時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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終殺三章:泡沫の希望

 作戦開始前、何故かキングジョーおばさんは、友奈にだけ話しかけていた。

 

「忘れてはダメですわ、友奈ちゃん。この宇宙で最強のものは、(ラブ)なのですよ」

 

 どういう意図で話しかけたのかは分からない。

 だが、おそらく何らかの意図はあったのだろう。

 友奈にはそれが理解できなかっただけで。

 

「尊いものなら他にいくらでもありましょう。

 信頼。助け合い。絆。友情。献身。自己犠牲。

 世にはばかるものなら他にいくらでもあるわ。

 権力。支配。恐怖。兵器。武力。腕力。

 だけどそのどれもが、(ラブ)に敵うことはないの」

 

 闇よりも光よりも強いもの。本当にこの宇宙を永遠に回し続けるもの。

 

 キングジョーがそうであると語るもの、それは『愛』。

 

「だから覚えておきなさい。あなたは(LOVE)で全てを救える子よ」

 

 その時の言葉をゆっくり噛み砕きながら、友奈は皇帝の前に立った。

 

 愛。

 愛とはなんだろうと、友奈は思う。

 愛と呼べそうなものは友奈の中にもあるし、友奈もそれっぽいものはいくつか心当たりもある。

 ただ、それを『愛だ』と口にする勇気はない。

 恥ずかしいからだ。

 それに、「これが愛だ」「これは愛じゃない」という判別は、友奈にはまだ分からない。

 友奈には恋と友情の区別さえ、まだきっちりついているとは言い難いのだから。

 

 友奈は思う。

 いつか自分にも、本気で恋をする相手ができるのだろうか、と。

 友奈の中にある『愛』のイメージは、大体恋の先にあるものだ。

 "未来に自分が抱くもの"であるというイメージも、愛に対しては持っている。

 いつかの未来。

 誰かにドキドキしたりして、その人を誰にも渡したくないと思ったりして、その人と結ばれて……そんなイメージをするだけで、純情な友奈は気恥ずかしくなってしまう。

 

 そんな、初心(うぶ)な友奈にも分かる。

 大人の愛を知らない友奈にも分かる。

 

 この敵は、きっと愛なんてものの存在をこの宇宙に許さない。

 

 

 

 

 

 友奈の満開特性は、巨大化した左右の拳。

 凄まじく極端に威力を上昇させた、二つの拳である。

 一撃必殺の威力を発揮し、全身全霊を込めて、友奈は拳を突き出した。

 

「―――っ!」

 

 皇帝が放った衝撃波を、友奈の渾身の一撃が叩き、ほんの僅かに衝撃波の軌道がズレる。

 ほんの僅かなズレでも、長い距離を飛べばズレは大きくなっていくものだ。

 不動の皇帝の手から放たれた衝撃波は、皇帝にかなり近い場所で殴られ、香川に届く頃には大きくズレてしまっていた。

 友奈の拳から嫌な音がして、結界にかすりかけた衝撃波が灼熱の大地を吹っ飛ばしていく。

 

 かすっただけでも、結界は終わりだ。

 

(集中、集中、集中―――)

 

 今の友奈には満開がある。勇気がある。

 だが皇帝に対抗できるのかと言えば、絶対にノーだ。

 あまりにも力の差がありすぎる。

 友奈にできることと言えば、今の自分の全思考と全集中力、及び勇者の力と肉体の力の全てを、一瞬一瞬に全て込めることだけだった。

 

 皇帝の攻撃を弾くための思考以外を、全てカットする。

 他は何も考えず、その一行為だけを行うために脳をフル回転させる。

 今の友奈は皇帝の衝撃波を全力で少しズラすだけのマシーンだ。

 されども。

 それでも、彼女が皇帝の攻撃をほんの少しズラせるというだけで、奇跡としか言いようがない。

 

 千回同じことをやって、その内一回だけが成功し、皇帝の攻撃をほんの僅かにズラすだけならギリギリ可能、という世界の攻防だった。

 かつ、一度でも失敗すれば世界が終わる攻防だった。

 ズラすことに成功するだけでも、千分の一の奇跡というこの攻防。

 友奈はそんな中、皆を守るために千分の一を引き続けた。

 

「―――!」

 

 繰り返せば繰り返すほど衝撃波は強まり、友奈は満足な姿勢から迎撃行動を行えなくなり、衝撃波をズラせる可能性が万に一つという状況にシフトしていく。

 一万回拳を突き出し、その内の一回が成功するかも、という攻防。

 一度でも失敗すれば全部が終わる攻防。

 万分の一の奇跡が、一回の攻防ごとに要されて、それが何百回も延々と続く。

 友奈はそんな中、皆を守るために万分の一を引き続けた。

 

「っ―――!」

 

 何度も。

 何度も。

 何度も。

 絶え間なく飛んでくる衝撃波に対し、万分の一を引き当てる。

 

 やがて皇帝の攻撃は本物の殺意を宿し、皇帝の身は不動ながらも、その攻撃は本気となった。

 されど友奈は、衝撃波の側面を満開の拳で全力に叩き、衝撃波をズラし続ける。

 皆の世界を守り続ける。

 要される可能性が、一億分の一になっても。

 要される可能性が、一兆分の一になっても。

 友奈が一兆回拳を突き出し、その内の一回が奇跡的に弾けるかもしれない、というレベルの衝撃波を僅かに弾いてズラし続けている。

 

(諦めない)

 

 満開状態の友奈の拳は、連打によって星をも貫通する破壊力を内包する。

 その拳に全身全霊を込めてもこれだ。

 皇帝の念動力から来る衝撃波は、巨人の体すらも粉砕しかねないゆえに、友奈のこの連続成功は神の奇跡すらも上回る奇跡であると言って良い。

 

 海に落ちた砂粒一つを見つけ続けるような、未来に繋がる今を引き当て続ける奇跡。

 そう、これが。

 これが、勇者だ。

 熊谷竜児が、誰よりも勇者であると思った者の拳だ。

 

 竜児がかつて、そうなりたいと夢見たものだ。

 

―――うんと子供の頃には、知識のある人間より、優しい人間になろうとしてたんだ

―――恥ずかしいことに、何も知らない頃は僕は『勇者』になりたかったんだ

―――『優しい勇者』。『真の勇者』とかでもいいけど……そういうものになりたかった

―――ちっちゃい頃の僕は多分、友奈みたいな人間になることが夢だった

―――僕の夢は、勇者(きみ)になることだったんだ

 

 友奈は、普通の少女だ。

 勇気があるだけの、立ち向かえる心があるだけの、ただの少女。

 心に暖かなもの、光るものがあるだけの、日常の笑顔が似合う普通の心も持った少女。

 

