時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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 代休ムーブ

 最近体の状態なんか変だな、と思ってたのですが、一話あたりの平均文字数と更新日時見たら大体分かりました。書き溜めは第一殺で尽きてます


第十二殺五章:光の星の戦士たち

 フェニックスブレイブ グリッターバージョン。

 今の地球の全ての者達の光を集めた、黄金の不死鳥。

 竜児とメビウスが今発現する可能性がある形態の中で、間違いなく最強の形態だ。

 

 防御技に使われる光の壁と同等の光を常に全身から放ち、絶対的な防御力を視覚化しつつも、その光のせいでエネルギーが切れる気配はまるでない。

 黄金の光が戦場を照らす。

 まさしく文字通りの"光の巨人"であり、この巨人が存在する限り、怪獣化した人間を元の人間に戻している神樹に妨害を仕掛けるのは、確実に不可能であった。

 

「こちらが何の奥の手も用意していないと思ったか!」

 

 ディスピアデザイアは、手札の一枚を切る。

 結界内の空が割れ、割れた空の向こうの異次元空間より、大きな人影が落ちて来た。

 輝ける光の巨人の前に、土煙を上げ着地する鋼鉄の巨人。

 

「いでよ、ブレイブキラーよ!」

 

 ウルトラマンの赤色のような基礎装甲と、光沢を抑えた金色の鎧のような要部装甲、そして明らかにウルトラマンを意識している翡翠色の目や胸の宝石。

 鋼鉄の巨人が、無言で腕の爪を構えた。

 

『新手か』

 

『あれは、エースキラー! ……の類だ恐らく!』

 

「お、ロボット怪獣。つまり人間じゃなし。メビウスのお知り合い?」

 

『知り合い……というのは正しくないかな、ギンちゃん。

 エース兄さんを殺すために作られたエースキラー。

 それを僕を殺すためにチューニングしたメビウスキラー。

 幾度の敗北の反省を活かし基礎から設計を見直したカブトザキラー。

 そこからウルトラマンビクトリーを参考に強化したビクトリーキラー。

 おそらくあれはそれを参考にして作られた最新のエースキラーだ!』

 

「『 や、ややこしい! 』」

 

 メビウスの説明に竜児と銀が舌を巻く。

 これで各エースキラーに更に派生があるというのだから恐ろしい。

 ディスピアデザイア/ヤプールが意気揚々と笑った。

 

「ブレイブキラーは貴様ら全ての力を参考に作られている!

 ブレイブフェニックスと勇者を同時に相手にしても負けることはない!

 ましてや四国結界の維持に力と処理能力の多くを割かれている今の貴様では―――」

 

 巨人が構えた。

 

『昨日までの僕が、手も足も出ず勝てない、恐ろしい怪獣だとしても。

 今日の"僕達"は負けない。どんなものにも、どんな敵にも、絶対に』

 

 そして光が瞬き、巨人の全身が一瞬凄まじく発光し、これまでの巨人のどの技をも超えるエネルギーが放たれる。

 一筋の光となったそれが、ブレイブキラーと呼ばれたその怪獣を粉砕した。

 

「―――!? 一撃で!? なんという発動速度のメビュームシュート……!」

 

 ディスピアデザイアが驚愕するが、竜児は淡々と応える。

 

『何を勘違いしている、ディスピアデザイア』

 

「何?」

 

『今のはメビュームシュートじゃない―――メビュームスラッシュだ』

 

「な……なんだと!?」

 

 今のウルトラマンメビウスには、連射できる弱威力の牽制技にすら、必殺光線と見紛うほどの破壊力があった。

 輝ける不死鳥。

 黄金の光は、技の全てを飛躍的に進化させている。

 ディスピアデザイアはその光を見て覚悟を決め、後戻りを捨てた。

 

「……どうやら、半端な詰め手では詰みにまで持って行けぬようだな」

 

 精霊達がわちゃくちゃと怪獣人間達を止め、人間を守るべく奮闘している。

 光の巨人が光の壁をいくつも作り、怪獣の侵攻から神樹を守っている。

 そんな中、またしても結界内の空が割れ、そこから赤い天使が降って来た。

 体の各所が岩石のように、あるいは鎌の刃のようになっている、赤い天使。

 

 これまで徹底して姿を見ていなかった、ディスピアデザイアの本体であった。

 

「とうとう本体のお出ましみたいだよ、リュウさん」

 

『うん』

 

 ディスピアデザイアは、地上に落ちるなり、怪しげな力場で己を包む。

 

「ここから、本当の地獄を始めてやろう……!」

 

 力場がその身を包むやいなや、その肉体が不気味な変質と変形を始めた。

 

『何を……』

 

「うえっ、気持ち悪っ……」

 

『リュウジ、奴の怨念が……()()()()()()()が、どんどん膨れ上がっている!』

 

『ヤプール限定で? それは一体……』

 

 肉が、怨念が、力が、膨れ上がっていく。

 

「イーハトンの肉体は強い。

 だがそれだけでは貴様らを屠るには足りん!

 ならば私はこの肉体を、ただの器と素材として使うのみ!」

 

 そう、ディスピアデザイアは……いや、あえてヤプールと言おう。

 

 ヤプールは、イーハトンの力を()()()()()()使っていた。

 

「フュージョンライズは一にして多、多にして一……!

 我がヤプールの怨念は唯一無二!

 イーハトンの力をもって、我が怨念と欲望の全てをここで怪獣化してくれよう!」

 

「『―――!?』」

 

 ヤプールの悪辣さは、竜児も銀もその身をもって知った。

 だが、怨念としつこさに関しては実感したとは言い難い。

 その点に関しては、ヤプールを欠片も残さず消し飛ばした経験(一年間に二回)があるメビウスだけが、その後も何度も復活するヤプールを見てきたメビウスだけが、完全に理解していた。

 

『最悪だ……ヤプールの怨念と欲望を、怪獣化するだって……?』

 

 怨念一つで、欲し望む想い一つで、素の樹に殴り負けそうな虚弱な異次元人から、ウルトラマンギンガとウルトラマンビクトリーを二人同時に殴り倒すほど強くなった、ヤプール。

 全ては怨念。

 ウルトラマンを苦痛と絶望の底に落として殺してやりたいという欲望だ。

 

 その想いの強さだけで言えば、ヤプールは全知全能の存在すら上回る。

 

『怨念の大きさと、復讐したいという欲望の大きさなら、ヤプールは全宇宙最強だ!

 ヤプール本体の強さはさほどでもなかった。

 なのに一万年の時を経て、ヤプールはウルトラマンと互角以上の強さを得た。

 その強さの理由は怨念。怨念しかないんだ! 怨念だけでやつはずっと強くなってきたんだ!』

 

 想いで強くなるウルトラマンと同様に、ヤプールも想いで強くなってきた。

 想いで復活するウルトラマンと同様に、ヤプールも想いで復活してきた。

 だが、他人の想いを貰い他人のために復活するウルトラマンとは対極で、自分だけ良ければいいヤプールは、自分の想いだけで強くなり、自分の想いのみで復活してきた。

 ゆえにこそ、ヤプールはウルトラマンの永遠の宿敵である。

 

『それが……欲望の具現化で怪獣になれば……!』

 

 変貌を遂げたディスピアデザイアが、地を踏みしめる。

 その姿は、岩石のようで、鉱石のようで、金属のようで、生物のようでもあった。

 悪魔のようで、虫のようで、獣のようで、大半の宇宙生物にも似ても似つかなかった。

 全体像を見れば宇宙の恐竜(ザウルス)に似た部分も見える。

 だが宇宙の恐竜の代名詞であるかの『宇宙恐竜ゼットン』にも似ておらず、強いて似ている部分を挙げるとすれば、それはただ一箇所のみ。

 

 ()()()()()()()()()()が形となった、体の造形の一部である。

 

 ヤプールはウルトラマンへの怨念を抱いている。

 "地球人などという下等な存在がよくも"と、時に地球人も憎悪している。

 その全ての想いが、イーハトンの力にて具現化する。

 『ディスピアデザイア』からではなく『ヤプール』から具現化する。

 

 それは、怨念を形にした300m超えの暗黒竜だった。

 

「で……デカっ!」

 

『なんだ、ギガントガラオンよりは大きくないのか……ちょっと安心した』

 

「リュウさん感覚麻痺してない!?」

 

『いや、でも、エネルギー量は桁違いか。これはヤバい』

 

 四百万の地球人の心の光を体現した輝きのメビウス(グリッターメビウス)

 無数のヤプール人の怨念の闇を体現した暗黒竜のヤプール。

 光と闇が対峙する。

 

「そう! これこそが究極超獣! 真の(ウルトラ)キラーザウルスだ!」

 

