時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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終殺一章:暗黒の皇帝

 腐りかけの肉は異様に柔らかく、日々動きが弱り、時に腐臭を放つようになっていく。

 土は土に、灰は灰に、塵は塵に、腐肉は腐肉に還る。

 それが運命だ。

 竜児はただ、あるべき姿に戻ろうとしている。

 

 その運命に抵抗するように、竜児は開発室の機材の一つを借り、何かを弄っていた。

 

「……」

 

 兄との戦いの中で、竜児はこう叫んだ。

 

―――不幸かどうかは運命が決めるんじゃない! 心が決めるんだ!

―――運命をひっくり返さなきゃ幸せになれない、なんてことはない!

―――短命の運命がそこにあったとしても! 僕の幸せは、僕が決める!

 

 過去の世界で、竜児は運命をひっくり返させなかった。

 竜児が守りたいのは命、光、希望、未来、そして幸せ。

 皆の幸せを守るためなら彼はなんだってするだろう。

 幸せを守るという目的のためなら、運命だってひっくり返してみせる。

 

 何よりも大切なのは、皆の幸せな日々の未来なのだ。

 

「メビウス、もうちょっと体どうにかならないかな。僕らの体内の光を共鳴させたりして」

 

『これ以上やったら、本当に失明するよ?』

 

「いいんだよ、今でも力入れないとほとんど何も見えないんだ。

 こういう負担と消耗と腐敗で見えなくなった目くらいなら、ウルトラの母が治せるでしょ?」

 

『……それは、そうかもしれないけれど』

 

「なら良いんだ。今、見える目と手が欲しい。まあこれ作らなくてもいいものだけどね」

 

 最大限に目に無理をさせても、目の焦点すら合わない。

 ぼやける目、震える手を無理に動かし、針の穴を通すような精密さで何かを作っている。

 

「ただ、『約束の証』になるものは欲しい。最後の最後で、皆を踏ん張らせるような」

 

 それは象徴。

 皆の怪獣の因子を閉じ込めて封印したカプセルのような、強敵に対して打開策となるようなアイテムではない。

 今の竜児に、そんなものはもう作れない。

 自分の寿命を延ばせるものも今の竜児には作れない。

 彼の手は、機材でシンプルな作りの銀細工を作り上げていた。

 

「完全に目が見えない状態じゃなくて良かった。

 完全に手が動かない状態じゃなくて良かった。

 人間の体の損失が、巨人の体に影響しなくて良かった。

 まだ僕の体には、死なない程度に無理ができる余地がある」

 

『リュウジ』

 

「小さなことでも、できることをやっていこう。メビウス」

 

 竜児は何も諦めていない。

 

「勇者システムのアップデートも終わった。

 最新型は最初から満開ができるようになったんだ。

 最初にゲージが満タンで、これを全部使えば満開ができる。

 攻撃を受けると、ゲージを消費して精霊が自動防御する。

 ゲージがなくなると精霊バリアが無くなる。

 攻撃の満開と防御の精霊を一つのパワーゲージで使うことで……

 神樹様の過剰な消耗を抑えつつ、状況に応じてノーリスクで満開を使えるようになった」

 

 大赦もまた、竜児が居なくとも独自の技術開発によって勇者システムをアップデートしており、何も諦めてはいない。

 勇者も、四国の人々も、そうそう折れない心を身に着けている。

 

「短期決戦能力はノーリスクで急上昇した。後は」

 

 竜児は皆を想い、その手の中で、種を転がした。

 以前芽吹と一緒に製作中のギガントガラオンを見た日に回収した、神樹が四国結界外に陣地を作り上げるために生み出した、神樹の力の塊である種である。

 感じられる力は微小だが、純粋な神の力が感じられた。

 

「本当に最後にしか使えない保険を、用意しておこう」

 

『それは?』

 

「この保険使ったらもう全体的に終わってるってことだから使いたくない」

 

『奥の手、ということだね』

 

「死にたくないし、できれば皆一緒に幸せに未来に生きたいから。普通に勝ちたいところだ」

 

『うん、頑張ろう』

 

「そうだ、頑張ろう。僕ら二人の光と、皆の光で」

 

 竜児は種を握りしめる。

 その目が光を捉えることはもう無いだろう。

 最後の戦いを、越えられない限り。

 

「メビウスが言ってくれたんだ。僕は、何にでもなれるって」

 

 竜児が何にでも成っていける未来は、まだ天の神の手の中にある。

 

「ならまずは、地球と人類と仲間と……友達を守れる、自分になるよ」

 

 最後の戦いが、竜児の最期の時が、運命という名札を付けて近寄って来ていた。

 

 

 

 

 

 大赦も、竜児を生贄にしようなんて意識はもう持っていない。

 大赦が本質的に変わり始めているのか。

 それとも、一時的にそういう判断を選んだだけなのか。

 竜児を生かすために余計なリスクを背負う選択を選び、竜児を確実に死なせて勝算を上げる作戦を却下する程度には、大赦を動かす人間達に、変化が生じ始めていた。

 

 大赦が不死鳥の勇者と花の勇者に下した指令。

 それは、防人の壁外調査によって"十三体目の体が確実に完成している時期"が計算予測され、十三体目が確実に結界外にいる時期が確定したことにより、緻密に組み上げられた今日の作戦。

 すなわちギガントガラオンの時と同じ、壁の外に出て行って敵を襲撃することで、敵が結界内に来るまで待つのではなく、こちらから打って出るという作戦であった。

 

 ただし、今回は目的が違う。

 竜児の寿命が尽きる前に十三体目を倒そうというのが大赦の作戦だ。

 すなわちこれは、世界を守る戦いであると同時に、竜児を救う作戦でもあった。

 12/24の朝、勇者達は世界を守り、そして何より一人の友達を守るために、戦いに向かうべく、讃州中学勇者部の部室へと集まっていた。

 

「クリスマスに決戦かあ。

 大赦も遊びたい盛りの中学生な僕らに、嫌な日に無茶を振ってくれるよ」

 

「違うよ、リュウくん」

 

「?」

 

「クリスマスの朝に全部片付けて、クリスマスの夜は何の憂いもなく楽しめ! ってことだよ!」

 