 今、その頭は余計なことを考えられる状態にない。

 されど、その胸に刻み込まれた言葉がある。

 その言葉がある限り、友奈は勇者として恥ずかしい姿なんて見せられない。

 友奈は竜児が居る限り、竜児は友奈が居る限り、お互いに対して恥じない勇者で在ろうとする。

 

―――今はなれないって分かってる。

―――僕は友奈にはなれないし、友奈は僕にはなれない。

―――僕はここにいる僕とよろしくやっていくしかないんだ。仕方ない

―――ただ、投げ捨ててた夢だけど、最近はまたちょっと追う気になってきたんだ。勇者になる夢

―――僕は、君達と同じ道を一緒に行ける、同じような未来を目指していける、勇者になりたい

 

 竜児が死しても関係は何も変わらない。

 互いに信じ合っている。

 互いに、好かれたいと思っている。

 互いに弱さを支え合いたいと思っている。

 互いに照らしてあげたいと思っている。

 

 そして、互いに対し、"一番に頼れる勇者として見られたい"と思っている。

 "あの人がよりかかれる自分でいたい"と思っている。

 

 彼は、彼女は、世界を守る不死鳥の勇者と山桜の勇者であるがゆえに。

 友を想い、世界を想えば、世界を守るための力なんて無限に湧いて来る。

 竜児も友奈も、普通の子供としての一面を持つがために、"世界のため"という『漠然』よりも、"友達の顔"という『明確』により多くの力を貰える。

 勇者部の皆の顔が一瞬浮かび、友奈の力がまた強さを増した。

 

(絶対に諦めない!)

 

 だが、エンペラ星人は衝撃波という余技一つでも、絶望的に強かった。

 

 友奈は友を想っても、反撃どころかズラすことに精一杯で、余波だけで何度も何度も気絶しそうになってしまう。

 

「うあっ」

 

 そのたびに歯を食いしばり、友奈は意識を取り戻す。

 エンペラ星人は、淡々とその努力を踏み潰していく。

 

「光の者でもないお前が、光の力も無しに余に敵うはずがあるまい」

 

 友奈が結界外に出てから、一分か、二分か。

 だがその間に友奈が衝撃波を弾いた回数はゆうに数百。

 一秒あたりに数回攻撃が飛んでくる上、マシンガンのような連射攻撃でもなく、その全てが残った香川を跡形も無く消滅させるほどの威力を有している。

 皇帝の手には、結城友奈という存在の限りある体力とエネルギーが、衝撃波の一発ごとに削れている手応えが残っていた。

 

「光がなければ太刀打ちすら不可能。それが絶対たる闇というものだ」

 

 そして、皇帝は、空に手を掲げ。

 

「希望を捨てよ」

 

 『衝撃波で』、『月を』、『砕いた』。

 

 砕かれた月の破片が全て皇帝の念動力に捕まり、地球に降り注ぎ―――香川と友奈を撃滅する、絶望の燃える雨となった。

 

「うっ―――あ―――ああああああああああっ!!!」

 

 友奈が、降り注ぐ月そのものに立ち向かう。

 

 灼熱の大地が砕けていく。

 燃え盛る炎が月だった隕石に粉砕されていく。

 脆い最後の結界に包まれた香川の近くに、小さな隕石が落ちて行く。

 それは、天の神の絶望に非ず。

 天を壊す絶望だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血の流れるクリスマス・イヴ。

 地獄のようなクリスマスが世界を揺らがす。

 クリスマス・イヴに降っていたはずの雪の上には、新たな雪など降り積もらず、時に勇者の血がまばらに降るのみであった。

 

 四国の崩壊。

 神樹の光が絶えた空。

 薄い結界の外に見える地獄の世界。

 システム・グリッターでおぼろげに見た、ウルトラマンの敗北をうっすら覚えていた者もいた。

 人々の心が、徐々に恐怖と不安と絶望に飲み込まれていく。

 

 そんな中、一般人の目では追えないほどの速度で、勇者達は戦っていた。

 作戦のためにカプセルが置かれた神社を、街を、町の人々を、十二体の怪獣から守るために。

 全ての戦場、全ての戦況が絶望的。

 強大な怪獣が二体同時に襲撃して来たことで、満開勇者でさえも圧倒され、時々反撃をするものの状況を打開できない、という最悪の流れが出来てしまっていた。

 

 樹が、空を舞う。

 

「くぅっ」

 

 ブラキウム・ザ・ワンの火球は威力凄まじく、マデウスオロチの九つの首から来る各属性攻撃は街を単独で平らにできる規模のものがあった。

 樹は飛翔し、空から攻撃を仕掛けて気を引き、街へ攻撃を向けさせないようにする。

 だがその体が、何かにグッと引き寄せられた。

 

「!?」

 

 ブラックホールだ。

 ブラキウムの能力、ブラックホールの発生能力。

 それが樹の体を引っ張り、マデウスオロチの全ての首が樹に向けられた。

 

 闇、光、風、土、水、火。

 一つ一つがウルトラマンに対しても致命打になりかねない威力の攻撃が、九つの首から絶え間なく連射される。

 満開により天井知らずに本数と性能が強化された樹の糸が、それを迎撃した。

 

 切って、切って、切って、切って。

 とてつもない切断力を無数の糸が発揮し、緑の斬撃の結界が樹を守り、されど間に合わず。

 吐き出された炎の一つが、満開の衣装に守られた樹を直撃した。

 単純に力負けした、そんな形。

 

「きゃっ!?」

 

 焦げ臭い匂いに包まれながら、地に落ちる。

 誰も居ない。

 仲間が誰も隣に居てくれない。

 樹は孤独だ。

 こんな孤独感の中で戦ったことは一度もなかった。

 彼女の周りには、いつも頼れる仲間が居たから。

 

 敵は強大。

 一体一体が、満開があっても一人で戦いたくないほどの化物。

 それが二体。

 街と人々を守りながら、まだエンペラ星人を倒す方法すら見つけられていない手探りの状況で、明確な希望もなく足掻かなければならない。

 これを、人は"絶望的な状況"と呼ぶのだろう。

 

(なんで私……こんなに頑張ってるんだろう)

 

 弱気な言葉が樹の胸に芽生えた、その時。

 想い出の言葉が、想い出の顔が、脳裏に蘇った。

 人が見ていないところで頑張っていた樹の前で、樹の先輩は、ちょっと怒り気味に、けれどどこか褒めるように、こう言っていた。

 

―――『人の見ない時だけか、又は人が見ている時だけに働いているものはどちらも泥棒だよ』

 

 カラオケで一人、皆に隠れて頑張って歌の練習をしていた時も、彼女の脳裏に何度か浮かんだ言葉だ。

 彼の言葉は、とても努力の励みになった。

 

―――"内気で真面目"をバカにする人が居るなら、その人がバカなだけだ

 