『Uキラーザウルス……!』

 

 エースを殺すために作ったエースキラーではなく、メビウスを殺すために作ったメビウスキラーでもなく、勇者を殺すために作ったブレイブキラーでもない。

 ヤプールの怨念を具現化させたような、ウルトラキラー。

 ゆえに、真のUキラーザウルス。

 かつてメビウスと四人のウルトラ兄弟を叩きのめし、最終的にメビウスを含む七人のウルトラ兄弟にてようやく倒した怪獣の、強化形態であった。

 

 何という恐ろしい威容か。

 体が大きすぎて、全身の継ぎ接ぎされたパーツが多すぎて、ひと目では全身の構成要素が理解しきれない。

 足が六本、胴から生える腕が二本、背中から生える触手が六本、首から生える頭が一つあるのは分かるが、それだけだった。

 

 がばっ、とUキラーザウルスの口が開く。

 300mクラスの体格を活かした、上方からの光線が巨人へ向けて放たれる。

 巨人へ向けて。

 かつ、地球へ向けて。

 

「『 グリタリングシールド! 』」

 

 その光線は、1/10の威力でも地球を粉砕可能な威力があった。

 グリッターの輝きが盾となり、その威力を完全に散らしてみせたが、防いだ方の竜児・メビウス・銀は心中ヒヤリとせざるを得ない。

 

『こ……こいつ、今!』

 

『ああ。平然と地球ごと粉砕しようとした』

 

「一瞬の躊躇いもなく……!」

 

 そうして、究極超獣の背中で六本の触手が動く。

 この触手の一本一本が通常のウルトラマンを凌駕する強さを持つ規格外だ。

 

 触手の先に光が集る。

 光が暗色に染まる。

 六つの触手の六つの光、その全てが、先程吐き出した地球粉砕級の光線だった。

 

「さあどうする? 地球も、人々も、神樹も、守りきってみせるがいい! ふははははっ!」

 

『くっ』

 

 巨人が生み出した六つの光の盾が空を舞い、触手が連発する光線を受け止める。

 一発でも通せばアウトだ。

 巨人を狙い、怪獣人間を狙い、地球を狙い、神樹を狙うヤプールの悪意は、竜児を守りの動きで手一杯にさせてしまった。

 

『こいつやらしい攻め手をっ!』

 

「ふははははははっ! 守るべきものが多いと苦労するなぁ、ウルトラマンよ!」

 

 光線と光盾の隙間を縫って、胸から生えた第七の触手が飛んで来る。

 竜児は反射的に右手で光の盾を作り受け止めたが、宇宙最強の怨念を力に変えた馬力は非常識なレベルに強く、グググッと押し込まれてしまう。

 

「根性っ!」

 

 が、銀が巨人の内で根性を出し、弾き返した。

 銀と竜児の動きが重なり、巨人の右ストレートが第七触手を更に殴り飛ばす。

 竜児は状況を一度把握し直した。

 巨人の全行動が真のUキラーザウルスへの対応に使われてしまっているせいで、怪獣人間達と神樹の距離が随分と近付いてしまっているようだ。

 

「銀! 一旦抜けて!」

 

「アタシが居なくて大丈夫か?」

 

「大丈夫! むしろ問題は……こいつに確実に足止めを食らうことだ!

 こいつは僕が抑えるから、銀は僕のサポートを受けつつ神樹様の直衛に回って!」

 

「……分かった! 怪我すんなよ!」

 

 銀が竜児との合体を解除し、分離して着地する。

 

「こっから先は、アタシが進ませないぞっ!」

 

 そして神樹を背中に、斧の側面で怪獣を叩き八面六臂の大活躍。

 竜児は銀に守りを任せ、銀は竜児の期待に応えた。

 銀が世界を守る壁と成る。

 怪獣と神樹を分かつ壁を成す。

 銀が稼いだ時間で、足止めされた怪獣達が人間に戻っていく。

 

 そしてその時、銀の目の前で、夏凜が怪獣から元の姿へと戻った。

 

「げほっ、げほっ、けほっ」

 

 むせこみ、勇者の衣装で刀を握り、夏凜は自分が怪獣になっていた時何をしたかという記憶を、正気の頭で噛み砕く。

 果てしない自己嫌悪と、絶望と、竜児のことを考えるだけで身震いしてしまうほどの恐怖。

 竜児の胴を背後から突き刺した手応えが、まだ手の中に残っていた。

 

「ああもう気分最悪……

 ……リュージ、リュージ!

 ああ、私の心のどこかが望んで、私の刀が、リュージの背中を刺して……」

 

 刀を取り落とし、夏凜は髪をかき乱して苦悩した。

 膨大な苦痛と罪悪感が彼女を襲う。

 

 他の誰を刺していたとしても、夏凜はとんでもなく後悔していただろう。

 潔癖で真面目で良心的で、責任感が強く人を守る勇者の責務を重く見ていて、根底の部分で敵とは戦えるのに人は傷付けられない。それが夏凜だ。

 本来なら、狂乱の中にあったとしても、その刀はきっと人を刺せない。

 

 その刀が、守ると誓った背中を刺した。

 夏凜は竜児の背中を守ってやると言いながら、その背中を刺したのだ。

 夏凜の胸中いかばかりか。

 その絶望と苦痛が、ヤプールを上機嫌に高笑いさせる。

 

「辛いよな」

 

「え……あ、あんたは」

 

「辛いのは分かる。だけど、今絶望的に手が足りないんだ」

 

 だが、銀が夏凜に声をかける。手を差し伸べる。

 銀は夏凜のことを深くは知らない。

 伝聞に聞いた話と、少し交わした会話の内容でしか知らない。

 ここから立ち上がれるかどうかを、夏凜の人格を判断材料にして判別できない。

 

 されど、信じる理由はあった。

 三ノ輪銀の端末を継承する人間に、三好夏凜は選ばれた。

 熊谷竜児は、三好夏凜を信じていた。

 ならば、信ずるに値する。

 銀が居なかった間、戦いの中での銀と竜児の関係の一部を、この少女が引き継いでいた。

 ならば、信ずるに値する。

 

 銀という赤色と同じように、夏凜という赤色が、ウルトラマンという赤色を守ってきた過去が、想いが、本当にそこにあるならば。

 

「アタシと一緒に、リュウさんの背中守らないか? 後輩」

 

 差し伸べたこの手は必ず取られるはずだと、銀は確信していた。

 

「……そんぐらいやらないと、あいつに一生顔向けできないわよ! 先輩!」

 

 顔をこすって、夏凜はその手を取って立ち上がる。

 立ち止まらない。

 泣いてなんていられない。

 夏凜の腐れ縁の幼馴染は、夏凜と付き合いの一番長い友達は、夏凜が放っておけないと思うあのアホは、まだ戦っているのだから。

 

 竜児は究極超獣の二本の腕、六本の触手、六本の足が繰り出す変則的な近接戦に苦戦していた。300mの巨体ながら、究極超獣の動きは異様に速い。

 と、同時に。ヤプールもまた、全身を黄金の光で覆ったグリッターメビウスに傷一つ付けられずに居た。

 奇策でヤプールが優勢を作り。

 地球人の光が、決してメビウスを傷付けさせない。

 

「死ねぃっ!」

 

 ヤプールはその防御を抜くため、この変則的な多段近接攻撃で竜児の動きを制限し、至近距離からの極大威力破壊光線を叩き込もうとする。

 竜児はそれを避けようとするが、背後にいつの間にか怪獣人間が集まっているのに気が付いた。

 ヤプールが回り込ませていたのだ。

 

 回避すれば怪獣人間に当たって死者が出る。

 究極超獣の攻撃を防御すれば怪獣人間に攻撃される。

 怪獣人間の攻撃を防げば究極超獣の攻撃を食らってしまう。

 ほんの一瞬で、ヤプールは"情の檻"を作り上げた。

 

『!』

 

「それが貴様らの弱さだ! くはははははっ!」

 

 竜児は自分を殺そうとする怪獣人間達を守るように、究極超獣の方に向けて光の盾を作る。

 

『リュウジ、この二者択一ならUキラーザウルスの攻撃の方が圧倒的に重い!』

 

『やっぱそうか。じゃあこっちを防ぐしか、ないか!』

 

 そうして、皆を守る巨人と。

 巨人を守るべく跳んだ勇者が、その一瞬にすれ違った。

 竜児の目と夏凜の目が、一瞬だけ合う。

 

『―――』

「―――」

 

 その一瞬で十分だった。

 竜児は背中を預けた。

 夏凜は背中を預けた。

 すれ違いながら、背中を預け合う。

 竜児が盾の強固さを一気に上昇させ、背後の怪獣人間と夏凜を守る。

 夏凜が怪獣人間の攻撃を全て切り落とし、竜児の背中を守る。

 