「……そうかな? そうかも……」

 

「そうそう!」

 

「うーん僕は大赦に対して色眼鏡かけて見てるのダメだな……」

 

 ここに関しては、友奈の推察の方が正しい。

 春信や安芸がいて、竜児と一体化して光になったりもした大赦の者達を、竜児はちょっと信用しなすぎなのかもしれない。

 経緯のせいでしょうがないところもあるのだが。

 

「本日は、僕から皆さんにちょっとしたプレゼントがあります」

 

「熊谷先輩のお守りですか?」

 

「……樹さん、僕の行動の先読み上手くなったね」

 

「お守り、大切にしてますから!」

 

 樹がバッグを持ち上げると、そこにズラッと並ぶ夢叶祈願のお守りが目についた。

 風が可愛いものを見る目で妹を見て、機嫌良さそうにその頭を撫でる。

 

「樹これ全部バッグに付けちゃってるのよ、もう」

 

「えへへ」

 

「そこまで大事にされると、逆に僕が照れるなあ」

 

 竜児が懐から紙袋を取り出そうとして、握力の低下のせいで紙袋を取り落としそうになってしまい、それを横にいた東郷が空中でキャッチした。

 不具になった竜児を、東郷が助ける。

 見ているだけでどこか、不思議な気持ちになる光景だった。

 

「ありがとう」

 

「いえいえ」

 

 東郷が、紙袋の中の銀のペンダントをテーブルの上に並べてくれた。

 

「今回は、銀細工のペンダントのお守りだよ。モチーフは皆の勇者の花」

 

「わっ、綺麗」

 

「銀と共闘してから、銀細工のお守りもいいなあって思うようになってさ、作っちゃった」

 

「単純か!」

 

 銀がツッコミを入れ、風が自分の分のペンダントをつまみ上げて太陽にかざす。

 どれが自分の分なのか、勇者達にはひと目で分かった。

 銀細工はそれぞれの勇者の花の形をしていて、銀細工には勇者の衣装の色を模した割れにくい色つきガラスが埋め込まれていたからだ。

 風が太陽の光を当てて角度を変えると、陽光反射で銀と黄の光がキラキラとして美しい。

 

「へぇー、色付きのガラスも入ってるのね。作るの大変だったでしょ?」

 

「戦ってる時の方がずっと大変だというのが個人の感想です、風先輩」

 

「そりゃそうだわ……」

 

 そりゃあの戦いと比べれば、という気分にもなる。

 プレゼントだから、竜児は手渡したかった。

 でも無理だった。

 今の竜児は、七人に手渡しでプレゼントを渡すという消耗にも耐えられない。

 その手はもう、誰かに繋いでもらうことはできても、誰かと手を繋ごうとすることすら負担になってしまうほどに虚弱になっていた。

 

 だが、それがなんだというのか。

 

「皆のクリスマスの無事を祈って。

 それと、クリスマスを祝うプレゼントも兼ねて」

 

 竜児はずっと前を見ていたし、クリスマスのプレゼントをそんな手で準備していたし、友達にそれを渡すのは当たり前じゃないかと考えていた。

 彼は自分にできること、当たり前のことを、当たり前のようにやっていく。

 

「赤いサンタさんだ~」

 

 園子は、赤い巨人になれるサンタさんを、そう表現した。

 それがウケたのか、部室の中に暖かな笑い声が満ちる。

 今年の彼女らのサンタさんは、赤い巨人がやってくれたというわけだ。

 

「そうだね、僕が赤いサンタさんだ。これはいい子にしてた皆へのプレゼントです」

 

「わーい! ありがとうサンタさん!」

 

 友奈が喜び、メビウスがまた何か言い出した。

 

『こっちの地球ではクリスマスイヴとクリスマスが一般的なんだね』

 

「メビウスの知ってる地球は違うんだ」

 

『僕の知ってる地球ではウルトラの父降臨祭だったよ』

 

「予想以上に違うお祭りやってる!?」

 

 地球の個性比べとかしたら楽しそうだな、と竜児は未来に思いを馳せるのだった。

 そんな中、夏凜が何かに気付いた顔をする。

 

「今気付いたけど……赤色多くない?」

 

 夏凜が話を振って。

 

「メビウスを入れて九人、銀が赤、夏凜ちゃんが赤、リュウさんとメビウスが赤……半分?」

 

 東郷が乗って。

 

「友奈先輩もピンクなので、広義では赤ですよ」

 

「赤色率多っ!」

 

 樹と風も乗って話をややこしくする。

 

 何気ない話が、とても楽しかった。

 

 話は盛り上がり、そんな中、銀細工のお守りを握った樹がとてとて竜児に近付いて来る。

 

「熊谷先輩」

 

「樹さん」

 

「先輩の将来の夢、私も一緒に探します! だから……」

 

 樹の声が最初は大きく、徐々にしぼんでいく。

 

「ええと、その……」

 

「うん」

 

「……なんでも、ない、ですぅ……」

 

(日和った)

(日和った)

(日和った樹が可愛い……)

 

 何か恥ずかしいことを言おうとして、言う前になって恥ずかしくなってしまったようだ。

 心に浮かんだ言葉をそのまま吐き出して恥ずかしい台詞を述べてしまう竜児とは格が違う。

 樹には恥ずかしい台詞を思い留まれる理性があるのだ。

 竜児にはそんなにない。

 竜児は何にだってなれるが、樹は恥を知らない者にはなれぬのだ。

 

「皆で生き残って、樹さんが歌手になったら、そのマネージャーとかしたら楽しそうだなあ」

 

「!」

 

「樹さんにも選ぶ権利とかあるから妄想だけどね?