 樹の仲間は誰も居ない。

 樹の頑張りは誰も見ていない。

 頑張っても報われるとは限らない。

 けれど、それでも。

 樹がずっと自然にやって来た生き方があって、それを肯定してくれた彼の言葉があって、それを嘘にしたくないと、そう思えるから。

 

 一人になっても、頑張れる。

 

「負けられない……絶対に、負けない! 私達の日常(せかい)は壊させない!」

 

 立ち向かう。

 

 また飛び、また構え、何もかもを壊そうとする怪獣を前にしても、更に前へ。

 

「諦めるもんかっ!」

 

 犬吠埼樹が、希望を捨てることはなかった。彼女が諦めることはなかった。

 

 

 

 

 

 バイオカンデアが東郷の肌を燃やした。

 

「くっ……!」

 

 燃える炎を満開衣装で何とか弾き、戦艦の満開で飛翔する。

 バイオカンデアの雷撃は幾度となく放たれ、それがかするだけでも満開が燃える。

 万物を燃やし尽くすバイオカンデアの力は、何も考えずに対応すれば、何もかもを巻き込んで燃え尽きてしまいかねないもの。

 

「熱っ、熱っ!」

 

 バイオカンデアの補助を受け、リバースメビウスが飛んで来た。

 フェニックスブレイブの竜児に近い、ほとんど同格という恐るべき強者。

 その光線を、東郷はバレルロール気味に戦艦を飛ばし回避する。

 火砲の全てを反転巨人へと向けて、東郷はビームと共に叫びを叩きつけた。

 

「リュウさんの……『家族』を!

 二年前も、その後も、ずっと、彼が望んでいたものを! 弄ぶなっ!」

 

 止まらぬ火砲。

 だが反転巨人はひるむ程度で、打倒に至るダメージは全く通っていない。

 それでも、東郷は火砲を叩き込み続けた。

 ()()()()()()()()()()()()()に等しい非道に、東郷は叫ぶ。

 

「彼はずっとそれを望んで……ずっと、それを殺してきたんだ!」

 

 それは東郷の優しさから来る激怒。

 

「……『家族』より、大切なものができてしまったから!

 そんなものが、できてしまったから!

 大切なものを天秤にかけて……兄弟だと知ってからも、殺さなければならなかったのよ!」

 

 怒りのままに、東郷は撃つ。ひたすらに撃つ。

 敵への怒りと、自分への怒り。

 東郷美森は理解していた。

 竜児が家族を殺す覚悟を決めてきた理由の一つが"守りたかった"からであり、東郷美森もまたその守りたいものの一つであることを理解していた。

 自分もまた、竜児に兄弟を殺させてきた理由の一つであると、理解していた。

 ゆえに、怒る。

 敵に、自分に。

 満開の砲火の凄まじさが、空を砲火の火の色に染めた。

 

「自分の記憶より、他人の記憶の方が大切だったから……

 自分の足より、他人の足の方が大切だったから……

 友達や街の幸せな人々が、(こいねが)った『家族』より大切だったから……!」

 

 記憶を取り戻した東郷と、記憶を失った竜児が居て。

 動かなくなった東郷の足を取り戻そうとしていた竜児も、いつしか車椅子になって。

 東郷の目に映る熊谷竜児は、本当に"生贄の代わり"のように見えてしまって。

 その苦しみは、いつも増えていくばかり。

 

「余計な兄弟殺しを、これ以上積み重ねさせようとしないで!

 もう……私の友達の家族の魂を弄ばないで! 私の友達に……その苦しみを与えないで!」

 

 ゆえにこそ、彼女は竜児の復活が成される前に、全ての再生バーテックスを消すつもりでいた。

 

 自分の満開ではとても敵わない、リバースメビウスの恐ろしさを前にしても、その決意が揺らぐことはない。

 

「それを与えようとするのなら、絶対に許さない!」

 

 満開も効かない。

 砲火も効かない。

 だが諦めることもない。

 あの日、車椅子の上で、何も失っていなかった竜児と、交わした約束がある。

 

―――必ず、君を助ける。約束だ

 

―――なら私は、あなたを守る。約束よ

 

 鷲尾須美も、東郷美森も、同じように約束をした。

 燃え尽きそうな彼の命と心を守ると、同じように約束をした。

 一番の親友・結城友奈との出会いで大きく成長した後も、それは変わらない。

 彼女が彼のために頑張る理由は、いつの時代も変わらない。

 

 東郷美森は、世界よりも強く友を想う者である。

 

「私は、約束を諦めない!」

 

 東郷美森が、希望を捨てることはなかった。彼女が諦めることはなかった。

 

 

 

 

 

 風が、頑張ることを怠けそうになる。

 怠けそうになった風の止まりかけの動きを、ドビシゴルゴンが踏み潰そうとした。

 満開の力と気合いで怠けの干渉を完全に脱して、風は弾かれるように横に飛ぶ。

 

「ぐっ……くらっとくるわね」

 

 神樹が折れ、もう多くの精霊もほぼ動いていない。

 この満開の力が尽きればそこで終わり。

 シルバーランスの強制怠けの能力が、頑張ろうとする風の心を萎えさせて、合体と分裂を繰り返すドビシゴルゴンが頭の動いていない風を殺そうとする。

 

 精霊一体では防げず、精霊三体でギリギリ干渉を防げたシルバーランスの怠けの力。

 精霊が居なければ、ウルトラマンですら強制石化のドビシゴルゴン。

 精霊が自動的に勇者を守ってくれない今、精霊バリアで固有能力を防げてきた最悪の敵は、かつてないほどの強敵となる。

 その二体を、風が引き受けていた。

 

 敵を幾度となく切りつけながら、風は頭の中に浮かんでくる怠けと、それがかき立てる"戦う意志を萎えさせようとする声"と戦う。

 もういいじゃない。

 いいでしょ戦わなくて。

 もう終わりよ。

 辛いでしょ、苦しいでしょ、休んじゃいましょう。

 そんな心の声もまた、戦いを怠けてやめようとする声もまた、間違いなく風の心の声だった。

 

「うるっさいわね。今……あたしの中の弱さになんて、用はないのよ!」

 

 風は弱さを振り切って、強く大きな剣を振る。

 高速で飛び回るシルバーランスも、無数に分裂して街の人達を食い殺そうとするドビシゴルゴンも、満開の力で100m超えサイズにまで巨大化させた大剣で切りつけ、叩き落とした。

 ぐらり、とまた心が怠けそうになる。

 風の心が、一瞬記憶の中にまで飛ぶ。

 

■■■■■■■■

 

 誰にも言う気はないけれど。

 僕は最大多数の最大幸福を目指そうと思う。

 何かを犠牲にする道筋だとしても。

 誰かを矢面に立たせ、犠牲にしていかないといけないのだとしても。

 せめて、より多くが生き残れるように。

 生き残れた人達が、より幸せになれるように。

 赦されないことをして、生き残った多くの人が、自分が幸せになることを(ゆる)せるように。

 