 ヤプールの悪辣は、誰も傷付けられずに終わった。

 

「……自分の背中刺した奴に迷いなく背中預けるとか、あんたバカでしょ」

 

『刺されて死んだならともかく、操られて刺されたくらいなら、まだ安心して背中は預けるよ』

 

 君は操られてただけじゃん、と彼はいつも通りに接する。

 

『君はそれだけのものをくれた。

 それだけの積み重ねがあった。

 あんなもので何かが変わるわけないだろ。

 あの刺された一瞬は、君と一緒に居た十年には勝らない』

 

「―――っ」

 

『自信持とうよ、"信じられてる"って。幼馴染だろ!』

 

 ヤプールが差し向けた夏凜の一刺しは、二人の関係を全く揺らがすこともなく、十年の絆という絶対的な説得力に粉砕されていた。

 夏凜の中で嬉しさが、申し訳無さをほんのちょっと上回った。

 

「バーカっ!」

 

 夏凜の明るい罵倒が竜児の背中に当たり、夏凜と銀が跳び回る。

 二刀と双斧が空を切り、怪獣人間達が放った幾多の攻撃が、神樹にも竜児にも届かず落ちた。

 

「遅れんなよ夏凜!」

 

「誰に物言ってるのよ銀!」

 

 二つの赤が、竜児の背中も神樹も守る。

 

(こいつ速い! 無茶苦茶速い! アタシの一つ後ってだけで、こんなに速いのか!)

 

(この人強い! とにかくパワーがヤバい! トドメはあっちに振ればいいわね!)

 

 夏凜は軽めの二刀を振るい、投げ、爆発させ、速度特化の調整で戦場を跳び回る。

 銀は重く分厚い双斧を振るい、近寄って斧を叩きつけるだけの剛力特化の強さを見せつける。

 スピード特化とパワー特化のコンビネーションは、数百万の怪獣が襲ってもあっという間に片付けることなど不可能、と言い切れるものだった。

 

 更に一人、竜児に謝りながら一人の武人が参戦した。

 

「私の謝罪も受け取って!」

 

 竜児の背中に飛んで来た怪獣人間の雷を斬り落としたのは、街中で怪獣人間にされていた、楠芽吹であった。

 

「その節は大変にご迷惑を、ああ、なんというか本当にごめんなさい……!」

 

『楠さん! よかった、無事で!』

 

「人々を守るどころか、その妨害までしてしまってなんとお詫びすればいいのか」

 

『そういうのいいから! 気にしてないから! 一緒に戦って!』

 

 次第に、人間に戻った戦士達の数が増えてきている。

 

 ヤプールはUキラーザウルスを巨人に噛みつかせながら、地球人の光のせいであまりにも硬くなりすぎているメビウスの即殺を後回しにし、背面で生体ミサイルの準備を始めた。

 300mの巨体の背面に、びっしりと無数のミサイルが並ぶ。

 

猪口才(ちょこざい)な」

 

 メビウスがUキラーザウルスの顎を殴って砕き、牙ごと腕を引っこ抜いて退がった頃には、全てのミサイルが発射準備を完了していた。

 狙いは地球、神樹、精霊、そして怪獣人間。

 竜児達ではなく、その仲間を意図的に狙って、ヤプールは無数のミサイルを発射した。

 

 その一発一発が絶大な威力を持ち、かなり硬い神樹を一撃で折る破壊力を持つ。

 更には生体ミサイルであるため、各々が簡易に思考し、ミサイル同士の衝突を避け、逃げる敵を超高速で追尾する機能を持っていた。

 ミサイル突起、キラー・ウォーヘッド。

 Uキラーザウルスの最強攻撃の一つである。

 

「強化後の貴様の速度は見切った!

 いくら体を黄金に輝かせようと、速度の限界はどうしようもあるまい!

 この数の攻撃に対処可能な速度がないことに絶望し、怯え、苦しむがいいっ!」

 

 視界を埋め尽くす生体ミサイルの群れ。

 一発一発にウルトラマンを殺せるだけの威力を持たせ、それらに生体機能を持たせ、視界を埋め尽くすほどの数撃てば全てを殺せるはずだ、という思考。

 まさに、ヤプールの怨念と殺意そのものだった。

 

『総数1080発! リュウジ、皆、気を張って!』

 

 竜児が両手のブレスから黄金の剣を生やす。

 銀が双斧を構える。

 夏凜が二刀を構える。

 芽吹は夏凜が敵に投げつけた刀を拾い、銃剣と共に構える。

 

 赤の勇者で在った者。

 赤の勇者に成った者。

 赤の勇者に成れなかった者。

 それぞれが『違う強さ』を身に着けた三人が、黄金に輝く赤き巨人と共に構えた。

 

『一発も通すな、みんな!』

 

 飛び出す四人。

 双剣、双斧、二刀、二刃が宙を舞う。

 四者八刃。

 物理的な壁はそこには無かったが、四人が作る防衛ラインをどのミサイルも越えられず、そのラインの上で爆発していくため、人の目にはそこに壁があるように見えていた。

 

 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。

 ばったばったと斬り落としていく。

 竜児は黄金の双剣でミサイルを消し飛ばす。

 銀はミサイルを力任せにぶった切る。

 夏凜は巧みにミサイルの信管を狙って切り飛ばす。

 芽吹は力に劣るがために、軽くぶつけて誘爆させていく。

 

 ミサイルはそれぞれが1秒に数km進んでしまうような、ウルトラマンの飛行速度と遜色ないというレベルのもの。

 それらを四人でただひたすらにぶった切る。

 互いの隙を埋め合い、互いの防御範囲をカバーし合い、助け合い。

 四人が振るう八つの刃が、桁違いの威力と速度と数で飛んでくるミサイルに、誰一人として傷付けさせない。

 

「ウルトラマンめ……人間めぇ! 余計な協力を!」

 

 かくして、1080の巨大ミサイルは、全て空中にて撃墜された。

 

 夏凜が笑い、銀が笑い、竜児は微笑み、芽吹は息を整えた。

 

「……無敵感がするわね、先輩!」

 

「無敵感がするよな、後輩!」

 

『負ける気がしないよね僕ら! あと夏凜と銀は同い年なのに先輩後輩なの不思議!』

 

「仲良いのはいいけど後にして!」

 

 もしも、平行世界というものがあるならば。

 銀が死んで夏凜が一人の継承者となった世界もあっただろう。

 夏凜の代わりに芽吹が銀の端末を継承した世界もあっただろう。

 銀が誰にも端末を譲ることがなかった世界もあっただろう。

 芽吹が死んだ夏凜の端末を受け継いだ世界もあっただろう。

 だが、そうはならなかった。

 

 だから、これでいいのだ。

 

「潰れろ!」

 

 Uキラーザウルスが、触手を束ねてその先から巨大な光剣を生成した。

 地球の直径より大きな剣が、一瞬だけ竜児の作ったメタフィールドを裂きつつ、竜児の頭上に振り下ろされる。

 竜児は四国結界を修復しつつ、両手の剣をクロスさせ受け止めた。

 

『切れろ!』

 

 そして、挟んで切り飛ばす。

 地球よりも大きな光剣なんて落とすわけにも行かないので、竜児は結界を調整しつつ光剣を宇宙にまで蹴り出した。

 更に、蹴り出した足を前に突き出す。

 

『ぶっ飛べ!』

 

 グリッター・バニッシュと呼ばれる技が発動し、竜児の突き出した足に沿って、足型の光衝撃波が発生した。

 巨大に形成された光の足が、大きな金属音を立てながら究極超獣を100mほど後方に向けて吹っ飛ばす。

 だが300mの巨体のため、そこまで吹っ飛んだようには見えなかった。

 

『足が光で伸びた……人間態でも足伸びてほしい。身長欲しい』

 

「なーに言ってんだリュウさ……ん?」

 

 銀は竜児の台詞を聞きつつ、隣の夏凜の呆れた表情を見て、先日"ウルトラの母についての話"をメビウスがした時の、竜児と夏凜の会話を思い出していた。

 

■■■■■■■■

 

「最高じゃないのメビウス! さっすがウルトラマン!