 大人になっても毎日会えたら、今みたいな楽しい会話がいつでもできたら、きっと楽しい」

 

「そうです、そうです!」

 

「何してもいい、何になってもいい、っていいよね。未来は自由なんだから」

 

「そうなんです!」

 

「中学時代から一緒にいる関係、って大人とか良いよね」

 

「あ、私も、そういうこと時々思います!」

 

 和気藹々と話す樹と竜児を見て、風は樹が言い淀んでいたことを察し、ほんわかした。

 樹が日和っていなければ、竜児と樹の職場は同じだったかもしれない。

 二人はただ未来を語る。

 竜児の会話相手は、自然に樹から風に移っていった。

 

「あ、竜児君。年末に一回うち来なさいよ。前の約束覚えてる?」

 

「お互いに料理教えて、技術を一緒にレベルアップさせようって約束ですか?」

 

「そう、それよ! というわけで、年末におせち作れる?」

 

「おせちなら一通りは作れますね」

 

「よし! じゃあ竜児君のおせちの半分は私が作ってあげる。

 その代わり竜児君もうちのおせちの半分作ってちょうだいね?」

 

 にひひ、と風が笑った。

 妹と同じ、未来を想う約束。

 

「竜児君。人間、何十年も愛情こもった家庭料理とか食ってから死ぬもんよ!」

 

「風先輩は時々暴論に聞こえそうな正論言いますよね」

 

「いーのよ。正論で他人殴る人もいるんだから。正論はちょっと暴論なくらいでいいの」

 

 風の料理にはいつもたっぷり愛情が込められている。

 樹にいつも料理を作っている内に、自然とそうなったのだ。

 それをたらふく食うまでは、竜児は死んではならないらしい。

 風の顔が、そう言っていた。

 

 耳も遠くなってきた竜児に――耳元に口を添え――風は誰にも聞こえないよう、ささやくように言う。

 

「だから今でも気にしてるようなら気にしないで。うちの親のこと」

 

「―――」

 

 その後悔を、風に話したことはなかった。

 竜児は過去に飛んだ直後、犬吠埼姉妹の両親の運命も変えようとしていた。

 二人の親を助けることで、二人の運命も変えようとしていた。

 けれど、結局過去は変えられず。

 竜児は運命をひっくり返そうとした怪獣を止め、運命をひっくり返させなかった。

 

 病院に運び込まれた犬吠埼の姉妹を見た時、竜児は何を思ったのか。

 どんな苦しみを抱えたのか。

 竜児が過去に行き、そこで戦ったという話を聞いただけで、竜児が自分を見る目に僅かな変化が生じただけで、風はそれを正確に察していた。

 風と竜児は、同じ苦しみを持ち、等しい共感を持っていた二人だったから。

 

 竜児の誰にも見えないところにかけられていた透明な呪いを、その一言が解いていた。

 

「……ありがとうございます」

 

 風が笑っている。

 闇や苦しみを抱えた過去があるからこそ、他人を照らせるほど輝く風の心。

 二人はただ未来を語る。

 生きる理由が、また一つ増えた気がした。

 

 一方、銀細工を握る友奈と東郷は、気合を入れていた。

 

「私と東郷さんで、リュウくんは絶対守るよ!」

「人は城、人は石垣、人は堀! 情けは味方、仇は敵なり!

 大昔の偉い人はそう言ったわ!

 世界を守る愛国の城、愛国の石垣、愛国の堀たるリュウさんを私達が守りましょう!」

 

「シンプルな意思表示の友奈と、東郷さんらしい台詞の東郷さんで、個性出てるね……」

 

「私と東郷さんだけが残っても、私達二人で無敵の壁になるからね!」

「なるわ!」

 

「露骨に語数減らしてきた!?」

 

 目は見えない。

 友奈の笑顔も、東郷の微笑みも見えない。

 竜児の目はもうそこから勇気を得られない。

 そんな竜児の細い手を――肉が随分減った手を――友奈が握った。

 

「私達は誰も犠牲にしたりなんかしない。絶対に」

 

 心強い言葉だった。

 友奈の笑顔を見ていないのに、心に熱が湧いて来る。

 これならまだまだ戦っていける、と思う竜児のもう片方の手を、東郷が握った。

 

「リュウさん」

 

「どうしたの、東郷さん」

 

「あなたがちゃんと幸せになれないと、私は後腐れなく幸せになれないわ」

 

「―――」

 

 不意打ちの、カウンターだった。

 今まで竜児が投げつけてきた想いを全部受け止めた上で、同じ想いをそっくりそのまま投げ返したような、そんなカウンターだった。

 

「やくそく」

 

 東郷の小指と、自分の小指が絡む感覚がして、竜児は少し驚いた。

 もう片方の手に友奈が触れている感覚がする。

 きっとそちらの小指は友奈と絡んでいるのだろうけども、そちらの方の小指に感覚は残っていないため、目が見えない竜児にそれを確認する方法は無かった。

 

「指切拳万。破ったら針千本飲みましょう。万度殴られてもいいわ」

 

「東郷さん」

 

 東郷の誓いはいつだって重い。彼女の想いは常に重い。好意も大体超重量だ。

 だからこそ、彼女は一度守ると決めたものを、本当に本気で守る。

 

「必ず……必ず。あなたを守る」

 

「うん、私達で、絶対守る!」

 

「……頼りにしてるよ。フェニックスブレイブで、一緒に戦おう」

 

 二人は今この時代における守護を語る。

 

 竜児の切れそうな命を繋げるかどうかは、勇者達の頑張りにかかっていた。

 

「アタシ達も付き合いが長いんだか短いんだか、分からないな」

 

「ね~?」

 

 銀と園子が、銀細工のペンダントを握る。

 

「そうだね。色々あったから」

 

 銀、園子、竜児。彼ら彼女らの間には、本当に色々なことがあった。

 付き合いが長いとも短いとも言い切れない、そんな不可思議な関係。

 銀が指にペンダントの紐を引っ掛けて、くるりと回して笑っていた。

 

「リュウさん、これ終わったらさ、アタシらと一緒に色々回らない?」

 

「回るって、どこを?」

 

「神樹館の皆とか、謝りたがってる鉄男が居るうちの家とか、須美の家とか」

 

「―――」

 

「もう二年、ずっとリュウさんと顔合わせてない奴らがいるんだよ」

 

 竜児にも、色んな友達が居た。

 過去形だが、神樹館には確かに居たのだ。

 もう竜児は誰のことも覚えてないけれど、皆は竜児のことを覚えている。

 勇者の親も、勇者の弟も、竜児のことを覚えている。

 

 竜児の脳裏に、蘇らなかった記憶があった。

 園子にやっとの想いで勝って、自分のことのように喜んでくれた小学校の皆に胴上げされて、落ちて、痛い思いをして。

 その記憶はもうどこにも無い。

 

―――ぐええええええっ!