■■■■■■■■

 

 まだウルトラマンになる力も無かった頃の竜児が、そう書いていた記憶が蘇り。

 

■■■■■■■■

 

「あたし達、難儀な性分よね。

 勇者部で誰か死んだりしたら、あたしも、あなたも、きっと自分が許せなくなる」

 

「だから、絶対に誰も死なせない」

 

「あたしも、竜児君も、後悔させないために。誰も犠牲にしないで、お役目を終えなくちゃ」

 

■■■■■■■■

 

 風が一人、誰に言うでもなく、自らに誓った言葉が蘇る。

 そう誓った。誰も犠牲にしないで終わらせることを誓ったのだ。

 シルバーランスの片割れシルバーブルーメと、ドビシゴルゴンを作るカイザードビシとガーゴルゴンは、全て虐殺者である。

 多くを殺す者達である。

 

 風は一歩も後退しなかった。

 彼女が後退すれば、皆死ぬ。潰され、喰われ、裂かれ、石にされて殺される。

 他の勇者達の戦場も、勇者が負ければ多くが死ぬだろう。

 だが他の所では『敗北』が虐殺に繋がるのとは違い、ここでは風の『後退』だけでも虐殺に繋がってしまいかねない状況があった。

 

 速きシルバーランスに、多きドビシゴルゴン。

 これらから人々を守りながら戦うのは、どだい無理な話であり、事実風は無茶をしている。

 精霊が正常に稼働していない今、ドビシゴルゴンの視線に捉えられれば、次の瞬間には石になってしまっているだろうに。

 石になってしまう恐怖すら、彼女の勇気は踏破していた。

 

「誰が見捨てるもんですか」

 

 オキザリスの花言葉は、『輝く心』。『母の優しさ』。『喜び』。『あなたを見捨てない』。

 

 風は誰も見捨てない。

 それが彼女の生き方だから。

 その生き方こそを竜児は称賛し、風はその称賛の言葉に勇気を貰った。

 諦めない彼女の心は輝いている。

 

「諦めるかぁっ!」

 

 犬吠埼風が、希望を捨てることはなかった。彼女が諦めることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 プリズマーバルンガが香川の全域を飲み込むのではないか、と思える量の光線を双頭から吐き出していく。

 元より四国全域を同時攻撃可能だった化物だ。

 香川一つくらいなら、容易に弾幕で押し潰せる。

 その光線がプリズマーバルンガの意図した通りに飛ばぬよう、口から吐き出された瞬間に、四刀を構えた満開の夏凜が切り捨てる。

 

 口から光線が出た次の瞬間には、怪獣の前で夏凜がその光線を切り捨てている。

 満開によって元々勇者の中でもトップだったスピードは強化され、マシンアームによって増えた手数が巨大な太刀を振るい、プリズマーバルンガの完封を可能とする。

 

「撃たせるかぁ!」

 

 夏凜は敵を完封しつつも、一瞬左手のメビウスブレスが視界に入り、悲しそうな顔をした。

 

■■■■■■■■

 

「あんた、情けないからさ。

 辛くなったら、私が何度でも励ましてあげる。

 あんたが生きてる限り、ずっと。

 私はあんたよりは先に死なないって約束してあげるから。

 何度でも励ましてやるし、ずっと味方で居てあげるから、ちょっとはカッコつけなさい」

 

「私はあんたより強いから、あんたより先に死ぬことはまず無いわ! 安心しなさい!」

 

■■■■■■■■

 

 夏凜は以前、友の死に泣く竜児にそう言った。

 

■■■■■■■■

 

「あんたの背中は私が守るわ」

 

■■■■■■■■

 

 そして、竜児にそうも言った。

 

(本当は、両立できないんじゃないかって、自分で自分に対して思ってた)

 

 竜児より先に死なないことと。

 いざという時に命がけでも彼を守ること。

 この二つは矛盾する。

 誰かを命をかけてでも守るということは、守る対象に選んだ人間より後には死なないということだから。

 

(悲しませないためには、最悪戦場で一緒に死んでやるくらいしかなかったけど。

 ……それもあいつは悲しむだろうから。結局、末永く守ってやるしかないわけで)

 

 プリズマーバルンガはたった一体で、たった一撃で、香川の人間の全てを殺すことができる。

 結晶化光線を、それだけの範囲にばらまけるからだ。

 ギラルーグが誰かの精神世界に入ってしまえば、それだけで夏凜はもう後を追えない。

 だから夏凜はプリズマーバルンガを完封しながらも、太刀の生成掃射での面制圧攻撃を続け、ギラルーグを圧倒して動きを止めなければならなかった。

 量子的な存在で、三体に同時に攻撃しなければ干渉もできないギラルーグ相手には、それ以外の対策がなかったから。

 

 夏凜はそこに加え、自分の力を絞り出してメビウスブレスから常に放射している。

 夏凜が放射したそのエネルギーを、各所の神社に設置された怪獣カプセルと満開の力が増幅させて、銀の手元にまで飛ばしているのだ。

 夏凜のエネルギー放射が止まれば、作戦も失敗してしまう。

 二体の強大な敵と戦いながら、夏凜はメビウスブレスを通した繊細なエネルギー放射を行わなければならないという、無茶な同時作業を強いられていた。

 

 三好夏凜一人にかかる負担は、とてつもなく多く、大きいものである。

 彼女が完成型勇者を名乗るほどに、大赦によって完成された訓練を受けた身の者でなければ、どこかで何かを失敗し、作戦は完全に失敗していただろう。

 

(守ってやるには、あいつが生きていないといけないわけで)

 

 だが、彼女がそれだけの苦労を背負い込むことになったのは。

 

 サコミズが、竜児とメビウスの復活のために必要なだけの『想い』を注ぎ込むのに、三好夏凜以上の適任者はいないと考えていたからだ。

 

「だから! いつまでも死んでないで! さっさと! 戻って来なさいよっ!」

 

 力の放出と戦闘の両立は苦難の道を極めていたが、夏凜はどちらも失敗しない。

 プリズマーバルンガを押さえ込み、ギラルーグを押さえ込み、竜児とメビウスの復活を祈って、メビウスブレスから始まる光の循環を維持していく。

 

「諦めたり、するもんですかあああああああああっ!!」

 

 三好夏凜が、希望を捨てることはなかった。彼女が諦めることはなかった。

 

「っ!」

 

 だがギラルーグが瞬間移動能力を使い、夏凜に接近して火球を吐いてくる。

 夏凜は上手く切り捨てて防いだが、火球の爆発のせいで吹き飛ばされてしまった。

 

(しまった!)

