時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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終殺二章:希望の大地

 本来、敗者に次はない。

 それがルールで、宇宙の条理だ。

 闇の者と闇の者の戦いは常にそうであり、敗者に『次』を許すのは、光の者の特徴的な在り方で"甘さ"と呼ばれるものでもある。

 光の者は敗者と健闘を称え合う。

 闇の者は敗者を容赦なく殺す。

 光の者は敗北しても、戦いに決着が付く前に立ち上がり、逆転の勝利を掴む。

 だからこそ正義が勝ち、悪が負けるという構図が横行するのだ。

 

 ならば、そんな世界で、エンペラ星人のような最大級の巨悪に『次』が与えられてしまえば、いったいどうなってしまうのか?

 その解答が、ここにある。

 『次』を与えてはならない存在というものは、在るのだ。

 

 巨人は死んだ。

 カプセルは壊れた。

 竜児は地面の染みになった。

 四国結界は崩壊し、神樹は折れた。

 

 世界は終わり―――されど、踏み留まった。

 

「小賢しい」

 

 四国の多くは燃え尽きた。

 だが香川だけはまだ残っている。

 それどころか、大赦の"時間停止中の四国市民に干渉する技術"により、かなり無理をしつつも香川に四国全人口を転送・押し込むことに成功していた。

 その香川を、不安定そうなドーム状の光の壁が覆っている。

 

 四国の人口密度は四百万人弱で1平方kmあたり201.4人。

 この密度を単純に四倍にしても、西暦時代の人口密度七位である福岡県にも及ばない。

 香川に四国全市民を詰め込むことは、少し無理をすれば不可能ではない。

 

 香川を守っている光の壁は、フォースフィールドと呼ばれる技に近いもの。

 四国に西暦と同じ環境を維持し、空と海と大地を保証してくれる四国結界とはまるで違う、中の人間が死ななければそれでいい、という間に合わせ。

 酸素や食料等の供給も完全に止まっている。

 更には結界内部の人間が、結界の外の世界を見てしまうほどに薄い結界だった。

 

 エンペラ星人は、その結界から神樹の力を感じ取る。

 

「この対応……予知していたな。この未来の可能性を」

 

 神とは未来を知り、人に告げるもの。

 神話にはそんな典型がいくつもある。

 エンペラ星人の推測は見事に的中しており、この結界はエンペラ星人の巨大な闇の力と、未来の崩壊を予見した神樹が、事前に準備をしておいたものだ。

 

 大赦には、エンペラ星人の襲撃前に二つの動きがあった。

 神樹様を守るんだ、と決意し、神樹の告げた未来の運命をひっくり返そうとグリッターを死ぬ気で仕上げようとした者。

 神樹の言葉を信じ、来るべき崩壊に向け市民を香川に逃して守る準備をした者。

 神樹の死と四国結界の崩壊という未来は信じがたく、また絶対に到来させてはならないものであったため、勇者含むこの神託を聞かされた者達は、その運命を変えようとした。

 そして、何も変えられなかった。

 

 エンペラ星人がその結界と、結界の中で守られている無力な人間達を見る。

 その目は、夏の路上でのたうち回り死んでいくミミズを見る人間の目と、どこか似ていた。

 見下している。

 哀れんでいるようにも見えるが、全く同情していない。

 "気まぐれに踏み潰す"くらいはしそうな、そんな目だった。

 

「20分……いや、15分と保つまい。こんな悪足掻きの結界に何の意味があるというのか」

 

 ゆったりと、皇帝が右手を前に向ける。

 光を消し去る闇の光線が、ウルトラマンをも瞬く間に殺した光線が、一瞬でチャージされる。

 

「今、壊してやろう」

 

 その光線が放たれるかどうか、という瞬間に。上空からビームを連発する介入者が現れた。

 

「おほほほほほほほほほっ!」

 

 皇帝が光線の発射を止める。

 宇宙の彼方より飛来した金色の装甲のロボットが、介入者の姿を視認した皇帝の前に着地した。

 結界に守られたほんの小さな世界を守るように、灼熱の大地を愛のビームで薙ぎ払い、舞い上がるマグマを吹き散らして大地に立つ。

 吹き散らされたマグマが、皇帝の周囲の闇の中で一瞬煌めき、その炎も闇に飲まれて一瞬でその煌めきを失っていった。

 

 闇と炎の中、介入者と皇帝が対峙する。

 

「そろそろ結婚している頃でしょうね、と思ってやって来てみれば!

 地球に辿り着く前に、宇宙を闇が侵食し始めているではありませんか!

 もしやと思い急いでみれば、地球の状態案の定! 義によって助太刀させて頂きましょう!」

 

「貴様、何者だ」

 

「義により駆けつけた、愛の戦士!」

 

 この宇宙で最強のものは光か? 闇か? ノー、愛だ。

 

 この者に聞けば、必ずそう答えるだろう。

 

「愛らしいかの子供達は、わたくしをキングジョーおばさんと呼びます! おーほっほっほ!」

 

 子供達の大ピンチに、彼女は颯爽とやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四国を守る最後の光の壁は、勇者と光の巨人は素通しして包み込む。

 彼らは海岸線で変身し、香川の端に近い場所で戦い、勇者は巨人の体から見て後方に弾き飛ばされた。

 結果、樹海の中で念動力に押し付けられていた勇者達は、香川の陸上にて目覚めることができていた。

 

「っ」

 

 勇者の体に目立った大怪我はない。

 小さな怪我はあるが、皆念動力で叩きつけられた衝撃ダメージが残っている程度で、皆すぐにでも戦えそうな状態だった。

 だが、心は戦える状態にない。

 

 消滅したメビウス。

 握り潰され、叩きつけられ、飛散した竜児。

 皆、それをしっかりと見てしまっていた。

 鮮明な死の映像が、皆の心を折るに足る絶望を叩き込む。

 

 絶大な闇の力。

 絶対の力の差。

 エンペラ星人という絶対の存在感。

 光の否定者は、皆の心の光まで消し飛ばしてしまっていた。

 