 

 その代わりに、蘇る記憶があった。

 

 リバースメビウスを倒した後、勇者の皆に胴上げされた時の記憶だ。

 

―――こ、怖い! これ怖い! ウルトラマンになって飛ぶより怖い!

 

 何故か過剰に胴上げを怖がっていた自分を、竜児はよく覚えている。

 何故か竜児は、泣きそうな気持ちになった。

 泣けなかった。

 竜児の目に、もう涙を流せるだけの機能は残っていない。

 

「わっしーと、ドラクマ君連れて、皆に会いに行こうよ~」

 

「……うん」

 

「『みんな』に会いに行こう。リュウさんの過去、全部に」

 

「うん」

 

 泣きそうになってしまったけれど、そこに在る気持ちは、断じて悲しみなどではなかった。

 

「これも、約束だ。リュウさん」

 

「うん」

 

 過去が、約束になってくれる。生きようとする気持ちになってくれる。

 犬吠埼姉妹は未来を、友奈と東郷は今を、銀と園子は過去を約束にしてくれた。

 そして、夏凜は。

 

「うちの兄が心配してたわよ」

 

「春信さんが?」

 

「で、頼まれちゃった。『二人で無事に帰ってきて欲しい』……って」

 

「春信さんらしいや」

 

「……初めて、うちの兄が、私より弱い生き物に見えたわ」

 

「春信さんは強い人だよ。弱い人でもある。

 でも夏凜にとっては、とっても強くて優秀な人だったんだよね」

 

「うっさい。……人の兄をあんまり心配させるんじゃないわよ」

 

「夏凜は心配してくれないの?」

 

 竜児の煽り、かつ軽口であると夏凜は理解していた。

 理解していたのに、返答に詰まる。

 

 夏凜の表情が何も言わずに動き始める。

 こいつが死んだら私はどんな顔をするだろう、といった風な顔。

 きっとああいう顔しちゃうんだろうな……といった風な顔。

 その顔を他人に見られたら、それはヤバい、といった風な顔。

 夏凜の心の動きが、そのまま彼女の百面相に表出する。

 

 『あんたが死んだら、私は泣くわよ』と以前の夏凜は言った。

 その言葉に嘘はない。

 けれど、そんな台詞を夏凜が皆の前で言えるわけもないので、結局。

 

「……私の恥ずかしい顔を公衆の面前に晒さないために、死んでも生きて帰るわよ!」

 

「お、おう」

 

 そんな風な台詞が、飛んで来た。

 夏凜は、余計な理屈をこねくり回さず、竜児の魂に呼びかける。

 夏凜の内に秘められた熱さが、その声を通して伝わってくる。

 魂をむんずと掴むような、そんな約束であった。

 

「さて」

 

 皆が銀細工のペンダントを握ってくれた。

 それを経過時間から推測した竜児は、皆に声をかける。

 

「僕はまだ死んでない。

 つまり、僕はまだ負けてないし、何も終わってないってこと。

 大切なのは、諦めないことだ。

 皆も諦めないでほしい。僕が諦めてなくても、皆が諦めてたら台無しなんだから」

 

 皆が頷いた、気がした。

 

「このペンダントは―――」

 

 リュウジはこのペンダントが『何』であるかを語る。

 特別な機能はない。

 だが、このペンダントに込められた祈りが、願いが、皆の心を震わせた。

 

 このペンダントが『何』であるかが、皆の心の誓いとなる。

 

「最後まで諦めないことを、この証(ペンダント)に皆で約束しよう」

 

 皆が頷いた、気がした。竜児には頷いたかも分からない。

 

「それで、この証なのね」

 

「良いんじゃないかな。私は好きだよ!」

 

 東郷と友奈が話している、気がする。

 明日になったら、補聴器付きでも友達の声も聞き分けられない耳になっている、気がした。

 きっと今日が、竜児が人間らしく在れる最後のタイムリミット。

 

「この証に誓おう。勝利だけじゃなく、僕らの幸せな未来を」

 

 竜児が呼びかけ、声をかけ。

 

「必ず、生きて帰って来よう! この場所に、この日常に、この世界に!」

 

 勇者が皆、各々の声を張り上げて、返答を返した。

 

 空から、雪が振り始めていた。

 

 四国結界の全てが、外から闇に飲み込まれかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あるウルトラマンの世界で、天の神/根源的破滅招来体に襲われた地球の科学者が呟いた。

 「根源的破滅招来体は、根源的な破滅を人類にもたらそうとすること以外、微妙に一貫性がない」と。

 人間だけを滅ぼそうとしたり、地球ごと壊そうとしたり、人間と怪獣を選択的に殺そうとしたりと、一貫性がないと。

 その科学者は、根源的破滅招来体が複数の意思から成る群体なのではと考えた。

 

 神世紀初期、ある大赦の人間は考えた。

 「天の神は微妙に一貫性がない」と。

 人間を滅ぼしたいなら、奉火祭で生贄を捧げたくらいで、天の神が滅亡寸前まで追い込まれた人間に生きることを許すなどおかしいと。

 絶殺の意志と、人間の命乞いを聞く意志が、矛盾していると。

 その大赦の人間は、正体の見えない天の神が複数の意思から成る群体なのではと考えた。

 

 その科学者も、大赦の人間も、周りからその考えを理論的に否定された。

 時には肯定もされた。

 神の視点から見れば、この二者の認識は正しかったと言える。

 

 神樹の中には、天の神という集団からの離反神が存在した。

 天の神は群体である。

 群体であるがゆえに、統一された人類を滅ぼすという意志と、統一されていない個別の意志が存在する。それが天の神。

 その一つが、『エンペラ星人カプセル』から、エンペラ星人を再生させた。

 

「余を不完全な形で復活させたのは貴様らか」

 

 それは、まさに規格外だった。

 神の力で創られようと、本来カプセルから再生された存在は使用者の操り人形となり、強すぎる存在はある程度劣化した者として再生される。

 だがカプセルから再生されたエンペラ星人は、まごうことなく本物の意志を宿していた。

 