 

 メビウスブレスからのエネルギーの流れは維持したが、プリズマーバルンガが一瞬だけフリーになってしまう。

 全滅する。

 皆死ぬ。

 嫌な未来予想が、吹っ飛ばされている夏凜の脳裏に走る。

 そして、その瞬間。

 

 同じようにヤプールに吹っ飛ばされていた銀が、空中で夏凜とすれ違った。

 

「―――」

 

「―――」

 

 同じ端末を使う"根底の似た者同士"が、一瞬のアイコンタクトで意思疎通する。

 

 二人はすれ違った瞬間から、互いの手と足が届かなくなるまでの一瞬で、互いを蹴った。

 銀と夏凜の蹴り足がぶつかる。

 銀が夏凜を蹴り飛ばし、夏凜が銀を蹴り飛ばした。

 凄まじい勢いで吹っ飛んでいった二人は、銀がプリズマーバルンガの胴を思い切りぶった切り、顔面を両足でドロップキック気味に蹴り飛ばす。

 夏凜は大量の太刀を生み出し、Uキラーザウルスの全身に突き刺し、爆発させた。

 一瞬の巧みな連携に、ヤプールが呻く。

 

「ぬぅ? 連携か……小癪な!」

 

 夏凜はUキラーザウルスの発射した巨大光線を後ろに飛んで回避し、振り返ってまた自分の受け持ちの怪獣に斬りかかる。

 銀もまた、プリズマーバルンガの顔面を思い切り蹴った反動で、ヤプールの首を狙って跳ぶ。

 二人はまた、すれ違った。

 

「頑張れ!」

「頑張れ!」

 

 一瞬の激励で互いに力を貰い、銀は双斧をフルパワーでUキラーザウルスへと叩きつける。

 燃える斧が、怪獣の巨体に食い込んだ。

 

「甘いわぁ!」

 

 だが、致命傷には程遠い。

 銀は六本の触手から放たれる赤雷を回避しながら、舌打ちした。

 この怪獣は、フェニックスブレイブグリッターバージョンともかなり渡り合っていた。

 すなわち、ただのフェニックスブレイブ程度なら圧倒可能であるということ。

 その時点で、満開をしても到底埋められないような実力差が伺える。

 

「お前がいくら強くても! お前が酷い悪党である限り、アタシは諦めないんだよっ!」

 

 三ノ輪銀が、希望を捨てることはなかった。彼女が諦めることはなかった。

 

「諦めない、諦めない、諦めない。

 お前達の口癖だな。

 だがそれを語っていたメビウスと熊谷竜児は、無様に死んでいったではないか!」

 

「―――」

 

「なんと情けない。

 なんと憐れな。

 なんと愚かな生き物か。

 宇宙の理にそぐわぬ生き方をし、そして死んでいったのだ。

 光の者に相応しい、みじめな最期よ!

 結局最後は、甘さと綺麗事に溺れた夢想者ではなく、暗黒の皇帝が勝つということだ!」

 

 ヤプールの言葉が、銀の胸中に燃えるような想いを宿らせる。

 

「アタシはな」

 

 彼女の燃える想いに応じて、双斧が巨大な炎を纏った。

 満開の炎は、200mクラスという極大規模のもの。まさに規格外だ。

 そんな規格外の炎でも―――300mを超えるUキラーザウルスと比べれば、小さい。

 それは、満開の極大の力でも届かない、今の世界の戦いの全てを表しているかのようだった。

 

「友達バカにされて、黙ってるほど気が長い奴じゃないぞっ!」

 

 だが、それがどうしたというのか。

 

「ヤプールっ! お前は今……アタシを怒らせたッ!!」

 

 それを理由に、友達への侮辱を流して敵に頭を下げるくらいなら、最初から友達していない。

 

 友達やってるんだ、だから許すわけにはいかない、と。

 

 銀は激怒の双斧を振り上げた。

 

 

 

 

 

 体躯だけで1km級という化物の中の化物、ギガントガラオン。

 一瞬でも目を離せば時間改変で全てを崩壊させかねないダイダラクロノーム。

 ちょっとでも放置すれば、即座に人類を絶滅させかねない二大怪獣。

 にもかかわらず、ここには満開勇者が一人もあてがわれていなかった。

 

 ここに戦力としてぶつけられたのは、素で勇者より弱く、満開や精霊などの機能も持たない防人達。そしてキングジョーとその息子達。

 防人達はその上、変身して待機していたがためにまだ変身が維持できているものの、神樹倒壊の影響で今すぐにでも変身が解けかねない状況にあった。

 彼女らは戦いの最中にただの人間に戻る可能性も承知の上で、今も戦っている。

 

 ギガントガラオンの進軍が進めば街は踏み潰されるため、止めなければならない。

 ダイダラクロノームには常に攻撃を仕掛け続け、時間跳躍を妨害し続けなければならない。

 なので母キングジョー、メフィラス星人のタロー、メトロン星人のジロー、ナックル星人のサブローの大活躍が期待されたのだが。

 

「ヤバくね」

「こいつらちょーヤバい。一体でもキツいわこれ」

「だよねー」

 

「メブ! 宇宙人さん達が凄く頼りにならないこと言ってる!」

 

「余計なこと喋ってないで手を動かす!」

 

 芽吹の余裕のない声が響く。

 巨人サイズの宇宙人や機械兵器を投入しても、戦力の差は歴然だった。

 ギガントガラオンがまだ街を蹂躙していないのが、ダイダラクロノームがまだ時間を破壊していないのが異常に見えるほどだ。

 それは、皆の健闘が異常に粘り強いものであったことを意味する。

 誰もが、諦めてはいなかった。

 

「諦めないで! 意地の見せどころよ!」

 

「おーほっほっほ! 諦めるにはまだ早いですわね!」

 

 勇者に選ばれなかった者達も、宇宙から来た友人達も、希望を捨てていない。諦めていない。

 ギガントガラオンにキングジョーが突っ込み、巨剣でぺちっと叩き落とされ、ドガンとド派手な音を立てながら街のコンクリートにめり込んでいく。

 

「ぬわぁっー!」

 

「ママー!」

「ママー!」

「ママー!」

 

 オールエンドと対峙する園子が、横目にその戦いを見やっていた。

 

(十二個体強い。強いけど、やっぱり何かが削れてる。

 どの融合昇華体も、全力が100とすればどれも確実に80以下。

 どうやって復活したのかは分からないけど、生前の通りの復活はできてない)

 

 他の誰にも任せられない、オールエンドという強敵。

 その強さも少しは弱ってくれていたなら、自分一人で倒せる目が出て来る、と園子は冷静に論理的に思考する。

 だが、この敵はオールエンド。

 人間の希望的観測などで、倒すことができるものではない。

 オールエンドが、胎動した。

 

 勇者システムの補助で視界を得ていた園子が、目を見開く。

 