「リュージ……!」

 

 夏凜は本気だった。

 本気で力を貸していたし、本気で竜児と共に戦っていた。

 守りたいという想いは本物だった。

 だが、守れなかった。

 戦う力を得るために頑張ってきた過去全てを、圧倒的な力で否定された気すらする。

 

 勇者の刀は落ち、夏凜の拳は自らの額を強く叩いていた。

 

「熊谷先輩っ……」

 

 樹は、顔を覆って涙を隠し、必死に号泣しないよう耐えている。

 樹だけでなく、他の皆も分かっていた。

 あれは、もうダメだ。

 エンペラ星人は"ウルトラマンの殺し方"をよく分かっていた。

 復活できない殺し方をよく分かっていた。

 メビウスも竜児も、そういう殺し方をされていた。

 

 樹は、弱く、強い。

 竜児に言わせれば、その弱さも強さも共に美点だ。

 大切に想う誰かの喪失にちゃんと泣けることは、絶望し泣いても心が完全に折れないことは、彼女の強さであり弱さである。

 

「竜児、君」

 

 風は木に背を預け、尻もちをついた。

 空を見上げて、頭を動かす。

 敵をどうにかしないといけない。

 殺された友達を諦めるか諦めないかしないといけない。

 世界を守らないといけない。

 落ち込んでいる仲間を励まさないといけない。

 私は、部長だから……と思う風だが、頭も体も動かない。

 

 思考が萎えていた。

 体が萎えていた。

 悲しくて、辛くて、苦しくて、体がちゃんと動いてくれない。

 泣きたいという気持ちと、泣いてはならないという責任感に挟まれて、立ち上がれずにいた。

 

「なにやってんだ、アタシは……!」

 

 銀は髪をくしゃくしゃにしていた。

 戦いのあの場面でああできたはずだ、ああ動けたはずだ、ああ守れたはずだ、という思考を繰り返し、竜児を守れた可能性を夢想する。

 だがそのたびに、想像の中のエンペラに竜児とメビウスを殺されてしまう。

 想像の中ですら、銀は友達を守れなかった。

 そのくらいに、エンペラ星人は圧倒的だったのだ。

 

 エンペラ星人に対する敵意と、自己嫌悪に無力感が重なり、心がどうにもならなくなっていく。

 守りたいけど、守れなかった。

 潰れた竜児の肉の赤色が、銀の目に焼き付いている。

 

「……」

 

 園子はどこかを見ていた。見えない目でどこかを見ていた。

 

 今の園子は、かつてないほどに何を考えているのか分からない顔をしている。

 

 それゆえに、何よりも恐ろしかった。何を考えているか、何をしそうか、全く分からない。

 

「リュウさん……リュウさん……」

 

 東郷は泣いていた。

 喪失に。

 悲しみに。

 約束を破ってしまったことに。

 ひたすら、泣いていた。

 

 少女の膝に涙が落ちる。

 普通の少女の数倍は気丈で勇敢であるとはいえ、勇者の中では一番に追い詰められることに弱い東郷の心が、人間らしい涙を流していた。

 彼女の弱さは人間として当たり前のもので、とても人間らしいものだった。

 

「リュウくん」

 

 そんな中、友奈は一人、泣きたい気持ちをこらえ、叫びたい気持ちを抑え、強く立っていた。

 

 強い背中だった。

 勇気に満ち溢れる背中だった。

 絶望に泣きそうになりながらも、強くそれに立ち向かう者の背中だった。

 絶望の中、心折られずに踏ん張っていた他の勇者達も、友奈のその背中を見る。

 

「皆……まだ、まだ、諦めちゃダメだよ」

 

「友奈……」

 

「だって私達、約束したんだよ?」

 

 友奈が、竜児に貰った銀細工のペンダントを握りしめる。

 端末による変身で、普段着と一緒に格納されていたペンダントは、今この時のみ友奈の服の下に現出していた。

 

■■■■■■■■

 

「僕はまだ死んでない。

 つまり、僕はまだ負けてないし、何も終わってないってこと。

 大切なのは、諦めないことだ。

 皆も諦めないでほしい。僕が諦めてなくても、皆が諦めてたら台無しなんだから」

 

「最後まで諦めないことを、この証(ペンダント)に皆で約束しよう」

 

「この証に誓おう。勝利だけじゃなく、僕らの幸せな未来を」

 

「必ず、生きて帰って来よう! この場所に、この日常に、この世界に!」

 

■■■■■■■■

 

 そう、この証に誓ったのだ。

 諦めないことを。

 他の誰でもない、熊谷竜児に誓ったのだ。

 友奈には名案があったわけではないけれど、それでも、諦めることだけはしたくなかった。

 皆も、諦めたくはなかった。

 それは、竜児との約束を破るということだったから。

 

 そんなことをしてしまえば、本当の意味で竜児が遠くに行ってしまうような気がした。

 諦めない限り、彼は傍に居てくれる気がした。

 勇者は、絶望の中でも立ち上がる。

 

「その通り!」

 

 そして、空から、愛の希望が降って来た。

 

「本当の戦いは、これからですわよ!」

 

「―――!」

 

「まだ何も終わっておりませんわ! 竜児さんもまだ手遅れではありませんことよ!」

 

 その希望の、名前は。

 

 三人の宇宙人を引き連れた、キングジョーおばさんと言った。

 

「量子観測誤認系幻術をシステムの限界まで使い、四国の偽物を百個ほど作って来ましたわ」

 

「き……キングジョーおばさん!」

 

「二度同じことはできませんが、少しの時間は稼げるでしょう。

 本物の四国に重なる量子幻影百個がどれかを見極めるまでは、四国は壊せませんわ」

 

「相変わらずなんか凄いこの人」

 

「おニューのシャレオツな新装幻術システムもすっかり焼け付いてしまって、お恥ずかしい」

 

「おニューの服みたいなニュアンスで言ってるこの人」

 