「足りぬ。力が足りぬ。寄越すがよい」

 

 エンペラ星人は復活するやいなや、天の神々から力を吸い上げ、吸い上げた力を取り込み、あまりにも高純度な闇の力で塗り潰す。

 神の力を奪って備えてそれでようやく、エンペラ星人は全盛期に近い力を取り戻した。

 生前にはあった古傷もない。

 エンペラ星人の復活に伴い、別宇宙から飛来したアーマードダークネスを皇帝は身に纏う。

 

 かくして、光の宿敵はこの宇宙に君臨した。

 

「余は暗黒の皇帝」

 

 エンペラ星人の力をアーマードダークネスが増幅し、そこにアーマードダークネスの"全宇宙を支配することも可能"と言われた闇の力が加わる。

 結果、闇が、宇宙の全てを覆った。

 

 宇宙を飛んでも、どんな星も見えないという異常な光景。

 皇帝の闇は宇宙を隅々まで満たし、星々の光を全て遮り、どんな星からも星明りが見えないという異常な闇の世界を作った。

 

 全ての星から、他の星が見えなくなる。

 星々の繋がりが闇に切り離され、全ての星が闇に包まれる。

 全ての繋がりと、絆と、光の存在を、許さぬと言わんばかりに。

 

 星の周りには闇しか無く、星に届く光はない。

 

「光の時間は終わりだ。永遠の夜をもたらそう」

 

 『宇宙』から光を奪った皇帝は、そうして地球に降り立った。

 

「なんだ?」

 

「急に……」

 

「暗くなった……?」

 

 地球の人々が空を見上げ、不安の声を漏らす。

 エンペラ星人はまだ結界の中に入って来ていない。

 にもかかわらず、皇帝の体から漏れる膨大な闇が結界に触れただけで、結界の中の光が略奪されていく。

 結界の中から光が奪われ、街が暗くなっていく。

 

「まさか、こっちが攻めて行こうとしたタイミングで、あっちが来るなんてね」

 

 雪が降り積もり始めたクリスマス・イヴ。

 竜児が、勇者達が、異変を察知し海岸線で並び立っていた。

 光が失われる異常な景色に、皆が人知れず息を呑む。

 

 かくして、暗黒の皇帝は結界の中に足を踏み入れた。

 街の時間が止まり、世界が樹海と化していく。

 

『エンペラ星人……!』

 

「……メビウスが、前に沢山教えてくれた、最強最悪の敵だね」

 

『星の運命がかかっていなければ、僕はリュウジに逃げるように言うよ。

 そのレベルの敵だ。これまでに現れたどの敵よりも、あの皇帝はずっと……』

 

「でも、逃げるわけにはいかない」

 

『……』

 

「逃げる場所なんてどこにもないし、守るべきものは全部ここにあるんだ」

 

 エンペラ星人は、メビウスが最も恐れる宿敵だ。

 

『それでこそ、ウルトラマンだ。戦おう』

 

 だが、逃げはしない。最も恐れるものを踏破しなければ、その先に彼らの未来は無いから。

 

(竜胆)

 

 竜児は力を振り絞る。

 

(正義、誠実、悲しみの運命にある誰かの味方。僕の名前に込められた願い)

 

 カプセルの起動とライザーの操作に、最後に残された体力を使う。

 

(もう一度、僕に力を貸してくれ)

 

 これが、きっと最後の戦い。

 

「行こう! これが、本当の最後の戦いだ!」

 

 竜児の声に皆が応えて、端末を構えた。

 

「融合!」

 

 起動するはメビウスのカプセル。

 ウルトラマンメビウスのビジョンが、竜児の右側の勇者達の更に右側に現れる。

 

「昇華!」

 

 起動するはヒカリのカプセル。

 ウルトラマンヒカリのビジョンが、竜児の左側の勇者達の更に左側に現れる。

 

「この手に光を!」

 

 光が、弾ける。

 

《 フュージョンライズ! 》

 

「つなぐぜ! 絆!!」

 

 胸の前でライザーの引き金を引き、二人のウルトラマンのビジョンが今、竜児に重なった。

 端末を操作した勇者達が、勇者の姿に変わっていった。

 力が融合し、昇華する。

 

「メビウーースッ!!」

 

 渦巻く光は勇者達を巻き込んで、彼らを一人の巨人に変える。

 

《 ウルトラマンメビウス! 》

《 ウルトラマンヒカリ! 》

 

《 ウルトラマンメビウス フェニックスブレイブ! 》

 

 かつての戦いと、同じ構図。

 

 全てのウルトラマンを殺す力を持つ暗黒の皇帝と、その力に対抗可能な力を持った、人間と巨人の融合体であるフェニックスブレイブ。

 闇の巨人と光の巨人が対峙する。

 かつての戦いで、ここからウルトラマンメビウスは勝利し、地球最後の戦いを勝利で終わらせ、地球から去って行った。

 

 かつての最終決戦と、同じ構図。

 

「ウルトラマンメビウスか」

 

『エンペラ星人!』

『ここで全てに決着をつける!』

 

「余計な物が混じっているのは相変わらず、というわけか。それが貴様ならそれでよい」

 

 エンペラ星人が指を鳴らした。

 絶大な闇が広がり、樹海を飲み込んでいく。

 圧倒的なプレッシャー。格の違いを感じながらも、竜児は巨人の腕を構える。

 竜児の内で、メビウスが静かに息を呑んだ。

 

「あの時余を殺した力で、無駄な抵抗をするがいい」

 

『行くぞっ!』

 

 まず初手は、ヤプールを倒したあの技。

 

「『 勇者! パーンチッ! 』」

 

 地球よりも大きくできる巨大な光を放ったあの技を、フェニックスブレイブの身で再現し、膨大な光を巨人の拳一つ分にまで凝縮した。

 貫通力だけなら、あの時ヤプールに叩き込んだものを超える一撃。

 それがエンペラ星人に叩き込まれる。

 

 光の爆発が、星をも砕く破壊力を生み出し―――エンペラ星人の体は、1mmも動かなかった。

 