 まだまだちょっと半人前臭がするリュージとはそこが違うわね!」

 

「僕はいつになったら夏凜に一人前の男認定されるんだ」

 

「そりゃあんた、身長180を超えるとか……」

 

■■■■■■■■

 

 竜児の今の身長は49m。

 あーあれそういう意味? と、銀は今更ながらに気が付いた。

 端末が継承できる間柄、というのは難儀なものだ。

 夏凜と銀には似てないところも多いが、その根底は似通っているため、時たま竜児ですら気付かないような夏凜の発言の意図を察してしまうのだった。

 

 究極超獣が空に飛び上がり、巨人がその後を追う。

 空高く、300mの化物と50m弱の巨人のデッドヒート。

 競り勝ったのは究極超獣であった。

 六本の触腕が巨人を叩き落とし、巨人は無傷ながらも地面に勢いよく着地する。

 

 そこに、神樹の力で人間に戻りかけた状態の、結城友奈が居た。

 精霊牛鬼が、友奈を必死に抑えている。

 

「……!」

 

 迷わず、躊躇わず、竜児は手を伸ばした。

 

『僕を助けてほしい、友奈』

 

 竜児は今の地球で間違いなく最強の命でありながら、孤高ではなく協力を選ぶ男だった。

 

「……うん」

 

 まだ正気に戻りきっていない友奈が、本能的に手を伸ばす。

 誰かを助けるのは友奈の感情。

 竜児を助けるのは友奈の意志。

 二つが合わさって、友奈と竜児が一つになる。

 剥がれかけていた怪獣の因子が、巨人の光に弾かれて、友奈の体が完全に元の姿に戻った。

 

 友奈に気を取られていた巨人を、頭上から凝縮された闇の鉄槌が襲う。

 地球を球形からドーナツ型へと変えてしまいかねない一撃であった。

 

「『 勇者! パーンチッ! 』」

 

 対し振るわれるは、何の変哲もない全力の拳。

 

 迫り来る闇の鉄槌を、突き上げられた巨人の拳が粉砕した。

 

「星を砕く闇の鉄槌を、ただの拳で砕くだと!?」

 

 友奈の精神が正常な状態を取り戻していき、友奈が突き出した自分の拳を見て、殴られた跡がまだ残ってる竜児の顔を見て、表情を青ざめさせた。

 

「あ……」

 

 ヤプールの計略で、友奈の手には、竜児の肉を殴った感触がまだ残っている。

 

「りゅ、リュウくん……ごめ……ごめんなさ……」

 

 竜児は突き出されたまま震えるその拳を、両手でそっと包み込む。

 ここは巨人の内。

 竜児とメビウスが気を遣えば、友奈の涙と謝罪を見る者は誰もいない。

 

「この拳、頼りにしてる。

 この手が拳じゃない時に、その手の平にいつも助けられてきたから」

 

「……!」

 

「"これ"は友奈の意志で殴ったんじゃない。

 それは絶対にそうだ。だから、友奈は友奈の中の良心を信じなよ。

 君の拳の優しさと、無闇に何かを殴らない手の優しさは、僕がちゃんと知ってるから」

 

 この手が悪ではないことを。

 この手が人を救うためにあることを。

 人を好き好んで殴ることなどしないことを。

 竜児はちゃんと知っている。

 

「君に殴られた頬より、君にさすってもらった背中の方が、ずっと記憶に強く残ってる」

 

「―――」

 

 この手は、ブラキウム・ザ・ワンを恐れ、死を恐れ、吐いていた竜児の背中を優しくさすってくれた、勇気と優しさの手なのだから。

 

―――嬉しかったよ。さっきまで、凄く苦しかったから。ありがとう結城さん

 

 あの時の竜児の感謝の言葉を、友奈は思い出す。

 あの時の竜児は、救われた顔をしていた。

 今の竜児はしていない。

 絶対に、失敗作ウルトラマンの死の運命を越え、竜児にまたあの時と同じ顔をさせるのだと、友奈の中に覚悟が生まれた。

 

「リュウくん、私が守るから!」

 

 友奈の拳を竜児の手が包んだまま、二人が踏み出す。

 大気を響かせるように声を上げ、二人は同時にキックを放った。

 

「『 勇者ぁ、キーック! 』」

 

 巨人の足が怪獣にめり込む。

 グリッター・バニッシュと呼ばれる技が発動し、巨人の突き出した足に沿って、足型の光衝撃波が発生した。

 巨大に形成された光の足が、大きな破砕音を立てながら究極超獣を500mほど後方に向けて吹っ飛ばす。

 爽快感が溢れそうなほどに、究極超獣は吹っ飛んだ。

 

「そいつを殺れ!」

 

 究極超獣の中で、ヤプールが叫ぶ。

 

 すると、竜児の左右から、二人の怪獣人間が襲いかかった。

 

『! 風先輩、樹さん!』

 

「どうしようリュウくん! 二人を攻撃するのは……」

 

 二人には、いい感じに神樹の還元光波が影響していた。

 二人はヤプールの命令を受けていたが、同時にヤプールの呪縛から解放されつつあったのだ。

 精霊犬神と精霊木霊が二人を止めようとしているが、止めきれていない。

 

 二人は竜児に同時に攻撃しようとして、同時に"竜児を攻撃しようとしている敵"を発見し、無意識下で竜児を守ろうとし、『敵』を攻撃した。

 更にそこで"樹を攻撃したくない"、"お姉ちゃんを攻撃したくない"という無意識下のストッパーまでかかり、精神的なエラーが発生して自分に向かってくる攻撃への防御も遅れる。

 結果、竜児を素通りして風が樹をパンチし、樹が風をパンチし、ダブルノックアウトという形になった。

 ばたり、と二人が倒れる。

 ヤプールも想定していなかった、奇跡のようでコントのような一瞬だった。

 

「……あ、あれー?」

 

『……す、凄い。リュウジ、流石にこれは予想できなかった』

 

『風先輩と樹さん、全然似てないようで結構似てるとこあるからね』

 

 倒れた二人の手を、竜児が取る。

 普段は愛する妹を守り日々家事をしている姉の手と、姉を愛する妹の細く小さな手であるはずなのに、今はもうその手も無い。

 竜児は神樹に、彼女らの治癒を祈った。

 

『でも、ここまでだ。

 だって二人は、本気で殴り合いの喧嘩なんてする姉妹じゃない。

 二人が普段してるのは、大好きな姉妹の痛い場所に手を添えて、こう』

 

 神樹の光が二人を人間に戻していき、剥がれかけた怪獣の因子を巨人の光が押していく。

 竜児は風の手を樹の殴られた箇所に、樹の手を風の殴られた箇所に添え、互いの痛む場所を互いの手で撫でさせた。

 

『いたいのいたいのとんでけーっ……とか、そういうのでしょ』

 

 竜児のその行動が、何やら姉妹の中に心の動きを生み出したらしく、それが怪獣の因子を弾き出す最後のひと押しとなった。

 人間に戻った二人が、竜児と同化していく。

 姉妹は互いの殴られた箇所をいたいのいたいのとんでけーさせられた状態で招かれ、正気に戻ると同時に振り向き、巨人内の竜児を同時に指差した。

 

「「 子供扱いは禁止! 」」

 

「あれっ」

 

「あたしは年上でしょうが! どういう了見よ!」

「ひとつ下なだけでそんなに子供扱いしないでください!」

 

「僕は失敗……いや成功なのかなこれ。どうかなメビウス」

 

『僕に聞かれても……』

 

 究極超獣が、姉妹を回収するために隙を見せた竜児に攻撃を仕掛ける。

 六本触手の爪の先から放たれる赤い電撃、フィーラーショックだ。

 光の巨人殺しの一角であるこれは竜児に致命傷を―――特に与えなかった。

 

「「 今こっちはお話中! 」」

 

 風と樹が怒った。

 自分を操った悪が、竜児と話をしようとしたところに割って入って来ようとしたのだ。

 そりゃもう許さぬ。

 姉妹の怒りが光を武器の形に構築し、竜児は自然とその動きに合わせていく。

 

 光のワイヤーが生成され、光の大剣が生成され、ワイヤーが大剣を掴んでぶん回す。

 その数実に十二本。

 赤雷諸共、六本あった強靭な触手は、あっという間にスパスパ輪切りにされてしまった。

 

 ヤプールは触手を再生させ、舌打ちして後退する。

 

「また人間由来の力か、ウルトラマンメビウスめ!」

 

 そしてその手応えが、姉妹に竜児を痛めつけた時の手の感触を、竜児の肉を切った時の手の感触を思い出させた。

 

「先輩……あの……」

 

「竜児君、さ。体のどっか、傷んでたりする……?」

 

 下を向きそうな二人の顔を見て、竜児は二人の手を強く握る。

 竜児に手を握られた感触が、二人の手に残っていた"竜児を傷付けた感触"を追い出していく。

 

「人間の手なんて、最低限誰かと繋いだ手の感触だけ覚えておけばいいんですよ!」

 

 姉妹は選択を迫られていた。

 その手の中にある、罪悪感の感触に従うか、守りたいと思える感触に従うか。

 風と樹は心に従い、後者の感触に従う。

 