「それにしても、あれが暗黒の皇帝……時間稼ぎで戦うことすらしたくありませんわね」

 

 キングジョーおばさんが珍しくマジ声で言った。

 彼女はギャグのような存在だが、そんな彼女でもエンペラ星人の前に立てば、一瞬で消し飛ばされてしまうらしい。

 キングジョーおばさんの存在は銀や園子も知っていたはずだが、それでもインパクトは大きかったようで、ちょっと戸惑う様子が見えた。

 

 キングジョーはむふーとしながら、連れて来た三人の宇宙人を彼女らに見せる。

 

「っと、まずはこの子達の紹介から始めましょう。自慢の息子達ですわ」

 

「メフィラス星人のタローです」

「メトロン星人のジローです」

「ナックル星人のサブローです」

 

「「「 イェーイ! 」」」

 

「うわー顔だけ凶悪とか名前が日本人とかフランクですねとかツッコミが追いつかない!」

 

「ねーねー君達可愛いねー、カレシ居るー?」

「兄貴は女と見るとすぐこれだ」

「これだー」

 

「……」

 

 メフィラス星人。メトロン星人。ナックル星人。

 キングジョーの息子達は、竜児と同じ実験体だった子供達だ。

 なので年齢も竜児と同じくらいなので、もしかしたらどこかのゴミ箱で竜児の肉と会っているかもしれなかったし、どこかの試験管の中で竜児を見ていたかもしれない。

 

「他宇宙からの援軍は期待できませんわ。

 この宇宙は完全に闇に閉ざされています。

 闇に閉ざされる直前に幸運にもこの宇宙に来ていて正解でしたわ」

 

「うちのママは勘がいいよねー」

「運もいいよねー」

「ねー」

 

 地球は、人類は、ひとりぼっちなんかじゃない。

 勇者達を見て、勇者達に生きて欲しいと願ってくれた、宇宙の外の友人もいる。

 絶望的な状況の中で、その助けは、勇者達にとって本当に嬉しいものだった。

 夏凜の心が上向いて、先程キングジョーが言っていた言葉の中から、一つ気になる部分を問いかけていた。

 

「あのさ、リュージが手遅れじゃないって、どういうこと?」

 

「その前にこちらの質問に答えていただきましょう」

 

「え? そりゃ構わないけど」

 

「竜児さんは誰と結婚しましたか?」

 

「してないわよまだ誰とも!」

 

「まあ……では、子作りも?」

 

「し、ししししてないに決まってるでしょ?」

 

「何故夏凜さんはそう言い切れるので?」

 

「なっ……えっ……なんとなくよ!」

 

「はぁ、なんとなく」

 

 愚かなりや三好夏凜。

 他の勇者達は、このおばさんと会話で絡むと恥が増えると気付いて話しかけていなかったというのに。

 勇者達は初対面の宇宙人達にも、すっかりペースを握られていた。

 

「僕ら三兄弟はここじゃない地球とはいえ地球かぶれですのでー」

「ですので」

「地球にはそこそこ詳しいので、お気遣いなく」

 

「は、はあ」

 

「今大赦とやらにハッキングしました」

「しちゃったぜ。状況は把握したぜ」

「ヘーイ」

 

「!?」

 

「かっこいいね不死鳥の勇者。僕はああいうの好きっすよ」

「僕もー。でさでさ。"不死鳥"の花言葉知ってる? 不死鳥錦とか呼ばれてる植物ね」

「『子孫繁栄』だよ」

 

「……?」

 

「つまり」

「つまり」

「つまり」

 

「ん、んん?」

 

「うだうだ言わず全員で生き残ってイチャイチャしてバンバン子供産めってことだよ」

「言わせんな恥ずかしい」

「イェーイ子沢山ー」

 

「「「 !? 」」」

 

 メフィラス、メトロン、ナックルの三兄弟。

 名前は没個性的だったが、性格は非常に個性的だった。

 キングジョーが恥ずかしそうに頬に手を添える。

 そこが頬だと思っている人間は、地球上に誰もいなかった。

 

「こんなに個性的に育ってしまって、恥ずかしいですわ。誰に似たのかしら」

 

((( 確実にあんただ…… )))

 

 勇者の心が一つになった。

 

「頼れるわたくしとその息子。それともうひとり、頼れるブレインを連れて来ましたわ」

 

 キングジョーが分離して、飛翔させた胸部がどこかから人をさらってくる。

 彼女がさらってきたその人は、かつて巨悪ベリアルの下で竜児を作成した者達の一人、今はサコミズと名乗っているサイコキノ星人であった。

 

「や。冬休みが始まる前に会ったのが最後だったかな、皆」

 

「さ……サコミズ先生!?」

 

「お知り合い~?」

 

「讃州中学の先生だよ! 私達の先生!」

 

 綿密な相互理解や、話し合ってからの行動なんてものをキングジョーは求めない。

 彼女の行動の基本は突貫。

 キングジョーは息子達、勇者達、サコミズを巨大化して抱え、強引に空に飛び上がる。

 

「まずは大赦へ。今はこの結界の中の者達が、全て一丸とならなければなりませんもの」

 

 そして、大赦を震撼させた。

 

 

 

 

 

 何者、と問われて返答する時間さえも惜しいと言わんばかりに、キングジョーおばさんは絡んでくる大赦の人間をポンポンソファーやマットに投げ飛ばしていく。

 怪我人0でどけられていく大赦の人間達をよそに、キングジョーはガンガン奥に進んで行き、今の状況や各種情報が書類として纏められている部屋に辿り着いた。

 そこに勇者を放り捨て、サコミズを大赦の機密もある書類の山の前に座らせる。

 

「サコミズ、この山積みの資料から何か思いつきませんの?」

 

「私に無茶を振るんじゃない。やるけどもな」

 

 大赦はもう大騒ぎだ。

 勇者は皆遠い目をしている。

 キングジョーおばさんのことは結構な数の大赦の人間が知っていたが、大赦の機密を見ていい理由にはならず、ましてやサコミズなどほぼ全員が未知の存在だ。

 部外者は追い出せ、と当然の動きをする大赦職員を、キングジョーは跳ね除ける。

 

「ほらほらどきなさい! この男は熊谷竜児が推薦した鬼才ですわよ!(大嘘)」

 

「熊谷君が……?」

「彼は真面目だ。危険人物も無能も推薦はしない」

「竜児君の推薦ならなんでもありだな」

「この状況を予測して推薦していたとか? 熊谷め、どこまで先読みしていたのだ……」

「これはちょっと希望が見えてきたか」

 

(((普段どういう扱いをされてるんだろう……?)))