「それで終わりか?」

 

『!?』

 

 エンペラ星人が左手をかざすと、そこから念動力による衝撃波が飛んで来る。

 それを食らっただけで竜児の意識は飛びかけ、巨人の腹は圧力で大きく凹み、フェニックスブレイブは吹っ飛ばされた。

 

『ぐっ』

 

「なんだ……このパワー!?」

 

 銀がとんでもないパワーに驚く。

 なんてことはない小技、念動力だ。

 メビウスで言うところのメビュームスラッシュ。

 暗黒の皇帝ともなれば、簡易の牽制技にも致死の威力が宿っている。

 

『まだまだ! 皆、力を貸してくれ!』

 

 銀の力を借り、竜児は燃える光の双斧を作った。

 それをエンペラ星人の腕関節に叩き込む。

 効かない。

 不動の皇帝が左手から衝撃波を放ち、巨人が吹っ飛ばされた。

 竜児の意識が飛びかける。

 

 夏凜の力を借り、竜児は左手に虹の剣、右手に光の剣を作り上げ、それを振るった。

 スピードで皇帝を翻弄し、その両目に光の剣をぶっ刺していく。

 ……だが、目の周りに現れた深い色合いの闇が、光剣を飲み込んでしまう。

 光剣を飲み込まれ、消された竜児の腹に、不動の皇帝の衝撃波が叩き込まれた。

 竜児の意識が一瞬で吹っ飛び、続く痛みが意識を一瞬で取り戻させる。

 

 風の力を借り、光の大剣を喉に叩き込んだ。

 皇帝は1mmも動かない。

 続く不動の皇帝の衝撃波を、竜児は光の大剣で打ち返そうとするが、光の大剣は一瞬で粉砕されてしまい、巨人の体は吹っ飛んだ。

 全身に走る激痛が、この衝撃波に致死の威力があることを教えてくれる。

 

 樹と左手で最強硬度の光の糸を作り、それを皇帝に絡ませて、右の掌底を叩き込む。

 そして糸で千切りにする……そう思って放った糸は、皇帝の身に纏われている闇にブチブチブチと切断され、全体重を乗せた掌底も皇帝の体を微塵も動かせない。

 不動の皇帝の衝撃波が放たれる。

 体のどこかの骨が折れた、と竜児は思った。

 もう全身の全てが痛くて、どこが痛いのかすら分からない。

 

 東郷の補助を受け、皇帝の急所と鎧の隙間を狙って光弾を撃つ。

 だが、効かない。てんで効かない。

 皇帝の体のほぼ100%を覆うこの鎧の装甲部分に攻撃を当てて、成立するダメージを1とする。

 装甲の弱い部分を狙って成立するダメージを10とする。

 この鎧には、明らかに1000以下のダメージを無効化する機構が備わっていた。

 東郷と一緒に放った光弾ごと、皇帝の衝撃波が巨人の体をねじ伏せる。

 

 遮二無二、園子と力を合わせ、光と炎の槍を作り上げた。

 勇者全員の精霊――ウルトラマンの精霊含む――の力を動員し、竜児と園子が作った槍は、とてつもない強度と貫通力をもって皇帝に迫る。

 その槍も、皇帝の何気ない衝撃波で粉砕された。

 運が良かった。

 この槍を作っていなければ、きっと今の衝撃波で、竜児の腕は捩じ切れて粉砕されていただろうから。

 

 皆で一緒に光の防御壁を張った。

 衝撃波に粉砕され、吹っ飛ばされる。

 最高速で動き衝撃波を回避しようとした竜児に、皇帝は悠々ともう一発衝撃波を当てた。

 不動の皇帝を速さで翻弄しようとしても、その速さでさえ全く通用していない。

 

 竜児は腕を抑え、足を止めて皇帝と対峙する。

 

『な……なんだ、これ!?』

 

『リュウジ! 気をしっかり持つんだ!』

 

 今まで数々の強敵がいた。

 絶対に勝てないと何度思ったかも分からない、強敵揃いだった。

 それでも、戦いは成立していた。

 能力発揮状態のマデウスオロチですら、攻防のようなものは成立していたのだ。

 

 だが、これは違う。

 当てても効かない。

 動いても避けられない。

 防ごうとしてもまるで無駄。

 自分が何か行動をしても、敵の何にも影響を与えること敵わず。

 皇帝が何か行動をすれば、そのたびに大きく敗北に近付く。

 決まりきった作業のように、皇帝が淡々と何かをすれば、必然の敗北が近付いて来る。

 

 奇跡もなく、勝機もないまま、淡々と必然の敗北がやって来る。

 

 "人間と光の巨人が偶然と奇跡の果てに勝った"という結果に繋がる偶然すら、どこにも転がっていないという確信があった。

 この皇帝相手に、運と偶然による勝利はありえない。

 だが、その確信を持った上で、竜児は決して諦めなかった。

 

「『 ウルティメイトメビュームシュートッ! 』」

 

 起死回生の大技。

 ウルティメイトブレスとメビウスブレスが輝き、必殺の光線が皇帝に迫る。

 皇帝は、その光線を身に纏っていたマントで、難なく消し去った。

 

『なっ』

 

『光線も無効化するリフレクターマント……あれまで強化されているのか!?』

 

「ふん」

 

 皇帝の装飾品は、ただのマントでさえも桁違いの防御性能を持つ。

 マントでさえもアーマードダークネスや天の神から奪った力との相乗効果で強化されており、超威力の光線で貫通できないほどの強化を果たしてしまっていた。

 

「『 メビュームナイトシュート! 』」

 

 続けて放たれる、メビウスブレスとナイトブレスの相乗光線。

 かつてエンペラ星人を追い込んだその光線に対し、皇帝は人差し指を一本立てた。

 

「ふん」

 

 そして、人差し指を振る。

 ただそれだけで、メビュームナイトシュートは()()()()()()()()()()

 

 更には人差し指が纏っていた小さな闇が、指振りに沿って飛んで行く。

 ついでのおまけのように飛んで行ったその闇が、巨人の頬を深く切り裂いた。

 吹き出す血の如く、巨人の頬から光が吹き出す。

 エンペラ星人は、ただただひたすらに、単純に、『強すぎた』。

 格があまりにも違いすぎる。

 何か一つ行動するたびに、光の者達へ絶望を与える、そんな存在だった。

 