「謝る必要なんてないから。さあ、行こう!」

 

 竜児の声に応じ、二人は頷く。

 竜児の手は命の暖かさを余り感じられなかったが、手を握るその力強さが、竜児の生きる意志を表していた。

 

「ちっ……残りの勇者共! 何をしている!」

 

 ヤプールが他の勇者をけしかけようと、大声を上げる中。

 

 東郷美森は、怪獣の体のまま切腹しようとしていた。

 

「本当に何をしている貴様っ!」

 

「生き恥。友を傷付けた罪。死をもって贖いたく存じます」

 

「破滅願望か……ウルトラマンの一味にこのような者がいるとは!」

 

 "こんなにも辛いなら世界の何もかもと自分の人生をここで終わらせたい"という欲望。

 俗に言う破滅願望だ。

 多くの者の中にある、この辛い現状を終わらせたいという祈り。

 悲しいことに、東郷の中には苦しみが続く人生なら終わらせちゃえばいいじゃん、犠牲が前提の世界なら潰しちゃった方がいいじゃん、という欲望が発現する素養があった。

 これにはヤプールもビックリだったが、これがいい感じにウルトラマンを追い詰めてくれるのではと考えほくそ笑む。

 

 東郷のハラキリを、東郷の腹の前で精霊青坊主が必死に食い止めていた。

 

『東郷さんストップ!』

「東郷さんやめてー!」

 

「取り返しのつかないことをしてしまった……

 リュウさんの命を私がこの手で削り、削られた寿命は、もう……!」

 

 竜児と友奈が叫び、止めようとするが、究極超獣の妨害にあい上手くそちらに行けない。

 これでは間に合わない。

 精霊の守りを怪獣の腕力が突破した。

 東郷の手に"欲望に沿って生えた短刀"が握られ、腹に向けられる。

 

 そんな東郷を――

 

「やめなさい!」

 

 ――人間の姿で飛び出した安芸が、思い切り手を振り上げ、その頬をビンタした。

 

「……安芸、先生?」

 

「そうよ。東郷さん」

 

 怪獣の姿ではない。

 ただの一人の人間として、安芸は東郷の前に立った。

 弱くみじめな生き物だと、ヤプールが嘲るその姿で、安芸は怪獣の前に立った。

 

「何をしているの。

 過去の後悔を利用されて敵に操られ……

 今また、その操られた時の後悔から、欲望を暴走させているわね」

 

「っ」

 

「あなたはどうしていつも後ろ向きで、悲観的なの!

 それであなたが幸せになれるならいい! だけど、そうじゃないでしょう!?」

 

 安芸は強い言葉を選ぶ。

 かつての生徒に。

 今も先生と呼んでくれる生徒に。

 彼女がその暗い想いから逃れるために必要な『教え』を与えていく。

 彼女は、今も教師だったから。

 

「過ぎた時間は戻らない!

 本当に失われたものは戻って来ない!

 ちゃんと分かっているはずでしょう!

 それでも、あなたは……

 自分の未来のために、今あるものを必死に守っていくしかないのよ!

 

「―――」

 

「今あなたがすべきことは! 壊すことでも、終わらせることでもなく、守ることのはずよ!」

 

 大切なことを教えてくれる師は、いつまでも尊敬の対象のまま。

 東郷の中でも、その想いは揺るぎない。

 竜児もまた、安芸の勇気あるその姿を、尊敬の目で見ていた。

 友奈が竜児に話しかける。

 

「リュウくんの、小学校の時の先生だった人だよね?」

 

『うん』

 

 竜児は安芸を見て、友奈と話しながら、ヤプールの弾幕を突破していく。

 

『ただの人間の身で、か弱い女性の体で、大きくて恐ろしい怪獣にビンタしにいけるんだ』

 

 安芸先生が神樹に保護された頃には、東郷はすっかり動きを止めていた。

 その体が、神樹の光波によって人間に戻っていく。

 

『本当に凄い先生だよ』

 

 巨人が東郷の前に舞い降りた時、東郷は悲痛な顔で竜児を見上げた。

 

「私は……また、また、あなたの命と未来を削って……」

 

『君は悪くない。君が苦しむ理由なんてない。だから、助けるんだ』

 

「―――」

 

 東郷の罪悪感を、何も気にしていない竜児の声が切り捨てる。

 それが辛くて。それが嬉しい。

 大切な人が命を懸けて自分を助けようとしてくれることが、嬉しくて、悲しくて、もうずっとそんなことはしないでほしいと思ってしまう。

 そんな当たり前の想い。

 東郷は、彼の命がこれ以上削れないことを願った。

 

『行こう。一緒に歩こう。今日は僕の足が、君の足だ』

 

「……うん」

 

 まだ東郷さんの足の代わりが作れていないからね、と竜児はふざけて笑う。

 竜児と一体化した東郷が、その笑みに微笑みを返した。

 今日は、車椅子がなくても一緒に歩ける。

 なんだか自然と、そう思えた。

 

 究極超獣が目から青白い光線・キラーアイレイを発射し、それを回避した巨人が超高速で空を舞っていく。

 巨人が飛べば黄金の光が撒き散らされ、キラーアイレイがメタフィールドの天井を裂き、撒き散らされた光がその穴を修復していった。

 空を飛びながら、東郷は思う。

 

(こんなにも高い空を。

 ウルトラマンに抱えられて、空気を切り裂いて飛ぶ。

 皆で、光になったかのよう……まるで、黄金の流星みたいに)

 

 記憶を取り戻した東郷だからこそ、分かる。

 記憶があった時も無かった時も同じことを思っていた東郷だからこそ、分かる。

 自分は、記憶の有無でそんなに変わらなかった。

 きっと竜児もそうなのだ。

 それをちゃんと分かった上で、未来に進んでいかないといけない。

 

(これで三度目。……ああ、やっぱり私、これが好きだ。ずっと好きなんだ)

 

 二年前も、今も、東郷は『それ』が好きだった。

 

(素敵)

 

 空を舞う中、メビウスが叫ぶ。

 

『ここだ、リュウジ!』

 

 究極超獣の触手、ミサイル、光線、防御壁の合間に見えた、僅かな隙間。

 竜児が力を溜め、東郷が精密射撃を担当し、二人が力を合わせて光線を放った。

 

「『 メビュームシュート! 』」

 

 抜き撃ちのメビュームシュート。

 光のチャージを抑え瞬間的に放ったそれが、究極超獣の攻撃と防御の合間をすり抜けて、その顔面を直撃した。

 

「うぐっ……おのれえええええっ!!」

 

 そして巨人は、究極超獣の顔面の損壊が治るその前に、最も厄介な者の前に降り立った。

 少しでいいから、Uキラーザウルスには止まってもらわねばならなかった。

 この勇者だけは、きっと究極超獣の片手間に片付けられる相手ではなかったから。

 

『乃木さん』

 

「えへへ~」

 

 強い。

 怪獣にされる際に、素材にされた欲望が強いのだ。

 その欲望がなんであるかを、先の戦いで竜児は強く思い知らされている。

 欲望はその人間の心を何割専有しているかで強さが決まるのではない。

 その欲望の純度と鋭さで強さが決まる。

 そういう意味では、独占欲や孤独への忌避が入り混じった園子のこの欲望は、竜児への殺意というジャンルではかなり最強に近い。

 

「ドラクマ君、どこにも行かないって約束できる~?」

 

『うん』

 

「嘘つき」

 

 槍が迫る。

 速く鋭い槍捌き。

 竜児は園子を傷付けないよう、黄金に輝く双剣をもって受け流していった。

 園子を助けるべく、竜児の中の勇者達も力を貸してくれている。

 

『乃木さん。あの時の言葉、覚えてる?』

 

「どれ~?」

 

『僕が兄さんを助けようとして、リバースメビウスと戦った時』

 

 兄と戦う竜児に、あの時の園子は最後の最後で最適な助言をくれた。

 

―――お兄ちゃんの闇を、抱きしめろーっ!