「……ああ、そうなんだ~」

 

 園子の前に立ち並ぶは、108体の()()()()()()()()()()()()()

 

 二年前のあの日、オールエンドを倒したフェニックスブレイブを学習し、それ以上のスペックを目指して作成された、最後のカオスウルトラマンだった。

 

「『勇気で覚醒した奇跡の形態』でも、容赦なくコピーできるんだね」

 

 フェニックスブレイブの赤と青は、鷲尾須美世代の勇者の色。

 赤の銀、青の須美、紫の園子を模したもの。

 そのカオスウルトラマンは、まさに絆の簒奪と呼ぶに相応しかった。

 絆を束ねた竜児を模倣し量産した姿が、園子の心を逆撫でする。

 

「『それ』は……私達のだ! その姿は、その力は、自由になんて使わせない!」

 

 希望を捨てず、諦めていない園子の心にも、怒りの色が加わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、友奈が倒れる。

 結界内の絶望的な死闘が行われている中、結界外の月総質量落下という絶望的状況は、友奈の奮闘によって切り抜けられていた。

 奇跡に奇跡を積み上げて、山を作るような奇跡的打開。

 だがその代償として、友奈の力は全て尽きた。

 満開の力は消え去り、勇者としての姿を維持するだけの力もなく、友奈に新たな力を注いでくれる神樹も居ない。

 このまま変身が解ければ、友奈は結界外の炎によって消し炭となるだろう。

 

 友奈の激闘は、灼熱の大地のほとんどを吹き飛ばしていた。

 辺りを見回せば、友奈が香川にぶつかりそうなものだけを殴って弾いた結果、積み上げられた月の破片の山。

 それらは山の十個や二十個は作れそうなほどの量があったが、それでさえ一部でしかなく、ほとんどの月質量は友奈のパンチで宇宙にまで叩き出されていた。

 友奈のこれは、もはや奇跡の一言では語れず、頑張りの一言でも語れない。

 他の誰でも、これは真似できないだろう。

 

 今、この周辺で無事なものは唯一つ。

 月を容易に壊し、小石を投げるが如く気楽さで人間と勇者にぶつけ、その莫大な破壊エネルギーの近くにいたにもかかわらず、傷一つ付かなかったエンペラ星人だ。

 

「今、限界を超え、奇跡を起こしたな。だが、力を使い果たしたか」

 

 結果から見れば、キングジョーが機械が焼け付くほどの無茶で展開した幻術と、友奈が全てを使い切るほどの無茶で稼いだ時間は、合わせてもせいぜい数分だった。

 二人合わせて数分。

 皇帝が得意とする、自らに歯向かう雑魚を粉砕するという戦闘ではなく、皇帝の侵攻を人間達がなんとかしのぐという戦闘の構図ですら、そうなのだ。

 

 急ごしらえの四国を守る結界も、残り時間は10分を切った。

 結界消滅までの残り時間が5分を切るまであと少し。

 友奈は倒れ、皇帝を止める者はいない。

 倒れた友奈の意識が闇に落ちて行く。

 皇帝の体から流出した闇が、友奈の体を飲み込んでいく。

 

 闇の中に、友奈の体は消えていった。

 

 

 

 

 

 友奈は、夢を見ていた。

 竜児の家で、ゲームで遊んだ日の夢だ。

 守りたかった日常の夢。

 続いてほしかった日常の夢だった。

 日常だけが続いてほしかったのに、戦いはいつになっても終わらなくて。

 だからこそ、戦いの合間の日常の暖かな記憶は、友奈の中に強く残っていた。

 

「勇者とは、強き者を指すんじゃない。

 自分よりも遥かに強き者に立ち向かえる、勇気ある者を指すんだ」

 

 ゲームをしながら、竜児はそんなことを言っていた。

 

「少なくとも、僕はそう思う」

 

「だね。私もそう思う」

 

 二人がやっていたのは勇者が魔王を倒す、典型的なRPGタイプのゲームだった。

 少し難易度が高かったので、友奈がプレイし、竜児が助言に回っている。

 二人は和気藹々と会話し、協力し、話しながらゲームを進めていく。

 そんな日常の一幕の中、二人は色んなことを話していた。

 

「私、最後に主人公が死んじゃうのは苦手だから、このゲームはそうじゃないといいなあ」

 

「うん、分かる。微妙にスッキリしないので僕もそういうのはそこまで好きじゃないな」

 

 ピコピコゲームを鳴らしつつ、二人の会話は"勇者の末路"というテーマの方に流れていった。

 

「RPGでラスボスと相打ちになるもんじゃないでしょ、勇者は。

 大体のRPGなら勇者はラスボスを倒した後も生きてて、EDの後も操作できるもんだよ」

 

「うんうん。いいねー」

 

「ラスボスを倒した後も、世界は広がっていて、勇者はそこを気ままに旅をするんだ」

 

「うんうん!」

 

「戦いが全部終わった後も、どこに行ってもいい、何やってもいいって、素敵じゃない?」

 

「分かる!」

 

 全てが終わっても、冒険は続く。

 戦いが終わっても、人生は続く。

 竜児と友奈は、なんとなくそういうゲームや物語が好きだった。

 

「戦いに勝って、はいそこで終わり、ってならない。

 それはまさに、勇者にとっては戦いが全てってことじゃない証明で……

 勇者にとっての"命という名の冒険"が、戦いだけで終わらないってことを指すんだ」

 

 友達と話していると、変な方向に話が盛り上がることもある。

 竜児と友奈は勇者の冒険と戦いそっちのけで、勇者のEDの後の物語……『勇者のその後』を想像し、語り合っていた。

 あーだこーだと、平和な世界で生きる勇者の姿を想像していく。

 

 ゲームが楽しいのではなく、竜児と話しているのが楽しい、友奈と話しているのが楽しい時間が流れていく。

 そんな時間の想い出を、友奈は夢に見ていた。

 

「そうだよね」

 

 想い出の中の友奈は微笑んでいた。

 

「私達の人生は、EDのスタッフロールが終わった後も、80年くらい続くんだもんね」

 

 想い出の中の竜児も笑っていた。

 

 ゲームの中の勇者が負けて、「諦めない!」という台詞と共にコンテニューし、立ち上がり、また人を襲う魔物に立ち向かっていく。

 勇者は諦めればそこでゲームオーバー、バッドエンドだが。

 諦めない限り、ハッピーエンドに到達する可能性は残されている。

 

「魔王を倒せるまで、何度でも立ち上がろう。

 ゲームの勇者のバッドエンドは、途中で諦めてしまうこと。

 途中で諦めて、ハッピーエンドに至れず何もかもが終わってしまうことだから」

 

 勇者とは、いつだって。

 

 戦いを終わらせるために戦うという地獄を、越えていかなければならないのだから。

 

 

 