『そん、な……』

 

 こんな絶望は他に無い。単純に強すぎる闇の力が、そのままイコールで絶望となっていた。

 

 

 

 

 

 そんな中。

 

 時間が止められていたはずの四国の人々が、巨人を応援し始める。

 

「ウルトラマン」

 

「ウルトラマン……」

 

「頑張れ」

 

 彼らの肉体の時間は止まっていたはずだった。

 なのに、彼らの心の時間だけが、止められていなかった。

 彼らの剥き出しの心は、ウルトラマンの戦いを、ずっと見てくれていた。

 

「頑張れ、ウルトラマン!」

 

 剥き出しの心は、かつてオールエンドと戦った時の皆の心と同じように、夢見るようにウルトラマンを応援する。

 自然と、その優しい光を応援する。

 そんな中、安芸は口を開いた。

 

「想いは時空を超越する」

 

 今、この瞬間に、正常な理性を保っているのは大赦の人間のみ。

 

「物質的に止められた時間の中で、想いのみが動き、純粋な想いを巨人に届ける」

 

 安芸が何かを語るその数秒の間にも、人々の想いが、神樹というフィルターを通して、光を巨人へと注いでいく。

 

「これこそが、以前からずっと、大赦が秘密裏に開発していたもの。大赦の技術の集大成」

 

 最後の戦いに、大赦の最後の切り札は間に合った。

 

「技術を用いて科学的・呪術的に再現する―――あの日の巨人の奇跡」

 

 全ての人の体の時間が止められることを利用して、全ての人の純粋な想いを力に変える。

 巨人に、意図して強大な想いの光を注ぐ。

 十二月に完成し、竜児達が見せたグリッターの力を参考に、ギリギリで完成されたシステム。

 人工の光集約システム、システム・グリッターであった。

 

 安芸の隣で、大赦の中でも指折りの地位を持つ、園子の父が口を開く。

 

「大赦とは」

 

 彼は知っている。

 大赦の始まりを。

 天の神に(あやま)り、媚びたことから始まったこの組織の成り立ちを。

 その時代に、屈辱を噛み締めながらもいつかの未来の反抗を誓い、大赦に長い時間をかけてでも勇者システムの開発と進化を求めた、乃木若葉の決意を。

 乃木の者である彼は、知っている。

 

 大赦とは。

 

「『未来に世界を人の手に取り戻すため』という、乃木若葉様の意志を実現するためのもの」

 

 ずっと、ずっと、()()()()()()だ。

 

「『未来の勇者のための道を作る』という、初代勇者様の意志を形にするためのもの」

 

 生贄を捧げる残酷な組織でも、ずっとそういうものだった。

 

「ただの人が、どんな犠牲を払ってでも、かつて散った全ての勇者達の想いに応えるためのもの」

 

 目指したものは、唯一つ。

 

「―――この日のためにあったものだ!」

 

 全てのバーテックスを打倒し、地球のウルトラマンが生きて行ける未来を勝ち取り、神樹の寿命が尽きかけているこの世界の希望を繋ぎ、その先へ。

 その先の未来へ。

 希望と可能性を繋げる。

 それこそが、大赦という組織が目指すもの。

 

 未来のためなら罪のない少女さえも生贄に捧げられる、そんな覚悟と残酷の塊が、本気で全ての者達の心の光を紡ごうとした結果。

 大赦のこれまでの積み重ねが、技術の集大成が、竜児を再びあの形態に至らせた。

 

 黄金の光が、フェニックスブレイブを包み込む。

 

『輝ける光の形態』(グリッターメビウス)か……」

 

 皆の想いは、あの時と同じ。

 地球の全ての人間の想いが、心の光が、巨人の体に集約されている。

 竜児は全ての力を集め、地球人の想いの全てを、今この一瞬に結集させた。

 

『これで最後だ! 皆! 力を!』

 

 八つのウルトラマンのビジョンが、竜児に重なる。

 八人の人の勇者の叫びが、巨人の内側で重なる。

 宇宙最強の光線が放たれる。

 

 

 

『『「「「「「「 ―――コスモミラクル光線ッ!!! 」」」」」」』』

 

 

 

 宇宙最強の光線が、宇宙最強の闇を砕く。

 光の勝利は必然で、闇の敗北もまた必然だろう。

 宇宙最強の闇は砕かれ、地球の未来は取り戻された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙最強の闇は砕かれ、地球の未来は取り戻された。

 光の勝利は必然で、闇の敗北もまた必然だろう。

 宇宙最強の闇は砕かれ、地球の未来は取り戻された。

 

 ―――そんな夢を。

 

 その時、きっと、四百万の心の全てが見ていた。

 夢は夢。現実ではない。

 光線を放った瞬間、勝利を幻視する者がいても、光の未来を幻視した者がいても、それはきっと現実に何の関係もない。

 夢は夢。勝利の幻想。

 悲しい夢で、儚い夢だ。

 

『―――なっ』

 

 地球人全ての心の光を束ねたコスモミラクル光線を受けながらも、暗黒の皇帝には傷一つ付いていなかった。

 暗黒の皇帝はコスモミラクル光線をその身で受けながら、その光線をまるでそよ風のように扱い視線すらやらず、光線を受けながら悠々と歩き出す。

 竜児は光線の圧力を強めるが、その光線を胸で受けている皇帝に変化はない。

 皇帝はゆったりと歩き、竜児に近付いていく。

 

「忘れたか。光の者は決して余には勝てん。ウルトラマンごときでは余には勝てん」

 

 まともに受ければ、どんなバーテックスでも死を免れなかった最強の光線を胸で受けながら、ゆっくりと皇帝が近付いて来る。

 それは、本物の恐怖を勇者達に感じさせた。

 

「余はかつて貴様らに……

 人間のちっぽけな希望という光に、ウルトラマンと人間の絆に負けた」

 

 恐怖が来る。絶望が来る。闇が来る。

 

「そして余は暗黒の皇帝。一度負けた者に二度負けることなどありえん」

 