 

 竜児はあの助言のおかげで、兄を本当の意味で救うことができた。

 あの時の助言の叫びは、今も竜児の中に残っている。

 

『ありがとう。あの時は、あの助言のおかげで兄さんを助けられた』

 

 竜児が、懐に飛び込む。

 槍が脇腹の肉を抉った。

 それでも構わず突っ込んで、竜児は園子を抱きしめる。

 巨人が怪獣を抱きしめる。

 竜児は園子の光も闇も、優しさも苦悩も、全部まとめて抱きしめた。

 

『全部抱きしめるし、全部許すよ。僕は許せる。乃木さんが友達だから!』

 

 ヤプールが焦り、園子の中の闇を煽る。

 神樹は取り急ぎ、園子の怪獣化解除を急ぐ。

 竜児は優しく抱きしめる。

 

「お前が悪い。お前自身も分かっているだろう! 熊谷竜児を刺したのはお前の欲望だ!」

 

『君は悪くない。君が苦しむ理由なんてない。だから、助ける!』

 

 ヤプールが園子の中の闇を煽り、闇も光も抱きしめる竜児が、光をかき立てる。

 現実にそこにある欲望と、ヤプールの言葉が突きつけられる。

 竜児の感謝の言葉と、抱きしめられた暖かさが、園子を包み込む。

 光か。

 闇か。

 園子の中の天秤が揺れ……園子は闇に堕ちることなく、光を選んだ。

 

「何故だっ!」

 

 園子が、欲望に準じた殺害を行わず、人間に戻っていく。

 

「どっちを信じるかは、私が決めるよ~?」

 

「……っ! これだから愚かしい地球人は!

 自分の欲望(もの)だ! 自分の欲望(こと)だ! 自分が一番よく分かっているだろう!」

 

「私は、それだけで出来てる人間じゃないから~」

 

「貴様ッ」

 

「"全部まとめて抱きしめる"ってことの意味が分かる? えへへ~」

 

 園子が竜児と同化し、ヤプールの胸中には敗北感が生まれ始めていた。

 

『抱きしめる。それは人が大昔より続けて来た行為。

 友に行い、家族に行い、恋人に行い、仲間に行い、分かりあった者に対し行うもの。

 友愛、親愛、信愛、恋愛、家族愛。古今東西、幾多の愛の表現に使われてきたもの』

 

 竜児は語り、ヤプールは歯を噛みしめる。

 

 負けるのか。

 こんな幼いウルトラマンに。

 そう思うと、屈辱と怨念がその勢いを増し、新たに生まれた欲望が自分の体を変えていくのが実感できた。

 逆恨みが、見下しから来る屈辱が、ヤプールを更に強くする。

 

『これが愛。他人を大切にし、慈しむ想い。お前に無いものだ、ヤプール!』

 

「満足に15年も生きていないひよっこのウルトラマン如きが、私を語るな!」

 

 光り輝くウルトラマンに、ヤプールは赤き電撃を纏う触手をもって襲いかかる。

 

 その攻撃に、竜児が光の双斧を作り、銀が体を操作することで対応した。

 

 いつ銀が同化したのか、とヤプールが推察する間もなく、その体に大斧が叩き込まれた。

 

「人間見下してコケにしてるやつが!

 人間の強さを理解できるわけ、ないだろ!

 愛で強くなったとか大真面目に語るこいつの強さを理解できるわけないだろ!」

 

 触手を切り伏せ、赤い雷を切り捨て、光線を切り払い、前へ、前へ。

 銀の力で振るわれる斧が怪獣を切り、その衝撃で叩き伏せていく。

 

「笑顔を無くす奴が!

 笑顔を生み出す奴に勝てるわけないだろ!

 お前は結局……奪うだけで、良いものを何も生み出せちゃいないんだっ!」

 

 銀の叫びが、ヤプールを否定する。

 

「黙れええええええっ!!」

 

 叫ぶヤプールに、双斧が突き刺さった。

 ヤプールの肉体たるUキラーザウルスが自然反応で叫びを上げる。

 そして、究極超獣の核たるヤプールの胸に、"ディスピアデザイアの核"たるカラータイマーが出現した。

 

「これは……封印の儀だと!?」

 

『フェニックスブレイブは、"地球人とウルトラマンの融合"を個性とする。

 動き回る敵が相手でも、ずっと近くで封印の儀ができるのは強みだよね』

 

 ヤプールの怨念も、封印の儀ならば確殺可能だ。

 これは、そういうものであるのだから。

 更に、ヤプールが竜児との攻防に手こずっている間に、ヤプールがばら撒いた悪意の全ては消し去られていた。

 

「まさか……いつの間に……人間も全て元に戻したというのか!?」

 

『え? おお……神樹様凄い、仕事早い。尊敬も信仰も集まるわこりゃ』

 

 巨人は勇者を体内で守る。

 体内の勇者は確実に封印の儀を決める。

 これもまた、コンビネーション。

 巨人と勇者が戦っている間に、精霊が足止めした怪獣も神樹が全て元に戻した。

 これもまた、コンビネーション。

 ヤプールは怨念を滾らせ、その力を更に加速度的に増してゆき、ウルトラマンを絶望の中で殺したいという欲望を力に変え―――逃げた。

 

「ちぃっ……!」

 

「ここで逃げるとか嘘だろ!?」

 

 メタフィールドを突き破り、地球外に脱出していくヤプール。

 竜児とヤプールは共にしぶといが、この二人のしぶとさの質には結構な違いがある。

 例えば、竜児は逃げるべき時も逃げないが、ヤプールは割と恥も外聞もなく逃げる。

 

『神樹様! 四国結界の継続お願いします!』

 

 人間が全て助かった以上、竜児との役割分担も必要ない。

 竜児が四国結界を解除し、神樹が解除された部分から綺麗に結界を張り直していく。

 綺麗に塗り替わっていく結界と、地上にまばらに見える人間達と、共に戦った精霊達と、神樹に見送られ、巨人が飛び上がっていく。

 

 宇宙で群がる星屑の全てを焼き尽くし、巨人が空を紅蓮に染めた。

 グリッターの輝きを爆発させ、超高速で飛翔して、竜児はUキラーザウルスに肉薄する。

 

『皆、でっかいの行くよ!』

 

 おおー! と友奈が元気に応じ。はい! と樹が可愛く応じ。あいよ! と風が声を上げ。

 バカの予感がする! と夏凜が力を貸し。バカ上等! と銀が笑って。

 すや~、と園子が寝始め。さあ、力を合わせて! と叫ぶ東郷が園子の頭を叩いた。

 

「!?」

 

 そして、振り返ったヤプールは見る。

 

「貴様―――限度とっ―――いうものをッ―――」

 

 ()()()()()()()()()()、巨人の右手の光の拳を。

 

■■■■■■■■

 

「リュウくんの手って私より大きいよね」

 

「そういうレビューは僕が悶え死ぬからやめろ」

 

「でも、ウルトラマンの手はもっと大きいんだよね。

 あのくらい大きな手があれば、すっごいこともできそうだなぁ」

 

「例えば?」

 

「ええと……無人島に取り残された人を、いっぱい手に乗せて助けられる!」

 

「……友奈らしい、としか言えない返答だぁ」

 

■■■■■■■■

 

 竜児は友人とした会話を、大体忘れない。

 巨人の中の竜児の横で、銀が仰天した顔をしていた。

 

『人を助けるには、でっかい手はあって困らない。友達からそう学んだんだ』

 

「リュウさんは学ぶの大好きだけど、学んだことの取捨選択も少しはした方がいいんじゃない?」

 

『リュウジはこれはこれでいいんじゃないかなあって』

 

「アタシ分かった、メビウス結構ハチャメチャな地球人も好きなんだな! 分かってきた!」

 

 銀はウルトラマンとの付き合い方を、ちょっと理解できてきた様子。

 

 友奈と竜児が叫び、七人の勇者と竜児が同時にその右拳を突き出した。

 

「『 ウルトラ! 勇者パーンチっ! 』」

 

 地球人の想いを束ねて作った、地球よりも大きなパンチ。

 そんなものをぶつけられては、どんなに大きかろうと、どんなに強かろうと、どんなにしぶとかろうと意味がない。

 直径1万2742kmを超える光の拳が、300mの怪獣を倒すために叩きつけられる。

 Uキラーザウルスが、蒸発する。

 

「ふざけるなぁっ!」

 

 ヤプールは一も二もなく逃げ出した。

 Uキラーザウルスとなった肉体を捨て、怨念だけとなりつつも、目敏くヤプールカプセルとイーハトン星人カプセルは取り込み、逃げる。

 これさえあれば、怨念と欲望で肉体などいくらでも作れる。

 

(おのれウルトラマン!

 またしても私の完璧な計画を邪魔しおって!

 次こそは、貴様らの心と命を完全に終わらせてやる!)