 

 友奈と樹と風が、竜児の扱いを想い同時に首を傾げた。

 

 その間に、サコミズは膨大な資料にあっという間に目を通し終わる。

 

「なるほど、大体分かった」

 

「あらお早い。それでサコミズ。どうにかなりますの?」

 

「奇跡の一個や二個じゃ足りないが、それでいいのなら。

 熊谷竜児、メビウス、神樹。セットで取り戻す策は作れそうだ」

 

「「「 ――― 」」」

 

 その時、皆がサコミズという者を見る目が変わった。

 

「よく間に合わせたな、この勇者システムアップデート。

 だが悪くない。大赦の工夫がよく見えるぞ。

 これは最初から満開ゲージが溜まりきっている。

 要するにエネルギーが先込め式なんだな。

 これによって、神樹が折れても、先に込められていたエネルギーの分は戦える」

 

 これまでの勇者システムは要所要所で神樹から大きな力を引き出し、その代償として体の大切な部分を捧げるというものだった。

 だが、今の勇者システムは、最初から満開一回分のエネルギーが装填されている。

 神樹が完全に死んでいる今、本来の満開と同じ力が扱えるかは分からないが、少なくとも先込めされた力は消えていない。

 

 七人の勇者が居るということは、マックスの満開ゲージ七セット分のエネルギーはあるということだ。

 『神樹の力』が、まだそれだけ使える状態で残っているということだ。

 サコミズはそこから、テーブルの上にコトリとカプセルを置いた。

 

「更にここに」

 

「……あ、リュージが直してヤプールの時に使ったカプセル」

 

「ここに怪獣カプセルが六つ。

 四百万人の怪獣因子……()()()()()()()の光のエネルギーがある」

 

「―――!」

 

「神樹がここに封じたんだろう? 使えるとは思わないか」

 

 希望は絶えたと、皆思っていた。

 だが皆と少し視点の違う者が居れば、違う場所に違う希望が見えてくる。

 

「そしてここにある、メビウスブレスとウルティメイトブレス。

 熊谷が殺された場所の近くに行き……回収してきたものだ」

 

「……! せ、先生! あの、このカプセルとブレスレットの回収を、先生が、なんで?」

 

 友奈は流石に不気味になって、サコミズ先生に問いかけた。

 カプセルは竜児の鞄の中にあったはずだ。

 二つのブレスレットも、竜児の死体の近くにあったなら、そもそも回収しに行くことさえ気が引けるはずだ。

 早期の回収に至ってはどういう思考をした人間ならそれができるのかまるで分からない。

 サコミズに不気味なものを感じている人間は少なくなかった。

 

 なんと言うべきか。

 『地球人の当たり前の価値観』から、ほんの少しズレている印象が、この状況では無性に恐怖を感じさせてしまうのだ。

 

「最悪な話をしよう」

 

 だがサコミズは、包み隠さない。取り繕わない。

 

「私は、君達が勝つとは全く思っていなかった」

 

「……!」

 

「だから、戦いが始まる前から動いていた。

 戦いが終わった後も動いていた。

 熊谷の鞄を回収し、遺品を回収し、『次』に繋げなければと考えていた。これでいいか?」

 

 合理的だが、どこかまともさが感じられない返答。

 それを聞き、皆が理解した。

 この人は普通ではなく、ゆえに普通ではないこの状況を解決するため、このキングジョーおばさんに連れて来られたのだと。

 

「話を戻そう。

 使えるエネルギーが十分ある話は理解したな?

 ウルティメイトブレスは結城が。

 メビウスブレスは、熊谷と最も付き合いの長い三好が身に着けておけ」

 

 サコミズは詳しく説明しないが、そこには意味があるようだ。

 竜児が戦いの時いつも左手に付けていた、銀のブレスレットと赤のブレスレットを、友奈と夏凜が手に取った。

 予想以上の重みを二人は感じる。

 その重みには、多分に精神的なものも関わっていた。

 

(リュウくん)

 

 友奈の左手にウルティメイトブレスが嵌められる。

 この腕輪は、竜児が皆に贈ったお守りが、皆の想いと一緒に帰って来たもの。

 束ねた想いが神の域にまで届きかけた証明。

 虹の記憶は、友奈の中にもまだ鮮明に残っている。

 

(リュージ、メビウス)

 

 夏凜の左手にメビウスブレスが嵌められる。

 夏凜はこの地球で、竜児の次に長くメビウスと接してきた。

 誰よりも長く竜児に接してきた。

 竜児とメビウスを復活させるための何らかの役目があるとするなら、確かにメビウスブレスを任せるには彼女こそが相応しいのだろう。

 竜児がたびたび腕に付けていたからか、夏凜は"竜児の匂いがする"と感想を持った。

 それは、きっと、ほんの僅かな残り香でしかなかっただろうけど。

 

「そして三ノ輪にはこれを」

 

「え……これ、リュウさんが変身に使ってたカプセルじゃん」

 

「そうだ。ヒカリカプセルの方は粉砕されて回収できなかった。

 回収できたのはその、割れて中身も空になってしまったメビウスカプセルだけだ」

 

「……」

 

「外装だけは修理してある。三ノ輪銀、お前もまた、この作戦の鍵だ」

 

「え、アタシも?」

 

 友奈にウルティメイトブレス、夏凜にメビウスブレス、銀にメビウスカプセルを渡し、それでいったい何をしようというのだろうか?

