれは、光の国でマックスから聞いた、あの怪獣の力!』

 

 ヤマタノオロチを思わせる怪獣が、自分の体の時間を巻き戻す。

 そして巻き戻し切ったところで時間をやり直す。

 自分がどういうものなのかを知らしめるために。

 そうして、眼前のウルトラマンを絶望させるために。

 

《 魔デウス 》

《 マガタノオロチ 》

《 フュージョンライズ! 》

 

《 マデウスオロチ 》

 

『魔デウスと、マガオロチの融合昇華(フュージョンライズ)!』

 

 竜児にはメビウスの驚愕の意味が理解できない。

 やれることは目の前の現実を見て、最善手を打っていくことのみ。

 「合体直後なら隙だらけのはずだ」という竜児の合理的思考が、メビウスブレスのエネルギーをスパークさせ、∞の軌跡を構築。

 十字に組んだその手から、星をも貫く光線を放った。

 

「『 メビュームシュートッ! 』」

 

 必殺の光線が放たれる。

 だがマデウスオロチには通じない。

 マデウスオロチにはウルトラマンの光線程度では傷も付かないのだ。

 表皮の防御力だけで、マデウスオロチは光線を弾き切ってしまう。

 

(そんな容易に防げる光線じゃないはずなのに!)

 

『リュウジ君! 天の神は、運命を文字通り書き換えている!』

 

(え?)

 

『この怪獣の半分は魔デウス!

 この世界という名の物語を書く、脚本家を味方に付けた怪獣だ!

 本当に脚本家がいるか、という科学的な考証に付いては僕も聞いたことがない!

 だけど聞いた話が本当なら、この怪獣は天の神という脚本家を味方に付けている!』

 

(は……はあああああ!? 嘘だろ!? 嘘でしょ!? 攻めれば、ボロを出すはずだ!)

 

 メビウスは九頭龍の正面を避け、弧を描くような走行軌道で接近する。

 その足運びは先日の戦いよりと比べれば遥かにマシになっていて、足運びの癖から見るに夏凜の指導と竜児の努力の跡がよく見えた。

 

 ただし、そこには『それも無意味だった』という言葉が付く。

 未来を予知しているかのようなマデウスオロチには通用しない。

 メビウスの接近と格闘は全て見切られ、マデウスオロチの九つの頭による嵐のような頭突きの連続攻撃に、強烈なクリーンヒットを何発ももらってしまっていた。

 勇者の援護も、既に無いに等しい。

 

(うあっ……!)

 

『頑張れ! 君が負けた時、失われてしまうもののことを考えて!』

 

(……そうだ、僕らは負けられないよな!)

 

 立ち向かおうとして、"こんな変な奴に負けられるか"と思って、目の前の敵の姿を目に焼き付けようとして、竜児は気付く。

 見ているのに。

 見据えているのに。

 ()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()

 九の頭なのは分かる。牙が鋭いのも分かる。龍なのも分かる。なのに、それ以上に詳細な"容姿の説明文"を頭の中に作れない。

 敵の姿を正しく認識することすら、竜児には許されていなかった。

 それは、例えるなら夢の中の怪物を見ているかのよう。

 

 マデウスオロチの九頭がウルトラマンの全身を噛み砕いていく。

 メビウスは回避も防御もできない。

 首を、腕を、脇腹を、太腿を、足首を、背中を、腹を、食い千切られてゆく。

 ひと噛みで死なないようゆっくりと、けれどひと噛みが深くなるよう丹念に。

 

「うああああああっ!!」

 

 九つの頭全てが、人を噛み殺すヤマタノオロチのように、巨人を噛み潰していった。

 

(でも……どうやったって、勝てるわけがない……こんなやつには……!)

 

 ウルトラマンの力?

 人の無限の可能性?

 勇気?

 そんなものだけで勝てるわけがないじゃないか。

 

 現実を知れ。

 そんなものだけで切り抜けて行けるほど、世の中は甘くない。

 熊谷竜児は絶望し、勝利を諦め、膝を折った。

 

 

 




 西暦の時代にどんなやつらが暴れてたのか、皆さんが自然と想像できたらいいなって思います


●融合九頭魔王 マデウスオロチ

【原典とか混じえた解説】
・夢幻神獣 魔デウス
 デウス・エクス・マキナを名に冠した悪夢。
 『脚本でウルトラマンを圧倒し、敗北の場面を脚本家が書いていない』怪獣。
 メタを能力として保有し、脚本家が倒される結末を思いつけていないためにいかなる手段をもってしても倒せず、外見すらも決まっていない不定形の摩訶不思議怪獣。
 どんな強者も『脚本』『地の文』には逆らえない。
 宇宙を滅ぼす一撃も、魔デウスだけは倒せない。

・大魔王獣 マガオロチ
 モンスター銀河から飛来した、魔王の名を関する規格外の怪獣。
 星を喰らう食性、幼体でも産卵を行う生態、星のエレメントから強力な怪獣を生み出す能力、そしてただ単純に突出した強さ。
 生み出した怪獣と合わせ、ウルトラマンの一軍をもってようやく封印だけは成功したという逸話を持つ。
 日本神話におけるヤマタノオロチにあたるモンスター。
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