 

 ヤプールは逃げた。

 怨念だけになって逃げた。

 次は赤ん坊を狙って怪獣にしてぶつけるぞ、今度こそ絶対に元に戻せない怪獣化を行い、赤ん坊の胸に爆弾を埋め込んで……と、ヤプールが次の計画を練っていた、その時。

 

 ヤプールが逃げようとしたその先に、テレポーテーションしたグリッターメビウスが居た。

 

『メビウス、こいつはしぶといよね』

 

『ああ、とてもしぶといよ』

 

『なら、加減は無用だ。全力で……消し飛ばす!』

 

「き、貴様らいつの間に!」

 

 竜児はふぅ、と息を吐く。

 夏凜がそれを見て首を傾げた。

 園子がそれを見て首を傾げた。

 あれ、この顔なんだろう、と。この二人にも見覚えのない表情だった。

 

『僕は歳経た聖人みたいなウルトラマンじゃない。

 普通に子供だ。……だからさ、友達に悪意的に手を出されたら、普通に怒るし憎むんだよ』

 

 竜児はちゃんと分かっている。今回怪獣にされた者達が抱いている、その罪悪感と苦しみを。

 その原因となった悪意と、悪意をぶつけて来たものの悪辣さを。

 皆、今日の自分がしたことを忘れることはあるまい。

 竜児はそれを見て楽しそうに笑っていたヤプールの声を、きっとずっと忘れない。

 

 だからだろう。ここまで、彼が本気で怒ってしまったのは。

 

()()()()

 

 勇者達が身震いする。

 普段あまり怒らない少年の本物の殺意は、普通に怖かった。

 忘れてはならない。

 熊谷竜児は、死と破壊の黒き王ベリアルの息子にあたる者なのだということを。

 

 ヤプールは、死を確信した。

 

「や……やめろおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

 竜児が構える。

 勇者を通して、ティガ、ガイア、アグル、パワード、グレート、ネクサス、そしてウルトラマンコピーライトのビジョンが浮かび上がる。

 メビウスの周りに浮かぶ、七人のウルトラマンのビジョン。

 『本物』を『ウルトラ兄弟』と呼ぶのなら、これはまさしく『超ウルトラ八兄弟』。

 本質を捉えた名を付けるなら、それ以外の呼称はありえない。

 

 竜児とメビウスを加え、勇者八人とウルトラマン八人。

 八対の力を集約させ、以前以上の高みに至った力を収束させる。

 それは、宇宙最強と語られる絆の必殺光線。

 

 

 

「『 ―――コスモミラクル光線ッ!! 』」

 

 

 

 それが、物質的な肉体を持たないはずのヤプールの怨念を、圧倒的な光量にて消し飛ばした。

 

「バカなあああああああああっっっ!!!」

 

 消えゆくヤプール。

 闇の怨念を、圧倒的な光の輝きが消していく。

 光の想いには闇の怨念など敵わない、という当たり前の道理を証明するかのように。

 

 宇宙から闇はなくならない。

 だが光で照らせば、闇が光に照らされることに抵抗できるはずもない。

 闇は永遠であり、光は有限であり、光は闇の中で生まれ続ける。

 そして、闇は光に打ち消される。

 宇宙の法則は、いつもそうして回っている。

 

『……もう二度と出て来るなよ、ヤプール』

 

『リュウジ、先輩としてアドバイスだ』

 

『?』

 

『あいつは頻繁に復活するから割り切ろう』

 

『……うっそでしょ』

 

 だからこそ。ヤプールは、ウルトラマンの永遠の宿敵なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも、勝ちは勝ち。

 今の世代の人間の寿命が尽きるまで復活しない、ということもあるだろう。

 今は来るかも分からないヤプールに怯えるよりは、先のヤプールを倒したことを喜ぶべきだ。

 巨人は、宇宙から帰路についた。

 

「カラータイマー本当にならないわね、この黄金のメビウス。

 無事に帰れそうで良かったわ、リュージ……リュージ?」

 

『……』

 

「リュージ大丈夫?」

 

 夏凜の呼びかけに竜児は応えない。

 何の反応も見せないまま、虚ろに虚空を見つめている。

 巨人の体の方は何の異常も見せず、飛行で地球の大気圏内に入って行き、四国結界を越え……そこで、巨人の変身が突然解除された。

 

「!?」

 

 突如空中に放り出される勇者達と竜児。

 空で突然グラリと姿勢を崩し、人間の姿に戻る巨人の姿を、地上から多くの人が見ていた。

 怪獣形態だった時、市民は自分よりも小さくてすばしっこく動いていた勇者の姿はほとんど視認できていなかったが、グリッターメビウスの姿は常に視認できていた。

 ゆえに、空の巨人を見間違えるはずもない。

 

 地上から見れば色の着いた砂粒に見える勇者達は、混乱の極みにあった。

 

「な、何が」

 

「ドラクマ君!」

 

「っ!?」

 

 園子の声で皆がそちらを見ると、そこには気絶した竜児の姿。

 これはマズい。

 空を自由自在に飛べる勇者は居ない。

 このままでは、空中で竜児を誰も確保できず、竜児が地面に落ちてミンチになってしまう。

 

 泣きっ面に蜂とばかりに、竜児の体は上空の気流のせいでどんどん変な方向へ流されていた。

 

「なんで!? エネルギー切れ!? それとも見かけ以上に体にダメージが行ってたの!?」

 

『違う、寿命の方だ!』

 

「―――」

 

『そっちの方で、限界が来たんだ!

 迂闊だった、リュウジの戦闘力に一切の陰りが見えなかったから……!』

 

 光はあった。

 巨人の体も無傷だった。

 だが、命が尽きかけていた。

 今の竜児は、病院で生と死の間を彷徨う老人に近いものがある。

 意識は消えかけており、自分で自分を助けることもできない状態なのだ。

 

「先輩!」

 

 そんな竜児を、樹が糸で掴み取った。

 竜児を引き寄せ、樹が抱き留める。

 

「ナイスキャッチよ樹!」

 

「皆さん、糸を手繰って手を繋いでください! ……私も、戦闘の消耗が出て来てます!」

 

 樹が風と手を繋ぎ、風は友奈と、友奈は東郷と、東郷は銀と、銀は夏凜と、夏凜は園子と手を繋いだ。

 そして園子が、槍の穂先を組み上げた盾形態に近い、傘のような形態に変形させた。

 

「これ、傘になるんよ~」

 

「流石ねそのっち!」

 

「でも解決になってないぞ園子!」

 

 人数が多いのと、所詮頑丈な傘の滑空能力などたかが知れているという現実。

 更には、巨人が下向きに飛んでいたために、"下向きの勢いが付きすぎている"という最悪の前提までもが加わっていた。

 

 園子は割と何でもできる。

 空中に固定した足場を作ることもできるし、負担を無視すれば自分の肉体を連続で瞬間移動させて飛んでいるように見せることもできる。

 頭も悪くないので、能力の活用や応用も十分にこなせている。

 そんな彼女が何の手も打てていない時点で、この勢いのついた落下という状況がどれだけ難儀な状況か分かるというものだ。

 

 園子の傘を掴んで、各勇者の精霊達が必死に飛び始める。

 

「精霊が……!」

 

「ありがとう、牛鬼!」

 

「これでも焼け石に水よこれじゃ!」

 

 精霊はそのほとんどが飛べる。

 だが、人間を抱えてビュンビュン飛べるかと言えばノーだ。

 園子が広げた傘を上に引っ張ってくれているが、落下速度の減速効果すら目に見えて現れてはいない。

 ついた加速が無くならない。

 

「この落下速度を相殺できる飛行能力って……そりゃ、満開以外にないでしょ」

 

「満開はダメですよ風先輩!」

 

「分かってるわよ! だけどね!」

 

 勇者は別に問題はない。ないのだ。

 ちゃんと意識のある勇者なら、2~34の精霊の加護もあり、この速度で落ちてもなんとかできる可能性はある。

 問題は、そうでない一人の少年のことで。

 

「この速度で落ちたら勇者はともかく、竜児君が確実に死ぬわよ!」

 

「―――」

 

「こんな状態の彼下手に海なんかに落としたら、首折れるわよ!