 

「皆に神の話を……超越者の特徴の話をしよう。

 神と人間には明確な違いがある。

 神話における神にとって、死は『状態の一つ』でしかない」

 

「状態の一つでしか無い……?」

 

「生から死への変化が、不可逆の変化ではないということさ。

 奇跡的なことではあるものの、死しても蘇るウルトラマンを見れば分かるだろう?」

 

「だから……熊谷先輩は蘇ることができる、と?」

 

 超越者にありがちなことがある。

 それは、死しても復活することがある、ということだ。

 竜児は瀕死の土壇場で踏ん張るパターンが多いが、ヤプールなどはこのパターンがとてもよく当てはまるだろう。

 神は神話において、死んだ後に冥界から歩いて帰って来ることすらある。

 

「とはいえ、今回のは死に方が死に方だ。普通のやり方での復活は不可能。ならば」

 

 サコミズは地図を広げ、香川の七ヶ所に赤い点を打つ。

 一つの点は香川の中心、すなわち今皆が集まっているこの場所、大赦の現在機能が集中しているこの場所に打たれている。

 他の六つの点は、香川の外縁にあたる六つの神社に打たれていた。

 

 その六つの点の打ち方に、東郷は見覚えがあった。

 

「あ、これ覚えてるわ。二年前に結局成功しなかった六点結界だわ」

 

「……あー! あれと同じ配置か! 香川だけに絞った六点だけど」

 

「え、どうしたの、どうしたの~?」

 

 二年前、オールエンドの戦いの時、大赦は六つの神社に五つの精霊と一本の生太刀を供え、六点結界で街を守ろうとした。

 そして、失敗した。

 どうやらサコミズは本当に資料の山の全てに目を通していたらしい。

 

「そう、六点結界が参考だ。

 この六点と中心の一点に勇者七人を配置する」

 

「勇者を?」

 

「そこで満開でもしてくれればいい。

 勇者の力が振りまかれれば、この七点が基点になる。

 そこでこのカプセルだ。

 怪獣カプセルとメビウスカプセル、合わせて七つ。勇者はこれを持って行ってほしい」

 

「カプセル……」

 

「中心の一点に三ノ輪を配置する。

 外縁六点の一つに配置した、三好のメビウスブレスから力を放つ。

 三好から放たれた力は、円を描いて外縁で他五人の勇者のカプセルを巡り……

 四百万体の怪獣の力の詰まったカプセルの力を吸って、三ノ輪の手元に辿り着く」

 

「え……でも、怪獣の力が詰まってるカプセルなんじゃ」

 

「光の怪獣エネルギーを、闇のウルトラエネルギーにまで変えるなら一苦労だ。

 だが光の怪獣エネルギーを、光のウルトラエネルギーに変えるだけなら苦労は少ない」

 

「!」

 

 『反転』は竜児達の製作者の一人であり、かつてサコミズの同僚だったストルム星人の得意技であるが、それが出来る勇者が一人ここに居る。

 三ノ輪銀だ。

 

「できるな、反転巨人(リバースメビウス)の精霊持ち」

 

「……ああ。アタシにしかできないなら、やってみせる」

 

「どう反転させればいいかは私が指示を出す。ストルム理論を用いた単純な計算だ」

 

 コピーライトの力は、反転による癒やしの力。

 あの時、グリッターを生み出すほど光に属性が寄った怪獣のエネルギーを、ウルトラエネルギーに反転させるくらいなら、できる可能性はある。

 六点結界の理屈を応用し、怪獣カプセルの力をメビウスブレスの力に乗せ、銀が扱いやすいエネルギーに変えてメビウスカプセルに注ぎ込む。

 なら、その後は?

 

「そして、これをやる」

 

 サコミズが掲げた計画書を見て、遠巻きに見ていた安芸が目を見開き、黙って見ていた春信が息を飲み、成り行きを見守っていた園子の父が声を上げた。

 

「―――()()()か!」

 

 『国造り』。

 それは、楠芽吹ら防人を使って大赦が行おうとしていたこと。

 神樹の中の国津神の筆頭である大国主の神話を再現し、灼熱の大地を再び人が住めるよう造り直す、世界の理の上書きだ。

 サコミズは勇者と四百万の怪獣のパワーで、大きな力を循環させ、その循環の経路にある灼熱の大地の理を書き換えることを提案していた。

 

 勇者達が国造りの資料を見てあーだこーだと理解している横で、大赦の大人達がそれが可能であるかを語り合う。

 

「できるのか?」

 

「この流れなら可能でしょう。

 メビウスブレスからメビウスカプセルに力を流す流れがあれば十分です。

 あとは、こちらでそのエネルギーの流れを調整できれば、難しくはないです」

 

「要するに"こちら側の理"で灼熱の大地の理を塗り潰せればいいんですから」

 

 どうやら、大赦の者達の会話を聞いている限りでは、可能であるようだ。

 大きなエネルギーを集め、大地を取り戻し、その次は。

 

「正常な大地を取り戻せたら、八割がた完了だ。

 光の大地でいつでも決戦を仕掛けられる。

 闇に包まれた敵に有利な戦場で戦うなんてゾッとしないからな。

 地球ってのは意外とエネルギーってのを持ってるから、地表からこれも吸う。

 ここでようやく私達は熊谷・メビウス・神樹様の復活のために動ける。つまり」

 

 サコミズが、人差し指を立てた。

 

()()()だ」

 

「「「 ―――! 」」」

 

 大赦の者達が、信じられないものを見るような目で、サコミズを見た。

 

「あれを?」

「ですがあれは国津神の権能ではなく天の神の逸話では……」

「いや、ウルトラマンは空から来たもの。

 いわば天津神にあらざる別天津神です。天の神に類する権能は、むしろ……」

「天より来たる巨神であればこそ、可能であると?」

 

「……?」

「……?」

「……?」

 