 これが、エンペラ星人。これがアーマードダークネス。これが十三体目。

 

 天の神が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と確信したもの。

 

「もはや『それ』で余に勝つことはできんのだ、ウルトラマン」

 

 皇帝が左手をかざすと、闇によって勇者達が巨人から強制分離され、最も結合の強かったメビウスと竜児の融合だけが残される。

 

『えっ!?』

「うわっ!」

「きゃっ!?」

 

 そして、右腕から暗色の光線が放たれた。

 

「これが貴様の終わりだ。ウルトラマンメビウス」

 

『ぐああああああっ!!』

 

 "レゾリューム光線"。

 これこそが、闇の象徴たるエンペラ星人の代名詞。

 この光線は光を分解する効果を持ち、単純な威力も絶大でありながら、ウルトラマンに対しては『その体を一瞬で分解し消滅させる』という効力を持つ。

 

 別れの言葉すら言えない一瞬で、ウルトラマンメビウスは消滅させられ、完全な死を迎える。

 だが竜児を必死に逃がそうとしたメビウスの健闘により、メビウス同様ウルトラマンの肉体を持つ竜児は、分解させられる前にメビウスに体外に排出されていた。

 排出された竜児が、吹っ飛んでいく。

 

「―――」

 

 そして。

 粉砕されたウルトラカプセルが、排出された竜児の目の前で、破片となって宙を舞った。

 ウルトラマンを絶対に確実に殺す光線は、ウルトラカプセルの存在すら許さない。

 フュージョンライズに使うカプセルまでもが、闇に粉砕されてしまっていた。

 竜児は自分をまた守って消滅したメビウスへ、悲痛に呼びかけようとするが――

 

「メビウ―――」

 

「逃さん」

 

 ――メビウスが逃した竜児の体を、エンペラ星人が念動力で掴まえ、その手で握りしめていた。

 

「貴様に『次』など無い」

 

 そして、握り潰す。

 ブチュッ、と嫌な音が鳴り、赤黒い塊になった元竜児の肉塊を、エンペラ星人が地面に投げつける。

 樹海の地面に叩きつけられた肉塊が弾け、地面に赤い花が咲いた。

 

「敗者に『次』など無い」

 

 何かを叫ぼうとした勇者達を、エンペラ星人が念動力で押さえつける。

 上からの念動力が、強烈な圧力で勇者を上から押し込んだ。

 樹海の木々か、勇者の体か?

 何かが、念動力で潰れる音がした。

 

「そしてこの世界にも『次』など無い」

 

 エンペラ星人が左手を振る。

 四国を囲む結界が全て粉砕された。

 そして―――樹海の真ん中に立つ、光に輝く大きな神樹が、『折られた』。

 

 樹海化が解ける。

 世界が元の形に戻る。

 四国結界が失われた四国に、世界を一瞬で焼き尽くした灼熱と、無限に等しい数の星屑がなだれ込んで行く。

 もう、人々を守る神樹の姿は無い。

 

「貴様らは知らなかったのだろう? ゆえに余に楯突いた。ならば見るがいい」

 

 世界が、終わる。

 

「これが本物の―――『絶望』だ」

 

 光が、終わる。

 

 未来が、絶える。

 

 

 




えへへ

●暗黒天帝 エンペラダークネス

【原典とか混じえた解説】
・暗黒宇宙大皇帝 エンペラ星人
 メビウスの時代から数えて三万年前、この時代から数えて四万年以上前、ウルトラの星の光の国へと攻め込み壊滅寸前まで追い込んだという暗黒の皇帝。
 エンペラ星人との戦争によりウルトラマン達は『宇宙警備隊』を結成し、星々の海を渡って宇宙の平和を守るようになったため、"全ての始まりの悪"であるとも言える。
 宇宙の闇の力を体現し、光で出来たウルトラマンを一撃で消滅させる固有能力を持つ。
 光の否定者。
 宇宙の光がウルトラマンならば、宇宙の闇こそがエンペラ星人。
 地球の約一万二千倍の表面積の太陽程度なら、黒点を操作するだけであっという間に闇で包み込むことができる。

 仲間のウルトラマン&仲間の地球人全てと融合したメビウス、地球人皆の結束と心の光、地球を助けようとする数々の宇宙人の協力、ゾフィーの全力の援護、人類史の結集であるファイナルメテオールのブーストという過剰火力が、ウルトラの父等が決死の想いでエンペラ星人に体に付けていた二つだけの古傷を開かせ……当時のフェニックスブレイブが奇跡の勝利を果たした宿敵。
 万年の戦いを越えた歴戦の勇士メビウスが、今も何より恐れるもの。

 公式サイトで化物じみた強者が"数多くの星を滅ぼしてきた"と書かれるウルトラマンシリーズにおいて、唯一"数多くの太陽系を滅ぼしてきた"と書かれる者。
 アーマードダークネスが無くとも、太陽系規模ならば手慰みに壊す者。
 光ある宇宙を憎む者。


・暗黒魔鎧装 アーマードダークネス
 エンペラ星人の部下が、エンペラ星人に捧げるために創り上げた究極の鎧。
 これを身に着けていたならエンペラ星人がウルトラマンに負けることはなく、地球は必ず滅びていただろう、とさえ語られることもある黒き悪夢。
 装備すれば力は飛躍的に上昇し、全宇宙を支配できるほどの力が得られる。
 ウルトラマンの光線は光なので効かなくなる。
 宇宙に闇ある限り鎧は何度でも蘇る。
 ……と、能力を箇条書きにするだけでも、これでもかと盛られている。

 鎧単体でも動き回り、"アーマードダークネスはアーマードダークネスの武器でしか傷付かない"と言われるほどの強固な硬度を持つ。
 動き回って装着者を見つけると自分の中に入れ、ある程度使ったら吸収する。
 ウルトラマンを見つけると中に取り込み、操ってその力を利用し、鎧を動かさせる。
 皇帝と同じく確殺ウルトラマン光線も撃つ。
 明らかに、最強の皇帝様が着る鎧なんだ! 鎧単品でも最強でないと! という製作者の変な思い込みが反映されている。

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