 彼抱えて私達が地面に着地したりとかしても同じ! 衝撃が大きすぎるでしょ!」

 

 気を失った人間は非常に脆い。

 首が折れるだけで死ぬというのに、その首の作りが衝撃に弱すぎる。

 気を失った人間は首に力も入れられないため、本当に簡単に死んでしまうのだ。

 それを防ぐには、どうすればいいのか。

 

「風、あれ!」

 

 そんな中、夏凜が街を指差した。

 

 風がそこに、希望を見る。

 

「! あれなら、速度を抑えた竜児君をあっちに落とせれば……

 でも、それが問題よ。どうやって落下速度を抑えたら……何かいい案はない?」

 

 リーダーに相応しいリーダーシップと判断力があるタイプのリーダーが風なら、かつて有事での爆発力と発想力でリーダーに選ばれたのが、園子である。

 

「私達は各々着地頑張って、ドラクマ君だけ精霊に抱えて貰うのはどうかな~?」

 

「「「「「「 それだっ! 」」」」」」

 

 精霊の飛行能力は微小だ。

 だが、四十を超える精霊を保有する神世紀世代の勇者が、その全ての精霊を動員し、少年一人を抱えるならば、あるいは減速が可能かもしれない。

 これはとても悲しいことだが。

 ()()()()()()()は、状態によっては樹を下回るほどに軽かった。

 園子の思いつきは、とても正しかったと言える。

 

「いい? 精霊達。あたし達が投げた竜児君を、ちゃんと掴まえて飛ぶのよ!」

 

 勇者達は息を合わせて、手を繋いだ自分達の体を一本の鞭のようにしならせ、樹が抱えていた竜児を街の方向に投げ飛ばす。

 気絶したまま投げ飛ばされた竜児を、神世紀の勇者達の代わりに、勇者達の精霊が抱える。

 精霊達の飛行能力は微小なれど、竜児の落下速度をどんどん減速させていく。

 竜児はそうして減速しながら、街の中に落ちていった。

 

「……頼んだわよ!」

 

 そして勇者達は、竜児を投げ飛ばした反動で、海へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人は皆、自分の中の闇と光と向き合わねばならない。

 自分の闇からを目を逸らさず、抱きしめる。

 自分が嫌いでも、生きることを諦めず、光を見つめる。

 それが生きるということだ。

 

 人生は良いことだけじゃない。悪いことだけでもない。

 良いことの後には悪いことがあり、悪いことの後に良いことが起きることもある。

 その全てを柔軟に乗り越え、正の感情と負の感情を上手く制御していくためには、自分の中の光も闇も見つめなければならないのだ。

 

 誰もが、人生の中で多くの選択を行い、多くのものを自分の中に見出し、自分の中に思っていたより多くのものが無いということを知っていく。

 世界という多様性の中で、人は無限の選択肢の中から、自分だけの有限の選択の範囲を見切り、その中から何かを選んでいく。

 

 この日、皆がそうしていた。

 

「どこでもいい! 薄く広がれ!」

 

 空で巨人が消え、人影が落ちて来ることが遠目に見えた時、走り出した者達が居た。

 受け止めないと、と訳もなく思い、走り出した者達が。

 そんな者達が沢山街を走り回っている。

 

 その者達は名も無き人々でありながら、何かができると思い走り出した者達。

 誰に言われたからでもなく、自分の胸から湧き上がる想いに従い走り出し、されど皆と同じ想いで走り出した者達。

 思うまま望むままに走りながらも、全員が同じ方向を向いていたがために、何故か一体感を感じながら、集団として動いていた者達だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 間に合うか。

 間に合わないか。

 精霊が必死に踏ん張って、竜児の落下速度を減速させようとするが、減速しきれない。

 

 竜児の落下予測地点に人が集まっていたが、このまま受け止めても、竜児の弱りきった体は普通に死んでしまう。

 そこに、走って走って奇跡的に間に合った安芸が、近場の店頭に置かれていたクッションを掴んで投げ込んだ。

 何個も、何個も。

 

「これで受け止めて!」

 

 ほんの僅かしかない時間を使って、投げ込み続ける。

 

「!」

 

 もう余分なことを言っている時間はない。そんな余裕はない。

 神様に祈る時間もない。そんな余裕はない。

 ただ、運を天に任せて、奇跡を信じる。

 

 気絶したままの竜児が、安芸がクッションを投げ込んだ人の密集地帯に、落ちた。

 

「―――っ!」

 

 生きたか。

 死んだか。

 どちらもありえる。いや、99%死んだだろう。

 安芸は息を呑み、どうなったか、どう転がったか、恐々としながら集団を見る。

 

「そっと、そっと降ろせ」

 

 集団の中から聞こえた、その声が。

 

「―――ああ」

 

 安芸の肩の力を抜いた。

 落ちて来た少年が死体になっていたならば、そういう反応は返って来ないだろうから。

 少年の生存を理解した安芸は、その場にへたりこんでいた。

 

「ゆっくり運べ、そっとだ、怪我をしてる」

 

 気絶したままの竜児を、空でウルトラマンでなくなってしまい落ちて来た竜児を、十数人の人々がそっと優しく運ぶ。それを数えきれないほどの人々が見ている。

 

「落とすなよ」

 

「分かってる」

 

「うちの子と同じくらいだ」

 

「ああ」

 

「子供……だな」

 

「まだ、中学生くらいの……」

 

 傷だらけで、肌色も悪く、痩せ気味の少年を運びながら、大人は思う。

 

 『こんな子がウルトラマンだったんだ』と。

 

「あんなに大きな体で、大きな背中で、大きな手で、大きな光だったのに」

 

 竜児を運んでいた大人の一人が、竜児の手を取る。

 

 大人の手と比べれば、中学生の竜児の手は小さかった。

 

 竜児の手は少女である勇者の手と比べれば大きかったが……それでも、大人よりは小さかった。

 

「……こんなに、小さい」

 

 ウルトラマンは、竜児より年下の子供達からすれば、正体を知っても変わらぬ英雄で。

 大人達にとってはもう、無遠慮にすがれる英雄では無くなっていた。

 

 ウルトラマンはいつだって、子供達の英雄だ。そして、大人にとっては―――

 

「優しく運べ。分かってるよな」

 

「ああ」

 

 竜児は大人にゆっくり運ばれ、柔らかな草地にクッションが敷かれた場所に寝かされる。

 

「おいもうちょっと頭の下にクッション敷いてやれ。タオルでも良い」

 

「救急車、救急車! 救急車まだかよ!」

 

「毛布持って来い毛布!」

 

「包帯があれば……薬局行ってくる!」

 

「綺麗な水とハンカチ無い?」

 

「あの、私は医者なんですが、軽い診察ならできると思うのです」

 

 誰もが完璧な最善を知らなかった。

 けれど、誰もが自分に考えられる最善を行った。

 最善を尽くして、彼を救おうとしていた。

 

 彼らに不思議な力はない。

 回復魔法も、神の奇跡も、選ばれた者の異能力もない。

 それでも、誰かに差し伸べられる手があった。

 傷付いた者に包帯を巻く手があった。

 

「おかーさん、おかーさん、わたしのバンソーコー、あの人につけてあげて」

 

 まだ幼稚園に行っているくらいの年齢の子供にすら、それはあった。

 

「いい子ね」

 

 子供の母親が、子供の優しさを見て、一人の母親としてまた走り出す。

 

 そんな"人間の織りなす模様"を、メビウスがメビウスブレスから眺めていた。

 

『ヤプール。お前が勝てる可能性なんて、最初からどこにも無かったんだ』

 

 熊谷竜児は、これこそを愛した。これこそを守ろうとしたのだ。

 勇者と巨人がいつかどこかで手を抜いていたら、この光景は、きっと無かった。

 

『この光の星の、どこにもそんなものは無かった』

 

 ウルトラマンメビウスは、光の者としてそれを見つめる。

 

 サコミズは、元闇の者としてそれを見つめる。

 

「キングジョー。お前に見せてやりたかったよ、この光景を」

 

 自分が作り出した命すらも愛さず、竜児という失敗作の失敗作が生まれたことにも関わった一人の男が、人々の繋ぐ世界を見つめる。

 

「見ているか、天の神。今のこの星には、光が溢れているぞ」

 

 この光景を見たサコミズは、断言できる。

 この星に、人類に、滅ぼされて当然の理由など無いと。

 星の外から来た彼がそう断言できるということに、意味があった。

 

「この地球のウルトラマンは、皆を愛して、愛されているぞ」

 

 地球人が"滅びたくない"と言うのとは違う。

 他星人が"滅びるべきではない"と思うことに意味がある。

 この星の人間には、夕日の街の美しさのように、他の星の者が認める美しさがあった。

 

「神樹が人に向けた愛は、人を守ろうとした意志は……何一つとして、無駄ではなかったんだ」

 

 神は人を守ってきた。

 神が人を愛していなければ、神が人を守るわけがない。

 愛しているから守るのだ。

 そこに、何の得が無くても。

 人に、輝きだけでなく、醜さがあっても。

 

 地に満ちるその人々を、神々は愛した。

 

 

 




 次話で十二殺終了。終殺が始まります

 ぼちぼち話数ネタのネタバラシしていいかなと思ってきました
 ヒロトヒルカワの死亡にあたるのがこの作品では12話13話14話、つまり一クール目終了あたりになります
 ニセモノのブルースで18話(メビウスブレイブ初登場と同じ話数)、僕の名前でちょうど20話
 わすゆ編開始が三クール目開始なので、ちょうど26話になってるはずです
 この作品は『四クール』で終わるので予想外なことが重なっても本編が50話を超えることはありません

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