 大赦の者達の議論が理解できず、首を傾げる勇者達に、安芸が解説を入れていく。

 

 まず、国譲りとは、神話における国津神の天津神への敗北宣言と国の移譲だ。

 西暦の最後においては、土着の神々と人間の敗北宣言であり、天の神に地球を譲って媚びて生き延び、地球を灼熱の大地にされてしまったことを指す。

 

 国造りは、神話において大国主が国を造った、三の輪の山などが絡む物語のこと。

 現在においては、灼熱の大地を命ある大地に戻す儀式を指す。

 

 そして、国産みとは。

 天の神に属する、イザナギとイザナミによる創世を指す。

 

 イザナギとイザナミは、天の神の中でも特別な神世七代と呼ばれる存在である。

 天の神と地の神の争いは、そこだけを見れば天の神の頂点が天照大神・地の神の頂点が大国主という、単純な関係である。

 だが天照の上に神世七代が居るのとは違い、大国主の上に神世七代にあたる存在はいない。

 神世七代は、そういう特別なものなのだ。

 

 イザナギとイザナミは矛(槍)で混沌でしかなかった世界をかき混ぜ、そこからあらゆるものを生み出したと伝えられる。

 そう、これは、天より来たる神の逸話と伝説だ。

 サコミズは通常武器が槍(矛)である園子に視線をやる。

 

「乃木。君は33回の満開を越え、自分の体のほとんどを捧げた。

 今やその体のパーツのほとんどは巨人が作った『御姿(みすかた)』だ」

 

「みすかた?」

 

「君の体のパーツは、満開で捧げた以前の肉体と完全に同じ性質を持っている。

 けれど同時に、それは熊谷が命を使って作り上げたものでもある。

 巨人の創造による被造物。

 神と同一視されながらも神に非ざる巨人の権能。

 君の体の構成物質の多くは、光の巨人・竜児に作られた物で、極めて高い親和性を持つ」

 

 園子の体は、竜児の復活に使うのであれば、この上なく"特別性"である。

 

「君の体ほど、熊谷と共鳴しやすく、引き合うものはないということだ」

 

「……あ~、そういう言い方されると照れます~」

 

「話を続けるぞ。

 他の勇者は基本的に地の神の力をその身に宿している。

 だが乃木。お前だけは、その肉体のほとんどがウルトラマンに作られたもの。

 更にお前は、ウルトラマンの神に選ばれた者でもある。

 お前だけが、勇者の中でただ一人……『国産み』を担う、天の神に近い属性を持っている」

 

 大地に根ざした神の力を使うのが勇者であり。

 天より来たるウルトラマンの神に選ばれ、天より来たる光の巨人にその体を作り直してもらったのが、乃木園子という勇者。

 彼女は、この運命を引っくり返すジョーカーになれる。

 

「守れなかったとしても。蘇らせることができなかったとしても。産み直すことは可能だ」

 

「―――!」

 

「死したる存在を、『産み直す』。これもまた、神話の王道だ」

 

「熊谷先輩と、メビウスと、神樹様を、産み直して生き返らせるってことですか!?」

 

「ああ。ここまでの段階で集めた光のエネルギー。

 緑溢れる大地に戻った大地に、その時流れてるエネルギー。全部使ってやるんだ」

 

 そう、サコミズの作戦とは、"蘇るの無理なら産み直せばいいじゃん"というものだったのだ。

 これは流石にエンペラ星人や天の神でも予想は不可能だろう。

 大赦の者達は皆驚愕し、動揺しながらも各々が計算と予測を始め、それが可能かもしれないという結果を導き出し、揃って笑顔を浮かべていた。

 

 一方、風は以前のことを思い出していた。

 

(……御姿。そうだ。ドビシゴルゴンの時に、あたしがやったやつだ)

 

 御姿。

 それは、ドビシゴルゴンの時に風が勝手に竜児の資料を見て拝借した、竜児が作戦に活用しようとしていた概念だった。

 それが今また、希望を繋ぐためにここに来てくれた。

 "全部繋がってるんだ"と風が思えば、風の胸が熱くなる。

 

(全部、無駄じゃなかった)

 

 そして、ふと気付く。

 

(あれ……もしかしてサコミズ先生。

 意識的に、『竜児君の代わり』やってる?

 この理屈のこね方、なんだか竜児君と似てるような……どうなんだろう)

 

 そうなのか、そうでないのか、分からない。

 でも、そうであったらいいなと風は思った。

 そんな風の横で、友奈が声を上げる。

 

「先生!」

 

「どうした、結城」

 

「その……国産み?

 っていうので、リュウくんとメビウスと神樹様を産めるんですか?

 国を産むのと、人を産むのと、巨人を産むのと、樹や神様を産むのって違うことのような」

 

 ふむ、とサコミズは顎に手を当てた。

 そこの説明から必要なのか、といった顔をしながら。

 

「正しい性交の仕方を覚えたイザナギとイザナミは国産みを始め、後に神産みを行った。

 そして彼らが二番目に産んだものは、一つの胴に四つの顔があったとされる。

 四つの顔それぞれに名前があり、別々の存在であり、その一つは愛比売(えひめ)と言った」

 

 友奈の頭に、四つの頭と一つの胴で親に抱きつく子供の姿がイメージされ。

 

「それが、『伊予之二名島』。お前達が立っている、この四国という島のことだ」

 

「……え?」

 

 そのイメージが、吹っ飛んだ。

 

「国産みと神産みは本来不可分のものなのだよ。

 神話において、島には胴があり、顔があった。

 島や国もそういうものだったのだ。

 ならば、神様と巨人を産み落とすことに何の不思議がある?」

 

「な、なるほど……」

 

 神のような島を作る国産みと、自然のような神を産む神産みは、大地の創造から自然の創造へとシームレスに繋がるものなのだ。

 

 かつて人類が国譲りによって失ったものを国造りで取り返し、国産みで逆転する。

 