 

 

 過去を想えば、そこには想いという名の力が眠っている。

 東郷との記憶。

 勇者部の仲間との記憶。

 竜児との記憶。

 多くの記憶が、友奈の心を支える力だ。

 

―――十年先も、二十年先も、この世界が続いていると良いな

 

 あの日。友奈はそう言った。

 

―――十年先も、二十年先も、幸せな日々が続いていると良いね

 

 あの日。ギラルーグと戦った日。竜児はそう言った。

 

―――十年先も、二十年先も、二人が特別な間柄でいることを願うよ

 

 あの日。ギラルーグと戦った日。竜児と友奈が友達になった日。メビウスはそう言った。

 

―――だから今日、十年先を、二十年を、僕ら三人で勝ち取ろう

 

 あの日。ギラルーグと戦った日。竜児と友奈が友達になった日。竜児と友奈の手が重なった日。

 そう言って、竜児と友奈は笑い合ったのだ。

 そうなったらいいな、と、二人揃って思ったのだ。

 

 友奈が闇の中で目を覚ます。

 闇の中、勇者部の記憶、竜児の記憶を柱とし、想い出を頼りに心を保つ。

 闇の中では何も見えず、手を伸ばしても何にも触れられない。

 

(あの時の……ギラルーグの時みたい。周りに闇しかなくて、闇だけが沢山にある)

 

 闇の中、ギラルーグによって心を追い詰められた友奈は助けを求め、その手を竜児が取った。

 だが、今は竜児は居ない。

 友奈はむしろ、この闇を突破して、今度は逆に彼を助けるという立場にあった。

 あの時とは、助ける者と助けられる者が逆。

 

「私は……絶対に諦めない! 勇者は絶対に、負けないんだ!」

 

 闇の中、手を伸ばす。

 すると、友奈の左手に付けられていたウルティメイトブレスが輝いた。

 想いを紡いで作った銀の腕輪が、神秘の光を放つ。

 

「!」

 

 闇の中、光が集まる。

 暗黒の皇帝に折られ、砕け散り、灼熱の大地に飲み込まれた神樹の欠片が集まって来る。

 友奈の諦めない心をウルティメイトブレスが形にし、無限の闇の中でも消えない光を、光を生み出すものを、友奈の中に吸い上げていく。

 友奈が呆然と、自分に集まる光を握りしめた。

 

「ここにあったのは……闇だけじゃなかった……?」

 

 闇の中、神樹の光が問いかけてくる。

 

 ここは地獄だが、生は苦しみの連続だが、戦えるか、と。

 

 人に、この先の未来にもまだ待つ苦しみにぶつかっていく覚悟はあるかと、問いかける。

 

―――勇者とは、強き者を指すんじゃない。

―――自分よりも遥かに強き者に立ち向かえる、勇気ある者を指すんだ。

―――少なくとも、僕はそう思う

 

 結城友奈は、『勇者の皆』の代わりに答えた。

 

「戦えるよ。だって私は……勇者だから!」

 

 変わる。

 友奈の姿が変わる。

 人間が巨人に変わるように劇的に、けれど大きくはならず、荘厳に変わる。

 

 赤髪が桜色に変わり伸びるのみならず、髪は大きく広がっている。

 後光を具象化したような背部の装備。

 強大な力を秘めた腕甲。

 武神と女神を融和させたかのような衣装の意匠。

 そして、人であり神であることを示すような、赤と緑の虹彩異色で成る双眸。

 

 満開を超えた満開―――『大満開』。

 

 神樹という大いなる神の力そのものと、友奈が一体化した姿であった。

 

「……人間の力と、神樹の力の融合昇華(フュージョンライズ)か」

 

 エンペラ星人はその性質をひと目で見抜き、衝撃波を放つ。

 防げるはずもない攻撃。

 回避できるはずもない攻撃。

 友奈の満開でも、少しズラすのが精一杯であった攻撃。

 

 友奈の全力の拳の一振りが、その恐るべき一撃を、真正面から殴り弾いていた。

 

「リュウくんはいっつも私を褒めるけど……

 私、そんな大した人間じゃないよ。

 私が、リュウ君にあげられるものがあるとしたら。

 私が、リュウ君に見せられるものがあるとしたら―――」

 

 友奈は優しい。友奈は強い。だが、彼女の中で最も輝くものは、そのどちらでもなく。

 

 

 

「―――それは、勇気!」

 

 

 

 まるで、日食(エクリプス)のような光景だった。

 

 光が闇に喰われていく。

 なのに光が消えない。

 光と闇が喰らい合い、侵食し合い、されど闇と光の両方が見える。

 闇に喰われるように見えながらも決して絶えない光こそが、いつの世も、地球人に日食(エクリプス)という神秘の自然現象を見せるもの。

 絶対の闇を前にしても、友奈の光は輝いていた。

 

 皇帝が再び衝撃波を放ち、友奈の蹴りがそれを弾き、皆の世界を守る。

 

「リュウくんはいつも私を信じてた! 私もいつもリュウ君を信じてた!」

 

「お前が信じた光の者は既に死んだ」

 

「まだ何も終わってない!

 この世界は、私が幸せに生きてる世界なんだ!

 東郷さんや、皆が幸せに生きてる世界なんだ!

 きっと……リュウくんを幸せにしてくれる世界なんだ!」

 

 皇帝の念動力が友奈を握り潰そうとするが、友奈がぐぐっと体に力を入れ、念動力を力任せに弾き飛ばす。

 

「壊させたり、しない!」

 

 光を消し飛ばすレゾリューム光線を、神樹の全てと一体化した友奈の光の拳が、殴って弾く。

 

「私達は―――生きたいんだっ!!」

 

 そして追撃に放たれた衝撃波を、友奈は殴り、とうとう皇帝の顔面に叩き返した。

 ダメージはほぼなさそうだ。

 だが、皇帝の目つきが変わった。

 自分自身の衝撃波を殴り返され、顔面に当てられたことは、少し屈辱だったらしい。

 

 されど、皇帝を動かすのは屈辱ではない。

 完全に詰んだあの状況から、ここまで立て直してきた人間の強さだ。

 砕け散り燃え尽きた神樹の欠片を拾い集め、それと融合し、更なる力を見せてきた人間の無限の可能性だ。

 それを、この皇帝が甘く見ることはない。

 

「人間の、ちっぽけな希望という光か」

 

「そうだ! 私達の力だ!」

 

 一瞬前まで、友奈は"いける"と思っていた。

 

「余は、それが存在することを許さぬ」

 

 だが、今、この瞬間。その希望的観測が、折れて潰れる音がした。

 

「どんなに小さな物であろうと、拾い潰そう。それは奇跡を起こすものであるがゆえに」

 