 神話に沿った蹂躙と虐殺をされてきた人類が天の神にする逆襲としては、これ以上無いくらいに皮肉なものであり、痛快なものだった。

 

「これから我々がやることは、復活というよりは産み直しだ。

 とはいえ死亡時点での彼らを引き戻すことになる。

 生み直したとはいえ、神樹様と熊谷の寿命問題は何も解決していないと思ってくれ」

 

 サコミズが余計なことを言ったせいで、ちょっと空気が重くなった。

 

「私達はこれから、巨人と巨樹を蘇らせるために大地を甦らせる。

 大地、勝機、仲間。全部まとめて取り戻すぞ。

 逆に言えば一つでも取りこぼしが出たらその時点で全部ダメだと思ってやってくれ」

 

「スケール大きいですね……」

 

 東郷が、車椅子の肘掛けをぎゅっと握る。

 既にどこにも逃げ場はなく、希望の道筋は一つしかなく、かつ、神樹やウルトラマン達が復活したところで、エンペラ星人を倒せる見込みは全く無い。

 だが、今の彼ら彼女らには、これ以外の道はなかった。

 

「作戦を改めて整理するぞ」

 

 サコミズが改めて、地図を指でなぞり作戦を確認する。

 

「まず今私達がいるこの場所、中心点に三ノ輪を配置。

 香川外縁六ケ所の神社に、六人の勇者を配置する。配置は輪形だ」

 

 ここまでで始点。

 

「三好を始点とし、犬吠埼風、犬吠埼樹、結城、東郷、乃木、三ノ輪の順に力を流す。

 各カプセルと各人の勇者の力を、メビウスブレスから放たれた力のブースターにする。

 これで、メビウスブレスから、メビウスカプセルに繋がる光の経路ができるだろう。

 中心の一点と周囲の六点で光の魔法陣を作るんだ。

 三好のメビウスブレスから放たれた力が増幅されて、メビウスカプセルに届くようにする」

 

 ここで力の経路を確保。

 

「その過程で、乃木は槍を突き立て『国産み』を再現。

 大赦は『国造り』を再現する。

 三ノ輪は精霊が持つ、反転の癒やしの力を最大限に使え。

 これで光の怪獣エネルギーは、完全に光のウルトラエネルギーになる」

 

 膨大なエネルギーと『光』をここで確保。

 

「国造りが実行され、この時点で大地が元に戻る。

 大地を元に戻した光と、光溢れる大地になった地球の力を引き出し、国産みを実行。

 神と国を産み出す過程をもって―――メビウスと熊谷と神樹様を、この世界に"生み直す"」

 

 ここまでやって、やっと振り出しに戻せる。

 エンペラ星人に竜児とメビウスと神樹を奪われる前の、今現在の完全に詰んだ状態から、ただの絶望的な状況にまで戻すことができる。

 そこまで戻して、それからだ。

 

「成功するか分からない。

 成功してもどうなるかは分からない。

 ほとんど確実に失敗するだろう。

 成功の見込みなど無いに等しい。それでも、この作戦を選ぶか?」

 

 皆が、迷わず頷く。この状況で、これ以上の作戦は存在しなかった。

 

 これまでにあった絆の全て、光の全てをぶつけても、エンペラ星人は倒せなかった。

 ならば"もっと全部"をぶつけるしか無い。

 この作戦は、()()()()()()()()()()を動員し、逆転の希望を掴む作戦である。

 

 理を塗り潰して復活させた地球の大地からすらも、エネルギーを吸い上げるというのだから、本当に使えるものは全て使う勢いだ。

 

「大地を蘇らせ、全てを蘇らせ、逆転を狙う。

 ゆえにこの作戦の名前は、大地の女神の名を借りよう」

 

 大地の復活を契機とする、全てを取り戻す作戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミッションネームは―――『大地(ガイア)』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、エンペラ星人は数分前に四国を守るためにキングジョーが張っていった量子観測誤認系幻術を、凄まじい勢いで剥がしていっていた。

 左手から竜児を滅多打ちにした超威力の衝撃波が連射され、幻術を引き剥がしていく。

 幻術でさえも、物理的に粉砕してしまうというこの理不尽なパワー。

 キングジョーが恐れた理由もよく分かる。

 

 そして、エンペラ星人は、結界の中で希望が育つのを感じた。

 希望と光は闇を砕く。

 『それ』が大きくなることを、暗黒の皇帝は許さなかった。

 

「まだ折れぬか」

 

 エンペラ星人が、四国の結界に向けて右手をかざす。

 

「絶望を見るがよい」

 

 ただそこに在るだけで闇を従える。

 闇の者達が自然と頭を垂れる。

 ゆえにこその暗黒の皇帝。

 皆が自然と従う者でなければ成れず、恐怖で全てを従える者にしか成れない、それがこれだ。

 

 亡霊が皇帝の周囲に集まっていく。

 宇宙のどこかにあるという、死した怪獣の魂が流れ着くという怪獣墓場。そこに行くはずだった亡霊が、集められていく。

 それだけでなく、怨念の残滓までもが集まって来る。

 集められた亡霊が、皇帝の周囲のあまりにも濃い闇に当てられ、実体化の兆候を見せていた。

 

「行け」

 

 そして、皇帝の命令を受け、従った亡霊達が四国結界の中に入っていく。

 

 亡霊は幻術の干渉を受けずに結界内に侵入し、結界の中で実体化する。

 

 ブラキウム・ザ・ワン。

 マデウスオロチ。

 シルバーランス。

 ドビシゴルゴン。

 プリズマーバルンガ。

 ギラルーグ。

 リバースメビウス。

 バイオカンデア。

 ギガントガラオン。

 ダイダラクロノーム。

 オールエンド。

 ディスピアデザイア。

 

 その全ての亡霊が、あるいは怨念の残滓が、四国結界内にて同時に実体化した。

 

「やれ」

 

 皇帝は一言そう言い、結界への攻撃を再開する。

 

 皇帝の攻撃は、あと三分以内に最後の四国結界を崩壊させてあまりあるほどに苛烈だった。

 