 暗黒の皇帝の体の前で、念動力で操作された何かが現れる。

 それが、皇帝の絶大な闇の力で、無理矢理起動と操作を行われる。

 光の国で生まれた力が、エンペラ星人を強化するという最大の皮肉。

 

 エンペラ星人の目の前に―――()()()()が、浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 デモニックフュージョン・アンリーシュ 》

 

《 ウルトラマンベリアル 》

 

《 ダークルギエル 》

 

《 エンペラダークネス アトロシアス! 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 膨大な闇が現れた。

 莫大な闇が宇宙に流れた。

 絶大な闇が地球を飲み込んだ。

 友奈が、思わず声にならない言葉を漏らす。

 

「う―――」

 

 ベンタブラック、という素材がある。

 光の吸収率99.965%という恐ろしい特性を持ち、「現実に画像処理がされているかのよう」「世界がそこだけ欠けているみたい」と評された、光を喰らう素材だ。

 光をほとんど反射しないので、表面の凸凹すら目では識別することができない。

 

 『アトロシアス』のエンペラ星人は、まさにそれだった。

 暗黒の中の暗黒。

 漆黒の中の漆黒。

 闇の中の闇。

 エンペラ星人の体にぶつかった光が脱出できず、その体で光が反射されないために、人間の目では正しくその姿を認識することができない。

 そこに見えるはずの光が欠落するがゆえに、そこにその姿があることを認識できる。

 

 アーマードダークネスを含む、その存在を構成する全てのものが、触れるだけで光を消滅させていくという異常な存在。

 

「―――あ」

 

 宇宙はかつて、空間にもなっていない、点以下の次元の何かだった。

 それがとてつもない爆発とインフレーションを起こし、急激に拡大しながら希薄化する、今の膨らみ続ける宇宙となった。

 宇宙は今も膨らみ続けている。

 そんな宇宙が、その一瞬で、その闇が現れた衝撃で、端から端までくまなく震えた。

 膨らみ続けているはずの宇宙の全てが、震えた。

 

 それは例えるならば、桶の中に満ちた水の中に小石を投げ込んだことで、波が桶の中の水を伝わったようなもの……などという、生半可な現象ではない。

 正確に例えるならば、桶に大きすぎる岩石を投げ込んだせいで、桶の底に岩石がぶつかり、桶という器そのものに振動が伝わってしまったようなもの。

 桶が宇宙。

 巨岩がアトロシアスだ。

 

 この存在は、一つの宇宙に存在していいスケールの悪ではない。

 

 悪魔のようなものを(デモニック)

 融合昇華にて(フュージョン)

 解き放ち(アンリーシュ)

 残虐な者(アトロシアス)が来たる。

 

「ちっぽけな人間の希望の光が、余をかつて負かしたのであれば」

 

 1の光には、10000の闇を叩きつければいい。

 10000の光で対抗してきたなら、100000000の闇を叩きつければいい。

 覚醒して力を一万倍にしてきたならば、四百万の数を集めてきたならば、工夫と奇跡で更に光を乗算化させてきたならば、無限の闇を叩きつけてやればいい。

 そうすれば、潰れる。

 人間達が諦めなくても、潰れる。

 想いの強さなんて無視して、あっという間に踏み潰せる。

 

「ちっぽけな希望すらも―――絶対に残さん。全て、潰してやろう」

 

 エンペラ星人の覚醒と、本当の本気。

 

 それが宇宙を、地球を、その全てを闇で飲み込み始めていた。

 

 アトロシアスが降臨した、ただそれだけで、結界の中の光は失われてゆき―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結界内の光が消えていきます!」

 

「なんでだ……なんで電気は通ってんのに、電灯だけつかないんだ!?」

 

「これは、この数値は……ヤバい!」

 

「ミッションネーム:ガイアのエネルギー数値が低下していきます!」

 

「光が……光が、消えていきます! 勇者様も総じて劣勢!」

 

「なんとかしろ!」

 

「エネルギーレベルが規定値に届かないと、計画の続行は不可能だぞ!」

 

「エネルギーレベル100……80……60……40……光の総量低下、止まりません!」

 

「急げ! 原因を究明しろ! このままだと……このままでは!」

 

「エネルギーレベル30、20、10……あっ」

 

 

 

「エネルギーレベル……0。光が……竜児君達を復活させるための光が……消えました……」

 

 

 

「……終わっ、た。これで……終わり……?」

 

 

 

「最後に残った小さな世界から……光が、消えていく……」

 

 

 




●エンペラダークネス アトロシアス

【原典とか混じえた解説】
・アトロシアス
 ベリアル、ダークルギエル、エンペラの力が一つになった形態。
 原作におけるウルトラマンベリアルの切り札。
 一人一人が闇の頂点と呼ぶに相応しい闇の巨人の力を、三つ重ね合わせている。

 エンペラ星人は過去に光の国を壊滅寸前まで追い込み、多くの太陽系を滅ぼした悪。
 ダークルギエルは未来から来て全てを終わらせた魔神。
 ベリアルは現在も光の国と対立する黒き王。
 過去の悪、未来の悪、現在の悪の三位一体。
 アトロシアスは、全ての時間の闇を内包する。
 それはすなわち、過去と現在と未来に誓った約束で戦い、そこに光を見た竜児の対極に位置する存在であることを意味している。


・暗黒の魔神 ダークルギエル
 未来から来た魔神。
 ダークスパークウォーズと呼ばれる戦いで、たった一人で全てのウルトラマンと怪獣を人形に変え、千年もの間宇宙におぞましい静寂をもたらした闇の巨人。
 「全ての命を人形に変え、幸福の中で永遠に停止させる」「死も老化も無い永遠の楽園を」という思想を持つ、善意の地獄をもたらす闇の支配者。
 ダークスパークという武器を用いて、全ての者を人形に変えることができる。
 その強制力には、多くの人の希望を受けて復活しテーマソングが流れているウルトラマンですらも、問答無用で人形にしてしまう身も蓋も無さがある。
 一度"世界観"さえ終わらせた者。

・黒き王 ウルトラマンベリアル
 ウルトラマンジード、及び熊谷竜児の父に当たる、光の国の歴史の中で唯一悪に堕ちた黒きウルトラマン。
 このウルトラマンの遺伝子を使用し、竜児達は作られた。
 全知全能の邪悪レイブラッドの遺伝子を持ち、怪獣を操る王として君臨する力、強大なウルトラマンとしての力を両立させ、ベリアル銀河帝国等を率いる光の国そのものの宿命の敵。
 恐ろしいことに、光の国を一度壊滅させ、闇と氷河の世界へ変えたことすらある。
 四万年前、ただのウルトラマンだったベリアルが、エンペラ星人の闇の力に惹かれ、他者を蹂躙する強大な力を素晴らしいものと思ったこと。
 それが全ての始まりだった。
 一度"光の国"さえ終わらせた者。

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