 

 

 

 

 タイミングは、最悪だった。

 勇者達は持ち場の神社に到達したものの、カプセルをそこにセットしたばかりで、神社を壊されれば計画が終わってしまう……という、最悪の状況だったから。

 

 犬吠埼樹は、ブラキウム・ザ・ワンとマデウスオロチに相対する。

 たった一人で。

 かつて自分の夢を奪い取りかけた怪獣と対峙する。

 

「怖くない」

 

 されど樹は怖じた様子を欠片も見せない。

 

 瞼を閉じれば、笑顔の竜児の姿と、肉塊になった竜児の姿が交互に映り、竜児の死んだ後の未来を思うと、そこに初めて恐怖が浮かんだ。

 友達で先輩である人が永遠にいなくなってしまうことより、怖いことなどあるものか。

 

「今の私には、もっと怖いものがあるから……怖くない!」

 

 犬吠埼風は、シルバーランスとドビシゴルゴンに相対する。

 たった一人で。

 因縁の群体と、虐殺を行おうとするシルバーブルーメ混じりの怪獣と相対する。

 

「あたし達の未来は、こんなところで終わらない。そうでしょ、竜児君!」

 

 まだ、未来にやりたいことが沢山ある。だから、負けられない。

 

「勇者部五箇条! ひとーつ! なるべく諦めない!」

 

 三好夏凜は、プリズマーバルンガとギラルーグに相対する。

 たった一人で。

 夏凜にとって、大切な友人である竜児の友を殺して泣かせたプリズマーバルンガと、大事な友人である友奈を狙ったギラルーグは、許せぬ敵であった。

 

「世界は滅びたりなんかしない。絶対に」

 

 静かに、綺麗に、夏凜は二刀を構える。

 

「私やアイツが、これからも生きていく、皆で本気で守ってきた世界なのよ!」

 

 東郷美森は、コピーライトの体から出て行った怨念から再生されたリバースメビウス、バイオカンデアと相対する。

 たった一人で。

 銃を握る手に、力が入る。

 

「他の誰にも任せない」

 

 されど過剰な力は入らず、頭の中は冷静なまま。

 

「リュウさんの兄弟の影は私が。リュウさんがこれを見る前に、私が、必ず」

 

 キングジョーおばさん、その息子、そして防人という混成軍が、ギガントガラオンとダイダラクロノームの対処にあたった。

 ある意味で一番厄介な敵の処理担当であった。

 

「おほほほほほほ! 新規のカップリングが楽しめそうな少女がこーんなにも」

 

「ねー、母ちゃんねー」

「テンション上がってるねー」

「ねー」

 

 いや、防人にとって一番厄介な存在は間違いなく味方に居た。

 芽吹あたりはうんざりしている。

 

(あのキングジョーとやらに背中は見せないようにしよう……)

 

 三ノ輪銀は、ヤプールと相対する。

 たった一人で。

 ちょうどいい、一度殺したくらいじゃ飽きたらなかったんだ、と銀は双斧を握る。

 

「くははははっ! 皇帝の闇の力を受け! 更に貴様らへの怨念を高め、復活したぞ!」

 

 Uキラーザウルスの前に、小さな銀が勇気をもって立ち塞がる。

 

「何度でも復活していいぞ。何度でも、アタシがその首ぶった切ってやる」

 

 そして園子が、オールエンドの前に立ちはだかった。

 たった一人で。

 あの日の悪夢が、あの日の最強が、園子の前で鼓動を打っていた。

 

「これは流石に、他の誰にも任せられないからね」

 

 園子一人で勝てるはずもない怪獣であったが、それは他の戦場も同じ。

 助けを他に求められるはずもない。

 

「さあ、いっくよ~!」

 

 そして友奈は、神社にカプセルを設置し、ミッションネーム:ガイアが行われるための準備を整え、結界の端を見つめた。

 叫び、友奈は駆け出す。

 

「満開っ!」

 

 満開のエネルギーが神社にふわりと舞い、友奈は結界の外に飛び出した。

 

「「「「「「 満開っ! 」」」」」」

 

 一瞬遅れ、他の勇者も皆満開する。

 

 中央の一点、輪状の六点、それぞれに満開の力が落ちる。

 六点結界と同じ経路が完成し、夏凜がメビウスブレスから放った光が、カプセルを通過する力の経路に綺麗に乗った。

 

「ミッションネーム:ガイア、開始! 以後、総員、作戦完了まであらゆる妨害を阻止せよ!」

 

 作戦が始まる。

 

 そして友奈は、幻術と結界の全てを突破しかけていたエンペラ星人の前に、たった一人で立ちはだかっていた。

 灼熱の世界の中、小さな人間と巨大にして強大な皇帝が対峙する。

 

「本当は、皆で止めたかったけど。もう皆手一杯だから、あなたは私が一人で止める」

 

「止められるものか」

 

「止めてみせる!」

 

 怖くないわけがない。

 けれど怖がるわけもない。

 恐怖があっても、それを上回る勇気があるのなら。

 

「リュウくんがずっと前に言ってた!

 勇者とは、強き者を指すんじゃないって!

 自分よりも遥かに強き者に立ち向かえる、勇気ある者を指すんだって!

 私を……結城友奈を、勇者として信じてるって! 言ってくれたんだ!」

 

 結城友奈は勇者である。

 

「私は勇者―――結城友奈! ウルトラマンが信じた勇者だっ!」

 

「良かろう。ならば足掻いてみせろ」

 

 其は、ウルトラマンが信じた勇者。

 其は、ウルトラマンを殺した魔王。

 それはまるで、創作の物語の一幕のようで。

 

「手を抜くこともなく、油断もなく、肉塊になっても念入りに潰してやろう」

 

 光と闇が構える。

 

 皇帝の闇と、満開の光が、一際強くその存在感を増した。

 

 

 




 再生フュージョンライズ怪獣の単純な戦闘能力は特に下がってないです

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